良月(りょうげつ)の たび日記

神奈川県 湘南地区在住。折口良月(おりぐち りょうげつ)の神奈川、東京、静岡、山梨、長野など関東近郊地域への行楽、外出。美術館、博物館めぐり。その他国内旅行などお出かけの記録。

2015年07月

 

東洋文庫ミュージアム モリソン書庫と「東洋文庫の名品」 見学

  2015年6月6日

 私は今、東洋文庫ミュージアムにいます。
 開催中の「ブラウの大地図展」を観覧し、講演会を聴講するべくまずは常設展示室を観覧です。
(正確には東洋文庫ミュージアムでは「常設展示」という言い方はしていないようですが。)
 
 モリソン書庫に続いて「東洋文庫の名品」の展示室に進みます。東洋文庫ミュージアム内では室内はフラッシュ禁止、撮影禁止の表示のある展示品以外は基本的に撮影できます。
 まずは国宝の「古文尚書」。国宝が撮影可能とは「太っ腹」です。
 文化財の説明は私がしても仕方ないのでここでは省略します。

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 隣に展示のあった 国宝指定書。

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 東方見聞録の各言語での翻訳本の展示がありました。
 いや~シルクロードへの探検記の展示もありましたし、子供の頃これらの探検記を少しばかり読んでに夢踊った私(今はタダノ変なおっさん)としては大変興味があります。子供の頃の夢が蘇ってきました。

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 さらに中国関係で清朝の「大清聖祖仁皇帝実録」と「大清徳宗景皇帝実録」の展示があります。
タテ1メートルまではありませんが、かなり大版の本です。
 その名の通り皇帝の実録ですが、廟号が「聖祖」について「仁」とは最高の諡り名です。康熙(カンシー)帝です。
「祖」が付くのは異例ですが、事実上漢の地の統一王朝の皇帝としては初代ということで「聖祖」として奉ったのでしょうか。
 「徳宗」とはずっと時代が下って光緒帝です。日本でいえば明治時代のこと。まもなく清朝は崩壊しているためいつ実録が編纂されて、どのような経緯でここ東洋文庫に収蔵されているのでしょうか。
 また、明の「永楽大典」の展示がありました。そのまんま明では一番有名な皇帝永楽帝が編纂させた大典ですね(笑)。

 写真は撮影していませんが、解体新書の展示もありました。国立科学博物館でも展示がありますし、津山の記念館でも見たことがあります。津山出身の学者、箕作一族と杉田玄白、前野良沢とは密接な関係にありますからね。 

 もう一度、モリソン書庫の前に移動して改めて書庫の前に展示している文化財を観賞します。
書庫に収納されている書籍類は手にとることができません。書庫の手前に展示品がいくつか置いてあり、観賞するという形式です。シベリアなどの昔の探検記の展示がありました。と、書庫の正面に写真パネルの展示もありました。天皇、皇両陛下がここ東洋文庫ミュージアムを視察されたときの写真でした。今の企画展のときではなく、視察はもっと前のことです。しかし、先の根津美術館、プリジストン美術館も両陛下は視察されているので、私はいずれも両陛下のあとに訪問していることになります。
 一階から二階に階段を上がってモリソン書庫が最初に目につく書棚に「四庫全書」が収蔵されていました。あの乾隆(カンロン)帝が編纂させたという清朝最大級の文化事業の成果物です。東洋史を研究するためには、「四庫全書」のコレクションは必須なのでしょう。ただし、ここでは背表紙を眺めるのみで中を閲覧することはできません。閲覧しても理解できませんけどね(笑)。
 
  ↓ 館内地図。(向きが・・・・修正できません。)

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 ↓ 東洋文庫の新名物「モリソン書庫」。

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 と、書庫の前のイスにラオス民族衣装もモデルにしたという赤を基調とした艶やかな彩(いろどり)と美しい模様の制服を纏った『MA』の方が座りました。ここで展示室内を監視するようです。東洋文庫のウェブサイトによると「看視」といいます。
 余談ですが、この艶やかな民俗衣装をまとった『MA』。肩から小さいポシエットを身につけています。貴重品を入れるハンドバッグの代わりに貸与されているものでしょう。
 ふと、MAに男性が応募してきたらどうするのか?。制服はあるのか?。肩から小さいポシエットを身につけるのか?とも思いました。余計なお世話ですけどね(笑)。
 この訪問前のことですが『MA』の募集がウェブサイトで告知されていました。時給××××円、学生は100円低い時給となっていました。基本、最初は学生も含めて時給制アルバイトとして募集ということなのですね。

 続いて、「ブラウの大地図」が展示されている部屋へ歩きます。





 

「ブラウの大地図展」と東洋文庫ミュージアム 常設展見学

  2015年6月6日

 東洋文庫ミュージアム。
 昼食を食べてから、開催中の「ブラウの大地図展」と常設展示を見るべく入場します。
(後述しますが常設展示という呼び方はしないようです。)
 入館料は900円。受付は赤い模様の入り、ラオス民族衣装もモデルにしたという制服を纏った『MA』(ミュージアムアテンダント)の方でした(♪♪)。これが噂の制服なのか、と艶やかな彩(いろどり)と美しい模様にうっとりしました。どことなく、ベトナムのアオザイに似ていますし、タイの民族衣装にも似ているように感じますし、一番似ているなと思ったのは、「シンガポール航空」のCAの制服です(笑)。
 本当にこの艶やかな赤を基調とした色彩の服は「いかにも熱帯アジア地域の民族衣装」という感じがします。ついでに書くと・・・・・・、私は決して怪しい人ではありません(笑)。

 実をいうとチケット購入に際して、入場券は渡されませんでした。MAの方からシールを貼るように言われました。私は左胸に貼りました。これが入場券代わりのようです。少し驚いたのがパンフレットを渡されなかったこと。パンフレットではなく、A4版の白黒印刷の展示室の案内図と展示品リストを渡されます。レジの周囲を見ましたが、セルフでパンフを取るようにもなっていないようです。「パンフレットは無いのだな」と理解しました。(本当はあるのも知れませんが。)
 たしかに、ミュージアム内の展示室は大きくないし、展示品目は変わるので、上質紙に印刷した館の案内パンフよりもその時々の展示品リストを渡した方が合理的ですね。
 また、次回企画展の割引券を渡されました。入場料金が100円引きになります。次回はというと、8月下旬スタートでまだ先のことです。割引券をとっておくのが大変かも・・・・。忘れてしまいそうです(笑)。
 テーマは「幕末展」。おそらくは、東洋文庫に所蔵される幕末~明治初期の文献を展示すると思います。(幕末展の)内容はというと、シーボルトの著作に始まり、ペリーの「日本遠征記」、次いでやってきたハリス、イギリス公使のパークス、オールコック、通訳のアーネスト・サトウ、フランス公使のロシュ、武器商人トーマス・クラバーなどなど幕末~明治期に活躍したそうそうたる人物達の著書、文献、資料などが総合的に展示されるのだと思います。日本人としては、「幕末への胎動」として西洋関係の研究を志した者、杉田玄白らの「解体新書」、渡辺華山、高野長英などに関する展示もあるかもしれません。さらに数年前訪問した宇和島でその事績を知った二宮敬作、適塾の緒方洪庵などの資料の展示もあるかも知れません。
 もちろん、東洋文庫のコレクションの元となったモリソン関係の資料も展示されると思います。(以上はすべて私の勝手な想像ですが・・・・(笑)。)

 ↓ 東洋文庫の新名物「モリソン書庫」は二階にあります。一階の天井が吹き抜けになっているため、
   一階から書庫を見上げることができます。
   写真は二階から撮影しています。
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 ↓ モリソン書庫の前と一階をつなぐ階段上から。入口方向。
  入口のガラスドアとその右に受付カウンターがあります。ここでチケットを買います。MAの方も少し写っています。このときは二~三人受付にいました。シッョプコーナーはこじんまりしています。レジも受付でありチケット購入と一緒です。 

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 ↓ 二階の階段下にあるチェンバロの復元。かたわらにフェルメールの絵画の複製が展示されています。
   有名に「ブァージナルを弾く女」です。今回の「ブラウの大地図展」に合わせての展示と思います。

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↓ ガラスけケースに展示された書籍。
  三国史演義(満州語本) 何を書いているか全く分かりません。清朝の時代に発行されたと思います。
  支配者の満州族が漢文化を取り入れるために編纂したのでしょうか。
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 ↓ 二階から今度はお庭の方向。
   庭には芝生があり、その先に通路があり、小岩井のレストランと繋がっています。
   先ほどは入館前だったので、庭の外の通路を通って敷地の奥にあるレストランに歩いたのですが、
   一旦入館をした後でも、庭に面したドアから出て、芝生の庭の傍らを通り、直接レストランに行くことが
   できます。

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 一階の展示室は「オリエントホール」と名付けられています。

 ↓ 「オリエントホール」と展示ガラスケース、奥は入口。
   写真右の階段で二階の「モリソン書庫」の上がります。

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ガラスケースには東洋、とっいっても日本の書籍もありました。上田秋成「雨月物語」、「南総里見八犬伝」
江戸時代に刊行されたのでしょう。
あのインドの大叙事詩「ラーマ・ヤーナ」の書籍もありました。
中国関係では「水滸伝」も。





















