良月(りょうげつ)の たび日記

神奈川県 湘南地区在住。折口良月(おりぐち りょうげつ)の神奈川、東京、静岡、山梨、長野など関東近郊地域への行楽、外出。美術館、博物館めぐり。その他国内旅行などお出かけの記録。

2016年05月

 

「カラヴッジョ展」 鑑賞2 国立西洋美術館

  2016年5月1日

 東京芸術大学美術館を見学し、東京国立博物館を見学し、ゴールデンウィーク真っ只中の上野公園です。国立西洋美術館の「カラヴッジョ展」にやって来ました。昨年、ここ西洋美術館では、私が今まであまり、といか全然知らなくて「ノーマーク」だった画家の展覧会がありました。今回のカラヴッジョならば、知っています(笑)。ということで、やって来ました(笑)。

 公園側の西門から入る。門の前の看板。この作品は知ってます。有名な絵だ。「バッカス」。酔っ払いの神様の名前がタイトルになっています(酔)。このときの私は全く飲酒はしていません(笑) でも。バッカスは女神ではなく男なのか!?。
 カラヴアッジョが死んだときに持っていた作品が再発見され今回「世界初展示」されると解説していました。



↓ 入場直前の様子。

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 カラヴァッジョ本人の作品は展示数が限られる。すべて、カラヴァッジョの作品で構成するのは無理なので、影響を受けた画家の作品展示の方が多い。
 殺人事件の後、描いたと言われるのが「法悦のマグダラのマリア」のようだ。良心の矍鑠に悩ませていたのでしょうか。
 他の画家によるカラヴァッジョの肖像もあるが、かなりワルそうな容貌・・・。自分で書いた自画像らしき人物もかなり眉間にシワ・・。額にも深いシワ。「年をとると。顔の表情に性格が表れる」とはよく言ったもので、カラヴァッジョの性格がよく表れている。ワルを通り越して「粗暴、粗野」だったような・・・。彼の成育過程や幼少期の環境にも関係しているのでしょうか。
 たしかに絵は、光と影をかき分けていて、カラヴァッジョの作品は一定の方向から光が照らされているそう。バロック時代の代表作家であるが、現代にこんな人がいたら大変・・・・、なんか複雑・・・・。




「カラヴッジョ展」 鑑賞 国立西洋美術館

  2016年5月1日

 東京芸術大学美術館を見学し、東京国立博物館を見学し、ゴールデンウィーク真っ只中の上野公園です。国立西洋美術館の「カラヴッジョ展展」にやって来ました。昨年、ここ西洋美術館では、私が今まであまり、といか全然知らなくて「ノーマーク」だった画家の展覧会がありました。今回のカラヴッジョならば、知っています(笑)。ということで、やって来ました(笑)。

 公園側の西門から入る。門の前の看板。この作品は知ってます。有名な絵だ。「バッカス」。酔っ払いの神様の名前がタイトルになっています(酔)。このときの私は全く飲酒はしていません(笑) でも。バッカスは女神ではなく男なのか!?。

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 ↓ 入口。 いつだったか、特別展のチケット購入でここに行列したことがありました。
   しかし、この日は行列がありません。不思議だ。連休中なのに。みんな、遠出しているのかな?。

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 地下に階段を降ります。会場は、あまり混雑していません。昨年というか、前回はグエルチーノ展で来ましたが、比べると・・・・モチロン今回の「カラヴッジョ展」の方が、倍以上入館者は多い。

 映像コーナーで解説を見る。もちろん現在のイタリアの画家。殺人を起こしたことはよく知られているエピソードだ。映像によると殺人をしても脱走というか、逃走して、ローマからナポリに逃れている。解説によると「当時、ナポリはスペイン領で 法律が及ばなかった。」そう。
 なーるほど、当時は小国家に分裂していたので、盲点をついたと言えるだろう。悪いことをしても捕まらないとは・・・・。人間、悪いことには智恵が働く。今も同じかな・・・・・。

 カラヴアッジョが死んだときに持っていた作品が再発見され今回「世界初展示」されると解説していました。



↓ 入場直前の様子。

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 最初に方の展示に「トカゲにかまれた少年」の姿が。絵に登場する人物は同一人物ではないかと思われる風貌の人がいる。この「痛いッ」と顔をしかめる少年は、カラヴァッジョの自画像そのものでしょう。
 顔の眉間にシワがかにり寄っていてそうとうひねくれた性格のよう・・・。「ヤンチャ」な性格というよりもモットワルい子ではなかったのかな、と思いました。



「生誕300年記念 若沖展」 鑑賞5 「仙人掌群鶏図」~退出、総括編

  2016年5月21日

 東京都美術館で、「生誕300年記念 若沖展」を鑑賞(見学)した。
  2階(感覚では3階)の展示室を見て行く。

  大阪、西福寺の襖絵、重要文化財「仙人掌群鶏図」がガラスケースの中にあった。大火で焼け出された後、大阪での避難中に描いたものらしい。当時は「大坂」といったろう。どうやら、大坂の町に避難したのではなく当時の摂津の国(現在の大阪府北部)のとある村に避難して暫くの間、生活をしていたのではなかろうか。
 避難先は農村で軒先の庭では、仙人掌、つまりサボテンが植わっていて、鶏が遊んでいたのではないだろうか。鶏は庭先に玉子も生んでいた。その様子を描写したのかも。
 金地の襖絵であるが、壮年時の細密な描写は無く、老齢を感じさせる。特にサボテンの緑が何の葉なのか、パッと見ただけでは分からない。サボテンの緑の中に青い葉というか、花は菖蒲ではないかと思ってしまった。
 ガラスケースの裏面には、水墨の「蓮池図」があった。テレビ放映されていたので、覚えている(笑)。掛け軸に直されている。この表「仙人掌群鶏図」、と裏「蓮池図」の「元々表裏であった襖絵」の配置も音声ガイドを聞かないと、分からないのは残念・・・・。
 かつての裏面の「蓮池図」も重要文化財に指定。
 枯れた葉、虫食いの葉が水墨で濃淡をつけて描いてある。向かって、右から、左へ現代のアニメのようにシーンが変わっていっている。左の絵には、(テレビ番組でも紹介されていたが)確かに小さい「芽」が描かれている。
つまり、焼けた京の街や自分の家、店の様子と心の様を表現して枯草など描いた後、再生の願いを込めて「芽」を入れたのだ。
 不毛の地か不毛の砂漠に芽生えた一筋の光明であろうか。同じようなシーンを最後に描写していた昔のアニメ映画を思わせる。一体、どのアニメ作品でしょうか??(笑)。
 
 ↓ 展覧会パンフレットより。「仙人掌群鶏図襖絵」

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 係員が盛んに声をあげているには、18時30分で照明を消すとのことだった。しかし、室内には、まだまだ大勢の人がいるので消せない筈。「みんなでいれば」ナントカでまだ鑑賞です(笑)。「18時30分閉館」と係員は盛んに言っているが、照明が消える様子は無い。しかし18時31分になり、閉館の音楽が流れはじめた。

 「象と鯨図屏風」は「仙人掌群鶏図襖絵」の展示ガラスケースと対面の壁沿いのガラスケースの中にあった。昨年サントリー美術館で見たので、スルー。もっとも、混雑していて最前列での鑑賞が困難であった。

 西福寺の襖絵の裏側であった「蓮池図」の正面に続いて、別の展示室がある。「米国収集家が愛した若沖」、「プライス・コレクション」の展示室だ。(といっても、部屋の入口に扉がある訳では無いが。)部屋の入口横には解説文があるが、あまりの混雑にびっくりしたのか、係員が叫ぶ「6時半閉館でーす。」の声だったか、閉館間際につき、退出を促す声に煽られたのか、「プライス・コレクション」の解説を読むのを忘れてしまった。

 入って左側のガラスケースに人だかりが・・・。有名な「鳥獣花木図屏風」。モザイク画のような奇想天外の動物達かいっぱいいるカラーの絵、と言った方が良いのだろうか。
 最初は二列目で、ぶつからないように人をよけて歩きながら見た後、もう一度巻首の部分に戻り、巻物の途中、部分部分、ピンポイントで最前列への隙間を見つけて、鑑賞をした。
 絵の下部までは、よく見れなかった。人が気の合い間から、わずかに見た。若沖の他の作品と比べても明らかに作風が違う。モザイク画のような感じ。しかも、描かれている動物がヒョウなどアフリカの猛獣だ。想像で描いたのだろうが、カラフルで実に不思議な絵だ。
 以前も江戸東京博物館で公開されたことがあった。本当に真作なのか、後世、明治以降にアフリカの動物を実際に見た人の作品ではないか、と思わせるような、紙に描いたのマス目のカラー図だ。

 「虎図」もあった。水墨の石峰寺所蔵「虎図」の展示も別の部屋であったが、こちらは黄色と黒いしましまのカラーの目玉の大きな虎のアップ図。有名な作品ですね。
  プライス・コレクションで展示は最後となる。展示室からドアのない出口を出る(というより、パーテーションの合間の通路を通って、という方がしっくりくるが・・・・。)出口のところには、「石峰寺」の五百羅漢石像の写真パネルがある。「若沖がデザインした。」と解説にある。
 出ると、すぐに「ミュージアムショップ」だった。
 (以下、「売店」と簡略化して書きます(笑)。)
出ると すぐに売店があった。しかし、エスカレータ脇に行列が。購入するまでの行列だ。売店でも40分から50分待ちとのこと。どれだけ買うんねん!。
 売店の後は、ここから一階にエスカレータ出て、更にエスカレータで地下に下り、元の入口付近から退出する。 

 ↓ 展示リストより。(逆さになっているが・・・。)

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 地下から、一階へのエスカレータ。 ↓
 写真の右が建物内部で、展示室出入り口付近のロビー。建物内の柱に若沖展の「赤い看板」があるのが分かる。

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 館外へ出ると外はまだ明るい。18時40分くらいだった。公園内を歩いて、上野駅の方向に歩こうとする・・・。
 都美の門の柵の外では、巡回の警官がやって来て、スーツ姿の女性の係員と警備員と話を始めた。警官から話かけていた様子「いや~、今日も大混雑でしたね~。」、女性係員は和やかに「そうなんですよ~。今日も・・・・」のような会話でしょう。

 途中まで歩いた所で、上の子が、「定期(券)が無い。」と急に言い出す。カバンの中などを探したが、無い・・・・。都美で落とした筈は無く、ここまで来る途中、先に寄った、東博や芸大美の陳列館で落としたか、別の路上で落としたか・・・。
 念のため、美術館の前まで戻ってきた。次々に人が展覧会を見終えて出てくる。門の扉の前に先に見たスーツ姿の女性の係員と警備員が立っていた。門の中には、入れそうにないので、警備員に聞いてみた。「落し物はいっぱいありますよ。」と言って、定期券入れなどの特徴を確認した上で、携帯電話で館内と連絡をとってくれた。しばらく、館内からの返答を待つ・・・・。すると館内から返事があり、該当する物は「無い」そうだ。
 都美で落としたとは、考えられないので、そのまま去る。警備員は親切にも「届出しておけば、見つかった場合に連絡がいきますよ。」と教えてくれる。が、元々落としていない筈なので、お礼のみ言って辞去した。

 「落とし物」というオチまでついたのが、私達の「若沖展」だった(苦笑)。

(後日談)
 週が明けて、警察から連絡があった。上野のどこかで落としていたそうだ。定期券は再発行をしたので、特に受け取りに行く必要は無いのであるが、定期入れが惜しいそうで、結局後日取りに行くことにした。
 ともかく戻ってよかった。落としてもちゃんと定期入れもついて戻って来る。まさに「すごーいデスネ。ニッポン」といったところか(笑)。

(総 括)
・ 作品は少なめに絞った。90点弱。長命、多作であった(と思われる)若沖にしては展示ボリュームが物足りなかった。若沖の作品は、近年かなりの展覧会でも展示されているので、選択が難しかったのかも。
 昨年は「若沖と蕪村」展もあったし、数年前には江戸東京博物館などで「プライス・コレクション展」も開催されたし。その他「若沖」の名を冠した展覧会は、多数開催されている。
・混雑することは予測されていた。だから、展示作品を絞り、作品解説文も省いた。が、せめて解説文くらいは作品横に設置して欲しかった。
 できないのであれば「作品の横に解説文はありません。音声ガイドを借りて下さい!!」と大きく告知するべきだった。どうせ行列している時間があるのだから、その間に拡声器でアナウンスすれば良いのだ。
 テレビ放映の影響で、連休後に混雑度合が急に増した・・・。私は、直前に相国寺にたまたま行って説明を聞いたり、テレビ放映などで予習していたので、ある程度解説文が無くても分かったが、テレビを見ていなかったら、ほとんど分からず、ただ行って「はぁ~、混んでいた。」で終わっていた可能性が・・・・。
・ 若沖には現在国宝指定が無い。宮内庁所蔵「動植綵絵」は「国宝級」であるが。
 重文指定作品は、ほとんどすべて展示されていた。「菜虫譜」は、所蔵の碑術館(佐野市立吉澤記念)でも一挙に全面公開は無かった模様。今回は、全面一挙公開されていた。
 鹿苑寺大書院の障壁画では、何故か京都の「禅」展で独立して「竹図」の襖絵が展示されていた。
・以前「あべのハルカス」で展覧会が開催された「金毘羅宮奥書院障壁画」は、テレビ番組では紹介されたのに、今展覧会では展示が無かった。
・運営側の稚拙さも感じた。一般的には、「行列の捌き方が悪かった」と記憶される展覧会であたろう。しかし、私は行列するのは構わない。鍛えているから(笑)。
 展示作品数を絞り、解説文を無くし「さっさと見て、はよ出てけ。」感がモロ出しであった割には、観覧者の誘導が不十分であった。「予め」混雑は予想されていたのに・・・・。
・事前の告知でも「動植綵絵」と「釈迦三尊像」が東京で初めて会同する重要性が分からなかった。相国寺での説明を聞いて初めて知った・・・・。「釈迦三尊像」は文化財指定が無い・・・、よってその重要性が分からなかった・・・・。
・混雑しているのはカラフルな細密画作品の前だった。水墨画の前は、意外にもすいていた。「若沖人気」の理由の一端を示している。
 特に最後の展示室の「鳥獣花木図屏風」のガラスケース前が混雑していた。重要文化財「仙人掌群鶏図」の前は、金地の華麗なカラー画であるが、すいていた。晩年の作品で細密な描写があまり無いからかも知れない。


「生誕300年記念 若沖展」 鑑賞4

  2016年5月21日

 東京都美術館で、「生誕300年記念 若沖展」を鑑賞(見学)した。
 

  「釈迦三尊像」の「紅葉小禽図」の裏側から別の部屋への通路が続く・・・・。1階のフロア(地下1階から入るので、その上層階に当たる)から更にエスカレータで、上の階に昇る。1階は、かつての相国寺の6月17日の法要、「観音懺法」を再現し、中心に 「釈迦三尊像」を配置し、その左右に、「対」となっている「動植綵絵」の展示だけであった。

