良月(りょうげつ)の たび日記

神奈川県 湘南地区在住。折口良月(おりぐち りょうげつ)の神奈川、東京、静岡、山梨、長野など関東近郊地域への行楽、外出。美術館、博物館めぐり。その他国内旅行などお出かけの記録。

2014年10月

 

青蓮院門跡 将軍塚青龍殿 大舞台 眺望

 2014.10.26

 青蓮院門跡 将軍塚青龍殿 の大舞台に出ます。快晴の「青い空」。青・青・青 ですね。
 大舞台から眺望。
 まずこの景色が目に焼き付けられますね。京都駅方面には山がかかっていて眺望がきかないため、西から北西、北方向への眺めがよいです。

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 京都御苑方向。いや~絶景です。快晴で気持ちよい~。

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 南を撮影しようとしても、山にかかってしまい、四条付近より南はよく見えません。

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 東山に目を向けると、大きなお寺の門が目立ちます。「南禅寺」の山門だとすぐに分かりました。(実は南禅寺には行ったことがありませんが・・・。)山門に至る途中には、塔頭らしき堂宇の屋根が見えます。こうして見るとお寺の経営する学校?や公立学校?、集合住宅の建物も目立ちますね。

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 京都大学の建物。右の山は吉田山でしょう。写真には写っていませんが、黒谷さん、金戒光明寺の門や堂宇群がはっきり見えました。広大な境内を持つ大寺院とわかりました。この大舞台から見て目立つ寺院は南禅寺と金戒光明寺でした。あとは、比較的距離が近い、平安神宮がはっきり分かりました。

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  赤い大きい鳥居は、平安神宮と分かりました。写真中央に写っている四角いビルは京大病院ですね。たぶん。
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 二条城らしき森も見えます。市役所なども写っているはずです。
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 京都御苑と手前の鴨川をアップで。

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 京大病院の奥には、鴨川の流れがはっきり見えます。かなりの傾斜で川が下っている様子が見えます。
こんなに急な流れとは思いませんでした。上流にダムもなく、治水技術の発達していなかった江戸時代まではかなりの暴れ川だったことでしょう。
後白河法皇の意のままにならぬものは、「比叡山の僧兵と鴨川の水・・・」だったと記憶しますが、上から眺めてみると改めてその意味が理解できました。京都の都市の発達の歴史は、「鴨川の治水の歴史」といっても過言ではないでしょう。

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  「青龍殿」の裏側。新しい出っ張った建物の中に国宝「青不動」が安置されています。いわば青不動の真裏です。

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 大舞台は木製です。木の板と手すり。真新しいです。
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 広い大舞台、10時近くになると団体さんも続々やってきて記念撮影です。各地からバスでやってくる団体もありました。
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 大舞台の真下。雑木林に私達の影が映っています。写真真ん中がわたくし、りょうげつ の影でございます。(笑)
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 大舞台の「すそ」。景色を眺めた後はこの階段をおり、庭園を一周する順路になっています。

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青蓮院門跡 青龍殿 「青不動」 御開帳 拝観

 2014.10.26

 青蓮院門跡 青龍殿 「青不動」 

  「青龍殿」の入口。この建物の中に国宝「青不動」が安置されています。
 古い建物です。武道場を移築したものとか。
 内部は撮影禁止でしたが、後日個人のサイトなどを見ると内部の様子を撮影しているものもありました。もちろん青不動像そのものは特別な許可を得ないと撮影は禁止ですが、武道場の建物の内部は撮影OKだったかは分かりません。
 靴を脱いで入ります。お待ちかねの秘仏、秘宝「青不動」とご対面できます♪♪。

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 遠くから撮影した入口付近の様子。 堂内の手前(入口に近い方)ではご朱印(御開帳の特別なご朱印も。)やお守り、おみくじ、青不動や青蓮院に関する書籍、冊子、おみやげなどを販売していました。
 青不動の写真はウェブサイトで公開されているので、いまさら言及するまでもありませんが、やはり実物は大きいです。不動明王が乗っている緑色の「台」が写真では光って見にくいですが、実物だとよく見ることができます。
片目が下を向き、もう一方が上を向き、怒って剣と数珠を持っている姿が印象的です。
両脇の二童子は服従と反抗を表しているそうで・・・。不動明王像は世に多数ありますが、不動明王の怖い顔をしたお姿は、二童子の姿も含めて、人の心の内面を表しているのでしょうか。
 祭壇の内側には、受付で渡されたミニ「紙の青不動」に願いごとを書いて投げる、と聞いたように思いますが、だれもその内陣に投げていません。そのままミニ「紙の青不動」は持ち帰りました・・・。
 「青不動」は、祭壇の仕切りから5-6メートルくらいの距離にある、ガラスケースに入れられていて光っていると、個人のサイトなどには書き込みがありました。が、私としては、この秘宝の国宝をじっくり観察することができました。不動明王が乗っている緑色の「台」の部分はややガラスと緑の関係か光っていて判別しにくかっですが。背面の炎(鳥の姿をしている)まではっきり見えました。
 
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 と、黄色い袈裟を来たお坊さんが、内陣の横にあるドアからでてきました。新築の控室のようです。今から団体さんの祈祷を始めるようです。位の高いお坊さんのようで近くにいる「青はんてん」を来た係の人にあれこれ指示を出しているかのように話をしています。

 「大舞台」から見たお堂の真裏。真新しい部分に「青不動」が安置されています。
 ちょうど安置されている「真裏」にあたりますね。安置する場所は新築し、既存の建物に増築したのですね。

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 青龍殿 「大舞台」。元・武道場の建物だからなのでしょう、武道関係の団体が見学に来ていました。刀を入れるような袋を肩にかけているので居合道関係でしようか。

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 写真左の将軍塚をぐるっと回って、庭園を回遊する途中、青龍殿の遠景です。
 誤解していましたが、ここにもともとあったのはチケットを買った「大日堂」など
の建物のようです。この青龍殿は、京都市内にあった警察の大正時代築の武道場を移築し、青不動を安置する祭壇部分を増築してこのたび建築、落慶したそうです。
 たしかに、これは「新築」扱いで耐震基準など現在の建築基準に合わせるなど、「移築+増築」に数年かかったはずですね。そりゃ市も簡単に建築確認を下ろさないですね。
 ウチの自宅は(建築確認は)すぐに下りましたが・・・。それでも地域の建築協定など屋根の高さなどに制限はありました。一般住宅と比べても仕方ないですが、風致地区?や木造建築でしたらなおさら大変です。

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青蓮院門跡 青龍殿 「青不動」 特別公開

 2014.10.26

 青蓮院門跡 青龍殿 「青不動」 特別公開

 朝、8時半過ぎ青龍殿の門に歩きましたが、開門はしていませんでした。しばらく、東山山頂公園で時間をつぶして再度戻ると開門していました。
 すでに入場券には人垣が。早く着いたのにもかかわらず、道草をして出遅れをしてしまいました・・・。
 ただし、門の左は道路になっていて、壁で境内地と仕切られているわけではなく、時間前でも門の先まで行くことはできたようですが。
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 シャトルバスも到着しています。8時45分くらいの時点で、シャトルバスが下から車道を登ってくる様子が公園から見えました。地元のバス会社を借り上げで100円の運賃を取って運んでいるようです。
 入口には縦書きで「青蓮院門跡」とあります。
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 入場券売り場。「大日堂」とあります。ここで大人は一人で入場料1000円を支払います。
 ここでは、券の購入のみで、写真右に、券を見せて入る入口があります。
 ただし、撮影は帰る際にしたものです。 DSC00613



















 

