良月(りょうげつ)の たび日記

神奈川県 湘南地区在住。折口良月(おりぐち りょうげつ)の神奈川、東京、静岡、山梨、長野など関東近郊地域への行楽、外出。美術館、博物館めぐり。その他国内旅行などお出かけの記録。

2015年02月

 

「明治天皇 邦を知り国を治める」三の丸尚蔵館 見学

 2015年2月
  
 冷たい雨の降る、とある平日の昼休みの時間帯。私の姿は旧江戸城大手門の前にありました。昨年の文化の日以来、2か月ぶりの皇居東御苑 宮内庁三の丸尚蔵館です。

 いつになく、外国人の見学者が多いです。前回来たときも同じことを書きました。しかし、前回にもまして多いです。中国語の会話も多く聞かれました。なぜなら「春節」だからです。しかし、平日の昼間とあって、旅行中らしきアメリカや英国、ロシア、フランスと思われる外国人の入場者も多かったです。中国系以外のアジア系の人も来館しています。このときの大手門の内側は、日本人は少数派で、国際色が豊かでした。
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「明治天皇 邦を知り国を治める」。近代の国見と天皇のまなざし と副題がついています。
 
 今回は基本的に写真や資料展。前期と後期などで展示替えは無いようです・・・・と思いましたが、展示リストを見ると展示替えがありました。現在は後期に入っています。3月8日の日曜日までが会期ですので、後期の会期も終盤にさしかかりました。

 三の丸尚蔵館は、年末から翌春先までの寒い季節は休館と思い込んでいたので、年明けから開館をしていると知ったのはごく最近のことでした。知らないということは怖いことですね。(笑)
 開館時間が2月中は、午後3時45分と早いため、うっかりしていると見逃してしまいます。

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 明治時代の貴重な写真や資料が展示されています。
 側近の日記も展示されています。熾仁親王の日記(当時使用した鉛筆付き)や侍従長 徳大寺実則日記の実物がありました。木戸孝允の手記もありましたが、熾仁親王や徳大寺の日記のほうが、より詳しく記入されていて見応えがあったような。
 徳大寺実則は西園寺公望の兄で公望の実家を徳大寺家を継いだ人。西園寺公望はのちに勲功によって侯爵から公爵になりますが、徳大寺実則も一般にはあまり知られた人ではないが、もともと清華家の家格による侯爵から侍従長などの勲功によって公爵を授けられた人物。兄弟で公爵に昇爵(正確には「昇」の字が違うが)とはすごいです。もっとも、公望が公爵を授けられたとき、兄、実則は存命であったか、詳細は忘れました・・・。

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 展示は、明治天皇の巡幸時の写真と
 全国各地の写真を撮影して天皇に報告したもの、
のふたつに分かれます。後者の枚数のほうがおおかったです。関連する絵画の展示もあり、山本芳翠作の当時の那覇港の絵がありました。当時の様子を知る貴重な絵です。その風景は、のどかな港そのもの。現在とは隔世の感があります。
 「山本芳翠」は昨年代表作1点が重要文化財に指定されたためその名を知りました。
 
 

 

「踊る! アート展」と「学ぶ! 未来の遊園地」(後半) in日本科学未来館 企画展

 2015.1.13訪問。

 日本科学未来館で開催中の企画展 「踊る! アート展」と「学ぶ! 未来の遊園地」。会期は2013年の11月下旬から2015年3月1日(日曜日)までの約4か月間。
 でしたが、「好評につき、5月10日、日曜日まで会期延長!」となりました。
 
 さて、前半部の「踊る! アート展」を見終わり、次のコーナー「学ぶ! 未来の遊園地」に移動します。
薄暗いですが、大きなスペースです。

  ↓ 入口の真上、企画展の巨大な看板。「学ぶ! 未来の遊園地」の部分を撮影しました。(笑)

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 「未来の遊園地」のポイントは二つ。
 一つは「乗り物のお絵かき」の惑星。
 一つは「魚のお絵かき」の水族館。
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 子供用の机とイスがたくさん置いてあり、ここで絵を描くというか、塗り絵をします。
写真を見てもわかるように、入場しているこどもの年齢は、幼稚園から小学生低学年くらいが多いです。ウチの子は大きいほうです。自分わりも小さい子に交じって、塗り絵をします。(笑)
 置いてあるイスや机の高さも幼稚園にある机くらい、です。とても小学校仕様ではありません。
 付き添いの親の年齢も私よりもはるかに若い。平均年齢は、父親で30歳代前半。母親はもしかしたら、30歳未満ではないでしょうか。私は平均年齢を吊り上げていますね。
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 館内にはタイトルが付けられています。
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 「3Dお絵かきタウン」 自分で塗り絵をして、スキャンしてもらうと、スクリーンに投影され、やや立体的になって、絵が動きます。自分の書いた絵を見つけて楽しみます。

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  用紙が机のところにおいてあるので、飛行機、UFO、車など好きな種類を選んで塗り絵をします。

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 スキャナーで読み込み。スキャニングはすぐに終わります。
 市販もされているPFU(つまり富士通)のスキャナーでした。

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 このような感じで「塗り絵」です。
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 スキャニングしてもらい、しばらくすると自分の絵が動きます。
 ウチのは、見失いました・・・。
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 お次は水族館のスクリーン。
 スキャニングするにも行列ができてきました。スキャナーは「タウン」と「水族館」で二台ずつ合計四台ありますが、私達がスキャニングしてもらった後ももうひとつの別の水族館のスキャニングの列は「故障」というこで列が止まっていました。スキャナーが悪いのか激しく使いすぎたのか・・・。これだけ混んで並んで「調子悪い」では、シャレになりませんね。あとで見たら、スキャナーは復活していました。
 ここには、あまりクレーマーは来ないのでしょう。故障しても別の列に並んでじっと待ちます。これが、「某国立博物館」だったら大クレームでしょう。きっと。

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 この中にウチの子が書いた魚が「泳いで」い・・・・・ません。行方を見失いました。(笑)

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 この中にウチの子が書いた魚が「泳いで」います。(ちなみにイカではありません。)
 サバのような「青魚」です。DHAが豊富そうです。(笑)

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 館内の様子。「光る大きなボール」は大混雑で、順番待ちの行列です。
 遠くに「お絵かきタウン」のスクリーンがあります。
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 館内の様子。映像コーナーの前半とは反対に、大きな広い空間です。
  奥に「お絵かきタウン」のスクリーンが見えます。
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 館内の様子。一階の吹き抜けスペース=大きなホールに(お絵かき水族館とお絵かき3Dタウンの)スクリーンや(光るボールなどの)コーナーを設置しています。
 「光る大きなボール」は大混雑で、順番待ちの行列です。30分以上は待ちそうな様子です。
会場内に入ってもこのように体験コーナーは行列です。しかも、最後尾で案内する人はいたか、いなかったような。自然発生的に行列ができています。「カオス」と笑うしかありません。
 遠くには「お絵かき水族館」のスクリーンが・・・・・。↓

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 積み木で遊ぶコーナー。実はここでも行列。簡単に遊ばせてもらえません。(笑)

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 結局お絵かき「タウン」と「水族館」で体験終了!!としました。子供も「もういい」
というので、会場の外に出ました。

 展示場の見取り図。前半が「踊る! アート展」で大画面で映像を見るコーナー。
 後半が「学ぶ! 未来の遊園地」で絵を描いたり、遊ぶ体験コーナーです。
  
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 会場を出ると、更に行列が伸びていました。先の記事の写真の通りです。実際には写真で写っていないところにも行列は伸びていましたが・・・。常設展示を見て、館を出るときは「80分待ち」だったような・・・。
 あくまで「入場までの目安が80分」であり、体験には更に並びますし、「お絵かき」をスキャニングするために更に並びますのであしからず。
 もっとも、私が説明することではありませんけどね(笑)。











「踊る! アート展」と「学ぶ! 未来の遊園地」 (前半) in日本科学未来館 企画展 

 2015.1.13

 日本科学未来館の企画展。新年早々、寒い日にもかかわらず、混雑しています。否、寒いからこそ、室内の余暇施設が混雑するのです。(キッパリ。)
 「踊る! アート展」と「学ぶ! 未来の遊園地」 混雑してくる中を入場します。入口は小さいです。中は暗くて、光の映像を写しているからです。映画館の中のようです。
 ↓ 入口上 企画展の巨大な看板。 「踊る! アート展」の部分。
  入場して最初は「踊る! アート展」から見学していきます。( 「踊る! アート展」については、見学というよりも『視聴』といったほうがよいかも知れませんでしたが・・・。)

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 展示場の見取り図。前半が「踊る! アート展」で大画面で映像を見るコーナー。
 後半が「学ぶ! 未来の遊園地」で絵を描いたり、遊ぶ体験コーナーです。
  ただし、「遊ぶ」コーナーは混んでいて、体験できませんでした・・・・。ボーゼン・・・。
  写真右のピンク色の部分が前半の 「踊る! アート展」です。