 アジアの探検誌も展示がありました。アフリカを探検したリヴィングストンの日記や有名なヘディンの「さまよえる湖」も。私は昔、子供版のリヴングストンやヘディンの著作を読んで、冒険心を煽られたものです。特に「シルクロード」関連で「さまよえる湖」、タクラマカン砂漠の東に位置するロプ・ノールに関するヘディンの探検記は深く印象に残りました。「いつかボクもこんな探検をするぞ。」と大いなる夢を持ったですが、今ではすっかり世俗化して日々の生活に追われる、しがないおっさんになってしまいました(笑)。「日銭を稼いで糊口を凌ぐ」とは今のボクのことです(笑)。いつから夢の無い大人になってしまったのでしょうか!?、子供の頃の夢って実現しないものですね(笑)。

 話は戻って、リヴングストンやヘディンの著作がコレクションにある・・・。つまり、当時、岩崎久弥は西洋人の探検に関する書物にも関心を持っていたのでしょうか。とすると「大谷探検隊」との共通性を見出すことができます。当時、探検隊を派遣した西本願寺の大谷伯爵と岩崎久弥はほぼ同年代だったはず。恐らく当時の上流階級や華族、更には政治の関係で面識があった、どころか親しく交際していたのではないか、と想像も膨らみます。
  
 ↓ 東洋文庫の庭。奥が小岩井レストランの建物。写真右には樹木の下のレストランに
   つながる通路があります。更に右は・・・・敷地の外で一般のマンションのようです。
  実は写真の奥の小岩井レストランの建物の奥の方向には、アイソトープ協会もあるのですね。
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旧三菱財閥、医師会、アイソトープ
協会、何らかのかかわりを感じます。


















「ブラウの大地図展」 見学へ 東洋文庫ミュージアム

  2015年6月6日

 6月の土曜日のこと。文京区駒込の東洋文庫にやってきました。
 通常はJRか地下鉄の駅から歩きますが、この日は先に見学した千駄木の鴎外記念館から歩きました。今から思えばバスを利用しても良かったのですが・・・・。
 鴎外記念館の見学記は後日書きます。まずは、東洋文庫ミュージアムで開催中の「ブラウの大地図展」から。

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 ↓ 東洋文庫の建物。立派なビルです。 
    写真に写っていないですが右側は警察署です。
   
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 「東洋文庫」が公開されていることは最近まで知りませんでした。知ったきっかけは、ある公共施設(美術館や博物館ではない)で見た「ブラウの大地図展」のパンフレットです。
 東洋文庫、その存在は以前から知っていました。「確か、巣鴨付近にあったはずだ・・・」と。正確には最寄駅は駒込駅でしたが・・・・。それに、三菱のグラウンドかスポーツクラブが巣鴨付近にあったはずだと。もちろん「三菱財閥系のオリエント、中国関連のコレクション」ということも知っていました。「三菱系」ということは、即ち創業家たる岩崎家のコレクションです。
 パンフレットには企画展だけでなく、関連する講演会、ワークショップなどの案内が掲載されていました。講演会はいくつかテーマがありますが、基本的に無料です。パンフレットに掲載のとある講演会を聴いてみたい!、ということで事前に電話で講演会の申し込みをしてこの日の訪問となりました。講演会の内容も後日記事に書きます。

 ウェブサイトを見たところによると東洋文庫が公開されたのは2011年のこと。つい最近です。道理で公開されていることを今まで知らなかった訳です。もう少し詳しく書くと、東洋文庫の建物の新築を機会にミュージアムを設置して所蔵する書籍、典籍、文化財の一般公開を開始した、というのが正しいようです。
 つまり、私が見学するのは「東洋文庫」ではなく、「東洋文庫ミュージアム」になります。「東洋文庫」は書籍、典籍、文化財などを研究している機関であり、民間専門図書館ということができるでしょう。「東洋文庫ミュージアム」年に三回程度企画展を開催しているようです。そのため一回の企画展示の期間が長い。
 今回は4月下旬から8月上旬までが「ブラウの大地図展」。前回は「イスラム」に関する企画展示だったようです。
 ミュージアム新規オープンの目玉のひとつに「MA」があるようです。「ミュージアムアテンダント」のことで、ウエブサイトによるとミュージアム内のチケット販売、監視、説明などの役割を持ってい職員のことをいいます。名前からすると「CA」キャビンアテンダントを連想させます。ウェブサイトによるとMAはオリジナルの制服を着用しているそうです。基本は女性のようです。ウェブサイトにブログを交代で書いています。その記事の内容がいかにも女性らしい内容です。ひとでいうと「カワイイ」文章です(♪♪)。
 注意事項として「MAは学芸員ではありません。」とあります。

 千駄木から春日を経由して近くまで歩いてきました。と、交差点で東洋文庫の方向と距離を示す標識看板がありました。私有地に独自に立てる看板ではなく、公共施設を示す青い文字の看板です。「国立国会図書館東洋文庫支部」とあります。国の機関の一部であったわけです。現在では国立国会図書館の支部ではなくなっているようですが、看板そのままになっていました。

 ミュージアムに着いたにはちょうど正午過ぎ。お昼をまだ食べていないので、食事は東洋文庫の敷地内のレストランにしようかと思いましたが、満席で待つとのことでした。三菱系なので「小岩井農場」のレストランです。
 講演会の時間もあるので、別の所で食べることにしました。隣には警察署があります。警察署の近くや道路を挟んで反対側にはたいてい定食屋かラーメン店が何軒かあるはずなのですが、ありません・・・・(笑)。では、取り調べのときに差し入れするカツ丼はどこで出前を頼むのかを心配するのは、余計なお世話ですが(笑)、道路を挟んで反対側に一軒レストランがあるのを発見しました。「鶏」の洋食レストランのようです。
 店内はほぼ満席です。名古屋コーチンの玉子がイチオシのお店のようです。焼き鳥の定食セットを頼みました。(写真はありません。) 生玉子が付いていて「たまごごはん」にします。客は思い思いに玉子を自分で割って「玉子ごはん」にしています。ツレに言わせれば「生玉子をごはんにかけて食べるなんてありえない・・・・。」というくらい生玉子が大嫌い(というか、サルモネラ菌を異常に警戒している・・・。)なのに、定食セットを注文しました。もっとも、私が二個の生玉子を割って玉子ごはんにするのですが・・・・。と思いきや「良い玉子は生でも大丈夫」と玉子ごはんにして食べました。子供は焼き鳥丼を注文。
 焼き鳥の定食なので時間がかかるかと思いしまたが、案外早く料理がでてきました。串焼きが二本とつくも団子もついています。焼き鳥をゆず胡椒につけて食べるようにもなっていました。ゆず胡椒好きの私には満足でした。ツレはこのお店の料理を気に入ったそうです。人気店のようで、私が出る頃には待っている人もいました。
 ツレは料理店、レストランにはウルサイ人なので私はホッとしました。私からすれば何を基準においしい、マズいを決めているのかサッパリ分かりません(苦笑)。
 私は先に食事をして、東洋文庫ミュージアムに入館しました。

 すでに書きましたが、東洋文庫の隣は警察署です。更にその隣は日本医師会館です。「日本医師会」はここにあったのでした。そういえば、ここだったのか、と思い出しました・・・・・。都心からやや離れた所にあるのは意外です。本来は霞が関の近くに医師会館があってもいいくらいです。厚生省(現在は厚生労働省)にも近いですから。日本の医師『界』の「総本山」でありますが、勤務医で特に関係は無いという方も多いと思います・・・・・。
 ↓ 警察署の建物。
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海洋研究開発機構(JAMSTEC) 横須賀本部 施設一般公開 見学

 2015年5月16日 (土)

 海洋研究開発機構は横須賀に本部があります。(略称のJAMSTEC ジャムステックの方が呼びやすいかも知れません。)
 その横須賀の研究施設は毎年一般公開が開催されます。毎年5月の大型連休の次の土曜日が通例のようです。今年の場合は5月16日の土曜日に開催がありました。一年のうちで一般公開はこの日だけのようです。

 一般公開を知ったきっかけは、妻が公民館に行ったときにロビーにおいてあったチラシ(パンフレット)を偶然見たからです。私も研究施設の名前は知っていましたが、一般公開をしていることまでは知りまんでした。横須賀にあることは知っていたような・・・。言われれば確かそのような施設(昔は別の名称だったかもしれないが)があったな~と思い出すことはできます。テレビでも「しんかい××00」でも母船の基地は横須賀と放映されるこもありますね。
 世の中には実にいろいろな知らないことがあります。高く広く「アンテナ」を張ることが大切ですね。(笑)
 
 ↓ 写真は昨年のパンフです。公民館で入手して初めて一般公開のことを知りました。
       (公開についてあらかじめ知っていたので)今年は、入手しませんでした。

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 一般公開には昨年も今年も私は行けませんでした。妻と下の子供が行きました。
今年の様子を伝聞ですが、少しばかりアップします。

 場所は横須賀の追浜。一般公開当日は、臨時の送迎バスが運行されます。それだけ多数の入場者があります。日産の工場の隣、海に面した一角にあります。
 以前は海軍の軍用地で戦後は米軍接収などもあったと思いますが、日産の工場や住友重機械の工場となり更に埋め立てられ、一部は国有地となり、今日存在する研究施設が置かれたのでしょう。
 住友重機械の工場は統廃合されたようなので現在もあるか分かりませんが、日産の工場は社会見学で上の子も行ったことがあります。座間の工場が無くなって久しいですから、自動車工場見学といえば追浜となるのでしょうか。
 今年は調査船「白鳳丸」の公開がありました。しかし、ウチの子は「見なかった。」と言いました。一体何を見に行ったのでしょうか??(苦笑)。
 JAMSTECのウェブサイトや持ち帰った案内図によると一般公開の目玉は
 ①調査船「白鳳丸」(敷地内の埠頭に接岸)
 ②「しんかい6500」の実物展示
 です。
 「しんかい6500」については模型が「日本科学未来館」や「みつぴしみらい館」に展示があるので、おなじみと思いますが、実物の展示はこの日のここだけ。ちゃんと見てきたのでしょうか!?。
 
