良月(りょうげつ)の たび日記

神奈川県 湘南地区在住。折口良月(おりぐち りょうげつ)の神奈川、東京、静岡、山梨、長野など関東近郊地域への行楽、外出。美術館、博物館めぐり。その他国内旅行などお出かけの記録。

2016年06月

 

知床五湖 散策2 (二湖)

 2015年9月22日の火曜日、北海道旅行3日目。知床五湖 散策2 (二湖)

 朝から大勢の観光客で賑わう知床五湖のフィールドハウスにやってきた。ここで、知床五湖の入域に関するレクチャーを受ける。  
 、レクチャー後は、ハウスの外に出て、いよいよ散策開始である。一方通行制で、後戻りはだきない。反時計まわりに周遊することになる。
 秋のこの時期は、レクチャー後の自由散策ができる。もちろん、散策路を外れることは厳禁だ。
 私達は40分が標準時間の「小ループ」、つまり短いコースを歩く。熊笹の茂みの中を歩く。
 すると、10分も歩くと二湖のほとりにでた。意外と近い。

 ↓ 林の向こう側に、水面が見えて来た。これが、二湖だ。「知床五湖」とご対面だ。
   フィールドハウスからここまで5分と少しではないか。
  

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 水面の拡大。湖というより、沼地だ。もちろん、最初からわかっています(笑)。


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 二湖の周囲は、湿地帯になっている。水草や倒木などが周囲を覆っている。

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林の中の道を歩く。
 

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 溶岩が冷えて固まったようで、点々と溶岩らしき岩がある。道もその合間や丘の上を通るので起伏がある。

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 明らかに溶岩と思われる岩の道を通る。起伏がある。溶岩の石畳の道のような感じだ。


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 丘を下ると、今度は湿地の上を木道で通る。二湖の隅に位置する湿地で、橋になっている。

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 橋からの眺めというか、湿地帯の様子。
 
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  分岐点にある看板。小ループから、二湖へはやや戻るような感じで歩き、二湖のほとりに至る。
 奥の道には、行くことができない。また戻って、一湖に向かうことになる。
 先にクマの目撃情報があるとされていた所は、二湖の先や三湖の方向だった。レクチャーの映像で見たクマがいそうな地点で「ホイ ホイ」と声を出す方法が通用するとはとても思えない。「声や音を出して、クマにこちせの存在を知らせる」ことが重要であることは分かった。しかし、いざ遭遇した場合には、どうしてよいのか、私はまだ理解はしていない。背を向けて逃げるのは厳禁だし、食べ物をおいて逃げる方法も厳禁・・・・。「クマよけスプレー」の貸し出しをしているので、これを利用する方法が、素人観光客には一番の対処法ということか。確率からいうと、クマに遭遇することはかなり低いので、いざという時、私は何もできずに立ちすくむだけなのだろうか?。そんなことを反問していた・・・・。

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 溶岩のような岩が点在している。安山岩のような岩。かつて活動していた知床の火山から流れ出た溶岩が冷えて固まり、溶岩の隙間から、湧き水がしみでて、たまり、湿地や今日見る「五湖」となったのだろう。
 溶岩台地にたまった水たまり、といった感じかな。
 
 ↓ 木道を更に歩く。

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 二湖の端の湿地。水草に覆われている。

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 拡大。林の合間から、知床の山々が見えたため。

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 溶岩の脇の道を進む。と、溶岩の割れ目から、木が上に向かって伸びていた。 ↓


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 やっと「二湖」のほとりについた。
 ↓ 看板。標高が意外にも高い。海岸に近いが、海から一気に断崖になって落ち込む地形なのだ。
  「二湖」は知床五湖の中で一番大きい。規模的には、池なので、以下、「池」と書くこともあります。ご了承ください。

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 二湖のほとりの案内看板。一方通行なので、奥に進むことは出来ない。奥からは「大ループ」に進んだ人達が次々に歩いて来る。五湖、四湖、三湖を見てきたのだろう、二湖は、少しだけ見て足早に過ぎ去る人が多い。
 しかし、私は、しばし二湖のほとりにたたずんだ。

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↓ 池のほとりから撮影。敢えて、木を入れ撮影したが、どうも上手く無い・・・・。
 二湖のほとりで、写真撮影。記念撮影をと、おもうが、逆光でうまくとれない。なぜか、カメラの逆光補正が機能しない。10分くらい手間取ったがうまくいかないので、やめた。余分に時間をくってしまった・・・・。


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 ↓ ビューポイントから半島の先、北東方向。目に入る風景がワイドで広い・・・、半島ではなく、大陸的な風景だ。

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 ↓ もう一度撮影。雄大な風景なので、何度もカメラのシャッターを切る。
   その割に、よい写真が無いが・・・・・(苦笑)。

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 写真でも見て分かるが、山々が池の水面に反射している。太陽は丁度、山の向こう側にあるが、雲で遮られている。絶妙な光のバランスと清澄な水のため、山の姿が写り込んでいるのだ。

知床五湖 散策1 (レクチャー受講~散策路へ)

 2015年9月22日の火曜日、北海道旅行3日目。知床五湖 散策1 (散策路へ)

  
 ウトロから坂道を車で登り、知床峠への道と分かれ、知床五湖方面へ走行。この交差点の所にビジタセンターではないが、案内、情報展示施設(知床自然センター)がある。その先、知床五湖までは一本道。
 知床五湖の駐車場は朝の7時半から開いている。早く駐車場をとらないと満車になってしまうが、無事駐車できた。
   「フィールドハウス」に急ぎ入り、申請書を書く。
「知床五湖」は昔から有名な観光地であるが、入域人数を制限する、クマの対策を施すなど時折、ニュースにもなってきた。今までは、あまり関心が無かったが、今回訪れるに当って、入域方法など、その方法の内容をようやく知ることとなった。
 「高架木道」が出来ていることも知らなかった・・・。

知床五湖の地上遊歩道入口 ↓ 一旦、入ると後戻り出来ません。


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  「フィールドハウス」でレクチャーを受ける必要がある。春から夏のはじめ頃までは、ガイドツアーのみの時期もあるが、夏から秋のこの季節は、レクチャー後、自由散策できる。自由散策の時期となると、そろそろ冬の訪れである。クマの活動期が、春から初夏で、冬が近づくと山に戻って冬眠の準備をするのだろう。

 時間前にレクチャー室に入り、席を確保する。部屋は、満席となる。レクチャーが開始されると、まずは映像を見る。映像だけで、10分間はある。熊がいそうなときは「ガイドの女性が、熊がいそうですね、声を、出しましょう、ホイホイ」と叫ぶ映像が・・・・。「ホイホイ」と叫ぶ声が随分とやさしい。本当に大丈夫かな、と少し心配に・・・・。