 係の人は青いはんてんを着ています。入場券売り場とは別の、券をちぎる入口の学生アルバイトらしき若い女の子も皆「青いはんてん」です。すべて「青」です。
 進むと「青龍殿」の入口があります。この建物の中に国宝「青不動」が安置されています。

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 気持ちの良い快晴の空が映えますね。
  青龍殿の青不動 特別公開は、先の新聞広告にあったように、9時00分から21時までの長丁場。夜間はライトアップがあります。











 

 









青蓮院門跡青龍殿 「青不動」 東山山頂公園、駐車場付近

 2014.10.26

 青蓮院門跡 青龍殿 「青不動」 特別公開

  朝、8時過ぎに東山の山頂、将軍塚駐車場に到着しました。近くの展望台に向かい、市内の眺望を見ました。時間調整をして青龍殿の門に歩きましたが、まだ8時半過ぎ。開門はしていません。近くで待っている人は一人くらいです。
 ↓ 気持ちの良い「秋朝快晴の空」が映えます。英語でいえば「ブルースカイ」です。(笑)
   右へ入るバス通路は開いています。シャトルバスがそろそろ到着ですね。
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 ↓ 駐車場の方面から門。
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 道路脇の看板 「青龍殿 落慶 青不動明王ご開帳」
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 と将軍塚駐車場から青龍殿への道の途中に「京都一周トレイル」の案内が。
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 ここから「京都一周トレイル」を下り、八坂公園や青蓮院方面に下ることができます。
 車をここに置いて行くこともできますが、帰りの登りが大変そうです。
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 一旦、青龍殿から駐車場に戻ります。普通車で20~30台くらい駐車できるでしようか。大型バスの駐車スペースもあります。料金は無料で、管理人がいるわけではないです。
 普段は自由に駐車できまるので、ここは穴場です。しかし、青龍殿の青不動 特別公開中は、8時30分から入場ができなくなります。夜22時までは先のふもとにある臨時駐車場に誘導されるようです。つまり、朝早くならばここに(無料で)駐車して、青不動を拝観できます。一旦ここから車で降りたら、戻って来ることはできません。8時半以降は「出るのみ。」

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 公園から駐車場や青龍殿方面。
 公園といっても雑草が生えていて手入れや、管理が行き届いているとはいえないような。雑草に隠れて駐車している車を見えませんね。簡単な屋根とベンチがありますが、汚れています。なぜか、ここに陣取っている感じの初老の男性が一人いました・・・・・。特に青龍殿に行くという雰囲気ではないです・・・・。
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 上の写真のベンチ付近から、公園の南側。東山の峰々が連なっていると書きたいところですが、公園に隣接する土地は平坦な空地で「へリポート」になっていました。ただ、これだけ雑草が生い茂って管理されていないとイザというとき、ヘリの着陸は困難なのではないでしょうか。
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青蓮院門跡 青龍殿落慶 「青不動」 平成26年特別公開(東山将軍塚展望台)

 2014.10.26

 やって来ました。三週間ぶりの京都です。去る5日にも日帰りで京都を訪れました。元々、青蓮院門跡「青不動 公開」に合わせて京都を訪れる予定でいました。「青不動」は、平日の8日からの公開、京都国立博物館の特別展「鳥獣戯画と高山寺」の開幕が7日火曜日から。仕事の関係もあるのでも「青不動 公開」と「特別展 鳥獣戯画と高山寺」のために出直ししました。(笑)
 今回は夜行日帰りです。最初に東山の青龍殿に行きます。朝、8時過ぎには東山の山頂、将軍塚駐車場に到着しました。公開時刻までは少しあります。駐車場近くの展望台に向かいます。
 ↓ 展望台からの眺め。気持ちの良い秋の朝の快晴の空。絶景です。
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 駐車場から展望台へ向かう通路。周囲は散らばる落ち葉やゴミがあり、管理が行き届いているとはいえないような・・・。それにしても、ネコが多い・・・。
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 ↓拡大。京都御苑の更に西側。写真中央は、双ヶ岡のこんもりした丘でしょう。
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 ↓拡大。京都タワーはすぐわかるとして、京都駅のビルが黒い大船のようです。異彩を放っていますね。
 20年以上前でしょう、建築前も「古都の玄関に似合わない」と論争にもなりました。
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 ↓ 京都駅の北。東本願寺が修理中です。その奥に「京都水族館」が・・・。
  下の子の目的地はココです。(笑)
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智積院 講堂 書院(等伯 障壁画の複製) 見学

 2014.10.5
  
 智積院の書院の庭園から紹介します。
 歩いていくと庭園が見えてきます。更に進むと・・・。
↓ 少し引いたアングルから。池の対岸の「山」は蓬莱山を表しているように見えます。(独断)
   すると手前の池は「大海」となります。
いてきた方向(南)の庭園の様子。
 拝観券を買い、正面に進むと、講堂や書院などへ。門の前にも「名勝庭園」と看板があります。
 書院を外から撮影。右は名勝庭園を眺める人々。左のふすまは正面の間には、収蔵庫の国宝指定の等伯作品の模写というか複製。鮮やかな日本画の色彩です。金色も鮮やかですが、木や草の緑、水の色の「青」が印象的です。
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 講堂と書院?の建物の間にある枯山水の庭。
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 ここが講堂の玄関なのでしょう。七条通りの正面突き当りになります。
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 先ほどの入場した門の前まで講堂の縁側を歩いてきました。
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 縁側沿いに講堂を一周。

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 ピンボケしていますが、講堂の前を再び通り、門の外へ出ます。

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 次に、国立博物館の常設展に向かいました。智積院から徒歩5分もかかりません。しかし、信号待ちの時間があったので、5分では着かなかったような。



智積院 書院 名勝庭園 見学

 2014.10.5
  
 智積院にやって来ました。
 等伯の国宝作品群を収蔵庫で見学し、次の公開エリアへ。長い講堂の建物の横を通り、奥の方へ。
 講堂から先に見学したのですが、先に書院の庭園から紹介します。
 歩いていくと庭園が見えてきます。更に進むと・・・。
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 庭園を正面に望む建物がありました。茶室もあります。

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 靴を脱いで書院に入り、庭園を正面に望みます。東側に庭園が広がっています。「鶴亀の庭」のような庭園です。ただ、どれが鶴でどれが亀か分かりません・・・(笑)。築山の中央から滝が流れ落ちています。
 池付近は現世、滝の流れ出る山は天上界、いわば極楽の世界、そこに至る過程の人の様を山の中腹の石で表現しているのでしょうか??。
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 ↓ 少し引いたアングルから。池の対岸の「山」は蓬莱山を表しているように見えます。(独断)
   すると手前の池は「大海」となります。
   山の裾野から山頂まで「つつじ」が丸く刈り込まれています。春には赤い花が咲くのでしょうか、丸く刈り込ん   
  だツツジは亡くなった鶴松の魂を、一年に一回、毎年繰り返し咲く赤い花は、絶えることなく続く輪廻転生や「永遠の命」を表現しているのでしょうか。

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 歩いてきた方向(南)の庭園の様子。
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 枯山水の庭園は姿を消し、緑と水の明るい雰囲気の庭園です。いかにも安土桃山時代の豪壮な庭園といった趣です。どことなく、醍醐寺三宝院の庭園に似ているような。
 庭園の詳しい説明は智積院のウェブサイトをご覧ください。ここに書いた内容は私の独自の感想です。(笑)


(追記)
 庭園の奥にあったガラス窓の建物が2015年「京都冬の旅」で公開されるようです。見取り図には「宸殿」とありました。一般公開では手前の「書院」、つまり等伯の複製画のある建物までの見学でした。ただし、京都冬の旅の案内のパンフによると近代以降の画家の障壁画の公開などのようです。

