良月(りょうげつ)の たび日記

神奈川県 湘南地区在住。折口良月(おりぐち りょうげつ)の神奈川、東京、静岡、山梨、長野など関東近郊地域への行楽、外出。美術館、博物館めぐり。その他国内旅行などお出かけの記録。

2013年12月

 

三重県玉城町 「玉城米10kgと地元産野菜」 ふるさと寄付金「御礼の品」

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 クリスマスイブのこと。思わぬプレゼントが届きました。三重県玉城町よりふるさと寄付金の御礼の品「お米10kg」と地元産の野菜です。 寄附をしたのは、11月のことでした。玉城町ではクレジットカードによる寄附が可能であったため、一般的な郵便振替用紙ではなく、カードを使用しました。所定画面でパソコンでカード番号などを入力します。(カード番号の漏えいもあり得るので、買い物などにおいてもネットによるカード使用は注意しないといけませんが・・・。)
 野菜は「おまかせ」のため選択はできません。私の場合大根とさといもでした。大根は冬のこの季節らしい野菜のプレゼントでありがたいです。
 御礼の品で、お米の人気は高く、発送まで2か月程度かかるようなこともサイトに書いてあった?ので、年明けかど思っていましたが、予想よりも早く到着しました。
 ふるさと寄付金の御礼の品で「お米」はかなりポピュラーです。お米は日本人の主食であり、ほぼ全国の市町村で栽培されていますし、ふるさと寄付金の寄付先となる自治体は、農業を主な産業とする地域が圧倒的多数と思います。
 あるテレビで紹介されていた長野県阿南町は今年のお米の受付は終了したとか・・・。
 お米については、寄付金1万円に対しての「米のキロ数」も考慮しないといけません。
たとえば、
阿南町では20kg。
玉城町では10kg。
鳥取県のある町では10kg。+特産品。
一般的は5kg~10kgではないでしょうか。
高級米で2kgの町もありました。3万円で○キロ、の自治体もあったようです。ただし、1万円以上寄附をすれば一定量のお米がどの自治体でも御礼の品として貰えるわけではありません。
 お米の量がすべてではないので、「今まで通ったとこのある町」である玉城町に寄附をしました。鳥取県のある町も近くを通ったことはあるのですが、サイトを見ても、いまいち寄附の方法など説明が明確ではなかたので、カードも使用できる(つまり、寄付金制度に力を入れている)玉城町に寄付をしました。
 玉城町を通ったのは、玉城インターで高速道路を降り、宿泊する「旅籠屋」(はたごや)のある明和町に行った平成23年の3月のことです。もっとも高速道路は同町域内を通っているので、その後も気付くことはなくても高速道路で通過しています。先月も通過しました。
 お米の銘柄は「伊勢ごころ」。伊勢平野は広大な平野であり、昔からコメつくりが盛んだったでしょう。コメ袋にある「宮川そだち」のフレーズがよいですね。宮川は、伊勢湾に注ぎ、河口部では三角州が形成されている「伊勢の大河」です。地理の教科書や資料集でも宮川河口の三角州の写真が載っていました(私が使用していた資料集に。)。まさに、宮川の水が伊勢の米をおいしく育てていると言っても過言ではありません。

三重県大紀町「大内山アイスクリーム」 ふるさと寄付金「御礼の品」

 クリスマスも近づいた三連休のある日のこと、先日届いた三重県大紀町からのふるさと寄付金「御礼の品」、大内山アイスクリームを食べることにしました。 
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 カップアイスが9個と箱に入ったアイスが1個(容量は1リットル)。上の写真はカップのアイスのみです。冷凍便で宅配され、冷蔵庫に移しました。種類は、バニラ、イチゴ、グリーンティー、チョコ、珍しい種類として柚子があります。(数は、2個ずつ基本で柚子アイスのみ1個で合計9個)
(一定金額未満の寄附はアイスの個数が少なくなりますし、一定金額以上の場合、個数が多くなります。)

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 ↑ このうち、チョコのカップアイスを食べました。
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 ↑ 箱入りのアイスの中身。バニラです。大きさは、となりの定規と比較してください。たくさんアイスが詰まっていて、冬の寒いこの季節、アイスに困らないくらいあります。

 「御礼の品」は、ある日予告なく送られてきます。食品で冷凍や冷蔵ものなどの場合、長期留守にする場合は、寄附をするタイミングにも注意が必要と思います。米など保存がきく場合はあまり注意しなくてもよいと思います。 自治体によっては、発送日の目安をサイト掲載していることもあります。

