良月(りょうげつ)の たび日記

神奈川県 湘南地区在住。折口良月(おりぐち りょうげつ)の神奈川、東京、静岡、山梨、長野など関東近郊地域への行楽、外出。美術館、博物館めぐり。その他国内旅行などお出かけの記録。

 

国宝 高松塚古墳壁画修理作業室の公開(第30回) 抽選外れ 2020年7月

 国宝 高松塚古墳壁画修理作業室の公開(第30回) 抽選外れ 2020年7月(新型コロナ感染症流行下)

 今回の夏の時期の旅は、この公開の見学がメインとなるはずだったのですが、外れてしまっていたのだ。
 後日記事を掲載するが、キトラ古墳は、当選(実際には空きがあれば当日申し込みでも可能だったのであるが。)したので見学をした。
 
 今回の公開は、6/23が締め切りで、とキトラ古墳の壁画修理施設公開の申し込みをした。1週間後、メールがきて高松塚古墳は落選、キトラ古墳は当選とあったた。
 以下「高松塚古墳の壁画公開」と書くが、後日の報道によると、高松塚の募集人員はは700人、応募は約4400-4500人、マスコミ報道によると「4476人」もの応募があったという。

 公開期間も短く、7日間程度で700人。 キトラ古墳の壁画公開は、翌月の8/18までの1カ月弱の期間あるので 期間の長さがが違うし、高松塚古墳の当選は困難であった。家族の名前でも、高松塚に応募もしたが当選しなかった・・・・。
 要は「高松塚古墳の壁画公開 ハズレ」たってこと

 公開初日、7月18日のテレビ報道で「・・・・高松塚古墳の壁画は、このたび修復が完成し、修復後初公開されました・・・・・・」というニュース映像が流れた。知らなかったが、第30回の公開は「修復完成後の初公開」なので、応募が殺到したのだった。それじゃ、当選するはずはないよな、とあきらめたのが高松塚古墳壁画修理作業室の公開であった。
 ハズレのメールには、今年の10月にも「国宝 高松塚古墳壁画修理作業室の公開を実施する予定ですので、・・・・」と書いたあった。次回以降、気長に機会を待つとしよう  

 飛鳥駅前のレンタサイクルで高松塚古墳方向に向かう。前回の記事でも書いたが、飛鳥駅前に「看板の赤い文字で当日受付はありません。」と書いてあったのだが、過去はウェブサイトでいろいろな記事、投稿などを見ると空きがあれば、当日受付も可能であったようだが、今回は何せ「修復完成後 初」なので、注目度が高く、第一回の抽選で満員であるので当日の受付も行わないのだろう。

 まずは、国営飛鳥歴史公園の敷地に行く。、自転車を停めて、駐車場の奥にある国営飛鳥歴史公園館を少し見学する。
テントが出ている。 テントに2人くらい、近くに3-4人くらいの、白いシヤツとスーツのスボンの人がいる。
誰も受付していない。 ひまそうで、係員は おしゃべりをしている。
館だけ見る。 以前も入ったとこがあると記憶するが、覚えていない。1室だけの 狭い展示と パネル紹介。


 ↓  受付場所の看板が公園内にある。「国宝高松塚古墳壁画」と大きく書いてあり、
    下段に 修理作業室の公開(第30回) 。

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  国宝 高松塚古墳壁画修理作業室の公開(第30回) の見学受付テントが出ている。勿論、当選者だけが、受付することを許される。いいなあ~。
 受付テントの下には、2人くらい係員がいる。テントの近くには、3-4人くらいの、白いシャツとスーツのスボンの係員が更にいる。見ると、誰も受付していない。当日受付の人も来ないし、当選者のみしか来ないのだから、 そんに忙しくないはいずだよ。ひまそうで、係員は、ブラブラと立ちながら、おしゃべりをしている・・・・。係員といっても、若い人いる。学生のアルバトが白いシャツとズボンスーツをはいて業務についているようだ。
 こんなに人数は、いらないんじゃねえか!?。(外れた腹いせに江戸っ子口調)
 
 「受付のテント」 「飛鳥美人」の絵入り看板も設置されている。 ↓ 

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  ↓ 公園と駐車場。人は少ないが、車は多く停まっている。


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奈良~明日香村 飛鳥駅へ近鉄線で移動 2020年7月

奈良~明日香村 飛鳥駅へ近鉄線で移動 2020年7月(新型コロナ感染症流行下)

