良月(りょうげつ)の たび日記

神奈川県 湘南地区在住。折口良月(おりぐち りょうげつ)の神奈川、東京、静岡、山梨、長野など関東近郊地域への行楽、外出。美術館、博物館めぐり。その他国内旅行などお出かけの記録。

2016年03月

 

南伊豆 ヒリゾ浜 (渋滞で入れず) 警察の出動と路駐の状況

 2015年9月5日 (遅れての記事投稿です。)

 ついに、南伊豆にやってきました。この日は、西伊豆側からアプローチします。実は、東伊豆から混雑する道路経由で来るよりも、時間的には短いのではないでしょうか。
 田子で鰹節(背節です!。)を購入。国道に戻ります。すぐに、堂が島の大温泉ホテル地帯となります。ここを過ぎると「仁科」地区。漁港には、昨年食事をした「仁科沖あがり食堂」があります。アノ、いか丼は絶品でした(笑)。
 仁科を過ぎると「松崎」の街です。さあ、今日の食事はここで「塩かつおうどん」だ。 大変な意気込みです。何立って一年越しですから(笑)。昨年通ったときは、「塩かつおうどん」の幟を見ました。しかし、今回は国道沿いにない・・・・。昨年立ち寄った観光協会に行ってみても「塩かつおうどん」のパンフが無い・・・。田子の鰹節店では、チラシがあったのに・・・。松崎の街を二回、ぐるぐる回ってしまいました。結局国道に戻り、昨年「のぼり」があったと思われる店の前にも行ってみたが、告知が無い・・・。「今はもうやっていないのかな?」と思い、通過することにしました(泣)。
 
 昨年の8月にも立ち寄った雲見の街を通過し、山の道を通ります。次の海沿いの入江に面した街は「妻良」です。「谷川浜」の渡船のある街です(笑)。本日の目的地は、「ヒリゾ浜」であるので、そのまま通過します。
 再びの山間の道となり、トンネルを抜け、平地に出て、南に国道から曲がり、更に山を抜け、目指すは「ヒリゾ浜」です。浜に近づいて来ました。昨年通った道です。
 と、何かおかしい。道の先に、車の列が、まさか。浜に入る道はまだ先だし、駐車場は更に先だ。と、車は止まっている。浜に至る道の手前から大渋滞でした。数百メートルでしたが。石廊崎経由弓ヶ浜までの道は渋滞でふさがれていました。
  

↓ ヒリゾ渋滞の様子。

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 道の脇の空き地などに無理やり車を停めて浜への渡船場(つまり、中木港)へ歩いている人がいます。

 ジリジリ進んで、交差点まで来ました。昨年も来た中木集落への道の入口です。その先に駐車場があります。
集落側には、バリケードを設置して通行を禁止していました。パトカーも停まっています。と、一段落したのでしょうか、パトカーと警察官は去って行きました。
 バリケードの前に、交通整理係のあんちゃんがいます。ティーシャツ、短パン、サングラス姿。短い茶髪のおっさんです。警察官のように交通整理をしています。漁協所属の漁師でしょう。
 一台、一台、車に何か説明をしています。車は、集落内の道路に入れずに、走り去っています。
 ウチの車の順番がやってきました。「(駐車場に)入れないの?。」
 おっちゃん「入れません。ゴメンナサイね。」と胸を張って言われていまいました。そのまま、先に車を走らせます。昨年も通った道で、ヒリゾなどを見下ろせる高台に出る道です。ずっと進むと、石廊崎の入口前を経由して、弓ヶ浜(休暇村南伊豆のある所)に出ます。
 
 結局、「ヒリゾ」浜は断念しました。代わりといっては何ですが、(先に通過してきた)谷川浜(やがわはま)に行ってみることにしました。昼を過ぎていたので、その前に食事をしました。食事の記事は別途アップしますね。

 昼過ぎならば「早朝から来た客が帰るので、駐車できる。」と踏んだのですが、想定を上回る混雑でした。

 ↓ 昨年撮影したヒリゾ浜 付近の様子。(以下、同じです。)
 今回の「ヒリゾ浜」断念では、路駐が目立ちました。下の写真の売店の駐車場も満車。というより、ヒリゾに行く人がここに車を停めて、帰ってこないのです。道路の脇の小さい草地にも無理やり車を突っ込んで停めていたり・・・。傾斜のきつい坂道なので、はみ出たりして停めていると、事故を誘発します。売店駐車場から、なんと歩いて行き来している水着姿の人がいます。子連れの家族も歩いています。おとうちゃんは、車を停め、母と子が歩いて先に浜へ向かっているのでしょう。

 道路にはパトカーで出て、警察官がいます。しかし、駐車禁止の違反は取っていません。駐車場は公有地らしく、駐車するのは自由だからです。ツレに言わせると昨年売店の女性が「ずっと駐車している人もいるが、こちらは文句をいえない」そうです。昨年(の訪問時は)は寒くて、混雑していなかったので、気にしませんでしたが、今回は大混雑に直面して「ああ、こういうことだったのか」と理解しました。
 「百聞は一見にしかず」の典型例(苦笑)。

 ↓ 展望台の駐車場は満車ながら、進入して来る車もあり、大混雑。道路も車があふれてノロノロ運転、歩行者が道路脇を歩き、混乱です。

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 いや~、混雑しているのは、駐車場に車を停めることだけなのです。別の場所に車を停めれば、船に乗ることは可能です。指定の駐車場に停めることが、ヒリゾへの渡船に乗る条件ではないからです。
 よって、先ほどのように、道路脇の空き地に無理やり停めたり、既存の公有地の駐車場へ停め、渡船場まで歩けば、港まで入ることはできます。漁協の人は、警察権の一部を委譲され、車の進入を停めているだけで、人の徒歩での進入までは止めていません。
 歩いて進入している人は、適当に車を停めて、やってきている人のみしかいません。歩いて入る人を見て、交通整理のおっちゃんは、何も感じないのでしょうか?。周辺の駐車をめぐって大混乱していることを・・・。 

 実に不公平です。勝手にどこでも車を停めてもよいので、とにかく徒歩で港へ入れば、渡船に乗れます。中木の集落の中には、「駐車禁止」と看板を出しています。集落を少し離れれば、駐車は野放しです。中木集落の人は「自分のところだけ駐車禁止にして、あとは放ったらかし。」で利益を得ていると言えます。

 こんなアホなことがあってよいのでしょうか!?。「正直者が損をする。」とはこのことです。
 先ほどの「胸を張って車の進入を停めている漁師のあんちゃん」の態度を思い出して、一層不公平感が増しました・・・・・。某「テーマパーク化」でしょうかね。混雑すると混乱して、たちどころに人対人のトラブルが増えます。「不快感」とともに「不満感」が増大します。
 二年ごしくらいでようやくやってきましたが、二度と「ヒリゾ浜」に来ることは無いでしょう。残念です・・・・・・。

↓ 昨年撮影したヒリゾ浜の様子。(遠景)
  この日は涼しかったのですが、浜はさそれなりに混雑していました。
  今年は車を停めることができず、写真撮影ができませんでしたが。その混雑ぶりは察して余るでしょう。