 熊に出会わないことが大切と繰り返し案内される。存在を知らせるため、声や、音を、出すことがよいのだとか。「熊も実は臆病です。」と説明。
 テントを壊す、ヒグマの映像が。フードコンテナの説明もある。食べ物のにおいを漏らさないただった。初めて知りました。
 映像が終わると係員の「最新情報」などの直接の話がある。映像スクリーン脇には、ボードが設置され、クマの目撃情報の図の掲示もある、ここ数日でも目撃されているようだ。書き込みがされている。クマの目撃の情報が寄せられると、フィールドハウスの職員が確認に、行くそうだ。
 係員は、まだ20歳台前半くらいの若い女の子。大学生くらいではないだろうか。レンジャー服を着て、腕章をしている。

 ↓ 最新情報のボード。
  クマは、毎日目撃されている訳ではない。直近、半月くらいの目撃情報や、足跡、フン、食痕の情報がある。散策路付近でも目撃情報がある。
 クマも人間が怖いので、あちらさんからどいてもらえば、よいのだろう。
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 フィールドハウスの入口側から撮影。まだ新しい建物。「入域の人数制限」や有料化に伴い、建設したようだ。
 レクチャー室は二個あった。一回15分くらいで、10分おきに実施だから、レクチャーが終わると、入口を開けて、はい次の時間の方、入場してください、となるのだ。
 「人数制限」や「有料化」といっても季節にもよるし、冬期は閉鎖なので、何とも言えない。

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 レクチャー室の部屋を出るとすぐ外だ。元の入口からは、退出できない。出口は進行方向、別にある。外には、木の塀がありそのまま散策路に入る。
 高い木はあまりなく、熊笹が植生している。熊笹の茂みの中で更に分岐がある。ひとつは、「大ループ」と呼ばれる五湖全部を回るコースと、もうとつは、二湖のほとりまでの40分コース。「小ループ」。ほとんどの人は、90分のフルコース「大ループ」にいったようだ。
 私達は、時間の関係で短い40分のコースに歩みを進める。
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 狭い道を進む。


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 熊笹の間の道。眺望は無い。

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 ひたすら歩く。いつのまにか、人もバラけて来た。

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 木が枯れている。高い木が無い。

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 空を見上げると、鳥が・・・・。とんびかな。

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 木道の上も歩く。沼沢地だ。

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 更に歩く。林と熊笹の間の道。

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 と、山が見える。羅臼岳だ。山頂には、笠雲がかかっている。「あの山は、羅臼岳」と説明を見た訳では無い。
遠くから眺めても、連山の中で、一番立派で目立つ山であったので「あれが羅臼岳だ。」と直感で分かった。

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 10分も歩くと二湖のほとりにでる。意外と近い。高架木道も含めて、それほど時間もかからないかもと思った。地図で見るよりも、距離が短い。

 ↓ 二湖の近くの湿地帯。

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世界遺産 知床国立公園 知床五湖 駐車場~入場

 2015年9月22日の火曜日、北海道旅行3日目の朝を迎えた。
 1日目の旭川到着が夜だったので、実質2日目(笑)。
  ホテル知床に宿泊した。短い滞在であった。到着したのが、昨夜の7時半前、そしてチェックアウトは朝の7時半前、12時間に満たない滞在であった。
 
 ホテルを735発。昨晩食事をした「番屋」の前を通り、台地から海への坂を下る。セブンイレブン前の交差点まで下ってきて。ここを国道へ、知床岬の看板に従い走る。私達の車の前には、大型バスが・・・・。道は、上り坂となる。途中、ウトロの街なみを見下ろせるポイントがあるが、そのまま走行、登る。途中で、知床峠への道と分かれ、知床五湖方面へ走行。この交差点の所にビジタセンターではないが、案内、情報展示施設がある。

 バスは、知床峠の道には行かなかった・・・・。このままバスは、知床五湖にいくのだ・・・。バスはとってもノロノロ走る。困った・・・。五湖までは一本道。後ろにも後続の乗用車続いてくる。知床五湖の駐車場は朝の7時半から開いているので、早く駐車場をとらないと、満車の恐れがある。
 本当は7時15分には出たかったが、いつものごとく遅れた。当初、ウトロのホテルから五湖までは15分くらいかな、と思ったが、見当違い。意外にも距離がある。

 ↓ 知床五湖への道中、オホーツクの海と知床半島の断崖。

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 起伏にとんだ断崖の下りの道もある。岩尾別の谷だ。ユースホステルはここにある。看板が出ている。谷をくだり、谷底で川を渡り、再び登り坂となる。ユースホステル以外にも、国民宿舎がある。その名も国民宿舎「地の果て」。
 宿舎までは、まだ距離があるようだ。そちらへの道の分岐もここ岩尾別だ。国民宿舎は更に道の先にあり、建物は見えない。深い森が広がっている。当初、ここの国民宿舎に宿泊も考えたが、満室だった。意外にもウトロの街から遠い。10キロくらいはあるようだ。

 岩尾別の坂を登り、再び高台の一直線の道に。見通しがきく道路となったので、追い越し可能区間でもあるし、バスを抜かす。

 ↓ 車窓から。岩尾別の川と谷。左方向が海。川は海に流れ込んでいる。雄大だ。
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 海辺の断崖の上の高原地帯のようだ。道が林の中を通っている。周囲は、白樺の木が。と、林の中にキツネを見たそうだ。私は運転しているので、見えなかったが。

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 ↓ 白樺の林の中でキツネを目撃したそうだ。

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 ↓ 更に知床五湖への道は続く。前に先行車が。普通車は、この先の駐車場で行き止まり。
   季節によっては、その先の「カムイワッカの滝」まで通行できるようだが、五連休中は知床五湖まで。
  滝までは、バスで行くことになる。が、バスの時刻表を見ると、本数は限られるし、時間もかかるようなので、
今回は断念。五湖から先は、ダートの道?のためか、バスの運行速度は遅いようだ。

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 ウトロから20分くらいで知床五湖の駐車場に着いた。ゲートがあり、ここてで駐車場の料金を先に支払う。バスは予約してあるのだらうすぐ入る。例のノロノロと走っていたバスもあとから、やって来た。
 駐車場は、ほぼ一杯に一般車のスペースはなっている。あと少し遅かったら、入場できなかった。ホントに・・・・。駐車場の出口に近いところに指示されで止める。あと残り、20台もスペースはないのではないか・・・。