 拝観券を買い、正面に進むと、講堂や書院などへの門。「名勝庭園」と看板がありました。
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智積院 長谷川等伯一派 障壁画 収蔵庫 見学

 2014.10.5
  
 智積院にやって来ました。
 拝観券を買います。正面は、書院などですが、まずは看板に従い等伯の絵の収蔵庫へ。
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収蔵庫の入口。内部は撮影禁止。内部は靴を脱いで室内に入ります。
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 智積院の拝観といえば、まず「等伯」です。やっと来ることかできました。(笑)
 内部の扉を開けて、(収蔵庫の)展示室に入ります。
 しかし、展示室に入って右にあるはずの「松に秋草図」は東京に出張中。(笑)。東京の「国宝展」で見ることにします。
 展示室は、かつて障壁画が配置されてあっであろう、書院を模しています。元々作品は襖として使用されるものですから、室内の正面奥は上段の間や床の間、違い棚のようになって障壁画が展示されてます。
 向かって、左の壁面に「桜図」など。等伯の子息の遺作ともいわれるもの。ヤマザクラのようで、花と一緒に葉がでています。
 一般に有名なのは「楓図」ではないでしょうか。近年は「例のCM」のため「松に秋草図」が一番知られるようになりましたが。「楓図」の場所は忘れましたが、画面の中央の木の幹の左の「川が流れる様子」は遠くから見ると「くじゃくの大きな尻尾」かとも思うくらい、円形のカーブを描いています。「花鳥図」かな??と勘違いしていました。(笑)
 正面の上段の間?の絵は、緑色の鮮やかな草の葉や松が印象的な「松にとろろ葵図」?一連の作品群の中では知名度が低いです・・・が大作です。
 元々は秀吉の子鶴松の菩提寺の障壁画なので「永遠の命」を表す、松などの常緑種の「緑」が印象的です。「楓図」のモミジ色も控えめです。
  音声で説明のアナウンスが繰り返し流れます。しばし聞き入りました。
  文化財指定のために「楓図」「桜図」「松に秋草図」と名称が付けられたのであって、西洋画のようにタイトルはなかったのでしょう。同じ等伯の国宝指定の水墨画「松林図屏風」とは随分趣が違いました。

↓ 写真左は、券売り場。奥の木々に囲まれた建物が収蔵庫。
 
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 境内入口付近の案内看板。本当に境内が広い、大寺院です。有料公開している部分は一部のみと分かりました。境内入口から入って正面の大きな建物は「金堂」。外観のみですが、無料で散策できます。
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智積院 拝観(境内の様子)

 2014.10.5
  
 昼食後、京都国立博物館「平成知新館」を見る前に七条通りの坂を登り、正面突き当りに立地する智積院に行きました。入口は、突き当りを右に曲がり東福寺駅方面に少しばかり歩きます。境内に入るとまず目に飛び込んでくるのが「智積院会館」でした。智積院の宿坊ですが立派な鉄筋コンクリートの建物です。敷地も広々としており、駐車場への道が会館の奥に通じています。車での来館宿泊が可能なようです。街中にある一般のホテルとは異なり、恵まれた広さです。
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 境内入口付近の案内看板。ご朱印所がありますが、一般の拝観受付は更に先にある建物でした。 
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 看板に従い拝観券売り場に歩きます。
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 講堂の拝観の途中、先ほど歩いて来た七条通りが見えます。通りの左には、三十三間堂の土壁が見えます。
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 ↓ 三十三間堂と京都国立博物館の間の道を歩きます。(上の写真と反対方向から撮影)
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京都 七条通り(智積院への坂道~鴨川 七条駅付近) を歩く

 2014.10.5
  
 (七条駅近くのマックで)昼食後、京都国立博物館の新規オープンした「平成知新館」を見る前に少し時間がありそうなので、七条通りの坂を登り、智積院に行くことにしました。三十三間堂と京都国立博物館の間の道を歩きます。
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 三十三間堂の出口前の信号から博物館西側の交番。「大仏前交番」とかつての大仏の名を留めています。また、道が広くなっているので「タクシープール」のようにもなっています。
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 ↓マックの二階から「七条大橋」交差点。鴨川と京都駅方面。
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 (206系統の)バスを降りたあと、昼食を食べていなかったので、食べる所を探しました。「おばんざい」の店など呼び込みをしていおり、結構食べる所はあります。しかし、手っ取り早く「マクド」(関東では「マック」と略称。)にしました。(笑)
 七条のマクドナルドは以前来たことがあるので、すぐ分かりました。交差点にあり、駅にも近く便利です。二階に上がって食べます。店内は広いです。都内の店は狭くて隣の人と近接してしまいます(横浜などでも店内が狭いことも)が、京都では街中でもゆったり、座って食べることができます。(笑)
 ↓席から見た「七条大橋」
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↓「七条大橋」から鴨川の南側。夕方、帰るときに撮影。   IMG_1937


 


















↓「七条大橋」から東山方面。夕方帰るとき、京都駅へ歩く途中で振り返って撮影。 
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「日本国宝展」(前期) 第一会場 見学 東京国立博物館 

 順番通り第1会場から見たのでは混むだろうと思い、先に第2会場から見学。その後第1会場へ。
 
  第1会場
 最初の展示は刻印の入った方形の石。つまり「仏足石」(薬師寺蔵)。混んでいてよく見ませんでした。続く壁面ガラスケース内の展示物も混んでいてよく見えません。
 その先に「正倉院の宝物」の展示がありました。11月3日までの期間限定の展示です。宮内庁が管理する財産のため、周知のとおり国宝指定は受けていません。現在、正倉院と一般に呼ばれる校倉造りの木造建築物「正倉院正倉」そのものは、宮内庁管理ながら国宝に指定されているのは、これまた周知のとおりです。
 本来、奈良の正倉院展で展示されるべき宝物なのだが、本展覧会のため東京に移送しています。「国宝 正倉院正倉」に伝えられた宝物を「国宝展」で展示するというコンセプトです。正倉院展と日本国宝展の共通の主催者である読売新聞社の関係で実施したのでしょう。
 「鳥毛立美女」(単に公式の呼称「鳥毛立女」と表記するのは、あまりにも惜しいので本ブログでは「美女」とします。)2幅の展示が目玉です。思ったようり大きく、大人の身長よりも大きい。色がはく落しているようで、実際は鮮やかな彩色がされていたのでしょう。元々は鳥の毛も付けられていました。
 第1会場では、入口近くの玉虫厨子(法隆寺蔵)の長方形ガラスケースや続く正倉院宝物の展示付近が一番混雑していました。
感想てしては・・・
 東京国立博物館サイトの「日本国宝展」の紹介ページに写真が掲載されていた「普賢菩薩像」。同博物館蔵なので、借りてきた展示物ではありません。いわば「プロパー」です。(笑)。サイトでは部分のみ、上半分しか掲載がありませんでした。サイトで見る限り、小さい作品かと思いましたが、思いのほか大きい。つかも下半分は象が描いてあり、「象さんの上」に乗っています。他の普賢菩薩の絵画や像もみな象の上の載っています。理由は・・・、普賢菩薩は象の上に乗っているものだからなのでしょう(と勝手に理解しました)。
 平等院の「飛天」も二体のみ展示がありました正確には、「雲中供養菩薩像」というそうです。平等院も修復が終わり、鳳凰堂の内部も公開されているので、二体のみ東京まで出張してきてくれたのでしょう。「二体だけならばよいよ。」と。ありがとうございます(笑)。
 鎧のジャンル。今回のテーマ「祈り」に即していうと、神社に古来、武運長久を祈願して奉納されたものがこんにち文化財指定されています。一番有名なのが、アノ「大山祇神社の鎧」でしよう。教科書にも必ずといってよいほど載っています。しかし、同神社からは、太刀がひと振りのみの出展。その代りというわけでは無いのでしょうが、大三島からも地理的に近い、世界遺産の厳島神社所蔵の鎧の展示がありました。
 昨年の大神社展でも大山祇神社から鎧の出展があるのかなと思いましたが、ありませんでした。今回もありませんでした。門外不出のお宝なので、よそでは展示したくないようです。「鎧はNGだけど太刀はOK。」といったところでしょうか。(笑)
 神社の宝物では世界遺産の「熊野速玉神社」が展示に積極的なようです。孤蓬庵(漢字一文字間違い)の次に行った京都国立博物館の平成知新館オープン記念の常設展「京(みやこ)へのいざない」でも、同神社所蔵国宝の展示がありました。
 神社、寺院によって博物館に協力するか否かの姿勢はかなり分かれています・・・展示を見る限り。ホンマモンの秘宝は出したくないですしね。会期の後半では、日御碕神社の鎧が展示されます。こちらもよく教科書に載る有名な鎧です。
 第1会場の出口付近に
「神功皇后坐像(八幡三神像のうち)」 三体あるうちの一体のみの展示。教科書にもよく載っている像です。