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 DSC01407 江戸時代の絵巻物をモチーフにしたような、映像。
あとで企画展のチラシを見たところ、「花と屍 剥落 十二幅」とあるました。コンセプトなと詳細は不明です・・・。













 



 企画展のパンフレットはないようです。仮にあったとしても会場内は
DSC01408暗いので読むことはできません。


























 説明ボードはあるのですが、文字は小さいし、暗いし、混んでいるし、分かりません・・・。
 何の「アート」かよく理解できないまま、ただ映像を見て歩くのみでした・・・。
 「チームラボ」という演出家集団が制作しているということが説明にありました。
 ニルヴァーナの説明。伊藤若沖の絵 鳥獣花木図屏風 などをモチーフにした映像ということが分かりました。
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 若沖のこの鹿の絵は見たことがありますね。どこかで見た絵だな、と思いました。映像なので動きがあります。
「若沖の絵がデジタル化されて描かれた動物達が踊り出す。」というコンセプトですね。

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 この象の絵も見たことがありますね。

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 象の横には、牛さんも「動いて」います。その他 山羊や、虎や獅子なども。

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 最後の部屋の絵う像。遠近法なのか、スクリーンが奥と手前に設置されています。光る映像なのだが、何を表現しているか・・・。花や鳥が光の光線を描いて舞っている、飛んでいる、移動しているような映像でした。音楽付きなのでかなりにぎやかです。音声のみで言語による解説は無いので何を表している「アート」なのか分かりにくいです。
 このように部屋や通路に映像が投射されるコーナーが4~5箇所ありました。

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 これで前半部の「踊る! アート展」は終わり、次のコーナーに移動します。















 

「踊る! アート展」と「学ぶ! 未来の遊園地」 日本科学未来館 企画展 入場券購入

2015.1.13

 平成27年、2015年 やっと新年の記事を迎えました。(笑)

 朝のテレビ番組で、日本科学未来館の企画展の紹介をしていました。もともと行くつもりだったので、『今日行くか。』というこで出発しました。
 9時45分頃到着しました。今回は、未来館の地下駐車場に停めることができました。ほぼ満車です。あとから、ここ地下駐車場に入る余地はありません。地上に上がってみると、チケット売場の建物の前には行列です。きょうもまた混雑しています。しかも今は真冬。寒いです。しかも、チケット売り場周辺は、未来館の建物の影になり、冬の朝のこの時間帯は日が当たりません。寒いったらありゃしない。チケット売場裏の人工池の一部には氷が張っています。さささささ寒い、ささささささ寒い。(プルプル)寒くて震えています。(笑)
 

 ↓ 一階エントランス付近の映像コーナー。ガラス窓の外には、チケット購入の大行列が・・・。

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企画展は、
「踊る! 光の遊園地」・・・。あれっ??。違いますね。「踊る! アート」と「学ぶ! 未来の遊園地」の二つのテーマがあり、ごっちゃになってしまいます。(笑)
 「光の・・・」ではありませんでした。このブログの記事を書こうと思いましたが、「あれっと、タイトルは?」と、思い出せず・・・・、「踊る! 光の遊園地」 と書いてしまいました。
 正確には「踊る! アート展」と「学ぶ! 未来の遊園地」。しかし、「未来の遊園地」ならぬ「光の遊園地」と書いてしまうほど、「光」のインパクトが凄かったです。(笑)
 あと、子供の「遊び」の要素が強く、企画展のタイトルにあるように「学び」の要素は・・・。そんでもって「踊る!・・・」と誤解してしまいました。「踊る アート展」の語源、「踊る・・・」って未来館の隣にスタジオがある某テレビ局が制作にかかわった某映画のタイトルから連想???ではありません。(笑)。
 ちなみに「踊る・・・」の映画は劇場でもテレビ再放送でも、どのシリーズも私は見たことがありません。(笑)
 

 最新はドームシアターを見るべくその列にならんだのですが、かなり先の上映回まで埋まっているようです。列もどこにならんでよいか・・・、わかりにくい・・・・。
 案内の人はいるが、個別に聞く人が多いので、全体に拡声機でアナウンスできていない状態です・・・・・・。ドムシア、つまりプラネタリウムはやめて、(外にいるのは寒いこともあり)館内3階にある案内所へ。数人が並んでいますが、すぐに順番になります。ここで、年間パスを提示して、入場券に替え、企画展の入場券を買います。割引になるとはいえ、結構な値段です。おとなが高いのは当たり前ですが、子供でも千円近くします。大人一人、子供一人で合計2500円くらい。
 
 ↓3階の総合案内所。企画展を見た後、5階の常設展入口に行く途中で撮影。
  開館前に私達が並んだときに比べて、ずいぶんと列が長くなっています。
  対応している人の数が少ない・・・です。
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 写真は、企画展を見学した後、おなじみ、常設展のスロープから撮影したもの。
 私達が入場したときは、15分-20分くらいの待ちで済みました。(列の最後尾の告知では30分待ちとなっていたような・・・・。) 開館後まもない時刻だったので待ち時間は少ないほうでした。
 撮影したときは、私達が入場したときよりも何倍もの列になっていました。
 二倍どころの列ではありませんでした。「テレビ効果」でしょうか??。
  列は写真中央が入口で、左の奥の通路に並んでいます。写真手前の人々は、いったん写真に写っていない奥の通路を経由して、やっと小さい入場口から入ることができるわけです。
 ジオ・コスモスの下で繰り広げられる「カオス」(混沌)です。
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 一階では、700円で「自動走行イス」(私が勝手に命名したが・・・)の体験をしていました。(身長の制限あり。)
 窓の外では、大行列・・・。外気温は摂氏零度に近いはずです・・・。風が吹けば体感温度は1度下がるといいます。ここは、北側に大きな建物が接しておらず、お台場のだだっ広い空地にも道路を挟んで一部接しています。従って、北からの冷たい季節風が吹き付ける場合もあるでしょう。この場合、体感期間は摂氏マイナスになります。小さい子供連れの場合は辛いですね・・・。ウチはある程度大きいし、寒さにもある程度耐性があるので。
 この係の人や常設展示の人などを動員してチケット販売に人員を回さないのですかね・・・。臨時の販売場所を数個設ければ、かなり列を捌くことができると思いますが・・・。 DSC01438




























 来るたびに思うのですが、なぜ改善しないのでしょうか?。・・・・館側からは、こんな声が聞こえてきそうです。「それぞれ担当があり、担当外はアイ ドン ノウ。」ドラスティックにバッサリ切ってしってまいるところは、アメリカ的というのでしょうかね・・・。「アメリカでの経験」が生きているといったところでしょうか!?、分かりませんが・・・。
 このブログ、実は未来館の記事を掲載して以来、「日本科学未来館 混雑」、「日本科学未来館 チケット」、
「日本科学未来館 駐車場」のキーワード検索が非常に多くなりました。私の意図せざるところです。
 検索されている理由を考察すると
・ 未来館はネット検索でものごとを調べる世代の親が子を連れて来館する。
・ ネットで検索した結果、券を買うためいつも混雑している、又は混雑しているらしいと書き込みがあるのでいろいろなサイトを見る。
 が主な理由でしょう。
 ホントは「静岡 いちご狩り」、「山梨 さくらんぼ狩り」、「神奈川 みかん狩り」などのキーワードで検索されることを望んでいるのですけどね(笑)。
 
 



























東寺 宝物館 2014年秋期特別公開 「東寺の十二天像-灌頂儀式の世界-」

2014.11.23

 東寺 宝物館 宝物館が開館している時期に来たのも初めてです。
 2014年秋期特別公開のタイトルは「東寺の十二天像」。-灌頂儀式の世界-がサブタイトルです。ただし、私にとっては前日の三井寺の「灌頂」の儀式を見て、「灌頂」とは「一体どのような儀式(リチュアル)なのか??」と疑問に思っていたので、この疑問を解決できたのでよかったです。
 元々漢字のヨミカタすら分かっていないかったですしね。(笑)
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 DSC01046 東の門から入り、駐車場や五重塔の様子を見ながら(どうしても、駐車場の状況に目がいってしまいます。笑。)宝物館の方向へ。



















 ここ東寺の宝物館は、 常時公開されているわけではなく、春と秋のほぼ二か月ずつの公開。開館時期に来るのは初めてではないでしょうか。昨年と一昨年と来たときは1月でしたし、その前もなぜか冬の季節に来ました。その理由は・・・たまたま(寒い時期に)来たからです。(笑)