 下の子が一番興味を示したのは「えびげっちゅ」。昨年同様「えびげっちゅ」が泳いでいる容器を持ちかえってきました。(容器は無料配布か有料かまでは分かりません。そこまで私も聞いていません・・・。)
 昨年は、らってきてからしばらく家で育てました。容器には数匹「えびげっちゅ」が入っています。「育てる」といっても、説明書きにもありますが水は水道水でもよい、エサはあげる必要がない、フタは閉めない、といたってシンプルです。
 最初はほとんど孵化したての?、肉眼でやっと見えるくらいの大きさでしたが、だんだんと多くなってきます。昨年は途中で死んでしまいました・・・・。下の子は(私に似てか)飽きっぽいところがあるので・・・。
  下の子が今年も一般公開に行ったのは、「えびげっちゅ」ネライだったようです。今年は日を経るにつれて、大きくなっています。途中で死んでしまったえびげっちゅもありますが。何とか、その後も育てています。
 、「えびげっちゅ」はアルテミアといい、魚のエサなどに用いられるそうです。なぜ、一般公開で配布しているかというと、ここJAMSTECにアルテミアなどの海洋生物の研究者がいるからなのでしょう。
  「えびげっちゅ」のプレゼントも一般公開の大きな目玉ですね。
 
 ↓ 「えびげっちゅ」の入っている容器。二個持ち帰りました。

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 会場でもらった絵葉書。「北極海を航行するJAMSTECの調査船」の写真です。

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「尾形光琳300年忌記念特別展 燕子花と紅白梅 光琳デザインの秘密」根津美術館 常設展示見学

  2015年5月

尾形光琳 紅白梅屏風 燕子花屏風、 
「ダブル公開」で大賑わいの根津美術館にやってきました。
 庭園を回遊し、館内に戻りました。二階に上がります。イベントの「舞い」(謡曲)の待ち、でホールや二階への会談が大混雑している間、三階の常設展示を見ます。

 二階のラウンジから見た入口の様子。先ほどと異なり、チケット購入待ちの列は解消されています。
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 やがて舞い(謡曲)が始まりました。ホールが混雑している間、三階の常設展示室を見ます。それでも展示室は人が多くて混雑しています。イベントではなく、作品を見たいという方ですね。
 タイトルでは「常設展」と書きましたが実のところ今回の光琳に関連した作品(他の博物館や美術館などから借りてきているもの)と館所蔵品の展示室とがあります。
 館所蔵品は中国の青銅器や石造りの仏像、茶器の三ジャンルです。これらはこの美術館、つまり根津のコレクションの中核をなすものなのでしょう。
 私は今回の「尾形光琳300年忌記念特別展 燕子花と紅白梅 光琳デザインの秘密」に関連する展示を主に見ていきました。
 「小西家文書」という重要文化財指定作品がありました。複数の文書が1件の指定文化財になっています。解説によると「小西」とは光琳の子が養子に行った大阪の家のことでした。養子に行った子が光琳のデッサン集などを子孫まで伝えていたことになります。紙に墨書きで花や草木、竹などを描いています。デッサン集といったところです。丸い用紙に描かれているものは「円形図案集」と命名されていました。他にも同じく小西家文書として鹿の様子を描いた墨絵などもありました。
 光琳の弟、乾山作の土器皿、つまり絵をほどこした四角い皿の展示もありました。重要文化財指定で小西家文書と並んでこの展示室の目玉ですね。乾山の作品は昨年見た京都国立博物館リニューアルオープン記念展示でもいくつか見た記憶があります。

 ↓ イベント待ちの様子。二階から見下ろす。
   ガラス張りなので、二階フロアのテレビが反射して写真に写り込んでいます。

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 二階のラウンジの解説のテレビ(ビデオ映像)を見ていると、係の人がテレビを消しにきました。イベントが始まるそうです。そのうちに、「舞い」(謡曲)が始まりました。朗々と唄いが流れます。人垣の間から見ると、紋付袴をはいた老年の男性が扇子を持ちながら謡っています。
 舞は15分弱で終わりました。このために一時間以上前から大勢の人がロビーと階段を埋め尽くして待っていたのですが、終了はあっけなかったです。終了した後は、すぐに館の人がイスなどを片付けはじめました。

  ↓ 下の写真は、舞が終わったあと。一階フロアの様子。
   二階フロアのテレビが反射して写真に写り込んでいます。テレビ画面は消えていますね。
   二階にいる観覧者の様子も影のように写り込みました。しかし私、良月の姿が写真に
   写り込んでいません。光の加減か、ガラスの向きか分かりません。
   もしかして、私は透明人間??。

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 どこかで舞(謡曲)を見れないかと移動しましたが、人が多くて見ることができません。
 ついには、再び館外に出て、外から見れないかとガラスに近づきました。
 ↓ 結局、窓際まで立ち見客がいてよく見えませんでした。

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 舞(謡曲)の後、再び館内に戻り二階に行きましたが、テレビの放映が再開されていないので、ショップを見て帰ることにしました。
 
 ↓ 一階ホールに展示されている中国出土?の石像。
   お庭の眺めが良いです。

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  ↓ 同じく一階ホールに展示されている石像の頭部。

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 ↓ 再び 歩道沿いの竹林の植え込みの側を歩き、帰ります。

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 ↓ 横断歩道を渡り、振り返って館の入口付近外観を撮影。

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根津美術館 カキツバタと庭園散策

  2015年5月

 尾形光琳 紅白梅屏風と燕子花屏風の同時公開で大賑わいをみせる根津美術館。
 先に庭園を散策します。建物の外のお庭に出ます。館内のみならず外のお庭も人で一杯です。

  ↓ 庭園の池のほとりに咲くカキツバタの花。
   前の記事に掲載した写真とはやや違う場所から撮影。

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 カキツバタの撮影ポイントには人がひっきりなしに向かっています。やはり女性客が多いです。

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 ↓ カキツバタの写真の撮影スポット。ここで私も撮影しました。

 IMG_2510 根津美術館八景のひとつ「弘仁亭の燕子花」です。


 


















 池の端から。

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池のほとりにあった。石燈籠と手水鉢?。

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 ↓ 池の対岸から撮影。

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 ↓ 池の対岸から撮影。写っているのは「カキツバタの撮影ポイント」。庭園にやった来た人が最初にカキツバタに出会う場所です。根津美術館八景のひとつ「弘仁亭の燕子花」です。
   茶室は弘仁亭・無事庵 とパンフレットにあります。

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 ↓ カキツバタと赤いモミジがうまく撮影できました。本日のベストショットです。

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 池の対岸に見えた「披錦齋・一樹庵」の下を歩く。斜面の下からだと建物全体をうまく撮影することができません。
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 池から端、川のように狭くなっている水路。水は流れていません。屋形舟が浮いています。おそらくこの舟で茶を立てたのでしょう。
 その奥に根津美術館八景のひとつ「吹上の井筒」が見えます。
 元々はこの都心の台地の谷間にから湧水があり、地形を利用して庭園を根津嘉一郎が造営したのでしょう。水が湧く場所があれば、水が出る場所もあります。池の水は下流、青山墓地の下の谷に出て、麻布の現在の国立新美術館下の川に合流していたと思われます。国立新美術館のロビーに設置されている歩兵第三連隊の兵舎模型に川の流れも再現されています。その川と合流して麻布の台地の下に流れ、浜松町付近で東京湾に注いでいたのではないかと思います。

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 坂を登り、再び本館の方向へ。お地蔵さんが置いてあります。

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 説明によると室町時代のお地蔵さんです。


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 石畳の小路を登ります。

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 本館前まで戻ってきました。地底の庭園から、上の元の世界に戻った気分です(笑)。

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 上の写真の反対方向。写っている建物は事務棟のようです。写真には写っていませんが、カフェもあります。混雑していて、カフェの建物の外まで行列していました。

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光琳「紅白梅屏風」と「燕子花屏風」同時公開中 根津美術館 庭園散策

  2015年5月

 尾形光琳 紅白梅屏風と燕子花屏風の同時公開で大賑わいをみせる根津美術館。
 先に庭園を散策します。建物の外のお庭に出ます。館内のみならず外のお庭も人で一杯です。

  ↓ 庭園の池のほとりに咲くカキツバタの花。
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  ↓ 庭園を池の方へ歩きます。実は根津美術館の庭園は窪地にあることが分かりました。石段をどんどん下に下る造りになっています。
  地図で見るだけだと立体感がないので分かりませんが、崖の谷間の窪地の池を中心として造営された庭園でした。てっきり、平面の庭園と池かと思いましたが、違いました。池に向けてかなり下ります。

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 石段や石畳の道を歩きます。と道のほとりには置物があります。嘉一郎が収集した置物かは分かりませんが、古代中国の青銅器の鼎のような置物です。ここは日本庭園なので古代中国の置物はあまり似合わないと思いますが・・・・・。


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 更に下ります。谷間になっていて、かなり立体感があります。

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 窪地の下に至る小路の途中には数寄屋造りの東屋や茶室があります。かつて、嘉一郎はここで茶を楽しんだのでしょうか。と、外国人のカップルが。

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 庭園の一番「底」までやってきました。池があります。カキツバタ畑があります。この季節見頃を迎えるのでこの美術館の庭園の売りのひとつです。
 皆デジカメを構えて盛んに撮影しています。私もその一人ですが・・・(笑)。