 ↓ 駐車場の様子。奥は知床連山。

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 車を停めて、ネイチャーセンターというか、フィールドハウス(以下、敢えてセンター)へはツレを先発させる。センターでレクチャーの申請書を一人一枚ずつ書く必要があるのだ。駐車場に入場しただけで、ホットしてはいけない。レクチャーを受けないと、五湖の散策路に進むことができないのだ。たくさんの人がセンターに出入りしている。先発させたので正解だった。
申請書には、子供も住所と氏名を一枚の紙に書く必要がある。一人一枚なので、かなり手間だ。同時に料金も支払う。

 さて、センター建物の奥の映像ルームでは、朝8時からの説明、つまりレクチャーが始まるところだった。先に申請書を書いて受付を済ませた人達だ。中にどんどん人が、入っていく。レクチャーも定員があるので、うっかりしていると次の時間帯に回されてしまう。私達は次の8時10分からの回になった。

 ↓ 知床五湖フィールドハウスの建物。バス停があり、ウトロのからのバスがここに到着。
  更に奥地の「カムイワッカの滝」までもこのバス停から、乗れるようだ。私は誤解して、センターからは「カムイワッカの滝」方面のバスには乗れないと思っていた。なぜなら、車をここの駐車場に停めたまま「カムイワッカの滝」に行く人がいると、駐車場がなかなか空かないから。

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 センターに続く建物。この中には、入らなかった。

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 ↓ センター前の看板。

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↓ バス停の前から駐車場の様子。大型バスの駐車スペースはあるが一般車は満車になりつつある。


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↓ バス停の前から駐車場の様子。大型バスの駐車スペース

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 レクチャーの前には、トイレは済ませておくように言われたそうだ。遊歩道には、トイレが無いとのこと。
 レクチャー待っている間に知床の山を撮影。
 よく晴れていて、気持ちが良いのだが、山には厚い雲がかかっている。


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 山々を拡大。あの、お椀をかぶせたような山が「羅臼岳」のようだ。たしかに、特徴的な形状の山で目立つ。
知床最高峰だ。山頂付近には、笠雲がかかっている。

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 半島の先端の方向。

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ホテル知床 宿泊(朝食~出発)

 2015年9月22日の火曜日、北海道旅行3日目の朝を迎えた。
 1日目の旭川到着が夜だったので、実質2日目(笑)。
 この日の予定は・・・、
朝、知床五湖に行って、散策。
午前10時発の知床岬往復遊覧船を予約しているため、ウトロ港から乗船する。
午後2時頃、港に戻る。昼食はウトロ漁協食堂で。←ココがポイント。
その後は、フリー。知床峠経由で羅臼に移動。「羅臼湖」散策は、交通の便を考えると無理かな・・・。
 本日は、羅臼温泉に宿泊を予約している。移動が少ないので、この日はゆったりできる予定(笑)。
 
 ↓ ホテル知床の外観。ホテル全体の外観ではなく、私達が宿泊した棟の外観。
   いくつも増築しているようで、1階の部分の廊下でつながっている。
   あとで、写真を見たところ2階もつながっているようだが。
   この棟で、7階×ワンフロア6室で42室のようだ。

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 さて、私は朝5時半に起きて、風呂に行く。入浴したのは、6時前のこと。温泉につかる。露天風呂に出てみる。雲はおおいが、青空が見える。透き通った青空だ。朝の涼しい空気が気持ちよい。前夜と異なり、露天風呂の周囲の景色が見える。やはり、ウトロの斜里側の海が見える。方角でいうと、西だろうか。
 朝から浴場には、たくさんの人がいる。室内の大浴場には、常に10人-20人前後がいる。子供も入りにきている。

 ↓ ホテルの部屋から見た外の景色。
  右奥のホテルの建物が同じ系列の「知床第一ホテル」。昨晩、気付いたようにあちらは、お値段が高い。
  ことれは、リーズナブルな値段のホテル。しかし、大型連休中のこの期間、素泊まりでも十分こちらも私にとっては高いです・・・・・。
  その奥に別のホテルのビルが見える。ウトロの後背地の高台のホテル群だ。

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部屋は北向きだ。関東と比べて、何となく、方向感覚が違う。南と北の感覚が違う・・・。
なぜ、そう感じるのか。分からない・・・・。
↓ ホテル玄関の方向。駐車場にはずらりと宿泊者の車が。山の斜面はスキー場のよう?。
たしかに、スキー場の立地としてはよいかも。

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 私は、朝起きて大浴場に行ったが、ツレと子供達は、まだ寝ている。
 起きた後はテレビを見るりだろうが・・・・。私は、温泉の後、
6時20分に部屋に戻る。ツレ達は、すでに食堂へ向かっていた。朝食は6時半から開始と早い。北海道ならでは、だ。ホテルは200室以上はあると思うので、数百人食べに来る計算。
 部屋のテレビで見たが、苫小牧のほうで、川で一匹釣って逮捕だったとか。厳しい。知らないと「何で獲ってはいけないの?」となってしまう。毎年このニュースはあるのだろう。もっとも「ほっちゃれ」といって川で獲るサケはおいしくないと聞くが・・・・。

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↓ 部屋の様子。しっかり、テレビを見ているし・・・・(苦笑)。

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 風呂からでて、朝食に行く時間の前だったので、少しばかりロビーで新聞を読む。フロントでは、五人くらいの人が立って客の対応している。朝6時半前の時点ではあるが、チェックアウトの人でにぎわっているのだ。昨日の夕方、到着時に部屋まで案内してくれたメガネ姿の若い女性もフロントに出て対応していた。
 フロントには、昨晩も表示されていたが、日の出と日没の時刻が掲示してある。17時20分くらいが日没。
次の日は更に日没が短くなる。
 知床半島沿岸の遊覧船、クルーザーの予約状況の掲示板もあった。基本的に知床岬往復、硫黄山航路も含めて満席だった。

 ↓ 玄関とロビーの様子。2階の食堂に行くときに撮影。


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↓ 玄関とロビーの様子。2階の食堂に行くときに撮影。

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 朝食の食堂は2階のようだ。「ようだ。」というのは、「中2階」のような構造であるから。一度、一階のロビーに出てからでないと行けない構造だったので、最初は食堂への階段を探して迷ってしまった。ツレは、奥の座敷に席を取っていた。食堂には、すでに数十人のお客さんが来ている。食堂は広いので、急いで席を確保しなくてもよいし、食事も急いでとらなくても大丈夫だが、何となく気持ちは急いでしまう(笑)。そくさと、トレイに食事を盛る・・・。
 やがて、朝7時前には食堂は満席に。料理の前には行列が出来る。しかし、デザートは混んでいない。よって、早く食事を取り、混雑する頃はデザートに行くのが「鉄板」ってこと!??。
家族連れも、多い。熟年夫婦か男女もいる。