 2階(感覚では3階)の展示室に入る。と入ってすぐ右側のガラスの平展示ケースに人だかりが・・・。「なんだなんだ??」と展示物を見ると、ガラスケースの端の壁の作品名表示には「重要文化財 菜虫譜」とある。
 (この記事で「虫」の字は、現代字体で表記する。)

 「重要文化財」は赤い文字での表示である。
 本当に巻物の冒頭に「菜虫譜」と大きい文字で書かかれている。タイトルが付いているのだ。襖絵にしても、掛け軸の絵にしても虎が描いてあるから「虎図」、小鳥が画中にあるから「××小禽図」のように後世、名付けられた作品とは対照をなす、ということか。
 ガラスケース最前列は混雑しているので、後ろから横にカニ歩きして鑑賞する(笑)。私の後ろや両隣り、周囲は人で、もみくちゃである。最前列の人の合間から見ると、「菜虫譜」の左横から、野菜が右に向かって描かれている。真ん中の部分が、写真でもおなじみのように一番有名なキノコが大きく描かれている場面。青物問屋の主人であった若沖がそのまんま野菜を描いた巻物画。
 しかし、キノコから右(つまり、巻物の展開場面の先)は、ガラリと変わる。池や庭など京の郊外のどこかの沼沢地や原っぱの風景を描いたシーンを思わせる。先の「野菜」の絵は、自分の店の商品を描写したと思わせる、いわば「屋内」のシーンであるが、まるでワープしたかのように「屋外」の光景が広がる。
 そこには、虫がいて草が生えている。草は青々とした生命感を感じさせるものでは無い・・・・。草の葉には、穴が開いているか、枯れているようで、(テレビで紹介していた、西福寺の襖絵の裏の)「蓮池図」の葉の様子と共通する。虫は、クワガタ、トノサマ?バッタ、ムカデ、カマキリ、セミなど、ごくありふれた現代の私達でも見ることができる種類だ。池の周囲では、蝶が舞っている。水面の描写では、水の生物がいる。タニシやオタマジャクシまでいるし、カエルが跳ねている。ザリガニ?までいる。水面の中心にいる一部が赤い胴体をしたウナギのような生き物は何?。ドジョウでは無いし、分からない・・・。人間がいない、虫と両生類の楽園を思わせる。
 巻物の最後に再び野菜が登場する。根菜の葉は、描いてあるが人間が主に食べる部分はほとんど土の埋もれているようだ。最後に描いてあるのはカボチャだろうか。
 その手前、池のほとりには、「擬人化」されたカエルが一匹いる。カエルのたたずまいと「目玉」が人間のようだ・・・。どこか、現代のアニメを思わせる。「ど根性ガエル」のようだ。(世代が分かるかな・・・・(笑)。)
 巻の末尾には、瓜を半分に切った「面」の所に、若沖の書付と落款がある。「・・・七十七・・・画」とある。若沖の最晩年、数え77のときの画であることが分かる。
 展示リストにある若沖の年賦によると、この頃、京の「天明の大火」で焼け出されて大阪に避難したとある。避難中に描かれたものだろうか・・・・・。巻物の後半部分は、火事で家財などを失った若沖や家族の心境を反映しているのではないか・・・。人間のいない「虫達の世界」を描くことによって。人間の意思とは関係なく、変わらずそこにある虫や水辺の生き物の様子を見て・・・・・。
 擬人化したカエルといい、「鳥獣戯画」との共通性も感じた。
 この「菜虫譜」、最初は二列目で、ぶつからないように人をよけて歩きながら見た後、もう一度巻首の部分に戻り、巻物の途中、部分部分、ピンポイントで最前列への隙間を見つけて、うまく潜り込み(笑)、鑑賞をした。

 ↓  展覧会パンフレットより。「菜虫譜」がバンフの下部に載っていた。

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 ↓  展覧会パンフレットより。「菜虫譜」の後半部が載っていた。
    野菜の断面に「・・・七十七・・・」とあった。

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 次の展示に。と、通路の右の壁に一枚の絵が展示されている。「野菜が真ん中にある涅槃図」だった。「大根涅槃図」というべきなのかな(笑)。
 紙本墨書であり、白黒の絵。展覧会パンフレッにも写真が掲載されている有名な画であるが、不思議なことに足を止めて、見入る人は少ない・・・・・。音声ガイドの対象外なのかな・・・。
 先にも書いたが作品の横には説明文が一切無いため、あらかじめ予習していないとボクのような素人には全く分からず、通り過ぎてしまう・・・・。
 個人蔵「百犬図」は、この「野菜の涅槃図」と入れ替わりの展示であった。

展覧会パンフレットより ↓ 

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「生誕300年記念 若沖展」 鑑賞3 (「釈迦三尊像」と「動植綵絵」)東京都美術館

  2016年5月21日

 東京都美術館で、「生誕300年記念 若沖展」を鑑賞(見学)した。
 

 「鳳凰図」の対と思われる「孔雀図」、現在宮内庁所蔵の「旭日鳳凰図」を混雑の中やっとのことで鑑賞。
その先、角を曲がったところの壁には水墨画の「虎図」がある。例の丸い顔のお目目の大きいトラさんの絵。色彩画の虎図の方が有名だが・・・・。水墨画の「虎図」は昨年のサントリー美術館の「蕪村と若沖展」でも見た。

 観覧者の状況としては、意外にも若い人が多い。土曜日の夕方であることも理由のひとつだろう。と、若い学生か20歳前半~半ばくらいの茶髪の女の子の二人組があるガラスケースの前で鑑賞している。混雑の中、壁にかかる作品を群集の後方で見ようとしながら「あー、おしりが痛ぁ~い。」と話している。彼女達はやや小柄なので、群衆もまれ、ここまで立って並んでいくうちに腰から下の足にかけての体の部位が痛くなってしまうのだろう(笑)。
 先の入館前の行列で前に並んでいた、赤いトレーナーのカップルがいた。別の人としては、ソパージュ髪で派手な感じの身長162センチくらい人(女性)がいる。連れの男性と一緒に見ている。
 他方なぜか、この混雑の中リュックを背中に背負うが・・・。身長は158センチくらいで一人行動の女性だった。これら女性達は、ともにジーンズをはいている。リュックの人は、ちょっと雰囲気が違うというか、動きが速くて鋭敏。そういう人は、ぐぐっと列に割りこんできたり・・・・・・、背中のリュックが他の人に当たることも気にしなかったり・・・・。こういう人、いますね(笑)。
 若い一人行動の女の子、20~30歳台の女性もちらほらいる。ブルー色の目立つパーカーをはおる女の子は、私とほぼ同じ速度で進んでいた。やや茶髪で20歳台半ばから後半くらいかな。一人で来ているようだが、モチロン本当にそうかは分からない。
 若い人に比べて、更に年齢の低い子どもの観覧者は少ない。小学生の子はわずかだ。時間帯のせいもあるが・・・・。高齢者の割合は低い。が、若い観覧者の多さ、といえば、昨年の秋に同じ都美で見た「モネ展」と比べると若沖展の方がモチロン割合は少ない。

 更に進むと「花鳥版画」シリーズの展示があった。特にオウムの版画は有名なので、写真などでも見たことがある。有名な「鸚鵡図」は、カゴの中のオウムを表現した版画。「下を向く、白いオウム」の絵。オウムが飲む水の容器も描いている。身近に飼育していた観賞用のオウムを写生したのだと感じた。若沖の家の縁側にトリカゴがあったのだろう。「引きこもり状態で絵を描いていた」といわれる若沖は。身近にある観賞用の鳥や鶏を写生したのだ。

 地下の展示室から、一階の展示室へ移動する。窓が無いので、いつも一階から二階へ移動と勘違いしてしまう・・・。
 大きな部屋の正面に、「釈迦三尊像」3幅と「動植綵絵」が向かって右に15幅、左に15幅、合計で30幅展示してある。
 部屋の入口には簡単な解説ボードが壁に掲示されている。
 相国寺での毎年6月17日の法要「観音懺法」について説明があった。展覧会の年賦には「閣法懺」とある。
西暦でいうと1769年、若沖54歳のときに相国寺方丈に吊り下げをして参拝者に公開したそうだ。
 では、当時の吊り下げする順番はどうであったか?。方丈の正面には「釈迦三尊像」を吊り下げたことまでは、ボクでも分かります(苦笑)。
 今回の展覧会での陳列順は、ある年の順番を再現したものなのか?、という疑問について音声ガイドでの解説にあったのかは、知らない・・・・。

  展示室では、向かって右の手前には「紅葉小禽図」の展示。燃えるような朱色のモミジの葉と小鳥の絵。こちらは、二年前の秋に三の丸尚蔵館の「美を伝えゆく」で展示があった。
 今回の展覧会ではこの「紅葉小禽図」が右手前にあった。順路は、左から時計まわりに見て行くようなのだが、実際には、誘導はなく、自由に見ることができる。楕円形に壁を仮設して展示室。厳密にいうと、相国寺の方時丈を再現するならば、長方形なのだろうか、ここは混雑が元々予想される展覧会。楕円形で、スムーズな導線で誘導するのですね。
 不思議なことに、観覧者は反時計まわりに見て行っている。競争の「トラック」を回るときと同じ周回方法(笑)。心臓を中心にして周回するのは、もはや人間の本能なのか。

 私は、まず正面の「釈迦三尊像」を見る。正面付近はすいている。向かって右、「紅葉小禽図」から見ていく人が、ちょうど真ん中の「釈迦三尊像」の前にやって来る通過点に当たる。
 向かって右の中ほどにある「群鶏図」の前が混雑している。一番有名な絵ですね(笑)。

 ↓ 宮内庁三の丸尚蔵館「美を伝えゆく」の図録より。 平成26年。
   「紅葉小禽図」と「群鶏図」の二点が展示。このときは、無料で見れた。

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 「釈迦三尊像」を見た後、「紅葉小禽図」の所に戻り、本能に従い(笑)、向かって右の展示を順番に見て行く。次に「魚の図」が二幅ある。 見ながら「タコさんがいるよ」小学生低学年くらいの子供に声を掛けているお父さんいる。淡水のほとりと水中の生物を描いたようだ。写生しているかの如く細密である。続いてニワトリ(鶏)を描いた細密な絵がある。

 「釈迦三尊像」の近くの右側には、孔雀図がある。先ほど見た「鳳凰図」「孔雀図」と酷似している。色彩は先程見た絵の方が、豊かだが、「動植綵絵」シリーズの孔雀のようが、色合いはやや暗いながらも洗練しているかのように感じた。「対」となる絵は「鳳凰図」だ。「釈迦三尊像」の左側にある。パンフレットにも載っている「人のような顔をして、尾っぽにハートマークがいくつかある鳳凰の絵」だ。
 先程見た宮内庁蔵「旭日鳳凰図」とも似ているが、違う。尾の「ハートマーク」がこちら「動植綵絵」の鳳凰図は、特徴的だ。

 ↓ 今展覧会のバンフレットより。

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  「釈迦三尊像」は、「平安藤汝・・・拝写・・・」と、仏画を写したことが分かる。説明文によると「張・・」の仏画のようで、中国、朝鮮半島の影響を受けている仏画だそう。何か、日本のそれとは、異なる、表情が鋭いというか、「和風」ではないなと思っていたが、色彩や描写がリアルすぎて(私にとっては)ややグロイかな。
 真ん中に「釈迦如来」
 向かって右に「文殊菩薩」
 向かって左に「普賢菩薩」
 の展示がある。
 「普賢菩薩」には絵の左側に落款と「平安藤汝・・・拝写・・・」の文字がある。つまり、元々左に安置するように描かれた。「文殊菩薩」は右側に落款と「平安藤汝・・・拝写・・・」の文字がある。
 「釈迦如来」はもちろん真ん中。「文殊菩薩」の右側には落款と「平安藤汝・・・拝写・・・」の文字がある。


 「群鶏図」の反対側の展示作品(つまり、トイメンさん)は、「紫陽花群鶏図」、ひし形のような形状のマスで紫陽花の花びらを表現している。水色のような青い色と白い花びらの紫陽花だ。「・・・居士若沖造」と書き込みがある。
 「紅葉小禽図」のトイメンは「桃花小禽図」。展示室を入って「左」にある。文字通りピンク色の桃の花と小鳥を描いている。「秋」に対して「春」が表現されている。
 展示室入口の簡単な解説ボードには、絵が「対」になっているとこは説明が無い・・・。音声ガイドには(説明が)あったと思うが・・・。が、振り返って、絵を比較して見ている人は、あまりいなかったような・・・。

 展示は、別の部屋への通路と続く。




「生誕300年記念 若沖展」 鑑賞2(入場~鹿苑寺大書院障壁画)  東京都美術館

  2016年5月21日

 東京都美術館で、「生誕300年記念 若沖展」を鑑賞(見学)した。
 行列はしていたものの55分くらいで、美術館内の会場に入ることができた。列も順次進んだので、本を持って行ったものの、全部読まないうちに入館できたので、拍子抜けした。特に、美術館の建物の内部に入ってからは、どんどん列が進んだのでゆっくり本を読むことも出来なかった。
 ちなみに、当日券を購入したがチケットのナンバーは82000番くらいだった。恐らく連番であろう。同行した上の子は、すでに高校生なので有料。チケットのナンバーは高校生は800番台だった。思ったよりも少ない。
 ここで発売された当日券は大人の数としては妥当だろう。招待券、割引券、館外チケット売り場、コンビニ販売の番号とは別であろうから。

 入口で、チケットをちぎってもらい、いよいよ入場。音声ガイドは借りなかった。しかし、借りないと・・・・どうなるのか・・・・この「若沖展」に思わぬ落とし穴が待っていた・・・・。このときは、気付く由も無かったが・・・・。

 展示室の最初は「鹿苑寺大書院障壁画」、重要文化財指定の代表的作品から。「葡萄小禽図」の襖絵だ。
鹿苑寺大書院の「一之間」を飾っていたと説明にある。
 相国寺承天閣美術館に展示の「床貼付」と同じ構図。次いで、「二之間」、「三之間」、「四之間」の障壁画がある。「ふすま絵」なので、通常美術館のガラスケースに展示すると裏面が見えない。よって、展示替えをすることになるのだが、ここでは「両面ガラス展示ケース」で、襖をこのガラスケースに入れて、木製のレール?にはめ込み、「両面」が展示されるようになっていた。実に画期的なことだと思った。お陰様で、両面、裏表両方同時に見ることが出来る。
 同じく相国寺承天閣美術館に展示の「床貼付」と似ている芭蕉の描いてある絵もあった。全部で50面くらいが文化財指定の構成物件であるが、全部の展示はない。「葡萄小禽図床貼付」と「月夜芭蕉図床貼付」は、相国寺承天閣美術館に展示してあったし、「竹図」は京都国立博物館の「禅」に展示されていたし。
 障壁画の展示されている空間の壁には、「鹿苑寺大書院障壁画」の解説カラーパネルが掲示してあった。 写真入りで、どの障壁画がどの部屋のどの部分の襖なのか、わかるように解説してある。
 今回展示の無い「竹図」は、東西に長い書院の南に突き出た端っこの部屋「狭間之間」にあることが分かる。実は、写真付きで解説しているのだが、「竹図」は「今回展示が無い」とは書いていない・・・・。大書院の障壁画のどの部分が今回展示されているのかまでパネルには説明が無いのだ~。つまり、展示リストを見て、音声ガイドを聞いて確認!ということですね(笑)。