  開館60周年記念「コレクションの歩み展」を大和文華館で鑑賞。昨年の秋に(京都で)鑑賞できかった重要文化財 佐竹本三十六歌仙絵「小大君」をじっくりと見つめて鑑賞した。
 13:15頃、館を出る。坂道を登り、学園前駅まで戻る。

  ↓  近鉄飛鳥駅の外観。(行きは時間がなかったので帰りに撮影)

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 さて、すぐにやって来た13:26発の普通 西大寺行きに乗る。13:30に到着。
 ところが、乗り換えの接続が悪い・・・。普通電車はあるが、急行が無い。普通電車をやり少した後、更に15分待つ。もう少し、大和文華館を鑑賞して、学園前駅発は、次の電車でもよかったな・・・。
 13:57橿原神宮前駅 行きの急行にのる。
 14:25橿原神宮前駅着。久しぶりである。電車を乗り換えるため、別のホームに。飛鳥、吉野口行きの電車は大阪 からのホームに到着する。
 14:30橿原神宮前駅発 先年行った、(大阪府内の)古市駅の方面より、急行電車がくる。吉野行きである。

 飛鳥駅で降りる。小さい駅だ。以前も降りたことはあるが、久しぶりだ。駅前広場は、ずいぶんと区画整理されている。
 飛鳥駅では自分を含めて4人くらいしか降りない。(訪問した日)現在、高松塚古墳壁画の修理施設公開とキトラの壁画公開を開催していたので、観光客も多く、(コロナの状況下とはいえ)ある程度は混雑していると私は、思っていたが、予想は外れた。オレ以外に観光の熟年夫婦らしき男女と一人が降りていたくらいだ。
 私服の若い人も電車に乗っていたが、地元の人のようだ。乗車していた高校生は大きなバックを持っている。「畝傍高校」と学校名と氏名もかいてある。野球部員だ。部活の帰りであろうか。以前、2017年の秋だったが和歌山線に乗ったときも同じ奈良県の五条高校の生徒達もカバンに「剣道部」と大きく書いていたものを持って乗車していたな。関西地区の部活の生徒は、部活動用のカバンに高校名と氏名を大きく刺繍して入れるのが「伝統」なのかな?。
 
 区画整理されてずいぶんと変わった。飛鳥駅前 ↓
 改札を出て、駅前にあるレンタサイクル店に直行する。「17時までに返却」という。あと2時間半もないくらい。

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 料金を支払い、早速乗って出発。駅前広場から道路を渡って、進む。付近には、レンタサイクルの店や土産物店が何軒かある。
 と、高松塚古墳の壁画公開について、看板の赤い文字で「当日受付はありません。」と書いてある。

 当日受付の見学は、不可であることが分かったが、まずは、「飛鳥の館」に自転車で向かう。


 ↓ キトラ古墳の 帰りに撮影した。大和三山のひとつが見える。
 
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開館60周年記念「コレクションの歩み展」 鑑賞3 大和文華館

 開館60周年記念「コレクションの歩み展」 鑑賞3 大和文華館  2020年7月(新型コロナ感染症流行下)

   ↓ 2020年7月 未だ梅雨のあけない曇天下の 大和文華館 外観。

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 重要文化財 佐竹本三十六歌仙絵「小大君」。

 昨年の京都国立博物館 特別展「流転100年 佐竹本三十六歌仙絵」では、前期に行ったので、後期展示の「小大君」は見ていない。展示替えがあったので、私が見たときは女性の肖像は「小野小町」の「後ろ姿」だけ・・・・。正面きって、女性のお顔を拝することができなかった・・・・。今回、やっとお顔を拝することができた。 
 
 「いわはしの・・・よるのち××も たえぬべし ・・・・ かつらぎの神」と歌が書いてあると説明なあるが、実際のところ歌の冒頭の「い」と「・・かつらぎ・・」しか文字が読めない・・・・・。