 ↓ 朝食の会場。帰り際に撮影。混雑している。
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↓ 朝食の会場の奥にある座敷を確保。来たばかりのときは、他に誰もいない。
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 さて、お客さんは、家族連れも多い。熟年夫婦か熟年の男女の組もいる。私達の座敷のとなりの席は三人連れ。夫婦と娘のようだ。娘は20歳前後の年齢で、明らかに高校生ではない。大学生か、就職したばかりの年齢かも。そのコは、食事中、結構肘をつきながら箸を持って食べている。両肘であったり、片肘であったり・・・。外でこれだけの姿勢で食べるということは、普段の食事生活が・・・・・わかりますね・・・・。注意しないと。自分自身も。
 食事は、7時5分過ぎに切り上げ、部屋に戻る。普段だったら、食事開始の時刻だが(笑)。

 ↓ トレイに盛った食事。
   特に朝食のバイキンクでは普段の食生活が分かると思う。
 洋食なのか、和食なのか。フライ物や肉テンコ盛りなのか、などなど・・・。特に子供では、それが如実に出る。
 ツレに言わせると「朝食は家庭生活の鏡」だそう。その割には、ウチでは大した食事はつくっていないが・・・・・・。なんて、うっかりツレの前で口にしたら「大変なコト」になってしまいます(笑)。黙っておこう・・・。 
 私は、最近めっきり小食になり、油モノは受付けなってきた(笑)。少量多種で。
 塩分の多いメニューではある。
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↓ 朝食会場の様子。
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 部屋へ戻り、出る準備をした。そして、荷物をまとめて1階に降り、ホテルをチェックアウト。「北海道旅行券」を前日の旭川でのチェックアウトに続き、使用した。お得です(笑)。

 短い滞在であった。到着したのが、昨夜の7時半前、そしてチェックアウトは朝の7時半前、12時間に満たない滞在であった。 家族旅行で、これだけ巨大なホテルに宿泊したのは今回が初めてだったかも。
 私は、駐車場の奥に停めてある車のところに走る。子供達を乗せるため、ホテル玄関の車寄せに車を停めようとするも、バスが来るので邪魔になりそうだ。よって、すでに空いていた玄関近くの駐車場に停めなおした。
 団体さんは、大型バスに乗り込んで、どんどん出発して行っている。玄関近くには、他にも何台か大型バスが待機しているし。バスガイドもバスの傍らで待機して、お客を待っている。やはり、北海道の朝は早い。

  
 ↓ ホテルの玄関付近と待機している大型バス。
  別棟が左に一棟、奥に一棟ある。上の写真で紹介した私達が宿泊した棟は、写真の右の方向。
  いくつも「棟」がある。

 
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知床 ウトロ 海鮮料理専門店「番屋」 食事3 とホテル知床周辺散策

 2015年9月21日の月曜日、北海道旅行2日目の夜。
 知床 ウトロ 海鮮料理専門店「番屋」 食事3 とホテル知床周辺散策

 知床 ウトロで宿泊したホテル知床の近くにある「番屋」で食事した。ホテル知床のロビーにおいてあったチラシには「海鮮料理専門店」と書いてあった。

 食事をした後、店の外に出た。歩いて宿に戻る。
 
 と、先程も通ったT字路の近くに大きい看板がある。
 ホテルに来たときにも少し見た。しかし、運転しながら、じっくり見ることは出来ないので、ホテルの位置を見落とししてしまった訳だ・・・・。

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↓ T字路も番屋のお店の下の方向。
ん、月が出ている。小清水原生花園で潟ごしに見た月だ。とすると、同じ方向、西の方角になる。

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 ホテル知床に歩いて戻る。途中、別のホテルがあった。新たして立派なホテルだ。
 入口には「知床第一ホテル」とある。「ああ、ホテル知床と同じ系列のホテルだ。」とやっと理解した(笑)。
 ウェブサイトであらかじめ私が見ていたのは、こちらのホテルのこと。道理で違うと思った。こちらが「本館」的にホテルで私達の泊まるのは、「値段のお安い」ホテルであったのだ。コンセプトが違う(笑)。

 ホテルまでの地図も建物外観もこちら「知床第一ホテル」と混同。地図では「ホテル知床」は調べていたのだが何か違うな、と思っていた・・・。すべて解決した(苦笑)。
 「知床第一ホテル」はお値段が高いのだが、部屋の明かりは、ほぼすべてついているのではないか。恐らく満室であろう。

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 ↓ 「知床第一ホテル」から更に歩く。「ホテル知床 この先400メートル」の看板。これでは、夜間、車からは見えない・・・・。
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 ↓ 「番屋」からウトロ香川地区を歩く。上空を見ると、星空はあまりよく見えない。

 街中と同じくらいとは言わないが、星はあまり輝いていない。人里なので、明かりで消されて見えないのだろう。知床には「星空ツアー」もある。ツアーデスクもこの近くにあった筈だ。「これくらいでは、星空ツアー」は成立しないのでは?と思ったが、ツアーでは知床峠など別の場所に移動するのだろう。
 標高の高い場所では、街の光が届かないので「満天の星空」であろう。

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 ↓ 途中、足湯があった。

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↓ 足湯。真っ暗だ。

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↓ ホテルの入口まで戻って来た。(写真は既出)
  写真左に、木の杭に「ホテル知床」とある。看板を照らす電灯は無いので、見落としてしまった・・・。
  写真の奥が、ホテル知床の建物。

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 ホテルに戻った後は、温泉大浴場に入浴した。お店ではあまり飲んでいないので大丈夫。あっ、ボクは、酒は
スグに飛んでしまうので、尚更平気。
 温泉に入浴後、更にホテル内の自動販売機でクラシックの缶ビールを購入。部屋で飲んでから、布団に入り爆睡した(笑)。




知床 ウトロ 海鮮料理専門店「番屋」 食事2(キンキ(メンメ))

 2015年9月21日の月曜日、北海道旅行2日目の夜。
 知床 ウトロ 海鮮料理専門店「番屋」 食事2(キンキ(メンメ))

 知床 ウトロのホテルの近くにある「番屋」に食べに行った。
 宿泊するホテル知床のロビーにおいてあったチラシには「海鮮料理専門店」と書いてあった。テレビでもよく紹介されるお店だ。私もこの旅行の前でテレビで視たことがある。

