良月(りょうげつ)の たび日記

神奈川県 湘南地区在住。折口良月(おりぐち りょうげつ)の神奈川、東京、静岡、山梨、長野など関東近郊地域への行楽、外出。美術館、博物館めぐり。その他国内旅行などお出かけの記録。

2015年04月

 

函館市アンテナシヨップ コンビニ内部のコーナー「函館もってきました」

 2015年2月

 ここは、京橋。地下鉄京橋駅の地上出口のすぐ近くに函館の商品を販売するコンビニエンスストアー、つまり「ローソン」がありました。偶然の発見です。今までアンテナショップは事前に調べて来店していたので、これは驚きです。
 すべてのローソンで函館の商品を販売するわけでは無いので、この店オリジナルのコーナーなのでしょう。
 「アンテナショップ」と呼んでよいのか、はたまた「アンテナコーナー」と呼んでよいのか、迷いました・・・・・・。
 ↓ 「函館もってきました」のあるローソン。 写真奥のビルは「東京スクエアカーデン」
    ビル街の一角にあるコンビニのためここに函館関連商品の販売があるとは気づきにくいです。

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 ともかく店内に入ります。店の入口近く。ある棚の周辺が、函館の商品コーナーになっています。加工食品が中心の品ぞろえ。「北海道のじゃがいもを原料にした函館のポテトチップス」が置いてあります。トラピストクッキーもありました。あとは、イカやホタテの干物関連の商品が置いてあります。
 たしかに函館の近郊にある修道院の名を冠したクッキーは、濃厚な味で美味ですね。おそらくこのコーナー一番の主力商品でしょう。
 
  ↓ 写真は京橋駅の入口。 「函館もってきました」のあるローソンは、写真奥のビルの一階です。
    偶然ですが、写真をよ~く見ると、そのビルの一階部分にローソンの「青い看板」が見えます。
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京橋駅直結 東京スクエアカーデン

 2015年1月11日

 ここは、年明け早々の銀座。「アンテナショップ街」に繰り出しました。
 この日は、車は一か所に停め、電車で移動しました。都心のパークアンドライドです。(笑)
 駐車したのは、東京スクエアカーデン。地名でいうと京橋です。が、近くの首都高の高架をくぐるとそこはすぐに銀座一丁目です。
 ここの地下駐車は便利です。地下鉄京橋駅に直結していますので、駐車場から地上に上がることなく地下鉄に乗ることが可能です。しかも、一日駐車しても上限は普通車で2,000円です。中央区京橋という立地条件を考えると格安です。こりゃお得!!。

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 一階にはコンビニが入っています。ビルの地下、低層階には飲食店もテナントで入っています。今、流行の都心の再開発ビルですね。
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 こちらは、日没後出庫の直前に撮影。イルミネーションが輝いています。クラスマス、お正月の時期は過ぎてしまいましたが、冬の澄んだ冷たい空気の中でキラキラ輝いていますね。

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 どこの会社のビルなのかと帰ってから調べてみると、片倉工業の本社跡のようです。
どこかで聞いたことがあります。キーワードは「群馬」です。世界遺産にも指定された富岡製糸場。ここをかつて経営していた会社でした。工場としては閉鎖された後も長年保有してきて、市に寄附した後、公開されたのが富岡製糸場です。今や群馬の一大観光資源です。私が子供のころ、歴史の授業では富岡製糸場のことを教わり、写真や明治時代の錦絵を見たことがあるのに、実際に訪問した人はまずいなかった。私自身、群馬は外祖父の出身地ですから子供のころから何回も行っていたのに、富岡製糸場には全く行ったことがありませんでした。そりゃそうです。私有地で公開されていなかったのですから。
 そして、現在の京橋のビル。ここが片倉工業の本社だったとは意外でした。しかし、現在では同社は製糸事業はもちろんのこと繊維関係の事業もほとんど行っていないようです。

2015年初売り 銀座「わしたシヨップ」 ソーキそば軽食、買い物

 2015年1月11日

 ここは、年明け早々の銀座。「アンテナショップ街」に繰り出しました。
 最後は、「わしたシヨップ」です。
 この日は、車は一か所に停め、電車で移動しました。都心のパークアンドライドです。(笑)

 有楽町駅から電車に乗る前に高知の店で昼食を食べました。そして上野に移動。再び有楽町に戻って来ました。交通会館の地下で「あまおうソフト」を食べてから、シメはやっぱり沖縄の『わしたショップ』です。(笑)
 すでに日没後。年明けの後、少しずつ日没時刻が遅くなっていますが、まだまだ日が暮れるのが早いです。
 ↓ わしたショップのイートインコーナー付近。
   右のブルーに輝く看板は別の広告でわしたショップのものではありません。(笑)

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 軽めの夕食として「もずくのてんぷら」を食べます。さらに「ソーキそば」を注文。イートインのテーブルでで食べます。昼どきと異なり、あまり混んでいません。混雑防止のためか、以前と比べてイスが撤去されているようで、ハイカウンターのテーブルでは、ほぼ「立ち食い」状態です。紅しょうがを入れすぎましたかね(笑)


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 ツレはわしたショップの会員登録をしているようです。自宅にはがきが届いたので「お年玉クーポン」が使用できる期間、つまり今日の訪問となったわけです。(笑)

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2015年新春の アンテナショップの情報

 2015年1月11日

 ここは、年明け早々の銀座。「アンテナショップ街」に繰り出しました。
 この日は、車は一か所に停め、電車で移動します。都心のパークアンドライドです。(笑)
 有楽町駅から電車の乗るため、高知の店で昼食を食べてから、沖縄の『わしたショップ』の前を過ぎ、交通会館へ道路を渡ります。ツレは別のところ(店)を見たいとのこと。せっかくだから、私は交通会館の地下に久々足を運びました。
 
 やってきたのは、福岡のアンテナショップ「ザ・博多」と同フロアの和歌山県の店。飲食関係は無く、物品の販売のみです。店の隣には、県の観光案内所もあり観光名所など県内各地のパンフレットが置いてあります。と、高野山の各宿坊のパンフレットが置いてありました。

 ↓ 残念ながら行くことができなかった、とっとり・おかやま新橋館「ももてなし」のチラシ。
  「粗品進呈」とありますが、この日程に合わせて店に行っていないので、粗品ゲットができませんでした(笑)。

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 この日、徳島県のアンテナショップにも行きました。「わしたショップ」の近くですしね。
 徳島県はわかめも名産とのことで、お店で「わかめの試食」をしていました。以前、紹介した記事では「すだちのつかみ取り」でした。いろいろな企画をして工夫していますね。