 なぜ、大紀町に寄附をしたのか?
以前、熊野古道、南紀への旅で何回か通ったことがあったからです。道の途中、この町内の売店で食べた大内山アイスがとてもおいしかったのです。売店では、カップアイスではなく、ソフトクリームを食べました。サイトで調べると、このアイスのセットが「御礼の品」にあったので、大紀町を寄附先に決めました。
 一番最近訪問したのは、あの震災の直後でした。平成23年3月、原発の爆発と放射能漏れ事故があり、関東地域にも拡散が報道されていました。どれだけ放射性物質の拡散しているのか、子ども達への被ばくの影響はあるのか・・・、正しい情報は伝わらず、ウワサが先行しました。あの原子炉建屋の爆発映像を見せつけられると心は平穏ではいられませんでした・・・。
 もともと、このときの旅行は(震災前から)宿泊先を予約していたこともあり、何時間も並んで何とかガソリンを確保できたので(お忘れの方も多いと思うが、一時期、ガソリン不足の大混乱に陥った。)、予定通りの日程で出発しました。まるで、放射性物質から逃れるかのように・・・・。
 夜に自宅を出発し、途中SAで仮眠。翌朝大紀町、大内山までやってきました。高速道路のSA、PA以外で最初に大内山牛乳の売店で車から降りたこともあり、東北・関東地域から遠く離れた、放射能汚染の心配の無い、静かな山間の朝の風景が目に焼き付けられました。大紀町は海に面していますが、売店の周囲はぐるりと山に囲まれています。 当たり前のようにやってくる、当たり前の朝の風景がこんなにも有難いこととは・・・。


(参考 大内山アイスの売店の写真)
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 ↑ 撮影 2009年4月上旬の訪問時。 グリーンティーのソフトクリーム。売店では大内山牛乳の乳製品以外にも野菜や米、玉子なども販売しています。


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 ↑ 撮影時期 同上。国道42号線沿いの店の看板。南(尾鷲、熊野方面)を望む。


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 ↑ 震災直後の訪問時に撮影。上の4月に訪問したときの写真よりも、光が淡く、風景も冬の装い。北(通ってきた、松阪方面)を望む。

鳥取県 琴浦町 「松葉がに」 ふるさと寄附金「御礼の品」

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 今年は12月の21日、22日、23日がいわゆる三連休でした。その初日、鳥取県琴浦町から「かに」が届きました。寄附自体は11月に行ったので、いつ御礼の品が届くかは分からなかったのですが、思ったよりも早く来ました。
 カニは冬の風物詩であるので、漁が解禁の時期でないと「御礼の品」を受け取ることはできません。もっとも春や夏に寄附をして、カニを指定した場合、発送は11月以降順次の自治体もあるそうです。

 一定額以上の寄付金で「寄附額に応じて」カニの「御礼の品」を受け取ることができます。写真は松葉カニの(小)2ハイです。寄付金に応じて1ハイのこともあるようですし、ある金額以上では、大1ハイ、小2ハイなどと決まっているようです。
 
 ↓冷蔵便でこのような発砲スチロール箱に入って送られてきました。カニはすでに茹でてあります。(つまり、ボイルしたカニ。)自治体によっては、生のカニを発送してくれる所もある? 琴浦町での取り扱いで生があるかは、失念しました・・・。発砲スチロールのシールには「赤碕町漁港」とあります。昔の地図を見ると「琴浦町」の表記はありませんので、平成の大合併で誕生したのでしょう。漁港は昔の「赤碕」のままなのだと思います。
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 鳥取県は以前、山陽地方に住んでいたときに時々訪れました。上の子はゼロ歳の時から鳥取県に行ったことがあります。冬の時期に中国山地を越えて、境港までカニを買いに行ったことも懐かしい思い出です。最近では2011年の夏にやはり、境港を訪れました。ここから、車で中国山地を通過して旅行しました。大山の北側、日本海岸に位置する琴浦町は通過したことはありません。しかし、米子方面に行くときなどに近くを通ったことは何回もありますので、「かに」をゲットすべく今回寄附をしました。境港市への寄附でもよかったのですが、基準額が大きいので今回は断念しました・・・・。その他、鳥取県や鳥取市への寄附でもカニの御礼の品はありました。しかし、基準額が厳しく、断念。
 「品物目的」と言われればそれまでですが、寄附をするならば財政規模で恵まれている「県」や県庁所在地の市や地域の中核となる市ではなく、なるべく(人口規模の)小さな町や村に行うようにしたいです。 もっとも、市制を施行していても限りなく町や村程度の人口しかない自治体も多数ありますし、平成の大合併で市となったが、数年前までは、町や村で「市」というよりは、「町村連合」といった「市」もありますが・・・。