 歌の意味はよくわからないが、しばし、小大君を見つめた。当時の平安美人の例にもれず、目は細いので、表情はよくわからない。
 黒い髪の彩色はよく残っている。すごーく長い髪で、十二単の裾、腰のずっと先まである。十二単の赤も鮮やかに残っている。美しさを引き立てている。比較的よくのこっていて、鮮やかな緑色の部分の顔料は、銅の緑青でしょう。
 肖像の上に書いてある略伝はあの「斎宮女御」と、間違えて書いてあるそうだ。「醍醐天皇の孫、三品の娘」とある。なんだか、いいかげん
 「重要文化財 佐竹本三十六歌仙絵「斎宮女御」 個人蔵」 の展示は、昨年の京都国立博物館 特別展「流転100年 佐竹本三十六歌仙絵」では無かったことは周知のとおり。昨年放映の紹介テレビ番組でも「斎宮女御」を詳しく解説していたので、大変残念であった。「斎宮女御」は、皇族であるとは昨年、特別展の解説で知った。醍醐天皇の孫にあたる女性。「三品」とは、「斎宮女御」の父親の親王の官位のことで、「三品親王」といったところか。唐風の官位名かな。
 

 書は、九条良経と伝えられるという。実際はたぶん違うと思うけど、ハクをつけるため適当な当時の有名人が書いたことにして伝える??と感じるのは、ボクだけだね。似た名前の人物でのちに鎌倉将軍になった、頼朝の傍系子孫 九条頼経がいる。
 ともかく、九条家の人物が書いてあるということは、藤原氏の嫡流が近衛と九条に分かれた後のこと。この佐竹本絵巻の成立は頼朝がいた時代を含むの鎌倉時代初期の頃だったのでしょう。


 ↓ 昨年2019年の京都国立博物館 開催の特別展「流転100年 佐竹本三十六歌仙絵」 
   大和文華館所蔵 重要文化財 佐竹本三十六歌仙絵「小大君」の画像の掲載のあるパンフレット。


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 重要文化財 佐竹本三十六歌仙絵「小大君」をじっくりと見つめて鑑賞した後、
  窓の外、眼下の池を見ながら、次の展示へ。次の角のところに 可翁作の水墨画の展示がある。ここからの順路は、主に中国関連の作品であった。

 国宝「寒山図」の作者としても知られる 可翁作 重要文化財「竹雀図」。竹が両脇に、雀が画面下に描いてある。つまり、そのまんま「雀と竹の図」。あの可翁の四角い落款の印がある。下に小さい四角い「仁賀」という落款も押してある。説明によると「仁賀」と落款のある作品は 可翁の作品で数点確認されているという。「幻の画家」可翁の「幻の落款」とも言うべきか。


 伝趙令穣 筆 「秋塘図」は、水墨と赤っぽい絹本の図で、秋らしき渓谷の風景。北宋時代。説明によると作者は「太祖の5世の子孫」という。「太祖」は宋国の初代皇帝の趙匡胤のこと。次代皇帝は、弟の太宗。皇帝位は、太宗の子孫に受け継がれたので、遠い親戚ということか。宋の不思議は、弟の太宗の子孫に皇帝位が移ったことでもある。兄だから、皇帝位を継ぐのではないことは、のちの明、清でもあったので、この点はのちの日本の長子相続とは異なるということか。
 当時の北宋の皇帝は、徽宗(きそう)。為政者としては失格で、捕虜でとらえられて、金に連れ去られて、宋(北宋)は滅亡したときの皇帝。その徽宗とも交友があったという。

 国宝 「雪中帰牧図」の展示があった。「隠しサインがある」というが、目をこらして見たがわからなかった・・・・。 2017年の 特別展「国宝」でも展示されていて、見てもわからなかった。すいていて、独占して鑑賞できた本日でも発見できなかったので、老眼鏡を掛けない限り!!??、発見は無理でしょう(笑)。
 隠しサインは画中の「下の「土破(字が違うが盛り土のことか)」の切れ目の下」にあるらしい。
 
 日本の作品であるが、以前も鑑賞した 雪村の重要文化財「呂洞賓図」もここに展示があったと記憶する。

 最後の展示が、中国絵画や陶磁器。 景徳鎮や 建窯など 中国 各地の窯の解説ボードがあった。


 一通り見て13:15頃、館を出る。 館内は、すいていて出入口付近には人がいない。先ほどの母子は、庭を通って散策して帰るようだ。
 私は坂道を下る。

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 前回は、春の気候のいい時期の訪問であった。今回は、梅雨の季節、夏で蒸し暑い。
 文華苑は、夏の緑色。常緑の松は、いつも緑色。
  ↓  大和文華館の 門付近と券売り場と駐車場。

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開館60周年記念「コレクションの歩み展」 鑑賞2 大和文華館