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 ↓ 少し離れたアングルから。池の対岸からも撮影している人がいますね。人気の撮影ポイントです。
   池りの向こうの斜面の途中にも茶室が。カキツパタの花を愛でながら茶を楽しんだのでしょう。
  パンフレットによると茶室は「披錦齋・一樹庵」(ひんきさい・いちじゅあん)というそうです。
  皆、一様に同じ姿勢でデシカメを構えています(笑)。

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 池の水面のアップです。うーん、あまりよく写っていません。

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 カキツパタの花のアップ。先の池のほとりで拡大撮影です。
 実は花の見ごろは過ぎています。アップするとよく判りますが、花はかなり萎れてきています。
 この前の週、GW期間中くらいが見ごろだったも知れません。今年は春先の気温が高かったので見ごろのピークが少し早かったようです。

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 毎年この時期に「燕子花屏風」を展示しているのですね。
 なるほど、私の庭園を先に見たのですが、絵の説明にあったように改めて写真で花を見るとカキツバタの花を光琳は「実際よりも大きく描いている」ことが分かります。

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 写真を更に拡大する。と、花がかなり散っています。
  遠くから見るとまだまだ青い花を咲かせているように見えますが。

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 移動して撮影ポイントを探します。同じ池のべつのほとりから、カキツバタの花の群落と池を撮影。


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 もう一枚。写真右に撮影している観覧者が集まっています。先の写真を写したポイントの近くです。


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 目の前のカキツバタの花を拡大。


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光琳「紅白梅屏風」と「燕子花屏風」同時公開中 根津美術館 入館と庭園散策へ

  2015年5月

 尾形光琳 紅白梅屏風と燕子花屏風の同時公開で大賑わいをみせる津美術館。
 先の記事では、まず両作品(「紅白梅屏風」と「燕子花屏風」)の見学記を書きましたが、混雑をしていましたし、開館時間に余裕があるため、先に庭園を散策してから常設展示室を含めて両作品を観賞しました。

 時間を巻き戻してまずは、入館から・・・・。この日は開館時間延長期間です。通常は17時まですが、同時公開最終週、5月17日の日曜日までは開館が19時まで延長されていました。金曜日を除けば開館時間延長はまずないことです。
 過日には天皇皇后両陛下も見学にお越しになりました。前回の同時公開は当時皇太子、皇太子妃であった両陛下の成婚を記念してのことと知りました。実に同時公開は50年以上前のこと。
 なお、両作品は2月中旬から3月中旬までMOA美術館でも同時展示していましたが、東京開催、つまり根津美術館のときに来ようと思っていたので熱海には行きませんでした。

 私のこの日、「ふくい291」に立ち寄ってから(何も買っていませんが・・・・。)更に歩いて根津美術館に向かいました。と、「根津美術館前」と信号の上に表示がある交差点に出ます。道路を渡って目の前が美術館でした。
 ↓ 美術館の入口。
  通常は「竹の植え込み」の通路を通って入館すると思いますが、
  道路(歩道)を少し歩いてこの竹の通路を通らずに入館できることも分かりました(笑)。
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 前の記事にも書きましたが、実にこの歳になって初めての入館です(♪♪)。本当は学生の頃から行きたいなと思っているうちに歳月は流れ、すっかり歳をとってしまいました・・・・・。

 写真左に入館者の列。右は駐車場でした。
 館を入ってすぐの机で入館券を購入します。

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 入場券を買う人の列は10メートルもありませんでした。この日は平日でしたしね。平日でこれだけ混んでいますから土日、連休中は大変だったでしょう。一応割引券を持っていきました。チケット販売の女性には通常の値段(入館料金)を言われますが、割引券を提示して購入します。
 数台ですが、入口付近には駐車場あります。入館待ちの人の列と駐車場を区切る柵が(この日は設置が)無いので、人が多いと危ないと思います。車の入場口と歩いて入館する人の出入り口は区別されていませんし。
 上の写真には写っていませんが、駐車場敷地の一番へり、隣地との境界塀の近く、駐車している車に隠れて下の部分が見えませんが記念碑がありました。美術館の創立者根津嘉一郎の顕彰碑です。高さ数メートルある大きな石碑です。碑文を見ようとも思いましたしが、駐車場の端(の塀ぎわ)にあるし車が出入りして危ないので見るのはやめました。
 揮毫したのは首相であった「清浦圭吾」。遠目にも揮毫者の文字がはっきり彫ってあるのが見えました。東武鉄道の創立者であった根津と政治家の清浦は相当に親しい関係であったことが分かります。
 清浦のバックには山縣有朋がいます。熊本出の清浦は山縣のバックなしには首相になれなかったわけで・・・。根津と明治・大正の元勲・政治家とのつながりを窺うことができます。庭園、茶道・・・・・・・、山縣と根津との直接の繋がり(接点となりうる趣味、嗜好)も窺うことができます。国の認可に+(プラス)して大規模な投資を伴う鉄道事業で根津が一大財産を築いた理由の一端が感じられました。

 ↓ 道路に面した竹の植え込み。
  この内側を通って入館できます。連休中や土日はこの通路も入館待ちの行列で一杯であったようです。

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 入館してみると、館内のロビーや展示室は混み合っていました。パンフレットや館内の案内を見てみると、光琳の両作品は一階の第一展示室に展示されていることが分かりました。しかし、混雑しているので先に庭園から見学することにしました。
 根津美術館といえば庭園。都心地図で見ると、庭園はまるでかつての大名屋敷の庭園跡を利用して整備されているかのように感じますが、館の由来を見るとかつての大名屋敷の庭園跡ではないようです。

 ↓ 館の外に出てお庭から美術館の建物(本館)を撮影。
  庭園のカキツバタの花が咲いているポイントへ向かいます。
  
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「尾形光琳300年忌記念特別展 燕子花と紅白梅 光琳デザインの秘密」見学 根津美術館

  2015年5月

 東京 南青山。尾形光琳作の国宝 紅白梅屏風と燕子花屏風の「ダブル公開」で大賑わいの根津美術館にやってきました。
 「尾形光琳300年忌記念特別展 燕子花と紅白梅 光琳デザインの秘密」です。
 まずは庭園を回遊してから、館内に戻り両作品を観賞しました。
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 先に、「両屏風」を見たときの様子から記事を書いていきます。展示室内、向かって
 右に 燕子花屏風・・・一双(つまり屏風がふたつある。)
 左に 紅白梅屏風・・・一双 がありました。
 燕子花屏風は「二つある」うえに、「六曲」なのでヨコに長い。ワイドに展開されている感じでした。一般に写真で有名なのは右の屏風(つまりだくさん燕子花の花を描いてある方!)であり、左の屏風は(燕子花の)花の密度が小さかったです。花の絵が描かれていない画面、つまり「金地の面積」が(左の屏風よりも)やや大きいです。
 注目の燕子花の花びらの描き方は、藍色というか深い何ともいえない色で、軽妙なタッチで燕子花が描かれています。紺色というか紺青というか深い色で、しかも濃い紺青と薄い紺青で色分けして、花の表と裏を上手く表現しています。平面的でなく立体感のある表現でした。
 作品名の英語表記では「Iris」。シンプルな訳語です。「アイリス」はフランス王室の紋章にもなっていたと思います。どちらかというと英語の「アイリス」は日本の「花菖蒲」と思いますが、私の誤解でしょうか?。時期的には(花菖蒲は)梅雨の入りの頃、あと数週間遅い時期と思います。

 対して紅白梅屏風は「梅」の控えめな描写で、屏風の大きさも燕子花屏風に比べると小さいので「おとなしい」印象でした。川の色が黒っぽいというか、渦をまいて複雑に表現されているのですがどことなく、タッチが暗い感じがして、早春の寒い風景を表しているかのようです。

 展示室は混み合っていました。平日の夕方とあってか女性率が圧倒的に高いです。展示室内の長いイスも満席で、ここに座ることができず、立ちっぱなしのため(腰もいたいせいか?)ゆっくりと両作品を見る余裕もありません(笑)。
 絵の前に立っていたある年配の女性が、自分の娘でしょうか、明らかに世代の違う(50歳前後の)ツレの女性に向かって「この作品(カキツバタ)はね、ここの一番の展示品で東博(東京国立博物館)など大きな美術館には絶対に貸し出ししないのよ。ここだけが持っているんだから・・・・・。でも毎年この時期にここに来れば観れるのよね。珍しくないわ。こっちをみないとね・・・・。」と解説し、(熱海のMOA美術館所蔵の)「紅白梅」を指しています。
 私は「そーか、だから有名、主要作品を網羅した『光琳展』が国立博物館で開催されたことが無い(多分)のだな。」と理解できました。確かにここが貸し出ししないと『光琳展』は成り立ちませんね・・・。

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 両作品は下の写真左下の入口から入る第一展示室に展示がありました。
 ただし、同じく下の写真の右の入口からも入れたようです。ガラスケースに観覧者が見入っています。伝宗達と解説のあった作品でした。「蔦の細道図屏風」。ほぼ同時代の人物松尾芭蕉の「奥のほそ道」と誤解してしまったのはご愛嬌でした。
 「六曲一双」の屏風です。緑色の川のような曲線の帯が横に流れるように描いてあるのが印象的です。絵は全く違うのですが、どことなく構図、構成が光琳と共通するような感じもします。同時代の琳派関連作品ということで展示されたのでしょう。公家の烏丸光広が賛文を描いていますが、読めません。