 ↓(下の写真は)食べたあとのカニの殻です。カニミソもおいしく食べました。「カニの身ほぐし棒」(略してカニ棒 ! 笑)はもともと自宅にあったものです。「御礼の品」には附属していないので、あしからず。自宅でカニを食べる人は必須のアイテムですね。(笑)
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「生誕140年記念 下村観山展」見学 横浜美術館

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 最近はすっかり美術館・博物館めぐりのテーマとなったこのブログ。12月も中旬、クリスマスも近い土曜日の午後。再び横浜はみなとみらい地区 横浜美術館にやってきました。
 子どもは近くの「三菱みらい館」で飛行機操縦のシュミレーターを待つ。その間私は美術館で「下村観山展」を見学します。前回11月の「横山大観展」はまさかの「招待券譲り受け」による無料券観覧。今回は通常料金でチケットを購入しました。1200円と大観展や他の美術館・博物館で開催される展覧会よりも安価。通常は1300-1500円くらいでしょう。
 本展覧会は、大観展に続き、大観と交友関係にあった日本画の画家の展覧会の開催というコンセプトなのでしょう。先週12月7日土曜日からの開催。目玉は、重要文化財の指定されている「弱法師」(よろぼし、と読むようです。)。観山の作品の中では、現在のところ唯一重文指定を受けている作品=最も重要な作品、と理解しています。大阪の四天王寺を舞台とする謡曲の一場面を描いたそうです。
 会期は来年2月の上旬までの約二か月あるが、「弱法師」の展示期間は開催日から12月20日まで。来週の三連休では展示していないことになるので、この日の訪問となったわけです。日本画、ことに「絹本着色」(正確には「著色」というようだが。)の作品は劣化しやすいようで、展示期間も短いのでしょう。
 私の見たところ、「下村観山展」(以下は「観山展」と書きます。)の入場者の数は、11月の開催最終日に訪問した「大観展」と比べると半分以下といったところでしょうか。音声ガイドも無し。近代以後の日本画において、大観はあまりにビッグネームなのでしょう。私でもずっと以前から知っているくらいですから。
 観山展は、当人が幼少期の作品から展示。10歳そこそこなのにものすごい立派な絵。早熟です。当時、他の児童、生徒とくらべて群を抜いていたのでしょう。当然ながら東京美術学校入学と首席?卒業と卒業後すぐに助教授就任。これくらいの幼児期からの才能がないと、現代においても東京芸術大学には合格できないのでしよう・・・。あまりにエリートすぎて現在の自分(私のこと)との境遇の違いを嘆いてこの時点で半ば興ざめ・・・。(完全ひがみ、ヒネクレです。笑。)
 抜群の才能がないと、職業画家として生計を立てることなどできないのでしょう。今も昔も。作品は横浜美術館所蔵のものも多い。自前の作品が多いため、上記したとおり、入場料が少しお安いのかも。横浜に三溪園に在住していたそうで、つまるところ最大の支援者(つまり、パトロンであり、作品購入者)が原三溪。当時、日本最大級の富豪(つまり、大金持ち。)。作品の説明にある「横浜美術館蔵。原○○・○○氏寄贈」は三溪の子孫なのだと容易に推測できます。IMG_0857









見学して外に出た後、懸垂幕のある建物外観を撮影。
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 美術館と反対側のビル群の上に月がでていました。クイーンズタワー?とその下のクイーンズタウン? 一番右のピルは今年初め報道映像でしばしば登場しました。まことに痛ましい事件でした。
 写真左は先月に「博多だるま」を食べたショッピングビル、マークイズ?というようです。開業は今年、平成25年(2013年)だったようです?。場所と名称がイマイチ一致しませんが、今年の大型商業施設の開業ということで、県内重要ニュースであったようです。間違っていたらスミマセン・・・・。
 観山展でも「チケット提示で対象店舗で割引。」のパンフがおいてあり(大観展よりも対象店舗数は少ないが。)、店舗が入っている建物の名前と場所が掲載されているが、なかなか覚え辛い・・・。
「MMテラス」、「マークイズ」、「ミッドスクエア」、「クイーンイズタウン イースト」、「クイーズタウン ウエスト」、「ランドマークプラザ」・・・・あなたは分かりますか?(キッパリ)。 「ランドマーク・・・」はさすがにわかりますが。(ポケモンセンターのおかげです。)「クイーンズタウン」もわかるようになってきました。(ここ数年で・・・・。みなとみらい線の駅のあるおかげです。)
 人の数がすごい多いとは(独断ですが)想えないのですが、これだけたくさんの店があって、郊外のロードサイドには大型商業施設があっても、新規に開業するとは、それなりに売上と利益がとれているのでしょう。すごいです。
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 帰りに某チェーンステーキ・ハンバーグ店で食事。この店では時々食べていましたが、ここ一年以上は食べていなかったので、久しぶり。店も改装になっていました。詳しい人ならば、皿でわかるかも・・・・。ガッツリ、ステーキというほうど空腹でなく、最近またおなかがでてきたため、軽くハンバーグにしました。あっさり好みで大根おろしをトッピングです。