 開館60周年記念「コレクションの歩み展」 鑑賞2 大和文華館  2020年7月(新型コロナ感染症流行下)

  順番に鑑賞する。今回の企画展では、館が所蔵する国宝指定の文化財4点すべてを展示する。
 更に、昨年 京都で特別展が開催された 「佐竹本三十六歌仙絵」のうち、最重要作品(断簡というべきか)「小大君」の公開がある。

 ↓ 今回の展覧会 大和文華館のパンフレット。
   60年前の開館記念のパンフレットの写真をそのまま使用している。

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 国宝 「一字蓮台法華経」。2017年 京都国立博物館での特別展「国宝」では 番号25  、
 「絵巻物 一字蓮台法華経 普賢菩薩勧発品第二十八 一巻」として、第4期に展示されていた。よって、このときは見ていないが、2014年の東京では国宝展の展示リストに掲載されている。よって、当時見たのだが、覚えていない・・・・

 「一字 蓮台 法華経」の名の通り、お経の文字が蓮の花の台の絵の上に一文字ずつ載っている。「蓮台」は、ロウ、金泥、銀泥のような材質なのだろうか?。文字と混じって文字が、消えないように先に蓮を描いて乾燥させ、経典の文字を書き込みしたのだろう。文字が1文字ずつ「仏様」のようだ。
 巻物の経文の前部に美しい装飾の絵がある。作品解説によると「真ん中に 読経する僧、その右となり、絵の中の人物としては左に、貴族と思われる男がいる。法要の施主と思われる。」と。 反対に僧を挟んで 御簾の奥に十二単の優雅な衣をまとった女。おそらく施主の妻であろう。

 「僧は9人」描かれているという。目をこらしてみる・・・・。寝殿の部屋の外の板の間の廊下に僧がいるが、4人くらいしか描かれていないようで、よく判別できない・・・・。9人、僧侶を見つけることはできなかった。

 施主の烏帽子姿の貴族の男の前の板戸か板壁には、何かの「絵」というか、掛け軸がかかっていて、その前にも僧がいて、施主や読経僧の方を向いている。 絵には、仏の姿が描いてあるのだろう。当時制作された「仏画」であろう。現在までつたわっている仏画は、国宝や重要文化財などに指定されているわけだ。
 経典の内容からして「普賢菩薩が描かれた仏画」を掛けて読経しているらしいと解説にあった。

 長さは322.2cmだが、わずか1尺、90cmくらいしか、開いて公開をしていない・・・。少し残念。

 経典の部分の冒頭には「妙法蓮華経観普賢経 第二十八」 とタイトルのように書いてある。よって「普賢菩薩」の仏画を掛けて、祈祷していると推測されるのだろう。

 とある部分を読むと「・・・男子 善女人於 滅複 能得是 ・・・・ 」と書いてある。


 国宝「寝覚物語絵巻」

2017年 京都国立博物館での特別展「国宝」では 番号24 「絵巻物 寝覚物語絵巻 一巻」と掲載されている。 第3期展示だったので、鑑賞した。時折特別展で展示されるので、鑑賞機会はある。
 長さは533.0cmで、ほとんど開いて公開している。よって、隣の国宝 「一字蓮台法華経」がスペースの関係で1尺くらいしか公開していないのかも。

 絵の解説は「中の宮の子、まさこ君が、女二の宮を訪ねる」というシーン。十二単姿の女が寝殿の屋敷の部屋の中にいて、男は、画面の右下、つまり屋敷の入口の外にいて、女をまさに訪ねるというシーン。当時の「妻問い婚」というか「通い婚」の場面と感じた。 男が女のもとに通うのだ。


 展示場所は以前の訪問時と同じ場所に 国宝「婦女遊楽図屏風」(松浦屏風) があった。
 やはり、大きい屏風絵だ。毎年4月中旬から5月にかけて展示されていることが多いようだが、今回はコロナの影響もあり、夏のこの企画展での展示となっているようだ。2017年4月に初めて見た感想は「大きい。」であった。
「ほぼ等身大で・・・遊女とかむろの姿を描いた・・・・口には鉄漿(おはぐろ)をし・・・・髪をすき、手紙を書き、三味線を弾き、・・・・タバコ、キセル、カルタ、ガラスの器などが描かれている・・・・・・・。」とは前回の訪問時に聞いた音声ガイドの説明。