 ↓ 写真は購入した鳴門の「わかめ」。ゆずこしょうを付けて食べました。
   ただし、ゆずこしょうは、徳島県のものではありません。
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 ※2015年の4月現在の情報。
  4月のある日、徳島県の店の前を通ると、シャッターが閉まっており、人の気配がありませんでした。
  3月15日?をもって、シャッターのところに「休店」と張り紙がありました。

  

福岡のアンテナショップ「ザ・博多」 (有楽町 交通会館地下)

 2015年1月11日

 ここは、年明け早々の銀座。「アンテナショップ街」に繰り出しました。
 この日は、車は一か所に停め、電車で移動します。都心のパークアンドライドです。(笑)
 有楽町駅から電車の乗るため、高知の店で昼食を食べてから、沖縄の『わしたショップ』の前を過ぎ、交通会館へ道路を渡ります。ツレは別のところ(店)を見たいとのこと。せっかくだから、私は交通会館の地下に久々足を運びました。
 IMG_2232やってきたのは、福岡市のアンテナショップ「ザ・博多」





































 よく言われることですが、市の名前は「福岡」、福岡市アンテナショップは「博多」、福岡市の中心となる駅は「博多駅」です。(笑)
 博多といえば、「辛子めんたいこ」と「博多ラーメン」です。店の前面に出して売り込んでいます。店の赤の色も、辛子明太子の唐辛子の色からとっているのではないかと思います。または、博多ラーメンの屋台の赤ちょうちんの色??から??。(笑)
 
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 ここでの目的は『あまおうソフト』。いちごも福岡は有名なのです。福岡市ではなく、八女など南部が有名なのではないかと思いますが、ここでは置いておきます。(笑)
 佐賀もいちごが有名でね。対して、関東では栃木の『とちおとめ』が有名です。
 このアンテナショップは『市』でメインであって『県』としてではないようです!?。行政としての福岡市は関与していないようです。つまり市でも県でもない「博多」がメインなのですね。(笑)
 この時期でも『八女のいちご』などを前面に出すわけにはいかないのでしょうか。
 ソフトクリームは一個300数十円だったと思います。

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国際子ども図書館(国立国会図書館 分館) で読書。

 2015年1月11日

 黒田記念館の並びに国際子ども図書館があります。ここで子供のために「時間調整」です。ツレはどこに行ったのでしょうか?。上野駅方面へ買い物??。
 ↓ 図書館の内部
  かなり改装されていますが、明治期の面影があります。写真左側は、正面入り口とは反対側の内庭に面していますが、ガラス張りの現代ビル建築で建築当初のレンガ造の壁は撤去しているようです。
  本の読み聞かせの時間がありましたが、下の子は「いかない」と。楕円形に書架が配置された閲覧室で本を読んでいました。(というより、学習マンガを読んでいた!?)。
 
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 私は、・・・・というと、隣の世界各地の各国の書籍コーナーから「地球の歩き方」をピックアップして読んでいました(笑)。

重要文化財「湖畔」、「智・感・情」、「舞妓」 黒田記念館(東京国立博物館) 新規オープン 見学 

 2015年1月11日

 東京国立博物館の黒田記念館がこの1月2日からオープンしました。特別展示として黒田清輝の重要文化財指定の絵画が展示されています。
 階段を二階に上がり向かって左へ。特別展示室に重要文化財指定の作品の展示があります。1月に2週間くらい公開があり、次回は4月のようです。今後は、年三回の公開をするようです。
 黒田清輝。 近代以降の日本では一番有名な洋画家と思います。記念館内にもブロンズの胸像や写真の展示がありますが、その風貌はまるまると太っていて、恰幅のよい体格。画家というと芸術家気質でやせ形とはイメージとして思いますが、黒田清輝はどこかの好爺爺といった感じ。政治家や商家の旦那といった感じです。
ただ、あまり長命な人物ではありませんでした。
 明るい、西洋の印象派の作風を思わせます。「花鳥風月」の日本人好みです。明るいタッチの作風は当時の日本の画壇の主流となったのでしう。たしか藤田嗣治は、東京美術学校時代に当時西洋画科教授であった黒田清輝の画風、というか指導?に反発したはずです。 

「湖畔」
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 「読書」 教科書では一番多く写真が掲載されている作品ではないかと思います。意外にも重要文化財指定ではありません。同じ女性をモデルにした絵が黒田記念館二階の別の部屋(常時公開している展示室)に展示してありました。
 
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 重要文化財「智・感・情」の三連作。
 黒田清輝の重要文化財指定作品の中では一番大きい。女性の等身大ではないかと思われる大きさです。
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 この絵のモデルの女性は、清輝の妻でしょう。
 顔の表情が他の絵(つまり「湖畔」)と同一です。
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 当時としては、ヌード画は許されたのかと思いましたが、解説文を読むとかなりのセンセーショナルを巻き起こしたような。近代国家として歩み始めても、芸術としてのヌード、裸体画は受け入れられなかったのでしょうか。日本人の思考、文化というのは何とも分かりにくいです。
 「見ざる、聞かざる、言わざる」の三すくみ??を描いたような。日光東照宮の三猿の彫刻を思わせるようなポーズです。西洋哲学と日本の古来の思想を融合させた、何かを訴えるような三部作です。


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 「舞妓」。
 説明によると、たしかモデルは鴨川のほとりのお座敷のようです。人物のモデルとなっている舞妓さんは、まだ10代半ばくらいの年齢でしょう。現在では中学生か高校生くらいか。いや、高校生の年齢もむいかないのは?。舞妓さんは今でもいますが、当時とは「舞妓さん」のシステムが全く違でしょう。現代感覚ではとうてい考えられません。少女のあどけなさが残ってます。はたしてこのモデルとなっち少女のその後の人生はどのわうなものだったのでしょうか。画面右は、かむろの稚児なのでしょうか。

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 [既出] 黒田記念館の正面入口付近 概観
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東京国立博物館 黒田記念館 外観、内部 見学

 2015年1月11日

 東京国立博物館の黒田記念館がこの1月2日からオープンしました。特別展示として黒田清輝の重要文化財指定の絵画が展示されています。
 遠くから撮影。レンガ造りの建物が印象的です。窓の数が少ない。
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 正面入口付近。絶えず見学者が出入りしているため、撮影が難しいです。
中でコーヒー店ともつながっているため、正面入口から出入りしても誰がコーヒー店のみの利用者かは判別できません。(笑)
 年明けまもない一年で一番寒い季節、イチョウの木もすっかり落葉しています。写真を見るだけで寒さが伝わってくるんのようです・・・・・。

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 入口を入ったところ。アーチ型の玄関上がこれまた印象的です。彫刻も施されています。建築学的にも興味を引きますね。