羽田空港 第二ターミナル(夜間)見学

 都内から自宅に戻る途中、羽田空港付近を通ります。上野からの帰途は、レインボーブリッジを渡り、夜景を見せ(私は運転しているので見えませんが。)湾岸線に入りました。空港中央で一旦降り、第二ターミナル側のP4に駐車します。
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夏に「昼間の国際線ターミナル」に来たので、今度は冬に「夜の第二ターミナル」です。








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見学者用デッキ。現在放映中の女性パイロット訓練生のドラマでもロケをしたのでしょう、ここが映っていました。
今日ここに来たのは、ドラマの影響が大きいです。笑。






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写真の左は、展望レストランです。

北東方面(東京湾岸エリア方面)を撮影。
東京ゲートブリッジが実は写っています。
(写真では判別できないです。)




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望遠で撮影。スカイツリーが。
静止画像ではわかりませんが、ビル群の夜景というのは、航空衝突防止灯の赤い点滅が印象的ですね。






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反対に、南方向(東京湾の沖合)を撮影。

第一ターミナルの見学者デッキからは主に多摩川方向しか見ることはできませんが、第二ターミナルでは海(東京湾)の方向の見通しが良いので、こちらの景色のほうが、眺めがよいと思います。




 見学者用デッキの床面。写真ではわかりにくいですが、電球が組み込まれています。幻想的です。(つまりロマンチック。)
 某ドラマの影響か、ここに来てから私も「Say Again 」しか言葉を発していません。(見ている人ならば知っていると思いますが、ドラマ中の教官 国木田孝之介?のセリフです。)
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訓練生に「いいか、ひとことだけ教えてやる。(分からないときは)Say Again.」・・・訓練生、絶句・・・・。。。


管制塔の拡大写真。




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と、787が駐機しているのを発見。

とかく今年ニュースになりました。






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787の拡大。格納庫付近の作業中。









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もう一度、ターミナルと東京ビル群の夜景を。


「Say Again」
(↑ 関係ない!!)



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ターミナルビル内に戻りました。

「Say Again」
(↑ 全く関係ない!!!)





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ターミナルビル内のクリスマスツリーです。

日曜日の夕方の時間帯で行き交う人は多いです。見学は私達でけかも!?と思っていまうくらい。レストランも混雑しています。行列のできている店も。(イタリア料理店など)












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私たちは、1時間足らずで空港をあとにし、自宅に向かいました。
空港から自宅までは1時間もかかりません。





















江戸東京博物館 観覧「明治のこころ -モースの見た庶民のくらし-」 (と上野公園 散策)

 12月に入り、年の瀬のあわただしい時期ですが、突然出かけることにしました。
着いたところは、江戸東京博物館。下の子は二回目の訪問。前回は上と下の子を連れて三人できました。今回は下の子と妻と三人で行きます。車の場合、自宅からの道順はスカイツリーへの道とほぼ同じ。首都高速の最寄ランプもスカイツリーと同じく「駒形」。ここで下り、両国方面へ南に戻る恰好になります。遅い出発だったのですが、博物館の駐車場も空いていたのですんなり停めることができました。
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駐車場から博物館1階の入り口はすぐ。電車の場合、両国駅から歩いて、国技館の脇の通路を抜けて少し歩くのが大変ですが、車の場合、ほとんど歩かなくてよい。