 ↓ 2017年4月の訪問時に入手した、国宝「松浦屏風」と安土・桃山の絵画 展観のチラシの写真。 
  「婦女遊楽図屏風」(松浦屏風)の部分。左双の左の部分かな。

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 左双の屏風・・・・
 一番左にカルタをしている女。簡素な着物もいれば美しい着物をまとった女も。
 右手のキセルを差し出している女が一番くらいの高い遊女かな。キセルの下でひざまづくかむろの少女は幼い。幼い少女の姿が見事に表現されている。年齢は現代でいうと中学生、14歳くらいかな。
 女たちは楽しそうな顔をしているのだ。現代の私が想い浮かべる遊郭の裏の一面を感じさせる表現描写は微塵も無いのだ。かむろの少女はうっすらと笑みすら浮かべている。
どこかダーク。秋なのかな?。しかし、画面を見る限りは秋の様子は無い。 


 と、母親に連れられて、鑑賞に来ている小学校2-3年生くらいの女の子かいる。屏風の前のイスに腰かけている。お母さんと一緒にこの国宝を見ている。
 画中の「禿の女の子」と同じ年か、少し画中の女の子が上くらいではないか。画中には、遊郭で生まれた女の子が描かれている。400年前当時の8歳くらいの女の子と、現代の小学生の8歳くらいの女の子が対峙している。
 私も国宝「婦女遊楽図屏風」(松浦屏風)の前の長イスに座りガラスケース内の作品を鑑賞する。というより、先ほどの奈良市内より、暑い中、歩き疲れて、体力を著しく消耗しているのである・・・・

 さらに見て行く。戦国時代 の「婦人像」がある。有名なお市の方の肖像画ににている。重要文化財に指定されている。「婦人像」 は典型的な桃山時代の高貴な女性の肖像画なのだろう。

 その隣に重要文化財 佐竹本三十六歌仙絵「小大君」の展示があった。
 展示室内のガラスケースに、安土桃山時代の屏風絵、戦国時代末期の絵、鎌倉時代作の平安美人の絵と展示されていたことになる。
 
 すぐ近くは、展示室の角(コーナー)になっていて、尾形光琳作の 重要文化財 「中村内蔵助像」の展示があった。他の光琳作品、弟の乾山の墨画(乾山の自賛の文章が書いてある)の展示があった。




開館60周年記念「コレクションの歩み展」鑑賞1 大和文華館

  開館60周年記念「コレクションの歩み展」 鑑賞1 大和文華館  2020年7月(新型コロナ感染症流行下)

  近鉄奈良駅から電車に乗って移動した。学園前駅で下車した。前回来たときに覚えたので、ホームから階段をおりて南口の改札を出る。駅前のロータリー広場は、ガランとしている。その先には帝塚山学園の校舎がある。この朝、奈良に行ったときは、ここで制服姿の生徒がおりていった。部活に行くのであったのだろうか。休日の昼のこの時間帯は、生徒が誰もいない。本来は、夏休みの時期であるが、コロナの休校の影響で一学期の授業はおそらく続いているだろう。

 駅前から坂道を下り、不動産屋の角を曲がると、目線の先に大和文華館の看板が見える。駅から門までは私の足で徒歩5分とかからないくらい。大和文華館に到着した。

 私に先行してあるいている中年のおっさん(俺もそうなのだが)がいた。そのおっさん、実は駅前広場前の赤信号を無視をして、道路を渡りずんずん坂道をおりて歩いて行ったのだ。学園前駅を利用したことのある人は知っていると思うが、駅前広場と道路を挟んで、反対側に交番があるのだが、おまわりさんがいないことをいいことに渡っていったのだ・・・。「この人も(俺と同じく)大和文華館に行くのかな」と思った。直感で
 おっさんは案の定、大和文華館の門まで来ると、展覧会の看板を撮影して、門を入って行った。チケットを買い、坂を登って館に歩いて行った・・・・。

 俺は、門の脇にある展覧会の看板は撮影しないでチケット売り場の建物に歩みを進めた。
 広い駐車場には、数台の車が停まっている。前回は「1台しか停まっていない」と記事に書いたが。
 チケットを購入して丘の坂道を歩いて登る。曇天で蒸し暑い。汗が出るよ
 