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↓ 昨年撮影したヒリゾ浜 付近の拡大。

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↓ 昨年撮影したヒリゾ浜への渡船の様子。

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↓ 昨年撮影したヒリゾ浜付近の地図。とにかく、この高台の看板付近のわずかな駐車スペースも車で一杯。
 路駐があっても完全に公道上に停めている車でないと警察は取締りできないようです。
 よって高台では警察官は巡回しているだけでした・・・・・・。
 途中で引き返して、再び坂を下って、中木の集落(ヒリゾ浜への駐車場)の入口前を通過して、昼食へ向かいました。 まだ、駐車場への道路は封鎖されていました。

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伊豆 田子の鰹節「田子節」 カネサ鰹節商店

 2015年9月5日 (遅れての記事投稿です。)

 西伊豆。海沿いを走る国道。海のそば、断崖の道などを通り、山の中で「田子」の看板が出て来ます。ここを海、崖下方向へ入ります。道はカーブを描きながら下ります。と、カーブの途中に古い、お店の看板がありました。車をあわてて、停めます。下り坂なので、後続車がいないか注意です。急ブレーキをかけて車の速度を緩めると、追突事故を起こしてしまいます。
  
 道沿いにお店の駐車スペースらしき場所がありました。はっきりと看板は無かったような・・・。
 車を降りてお店に向かいます。

 ここは、どこでしょう?。木の板に描かれたお魚の姿が・・・。 

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 ここは「カネサ鰹節商店」です。
 西伊豆の田子にある、有名な鰹節の製造、販売のお店。老舗です。「るるぶ」など伊豆のガイドブックには必ずといってよいほど掲載されています。テレビなどでも紹介されたことがあります。
 工場兼店舗です。斜面の途中の平地に建っています。
 写真の奥は、急峻な伊豆の山です。向かって右のトタン屋根の建物がお店でした。

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 お店の前の道から、川の下流の方向。お店の建物の脇には、小川が流れています。伊豆の急峻な山を源流点とする流れでしょう。川の下がれの、その先には海があります。

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 お店の入口にのれんがかかっています。販売場所はそれほど広くない。「本枯鰹節」がメインの商品ではなく、袋詰めのかつけずり節や、ふりかけなどの瓶詰、袋詰め食品がメインに感じます。
 「しおかつお」の説明パンフもありました。最近ではB級グルメとして「しおかつおうどん」を西伊豆では売り出ししているようなので、本日の昼食としても期待ができそうです。(と思いました。)
 もちろん、私達の目当ての本枯節もいくつか置いてあります。「背節」を購入しました。1本1200円。重さにもよりますが、東京都内、日本橋の「鰹節タウン」で買うよりも、はるかにお安いです。
 店番の人は誰もいなかったのですが、売り場の部屋の奥には和室があるので、声をかけるとご主人でしょうか、老齢の男性が出てきてくれました。鰹節について「物は、よいよ。」というお話でした。

 あっ、「鰹節タウン」の名前は私が勝手に考えた地名で、かつての日本橋が本来は海産物の取引で賑わっていたことに由来します(笑)。
 「腹節」では脂分が多く、味がこってりしているそうでウチの子に言わせると「背節」が好みだそうです。
 その他は、450円のふりかけを二個買いました。
 写真では誰も写真に写っていませんが゛、入れ替わりお客さんが入って来ています。

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 店の奥は、工場(こうば)になっています。朝に作業をするようで、従業員の人は帰った後の感じでした。鰹節が干してある様子は見ることができませんでしたが、工場の屋根の下の通路や手前の部分の作業場の様子が見えました。鰹節を並べて、まとめていぶす、キャスター付のカーゴがありました。鰹を吊るすであろう干し竿?や、金網、作業室の内部は、コンクリが床にうちっぱなしの決してきれいとは言えない感じですが、鰹を煮る釜?のようなモノがありました。

 ↓ 海の方向。別の海産物関係の工場のようです。海に向かって、谷の内側に家が点在しています。
    ここが「田子」の集落です。 

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↓ お店兼工事とその奥の山。
写真左上の方向が国道。写真右方向に向かって下り坂です。

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 国道から下って来る車のスピードは、ものすごく早いです。お店の前には、歩道はありません。お店の前の道も、スピードを出して車両が通過します。事故には十分に注意してください。
 お店を出た後は、海岸近くまで坂を下り、田子の港付近と街並みの間を抜けて、再び山の斜面の道を登り、国道に戻りました。




西伊豆 仁科峠 西天城高原と牧場


   2015年9月5日 (遅れての記事投稿です。)

 伊豆にやってきました。伊豆の山間の川沿いの道を通ります。持越の旧鉱山の工場を過ぎ、更に山の上に続く道は、細くなっていました。やがて川から道は離れ、どんどん登って行きます。途中、道路が太く拡張工事されている所もありました。

 ↓ ここは標高800メートル。とある中部地方の高原です。八ケ岳付近の高原?、
   富士山の付近の山の高原地帯?、いいえ、違います。ここは、伊豆半島、「西天城高原」です。
 


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 高原を突き抜ける風は、どこか冷たいです。半袖を着ているので、思わず、寒いっと呟いてしまいます。
 先ほどの、セミの声と濃い緑の森林に囲まれた湯ヶ島付近の旧鉱山跡とは様子が違います。
 爽やかな高原の風が吹いています。

 峠を越えて、下り坂の途中に車を停める場所があります。展望台のようになっています。絶景です。
 バイクのライダーも自動車で来た人も車を停めて、駐車場から絶景を眺めています。 

↓ 牧場の様子。はるか眼下に海が見えます。駿河湾です。
 雲がどんどん湧き上がっています。海から吹いてくる強い風が、高原の冷たい空気に晩夏の熱気が冷やされて、どんどん雲が湧いてきています。

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 牛舎の拡大。 「牧場の家」があり、乳製品、ソフトクリームを販売しています。
 観光スポットになっています。(写真は無し)

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 ↓ ここは西伊豆町。眼下に小さく見える街は「宇久須」です。入江になっています。あれ、戸田かな?、土肥かな?、とも勘違いしてしまいます(笑)。西伊豆には、このように山から流れる川の下流部のわずかな平地に集落がいくつもあります。急峻な断崖に両脇を囲まれ、入江になっています。天然の良港ですね。伊豆の地形が作り出した雄大な風景です。

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↓ 「宇久須」の拡大。 マーレというか、もう少し円形の入江の地形が「戸田」(へだ)ですね。戸田はここよりも土肥を経て、更に北です。合併の結果、戸田は沼津市ですからね。

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 車を停めた「展望場所」から、海とは反対の山の上、峠の方向。林は少なく、草原や灌木地帯です。
伊豆半島の西側から、海流に乗って吹いてくる強風の影響で、森か成育しないのでしょう。箱根峠から十国峠付近の伊豆半島の付け根の尾根の西側の笹の成育している地帯と同様ではないかと思います。
 中伊豆の湯ヶ島方面から登ってきて、牧場近くになると道は立派な広い二車線になりました。尾根なので、道路が造成しやすかったのでしょう。この牧場付近の道路も整備されいました。

