良月(りょうげつ)の たび日記

神奈川県 湘南地区在住。折口良月(おりぐち りょうげつ)の神奈川、東京、静岡、山梨、長野など関東近郊地域への行楽、外出。美術館、博物館めぐり。その他国内旅行などお出かけの記録。

2014年05月

 

山梨県アンテナシュップ「富士の国 やまなし館」、山口県アンテナシヨップ「おいでませ山口館」 in日本橋

 全く違う地域にある、ふたつの県のアンテナショップが日本橋にあります。先日訪れた「三重テラス」や「日本橋しまね館」とは川を挟んで少し離れた所、日本橋の丸善の北側(東京駅八重洲口側)にあります。地下鉄日本橋駅の地上出口のすぐ近くですが、東京駅からも徒歩5分程度です。オフィスビルの1階部分にともにテナントとして入居しています。
 ↓山口県のお店の入り口。飲食店は無く、物産の販売のみです。
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 ↓山梨県のお店。「桔梗屋の信玄餅」が目立つところに陳列されていました。のぼりもたっていました。桔梗屋さんには「詰め放題」などでお世話になりました。(笑)また、目立つのはワインの棚。甲州ワインがたくさん置いてあります。
 今、話題の連続テレビドラマ「花子とアン」のポスターも。
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 ビル1階エントランスの様子。手前(左)が山梨県のお店、奥(右)が山口県のお店です。
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 ビル1階の奥に「ふるさと情報コーナー」がありました。全国の都道府県や市町村の自治体案内、就労、就農、観光地、名所、お店などのパンフレットが自由に入手できます。各地にある自治体のアンテナシヨップのパンフレットも置いてあります。まさに全国アンテナシヨップの「発信基地」といったところでしようか!?。
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国立公文書館 平成26年春の特別展「高度経済成長の時代へ1951-1972」 見学