 知床、オホーク海沿岸で「魚」といえば「キンキ」でしょう。「メンメ」はその外見からの呼称である。お目目(オメメ)が大きいお魚だ。

 私はキンキ、下の子はホッケの定食を頼むと店の人から「焼き物はかなり時間がかかる」と言われた。最初は(ホテルから近いのだが)車でお店まで来たのだが、それならば車を置いてくれば、お酒が飲めると思い、一旦私だけ店を出て、車をホテルに置いて、歩いて店に戻る。歩いて5分-10分くらいだ。ホテルからお店までは下り坂なので歩くのはラクチン。

 お店に戻ったとき、注文して30分くらい経過していたのだが、まだ誰も注文した料理がきていない・・・。料理が来ない時点では、お酒を注文しない。なぜなら、ビールはすぐに来るので、早く注文してしまうと、食べるモノが何もないから(笑)。

 キンキの定食の方が早くやってきた。料理が来てからビールを頼むとクラシックのジョッキが来た。キンキはかなり油(脂)がのっている。パりッとしていて皮まで食べた。 
 キンキの旬は、冬のはず。今の季節は、キンキのシーズンでは無いと思うが・・・。初秋の時点でこれだけ脂がのっているのだから、冬はもっと脂がのるだろう。

 ↓ キンキの定食。ホタテの刺身などが付いている。

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 ↓ キンキを裏返ししたところ。「オメメ」はありません(笑)。

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 下の子は、ホッケの定食を注文したのだが、注文してから一時間くらいしてやっときた・・・・・・・・。
別の席の男女にも、同じホッケの焼き物が来た。彼らが店にやって来たのは、私達の20分後くらいのことだった。それが、同時に持ってきた・・・・。同時に焼いて、あえて揃えて出したようだ・・・。
 下の子の食事がやっと来たのはよいが、上の子は、すでに注文した料理を食べ終わっていた・・・・・。


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 ↓ すっかり食べ終わった。これ以上、キンキを食べれなかった。
   汚い食べ方ですみません・・・・。クラシックのジョッキは・・・・空。
  
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 お会計は合計で1万円以上した。お値段は、観光地価格かも。
 お店の外に出たところ。「番屋」の「うに丼」ののぼりが立っている。T字路になっていて、坂の上、交差点を右折すると宿泊しているホテル知床、左はブリンスホテルなどの別のホテルの所に出る。 

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 ↓ お店の入口付近。

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知床 ウトロ 海鮮料理専門店「番屋」 食事1

 2015年9月21日の月曜日、北海道旅行2日目の夜 知床 ウトロ 海鮮料理専門店「番屋」 食事1

  ここは、知床半島の西岸の街。斜里町のウトロ地区。ホテルに到着し、ホテル近くの「番屋」に食事に行く。この日は、夕食無しの宿泊である。ホテル到着が19時半~20時を見込んでいたので、夕食は元々予約していなかった。
 事前にガイド本やネットで調べたところ、ウトロ地区では、意外にも夜間の時間にずっと開いている飲食店は少ない。私が事前に調べたところ「番屋」が一番遅くまで開店している。もう一軒は、高台の下、海岸沿いにあるようだが20時までのようだ。ホテルに到着した時刻では、すでにラストオーダーの時刻であったろう。
 ホテルからも近いし、遅くまで開いているので「番屋」に行くことにした。 



 ↓ 写真右が「番屋」のある建物。左は、「知床窯」のお店。この時間でも開いていた。

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 ↓ 店の入口の様子。

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 玄関から店の中に入る。空席もあるが、混雑している。席に案内されるまで、レジの近くのイスで待つ。観光客らしき人が多い。ウトロ地区の大ホテル群が近くにあるし。

 座敷の一角に席を確保した。来ている客は、家族連れもいる。しかし、中年、老年以上の人が多い。近くの座敷では 漁師らしき男数名と妙齢の女が二人。皆、さかんにタバコを吸っている。店の人となじみのようで地元の人のようだ。しばらく酒を飲んでご機嫌で帰っていった。酔っぱらっていい気分になったのだろう、妙齢の女はタバコと携帯を忘れていったが・・・・・。

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 壁には、芸能人のサインも。ある有名歌手のサインもあった。この有名歌手さん、二週間前くらいに某旅番組で見た。ちょうど、知床五湖のガイドツアーと「番屋」での食事の様子が写っていた。そのときに来て書いたサインのようだ。ロケ(つまりサインを書いた日付)は、八月の上旬の日付だった。テレビ放映で見たところ、雨でかなり寒そうな感じだったが・・・・。
 知床五湖のガイド付き周遊には、3時間もかかっていた様子が放映されていた。もちろん、編集ではかなり要約されていたので、本当に3時間もガイドツアーで歩いていたかは、分からない・・・。
 下の子は、以前この有名歌手さんを某ショッビングセンターのイベントで見たことがあるそうだ。

 ↓ 一応、名前が読み取りできそうなサインは消しています。
   一番最近のサインは9月13日のこと。10日も経っていない・・・。
   画像中、サインをした芸能人の名前の箇所を消してはある。が、崩し字で名前も書いてあるので、誰のサインなのかは、私には分からなかったが・・・。

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 増築しているようで、サインは窓の壁ぎわに掲示してあるように見えるが、窓の先には、別の部屋がある。
私達が座っている所は、カウンターと座敷。普通の居酒屋のような感じ。カウンターの内部では、板前さんが忙しく働いて、女性の店員さんも忙しく動いている。
 窓の向こうは、大衆食堂のようなイスとテーブル席があるプレハブのような建物。団体席のような感じだ。入口付近でつながっている。イス、テーブル席にもお客さんはいるが、満席では無い。もっとも満席だったら、客の注文にとても対応できないだろう。

 キンキとホッケの定食を頼むと、「焼き物はかなり時間がかかる。」と言われた。
 キンキは、値段が相場などによって異なるようだ。メニューでは3000円~。このときは、キンキの定食で3,800円だった。刺身定食は2,500円。

 丼ものは先に来た。上の子が食べる。上の子は、小さいときから、なぜかイクラ好き。
 北海道に来て、上の子が一番うれしいのでは?。
 反対に「ウニは食べない。」のだそう。沖縄でもウニはあったが。

 
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 ↓ お刺身。内容はボタンエビ、ホタテ、タコ、サンマ、イクラ、ルイベ。
      (あとで知ったが、ルイベとは一旦冷凍したサケのことだそう。)

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知床半島 ウトロ到着~夕食、宿泊

 2015年9月21日の月曜日、北海道旅行2日目。

 小清水原生花園を18時頃に出発。本日の宿泊地、知床観光の拠点、ウトロに向かう。
 周囲はすっかり暗い。国道をどんどん斜里町へ進む。進行方向左手は、真っ暗のオホーツクの海だ。