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 西伊豆高原牧場から、道は一気に海に下ります。標高差は約800メートルです。海抜10メートル地点までやってきました。宇久須付近です。海沿いを走る国道に出ます。国道を左折して、更に南に向かいました。
 次に目指すは、鰹節で有名な「田子」です。


 ↓ 中伊豆「天城国有林」の看板。 
     「伊豆営林署」というか、森林管理署は湯ヶ島にあったと思います。
     仁科峠に至る道の途中にあります。光の感じが強いです。低地で「夏」の感じが写真でも伝わります。
     峠付近の高原の風景とは対照的に森林が茂っています。

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伊豆 湯ヶ島~持越(昔の金山跡)


 ※ 新章に突入です。
  2015年9月5日 (遅れての記事投稿です。)

 伊豆にやってきました。ほぼ一年ぶりの伊豆です。ここは、湯ヶ島の東京ラスクの工場「東京ラスクファクトリー」です。伊豆は一年ぶりですが、「東京ラスク」は、ほぼ3年ぶりではないでしょうか?。全く来ませんでした・・・。昨年の南伊豆の帰途は、西伊豆経由でしたし、西伊豆の土肥から中伊豆に戻る場合、やや天城方向に戻れば、東京ラスクに立ち寄ることも可能ですが、そこまでしませんでした

 「湯ヶ島駅」を通過したから、西に国道から折れます。(右折します。)その先は、細い道です。この道が、西伊豆に通じる道だ、ということで進みます。
 湯ヶ島のバスセンター(停留所)の前を通過してから右折です。バスセンターの付近が、天城湯ヶ島の中心部だったのでしょう。作家 故・井上靖の故郷しても知られています。
 細い道は、川沿いに下ります。川の断崖に沿って家、旅館もあります。川を渡ると旅館街です。電信柱には「湯ヶ島温泉」と古い表示があります。先ほどは、湯ヶ島の街の中心部で、温泉は、川べりの断崖の両岸にあるのですね。いわゆる大温泉街ではなく、木造二階建ての古い、雰囲気のある旅館が数軒あるくらいの温泉街です。「文化財の宿」と看板ででている旅館も。確か川端康成が逗留したといわれる旅館だったような。
 旅館街を抜けると、山間の道となります。
 途中、川沿いに田が広がっている地域もあります。バスも通っている?。古いバス停がそのままあります。山間に点々と集落もあります。
 テニスコートの跡地もありました。つい10年か20年くらい前までは、テニスサークルの合宿などで賑わったのではないでしょうか。大学の場合9月でも(学校、専攻にもよりますが)休みですから、クラブ、サークルの合宿は夏休み期間が終わり、料金の下がる9月に合宿することは多い筈です。すると9月のこの時期は、本来テニスの学生でコートには歓声が響いていないと、いけない筈です。温泉+テニスサークルの合宿ですね(笑)。なのに、数面のコートとコートを囲むフェンスは、そのまま放置されて、フェンスの鉄はさび付いて、コートのラバー面は、古びて変色し、ラバーの隙間から夏の間に成長した雑草におおわれていました。現在コートが使用されていないのは、不景気の影響か、少子化の影響か、分かりませんが・・・。
 10年以上前ですが、上の子が赤ん坊のときに遅い夏季休暇を取って(当時住んでいた所から神奈川の実家に)帰省したおり、9月の上旬でしたが伊豆に来た記憶があります。東伊豆の日帰り温泉は、若者で賑わっていました。明らかに(9月でも夏休みで)合宿中の学生サンでした。
 (2015年現在の)この日も東伊豆、伊豆高原辺りは、学生の合宿で賑わっているのでしょうか?。そんな晩夏の伊豆での思い出が蘇って来ました。

 ↓ 伊豆の山間の川沿いの道。持越付近。
   旧鉱山の工場を過ぎたあたり。川の左岸にかつての工場の建物が・・・・。

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 下の写真は、上の写真の下流に位置します。

 工場の看板があります。駐車場もあるようです。が、車が停まっている気配はない。土曜で会社が休業日で訪れる来客がいないから、ではなく、そもそも会社自体が営業していない雰囲気です。

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 工場には、いくつかの建物があり、道路を挟んで点在しています。道幅は広い。トラックが入ることを想定して造成したのでしょうか。工場の建物も稼働していないようです。周囲に人家はあります。個人経営の小さいお店もあります。必要な日用品、雑貨、食品を売っているお店のようです。自販機もあり、サイクリスト姿の男性が一人、自転車を傍らに置いて休憩していました。

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 ここがかつての「持越鉱山」のはずです。伊豆では、最後まで掘削を続けていた現役鉱山(金山)と思っていましたが、現在では操業していないことが分かりました。「内外鉱業」が操業していたようです。選鉱というか、採掘した金鉱石を粉砕して水で流して鉱物を選別する工程場と思われる段々になっている大きな工場建物も道沿いにありましたが、稼働はしていません。ただ、管理している人は現在でもいるようです。点在するかつての工場や倉庫、管理棟などの建物の敷地には、ロープが張られ、入らないようにしていますが、全く放置されている訳では無いと感じました。ついこの前(といっても操業を停止してからは、数年、もしかしたら10年以上は経過しているようだが。)

 この付近の川では砂金が採れるのか?、現在の私にとつての最大の疑問です(笑)。しかし、川での砂金すくいは、本来はできないはず。川で砂遊び程度の位置づけならば何とか可能な程度、と解釈すべきでしょう。こと、伊豆は国立公園に指定されている場所も多いので、国立公園指定地域では厳禁です。
 この日は、海水浴がメインの目的なので、マイ「バン皿」は持参していません(笑)。

 工場を過ぎた先の道端。山の上に続く道は、細くなっています。途中、太く拡張工事されている所もありましたが、概ねこのようなすれ違いが難しい道でした。
 写真の奥から手前右には川が流れています。ザーザーと絶えず大きい水の音。豊富な水量、急流です。
 この急流では「砂金すくい」は無理ですね(笑)。水流に流されてしまいます。
 ↓ 急流の傍らの道端にある「天城国有林」の看板。 
     「伊豆営林署」というか、森林管理署は湯ヶ島にあったと思います。

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 旧金山の工場をあとにすると、道は川から離れて、どんどん標高が高くなっていきます。


 
 ↓  (既出) 東京ラスク 伊豆ファクトリーの全景

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東京ラスク 伊豆ファクトリー 見学 天城湯ヶ島


 ※ 新章に突入です。
  2015年9月5日 (遅れての記事投稿です。)

 伊豆にやってきました。ほぼ一年ぶりの伊豆です。ここは、湯ヶ島の東京ラスクの工場「東京ラスクファクトリー」です。伊豆は一年ぶりですが、「東京ラスク」は、ほぼ3年ぶりではないでしょうか?。全く来ませんでした・・・。昨年の南伊豆の帰途は、西伊豆経由でしたし、西伊豆の土肥から中伊豆に戻る場合、やや天城方向に戻れば、東京ラスクに立ち寄ることも可能ですが、そこまでしませんでした

 すでにお店はオープンしています。9月とはいえ、まだまだ気温は30度に近い。まだ夏は終わりません、といった気候です。第一駐車ば満車で、やや奥の第二駐車場に車を停めました。警備員が出て、入場して来る車を誘導しています。第二駐車場は、敷地のやや奥の高い所にあります。