 入場券を買って入ります。写真には人が写っていないように見えますが、実は絶えることなく見学者が出入りしています。券を買うとき、私の前は母親と娘の親子(子の年齢は20歳前後)2人組。若いカップル(恐らく学生)もいます。体の不自由そうな老齢の母とその娘らしき女性の連れもあり、年齢層は様々でした。

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 後日、入場券を撮影。この翌日訪問した彦根城などの入場券も売写っていますが、気にしないでください。(笑)
 券を見てもわかりますが、月や夜空や星などが描かれています。「宇宙」を連想させますね。密教の秘儀たる「灌頂」は「宇宙」ともつながる儀式なのではないでしょうか。
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 展示室を二階に上がります。
 まずは絵画の展示室から。国宝の「東方記」とメイン展示でもある「十二天」の絵。「十二天」は六体の絵すつ展示替えなので、会期の終盤間近いこの日の展示は、「日天」「月天」「地天」「梵天」「毘沙門天」「風天」の六体。いずれもおなじみの仏様?です。仏といってよいのか分かりませんが誤りにはついては、ご容赦を。
 特に「フーテン」の私にとったは「風天」に親しみを感じます。(笑) 毘沙門天はいくさの神でもありますし、上杉謙信の「毘」でもおなじみです。
 「十二天像」は屏風になっていて、灌頂儀式のときに使用したのだそうです。灌頂儀式の図も展示されていましたが、これらを見ると灌頂とは次のような儀式なのだと、おぼろげながらその全貌が見えてきました。(大げさな書き方だけど・・・。)
・密教の僧が阿闍梨の位を受けるときに行われる儀式。
・東寺の灌頂院で行う。(当たり前ですが。) つまり、昨日の三井寺では灌頂堂で行う。
・お堂の中に曼荼羅を敷く。灌頂を受ける人と師の椅子を置く。灌頂を授ける師の後に「十二天像」屏風を立てる。
・椅子の位置も決まっている。(図面に書いてある)
・灌頂を受ける人は曼荼羅に花びらを投げる。目隠しをして、後ろ向きに投げる?のかは分かりません。
・花が落ちた曼荼羅に描いてある仏様との縁を結ぶ。すなわち「結縁」。そして、「阿闍梨」となる。

 本来「灌頂」は密教(天台宗系、真言宗系)の寺院では最も重要な儀式のひとつで、かつ神聖なものだったでしよう。つまり、一定の修行をおさめた僧職に対する儀式であった。
 天台宗、真言宗それぞれに儀式の内容は違うのでしょう。ここは東寺宝物館では真言宗の灌頂の儀式の展示であり、三井寺など天台宗とは異なる点もあると思います。
 曼荼羅とは信仰の世界における宇宙ですから、宇宙と人とを結ぶ儀式だったといえるのでしょう。昨日三井寺で見た「結縁灌頂」は、おそらく近代なってから一般民衆にも儀式開いて在家の信者にも分かりやすいよう、親しみやすいように簡略化したものだと思います。
 
 その他、灌頂の図、道具、など重要文化財に指定されているものも展示されていました。
 二階の別の部屋では、大きい千手観音像など仏像の展示。いわゆる常設展示的な内容で、開館季節ごとに展示替えがあるようです。
 一階は、二階の展示を見てから見学する順路です。入口の事務室と小さい販売コーナーがあり、展示室が奥にあります。説明のパネルや写真、東寺の瓦や比較的小さい仏像、祭具などが展示されていたと記憶します。
 (記憶違いもかなりありますが・・・。)
 結構じっくり見たので、私のあとから入場した人達も出ていってしまいました。私はカップル達には目もくれず、じっくり見学したのです。(笑)
 
 このあと、境内の外に出て、観智院の前を歩き、京都水族館方向へ戻りました。

 

東寺 2014年秋期特別公開

 2014.11.23 勤労感謝の日の夕刻。 

 西本願寺の境内外、伝道院のレンガ建築を見学しました。そのまま別の場所へ向かうため、(西本願寺の境内には戻らず)水族館の方向、西に歩き、水族館の前に出た後は南下します。(笑)
 東海道線、新幹線の線路の下をくぐります。この付近にも、跨線橋の下を利用したコインパークが何か所かありますが、すべて満車です。水族館などに行く人の車ですね。
 線路をくぐるこの地下道、西本願寺と東寺を結ぶ「極めて重要な」道路です。「京都の街を南北に分断する大線路をいかに攻略(つまり最短距離で通過するってこと)することが、京都観光の成否に直結してきます。(笑)
 いや冗談としても、この地下道はガイドブックには、あまり詳しく掲載されていないので、(よそ者の私にとって)自分の足で歩いて確かめることは重要です。
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 地下道をくぐり、東寺にやって来ました。
 境内には、以前「京都冬の旅」で見学した「小子坊」などが並んでいます。
(注意: 東寺をこのサイトでは『洛中』に分類しています。観光ガイドや観光協会などの分類では『洛南』が一般的ですが、このサイトでは『洛中』の記事が少ないため、東寺は『かつて平安京の内側であった。』という歴史的事実をとらえ、敢えて、強引に!?『洛中』としています。)

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 こちらは、一般拝観の入場口。「秋の特別公開」として、五重塔の初層公開などを開催しています。以前拝観したことがあるため、今回は割愛します。
 
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 看板には
 「2014年秋期特別公開」とあり、続いて大きな文字で
 「秋の特別拝観」とあります。内容は
 ① 宝物館 9/20-11/25の約二か月間。
 ② 国宝 観智院の公開 9/20-11/25の約二か月間。
 ③ 五重塔初層の特別拝観 10/31-11/25までの一か月弱。
 ④ 特別展 灌頂院-mandara(曼荼羅)の世界-10/31-11/9
  です。このうち、④は東寺の灌頂院(重要文化財)の特別公開であり、「秋の非公開文化財特別公開」事業の一環で実施でした。
  この期間中、私達は「妙法院」(京都女子大の古美術研究会『こびけん』のみなさんの説明付き!。)のみに行 き、こちらには行くことができませんでした。限られた期間の公開、遠隔地から行くのですべてを見学は難しいです。

 私は、宝物館に向かいました。その記事は後日に・・・・。 
 宝物館を見た後は、近くの北門?から退出します。
 門を出てすぐ近くには、「観智院」があります。
 写真右が「観智院」。
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 「観智院」はこのとき秋の特別公開中でした。前回訪問時は、外観などの撮影をしていなかったような気がしたので、改めて撮影です。

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 ↓外の通りに面した門。提灯に「観智院」とあります。改めて自分で漢字を書いてみると、「勧智院」と誤解してしまいがちですが、「観智院」が正解です。昔(つまり平安時代)の学校のような施設(学問所?)で「勧学院」があるので、わからなくなってしまいますし、前日見学した三井寺の「勧学院」とも混同してしまいます。
 空海に関連して「種芸種智院」と呼ばれた教育施設があり、更に→「勧学院」と混同し→、東寺の「勧智院」へと脳内で勝手に漢字変換をしてしまう状態です。(笑)


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 観智院の前の道と東寺の北門(と、洛南高校近くの門を仮にこう呼びます)。
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 やや離れたアングルから。右が我が国屈指の名門洛南中学と高校。(運営母体、立地からして東寺学園ともいうべき学校でしょうか。)
 ↓ この道が昔の平安京と同じ幅なのですね。
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重要文化財 本願寺伝道院  (スタンプラリーで内部見学)

 2014.11.23

西本願寺 秋の法要 スタンプラリー。
境内のポイントを回り、スタンプを押します。一か所、境内外にポイントがあります。重要文化財の今年指定されたという「本願寺伝道院」です。
 ↓ 裏から見た様子。写真奥が、堀川通との交差点である参道の終点、その先が本願寺の門。


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 立派なレンガ造りの建物です。設計は伊東忠太。東京の築地本願寺も設計は伊東忠太ですから、何となく似ている建築です。
 元々は、門徒生命保険のための株式会社の社屋だったそうで。その後は診療所としても使用されたことがあると説明にあります。
 医療から生命保険まで、教団が「一大企業体」であることが窺えます。
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 一階のロビー部分にスタンプがありました。近代の本願寺に関係する解説などがありました。内部の部屋には入ることはできず、調度品や室内装飾などを観察しました。いや~すごい財力です。






















































































西本願寺境内 秋の法要 スタンプラリー

 2014.11.23

 西本願寺 秋の法要 スタンプラリー。
 「本願寺 国宝・重要文化財 スタンプ帖」とタイトルが印刷されています。
 境内のポイントを回り、スタンプを押します。特に景品は無いようです。(笑)
 写真右、御影堂と左、阿弥陀堂。
 今年「国宝」に指定されたことを記念してスタンプラリーを開催とのことです。あわせて、重要文化財指定の各所も回るようになっています。また、「スタンプ帖は御朱印帳ではない。」と書いてあります。本願寺にはご朱印がない理由も書いてありました。本願寺(浄土真宗)の教えを知る上で、この説明は重要ですね。
 
