良月(りょうげつ)の たび日記

神奈川県 湘南地区在住。折口良月(おりぐち りょうげつ)の神奈川、東京、静岡、山梨、長野など関東近郊地域への行楽、外出。美術館、博物館めぐり。その他国内旅行などお出かけの記録。

2016年03月

 

旭山動物園 駐車場、動物園までの道路アクセスと「動物園渋滞」の状況

 2015年9月21日の月曜日、北海道旅行2日目。
    
 「旭川兵村記念館」と旭川中の校庭の一角にあった記念碑の見学を終え、再び出発する。車は、鳥居をくぐり、動物園通りへ出る。この付近が「東旭川」地区の中心、つまりかつての「旭川」屯田兵村の中心部だろう。

 ここを過ぎると家の数も少なくなり、稲穂と住宅が点在する地域。正面には動物園のある旭山が見える。
 と、交差点の手前で渋滞であろうか、車が進まなくなる・・・・・。信号が青になっても数台しか進まない。やっと交差点を過ぎるとまた停まる・・・・。おかしいと思い、前方を目をこらして見ると、渋滞しているようだ。おそらく動物園の駐車場に車を停めるための車列かな・・・・。
 このまま並ぶか?、裏道を行くか・・・?。


 ↓ 旭山動物園に入園してから撮影。 市街地(写真奥)と真っ直ぐに伸びる「動物園通り」
   車が列をなしている様子が何となく判る。

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↓ 旭山動物園に入園してから撮影。 拡大した「動物園通り」。
   確かに車が列をなしている。大渋滞だ。まさに「動物園渋滞」だ。

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 私は、瞬時に判断し、左へ曲がる。(動物園通りから外れ、裏道を行くということ。)
 正門付近に停めることは諦め、別の門に向かう。曲がって入った道は、ちょうど旭川工業団地の敷地内の道路だった。空港近くに造成し、企業などを誘致したと思うが、団地の様子を見るに食品関連の加工工場がメインの立地かな。団地の風景を見る限り、製造業の大きな工場は少ない。空地もある。土地が広いので、ガランとしている印象も否めない。せっかく造成したが、工業団地としては、あまり賑わっていないようだ・・・・・。
 先ほど、車で市街の外周の道路を通ったが、市街から見えた煙は製紙工場のよう。どうやら、旭川周辺の産業というか、工場は、食品、製紙関連が中心のようだ。
 電子機器、重機械、自動車関連工業は発達していないようだ。すると今朝、自衛隊基地周辺で感じたように「自衛隊頼み」の産業構造と推定される・・・。
 工業団地を抜け、田園の中の道へ。田の様子を見ると、稲刈りをまだしていない。内地でもそろそろ収穫と思うが。まだ稲刈りをしないのだろうか?。台風も来ないので、急いで刈り取る必要も無いのであろうか。稲は黄金色に実っている。「黄金色のじゅうたん」の広がる田や林の中の道路を車は走る。

 と、旭山の丘の上が林の合間から見たのだが、駐車場のようで、満車らしく車で埋め尽くされている・・・・。恐らく満車なのは、正門付近の無料Pであろう。あそこに入る車が先ほど渋滞していたのだ・・・・。「無料」にこだわると、駐車場に入れない可能性があるので、別の門、つまり西門へ向かって正解だった。「西門」は正門とは別の入口のことだ。
 私達旅行者は「タイムイズマネー」なので、有料・無料には、こだわりません(笑)。
 と、「西門」の看板がでてきた。園の北をぐるっと迂回する田園と林内の道を通り、西門方向へ。大きな案内看板を見て左に曲がり坂道を登る。西門方向への坂道だ。
 曲がるときに対向車線が見えたが、正門前を通っている通りでは、車が渋滞していて、(今私達の車が左折で進入した道路へ)右折で西門の駐車場への道へ入れないのだ。信号がないため、右折が困難だ。大渋滞だ。大変だ!!。

 坂を少し登ると広い駐車場がある。「民間駐車場」と大きい看板が出ている。ここの地主さんが経営する駐車場であろう。舗装されていない、土面の駐車場があり、誘導されるままに、その土地内を通過し、一旦公道に出て、更に舗装された動物園の外壁に近い駐車場に入り、停めることができた。
 料金500円をPの入口で支払った。西門に一番近いP(舗装)はすでに満車。100台以上はゆうに停めることができるPだ。私達は、(西門から)二番目に近い敷地の舗装Pだ。
 三番目のPは舗装をしていない(土面)が、まだ空いている。土面の駐車場は、まだほとんど空いていて、空地だが、舗装の駐車場は、開園直後の時点で、かなりの車が停まっている。車を停めるだけでも大変だ。こりゃ(笑)。
 ある程度は予想していたが、さすが連休。大混雑だ。
 事前に園内地図をウェブサイトで見て、自宅で印刷して持参していたのだが、東門は高い位置にあり、園内へ下るような感じで見ていくと推定していた。正門から入る場合は、反対に坂を上り園内を見ていくような感じのはず、と推定していた。しかし、西門から入場することは想定外だった・・・・。
 
 実体験で得たことは・・・
 正門・・・付近に無料駐車場があり、入庫する車、空き待ちの車で渋滞する。
 西門・・・正門とは別(誤解していた。)
      付近は民間の有料駐車場が多数ある。
 正門付近の無料Pに、当初は車を入れることを考えていたが、さすがに連休み中は無理と察し、シュンジに判断して正門と反対の西門付近の民間Pへ回ることを決意したのが奏功した。


 ↓ 退出時の西門付近の民間駐車場の状況。止めた場所付近から西門の方向を見る。
   入園時は急いでいたので、写真は撮らなかった。
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↓ 退出時の西門付近の民間駐車場の状況。上の写真の別方向、拡大。
   入園時は急いでいたので、写真は撮らなかった。
   車の向こうの道路の先には、無料駐車場がある。道路がすいているということは、
   無料駐車場を待つ車が渋滞しており、その渋滞を越えて市街地より更に遠い、こちら西門付近
   の民間Pまで車がやって来ていないことを意味する。

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↓ 退出時の西門付近の民間駐車場の状況。
   入園時は急いでいたので、写真は撮らなかった。
   西門の入園口の様子。「西門」と「正門」は共に、円の西側に位置しているので、誤解していた。
   別々の門であった。園内マップでは西門は小さくしか見えないが(実際小さい門だが)、
   非常に重要な門だ。駐車場から近いし、ほぼ直結しているし、入場してからも動物の展示舎に近い。

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↓ 退出時の西門付近の民間駐車場の状況。
  北の方向。遠くの山々は、上川盆地を取り囲む北側の山だろう。

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 ↓ 9時45分頃の旭山動物園西門の様子。チケットを買うことは、すぐにできた。
   入場するための列ができているが、すぐに入場できた。

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 ↓ こちらの写真は、少し時間をおいて、帰るとき(退出時)の西門付近。
   「チケットを買うため」の行列が発生している。大混雑だ・・・・。
   写真では行列の後まで写っていないが、100メートルは並んでいた!?(正確には測っていないが。)

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 ↓ 入場券売り場の横のフェンス付近には、コスモスの花が咲いていた。秋らしい花だ。
   関東地方では、温暖化のためだろうか、お彼岸のこの季節では少し早いかな、という気候だ。

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 ↓ 既出 動物園の沿道。動物園通りからの車窓から。
   東旭川付近から北方向の風景。沿道の田には、収穫期を迎えた黄金色の稲穂が見える。
   更に遠くに上川盆地を取り巻く山々が連なっている。

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旭川兵村記念館 見学② 平成27年度特別展「旭川兵村 公有地の開拓」

 2015年9月21日の月曜日、北海道旅行2日目。
  
  
 「旭川兵村記念館」にやって来た。旭川神社の境内と隣接している。神社の社殿の手前に博物館の建物がある。

↓ 旭川兵村記念館の建物の横に「加藤の松」がある。 
  展示室に資料のあった、故・加藤少将ゆかりの松で、移植したと説明にあった。
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 ここ出身のパイロット 加藤建夫少将ゆかりの松で移植されたそうだ。

 学校は校門のところに「旭川市立旭川中学校」と校名がある。門はあるが、学校地の周囲はフェンス、塀で囲っていない。土地が広いし、防犯上も問題無いので、必要ないのだろう。
 「なぜ、旭川中がここにあるのか??」と思った。旭川の街はここから西にある。旭川の中心街からは遠い。なのに、ここは「旭川中」、そして「旭川神社」もここにある。

 公有地の開発の特別展があった。三つの屯田村。当麻、忠別、旭川があったそうだ。永山を入れると四つになるが、記憶違いだろうか。
 特別展の展示室は、常設展よりも小さい。再び館の方が説明をしてくださる。私達の他に見学者がいない。貸切状態での見学であった。
 まず最初に「公有地とは何ですか?」と聞いてしまった。というか、一般に「公有地」と言われても分からない。国有地のことだろうかと思った。自動的に北海道の地は、国の土地「国有地」になったのだと勝手に思っていたので・・・・。

 館の方は、展示の地図を見ながら「この辺が、公有地。下公有地と呼ばれていた・・・・。」と説明。
 「公有地」は「下公有地」と呼ばれる地域が地図で示してあり、共同で開拓したようだ。今の南側、忠別=チュウベツ川に囲まれている。屯田兵の集落から離れた森林や荒れ地付近のことらしい。
 ここを開拓して、畑や水田にしたもよう。「土地すべてが公有地ではなかったのですか?。」と聞こうかと思うが、時間もないので割愛した。理解しながら、見学するとゆうに1時間は経過してしまう。
 「公有地」に対する言葉として、「私有地」、「国有地」という言葉が頭に浮かんでは消えた。未だに解決していない・・・・。ボクの頭では(笑)。
 
  壁には、電車の写真も貼ってある。汽車ではない。電車である。旭川の市内から東旭川、旭山まで電気軌道が通っていた。電車はワンマンカーのようで、江ノ電というか、現在の都電で走っている車両のような形状だ。

 屯田兵の苗字が先ほど、常設展示の中で気になった。特に珍しい苗字は無いし、現在の日本の十大姓がことさら多いわけではない。
 出身県のグラフがあった。東旭川では香川、愛媛が多い。京都もいる。どちらかというと、西日本にかたよっている。四国といえば、私のルーツのひとつだ。気になる・・・・・、聞かずにはいられない(笑)。特に愛媛特有の氏の家は、地割り図には、あまりなかったと思うが・・・。
 「四国の出身が多かったのですが?」と聞くと「そうですね。京都出身の家も45戸いた。上川離宮計画があり、そのために京都の人が多く移住した・・・。」と新たな説明を聞き、驚いた。
 と館の方は「この辺が、上川離宮の予定地でした。結局は実現しませんでしたが・・。」と地図を示した。現在の旭川駅の更に南、忠別川と石狩川が合流する手前の南岸の河岸段丘の上と言うのが、よいのだろうか。
 本当はここに皇室の離宮が来る予定だった。
 「どうしてもここには旭川中があるのですか?。現在の街中が旭川ではないのですか?」との問いには、
 「この付近が、元々旭川と呼ばれていた。現在の市街地は忠別と呼ばれていた。」とここでもうひとつの屯田村の名前が出てきた。旭川中がこにある理由は、私にも想像がついたが、その通りだった。

 私は「(忠別とは別の)もうひとつの村 トウマは、奈良に由来するのですか?」
答「(当麻寺は)奈良にあるようですが、こことは関係ないです。」
 時間もおしてきたので、残念だが、ここで見学は切り上げることにした。
 「四国の人などここに来た人は、士族が基本なのですが?。どの藩の人ですか?。香川出の人は、高松なのか、愛媛は南予 宇和島なのか、大洲なのか、中予の松山なのか?」など聞きたかったが、質問しているとキリが無くなってしまいそうだった。

 兵村記念館の見学を終えて、車で出発したところ、道路脇の土地に記念碑があることに気付く。碑は、中学校の敷地の中にある。グラウンドでは野球部の生徒達が練習をしている。部活に連休は関係ないようだ。グラウンドが広いので、記念碑のところまでボールは飛んでこない。生徒達は盛んに声を出して練習をしている。
 見ると、屯田兵の開拓の記念碑だった。「東旭川開村記念碑」だ。
 入口付近 というか、道路の「L」字に曲がる地点にある記念碑だ。旭川中の敷地の中の道路に近い外れにある。フェンス、塀はないので自由に入ることはできる。

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 開拓碑の説明。
 記念碑自体は明治41年8月と開拓からほど近い年代に建立されている。開拓開始から16年しか経過していない。つまり、開拓初期入植者は相当数在住していたのではないだろうか。

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 碑文の揮毫は陸軍中将 上田有澤。かつての第七師団長で、ここ東旭川の屯田兵でも顔を知っている者は相当いたであめう。日露戦争の後、元師団長閣下を碑の除幕式に来賓として招いたかは分からないが、揮毫を頼んで碑を建立したのだろう。 
 建立は明治41年6月のことのようだ。前年の9月に日露戦争の論功行賞がおこなわれ、陸軍中将 上田有澤は男爵を受爵。萩の旅行記でも書いたと思うが、伊藤博文はこのとき侯爵から華族最高位の公爵に。森鴎外に関連して書いたが、鴎外と大学同期の上官、小池正晃は男爵を受爵している。

 標識の別の面には「屯田兵練兵場跡」とあ。村の集落に隣接してあった広場、グラウンドのような土地はここで、練兵場だったのだ。現在は旭川中のグラウンドやテニスコートがある付近を中心としたエリアだろうか。


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 北方向。鳥居の向こうが動物園通り。鳥居は鉄で出来ており、茶色にペンキが塗られている。巨大だ。
道路の傍らには、旭川中のグラウンドがあり、野球部が練習をしていた。道路とグラウンドを区別するのは、ボールよけのネットしかない。
 それにして、空が高く。青い。いや、蒼い。空気が澄んでいるからであろうか。いいお天気だ。気持ちよいな~。

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 (下は先日は記事で掲載の写真)
 東旭川の集落から進み、動物園通りを動物園方向に走った先にある。ある地点。住宅と畑の混在地域だ。とうもろこしなどを畑で栽培している。

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旭川兵村記念館 見学①

 2015年9月21日の月曜日、北海道旅行2日目。
  
  
 道の途中で「旭川兵村記念館」の大きな看板が道路沿いに立っているのが、見えた。交差点には「旭川神社」の標識がある。
 信号のある交差点を動物園(つまり、東)に対して右折すると、神社の境内方向へ。神社の手前ら目指す「旭川兵村記念館」の建物がある。
 「動物園通り」を曲がり、道路を進む。道路の隣地は学校だ。道の突き当りに校門がある。信号はあるものの、この道路は学校しかない。校門前を道なりに曲がると正面に鳥居見える。「旭川神社」の看板がある。
 神社の社殿の手前に博物館の建物がある。すぐに分かった。