 ↓ 第二駐車場から見たファクトリーの全景

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 と、のぼりがたくさん立って、テントの屋台のお店が出ています。何でしょう?。この日は「周年祭」でお祭りでした。9月4日-6日の日程のようです。ドンビシャでした(笑)。屋台では、ヤキトリ、ヤキ串肉、ヤキソバなど屋台メニューが。ラスクとは直接関係無いと思いますが、お祭りですので(笑)。焼いているニオイにそそられます。まだ、午前中ですが・・・。
 下の写真、緑のテントの奥には足湯があるのですが、現在は使用されていないようです。止まっていました。
お祭りだからかは、分かりません。外にもイスとテーブルを出していました。
 建物の内側の窓べりは、ガラス張りでオープンカフェのようになっています。

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 窓側のテラス席。空席をやっと確保しました。
 紙コップは、おなじみ、無料のコーヒーです。ソフトドリンク(オレンジジュース)もあります。子供でもソフトドリンクがあるので、飲みながら休むことができます(笑)。テラス席でソフトクリームを買って食べたり、ラスクを買って食べたりします。
 女性向けです。それほど買わずとも、ツレはここが大好きです(笑)。

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 店内の入口。 二階にも上がることができます。ここは、いろいろなサイトでも紹介されていますが、昔の町役場の跡の建物で、議会の議場がそのまま残っています。休憩所になっています。
 ファクトリー隣(敷地の更に奥)には、役所の湯ヶ島支所があります。 

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 ガラス張りの工場内部では、この日もラスクを製造していました。オーブンでバンを焼いて、ベルトコンベアで砂糖や味付けをして、カリッと焼く工程に。以前、見学したときも見たのですが、ラスク用に最初パンを一旦焼いて、更にラスクに加工しています。お菓子であるラスク工場である以前に、パン工場でもあります。ただ、パンそのものの販売は無かったと思います。

 工場設備の内部の写真はありません。撮影は禁止です。

 ラスクをいくつか購入。伊豆ファクリトー限定「わさびラスク」を購入。緑色で抹茶ラスクのようなパッケージです。やっぱり「限定」の言葉をニッポン人は弱いヨ(笑)。

 ファクトリーを出るとき、すでに第二駐車場も満車でした。
 国道を天城峠に向けて走ります。ファクリーを出て、ほどなく、湯ヶ島のバスセンター(停留所)の前を通過(「駅」と表示されていました。)。この付近が、旧湯ヶ島村の中心部です。作家 井上靖の故郷しても知られています。井上靖が少年時代を過ごした家の跡もこの近くです。
 つまり、東京ラスクのファクトリーは、湯ヶ島の中心部よりもやや(三島側から見て)手前です。

 












兵庫県市川町 タズミの玉子  二回目配達 ふるさと寄附金

  ふるさと寄附金 兵庫県市川町。
 (平成27年)11月の下旬に寄附をして一カ月弱で先日精米したお米27キロが届いたことはすでに書きました。されから一か月、年が明けてから、「玉子」も届きました。
 2万円以上で「玄米」が30キロプレゼントされます。今年度はプラスして玉子が付いているお礼品がありました。お礼品、特典の「プラン」と呼んだ方がよいのでしょうか。寄附金額は増えますが、「お米」+「玉子」のセットを申込みしました。
 卵は30個入りでした。生産者から直送です。
 2月に入ってから再び 配達がありました。5000円のプラスでお得です。

 説明のパンフレットも入っています。「濃厚卵」と説明があります

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三菱みなとみらい技術館 航空宇宙ゾーンリニューアル② 「MRJ」の展示

  2016年2月27日

 横浜、なとみらい地区にある三菱みなとみらい技術館。展示リニューアルのプレオープン見学会に行ってきました。年間パスを持っている人に案内が送られてきます。
 昨年も年間パス会員あてには、二月に「海洋分野の展示リニューアル」の通知が来ていたのですが、行くことが出来ませんでした。今回は、昨年のリベンジを果たすべくやってきました(笑)。

  館の入口付近には関係者用の受付もあり、社員が出て対応しています。「重工及びグルーブ会社受付」と表示してありました。
 有料エリア、二階に昇る階段の途中から見たエントランスロビーにある「MRJ」の模型。模型の前には「祝 MRJ初フライト成功!」と手作りの告知看板がありました。
 館内は見学者でにぎわっています。他の見学者がなるべく写らないように撮影です。

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 昨年11月の三菱リージョナルジェットの初飛行は大きなニュースとなりました。
↓ シュミレータのそのままです。場所が移動しました。
  ブラスして機内の座席も一部再現しています。座席上の読書ライトや送風口もちゃんと付いています。
  快適そうな座席です。見た感じ、内装、座席上の高さなど、今まで乗ったことのある
  ボーイング、アエバスの機体と変わりません。

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 客室内にはイスがあります。天井の高さ、収納も実物とか。イスは軽量のシート。737-800のようです。シュミレータ体験は人気で、ざっと見たところ二時間は待つでしょう。写真にはありませんが、機体の模型の後部まで行列していました。一人5分としても、一時間に12人。20人並べば、二時間は待つ必要があります。
 ↓ 座席に座って機外を見る。左はエンジンです。

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 MRJの座席に座って、カメラの準備をしていると説明係の社員の方が「よろしければ、記念撮影のお手伝いをしましょうか?」と声を掛けて下さいました。今さら、私が記念撮影しても仕方ないので、「いえいえいえ結構です。」と慌てて断りました(苦笑)。
↓ 機外と機内の様子。機体の厚みは実物と同じ寸法かは分かりません(笑)。
   MRJの機体模型の周辺では説明係の社員(多分)がたくさん出ています。私が今さら聞いても仕方ないです。本来は、将来のある子供が質問しないといけません。が、私が子供だったとしても、恥ずかしがってあまり質問をしなかったでしょう(苦笑)。よって、こんなショーモナイおっさん(決して「大人」とは言えない・・・)になってしまいました(涙)。あのとき、分かっていればなぁ~、と気付いた時は遅しか・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

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 胴体の側面。先ほど座った窓側の座席が見えます。機体の模様ですが、説明板がありました。
「和風」にこだわり、歌舞伎の「くま」をイメージしてデザインしているそうです。道理で、流線型でしかも速さを感じさせるうえに、日本的なデザインだな、と思いました。

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 ↓ エンジンの側面。エンブレムが付いています。鷲のマークです。

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 しかし、良いニュースだけではありません。初飛行のニュースの後はとんとニュースが入ってこなくなりました。その後、数週間して流れたニュースは、私が昨年の別の記事で指摘(エラそうに書くなって感じですよねっっ(笑))していたように、納期の1年以上の更なる延期でした。初飛行のあとに2500時間も試験飛行して、形式証明(正式名称は知らないので、以後「ライセンス」といいます。)をとり、(初飛行から)1年半後にユーザー様へ納入とは、素人目に見ても不可能です。2500時間は複数機ある試験機の合計なのでしょうが、1日24時間飛んでも延べ100日以上÷機数(報道では4機か5機だったと思います)。
 その後、一回か二回かは知りませんが、試験飛行を行ったようです。以後、MRJに一般のニュースに出ることは、ありませんでした。年明けには、改良して飛行を行ったニュースが流れたのが、この訪問の少し前2月上旬?のことだったような。
 航空分野だけではありません。更に造船部門の巨額損失の計上などの失敗も目立ちします。500億円で受注したのに、設計ミス、艤装工事、納期の遅れで600億の損失(金額はいずれも例です。実際の数字ではありません。)を出して、民間企業としてどうしちやったのでしょうか。さらに艤装過程での失火も・・・。ニュースで知るしかありませんが、船舶内部の火の気のないところでの出火とか・・・・。単にハード面での問題ではなく、「人」の問題もあるのかも知れません。でも企業グループとしては盤石なのです(スゴイ)。
 