 五月の休日のこと。よく晴れています。快晴です。たまた都内に私用で来ました。「そういえば、国立公文書館の特別展がまだ開催していたかな。」と思い出し、寄ってみることにしました。このときすでに「昼酒」をしていたので、少しいい気分。ホントニ「昼酒」はよく効きます。(笑)
 途中、「一橋徳川家屋敷跡」の碑を見つけました。説明によると、この付近一帯、大手町の気象庁のあたりまでを含む広大な敷地に屋敷を構えていたそうです。ここのご当主一橋治済(ハルサダ)の子が養子となり、将軍家斉になっています。(正確には旧字体です。)「斉」の字はおそらく父、治済の名から(サンズイを取って)貰ったのでしょう。そのまま「済」字をもらい「イエサダ」と読むとあからさま?なので、似た字を貰いつつ、読みを「イエナリ」としたのでしょうか。この養子入りには様々な疑惑、政争もあったようです。もし田安家にのちの松平定信が(養子に出ず)残っていれば、歴代将軍の名は違っていたのでしょうか?。定信が養子に決まった経緯、田安家当主の兄が死亡した当時はまだ田安屋敷にいたこと、その後当主不在の田安家をあとにし、松平家の屋敷に予定通り移ったこと、その何年か後に将軍家若君の家基が死去した経緯などが定信自身の「宇下人言」に書かれていたと思います。ある種、当時の定信の驚きと怒りが伝わってくるような書き方だったような・・・。
 父の策動?、猛烈な運動?、工作?などによって将軍になったともいえなくもない?ので、それだけ家斉は「ご実家」一橋家を大切にしたのでしょうか?。前回の特別展を見て、家斉の子だくさんについて書き込みしましたが、もとはこのお屋敷のご出身ということですね。
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 竹橋の坂を登り、近代美術館の前を通り、国立公文書館へ。私は少しばかり酔ってイイ気分。千鳥足でした。「千鳥足で千鳥ヶ淵をヨタヨタ歩く・・・。」って寒いギャグですね。(笑)ただし、ネタの映像は簡単に撮れそうです。(笑)しかし、この日は千鳥ヶ淵には行ってません。(笑)
 特別展の看板です。黄色が「バシッ」と目に入ります。前回の特別展は「緑色」の看板でしたが、ともに「原色バシッ」と目立って印象に残るデザインです。看板の中央右、オレンジ色の「ナナメの矢印 ↑」が「右肩上がりの成長」を感じさせます。
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 公文書の展示。フラッシュは禁止ですが、写真撮影は原則自由です。サンフランシスコ平和条約の原本。公布が4月28日と天皇誕生日の前日の日付になっています。「・・・(昭和)27年4月28日に発効し、日本は主権を回復した・・・」と説明にあります。
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 こちらは、サンフランシスコ平和条約を締結しなかったソ連との昭和31年の日ソ共同宣言の文書。戦争状態だったものを講和して国交回復したとのことです。フルシチョフなどロシア人の名がカタカナで印字されてまいます。つまりスターリン死亡後のソ連の指導者たちの名前です。この結果、ようやく10年以上にわたるシベリア抑留から解放された人も相当いたことでしょう。
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 日米安保条約の更新の文書。あの「アンポ反対」とはこのことだったのですね。なにぶん私が生まれる前のこと。のちの学生運動と混同していました。
 そういえば、新聞記事にも掲載がありましたし、公文書館のサイトにもあるのですが、昨年アベ総理がここを見学されたそうです。公文書館を訪問した総理大臣は初めてだったとか・・・・。来ようと思えば、霞が関や永田町からも近いのですが、初めてとは驚きです。公文書館についてようやく重要性が認識されたということなのでしょうか。  
  アメリカなどの公文書館では、学者やマスコミが請求し、「・・・〇〇の文書が公開されて、××だったという事実が初めて明らかになった・・・。」というニュースを見たり、聞いたりしたことはありますが、情報公開ではまだまだ日本は・・・といったところなのでしょうか?。
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 黒部第四ダムに関する文書。当時は水力による電源開発が主流だったのですが、多大な犠牲を払って発電所を建設したのですね。現在では原子力発電所問題がありますが・・・・・。いつの時代も電源開発には膨大な手間や犠牲が伴うのでしょうか・・・・。
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 オリンピック開催を控えた昭和30年代の東京。首都高速の計画図です。特に海岸線を走る首都高1号線がほとんど海べりか海上を通っていることがわかります。今でも首都高は海の上の橋脚を通っている部分もありますが、埋め立てが進んだ現在では運河の間を走っているように感じます。当時は、渚を走る風光明媚な道路(いわば『渚ドライブ』?)だったのでしょうか!?。現在の地図と比較してみると「海が広い」と感じます。隔世の感がありますね。
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文書館広報のキヤッチコピー?にもなっている公文書館保管の日本国憲法の原本。 IMG_1303




















 入口の写真。「ナショナル アーカイブス」とあります。公文書館も「アーカイブス」と訳すのですね。無人のように見えますが、誰も人が通過していないときに撮影しました。混んではいませんが、見学者はそれなりに多かったです。見学者は男性が多いです。(私もその一人。)年齢層は比較的若い。まじめそうな、メガネをかけた高校生や20歳台の社会人らしき女性もちらほら。天気のよい休日の昼間、1人で来ている若い女性もいました。
 今年の春の特別展は4月中旬から5月上旬までと昨年よりも日程が1カ月うしろにズレていました。うっかり忘れていましたが、たまたま思い出して見学をすることができました。
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鳥取県、岡山県共同アンテナシヨップ出店、ネーミング募集と「食のみやこ 鳥取プラザ」