 ↓ 博物館前の道。写真の左手は中学校。道の突き当りは中学校のグラウンド。
   突き当りを右折すると「動物園通り」に出る。

 学校は校門のところに「旭川市立旭川中学校」と校名がある。門はあるが、学校地の周囲はフェンス、塀で囲っていない。土地が広いし、防犯上も問題無いので、必要ないのだろう。
 「なぜ、旭川中がここにあるのか??」と思った。旭川の街はここから西にある。旭川の中心街からは遠い。なのに、ここは「旭川中」、そして「旭川神社」もここにある。
 開拓の地であるから、集落の中心には、まず神社を祀ったであろう。すると「旭川」の地名は本来ここではなかったか?と感じた。

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 つまり、ここは神社の境内地で、博物館はその一角にあることが分かった。敷地は広いので駐車場もらくらく止めることができる。ほぼ車は自由に停められる感じ。
 ↓ 旭川兵村記念館の建物。

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 現在時刻は8時50分過ぎ。開館時刻には少し早いが、玄関は開いている。入ってみることにした。
 ↓ 旭川兵村記念館の玄関。
   冬は雪が積もるのであろう、床は高い。一階の玄関には階段を数段登り、入るようになっている。
  神社建築を思わせる急傾斜のトタン屋根は、雪下ろしをしなくて済むための工夫だろう。
   開館期間は決まっていて、4月下旬から10月下旬まで。冬期は閉館となる。ただし、剣道場が併設されているし、同じ敷地の先には神社があるので年間を通して訪れる人はいるようだ。
 あと一か月もすれば、この付近には雪が舞うのであろう、そして冬の閉館期間に入るのだ。


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 博物館の先には、神社の鳥居と社殿がある。ここで道路は終点。
 太陽が昇るにつれて雲がはれ、青空が広がってきた。

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 入館するとエントランスに旭川市街地と郊外の模型があったように記憶する。壁には、旭川の実測地図も掲示してある。列車の時刻表も貼ってあったような。時刻表の路線名は、宗谷本線と石北本線。日本の北と北東の最果てに向かう路線であろう。北方、遠くまでやってきたな、という実感がする。
 受付の窓口で入館料を支払う。旭山動物園に入場した半券を展示すれば、ここの入館料が割引になるとのことであるが、これから向かうのであり、半券は無い・・・・。よって、割引対象外。
 朝9時開館と動物園の9時半開園の「時間差」を利用して、動物園に向かう途上でやって来たので、仕方ない(笑)。

 館内は常設展示と特別展の展示室に分かれる。入館して右が常設展示室。展示室の入口には、開拓の様子の絵図があったと思う。入館してすぐに、屯田兵の入居した家屋の再現があった。

 展示の導入部では、館の方が説明をしてくださった。開拓の様子の絵図は、切り株の合間で田の稲をまいている様子だったか、切り株を抜いている様子だった。森林の開墾は、農閑期の冬の積雪時に切り倒しをするようで、翌年の春に雪解けをした際には、背丈以上もある切り株が現れるのだと分かった。
 稲は直播きをしたそうだ。その道具の説明を館の方がしてくださった。 直播きの作業は腰が痛くなるので、開発した道具が「タコ足」と呼ばれる道具とのこと。モミを木箱に入れれば、タコの足の数ではないが、八方にモミが散らばり、いわば「種まき」が楽にできる道具であった。

  順路に沿って奥に進むと、農具、生活用具の展示などがある。 更に進むと、屯田兵の日常、軍事訓練の様子や軍服などの展示があった。

 と、順路のおしまいに近い展示ケースに加藤建夫・少将の展示があった。また、ここ東旭川出身のパイロットに関する資料もあった。ここ出身で海軍のパイロットもいたそうだ。歴史の本で屯田兵の子の出身とは記憶があったが、東旭川の出身とは知らなかった。
 東旭川の地区割りというか、宅地の所有??状況のパネルがおしまい近くにあったと記憶する。長方形にまるでかつての武家屋敷地のように、土地が割り当てられ、住んでいたことがわかる。地代でを支払う賃借なのか、土地が割り当てられて自分のものになったのか、そこまでは分からなかった・・・・。企画展のテーマが「公有地開発」であるので、その辺の区別がつかなかった。

 ↓ 加藤の松については、後日の記事で書きます。

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道北「旭川」 春光~東旭川地区 移動

 2015年9月21日の月曜日、北海道旅行2日目。
    
 ここは「道北」の旭川。実の所今までの私は、旭川を「道央」と思っていました。が、北海道庁の公式見解では「道北」属します。というか、「北海道旅行券」の公式ウェブサイトで南北にとても長い上川支庁管内は、道北に区分されているのです。てとも驚きました(笑)。だって、富良野の南、占冠、トマムリゾートや日高地方に近い地域まで、「道北」に色分けされているのですから・・・・・・。

 あっ、「支庁」という区分は、現在では廃止され「(総合)振興局」という区分になっているようだ。これまた今回の旅行まで知らなかった・・・・・。
 地図で見ると、旭川は北海道の島の中央のやや北。富良野付近はド真ん中なので「道央」と思っていたが、誤解のようだ。

 ともかく「旧上川支庁」の北部は道北に区分し、旭川周辺の盆地、富良野以南は道央「東北部」と新たに区分することを提案する。単に「道央」と表示したのでは、札幌を中心とする都市圏と間違うので・・・・。又は旭川周辺を「道央・上川地方」とすることがよい。(即座に却下だが・・・・・・(笑)。)と決意したボクなのであった・・・・。

 それはさておき(と、軽くスル~(笑))、
 自衛隊の駐屯地、井上靖記念館のある「春光」地区から、車(レンタカー)で一路、動物園の方向に向かう。途中、旭川ラーメン博物館の前を通る。この時間は、まだ開店前です。更に進むと、交差点に「動物園通り」の表示がある。モチロン、ここを曲がり、一直線に動物園方面へ。
 畑と道路沿いの商店と稲穂が実った田と住宅の混在地域だ。
 
 ↓ 石狩川の様子。北方向。
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 道の途中で「旭川兵村記念館」の大きな看板が道路沿いに立っているのが、見えた。交差点には「旭川神社」の標識がある。
 信号のある交差点を動物園(つまり、東)に対して右折すると、神社の境内方向へ。神社の手前ら目指す「旭川兵村記念館」の建物がある。

 ↓ 東旭川付近から北方向の風景。沿道の田には、収穫期を迎えた黄金色の稲穂が見える。
   更に遠くに上川盆地を取り巻く山々が連なっている。

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旧覆馬場、井上靖記念館、旧旭川偕行社など(外観のみ) 旭川 春光地区

 2015年9月21日の月曜日、北海道旅行2日目。
  
 かつての第七師団時代の門のある場所と同じ通りの先に、レンガ造の建物がある。

 ↓ レンガの建物の様子。
  道路の先の右手が、先ほど見た司令部の門柱の跡(というか遺構)
  更に右手に官舎の建物があるが、写真には写っていない。 

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 この付近の道路き広々としている。歩道にも草地があり、土地が広い。
 この建物は、旧覆馬場。ガイドブックにも掲載されている。かつて、ここに駐屯した騎兵第七連隊の建物であつたそう。冬期の訓練用に造られたその名の通り馬場だ。
 建物自体は当時のままだが、窓は新しいサッシとガラスが入っている。屋根もトタン?の新しいいもののようだ。
 確かに、現在はバスの修理工場で、建物の建つ広い敷地には大型路線バスの車体がたくさん停車している。かつての騎兵連隊の広い敷地の一部がバスの操車場となっている。

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 ↓ (既出) 司令部跡地の門柱横にある記念碑と自衛隊の官舎(恐らくすべて空室)。
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 旧覆馬場の建物の端には、記念碑があった。騎兵 捜索 七連隊跡とある。
 

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 碑の横の説明石。その隣は広い駐車場。
 道路をはんさで、反対側には、民家や商店がある。敷地と敷地の間隔が広い。

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 覆馬場、碑の隣はここも広い駐車場。パスが停まっている。
 道路を挟んで反対側には、民家や商店がある。敷地と敷地の間隔が広い。敷地が広いためか、境界の壁やフェンスが無い。お隣さんとの間を区切る塀が無いのだ。お隣同士が、朝のあいさつと会話を交わしている様子が見えた。かつての軍用地は、住宅、商店などに姿を変え、ここには普段の生活があるのだ。

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 さて、旧覆馬場(現 バス営業所建物)から、先程のローソンの前の道路に戻り、北へ数百メートル移動。
 井上靖記念館前にやって来た。開館は9時から。この時間ではまだ開いていない・・・・。開館を待ってのたのでは、旭山動物園到着が遅くなってしまうので、外観のみ。

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 旭川生まれの作家、井上靖(故人)。この二週間前には、伊豆の湯ヶ島を訪れた私であった。東京ラスクの工場売店で買い物をし、更に車で坂を上り通過した。湯ヶ島のバスターミナルの近くに井上靖の暮らした家の跡がある筈だから、短期間に生地の旭川と成育地の湯ヶ島を訪れたことになる。
 と、女性が記念館の建物の中に入っていった。職員の人が出勤して来たようだ。建物の中から出てきて、門の前の鎖を外すなど、開館の準備を始めた。
 
 記念館の隣の旧旭川偕行社(現在は美術館)は工事中であった。
 ↓ 幕で覆われた記念館。この時間ですでに工事の最中であった。 
   本館の隣の小さい建物のみ外観を見ることができた。

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 記念館、美術館前の通りの反対側には、公園があった。春光園というようだ。針葉樹林の林の公園で、深い森のようだ。かつての原生林の名残であろうか。開拓されずに残った森林の一部が公園として残されたかのようだ。林の中はシンとしていて、静寂に包まれている、と言いたいところだが、工事のオトがガンガンと響いてくる。

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 ↓ 左が公園、右が井上靖記念館。 写真の道路の先には、小学校がある。
   その名も「北鎮小学校」。いかにもかつての軍都らしき名前・・・。「北の鎮護」の意味であろうか。
   明治時代か、設立当初の時期は、偕行社の運営する私立の小学校だったそう。
   現在は公立で市立だが、今でも自衛隊の子供が多そうだ。親の転勤に伴い転校生も多いだろう。
   するとPTAなどでも親の階級や役職まで関係してきそうで、大変かな・・。

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 公園近くの住宅地を抜け、旭山動物園に向かう。
 春光園周辺は閑静な住宅地。飲食店、美容室もところどころにあるし、広い通り沿いには、いゆわるチェーン店のドラッグストア、専門店のロードサイド店舗もある。この付近は、まさに自衛隊とその関連産業に支えられていめのだろう。
 住宅は雪の対策のためであろう、四角や△屋根の形状なので、内地とは違う、寒冷地の北海道ならではの住宅地といった感じ。

 自衛隊の駐屯地(かつての練兵場跡)を中心とした地区は「春光」という。信号、道路の看板にも「春光〇条×丁目」と表示されている。「春光台」ともいうべき地区だ。なぜ、春光と名付けられたか、地名の由来は分からない。
訪れてみると、確かに北国の初秋の風景、陽射しはどことなく、淡く、内地でいう小春日和のような明るさ・・・。長く厳しい冬が終わり、春の雪解けの風景もまた、美しいのであろう。それらを象徴して「春光」と地名を付けたのかは私の独断であり、寡聞にして分からない。

 ↓ 途中、石狩川を渡る。


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旭川 自衛隊駐屯地付近 旧第七師団の司令部跡など

 2015年9月21日の月曜日、北海道旅行2日目。
  
  前日の夜にチェックインをした旭川市役所近くの「ホテルクレッセント旭川」を慌ただしくチェックアウト。車(レンタカー)で出発。一路北に向かう。旭川の市役所を経て、川の北に行こうとするが、左折するところを真っ直ぐ進んでしまい間違えた。が、ほぼ碁盤目状に道が通っており、川の近くは斜めに市街地を通る道路のおかげをもってすぐに、元の道に戻り、リカバーできた(笑)。
 本日は、旭山動物園に向かい、ななんと、知床まで走る・・・・。旭山動物園は9時30分からの開園と比較的遅い。市内から動物園までは車で30分くらいかかる。地方都市であるのに、相当郊外にある動物園だ。
 それまでの時間調整、というか市内を視察をする。

 家と家の間の間隔が広く、道幅も広い。冬期の雪のためか、道路のアスファルトは削られている感じ。北国、積雪地特有のコンクリート打ちのような舗装道路である。
 川を渡る橋を通る。と、流れる川は石狩川であった。水量が多い。これでもダム湖が上流にあるため昔に比べると流れは穏やかだと思うが・・・。旭川駅は別の川の近くにあり、駅から自衛隊の基地の方へは、更に別の川を渡る必要があり。この川が国内有数の大河、石狩川だった。

  まずは旭川の自衛隊の基地近くまでやってきた。昔の軍隊駐屯地は現在、学校などに姿を替え、昔の練兵場の広場が現在の駐屯地となっているようだ。
 以前、私が住んでいた都市でも、かつて戦前の練兵場の跡地はグラウンドになり、実際の軍の駐屯地だった所は学校などになっていた。ただ、(以前、私が住んでいた都市では)自衛隊は全く別の場所にあって、その都市は防衛関連とは直接的に無縁となっていた。

 と、自衛隊の北の角の更に道路の反対側を見る。 ↓
 街路樹のある歩道、広い土地と広い道路。北国らしい街の風景だ。


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 団地の傍らにある崩れかけた門。団地自体も住んでいる人はいないようだ。

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 傍らに碑がある。ここが、かつて旭川に駐屯していた「第七師団」の司令部の跡地で、門柱は司令部の門であったのだ。

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 早晩、崩れてガレキになってしまうのではないかと思うくらい、門柱は放置され、風化している。
 門柱の西の土地は空地になっており、その先は道路を挟んでコンビニや住宅地となっている。

 写真の左方向の先が現在の自衛隊の駐屯地。自衛隊の装甲車?のような車、深緑色に塗装されたトラックなどが停まっている。基地内には人がいない。連休でお休みだろうか。 ↓


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 門柱の前から、真南の方向。正面に通る道は、現在では脇道というか、信号待ちをしたくない人向けの抜け道にしか見えない。しかし、この道はかつての師団司令部の門に真っ直ぐ通じる道であったのた。旧練兵場の北東の隅から真っ直ぐ北の伸びる道の突き当りに司令部があったことが分かる。
 ↓ 写真右の奥の林の内部が自衛隊。駐屯地の周囲はフェンスで囲まれている。

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 駐屯地の中には、「北鎮記念館」があり、屯田兵時代、第七師団時代から現在の自衛隊の資料館になっている。観光用のパンフレットもあり、昨日に観光案内所で入手をした。しかも、自衛隊の施設なので入場は無料。記念館の開館は9時、ここを見て旭山動物園に向かうと、時間がかかってしまうので、今回は割愛です。

 ↓ 団地の建物と碑の様子。雑草が伸び放題。かつての自衛隊の官舎の跡だろう。人員的には昔より減っているので、使用されていないのか。
 実は妻の知人でこの付近に住んでいる人がいる。もちろん自衛隊関係者の夫人。今回は連休中の訪問なので、遠慮して特に連絡はとっていないようだ。