 ↓ 夕闇迫るオホーツク沿岸の原野。(写真はイメージです。) 

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  知床へ国道を進む。ほぼ一本道。やがて、海岸をはなれ、内陸の道になる。暗くて沿道の様子は分からない。沿道は畑と林のようだ。ところどころに家や集落がある。国道沿いに街灯は無いので、車のライトしか灯りが無い。

 やがて斜里町となる。国道は、町のはずれを通るので駅や市街地付近の様子はわからない。ルートインのホテルの高いビルが遠くから暗闇の中に浮かんでいるような見えたのみであるが、ホテルの近くは通っていない。
 途中、斜里の街のはずれに100円ショップがある。日本最東北端かは、分からないが、100円ショップがあった。私は店の中には入らなかったが品揃えは、私達の自宅付近にあるお店と変わらないとのこと。翌日の知床遊覧船の乗船に備え、カッパを購入。ただし、天気予報によると雨はふらないと思うが。大波の中を進むこともあろうし、突然の天気の急変に備えて買っておいた。

 更に国道をまっすぐ進むとそのままウトロへ。ある交差点で右に曲がると標津方面へ向かう。よって、知床への道は、まっすぐ進めばよいので、網走方面からは、迷うことはない。
 斜里(の中心街)を過ぎ、知床方面へ走る。もっとも、ウトロも斜里町であるが・・・・。道の両側は暗い。家が点在している。わずかな、電気の灯りで人家の存在が分かる程度。道の両側は、林というか、森になっている所も多い。または、住宅地の周囲には、防風林があるのかも知れない。その、森の中にあるであろう自宅に入っていくと思われる軽自動車もある。帰宅していくのだろう。
 やがて、道は半島のエリアに入った。平地は無くなり、左はおそらく海だ。右は山裾のガケや林、斜面。暗い中を走る。私達の車の前後にも車が続いていて交通量は多い。皆ウトロで宿泊する観光客だろうか。
 斜里の外れから、30キロあまりでウトロに近づいて来た。途中、瀧の音がした所を通過。たぶん「オシンコシンの滝」であったろう。滝から数キロ走るとウトロの街中に入った。
 意外と斜里の郊外の100円シヨップからは、ウトロまでの距離が近かった。

 ↓ ウトロで宿泊したホテルの近くの道。
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 ウトロのバスターミナル前で信号があった。停止する。ほぼ、「初信号」。斜里にあったかな?(笑)。次にセブンイレブンの前で信号がある。この交差点をウトロの港とは反対の高台の方向へ曲がる。すぐにまた左折し、坂道を車は登る。
 と、「番屋」の看板がある。
 台地を登るとプリンスホテルの方へ間違って曲がってしまった。戻って更に高台へ坂を登る。しかし、宿泊するホテルの看板を見落として一旦通りすぎてしまった。ウェブサイトで(見たところで)はもっと大きな、新しいホテルかと思っていたが、古い建物のホテルだった。
 (その理由は、あとで判明するのだが・・・・。)

 看板もわかりにくかった。実は、あとで見たら看板にライトがないので、ホテルの名前が夜間は読み取れないのだ。街灯も無いし、暗いし、わからないのだ。

 ↓ (あとで撮影) ホテル知床の入口の様子。看板が・・・・。
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 「ホテル知床」に到着。19時30分にはチェックインできた。やっと着いた。私は「はあ~」っとほっとした(笑)。
 ツレに先にチェックインの手続きをしてもらい、その間に車を停める。砂利のPは一杯で、奥にやっと空きを見つけて停める。連休中、混雑している。満室であろう。
 ここは、団体が大挙してやってくるような大ホテルだ。ロビーでは、風呂上りの浴衣を着た人がくつろいでいる。
フロントから、部屋までは女性の係員に案内してもらう。「自分で行きます。」と言ったが、というより「構造が複雑なので案内する」とのこと。増築していて複雑のようだ。廊下を奥まで進んで、別棟に行き、エレベータで上がる。フロントのある棟と宿泊する部屋のある棟とは、一階まで下りないと繋がっていないそう。つまり、あとから建てて、一階部分のみ廊下でつないだってこと(笑)。
 案内してくれたのは、長い黒髪でメガネをかけたまじめそうな若い女の子だった。カートを出してくれ、荷物を載せて運んでくれる。名札に出身地を書いていて、地元ではなく兵庫だったか関西の県の出身だった。リゾート、観光地では沖縄もそうだが、遠くからやってきたニューカマーの若い人達が働いている例ことが多い。彼女もまたそうなのだろう。
 部屋は和室だった。窓の外を見ると、先に私が車を停めたPが暗闇の中に見える。
 この日の走行距離は、旭山動物園からウトロまで約288キロ。「一筆書き」の走行だった。旭川のホテルから自衛隊付近を経て、動物園までが20キロと少しだろう。合計で300キロと少し走ったと思われる。
 
 一息つく間もなく、すぐに「番屋」に食べに行く。お店のチラシがホテルのフロントにも置いてあった。実は、ウトロでは、夜間のこの時間に開いている飲食店は少ない。もう一軒は、高台の下、海岸沿いにあるようだが20時までのよう。すでにラストオーダーの時刻であろう。


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↓ 奥がフロント。マキが置いてあった。

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 ↓ フロントに接続している。大浴場への通路。
   ロビーの装飾は、知床の森が再現されている。木の工房というか、工作体験コーナーもフロント近くにあった。

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 「番屋」から戻って来て、大浴場の温泉に入る。夜10時過ぎだった。が、つねに10人から 20人、風呂に入っている。大きなホテルだけのことはある。露天風呂は「熱い」ので注意と、書いてあったが、それほどではなかった。安心して入れた(笑)。
 運転の疲れをいやすため、30分以上入っていた(笑)。露天風呂からはウトロの南、ウトロの学校の方が見えるようだ。しかし、露店風呂から空を眺めた限りでは、あまり星はよく見えない。
 近眼のせいかな?(笑)。





小清水原生花園 散策 (ただし日没後)

 2015年9月21日の月曜日、北海道旅行2日目。
  
 ここは、オホーツク海の沿岸、知床に向かう途中、小清水原生花園にやってきた。
 ずてに日没後、急速に「夜のとばり」が幕を下ろしている。すでにお店は閉まっていて、観光客はいなく、閑散としている。が、海沿い、長い湾曲を描く砂浜海岸の先、現在の視野の左前方に知床半島が見える。山が連なっている。
 駐車場の脇には、線路が通っている。釧網本線だ。鉄道の線路をわたり駅舎へ歩く。臨時駅の「原生花園駅」がある。