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 二階に登る途中の窓。
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 写真右のコーヒー店は賑わっています。
 左は、これも戦前昭和期の建築だったと思います。何となく国立博物館の本館に似ています。日本の城郭をイメージさせるような、明治期のレンガ造りとは異なる建築様式です。

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国立西洋美術館 「ホドラー展」 見学

 2015年1月11日

国立西洋美術館 特別展

 今年初めて上野にやってきました。
「ホドラー展」は昨年10月から開催しています。約三か月間の会期もこの連休までとなりました。私も急遽見学することにしました。
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 ポイントは二つではないかと思います。
 ① スイスの風景画。
 ② 人物画。特に痩身の女性像。

 風景画については、湖畔の絵を描いた地点を特定していて、映像で紹介もされました。ファミリーネームがホドラーですからおそらく瑞西でも母語はドイツ語の人だったのでしょう。しかし、山を描いていた湖畔は、スイスでもジューネーブに近い、ドイツ語圏のチューリヒやベルンからは離れたフランス語圏の湖のようです。

 展示されていた経歴によると、
 妻はがんでホドラーに先だって亡くなったようです。作中の痩身の女性は闘病中の妻をイメージして描いたようも感じたのは私だけでしょうか。
 老年期の肖像画を見ると、どことなく日本人に似ている人もいるような東洋人にも親しみやすい風貌です。女性関係では随分と「活動的」だったようです年賦によると、妻ではない女性との間にに子をもうけています。芸術家はこれくらいエネルギィッシュでないと、後世に残るような作品を残せないのか、と感じるのは言い過ぎでしょうか・・・・。
 
 

 












































  





銀座、高知県アンテナショップの2階 「土佐ダイニング おきゃく」 ランチ

 2015年1月11日

 銀座方面にに移動します。銀座近くのとあるビルの地下パーキングに駐車します。
 そして、歩いて「アンテナショップ街」に繰り出します。すでに午後1時過ぎです。昼食を食べていなかったため、高知県アンテナショップの二階にあるレストランへ。「TOSA DINING おきゃく」、二回目の訪問です。記事のタイトルでは「土佐ダイニング おきゃく」と書きましたが、正確には「土佐 ダイニング」はアルファベット文字です。
 混んでいます。この時間でも混雑しているとは人気ですね。15分ほど待ちました。私達のあとにもお客さんはやってきて、順番を待ちます。「お客さん」がたくさんやってくるレストラン「おきゃく」ですね(笑)。
 さて、席に着いて注文します。
 こちらは、かつおのたたき定食。1400円。にんにくと生姜にかつおを挟んで??食べます。
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 ごはんと味噌汁おかわり自由が大きいです。
 私は刺身定食を注文。1400円 銀座でこの価格はお得です。冬らしく脂ののった白身の魚です。 
 以前ここで私が注文した「ミニ皿鉢御膳」は完売。人気メニューのため当然ですね。来る時間が遅すぎました。(笑)

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日本科学未来館 サイエンスミニトーク「i-PS細胞について」

 2015年1月11日

日本科学未来館 常設展

 ここの科学館の特色として挙げられるのが「双方向コミュミケーション」。
従来の科学系博物館のように「展示を見る」だけではない施設づくりをしていることが分かります。一番最初に来たときからそう感じました。
 その目玉というべき制度が「科学コミュニケーター」です。一回15分くらいの時間で「科学コミュニケーター」が説明、実験の実演などをするのがサイエンス・ミニトークです。たしかに今までの博物館や施設とこの点が一番違うな、と私は思いました。比較対象施設の一番手は「国立科学博物館」なのでしょうけどね。ただし、各地の自治体が運営する科学館では展示などにも結構工夫はされているのではないかと思います。(実際に行ったことは少ないですが。)
 今までこのブログの記事でもサイエンス・ミニトークについて書き込みしていました。今回の見学時は、「i-PS細胞について」に解説でした。
 i-PS細胞について生半可な知識を得た人(つまり私のこと・・・)だとすぐに「がんになりやすいから・・・」と簡単に論じてしまいます。(笑)
 トカゲのしっぽが再び生えてくることろから「再生医療」についての説明から始まり、「がんになりやすい」など問題点についても解説がありました。子供たちにも分かりやすように。

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 私のようにアタマが退化しつつある人間?だと「がんになりやすいから・・・」と最初に自己流で得た知識がジャマして、どうもアタマに残って離れませんのでなかなか理解できません。(苦笑)

 この科学館には、科学コミュニケーターとボランティアガイトが展示フロアにいます。科学コミュニケーターは白いジャケット、ボランティアガイトはオレンジのジャケットのようです。展示室での両者の仕事には大差無いように感じます。が、科学コミュニケーターはここの職員なので研究や論文執筆なども行っているのでしょう。見た感じ、年齢層も若い。皆20歳台~30歳台前半くらいで私よりも年下。文系出身の科学コミュニケーターもいるようですが、主に理系の大学院修士以上でしょう。優秀な人材でないと、採用されないでしょうし、女性も多いです。研究はともかく、私達が入場する展示室での仕事は子供の対応も多いでしょうから、女性の方が適性はあるのでしょうか。理研の見学の際の記事にも書きましたが、いわゆる「リケジョ」も多いでしょう。
 年齢層が若い理由もここのサイトを見て分かりました。たまたま採用情報がサイトに載っており、一年契約などの期間付職員で更新は、最大で4年か5年くらいまでのようです。大学院修了の新卒採用というわけではなく、一旦何らかの社会人経験(民間企業の社員、学校の教員など)があることが基本のようです。(期間付任期で)ずっとここにいることができないというのは、若い新しい知識をもった人材を常に採用できるという意義はありますが、働く立場からすると、社会人、研究者として将来設計という点では不安が残ると思います。日本の社会の場合、任期制職員は男女で比較すると男性の社会人としての将来設計という点では不利かな、とは思いますが・・・。
 とにかく、この科学館では入場券を買う『行列』のインパクトがすごい。事務職員、券などの販売や受付の人、正規雇用?の研究員、科学コミュニケーター、給料の無いボランティアガイドとタテ割で仕事が分かれていて、互いに仕事を助けることなく、『行列』のみ残っている感じです。特に建物の壁面がガラス張りで、「ハタでは行列している(様子がまる見え)のに、ガラス張りでシースルーの別棟の研究室で一人で黙々と研究?机に向かっている人」よく見えるので一層目立ちます。(苦笑)

 

 












































  



