 チケットを購入し、先に1階で開催している「モースの見た庶民のくらし」の展覧会を見学。会期は本日まで。モースといえば「大森貝塚」。モースは、複数回、来日して滞在していましたので定住したわけではない。それでも通算で4年あまりの日本滞在。二回目は妻子同伴できています。意外と明治初期のお雇い外国人は滞在期間が短いです。長崎のグラバー邸で有名なグラバーは日本人妻を娶っていますが、このような人は少数派なのでしょうか。分かりませんが。当時の欧米人にとって日本は未知の国であり、お雇い外国人の滞在は短期間がよいと考えていたのでしょうか・・・・。
見学後、常設展へはエスカレーターで登ります。(上の写真)
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入口のおなじみ「日本橋」。
本日までの企画展示が開催されています。







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企画展示は「幕末の江戸城と大奥」
あの「篤姫」の着物の展示もありました。
(特に私は、篤姫にこだわっている、といわけではありません。時にこのブログで言及していますが。)














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昼食のピーク時間帯は過ぎたので、そろそろ食事に行くことにしました。
7階にある和食レストランに行きます。
準備ができるまで少し待ちました。待合席にガラス窓があり、常設展のフロアを見下ろすことができます。

写真は日本橋のたもとですね。
橋の向こうに明治の東京の街が・・・。









DSC08699席はカウンターにしました。国技館方面のの眺め。雲は多いが、晴天です。14時に近い時間帯ですが、お客は多い。そして、客層が非常に高い。(年齢層が、です。)家族連れもいますが、少数。明らかに70歳以上の男性が、しかも1人で食事に来ていたりします。別に悪いことではありませんが、おひとりさまのリタイヤ世代が日曜の昼食で他に行くところは無いのでしょうか?。(行きつけの個人営業の店が日曜なので休みなのかも?)




DSC08701ざっとみて、客層の平均年齢は60歳どころではない。少なくとも65歳以上!?。「高齢者」の定義は65歳以上のはずなので、ここでも「少子高齢化」の縮図が見られました。
写真は私が食べた、あなごとごぼうの鍋御膳。量は少ないのですぐに食べてしまいました。

このあとは、下の子は、レストランと同フロアにある図書室で少しばかり読書。(学研の歴史マンガを!!。笑。)



 先の震災後、初めて江戸東京博物館に来ました。常設展示では、関東大震災の展示もあります。意外に展示を広くとっていたのが、幕末の安政地震の被害です。震災前(の訪問時に)はこれを意外に思い、知られていないがこれだけ展示をしていることは、当時としては相当の大地震であったのだな、と感じたものでした。(あとからは何とでも言えますが・・・・。)意外と幕府滅亡の一因でもあったりして・・・とも考えました。(私が仮説をたてても仕方ありませんが・・・・苦笑。)安政地震は、江戸直下の地震で、南海地震と連動して発生したことは、先の震災後よく指摘されるようになりました。防災計画も安政のふたつの大地震にも基づいて見直しされたと思います。それだけにこの地震に関する展示は東日本大震災後、改めて注目しないといけないと思います。

 続いて、上野に移動。公DSC08704園地下のパーキングに駐車できました。

上野公園の大道芸。ハイカラさんでしょうか!?。
















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イチョウ並木の葉はかなり落葉していますが、残っています。まだ秋を感じることができます。これから、クリスマスにかけて急速に「冬」の装いになるのでしょう。













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と、公園の広場でイベントを開催していました。
三重県は「伊賀市」のイベントです。時刻は夕方4時。ほとんど終わっていました。
伊賀といえば、忍者。かわい~。忍者さんです。ニンニン。





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伊賀牛などの出店がありました。
まだ開いている出店もあったので、伊賀牛ドッグを買いました。





DSC08712伊賀牛ドッグ。600円。
今年の1月、伊賀を通過しました。そのときに伊賀牛ではなく「トマトオニオン伊賀店」で食事したのみだったので、いわばプチリベンジです。
今から思えば、伊賀牛の店の前を通過していました。もっとリサーチしていればよかった・・・・。
ドッグは、下の子がすべて食べてしまい、味わうことはできませんでした。(泣)



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伊賀にちなんで、忍者衣装の集団です。
が、このテントのイベントもすでに終わっていました。







 このあとは、忍者ではなく、東京国立博物館を(また)見学。(笑)。妻はアメヨコへ。この日まで展示だった国宝室の「観楓図屏風」のみ見て、早めに切り上げ。あと下の子のために「例のピサ゜」を食べさせてあげました。伊賀牛ドッグを食べたのに、ピザまで食べました。まだ夕食の時間には早いのに・・・。
 その後は、車に戻り駐車場を出発。帰路の途中羽田空港へ。







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