 「葡萄小禽図床貼付」と「月夜芭蕉図床貼付」 。相国寺承天閣美術館のパンフレットより。 ↓
  (2016年5月5月入手) 

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 京都国立博物館の特別展「禅」で「竹図」の展示があった。 写真はそのバネル↓

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  「一之間」の障壁画「葡萄小禽図」の反対側というか斜め前の壁に二番目の展示作品「花卉雄鶏図」が。つまり、花がたくさん画中に描いてあって、カラフルな鶏の図。「これぞ若沖!!」という絵であり、作品の前は、人だかりであった。「・・・平安若沖製」と毛筆の書付がある。別の絵には「・・・・心遊館若沖製」とある。当時の若沖の心の様子を表現したのだろうか。「心が遊ぶ」と書くとは・・・・。右からタテに読んで「若沖居士」の落款も押してある。

 若沖は、楽隠居のような感じで絵を描いていたのだろうか。他の家の者や番頭や手代、丁稚にとっては、たまったモノでは無かったでしょう。ちゃんと、家の商売に専念してもらわないと・・・・・。

 続いて「二之間」は、「松鶴図」。一之間の「葡萄と小鳥の絵」の裏側にある襖絵。
 「三之間」は、「芭蕉とハハ鳥」(漢字が・・・・)。「月夜芭蕉図床貼付」と似ている(当たり前だが)芭蕉の絵と、カラスのような鳥の絵。
 「四之間」は、「菊鶏図」は水墨でニワトリを描いている絵。ニワトリの正面の顔を描いたところ。トリの面玉がギロリとしてこちらを見ている。リアルな作品だ。
 
 「四之間」の障壁画まで見て、次の絵を見ようとするも、展示室の通路には人が滞留して混雑している。ガラスケース最前列を確保して見学するのが、困難な状況・・・。
 なぜか、重文指定の「鹿苑寺大書院障壁画」各種は、人だかりが無く、見やすかった。しかも、閉館間際、行列の最後という訳ではないが、最終に近い入館者なので、後からは人がやって来ない。よって、「鹿苑寺大書院障壁画」は、もう一度戻って、行ったり来たりして、ゆっくり鑑賞できた(笑)。
 しかし、油断は出来ない。黒いスーツを着た係員は「6時30分ですべての照明を消灯しまーす。」と声を出している。ゆっくりしていられないのである(苦笑)。急き立てられるように見て行く。

 続いて(鹿苑寺大書院障壁画と通路を挟んで続く)壁面のガラスケースの展示を見ていく。「鶏」の細密画などであるが、すごい人だかり。その前には「宮内庁三の丸尚蔵館」の「旭日鳳凰図」が。「右上に見事な朱色の太陽があり、人のような顔をして、羽根をはばたかせている鳳凰の図」だ。
 「旭日」ということで、宮内庁に献呈された作品のようだ。有名な「動植綵絵」とは別にあったとは、知らなかった・・・・。しかも、孔雀図と鳳凰図の区別がつかなかった・・・・。「鳳凰」は想像の上の鳥なので、人の顔をしているのだな、と(勝手に)理解した(苦笑)。その左隣(だったと思う)の作品の前でも行列というか、人だかりで中々列が動かない。人の波をすらりとかわし、一部ではあるが、「ほぼ」最前列で見ることもできた(笑)。
 「鳳凰図」と対と思われる「孔雀図」。「旭日鳳凰図」もこの「鳳凰図」も似ている。しかも、「動植綵絵」にも似た絵があった筈。展覧会の公式ウェブサイトのトップで画像が掲載されている絵、どの作品だったかな、と分からなくなってきた・・・・。
 実はこの「鳳凰図」と「孔雀図」は、サイトでは紹介されているが、83年ぶりに再発見された作品だとは、後で知った。
 会場内では、作品の横に説明文が一切無い。音声ガイドを借りないと、分からないようになっている・・・・・。しかも、展示作品は、作品名と現在の所蔵者、制作年代の表示のみで、簡単な解説文が無いことに気付いた・・・・・・。
 音声ガイドが無くてもある程度分かるかな、と思っていたが、アテが外れた・・・・。




相国寺 春の禅寺一斉拝観(方丈、毎年6月17日の観音懺法と若沖)

  2016年5月5日

 好天の下、相国寺にやって来た。今年は「春の禅寺一斉拝観」で公開されている。方丈と法堂が公開されいてる。チケットを買う。大人一人500円と安い。子(小人)は250円。

 チケット売場は、方丈の庭園の脇にある。しかし、売場では「法堂からみるよう」に言われる。靴を下駄箱に入れて、廊下を伝い法堂に入る。
 
  ※法堂の拝観記事は後日書きます。

 ↓ 京都御苑から相国寺の境内を歩く。
   「相国寺 特別拝観」は、方丈、法堂以外にも拝観場所があるが、「春の禅寺一斉拝観」は看板が別になっていて、この期間は「方丈と法堂の公開」であった。

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↓ 相国寺の拝観入口。渡り廊下の所から入る。右は庫裡だが、拝観場所となっていなかった。
  庫裡の更に右から、承天閣美術館に続く通路があった。

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↓ 相国寺の方丈庭園を眺める。白砂の何も無いお庭だ。
  建物内部や障壁画は撮影禁止なので、写真は無い。

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 方丈の縁側では、ガイド役の方の説明がある。ガイドは初老の男性だった。まずは、相国寺の由緒などの説明がある「(面積は)・・・現在、4万㎡あるが、昔はこの36倍あった。・・・」と説明。隣接する同志社大学の敷地も含めて、この付近はすべてお寺の境内だったことになる。
 そして「・・・(境内には)塔頭があり、世界遺産の金閣寺と銀閣寺は 相国寺の塔頭・・・・。」という具合に有名な由緒のお話があった。


続いて「松竹梅」のお話。梅は(法堂の)龍の絵、竹は「襖絵」の絵、松は、境内の松といった説明。「梅」と「竹」の内容は忘れてしまった・・・・・。「松は境内に多く植えられている松」のお話だけ覚えています(笑)。

 方丈前の庭は、上でも書いたが、あまり手入れしてないい感じのお庭。説明によると「無」の世界で何もない。

本堂から法堂の屋根についての説明があった。「残り瓦」があるそうだ。何のことか聞き洩らしたが、法堂の屋根か何かが 未完成になっているそうだ。

 
 方丈の部屋についての説明もある。建物の内部に目を転じる。「三っつの部屋があり、合計で94畳ある。一年のうち、三つの部屋の襖を取り外して大きな部屋になる日が、一日だけある。」そうだ。 
 その日は、というと「6月17日だ。この日は、(法要があって)若沖の絵がずらりと、ここに吊りさげられる。今、東京都美術館で若沖の展覧会が開催されているが、連日かなり混雑して並んでいるようだ。ここから貸し出された釈迦三尊像などの若沖作品が(6月17日には方丈のぶち抜きの部屋に)一堂に並ぶ。」そうだ。
 「釈迦三尊像や動植栽絵は、元々ここ相国寺に(若沖が描いて)寄進されたもので、動植栽絵は現在は宮内庁の所蔵になっている。・・・・6月14日頃には、若沖の絵を方丈に吊り下げて準備をしているそうだ。17日は招待者しか入れないとこのとだった。
 
 ガイドさんは「どれだけ、この中で17日の招待状をもらえる人がいるのか分かからないので、14日頃から来るのがよい。招待券が無くても見ることが出来る・・・・。」と。観客は皆苦笑い(笑)。
 が、そもそも、その時期(6月14日から前日の16日にかけて)にここ相国寺は、公開しているのだろうか?。やや疑問は残った。

 ※ここ相国寺で説明を聞いた限りでは「動植栽絵」は宮内庁から戻って来て毎年陳列されるかのような言い方だった。しかし、実際には違う。ガイドの説明で言っていた「若沖の作品がズラリ」と並ぶのは、昔の献上前のことで、現在は「釈迦三尊像」とその他の若沖作品と推測するが・・・・。
 6月17日の法要は「かんのんせんぽう」というらしい。「観音懺法」。
 (当初は「法懺」と思っていた。難しい・・・・。)

 当初、東京都美術館の「生誕300年記念 若沖展」は混雑しそうだし、鑑賞しない予定であったが、ここ相国寺で説明を聞いて行ってみたくなってきた!。
 やっと「釈迦三尊像と動植栽絵の同時展示」の意味が分かった。

 ↓ 「旦那の間」からの眺め。この部屋からの眺めが一番よいように作庭されているとのこと。 
   お庭には何も置いていない「無」の世界なので、「一番良い眺め」が分からない・・・・。 
   白砂に五月の太陽が反射してキラキラ輝いている。その程度の認識しか、ボクには無い・・・・・(苦笑)。

 

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 ↓ 方丈の入口とその前の庭。

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 ↓ 方丈の前のお庭を見ながら拝観者はガイドさんの説明を聞いた。

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↓ 方丈の真正面から見た法堂。大きい。収まり切らないので写真は上下、二枚に分かれている。
  「残り瓦」については説明を聞き逃した・・・・。

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 この後、裏側の庭園を見て、方丈を出た後は、承天閣美術館に向かった。
 美術館には、若沖の作品は、二点のみが展示されていた。

東京都美術館 「生誕300年記念 若沖展」プロローグ (チケット購入編)

  2016年5月21日

 東京都美術館の「生誕300年記念 若沖展」を鑑賞(見学)した。

 この日の天気予報は、最高気温が27度くらい。たまたま見た朝のNHKニュースではアナウンサーが「上野の・・・若沖展 、連日、長い待ち時間で列ができているようです。・・・・並ばれる方は暑い日となりますので、水分補給にご注意ください。」と一展覧会について全国放送でわざわざコメントしていた(驚)。
 NHKが主催者でもあるので、宣伝も兼ねているのだろう。しかし、これだけ混雑が伝えられているのに今さら宣伝する必要は無いだろうか・・・・。


 さて、展覧会の公式ツイッターによと朝9時30分、つまり開館時点ではチケット購入40分待ちと入館まで210分待ち。午前11:15の時点ではチケット5分待ち、で入館210分待ち。
 午後から出かけた。3時前に上野駅の公園口に到着。と、音楽ホールの前付近で「若沖展 120分待ち」のプラカードを持った係員がいる。先のツイッターの情報よりも混雑は緩和されたようだ(笑)。

 ↓ 特設チケット売り場の看板。図柄がかわいらしい~。

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 (以下、「都美」と略して書きます。)
 若沖展には、夕方の閉館間際に並ぶとあらかじめ「作戦」を決めている(笑)。これは、昨年の東京国立博物館の「鳥獣戯画展」や更に以前の「故宮博物院の清明上河図」の鑑賞時を踏まえたセオリーだ(笑)。
 朝一番に行くよりも、夕方や夜間の閉館間際に並ぶ方が行列が少なく楽であるから。というより、朝起きて行くのが困難なせいもあるが・・・・・(苦笑)。
 何故か、美術館、博物館の展覧会は概して朝の時間帯の方が並ぶことが多い。朝一番で並べば、ゆっくり見ることは出来るだろう。反対に閉館間際だとゆっくり見る時間は、朝(の時間帯)より無いかも知れないが。一長一短はある(笑)。

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 上野公園内を徒歩で通過、都美の方向に行き「情勢を偵察する。」(笑)。すごい行列だ。聞きしに勝る行列とはこのことよ。(と、戦国武将??のような口調(笑)。)
 チケット購入までの待ち時間は長くない模様、よって、あらかじめチケットは買うことにした。このとき行列の末尾のプラカードは、入館まで「120分待ち」の表示だった。プラカードを持った係員が誘導している。
 (「入館」が待つのであって、チケット購入までは10分との表示。)

 ちなみに、5/1の日曜に前回、上野に来て都美には行かなかったが、このときの待ち時間は、5/1の15:55時点で、チケット15分待ち、入館は10分待ち。その後の更新では「待ち時間なし」との表示。つまり、西洋美術館の「カラヴァッジョ展」を見た後に入館しておけば、待ち時間は0分だった・・・・。
 (もっとも5/1は、出足が遅かったので見学時間が「時間切れ」となってしまったのだが・・・。)  

 建物の外まで幾重にも行列が蛇行している。これで二時間待ちということは、もっと待ち時間が長かったときは、どんだけ並んでいるんねん?。奏楽堂付近まで、芸大美術館方向に列が出来ていたそうであるが・・・。

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↓ チケット購入後に「偵察撮影」。
フムフム、中庭を取り囲むように並ぶのだなと確認(笑)。
図録売場が地下の中庭にあることも確認。
(結局、買わなかったケド。)

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↓ チケット売場。
 いつもの館内地下一階まで行くのかと思っていたが、特設売場のボックスが設置されていた。ほとんど並んでいない。すぐに買えた。


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 チケット販売の窓口は三つ(か四つ)あった。どの列に並ぶかで、いくらか購入までの時間が異なってくる。スーパーのレジ待ちの列と一緒(笑)。「ここが早く済みそう」と思った列に並ぶ。しかし、列が進まない。チケット購入でトラブッている人がいる模様。小柄な熟年~老年の女性が、窓口の前で何か話して、ハンドバッグの中を探している。
 会話のやりとりで、65歳以上の割引のため、身分証明書を探していると分かった。見つかったのかは知らないが窓口の人に「・・・・・・昭和26年1月〇日・・・・・・・・・・・。」とハンドバッグの中に手を入れてゴソゴソしながら伝えている。自分の生年月日なのだ。今年65歳になったのであった・・・・。しかもこのオバハン、数名分をまとめて買っているときたので、タチが悪い・・・・・・。まだ時間がかかる。やっぱりこの世代か・・・・・・、とぼくしゃんテンション下がる・・・。他の列と比べて後塵を拝してしまった。
 結局私の後ろから並んだ人、数名は先に購入して去って行った・・・。いや、ボクが悪いんです。人を「見る目」が無かったから(笑)。

 図録売場の拡大。混雑無し!。 ↓

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 先に、芸大美術館陳列館の「アフガニスタン修復プロジェクト」と国立博物館の「黄金のアフガニスタン」展を見て、再び来ることにする。
 ↓ 都美の裏側から、芸大美術館方向に歩く。すると、動物園の入口があることを発見。ずっと以前は無かった筈。ただ、知ってはいたが、忘れていたのかも・・・。入口の「再発見」だった。

