良月(りょうげつ)の たび日記

神奈川県 湘南地区在住。折口良月(おりぐち りょうげつ)の神奈川、東京、静岡、山梨、長野など関東近郊地域への行楽、外出。美術館、博物館めぐり。その他国内旅行などお出かけの記録。

2014年12月

 

銀座 福井県アンテナショップ 名物「越前おろしそば」

 (2014年9月訪問)
 2014年の大晦日。「年越しそば」にちんで「今年食べたそば」からのひとコマ。

 銀座のアンテナシヨップ街までやってきました。福井県のアンテナショップにやってきました。先ほどの「日本未来館」では、コンビニおにぎりを数個食べたきり・・・。小腹がすきました。
 このアンテナショップにはイートインコーナーがあり、軽食をとることができます。迷わず名物「越前おろしそば」を食べました。 
 ランチタイムを終わると食事メニューが終了してしまいます。ラウトオーダーの時刻ギリギリに間に合いました。
 今年の春先に福井県に行ったときは、本格的に「おろしそば」を食べることができなかたので、ささやかな「リベンジ」でした。「福井の仇を銀座でとる。」といったところでしょうか!?。(笑)
 大根おろしが効いています。ピリリと辛いです。まだまだ暑いこの季節に合いますね。
 ↓写真はざるの大盛りです。値段は税込925円(おそらく3月までは900円+25円のところ4月以降税込価格を据え置きしたのだと思います。)。
 大盛りといえど、ペロリと食べてしまいました。(笑)
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「ふるさと寄附金」 今年(平成26年)寄附した 島根県飯南町 の位置、地勢など

 島根県飯南町から届いた「ふるさと寄附金」 の「お礼品」 コシヒカリ10キロ。  
 先の記事で「(飯南町は)2011年の夏、広島県から島根県に行く途中・・・、通っただけなので、撮影していないようです。・・・」と書きましたが、・・・当時の写真を見て、道路地図と突き合わせすると撮影していました。(笑)
 ↓ 温泉施設の周囲の風景。山間部に田畑が広がっています。
   まさに「飯南町 こしひかり」、「飯南牛」のふるさとの風景です。
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 このときは、三瓶山が目的地でした。大田市と飯南町にまたがっている山なのだと改めて気づきました。太田市は、現在世界遺産に指定されている「石見銀山遺跡」で有名ですから、どうしても飯南町のことは忘れてしまいがちです。申し訳ありません。お詫びします。(笑)
 ↓ 三瓶山に向かう途中、道に迷って一旦車を停めた温泉施設。三瓶山は火山ですから近くには温泉があるのですね。
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 ↓三瓶山のリフトからの眺望。写真左側は飯南町の町域です。

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 ↓ 飯南町域のアップ写真。このとき撮影したのはたまたまです。(笑)
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 飯南町は、平成の大合併で頓原町と赤来町が合併して成立した、と町の紹介ではあります。
 ↓三瓶山の山頂にある案内板。看板右に「頓原町」とあります。
  合併後、表記がそのままになっているのでしょう。
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 ↓飯南町のこしひかり10キロ。5キロの袋が2袋、段ボールの中に入っています。
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←袋に
 場所も書いてあります。
 覚えました。
  もう忘れませんよ。
  (笑)















 







 

島根県飯南町 こしひかり ふるさと寄附金 お礼品

 平成26年も押し迫ってきました。今年は「出遅れ」だったため、押し迫った時期に連続してお米が届きました。去年も暮れになってから、急いで寄附したのですが「今年も」出遅れでした。(笑)
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 島根県飯南町から届いたお米 こしひかり10キロです。5キロの袋が2袋、段ボールの中に入っています。
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 飯南町も以前「通った」ことがあります。先日届いた「市川町」に続き今回は「通ったことのある自治体」に新たに寄附をしました。
 2011年の夏、「広島県から島根県」に行く途中のことでした。当時の写真を探しましたが、通過しただけなので、写真撮影はしていないようです。三次市から山中の道に入り、県境の峠を超えると国道は下り坂になります。当たり前ですが・・・。(笑)
 島根に入って最初の街が飯南町でした。町内のとある場所(多分、道の駅)で一旦休憩した記憶があります。その途中、見えたのは「牛肉」の看板でした。山間の小さな町ですが、国道沿いには「地元産の牛肉ステーキ」を売りにするレストランもありました。和牛の生産が盛んなのだなとこのとき私は知りました。もっともツレは、この周囲で和牛の飼育が盛んなことを知っていました。
 ふるさと寄附金のお礼品でも「飯南牛500グラム」(寄附1万円以上などの場合)もありましたが、今回はお米にしました。別の自治体ですでに牛肉を選んでいたので。ただし、牛肉が届くのはまだ先になりそうです。
 最近たまたまもらったお米やもあり、お米は当面買わなくて済みそうです。(笑)
  ん、記事のタイトルが「ふるさと寄附金 御礼の品」となっていません。飯南町からの伝票には「ふるさと納税 お礼品」とあったので、「お礼品」としました。










 

京都 方広寺 釣鐘 見学

 (2014年11月9日訪問)
 博物館の北側に隣接する豊国神社のさらにお隣。有名な方広寺の鐘はすぐにわかりました。寺の境内には、勝手に入ることができるのですね。釣鐘も「ほったらかし」状態です。境内には門もありませんし、24時間勝手に出入りできるようです。豊国神社とは反対側は、境内に隣接して契約駐車場のような広い土地になっており、「街中のふつうの寺」といった感じです。
 歴史的に有名なものですが、特に管理されているような雰囲気はありません。てっきり、時間を決めて入場料をとって見せているのかと思っていました・・・・。。先の妙法院の特別公開の説明では「三十三間堂とここ方広寺は妙法院の管理となっている」とチラっと言っていたような・・・。
 「ほったらかし」なので、勝手に鐘堂に登ります。(笑)。京都の高台なので市街地を少しばかり見下ろすことがでるかなと思いましたが、境内には木々が茂っており、眺望はききません。 
 鐘の銘文は、字が小さく分かりません・・・・。こんなに小さいとは知りませんでした。写真では拡大されていますからね。
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 拡大。
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 かろうじて「国家・・・康」の文字のみ読むことができます。ピンボケのためかも知れませんが。(笑)。
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 釣鐘と本堂。本堂は拝観時間が決まっていて有料のようです。一般の寺院のようです。特に古い歴史的な建物ではなく普通の木造瓦ぶき、モルタル壁のお堂のようです。
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 釣鐘は、重要文化財ということで、何か説明のボードはないかと鐘堂の回りをぐるっと探しましたが、無い・・・・。「火気禁止」のような木製看板しかありません。 つまり、知らない人には、これが「歴史的大事件の契機になったとも云われる」有名な釣鐘ということが分かりません。
 ↓ 上の写真の方広寺の鐘堂撮影ポイントから反対を向き豊国神社境内を撮影。
 DSC00817 真となりです。




















 時刻は1620.ここで観光を切り上げて帰ることにしました。

 帰ってから、ガイドブックを見てみると本堂と鐘の見学は有料で拝観時間も決まっているようです。今回鐘堂の柵の外から見たのみですが、時間内ならば入れるようです。










































豊国神社 国宝 本殿 ~重要文化財 京都国立博物館西門

 (2014年11月9日訪問)
 ここは東山、秀吉の夢の跡?
 三十三間堂を出た後、七条通の横断歩道を渡り、博物館の西側を歩きます。京都の高台なので市街地を少しばかり見下ろすことができます。 DSC00715