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  恐らく阿弥陀堂。巨大すぎて見分けがつきません・・・。
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 スタンプポイントの経蔵。スタンプ台がお堂の左側にありました。

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 太鼓楼。近くにスタンプ台があります。ここもポイントでした。
 中に上る階段がありますが、入る人はないなので、内部立入禁止のようでした。
 スタンプ帖の説明には「・・・新撰組の屯所だった・・・」とあります。

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 太鼓楼。外側から。右の建物の上が楼閣です。
 西本寺の北の門に当たります。
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西本願寺 秋の法要 飛雲閣 特別公開、唐門 拝観解説

 2014.11.23

 秋の法要を開催中の 世界文化遺産指定の西本願寺。「・・・総追悼法要」とあるように一年間で物故した信徒の法要のようです。
 例年、法要の二日間は世界遺産の飛雲閣や書院の特別公開を実施しているようです。西本願寺のウェブサイトに事後小さく記載してあることもありました。記載のないこともありますので、この場合は個人のウェブサイトなどでの情報に基づきます。
 しかし、この日は書院については公開をしていませんでした。飛雲閣は前回私が事前申し込みで見学したときと同じく、外観のみの公開でした。
 
 飛雲閣の無料公開。時間は午後3時まで。このとき、すでに2時半過ぎ。急いで壁の内側に入ります。境内では黄色い服を来た係の人が多数立って入場者を誘導、案内しています。

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 壁の内部は撮影禁止です。今回は予約拝観ではないため、入れ替わり立ち代わり見学者は自由に出入りします。そのためか、案内の人が説明するのではなく、テープに録音したものを電柱に備え付けの音声スピーカーで流しています。
 「撮影禁止」とあるのに、携帯、デジカメを取り出す人があとを絶ちません。黄色いジャンパーを来た係員がその都度注意しています。「書いてあっても」全くの無視。「そんなん知らんわ。」とお決まりのフレーズでしょうか!?。これが、××系のノリでしょうか!?。××は伏字です。ブン殴られて怒られてしまうそうなので・・・。
 黄色いジャンパーを来た係員は結構境内各地に立っているので、かなり監視は行き届いている雰囲気ですが、よくも禁止とされていることを懲りなくしようとしますね・・・。
 
 テープの案内音声は、建物の向かって左にある茶室「いじゃく」についても触れていました。
前回は僧侶の方の解説で見学しましたが、解説についてはすっかり忘れていました。

 壁の外から飛雲閣の遠景。観菊の品評会?を開催していました。秋は菊の季節ですからね。

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 DSC01027写真は旧仏飯所。
この秋の「非公開文化財特別拝観」で公開がありました。一般でも通れる通路の脇にあります。意外にも(閉鎖された区域ではなく)通路の近くにあるのですね。
















 「龍虎殿」。内部は混雑しています。前回は、ここで受け付けをし、書院につながる廊下に進みました。
法要に際して書院の公開は無いのかな?、と思い。中に入ってみましたが、書院につながる廊下は、入って行く人がいませんでした。やはり、公開は無いようです。
 「スタンプラリー」のスタンプを押します。ここでは『御影堂』のイラストの入った『参拝記念』のスタンプと「国宝 唐門」のスタンプと二つを押しました。『ダブルでゲット』です。(笑)

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 国宝 唐門の内側。ここは普段から自由に来ることができます。この日は、無料で解説がありました。
 この日、写真には撮っていませんが、コインパーキングからくるときは、この表側(公道側)の前を通って歩いてきました。唐門はくぐることができないため、また付近の門も通ることはできないため、ぐるっと、堀川通り沿いの門から入って唐門の内側まで境内内の砂利の上を歩いて行く必要があるため、表と裏を同時に見るのは難儀です。(笑)

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西本願寺 2014年秋の法要、スタンプラリー

 2014.11.23

 大徳寺を見終わり、食事を食べていませんが、寺の近くのバン屋さんで購入して車で食べることにしました。
 車を発進させ、狭い通りを抜け、西陣会館などの前を通り、堀川通りを南下します。二条城の前を過ぎ、西本願寺までやってきました。
 近くのコインパーキングに停めようとしましたが、見つけにくいし、大通り沿いのPは満車。京都水族館方向に曲がり、路地に入ります。路地は、京都駅と京都水族館に行き来する親子連れが多く、運転には細心の注意が必要です。と、偶然コインパークから出る車が・・・。一台空いたところにうまく駐車できました。
 秋の行楽シーズン、京都水族館も混雑しているようですし、西本願寺の法要はあるし、この付近のPはのきなみ満車でしょう。
 妻と子供は、京都水族館へ向かいます。前回は駆け足で見ただけだったので、子供にとってはリベンジです。

 残された私は、西本願寺へ歩きます。前年の1月以来の訪問です。
 堀川通りに歩き、門を入ります。来るたびに思うのですが、お堀のようです。「堀川」の地名も本願寺の堀となっている川だから、というのが由来なのではないでしょうか。戦国時代までの本願寺は城のような機能を果たしていたから、この地に造営したときもその名残で堀を周囲にめぐらせたのではないでしょうか。(推測ですが。)

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 秋の法要のためか、大きな旗がいくつも掲げられています。風になびいて大きくはためいています。写真では分かりませんが、かなり大きな旗です。お寺の本堂などにかかっている幟と同じく、あのカラフルな赤、黄、紫などの色のカラフルな旗もあります。
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 門を入ると「スタンプラリー」の帳面を配布していました。入場者にはもれなく配っています。



















大徳寺 黄梅院 特別公開(説明を聞く)

 2014年11月23日

 大徳寺 黄梅院 2014年秋の特別公開。

 更に内側の門を入り、玄関のような所で靴を脱ぎます。庭のまわりの壁沿いに長い屋根付の廊下を進みます。拝観用に造作したのでしょう。ガラス張りの廊下をスッスッ歩いて、ぐるって庭の外周を半周するような感じです。


 最初の堂で次のような説明がありました。「京都春秋」の名札をした女性が説明員です。
 なお、( )内は筆者の註です。
「ここは、書院。前面(茶室のような茅葺?の小さな建物)は直中庵。『じきちゅうあん。』と千利休66歳のときの作庭の庭。

(庭には一面の苔が生えている。)真ん中にひょうたんのからの池。秀吉の馬印からとった。
秀吉に利休がつかえていたから。この大徳寺には秀吉の母もまつっている。

母をお参りするため、大徳寺にくるたびに、三門に安置した利休の像を秀吉が
くぐるのに怒ったことも切腹の原因のひとつ。
左の(と、茶室のの建物を指し、)灯篭は、加藤清正が(朝鮮出兵の際に)持ち帰ったといわれる 朝鮮灯篭。」


 と、メガネをかけた普段着の女性が苔の庭に水やりをしています。苔の庭の手入れをしているようです。説明や拝観者の群れを気にする様子もなく、いらっしゃいと歓迎するでもなく、ただ水やりをしています。お寺の関係者、もしかしたらここの娘さんかなと思いました。

奥の部屋を振り向いて見ます。
「(この部屋は)茶室の『作夢軒』(さくむけん)。武野じょうおう。利休の茶の師の作。
四畳半の簡素なつくり。ここ黄梅院には、全部で11の茶室がある。」


続いて、渡り廊下でつながった別の建物へ。
「ここは本堂。旦那の間、本尊の釈迦如来像をまつっている。
(本堂の前の庭は)破頭庭。
目の前は白砂(しらすな)でも、色が違う。
完全な白砂ではない・・・。白川の砂と硅石の砂もあり、キラキラ光るようになっている。

真ん中の、石がふたつ、長い石と短い石は観音様? で仲良く並んだ人をあらわす。
(たしかに親子のように見える石です。写真撮影は禁止なのですが、黄梅院の特別公開告知サイトなどには、写真のアップがあるので参考までに見てください。ほほえんで寄り添っている親子のように見えます。)

 向かって左手の平たい石は、人間の抑えられた煩悩をあらわす。(平たい、といってもほとんど庭に埋められて、少しだけ石の部分がでているような感じ・・・。)
奥の緑の植え込みは大陸を、右側の横になった長い石は大海を渡る舟をあらわす。
(本堂から向かって左手にある門は)勅使門、普段は使用しない。