2015年1月 常設展 見学 in日本科学未来館 

 2015年1月11日

  新章突入です。
  平成27年、今年の桜の花も散りました。名残惜しき哉。しかし、わたくし「良月のたび日記」は本格的に27年の記事を書いていません(笑)。いままでは、主に昨年(平成26年=2014年)の「秋のたび」の記事を書いてきました。
  ようやく今年の記事に本格的「突入」です。といっても、年明け以降については、あまり書くべきネタは持っていないのですけどね(笑)。

 日本科学未来館。企画展の記事はすでに2月下旬に掲載しました。
 「踊るアート展と、学ぶ未来の遊園地」の会期が3月第一日曜日までだったためです。このブログでも是非会期終了前に紹介するぞ!!、と息込んで投稿しましたが、すでに「5月の大型連休明けまで会期延長」が決まっていまして。(笑)
 ↓  1階ロビー近くにあった企画展「踊るアート展と、学ぶ未来の遊園地」の看板。
    先の記事でも何回か書きましたが、これほど混むとは思ってもみませんでした。
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 企画展の入場待ちの列のかたわら、一階の壁にOBAMA大統領のサインがありました。昨年(2014年)4月に来日したときに書いたものですね。このOBAMA大統領の訪問のニュースを見て「あるのは知っていたけど、科学未来館って何!?」と気づいた次第です。大統領さま様ですね(笑)
 大統領は左利きですね。ニュースの映像でもそうです。筆跡は意外にも丸っこい、小さい文字を書くのですね。
 もっと大きく伸びやかな字を書くものと思っていました。

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 5階から常設展示に入ります。
 テレビを見て、手術をする体験。下の子がチャレンジしましたが、すぐに失敗しました。距離感など体内の位置感覚がつかめませんね。
 最近、腹腔鏡手術の問題がクローズアップされています。ミスなのか、技量不足なのか、患者の体調が悪かったむのか、真相は伝わってきません・・・・・・。

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 こちらは癒しのロボット。ごまちゃん(ウチにあるゴマアザラシのぬいぐるみ)のような姿をしています。
 高齢者向けでしょうか。世話をしなくてもよいね言うことを聞いてくれる・・・、こんなおりこうなペット
他にありません。
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 ミライの街の体験。行列しています。下の子が体験中です。
 住民票のような入場券の自動発券を受けて体験します。一人当たり数分かかるため混んでいます。
 ↓ なお、写真左の人はジオ・コスモスを見上げる人です。

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 券が発券されます。入場して・・・・、どんな未来の街の体験をするのか・・・・忘れてしまいました。(汗・・・。)

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花の東京、桜の東京 in 靖国神社 平成27年春

  平成27年、2015年の桜の花は早かったです。3月31日の時点ですでに東京や神奈川でも満開。4月最初の土日では都心部ではかなり散っていましたね。私の住む近辺ではなんとか満開で持ちこたえて、散っていなかったり、すでに散りかけて葉桜の途中であったり・・・。

 いままでは、昨年、平成26年秋に行った「滋賀、京都 特別公開のたび」の記事を中心に書いてきました。もっとも「特別公開」は一部のみで、訪問した所すべてが特別公開というわけではありませんけどね(笑)。
  さあ「新章突入」の前に、今年の桜について記しておきます(笑)。 「備忘桜」というべきかな!!??。


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 靖国神社の南門から入場です。
 標準木があることで知られていますので、「満開といえば、靖国やろ」と単純に考えて、久々に靖国にやって来ました。ここ靖国を抜きにして桜の満開を語ることはできせんね。

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 本殿の手前、遊蹴館への通路の途中にある広場。イベントがあるようで、パイプイスの準備をしていました。

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 曇天が残念です。桜の満開の時期は天気が崩れやすい。「晴天に満開の桜」を撮影することは実は難しいです。私もだいたい、「曇天の桜」が多く、どうしても写真の光が不足して写真全体が暗くくすんでいるようになってしまいます。

 それはさておき、 平成27年、春らんまんの桜をお楽しみください。

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 標本木の林。参拝客、見物客は「どれがひょうじゅんぼくかな。」と話をしています。「あれだ」と。
 どうやら木の幹には、これが標準木だと標識が付けられているようです。この周囲の桜並木の下は一般人は入ることができないよう柵があるためおそらく「標準木」と書いてあるであろう標識の文字は読むことができません。ただ、マスコミ関係者らしきカメラをもった人達が集まっているので何となくわかりました。

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 本殿の手前、「標準木」の周囲の桜の本数は多くありません。満開の咲き乱れる桜並木は近くの千鳥ヶ淵がよいかもしれません。
 今年、平成27年は満開になってから桜の散りも早かったですが、雨も多かった。寒い日もあったため、散りつつも、しばらく桜の花びらと葉が混在して残っている木もありました。
 


名神道、養老SAで休憩~東名(滋賀からの帰路)

2014年11月24日
 
 名神道を走ります。濃尾平野まで出ます。養老SAで休憩をします。
 養老山地。逆光です。山が迫っていますね。「天下分け目」の近くです。まさに「交通の要衝」・・・今も昔も。

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 養老SAの外観。ここに来るのは、いつ以来でしょうか??。
 思い出すと、2011年4月に長浜からの帰途に寄ったことがあります。

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 養老SAで食事をすることにしました。秋の飾りつけがしてあります。
 食事も含めて買い物をすると、抽せんで景品が当たるキャンペーンがありました。応募しました。
 写真にもキャンペーンのポスターが写っています。
 後日・・・・当選の通知は結局来ていません・・・・・。ハズレですね。(笑)
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 親子丼です。750円。岐阜の「恵那」の鶏とのことです。「地元食材」に惹かれました。(笑)
 ガツガツと食べ再び出発します。
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 小牧、豊田など渋滞の名所は昼間のうち(つまり渋滞する前)に通過しました。順調に東名~新東名を通り、御殿場JCTまでやってきました。まだ午後5時過ぎくらいの時間帯です。日没後、暗くなっていますが、御殿場から先が渋滞しています。しかも30キロ以上。
 大井松田ICまで渋滞は伸びているかいないかくらいでしたが、念のため御殿場で降りて時間調整をすることにしました。
 モチロン「アウトレット」です(笑)。5時半には着きました。早く滋賀を発ったおかけで予定よりも早いです。
 1時間くらい買い物(というか、お金の関係で見るだけ・・・・・。)で滞在して、再び帰路につきます。足柄へ抜けて、(少し水汲みもした)下の道を通り、いつもの海岸沿いのバイパス経由で帰宅しました。
 (おしまい。)
 