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 ↓ 二階の展示の様子。今回の展示替えはありません。三菱が開発した航空機の模型です。
    ここは主に戦前の飛行機。

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 下が滑走路になっています。三菱が開発したビジネスジェットの模型。この機体のエンジンは三菱製でしょうか。

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 上の写真の上部、同じく窓側から撮影。反射してみなとみらい地区の別のビルが写り込んでいます・・・。
 「海軍一式陸上攻撃機」とあるプロペラ機です。
  船舶の写真は以前撮影したので今回は無し。「浅間丸」の模型などがあります。
  この飛行機の模型コーナー、実はいつも人(他の見学者)がいるので、なかなか撮影できないのです。

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三菱みなとみらい技術館 航空宇宙ゾーン展示リニューアル

  2016年2月27日

 横浜にやってきました。みなとみらい地区にある「三菱みなとみらい技術館」の展示のプレオープン見学会にやってきました。年間パスを持っている人に案内が送られてきます。昨年、年間パス会員あてに実は二月に海洋分野の展示リニューアルの通知が来ていたのですが、そのときは行けませんでした。今回は、昨年のリベンジを果たすべくやってきました。
 ↓ 道路を挟んで反対側から見た、「三菱みなとみらい技術館」と横浜三菱重工ビルの様子。
   写真、手前左側のオブジェは、歩道上にあるブロンズ像です。

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 「三菱重工」といえば、昨年11月の三菱リージョナルジェット「MRJ」の初飛行は大きなニュースとなりました。「50年ぶりの国産飛行機、国産初のジエット旅客機」です。初飛行は愛知県営名古屋飛行場でしたが、当日のインターネットの中継はアクセスが殺到してウェブサイトがダウンしてしまったとか・・・。それだけ大きな注目を集めたプロジェクトでした。

 一昨年は二階の展示が改装されて「スペースラボ」などとなりました。昨年は、一階部分の海洋分野の改装です。昨年の記事でも書きましたが、重工グループはかなり展示に投資していますね。
 今年の改装(リニューアル)のメインは言うまでもなく「三菱リージョナルジェット」です。

 ↓ リニューアルオープン後の「航空宇宙分野」の展示室の様子。(パンフレットより。)

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 ↓ MRJの模型の正面。場所が移動していました。内部のシュミレータはそのままです。
 
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 まず実物大と思われる機首部分が現れます。更に、今回のリニューアルで翼とエンジンが付きました。エンジンは、実物大とのことです。翼の下にエカジンが機体の現物と同様に付いています。
 展示の関係上、翼はやや上に展示しています。現実は胴体に付いているので、エンジンの下の部分から滑走路面までは人の身長よりも低い。1メートルあるかないかでしょう。MRJよりも大きなB737、AB320などを見ても明らかです。小型機はエンジンの大きさが他の大型機よりも目立ちます。滑走路に接触してしまうのではないかと思いくらいの高さです。
 例 旧石垣空港でのB737など。タラップで滑走路に降りると、翼からぶらさ下がるエンジンが目の前です。
 ↓ MRJのエンジン模型。「ブレード」が付いています。回転すると吸い込まれてしまいそうです(笑)。

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 以前から報道でもいわれていたように、MRJのエンジンは外国製です。エンジン開発技術が日本には無いのでしょうか。重工自社開発ではないのが意外です。エンジンを含めMRJの部品の約3割以上が外国製品のようです。対して、B787の3割が日本産の部品でボーイングの機体でありながら「準国産飛行機」と日本国内では報道されていました。
 機体はMRJ70と90があります。70人乗りと90人乗りの二種類ですね(笑)。機首付近にはWarnningの表示が。細かいところまで模造しており、本物をもってきたかのようです。

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 ↓ 機体の横にある説明。PW1200G。これがMRJが採用したエンジンなのでした。
   自社でも開発できなかった優れた旅客機用エンジンですね。

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 その他にリニューアルとしたものとしては、H3ロケットの展示がありました。ただし、写真は無し。
 ロケットエンジンの模型の展示もありました。パンフレットには「ロケットエンジンファクリトー」と表示があります。
 ロケットの模型の展示近くに、航空宇宙分野の開発の歴史年表がありました。大きなボードです。
 下のパンフレットの写真と同じ絵が描かれています。アニメ映画で有名になった故・堀越次郎氏のイラストもあります。三菱零式戦闘機、つまりゼロ戦の開発者ですから、自社の従業員だったのです。

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 二階の展示は、特に変更はなし。
 「スペースラボ」は夕方までほとんど一杯。ヘリ体験は最終まで、既に満席でした。
 二階はエネルギー分野などの展示です。一昨年に大幅にリニューアルされ、その際に「スペースラボ」、「カスタムラボ」の体験コーナーがスタートしました。
 エネルギー分野では、まず原子力事業の展示が階段を昇ってすぐの所にあり、風力発電装置の解説もあります。(今回この記事では写真などの紹介は無しです。)
 石油(というか原油)のサンプル展示が、サラサラの中東原油だけでした。そういえば、と今回思い出したように、石油関連事業の展示を見て確認しました。以前は、スマトラ産の泥のような原油の展示もありましたが。産地によって原油の性質が異なる点は重要です。我が国最大の輸入、そして生活、産業にとっての重要品ですから。科学博物館など他の科学系博物館でもここまで詳しい展示は無かったと記憶します。

 ↓ ガスタービンの模型。高温のガスを送り込み、タービンを回転させます。
    原発事故後、この強力なタービンは火力発電に不可欠です。急速に需要が増しています。

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 ↓ 圧縮機ブレード。一階で見た航空機エンジンのブレードに似ています。

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 ↓ ブレードの解説。高温高圧のガスに耐えるそうです。なんと1600度。

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 この日、車での帰途に聞いたFMラジオ放送のニュースでも「みなとみならいの三菱みなとみらい技術館がリニューアルオープンをし、MRJの実物大のエンジンが展示されるなどし、多くの人で賑わっていました。」と流れていました。

 昨年二月にリニューアルオープンしたのは、「海洋分野」でした。
「しんかい6500」の船体模型。海洋ゾーン最大の展示です。
 ↓ 昨年に訪問したときの一階海洋ゾーンの展示室の様子。

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ジョイフル JOYFULL(ファミレス) 朝定食の食事

 2015年8月のこと。

 やってきました。ファミレスです。
 ここは中国地方の某店舗。全国展開しているお店ではありません。西日本にお店があるチェーンのようです。
が、元々関西地域にはありません。更に西の地域をメインに展開しているようです。