 ↓ 駅舎と東の方向。遠くには、知床半島に連なる山々のシルエットが見えている。
何回も書いていますが、写真は実際の視覚よりも明るい。本当はもっと暗かったです。これだけ明るく写るのが不思議なくらいです(笑)。

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↓ 駅舎の
時刻表を見ると本数は少ない。が、駅舎の中は電灯で明るい。
駅舎の向こうは、線路の先に国道と潟がある。

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↓ フラッシュをたいて、駅の看板。
実際の照度は、この写真と比較してやや明るいくらいでした。本当に・・・。

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↓ 線路とその右(海側)の砂丘。砂丘の先が海だ。
右はおみやげ屋さんなどの棟。
線路はまっすぐに伸びている。網走方向、知床とは逆の方向。
この写真も実際よりもかにり明るい。本当は「真っ暗」という感じだった。

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半月が出ている。潟湖の先には、湿地と原野が広がっているようだ。
駅舎と駐車場の街灯が明るく見える。

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 原生花園駅の駅舎とホーム。 ↓
 花が咲いていない・・・。やはり花は初夏の6月-7月のようだ。
9月のこの時期も咲く花があると、説明の看板にあったが、咲いていなかった・・・。
というより、地表近く、砂丘に咲く花は、暗くて見えなかった??。
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 オホーツク海の写真が無い・・・。砂丘の丘の階段を登って、展望広場から海を見たが、暗くて分からなかった。写真を撮影しても仕方無いと写さなかった。
 展望広場、つまり砂丘の上から波打ち際までは暗かったが、わずかに波が打ち寄せている様子が見えた。
しかし、目をこらしたが花は見えなかった・・・・。花の無い、というか見えなかった原生花園であった。
 オホーツクの海は穏やかで波は高くなかった。「ザザン、サザン」と波が暗闇の中、静かに打ち寄せていた。

 ↓ この写真が精いっぱいの撮影。
  砂丘ごしに、オホーツク海と知床半島を見る。
  知床半島の方向にに灯りの点が二個見える。何の光であろうか。

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網走~小清水原生花園 オホーツクク海沿岸の道

 2015年9月21日の月曜日、北海道旅行2日目。
  
 網走の郊外、「博物館網走監獄」を見学し、私達は日没時刻とほぼおなじ17時20分過ぎに本日の宿泊地、知床のウトロに向けて出発した。「監獄」には一時間と少しの滞在であった。毎度のことながら、かなり急ぎ足の見学となった。
 いつもドタバタ、ウトロに到着するのは、いつの見込みか?(笑)。一応、網走から1時間半を見込んでいる。途中、沿道の原生花園に寄ることにしている。
 さて、「監獄」から小清水原生花園にむかう。能取湖畔の「サンゴ草」に行かずに正解だった。行っていたら、「監獄」を出るのが、日没はおろか、閉館の18時になっていただろう。
 あらかじめ設定したカーナビの指示通り、「監獄」から山を更に登り、そして頂上の電波塔付近から下り、市街の郊外の高台の道を進む、というか下る。住宅分譲地のようだ。途中、コンビニもある。私の家の近くと変わりは無い風景だ。ただし、家の造りは、寒冷地仕様か床が高い。そして、尾根が急勾配である。
 土地が広いのであろう、隣地との境を区切る塀はない。首都圏の住宅分譲地と比べると広々としている。しかし、市街にでるまで坂道だし、冬の間の通行は路面凍結もあり、大変と思う。自転車はとても使用できないだろうし。凍った斜面をどうやって登り降りするのか。

 ↓ 海沿いの国道に出た。 高台の住宅地の間を通り、台地の坂を下ると国道だった。
   オホーツク海だ。


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 坂を下り、線路を踏切で渡ると海岸沿いの国道に出た。線路と並走。日没後、どんどん周囲は暗くなってきた。初めて見るオホーツクの冷たい海。しかし、波は穏やかである。砂浜海岸が延々と続いている。釣りをしている人が見える。
 ドラマか映画の舞台となった駅も通過した。
 やがて道路の両側は海と湿地、池になる。

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 左前方に知床半島が見える。長い。山がつらなっているというよりは、ラクダのこぶのように山がポコポコしている感じ。何となく、伊豆半島に近い風景?。なんとなく、相模湾から見た伊豆半島に似ているかも。北の海とはとても思えない。この日の波の様子は。



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 20分くらいで原生花園に到着。かなり暗い。P(駐車場)には車は一台くらいあるが、人はいない?。店も閉まっている。17時で閉まったのだろう。シーンとしていると言いたい所だが、国道をひっきり無しに車が通行するので騒がしい。鉄道の線路をわたり駅舎へ歩く。

 ↓ 西の方向。月が出ている。 潟湖の上に輝いている。海とは反対の方向です。
   写真は実際の視覚よりも明るい。本当はもっと暗かったです。

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↓ 現在地の看板

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↓ お店は閉まっている。誰もいない。私の影が伸びている・・・・・・。

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 ↓ 国道とその向こうの潟の様子。西日が雲に遮られている。 
   実際はもっと暗い。視界は悪かった・・・・。   

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↓ 国道とその向こうの潟の様子。知床半島に連なる山。
  山脈の向こうは、標津。

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「博物館網走監獄」 見学7

 2015年9月21日の月曜日、北海道旅行2日目。
  
 網走の市街地郊外、「博物館網走監獄」の見学。 ここは、地獄への一丁目。人呼んで、網走の番外地、極寒の監獄。入ったからにゃ、出られない。その名も「網走監獄」房舎よ・・・・・。というのは言い過ぎで、今は平和な「博物館」。
 「監獄歴史館」を見学した。
その後、一階、斜面の下側にある出入り口から退出、更に斜面を下るように敷地内を歩いた。

 ↓ 斜面の途中にあった農作業などの作業場所の再現(だったと思う。)
   牧草が丸めてある。牧場でよく見る風景だ。

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「二見が岡農場」の再現展示施設は、更に斜面の上、やや離れた所にある。
今回は時間が無いので、割愛した。

↓ 小屋というか、納屋の内部は展示室になっている。


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↓ 更に斜面を下って、歩き、最後の見学の見学場所として「裁判所」に向かった。
これから、裁きを受けます(笑)。いざ~、乗り込む(笑)。

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↓ 法廷の復元だそうです。
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 明治時代の裁判官の法服。(当初、「報復」と誤字変換してしまったのは、ご愛嬌か・・・。法服を来た人に「報復」されたらたまったものではない・・・・。)
 帽子もある。
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法廷の再現人形。裁判官が一人の法廷の場合。
ひな壇に座る人は、明治時代の法服ではないので、最近の法廷風景の再現でしょうか。