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 順路でいうと国宝「両作品」の先に 光琳作の重要文化財指定の「孔雀立葵図屏風」が展示してありました。「個人蔵」とあります。一体誰が所有しているのか気になるところです。
 これは間違いなく両国宝に次ぐ目玉展示作品と見て直感しました。二羽(孔雀の数え方を知らないが・・・・)の孔雀が右にします。左は赤と白の花をつけた草(葉と茎は鮮やかな緑色の着色)がまっすぐに直立しています。直線美と孔雀の羽と体の曲線美を対極化させているようです。孔雀の色づかいは「紅白梅」にも共通する色彩ですし、右の花は「葵」なのでしょうか(私は牡丹と思いましたが、牡丹にしては花が小さいですし、咲き方が違います・・・・。)、燕子花の紺青の色は使用されていませんが、草木の緑色は燕子花の葉にも共通する描き方です。
 特に右の屏風の孔雀はよく特徴をとらえて写実的です。オスが鮮やかな色彩の羽を広げて、メスは体をまるめて二羽が寄りそう様子を捉えています。
 日本人好みの「花鳥風月」のうち動物は「鳥」のみですが、光琳は、孔雀がまるで動きだすかのような描き方をしています。

 続く第二展示室を見学します。光悦の工芸作品や宗達の屏風など琳派関連の作品が展示されていました。





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「ふくい南青山291」 福井県アンテナショップ 港区南青山

  2015年5月中旬、私の姿は表参道にありました。この日は平日の夕方です。
 
 住宅地の一角といってもよいエリアに福井県のアンテナショップはあります。住所でいうと港区南青山です。
地下鉄表参道駅の地上出口を出て、お店に向けて歩きます。と反対方向からは学生らしき若い人が次々に歩いてやってきます。皆私服で、リュックやカバンなどを持っています。教科書や教材のようですから学生さんですね。青山学院の学生さん達のようです。表通り(つまり246)に面した正門よりも、裏通りを通る通用門の方が校舎からの距離を考えると駅に近いので、道を通っているのでしょう。
 この付近はブティックや雑貨などのお店が入る低層テナントビルや一般の住宅、邸宅が並ぶ一角です。いわゆる雑居ビルはありません。低層のテナントビルがある理由はおそらく、低層(建築)地域で建物の高さに規制がかかっているからです。ビルが林立している街ではないので、より一層テナントに入っているお店がおしゃれに見えます。
 福井県のアンテナショップ「ふくい南青山291」 も二階建てのテナント商業エリアの中にあります。今まで銀座のお店を紹介したことはありますが、このブログでは南青山店は初登場です。福井県のお店はもともとここ南青山にあり、銀座に出店したのはその後のことです。
 お店の隣には、隣接して福井の料理店もあります。あくまでアンテナショップとは別の経営のお店です。(写真無し。)
 入口には、のれんがかかっていて特に夜のお値段はそこそこしそうです。少し敷居が高いお店かなと思いました(笑)、ランチメニューを17時まで提供しています。店頭にあったメニューを見ると越前そばのセットでも「ランチ価格」で食べることができます。なんだかホッとしました(笑)。


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 と、お店の前には恐竜の姿が。「福井県」といえば「カニ」が思い浮かびますが、「恐竜」でも売り出しをしています。福井市付近ではなく岐阜よりの「勝山」の方ですが。そのため、前年の福井旅行の際は恐竜博物館には行きませんでした。

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 ↓ お店の外観。雑貨、工芸品などを中心に売っているようです。銀座のお店は「食の国 ふくい館」で「食品」をメインに売り出ししているのでコンセプトは若干違うようです。
 お店の名前「291」は「フクイ」と読むのですね。うっかり「にくい」とそのまま読まないように注意が必要です(笑)。それにしても都心に二つもアンテナショップを出店するとは、福井県もお金があります。豊富な財源は「原発立地」によることも大きいでしょう。現在原子炉の運転はほとんど停止しているはずなので税収や交付金は以前よりも減っているとは思いますが、たしかニュースでは原子炉を運転していなくても県の税金である核燃料税は徴収するというような記事を読んだことがあるので、依然として重要な財源であることには変わりはありません。

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 福井県は東京における「アンテナシヨップ先進県」です。しかし、ふるさと寄附金については提唱県でありながら「お礼の品」つまり寄附に対する景品、プレゼントの類(たぐい)には消極的です。というより、福井県の市町村で行っているのほとんど無いのではないでしょうか。なぜって知事様が否定的だからのようです。
 豊富な財源を握る知事様の意向に市町村も従っているとみるのは私だけでしょうか・・・。不思議なくらい、福井県内の市町村はふるさと寄附金のお礼の品がありません・・・・・・・・。
 そんなわけで、カニは福井県内の自治体から「お礼」として貰うことはほぼ不可能です。日本海名物のカニをふるさと寄附金のお礼として貰うことができるのは、原発立地交付金、核燃料税など豊富な財源を持たない鳥取県や兵庫県北部の自治体が中心です。「カニは買うものかに~(かね~)。」といったところでしょうか!?。一応ダジャレです(笑)。

 表参道駅の青山学院側の出口。ここから徒歩5分もかからない場所にあります。
  
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 次に、住宅やブティックや雑貨などのお店が入る低層テナントビルが建ち並ぶ街を通り、根津美術館に向かいました。マンションも建設中でした。再開発ラッシュは続いているようです。

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銀座裏 白魚橋駐車場

 2015年5月6日 
 
 八重洲口にあるブリジストン美術館の見学を終えた後、徒歩で移動します。地下鉄の駅でいうと一駅の距離はあるのですが、余裕で徒歩移動できます(笑)。
 実はこの日駐車したのは、銀座通りの更に海側にある首都高会社が経営する?駐車場。首都高の高架の下と更にその地下がパーキングになっています。
 その名も「白魚橋駐車場」。昔はこの付近の水路には白魚が泳いでいたのでしょう。江戸湾奥の白魚といえば、キスでしょうか!?。今ではすっかり都会となっています。白魚と名前の橋がここにある(あった)ことなど想像できません。『第一裏銀座橋』のようなネーミングの方が似合うかも知れません(笑)。
 料金は平日と土曜はその他の駐車場と変わらないくらいの値段ですが、日曜日と祝日は一日上限1000円でかなりお得です。
 しかも、帰りは京橋ランプからもすぐです。首都高にすぐに入ることができます。

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 この日は子供はいないので、電車でと思いましたが、ツレが車がいいというのでやってきました。この点も本日の口論の原因のひとつです。そんなことでケンカするの?と思うのでしょうけどね(笑)。
 ともあれ、GWの連休最終日はケンカで幕を閉じることになりました(涙)。



















重要文化財指定 青木繁「海の幸」、「わだつみいろこの宮」と藤島武二「天平の面影」 観覧 ブリジストン美術館

 2015年5月6日 
 
 京橋(東京駅の八重洲口)にあるブリジストン美術館にやってきました。
 建て替えによる休館前、「ベスト・オブ・ザ・ベスト」展。
 遠く久留米の石橋美術館に所蔵されている重要文化財指定の作品
 青木繁作 「海の幸」、「わだつみいろこの宮」
 藤島武二 「天平の面影」
 を観覧します。 
 みなひとつの展示室に集中して展示されています。
 ↓  「海の幸」 美術館の外に掲示されている看板より。
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 ↓ 同じく拡大。教科書でも拡大されて掲載される箇所。
     横に長いワイドな作品です。タテにはあまり大きくはありません。教科書では中央部のみ拡大して写真掲載されてる場合もありますが、ギリシア神話を題材にしたようにも感じる人物像が印象的です。抽象化されている登場人物が画面の両端付近に数人描かれていますが、ギリシアの兵士のようなカブトをかぶっているかのように感じます。
 しかし、実際には日本での風景、千葉の布良海岸での風景に着想しているとは有名なエピソードです。こうして実際に実物を見ると日本の伝統美、神話と西洋の神話、西洋画を融合させたような作品です。
  作品の真ん中のやや右、こちらを向いている白い顔の人は?。 私は繁本人の仮託かと思いしまたが、違うそうです。真ん中の白い顔のちょんまげをしていて、裸体で×××が丸見えになっている人物こそが繁でしょうか!?。 学説では否定されているようですが・・・・・・、しかし、私はそう(繁の姿かなと)感じました。
 画面中央の白い顔のふたりがともにサメ?をかついで共同作業をしているように感じます。ふたりは、ごく近い関係なのでしょうか。

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 ↓ 「天平の面影」。美術館の外に掲示されている看板を撮影。
   作品の実物は大きいです。高さニメートルくらいあります。壁にかかっている作品を見上げるようにして観賞 します。
   女性が現代的な風貌です。正倉院宝物の「鳥毛立美人」とはお顔の様子が違います。
 顔が小さく、スラリとしてスタイルが良く、きりっとした眉毛と都整った鼻筋。現代日本の美人の条件に合致しているような・・・・。武二の故郷、鹿児島(いわゆる目鼻立ちのはっきりした薩摩美女)の女性をモデルに描いたように感じました。

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 ↓ 「わだつみいろこの宮」の写真。ブリジストン美術館発行 展覧会のパンフレットより。
 
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 「わだつみいろこの宮」は美術館の外に掲示されている看板にもありません。一番写真露出の少ない作品です。作品の背景は難しくて説明を読んでも最初は理解できませんでした(笑)。
 日本の神話をもとにしたお話を絵にしたのだと分かりました。海底の宮殿で出会いなのですね。
 作品の大きさはというと、タテに細長い感じです。(作者は違いますが)「天平の面影」よりもかなり小さいです。