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↓ 都美の裏側を通る。と、館内の窓近くのソファで休憩している人がいる。
表の大行列がウソのような静けさだ。

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↓ 都美の裏側。
こちらには、行列を誘導していない。木が多いので、日陰にはなるが。動物園の入口があるため、邪魔になるので誘導しないのだろうか。

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↓ 都美の裏側。搬入口。静かだ・・・。

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↓ 一旦、都美を離れた。後刻、再びやって来ることにした。

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↓ もう一度、チケット売場。

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「生誕300年記念 若沖展」1 東京都美術館 (行列~入館待ち時間の状況)

  2016年5月21日

 東京都美術館 「生誕300年記念 若沖展」を鑑賞(見学)した。

 先に、「黄金のアフガニスタン展」を見て、東京国立博物館を出る。正門から退出し、道路を渡りそのまま、都美術館へ歩く。レンガ色の建物沿いにあるが、美術館の敷地外、公園内の通路にまでは、行列していない。
 
 
 16:43に列の最後尾に並ぶ。「90分待ち」の表示。1時間半待ちならば、「余裕」と楽な気持ちで並ぶ(笑)。なんたって、京都迎賓館の試験公開では整理券を入手するのに50分並んでいるし、「どんとこい」です(笑)。

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 ↓ 並んだ直後の様子。列は



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 列の最後尾付近では、水を配布している。業務用のミネラル水ポリタンクに入っている。紙コップについで配っている。が、次第に列は短くなり、水の配布場所から遠くなる。水は、手押しワゴンに乗せてあるため、移動させて配布していたが、やがて撤収した。日が陰って来て涼しくなってきたこともある。水が欲しく無い気温となって来た。

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 列は伸びることは無く、だんだんと最後尾が前に移動していく。
 と、17時前に「60分待ち」に待ち時間の表示が変わった。「6」と「9」が、一気に逆転!!。

 ↓ 17時直前の行列の最後尾。17時の時点では、もっと行列は進んで、都美の門の近くになっていた。


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 都美の門を入った所にある「ミラーボール」の前で並んでいたときに、入館締切の17:00となった。走って、チケットを買いに来る人もいる。時間が来ても無理に締め切りはせず、17:02でも販売してくれる。とっても良心的です(笑)。
 チケット購入が間に合えば、列に並ぶことを許される。実際には17:03でも間にあった。

 ↓ 17時15分くらい。半地下の中庭をぐるりと取り囲むように並ぶ。
   半地下では、図録を購入できる臨時テントが出ている。

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 列は、順に進む。一定人数ずつ館内に入れていくようなので、一度動くと、ダーっと一定距離を進む。本を、読んで過ごす。美術館の、地上の周りを、ぐるっと並ぶ。半地下の広場の様子が見える。前はカップル。小柄な赤のパーカーかトレーナーでジーンズの女子と背の高い若い男。女は結婚指輪をしている。若い夫婦かも、。男は女のジーンズのお尻のポケットに手を入れたり、これ見よがし。女もノリノリか知らないが男のジーンズの後ろのポケットに手を入れたり、スキンシップをしている・・・・・・・・・・。

 前には、別におばさんの2人か3人連れ。ウチの子供、読んでる参考書のタイトルを(首を曲げて)除き込むように見る。よくある「行動」だ・・・・。オイオイ・・・・・。これだから・・・・・・・(敢えて書かず)。このヒト、年齢は60以上、恰好は若く見えるが、もしかしたら70くらいかも。
 列のうしろもカップルで話をしているが、学生のよう。ただし、女の子が男に対して敬語を使っているので、先輩が誘ってきたのか?。「教授が・・・・」などと会話している。

 ↓ 中庭をぐるりと回り込んで来た。列が進むと今度は、エスカレータを下り、一気に館内に誘導される。
   半地下の中庭では、列を並ばせない「誘導方針」だ(笑)。

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 美術館の建物の中に入ると、映像パネルで「例の以前見た映像」が流れている・・・・・・。以前、日本科学未来館で見た、踊るアート展での「若沖」の映像だと気づいた。「花木鳥獣図」をモチーフにして、ゾウやトラなど画中の動物が動く映像だ。
 都美では、科学未来館で見た映像よりは、小さいスクーリーンでの投影だった。「チームラボ」の製作による映像コンテンツ。しかし、列はどんどん進むので、ここは映像をあまり見ないうちに、すぐに通過してしまう。ほとんど見れなかった。  
 この映像スクリーンの前に行列が出来ているため、待合室にいる人はよく見ることができないのだ。せっかく放映しているのに、勿体ない。行列している人は(スクリーンの前に列があるため)見ることができるが、あまりに近くて、並びながらずっと見ていると目がおかしくなってしまいそうだ。わざわざ、行列をかいくぐって(映像の様子)を写しに来る人もいた。(写しに来る人は、たいてい中年以上の女性だった。)
 
 列がロッカーの前に近づいた。ウチの子に言って、列を一旦離れてもらい、手荷物はロッカーに預けてもらう。この混雑の中で開いているロッカーもあった。
 例の中庭の窓に近いロッカーの前は行列。だが、その合間をくぐって ロッカーを出し入れしている人がいた。 毎度のことだが、おひとり様だと、列を抜けにくい。すると、頭髪が短くて、テンパーマだと思うがもじゃもじゃなヘアーの小柄な女が列を一旦抜けて、ロッカーに預けたのだろう、また列に入ってきた。誰にも、列を離れるときも戻るときも誰にも告げていない。この人は、1人で来ているようだ。
 さすがに、トイレやロッカーから戻ったフリをして、さりげなく割り込む人はいなかった(笑)。




特別展「禅 -心をかたちに-」 鑑賞2 京都国立博物館

 5月5日子供の日の夕刻のこと。「京都国立博物館」で特別展「禅 -心をかたちに-」を 鑑賞する。

 この5/3から京都での「後期展示」がスタートした。後期でも展示替えはあるのだが、龍光院(りょうこういん)の国宝「金剛般若経」は後期の10日以降の展示と非常に短い。龍光院は、なかなか文化財を公開しない・・・・。代わりなのか、分からないが、この期間は建長寺所蔵の重文「金剛般若経」が展示されている。ただ、建長寺蔵の文化財は、鎌倉でも公開されることがあるので、わざわざ京都で見なくてもよいのだが・・・・。もっとも、同経典を見ても何を書いているのか、さっぱり分からないです(笑)。
  
  慧可断臂図(えかだんぴず) 雪舟等楊筆 室町時代 明応5年(1496) |愛知・齊年寺
は、二階の一室にあった。展示リストでは最初の番号に近いが、展示場所は全然違う。達磨が岩壁に向かって座禅し、修行をしていて、「慧可」が腕を切ってまで弟子入りを志願した様子を描いたものと分かった。「断臂」は腕を切る・・・とのこと。修行のためとはいえ、実は恐ろしい絵だった・・・・・(絶句)。
 水墨画であるが、唇のところや達磨の顔の色などわずかに彩色されているような。解説によると雪舟最晩年の作品。円熟した感じがある。「・・・雪舟等楊 七十七・・・」とある。数え77歳の作。

 旧大仙院の障壁画もある。東京国立博物館所蔵のものは、以前も展示があったので見たことがある(はず)。

第三章「戦国武将と近世の高僧」は、二階の途中から始まったような・・・(一階か二階か忘れた)。「章」の紹介パネルがどこにあったか、覚えていない。だって、展示リスト通りの展示順番ではないから分からなくなちゃった~(笑)。
 狩野永徳筆の「織田信長像」、文化財指定はされていない。同じく昨年10月に訪れた大徳寺本坊の曝涼展でも見た。武将と高僧の肖像画が並ぶ。途中で一階に降りる。リストによると伊達政宗の「木像」が展示されていたようだが、気付かなかった。一階のホールは、いつもの通り「仏像の展示コーナー」。その一角、奥まった所にあったのだろう。人も集まっていた。一階の仏像コーナーは、前回と同様に「常設展」の一部と誤解してしまった(苦笑)。重文指定の「豊臣捨丸像」もあったと思う。これは、以前常設展の「名品ギャラリー」の展示で見たことがある。

 二階の端、正面出入り口に近い部屋には、戦国から安土桃山時代にかけての絵画がある。
 大仙院の障壁画もある。方丈の室中の障壁画とある。「しょう湘八景図」と「四季花鳥図」。同じく展示がある現在、東京国立博物館所蔵の絵画とは、別物のようで、現在も方丈にある障壁画を展示しているようだ。庭園に目が行ってしまうので、障壁画の重要性を認識していなかった。
 近くには、同じく大徳寺の旧養徳院の障壁画の展示がある。「山水図」と「芦雁図」。実は、一昨年の東京での展示があったように記憶する。「芦雁図」は覚えている。鳥がくちばしを上にむけて、鳴いているような構図だ。「松鶴図」とも似ているので混同してしまう。「山水図」は山と川と山間に中国風の家や室内に仙人のような人がいめ図。

 同じく二階に山楽の「龍虎図屏風」がある。三年前ここで レンガ造りの本館で「狩野山楽 山雪展」を見た。それ以来だ。改めて見ると大きい。近くで見ていた男性二人も「この絵は見たことがあるな。どこで見たかな・・・。」と話をしていた。「大きいな~」と感想を漏らしていた。確かに大きい。
 屏風絵だ。障子の「障壁画」ではない。左に例のトラの絵。カラフル。右は、龍の絵。展覧会の看板にもなっている。
 絵の色は、抑えた感じで白黒のように見える。が、昨年かの「狩野派オールスターズ」 でも公開されていたし、結構天球院でも公開されていたかな。ただし、天球院では、精密画の複製が進められていたので複製品にかわっているかも。
  
 二階の最後の展示室には、若沖の「竹」図があった。「鹿苑寺大書院」の部屋を飾っていた障壁画のうちのひとつ。現在、東京で開催中の「若沖展」には、出品されていない。得した気分に(笑)。
 五室ある部屋の最後の部屋を飾っていた絵とのこと。竹の「輪」がことさら強調されている。写生ではなく、若沖独自の視点が入っている。 

 ↓ 若沖「竹図」屋外の看板にもなっていた。
 
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一階に移動。
 国宝「玳玻天目」茶碗 相国寺所蔵、は展示期間が終了・・・。代わりに後期は「油滴天目」。アノ、三井記念美術館で昨年見た国宝の茶碗だ。朱色の木製の台も国宝指定なのか、茶碗の隣に単独で展示があった。「附属天目台」とのみ表示で説明は無い。
 
 一階の最後の部屋に高桐院の国宝「山水図」があった。こちらも昨年の10月に見た。あのときは、説明をしているところを傍らで聞いたので理解できた。しかし、今回は簡単な説明しかない。「李唐」と隠し文字がある場所についての説明は一切なかった。音声ガイドの対象でもない。「ワン ノブ ゼム」の扱いで、せっかくの貴重な展示なのに勿体ないような。
 同じ部屋に金地院の国宝「渓陰小築図」がある。水墨画。7人の僧侶の賛文があるが、そのうちの一人が描かせた絵だそうだ。中国風の山と山の渓谷の合間に建物があり、お寺のような建物があり、理想の書斎を表しているそう。1410年代と室町時代で戦国よりも古い時代のもの。

 ↓ 撮影可能な達磨のパネル。
   この作品の実物は、一階の最終展示室近くにあった。

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 ↓ ここは、撮影スポットで入れ替わり多くの入館者が記念撮影していた。「空いた」思って撮影しようとしてもすぐに次の記念撮影者が来るので人のいない状態での撮影には、しばにく待った。


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 閉館時刻が近づいて来たのて、南門から退出。
 いつぞや、一昨年の秋だったろうか、ここに来たときは、 京都駅方面の「三十三間堂博物館前」バス停は行列で、バス停にやって来るバスも満員だった。この日も多くの乗客がバスに乗っているのかなと思ったが、バス停で並んでいる人は少なかった。
 「バスに乗れそうだ。」と思い、信号を渡ってバス停でバスを待った。数分でバスはやって来た。混雑していないので、座ることができた。
 春は、ゴールデンウィークといえども春の京都は、さほど混雑しない。(桜の時期は分からないが・・・・。)やはり、混雑のピークは「秋の紅葉シーズン」なのだとやっと分かった(苦笑)。

 
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 ↓ バスの停留所。全然並んでいない。


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バスはすぐにやって来た。すいている。京都駅に向かった。
秋の紅葉シーズンは、大混雑だったのに・・・・。

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特別展「禅 -心をかたちに-」 鑑賞 京都国立博物館

 「京都迎賓館」の一般公開(試験公開)の見学を終え、出柳町駅から電車に乗り、七条で降りる。(バスの方がよかったかも・・・。)地上に上がり、いそいそと「京都国立博物館」へゆるやかな坂を登る。特別展「禅」にやってきた。 
 私にとっての「春の京都禅寺一般公開」のトリを飾るのはココ(笑)。
 時刻は16時半を少し過ぎたところ。東博の年間パス(安い方!)で入場する。
 京都での会期は 「5/22まで」
 東京での会期は 「10月中旬-11月下旬まで」
 この5/3から京都での「後期展示」がスタートした。後期でも展示替えはあるのだが、大きくふたつ「前期」と「後期」に分かれている。最大の目的は「雪舟の水墨画」の鑑賞かな。
 とすると、東京では「前期」に見学すればよいのかと思う。展示内容には変更があるとは思うが・・・・。ただ、ここ京都で「禅」の特別展を見ると、東博の年間パス(安い方!)が「東京の禅展」見学に、「別の特別展」扱いされて使用できるかは、ちょっと不明(苦笑)。
 

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 ↓ つつじが咲いている。
 そういえば、丁度三年前の5月の連休にもココに来た。あのときは「狩野山楽・山雪」の特別展の鑑賞だった。

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 まずは、休憩。平成知新館の中の売店(ミュージアムショップ)の傍にある自動販売機で、ペットボトルのお茶を買う。この日は暑くて(やや)疲れた。真夏の湿度とは程遠いので、凌ぎやすいのであるが。
 そばのガラス戸から外に出て、あいている丸テーブルのイスに席を確保し休憩。
 

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 夕日に照らされて、ガラス通路にレンガ造の明治古都館が反射していた。外で語らう人や、館内の廊下のベンチソファで書籍を読む人も。

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 そして休憩を終え、展示を見学していく。まずは、係員に三階に行くように言われる。
 ここ京都国立博物館の新館、平成知新館の「例の臭い」が、まだわずかにした。ただし、ボクは既に慣れているので、すぐに気にならなくなったけどね(笑)。
 三階に来ると展示が始まる。大きな固定式のパネルに全国各地の禅宗寺院の写真が印刷されている。京都の寺院だけではなく、臨済宗でいえば神奈川の建長寺、円覚寺、広島の仏通寺などの本山のお寺の写真があった。曹洞宗の大本山といえば、総持寺、永平寺だが、実際に写真が印刷してあったかは、探しきれなかった。