 ↓  二階建て、一階が駐車場の典型的な「ファミレス」店舗のつくりです。

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そう、このお店は名は「ジョイフル」。関東地方では、なじみの無いお店です。しかし、近年急速にお店の数を増やしています。東京にもお店を出すということで、この訪問のあとですが、ニュースにもなりました。

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↓ 朝の定食。激安です。ごはんと味噌汁、おかず。漬物も付きます。納豆はトッピングです(笑)。
お茶はセルフで入れます。旅先で簡単に朝食を食べるときには、強い味方です(笑)。

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 この「ジョイフル」。初めて知ったのは、いつのことでしょうか。以前、山陽地方に住んでいたときには、あまり見なかったように思います。その後、山陰に旅行したときに、初めて利用しました。人口が少ない地域では、食事をする場所も限られる。観光地を移動する間、ロードサイドでお店を見つけるのは難しい。コンビニはたくさんありますけどね(笑)。
 そのときに利用した店は、島根県の大田市でした。たまたま「お店がある」と入りましたが、ちょうどお盆の期間で混雑していました。地元民でしょうか、高校生か20歳前後くらいの若い人が多かったです。働いているアルバイトは顕かに高校生なのですけどね。本当にメニューの値段は安いです。
 山陽山陰地方では、お店がたくさんあります。が、テレビで見たのですが、元々は九州、大分発祥とのことでした。
 「関西より西」では必須のファミレスですね(笑)。



尾道より 帰途 (たびの終章) 

 2015年8月

 「しまなみ海道」を通って、再び本土に戻りました。新尾道駅でレンタカーを返しました。今回も安全運転で何よりでした。
 今回のたびの大きな発見は「中国山地の山間地で見た美しい星空」です。本州でこれほど美しい星空が見えるとは思いませんでした


 ↓ 新尾道駅から帰途につきます。新幹線のホーム。
    夏の日も傾いてきました。西日です。

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 駅から海(南)の方向。 遠くに入道雲が見えるのですが、写真ではよく写っていません。
遠くの山は、瀬戸内の海に浮かぶ島の山の峰でしょう。
 入道雲を遠くに見ながら、「ああ、夏の日よ。青春だなあ~。」と感慨に浸ります(笑)。

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 駅から北の方向。

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 JR西日本の「レールスター」の列車が入ってきました。東海道新幹線では走っていなかった車両なので、大阪以東で利用する人にはなじみがないかもしれません。
 かつては、とても速い「ひかりレールスター」として走行していました。鹿児島まで九州新幹線が開通する前のことでした。広島、岡山間でも40分くらいで着きました。8両編成で短いのが難点ですが、のぞみと同じくらい利用価値が大でした。現在では各駅停車の車両として利用されているようです。隣の福山駅て降り、後続の「のぞみ」に乗り換えをして帰りました。


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道の駅「多々羅しまなみ公園」 「マハタ」料理 食事 大三島

 2015年8月

 愛媛県 大三島。「しまなみ海道」を通ってやってきました。
 大山祇神社を参拝し、島の南部をぐるっと周回して、来島海峡を見える地点を通過、再び道の駅「多々羅しまなみ公園」に戻ってきました。隣の島「伯方島」の「伯方の塩」工場も見学できないかな、と思いましたが、隣の島に行くには、高速道路を通って橋を渡る必要があるようなので、時間の関係もあり、断念しました。伯方の塩の工場は大三島にありましたが。

 ↓ 道の駅のレストランでは、「ハタ」を大きくPRしていました。「マハタ料理」とたくさん幟が立っています。先ほどは、昼食の時間には早かったので食べましせんでしたが、再びここに来たのは、午後2時近く。ここでお昼を食べようということになりました。レストランは、混んでいて少し待ちました。それでもピークタイムは過ぎているのに、すごい賑わいです(笑)。店内は広く、テーブル席だけで200人くらいは入るのではないでしょうか。奥には座敷もあります。

  ハタを飼育しているいけすがあります。いけすの上には、巨大なハタのモニュメントがあります。

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 いけすは、二個あります。写真の右は物産店。左がレストランです。正面のガラス窓、戸の先は海です。

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 「マハタ」の看板とレストランの様子。撮影したのは、お昼の時間帯の前、最初に来たときでした。
そのため、レストランの中には人がいません。
 ハタは「幻の魚」とのことです。関東地方ではまず売っていません。アラ(クエ)のようですが、クエよりも小型の魚のようです。タイよりは大きいような。かといって北の海の魚「ハタハタ」とは全く異なります。
 この付近の海で養殖しているとのことです。天然ものでは、まず流通しないのでしょう。

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 ↓ いけすには、ハタやタイなどの魚が泳いでいます。

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 先ほどは、昼食の時間には早かったので食べましせんでしたが、再びここに来たのは、午後2時近く。ここでお昼を食べようということになりました。レストランは、混んでいて少し待ちました。それでもピークタイムは過ぎているのに、すごい賑わいです(笑)。店内は広く、テーブル席だけで200人くらいは入るのではないでしょうか。奥には座敷もあります。

 ※ レストラン内部の様子は 道の駅のウェブサイトでご覧ください。

 店内では、座敷に座りました。座敷からは「サイクリストの聖地」の碑が見えます。サイクリストが盛んにやってきて、記念撮影をしています。団体さんがきていたようで、座敷の席では、食べ残した食器などがそのままにっています。大賑わいですね。

 私は「ハタのうす造り定食」を注文。ハタのお刺身、皮など。あっさりとしていて美味です。スズキのようなあっさりとした食感です。タイよりは魚肉に厚みがないです。薄造りなので、当たり前かと思いますが。

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 お吸い物も付きます。玉子とうふも付きます。

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 子供は、うどんとじゃこめしの定食。暑いですが、温うどんが好きなようです(笑)。
 暑い季節だからといって、冷たい物ばかり食べてはいけませんね(笑)。

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↓ レストランの外観。建物の影に隠れて「サイクリスト」の聖地の

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↓(既出) レストランの先にある碑

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愛媛 大三島 周遊記

 2015年8月

 ここは愛媛県大三島。大山祇神社を参拝、国宝館など収蔵されている刀剣、鎧などの文化財を見学九しました。再び、車に戻り、アイスを食べて、英気を養い(笑)再び出発します。島の南部の道を通り、島を一周します。再び多々羅大橋のたもとの道の駅に戻りました。

 大山祇神社近くの道の駅「御島」を出て、南へ。周囲には、飲食店が何件かあります。が、行列しているのは、「大漁屋」だけ。ただ、お昼時だったので、他の食事店も店の外で待っている人がいました。そのため、お昼は別の所で食べることにして出発しました。
 と、ほど近くに伯方の塩の工場がありました。観光できるようです。見学している人の車も停まっていたように思いますが、通過して進みます。やがて、山道となります。山道を登り切ると、右手に海が見えます。高台から見下ろす瀬戸内の海は美しい。

 ↓ 海峡を挟んで島が。大崎上島です。似た名前の島が多いので、島の名前は覚えにくいです。
   大崎上島は、しまなみ海道のルート上ではありません。橋では本土とつながっていません。
   現在も「島」です。すると開発もあまり進んでおらず、過疎も進んでいるのではないでしょうか。
   橋でつながっている島でも過疎化が著しいのですから。
    海峡の真ん中にぽっこりとして小島があります。いかにも「瀬戸内」の風景です。