別の日に撮影した博物館の建物。西は賀茂川と京都市街なので、遮るものがない。そのため「西日に照らされています。」
 









 重要文化財 西門の「非公開文化財 特別公開」が行われています。看板も出ています。しかし、夕方4時を過ぎ受付は終了していました。「西門単独の公開で見るところはあるんか?」と思いましたが、ありました。(笑)
 門の守衛所、詰所のような建物があり、電気がついています。ここが、特別公開ポイントなのでしょう。
 (特別公開の様子は撮影しませんでした。)
 ↓後日撮影した西門の写真。
  門に附属の「建物」に灯りがついています。ここが特別公開だったのですね。(笑)
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  隣の豊国神社へ行きます。方広寺とは敷地が隣接していて、ほぼ一体となっています。昔は「神仏習合」でしたからね。
 ↓ 方広寺の鐘堂から見た豊国神社。遮るものはあまりありません。明確には区分していません。
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 豊国神社の唐門。国宝に指定されています。本殿が国宝なのか、唐門が国宝なのか理解しずらいです。(笑)
 先にも書きましたが、この一帯は京の街を見下ろす壮大な計画伽藍都市を形成していたのでしょう。さらにその上、阿弥陀ケ峰に秀吉は自分の墓所を定め、永遠に京のみやこを見下ろす「神」になろうとしたのでしょうか。
 豊国神社(明治時代になつてからの再建だが)の真東、山へのほぼ一直線上に秀吉の墓所があることからも明らかです。
 西に目を向けると、神社の鳥居正面には、京の街が見えます。神社前の道路が一部広くなっているのは、昔から道路幅が広かったなごりでしょう。その名も「正面通り」ですからね。さらに賀茂川方面へ六条(正面通りと同義なのかは判然としませんが)通りが伸びているのでしょう。ゆるやかな坂を下ると、川にでます。
 
 あとで知ったのですが、神社の正面からまっすぐに伸びる線上の賀茂川に橋がかかっているそうです。その名も「正面橋」。
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 唐門の拡大。太閤桐の紋です。欄間の彫刻が細かいです。現代に安土桃山時代の豪壮な建築様式を伝えています。
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 「つゆと落ち・・・なにわのことも夢のまた夢」と辞世した秀吉の、まさに「夢のあと」、自身の霊域たらんとした都市計画の一端を現在の街並みからも感じることができるのではないでしょうか。
 DSC00817方広寺から豊国神社の敷地。真となりです。




















 神社境内の写真にもあるように駐車場完備です。人がいて管理しており、敷地面積も広いです。参拝のみだけでなく、コインパーキングのようにも使えるようです。すると10月にこの付近で駐車場を探したときには、ここに停めればよかった?。












































三十三間堂 見学②

 2014.11.9 見学

 お堂の右から左(北から南)へ歩き、全部仏像のひな壇を見てから、裏側を歩いて出口に向かいました。裏側にも仏像が安置されています。
 ↓外に出てから。お堂の北側。「おみくじ結び場」が写っていますが、ここでは「おみくじ」はしませんでした。
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 ↓お堂側から出入り口の方向。写真では分かりませんが、にぎわっていました。
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 ↓堂の中央部。堂内には本尊の阿弥陀如来が。

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 境内の庭園。
 ↓奥の建物は赤十字血液センターでしよう。その右となりの敷地には、「養源院」があります。
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 ↓入口から一番遠い、南の方向。堂内を見てから一旦人に出て、(距離が長いので)
  ここまで歩いてくる人は少ないです。

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 堂内では、切符売り場で隣の列に並んで修学旅行らしき私服のグループがいました。小柄な子が多かったので中学生?と思いましたが、そこまで幼くない。高校二年生でしょう。上の子は、学生割引のため生徒手帳を出していた子のものを(しっかり)見たらしく「○○高校とあったよ。」と。北国にある私学です。たしか甲子園に出たこともあり、聞いたことのある学校名でした。ハテ、遠方なので高校(の修学旅行)でも京都奈良に来るのかな、と思いました。
 あとでその学校のサイトを見てみると、確かに修学旅行です。が、日程はスゴイ。出発→沖縄→大阪→奈良→京都(今ココ)→帰る のコースです。つまり、関空の乗継利用なのでしょう。行きは乗継で関空経由那覇へフライト。帰りは関空でストップオーバー。関空から大阪へ。USJで遊ぶ。次に奈良へ。次に京都に。(今ココ)。次に関空へ行き、飛行機で帰る。
 このコースは関空の利用率アップにもつながりますし、平日の路線の搭乗率アップに繋がりますし、関空会社にも航空会社にとってもメリットがあります。そのため、伊丹利用はありえません。沖縄行の場合でも決して羽田乗継にはしないところがポイントでしょうか。




































三十三間堂 蓮華王院 見学(修学旅行以来・・・)

 ホンマに久しぶりどす。(京都弁のイントネーション)。
 関東人に多い月並みなセリフですが「ここに来るのは修学旅行以来です。」(笑)
 私もごたぶんに漏れず、京都に初めて来たのは中学校の修学旅行のときです。おそらく、三十三間堂が初めて来た京都の観光スポットではないでしょうか。(次に清水寺に行った?。)もっともそのときは、京都御所の一般公開があった時期なので、御所に一番最初に行ったのかもしれません。実は、御所の一般公開日は現在と違う日程でした。現在、春の一般公開は、4月の桜の時期ですが、昔は別の時期だったのです。
 今回気づいたのは、順路が昔と違うのではないかということです。当時は、お堂の左から右(南から北)へ歩いて仏像を見た記憶がありました。が、今回は入口を入るとまず仏像の前に出て、お堂の右から左(北から南)へ歩き、全部仏像のひな壇を見てから、裏側を歩いて出口に向かいました。忘れましたが・・・。今となってはどちらでもよいです。(笑)
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 ともかく、初めて京都に来たとき以来の三十三間堂。入場券を買い、お堂の入口に歩きます。入口などのことはもはや覚えていません。前回は、修学旅行だったのでたしか平日だったのですが、今回は秋の紅葉シーズンの休日。混んでいます。外国人も多いですね。

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 チケット売り場の裏。お堂側から。
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 修学旅行のときにここを見て思ったことを覚えています。たしかに、お堂の左(南)から右(北)に歩きながら、ぶづぞうを順に見ていきました。(記憶違いかもしれないけど・・・。)
 「仏像の横に『国宝』って札がボンボン立っている。国宝って滅多にあるものではないと思うけど、こんなに国宝ってたくさんあるの?。ボコボコ国宝の札が立っているってことはこの仏像はすごいのだなあ。どの仏像がどれでよくわからないけど・・・。」と素直に感じました。(笑)
 そして、今回改めてお堂の中を歩いてみると・・・閉堂時間が近いにもかかわらず混んでいます。(笑)。進み方もゆっくりです。『国宝』の札はありますが、私が記憶していたようにボコボコ「林立」していません。『国宝』の札は観音様のひな壇の最前列に安置されている「十二神将」「二十八部衆像?」のところに立っています。二十八体??がほぼ等間隔にお堂の中、端から端に並んでいるので、約4メートル程度の間隔なのでしょうか??。
 ボコボコ『国宝』が立っていると「勘違い」したのはこれらの像の「説明の札」だったのでしょう。ともかく長年の謎が解けてよかったです。(笑)
 堂内には、ろうそくの「献灯」が三か所くらいあります。本尊の近くに一か所あります。自分の子には当時私が感じたような「感動」を味わってもらいたいと思いましたが、いかんせん、特に下の子は、ろうそくに火を灯して立てることしか興味がないようです・・・・。
 気になったのは、消火器は近くに備え付けされているが、火の番をする係の人がいません。観光客で混雑しているので、万が一体や荷物がぶつかってろうそくが倒れてしまったらどうするのでしようか?。地震だってありますしね・・・。
 下の子は、「ろうそく」をさせろとせがみます。2本の中くらいの大きさのろうそくを寄進?しました。と、閉堂時刻が近づいたのか、はたから係の女性がろうそくの火を消していきます。細いろうそくについては、すべて消してしまいました。下の子は自分のろうそくが消されないかヤキモキしていましたが、観光客が寄進?献灯?するろうそくは消さなかったです。(笑)
 ↓内部は撮影禁止なので見学後一旦外に出てから。月並みですが「本当に長~いです。」(笑)
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京都に高級外資系ホテルが進出 2015年開業 相次ぐ