 まずは、禅宗の高僧や達磨の絵などの展示。先の大徳寺本坊で見た(と思われる)墨跡の展示があった。
 旧大仙院の障壁画「禅宗祖師図」は、中国の高僧の水墨画で、狩野元信の筆。かなり古い時代の作品。重要文化財で東京の国立博物館で展示されていることがあった。山水図など別のシーンだったと思うが、覚えていない。このとき、撮影は可能だったので撮影した記憶はある。
 三階は第一章「禅宗の成立」の展示。展示リストには、ここのカテゴリーの展示作品として雪舟の「慧可断ひ図」(一部漢字が不明)のあるはずだが、展示は無い。
 二階奥の特別室かな、と思うが、第二章「臨済禅の導入と展開」となり、展示は無い。「あれっ、全然展示リスト通りでは無いな。」と思いつつ、二階に階段を降りる。
 その前に、建物西側(鴨川の方向)のベンチソファに腰を下ろして休憩・・・・。先の京都迎賓館で疲れてしまった(笑)。ここ京博の一階でも少し休んだが、また休みたくなった(苦笑)。体が・・・・ついていかない・・・(笑)。
 
 
 二階は奥に位置する「特別室」から見て行く。ここには、僧侶の絵画像などが展示されている。特別室での二番目くらいの展示に「宗峰妙超像」がある。重要文化財。同じ僧の像でも国宝の展示期間は、すでに終わり後期は重文の展示。つまり大徳寺の「大燈国師」の画像のこと。昨年10月の大徳寺本坊の「曝涼展」で拝観の際に「国宝」の画像は鑑賞した。よって、敢えて後期に来たのだ(笑)・・・・・・・冗談だが。
 今回展示されている重文は「妙心寺の所蔵」。しかし、重文といっても国宝の大燈国師像とほとんど変わらないような・・・。あの、タレ目で、ふっくらしたお顔で、特徴的な坊主頭の頭頂部の国師の像。生前の国師の風貌をよく伝えているのではないか。
 以前購入した「大徳寺曝涼展」の図録を改めて見てみると「国宝」は後醍醐天皇の「勅賛」があるので、大変貴重なのだろう。
 「後醍醐天皇宸翰置文」もある。つまり、手紙のような文章。こちらも昨年10月の大徳寺本坊の「曝涼展」で見た。大徳寺の大燈国師と後醍醐天皇は、同時代の人物。幕府打倒についても関係があったのかは、分からない・・・。
 大徳寺の図録によると、国師と天皇は、密接な関係にあったことが書いてある。
 同じく宗峰妙超(大燈国師)の墨跡の展示がある。「関山」道号、国宝。これも妙心寺の所蔵。右から「山 関」と力強く、ふとがきしている。
 続いて、夢窓疎石の肖像画の展示がある。天龍寺の開祖で著名な人物。袈裟を着た普通の僧侶の姿だが、衣の色などで、位が分かるのでしょう。、夢窓疎石の随筆も展示があった。「天龍寺臨幸私記」。墨跡もあった。「太上天皇 持明院殿・・・・」とあったような。太上天皇とは、後醍醐天皇のことであろうか。天皇の追悼の意味を込めて書いたのだろうか。 

 二階は鎌倉時代、南北朝時代の禅宗が日本で発達した時期りの展示からスタートし、室町、戦国時代へ時代が下っている。
 二階の展示室を見ていく。「足利義満像」がある。教科書で見る絵と同じような、違うような・・・。子の四代将軍の「義持」の賛文がある。義満没後77日忌に描かせたそうだ。
 将軍 義満とのエピソードが伝わる「一休宗純」の像もある。重要文化財。普段、歴史資料などて見る一休の像は、この写真である。自賛している。賛文は「臨済子孫不知・・・」のような文字が。「××を知らないが、・・・・」というような文章か。下の署名欄のような箇所には「三十年大徳禅寺 天下・・・」とある。
 一休宗純墨蹟のうち「遺誡」には「老僧身・・・」、やはり「大徳禅寺」とある。老境に達した一休が色々と教えを遺したのだろうが、この人「老いてもますます御盛ん」の「オキテ破りの僧侶」としても有名だが。あっしも、あやかりたいものだ・・・・・・というのは、冗談(笑)。
 現在の大徳寺は「大徳禅寺」といわれていたことが分かる。








 

「春の京都 禅寺 一斉拝観」 スタンプラリー 参加

「春の京都 禅寺 一斉拝観」 平成28年春。スタンプラリーに参加した。
 ちなみに「春の 京都禅寺 一般公開」では無かった。「一斉拝観」が正しい。誤解・・・していた。

 たった一日のスタンプラリー参加であった。スタンプを押せたのは、僅かに「五か所」だけ・・・・。
 「五か所」のスタンプして、応募すれば抽せんで「御朱印帳」が当たる(可能性がある)ので、これ(ご朱印帳)がお目当てで、「五か所」のスタンプ「のみ」で止めて置きました・・・・(震)、のではなく単に時間が無くてタイムアップとなってしまっただけ・・・・・・・・・・・・・(苦笑)。

  ↓ スタンプラリーの台紙。まだ切手を貼って、応募していない。
   期限ギリギリの5月中の消印にて応募する。期限ギリギリの方が抽せんに当り易いため!!??。
   スタンプは水性のようですぐに滲んでしまった・・・・(苦笑)。
   スタンプのデザインは、寺院などの拝観地点によって違う。趣のあるデザインだ。

 
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 今回訪問した「五か所」のスタンプラリーポイント。

 ↓ 1、相国寺 (写真は方丈の正面から見た庭園{手前})と法堂{奥の瓦葺の建物})

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  相国寺のスタンプのデザインは、円の中に「大本山相国寺」の文字と「釜蓋」をかたどったと思われる
源氏の家紋が・・・・・。相国寺が菩提寺だった足利家の家紋ですね。

↓ 2、大徳寺玉林院 (写真は門前の告知看板)
  写真、看板の右下のマークがあるが、スタンプラリーのデザインだった。
  円の中に「大徳寺玉林院」の文字と「富士山」をかたどった山のマークが。
  茶室内部の掛け軸に由来していた。私が押したスタンプはインクが、かなり飛んでしまったが・・・。

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↓ 3、大徳寺の境内にある 「泉仙 大慈院店」 (写真はお店の入口。左に祠がある。)も対象。
  スタンプはレジの前、靴を脱ぐ玄関の所にあった。
  さすがに、レジの前で「スタンプ設置の様子」の写真は撮れなかった・・・・。

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 飲食店での対象は少なかった。しかも予約が必要なお店もあった。(妙心寺境内のお店など)

↓ 4、大徳寺聚光院 (写真は門の前にある特別公開告知の看板)

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 周知のように聚光院は、一年間の特別公開期間中であるが、「春の京都 禅寺 一斉拝観」 の開催期間中は、スタンプラリーの対象寺院だった。
 スタンプのデザインは、円の中に「大徳寺聚光院」の文字と「襖」をかたどったと思われる連続する長方形だ。

 特別公開ではないが、「通常公開」の寺院でもスタンプラリー対象の所があった。たとえば、ここ大徳寺では「大仙院」が対象だった。大仙院は常時公開されている。
 特別公開中の(大徳寺境内の拝観)場所では「方丈」や「真珠庵」も対象だった。

 そして、ボクにとってスタンプラリーの「トリ」となった
 5、「京都国立博物館 平成知新館」 
  一階の売店近くに、スタンプの設置があった。 ↓


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 京都国立博物館のスタンプラリーのスタンプデザインは、円の周囲に「京都国立博物館」の太文字。中心に「禅」(現物は旧字体)と書いてあった。

「京都迎賓館」 一般公開(試験公開) 見学9 (退出編)

 「京都迎賓館」の一般公開(試験公開)の見学です。
 
 正面玄関から館内に入り「聚楽の間」、「夕映(ゆうばえ)の間」で「愛宕夕照」「と比叡月映」の綴織の壁画を鑑賞。次の部屋は、メインで一番大きいの部屋である「桐の間」、次に「厨房」も少しばかり見学し、和室の「桐の間」へ。「廊橋」で池を渡り、舟屋(繋留してある和舟)を見た。そして、正面玄関に戻って「順路」に従い、退出した。
 正面玄関に戻ってから、もう一回、聚楽の間から順路に従い館内を見ることも可能だ。この日の公開終了時刻が来るまで、ずっとここに滞在し、見学をすることは可能。
 今回の試験公開では、主に建物の南側が公開されていたらしい。池の北の部分は、宿泊など公開されない部分のようだ。

 玄関で靴を履いて、正面玄関前の広場で、もう一度、直射日光で目をくらくらさせながら(というのは冗談・・・)地下通路に下る。

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 ↓ 正面玄関に戻る。
   左の障子の人は、池。水面に光が反射して明るく見える。
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 正面玄関を出たところで、新たにやってきた人がここ「京都迎賓館」のパンフレットを求めていた。が、青いジャンパーを着た係員は「ない。」との返答。先程、私が入手する直前に「切れてしまったパンフレット」。在庫はまだ補充されていないようだ。すると、午後3時以降に入館した人は、ほとんど入手できていないことになる。

 では、地下の通路の所でもらおうと、(地下駐車場の)警備ゲートを出た後、「本部」の紙がはってある机があったので、声をかけてみる。「パンフレットが無いのですが。 (保安ゲート近くの)机のところにも無いし、上(地上の正面玄関)でも無いようなので・・・・。」と。女性係員が2人くらいいて、本部の脇にあるダンボールの中などを探すが「ありません。人数分、用意したんですけどね~。」 と。すると、本部の奥というか、例の青いジャンパーのポケットなどを探してから「使ったのならばありますけど。」と折れ曲がったパンフレットを渡される・・・。
 無いよりはマシと仕方なく受け取って歩く(苦笑)。と、すぐに「ありました!!。」と女性係員が新しいパンフレットを持ってきてくれた。私は、自分で言ったので入手できたけど、パンフレットがあることを知らずに見学して帰った人は多かったのではないでしょうか?。
 パンフレットを新しいものに交換して、地下の通路を歩いて、再び地上に戻る。
 地下の映像コーナーでは、パイプイスがおかれ、たくさんの人が、(京都迎賓館の)職人の技などの紹介ビデオを見ていた。映像は30分間あるので、私も少しだけ見てやめた。
 映像コーナーの近くには、リターン式のコインロッカーがある。大きな荷物などは、保安ゲートをくぐる前に、ここに預ける。

 今回の「試験公開」、警備面では、(見える範囲で)警察官はいなかった。モチロン皇宮警察もいない(笑)。林の向こうに見えた京都御所の警備は皇宮警察であるが。ここ京都迎賓館の試験公開では、警備員のみだった。
(ただし、あくまで見える範囲のことであり、裏側はどうなっているか知らないです(笑)。)

 ↓ 南門を出て、塀沿いに北の方向に歩いた。と、日の丸の旗が目に入って来た。行列している時や、整理券をゲットして一旦、御苑を離れるときには、気付いていなかった・・・・。

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 南門を出た時に少し休憩する。時に、15時40分過ぎ。 
 見学には、約30分くらい所要した。かなり、駆け足での見学だった。ゆっくり見て、45分-60分くらいかかるか。映像ビデオを見ると、もっと見学に時間がかかるだろう。
 本当は、もう1か所、この後に拝観の寺院に行きたかったのだが・・・・。「春の京都 禅寺 一斉拝観」のスタンプラリーゲットのためだ(笑)。移動していたら、拝観終了時間であろう。諦めた・・・。
 次は、18時まで開館している京都国立博物館に移動することにした。

 と、門の前で係員と話をしている人がいる。親子のご様子。女性は母親で70歳以上、子ども、男で40歳台半くらいか。「入れないのか。」という交渉のような、確認のような会話。
 青いジャンパーを着た係員の男性話の内容「(本日も)朝9時の時点で約1600人並んだ。整理券を、配り終えたのは9時40分頃」。更に係員ダメ出しで「一番早い人は朝5時から並んでました。」とおっしゃる。親子はさすがに諦めたようだった。ダメ出しが効いたかな・・・・。 明日の朝、再び来るようだ。

 今回の「京都迎賓館」一般公開(試験公開)は、連日物凄い行列だったようだ。「東京」と比べても混雑していたのではないか。「東京」の迎賓館に私が行ったときは、冬の平日の朝だった。冬の公開でも休日はかなり並んでいたようだが・・・・。今回、「京都」の公開は、春のことで、大型連休中の休日。気候が良いので大行列となったこともあるだろう。
 また、「京都」は新しい施設なので混雑は、国宝指定の「東京」程では無い、と自分の経験に即して行動したことも今回の「失態」に繋がった・・・。「愚者は自己の経験(と希望的観測)にのみ学ぶ」とは、まさにこのことだ・・・・・(涙)。「愚者の極み!」ですね(苦笑)。


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 御苑の中を歩いて、出柳町の駅に向かうことにする。
 迎賓館を、南の方向へ離れて河原町方面に行けばよかったかも・・・・。

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 御苑の門。門の近くには、グラウンドがあり、子供達が野球で遊んでいた。子供達の歓声が響く。
 かつてはお公家さん達の屋敷があった跡なのだろう。

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 外から見た門。結局、鴨川の橋を渡り、駅まで20分くらい歩いた。

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「京都迎賓館」 一般公開(試験公開) 見学8 (廊橋~舟屋、庭園と池泉)

 「京都迎賓館」の一般公開(試験公開)の見学です。
 
 正面玄関から館内に入り「聚楽の間」、「夕映(ゆうばえ)の間」、「藤の間」、「桐の間」と見学。途中、桐の間の前で厨房も少しばかり見学した。
 一旦、「藤の間」の前の廊下に出て、池を渡る橋へ進む。
 橋のたもとから、池と対岸の建物を望む。
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 廊橋を渡る。鉄製の橋で、屋根がついている。池には、鯉が泳いでいるのが、真下に見える。今までも鯉が泳いでいる様子は見えたが、ガラス越しだったので、直接鯉は見れなかった。
 子供達は喜ぶだろうが、小学生以下は見学不可なので「鯉だ、お魚だ」と言って喜ぶ人は、ここにはいない。子供の歓声は響かない。静寂、静粛な見学会です。ここは。
 写真の左手先に見える、池の対岸の建物の端には、舟あるのだが、建物のメインの用途は分からなかった。
 恐らく、玄関から、プライベートゾーンに入る途中、接待、休憩をするためのもう一つの部屋ではないか。


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 池から北側を見る。北にも別館のような、離れのような平屋の建物がある。恐らくは、宿泊ができる居室、降雨宮旅館の客室のような所であろう。
 ここ廊橋の真ん中から北側を見る風景が一番の見どころではないかな。


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  廊橋は、じゅうたんが敷かれている。幅は広くはない。人がすれ違うくらい。
 見学者は橋からの風景を眺めながら、盛んに池(と鯉)の写真を撮影する。撮影に執心して、じゅうたんから足がはみ出ると、警備員から「じゅうたんから出ないようにしたください。」と注意をされる。