襖絵は、うんこくとうがん=『雲谷等顔』の水墨画。
竹林七賢の絵で、禅宗の寺の襖絵にはよく描かれる。

西湖 中国の風景を描いた。

端の部屋は、『礼の間』・・・芦雁図(そのまんま動物の雁と植物の芦の図です。)があるが、
いずれも複製品。」
 

 本堂の横の(附属して繋がっているような建物)庫裏では住職が御朱印を書いています。
一人300円。と、住職の横で顔の輪郭の似た若い女性が手伝いを始めました。御朱印をお願いする拝観者からお金を受け取って、おつりを渡しています。先程、苔の庭に水やりをしていた女性です。恐らく住職の娘さんでありましょう。先に入口で入場券の販売を取り仕切っていたチーフ格のような女性とも顔が似ていいます。この女性の母親くらいの年齢でした。受付の女性は住職の妻で、お金の管理を仕切っているのでしょう。
 と、小学生一年くらいの女の子が御朱印帳を抱えて、きちんと正座をして御朱印待ちをしています。下の子は、明らかに自分よりも学年が下の子が御朱印帳を持っていることに対抗意識が芽生えたのでしょう。「ウチも御朱印帳始めようかな。・・・まだ早いか・・・・。」とのたまいます・・・。寺社仏閣に行くのは「興味ない。」とブータれているとが多いのにもかかわらずです(笑)。


更に庫裡に進みます。本堂と付随しているような造りです。ここにも説明員がひとりいます。

「(ここは)玄関、台所で炊事をしていた場所。
ここは最古の庫裏のひとつ。小早川隆景の寄進で建築された。
忙しく仕事をしなさいということで、
大黒天をまつっている。
釜や竈が、並んでいる。」そうです。

本堂の裏、先の堂のウラも通り、茶室の『作夢軒』の近くを通り、渡り廊下を歩き、秀吉のひようたんの池の前を通り、屋根付きの渡り廊下を延々と歩いて元へ戻りました。
そして、退出します。



大徳寺 黄梅院 特別公開 (前庭の紅葉)

 2014年11月23日

 紅葉たけなわの京都 紫野の大徳寺。境内を歩き、黄梅院までやってきました。門の所に特別公開の受付があります。小さい机を出して女性が三人くらい拝観券の販売とお金の収受をしています。私達も入場します。

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 門を入ると正面に庫裡と思われる大きな建物があります。禅宗のお寺によく見られるタイプの三角尾根が特徴的な庫裡建築です。もっとも、妙法院門跡は天台宗で禅宗ではありませんが、最大級の国宝庫裡もほぼ同じような建築と思います。禅宗のお寺に限るわけでは無いのですね。(よく知りませんが。)
 拝観客は、庫裡の前庭にカメラを構えて撮影しています。
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 ここ黄梅院では、庫裡から建物内には入場はせず、庭園に通じる別の門から更に先に進みます。門の脇には、「蒲生氏郷」や「小早川隆景」などの墓所があると示す石碑があります。そうそうたる戦国武将の面々ゆかりのお寺のようです。

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 庫裡付近のモミジの紅葉の様子。完全に色づいてはいないようです。写真には写っていませんが、周囲は撮影する拝観者で賑わっています。
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 順路に進む門の付近の紅葉の様子。門の脇に「蒲生氏郷」などの石碑が見えます。
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 庫裡の横のモミジも見事でした。写真で見るよりも、実物は美しかったです。緑と赤のコントラストは、実際に見てみると写真よりも美しい。庫裡の奥に壁がつづいていて、その一番奥に小門がありますが、本堂の庭園に続く門のようです。

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 アップで撮影。やはり、腕前が・・・・(笑)。
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 別の角度から(本堂庭園に続くと思われる門)を撮影。
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 地面に落ちたモミジの葉。「苔」も非常に手入れされています。よく見ると苔も一様ではなく、苔寺のように何種類もあるようです。丹念に水をまいて苔の手入れもしているのでしょう。

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大徳寺境内 正受院(外観のみ)など

 2014年11月23日

  大徳寺「芳春院 秋の定期拝観」を見終え、本坊の前を通ります。この日は本坊の特別公開は無く、人の出入りはありません。 
 境内を次の公開中の塔頭「黄梅院」へ歩きます。子供心にも、戦国時代や安土桃山時代などの歴史とここ大徳寺が深く関係していることがわかったのでしょう。
下の子が「歴史マンガ」で読んだのであろう関ヶ原の合戦などの話をしだすと、「ここが石田三成のお墓があるところだよ。」と 三玄院の前で言いました。と「え~。そうなの?」と不思議そうにしていました。
多分「石田三成 墓所」と石碑があるので実は、先にそれが目に入って「何か関係あるな。何となく昔のことと関係があるな」と感づいたのでしょう。

 DSC01010三玄院の隣には、「正受院」がありました。ともに普段は拝観謝絶の塔頭ですが、正受院ではピアノ教室を開催しているようでその告知が貼ってありました。






















 更に境内を歩き、黄梅院までやってきました。共通券もありますが、他は見学したことがあるので本日はここのみとします。

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 参道。上の写真にある「特別公開中」のブルーの看板が写っています。
 初めてここ大徳寺に来たときは、バス停を下り、この参道を歩みました。教科書などでおなじみの大仙院のみ見学し、再びバス停に戻るため戻り、この参道の途中で休憩をしました。とある塔頭(その頃はたっちゅうという言葉を知らなかった・・・。)から出てきた黒い袈裟のお坊さんが「こんにちわ。」と。「こんにちわ」と返すとお坊さんは「よう来たな。」と声をかけてくれました。ありがたいことですね。
 あの当時とここの参道はちっとも変っていません。数百年ほとんどかわっていないように。年を重ねた私は随分と変わりましたが・・・。あのお坊さんが出てきた塔頭はどこだったのでしょうか。そこの住職だったのか、関係者の僧侶なののか、または本坊のお坊さんだったのか・・・、今となっては知る由はありません。
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大徳寺境内 如意庵、龍泉庵 付近参道

 2014年11月23日

  「芳春院 秋の定期拝観」
 参道脇の植え込み。見事なモミジです。土壁の向こうは、別の塔頭「如意庵」のようです。

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 参道から分岐して更に別の塔頭への細い道が・・・・。
 先の芳春院の説明では「二十二」の塔頭があるとのことでした。そのひとつでしょうか。私は今まで「二十四」と思っていました。実際には数えたことはありませんが・・・・。
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 先の門まで戻りました。表札をよくよく見ると「芳春院」と「如意庵」のふたつがかかっています。

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 参道付近の美しいモミジの紅葉をお楽しみください。(笑)。撮影者のウデはイマイチですが。(笑)
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大徳寺 芳春院 秋の定期拝観(本堂、呑湖閣などの説明)

 2014年11月23日、この日は三連休の中日です。
 「芳春院 秋の定期拝観」にやって来ました。

 参道を進み、受付近くにある芳春院の門。拝観券を買ったのち、ここから入ります。

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 更に門があります。この先が本堂前の枯山水庭園になっています。
 写真撮影は禁止で、写真を撮影できるのはここまでのようです。この門を入り、靴を脱いで庭を見ながらお堂に上がります。


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 本堂の内部に入ります。仏壇前の畳の部屋です。正座をして説明が始まるのを待ちます。説明員は数名待機していて、交代で説明をしてくださいます。
やがて60歳くらいの女性が説明をはじめます。箇条書きにすると・・・(記憶違いは結構ありますが・・・)

「・・・・『芳春院』は、利家夫人のまつの法名。大徳寺の中で唯一 女性を開基とする。前田家の菩提寺。

ここは、本堂。真ん中が本尊。(仏像名は忘れた。筆者註。)
 向かって右が、開祖王室和尚の像。左はまつの像。
10年ほど前に(まつが)大河ドラマの主人公となり、(実は)そのときに新たに制作されたもの。
仏壇の下の絵は桔梗。まつは桔梗の花が好きだった。・・・・・。」

 確かに、本堂の仏壇の下には桔梗の花の絵がいくつも描かれています。桔梗の花は青い色をしています。おそらく日本画の技法で描いたのでしょう。ただ、色彩が鮮やかなので近年書き直されたか修復されたものでしょう。
 ここは、総見院の裏に当たります。昨年春に行った総見院のお堂とおぼしき建物の裏側もここの本堂から見えます。『桔梗』は信長にとって仇敵以外の何物でもありません。明智光秀の家紋ですから。なぜ、「まつの方」は桔梗をわざわざ描いたのでしょうか。まるで総見院殿(信長)のうしろ(裏)から、桔梗の花で脅しているのでないか、とも思いました。建築年代は総見院が先、ここ芳春院は、利家が死亡し、「まつ」が出家したあと、おそらく関ヶ原の合戦の前後の時代でしょうから、恐らく秀頼、淀君または家康の了解を得て建立したはずです。秀吉が生きている時代でしたら、桔梗を描くなど決して許さなかったでしょう。描いたとしても、もし秀吉が知ったら激怒するかも知れません。それこそ、ここ大徳寺の山門の像が切腹の理由のひとつになった利休の二の舞にもなりかねませんし・・・。「まつ」自身は大名ではありませんが。当然のことながら利休の切腹の理由も「まつ」は知っているはずです。
 何らかの意図があってのことでしょうか。前田家の家紋は桔梗ではないでしょうに・・・・・。もっとも桔梗は古来、一般的に愛でられた花であるので、特に深い意味は無し、といったところでしょうか・・・。