 12月のある日のこと。

 なにげなくテレ東の番組を夜に見ていたのですが、「京都に高級外資系ホテルが次々に新規オープン・・・」とニュースがありました。この日にディベロッパーとホテルグループの記者発表があったので、その取材した内容を放映したのでしょう。「自分には関係ないナ」と思いつつボーとみていたのですが、今回記者発表した新規開業ホテルの場所、は嵐山で建物もかなり出来ていました。
 「新ホテルの窓からの眺め」ということで、建設途中のホテルとそこからの眺めの映像が写りました。と、私はびっくりして、体を起こし、テレビにかじりつきました。(実際には齧ってないです。笑。)
 なんと、新ホテルの部屋からの眺望として、この前行った「時雨殿のお庭」が写っているではありませんか!!。

↓この10月に撮影した時雨殿内部から庭の眺望。枯山水のお庭で奥の山は嵐山の「借景」です。
  このお庭の眺めを新ホテルの部屋から見ることができます。完成前に嵐山を借景とした新庭園(時雨殿の)の景色をお楽しみください。(笑)
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 時雨殿の隣でたしかに何かを建設していた記憶が甦ってきました。以前は、高級旅館があったそうです。言えにあるガイドブックを見ると別の名前の旅館「嵐亭」の敷地になっています。すると、ここ数年以内に高級旅館「嵐亭」は営業をやめ、建物を取り壊ししたことになります。
 あのとき(前回訪問時)私が見たものは、建設途中の「外資系高級ホテル」だったのでした。
 名称は「翠嵐ラグジュアリーコレクション ホテル京都」。神奈川県にも「翠嵐」を冠する高校名があります。
 とすると、「宝厳院」にも新ホテルは敷地が隣接していることになります。時雨殿と宝厳院は嵐山の川沿いの一番「奥」に立地しています。この先、川の上流は駐車場?で先に車道はありませんでした。そこに新たに高級ホテルが開業するのですね。一泊一室65,000円(消費税抜、食事なし、サービス料別)~?・・・正確には分かりませんが・・・。
 新ホテルから一番近い、既存の宿泊施設は「らんざん」になると思います。ここは、公共の宿に位置づけされる宿泊施設のひとつです。したがって、「らんざん」が職場の契約保養施設になっている人も多いでしょう。
 ↓写真の右奥(の方向)に新ホテルが開業します。
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 東山区にも来年外資系高級ホテルが新規開業するそうです。こちらは、「フォーシーズンズ」。東山の斜面のどこに土地があるのかと思ったら、先に行った「妙法院門跡」の隣でした。われわれは予定地の前を歩いては通らなかったので、気付きませんでした。車では通ったのですけどね。
 元々妙法院門跡の境内地で戦後売却され、病院となったが、今回ホテルとして新規開業するとのこと。庭園を残して新規に建物を建設しているそうです。
 この番組によると年間を平均して京都のホテルの稼働率は「88%」。つまり、閑散期を除くと満室状態です。
 翌日の新聞の経済欄には、同様に「外資系ホテルが次々に開業」と記事がありました。宿泊客の何割(数字は忘れた)かは、外国人の見込みとか。おりからの急激な円安もあり、しばらくは「外国人需要」は続くでしょう。消費税(外国流にいえばIVA?)の税率アップも外国人は(還付を受ける手間を除けば)考慮しなくてもよいですしね。

兵庫県市川町 お米 玄米30キロ(精米後27キロ) ふるさと寄附金 御礼の品

 クリスマス・イヴの朝の投稿です。
 今年分のふるさと寄附金の御礼の品の写真をアップするのは初めてでははいでしょうか。今年、平成26年のふるさと寄附金は「出遅れ」したためです。(笑)

 兵庫県市川町から先日届いた精米したお米27キロです。実際には、大きな紙袋の中に9キロの袋が3個入っています。銘柄はキヌヒカリ。2万円以上で「玄米」が30キロプレゼントされます。精米するか、しないかは寄附のときに選択でき、精米すると約1割重量が減ります。ウチでは精米を選択しました。
 我が家にとっては、「クリスマス・プレゼント」です。町長さんの顔写真入りの御礼のお手紙も同封されていました。ありがたいことです。
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 ふるさと納税本やふるさと納税のウェブサイトでは「コストパフォーマンス」という用語を使っています。「読んで字のごとし」なので(笑)、説明は省きますが、御礼の品が「1万円でお米10キロ」以上のため、市川町のお米は比較的「コストパフォーマンス」が高いです。
 もっとも私は「還元率」という用語をしていますが。(笑)

 以前から書いていますが、ウチでは「還元率」のみを基準に寄附するわけではありません。(笑)
 市川町は以前「通った」ことがあります。例の生野銀山の「砂金すくい」に行く途中のことでした。姫路から生野に行く有料道路が市川町を通っています。そのとき車窓に見えたのは「ゴルフクラブ」の看板でした。
 ゴルフクラブ制作工場が多数立地しているのが見えました。「ゴルフクラブの街」と自動車道路に見えるように立て看板もありました。ウッドよりもアイアンの製作のほうが盛んのようです。車窓から見えた看板にえがかれているイラストも「アイアン」でした。このたび同封されていた「町長さんの顔写真入りのお手紙」にも「国産アイアン発祥のまち」とあります。
 もともとは金属加工が栄えていて、神戸や六甲周辺のゴルフクラブに近い立地を生かしてゴルフクラブ産業が発達したのでしょう。それで、市川町のことはよく覚えていました。
 DSC06077↓そのとき市川町の手前で偶然撮影した写真。

 


















 ふるさと寄附金の「お米」を見つけたのは今年ですから、写真は偶然でした。走行していて、ちょうど播州平野が終わり、山地に入っていくところで、しかも日本海側から鉛色の雪雲がせり出してきており、景色がよかったので、助手席から撮影しました。
 市川町は神崎郡に属しています。神崎郡出身の有名人といえば、なんといっても柳田國男ではないでしょうか。信州飯田出身の柳田家に婿養子に入った人ですから、もともとは松岡姓。いわゆる「松岡兄弟」の一人です。松岡映丘の日本画は、美術館にも展示されていますね。生野銀山に行く途中でその記念館にも行きたかったのですがこのときは休館日でしたので、播但連絡道で生野まで直行しました。
 似た名称で佐賀には神埼郡があります。こちらは、吉野ヶ里遺跡の付近ですね。(笑)

妙法院門跡 特別公開 普賢堂(本堂) 見学

 2014.11.9訪問
 
 靴をはいて、庫裡を出ます。受付のテントの前を通り「一旦 外に出ます。」。つまり、特別公開有料エリアの拝観は終了です。指示されたとおり、砂利を踏んで普賢堂に歩きます。庫裡の並びで建っている大玄関の前を通過します。先の庫裡はいわば勝手口でこちらが正式な玄関です。お客様を迎えるときは、ここから内部に導くのでしょう。大玄関を入ると、先の大書院と宸殿の間にある庭園です。

 ↓庫裡の横にある正門。(説明の高札には、大玄関と唐門とあります。)

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 数十メートル進み、左に曲がります。
 途中、東山の坂の上の方向から、ドラムなど音楽が聞こえてきました。見上げると大学の校舎のような建物が見えます。京都女子大学か附属高校の校舎のようです。学園祭のようで音楽をかけているようです。だから、特別公開時のここの説明も京都女子大学の「こびけん」の学生さんが担当なのですね。(笑)
 ↓本尊を安置する普賢堂の案内。ここを左方向へ入っていきます。
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 普賢堂がありました。小さいお堂です。ここに本尊がまつられているとは意外です。靴を脱いで入ります。特に拝観券のチェックはしません。ですから、知っている人は普賢堂だけは無料で見学することが可能です。
 