 愛媛と香川のアンテナショップのすぐ近くに鳥取県のアンテナショップ「食のみやこ 鳥取プラザ」があります。鳥取といえば「カニ」。昨年末にはふるさと寄附金で松葉ガニをいただきました。
 このお店では、子供にはうれしい「ソフトクリーム」の販売もあります。大山乳業のソフトです。写真には、二階へ登るらせん階段が写っていますが、二階には鳥取の食材を使用したイタリアンのレストランがありました。しかし、先ごろ閉店しています。日比谷公園から歩いてくる途中で見たのですが、なんと鳥取県は近く岡山県と共同で新規にアンテナショップ出店し、既存のこのお店は移転することになっているそうです。
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 角度を変えてみると、隣に「スタバ」があるのが分かります。写真奥、歩道の先に先ほどの愛媛と香川のアンテナショップがあるのですが、写真ではその看板を判別できません。。。「新鮮野菜毎日入荷」とアピールしているのが特徴です。ただし、この日は連休の中日ということもあってか、余っているらしく値下げシールが結構貼ってありました。郊外の住宅地の立地ならばともかく、都心の店で休日に野菜を買うことはあまり無いと思います。
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 ↓鳥取のお店に来る前に見た様子。「鳥取×岡山アンテナショップ 出店準備中」とあります。道路を挟んで愛媛と香川の共同アンテナショップと反対側です。鳥取のお店は、現在の場所よりもやや新橋駅に近い場所に移転することになります。
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 この日は、これでおしまい。新橋駅から電車に乗って帰宅しました。
 帰宅後、岡山県と鳥取県のサイトを見たところ、東京に共同で出店する「アンテナシッョプの愛称を募集」とありました。岡山県は今までアンテナショップが東京になかったそうです。近隣の愛媛と香川の「四国連合」店に触発されたのでしょうか!?。こちらは「山陽山陰連合」店、又は「中国連合」店といったところでしょうか!?。
 応募期限は近く5月12日。夏に決定するそうです。実際の出店は今年の秋以降です。最優秀、優秀といくつか賞があります。最優秀で採用され、同じネーミングの応募が多数ある場合は抽選で特産品などのプレゼントがあるようです。元岡山県民なので、「岡山県」のサイトから応募しました。
 候補はいくつか考えました。鳥取と岡山に共通する人やモノで考えてみると思い浮かぶのは、江戸時代の大名池田光政候。最初、鳥取、次いで岡山に転封となり両方の領主になっています。そこで「MITSUMASA」を考えましたが、固有名詞はやめました。
 次いで言葉(方言)から取って「ようけ」又は「YOUKE」。銀座の広島のアンテナショップが「TAU」=「訪(た)う」と方言から店名を取っているため、これにあやかりました。つまり、「たくさん」という意味です。私は最初この言葉を聞いたとき「余計」と意味を勘違いしていました。「・・・ようけ、あるわ・・・。」といわれた私は「??」(笑)。キョーレツにインパクトに残った言葉なもので・・・・。
 子供にも応募を勧めましたが上の子は「桃太郎と因幡の白うさぎ」からとって「桃太郎ぴょんぴょん」とテキトーに言っていました。下の子は「とっとり・おかやまゆめテラス」と実にまっとうなネーミング。ハテ、どこかで聞いた店の名前だと思いきや、広島県のお店が新宿にあった当時の名前だったので、却下。(おそらく新宿のサザンテラスから取ったと思われる。)結局、私のみ応募しました。応募は一人一回までなので複数はできません。結局とある別のネーミングを考えて応募しました。多分、当選はしないです・・・・。


愛媛県・香川県共同アンテナショップ「せとうち旬彩館」

 日比谷公園から歩いて、新橋まで来ました。駅前の銀座側の出口の近くに珍しい共同形式のアンテナショップがあります。瀬戸内海を北にして面する愛媛県と香川県が出店しています。その名は「かおり姫(香媛)」愛媛と香川の両方をひっかけている絶妙なネーミングです。 IMG_1269



























 一階がお店、二階は讃岐うどん、海鮮などの地元食材のレストランになっています。 以前、私は仕事で外出の途中、地下鉄とJRを乗り換える際に、このレストランで食事をしたことがあります。そのときは、私はうどんを食べました。(サラリーマンの街らしく)近くの会社員達や買い物途中らしき主婦が食べにきていました。愛媛といえば、じゃこ天や鯛めしなどでしょうか。
 今日は、一階のお店では、真空パックの讃岐うどんなどを買いました。
 ↓お店の看板。近くにはカラオケ店、コンビニ、まんが・インターネットカフェなどが軒を連ねています。
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 ↓ 後日買った讃岐うどんを家で食べました。醤油はとくに「小豆島」など香川地元のものではなく、一般的な麺つゆです。(笑)
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明治神宮文化館 昭憲皇太后百年祭記念「明治の皇后」 見学と明治神宮