 重要文化財の作品を中心に30分くらい観覧、重文作品展示室の隣では過去に放映したテレビ番組のビデオ映像を流していました。その映像を見て、美術館をあとにしました。
 ピカソ「腕を組む軽業師」などこの美術館の有名な西洋輸入作品は、前回観覧時に見たので今回は特に見ませんでした。





















「ベスト・オ・ザ・ベスト」展 見学 ブリジストン美術館

 2015年5月6日 
 
 地下鉄で八重洲口にあるブリジストン美術館にやってきました。六本木駅から日比谷線に乗り、八丁堀で降り、少し歩きます。途中、朝以来、口ゲンカの絶えなかったツレはついにこの時間帯になって逆ギレ・・・というか逆上し、怒ってどこかへ行っていまいました。多分、アンテナショップ街に行くのでしょう。買い物させておけばご機嫌の人ですから・・・(震)。
 てなわけで、私一人で美術館に入館します(震)。私にとっては、ほぼ一年ぶり、二回目の観覧です。
 すでに夕方5時に近い時間帯。閉館時刻は6時なので、国立新美術館で「マグリット展」を観ていた場合は閉館時刻に間に合わなかったかも知れません。
 「サントリー美術館」と「ブリジストン美術館」、ともに企業名を冠し、その創業者のコレクションが母体となっている点では共通しています。館名が「カタカナ」であることも。そのためどちらの美術館がどちらの立地なのか混同してしまう場合があります(苦笑)。「あれ、ブリジストン美術館は麻布ではなかったかな?」と。しかしサントリー美術館が京橋立地というイメージはあまりありません。実は東京の都市地図には「ブリジストン美術館分室」が載っています。場所は麻布で「鼠坂」の近く。傾斜地のガケのそばといってもよい場所にあります。「サントリー美術館」とも実は近い。徒歩だと10分くらいではないでしょうか。そのため混同してしまいますというワケです。(というよりは、ブリジストン美術館が麻布にあるように感じてしまうだけかも!?。)

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 ビル外壁に掲示された看板を撮影。
 ルノワール作の少女像の写真です。パンフレットによると1987年に購入をしています。
 告知にもある通り、会期は5月17日まで。その後は周知のとおり数年間、建て替えのため閉館します。建て替えの契機は2011年の震災であったと思います。都心のビル街のオフィスビルの中にある美術館。万が一、関東大震災クラスの地震に伴い、火災が発生した場合は・・・すべて焼失してしまう危険性があります。建物の耐震性もあることながら、仮に建物は残っても、耐火できるか分かりませんね。近隣からの延焼が一番怖いですから。
 恐らく現在でもビルの中には、作品を守るための耐火金庫というか耐火収蔵庫はあるのでしょうが、果たしてオフィス街の大規模火災に遭った時に耐えられるのか、など総合的に判断して建て替えをするのだと思われます。
 「ベスト・オ・ザ・ベスト」。まるでベストアルバムを出したシンガーの「アルバム名」のような展覧会の名前です。
 この3月31日からは同じ財団の運営する久留米市の石橋美術館から重要文化財指定の作品3点が加わり展示されました。私の近代日本絵画の「重要文化財指定」作品、全点観覧を目標?にしていますから、この機会にやって来た訳です(笑)。
 本来はこの夏にも「未訪問の九州国立博物館とあわせて、石橋美術館も訪問しよう。」と計画していましたが、ここで「重文作品の三点」とご対面できたので、その計画は必要なくなりました。でも少し寂しいです(笑)。
 
 4月のうちに来たかったのですが、なんやかんやで会期末まであと10日あまりに迫った、大型連休最終日の訪問になってしまいました。しかも、ツレとは(入館直前に)大ケンカして一人での訪問です。(再び、震・・・。)

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 入場者は前回の訪問時に比べて、圧倒的に多いです。受付もチケットの販売や観覧者応対に忙しいです。チケットを購入して上のフロアに上がるのですが、忙しいのか受付のお姉さんはチケット販売のみで、案内をしてくれませんでした。私は勝手知ったるというよりも、二回目の訪問なので『そういえば、エレベータで上がるのだったな。』と思い出して、エレベータの前に移動して待ちます。と、警備員の人が「展示室はエレベータで二階の上がって下さい。」とアナウンスしてくれます。

 二階に行き、展示室に入ります。最初の展示室には、「ブリジストン美術館の歴史」コーナーで一室が充てられています。主にパネルや解説ボードによる展示です。前回もこの部屋を見たのか・・・忘れてしまいました。閉館前の特集展示かなと思いましたが、ほぼ常設されているようです。
 最初のほうの展示室は一年前に見たということにして、ほぼスルー。目的の重要文化財指定の作品を探します。中ほどの部屋にありました。
 まずは藤島武二の「黒扇」。ここブリジストン美術館所蔵唯一の重要文化財指定作品です。前回訪問時はまさかの展示無し。今回やっとリベンジを果たしてのご対面です。一年間待ちました(笑)。
 黒い扇をもったエクゾチックな風貌の女性・・・。日本人らしくないなと思っていましたが、武二が留学中にイタリア人の女性をモデルに描いた作品。黒髪はどことなく日本女性を思わせるも、青い瞳を持つ彫りの深い女性はやはり西洋人なのだなと分かります。その碧眼を本当にまっすぐ向けて観覧する私達に何かを訴えかけてきているかのようです。モデルになった彼女は、画家(武二)が描いている間、(彼を)真っ直ぐ見据えていたのでしょうか?。
 ↓ 「黒扇」。写真は、美術館の外壁に掲示の看板を撮影したもの。 

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国立新美術館 と 東京ミッドタウンの間の移動 東京散策記

 2015年5月5日と6日の両日。国立新美術館に二日連続で訪れました。モノ好きなモンです(笑)。
ただし。両日とも慌ただしく訪れたので、次に行く目的地の閉館時刻を気にしてゆっくり滞在することができのせんて゜した。もっと効率的に周るコースを考えないといけませんね。

 ↓ 快晴の「こどもの日」に撮影した国立新美術館の外観。
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↓ 同じく国立新美術館の敷地の外に向けて撮影。植え込みのつづじの花がきれいです。「抜けるような青空と躑躅」いかにも五月のゴールデンウィーク、という写真が撮れました。

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 新美術館の門を出ます。この日は、乃木坂駅から直結のエスカレータで地上に上がり入館したので、正門は通っていません。正門から外に出て、日比谷線の六本木駅ではなく、大江戸線の六本木駅へ歩きました。
(両国に行くためです。)
 この日も美術館の「ガラス張りのモダンな曲線外観」を撮影する人は多かったです。

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 とアングルを変えると「政策研究大学院大学」の門が。この日の大学の門は閉まっていて、人の出入りはありません。

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 門を出て、ミッドタウンの前へ。地下鉄の駅に「潜り」ます(笑)。
 ↓ まっすぐ新美術館からの道を歩いてくると出会うのがここの交差点。
   ミッドタウンの敷地の北に当たります。サントリー美術館の入っている棟に近いです。
   6日はサントリー美術館から国立新美術館まで歩きました。存外近かったです(笑)。

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 国立新美術館から東京ミッドタウン前に至る道。マンション、ビルが立ち並び、一階にはレストランが入っていたりもします。すでに14時を過ぎていましたが、ランチやお茶休憩かは分かりませんが、待つ人が並んでいました。
 ↓ 写真奥が国立新美術館の正門。

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 ↓ この写真は翌日の5月6日に撮影。
  同じ道を新美術館前からミッドタウン方面に見たところ。

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 今でこそ、都心部のおしゃれなエリアとなっている六本木、麻布、赤坂地域ですが、10年前の段階では新美術館は工事中、東京ミッドタウンも工事中。
 その前はというと、戦後長らくの期間は
 国立新美術館・・・・東京大学生産技術研究所
 東京ミッドタウン・・・防衛庁(『赤坂の防衛庁』と表記されることが多かったですね。)

 であり、一般人が観光、買い物で気軽に来るエリアではありませんでした。むしろ一般人お断り・・・。道路沿いにはビルが並んでいて、レストランや商店、会社、団体(何の団体??、芸能??)などの事務所も入っていて、ビジネス、商業住宅の混在エリアといったところ。
 随分と変わりました。

 戦前期はというと・・・・、
 国立新美術館・・・・歩兵第三連隊
 東京ミッドタウン・・・歩兵第一連隊
 現在では痕跡を示すものは無いそうですが、両聯隊が所属した第一師団司令部も近くにありました。いわば兵隊さんの街。徴兵された兵隊さん、連隊に配属されている将校、下士官達が闊歩していたのでしょう。

 すでによく知られていますが、
 新美術館の敷地内には、旧歩兵第三連隊の兵舎の建物の一部が残されています。ここは図書や資料室として利用できますが、平日の限られた曜日のみの利用時間となっていて、土日祝日は開館していません。そのため、私もこの中に入ったことはありません。


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 新美術館の一階ロビー。おなじみの旧歩兵第三連隊の兵舎の模型。
 模型の手前側が青山墓地で川が流れていたことがわかります。現在では道路下の暗渠でしょうか。鉄道の引き込み線もあります。

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 南側から。模型のガラスケースの奥には受付台と美術館の受付嬢の姿が・・・・。

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 正門から。(正確には営門というべきでしょうか。)
 現在の新美術館の正門方向からになりますね。