 ここにも説明員がいます。黒いスカートスーツに白いブラウスを着た女子学生さんです。やはり腰の名札には「古都保存文化協会 京都女子大学」とあります。
 説明は「単独で普賢菩薩を本尊とするのは珍しい。通常は、文殊菩薩とセットで(二体で)仏像の脇に控えている。普賢菩薩の像は足が長く、耳が小さい。ゾウを見たことがない人が、想像で制作したためと言われている。」
 あとは、普賢菩薩がゾウの上の載っている理由の説明がありました。文殊菩薩は、シシ(獅子)の上にのっているそうです。普賢菩薩は、ゆっくり歩みをすすめて人々を救済する?・・・・そうです。「日本国宝展」での「普賢菩薩」の画像もゾウの上に乗っていますしね。 

 右奥の厨子?には、後白河法皇らしき木造あります。これについては、説明を聞いていないので分かりません。また、「三十三間堂の近く、方住寺の隣には後白河法皇の陵墓がある。秀吉もこれにあやかってこの付近に寺を建てたのではないか。」と説明がありました。

 ↓普賢堂付近から見た宸殿。普賢堂の建物は、人が出入りしていて他の人を正面から撮影してしまいそうなので写真を撮ることをやめておきました。
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 このたび、妙法院の特別公開で学生さんの説明員は場所、場所に配置され8名はいたでしょう。(そこまで数えるなって。笑。)更に、受付に2名はいましたから、合計10名以上。それなりに大変です。(笑)。そういえば、みなさん茶髪の人がいませんでした。ですから、なおさら皆さん黒髪で真面目に見えます。(別に、茶髪だから不真面目というわけではありません。あしからず。)きっと、「茶髪禁止令」が出ているのでしょう。と、勝手に推測。(笑)
 不特定多数の一般観光客を相手にするのだから、服装も含めて頭髪、身なりは華美ではないように、とお触れがあるのですね。大変ですね。

妙法院門跡 特別公開 護摩堂、龍華蔵 宸殿 見学

2014.11.9訪問

 (寺の外壁には「妙法院門跡」とありましたので、記事のタイトルもそれにならいます。特別公開の告知には写真の通り「三十三間堂本坊 妙法院」でした。)
  
 庭に面した廊下を戻り、先の永徳の襖絵のあった建物の方へ戻ります。順路は別の方向を示し、渡り廊下沿いに歩くと別のお堂につながっています。お堂は少し高くなっており、階段を数段登ります。
 ここの説明員は、男性です。(女子大の男子学生かは分かりません。他の大学の「学生連盟」の役員でしょうか??。笑。)
 説明は「ここは護摩堂という。通常は三間あるが、ここは二間の建物。中央には不動明王?の木造があり、その右は阿弥陀如来像?・・・。」 お堂の真ん中には、ろうそくをともしています。護摩を焚いているのでしょうか?。本尊の普賢菩薩はここではありません。一体どこなのでしょうか。
 順路は先に進みます。お堂の先にまた渡り廊下があり、すぐに宝物庫に接続しています。
 ↓写真右の倉のような建物が龍華蔵(つまり、宝物庫)。

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  龍華蔵の入口には、別の学生説明員(もちろん「京都女子大学」の名札を付けています。)が立っており、ここでは観光カイドでなく、注意事項を説明します。
「宝物がガラスケースに入っている。ガラスは曇っていて、歪んでいるように見えるが大正時代にベルキーから輸入されたもの。現在、作製はされていないので、壊れたら修復ができない。手などを触れないように。」と強調。

 蔵の正面ガラスケース(ベルギー輸入のもの。)には、ポルトガル副王文書が展示してあります。ただし、京都博物館に寄託していて、これは複製。
 私は子供に向かって「これは、この前(10月に来たとき)京都博物館に展示があったよ。」と説明しました。と、先ほど注意事項を説明していた女子学生がこちらに振り返って、「現在、京都博物館に展示されています。これは複製です。・・・」と説明を加えました。私達の会話に反応したようですね。(笑)。

 その他後小松天皇 宸翰がありした。秀吉関連の物や他には仏像や寺で使用されていた物など。ここの説明は若い僧侶の方でした。作務衣を着ているので修行中なのでしょうか。
 これらの宝物が伝わっている理由は、豊臣滅亡後、ここ妙法院に豊臣の文書や由来物が移されて保管されてきたからだそうです。まさに「秀吉の夢のあと。」
 
 次は、大きな建物に来ました。というより、上の写真のとおり龍華蔵と廊下でつながっておりすぐ近くです。「しんでん」というそうです。漢字だと「宸殿」。廊下の端と端にやはり二名の説明員の学生さんがいます。
 ここは、幕末に「8月18日の政変」で七落公卿の密談の場となったそうです。境内に七落卿の碑が建っているそうです。ここで密談したあと、七人の公卿たちは長州に落ちていったとそうです。ここで密談したとは知りませんでした。「徳川打倒」だから、秀吉に縁のある(豊臣関係の文物が伝来している)ここ妙法院で密談したのでしょうか。それとも、当時の門主?たる法親王を担ごうとした為なのでしょうか?。
 ↓宸殿外観。柵にかかっている白い看板は「七落卿」の説明文です。
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 ↓宸殿。中央の部屋には、仏像が安置されています。先の護摩堂といい、立派な建物の中にある仏像はいずれも本尊ではありません。
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  宝物庫と寝殿を見学後、庫裡に戻ります。宸殿の左の部屋には近代日本画が襖絵となっています。回廊にように廊下でつながっている建物を見学してきました。結構広くて、それぞれの建物も見応えがあり、見学に時間がかかりました。思ったよりも充実内容でした。大寺院にはいろいろな由緒物が伝わっているのですね。
 庫裡でご朱印帳を受け取ります。先ほどのトップバッターの説明員の学生さんが、新たにやってくる観光客に説明をしています。今日で今年の「秋期 非公開文化財 特別公開」も終わりです。説明員の「こびけん」の学生みなさんお疲れ様でした。\(^-^)
 くつをはいて外に出ます。

 




















































妙法院門跡 大書院(重要文化財) 特別公開 見学

 2014.11.9訪問

 (寺の外壁には「妙法院門跡」とありましたので、記事のタイトルもそれにならいます。特別公開の告知には写真の通り「三十三間堂本坊 妙法院」でした。)
 さて、衝立の奥、廊下を進みます。
 書院の前まで来ました。 ここで、一名「こびけんの学生」説明員の方が立っており、ここでもお話を開始してくださいます。やはり、観光客が数人が集まると説明をしてくれます。今度は、黒いスカートスーツに白いブラウスを着て、メガネをかけたいかにも「こびけん」の女子学生といった方です。やはり、腰に名札を付けており「古都保存文化協会 京都女子大学」とあります。ここの担当は、京都女子大の「古美術研究会=こぴけん」(多分)なのですねと確信しました。(笑)。やはり、妙法院の近くの立地のため毎年、特別公開の説明を担当しているのでしょう。(と勝手に推定していますが・・・・。)
 部屋が三つ?あります。一番手前の部屋、つまり先の庫裡にに近い部屋、
 正面と左右の襖絵は・・・重要文化財 狩野永徳・・・とあります。説明員(の学生さん)によるとここは、書院。左の部屋(ナントカの間)の襖絵は、「四季花鳥図」で春の桜や秋草、夏や冬の草木が描かれているとのこと。
 ここに永徳の重要文化財指定の絵画があったのでしょうか?。知りませんでした。
 正面左側の襖絵に、桜の絵があります。丸いたわわにような花が塊になってえがかれているといった感じ。現代の私達の見る「染井吉野」ではなく、山桜の一種なのでしょう。絵でも、桜の花と一緒に、葉がでているが分かります。その他の絵も、どの絵が夏と秋と冬の場面か説明がありましたが、忘れました・・・・・。学生さんは、結構早口で説明して理解するまもなく話が次に行くため、固くなりつつある私のアタマには理解が追いつきません。(笑)。
 秋の場面は、紅葉した楓のような絵が描いてあり、松やすすきなど枯れない草を描いています。向かって左手のふ襖が冬で、椿のような花や松のような常緑の草木の絵があったです。冬の絵の丸い花は、椿だそうです。夏は、・・・緑の木々が書いてあった・・・と記憶します。(細部の記憶は違っているかもしれませんが・・・。)