彦根~米原~名神高速へ (帰路) 滋賀のたび回想

2014年11月24日

 平成26年 錦秋の三連休のたびを終えました。彦根、松原下屋敷(お浜御殿)庭園を後にして、再び車に乗ります。琵琶湖岸の道路を経由して、米原方面に出ることにしました。彦根インターでは戻るにいな感じになり、しかも混むと思ったからです。
 庭園のすく近くに「近江ちゃんぽん」のチェーンのお店がありました。すでに昼過ぎです。ここで昼食はせず、炉名神高速へ向かいます。早く岐阜からら愛知に入り、渋滞で混む前に通過しようとする心算です。
 庭園の近くには松原水泳場もあり、松林が続いています。「鳥人間コンテスト」でもおなじみですね。


 DSC01331米原の手前の田園地帯。北、琵琶湖方面のはずですが、水面は見えません。





















 同じく、米原の手前から伊吹山方面。ピンボケです。

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 滋賀を去り、帰途につくにふり、今回のたびの回想です。
 心残りは・・・・、断片的に書きましたが、
 愛知川の和菓子屋さん、近江ちゃんぽん(上記のとおり松原にもあったのですけどね)、木之本の「サラダパン」 など「滋賀 グルメ」です。(笑)


  (既出)彦根港とその駐車場。琵琶湖のほとりです。
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 思い出の「ひこにゃん」。渾身の舞いです(笑)。 既出とは別の写真です。
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 無事、名神道に。すぐに岐阜県に入り、関ヶ原付近を通過します。

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旧彦根藩松原下屋敷(お浜御殿)庭園 特別公開 散策続編

2014年11月24日

 平成26年秋 国指定名勝 旧彦根藩松原下屋敷(お浜御殿)庭園 特別公開。

 順路の奥まったところです。「順路」と書きましたが、観光コースのようには完全に整備されていません。空き屋敷となった建物が並んでいます。
 下の写真は、外から見えた蔵とは別の蔵のようです。明治時代は、当時華族であった井伊伯爵家の財物を保管していたのでしょう。
 
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 何か説明の看板があるぞ、と近づいてみました。
 すると「公園はここまでです。」との告知でした。
 ケヤキと思われる木々が黄色美しく色づいています。南の方向にあたります。自動車の通る音が聞こえてきます。
 この蔵の裏には、昔なんと「船屋形」があったのです。

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 左は、蔵の一部とかつての住居と思われる建物(右)。

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 池の跡に迫ってみます。南の池の奥まったところ。葦やヨシとみられる湿地性植物が植生しています。
ぬかるみには注意です。

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 一番上の写真と同じ建物を角度を変えて撮影。奥は蔵です。石燈籠もあります。
 かつては座敷前の庭を照らす役割をしていたのでしょう。庭石や燈籠石の破片が点々と置いたままになっています。二百年以上は前のものと思われる石材もあると思いますが、壊れた後は補修等の維持、管理されておらずそのままになっています。惜しいことです。屋根の瓦も蔵の前に置かれたままになっています。


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 上の写真とかぶりますが、南方向。この先の右にも池にかかる橋があったことが『解説シート』に記載されている古地図で分かります。橋げたの礎石は、写真ではよく判りませんがわずかに確認・・・できませんね。撮影したポイントより先に入ることはできないため、このアングルからが限界です。古地図によると、この庭園に橋は二個ありました。
 庭園や池の跡はかなり奥行があります。写真中央の奥まで水面は広がっていたと推測されます。岸に配置されていたと思われる石も点々としています。実は、『解説シート』によると下の写真の右側の丘(紅葉している木)の更に右方向には、水路がありました。船屋形もあり、玄宮園などへお城の中堀、内堀とつながっていて、舟で行き来できたとのことです。
 写真の奥は、(写ってはいませんが)湖岸道路であり、車が通る音が聞こえています。
 実は江戸時代の古き庭園でも、いつまでも静寂とはいきません。現代化はすぐ敷地の隣に迫っています。

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 庭の南から北(琵琶湖方向)を見る。うーん池の水が無いため、どこまでが水面でどこまでが岸か
分かりません。護岸の庭石や白洲を表現していたばすの玉砂利もあった筈なのでしょうけど、失われてしまったのか、元々無かったのか・・・。

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 池の端の方まで行き、再び「書院」前まで戻ってきました。
 紅葉したモミジがまるで屋根をつくっているかのように覆いかぶさっています。

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 庭園を去る前に、もう一度書院前の庭園正面を見る。

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見学者の人数は、私達が入場したときに、先に二、三組いました。先客が、いなくなったあと一時私達の貸し切り状態になりましたが、程なくしてあとから数組の見学者が入場してきました。駐車場に戻ると私達が来たときよりも停まっている車は増えています。 数は多くないが、切れることなく入場者があります。昼食の時間帯に訪れたので、他の時間帯よりは、入場者が少なかったかもしれません。

旧彦根藩松原下屋敷(お浜御殿)庭園 特別公開 散策

2014年11月24日

 平成26年秋 国指定名勝 旧彦根藩松原下屋敷(お浜御殿)庭園 特別公開。

 
 玄関の脇を通り抜け、奥の庭に出ます。
 たしかに水が抜いてあります。だまだ整備は途上のようです。大名庭園というよりは、個人の邸宅の広い庭のような印象を受けます。 

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 庭園の正面から方向を変えて南東方向。この先には池にかかる橋があったことが松原下屋敷(お浜御殿)の『解説シート』に記載されている古地図で分かります。橋げたの礎石と思われる石がわずかに確認できます。

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 歩みを進めて木々の下へ。かつての燈籠や石上の跡です。その先には橋の遺構が・・・。
 橋は木でできていたのでしょうか。そのため礎石以外は失われているようです。

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 庭の南から北(琵琶湖方向)を見る。うーん池の水が無いため、どこまでが水面でどこまでが岸か
分かりません。護岸の庭石や白洲を表現していたばすの玉砂利もあった筈なのでしょうけど、失われてしまったのか、元々無かったのか・・・。

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 上の写真の先は琵琶湖です。昔は水路で繋がっていました。先ほど受付のテントでもらった松原下屋敷(お浜御殿)『解説シート』に記載の古地図でも水路で琵琶湖と接続している様子が分かります。淡水の「汐入」形式の池を持つ庭園だったのです!!。
 海水の「汐入」形式の庭園は他にもあります。旧浜離宮庭園や和歌山の養翠園などです。その写真は・・・ぇっ~と見当たりません。(笑)

 先に「回遊」した玄宮園で入手した「解説シート」にもありましたが、松原下屋敷は玄宮園とも松原内湖を介して水路で繋がっていて、お殿様は舟で行き来することもできたそうです。優雅ですね~。
 『松原内湖は干拓で戦後埋め立てられた』そうです。
 どうやら、先に彦根城の本丸から見た球場や陸上競技場など住宅が無い地帯はかつての内湖だったようです。
 彦根の街はかつて水路が張り巡らされ、水運と水辺の風景に恵まれた、まさに『内陸の東洋のヴェネツィア』だったのですね。