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 ↓ 廊橋から南側。つまり、先ほど見学した「夕映の間」の方向。
  池のやや右側には先に見えた「円筒形」の石が見える。
  池の手前、右に生えている植物は「イネ」のようだ。が、イネを植えるには、この時期では早い。イネ科の植物かなと思った。限りなくイネだと思うが・・・。「日本の稲作文化」を外国の賓客に説明するために植えているのではないか。
  「夕映の間」の前の廊下でも盛んに、こちら(橋側)を撮影している。互いの撮影会(笑)。

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 ↓ 廊橋の中ほどから、先に見た「桐の間」のある建物。松の木などが植えられている。庭は、芝生だが、状態はよくない。見学可能な場所は、池がメインの庭園で、陸地の庭はあまり無かった。

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↓ 同じく、廊橋の中ほどから。左、宿泊棟のゲストハウス(多分)と右、「桐の間」のある建物。

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↓ 鯉の拡大写真。モチロン、エサをあげることはできません。
  手をたたいて鯉を呼ぶ人はいません。多分、禁止でしょう。池の水深は浅い。

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↓ 廊橋を渡ると「舟屋」がある。

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↓ 廊橋の端、「舟屋」付近から見た庭園と池。池の北東端には、石組と「州浜」が造作されている。


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↓ 拡大。池の北東端の、石組と「州浜」。広い池と水中や岸辺の石は、天龍寺の庭園と池に似ているような。
 新緑の緑が映える。その奥には、松の木が。比較的松の木が多い。

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↓ 廊橋を渡ると「舟屋」がある。ここから乗船する。平安貴族の気分か!?。
  西本願寺の「飛雲閣」にも舟屋があり、池に舟を浮かべて、建物に出入りできた筈。
 その他にも舟遊びができる庭園池が残っているのだろう。桂離宮はどうだろうか、行ったことが無いので分からないが。

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↓ 実は「舟屋」という呼称は私が勝手に考えたもの。説明では「和舟」となっている。
 ブータン国王夫妻が舟に乗っている様子の写真展示があった。「ワンチュク国王」という呼称での説明ではなかった。写真に写っている日本側の接遇員の人物は皆知らない人。テレビ、新聞のニュースで見たことが無い人だ。政治家かお役人か・・・。
  池の水深は浅いので櫓で池の底を突いて進むようだ。


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↓ 廊橋を渡る人々。京都迎賓館で一番の撮影スポットであった。


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 舟屋のすぐ脇には、玄関への廊下があります。これで公開場所はおしまいだった。
 「順路」に従い、玄関へ向かい退出した。

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「京都迎賓館」の一般公開(試験公開) 見学7 (厨房~桐の間)

 「京都迎賓館」の一般公開(試験公開)の見学です。
 
 正面玄関から館内に入り「聚楽の間」、「夕映(ゆうばえ)の間」、ついで「藤の間」と進んだ。「藤の間」から次の順路は、狭い通路が示されいた。
 その通路を進むと、ゲストは通らない管理用の裏側の廊下のようだ。その先に「厨房」があった。先程の狭い通路は、厨房に繋がっていたのだ。
 すると晩さん会のときは、給仕がこの通路を通り、藤の間には、晩さん会のテーブルの端にある出入り口から料理を運んで来ることになる。


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 厨房には、何も置かれていなかった。ごく普通のレストランの厨房といった感じ。廊下で少し離れているとはいえ、料理の際に声を出したり、食器を準備したり、下げたりしていると結構音が響くのではないかなと思った。大きなレストランなどに行くと裏側から「ガチャガチャ」と食器の重なる音が聞こえてくることがある。特にフォーク、スプーンなど金属製の用具を片付けるときは、音が響くものだ。

 (既出) 藤の間から厨房への廊下。
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↓ 次いでやって来たのは、「桐の間」。純和風の部屋。

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 厨房からの距離を考えると、藤の間よりも和風の「桐の間」の方が近いのではないか。厨房の音は聞こえないのかな?と少し心配になってしまった(笑)。
 座椅子は、漆を塗っている。座卓も長くて立派。12メートルあるそう。漆がピカピカに塗られている。背には、日本政府の「桐」の紋が蒔絵となっている。

↓ 桐の間の床の間。
  工芸、調度品の解説板もある。説明テープも流れている。実際にこの部屋での会食の様子の写真もある。

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 床の間には「和美 迎賓 客」と読めばよいのか、掛け軸がかかっている。奥に置かれている壺も現代工芸の大家が作製したものだろう。
 藤の間だったか、ここ桐の間だったか、日本に来たあの「独裁者」もここを利用していた。独裁者閣下はご満悦だったろう。 下座には、日本人が座って接待している様子が写っているが、主に外務省関係者だろう。

 ↓ 窓際の廊下の様子。畳張り。日本間は、廊下が明るいので、どうしても主室が暗くなってしまう。廊下は外から光が入るので明るい。こと「西」に面しているので、この時間帯は明るい。夏は、西日が入るのかな?。
 部屋の電気というか、照明はモチロンシャンデリアでは無く、天井に埋め込んだ蛍光灯で障子のようなガラスで覆っている。
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↓ 廊下から見た庭園と池。芝生の先に橋が見える。見学者が渡っている様子も見える。
芝生があまり手入れされていないような・・・・。すだれで上手く直射日光を調節できるようになっている。
夏でも西日は入りませんね(笑)。

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↓ 次の順路に進む。廊下の様子。ちょうど、桐の間の入口の部分であろう。
料亭のお座敷の入口にあたる部分かな。茶室の入口、玄関のようになっている。
監視カメラが設置されている。天井や部屋、廊下の角などあちこちにカメラは設置されていた。
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↓ 廊下を通り、庭の方向へ。
通常、ゲストは明るい外の方から来るが、今回の見学順路は、裏側からだったので、おもてなしのルートとは逆に歩くことになる。
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↓ 桐の間から、廊下を通ると、元の「藤の間」の前の廊下に戻る。
  順路はここから橋へ向かう。

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「京都迎賓館」 一般公開(試験公開) 見学6 藤の間

 「京都迎賓館」の一般公開(試験公開)の見学です。
 
 正面玄関から館内に入り「聚楽の間」、「夕映(ゆうばえ)の間」だ。一旦、廊下に出て庭園の池を見ながら、次の部屋へ順路を進んだ。

 次は、藤の間だ。晩さん会、夕食会、昼食会用の部屋。
 部屋の入口付近には、実際に使用するテーブルとイスが展示してある。背後には、金屏風もある。写真も掲示しているが、写真中の日本側の関係者は、知らない人ばかり・・・。テレビでは映らない人のようだ。(私が知らないだけかも。)カナダの下院議長のご接待の様子の写真だった。いつ来日したのか知らなかった・・・。
 京都迎賓館での食事会は、皇室関連や大きな国際会議での行事でない限り、あまりニュースにならないような・・・・。
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↓ 晩さん会、夕食会、昼食会用のテーブル、イスと卓上の食器類。
  部屋の端に置かれていた。本来は、部屋の中心、壁画の前に設置するのだろう。

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↓ 食器類。ナプキンには政府の「桐」の紋様が。
お皿は、淡いビンク色と黄色の花がモチーフされている。菊の花のようだ。
ガラス類はどこの製作であろうか。

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↓ 藤の間の天井と照明。格子模様の天井と埋め込み式の電灯になっている。
天井画は無い。

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↓ 藤の間の壁画。東を背にしている。
  晩さん会の場合は、この壁画を背に、テーブルの中央にゲストとホストが座ることになる。
 すると、東京の迎賓館では「花鳥の間」に相当することになる。、東京の「花鳥の間」には壁画は無いが、東向きの窓がある。東京「花鳥の間」には、天井画もあるが、京都「藤の間」には無いようだ。京都では、(天井は)すべて電気関係の装飾のようだ。
 東京の「花鳥の間」の廊下は、西側にあり、中庭に面していた。京都では同じく部屋の西側に廊下があり、池と庭園に面している。

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↓ 藤の間の壁画の拡大。やや右側の円の「ヤマザクラ」のつづれ織り。
「ヤマザクラ」といえば、「吉野」。説明(の文章かテープ音声)では「吉野の桜」を織り込んだものだったと記憶する。
距離的にも吉野には比較的近い。関西での桜の名所といえば、まず吉野であろう。


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↓ 壁画の説明。いろいろな種類の花が織り込みされている。

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↓ 藤の間の前の廊下より。
  池が真正面にある。壁画は東を背にしている。池と窓は西の方角にある。池の対岸の建物は、先ほどの入って来た正面玄関と、その左側は、随員などの控室「聚楽の間」である。

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↓ 藤の間の前の廊下より。
  池の左側(つまり、南の方向)左が、「夕映の間」、その右は随員の控室「聚楽の間」だ。
午後の時間帯、西日が射しこむ。しかし、「スダレ」がかかっているので、直射日光は防ぐことができる。
自動で上下できるようだ。よって、真夏でも、安心、大丈夫でしょう(笑)。

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↓ 説明板。「截金」の説明。時間の関係もあり、さっと流してどんどん見ていく。
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↓ ワイドな「藤の間」の様子。
一番広い部屋。天井も高い。たくさんの人が思い思いに撮影している。そのため、撮影のタイミングが難しい。
壁画はその部屋の名前の通り「藤」の花が印象的。そして向かって右の「ヤマザクラ」も気になる。
「藤」の季節はこれからだろう。

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 天井が高いし、正面の絵がとても大きい。恰好の撮影ポイントとなっている。かくいう、私も絵をバックに記念撮影をした。
 ↓ 部屋の北側には、舞台がある。ここで芸者さんの踊りやお琴が披露されるようだ。
   接待の様子の写真も掲示があった。
   レースのカーテンで覆われている。

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 ↓ 舞台。 高度な工芸が施されているそうだ。「木の扉」には「キリ金」(漢字が不明)が施されている。
昨日の法界寺の秘仏「薬師如来」と同じ「たい金」の技術かは分からない。
扉の材質は桐だろうか。さりげない調度、建具にも高級品、職人の技が施されている。

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↓ 次の部屋への通路は狭い。藤の間の奥に向かって、左スミ(北)に衝立が置いてあり、その奥に進むようになっている。衝立の先は、狭い廊下になっている。

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「京都迎賓館」 一般公開(試験公開) 見学5 夕映の間、庭園

 「京都迎賓館」の試験公開。
 
 正面玄関から館内に入り「聚楽の間」へ。
↓ 次の部屋に進むと「夕映(ゆうばえ)の間」だ。
 
  部屋の東西の両壁にある壁画は、説明によると「愛宕山と夕日」だそう。だから「ゆうばえの間」。京都市内からだと愛宕山というのは、あまり見えないような気がしたが、気付かなかっただけ!?。
 作品名は「愛宕夕照」。愛宕山の南に沈む夕日と、その手前の家々と林と平地は嵯峨野付近であろうか。

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↓ 「夕映(ゆうばえ)の間」の調度品だ。螺鈿の工芸技術が施されている。
  「螺鈿」といえば、正倉院の宝物でも有名だ。扉の黒い板の漆塗りだ。漆板に円形に螺鈿で紋様が施されている。
  奥は、中庭。
 

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 部屋の廊下側には、見事な池がある。正面が順路になっているらしき、橋。見学者が渡っている。
 最初の部屋「聚楽の間」は、掲載の写真 ↓ では、左の方向に位置する。右手は、これから進むであろう部屋だ。
 池を望むと、その先に林が。ビルなどが一切見えない。天気のよい冬などの日は、京都盆地を取り囲む遠くの山々が借景となるのであろうか、などと想像。

 ↓ 池の置石が、直線と円筒の石。「丸」と「角」で対象をなしている。
    柳の木が水面に映る。初夏のような光景だ。

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 ↓ 池の右手。置石は池泉回遊式の庭園にあるような庭石。恐らく自然石。
   池の建物よりには「洲濱」も造作されている。廊下は一面ガラス張り。よって池のほとりに出ることはできない。
   御簾が天井から下がっている。

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 ↓ 「夕映の間」での伝統技能披露の様子。

 

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 ↓ 「愛宕夕照」の遠景と室内、天井は格子になっている。間接照明になっている。
   もしかして、太陽光が昼間は入る?。この壁画は、部屋の西側の壁にある。
   写真中、左側が南の法学で「枯山水」の中庭がある。右が北で廊下。その先に池がある。

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 真南は、枯山水のお庭。中庭か、坪庭ともいうべきか。中庭に上手く太陽光が入るようになっている。
 枯山水の白い砂利の庭園の中に置かれる物は、石ではなく、金属体のようだ。現代の彫金技術が施されているのであろうか。

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 東の壁には比叡山の絵がある。「比叡月映」。比叡山は、山脈のようにピーク(峯)がいくつかある山と思っていたが、ここではほぼ三角形の独立峰の形状。「あれ、比叡山ってこんな形だったっけ?。」と素直な疑問(笑)。


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 「愛宕夕照」と「比叡月映」の製作過程の説明。「大会議室」とあるように「夕映の間」は、大臣会合やお茶会などに使用されるようだ。
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 「綴織」とは、原画を元に、染糸を織りこんでいくそうだ。これだけ大きな画を織り込みの技法で製作するとは、相当に大変だ。織るのに5ヶ月かかかったと説明にあった。
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 「比叡月映」の拡大。「月は東に日は西に」の俳句のように、西に比叡山と月、東に愛宕と夕日と対になっている。
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↓ 「比叡月映」の全体と室内東側の様子。
 この大きな部屋は可動式の壁で三つに区切ることができ東の部屋は「比叡の間」、西の部屋は「愛宕の間」とすることができる、と説明板の解説文にあったかな?。(説明の音声テープが流れていたと記憶する。)
 説明のテープもあまり聞かずに、どんどん順路を進んでいた(苦笑)。

 ↓ 「比叡月映」のある壁と室内の様子。
  一旦、廊下に出て、池を見ながら、次の部屋へ順路を進む。

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 廊下に置かれた庭園の説明。「××」園のように特に名称は付いていないようだ。

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 次は、藤の間だ。ここ「夕映の間」の用途は、会議やお茶会ということで、東京の迎賓館では南向きの「朝日の間」に相当するのではないか。「朝日の間」も、会見や会議、お茶会が用途だったと思う。
 ここ「夕映の間」は南向きに窓がある。(窓の障子が開放されていないので、外の風景は分からないが)
 一番、南の部屋だ。ただし、北方向の池が開放的だが。

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「京都迎賓館」 一般公開(試験公開) 見学4 正面玄関~聚楽の間