 何となく、智積院でこの前見た等伯一派の「桜図」やその他の絵もように似ていると感じました。特に「桜の花がたわわ」になっている様子は酷似しています。大きさはここの絵の方が小さいですが。この絵は「永徳作」なので、等伯一派の「桜図」などは年代的にあとになります。すると等伯一派が、この「四季の襖絵」を見たことがあり、参考にしたことは推定できます。
 秋の様子を描いた絵も「日本国宝展」の展示で見た等伯の「松に秋草図」に似ているような。もしかしたら、記憶がごっちゃになっているかもしれませんが・・・・。
 庭に面した廊下の角を曲り、別の部屋があります。
 そして、別棟、その建物正面の庭園のほうに渡り廊下を進みます。次は、庭園のよく見える大きな建物に来ました。その先の廊下で説明員の学生さんがいます。
 説明は、「ここの由来、門跡寺院で東福門院の御所をたまわった。明治維新までは皇族が住職だった。」なとです。ここの建物は、住職の部屋、で東向き。一の間、二の間、三の間とあり、手前は水墨画の作家は忘れたが松村呉春?、中の部屋は、作家は忘れました。月遷?の景色を描いた水墨画。奥は有名な応挙の絵。もっとも、部屋の説明では、「伝応挙」となっていいました。テレ東の「何でも鑑定団」でも応挙の絵はニセモノが多いそうで、これもそうなのでしょうか?。

  書院奥に、行在所が増築されています。庭園と池が広がっています。東向きで、東山の斜面を利用して木が植えられて、立体感のある庭園になっています。一番メインの庭園ですね。「縁側には座るな」と表示があります。思わず、座って見入ってしまうほど見事な庭園です。
 「明治天皇の行幸」の際の行在所が庭園に突き出て建築されています。おそらく天皇が庭園の景色を見ることができるようにと増築したのでしょう。この行在所について同じく女子学生の説明員が解説してくださいます。
 この学生さんは説明が上手です。姿勢もよくキリッとしています。先の庫裡の説明の学生さんと並んでオーラがあります。見たところ上級生なのでしょう。(笑)。入口の庫裡、メイン庭園及び行在所の前という「二大重要ポイント」に「ツートップ」の「こびけん」部員の学生さんを投入したのでしょうね。(笑)。
 宝物庫と寝殿(宸殿)を見学後、外から撮影した写真。
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  寝殿(宸殿)の写真。写真右奥が大書院の方向。
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 帰ってからネット調べましたが、「狩野派」の襖絵ではあるが、「永徳」とは明記が無いような・・・。襖絵単独で重文指定されているのではなく、重文指定されてる大書院の一部、ということなのでしょうか。ともかく、永徳かは分かりませんが、説明には確かにそうありました。






















































妙法院門跡 庫裡(国宝) 特別公開 見学 

 2014.11.9訪問

 さあ、妙法院の堂内に入場です。庫裡の広い空間で土足を脱ぎます。下駄箱があります。つまり、玄関です。ご朱印の受付や書籍、お守りの販売もあります。奥正面には、渡り廊下があり、衝立が置いてあります。ご朱印は、先に帳面を窓口に預けておき、見学後に受け取りをします。通常は、年に一回の公開なので、ご朱印をもらう機会は貴重のはずです。もはや、私のほうがご朱印に燃えています・・・。
 庫裡の中で、早速「こびけんの学生さん」が説明を開始してくださいます。数人が集まると説明をしてくれます。
 黒いパンツスーツに白いブラウスをピシッと着た女子学生さんです。腰に名札を付けており「古都保存文化協会 京都女子大学」とあります。
 なんと京都女子大の「古美術研究会=こぴけん」(多分)の学生さんでした。そういえば、京都女子大はここ妙法院の近くのはずです。もっと東山の坂の上のほうの斜面沿いの立地です。校舎からは、京都の街を見下ろし、新幹線や東海道線東山トンネルに出入りする列車なども見えるのではないかと思います。
 説明員の彼女は背筋を伸ばし、はきはきとしたしゃべりで説明をしてくださいます。手には、説明用の単語をまとめたクリアーブックを持ってのお話です。例えば「千僧供養」の文字を示しての説明もありました。
 説明の内容はというと「天井には小屋組が見えている。炊事のときの煙突の役割をした。正面左に大黒天。台所の神さま。秀吉のときに、小早川隆景が建てた。千僧供養・・・。(この説明は忘れた。)方広寺の大仏のためにこの庫裏が建てられた。秀吉が死んだあと、現在地に移転した。豊臣家の宝物もここに移された。庫裏が国宝に指定されているのはここだけです。(妙法院の)歴史は、後白河法皇が、今の三十三間堂の近くになるが、法住寺をたてた。法皇のお墓もその隣にある。本尊は、のちほどご覧頂きますが、普賢菩薩。(庫裡の)正面の衝立は・・・狩野光信 唐子遊図・・・・・・・。」
その他、妙法院は門跡寺院である(この説明はまず冒頭にあったかもしれませんが)・・・・などなどでした。
 詳細は忘れましたし、思い違い、記憶違いはあります。「庫裡」の文字ですら、正確か自信がありません。部分的には間違ったことを書いていると思います。あとは、観光ガイドなど譲りましょう。(笑)
 ともかく、正面の衝立は、とても重要な文化財であることが分かりました。
 そして説明の最後には「以上簡単ではございますが、私(わたくし)からの説明とさせて頂きます。」と終わります。「ん、この言葉どこかで聞いたな」と思いましたが、昨年のGWに同じく「古都保存文化協会の非公開文化財特別公開」の寺社を訪れたときに聞きました。下賀茂神社でも、大徳寺本坊でも真珠庵でも。「こびけん」の学生説明員さんの「決まり文句」なのですね。(笑)
 しかし、昨年は「こびけん」の事は知らずに、ツレがお節介にも「どこの方ですか?」と(説明員の人が随分若かったので)聞いたことで「古都保存文化協会の非公開文化財特別公開のこびけんの学生ボランティア」のことを知った次第です。(笑)

 次に、衝立の奥の廊下沿いに進んでいきます。

 内部の撮影は禁止なので、写真は撮影可能エリア、なおかつ建物外側から撮ったものに限られます。
 写真は、さらに順路を進んだ 宝物庫と寝殿を見学後、外から撮影したもの。
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  ここでは、珍しくパンフレットの配布が無いので、建物配置や文化財の由来、詳細は分かりません。すべて耳で説明を聞くのみ。すぐに忘れてしまいます。(笑)
 三歩歩くとすぐに忘れてしまう・・・・、私はニワトリなのでしょうか??(笑)。
 なお、受付にて有料で特別公開の小冊子を買うことができました。買っていないし、よく見ていないのですが、ここだけでなく、特別公開の文化財全体の冊子だったような。
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 本尊を安置する普賢堂の案内。
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 庫裡の横にある正門。
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三十三間堂本坊 妙法院 平成26年 第50回記念京都非公開文化財特別公開 