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 写真の左が、自衛隊の駐屯地の角部分、道路を挟んでローソン。(見ればわかるが)
 実のところ昔は、ここ司令部から南西に練兵場に沿って、歩兵連隊があったようだ。しかも第26、27、28と三つも連隊が並んでいた。特に記念碑は無いようだが。戦争の激化で、南方に行って全滅になった隊もあったと聞く。
 沖縄の平和祈念公園でも北海道出身者の名が多く刻まれた碑があった。たしか、ここにあった連隊に入営して沖縄に派遣された兵士ではなかったのか。
 かつて、全国各地に連隊衛戍地があり、召集兵を集めていた。私の祖父も例外ではなかった。出身地の連隊に入営して、別の部隊に配属になったと聞いた。
 沖縄の碑に名前が刻まれた戦死者の出身都道府県には偏りがあった。ある碑では、〇〇県の出身者ばかりだったと記憶する。
 私が沖縄でその名を見た戦死した兵士の方々も数多く、ここ旭川で召集され入隊し、訓練を受けた後、戦地の部隊に送りこまれたのだろう。

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 写真で見る限り、現在の自衛隊駐屯地の周辺は、何でもない現代日本のとあるコンビニの見える町の風景。かつて、この一帯が巨大な軍隊駐屯地で、多数の兵士を送り出したなど想像すらできない・・・・・。今、平和であることに感謝をしなければならない。

「クレッセントホテル旭川」宿泊と 出発 北海道旅行2日目

 2015年9月20日の日曜日、「五連休」の二日目、北海道旅行1日目と2日目です。
  
 
 旭川市役所近く、宿泊先は「クレッセントホテル 旭川」だ。(呼び方が違っていたらすみません。ホテルクレッセントだったかも。)
 来てから気付いたが、ホテルの裏側数十メートルの所は繁華街の延長のような場所もあって、居酒屋や飲食店がある。「〇〇横丁」のような所もある。駅からほぼ北にまっすぐ伸びる「買物公園通り」の近くがお店街の賑やかな場所だ。夜のネオンサインがきらめく繁華街もホテルから程近い三条通り、四条通り付近にある。
 焼き付け刃で覚えた旭川の地理だが、観光にビジネス、公用に、とかなり立地条件の良いホテルであることが分かった。
 先に大型バスでやってきた団体は、やはり中国人観光客だった。
 ラーメンを食べるために外出しようとしたときだったか、部屋のドアを開けてホテルの部屋の前の廊下に出るとはたと中学生くらいの女の子がいた。私の部屋のドアを開けた真正面に立っていた。と、目が会って「わっと。」と声を出された。
 女子は二人くらいいた。学校のものであろう、ジヤージを着ている。と、向かいの部屋のドアが少し空いていて、同級生がいるようだ。と「わわわわ・・・・間違えちゃったよ・・・・。」と向かいの部屋に駆け込んで行った・・・・。突然、私は「変質者」扱いされた(苦笑)。
 私は「被害者」ですよ(涙)。多分、彼女たちは、部活の試合でここに宿泊しているのだろうと思った。
 
 私はラーメンを食べに行くため外出。ラーメンを食べて、ビールを瓶で飲んで、気持ちよくなっていたこともあり入浴後早々に就寝・・・・ZZZ・・・・。
 
 ラーメンを食べて外出から戻って来たときに、ホテルのロビーの柱に「歓迎」と団体の宿泊ご一行様の表示がある。確認してみると「札幌市立〇〇中学校」と、もう一個別の中学校の表示がある。「藻岩高校」とも表示がある。部活の大会が旭川であるのだろう。何の部かは、わからない。道具を持っているところを見なかったので。運動部か、又は吹奏楽か。札幌の学校が旭川で試合ならば、宿泊せずに特急列車が高速バスで、日帰りで来ることは可能であるが・・・。この連休中に宿泊する必要まであるのだろうか?。
 どうしてボクちゃんが、変質者扱いされないといけないの!?。ボクは何か悪いことをしたの!?(涙)。

 先程私の部屋の前で、逃亡??していった中学生の宿泊しているメンバーは、女の子だけだった。引率の教師は若い男の先生で、私の隣の部屋のシングルルームに宿泊しているようだ。先ほどの私は「教師部屋」と間違えられたようだ(苦笑)。
 部屋に戻ってからだったと思うが、教師から「静かにしろ」だったか、「明日は早いから早く寝ろ」だったか、廊下で注意する声が聞こえた。が、この女子中学生のグループは、夜が更けてもなお興奮しているらしく、先生に注意されても、盛んにお互いの部屋を行き来していた・・・・。多分一泊か二泊だけかと思うが、親元を離れて、気分が高揚しているのだ。
 ドアを開け閉めする音、ヒソヒソ話す声、スリスリスリとスリッパか靴下で廊下を走る音が結構聞こえてきた(苦笑)。


では、話を翌朝に。
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 朝、起きると霧だ。まだ6時前。テレビはあまり見ずに早々に就寝したので、早起きできました(笑)。
 この日は、大移動をする。よって気合が入っての「早起き」でもある(笑)。

 北海道の朝は早い。朝食は朝6時半からとのこと。団体ツアーで来ている場合は、出発の時間も早いであろう。日没時刻が早いので、朝早くから行動する必要があるのだ。
 もしここに本日泊まっている団体ならば、(その日のスケジュールにもよるが)朝7時半には出発で、8時発では遅いのではなかろうか。
 内地というか、関東近郊の観光地の通常のホテルならば、朝食は7時又は7時半からであろう。

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 窓から工事をしている人が見えた。まだ朝の6時だ。クレーンで資材を吊り上げして作業を開始している。ここは、北海道。随分と早い時間から、人が動いている。

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↓ 前日の夜に撮影。同じアングルからの写真。

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 6時半の朝食開始に合わせて、一階ロビー脇にあるレストランへ。すでに食べている人もいる。そのうちに、前日見たと思われる女子中学生の一団もやってきた。彼女らは、奥にある部屋に入っていく。この中学校の生徒のための特別朝食室なのでしょう(笑)。
 別の中学校?の生徒もやってきた。一般の席に座り、それぞれ食事を始めた。中国人の団体も次次にやって来た。

↓ バイキングの朝食。じゃがいもの加工品が北海道らしい。
  卵は「ゆで」。現在の私は「生卵」は基本的に食べない。(何回かこのブログでも書いてあるが)妻がすごく嫌うので・・・・・。基本的に子供にも食べさせない(苦笑)。
 こうして見ると食生活がよく分かる(笑)。 まずはバン食なのか、ごはん派なのか、が・・・(苦笑)。

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 朝食を終えて、部屋に戻ると、雲が引いて晴れ間が出てきた。写真の奥(ほぼ北の方角)には、グレーの雲があたかもどんどん湧いてきているかのように見えるが、実際は霧がどんどん引いて行っています。
 天候の変化の激しい、北国の盆地にある街の様子がうかがえました。冬の厳しい寒さと雪と氷に覆われるのでしょう。街の様子からは、厳しい冬に対応した街であることは、分かりません。
 あれっと気付いたが「クレーン」は作業を終えたのか、いなくなっていた。ビルの上で作業していた人もいない。次の現場に移ったようだ。仕事が早いです。

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 ↓ (既出) ホテルの前の道。右手の先が市役所。
 前日の夜に撮影。慌ただしくチェックアウトして出かけたので、出発時にホテルの前では写真撮影をしませんでした。
 チェックアウト後、私は車(レンタカー)を前夜停めた駐車場に行き、エンジンをかけて、ホテル前の歩道に停める。アノ、前日停まっていた大型バスも停まっていた(笑)。中国人の団体サンを載せるべく待機していた。
 本日は層雲峡の紅葉に行くのであろうか?。

 私は、ホテルから出てきたツレを乗せて出発!!。
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旭川駅周辺(夜間)の様子 散歩

 2015年9月20日の日曜日、「五連休」の二日目、北海道旅行1日目。
 
 旭川市内のホテルに到着し、旭川といえば「旭川ラーメン」だろう、ということで夕食を食べていないので「ラーメン」を食べに行った。
 閉店時刻が軒並み早い「旭川市内のラーメン店」の中でも閉店時刻が遅い「山頭火」の旭川本店で食べた。閉店は22時だった。 8時といえば、空港でレンタカーを借りて乗り込んだ時刻・・・・。出発前にラーメン店は閉まっています・・・。
 店の前の大通りの突き当りが旭川駅。閉店時刻近くの駅前通りの人通りは少ない。食事後、散歩を兼ねてともかく駅の方へ歩いてみた。

 ↓ 駅前広場の入口に建つ地図。

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 ラーメン店から駅の方向に。駅前広場をほぼ東西に真っ直ぐ貫通する大通り。 ↓
 工事中です。大きなビジネスホテルがふたつ見えます。いずれも大手のチェーンの看板です。
 ただし、フランチャイズ方式で地元資本の場合もあるようです。
 もう一軒、ビジネスホテルが建設中でした。建設ラッシュです。旺盛な需要があるということでしょう。

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 ↓ 旭川駅。思ったよりも巨大な建物です。鉄道が発着するホームそのものをすっぽり覆っています。
   冬期の極寒と雪を防ぐためには、駅の規模以上の巨大屋根施設が必要なのでしょう。
   まるで新幹線の駅のようです。駅前広場も広いです。

   イベントのテントがたくさん並んでいます。この時間はすべて閉まっていて、明日、再開するのでしょう。

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 旭川駅前広場横の建物群。
 手前がショッピングモールのスーパーマーケット。奥がJR経営のホテルのようです?。
 反対側には、ビルの建物がありましたが、電気が消えていて真っ暗です。何かなと思いましたが、駅前の地図を見ると商業施設やホテル、オフィスビルではなく病院でした。
 ショッピングモールの中の「旭川ラーメン」の店もラストオーダーの時間は遅いようです。「山頭火」の場所が分からなかった場合は、ここで食べることも想定していました(笑)。

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 駅前に病院、(本来は郊外型の)商業施設、ビジネスホテル。中心駅にほぼ直結して病院があるとは、自衛隊と並んで、病院の診療報酬頼みの地域経済の一面が想像されます。
 建設投資(巨大な駅舎ドーム、駅前付近の広場、道路工事など)も頼みの綱でしょう。建設投資でも駅舎の一部やビジネスホテルなど民間需要なので、全部が公共投資という訳では無いしょうが、こと旭川においては「公費」によって経済が相当に支えられているのではないだろうか。

 ショッピングモールの中に少し入ってみました。入口近くのエスカレータ脇には、観光案内コーナーがあり、名所などのパンフレットが置いてありました。いくつか、入手しました(笑)。
 お店は、すでに閉店時刻で閉まっているテナントもあります。外資系?のコーヒーチェーン店Sだったか忘れましたが(笑)、開いているのですが、ほとんど人はいなくと閉店時刻のようです。建物は天井が高くて巨大に感じますが、人は少なくガランとしていました。



旭川ラーメン「山頭火」 食事、旭川本店

 2015年9月20日の日曜日、「五連休」の二日目、北海道旅行1日目。
 旭川市内のホテルに到着した。 

 ホテルの部屋で少し休憩して夕食に行くことにします。
 すでに夜9時近く。下の子は食べにいかないというので、三人でホテルの外に出た。多分、我々がいない間はテレビを見るのでしょう(笑)。
 ホテルを出て、駅の方向に歩き、食事をする店を探す。

 旭川といえば「旭川ラーメン」だろう、ということで今夜の目的は「ラーメン」です。
 私は積極的に外食でラーメンを食べませんけどね(苦笑)。旅行中は別です(笑)。普段は、たま~に博多ラーメンか薄味のラーメンを食べるくらいかな?。(博多ラーメンは薄味でないが・・・・矛盾してる(苦笑)。)

 事前に調べていたところでは「山頭火」が宿泊ホテルに近くて、食事に最適のようだ。
 「最適」というのは「旭川のラーメン店」は、閉店時刻が軒並み早い・・・・。インターネットで調べたところ、閉店時刻は夜の8時くらい(が平均)で、ラストオーダーは7時半。
 たとえば、観光客か最も行きやすいラーメン施設である「旭川ラーメン村」のテナントの閉店時刻は夜の8時でラストオーダーは7時半。「山頭火」も「旭川ラーメン村」のテナントに入っているが、閉店は8時だ。
 8時といえば、空港でレンタカーを借りて乗り込んだ時刻・・・・。出発前にラーメン店は閉まっています・・・。

 ホテルから近くて、閉店時刻が遅い店はここ「山頭火」くらいしか、検索できなかった。ここは山頭火の「本店」のようだ。少しだけ待って、テーブル席に座れた。
 ラーメンを注文。820円だった。ラーメンには豚肉が何切れも入っている。物凄く脂がのっている。肉はチャーシュウという位置付けではないようだ。物凄く肉厚。ともかく、お肉の脂肪は、ボクのおなかにすべて吸収されてしまいそうだ・・・・・(笑)。
 味はしょうゆ、みそ、塩とあった。サイドメニューでギョーザ一皿310円も注文した。
 ビールは「クラシック」の瓶を注文。この後は、運転もなく、アトはホテルに戻って寝るだけなので、たびに出て気が緩んでいる(笑)。
 もっとも、着たばかりの北の街の夜の外気は冷たくて慣れていないし、温かいラーメンと冷たいビールはあまり組み合わせがよくなかった・・・・。
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 私は、しょうゆラーメンを注文。ツレはみそ、子供は塩を注文。仲よく一人一種類ずつ注文した(笑)。
 なぜ「しょうゆラーメン」なのかというと、「旭川」といえば、しょうゆという漠然としたイメージがあったから。「みそ」はどちらかというと札幌ラーメンの印象・・・。

 ラーメンを食べている間にラストオーダーの時刻となってしまった。店内はカウンター席とテーブル席がいくつかある。閉店時刻に近いが、席はかなり埋まっている。カウンターの席はほぼ満席。
 自衛隊員らしき屈強な男が外国人の女性を連れて入ってきていた。ラーメンを二人で食べている。女性は、やや茶色い黒髪である。スラブ系のような東欧系のような感じ。ルーマニアが一番近い系統かな、という感じ。たぶん、これから同伴で出勤でしょう。(なぜ、分かるの??(笑)。)
 私達と同じく、観光客らしき人もいる。五連休中ですからね(笑)。

↓ 店の外観と入口。ここが「旭川本店」でした。

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↓ 店の外観というか、看板。ガラス張りのお店はお隣の店舗か会社です。
  写真奥の突き当りが旭川駅です。閉店時刻近く、人通りは少ないです。

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 近くにはもう一軒のラーメン屋さんがありました。あらかじめネットで調べたところ、閉店時刻を過ぎていました。「山頭火」で正解でした。その店(「梅光軒」という名前だったと思う。)では、ラストオーダーに間に合わなかったと思います。
 「山頭火」の店内にあった名刺によるとこのチェーン、都心部をはじめ、首都圏にもお店がたくさんある。わざわざここで食べるひともなかったかも?(笑)。海外にもたくさん店舗があることが分かった。