 11時頃に見終わりました。会場を出るときには、行列はありませんでした。昨日が国宝展開会後、最初の土曜日でしたが、あらかじめ混雑状況をサイトで確認したところ、さほど混雑はしていないようでした。
 日曜日の現在の待ち時間もおそらく「会場内は混雑しているが入場待ち時間はゼロ。」とサイトでは表示されているのでしょう。
 平成館1階の国宝展の紹介映像を見て、本館に移動しました。「近代絵画」のフロアでは、重要文化財の新たな展示はなし。売店横の部屋を抜け、本館二階に上がって、国宝室のみ見ました。「寛平御時后宮歌合」。文字が・・・読めません・・・・。(笑)

「日本国宝展」(前期) 第二会場から見学 東京国立博物館

 平成館の会場に入場しました。2階のエスカレータに乗ります。いつもの通り展示室は第1会場、第2会場と分かれていますが、順番通り第1会場から見たのでは、開館時の通例で混むだろうと推測し、第2会場から見学を開始しました。空いていました。
 公式には本展覧会で「前期」「中期」「後期」と区分されているわけではありません。しかし、作品の展示期間に応じて
 「前期」10/15-11/9(日)
 「後期」11/9-12/7(日)
 と区別されています。「中期」は、私が勝手に分類しました(笑)。

 ↓ 写真は、帰るときに下りのエスカレータから撮影したものです。登ってくる新規入場者が・・・少ない・・・です。
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 第2会場
 どの展示から始まったのか、よく覚えていないのですが、たしか最初の展示は、名古屋市の徳川美術館蔵「千代姫婚礼調度」。名古屋でもっと多くの品を見たことがあります。昨年も別の特別展で展示がありました。もはや常連さんですね(笑)。
 続いて、印象に残った作品を挙げると・・・。
 最初は、絵巻物がメインだったと思います。
 日本書紀の展示が最初のほうのガラスケースにありました。・・・初めて見ました。
 名古屋市の徳川美術館蔵 「源氏物語絵巻」 「柏木(二)」の展示、小さいガラスけーすです。展示場面はわずか・・・。そのため、このガラスケースの前は混みあっています。名古屋で見たことはあります。同じ場面だったと思いますが、忘れました・・・。
 
 大徳寺聚光院の襖絵 狩野永徳の「花鳥図」 聚光院の障壁画は初めて見ました。  国宝展に来た主な目的の一つでした。「鳥」についてはイマイチよくわからなかったのですが、「花」は、四面の障子にまたがり、向かって(右から)左にくぐっと太い木の枝がせりでていますね。力強く、まるで生きているんかような表現技法です。永徳作といわれる「檜図」と絵のタッチが共通しています。「檜図」は修復(朝日新聞社の後援)が完成し、来年の年明けに国宝室で公開されることがすでに告知されていますね。また、金色ではなく、淡いベージュのような色づかいが印象的です。
 「信貴山縁起絵巻」奈良の朝護孫子寺蔵・・・こののガラスケースが混んでいました。どうやら有名な作品のようです。
 「寝覚物語絵巻」奈良・大和文華館蔵。有名な日本美術を多数所有する民間美術館です。実のところ最近知りました。他の展覧会でも同館所蔵の展示物があり、「時々名前がでてくるけど、どのような施設なのだろう」と思ってネットで調べてみた次第です。
 「後鳥羽上皇像」・・・ガラスケースの中に上から吊りさげられて展示してあります。教科書に必ず掲載されますね。
 同様に、絵画の作品が並んでいます。そのなかで・・・
 狩野正信「周茂叔愛蓮図」先に絵巻物の部屋で展示があった「栄花物語」と並んで九州国立博物館が所蔵する国宝です。狩野派の祖、正信の作品の中で現在、唯一の国宝指定となっている貴重な逸品です。
 作品の描いている内容は、「周茂叔」という中国の人物が水面に咲いた「蓮」を観賞する。つまり愛(め)でる=「愛蓮」図、ということで作品のタイトル「そのまんま」です。やっと作品名の由来が理解ができました。(笑)。
 これら九博所蔵の両国宝を見てしまうと「九州国立博物館で所蔵国宝を見る。」という目的の半分を達成してしまう?ことになるので少し寂しいです。(笑)。
 続いて本国宝展の目玉でもある等伯の「松に秋草図」。
 先に智積院の収蔵庫を観覧したとき、収蔵庫に入って右側壁面に展示されているはずの本作品がありませんでした・・・。ここでやっと対面できました。とてもうれしいです。(笑)。
 私ごときが今さらいうまでもないでしよう。昨年来、中元の時期、お歳暮の時期とビールギフトのコマーシャル
に登場していました。電車内や駅など紙媒体の広告でも多数掲示されていました。ギフトのブレミアム性と「金屏風の豪壮さ」がマッチしている広告でした。なお、本作品の前にどっかと座って、このCM、広告に出演している俳優さんについては「スルー」します。(笑)。特に私から申しあげることは何もございません。(笑)。私は、テレビを見ていて、俳優さんはさておき(笑)、「松に秋草図 智積院蔵」と小さくテロップされた等伯の最高傑作に目を奪われたのでした。
 なぜ「祈り」がテーマである本国宝展にて展示かというと、鶴松君の菩提を弔うため秀吉が建立した寺の絵だったからにほかなりません。枯れることのない緑色の草木に永遠の命を表したのだそうです。

「支倉常長像」・・・今年の始めに展示があったイタリアからの絵画と容貌が酷似しています。実際の常長の姿を写実したものに間違いありませんね。
琉球王国関係・・・国王の「黄色の紅型衣装」は二年前、那覇市立博物館で見学しました。台風の中、飛行機で足止めを食ったので、その合間に(那覇空港からゆいレールに乗って)訪問したのでした。懐かしいですね。

 先に訪問した孤蓬庵(漢字一文字間違い)の「大井戸茶碗 銘 喜左衛門」がありました。井戸茶碗は朝鮮半島由来の日常使用する簡素な器と知りました。
 同じ大徳寺の塔頭つながりで、龍光院の「耀(曜)変天目」の展示があればなお凄かったのですが・・・。今年の某ドラマに関連して展示できなかったのでしょうか・・・?。テーマの「祈り」とは関係ないからでしょうか?。某ドラマの主人公となった官兵衛様の菩提を弔うのが龍光院(しかも戒名の院号)ですから、「祈り」のテーマに十二分に関係があると思います。しかも、NHKは国宝展の主催者なのに・・・・。もっと「官兵衛様」を前面に押し出して欲しかったです。(笑)
 第2会場の最後の展示に、元興寺の「五重小塔」がありました。三年前に元興寺境内の収蔵庫(宝物館)で見学しました。そのときに、「建造物として国宝指定されている」と説明文があったのでこの小塔について知りました。元興寺境内の収蔵庫では、1階に展示されていますが、そばに2階の展示室に登る階段があるため、(階段の途中で)高い位置(上)から「五重小塔」を観察することが可能でした。しかしここ平成館では上から観察するとこはできません。会場は平面なので「目線」からの観察となります。(笑)
 以上で、第2会場を見終わりました。