 帰ってから彦根市などのサイトで調べたのですが、松原内湖は彦根城の東面、本丸、天守閣から見ると米原方向に広がっていました。湖の様子を「CG」で再現しました。(随分とコ汚いCGですが・・・・。)
 玄宮園は内湖と隣接していたことになります。
 内湖の水の色は、青い色というよりも玄宮園の池の水のように緑や茶色がかかっていたかもしれません。
 ↓ 松原内湖復原CG(微妙ですが・・・・。)
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旧彦根藩松原下屋敷(お浜御殿)庭園 特別公開

2014年11月24日

 平成26年秋 国指定名勝 旧彦根藩松原下屋敷(お浜御殿)庭園 特別公開。

 特別公開用に開放された駐車場に車を停めます。。お屋敷の隣接地の空地です。数台の車が停まっています。先ほどの彦根城周辺と異なり、人はいません。静かです。 
 庭園の入口には案内の看板が出ています。特別公開は、無料です。写真には写っていませんが、入口の脇にはテントがあり、特別公開の主催者である市の教育委員会の職員であろう係の人が一人います。案内のパンフレットを受け取り、入場します。係の人に「庭園の水は抜いています。ぬかるんでいるので、池の中の水があつたところには入らないようにしてください。」と注意を受けます。



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 入口の横に連なる建物。かつての蔵です。 
 この建物だけを見ると、旧大名の下屋敷ではなく、地元の有力な一族のお屋敷ではないかと思います。
 先の記事の写真に写っている門柱に表札があります。文字は小さくて写真では判読はできませんが、縦書きで「井伊直愛」と書いてあります。なんと、旧大名家である井伊家の末裔にして元彦根市長の私宅でした。
 ようやく、この庭園が近年公開されるようになった理由が解かりました。江戸時代に造作された大名庭園とはいえ、個人の住宅だったので公開されるはずがありません。しかも市長様のお屋敷です。直愛氏が死去した現在では、井伊家は別のところに居住し、このお屋敷、庭園が文化財としての調査を受け、名勝指定され、年に2回のみとはうえ、公開されるようになったと理解しました。道理で外から見える建物も「生活感」があるわけです。
現代の住宅としても使用されていたのですから。
 付近は、琵琶湖のすぐ近くの住宅と畑、雑木林などが混在する地域。上の写真に写っている住宅の住人はかつては「市長のご近所さん」だったのですね。

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 玄関の門は固く閉ざされています。何年も開いたことが無いような、古めかしい雰囲気です。
 テントで受け取った『解説シート』には、「廃藩置県の後、彦根における井伊家の居宅はこの屋敷が用いられ・・・・」とあります。また「平成13年に国の名勝指定を受け、彦根市が管理団体となり庭園の維持管理を図るとともに、公有地化に努めています。」とあります。現在でも井伊家の所有なのだと分かります。

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 玄関の脇を通り抜け、奥の庭に出ます。
 たしかに水が抜いてあります。だまだ整備は途上のようです。大名庭園というよりは、個人の邸宅の広い庭のような印象を受けます。
 『解説シート』によると明治22年に建築されているようです。しかし、途中、修理はしているでしょう。戦後昭和22年に解体された棟もあります。
 
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 池の正面を振り返ると、玄関奥につづく建物があります。雨戸が閉まったままです。かつても市長宅の広間だったのでしょう。庭園を観賞するのに一番よい場所です。
 写真右の建物の脇を通って、正面の門から庭に出る順路です。「順路」と書きましたが、木の枝の下をくぐり抜けるように通る箇所もあり、観光コースとして整備されていません。空き屋敷となった個人の住宅のお庭をこっそり見せて頂くようなイメージです。

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 正面の門から庭に出る「順路」。奥の建物が玄関棟、写真右手は先の駐車スペースの広い空地。

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 広間に続く棟。廊下でつながっています。台所などの建物のようです。トタン板の壁だったり、廊下の窓はガラスの入ったサッシですし、勝手口のドアはアルミですし、普通の戦後様式の住宅と変わりありません。戦後に補修、改修または増築??されたような感じです。
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 広間棟を横から見たところ。
 「順路」の看板に沿って敷地の奥に進みます。しかし、池の周囲を回遊することはできません。
池の手前から庭園を眺めるのみです。

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旧彦根藩松原下屋敷(お浜御殿)庭園 平成26年秋 特別公開 見学

2014年11月24日

 平成26年 錦秋の三連休 最終日。ここは滋賀県の彦根市。

 埋木舎を後にして、再び車に乗ります。車で内堀沿いの道から琵琶湖方面に出ることはできないそうで、一旦先ほどの中堀に抜け、バス駐車場の前を過ぎ、本丸から見えた陸上競技場方面へぐるっと迂回して、湖へ向かいます。
 信号待ちの時間を含めても10分ほどで琵琶湖沿いの道路に出ます。やってきたのは、松原地区。
 旧彦根藩松原下屋敷(お浜御殿)庭園 特別公開です。

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 湖岸道路は以前通ったことはありましたが、ここに大名庭園(お浜御殿)があるとは知りませんでした。
 が、少しばかりでも「土地勘」はあるので、場所はすぐにわかりました。(笑)
 本来土地勘は「土地鑑」と書くようですが、ここではわかりやすく「土地勘」とします。(笑)
 
 常時公開はしていません。国の名勝指定を受けたのは平成に入ってから。名勝指定地は、観光資源としても有用なのですが、なぜ今まで一般には知られていなかったのでしょうか?。
 毎年春は4月下旬から5月初旬のゴールデンウィーク期間に、秋は勤労感謝の日を含む期間にそれぞれ10日間程度の特別公開を行っているようです。彦根において春の特別公開といえば、現在工事中の彦根城博物館蔵「彦根屏風」。彦根屏風は毎年4月~5月のゴールデンウィーク期間を含む約1か月間に公開されているようです。春に「彦根屏風」とここ「松原下屋敷(お浜御殿)庭園」の特別公開に来ようと思っていたのですが、この1月(26年1月)、江戸東京博物館の「大浮世絵展」で図らずも「彦根屏風」を見ることができたため、このたび「秋の特別公開」は「彦根屏風」ではなく、「松原下屋敷(お浜御殿)庭園」にターゲットを絞って彦根を訪問したわけです。(笑)


 特別公開用に開放された駐車場。お屋敷の隣接地の空地ですがとても広いです。
 写真の左が琵琶湖、右が屋敷の林です。正面はマンションですね。
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 湖岸には「かんぽの宿」があります。
 