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 ↓ やや北西の方向。大崎上島とその先右の奥は、本土の方向だと思います。
   電線が写り込んでしまいました。

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 実は、この付近には、美術館、ミュージアムという建物が二か所ありました。海に面している斜面にはりつくように建っているモダンな家です。ともに白いハウスだったと思います。個人の所蔵品、作品を展示するミニミュージアムのようでした。斜面沿いの道路に面して、車を停める駐車場もありますが、車は数台停まっているのみ。人の気配も外からは、分かりませんでした。

 山道を下り、海辺の道に出ます。途中、宗方という海辺の集落を通りました。漁港のような感じです。ここでは、人がいない。高齢化は相当に進んでいると思います。夏の暑さの中、静まりかえっています。セミの鳴き声だけが、ジリジリと響いています。喧噪のなかの静寂というのでしょうか。海辺を見ても、泳いでいる人は誰もいない。道に車を停め、服を脱いで砂浜に出て、またはコンクリート護岸からドボンと海に入ることも可能なのに・・・。沖合に泳いでいけば、さぞ気持ちいいことでしょう。もっとも、潮の流れが速いので、見た目は瀬戸内の静かな海でも、安易に泳ぐのは危険なのでしょうけどね。
 これだけ、貸しきりビーチが広がっているのに誰も泳いでいないのは、勿体ないです(苦笑)。
 再び山道になり、再び下る。途中で、宿泊施設らしき門の前を通りました。敷地の中には、車が停まっています。ビーチも併設しているようです。と、道路の歩道を上がビキニ、下はショートバンツ姿でサングラスをかけた女の子が歩いていました。ここで海水浴をしているのでしょう。モデルのようにスタイルがよく、ビキニのブラで歩いている姿が眩しい(苦笑)。その姿にハッとしてしまいました(苦笑)。もしかして「マーメイド」!?。
 (あとで、ウェブサイトを見ると旧学校を利用した宿泊施設のようでした。)

 道の途中、景色のよいところで車を停めて、海を撮影します。暑いです。ホントに海にドボンと飛び込みして泳ぎたいくらいです。先程の「美女」が気になります(笑)。
 服を来て、「暑い暑い。」とハイカイしているのが、アホらしいです(笑)。


 ↓ ある地点から南の方向。大島の方向。手前には小さい島も浮かんでいて、島影が重なっています。

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 遠くに、来島海峡大橋が見えます。すると、ここは海の難所、来島海峡です。潮の流れが速い場所ですね。
 橋は小さい島をいくつか通り、三本の巨大吊り橋がかかっています。合計での長さは約4000メートル。とてつもない巨大橋です。

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 来島海峡大橋の拡大。以前通ったのは、いつの日のことだったでしょうか?。ある年の夏の「焼き鳥の日」のこですね(笑)。

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 ↓ 伯方島の方向。

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 ↓ 上の写真の拡大。 やはり、奥の島は伯方島。島と手前に見える大島を結ぶ橋が見えます。
   島影の合間には、造船所らしき鉄の塔、クレーンが見えます。

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 道路は、再び山の斜面の中腹を通ります。集落とまではいかないが、家がかたまっている箇所を通りまます。ここでも人はいない。空家のような屋敷もあります。人が住んでいない家はすぐに分かります。雑草が伸び放題で、雑然とした感じがしますので。橋が本土とつながっても、高齢化は相当に進んでいると思います。
 もちろん、この暑さの中、歩いている住民は皆無でした。
 

 大島との海峡を小型タンカー?、砂利運搬船?が通過しています。大崎上島を通過して、呉方面へ向かっているのでしょうか?。または、このまままっすぐ進むと、松山沖に出るようです。そのまま、門司、関門海峡方面に進のか、または豊予海峡を南下し、外洋に出るのでしょうか。

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 再び、橋のたもとの元、来た道の駅に戻りました。道の駅に近づくと、自転車の人が多い。サイクリストで賑わっています。カラフルなウエァに身を包んでいます。外国人らしき人もちらほら見ます。ツレは、サイクル姿の人を見ると、「ユーかな?」、容貌、外見から外国人と分かると「あっ、ユーだ。」といちいち声に出して言います。
子供達も真似をして言います。既に言うのに慣れています。「あっ、ユーだ。」と。いちいちウルサイです(怒)。
 
↓ 道の駅のレストランの建物の先に、記念碑があります。

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↓ 碑には「サイクリストの聖地」とあります。 
  しまなみ海道が開通した当初に、この記念碑は無かったので、近年建立したのでしょうか。

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大山祇神社 国宝館 見学

 2015年8月

 ここは愛媛県大三島。大山祇神社の境内にある国宝館にやってきました。正確には、紫陽殿と国宝館に分かれています。
 紫陽殿から、渡り廊下を歩いて、国宝館に移動します。紫陽殿から下るような感じで、国宝館へスリッパをはいたまま移動します。国宝館の方が平屋の神社の社か倉庫のような建物なので、古いようです。紫陽殿はあとから建築して、渡り廊下でつなげたのでしょう。
 国宝館の扉の感じは古いです。内部のガラスケースも古い感じ。ガラスケースの中に鎧がズラリと横一列に陳列されています。 

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 渡り廊下の格子窓から。休憩室の屋根のようです。その先には、神社の敷地外の民家の瓦屋根が見えます。
と鶴が飛んでいます・・・・。鳳凰かも?と思いましたが、平等院(お寺)と混同してしまいました・・・・。はてと思いきや、実は窓に描かれた絵でした(笑)。


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 鎧で国宝指定されている物件は、こちら(国宝館)には展示が無いようです。重要文化財指定の鎧はありました。先の紫陽殿での刀剣類は、重文であるのに「その他多数の展示品のうちの一品」となってしまうくらい、たくさん収蔵されていましたが、ここ国宝館の鎧は、文化財指定されていない物も多いです。
 ガラスケースは古くて、木製?の枠。地震が来た場合に割れてしまわないかとも感じてしまいます。 が、陳列品の中でも文化財指定されていない物は多いです。

 展示で一番目立った物は、女性用の鎧でした。パンフレットによると唯一の女性用の鎧のようです。肩や胸元を守る防具がありません。元々無かったのか、外したのか?。パンフレットのイラストでは元々、肩と胸元の防具は無かったように描かれています。
 現代でいうと、タンクトップのように紐で肩からかけるだけの簡易な鎧のように見えました。茶色で(今まで見た鎧と比較すると)シンプルです。女性用だからでしょうか。特段、女性用で小さいな、とは感じませんでした。ただ、キャミ(ソール)のようだなと感じましたが・・・・。

 国宝の銅鏡は国宝館に展示がありました。(私の記憶による。紫陽殿の三階にも古代の銅鏡はあったので場所が混同してしまっている。)
実物は小さかったです。古代の遺跡から出土して展示される銅鏡よりも小さいようなたしかに、唐草模様で、鳳凰のような鳥と獅子か伝説の獣のようなレリーフです。型に流して製作した鏡なのでしょう。すると、動物や草花の彫刻を施した型を造る高度技術があったことになります。斉明天皇の時代といいますから、想像がつきません。西暦650年くらい、大化の改新の時代かなと思いました。航海で大陸へも兵を進めていた時代なので、天皇がここに奉納したことも説明がつくのかなと(勝手に)思いました。