「日本国宝展」(前期) 東京国立博物館 休日の混雑状況(入場までの道のり)

 いよいよ始まりました。「日本国宝展」。同展のサイトによると、平成に入ってから国宝展は二回開催され、合計で120万人が見学したというのです。一回の展覧会で60万人が入場。連日盛況で土日祝日などは大行列たったことでしょう。その頃、私は過去の開催については知りませんでした。何をしていたのでしょうか!?覚えていません。(笑)。
 朝から混雑すると思い、朝一番の入館を目指して早めに家を出ます。朝食は御徒町で「朝マック」です。(笑)。なんやかんやいって、食べること、コーヒーで一服に時間がかかり、マックを出たときは、すでに午前9時。歩いて博物館に向かうのですが、完全に「出遅れ」です。(笑)
 で、門の前に到着したときは、9時10分を過ぎていました。朝一番は、やはり行列です。
 下の写真では・・・
 左の列・・・すでに日本国宝展の入場券やパスポートなどを持っている人
 右の列・・・当日券を購入する人。(写真右のチケット売り場で購入するため。)
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 当日券を購入する列(右側)は、動きません。日本国宝展の入場券やパスポートなどを持っている人は開館10分前には、順次入場していきます。団体さんは、ほとんど並ばずに入っていきます。(そのための団体旅行ですからね。)しかし、すぐに特別展会場(平成館)に入れるわけではなく、再度平成館前で並びます。当日券売場は、開館10分前を切ってから販売を開始しました。
 
 そして入場。さらに平成館前で並びます。ここでは、個人客も団体客も同じ列に並びます。と、団体サンのご一向が、すぐに入場できると勘違いして、平成館の入り口の方にズンズン進んでいきます。係の人に止められて「え~。聞いていないよ。」と添乗員がクレームをつけます。添乗員も必死ですね(笑)。団体客の人も「え~また並ぶの?」と不満顔。この方々は見たところご年配の男女が多いです。
 個人客は個人客で、開門前のことですが、ある小柄な男が延々と係の人に文句を言っていました。並んでいる人には皆その声が聞こえています。すごい大荷物を抱えて、服もシワシワです。ちょっと尋常ではないような感じです。それでも、係の若い男性(30歳前後)は、誠実に対応していました。若いのに偉いですね。よく対応を心得ています。まさに「大人の対応」でした。その男は、髪の毛はボサボサ。ただし、白髪ではなかったので、年齢よりも若く見えるのでしょうが、明かに60歳以上です。文句をいってた方々は、皆々様ほぼウチの親と同世代です・・・・。
 入場してから、平成館の前で再度並びます。列を乱さないよう、文句を言わずに並びましょう。(笑)
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 並んでいる途中、この看板の前まで来たので記念に撮影しました。すでにおなじみの像ですね。(笑)
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 結局入場したのは、9時45分~50分頃でした。

東洋館 青磁など 見学 東京国立博物館

 2014.10.12

 国宝室の空海筆の「風信帖」のみ見て、東洋館に移動。特定の企画展示は見たことがありますが、常設展示は初めてです。
 企画展で 青磁 の展示がありました。
 国宝の青磁です。
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 外観。
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 東洋館の内部。
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 ↓この日の東洋館前の敷地。気候もよいので皆さんイスに座って飲食したり、くつろいでいます。
  雲が多く、やや不気味な天候です。台風の影響です。
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 妻が西洋美術館で「ホドラー展」を見たいとのことなので、こちらで時間調整をしました。
妻と下の子は、このあと動物園に行きました。私は、ウフィッツイ美術館展をとも思いしまたが、昔現地に行ったことがあるので見ませんでした。ベンチで座って休憩していました。(笑)



総合文化展 国宝室「風信帖」 見学 東京国立博物館

 2014.10.12

 この期間の国宝室の展示は空海筆の「風信帖」。上野公園に来たついでに、年間パスで入館しました。
この三日後には「日本国宝展」が開始されるので、再び来る予定です。(笑)
 この日に来る必要まではないですが、本当にモノ好きです。(笑)もっとも、風信帖の展示は13日まで。国宝展で来ても同時に見ることができません。
 解説によると・・・・「風信雲書・・・・」と始まるのでこの名がついた。最澄にあてたもの。
 (最初は「風信雪書」と誤解していました。流れるような、尻すぼみの書体なので、「雪」と誤解してしまいます・・・・・。)

 文章の末尾近く(つまり宛名)にある「東嶺」とは、すでにこの時代に比叡山はこう呼ばれていたのだと分かります。
 以前、空海の書は、別の展示かどこか(歴史資料集?)で見たことがあります。とても力強い筆跡です。
 昨年の夏に平成館で見た「特別展 和様の書」に展示があったかなとも思いましたが、当時買った図録を見ると空海の筆跡の展示はありませんでした。

 ↓この日の博物館の敷地内。雲が多く、やや不気味な天候です。台風の影響です。
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 IMG_1860 ↓ 別の日に見た国宝の刀剣です。





 




「おきゃく TOSA DAINING」 高知県アンテナショップ二階 レストランで食事

 2014.10.12

 新規開店の石川県のアンテナシヨップを見た後、当初の予定だった「わしたシヨップ」へ。
 昼近くになったので、どこで食事をしようかという話になりました。下の子は「わしたシヨップ」内のイートインで「そば」(もちろん、沖縄そば)とサーターアンダギーを食べたい、と言いました。しかし、正午前ですが、イートインはすでに混雑しています。「炭水化物」ばかり摂るわけにはいきませんので、サーターアンダギーは持ち帰りにして、隣の高知県のアンテナショップの二階にあるお店で、まだ食べたことがないので、ここにしようと話がまとまりました。普段は食事場所ひとつをとってもモメるのに珍しいことです。(笑)。もっとも、私が原因、元凶!?。
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 レストランへのエレベータで上がります。二階で降りると、扉は無く、すぐに店の中です。
 まだ空席はありました。一階でのエレベータ入口では分かりませんでしたが、店内は結構席が埋まっています。
 私は2300円の「ミニさわち皿」。土佐といえば「皿鉢料理」。久々ですね。ミニなのは、本来、皿鉢料理は大人数で大きな皿に盛られた料理を食べるのが本当だからなのでしょう。
 かつおのタタキがついています。にんにくを巻いて食べます。ごはんは別料金です。寿司がついています。
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 ↓さしみ定食1300円。カステラのようなデザートが付いていますが、カステラではありません。(笑)
  ごはんとお味噌汁がおかわり自由です。銀座ランチでおかわり自由はありがたいです。
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 食事の後、上野へ向かいました。
 皿鉢料理が「久々」というのは、実に10年ぶりだからです。2004年の4月に訪れているので、丁度10年前のことです。
 このときは、高知市の「三翠園」に宿泊しました。
 ↓ 「三翠園」の門。
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「いしかわ百万石物語 江戸本店」 銀座 石川県アンテナシヨップ 開店