 2014.11.9訪問
 
 ここは東山の南部? 秀吉の夢の跡?
 七条の地下駅から地上に上がり、ゆるやかな坂を登ります。京都国立博物館の目の前も道路の反対側の「三十三間堂」を通り過ぎ、着いたのは、妙法院。上の子は、通り過ぎ行く「三十三間堂」を横目に見ながら(「三十三間堂」)はこっちではないのか?、なんで通り過ぎて行くのか??といぶかしがっています。
 何が何でもこの日は、妙法院に行かねばなりませぬ。なぜなら、ほぼ年に一回の妙法院の特別公開があるからです。ガイドブックには「毎年秋に公開される」とありました。ネットで調べてみると春に特別公開を行うこともあるようですが、基本的には秋の時期の公開のようです。
 前回訪問時に「三十三間堂」に(時間の関係で)行けなかったリベンジを「本坊」で先に果たさないといけないからです。(笑)。つまり、「本坊」と「子院」を同時に拝観できる千載一遇の機会という訳です。そうそう来れるわけではないので、黙ってこのまま帰る訳にはいきませぬ。(笑)
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 入口の門の前まで来て、上の子には、「理由はこれだからだよ♪」と特別公開の看板を示します。「三十三間堂本坊」だからです。本坊が開いているのに、「子」の方を先に行く訳にはいきませぬ。(笑)
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 門を入ると正面に大きな建物。左手には宗務関係の建物。管理棟などです。この付近の境内内は普段から自由に入れるようです。
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 テントが今回の特別公開の受付です。5月の連休と11月の文化の日前後の各々約10日間に開催される「京都非公開文化財特別公開」といえば、おなじみ「古美術研究会」の学生さん達です。(以下、「こびけん」と呼びます。) 
 受付、拝観料、おつりの受け渡し、説明、誘導、警備、時には荷物預かりまで担当します。「京都非公開文化財特別公開」を「こびけん」抜きには語ることはできません。やっと、特別公開(略して「特開」=とっかい)の仕組みが分かってきました。(笑)
 庫裡から中に入ります。
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東山 妙法院~豊国廟~三十三間堂~七条通 付近 散策

 ここは東山、秀吉の夢の跡?
 七条の地下駅から地上に上がり、ゆるやかな坂を登ります。
 まっすぐ現代の七条通を登ったところに、智積院があります。
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 七条通りの脇にある京都国立博物館のパーキング。(タイムズです。)満車で混んでいます。ここでは待たせてもらえないので、他を探すほうが賢明です。
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 智積院と妙法院の間の道。「豊国廟参道」とあります。この上に秀吉の墓所があるわけですね。ほぼまっすぐに道が伸びています。

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 、「本坊」から「子院」へ、つまり三十三間堂まで戻りました。駐車場の様子。広いですが、40分しか駐車できません。
 ↓妙法院や東山方面を撮影しました。
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 かつては、ここに方広寺の大仏など秀吉建立の寺院の土壁が並び、この一帯は京の街を見下ろす一大伽藍都市を形成していたのでしょう。さらにその上、阿弥陀ケ峰に秀吉は自分の墓所を定め、永遠に京のみやこを見下ろす「神」になろうとしたのでしょうか。
 秀吉の墓所がどこにあるかについては考えも及びませんでした。数年前、大河ドラマをたまたま見ていて、ちょうど「秀吉が死亡した放送回」でした。そのとき「秀吉の遺体が(その死を隠すため)城の裏口からひっそりと運びだされるシーン」がありました。見送ったのは、石田三成ともう一人・・。ナレーションは「遺体は京の阿弥陀ケ峰に密かに埋葬された。天下人の寂しい最期であった・・・・。」と。
 ということで、秀吉の墓所の場所を知りました。そのときは、「阿弥陀ケ峰」がどこにあるか知りませんでした。本当にあったのですね。(笑)。
 ガイドブックには詳しく載っていないので、メジャーな観光スポットでは無いですが・・・・。
 豊臣滅亡後、徳川は、豊国神社や秀吉の墓所を破却したのでしょう。明治になり、豊国神社や豊国廟が復活しました。徳川時代、この付近の寺院の土地は、廃仏き釈の影響で、相当、寺から他人のものになったでしょう。かなり官有地としても召し上げされたのではないでしょうか。博物館の広い土地は当時の明治政府が寺から収公したのだと思います。かつての寺の土地は、学校用地となり、道路用地となり、あるいは民家、商家となったのでしょう。
 戦後は、モータリゼーションに対応して道路拡張や住宅建設が盛んに行われたでしょう。時代とともにかなり様相は変わりました。
 しかし、「つゆと落ち・・・なにわのことも夢のまた夢」と辞世した秀吉の、まさに「夢のあと」を現在の街並みからも感じることができるのではないでしょうか。


































































京都市街地~宇治 パーク&ライド

(2014年11月9日)
  今回は、車を停めて電車で宇治から京都市内に向かいました。帰りは、同じルートで宇治に車に戻り、京滋バイパスから名神、新名神を通り帰りました。あらかじめスイカやパスモを持ってきていました。普通に使用できました。当たり前かもしれませんが・・・。ただし、京阪の自販機で切符の購入用には使用できなかったです。京阪は、現金で切符を購入しました。
 宇治駅前のコインパーキングに駐車しました。利用料金は30分100円とお得です。
 「京都 パーク・アンド・ライド」のウェブサイトには、「宇治」からのパーク・アンド・ライドは記載がありません。「六地蔵」の記載はありました。JRと地下鉄がありますから、こちらの方が便利です。京都駅にも出ることができますし、東山に直接行くこともできます。
 宇治からはあまり一般的ではないようです。
 ↓宇治駅前の様子です。
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 IMG_2115 宇治駅。奈良線。西日本エリアの電車という感じです


 
 
















 JR宇治駅を奈良線で京都方面に乗る。しばらくしておかしいと思ったのが「線路が一本しかないのではないか?」です。車窓を見ていて線路二本分の「広さ感」がありません。
 途中の駅で待ち合わせがありました。やはり、「単線」でした。京都と奈良という二大観光地を結ぶ路線が・・・・です。途中駅から京都方面は線路二本のようですが。
 途中、快速電車とも待ち合わせをします。快速は「フィーーン。ゴトンゴトン・・・・」とすごいスピートを出して通り過ぎます。単線なのに「どんだけ快速走らせんのやねん。根性やな。」とびっくりしました。(笑)
 さすが関西系のノリですかね。(関係ありませんが・・・。)
 東福寺駅で京阪に乗り換えしました。宇治駅から30分弱かかりました。想定外です。(笑)
 結局、宇治駅~東福寺駅~七条駅~地上に出て徒歩でにて妙法院 で1時間近くかかりました。東福寺から妙法院は、徒歩かバスの方が早かったかも知れませんけどね・・・。
 ↓帰路に撮影した東福寺駅。いつ来ても思うのですがホームが狭い・・・です。
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 ↓帰路に撮影した東福寺駅。ホームから宇治方面。
  踏切はあるし、ホームは狭いし、街はごちゃごちゃしているし、道路も狭いしよく事故が起きませんね。
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 この日は、方広寺を最後に宇治に戻ることにしました。本当は、博物館で前回ゆっくり見れなかったので、見た記憶のない国宝展示物を見ようかと思いましたが、子供たちがイヤがりそうで、やむなく断念しました・・・。
 ↓京阪七条駅。帰るところです。1642発の電車に乗りました。
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 東福寺駅で乗り換え。JR宇治駅には1718頃到着。やはり、奈良線は25分~30分弱かかりました。
 駅前のコインパーキングを出発。宇治川の橋を渡り、少し走ると京滋バイパスの宇治東インターです。自動車道へのアクセスが良いので宇治でのパーク・アンド・ライドは便利です。ただし、奈良線の待ち合わせが・・・ですね。(笑)
 このまま、名神、新名神、伊勢湾岸、東名と帰りました。16時半に早目に観光を切り上げて、出発したのはよいが、(高速道に乗ったあと)四日市で渋滞、さらに東名の岡崎~蒲郡の先まで想定外の渋滞。あと1時間くらい京都国立博物館で時間調整をして帰ればよかった!?





