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 かんぽの宿の大津方面の隣には彦根港と駐車場が。
 竹久島などへの観光船もここから乗ります。写真には水面は写っていませんが・・・琵琶湖のほとりです。

 後日ですが、テレビ番組で「滋賀の旅」として、彦根港と遊覧船や彦根駅商店街近くの「近江ちゃんぽんの店」などが紹介されていました。 
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 庭園の案内看板。

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埋木舎(井伊直弼 青春時代の館) 見学

2014年11月24日

 井伊直弼 青春時代の館 埋木舎に入場します。モミジが美しく紅葉しています。
  前回、2009年8月の彦根訪問時は時間の関係で見学できませんでした。帰りの新幹線を米原から指定席の予約をしていたため、彦根駅での電車の時間も考慮して早めに移動したからです。しかも徒歩で。
 というより、お堀沿いの埋木舎の入口を見て、暑さでヘトヘトで「とてもあそこまで歩いていけない。どこかで休憩して彦根駅へ戻ろう・・・。」とヘバッたから行かなかったというのが本音です(笑)。

 さて、
 見学順路は写真左の木戸をくぐります。
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 木戸を入って振り返って撮影。

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 この屋敷を拝領した大久保氏についての展示。
 パンフレットにも記載がありますが、ここは個人所有とのこと。現在の所有者やその息子家族も紹介されています。特別史跡に指定されているので、個人で建物や庭、展示品などを維持するのはかなり大変でしょう。
 勝手に修理やリフォームなどはできないでしょうし。国から補助金も出るのでしょうが、何かで聞いたか文章で読んだか忘れましたが、補助金には限りがあるため、個人所有の場合、基本は自腹らしいですね。

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 茶室。東に面しています。

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 居間。家臣の長野主膳と対面をした部屋。

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 建物はL字状になっています。左が奥座敷。正面が表座敷と居間。

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 中に入ることはできず、各部屋にある展示を外から見る形式。
 説明によると直弼は、ここでお世話をする女性もいて子供を産んだ女性もいたとのこと。
 「300俵の捨扶持」、「部屋住み」の不遇な生活といえども、これだけのお屋敷を与えられ、側女もいて子供も生まれて、学問、和歌、武芸の生活・・・・と恵まれていいます。現代の一般庶民の私からすれば・・・・。
 そこで感想、「ボクは、これで十分です。一生部屋住みでいいです。」(笑)
 ただ、庶子が生きていて、嫡子に問題がある場合は「廃嫡」の是非などで「お家騒動」が勃発することがあったり、その場合は「部屋住み」といえど「お命頂戴」などとなることだってありえます。だとすると、「部屋住み」は気の休まるヒマもありませんね。案外・・・。

 「部屋住み」は正式に「正室」というカタチで祝言を挙げるなどはできなかったのでしょうけどね。一家の当主や若君でないと「祝言」を挙げることはできなかったのでしょう。もっとも、封建時代、現代の一夫一妻制や夫婦とは違ったあり方だったのでしょう。
 ボクだったら「祝言は挙げることができなくてもいい、部屋住み保証一生。」の道を選びます。(笑)

  建物の南面の庭。この周囲の雑木林も藩のお屋敷の敷地だったようです。
 見学はここで行き止まり、元来た方へ戻ります。

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埋木舎 彦根 井伊直弼の寓居跡へ。

2014年11月24日

 「玄宮園」を出ました。駐車場はすぐ隣です。もう一度駐車場を過ぎ、お堀のほとりの道を歩いて次は、城の外に向かいます。やって来たのは「埋木舎」(うもれぎのや)

 建物の正面。昔は玄関だったのでしょう。
土間の部分のみ入ることができます。板の間の部分に展示品があります。

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 埋木舎への順路から。
 玄宮園の横の駐車場に停めています。すでに満車です。出る車を待つ以外にはここに停める方法はありません。当たり前ですが(笑)。

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 櫓の外に出ます。外の堀に出ます。いわば「外堀」ですが、地図を見るとこの堀は「中堀」とあります。外堀は、もっと外郭にあったのでしょうが、現在では埋め立てられたり、周囲が住宅地化されたり、観光スポットから離れているので私達観光客は「中堀」を「外堀」と勘違いしてしまいます。
 ↓ 埋木舎の入口が見えます。

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 埋木舎へ向かって白壁沿いを歩きます。道は狭く一方通行です。柵がないので堀に落ちないようにしましょう。

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 中堀のほとりで振り返ります。前回は櫓の中にある資料館を見学しましたが、今回は割愛です。


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 埋木舎の前まで来ました。堀が曲がって広くなっています。堀が琵琶湖方面へ続いています。
 中堀の内側は先の玄宮園、外側(写真左)は住宅地化しています。

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 入口の門を入り、入場券を買います。
 と券売り場で女性観光客が売り場の人(年配の男性)と会話をしています。女性は一人旅のようです。年齢は40歳以上でしょう。スーツを着ているので観光客然としていなく、しかも茶髪で派手な感じで目立ちます。黒や紺の地味なスーツではなく、生命保険の営業の方がよく着ているような感じのスーツです。
 男性「どちらから来たのですか?」女性「東京からです。」。男性「いつ来て、(連休は今日までなので)いつ帰るのですか。」のようなことを聞きました。女性「二泊三日で来て(ずっと彦根というわけではないようです。)、今日帰ります。」
 係の男性も自分よりずっと年下の女性、しかも秋の行楽シーズンの休日、三連休に一人なので気になって話かけたのでしょう。ちなみに私が券を買っても何も話かけられませんでした。(笑)

























































 

玄宮園(名勝 玄宮楽々園) 回遊記続き

2014年11月24日

 名勝 玄宮楽々園のうちの「玄宮園」です。
 ささ、玄宮園の池のほとりを歩いて「玄宮園十景」を回遊しています。(本稿では「見学」とせず、敢えて「回遊」としています(笑)。)

 池をぐるっと回遊して、「玄宮園十景の六」、「鑑月峯(かんげつほう)」の少し先のあたりの池のほとり立ちます。目に入るこの風景。手前には、池の中に置石、正面奥には池にせり出て建つ「臨池閣」。その左の陸の上には茶室である「鳳翔台」があります。この風景もまた数百年間変わっていないのではないでしょうか。
 

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 アップで撮影。その代り、「鳳翔台」が写っていません。(笑)

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 「玄宮園十景の三」、「龍臥橋」の上から歩いてきた方向を振り返ります。写真右の松の木の奥が「玄宮園十景の六」の「鑑月峯」、私が(勝手に命名した)「鶴亀島」には橋がかかっています。鶴亀島の木々に隠れている辺りが「玄宮園十景の八」の「涵虚亭」跡です。
 写真では、池の水面に反射して光って見にくいですが「玄宮園十景の十」、「鶴鳴渚」も望むことができます。