 2014.10.12

 有楽町駅で降り、交通会館を抜けて沖縄の「わしたシヨップ」の方向へ歩きます。信号待ちをしていて、反対側を見ると新しいお店が開店しています。なんと、石川県のアンテナシヨップが開店していました。以前は、有楽町の皇居側でしたが一旦閉店し、銀座側に移転の上、リニューアルオープンしたのでした。
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 入口付近。開店祝いの花がたくさん届いています。店の外観は、瓦の日本家屋をイメージした装飾です。
 一階の入り口付近に、テイクアウトの惣菜を販売しています。デパチカを意識していますね。地域の特産の惣菜を簡単にテイクアウトで食べることができます、というコンセプトなのでしょう。
 一階の売り場は、海産物の加工品や瓶詰など。意外と「治部煮」が置いてあります。
 地下一階にも売り場があります。地酒や加賀の和菓子など。奥にカウンターがあり、イートインコーナーになっています。食事やお酒を飲むこともできます。カウンターは10人も座ればいっぱいになってしまいます。
 開店したばかりで、食事待ちのお客さんが並んでいます。昼は天丼、海鮮丼、ステーキ丼など地元食材を使用した「丼もの」を食べることができます。食事のための列ができているため、和菓子コーナーなど地下の商品をよく見ることができません。(笑)。
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 IMG_1974お店の前で配布してたチラシ。ミニクリアファイルとチラシと割引券が入っています。



























 
 この日、交通会館の前では全国各地の野菜等の販売を行っていました。
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京都国立博物館「京へのいざない」 西門から退出

 2014.10.5
  
  
 新規オープンした「平成知新館」の三階を見てから、(ちょっとした)映像?コーナー、一階に階段で降りて、シヨップを簡単に見ました。夕方5時前です。ほぼ予定通り見学が終わりました。(笑)閉館時刻も近い。次にどこか行く所はないかと考えましたが、どこも5時で閉まりそうなので、京都見物は切り上げて帰ることにしました。(おうちに。笑。)
 家に帰るためには、一旦京都駅に出ないといけません。徒歩で行くことにしました。入場は正門(南門)オンリーですが、帰りは京都駅により近い(レンガ造りの)西門から退出できます。知新館を出て、西門に敷地内を歩きました。
  
 帰るときに正面から見た明治古都館。西洋庭園のようなシンメトリーの敷地と噴水、そして建物が印象的です。
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 西門を出ました。ともにレンガ建築の明治古都館と西門を一直線にとらえて撮影したいところですが、警備員がいるためうまいアングルで撮影できません。どうしても正面から撮影すると警備員が写り込んでしまいます。(修正すればよいのでしょうが・・・。)
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 ↓知新館と西門。門に続く壁もレンガ造りと気づきました。
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 西門の道路を挟んで向かいにある。お店やコインパーキング。次回は、車で来る予定があるので、どこか停める所はないか歩きながら「事前偵察」しました。(笑)
 博物館のタイムズは混雑で駐車できそうにないからです。
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「京へのいざない」(前期)見学 京都国立博物館(一階と三階の展示室)

 2014.10.5
  
 二階の一番奥にある「特別展示室」から見学開始。順番に二階の展示室を見学。階段で一階に下ります。二階の展示室前の廊から見下ろすことができるのですが、一階の奥半分、長方形状に吹き抜けになっています。吹き抜け部分の一階展示室に仏像などが展示してあります。
 大きな仏像の展示もあります。カテゴリーでいうと「彫刻」となります。「彫刻」では国宝の展示は無いようです。が、展示のほとんどは重要文化財です。一階「彫刻」展示スペースの一番奥に近いところに重要文化財「捨丸像」がありました。秀吉の子、鶴松の生前の姿を彫った木像のようです。先に見た智積院の場所にあった鶴松の菩提所、祥雲寺に安置されていたようです。 
 個別の展示室では、「書跡」「染色」「絵巻物」などだったと思います。
 国宝展示としては「手鑑 藻塩草」や万葉集、古今和歌集の一部がふりました。字がよめない・・・。「三大手鑑」のひとつ??として「藻塩草」は昨年夏の特別展「和様の書」で見たような記憶が・・・・。

 一階をぐるっと見学。西のレストランの近く(正面入口からは一番遠い所)にある「大エレベータ」で三階に上がりました。作品を載せるのでしょう。業務用のエレベータのようです。広いというか、デカい。見学者が乗ってもよいのかと勘違いしてしまいます。そのためかどうか分かりませんが、すいています・・・・。私以外誰も乗ってきません・・・・。(笑)

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 エレベータで上がった後、
 三階の展示室は、金工や土器、陶磁器などでした。
 「仁清」の磁器 重文指定がありました。仁清の国宝指定の作品は、(ここではなく)どこかにあったような。あの静岡の美術館だったでしょうか。都内の某民間美術館だったでしょうか。切手の図案にもなっていました。
 道長?がお経を埋めた金の筒(国宝)がありました。

 知新館二階から一階のロビーを見る。左が南側。右は展示室の壁。ガラスとの間の通路がもうけられ、人が行き来しています。展示室の南側壁面は窓無しで日光をカット。作品保護のため、美術館建築としてはあたり前で「贅沢な造り」です。住宅建築の点からすると「南側に窓無し」はもったいないです。(笑)
 陽の当たる南側は自由通路として行き来できるように設計したようですが、あまり見学者は通路を通っていません。写真でみてもすいています。
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 館内の写真はあまり撮っていません。というのは、二階のエントランス付近でバシバシ写真をとっていた女性がいたからです。私よりずっと年下でしょう。私も同じように写真撮影すると、その女性から「アタシを写したろ!!」とクレームをつけられても困るので、萎縮してしまいました・・・。(つまりビビッたってこと。笑。)
 その女性は、少し離れたところから、私のほうにも平気でカメラを向けたり、あちこちいろいろな方向へカメラを向けてバシバシ撮っています。この点「男から女」には言いにくい。「男はつらいよ・・・。」といったところです・・・。今頃私の姿は、この女性のプログかFBかツイッターの写真に(ワンノブゼムとして)載っていることでしょう。(笑)

 帰るときに外から見た平成知新館。南側全面はガラス窓のモダンな造り。ブラインドで直射日光をカットしています。
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「京へのいざない」(前期)見学 京都国立博物館(二階の展示室)

 2014.10.5
  
 京都国立博物館へやって来ました。9月に新規開館した平成知新館に入ります。
 国宝、重要文化財が常設展で一堂に公開されます。「京(きょう)へのいざない」と思っていましたが、「京=みやこ」と読むことを知りました。(笑)

 さて、どこの展示室から見るか・・・・。正面(といっても建物の東端に位置しているが)入口から一番奥にある「二階の特別展示室」から見るため、階段で二階に登り、他の展示室前の廊下を通過して「一番奥」の部屋に行きました。他のブログなどを見ていても、「一番奥の部屋から見る」のがよいようです。係員は「三階から」と案内しているようですが。
 ありました「伝源頼朝像」と「伝平重盛像」。小学生の教科書にも載るくらいなので、何回も子供の頃から写真を見ていますが、この絵を初めて見た多くの方々と同じように「想像していたよりも大きい。」が感想です。(笑)
 「現代言葉」で言うと「思っていたよりデカイ。」。ネット市民ふうに言うと「大っ!」でしょうか。(笑)
 二階は、主に「絵画」の展示室のため、私にとっては見やすいです。「絵、バシッ」と視覚に入ってくるので分かりやすいです。(笑)
 ひょう鯰図
 雪舟「天橋立図」と「山水図」も見ました。「天橋立図」は初めてです。(多分も「山水図」)思ったよりも大きな絵です。水墨画で緻密にえかがれています。
 あと、「山越阿弥陀図」禅林寺蔵のものとは違うようです。山の向こうに丸いお顔の阿弥陀様が現れる図です。太陽や朝日の信仰と阿弥陀仏の信仰が融合したような印象を受けます。
 二階には中国絵画の展示室もありました。