説明は続きます。
「正面の庭(南向き)の説明。・・・・。枯山水です。(詳細は忘れた)
応仁の乱で京都の街や寺はほとんど焼けた。大徳寺で秀吉が信長の葬儀を行って再興した。
秀吉は時の権力者。それにあやかって、戦国大名が塔頭(子院)を次々に寄進した。
本堂と三門があるのまわりに(塔頭が)次々に建てていった。開山堂が大徳寺にはない。禅宗の寺には開山堂があるが。(理由は忘れた)
 ここは、大徳寺の一番北にある塔頭。22の塔頭があるが最後のほうにできた。
本堂に近いところから立てていった。ので一番北なってしまった。ここからみる景色は電柱やビルなどがない。
400年前とほとんど変わらない風景。京都は北のほうが標高が高いため東寺の五重塔57メートル
とほぼおなじ高さになっている。(この点は、昨年春に聞いた、総見院の説明とほぼ同じ。)


 京都の大きなお寺には、塔頭があり、つまり子院です。実は 枯山水の庭で有名な龍安寺は、妙心寺の塔頭。金閣寺と銀閣寺も同様に『しょうこくじ』の塔頭。塔頭のほうが世界遺産に登録されて有名になってしまった。

 前の庭は枯れ山水。大海に水が流れ込む様わあらわしている。」

 本堂と庭の前での説明を終わり、時計まわりに堂の縁側を回ります。本堂の北側には池があり、池に西、境内の端にあたると思われる場所に二階建ての観音堂のような建物が目に飛び込んできました。これが、名高い「呑湖閣」なのだと分かりました。銀閣と比べても小さいですし、飛雲閣と比べても遥かに小さい。道理で、大仙院など通常拝観できるエリアから見えない訳だと理解できました。
説明つづき。

 「これは、呑湖閣 のんこかく。 京都四閣のひとつ。湖とは琵琶湖のこと。この二階に上ると、比叡山がよく見える。その向うには琵琶湖があり、池を琵琶湖に見立て、その琵琶湖を?みこむように・・・・との意味。
本堂から閣につながる橋は、打月橋。池の説明。池の名は、飽雲池。・・・。

 池をはさんで、呑湖閣の東、本堂とは北への廊下で建物につながっている家屋があります。ガラスの窓が入っています。
「京都大学に在籍していた当時の近衛文麿がここで勉強をしていた。」そうです。ここは前田家の菩提寺、文麿の母(とその妹である継母、ただし関係はよくなかったようだが・・・)は前田慶寧の娘ですから、その縁ですね。
 先ほどその門の前を通った近衛家墓所に文麿の墓もあるはずですから、「青春」と「終の」棲家はここ大徳寺といったところでしょうか。

 本堂の東でも説明ありました。そして本堂に戻り、説明は終わりです。


 写真撮影は禁止だが、拝観者は、デジカメや携帯、スマホを取り出して呑湖閣などを結構とっています。説明を聞いているのは二十人以上はいます。説明の人はこの女性一人だけで、説明で手一杯なのか、気が付かないのか特に注意しません。そのため、呑湖閣の写真も皆バシバシ撮影していました・・・・・。
 さすが・・・・ですね・・・。「まあ、ええわ。知らんかったわ。」というのが言い訳でしょうか・・・・。

 外国人も数人入ってきます。デカいカメラをもって、入ってくるなり、本堂の庭を撮影しようとしたり・・・・。「No Pfoto」などイラストや英語で目立つように告知していない(?)ためでしょうか・・・。「撮影禁止」の文字は日本人には分かりますが、漢字で大きく書いても外国人にはなんのこっちゃ分かりまへんな・・・。









大徳寺 芳春院 秋の定期拝観

 2014年11月23日、この日は三連休の中日です。
 大徳寺の境内。
  玉林院を過ぎると、隣の塔頭の入口付近はカメラを持った人達で賑わっています。「京都の紅葉」に詳しい方ならば皆さん知っていますが、高桐院の入口です。このとき、写真は写していませんが、京都の紅葉の名所として知られていますね。
 例の玉砂利の大通りを出て、東へ曲り、近衛家墓所の門の前を先に更に進み、大仙院の前までやってくると、更にその先に芳春院の門が。
 真珠庵の入口もすぐ近く(というより、大仙院の傍らですが・・・。)なので、ここに来るのは(真珠庵の特別公開のとき以来)一年半ぶりです。下の子は(たった一年半前の特別公開の拝観も)全く覚えていないようです・・・・・。(笑)。
 看板には「芳春院 秋の定期拝観」とあります。「特別公開」とは言わないようです。毎年秋の11月10日-30日頃の日程で公開されているので、芳春院では「定期拝観」というのでしょう。
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 ↓ 定期拝観の看板。本堂前の庭園の端の写真だったように思います。
  後日の記事でも書きますが、写真撮影は禁止だったので忘れてしまいました。
 
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 門を入り、更に参道を進みます。松ともみじが植えられています。

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 参道に面したこの門は、芳春院の門と勘違いしましたが、隣の塔頭「如意庵」のようです。

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 芳春院への参道から更に得た分かれし、別の塔頭「龍泉庵」? の入口へ向かう石畳の参道。

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 参道を進んで、振り返って撮影。先ほどの門が少し写っています。

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 参道の一番奥。拝観券売り場までやてきました。紅葉が美しいです。
 芳春院は、写真正面の土壁の向こうが本堂でした。

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大徳寺 境内、玉林院(外観のみ)

 2014年11月23日、この日は三連休の中日です。
 天上の王国、その名も「ザリガニ王国」をあとに、下界に下りてきました。(笑)

 比叡山ハイウエイのゲートを出るときに料金を支払ました。朝とは逆方向、京都市内へカーブの道を下ります。ここは三年前の春に初めて比叡山に来たときに、京都市内から登ってきた道路です。今日は逆に下って行きます。白川のラジウム温泉を過ぎ、市内に入ります。家々が立ち並んでいて、道も狭いし、運転には注意です。

 40分弱で、大徳寺付近に着いたでしょうか。しかし、境内内の駐車場は入場待ちの車列が・・・。
仕方なく、ぐるっと境内地を一周してコインパークを探します。しかし、見つかりません。今宮神社付近のコインパークも満車。見ると、今宮神社は大混雑。何かのお祭りか行事か七五三のようです。さらに車を回し、建勲神社近くを回り、ようやく開いているコインPを見つけました。結局は道路を挟んで南側の比較的近いところに停めることができました。ホッ。

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 大徳寺付近の道路。10月に来たときにバスを待っていた道路です。
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 横断歩道を渡り、写真中央の道を通り境内へ。前回来たときもこの道を通りました。昔はこの付近も境内地だったのでしょうが、都市化のため、いつのまにか住宅地や道路に変わっていったのでしょう。

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 道沿いの龍光院の門。正門ではなく、敷地の横の門のようです。相変わらず門を閉ざしています。


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 龍光院の正面入り口の門。もみじが美しく紅葉しています。門扉が開いています。関係者の訪問のため開いているのでしょうか。
 写真左の小道(龍光院横で舗装道路は行き止まり。)には、時々タクシーが入ってきたり、黒塗りの車や高級車が停まっていることがありました。
龍光院とは限らず、大徳寺の塔頭各所に法要などの用がある方々の「お車」なのでしょう。おそらくこうした方々のご先祖様は「結構なお方」でしょう。そして、現代も政界財界などで、それなりの地位にある方が多いのではないでしょうか。

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 門が開いています。
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 更に歩いて「玉林院」まで来ました。写真には写っていませんが、「京都○○大学茶道部」と小さな張り紙があれりました。お茶会がここで開催されているようです。一般客お断りとは書いていませんし、反対に一般客歓迎とは書いてありません。OBOGや招待客のために張り紙をしているのかは分かりません。
 ここは保育園になっているようです。門の内側には、車がとまっていて、園舎のような建物がありました。拝観用に整備はされていません。以前、「京都冬のたび」などて公開もあったようです。園舎のような建物も、使用しているかは分かりません。この日は無人でした。
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 門を入り、園舎?の前を通り更に進むと、再び門と壁が。「重要文化財 玉林院」の看板。私が見たときは、出入りする人は皆無でした。中では茶会を開催していると思いますが、静寂につつまれていました。
 
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比叡山 夢見が丘 ザリガニ王国とミニ遊園地

 2014.11.23(日) 

 比叡山延暦寺。
 さて、比叡山ハイウェイを(京都、大津市内方向へ)戻ります。夢見が丘の駐車場に停めます。琵琶湖を眼下に見下ろすことができる絶景スポットです。が、下の子は景色には興味がなく・・・。