 5月の4連休の3日目、5月5日のこどもの日、明治神宮にやってました。前日までの2日間は絵に描いたような「快晴」。しかし、イザ本日外出してみると「曇天」で、しかも雨が降りそうだとの天気予報。
 まずやって来たのは、渋谷区立ポニー公園。久しぶりです。このとき、午前10時過ぎ。10時半からポニーの乗馬体験があるのですが、下の子は興味を示さず。一言「いい。」
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  「ポニーさんだ~。」と言って無邪気にはしゃいでいたころが、今となっては懐かしいです・・・・・・。「あの頃はよかったな~。」というとろでしょうか。もはやここで「ポニーに乗る」ことは無いのでしょう。(乗馬は無料なのに『乗ることは無い・・・』ナドとアツかましいこというな、ってとこでしょうかね。笑。)
 少しだけポニーさんたちを見て、公園をあとしに、明治神宮の森の中に入っていきます。
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 神宮の森の中を歩きます。今までこちらの門から来たときとは、まっすぐ正殿の方に歩いて行っていたのですが、今回は少し遠回りのルートを歩きます。と、宝物殿の前にやってきました。この建物を見るのは初めてです。重厚な建築物で、重要文化財にも指定されているそうです。付近には武道場もあります。普段、柔道などの講習も開かれているようです。
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 正面の門からは、建物を撮すことができないため、入口の横から撮影します。写真には写っていませんが、正倉院のような高床式です。正倉院の何倍の大きさがある巨大なコンクリート造です。
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 続いて参道を歩きます。宝物殿近くの広場では学生さんらしき若い人が何かのイベントの準備をしていました。神宮公認イベントなのでしょうか。
 更に、森の中を正殿のほうに歩きます。警備の車両が通ったり、警備員が徒歩で巡回しています。「なぜそこまで警備をするのか?」と思いましたが、先日、オバマ大統領が明治神宮に来たとニュースで放映していたことを思い出しました。保安上、原宿方面の正面入口ではなく、こちらの裏からの道の方が目立たず警備しやすいでしょう。この参道の先に、社務所の正面玄関と駐車場があったので、裏門、つまり代々木方面から入り、この道を通ったのか!?と思いました。別に警備や巡回はいつものことで、大統領が来たあとの「アフター警備」というわけでは無いでしょうけどね・・・。(そもそも「アフター警備」という語があるのでしょうか!!??)
 と、雨が降ってきました。予報では夕方からということだったのに・・・。
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 雨の社殿。今日は外国人が多いように感じます。結婚式の列もここを通ることがありますが、本日が式の場合はちょっと大変かも・・・、というより外は歩かないのでしょうか。
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 と社殿の脇に「こどもの日」のイベントの告知が。子供達が並んでいます。しかし、受付をしている様子が無いので、何かの会員限定か予約者限定なのでしょうか。ともかく、今日訪れて参加できるイベントではなかったです。雨が強くなってきました。写真でも雨が強く降っている様子が分かりますね。
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 DSC09260社殿も多くの人でにぎわっています。




















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 社殿をあとにし、原宿駅の方へ歩きます。途中の参道には「昭憲皇太后百年祭」の告知と、説明のボードが掲示されいます。写真はその中のひとつです。
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 大鳥居を抜けて、行きます。
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 新しい建物までやってきました。「文化館」というそうです。数年前に完成したと思います。それ以前はなかったと記憶しています。昭憲皇太后百年祭記念「明治の皇后」の展示の告知があります。先月、天皇皇后両陛下が見学されたというニュースをテレビか新聞で見たことを思い出しました。
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 円形の建物の一角に入口があります。二階に階段を上ります。入場は500円。先ほど通ってきた宝物殿も入場できるとのことですが、戻らなくてはいけないので、本日は無理です。一か月間は券が有効のようなのでまたの機会にします。当時の宮中の衣装の展示や、使用していた調度品、皇后の姿を描いた絵画の展示がありました。展示してある絵は明治~大正にかけての日本画の大家が描いたものも多かったです。
 富岡製糸場を訪問した皇后の絵の展示がありました。女工が繭から絹糸を取り出す作業工程の中を女官と歩く皇后の姿が描かれています。明治時代の当時、群馬まで皇后がわざわざ足を運んで視察されていたとは驚きです。同時に富岡製糸場が世界遺産に指定されることが、先日ほぼ決まったそうで、非常にタイムリーな展示でした。
 ↓写真は入口の様子。外国人も見学に訪れています。
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(追記)この二三日後の平日、秋篠宮さまも訪問したとニュースで見ました。非常に「タイムリー」な見学でした。
 次に、代々木体育館方面へ向かいます。雨もほぼやんできました。
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