 国宝指定の絵画に関して一点、場所が分からないものがありました。二階の後は、一階に階段を下り、東から西の展示室に向かって見学。西のレストランの近くにある「大エレベータ」で三階に上がりました。三階は金工や土器、陶磁器など工芸作品。
 国宝展示であるばすの「山水図」南禅寺金地院?蔵をまだ見ていません・・・・。係員に聞くと先ほど見た「中国絵画」の部屋に案内されました。と、ありました。いつぞや見た雪舟の「山水図」と混同して「日本絵画」だろうと早合点していました。実は中国からの伝来品だったのですね(反省)。
 「京へのいざない」(前期)では展示替えがあります。山水図は前期の後半に展示。前期の前半(9月下旬まで)に展示されていたのが大徳寺高桐院の絵画(名前は忘れた・・・。)おそらく10月の高桐院の「曝涼展」で展示されるため「9月で展示を切り上げる」のでしょう。毎年10月の大徳寺本坊と高桐院の「曝涼展」いけば、今後見る機会は(1年のうち1日のみだが)あると思うので、今回は「山水図」(中国絵画と知った。)の展示期間にネライを定めて来たわけです。(笑)

 DSC00538知新館の二階から見える南側の風景。正門(方角は南)との間の通路を人が行き来しています。




















 二階の内部から見た明治古都館。
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京都国立博物館 平成知新館オープン記念展示「京へのいざない」

 2014.10.5
 先だっても投稿した記事にも書きましたが、大徳寺から「206」系統のバスで一路、東山(その前に北大路バスターミナル)経由国立博物館方面へ。この206系統は重宝します。
 大徳寺から京都大学の近くを通り、東山のメイン道路を通り、三十三間堂を経由して京都駅まで行けます。清水寺、祇園、平安神宮、銀閣寺(へはやや遠い百万篇)など観光ゴールデンルートをほぼ網羅しています。(笑)来るたひせに思うのですが、北大路BT(バスターミナル)でしばらく停車(と運転手交代)するのと、BTから一般道に出るのに待ち時間があるのにやや時間がかかります。
  バスに50分以上乗り、やっと「国立博物館三十三間堂」前で下車。特に道は混んでいたわけではなかったですが、北大路のバスターミナルでしばらく停車するのと、ここから一般道に出るのに待ち時間があるのと、祇園から清水道付近は人が多く乗ってきて混雑するから、などでしょう。
 智積院を拝観した後、国立博物館へやって来ました。東京国立博物館の「年間パスポート」を提示して入場します。(つまり、事実上の見学無料です。)この日は言うまでもなく常設展のみ。特別展はこの週(この日は日曜日)の火曜日?(か水曜日)からです。
 9月に新規開館した平成知新館に入ります。南門から入場し、まっすぐに知新館に向かって歩きます。本来は今年春の予定でしたが、夏の展示を考慮して(暑さのピークを過ぎた)9月の開館になりました。
 ↓ 三十三間堂の前から撮影した博物館。
  写真左の博物館入口付近にに「京へのいざない」と「高山寺と鳥獣人物戯画展」
  の告知看板があります。
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 モダンな建築の平成知新館と正面入り口(といっても建物の向かって右端にあるが・・)。
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 入口付近から見た西側の様子。館の前の人工池と遠くにレンガ造りの西門。
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大徳寺 塔頭 瑞源院跡

 2014.10.5

 孤篷庵の見学を終え、元の道を戻ります。庵と高校の敷地の間の藪の一角に小さい石碑がありました。
「瑞源院跡」とあります。おそらくは、紫野高校の敷地のほとんどは瑞源院の境内地ではなかったのでしょうか。明治以降の廃仏毀釈などで廃絶したのでしょうか。寺院の跡地が公有地や学校用地、住宅地になっていって現代に至ったのでしょう。DSC00505




















 一緒の組で見学した人達も三々五々散っていきます。今宮神社の参道方面へ元来た道を下ります。
 右は紫野高校の敷地、左は高校のグラウンドやテニスコート。グラウンドも昔は大徳寺の塔頭など寺院があったのかも知れません。孤篷庵も昔はもっと敷地が広かったといいますから。
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 大徳寺の本坊でも特別公開を実施しています。先の孤篷庵でセットの入場券を買えば割引価格になりますし、本坊を先に見学した人は提示すれば、孤篷庵が割引になりました。本坊は、昨年の春に特別公開で見たことがあるため行きませんでした。前回の特別公開時とは別の本坊内の堂宇も公開されているようですが・・・・。まずは、年に一回の「虫干し」に行くべきでしょうか。本年もこの日からちょうど一週間後の日曜日に開催予定なのですが、さすがに来ることはできないため、来年以降の課題とします。気長に機会を待ちます・・・。

 「建勲神社」の交差点付近。バス亭でバスを待ちます。と、先ほど同じ組だった20台の社会人とおぼしきカップルが歩いて来ました。そのまま大徳寺前の信号の方へ歩いて行ってしまいました。(だから何だということはないのですがね。笑。)IMG_1930



















 
 ここからバスに乗り、国立博物館方面へ移動しました。

(追加)
 京都観光のサイトを見ると「瑞源院跡」の石碑の別の面には「大光院跡」とも刻印されているそうです。石碑の東側にある紫野高校の付近には、現在龍光院の隣にある大光院があり、グラウンドやテニスコート付近に瑞源院があったのでしょうか。
 















大徳寺 孤篷庵 特別公開 見学(忘筌、直入軒及び山雲床)

 2014.10.5
 
 次の部屋に入ると「赤い番号札」を回収されました。
  
 説明が始まります。ここは「忘筌(ぼうせん)」。なんと、本堂に続くこの部屋が「忘筌」でした。
ボウ・・・・は忘れるの意味。
セン・・・・は、 ・・・・。(詳細は忘れた・・・。笑)
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 忘筌の造りは、西に向いている。
 障子は、西日をさえぎるように(上半分に)なっている。(下が空いている)。西向きの茶室は珍しい。直入軒が障子の向こう、向かって右側に見える。茶聖といわれる利休は、にじり口を作って、身分の高い者でも頭を下げさせた。が、ここは、会釈するていどで、障子をくぐって入ってくることができる。利休は、堺の商人だったが、遠州は武士だったので、頭を下げさせる必要はなかった。
 では、忘筌でお茶はどこで入れるか?遠州は、部屋の奥、床の間の横にすわった。床の間の横にも窓が空いており、庭と床の間(の飾りなど)の両方を主人の遠州が見ることができる自分に贅沢なつくりになっている。
 天井は「砂ずり天井」。貝を粉にした漆喰、障壁画も白に探幽の水墨画。床は貼付け壁。完成したときは一面「白」だった。西から太陽光線があたり、波がゆらいでいるように見える。また、柱は釘隠しがついている。
 ちなみに、利休は「黒」がシンボルカラーだった。

 庭の手前の手水鉢は「結露」と刻む。
 ウサギの耳を「結露耳」という、「ぼうせん」と対句になっている。(この意味は理解できませんでした。)
 灯篭は、上は唐、中国のもの、中は天竺、インドのもの・・・と三段重ねている。外国からよいものをもってきている。 

 松花堂昭乗の話がありました。・・・・・が、内容は、忘れました。(笑)
 昭乗が作庭や設計にアドバイスした?。交流があってここに招かれた?。お茶の仲間だった?のような話だったような・・・・・。ともかく、遠州にとって重要な役割を果たした人物で、松花堂弁当の語源にもなったといわれる人だそうです。