 ↓ 駅前広場の入口にあった市街地の地図。

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空港~レンタカー~旭川市内 宿泊先到着 北海道旅行1日目

 2015年9月20日の日曜日、「五連休」の二日目、北海道旅行1日目です。

 旭川市内の宿泊先へレンタカーで向かう。すでに夜の8時半だ。 
 旭川においては、三条通りがメインで、この道が駅前の方向に行くようだ。が、車は更に直進した後、四条通りへ行く道の方へ斜め前に進む。
 その先で高架橋の下を通る。線路の高架だ。下をくぐり、通過する。石北線のようだ。踏切ではなく、高架となっている。冬期の雪の対策で踏切を廃止して、高架線路にしたのだろう。
 また、沿道の個人経営の病院も大きい。例「折口医院」のように個人名で入院設備をそなえている医院なのだろう。
 神奈川のうちの近くでは診療所があっても、病院は少ないが、ここでは個人レベルの病院(診療所)が随分と多いようで、運転していても目につく。
 診療報酬頼みの地域経済なのかな。と「かつや」の店舗が見える。その角をすぐ右折。左は駅だった。すぐに、宿泊予定のホテルの前に出た。郊外型のP(駐車場)を備えた「かつや」の店舗の近くに旭川駅(つまり、中央駅)があるのは、いかにも地方都市らしい。土地代が安いから、中央駅の近くでも郊外型ファストフード店が出店可能なのだ。


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 大型バスがホテルの前に止まっていた。中国人の団体だろうか。バスを避けるため一旦離れる、ぐっと街区を回って再度ホテルの前につける。荷物をおろし、Pの場所を聞いてもらう。チェックインはツレにまかせる。
 ホテル隣のPは満車で別のPにいくようようだ。小さい地図をもらうが、わかりにくい。結局一本、信号を先に行ってしまった。一方通行もあるのでかなり無理をしてターンしたり、片側三車線道路で右折して、やっとPに。係の人がいて車の鍵ごと渡す。実は先ほどその前を通ったPだった・・・・・。あーあ。
 「四の八」Pのように数字でパーキング名が示されるので、合理的な表示ではあるが、いかんせん私は慣れていないので戸惑った・・・・・。
 道に迷ったため、想定外の10分以上かかって、車を停め、やっとホテルに戻る(苦笑)。エレベータで自分の部屋に行く。すでに夜9時近くだ。
 さあ、食事に行こう。だが、下の子は食べにいかないというので、上の子を連れて三人でホテルの外にでた。食事をしにい行く。

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 気温は15度と分かった。13度くらいかな、と思ったが、そこまで低くなかった。が、空気は冷たい、内陸のひんやりした空気だ。風は無い、しかし、気温以上に低く感じる。

 ↓ 市街地にあった気温の電光表示。

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 駅の近く。バス停を待っている人が数人いる。意外と薄着だ。コートも羽織っていない。現地の人はこれくらいの気温では厚着をしませんね。車道を挟んで反対にはビジネスホテルがある。
 人口規模の割には、ホテルが多い。これだけホテル数があっても、やっとシンク゜ル三室しか確保できなかった。昔ほど、自衛隊や関連する業務用関係者の需要は多くないはず。旭山動物園を中心とする観光需要だけとはとても思えないし、外国人旅行客需要もあるのだろうか?。

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 通りの途中にあるモニュメント。
 トランペットを吹く人だ。ベンチに座って記念撮影をしている人もいた。
 通りではお祭りのようで、たくさん出店のテントが出ていた。この時間、出店はすべて閉まっている。
 駅から北?に真っ直ぐ三条通り、その先まで伸びる 歩行者専用の道路のようだ。「買物公園通り」というようだ。 

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 テントの合間のビル。一体、何でしょうか??(笑)。

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 イベントは「食の祭典」で北海道各地の食材を提供する大型イベントのよう。各地のお店がテントで出店しているようだった。連休中の5日間開催されると看板に書いてある。明日の朝には出発するので、このイベントは体験できない。それにしても、旭川と周辺人口の規模わりには、たくさんのテントがビッシリと並んでいる。後日の記事でも書くが、駅前広場もテントで一杯だった。

 ↓ とある繁華街の道路の様子。3条です。道幅が意外にも狭い。
 大通りの間の道なのであるが・・・。
 雪の場合、除雪された雪が道の端に寄せられて、道幅はもっと狭くなるだろう。

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 繁華街の様子。駅の北の三条通り駅付近が繁華街のようだ。
 ↓ 三条よりやや駅に近い通り端の場所。祝日なので勤め帰りで飲んでいる人はさほどいないようだ。

  薄着で屈強な体格の男もいたり、多分自衛隊員でしよう。休日外出でしょうか。
  自衛隊需要は相当あり、全国でも客や売り上げに占める自衛隊員の割合は、全国一といってもよいくらいの繁華街かもしれません。(そんな統計をとる人がいるの???。)

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 ホテルの前の道。右手の先が市役所。
 宿泊先は「クレッセントホテル」だ。
 ホテルの裏側は繁華街の延長のような場所もあって、居酒屋や飲食店がある。「〇〇横丁」のような所もある。例の駅からまっすぐ伸びる「買物公園通り」の付近だ。


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旭川空港到着 (北海道入り) 旅行1日目

 2015年9月20日の日曜日、「五連休」の二日目、北海道旅行1日目です。

 函館沖合の上空を通過。函館の夜景を視認した。すぐに室蘭沖を通過。やがて陸地に入って来る。苫小牧だ。長く続く砂浜を掘りこんで港を造成しているので、すぐに分かる。
 ↓ 苫小牧上空。 写真はボケているが・・・。
   シップ(この用語を使用するのはドラマの影響・・・・(笑)。)は北海道の内陸地に入っていく。

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 目的地は旭川。新千歳に着陸する場合、苫小牧上空では高度がかなり下がり、着陸態勢であろう。が、旭川行の機体の高度はまだ高い。北海道に来るのは十数年ぶりだ。昔の記憶が蘇って来た・・・・。
 苫小牧を過ぎると、すぐに新千歳空港の上空らしきところに。「はて、滑走路の誘導灯は見えないのかな?、ライトで空港と分かる筈だが・・・・。」と思いきや、長い長方形の暗闇が窓から見える。地上から見ると誘導灯はコバルトブルーやオレンジ輝いて見えるが、空からは見えないのだ。やはり、保安上の理由で上空から滑走路と判別はできないように誘導灯を地上に設置しているのだ。
 考えてみればあたり前だ。航空燈で空港が識別されれば、テロの危険性だってあり得る。(こんな簡単なことも知らなかった・・・・・・・(絶句)。)
 ではなぜ、新千歳と分かったかというと「半円形」のターミナルビルだ。新ターミナルになって20年くらいは経っているだろう。以前来たときもそうだったので。ビルからは電気の光が煌々と輝いていた。それが半円形に見えたのだ。一方、自衛隊の基地の様子は暗くて上空からは分からない。 

 ↓ 上空から見た新千歳空港付近(ピンボケ)。写真では、空港ビルが識別できない。

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 新千歳を過ぎると、進行方向左手の先に「光の平地」が見える。大きな街のようだ。つまり、札幌の街の光。距離があるのでぼやけてしか見えない、水平に光が広がっている感じだ。
 と、飛行機は「当機は着陸体制に入ります。」とどんどん高度を下げる。窓からは真っ暗で何も見えない。山の上を飛んでいるようだ。
 と、高度が下がり地上の光が見えてきた。旭川盆地に入ったようだ。新千歳から15分くらいしか経っていない。飛行機だとあっという間だ。どうやら、旭川空港ではないかと思われる場所が暗闇の中に見える。

 ↓ (ウソみたいだが) 旭川市街上空。
 
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 旋回して高度は更に下がる。旋回すると今まで通過してきた方向の空港の滑走路がはっきり視認できた。空港の上を一旦通過、空港からみて北にある市街地上空を旋回し、北から南に向けてランウェイに進入するようだ。(「管制官のドラマ」風に(笑)。ドラマの影響を受けたのは私ではなく、ウチの子供です(苦笑)。)

 旭川市上空を通過し、最終着陸態勢に。着陸直前は、市街地の真上を通過した。窓からみえる市街地の光は少ない。周辺人口が少ないためか。ただ、碁盤目状の道路に街燈が配置されていて、街の光が格子状に美しく見える。が、どことなくさびしい感じもする。

 ↓ 旭川市街の夜景の様子。格子状の光。 (ただし、ピンボケ。)

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 機内に設置されている画面には、機外正面のモニター映像が映る。滑走路に向かって降下している様子が分かる。誘導燈火が矢印のようにオレンジ色に光って機を(滑走路に)誘導している。
 直後にドンドンドン、ゴーっと音を立てて着陸。
 ↓ 停止してから撮影した座席から空港の様子。

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 タラップから機外に出る。と、空気がひんやりしている。機体と蛇腹の隙間から冷たい空気が流れ込んでいるのだ。しかし、体感では10度は切っていない。気温15度くらいだろうか?。12度~13度ということもない。内地と比べると気温は五度くらいは違うだろうか?。北にやってきたという実感が湧いた。日本の都市では最も寒い場所であるし。


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 到着ロビーから、ターンテーブルへ階段を降りる。すぐに空港の制限エリアを出て、一階、到着フロア内のレンタカーのカウンターへ急ぐ。到着のエプロンから手荷物がでてくる所(ターンテーブル)は速足で通過(笑)。とにかく、レンタカーの手続きを先に済ますのだ。(過去の教訓より・・・(笑)。)


 レンタカーのカウンターは到着出口を出て、すぐ左手にあった。各会社のカウンターが並んでいる。利用するタイムズレンタカーの係員に声をかける。すぐに私の予約票を取り出し、カウンターの外へ誘導された。私一人だけだ。係員の後ろについて、ビルを出て、更にパーキングまで歩く。
 ビルを出て外気に触れると、いっそう冷たい空気を感じる。関東でいうと晩秋の空気の冷たさか。11月中旬から下旬くらいの気温だろうか?。
 (神奈川の)自宅周辺でいうと、紅葉がこれからはじまる時期の頃の気温だ。このときの私の服装は、七分袖だが、寒くて我慢できないことはない。
 あらかじめエンジンをかけてある、ワゴン車が数台止まっている場所まで歩く。レンタカー各社のものだ。運転手がいなくても、エンジンをかけ放しにしていた。係員に案内されて、車に乗り込む。レンタカー会社の営業所はすく近くだった。車は、ぐるりと空港前のパーキングを迂回する。すぐに営業所に到着した。

 (レンタカーの)送迎車はターミナルに戻らない。どうやらこの日、羽田からの最終便で到着し、出発する客は私のみらしい。反対に返却(して東京行きに搭乗)する客はいないようだ。又は、先に空港ビルまで送ったのだろうか。
 私一人のみが利用者なので営業所内は、シンとしている。私をここまで送ってくれたスタッフ(男性)は片付けをはじめている。現金を数えるなど、閉店準備と思われる作業を始めた。送迎車も空港ビルに折り返しをしない。そのままエンジンを切って停まっている。
 カウンターの別のスタッフから説明をうけ、料金の支払いをする。(レンタカーだから原則クレジットカードでの支払い。)保険は、損害の「フルカバー」でネット予約時に申し込んでいた。保険料は1日につき2000円。
 事故が起きてノンオペ料金やレッカーの代金もすべて保険でカパーされるので自己負担が一切ない保険プランだ。廣い土地で何が起こるかわからないし・・・・。
 特に今回の「たび」は、移動距離が長く、タイトなスケジュールなので用心している。保険で事故のリスクをカバーできれば安いものだ。

 すでに(乗る)車は用意してある。スズキのミニワゴン車だ。キズのチェックをし、説明を受ける。返却場所は釧路空港の営業所。今回は「乗り捨て」「一筆書きのたび」だ。 釧路空港周辺の地図を渡され「ガソリンスタンドの場所が遠いので給油場所や営業時間、定休の曜日には注意してください・・・・。」旨の説明も受けた。キズのチェックリストも渡された。釧路で返却時に渡すようだ。
 自家用車とサイドブレーキの操作が違うので、スタッフに聞いてしまった。サイドブレーキを確認、バックミラーとサイドミラーの位置を修正し、スタッフの見送りを受けて、シンとしている営業所を出発。やはり、私が本日最後の客だったようだ。

 ターミナルビルは、ずっと見えている。ツレは、手荷物を回収し、空港ビルの到着出口前の歩道ですでに待っていた。時刻は、20時過ぎ。ビルの前の人通りは、すでにいない・・・・。
 飛行機から乗客が出てきて、15-20分くらいしかたっていないが・・・・。ほとんどの到着客は空港を去ってしまったようだ。ビル周辺は、ガランとしている。
 ↓ 一階が到着。二階が出発ロビーのようだ。この時間、人がいない・・・。

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 ターミナルビルは大きい。ガラス張りで新しくて立派。写真を撮影し荷物を積み、出発。

 ↓ ビルの右端には管制塔が。

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 と、機やビルの清掃を担当していると思われる作業服の女性の一団がパーキングへ出て来た。今日の仕事を終えて、マイカーで帰るようだ。


 ↓ ビルの左端。車も少ない。空港バスも出発してしまった?。

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 空港ビル正面の駐車場。車がたくさん停まっている。その更に先には、レンタカー会社の営業所がある。


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 20時11分に空港前を出発。市内の宿泊先へ向かう。レンタカー会社の近くを通り、空港から離れる。このたびで旭川空港に戻って来ることは無い・・・・。何だか名残惜しいです・・・・・・(笑)。
 空港は比較的高台にあるようだ。空港の北と思われる方向は(空港よりも)標高が低い、なだらかな傾斜で林や畑になっているようだ。飛行機で突然やってきたので、方向感覚がない。特に空港ビルに入り、外に出ると、方角がまるで分からない(笑)。羽田でもそうだが、空港ビル内で「方向感覚麻痺」の魔法をかけられてしまうのだろうか!?。
 レンタカーで空港から離れようと走らせると、フロントガラスの先、遠くに点々と街燈や家の電気の光が見える。(空港周辺は)それほど「郊外で何もないところ」とまではいえない様子。
 実は十数年前、旭川空港までの近くまで来たことはある。天人峡に行き、富良野方面に行くべきところ、間違って旭川空港の方向へ走ってしまったためだ。間近でゴーと轟音を出して旭川空港に着陸する飛行機を見て「間違った」と気付いたのでした(苦笑)。
 空港専用道路から一般道に出て東神楽町の役場の前を通過。役場は閉まっていて庁舎の電気は消えている。役場の先の交差点を更に左折する。市街地方向へ。
 畑や川を渡る道を行く。と、前をトラックが走っている。郵便トラックのようだ。その後ろをついていく、道なりにまっすぐ進む。旭川の市街地に近づくにつれ、だんだん家が増えてくる。旭川東郵便局へ入っていった。前を走るトラックは・・・・。ゆっくりの運転だった。もしかして、私達が乗って来た飛行機で運ばれた郵便用のカーゴを空港で積み込み、郵便局に運び込んだ?。
 その後は、ある程度スピードが出る。道路は片側二車線になり、街中を通過していく。北国特有の四角い、箱のような家が多い。また、建物と建物の間隔が広い。歩道は誰も歩いていない。人通りは、少ない。



北海道・道東旅行 計画編 2015年

 2015年9月20日の日曜日、「五連休」の二日目、かねてから計画していた北海道を旅行に出発しました。
 ここでは、旅に出るまでの経緯について書いておきます。

 今回の旅の予約自体は、以前の記事でも書きましたが、7月中旬から下旬にかけての夏休みが始まる頃に行いました。実際のところ「遅い」です。なお、旅行ツアーでの予約はしませんでした。当初はマイルを使用するつもりでいたので・・・(苦笑)。結果として、(ツアーと比べて)割高だったかも知れませんね(苦笑)。
 が、まさかの「北海道旅行券」の登場で思ったよりも割安で旅行できました!!!