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「国展」 観覧 国立新美術館

 2015年5月6日 
 
 東京ミッドタウン内にある「サントリー美術館」を見てから、ツレは先に国立新美術館に行きました。前日、私が観覧した「ルーブル美術館 風俗画展」を見るためです。私は、「蕪村と若沖」展、副題「生誕三百年 同い年の天才絵師」の観覧に時間がかかったので、あとから国立新美術館に移動しました。
 二日連続の国立新美術館です(笑)。私は「ルーブル美術館 風俗画展」を前日に見たので、この日は無料入場券を入手していた「国展」の観覧です。
 入場料は本来一般1000円、学生は無料です。別の美術館で無料券を配布していましたので入手したのです。どこの美術館で、かというと、東京から遠く離れた(すごく遠いという訳ではないが・・・)安曇野の「碌山美術館」で、です。
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 「国展」の会期は短いです。2週間もありません。この日観覧しなかったら、次の機会に来ることはできません。同じ館内の「マグリット展」を見ることは時間的に無理なので、「国展」のみ観覧しました。
 「日展」、「院展」は有名なので知っていますが、「国展」はよく理解していませんでした。展覧会の名前は似ているので混同しやすいです(笑)。
 「国画会」が主催しているのだと知りました。パンフレットに 「国画会」の沿革について解説がありましたが、会員といいますか関係のあった芸術家は、絵画では梅原龍三郎、高村光太郎、工芸では柳宗悦、濱田庄司、バーナードリーチ、版画では棟方志功など錚々たる顔ぶれです。
展示室も「絵画」「版画」「彫刻」「工芸」「写真」と分かれています。絵画の部屋が一番大きいです。

 写真撮影は禁止ではありませんでした。室内で写真を撮影している人もちらほら。

 展示作品は前年見た「制作展」と同じように大きなカンパスに描かれています。出展する場合の作品は「○号」と大きさが決まっているのでしょうか。絵画の作品を主に観覧しましたが、ほとんど現代絵画というか、現代抽象画です。現代の芸術はこうなのでしょう。写実的な風景画や人物画は流行では無いようです。
 展示室では受賞した作品に「国画賞」「新人賞」などの表示がありました。
 写真は受賞作品のひとつ。写実的でホントに写真のようです。私が一番印象に残った作品です。
 が、見ると写真ではないことに気付きます。画中の人物がエサをあげている?動物は現在のところ、現実には存在していない動物だからです。工場のようなトタン壁のようなどこにでもある建物の脇に不思議な動物がいる・・・という構図で私の印象に残りました。

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 (後日談)
 「マグリット展」の会期は6月の下旬までありました。しかし、結局私は観覧に行くことができませんでした。京都でも開催されるとのこと。今年、京都の特別公開で自分の興味のあるものがあれば、秋(9月か10月中旬まで)に京都に行き、同時に観覧しようと思います。ただし、特別公開で特に(自分にとって)めぼしいものがない場合、「マグリット展」単独で京都まで行くのはキツいかも(笑)。






東京ミッドタウン内にあるサントリー美術館 「蕪村と若沖」展を観覧して。

 2015年5月6日 
 
 東京ミッドタウン内にある「サントリー美術館」。
  「蕪村と若沖」 副題「生誕三百年 同い年の天才絵師」の見学しました。
 国宝の展示は最後の方にありました。数多くの作品が展示されていて充実していました。サントリー美術館の企画展は充実しています。
 現在、大混雑の東京国立博物館「鳥獣戯画展」、私の記憶する限り、この以前に「鳥獣戯画」が展示されたのはここサントリー美術館でした。たしか2007年頃だったと思います。その後修復されて、昨年の秋に京都国立博物館で、そして現在東京で公開されているわけです。
 有名な皇室御物の永徳筆「唐獅子図屏風」、こちらも「皇室の名宝展」の後ではここで開催された「獅子展」というような企画展で公開があったと思います。その後、永徳筆「唐獅子図屏風」は展示の噂というか展示されるという話を寡聞にして聞きません・・・・。超有名な日本美術の名作の展示できるだけの企画力ががあるのでしょう。それは母体企業の豊富な財力に支えられているといっても過言ばないでしょう。

 今回は企画展に関する作品の展示しかなかったので、この美術館に「常設展示」はあるのかな?とも思いました。今回の観覧では常設展示スペースという場所は無かったように記憶します。
 
 美術館のフロアからエスカレータの吹き抜けを見下ろす。商業ビルの中にあるという特異?な立地です。
  
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 美術館のフロアの一フロア下。二階ですね。美術館の真下にはブティックが入っています。美術鑑賞をしてお買いものでしょうか!?(笑)。

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 こちらは、美術館のフロア。館を出た外側の廊下にあたります。
 観覧者は若い人が多かったです。女性率も高い。意外や「65歳から80歳くらいの男性」日本美術の展覧会で観覧者の中核を占めるであろう「層」は少数派に感じました。(私の勝手な判断かも知れませんが。) 
 一人で来ている若い学生くらいの女性もいました。高校生とおぼしき女子の二人連れも。若冲と蕪村、どちらの絵がお目当てだったのでしょうか!?。「若冲女子」?、「蕪村女子」?それとも両方?、きっと「アート女子」なのでしょう。何でも「女子」とつけば流向になるのかも(笑)。今、一番の注目は「刀剣女子」ですかね!?(笑)。

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 サントリー美術館の同じフロア、廊下を挟んで近くには飲食エリアの店もあります。「金×豚」の高級料理店のようです。私には敷居が高いです(笑)。
 ちょっと気になったのが、「防火対策」はとっていると思いますが、ピル火災になった場合には美術品の防護はできるのでしょうか。ビルの三階と四階部分のテナント入居美術館は都心という立地からはやむを得ないですが、数多くのテナントが入っている場合は、避難誘導を統一的に行うことは(訓練はしているのでしょうが)火災や災害時には大混乱に陥りかねません。
 私の杞憂といたところでしょうかね!?。

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 エスカレータで一階に再び降ります。次は近くにある国立新美術館に向かいます。

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「蕪村と若沖」展、国宝「夜色楼台図」など 見学記続き サントリー美術館

 2015年5月6日 
 
 東京ミッドタウン内にある「サントリー美術館」。
  「蕪村と若沖」 「生誕三百年 同い年の天才絵師」の見学です。
 
 続いて二階の奥の展示室に入ります。
 いよいよ展示章は「交わる二人の人生」に入っていきます。展覧会も佳境です。
 展示室内には交友関係図と居住エリアの図がありました。
 交友関係では
 上田秋成、丸山応挙、長沢芦雪、松村呉春などが登場します。(一部現代漢字を使用して表記)
 居住エリアでは解説にあるようにほんの数百メートルしか離れていない。途中で蕪村は引っ越しをしています。現在でいうと地下鉄烏丸御池駅南西から四条通りの南に引っ越しでしょうか?。若沖は四条通りの北に居住しています。生家の八百屋にずっと住んでいたのでしょうか。隠居した後も。

 ↓ 展覧会のパンフレット。国宝「夜色楼台図」

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「蕪村と若沖」展 見学 サントリー美術館

 2015年5月6日 
 
 東京ミッドタウン内にある「サントリー美術館」。
  「蕪村と若沖」 「生誕三百年 同い年の天才絵師」の見学です。
 入館して最初はエレベータで上のフロアに移動する順路になっています。
 さて入館です。
 まずは、展示リストに掲載される作品の数が多い。展示替えがかなり頻繁にあるため、現に出展されているのは半分くらいなのでしょうか。
 蕪村の俳句は有名なので知っている人は多いです。
 絵師としても随分と多くの作品を残している多才の人です。どこか、愛嬌のある丸い雰囲気の絵を描く人です。

 若沖は最近つとにマスコミにも取り上げられてなお一層有名になっている感があります。実際、皇室の名宝展で作品を見るまで私もよく知りませんでした(苦笑)。
 作品数は多いが、文化財指定の作品はぐっと少ない。
 蕪村・・・国宝指定の作品あり。この会期にはそのうち一点が公開。そのためにこの時期に私は来ました。
      重要文化財指定の作品も今回数点展示があります。
 若沖・・・今回の文化財指定作品の出展は無し?。
      若沖の国宝指定は現在のところありません。「皇室の名宝展」で展示のあった『動植物彩図』は宮内庁管理なので文化財指定は無し。宮内庁管理でなかったら、これがおそらく一括して国宝指定でしょうか。
 重要文化財指定の若沖作品はあるが、今回は出展なし。指定数も少ない、知る限りは相国寺の絵や金毘羅宮の襖絵。こんぴらさんに若沖作品があるなど全く知りませんでしたし、現地でもほとんど広報されていませんんので、よっぽど知っている人でないと分かりません。
 階段を登って、景色を眺めて「いや~いい眺め」程度でおしまいとこんぴらさんのことを認識していました。あとは、門前町のみやげもの屋さんくらい(笑)。
 
 自由に売買できる作品が多いので若沖を求めるコレクターは多いのでしょう。
 江戸中期の作家はまだまだ文化財指定が進んでいないなあと思いました。残された作品のごく一部が文化財に指定され保護されているわけで、指定されるというのすものすごく価値があるのですね。
 
 ↓ 展示作品リストより。 三階部分の第一展示室。
   右下のあるメモは私の書き込み。後日の記事で触れますが、蕪村と若冲などの自宅の位置図。
   右端に鳥居の書き込みをしていますが、祇園社の目印です。

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 館内にある階段を下りると、吹き抜けスペースが。と、大きな屏風絵が飾っていります。若冲のクジラと白象の屏風絵でした。巨大です。この展覧会の目玉のひとつです。
 他の作品にも見ることができる若冲の、のほほんとして像の画です。
クジラと対比しているのが、何とも現実離れしています。
 と思ったですが、先の「片岡球子展」で見た片岡球子の日本画にもくじらと研究科の学者先生をモデルにした作品がありましたね。球子の代表作のひとつである作品ですが、構図が似ています。大きさも横に広がるワイドな作品です。専門家に言わせれば違うと指摘されるのでしょうけどね(笑)。
 しかし、色彩が決定的に違います。こちらは紙本墨画、球子はカラフルな彩色です。