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 次は「直入軒と山雲床。初公開です。・・・・」と説明があります。少人数で順番に順番に直入軒(じきにゅうけん)へ。通路が狭いので壁や柱、襖、障子などに触らないようにと改めて注意が。
 
 ここは、遠州が生活した部屋で二間(ふたま)あります。見学者は座って説明を聞く。座って、南の庭を眺めます。
 と、例の青い服の女性(と連れの女性)が私斜め前で正座しています。私の座ったところからは、柱の陰になって、直入軒の南庭の様子はよく見えない。と、同行の女性がその人(青い服の女性)に「どうぞ」と座ったまま庭園を見やすい位置に移動するよう勧めます。もちろん私に声をかけてくれたわけではないので、私は首を伸ばして、庭を見るしかありませんでした。
 青い服の女性は上着のすそ、というかパンツの丈が短いようで、座ると腰の部分がまくれて背面のパンストが丸見え。狭い部屋に人が集まっている中でこの姿はよくないと思うのですが、気付かない模様というか、気づいていてもいかんともしがたいのでしょう。そういう服なのですから・・・・。私が言うわけにはいきませんので、黙っておきました・・・・。
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 生涯で400回は茶会を開いたといわれる。最後は死の五日前に大阪で開いた。ここで69歳の生涯を綴じた。
(現在の建物は、火災で焼けた後の再建)墓所もここにある。小堀家の菩提寺である。


 山雲床(さんうんのじょう)は、四畳半。
 龍光院(りょうこういん)の密庵(みったん)席をもとに、松平不味が(再建のときに)建てたともいわれる。へん額「山雲床」は、こちら(直入軒の部屋)から見えない、反対の天井にある。北側に入口がある。ここから入ってくる。軒の前の庭は、南に面している。
 ツツジの花は、丸くきっている。遠くを大きく、手前を小さくしている。遠州は、近江の出身なので庭には、近江八景の風景を取り入れている。


 狭いのでさわったり、キズつけたりしないよう住職から言われている。公開も残り五日で、傷付けることのないように(お返し)したい。
 遠州は近江の長浜の人。1579年生まれ。遠州の作成した庭は多くない。例として修学院離宮などがある。ここの庭は全て遠州が作庭した。数少ない庭。遠州流や伝遠州の庭はたくさんある。桂離宮もそう(伝遠州の作庭)だ。


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 「山雲床」の額をのぞきこんで振り返るように確認。確かにあります。探幽の水墨画もある程度じっくり見ることができました。が、途中で「そろそろ次の組が来るので時間です。」と名残オシイですが、まだ見学途中ですが、退出することになってしまいました・・・。
 直入軒の説明を終え、元の部屋に戻りました。次の組(25人)が忘筌で説明を受けています。私達は、そのとなりの畳の部屋を通って退出しないといけません。しかし、忘筌との間に仕切りは無いので、至近距離です。そのまま居座ってもう一回説明を聞くことができないかなと思いましたが、やめました。本堂の方を見ると、その次の組(25人)が本堂横の松の絵の部屋で説明を受けていいます。どんどん入れているようです。
 先の「赤い番号札」は説明のグループごとに整理するために配布している模様です。私の場合は赤でしたが、別の色の札も配って回収していました。
 そのまま本堂の裏を通り、先の庫裡に戻っります。歩きながら、同じ組だったカップルが「よかったね~。」と話ながら歩いていました。(だからどうだってことはないのですが・・・。)
 庫裡と本堂の間には掃除などの道具が雑然と置かれています。庫裡に続いて、住職の家と思われる建物が(出口とは反対方向の)奥に続いていました。住職も「小堀」姓ですから、末裔なのでしょう。
 荷物の札を渡して、受け取り、庫裡の前の石畳を歩いて門の外に出ました。約30分の見学でした。列はやや少なくなって50人くらいだったでしょうか。昼どきですからね。

  山雲床は(さんぬんのじょう)か(さんうんのじょう)か発音が難しいです。
↓ 写真は見学後に撮影。堀の上の石橋は遠州がかけたものだそうです。
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大徳寺 孤篷庵 特別公開 見学(本堂)

 2014.10.5

 1時間ほど並んで、ようやくチケットを購入します。並ぶときは二列と言われていましたが、チケットは一人ずつ購入します。絵葉書のセットも売っていましたが買いませんでした。
 敷地内部に入り、敷石の上を庫裡へ歩きます。庫裡で靴を脱ぎます。そして、荷物を預け番号札を受け取ります。係員に本堂の方へ進むよう言われます。本堂の前に庭園があり、ここで25人が入るまで待機します。入場の際に赤い番号札を渡されました。中で渡すようです。
 説明が始まりました。見学者は庭園を望む縁側に座って説明を聞きます。説明係は「京都秋冬」の名札を下げた女性です。庭園は枯山水なのでしょうが、白ではなく、茶色い土の庭です。
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 ここは小堀遠州の建てた庵。もとは龍光院の中にあったが、16××年にこの地に移った。(大徳寺で)一番西にある塔頭。真ん中の部屋は本尊の釈迦如来像。小堀遠州の位牌、左?に大徳寺の開祖 春屋宗園、小堀家
一族の位牌がある。

 庭は禅宗なので枯れ山水。赤土の庭。庭園には、生け垣が三列ある。手前の二本は水を、一番奥の生け垣は水平線を表している。昔は(境内の周囲に生えている)木が多くなく、視界をさえぎるものはなかった。南の船岡山を借景としている。ここは、京の北にあたり南から緩い傾斜になっている。昔はかなり遠くまで京の街を見渡すことができた。


 縁側の扁額は右から「孤篷庵」と書いてある。遠州の直筆。部屋の障壁画は狩野探幽。向って左の部屋は松の障壁画。(説明はきき逃した・・・・。)
建築から140年後に一度焼けた。その後、松江の松平不味公が再建した。庭園と境内は史跡と名勝に指定されている。建物は重要文化財に指定。遠州はここを建てて三年後に死んだ。
 孤篷庵は舟に見立てている。
 「孤 」 の意味の説明がある。(詳細は忘れた・・・。)
 「篷」は草冠(かんむり)ではなく、「竹」冠。屋根のついた舟。舟で進む心境をあらわしたもの。
遠州の庵号でもある。


 先程の(入ってきた)入口は勝手口。正式な入口は、庭園の(向かって)左にある門。庭の左にある木は、背が低いが樹齢150年くらいのものもある。伸びないように手入れをしている?。
 京都の冬は寒い。雪がつもると(庭園の光景が)美しい。京都はたいてい、年に一回はどかっと雪が降ります。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 本堂の真ん中の部屋とその左の松の障壁画のある部屋を順番に見学します。約25人の集団なのですぐには見れず、順番に、そうするうちに次の説明が始まってしまい、聞き逃した説明もあります。
 と、本堂の説明を聞いて、見学しているうちに気づいたのですが、先ほどのバスで一緒だった「青い服のメガネの黒い髪の女性」が同じ組にいました。先ほどは一人でバスに乗っていたはずですが、現地で待ち合わせしたのでしょう、背の高い女性(30歳前後くらいか)と一緒の二人連れでした。私のうしろでずっと並んでいたのでしょう。やはり、目的地はここでしたね。(笑)
 本堂の説明を終え、次に奥の部屋に進みました。その際に先の「赤い番号札」を回収されました。すぐに回収されたのでなんだか拍子抜けでした・・・・。
 中に入って説明を聞いた人数をカウントしているのでしようか。

↓ 写真は見学後に撮影。堀の上の石橋は遠州がかけたものだそうです。
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 写真であらためて見ると、並んでいる人は比較的年齢層はバラバラで若い世代も多いです。
 















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りょうげつ

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