・旅行ルート、日程
 どうせ行くなら、世界遺産の知床がいいな、と私が勝手に決める。子供達は「旭山動物園」と最近、マスコミで取り上げられている「山の水族館」、さらに「阿寒湖」に行きたい、との由。阿寒湖は「まりもっこり」の影響です(笑)。これらをすべて回るには、二泊三日では実はきつい・・・。できれば三泊。が、上の子は部活もあるし・・、塾の授業は?、などと色々複雑です(笑)。ルートは・・・、空港基準で考えると、次の三空港利用を検討。
マイレージの関係で利用するのはJALです。
A 旭川往復
B 女満別往復
C 釧路往復
D  旭川 in、釧路 out (D`として、その逆ルート)
E  旭川 in、女満別 out (E`として、その逆ルート)
F 女満別 in、釧路 out (F`として、その逆ルート)
 について検討します。新千歳空港利用はもとより考慮外。JALを利用する以上、紋別、中標津は対象外(便数も少ないけど・・・。)。
 ルート上、旭川(旭山動物園に行くため)だけ遠くにポツンと離れています。旅の起点又は終末点を旭川とするのが効率が良い。と、旭川空港利用は必須になってきます(笑)。

上記以外では
G 旭川 in、帯広 out (G`として、その逆ルート)
もありかな・・・。ただし、目的地と移動距離の関係で帯広空港はなるべく利用しない。

H  帯広 in、女満別 out (H`として、その逆ルート)
I  帯広 in、釧路 out (I`として、その逆ルート)
の二つは、最悪これらパターンもありますが、ルート構成上無理がありますね(笑)。

 旭川起点又は終点を優先すると、旭山動物園の開場時間帯を考慮する必要がある。朝開園時から入場するか、閉園時を旅の終末点とするか。閉園時刻は17時、旭川初路線の羽田最終は20:15。動物園から空港までは、(レンタカー使用前提で)30分もあれば到着できる。アイドルタイム3時間は勿体ないかも!?。
 すると「旭川起点」が有力。

・マイレージ特典利用を前提とした予約
 「特典航空券利用」又はJALの「おともDEマイル」の利用です。「特典航空券」は予約時点現在の有効獲得マイルが家族全員分に足りません。割引航空券でも購入する必要があります。特典航空券の予約を確認したことろ、空きはありませんので、即座に「却下」でした(苦笑)。
 すると「おともDEマイル」となります。 「おともDEマイル」の詳細は省きますが、利用価値日は高いです。割安料金で同行者が利用できます。利用条件として同一地点で往復購入する必要があります。
 二か月前から予約開始です。旅行二か月前7/20と7/21は日曜と祝日に当り、バソコンの前でスタンバイしました。予約開始時刻は9時30分。
 7/20 ・・・開始時刻と同時に空席検索。すると検索結果は「おともDEマイル」はすべて「×」、空席なし。
       旭川、女満別、釧路を何回か検索しました。
       帯広線も検索し、本当は予定していない新千歳路線を検索してもすべて「×」。
       「なんだこりゃ。誰がいつ予約したのか?」と思いました。
 7/21・・・前日の反省をふまえて、マイレージ?の会員パスでログインしてスタンバイです。
      会員ではなく、一般でログインしたのが予約できなかった原因と推定しました。
      開始時刻と同時に空席検索。検索結果は前日と同じく「おともDEマイル」はすべて「×」で空席なし。
      検索してもことごとく「×」。時間だけが虚しく流れていきました(笑)。
      あっという間に30分は過ぎていました。
      「特別会員か誰かがいて、先に予約してしまったのか??」。
      画面を前に私は、しばし茫然としました(笑)。      

 こうして私の七月の連休は終了したのです(笑)。
 もとより、「おともDEマイル」の設定は無いのではないかと思いました。割引運賃の予約がキャンセルされて「流れた」場合には「〇」と空席が表示されるのでしょうか。が、大型連休中ではその可能性はなしですよ。
 よって、割引運賃をインターネット予約する方法に切り替えました。

・飛行機の往路(羽田発)
 どこから北海道に入るかは、飛行機の空席次第でした。 連休初日の旭川線は満席で予約の余地無し。二日目の最終便に空席があり。女満別入りは満席で考慮の余地なし。が、三日目に空席があったような?。羽田便は一日三便なので座席数も限られる。釧路入りは初日は満席も二日目最終、三日目は空席有り。
 
・飛行機の複路(羽田着)
 連休初日からの予約は満席できず、二日目も初便、次の便に空きはなかったので、二泊三日以上の日程とすると必然的に連休最終日に帰ることになってしまう。
 連休最終日の旭川線は満席、女満別も満席。釧路線の最終にまさかの空席あり。
 釧路発に空席がある =帯広線は想定から除外。

・往復 飛行機の予約
 上記の航空機の満席、空席状況から検討すると、
A   往〇、復×
B 往△、復× (二泊三日に限定されるが)
C 往〇、復〇
D  旭川 in=〇、釧路 out=〇 (D` in=〇、out=×)
E  旭川 in=〇、女満別 out=× (E` in=△、out=×)
F 女満別 in=△、釧路 out =〇(F`  in=〇、out=×)

 旭川路線は便数が多いが、満席にも早くなる。女満別線と釧路線は、JALは一日三便ずつと同じだが、連休中の場合、観光需要が大きい女満別が先に満席になる。他社就航の有無、便数も関係してくると思うが。
 往復とも「〇」はCとD、C=釧路単純往復。マイル(の特典)を利用できない以上、単純往復はあまり大きな意味が無い。よって導き出される解答は、「旭山動物園」をルート入れると「旭川起点」の要件を満たす「D」がベスト。
 9/20(日) 旭川行 最終便
 9/23(水) 釧路発 最終便
 を即座に予約しました(笑)。

・レンタカー
 飛行機のルートが決まると次に予約するのは、移動手段のレンタカー。
 レンタカーはウェブサイトで見たところ空車があり、すんなりインターネットで予約できました。

・宿泊先
 飛行機、レンタカーの確保ができると次に宿泊先。宿泊先の確保はレンタカーのあとです。
 最悪、宿泊先がすべて満室でも道の駅で車中泊もできるからです。が、9月とはいえ、北海道、ことオホーツク地域で気候的に車中泊ができるかは分かりません・・・・。または「オートキャンプ場」?。
 宿泊地点は・・・初日は旭川。翌日以降、知床宿泊は必須。
 旭川は、市内のビジネスホテルを探すことになる。最終便での夜到着だし、翌日は開園と同時に旭山動物園に行くためだ。しかし、なんということであろう!、市内に十はある比較的有名なビジネスホテルチェーンのすべて満室。見事に満室。
 旭川は保留して、二泊目以降を探す。ビジネスホテルは必ずキャンセルが出るだろうという(根拠の無い)算段です(笑)。
 まずは知床。国民宿舎から検討。「北海道にあまり興味は無い」と書いたものの、あくまで計画ですが、以前、世界遺産知床を含めた、旅行計画は考えたことがあるのです。以前から、子供達は北海道に行ってみたいとは言っていましたからね。あくまで「エア旅行」ですが・・・・・。その計画では、国民宿舎に宿泊する計画だったのです。公共の宿はリーズナブルですし、ネットでも探し易いからです(笑)。
 その国民宿舎です。しかし、9/21(月)は満室。9/22(火)は空室がある。が、ルート関係上9/22(火)は別の地点に泊まりたい。9/21(月)の国民宿舎は諦め、ネットで別のホテルを探したところ、9/21(月)はウトロに宿泊確定できた。ホテルのウェブサイトでは(検索しても)空室は無いので、旅行会社のサイトで見つけました。サイトの利用者登録をするなど、一定の要件はあります。ウトロは宿泊施設が多いので、旅行会社が押さえているが、まだ予約が入っていない(ので、売り出しをしている)空室がまだあるだろうと、思っていました(笑)。
 9/22(火)の宿泊場所は、保留しておいて、しばらく様子見することに・・・・。
 知床の南側、今回の旅行ルートから見てウトロの向こう側の羅臼(の空室状況)は、9/21(月)は空室があり、9/22(火)は満室。何とも皮肉です(苦笑)。そこで様子見。
 すると、しばらく様子を見たのはよいが、国民宿舎のウトロの9/22(火)の空室は「満室」に変わっていた(笑)。五連休だから当たり前ですね(笑)。9/22の羅臼は元々「満室」。空室は出る筈も無し。そこで9/22は電話でウトロの民宿を予約しました。
 旭川は(ホテルのウェブサイトではなく)、ウトロを予約したときと同じように、旅行会社のサイトをいくつか見たところ、とあるビジネスホテルで空室を見付けることができました。 
 ただし、「シングルルーム」が三室です。下の子の年齢ではシングルルームで親と添い寝がOKでした。
 こうして、宿泊場所も確保しました。

 予約が完了して更に一か月後以上経過した頃、羅臼に空室は無いかな、と旅行会社のサイトを見たところ9/22(火)に空室ありを見つけました。申し訳ないが、ウトロの民宿にはキャンセルの連絡を入れました。ウトロの翌日は、移動して羅臼に宿泊すれば最終日の移動が楽になると考えたためです。
 最終的に三日間とも利用者登録が必要な旅行(会社の)サイトで予約しました。やはり、旅行会社の力は大きいのですね。

・遊覧船
 宿泊場所の確保でおしまいではありません。知床の遊覧船も予約しました。運行会社のサイトで簡単に予約できました。7月下旬の時点で夏休み中でも空席ありの予約状況でしたので、9月の連休中もずっと空席でした。

 あ~あ、これだけアタマを使うならば、仕事に使えばよいのに・・・(苦笑)。

↓ 紆余曲折の末??、到着した旭川空港と乗って来たJALの機体。

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特別展「生誕150年 黒田清輝-近代日本絵画の巨匠」 東京国立博物館

 「SEIKI、ステキ!」、「世紀のSEIKI!」、これは私が勝手に考えたキャッチフレーズです(笑)。

 きたる2016年3月23日から5月15日まで、東京国立博物館で黒田清輝(SEIKI)の作品を集めた特別展が開催されます。特別展のポスターを見るとキャッチコピー?は「教科書でみた。ホンモノをみた。」です。
 今日は、その黒田清輝の特別展(以下「本特別展」といいます。)のご紹介です。(本来、私がここで行うことではありませんけどね・・・・・・・・・(苦笑)。)

 すでに、昨年の一月に「黒田記念館」が修復(リニューアル)オープンし、無料で彼の作品を鑑賞できます。「無料」で見れる点が大きなポイントです。博物館の本館や平成館などとは別の敷地にあるため、ぶらっと行って自由に無料に見学できます。
 黒田記念館の特別展示室には、重要文化財指定の作品をはじめ、清輝の有名な作品の展示があります。記念館の別の展示室と異なり、1月、4月、10月の年三回、各々二週間ずつ期間限定の公開をするようです。私も特別展示室には昨年の1月に行き、その後(特別展示室の閉室中に)同館の常設展示室には、二回くらい行きました。

 本特別展のポスターの説明によると東京国立博物館での黒田清輝の本格的な回顧展は初めてとのこと。彼は、近代日本で最も有名な西洋画家であるのに「初めての本格的回顧展」意外です。
 しかも、国立近代美術館での開催ではありません。理由のひとつは、ここ東京国立博物館(東京文化財研究所も含む)が清輝の有名な作品を多数所蔵していること(に起因する)でしょう。なぜ、清輝の作品が東京国立博物館(東京文化財研究所も含む)に多数所蔵されているのか?。理由のひとつは「森鴎外記念館」でも展示があった鴎外が帝室博物館館長時代に撮影された「鴎外や清輝、竹内栖鳳が写っている会議の様子の写真」に求められるでしょう。この写真、文京区千駄木の鴎外記念館、津和野の鴎外記念館の両方に展示されていました。
 生前、彼が帝室博物館に深く関与していたことが大きな理由と思われます。
 
 本特別展では、重要文化財指定の作品がすべて展示されますし、主要作品が多数展示されます。

 「教科書でみた。ホンモノをみた。」の言葉通り、確かに(展示作品の)「読書」は、教科書では一番多く写真が掲載されている作品ではないかと思います。しかし、意外にも重要文化財指定ではありません。
 同じ女性をモデルにした(と思われる)絵が黒田記念館の二階の別の部屋(常時公開している展示室)に展示してありましたね。本特別展でも展示されるとのことで、(その作品の)写真の掲載がポスターにあります。

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重要文化財指定「湖畔」

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 重要文化財「智・感・情」の三連作。
 黒田清輝の重要文化財指定作品の中では一番大きい。女性の等身大ではないかと思われる大きさです。

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この絵のモデルの女性は、清輝の妻でしょう。
 顔の表情が他の絵(つまり「湖畔」)と同一です。

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 当時としては、ヌード画は許されたのかと思いましたが、(黒田記念館特別展示室内にあった作品の)解説文を読むと、かなりのセンセーショナルを巻き起こしたそうです。近代国家として歩み始めても、芸術としてのヌード、裸体画は受け入れられなかったのでしょうか??。
 日本人の思考、文化というのは何とも分かりにくいです。この作品は「見ざる、聞かざる、言わざる」の三すくみ??を描いたような・・・・・・。日光東照宮の三猿の彫刻を思わせるようなポーズです。西洋哲学と日本の前近代からの思想を融合させたかのような、何かを訴えるような三部作です。


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 重要文化財指定 「舞妓」。
 (黒田記念館特別展示室内にあった作品の)解説文によると、背景は鴨川の水で、鴨川のほとりのお座敷が作品の「舞台」でした。

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 写真で見ると、どの作品も同じ大きさに見えますが、実は「智・感・情」がずば抜けて大きいです。
 今まで、無料で見ることができ、(フラッシュ禁止などの条件もあるが)写真撮影も可能である作品が本特別展の中核をなしています。本特別展では、写真撮影は可能なのでしょうか?。現段階では分かりませんが、過去の例でいうと、特別展では写真撮影禁止です・・・・・。
 この記事で上に写真を掲載した作品は、いずれも2015年1月の公開中に黒田記念館の特別展示室で撮影してものです。