 こちらが、国宝館。朱色でぬられて、新しい感じがしますが、元々は国宝館のみだったようです。正面に入口が付いています。昔はこちらが入口だったのでしょう。

 休憩室もあります。渡り廊下の下をくぐって移動するようですが、行きませんでした。
 

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 紫陽殿に戻り、一階に階段を下ります。紫陽殿の二階と国宝館がつながっています。
紫陽殿一階の売店で図録を購入しました。例の巫女姿の女子高生(多分)がレジを打って、渡してくれました。休憩時間なので、奥のカーテンで隠れた部屋にこもっていて、レジ、商品陳列ガラスケースのとろに、なかなか出てきてくれません(笑)。

 ここに来たのは前年(2014年)の東京国立博で開催された「日本国宝展」も影響しています。そのときの記事でも書いたのですが、代表的な国宝として「義経の鎧」も展示されるのかな、と思いましたが、展示はありませんでした。展示替えは、ありましたが、島根の日御碕神社所蔵の鎧は展示がありましたが。 また、その以前の「大神社展」でも(義経の鎧の)展示は無し・・・・。あの「七支刀」でさえ展示になったのです。(ただ、七支刀は結構博物館の特別展では過去も公開されているようですが)
 「国宝展」では、展示に協力する団体、寺社がはっきりと分かれていました。「大神社展」は、文字通り神社が協力してなり立つものなのですが、姿勢は神社によって大きく異なっていました。大山祇神社は、協力しないのだなと思いました。
 そんなことで、本日代表的な国宝といえる、教科書でもおなじみの「義経の鎧」を見て、私は溜飲を下げたのでした(笑)。



大山祇神社 紫陽殿及び国宝館 国宝などの展示見学

 2015年8月

 ここは愛媛県大三島。大山祇神社です。拝殿の外れにある国宝館にエリアに入場しました。まず、正面にあるコンクリートの建物の中に入ります。
 ここが国宝館です。と、思いきや、正確には「紫陽殿」というようです。国宝館は、渡り廊下で続く、別の建物とのことでした。
 
 紫陽殿に入ります。靴は脱いで入ります。内部の撮影は禁止でした。

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 写真には、誰も写っていませんが、たくさんの入場者があります。四角い建物の中央部には、売店があります。店番の巫女の女の子があます。朱色の袴に白い装束。まさに「巫女」様です。皆、あどけない表情です。明らかに地元の高校生のアルバイトです。ここは都会から離れた島です。学生のアルバイトは高校生がほとんどでしょう。ちなみに巫女さんが写っている写真は一枚もありません(笑)。ちょうどお昼どきで、交代で休憩しているのか、建物の中と外を巫女さんが出入りしています。

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 売店の脇の階段を二階に昇ります。ここにも展示がありますが、メインではありません。神社の社号の額縁、神社の幟(源氏の旗のように白い地に、黒い模様というか、マーク)など比較的大きな展示品があったと思います。神門を守る、武器を持った人形が何体かありました。階段を昇ってすぐのところなので、目立ちます。目がくりっとしていて、睨むような感じです。
 二階は四角い回廊になっていて、休むためのベンチもありました。階段部分は吹き抜けになっています。
 二階か三階かは、忘れましたが、弓と矢の展示もありました。矢の羽根の部分には、装飾があります。が、劣化してかなり朽ちています。

 更に上の階がありました。さほど広くない部屋に鎧や刀剣の国宝、重要文化財の展示がありました。

 三階の壁沿いに、刀剣の展示がありました。重要文化財などの太刀です。鞘と刀身が展示してあります。
と、大内義隆奉納の太刀もありました。あの大内氏ですね。まさか、その後滅びてしまうとは思ってもいなんかったでしょう。時代を経て、人が滅びて刀だけ残っているとは不思議に感じます。

 なぎなたの展示もありました。さやがついていない状態で、いくつか展示されていました。刀身は鮮やかで、刀紋もすっきりしています。銘の読めるもの、銘の入っていないものもあります。どれが、価値があるのかは、分かりませんが・・・。刀の持つところ、ツカの部分はサメの皮を張っているような感じです。つりさする所には、ヒモを吊るす金具がついています。

 国宝の展示としては、護良(もりなが)親王奉納の太刀がありました。鞘の装飾はかなり色褪せしています。が、ツカの部分はサメの皮で装飾しているのでしようか。その名の通り、唐草模様の黄銅かの金属がついています。紐は当時のものかは分かりませんが、附属していました。昔の太刀のように螺鈿を散りばめているかは、分かりません。

 鎧は、国宝のものを探しました。アイランドのガラスケースの中に国宝のような鎧がありました。頼朝奉納のものでした。あれ、教科書などて有名な義経奉納の鎧はと探しましたが、その反対側、うしろから見えない木製片面のカ゜ラスケースに展示がありました。展示室の中央、360度見回りできるガラスケースの中に頼朝の鎧があったので、こちらがメインの展示品のように感じました。

 義経の鎧は、赤色です。全体的に、胸あてには、扇の彫刻があります。細かいところまで、製作しています。胴体を守る部分は布をあてているのですね。布は退色したり、シミがついていて、数百年の古さを感じます。草と花の模様がありました。左右上下四つのスソ板の端には、布でしょうか、丁寧に織り込みをしています。また先端の端の部分は×××と糸を織って装飾しています。とても細かい仕事です。戦闘用ではなく、芸術性が高いです。

 改めて頼朝の鎧も見ます。茶色がかっています。胴の部分は、布を貼り付けしています。緑色で草と、よーく見ると獅子が二頭?います。驚きです。獅子が浮かび上がるように織ったのでしょう。この時代獅子の姿が伝わっていたか、知りませんが、虎でしょうか?。 ネコ科の動物であるこは間違いありません(笑)。
スソ板の端には、義経奉納の鎧と同じく×××と装飾しています。が、やや織り込みが粗い感じ。経年劣化かと思いますが。

 と更に古代のものと思われる鉄カブトと、鉄でしょうか、防具の帷子がありました。カタビラはバラバラになっています。鎧のようにはなっていなく、残っている部分のみの展示という感じです。平のガラスケースに展示されています。こちらも国宝でした。

 国宝の鎧は保存状態もよい。重文指定の鎧は、肩や腰の付近の鎧の部品が欠落しているものもあり、劣化が進んでいるようにも見えました。
 ガラスケースも木製で、ガラス戸の隙間もあり、空気が入り込んでしまうような造り・・・・。スチール製の頑丈なケースにしないのかな、と思いました。国宝も酸化して劣化していきそうな気が・・・・。館内は冷房が効いていてね涼しいです。湿度管理もしていないような感じです。大丈夫でしょうか。
 国立、公設の施設ではないので、補助金は受けているとしても基本は所蔵団体(神社)が自前で管理、保管しないといけないので、維持していくのが大変かも知れません。
 




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