 「京都迎賓館」の試験公開です。
 
 整理券の指定時刻の15時過ぎに再び、南門の前に到着。南門の前に着くと、整理券を手渡して入場、地下の通路に進み、保安検査(つまり、セキュリティチェック)を受け、再び車道を歩き、地上へ。そして・・・、
 ↓ 地下からの通路を地上に上がり、京都迎賓館の正門の前付近から見た本館。
   広~い、エントランスだ。 車寄せの長いひさしも。
   車で正門から入り、雨の日でもそのままぬれずに館内に入ることができる。

 
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 振り返って、正門。京都御所の門と塀をイメージしているかのようだ。

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 玄関の拡大。両脇にはロッカー、というか下駄箱つまり靴入れがあり、靴は脱いでスリッパに履き替えて上がるというか入館する。

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 ロッカー(下駄箱、つまり靴入れ)は固定されていて、特に今回の公開に合わせて設置されたものではないらしい。賓客を接待するときも随行員、政府関係者、マスコミなどは、例外なく靴を脱いで、内部に入るためには必ずここを利用するのかな。恐らく、メインゲスト、主要な随員は、靴のまま、赤いじゅうたんを踏んで入って行くのだろうが。それとも、上履きと下足の区別の習慣がある日本人、つまり日本政府関係者、日本のマスコミ専用??。
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 ワタクシも靴箱に預けて、スリッパに。コイン式ではなく、カギ式でカギは自分で保管することになる。
 ニ、ニオイが・・・・・(笑)。
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↓ 玄関から入る。その前に、玄関前広場を撮影。
広場の石は、御影石かは分からないが、眩しい。太陽光線を思いっきり反射してキラキラしている。これでは、夏は、モーレツに照り返して、熱気もすごいだろうし、耐えられないだろう。よって、夏に外国首脳は来ませんね(笑)。
見学を終えた人が帰って行く。同じ通路を戻り、地下に戻り、再び地上へ出て退出するようだ。

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↓ 南門方向。入場して来る人も、見学を終えた人もこの通路を歩く。南門から退出する。

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↓ 玄関から入る。
このあとも予定が押していたので急げと入る。付近をじっくり見る余裕はなかった。
よく写真を見ると車寄席のひさし屋根と扉は木製。鉄筋の建物だが、木を埋め込みしている。
あとで見たパンフレットによると正面玄関の扉の木は「樹齢700年のケヤキの一枚木」とのこと。

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↓最初の部屋に進む「聚楽の間」だ。

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玄関を入った次の扉。正面は、池がある。右が順路で最初の部屋「聚楽の間」。


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↓最初の部屋に進む「聚楽の間」。
玄関の近くの部屋に順路は進む。たくさんの見学者が列をなして、室内へ。

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↓「聚楽の間」。
随行員の控室とのこと。随行員用の部屋で首脳の部屋ではないため、至ってシンプルな造りと家具。
しかし、調度品は高価そうだ。工芸品を乗せている小卓も漆塗りで高級そう。

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壁の展示品。というか、室内装飾。

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作品の説明。

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↓ 次の部屋への廊下。
廊下と外の間には障子がある。純和風の建築様式。廊下の「ぼんぼり あんどん」にも「和の趣」を感じる。


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「京都迎賓館」 一般公開(試験公開) 見学3 入場~地下でのチェック~本館玄関

 「京都迎賓館」の試験公開です。
 
 整理券の配布枚数は1時間当たり300人分だった。(16時指定の整理券は200人分)
 三連休の最終日で祝日、こどもの日。 指定時刻の15時過ぎに再び、南門の前に到着。午後2時50分くらいに着きたかったが、とにかく今出川の駅から徒歩での時間がかかる。結局15時前に到達することはできなかった。
 南門の前に着くと、整理券を手渡してすぐに入場。15時前に到着した場合、(指定より)少し早い時間でも15時の整理券で入場は出来る。遅れた場合は、分からない・・・・。

 ※フラシッュ禁止であるが、撮影は基本的に屋外、室内とも三脚不使用などの条件下で自由だった。

 ↓ 京都迎賓館の南門の前から見た本館。広いエントランスだ。 
 
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 南門からそのまま本館へ歩いて行くのでは無い・・・。眼前に地下への通路が。コースロープが設置されており、玄関には直接行けないようになっている。一旦、地下駐車場に潜り、再び地上に上がるようだ。
 通常、賓客の随行員など関係者の車列は、この中(地下)に入って行くのだろう。外国首脳などメインゲストは直接、玄関の車寄席の屋根の下に乗りつけるのだろう。

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 ↓ 玄関の拡大。西日が当たり、まぶしい。写真では分からないが、玄関前広場のコンクリに光が反射して眩しい。

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 地下に潜っていく。眼前に正門の「横」が見える。

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 地下は駐車場などの広い空間になっている。コンクリで固められた、どこにでもあるビル内の地下駐車場だ。
「順路」の張り紙があった。今回の公開のポスターが貼ってある。正式には「試験公開」というのだ。


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 地下駐車場を先に進む。映像コーナーもあり、テレビの前にはパイプイスが置かれ視聴できるようになっていた。
京都迎賓館で活かされた匠の技の紹介のビデオ。工芸品、調度品など活かされている伝統技能についての紹介。30分以上の長い映像なので、先に進むことにする。

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 映像はあとで見ることにして、セキュリティーゲートに向かう。

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 セキュリティゲートの前に置かれていた紹介文のパネル。上の写真の右に設置されている様子が写っている。
主に外交行事に利用されるようだ。在外邦人は除くと思うが、通常は日本で生活する日本人をここで接待はしないでしょう(笑)。

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 セキュリティゲートに進む直前、突如振り返り、後ろ撮影。私のあとから誰もついてきていない。一体、アノ整理券のための行列は何だったのか?。一見しただけでは「すいている。」。「一時間当たり300人の入場」の場合は、かなりバラけて、混雑することが無いのはよく分かった(笑)。

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 ↓ 同じく「接遇実績」のバネル。近年の実績は撮影しなかった。開設当初以来、毎年10件も無いくらい・・・。
  普段は何をしているのかな?。ここの職員は。それとも、その都度、東京から出張形式?。
  きっと「京都御所」と兼務しているのだろう、と一瞬思うが、前にも書いたように管轄が違う。上で紹介したパネルでも「内閣府の所管施設」と書いてある。御所は、宮内庁の管轄。宮内庁には京都事務所があり、ここが御所の管理や公開を担当している。
 京都御苑は、公園(御苑)のパンフレットにもあるように環境省の管轄。実際は「××公園協会」が管理しているようだが。

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 参観ルートの予習をする。まずはルート①から。


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 参観ルートの予習。ルート②。

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参観ルートの予習。ルート③。

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 参観ルートの予習。ルート②。
 これらのパネルはセキュリティゲートで待つ人のための時間潰し用の要素が強い。ゲートでは行列していないので、ほぼスルーして進む。

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 ゲートを通る。一台しかゲートはないが、行列はしていなかった。警備会社の制服を着た人がチェックしている。手荷物は別にエックス線を通すが、手荷物は一旦開けて、中をチェックされる。
 「迎賓館赤坂離宮」のように紺色の制服、制帽を被った人はいないので、「皇宮警察」と間違える人は皆無だったでしょう(笑)。繰り返すが、ここは「内閣府」の所管なので「皇宮警察」は関係ない。
 警備員は20歳くらい、女子大生の年齢くらいの茶髪の子もいる。どう見ても学生のアルバイトにしか見えないのだが・・・・。 

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 「迎賓館赤坂離宮」ではセキュリティゲートは2台あったように記憶するが、覚えていない。撮影もしていない。あのときは、警備状況まで撮影するのはマズイかなと思い、撮影は自粛した。しかし、後日、「迎賓館赤坂離宮 公開」や「迎賓館 公開」のブログを検索していくつか見ると思いっきり保安検査やゲートのところを撮影しているし、写真が多数アップされている。ならば、ボクもここ京都でと遠慮なくその風景を撮影させて頂いた次第。
 もちろん、あまりに近づいての撮影は保安上の理由でNGだろう。
 ペットボトルについての検査はどうであったか、分からない。この時は、ペットボトルを持っていなかったので。

 ゲートを抜けると、通路横に置かれた机の上に「京都迎賓館」のパンフレットが置いてあり、自由にもらうことができるのだが、なんと机の上には、数部あったものが、私が取る直前で無くなってしまった・・・・。机の上は何も無くなり、「自由にお持ち下さい」の張り紙だけが、むなしく存在していた・・・・。周りには、係員がいないし、パンフが無くなったことに気付いていない模様・・・・。
 時間の関係もあるので、パンフレットはあとで入手することにして、地上に戻ることにする。

 


「京都迎賓館」 一般公開(試験公開) 見学2 (整理券入手~参観入口より指定時刻に入場)

 「京都迎賓館」の試験公開に行って来た。
 この日の整理券の配布枚数は、1時間当たり300人分だった。(16時指定の整理券は200人分)
 三連休の最終日で祝日、こどもの日。公開開始時刻は10時。すでに整理券を入手した人の入場が始まっている。対して、まだ整理券を入手できずに行列並んでいる私がいたのだ(笑)。

 ↓ 京都迎賓館の正門前。壁沿いに行列しながら、正門前までやってきた。整理券ゲットまであと少し。
 
 
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 ↓ 西門前に迫ってきた。あと少し。整理券を配布する光景を撮影。配布している係員は2人。整理券を配るだけなのだが、列はじりっ、じっりじっり、程度にしか進まない。
 すでに「15時」と「16時」の整理券のみの配布。14時入場までの整理券は、配布完了。「15時」の整理券は水色だった。入手した人が手に持って、カバンなどにしまっている。  

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 ↓ 西門前で整理券を配布する様子。入手して、安堵してから撮影(笑)。
  整理券の色は水色。時間帯により色で区別しているようだ。すぐに財布にしまい、撮影はしなかった。

  入手した時刻は10時8分頃。並んだのが、9時21分頃だったので50分近く並んだ。予想外に時間がかかった。 この後の拝観スケジュールが押してしまった・・・・。もっと早く並べばよかったと反省・・・・・。
 しかも、京都迎賓館から次の拝観場所へ徒歩で時間がかかるし、地下鉄の駅とも離れているし・・・・。

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↓ 整理券を入手後、正門の方向、北へ歩く。
   行列の最後尾に近い人達が並んでいる。この付近は「16時入場」の整理券を入手することになる。16時入場の場合は、16時半までに入場しないといけない。係員が地声で「4時の整理券の最終入場は4時30分となっていますので・・・・。」と声を出している。
  私は、というと「あ~、整理券を入手してホッとした」というか「気が抜けた・・・・。」(苦笑)。やれやれ、時間をくった、次(元々予定していた拝観場所)へ早く行こうと思うも、何故か足がフラフラ。

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 ↓ 整理券を入手後、正門前。ちょうど、行列の最後尾が正門前に位置していた。
   「最後尾」のプラカードを持った係員はずっと行列の最後尾の人と一緒に歩むことになる訳だ。
 「本日の整理券の配布は終了しました」と張り紙をしている。
  やはり、あとからやって来た人が「並べないの?」と係員に聞いている。係員は「整理券の定員が決まっていて人数に達してしまったので。」と断る。「どれくらいに、(配布予定人数に達して並ぶのが)終わったの?」と「9時30分くらいです。」のような会話。行列している最中にも、同じことを聞いている様子を目撃した。
 それでも頼み込むように「並ばせてもらえないの?」と拝むように食い下がる60歳くらいの女性もいた。それでも係員は丁寧にお断りをする。この繰り返しだ(苦笑)。
 係員さんもいちいち説明で大変です。

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 ↓ 先程、最初に並んだ敷地の北西角まで戻ってきた。
    誰もいない・・・。つい先ほどまでの行列の喧噪が嘘のようだ。

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 元来た方向に歩いて行く。京都御苑の北方向に出て、相国寺に行くことにした。午後3時には戻って来ることにする。
 御苑内の砂利道は歩きにくい。よって、松の木などの木陰の芝生や草が生えていない(砂利道でない)場所を歩くことにする。あ~、地面が安定していて歩きやすい(笑)。

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 (時刻は経過し・・・・・・。太陽も西に移動して影の位置が変わってきた。影は西から東に長く伸びている。)

 ↓ 指定時刻の入場を目指して、再びの京都御苑へ。相国寺から大徳寺に移動していた。
   地下鉄今出川駅から地上に戻り、ひたすら苑内を京都迎賓館に向けて歩く。付近にも同じ時間帯の整理券を持っていると思われる人がいた。
 あるご老人男性が早足で同じ方向に向かっているのと並行。歩く速度が同じくらいなので、私と競争のような感じになった。私は負けじと砂利道ではなく、草の生えた木々の下を歩く。
 その人は単独行動で、西門の前に着くと整理券を提示して入場して行った。

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 ↓ 南門の傍らの様子。すでに、入場待ちの列は無い。人通りも少なくなった。
 自転車が停めてある・・・。

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 整理券配布をしていたテント。あの喧噪がウソのようだ。
 午後になってもいい天気だ。快晴!!。

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 ↓ 入場する南門の様子。15時台の整理券は水色。
 「京都迎賓館 参観入口」の看板が出ている。整理券を渡して入る。入るための列は、ない。比較的人は少ない。入場の際は、人はバラけているので、どんどん入場できる。「整理券を貰う」のが困難なのだ。
 整理券を配っていた係員が引き続き、入場受付をしている。 
 整理券を持っていない人がやってきて、説明を聞いて諦めて帰って行っていたり、という光景も引き続き繰り返されている・・・・・・。


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 内側から見た南門の様子。南門は「通用門」のように簡素なつくりだ。 ↓

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「京都迎賓館」 一般公開(試験公開) 見学1 西門前~整理券入手の行列

 「京都迎賓館」の一般公開に行きました。
 実は、このブログ、東京の「迎賓館」の記事を掲載後、かなり検索件数が上がっています。
 よって、急きょ「京都迎賓館」一般公開の記事も「緊急掲載」することにしました(笑)。
 目指せ、東西「迎賓館」一般公開制覇!!です(笑)。

 さて、「京都迎賓館」の一般公開 見学記です。
 今回は事前予約、申し込み無しで「本館の内部」を見学できるのが大きなポイント。見学の定員は1時間当たり220人(最終入場時刻の整理券は180人)、1日1500人。ただし、本日も含め、日程の後半、整理券の配布枚数は1時間当たり300人(最終入場時刻の整理券は200人)、1日2000人分だった。
 中学生以上でないと見学ができない(小学生以下は不可)ので、子連れでの見学には注意が必要です。

 この日は、三連休の最終日で祝日、つまり「こどもの日」。今回の一般公開の開始時刻は10時。整理券は当日の朝に事前配布。整理券を入手しないと入場できない。では、整理券は何時から配布するのか?。
 「迎賓館赤坂離宮」のときと異なり、内閣府のウェブサイトで最初から(配布開始時刻を)確認できた。朝9時から、京都迎賓館の西門前で配布する。よって、朝8時半くらいに、京都迎賓館に到着ならば大丈夫かな?、(配布、開始直前の)9時くらいでは遅いかな?、程度に思っていましたが。
  