 他の美術館からも清輝の作品が展示されます。「失われた清輝の作品」の写真が展示され、清輝が影響を受けた当時のヨーロッパの画家の作品も展示されるなど、本特別展の付加価値を高めています。更に、(教えを受けた)同時代に影響を受けた日本人画家の作品も展示されると、本特別展のウェブサイトにあります。

 その作品のひとつ、浅井忠の「春畝」 ↓
  昨年だったか、一昨年だったか忘れましたが、作品のタイトルに合わせて春の季節に東京国立博物館の近代絵画のスペースに展示されていました。

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 ↓ 今回展示される他の画家の作品、青木繁の「日本武尊」。
   昨年の暮れに展示されていたときに撮影しました。

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 浅井忠「春畝」、青木繁「日本武尊」共に東京国立博物館所蔵のいわば「プロパー」作品ですね(笑)。

羽田空港 第1ターミナルから出発 (北海道へのたび プロローグ)

 (新章突入です) 2015年9月20日の日曜日、「五連休」の二日目です。

 かねてから計画していた北海道を旅行に出発します。
 ここは、羽田空港 第1ターミナルの13番ゲート。(見れば分かるけど・・・(苦笑)。)1805発、JALの旭川行きに搭乗しのす。北行きの路線は、ターミナルビルの北ウィングから制限エリアに入るので(入ろうとすればどこの保安検査場からでも入れるが)、ビル中央から北に位置するゲートの筈です。といっても、ここは空港ターミナルビルの中央の「突起部分」。北だろうが、南だろうが、制限エリア内はそんな区別は無いので、北行きは北のゲートだ、南行きは南のゲートだ、は無い・・・(当り前ですが・・・(苦笑))。
 
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 保安検査場もさほど行列していませんでした。時間に余裕を持って制限エリアに入ったため、「お散歩」をします。搭乗ゲート近くに「森」が再現されていました。昔は無かったです。確か・・・。「森」に隣接してレストランもありました。

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 待合室から見た滑走路の様子。JALの機体ばかりです。日没が近づいてきました。
 西の空が茜色です。 写真の奥には多摩川が流れています。↓

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 と、JALの機体のマークの無い機体が動いています。こちらにやって来るようです。最初は、見間違いかな・・・と目をこすりました。

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 ターミナルビルの様子。13番ゲートはビルの中央部の出っ張りの部分ですね。

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 ↓ やはり、白い機体は本当だった。本当に何も塗装がありません。おそらく退役した機体で、ここからどこかに飛んで行き(売却されたので)別の航空会社の機体となるのでしょうか。それとも、アメリカの某砂漠にあると云われる「飛行機の墓場」まで飛んで行くのでしょうか?。
 何も混雑する五連休中に飛ばす必要もないと思いますが・・・・。

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↓ この機体に乗り込みます。旭川行き。200人以上乗れる機体と思います。
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 ↓ 定刻の25分前には搭乗が始まりました。
  満席で着席に手間取るので、出発が遅れることを防止するため、早めに案内したのでしょうか。

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 ↓ 機内に乗り込むときは、明るかったですが、機体が動きだしたときは、すでに日没が過ぎ、夕闇が迫っていました。 誘導灯が輝いています。写真はピントボケです(苦笑)。

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 ↓ ターミナルビルに並ぶ飛行機を横に見ながら、機体は滑走路に向けて、誘導路を進みます。

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 ↓ ピンボケで分からないが、多分滑走中?。

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 ゴーーーーっと滑走、そして離陸して。一路進路は北へ。

 さて、出発するのはよいとして、旅を計画するまでの経緯を(備忘録的に)ここで書いておきます。

 この北海道旅行、子供達のリクエストでした。理由は子供達が「北海道に行ったことが無いから」です。別に今年になって言い出した訳ではなく、以前からは話は出ていました。
 実をいうと私は、あまり興味は無かったのですがね・・・・・。理由はいろいろありますが・・・・。
 特に上の子の学校の研修?旅行が以前の例では北海道が行先だったのが、現在は別の場所に変更されたので、北海道に行く機会が(当面)無くなったから行ってみたい・・・のだそうです。
 関東の人は意外と「北向き」です。地理的に東北地方に近いこともあります。その更に先の北の大地への憧れもあるのでしょう。東京と東北の距離関係でいうと、鉄道で移動するにも福岡よりも青森の方がはるかに近いです。例えば、デパートの物産展で、「北海道」と「九州・沖縄」があった場合、売れるのはダントツ「北海道」でしょう。鮭、イクラが好物な人は多いでしょう。知らないうちに、「北」を向いているのです。
 私は「ザ・マン・オブ・トロピカ~ル」、「ザ・コラール・マン」(笑)、なので南の海が良いのです。(もっとも、南の海もあまり行ったことは無いですけどね。)これは、個人の嗜好の問題ですけどね。
 広い土地を車で移動するよりも、じっくり、ゆったり「滞在」するたび、移動する場合でも狭いエリアで、の方が好みだからです。

羽田空港 離陸~北海道上空へ (北海道へのたび プロローグ)

 (新章突入です) 2015年9月20日の日曜日、「五連休」の二日目です。

 かねてから計画していた北海道を旅行に出発します。
 定刻よりも、やや遅れて動きだした機体は、誘導路を進みます。海岸沿いの滑走路に入り、すぐに離陸です。
ゴーっと音をたてて、北西方向に向けて離陸。18時15分頃離陸しました。
 離着陸の間、電波を出さないモードにするなどの一定の条件のもと写真撮影ができるようになりました。よって、カメラ(といってもスマホの)を構えて撮影準備です(笑)。スマホは「機内モード」にします。
 さあ、ここからしばらくは、空からの景色をお楽しみください(笑)。 

 ↓ 離陸してすぐに、お台場沖合の上空を飛びます。
   北の方向に向けて離陸したため、都心部をネオンに輝く街並みを間近に見ることができました。
   ネオンに輝くレインボーブリッジが見えます。写真の左下、ぐるっと迂回しているゆりかもめの線路が
    思ったよりも輝いて見えますね。
    判別できませんが、日本科学未来館も写っているかも知れません。ん~、ギリギリ写真の枠外かな?。

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↓ ぐんぐん高度が上がっていきます。これが大東京のネオンの輝き。
隅田川の河口付近ですね。
(窓に反射してスマホが映り込んでいます・・・・・。)

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 更に進んだところ。高度が上がってきました。隅田川?と思いきや、その東側の荒川の流れですね。
写真の手前、南側の海岸部は、葛西臨海公園です。つい、一カ月前の8月には、地上から上空を飛ぶ飛行機を見上げたものです。
 スカイツリーは撮影していませんので、悪しからず。

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 葛西の手前(東の千葉側)に目を転じると、一段と輝くエリアが。
 荒川の河口付近、かつての砂洲上に造成された埋立地にある東京ディズニーリゾートのテーマパーク(つまりランドとシー)と取り囲むホテル群です。連休中、この時間帯でも賑わっていることでしょう。ホテル群も軒並み満室ですね。
 園内のアトラクションの照明がひときわ輝いて見えます。写真で写っていませんが、シーのボルケーノのモニュメントも上空から確認できました。
 首都高の湾岸線が大きく、カーブしています。首都高の両側は住宅地で、家々がびっしり並んでいます。

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↓ ディズニーリゾート付近の拡大。
荒川の河口付近のやや上(都心側)に見える丸い光は、葛西の「観覧車」のライトアップですね。
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↓ 更に撮り直し。

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↓ ディズニーリゾート(ランドとシー)から遠ざかりました。荒川の河口の先には、光の筋がカーブを描いています・・・。ゲートブリッジと通行する車、街灯の光でしょう。
  遠くに富士山の頂きが突き出ています。夕焼けに照らされて、三角形のシルエットが浮かび上がります。
 都心部のネオンの光と茜色の夕景と富士山のシルエット、「珠玉の一枚」です(笑)。

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↓ 富士山の拡大。
  しかし、あまり上手く撮影できませんでした(苦笑)。
  初秋の夕焼けと富士山のシルエット、大都市東京のネオンの光景は、写真で見るよりもずっと幻想的でした。

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 機体は、関東平野の上空を飛びます。千葉県上空から茨城県、栃木県上空を飛んでいるのでしょう。先に洪水があって大きな被害が出たと思われる川の上空も飛びました。いくつか、川の流れが眼下に見えました。地上の被害などまるで無かったかのように、機体は高速で通過していきます。
 やがて、日は暮れて、下の世界は雲に覆われたようで見えなくなりました。少し、寝ます(笑)。

 と、目が覚めました。どうやら、青森県の上空のようです。すぐに、黒い海の上を飛ぶとやがて、街の光が見えてきました。さて、どこかな?と思いました。
 離陸からまだ一時間も経過していません。「函館にしては、まだ早いな。」とも思いましたが、上空から見る街の様子は、間違いなく函館の夜景です。
 「100万ドルの夜景」と形容されるように、函館の夜景は有名ですが「それにしては光が少ないな。やはり函館ではないのではないかな?」とも思いました。しかし、函館です。随分早い上空到達です。羽田から(函館上空まで)一時間もかからない・・・・。意外にも東京は「北に近い」大都市です。東京・福岡路線よりも東京・札幌間の航空路の方が距離が短いですからね。特に「緯度」が異なる場所を高速移動すると地上の気候が変わるため、変換が多いので風景が変化することが一層不思議に感じます。(もっとも、この時は夜間の飛行なので地上の風景は分かりませんが・・・・。)


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↓ 拡大。ピントが・・・・。

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↓ 再度拡大。ピントを合わせます。写真左の暗くなっている部分が函館山。
函館の街の様子がよく分かりました。機体から見て、逆扇型に広がっています。

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 函館の周囲は漆黒の海です。船も浮いていますけどね。昔は知りませんが、函館の夜景の照度も少なくなっていると思います。街自体の規模も縮小しているのではないでしょうか・・・・・・。周辺も含めて人口が減少していると思います。  
 人口減少を反映してか、市街地から離れると陸地の光自体が少ないです。先ほど、東京の郊外上空で見た夜景と全く異なり、光がほとんどありません。上空から見てみると都市の繁栄は、都心部のみならず周辺人口の多さとも関連していることが分かりました。
 函館空港も見えるはずなのですが、滑走路の誘導灯は上空から確認することができませんでした。上の写真にわずかに写っていますが、海岸沿いの長方形の暗くなっている土地が空港の滑走路と思います。

 海の上を北海道の沿岸に沿って飛び、5分もすると、又は10分もしないうちに室蘭の街が遠くに見えてきました。更に進むとすぐに苫小牧と思われる街の光の上空を飛びました。羽田からわずか一時間余りで札幌付近まで飛んできました。飛行機は速いです。

羽田空港 モノレール国際線駅付近 (北海道へのたび プロローグ)

 (新章突入です) 2015年9月20日の日曜日、「五連休」の二日目です。

 かねてから計画していた北海道を旅行に出発します。
 今回の旅行に合わせるかのように偶然のタイミングで発売された「北海道旅行券」を大いに活用しました。この7月から販売となり、私達はあらかじめ購入。9月から使用開始となりました。
 額面は1セット10,000円、これを7,000円で買える。なんと3割もお得!!。対象は道内在住者向けと道外在住者向けと分かれています。私達は道外在住者向けの「北海道旅行券」を購入して使用しました。
 「新千歳空港以外の道内空港に到着するか、出発するか」のどちらかでないといけません。鉄道利用の北海道入りは対象外でした。「航空機、なおかつ新千歳『以外』利用」が条件ですね(笑)。

 ↓ モノレールの車窓から見た 羽田空港、国際線ターミナル横の様子。横風用滑走路付近です。
   雲が低い。綿菓子のようにポンポンと浮かんでいます。晩夏、初秋を思わせる高く青い空。

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 実は、空港駐車場を確保できるか、微妙な情勢でした。秋の五連休、駐車場は満車となり、ややもすると入口で大渋滞が発生する事態も想定されます。予約すれば良かったのですが、気づいたときは、予約は締め切っていました(苦笑)。
 そこで、当日ぶっつけ本番、車で出発することにしました。前日にあらかじめ空港駐車場の空車状況を見ると、空港にある駐車場、すべて「満車ではありません」でした。「これは、明日も希望が持てるかも(駐車できるかも)」と淡い期待をしました。
 で、その翌日(つまり出発当日)、午前中の早い時間帯の段階では、空港駐車場は、P1、国際線ターミナル駐車場に空きがありました。しばらくすると、P1が満車。「これは、いよいよ危ないぞ。」と思い、国際線駐車場に駐車するべく車で出発しました。幸い、空港までの道中、渋滞はありません。「上り路線」は混雑していませんでした。首都高の「空港中央」(正式には環八××というのかな?)ランプで降ります、ターミナル1の前を通ります。(川崎側からみて)手前にあるP1は「満車」の表示。入口で車が並んでいるのが見えました。(駐車場の)入口は、ターミナル前の道路の裏であるのに、道路側まで並んでいるので、これでは、いつ入庫できるか分かったものではありません。
 P1は通過、P2も当然ながら満車。再度地下に潜り、滑走路の下を通るトンネルを通り、国際線ターミナルへ。国際線ターミナルに隣接する駐車場の入口前には「空」の緑色のランプが。ほっとしました(笑)。しかし、入口ゲートの前は十台くらい車が並んでいます。駐車場の発券機が順番に作動しています。まさか、この時点で満車にならないよね!!?、と少し心配に(笑)。
 昼間の時間帯は、国際線の発着は少ない。一度満車になると、次にいつ空車が出るか分からないからです(苦笑)。しかし、、数分待つとゲート内に入ることができた。

 ぐるぐと通路を登りながら、上の階に行き、車を停める。ぱっと見たところ、駐車場は満車です。ともかく、空きの電光表示に従って空いているスペースを探し、無事に駐車できました。やっと安心です(笑)。
 荷物をおろし、エレベータで出発ロビー、モノレールの駅のある階へ降ります。

 ↓ 国際線駐車場から、国際線ターミナル内へ移動。
   午後の時間帯、連休中とはいえ、人は少なかったです。
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国際線駐車場。当たり前ですが、国内線利用者でも利用できます。

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国際線駐車場の出口ゲートをわき目に(動く歩道を)進む。窓の外の景色の先は多摩川です。

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 国際線駐車場のビル。屋根のある一番上のフロアではまで空きがあったようです。五連休なのに駐車できて、よかったです。ホントに安心しました(笑)。満車の場合は、都心部の駐車場に停めて、京急かモノレールで空港に戻るつもりでいました。都心部ならば、どこか駐車場の空きはある筈だからです。「杞憂」とはこのことでしたね(笑)。

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 さあ、出発と思いきや。フライイトは夕方。五連休ということもあり、昼間出発の便は満席で予約できませんでした。モノレールの国際線ターミナル駅から都内に出て、時間を過ごします。
 既報の通り、上野の国立博物館に向かいました。「クレオパトラ展」の見学です。浜松町までモノレールに乗り、山手線に乗り換えて上野見物です(笑)。