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 橋の上から反対側を見ます。南の方向。庭園の「東口」や駐車ば方面です。写真左の紅葉しているモミジの奥が「玄宮園十景の五」の「薩垂林」と思います。見落としてしまいました・・・・。ただし、「垂」の字が違いますが・・。
 と、写真をよくよく見てみると、太陽が池の水面に反射しています。時刻は正午前です。南中時刻に近いので、ほぼ真南に近い方角から太陽が照っていることがわかりますね。(笑)
 太陽が写ったのは本当に偶然です。夜になると「月」の光も池に写るのでしょう。
 お殿様は、先に通った「玄宮園十景の六」、「鑑月峯(かんげつほう)」から月を愛でたのでしょう。

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 龍臥橋の更に先の「高橋」を渡ります。お茶席の提供されている鳳翔台の近くまでやってきました。お茶(別料金)は頂かず、出口に向かいます。

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 出口に向かって池の中島を歩きます。山がこんもりとしています。もしかしたら、この島こそが「鶴亀島」かも知れません。(笑)

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 「琴橋」を渡って振り返ります。写真左が、「玄宮園十景の四」、「春風埒(しゅんぷうれつ)」のはずですが、よく判りませんでした・・・・。


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 出口の「東口券売所」から見た当時の絵図をのせた案内板。
 当時と庭園の様子はあまり変わっていないのでしはないでしょうか。

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 「玄宮園十景」をほぼ回遊することができましたが、一部判然としなかったり、写真撮影が漏れていましたが(笑)。










































 

玄宮園(名勝 玄宮楽々園) 回遊

2014年11月24日

 玄宮園の池のほとりを歩きます。江戸時代の代表的な「池泉回遊式庭園」です。よって、この記事のタイトルは「見学」という語を使用せず、敢えて「回遊」とします。

 池の正面に立ちます。まず目に入るのがこの風景。正面に池と亭閣。その上に天守閣。
 この風景は数百年変わっていないのではないでしょうか。
 もっとも山の上の本丸には長櫓や低層の建物があったとは思います。現在のように「公園」としては整備されていませんでしたから、山の斜面や本丸部分には木々がもっと生い茂っていたでしょうか。
 それとも金亀山と天守閣は「借景」なので、よく見えるように管理、整備されていたのでしょうか。
 池にかかる右の橋は「七間橋」、池の中の島を経由して「臨池閣」に更に橋がかかっています。
 案内パンフレットによると「玄宮園十景」が当時から示されていたそうです。私もこれから十景を辿って「回遊」していきます。(笑)

 
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 まずは、天守閣をアップで見上げます。
 
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  方向を変えて、南(つまり先ほど車を停めた駐車場方向)を見ます。
 池に長い橋が一つ、その右に短い橋がひとつ合計でふたつかかっています。
 「玄宮園十景」のひとつ「龍臥橋」です。パンフレットでは「3」番目と番号が振ってあります。おそらく「十景の三」と呼ばれたのでしょう。池は「玄宮園十景の九」の「魚躍沼」です。まさに「魚が跳ねる」ような沼ですね。
 「池」とは命名されていません。
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 振り返ってみると、「玄宮園十景の七」の「飛梁渓」です。水の流れていにい「渓谷」にアーチ型の太鼓橋がかかっています。戦国時代より更に前の時代の「枯山水」様式を彷彿とさせます。

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 池の端まで歩きました。天守閣をバックにした庭園は、時代劇のドラマでも使用されます。お殿様が家臣を連れて歩きながら話シーンに登場しますね。
 池の中の島の名前はパンフレットの中にはありませんが、写真に写っている島の向こう側(お城側)が「玄宮園十景の十」、「鶴鳴渚(かくめいなぎさ)です。長寿の象徴、鶴の鳴く渚なのでこの島はおそらく「鶴亀島」というのではないでしょうか。勝手に命名して申し訳ありません(笑)。

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 舟着場跡から池の中心を望む。
 写真右の池のほとりの道は池の側を通る道とやや高い高台を通る道とふたつに分かれています。小さいことですが、池のほとりのアングルと高いアングルから借景を含めて風景を眺めることができます。
 写真には写っていませんが「玄宮園十景の八」の「涵虚亭」の跡があります。更地なので気付かず撮影しませんでした。(笑)かつての亭閣の跡ですね。
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 舟入なのでしょう。
  案内図には「舟着場跡」とあります。ここに舟屋は・・・、たぶん無かったですね・・・・。(あくまで想像ですが。)

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 (既出) 玄宮園入口にあった夜間ライトアップ特別公開の告知。
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玄宮園(名勝 玄宮楽々園) へ入場、本丸からの遠景写真

2014年11月24日

 写真は先ほど天守閣の入場待ちの際に撮影したものです。
 池は「魚躍沼」、手前の茅葺の建物は「臨池閣」と「鳳翔台」。茶室で、見学者にお茶を出している「鳳翔台」は襖が開け放たれていますね。

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 少し引いたアングル。球場や陸上競技場、学校らしき建物などの公共施設があります。江戸時代から続く庭園のすぐ近くでは私達の「現代生活」が営まれているのです。(笑)

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 グラウンドをアップしたのではなく「楽々園」の御殿を撮影。「枯山水」の庭園も少しばんり写っています。

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 では、記事の続きです。
 楽々園を出て、隣接した場所にある 玄宮園の入口に向かいます。向かいます、とっいてもすぐそばです(笑)。
 「玄宮園」は秋期のライトアップがあります。夜間特別公開として入場できます。「楽々園」ではライトアップは無いと表示されています。やはり区別して「楽々園」、「玄宮園」と分けています。「玄宮楽々園」として名勝に指定されていますが、「玄宮園」のみのライトアップと表示しておかないと、誤解を招くからでしょう。
  
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 おなじみ「玄宮園」の入口。といつても、2回目です(笑)。

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 庭園に出ました。入ってまず目に入るのがこの風景。正面に池、右に亭閣。風情があります。
 池にかかる橋は「七間橋」、池の中の島を経由して「臨池閣」の建物へ更に橋が繋がっています。
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 玄宮園と楽々園は実はお隣同士であることが分かります。今でこそ、簡単ながらも柵があって行き来できませんが、昔は同じ庭同士、お殿様とその一族郎党はお散歩して行き来していたのでしょうか。
 
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 楽々園の入口方向。築山の石組みを先ほどとは反対方向から眺めます。
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 上の写真では楽々園の御殿の半分が写っています。玄宮園から見た建物全体が写った写真を・・・・と思いましたが、撮影していなかったようで、画像の保存がありませんでした。(笑)

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りょうげつ

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