 しかし結局、出発が遅れてしまいました。よって、到着も遅延・・・・。宿泊したホテルが京都の駅近くだったため、地下鉄の京都駅から乗り、今出川で電車を降ります。地下から階段を駆け上り、地上に出る。御所(京都御苑)の北西の隅。道路を渡り、御所の壁沿いに急ぎ足で歩く。
 御苑の北門(今出川御門)から京都御苑内の敷地に入る。御所の北側の門を眼前に見ながら、砂利の敷地を京都迎賓館方面へひたすら向かう、というか歩く。これが、結構遠いのだ・・・・、地下鉄の駅からは。しかも、砂利道に足をとられる。


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 と、御苑内を歩いて京都迎賓館に向かう(と思われる)人の姿がちらほら。見ところ10人もいないくらい。ということは、空いているな、整理券は朝10時のものを確保できるかな、と希望的観測に基づく確信をしました(笑)。

 ↓ 御所の塀の北側、東方向に歩いている人が2人いる。
   多分、京都迎賓館に向かうのであろう。

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↓ 振り返って、御所の北側の門の前、歩いている人が数人いる。


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 が、更に歩みを進めていくと、松林などの先に行列らしき人の群れが・・・。私は我が目を疑った・・・。「幻であって欲しい、これは幻覚だ、だれも並んでいない筈だ。」と(笑)。何か声のような音声が響いてくる。群衆のざわきというか、拡声器の音声というか・・・・。
 さらに歩くと、はっきりと拡声器の声が聞こえてきた。行列、群衆をさばいているかのような声で「・・・・こちらに並んでください・・・・。」というようなことを言っている。
 「ああ、これは行列だ。」と(やっと)現実を認識した(笑)。京都迎賓館の敷地を囲む、らしき壁が見えたと同時に、壁沿いに並ぶ行列が目に飛び見込んできた。これは大行列だ。しかも、行列の先頭が見えない。更に歩いて先に進むと大大行列、人人人。「うわっ。」と思わず声を上げた。「10時の整理券入手」など夢のまた夢。何時の整理券になることやら・・・。午後2時くらいならばいいかな、と思った。
 人を整理する係員や警備員が立っているのが見える。


↓ 到着し、並ぶ直前の京都迎賓館の試験公開、整理券入手のための行列。

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 朝9時20分に迎賓館の敷地の端の角付近に到着。
↓ 私の並んだレーンの一番後ろ。
  北西角を更に曲がり、最後尾が形成されていた。並んだ直後は、先に一人が並び、あとからやって来たおツレ様が途中どっと割ん込んで来る。本当はいけないのだが、少しくらいなら仕方ないか・・・・。
  

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 行列のうしろでは「最後尾」のプラカードを持った係員がいる。一人がプラカードを持ち、もう一人が説明や整理案内係。 とにかく列に並ぶことが先決。整理券の定員は決まっているから。「並ばせる」ことは、まだ整理券の入手の余地があると「瞬時」に判断(笑)。 
 並んだ時点で午前9時21分頃。プラカードを持っていない女の子の係員聞いてみる。「この付近だと、何時頃の整理券になりますか?。」と。女の子の係員はまだ学生くらいの若い子だ。申し訳なさそうな顔で「この場所だと午後3時から4時くらいになると思います。」と返事。「3時くらいならば上出来。」と安堵。とにかくゲットすることが先決。
 別に係員は申し訳なさそうな顔をすることは必要なく「オマエが来るのが遅いんや。」と言い放てばいいのです。遅く来るのが悪い。そう、整理券を「貰いたいなら、はよ~来い。」(笑)。
 整理券の入手見込みが立ったのでホッとした(笑)。

 「やれやれ」と落ち着いて並んでいる人を観察。休日であっても、比較的年齢層は高く、高齢者が多い。ただし、若い人もいます。

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  列の様子。塀の「角」を曲がる。更に長蛇の列が続く。行列の全体像が掴めてきた。

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↓ 列に並びながら京都御所の方向を撮影。
深い森の中に御所がある。
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 行列は3重にできています。西門付近まで並び、折り返し、最初に並んだ敷地の北西の角に戻り、更に折り返し、西門前の配布場所に到達できるようだ。
 これ程とは・・・・・「やや、うっかりしていたゾ」と過ちに気付きました。が、アトの祭りです(苦笑)。

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 ↓ ゆっくり進み、立派な門が。これが正門だと理解。
  結構日射しが強い。しかし、湿度が低くカラリとした陽気なので大丈夫。日傘をさしている人も多いですね。
  半袖ではやや寒いかな、でも動けば大丈夫かな、の気温。
  紫外線は5月頃が一番強いとも聞く。お肌が・・・・(笑)。お顔のシミが増えそう。

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 じりっ、じりっと進み、テントの近くまで近づいた。整理券を配っている場所のようだ。ここで一旦折り返し。

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 整理券を配っているテント。ここか「コア地点」かとやっと理解。折り返し地点だ。先の壁の隅まで戻るのでまだ行列の「1/3」を通過したに過ぎない・・・・。
 整理券を配布している係員は2人である。並んでから、ここまで20分くらいかかった。すでに10時40分。するとあと40分くらい並ぶことになる。どんどん整理券を配布しているだけなのに、思ったよりも列が進むのには時間がかかる。
 この時点で「10時」「11時」の入場整理券は配布終了の赤い札がかかっているのが見えた。列の傍らの係員も「ただ今、お昼の12時以降の整理券を配布しています。」と声を出している。12時以降ならば、13時、14時でも時間を選んで整理券を入手できるのは、東京での公開時と同じだ。
 2人の係員がどんどん配布するのは「12時」の整理券。13時以降を希望の人はテントの奥に進んで、整理券を受け取る。

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 ↓ 一旦、折り返した後、行列の最後尾。すでに 整理券を入手できる人数に達したと判断した後は、並ぶことを断っていた。なんと、今の私の立ち位置は最後尾から数えた方が圧倒的に近い。整理券が入手できなかった可能性もあった。「アト、少し遅かったら・・・・。」背筋が凍る思いだった(笑)。
  

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 再び折り返し、築地塀の横で並ぶ。塀が日陰になり、涼しい。直射日光を防ぐことができた。
 塀に近づくと「近寄らないで下さい」のような警報音声が流れる。よって、寄りかかることはできない。
 正門を過ぎた頃の様子。 まだテントは見えない。↓
 



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 ↓ 参考画像 2月の「迎賓館赤坂離宮」の入場整理券。
 今回、「京都迎賓館」の入場整理券の「記念撮影」を忘れていた(笑)。
 落とさないように、入手後すぐにお財布に大切にしまっておいたので、入場の際にすぐに財布から取り出しして、渡して「おしまい」でした。 撮影しておけば、よかったです(苦笑)。

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「平成28年新指定 国宝・重要文化財指定文化財」展示 「洛中洛外図屏風(舟木本)」など見学 東京国立博物館

  2016年5月1日

 東京国立博物館にやってきました。
 国宝室は仏画。仏の顔などはかなり剥落していた。撮影は禁止だった。特別展は時間の関係で割愛した。
 
 「平成28年新指定 国宝・重要文化財指定文化財」展示は、一階の仏像コーナーから見学開始。
 国宝では、西大寺の所蔵品「木造叡尊坐像」 鎌倉時代 の展示が。正式名称はもっと長い。
 叡尊80歳のときの坐像。89歳まで生きたそう。リアルに僧のシワまで刻まれている。長いまゆ毛も表現されている。色はついていたのだろうか。実際は、白いまゆ毛だったと思う。衣のひだも木彫で見事に表現していた。着物が左右に広くなっている様子が描写されている。
 2階の展示室へ。今回の目玉は舟木本の「洛中洛外図屏風」。以前、特別展「京都」では展示期間の関係で見ていなかったかな・・・。

 私が注目する近代美術の重文指定は今回2点あった。
竹内栖鳳の「絵になる最初」 大正時代 京都市美術館
福田平八郎「漣」(さざなみ)  昭和7年。大阪新美術館準備室(大阪市)
 福田については、知らなかった・・・・・。作品も見たことがない。しかも昭和時代の新しい作品。しかも、大阪市は新しい美術館の解説を予定しているのだ。
 絵は、蒼い(コバルトのような色)模様の波が画面一面に描かれている。抽象画のようだ。誰か、海外の抽象画の画家の影響をうけたのかなと思わせる画風。ひたすら、丸いおなじような波を描いている。

 栖鳳の「絵になる最初」は、「斑猫」に続いて2点目の重文指定ではないだろうか。「京都市美術館」では最初の近代美術部門での重文指定?。京都ゆかりの近代日本画家の重文指定おめでとうございます。といったところか。「絵になる最初」は栖鳳の嗜好を反映しているのかな?と思ってしまう。モデルの少女(まだあどけない表情だ・・・。)について、何かあらぬ感情をもってしまったかのようなヤバイ描写と感じるには、男性目線、かつ私だけの視点か・・・・。ヤバイのは私自身なのかも(苦笑)。
 
 国宝指定としては、
 「春日大社の紺の鎧」があった。
 紺の色の糸で編んだ鎧。胴体の防護の部分太い。
 金沢文庫関係の文書はどこかよく分からなかった。

 重文指定であるが「真珠庵文書」は、鎌倉時代以降長期の文書のようだ。土地に関する出納関係の文書で帳簿のような感じ。寺領もあったろうから、そこでの米の収穫高なども書いてあるのかも
 日本でいうと江戸時代の琉球の地図など琉球王国の文書、といか図面「琉球国之図」もある。カラフルに地図が描かれている。首里付近ではなく、沖縄全体、本部半島や水納島、伊江島などの島もちゃんと描かれている。

 新規国宝の「舟木本」は、すでに国宝である永徳作のものと比べると時代は下がる。人物、建物の描写はより桃山時代というか、江戸時代前期というか、何となく華やかでお祭りの規模も大きいよう。時代が安定してきた時期の「みやこの様子」を描いたもののようだった。

 ↓ 本館玄関入口にある垂れ幕。


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その後、真下の「近代」の展示室を少し見て、次の国立西洋美術館に移動した。



東京芸術大学美術館 「芸大コレクション展」鑑賞 平成28年春

  2016年5月1日

 東京芸術大学美術館にやってきました。
 「芸大コレクション展」が開催されています。期間は5月8日の日曜日までと短い。昨年は、ここで「ダブル・インパクト展」が開催されときに来ました。
 ↓ 入口の看板。
  主に昭和40年代の作品を展示するよう。しかし、最近の作品に加えて重要文化財指定の近代秘術作品が展示リストに入っているため、やって来た。展示室は地下2階の部屋のみ。

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 一番の目的は高橋由一作の重要文化財「鮭」です・・・・・といいたい所でいるが、これは昨年の秋にも見た。細長い額縁に入っている作品。
 同じく重要文化財指定の絵画は狩野芳崖の「悲母観音」。これは、大きな絵画なので、ガラスケース内の展示。
 「重要文化財」指定のラグーサ「日本の女」の石膏があった。最初は、気付かなかった。ふと、台座の上に展示されている像を見ると「昨年も見たな・・・。」と思ったが、違う。確かに見たが、今回の展示品はやや黒も入っている白い像だ。「石膏」とある。材料はブロンズではない。すると「石膏原型」となる。まさに「重要文化財」に指定されている作品そのものだった。

 美術館1階のロビーの様子。

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↓ ブロンズ鋳造された「日本の女」の後姿。(このあと訪問した東京国立博物館で撮影。)
 石膏の裏側はもっと荒々しい。現物に「所蔵 東京藝術大学 作品名・・・・  番号・・・・」と貼ってあった。
 ブロンズは鋳造品なので、管理用のシールは貼っていない。

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 国宝としては「絵因果経」の展示が。巻物のお経で非常にカラフル。実は、出光美術館でも同名の作品が出品されいた。成立年代は違うようだが。出光のものは「重文」、ここ芸大の物は「国宝」と指定が分かれている。

↓ アフガニスタンの仏画などの修復プロジェクトに関する展示も別の棟であった。こちらは、無料であるが、この日は時間が無いので後日にすることにした。


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 展示会場の入口はこちら。守衛所を挟んで、大学美術館と反対側。

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 根津駅(上野桜木)方向から、東京国立博物館前への道。芸大の校舎内と道路。すっかり、緑の葉が繁っている。

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「美の祝典Ⅰ」 出光美術館 「伴大納言絵巻」 10年ぶり公開 鑑賞

 2016年5月1日 
 
  丸の内にある出光美術館にやってきました。展覧会は「美の祝典Ⅰ」。この企画のメインは国宝 「伴大納言絵巻」の10年ぶり公開です・。事前に広報されていたので、開催については早い段階で知りましたが、最近になってすっかり忘れていた(笑)。
 思い出したので、行ってみることにした。
 
 有楽町駅から少し歩きます。「ブリジストン美術館」などおなじく企業の名前を冠した美術館。企業名を冠し、その創業者のコレクションが母体となっている点で共通しています。住所は「丸の内」だが、実際は有楽町寄りの街区にある。東京駅より有楽町駅の方が近い。

 
 ↓ 入口は帝劇の隣でした。ビル外壁に掲示された看板を撮影。

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 ↓ 帝劇入口のポスターの様子。写真奥は皇居のお堀。
   先程、女性が歩道にまで列をつくり入場を待っていました。劇の入場待ちの列だったのです。連休中とあって、混雑しているようです。男性は列に全く並んでいなかった・・・・。大学生、高校生くらいの女の子も結構見に来ているようた。

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 ↓ 1789 と数字のあるタイトル。つまり「フランス革命」を舞台にしているベルバラ(のような歌劇)でしょうか?。

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   帝劇と比べると出光美術館の入口は小さい、というかエレベータで上層階に上がるため1階にはエレベータ乗り場があるだけ。警備員が立って、次々に出光美術館にやって来る人をエレベータに載せている。
 警備員の人が「展示室はエレベータで6階の上がって下さい。」とアナウンスしてくれます。

 エレベータを降り、入場券を買って入る。
  と、展示室には入らず、明るい方向へロビーを歩く。
  皇居方面の景色の眺めが大変によい。

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 窓際には、無料のお茶コーナーがあり、紙コップについて自由に飲むことができる。窓からの景色を楽しみながら休憩できる。
 と、40-50歳くらいの女性だが、この休憩スペースのうしろかせ、人々の後姿が敢えて「写るように」カシャカシャ、スマホカメラで撮影している人がいる。 どうせブログに載せるのだろう。周りに人がいようが、お構いなしに撮影、取りつくし・・・・・・・。私の後姿(ハゲてるが・・・)もきっと写って、アップされとるやろうから、「出光美術館 窓からの皇居 風景」などのキーワードで検索してくださいヨ(苦笑)。


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 窓の近くに「陶片」の展示室があった。まずは、この部屋から見学。陶片なので太陽光に当っても大丈夫だから、窓辺に展示しているのであろう。


















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りょうげつ

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