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↓ ホームから東京湾と多摩川河口方向。

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↓ ホームから東京湾と多摩川河口方向。
ホームの端に「撮影ポイント」を示す看板があります。

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↓ と、着陸機がやってきました。海上に浮かぶかのような、(アクアラインの)通気口が思ったよりも大きいです。
海に浮かぶ巨大な「たまご」のようです(笑)。
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↓ 上の写真を更に拡大したつもり(笑)。
ブルーの機体は全日空機でしょうか?。

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 上野に行った後、浜松町からモノレールに再び乗り、羽田に戻って来ました。
↓ モノレールの駅の改札付近様子。モノレール沿線の東京の街と路線の模型がありました。
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地下から、出発ロビーに長いエスカレータを昇りました。夕方5時過ぎ。出発まで約1時間です。







伊豆のたび 総括(東京ラスク、田子 鰹節)


  2015年9月5日 (遅れての記事投稿です。)
  
 日帰りのお出かけでしたが、初めての訪問場所もあり、収穫の多い日帰り「たび」でした。稲刈りより一足早い、「収穫」の秋でした。「秋」とはいうものの、海水浴ができましたが(笑)。
 湯ヶ島の東京ラスクの工場「東京ラスクファクトリー」、伊豆は一年ぶりですが、「東京ラスク」は、ほぼ3年でした。
 ↓ 買って帰り、家で食べたラスク。
   「ヘーゼルナッツカフェ」 私がチョイスした「わさびラスク」の写真はありません。
   あっという間に食べて無くなってしまいました(笑)。

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↓ 西伊豆、カネサ鰹節商店。「田子の鰹節」を購入しました。
  購入した本枯鰹節の写真はありません。が、早速削って食してみると、薄味ですが、鰹のこくのある美味でした。削って、炊きたてのごはんに、そのままかけて食べても「ふりかけ」となります。決して塩分摂りすぎにはなりません。

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ベアード・ブルワリーガーデン(Baird Beer) 見学と商品購入 伊豆 修善寺

  2015年9月5日 (遅れての記事投稿です。)
 伊豆 修善寺にある ベアード・ブルワリーガーデン にやってきました。地ビール会社「ベアード ビール」の工場です。

 ↓ 自宅で飲んだ ベアードビール。(Baird Beer) 。日本語での表記は難しい。「ベアード ブリュワリー」と描かず、会社としては「ベアード・ブルワリー」と表記しています。
  
 工場ショップ内にあった名刺には「タップルーム」といって直営のお店の紹介がありました。  
 原宿、目黒と神奈川には横浜にあることが分かりました。沼津港のお店街にもあります。深海水族館の近く、魚市場食堂への道路の途中の立地でした。今まで気づきませんでした。
 
 写真は「タップルーム」の名刺とビールの瓶です。(後日自宅で撮影)
 「アングリーボーイ」という名の銘柄。「ブラウン エール」です。
  ラベルのデザインは「怒った少年」を表現したようですが実際は違って、かなり怒った男の人、しかもサムライのカブトを被ったかのような、いかつい男が怒っているご様子。怒りを表すのかカブトの額の所に「炎」の文字が絵の中に見えます。 「Angry Boy Brown Ale」のデザイン文字の両脇には「闘志」と文字が分割して入っています。どこまで怒れば気が済むのでしょうか!?(笑)。

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 ↓ ビールの色合い。。深いです。
    写真の端に写り込んでいる「ひろしまアンテナショップ」の割引き券はおまけです(笑)。

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 ↓  富士山のデザインのラベル。「ライジングサン ペールエール」です。
 ラガー、スーパードライに慣れた日本の消費者にとってはビールの味は判別し難いかも知れません。
 苦くもなく、薄くもなくといった味わい。アルコール度数は5.5%です。「アングリーボーイ」に比べると低い度数です。その分、飲みやすいです。私は一番のレギュラー味のビール銘柄なのかな?と思い購入しました。
 
 ビールごとに、種類や味わいを意識したラベルデザインになっています。非常にデザイン性の高いラベルです。飲んだ後にそのまま置いておけば、装飾品にもなります。

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 冷やして飲んだので、瓶に水滴が付いています。しかし、地ビールは元々常温で飲むことが多いと思います。水や通常の飲料、健康飲料替わりでしょうか?。
 「良薬は口に苦し」というべく、薬用として捉えるならば、ビールは常温で飲んでも味わいがあると思います。
 
 もう一種類は季節醸造のビールを購入しました。季節商品は「BB」と簡単なラベルでした。
 「ショイ・デ・ビブレ ゴールデン エール」。商品の説明はあまり詳しくありませんでしたが、ベルギービールをイメージしたようなので買ってみることにしました。

 私が購入した商品の説明は・・・、
 「アングリーボーイ」は「つかのまのモルトの甘さと予測できないホップの苦み。」、
 「ライジングサン ペールエール」は「日本の美学「究極のバランス」。」です。 

 購入はしませんでしたが、「スルガベイ インペリアルIPA」という銘柄は、直訳すれば「駿河湾帝国」なのでしょうか?、「まるで夜空を鮮やかに彩るホップの花火大会だ!」という説明文で、ラベルは「打ち上がる花火」のイラストでした。

 販売用の冷蔵庫の中には、10種類以上の銘柄が置いてあります。どれがおすすめなのかは、分かりません。銘柄の説明は文学的で、ある意味抽象的で、内容がつかみにくいです(笑)。
 後日、よーく同社のウェブサイト見ると「定番商品の中で、主力商品は無い・・・・」ようなことが書いてありました。どうしても、大手ビールメーカーのように「主力商品+α」と考えてしまう自分がいました・・・・・。

 ベアードビールでは「エール」が一番種類が多かったように思いましたが、「エール」「デュンケル」「ペールエール」「スタウト」など基本的なビールの種類については、説明があるが、よく分かりません(笑)。ある程度の「玄人向け」のような感じでした。私もある程度予備知識はあるつもりでいしたが、何を買ってよいか戸惑いました。
 「ペールエール」は知っていたので、上の写真の「ライジング・サン」を買ってみる動機となりました(笑)。
 私はクロビールが好きなのですが(特に理由は無いけど・・・)、黒いビールもありましたが買いませんでした・・・・。
 黒ビールとしては「島国スタウト」という商品がありました。説明文は「漆黒のドライさと香ばしいスモーキーなアロマ。」とありました。
 「黒船ポーター」という銘柄は「ビタースウィートな味わいの余韻。 アルコール度数6.0%」の説明。黒ビールとは書いていませんが、何となく黒ビールと分かる程度。
 やはり「文学的、抽象的」な説明です(苦)。説明文だけでは分からないので、黒ビールは次回にしましょう。

 値段は、私の買った商品はいずれも一本450円でした。すべて同一の値段ではなかったと思います。もちろん、大手のビールと比べると高値です。地ビールは、大手と比べて値段では対抗できない。「味」「品質」などで差別化を図ることが必要なのですね。
 この「ベアード ビール」、地ビールが解禁されてから参入したので、会社としての比較的歴史は新しいようです。アメリカ人の社長が日本人の夫人とここ静岡県で創業したそうです。最初は個人経営の規模から始めたようです。工場内にもベアード ビールの歴史の説明がありました。
 社長はビールの醸造に、かなりこだわりがあるようです。販売しているビールの銘柄と解説を見て、そう感じます。職人技ですね。販売面では、タップルームの経営も。デザイン性の高いラベルも、消費者の印象に残るラベルを創り、リピーターを拡大のための戦略なのではないかと感じました。

 技術力(職人技)と販売力、地ビールのマーケット拡大には、これら両方を成立させる必要があると思うので、なかなか大変と思います。是非、応援していきたいものですね。

 工場の建物を出て、再び車に乗ります。先客の家族連れグループは、まだ歓談していました。私達は、元来た国道には戻らず、消防署近くの橋に通じる道を通りました。国道の対岸の狩野川沿いの道を通り、修善寺経由、伊豆スカイライン経由で帰路につきました。

 ↓ (既出) ベアードブルーワリー。工場の見学通路とショップへの入口。


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ベアード・ブルワリーガーデン(BAIRD BEER) 修善寺工場 見学


  2015年9月5日 (遅れての記事投稿です。)

 伊豆、下田の白浜海岸からの帰途。河津から天城峠経由の道です。東伊豆の国道を海岸沿いに通らず、湯ヶ島経由で修善寺に出て、伊豆スカイラインのどこかのインターから帰路につくのが実は早いと思います。
 途中、この日の午前中に寄った湯ヶ島の東京ラスクの工場「東京ラスクファクトリー」も通りましたが、すでに閉店時刻を過ぎています。
 日没時刻を過ぎ、周辺は暗くなってきました。夜の国道を走ります。湯ヶ島の温泉会館を過ぎて、狩野川沿いの台地に出ます。川に近いどこかに本日の目指すポイント「BAIRD BREWERW」がある筈です。場所がどこか、分かりにくい・・・・。国道からとある道を(修善寺方面に対して)右折し、田?、畑?の中の畦道のような細い道路を通り、迷いました。「あれ」っ、この辺で間違いないのだが?」とウロウロして、やっと工場の看板を見つけました。場所は「ほぼ合っていました。」
 更に、河原沿いへの段丘を下った突き当りにベアード・ブリュワリー(BAIRD BREWERW)の工場(ベアード・ブルワリーガーデン)がありました。まだ新しい工場で2014年に稼働を開始したようです。まだ稼働して1年余りしか経過していません。
 どうして、この新しいビール工場を知ったのか?。それは、少し前の某経済紙です(笑)。アノ、毎週掲載されるランキングですよ。
 「行ってよかった ビール工場見学ランキング」の第二位くらいにランク付けされていたのです。私が行った工場としては、沖縄の「オリオンビール」の工場も入っていました。神奈川ではアサヒビールの工場(比較的新しい)、鶴見のキリンの工場も入っていたと思います。
 伊豆に来たのは、一年ぶりであることはすでに書きました。前年は東伊豆から゜来て、西伊豆から帰って、近くの国道を通過したのですが気付きませんでした・・・・。

 さて、工場の敷地内に車を進めました。敷地内は暗くて、駐車場の表示を見つけることができせんでした。日没後で辺りが暗くなっていたこともあります。しかし、人の気配が無い。車が停まっていない。しかし、建物内部から電気の光が漏れています。 日没時刻も早くなり、夜ともなれば秋の気配。虫の鳴き声が聞こえます。
 そもそも、この時間でお店はオープンしているのか?、とも思いました。

 ↓ 建物の三階のエレベータを降りたホールにあるモニュメント。
    会社名の表示とおそらく、創業初期に ビールを醸造していたであろう、タンクと現在?、販売に使用されていると思われる業務用の樽缶?、ビアタンク?などが展示されています。

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  工場の建物の側面。「修善寺」と表示しています。看板の反対の先は、林と川です。工場内へのドアがついています。原料を搬入したり、製品をここから出荷するのでしょう。このときは、夜間で稼働していませんでしたが、平日の日中はここでトラックが行き来しているのではないかと思います。

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 見学通路とシッョプへの入口。看板がありました。営業時間は20時までと表示してありました。
 入口近くの他の車が着ても邪魔にならない場所に車を停めます。建物の中に入ります。

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 上述のように、一般の客は、三階でエレベータをおります。廊下の先には、広いスペースにイスとテーブルが置かれ、商品を販売するカウンターとレジがありました。数人の家族連れのグループがテーブルで話をしていてにぎやかでした。子連れのグループでした。
 彼らが乗って来たと思われる車が、敷地内に停まっていなかったので、別の場所に駐車場所があるのか、近くの宿泊施設からやって来ているのか、または地元の人達なのかな、と思いました。他に客がいません・・・。土曜日の夜の割にはすいています。まだまだ気温が高いので、冷やしたビールを飲む人は多いと思いますが・・・。
 もっとも欧米ではビールをキンキンに冷やして飲む習慣はあまり無いと思います。通常、ビールは常温で飲むのではないでしょうか。日本人くらいでしょう。「キンキン」というのは。

 工場の入口に大きくお店の看板を出していないので、ここは製造がメイン(の工場)でショップ、というか販売のバーは、メインではないのかも知れません。食事のメニューもビールのお供のスナック程度です。あくまで、ビールを楽しむための飲食スペースのようです。
 スペースの片隅に冷蔵庫があり、瓶入りのビールを販売しています。カウンターに持って行って購入しました。
 一本450円でした。色々な種類のビールがあり、独特のラベルデザインが目を楽しませてくれます。

 ↓ 飲食スペースは写真の左の奥です。カウンターがあり、レジの子が一人いました。
   地元の高校生の(アルバイトの)感じの女の子がレジを打っていました。
   テーブルとイスがいくつも設置されて、ビアホールにようになっています。「バー」と呼ぶべきでしょうか。
   Tシャツも販売していました。

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 ガラス窓からは工場内部を見下ろすことができます。工場内は撮影禁止だったと思います。よって、写真はありません。醸造タンクと思われる金属製の大きなタンクが並んでいます。
 ガラス際には、樽の上に設置したオシャレなテーブルが置いてあり、カウンターでビールを注文し、ビールを片手に工場の生産設備を見下ろしながら、飲むことができます。
 日中は、定員制で説明付きの工場見学が何回か実施されるようです。私達が訪れたときは、当然説明付の見学ツアーの時間外です。定員も20人くらいで多くはないようです。予約は困難!?。

 ↓ 工場内 トイレの前の通路。 デザインされた絵が飾ってあります。ビールのラベルの絵です。
   装飾性の高いデザインです。
   工場内に目を転じると、材料が置いてあります。黒糖の袋(20キロ入り)もありました。
   「奄美産」と袋に印字されています。

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 見学者の入れる建物内部のスペースとシッョプは明るく電気が煌々としています。外に出ると真っ暗で、敷地には街灯がほとんどありません。狩野川のほとりの自然環境の中にある工場といった立地です。川を挟んで反対側には、家もあります。朝に通ったときは、林の陰に隠れていたのか、この新しい工場の建物を見ることはできませんでした。

↓ 工場の建物と入口。大きな看板はありませんが、入口のドア近くお店の立て看板がありました。

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 入口の拡大。三階が工場見学通路とビールの販売、飲食、ショップスペースになっています。

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 工場の建物(左)と敷地内の様子。敷地は、芝生が植わっていて、写真には写っていませんがバスケットのゴールもあります。おそらく経営者の趣味ではないでしょうか。

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伊豆 白浜大浜海岸、白浜中央海岸 遠望

 2015年9月5日の夕刻 (遅れての記事投稿です。)

 伊豆、下田市の白浜。
 海水浴を終えた私達は、車で出発し帰路につきます。
 国道を通ります。途中、白浜海岸からも、河津方向へ車を走らせて、すぐの地点なのですが、展望スポットで車を停めました。白浜海岸を眺めることができます。3年前に来たときもここに立ち寄りました。
  

↓ 伊豆 白浜海岸の遠景。

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 写真の左が白浜大浜海岸。確かに砂が盛り上がっている様子が見えます。
 昨年来たときは感じませんでしたが、実際に泳いでみて、更に遠くから眺めてみて、初めて気づきました。