宇治平等院鳳凰堂(外観)とミュージアム鳳翔館 見学

 (2014年11月9日)
  池の周りを歩きます。修学旅行生がわいわい話をしています。にぎやかです。そんな彼ら彼女らの一行とともにミュージアム鳳翔館に入ります。
↓このアングル付近がミュージアム鳳翔館の入口です。
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 内部の通路は狭いので、修学旅行生と混ざってしまい進みにくいです。
 入って鐘の展示があり、次に鳳凰の本物。金箔ではありません。青銅がむき出しになっています。
 次の部屋へは「国宝 雲中供養菩薩像」と書いてあります。例の修学旅行の(クラスの中心にいるような活発そうな)女子高生2人組も「次は国宝 雲中供養菩薩像だって。見てみた~い~。」とキャピキャピ話をしています。(笑)
 何のことかなと思いましたが例の「飛天」でした。(笑)。正式名称を知りませんでした。
 よく見ると「木像」で、木の年輪が見えます。手に持っているものも蓮の花?、笙、アコーデンオンのような当時の楽器など、それぞれ違うことが分かりました。
 内部拝観に行くことができない人を気遣ってか、係の人は「平等院の国宝は、鳳翔館にほとんど展示してあります!!。」と繰り返し叫んでいます。本尊と飛天の半分以外は・・・そうですね。
 では、52?体ある飛天のうち、26体はミュージアム鳳翔館にあるようです。残りが内部にそのまま安置されていることになります。では、先に見た「日本国宝展」の出展『2体』はどちらから出しているのでしょうか!?。こりゃ大問題ですよ!!。(どちらでもよいですが。笑。) 
 雲中供養菩薩像は、昨年の暮れから今年初めにかけて都内の民間美術館でも特別展示がありました。結局行きませんでしたが、ここで見れたのでよかったです。
 鳳凰堂の扉の絵の展示もありました。たしかに「ほとんどの国宝」が展示されていますね。(笑)

 ↓鳳翔館の展示室の外にあるテレビ。壁がなく半分吹きっさらしなので、雨風にさらされ寒いです。
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ミュージアム鳳翔館は小高い丘に半地下のような感じであります。
階段を下り、裏手の方へ。修学旅行生の一団も歩いていますね。
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 鳳凰堂の裏側。というより、先に通ってきたミュージアムの入口方向。
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 鳳凰堂の裏側から。


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 鳳凰堂の裏側。
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 ご朱印をもらい、元の来たほうに歩くと「源頼政」の墓の表示がありました。ここは、別院のようでご朱印をもらうこともできます。
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 池とお堂の回りを一周し、出口に向かいました。









宇治平等院鳳凰堂 見学(外観)と鳳翔館

 (2014年11月9日)
 せっかく来たのに非情な告知が・・・。せっかく修復後の見学をしようとやって来たのに「二時間待ち」の告知。事前のリサーチ不足でした。つまり、鳳凰堂の外観しか見ることができないわけです・・・・・。
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  「池のほとり」を周回。
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 正面に来ました。10円玉と見比べします。(笑)
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↓かすかに内部のライトに照らされているのか、本尊の阿弥陀如来像の顔のがわかります。
 しばらくすると堂内のライトが消されたのか、お顔が見えなくなってしまいました。
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↓ 鳳凰のレプリカ
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↓ 鳳凰のレプリカ。1万円札と見比べします。(笑)
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↓ 鳳凰堂の前。すいてるように見えますが、すごい混雑しています。修学旅行生が多いです。
  言葉のイントネーションからして東京周辺の学校のようです。
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 更に池の周りを歩きます。修学旅行生がわいわい話をしています。にぎやかです。
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 鳳凰堂と正面の撮影スポット。すいているように写っていますが、実は混んでいます。(笑)
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平等院 鳳凰堂 内部拝観 待ち時間

 (2014年11月9日) 平等院 鳳凰堂

 せっかく来たのに非情な告知が・・・。せっかく平等院 鳳凰堂の修復後の様子を見学をしようとやって来たのに内部拝観は「二時間待ち」の告知。事前のリサーチ不足でした。
 つまり、鳳凰堂の外観しか見ることができないわけです・・・・・。

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 DSC00778久しぶりの平等院。世界遺産の表示。




















 内部拝観の受付けは、境内の中の「池のほとり」になります。別料金を支払い券を買います。ただし、「内部拝観の受付」周辺にはあまり人がいません。行列もしていません。というか、案内の人も立ってアナウンスはしていません。そのため、「2時間待ちは本当なのか?」と錯覚を起こしてしまいます。
 しかし、人が少ないから、いきなり行って「オレを入れろ!!。」は通用しません。(笑)
 先にとにかく「内部拝観ののチケット」を購入し、あとの二時間弱は外周を見て、宝物館を見て時間を経過させる、そして並ぶ・・・のがポイントですね。

 ↓ 写真手前に受付があり、まとまって入場します。「50人ずつ、1時間に三回」のようです。
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 修復は、今年の9月に終わったようです。また完成して1ヶ月くらいか経っていません。拝観の再開自体は「今年の4月から」となっていました。拝観再開からは、半年以上経っていますが、工事完成からは、まだ1か月程度。修復が完成して、日も浅いから混んでいるのですね。

 ↓ 回廊を伝って、鳳凰堂の内部に入る人達。靴を脱いで入ります。
     (池の裏手から撮影)
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 9年前に来たときには、たしか靴を脱いで中に入ったことをかすかに思い出しました。鳳凰堂の内部や回廊の天井などの細部の様子もよく見えました。たしかにその時は、「彩色が随分剥落しているな・・・・。」と感じました。本尊もじっくり観察できました。今回は、彩色も鮮やかになっていることでしょう。

 「前回見たからいいや~。」と自分で理由付けをして(強がって)今回は、内部拝観を断念しました。(この後行く予定の)京都市内のほうが優先なので、今から二時間は待てないです。(笑)
 上の子は、前回ここに来たことはあまり覚えていないそうです。小さかったから仕方ないか~。下の子はもちろん初めてです。子供は内部を拝観したかったようですが、「今度は自分で来て。」と私は突き放すように言いました。(笑)

 ↓鳳凰堂の内部拝観の様子。かすかに内部のライトに照らされているのか、本尊の阿弥陀如来像の顔のがわかります。
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 内部拝観の「一回あたりの人数」は、ご朱印所の近くでは「30人くらいで、1時間に4回、15分置き。だから、いつも200人くらい待ちなので二時間くらいかかる。」と解説していた人がいました。ただし、寺の告知では「50人ずつで20分に一回」のようです。
 ↓ さらにアップして撮影すると本尊のお顔が見えました。奇跡です。
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(家に戻ってから平等院のウェブサイトを見てみると、内部拝観の待ち時間についてあまり詳しい記載はありませんでした。現地に行ってから確認のよう??です。)

宇治へ 駅~参道~平等院 門前 

 2014.11.9 弱い雨が降っています。

 奈良から車で宇治に向かいます。木津付近から少し戻って、京奈道へ。便利な自動車道ができています。終点まで乗り一般道へ。一般道は混んでいます。宇治近くで流れましたが、道幅が狭いです。起伏のある丘を登って下ると宇治駅前への交差点です。宇治駅前のコインパーキングに駐車しました。
 高速道を通ったのですが、奈良県庁から宇治まで50分程度かかりました。昔のように一般道しかなかった場合は・・・と考えると結構かかります。1時間では着かないですね。
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 JR宇治駅から平等院までは意外と歩きます。大人の足でも10分以上。地図で見るともっと近道できそうな気がするのですが、人の流れに沿っていくと、結局は遠回りのようなルートで平等院の入口に辿り着きます。
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 神社の鳥居。
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 鳥居の反対方向。川の近くに「サイゼリヤ」があります。前回ここに来たときは、このサイゼリヤで昼食を食べました。懐かしいです。(笑)
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 DSC00779宇治川沿い、門に近い参道の様子。




















 DSC00777やっと門に到着です。




















 非情な告知が。事前のリサーチ不足でした。
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奈良県庁前 イベント 庁舎内 食事スペース