 美術館の建物まで坂道を登る ↓ 坂道の途中に咲く白い花。
 ヒルガオのようなと思ったが、説明には「ムクゲ」とあった。 


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 大和文華館の花咲く庭園を「文華苑」という。案内図によると撮影したポイント付近には、「スイフヨウ」の花が咲いていて、7月-8月はシーズンて゜白い花が咲くようだが、わからなかった。見る限り、撮影した花はスイフヨウではないような。ほかに花は咲いていなかったと思うが、わからなかった。

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   ↓ 建物が現れた。蔵屋敷のような建物だ。壁は黒か緑のなまこ壁の模様が入っている。
    改めて見ると入口玄関付近には、展覧会の告知看板は無い。
    大名屋敷の通用口??のようであるが、自動ドアで入る。

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 遮光ガラスになっているので、外の眩しい光を遮断し、内部は適度な照度になっている。 

 検温は無かった。建物に入っても人はいない。向かって、右手の奥に売店があり、商品が並べてあるか゜、奥のレジの係員が1名いるだけだった。

 12:45過ぎに入館する。お昼休みの時間帯なので、検温は実施する職員がいなかったのかも。音声ガイドの貸出しは、(コロナの影響のためか??)無かった。
 ガラス張りの通路を歩く。数名の来館者の姿がある。展示室の正面入り口の大きなガラスの自動ドアをヴィーンと開ける。
 正面に独立した島状の設置された三個のガラスケースが「三連」で並んでいる。
 今回の展覧会の案内を読むと、これら正面の独立ケースは60年前の開館時はなかったという。
 当時の「開館案内」の展示がある。記載されている入館料は50円だ。この日の入館料は630円である。60年前とは「隔世の感」がある。

 前回2017年当時の訪問記事でも書いたが、各地の博物館、美術館の特別展、企画展では展示リストに「大和文華館 蔵」と書いてある文化財が少なからずある。しかも、ここ大和文華館は他館への貸し出しにも積極的である。特に所蔵文化財が限られる民間の美術館は、他館への所蔵文化財の貸し出しを行わない傾向がある。特に国宝や、有名に所蔵品はなおさらである。メインの展示文化財を貸し出ししてしまうと、公立の施設ならばともかく民間の美術館では、来館者数にも影響があるからであろう。
 対して、大和文華館は他館へメイン所蔵品の国宝など文化財の貸し出しを多く行っている。
 2014年の東京での日本国宝展には「寝覚物語絵巻」が出品されていた。
 2015年10月京都国立博「琳派展」では、尾形乾山の工芸作品(香合、火入など)が多数展示されていた。
 前回2017年の訪問は芸大美術館での「雪村展」に行った二週間後であったが、メインの展示作品は大和文華館の所蔵作品だった。今回の展示リストにも雪村の作品が展示されている。
 2017年秋の京都国立博での特別展「国宝展」にも「寝覚物語絵巻」と別の国宝が交互で出品されていた。
 何といっても、特筆すべきは昨年(2019年)秋の京都国立博物館で開催された 「特別展 佐竹本三十六歌仙 において、メインの展示作品が、ここ大和文華館所蔵の 重文 「小太君」であったことであろう。
 展覧会ポスター、チラシなどの露出媒体のメイン写真もこの 「小太君」であった。 国立博物館ではなく、同じ関西地区の民間美術館から貸出しされた作品が、天下の国立博物館の特別展のメインを張るとは、すごいことです。いっそのこと、ここで開催してもよかったのでは?、思うのは言い過ぎかな?。
 大和文華館は、日本の美術館において大変重要な位置を占める館である。

 大和文華館の説明では「・・・当時近畿日本鉄道の社長であった・・・・・によって、・・・・昭和21設立され、実際の開館までは14年の準備期間を要し・・・」とある。「・・・現在では国宝4点を含め・・・・」多くの文化財を所蔵していますという解説。敗戦直後の設立から、14年後に開館して今年で60周年である。
 
 最初、順路の表示と逆に見てしまった。順路は「ロ」の字状の展示室を反時計周りに見るようになっていた。
 最初の壁のガラスケース内には埴輪の展示がある。次いで、国宝「一字 蓮台 法華経」の展示がある。
 その先に、国宝「寝覚物語絵巻」が展示してあった。
 60年前と同じ展示構成を再現したそうだ。所蔵品を時代を追って展示しているようだ。

  入館者は、「ロ」の字の展示室の右半分のスペースに、10~15名くらいだろうか。前回来たときよりも、入館者は多い。


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