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拡大。白浜中央海岸でしょうか。

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↓更に拡大写真。白浜大浜海岸
確かに砂浜が海に向かって「傾斜」しています。白い砂を積み上げたかのようです。

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白浜海岸の手前に小さい島がありました。堤防で陸地と繋がっています。


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↓ 沖合。この日、伊豆諸島は見えませんでした。
本来ならば、伊豆大島がかなり大きく見えます。その横にぴょこんとした「利島」が見える筈です。


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再び出発。国道を通り、溶岩でできた、断崖脇の道を通り、河津町へ。河津桜で有名な道に国道を曲がります。川沿いに再び伊豆の山側へ。天城峠経由で帰ります。

伊豆 白浜大浜海岸 9月の海水浴

 2015年9月5日 (季節は真逆、遅れての記事投稿です(笑)。)

  伊豆、下田市。

  ↓ 白浜大浜の海水浴場。この日は、午後になり曇ってきました。
   晴れ間も、たまにありましたが、全体的にどんよりした天気でした。
   9月の海水浴です。学校の夏休みが終わって9月最初の土曜日、まだまだ人は多いです。
   気温は30度は無いでしょう。ただ、水温は比較的高いので、水に入った後でも寒さは感じません。
   8月までは禁止されていたサーフィンが解禁されているので、沖合はぶつかってしまいそうです。

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 浜の南端に近い砂丘の上に場所を取り、拠点としました(笑)。砂浜は盛り上がって、波打ち際までは砂丘を下るような感じです。写真では、感じませんが、砂浜の上から、水際までは高低差がありまい。10メートル近くあるような。干潮だったので、よけいに高低差を感じたのかも知れません。拠点から、海に入るには、途中、砂の段差をよっこらせ、と降りる必要がありました。子供では少し高い処から飛び降りるイメージです。
 それだけ、砂が堆積しているのか、はたまたブルドーザなどで砂を盛っているのか?。何となく、後者のように感じました。というのは、北西に行くにつれて、砂の段差は低くなって行くからです。白浜中央海岸に行くにつれて、砂丘が無くなるというイメージです。

↓ 北西方向。砂浜の斜面の傾斜があります。
写真奥では傾斜がなだらかです。

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 稲取方向。白浜は3年前の秋に来て以来です。稲取のピコッと海に突き出た平餅状の岬が見えます。
 写真では霞んでいますが、実際には目立ちます。崖に囲まれ、伊豆半島の山が海に突き出た崖の合間に形成された白い砂の堆積地が白浜海岸であることが、この風景からよく分かります。
 
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 沖合ではサーファーが。8月までと違って看視員はいないので゛、勝手に遊泳していることになります。これだけ人がいるのに事故があったらどうするのでしょうか。

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↓ 浜の様子。 波が穏やかになった瞬間です。曇ったり、少し晴れたり・・・・・。
 あの梅雨明け後10日間くらいの「カーっ」と晴れる快晴の夏!、では全然ありません。9月のやや涼しい海です。繰り返しになりますが、今年の夏の暑さも急激に尻すぼみになりました・・・。エルニーニョの影響でしょうか。

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 沖合まで泳ぐと、サーファーと目が合います。「なにやってんの?このおっさん?」といった目で見られます(苦笑)。20歳くらいのサーファーの女の子もいます。はたと、目が合いました。私は海中から頭だけを出したタコ坊主状態です(笑)。
 彼女が乗っているサーフィンのボードとぶつからないように、私に注目したのですが、「何なの、こんな沖合まで、このハゲ!!」と彼女は心の中で思ったでしょう(苦笑)。私も加齢のせいか、頭髪が水にぬれると、ハゲが目立つようになりました・・・・(苦笑)。

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 南端の岩場付近で主に泳いだのですが、岸に近いところでもお魚がいました。白っぽい、あじの仲間のようなお魚でした。水も思ったよりも、透明度が高いです。エメラルドグリーン色です。砂が水中に混ざってにごりやすいですが、湘南海岸付近の海とは、まるで水の透明度が違います。

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  ヒリゾ浜は緑サンゴの浄化作用や速い潮流、岩場の海岸のため、もっと水が透明なのですね。

 夕方、5時ともなると浜から帰る人も多くなりました。空いて来ました。私達も引き上げることにしました。駐車場に戻ってみると、車はほとんどいなくなっていました。有料のシャワー室があり、500円の料金を支払い、着替えることができるので便利でした。



伊豆 白浜海水浴場 (海水浴)

 2015年9月5日 (季節は真逆、遅れての記事投稿です(笑)。)

 南伊豆にやってきました。目指すは「ヒリゾ浜」でしたが、渋滞で駐車場に入れず・・・。目的地を変えて谷川浜にやって来ました。谷川浜への渡船の時間もあるので、長く滞在できないのでは、と思い。ここも断念しました。船で渡り、2時間くらいは滞在できそうですが、戻ってくると着替える所が無いようです。よって躊躇してしまいました・・・・。
  谷川浜を出発、白浜に行ってみることにしました。海水浴は白浜にすることとしましよう。混雑具合が分からないのですが、船の時間に左右されないので、心配はありません(笑)。元々、伊豆の海水浴場といえば、「白浜」ですからね(笑)。原点に立ち返って王道を行くことにします(笑)。
 先ほど食事をした「びゃく」の前を通り、国道136号線を進みます。「ヒリゾ浜」への交差点は、真っ直ぐ下田市街地に進み、曲りません(苦笑)。内陸の道を進みます。途中、賀茂温泉の施設は工事中でした。工事中は閉鎖されて利用できないようになっていました。 
 下田市街を抜けて、40分くらいかかりました。下田駅の手前の道はやや混雑していました。

 ↓ 白浜大浜の海水浴場。この日は、午後になり曇ってきました。
   晴れ間もたまにありましたが、全体的にどんよりした天気でした。

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  ↓ 浜の中央付近。海の色が緑色で冷たく見えます。天候のため仕方ないです・・・。
    快晴のときは、透き通ったブルーに光るでしょう。今年の夏は、も8月下旬から、昨年ほどではありませんが、涼しくなりました。天気も悪い日が続いたので、9月になってからの猛暑は無かったような・・・。

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 駐車する場所は比較的簡単に見つかりました。国道沿いのファミマ(コンビニ)を山側に曲がると、緩斜面に駐車場があります。海岸に一番近い駐車場です。ここも空車がありました。すでに午後3時半なので、帰った人も多かったのでしょう。と、道沿いには駐車場の勧誘をしているおじさん、おにいさんが何人がいます。「空車あり」と看板を持って「呼びこみ」をしています。このうちの一か所に車を停めました。敷地内に別料金の有料シャワーがあるので゛、着替えやすいと考えたからです。

↓ (帰るときに撮影。) 駐車した海の家の付近様子。山側の様子です。 

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↓ (帰るときに撮影。) 駐車した海の家の様子。赤い屋根の家の向こうが海側です。

 
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↓ 海岸の中央?、入口付近の様子。「白浜海岸」の記念碑です。
写真、左奥のホテルは有名ですね。「伊豆白浜」の代名詞といっても過言ではありません。

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↓ 碑の先の、砂浜海岸の中心付近で浜の全体を俯瞰して、状況を把握します(笑)。
どの辺が陣地を取る(レジャーシートを敷き場所取りをする)のに最適かな、と探ります。

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浜も南方向、下田市街地側の岩場の付近がよいか?。

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 それとも、北東方向、稲取、白浜中央方面か?。
 ↓ この写真を撮影したとき、雲が晴れうっすら陽射しが差し込んできました。夏らしい光景です。
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波が比較的荒く、サーファーが多いので、北西は避けて、南の岩場方向に行ってみることにしました。
↓ 振り返って、国道やコンビニの方向。
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岩場までは行かないが、その手前付近に陣取ることにしました。
↓ レジャーシートを敷いて座った所から撮影。

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↓ レジャーシートを敷いて座った所から撮影。
 岩場方向。人も少なく、サーフィンをしている人も少ないので、海水浴には適しているかと。
砂浜に寝そべっているビキニの女性二人が写り込んだのは偶然ですので、ご了承ください(笑)。
決して意図的ではありませんよ(苦笑)。
 このときは、わずかに晴れ間が見えました。浜の端っこは、浜辺近くでも岩が露出している場所があるので、サーフィンの人もあまりやってきません。よって、サーフィン規制のない時期の海水浴には適していると思います。

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南伊豆 谷川浜(やがわはま) 妻良(めら)港の渡船場と駐車場

   2015年9月5日 (前回までのあらすじ)

 南伊豆にやってきました。「ヒリゾ浜」が浜に至る道の手前から大渋滞で、駐車場へ車で入ることができませんでした。そこで、昼食を近隣の「びゃく」でとり、同じ南伊豆にある「谷川浜」に行ってみることにしました。
 「びゃく」での食事の記事は別途アップしました。食事の後、午後2時半頃、谷川今に到着しました。せんだって、通った妻良の集落にある港です。
 港には、駐車場があり、車を停めることができます。満車ではなく、かなり空きはあります。きれいな、整備された感じの駐車場です。昨年に来た時は、工事中だった記憶があります。完成したのでしょう。
 この駐車場、8月は有料なのですが。9月は無料のようで、料金を徴収する人はいません。昨年は夏休み最後の日曜だったので、8月でした。今から思うと多分、漁協の婦人部の人だと思いますが、女性が料金を徴収していました。
 
 さて、谷川浜へは「ヒリゾ」と同じく渡船です。「ヒリゾ浜」の開発された後に渡船が運行を開始したので、「第二ヒリゾ浜」ともいうべき浜でしょうか?。ただし、浜の立地条件や海岸線などの様子は、ヒリゾと谷川ではだいぶ違うようです。
 渡船の運航時間は、夕方4時くらいまででしょう。これから渡る人もいますが、滞在できるのは、最終の帰りの船の時刻は分かりませんが、二時間も無いでしょう。
 港の堤防の近くには「谷川浜」への渡船の看板が出ていますが、迷いました。海を見ましたが、時刻表は無く、その都度渡船(つまり、漁船ですが、)が運行しているようです。船が来るかは分からない・・・・・。
 熟慮まではしていませんが(笑)、仕方ないので、谷川浜へ渡るのは断念することにしました。
 改めて今シーズン、チャレンジしようかな、と思いましたが、きたる五連休は北海道旅行の予定なので、今シーズンは断念です(苦笑)。

 ↓ 妻良の港の様子。堤防の付け根の部分に「渡船」の案内看板がありました。

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↓ 拡大。 特に渡船場の待合室や大きな告知看板、時刻表はありませんが、船は往復して行き来しているようです。
 帰りかけたところ、予告もなく、多数の人を載せた船が、入って来て、「あっ、船が来たと」思うと、堤防を迂回して港内に入って来て接岸します。続々と人が降りて来ました。皆さん谷川浜での海水浴、シュノーケリングなどを楽しんだのでしょう。
 この時間から、浜に渡る人もいます。料金を支払って、乗り込んでいます。渡船の小さい看板が一個あるのみですので、パッと見たところ、浜への渡船が本当に来るのか分からなかったです(苦笑)。
 私達も思い返して渡船へ走れば、乗り込みできだのですが、ヤメておきました・・・・。
 浜から戻った人は、港の一角にある公衆トイレ付近の水シャワーを浴びています。着替えルーム、シャワー室などが無いのが弱点でしょうか。公衆トイレで着替えている人もいました・・・・。
 車の傍らで着替えている人も・・・・・。

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 「ヒリゾ」に続き谷川浜も諦めて、白浜海岸に行ってみることにしました。再び移動です。南伊豆を行ったり、来たり(苦笑)。

南伊豆 食事処「びゃく」 昼食

 2015年9月5日

 ここは南伊豆。「ヒリゾ浜」は、駐車場に停めることができず、断念。西伊豆方面から数百メートルでしたが石廊崎経由弓ヶ浜までの道は「ヒリゾ」渋滞でした・・・・。
 すでに午後12時半を過ぎていました。どこかで昼食にしようかな、と思いました。と、先ほど通って来た国道にお店があることを思い出しました。
 谷川浜に戻ることを考えて、道の途中だから寄ってみようということにしました。ヒリゾ浜入口の交差点からは、車で10分もあれば到着する距離でした。

 ↓ お店の看板と国道136号線の様子。
   国道をずっと写真の先の方向に走り、右折して県道?に入り、更に山道を抜けるとヒリゾ浜の入口です。

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 お店の名前は「びゃく」。実は昨年の夏に来た時も、この店の前を通過して西伊豆に向かったので覚えていました。道路沿いに駐車場がワイドに広がっており、停めやすいです。車が何台か停まっています。
 店の中に入ってみます。店内は、大きくて広い感じ。天井の高い、木造の民家のような造りです。案内されて席に着きました。近くのテーブルの先客は、50歳から60歳くらいの夫婦らしき男女、主婦らしき年配の女性のグループなどがいました。私達のあとから、若いカップルがやってきて座りました。

 注文したのは「びゃく定食」でした。本来は、寿司が6貫付くはずだったと思いますが、プラス料金であなごの握りに変更できます。穴子は、伊豆の地物ではないようで「江戸前」とありました。が、江戸前だから、東京湾産か別のところの養殖?で地元産では無いのか、までは断定できません。「江戸前」に握り寿司の意味?。

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  にぎりは、白身が金目、ワラサ?、マグロ?だったでしょうか。私の温うどんを注文でした。暑いからといって「ザルザルザルザル」と言って冷たいモノばかり注文しません(笑)。
 写真には、ありませんが、ツレは麺類を「茶そば」にしていました。

  お店の外観と国道。 ↓
 写真の奥が、妻良方面へのお山道です。看板にあるように「あなご」がお店の売りのようです。
 「磯めし」は分かりませんでした。

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 と、張り紙がありました。「きたる(2015年)9月30日を」もって閉店します。27年間のご愛顧を頂きありがとうございました。」と書いていりました。すると、平成のはじめ頃から営業していたことになります。バブルの最盛期ですね。あの頃は、「ヒリゾ浜」はありませんでしたが、「白浜海岸」は最盛期だったのではないでしょうか?。
 お店の隣には、工務店がありました。建築関係と兼業だったのかな?と思いました。

 あと、話はそれますが、下田の某白い砂浜ビーチの崖の上に建つリゾートホテルも有名でしたね。以前は、新聞広告でもよくみました。「一体、下田のどの辺」だろうと思っていましたが、場所を知ったのは最近のことです(笑)。
 実は、この記事をアップする前のことですが、この「某ホテル」の新聞広告が掲載されていました。ああ、久しぶりだなと思いました(笑)。行ったことは無いのですけけどね(笑)。

 食事をして店を出ます。
 続いて、妻良方面へ戻り、谷川浜へ向かいました。もっとも、料理の写真にも写っているように割り箸の袋には「南伊豆妻良」とあるので、ここも妻良の一部です。
 トンネルを抜け、カーブを曲がり、急坂をヘアピンカーブで下り、妻良の港まで戻ってきました。
  



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りょうげつ

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