 2014.11.9
 県庁の駐車場に歩きます。県庁の一階部分の通路でイベントを行っていました。例年屋台で食べ物や野菜、柿などの県産品を販売しています。
 「柿の種飛ばし大会」を開催していました。登録して参加するようになっています。着物姿の司会者が参加者の名前を呼んで種を飛ばし、「○メートル○センチ」と「飛距離」を計測します。ゆるキャラのぬいぐるみも応援してくれます。「せんとくん」ではないようです。
 私達は、さくらんぼ狩り(山梨)の種飛ばしである程度訓練していますが(笑)、時間もないので参加はしませんでした。 
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 庁舎一階の様子。観光コーナがあります。軽食コーナー(カフェ「クルール」)とコンビニ(セブンイレブン)がありました。
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 私は、軽食コーナーで「みすじステーキ丼」税込で680円を注文です。随分安いです。その分、量は少ないのでがっつり食べたい人向けではありません。子供達はコンビニでおにぎりなどを買うそうです。テーブルとイスがあり、コンビニで買ったものも食べることができます。)
 と、近くのテーブルに座っている人が話をしています。「かいじゅうせんじはこの・・・・・。」と。つまり、奈良からほど近い京都府下にある「海住山寺」の特別公開について話をしていたのだと思います。最初は「かいじゅう=怪獣」と思ってしまいましたが・・・・。
 ↓「みすじステーキ丼」

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 食べ終わって車へ。次は、宇治方面に向かいます。時間があれば、宇治に向かう途中の(先に話をしていた人がいた)「海住山寺」の特別公開に行きたいところですが、またの機会にします。
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 奈良公園側の県庁駐車場が工事中で閉鎖中でした。道理で朝、車を停めるときに例年よりも混んでいたはずです。






興福寺 北円堂 特別公開 見学

 2014.11.9
 続いて興福寺の境内を進みます。正面には「南円堂」があります。しかし、年に1回しか公開がありません。(と、このたび知りました。笑。)
 更に、北円堂に歩きます。境内内の工事の関係で少し奥まったように感じられる場所にあり、南円堂と比べると位置が分かりにくいです。入場は大人300円。
 北円堂と南円堂と三重塔の違いを整理すると・・・。
 ①北円堂・・・国宝(建造物) 鎌倉時代、
        本尊 弥勒如来坐像 国宝 運慶作 鎌倉時代
        本尊の両脇に 菩薩立像が二体 国宝
        四天王立像 国宝 平安時代前期(西暦790年代)
        毎年 秋に一定期間公開がある。春の公開については分かりません。
 ②南円堂・・・重要文化財(建造物) 江戸時代中期 
        本尊 観音菩薩坐像 国宝 康慶作 鎌倉時代(平安後期)。
                          運慶の父作。北円堂の運慶作より20年ほど古い。
        四天王立像 国宝 鎌倉時代(西暦1200年代)
        本来安置されていた法相六祖象(六人の高僧像)は国宝館に移動して展示。
         年に1日のみ(10月)公開。2013年(平成25年)春などに特別公開があった。
 ③三重塔・・・国宝(建造物)
 (仏像名は長いので省略しています。間違いについてはあしからず・・・。)
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 ↓外から撮影。堂内の本尊の影が少しばかり見えます。もちろん堂内は撮影禁止です。
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 ↓北円堂のそばにある木。紅葉が始まっていました。「秋雨濡れる北円堂」といったところでしょうか。
  ここでも御朱印(300円)がありました。むしろ私のほうが御朱印に積極的なっているようです!?。
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興福寺 南円堂 (非公開)と 境内

  2014.11.9  南円堂付近には、興福寺としてのご朱印がもらえる建物があります。ここで上の子は、ご朱印をもらいます。
当然のことながら、この日は閉まっています。巡礼の札所になっているようで参拝者が多いです。
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南円堂。
写真右方向
(方角は北)
で北円堂の
特別公開です。

南円堂の右側の建物で
御朱印をもらいます。
何人か待っていて並び
ます。

















 やっと北と南の両円堂の違いについて理解できました。
 前回2013年5月の訪問時には、たしかに「北円堂、南円堂同時公開」の告知がありました。南円堂は行列でした。このときの訪問は「特別展 當麻寺」の見学で来たとぎした。国宝館で「阿修羅像」は見ました。円堂については「正倉院展のついでに鹿を追って奈良公園に来る」ときはいつも公開している・・・程度の認識しかありませんでしたので、このときは「国宝の三重塔だけでいいや。円堂はまた今度来よう。」と三重塔しか見学しませんでしたが、今から思うとこのときが「滅多にない特別公開」だったので大きな間違いを犯しました。(笑)。
 次回は(南円堂の特別公開時に)来ることができるのでしょうか!?。DSC00739


























 
 中金堂の工事の様子。ここからの五重塔の景観がよいですね。あと、外国人の姿も多いです。
いつになく多いです。円安の影響ですね。DSC00738



















 
 もう一度振り返って、東金堂と五重塔。ここから、県庁の駐車場方向へ歩いて戻ります。
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奈良 興福寺 東金堂後堂 特別公開 見学

  2014.11.9
 雨の正倉院展をあとにして、続いてお決まりの「しかせんべい」です。1束150円です。
下の子は、さっそく鹿に向かっていくのかと思いきや、「鹿せんべい買え~。」と言っていたわりには、度胸がありません。(笑)。鹿せんべいを持ったとたんに、鹿の「襲撃」です。「うわぁ~あ。」と必要以上に叫びながら鹿を避けています。その様子を見ていた観光客が「かわいい~。」とその逃げ回る様子を写真に撮っていました。勝手に被写体になってしまった訳です。(笑)
 DSC00725↓ 写真の左から右の伸びるのは正倉院展の入場待行列用のテントです。




















 ↓鹿が数匹します。写真左下には、「デルタ地帯」があり、以前下の子はここで鹿さんに「追い詰められた」ことがあります。(笑)。公園の側溝?が「▽」状に合流している地点です。前からは鹿、後ろの三方は側溝・・・もはや逃げ場はありませんでした・・・。
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 鹿の群れ。私に向かってきます。なぜかというと、鹿せんべいの「帯紙」を私が持っていたので、その匂いを嗅ぎつけて迫ってきたようです。一目散に逃走です。(笑)
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 奈良国立博物館から東(近鉄奈良駅方面)に歩き、奈良公園 興福寺の堂塔付近までやってきました。
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東金堂まで来ました。
「興福寺 特別公開」の看板が
出ています。 

東金堂後堂(うしろどう)の
特別公開です。















 料金を支払って中に入ります。東金堂の後側に安置してある仏像を拝観できるとのことでした。が、どの仏像が特別公開なのか、あまりよく分かりませんでした。せっかく後に入ったのに、後ろから、前面に安置されている四天王などの仏像を(首と体をひねって)見学しました・・・笑。
 「十二神将像」が特別公開なのかと思いましたが、(入場券の)説明を見ると「十二神将像」は表を向いていて、後堂からはやはり首を伸ばして、ひねって見るしかありませんので、特別公開というわけではないようです。ただ、後から見れるのは「特別公開」なのでしょうけどね。(笑)
 後堂から前(正面)へは行くことができませんでした。別料金とのことです。このときは、拝観システムを理解できませんでした。、(入場券の)説明文を何とか読み込んで、後堂に一体安置されている像が特別公開だと分かりました・・・。

 表に回って分かりましたが、東金堂自体は通年公開していました。入館したことはあったような。忘れました・・・。後堂の入場券の説明文もほとんど常時公開の仏像の説明が中心だったので、誤解していました。
 東金堂の拝観は、阿修羅像で有名な「国宝館」との共通券もあります。「東金堂入場券」または「東金堂・国宝館共通券」を持っている場合は、「後堂の特別公開」から、表に回ることができます。(一旦、建物の外に出て、回廊を回り込んで入場する。)「後堂の特別公開」はあくまで別料金でした・・・。「後堂」といっても、東金堂の「裏側」であり、東金堂に附属した棟というわけではありませんでした。てっきり、東大寺の三月堂のように、当初に建築された建物があって、あとの時代の増築された棟が「東金堂後堂」なのかと誤解していました・・・。 BlogPaint















 東金堂の通常拝観の入口。
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