 ↓ パンフレットより。若冲「象と鯨図屏風」

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 ↓ 写真は、美術館のエリアの外側通路に面した告知看板です。

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「若沖と蕪村」展 東京ミッドタウン内 サントリー美術館へ。

 2015年5月6日 
 
 六本木にやってきました。東京ミッドタウン内にある「サントリー美術館」です。
 上野の東京文化会館を途中で抜けて、上野駅近くで昼食を食べました。(ガード下のレストランで『オムライス』でした。注文すると実に早く料理が出てきました。サッと作れるのでしょう。付け合せのさサラダなどはついていない。ホントにオムライスだけのメニューでした。)
 その後、グレーりラインの地下鉄日比谷線で築地方面にぐるって迂回??して、六本木駅で降ります。駅を出て地上に上がってからも意外とミッドタウンまでは歩きます。私の早足でも5分では到着しません。
 ミッドタウンの敷地に着いても「サントリー美術館」は六本木駅から歩いて一番遠くの建物にあるため、更に歩きます。テナントの店を抜け、エスカレータで上のフロアで昇ります。エスカレータ広場の吹き抜けには大きな垂れ幕がかかっています。
  「蕪村と若沖」です。

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 エスカレータを降りて美術館の中へ。実にこの美術館も初めてです。民間開設の美術館に全然来ていませんでしたね(苦笑)。この歳にもなって・・・・・ってトコロでしようか・・・・。
 さて、入口近くのカウンターでチケットを買うにも十人以上の列ができています。人はひっきりなしに出入りし、人気の展覧会であることが分かります。

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国宝室の展示 「平治物語絵巻」(六波羅行幸巻) 東京国立博物館

 2015年5月6日 
 
 上野にやってきました。
 上野の文化会館を途中で抜けて国宝室のみ見学です。
  平治の乱の絵巻物の展示でした。この日の国宝室は撮影禁止ではありませんでした。そのため、撮影している人が多かったです。
 帝が大内裏を女性(女房)に変装して脱出し、清盛の六波羅邸に牛車で逃れる有名なシーンです。
 これで清盛の勝利が決したのですね。

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 参集した控える武士達。

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 これは逃げる様子でしょうか。慌てふためいてよるような様子です。誰も乗っていない馬が描いてあります。こうしてみると当時の戦の装束や武器、馬、馬具などがよく分かります。人の顔の様子まではっきりと描いてあります。科学技術がいかに進歩しようと人間の姿は変わりません。もちろん当時と比べて身長は高いと思いますが。

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 このシーンは六波羅で帝を迎える平氏の一族郎党。帝を奉じた平家の天下と栄華はこの時点で決したといえるでしょう。

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 絵巻の制作年代は『鎌倉時代』とだけあります。頼朝の父、義朝が敗北したこの戦(さいくさ)の絵巻物が数十年後の鎌倉時代に描かれていたとは驚きです。誰が制作を命じたのでしょうか。誰が描いたのでしょうか。そこまで解説を読み込みしませんでした。
 頼朝の在世中に描かれたのではなく、西暦でいうと頼朝没後の1200年以降の制作のようです。源氏の将軍が滅びてから客観的な事実を記録するため、執権北条氏の承認のもとに描いたのか、とすると、時の執権は誰だったのか、はたまた朝廷か公家の関係者か寺社関係者が描いて奉納、秘蔵されたのか。

 当時の着物の様子も伝わってきます。

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 これは帝の牛車かお后か女房の牛車か。

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新人演奏会 音楽コンサート 上野

 2015年5月6日 
 
 上野にやってきました。
 ここはどこでしょう。上野の文化会館です。私が音楽のコンサートに来ることは珍しいです(笑)。

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 新人演奏会ということで、音楽系の学部、学科を卒業したばかりの音楽家の演奏会でした。
長丁場の演奏会です。全部見ると一日終わってしまうため、途中から入り、途中で退出しました。
 
















銀座「いばらきマルシェ」 茨城県アンテナショップ <ビストロ>で夕食

 2015年5月5日 
 
 茨城県のアンテナショップは銀座周辺の『アンテナショップ街』にあります。
 東京スカイツリータウン内部の「とちもるシヨップ」栃木県アンテナショップから東武鉄道ではなく、都営地下鉄で銀座近くの宝町駅まで一本で移動です。
 大型連休中の銀座近くの通りはすいています。車の通りも少なく、一本表通りを入ると人通りはありません。ビルの中のコンクリート砂漠のようです。ビルの灯りもついていません。街灯もどこか暗くて、シンとしていて不気味な感じすらします。
 駐車場から近いので「いばらきマルシェ」で食べることにしました。最初は山形県の(アナテナショップ2階の)イタリアンで食事をと思いましたが、ディナータイムは子連れで入れる雰囲気ではありませんでしたので、やめておきました。(あとで知ったのですが、ディナータイムの山形県の(アナテナショップ2階の)イタリアンは『それなりの』お値段であることが分かりました。やめておいて正解でした(笑)。)

 ↓  灯りに照らし出される「いばらきマルシェ」外観。
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  軽く夕食をと思ったので「みそ煮込みうどん」を頼むことにしました。というよりは、夜のメニューはランチに比べて充実していません。(連休中のためかは不明?)。が、注文しても「終わりました。」と。
 で替わりに注文したのが『釜たきセット』980円。値段が安いです。その理由は『釜飯の混ぜごはん』ではないからです(笑)。
 つまり、「釜」で白米を食べて納豆と玉子のトッビングで食べるというシンプルなメニューなのです。
 おかずもあまりなく、メインは「釜焚き白米」と味噌汁、漬物です。

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 どーんと納豆です(笑)。茨城といえば「水戸納豆」です。

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 茨城のイベントカレンダーを見ながら食事が出てくるのを待ちました。上の写真に少し写っています。
 ウチの子は生卵を食べることを嫌うので(子供の母親の影響ですが)、上の写真の下に写っている私のごはんはすべて「玉子ごはん」となりました(苦笑)。


 私は「つくば地鶏焼き定食」を注文。(ごはんは「たまごごはん」となりました。)

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 レレストランには係の女性が三人ほどいましたが、おしゃべりばかりでラストオーダーの時間といつ上がれるかしか話をしていません。20時には閉めたいみたいです。大型連休も終盤の夜です。働きたくないオーラが私達にも伝わってきます(笑)。ちなみに女性陣の年齢は40歳台から50歳台くらいの主婦らしき方々でした。家族を残してここでこの日シフトに入って働いているのでしょう。仕事はしたくないですよね(笑)。
 そうそう、私達の他にも客は「味噌煮込みうどん」を注文します。夜に軽く食べたい場合は、ここではコレしか無いからです。(夜間メニューが限られるため)
 そのたびに「終わりました。」と上記のおしゃべりでも忙しい(パートの<多分>)女性に言われていたのは、ご愛嬌でした。「それならいい。」と席を立って、帰ってしまった一人で来たおっさんおにいさんもいました。


  大型連休の夜の銀座大通り。車が全然走っていない。写真の奥にわすせかにタクシーが走っているのが写っています。歩道には自転車の乗った女性が・・・・。同じ中央区内か隣接する港区のマンションに住んでいる女性でしょうか。主婦という感じではなく、独身の働いている女性といった雰囲気の人でした。(または結婚してパートナーはいるが子供はいない感じの人。)
 通常の夜でしたら、自転車で歩道劇走は無理と思います。皮肉にも「自転車禁止」の幕が下がっています・・・・。


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 と、南の空には月が出ていました。うまく撮影できませんでしたが、ほぼ満月でした。


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とちまるシヨップ 栃木県アンテナシヨップ (東京スカイツリータウン内)

 2015年5月5日 
 
 栃木県のアンテナショップは銀座周辺の『アンテナショップ街』にはありません。東京スカイツリータウンの内部にテナントとして入っています。栃木から東武鉄道の特急で一直線に来ることができるからです。
 テナントのため、どこにあるのかやや分かりにくいです。『このお店』と目指しても、サカイツリータウンの構造上
ひし形をしており、方向感覚が無くなってしまいます(笑)。
 エスカレータの脇にあります。ベンチも近くにあり、アイス(ジェラート)を食べているお客さんが多いです。
女性客も多いです。女性に支持されないとお店は栄えませんからね(ニッコリ)。

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 お店の全面には「いちご」を出しています。「とちおとめ」が有名ですからね。「日光」とともに栃木ブランドのひとつです。いろいろ名産品がありますね。栃木県には!。
 露光が不足して、暗く写ってしまいました・・・・。「とちまるシヨップ」の看板です。

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 写真にも写っていますが「牧場ジェラート」コーナーが充実しています。ソフトクリーム機が一個だけあって、コーンかカップをマシンの(ソフトクリーム)噴出口の下に入れ「巻き巻き」して造る簡易な商品ではありません。種類も多く、おいしそうな感じが伝わってきます。牧場といえば「那須」です。
 ここで食べたいな、と思いましたが、子供が別の店に行くというので、ここでは食べることができませんでした。
そう、例の辻利の抹茶ソフトを食べたからです。またの機会にここで食べたいと思います(笑)。

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2015年「世界の名酒とグルメ博」 in 東京スカイツリータウン

 2015年5月5日 

 東京スカイツリータウン
   
 4階部分というのでしょうか、ツリー(つまり「塔」!! への入場フロア)の広場では、イベントが開催されていました。

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