 先に(往路に)この付近を通ったとき、(夢見が丘)遊園地を見て下の子が「ここに寄って行きたい。」と言いました。少しは、子供のための場所に行ってみるか・・・・というこで復路、京都市内に向かう前に遊ばせました。

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 遊園地の上を道路がとおっていて、車が登って行くのが見えます。S字カーブの斜面、窪地に造られた遊び場といったところでしょうか。
 子供のお目当ては(こからの景色ではなく)「ザリガニ王国」です。(笑)

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 琵琶湖の展望台付近に車を停めたので、行きかう車に注意しながら道路を横切り(斜面なので結構車も延暦寺方向からスピートを出して下ってくるので横断には注意が必要です。)、駐車場を横切り、「ザリガニ王国」に「入国」です。別に私は好んで入国したわけではありませんが・・・。(笑)

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 1回260円。時間制限は特に無いようでした。結構、賑わっていますザリガニ釣りです。持ち帰りはできず、キッャチアンドリリースのようです。しかし、持ち帰り可としても、この比叡山の高地からどうやって持ち帰れはよいのでしょうか!?(笑)。
 ↓ 池の背景には琵琶湖の水面が見えます。
   絶景を見ながらの「高所ザリガニ釣り」を体験できます。(笑)
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 気温が低いせいか、ザリガニの動きは鈍いです。本当は冬眠したいところ、ザリガニ君に鞭打って??動かしているような・・・。ほとんどの人は釣れていません。30分以上粘りましたが、釣り上げることはできませんでした。一回か二回、エサにザリガニ君が食いついたのみ。エサは「サキイカ」のようです。
 いわば、鞭ならぬ「サキイカ」でおびきよせて(本当は)冬眠したいザリガニ君を動かしているのです。(笑)
 池の水面には、モミジの葉が浮いています。オレンジ色で写真では、金魚のように見えますが、決して金魚が泳いでいるわけではありません・・・(笑)。
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 「ザリガニ王国」付近から見た駐車場とその先は琵琶湖です。
 1時間弱ここで過ごして京都市内に向かいました。
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比叡山ハイウェイ 登仙台、夢見が丘 展望台からの景色、眺望

 2014.11.23(日) 

 比叡山延暦寺。
 さて、比叡山ハイウェイを(京都、大津市内方向へ)戻ります。比叡山の山頂には、(前回も行きませんでしたが)行かずに、途中、大きなカーブの曲がる地点に展望スポットがあるため、寄ってみます。(前回もここに寄ったような記憶が・・・・。)
 あとで調べましたが、「登仙台」というようです。前回訪問時の写真を見て確認しました。ここからは、京都市内の眺望がききます。
 ↓ とはいうものの、山の先に琵琶湖が霞んで見えます。京都市内(西)ほどではありませんが、東の眺望もありますね。
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 京都盆地方面。
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 京都市内方面。意外にも市内が山の峰々の先、遠くに見えます。
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 拡大で撮影もどこか判別できず。霞んでいます。「煙霧」というのでしょうか。

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 ↓かろうじて、写真中央に京都御苑の緑が見えます。

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↓写真左が京都御苑の緑で、市内の北方向?? が見えます。写真うつりは悪いですが、それなりに眺望を楽しむことができました。

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 比叡山の山の上の方向。市内は霞んでいますが、山の上には青空も見えます。
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 もう一度別の場所から、谷の先に琵琶湖が見えます。比叡山の「もみじ谷」といったところでしょうか(笑)。
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 次に、夢見が丘までやってきました。
 ここからの琵琶湖。
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  夢見が丘の駐車場。ここでのお目当ては・・・・。

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 改めて見てみると、琵琶湖からクグッと空に伸びるように山が連なっています。断層と断層がぶつかりあって、クグッと800-1000メートルの高さの山々が形成されたのでしょうか。だから、平地との距離が近いわりに標高が高いので「眺めがよい」のです。
 「琵琶湖は世界最古の断層湖。バイカル湖、タンガーニカ湖などと同じ・・・」などといわれています。
 断層が落ち込んで、隙間ができて水がたまったのが断層湖です。だとしたら、断層がズレることにより、地震もあるでしょう。発生周期は、500年-1000年周期くらいでしょう。人間一人の人生にくらべたら、はるかに長い。慶長の大地震などかつても記録されています。すると、いつ断層地震が起きても不思議ではありません。
 不思議に思うのは、比叡山の北、朽木方向にまっすぐな地形があります。まるで中央構造線のミニ版のようなまっすぐな地形です。このまっすぐの地形を利用したのが「鯖街道」です。鯖街道をランニングして走るテレビ番組を見たことがありますが、まっすぐに京都に伸びる地形=かなり大きな断層地形でしょう。ここに大断層が走っていることは容易に想像できます。これを断層線とすると、その先の地形を辿ると福井県に入り、敦賀付近の半島に伸びています。ここに何があるか・・・・。原子力発電所が立地しています・・・・・。


 

比叡山延暦寺 第一駐車場、バス停付近 休憩所、おみやげ売り場

 2014.11.23(日) 

 比叡山延暦寺。一通り拝観をして出口に向かいました。
 ツレは小腹がすいたというので、拝観券売り場、入場口近くのおみやげ屋で休憩です。
 山菜うどんなどを食べました。ストーブがたいてあり、建物内は暖かいです。外は曇ってきて寒いです。
 写真の、のぼりにあるように「甘酒」が恋しい気温です。(笑)。ただし、私の飲んでいません。
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 駐車場は満車。バス停も行列。京都市内からのバス停のようですが、乗車待ちで行列をしているバスは、西塔や横川地区を結ぶ、無料シャトルバスのようです。そのため、行列をしているみたいですね。
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 大賑わいの比叡山の秋でした。
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比叡山延暦寺 東塔 戒壇院など

 2014.11.23(日) 

 比叡山延暦寺。 

 更に、坂道を登ります。前回の訪問時に行くことができなかったエリアに歩きます。
 急な坂道で、転げ落ちそうなくらいです。比叡山ハイウェイのトンネルの真上の場所です。第二か第三駐車場の様子が見えます。第一駐車場が満車なので、第二、第三もかなり車で埋まっているようです。
 写真右下の斜面の方向には坂本から登ってくるケーブルカーの軌道が見えました。
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 坂道と階段の先には、お堂と塔がありました。
 昭和期に建てられたものです。左の塔は、この11月か先月10月に内部壁画?の公開があったようです。団体客がぞろぞろお堂の中に入っていきました。添乗員らしき人とお寺の人も同行して案内しています。個人客は堂内に入ることはできないが、団体客はツアーのコースに入っているのでしょう。

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 引き返して坂道を下る途中、古い建物がありました「戒壇院」とあります。重要文化財に指定されていると告知看板があります。
 内部の様子は分かりません。奈良の古いお寺には、戒壇堂(院)がありますが、密教の寺院にもあるのですね。奈良の都の時代に建立された大寺院とここ延暦寺では、創建年数の差は数十年(100年も差がない)ですから、同じく古い仏教の形式を残しているのでしょうか。
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説明文。DSC00951




















 
 戒壇院付近から、先ほど登った坂道。針葉樹は多いですが、紅葉は「たけなわ」です。

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 比叡山に来て「千日回峰行」のことをふと思い出しました。初めて聞いたのは小学生のとき、学校の先生がお話をしてくださったからです。実話や空想や物語など、時々いろいろな話をしてくれる男の先生で、年齢は私の父と同じか少し上くらいだったと思います。話で聞いた先生の子供の年齢が私達と同じくらいか少し上だったような。
 話は・・・・
 「・・・・京都に近い、ひえいざん、という山に古いお寺があります。お寺の回りは山の峰がいくつもあって1000日間、お経を唱えながら。ひたすら峰峰にあるお堂を回る修行があります。大変きびしい修行で、昼間?は食事をすることも許されず・・・・・雨の日も雪の日もひたすら歩くそうです。それが1000日間も続きます。1000日というと、何年間ですか?。一年は365日ですから だいたい三年間ですね。だから『せんにちかいほうぎょう』といいます。修行の最後にはお堂の中に入って何日間も何も食べず、水も飲まずに、お祈りをします。死にかける人もいるみたいです。これを終えると、偉いお坊さんになることができるそうす。・・・・。」
 のような内容でした。子供心に印象に残りました。「修行って大変なのだな」と・・・・。
 時は流れ・・・・、今から思うとそのお話は、酒井雄哉師のことではなかったかと思います。雄哉師は確か数年前に遷化されました。新聞記事で読んだ記憶があります。
 いつだったか忘れましたが、それ以前にも新聞で『千日回峰行』を達成した、というような記事を見たことがあります。あのときの『千日回峰行』の話とは、雄哉師をはじめこの修行のことだったのだな、と理解したのはずいぶんと後年のことでした。
 


(追記)
 この訪問の後、平成26年の暮れ、たまたまテレビでも『千日回峰行』のことを見ました。誤解をしていましたが、1000日間ひたすら・・・という訳ではなく、一年のうち○日間、通算で1000日間、数年をかけて回峰する行のようです。

比叡山延暦寺 根本中堂~文殊楼 拝観

 2014.11.23(日) 

 比叡山延暦寺の中心、根本中堂へやってきました。拝観してから、根本中堂正面の急な階段を登ります。息をきらして登っている人もいますね。(笑)
 階段上から撮影。
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 階段から登ってくる様子。ここを訪れた人ならば皆さん一様に感じますが、「急です。」
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 階段を下から見上げる。石段の上に文殊楼があります。
 実は、この楼こそが根本中堂の門であり、現代の拝観者の私達は、根本中堂から石段を登り、楼に行きます。
 が、昔は麓の坂本から登ってきた巡礼者達はおそらく、この楼をくぐり、この石段の手前で、ついに眼前に姿を現したを根本中堂を見、「ついにここまでやってきだぞ」と感慨にふけりながら、急な石段を下って根本中堂に詣でたのでしょう。
 私達現代に生きる者は、車やケーブルカーなどを利用し(私はここのケーブルカーに乗車したことはないが)簡単に観光に来ることができることを感謝しないといけませんね。
 琵琶湖から東に向かって、文殊楼→石段→根本中堂とまっすぐに配置されています。

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 文殊楼のほぼ全景。内部に文殊菩薩が祀られているのでこの名が付いたようです。「楼門」といったところでしょうか。おそらくは、巡礼者のほとんどがこの門の下を歩いて(くぐって)、根本中堂への石段を下ったことでしよう。
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 内部に入ることができます。急な階段を登り、二階部分に行くことができます。内部は急な狭い階段なので年配者は停滞していました・・・。
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 写真左が拝観者の入口で一方通行。写真右から出ます。
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 「文殊菩薩」といえば、学問の仏様。「三人寄れば文殊知恵」。楼上、菩薩像には学問成就、受験祈願の願掛け?、短冊?、祈願文?がたくさんかかっていました。
 楼から別の方向を見ると、階段の下に宿坊「比叡会館」が見えます。立派な「ホテル」です。場所はここだったのですね。秋の三連休の中日。満室でしょう。
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 講堂の方向へ戻ります。途中、東の方向に琵琶湖が見えました。
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 入場口から参道への途中にある案内看板。
 延暦寺の境内地は、東の湖岸と西の山上で分かれている、一大聖域であることが理解できます。
 根本中堂は東の琵琶湖に向いて建っていることも分かります
 比叡山に上る坂の下なので門前町の地名は「坂本」なのでしょう。お寺や流派組織の本部「天台宗務庁」は坂本にあるので、拠点は麓にあるのでしょうか。

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 坂道を登ります。写真左下の斜面の方向には坂本から登ってくるケーブルカーの軌道が見えました。
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比叡山延暦寺 根本中堂 「不滅の法灯」 など拝観

2014.11.23(日) 

 比叡山延暦寺の中心、根本中堂へやってきました。

 靴を脱いで入場します。回廊などの床は基本的に板敷き。靴下1枚では冷たいです。しかもここ根本中堂は南側が斜面になっている、窪地のような地形であり、杉の木と思われる針葉樹林の巨木にも囲まれ、紅葉のこの季節、太陽の角度が低いため日の光が当たりません。なおさら寒く感じます。


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 先の修学旅行らしき高校生の一団は、根本中堂の回廊に展示されている書道展の入賞作品を見に来ていたようです。修学・・・というわけではないようです。展示作品をデジカメで撮影していたので、自分や友人の作品があったのでしょう。引率の教師らしき人も写真を撮っています。回廊内は本来、撮影厳禁ですから撮影は例外ですね。
 本堂では、団体の客もいて、僧侶の説明を受けています。仏壇の手前には「不滅の法灯」の告知看板とその写真があります。その上、仏壇正面の手前には「伝教」の額がある。勿論、旧字体で書かれている。伝教大師の最澄とその教えを守り伝えるという意味が込められていめのでしょう。

 堂内の撮影禁止なので前回訪問時のときに見た様子は覚えていませんでしたが、(再度ここに来て)再び思い出しました。前回も「不滅の法灯」や「伝教」の額があったな、と改めて思いました。
 「法灯」はこのあと何年も、この世が続く限り永遠に守られていくのでしょうから、たった三年半ぶりに訪問したくらいでは何も変わることはありませんね。

 団体への説明を近くに寄って聞きます。「ここ(今、立っている所)と仏壇の間の溝は二メートルの深さがあるが、仏壇と参拝者のいる所の高さは同じ。・・・」人も仏も対等という意味です。
 不滅の法灯は「信長の焼き討ちで一度失ったが、山形県の山寺、立石寺に分灯されており、その火を取り寄せたので、1200年間途切れることなく続いている。・・・法灯は、正面の仏壇?の両脇のふたつの「あんどん」(行燈)で、扉が閉まっていている。中に油を入れて(補充して?)火を灯している。・・・・」という趣旨の説明でした。

 前回は「もうこ利他」のお話を聞いた記憶があります。(漢字は、忘れてしまいました・・・。)このときは、黒い袈裟をまとった群馬出身という僧の方でした。
 この日も正面右手前の祭壇では、数面の僧が護摩を焚いてお経をあげていました。修行中のような若い方もいました。

 ↓ 根本中堂。このアングルからの写真が有名ですね。
  ただし、木の枝などが写り込んでしまい、ベストショットとはいかないようです。(笑)

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 更に、階段の上から撮影してみました。


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 なぜ、密教では「火」を神聖視するのでしょうか。先ほどの根本中堂の堂内でも「火」を焚いていましたし、永遠に絶えることのない「不滅」の法灯という「火」をともしています。高野山でも「護摩焚き」というのでしょうか、祭壇(仏壇)の前で火を灯して祈りをささげていました。お正月の初詣のCMでも「○○大師」の寺院では「護摩焚き」のシーンが放映されてしますし。 いわゆる一般的なイメージのようにお坊さんがお経をとなえて木魚をたたく、とは異なる作法です。
 何かで読んだことがありますが、仏教はインドから伝わったので、古代のゾロアンター教(拝火教)の影響を受けているとか・・・。密教は、拝火と仏教の偶像崇拝(当初は禁止していた?)が融合しているともいえます。
 そのぶん火事も多いような・・・。人間のすることですから、うっかり失火してしまうこともありますね。
 
 「不滅」とは人間がこの世に存在する限り、最大にして永遠に解決しえない最高の題目(テーマ)なのではないでしょうか。不滅の人間、生命は、かつてこの世に存在したことは無く、そして将来も存在しえない。いや決して存在してはならない。だから命は尊いのだと。
 当時の人達も実は、この自然の摂理を知っていたのではないでしょうか。現代科学の無い時代に。不可能だからこそ、祈りの「火」のみは絶やすことなく、永遠につなぐべしと「火」をあがめ、そして「火」に「絶対真理」を見いだそうとしているのでしょうか。
 (上記はすべて私の独自感想です。)






























比叡山延暦寺 国宝殿 見学

 2014.11.23(日) 

 比叡山延暦寺の第一駐車場に停め、入場しました。
 写真左の国宝殿から見学しました。(正確には「宝」は旧字体です。)
 館内はストーブがたかれていて暖かいです。11月も下旬、標高の高い比叡山では、今が紅葉の見ごろとはいえ、冬も近いのでしよう。

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 国宝殿のほぼ全景。まだ新しい建物です。前回訪問時は、夕方4時半近くに入場したため、見ることができず。本当に駆け足で、ほとんど根本中堂を拝観したのみでした。

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 「国宝殿」ではあるが、通常ここに国宝の展示はありません。展示替えでの国宝公開はあるようです。この建物の入口の説明にもありましたが、最澄の言う「国の宝はつまり、人の心」という意味であり、文化財保護法における「国宝指定の文化財」や「大切なモノ」を指すのでは無いそうです。
 主に、仏像の展示です。国指定の重要文化財の仏像も数点あります。常設展示としては、釈迦如来像や千手観音像など、密教といえば、昨日仕入れた知識で「不動明王」像と思いますが、何体か木像の展示がありました。不動明王像とっいても画一的ではなく、時代などによっても変化はあるのでしょうが。傍らの二童子像も含め様々顔をしていますね。
 二階奥の企画展示スペースには「書道展」の展示がありました。延暦寺の役職者、僧侶の作品が多数展示してあります。どれも達筆です。「天台座主」の作品もありました。天台宗のトップ、延暦寺の住職を兼ねる高僧の方でしょう。

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