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 法廷の再現人形。こちらは裁判官が三人の法廷の場合。重罪の場合は「合議法廷」だそうです。
よく、テレビのニュースなどで見る法廷の風景。
こちらも、皆さん現代的な服装なので、最近の法廷風景の再現でしょうか。真ん中で立っている女性も現代の洋服の恰好だし。
 ここは「監獄」とは直接関係ない展示施設だろうが、再現するならば着物でわらじ、腰縄に手錠を付けられた当時の囚人の裁判の様子を再現して欲しかった・・・・。
それとも、昔の「監獄」に送られて開拓労働に従事させられた人達は、法廷での裁判を受けていなかった?。明治時代の初めは、そんな制度自体も無かった?。

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↓ 説明によると上の法廷の様子は、証人尋問をしている所だそう。

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↓ 面談か取り調べかの様子。右側の茶髪のあんちゃんの人形が被疑者でしようか。

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 監獄歴史館で、子供達とはぐれた。先にどんどん進んでしまっていたようだ。探したがいないので、旧裁判所を見て一旦出口に向かう。子供達は、まだ出口には来ていなかった。携帯で呼び出してみると、やっと連絡がつながった。急いで、斜面を走って下って、出口までやってきた。
 (ただし、危ないので、敷地内で走るのは、やめましょう。)
 聞くと、子供達は館で先に一階の吹き抜け中央にあった映像を見て、二階に戻って展示を見ていたようだ。
 私は気付かなかった・・・。先に出口に行ってしまったと思い。農作業場や旧裁判所など別の建物に行ってしまっていた・・・・。
 閉館は18時。この日の日没は17時20分頃だ。そろそろ日没の時刻。かなり周囲は、暗くなってきた。子供達は、駐車場の近くにあるおみやげ物屋で買い物。私は先に車に戻り、出発の準備。
 と、私の車(レンタカー)の隣はバスの停車場所で中国人の団体客が次々に戻って来ていた。バスの乗り降り口のところで、ガイドと客が中国語で盛んに話をしている。この日の宿泊は網走温泉か、または別の所か、女満別空港から飛行機に乗るのか?。
 その団体のバスよりも先に、私達は日没時刻とほぼおなじ17時20分過ぎに出る。Pもかなりすいてきた。一時間と少しの滞在であった。毎度のことながら、かなり急ぎ足の見学となった。いつもドタバタです(笑)。

 ↓ 日没近くの駐車場の様子。写真右が太陽の方向。

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↓ 駐車場の傍らから、柵で囲まれた敷地の内部。
長い瓦の建物は「教誨堂」のようだ。



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「博物館網走監獄」 見学6

 2015年9月21日の月曜日、北海道旅行2日目。
  
 網走の市街地郊外、「博物館網走監獄」の見学。 房舎を見て、移動、「監獄歴史館」にやってきた。
 展示資料館であった。二階か三階の入口から入った。出入り口は下の一階からも入ることができる。時間か゜無くなってきたので。急いで見る。
 中央部が吹き抜けになっていて、一階の中央部には映像コーナーがある。布で覆われた内部にある。 ↓ 
  どおおおーんと音響が響いてくる。

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 屯田兵の組織図の解説だったと思います。
 吹き抜けの周囲に回廊があり、展示を見ながら、下のフロアに移動して行った。

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 展示を見ていく。 先程の庁舎は写真バネルだったが、こちらは展示物が多い。
 囚人の着物に手錠、鉄球。恐らく足にはめたのでしょう。蓑笠も。

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↓ 戦時下の刑務所について。
  南方の建設工事でテニアン島まで行っていた・・・・。
  サイパン、グァムとともに玉砕したはず。南洋の島に送り込まれた彼らの運命はいかなるものだったのか・・・。

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 回廊の途中で看守に出会った。 写真バネルだった。ホッ(笑)。


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 おなじみ、囚人達の移動というか、連行の様子。作業に向かう途中であろうか。


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 中央部の映像は、道路開削の様子だった。厳しい風雨の中、森を切り開き、ツルハシで整地をし、労働に従事した様子が再現されている。
 時間が無かったので、あまり見なかった。

 ↓ もっこ。土を運ぶのも人力。

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 ↓ 一階の出入り口。ここから退出。山の斜面に建っている。次の見学施設に歩いた。


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「博物館網走監獄」 見学 5

 2015年9月21日の月曜日、北海道旅行2日目。
  
 網走の市街地郊外、「博物館網走監獄」の見学。 ここは、地獄への一丁目。人呼んで、網走の番外地、極寒の監獄。入ったからにゃ、出られない。その名も「網走監獄」房舎よ・・・・・。というのは言い過ぎで、今は平和な「博物館」。
 さて、脱獄王「白鳥」のことを聞いて、中央部の「見張り所」まで戻ってきた。「房」は、放射線上に伸びて五本あるが、どこも同じ造りで(当たり前だず)、分からなくなってしまう。全部の房は見なかった。個々に展示してある物は違うと思うが・・・。

 ↓ 中央の見張所からまっすぐ伸びる房の廊下を見る。
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 ↓ 入って、一番左の房と廊下。その横のスペースでミニ企画展示があった。
  先ほど、説明を聞いた「白鳥よしえ」ともう一人の脱獄囚のお話だった。
  題して「2人の脱獄王」


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 ↓ 白鳥由栄(よしえ)のこと。
  女性のような名前に見えるが、男である。彼の年賦によると生い立ちから壮絶である。
  なぜ犯罪に走るか?、その防止策はというと・・・・子供の頃からの「教育」が一番重要ではないかと思った。次に「家族」の存在、「成育環境」だ。いずれかが、欠けている(しまう)と簡単犯罪に走ってしまうのではないか?。もちろん、同じような境遇の人、全員がそうでは無いが・・・。
 犯罪を防ぐには、厳罰以外にも幼少児からの教育など「川上」の部分も大切なのではないかと考えさせられてしまった・・・・。

 ↓ 脱獄の手順というか、方法の解説。

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 ↓白鳥の写真や年賦がある。
 房舎の前でも説明板があったが、過去にも脱獄している。しかも、網走から昭和19年に脱獄した後には、殺人を犯して、二年間も潜伏している。 
 再び捕まったのは、日本が戦争に敗れた後のこと。戦後の混乱期に脱獄殺人犯が潜伏していたとあっては、当時の治安はどうであったのでしょうか。敗戦後の混乱で、刑事事件の犯人一人さえも捕まえる余裕は無かったのだろうか。
 その後もまたまた脱獄し、再び捕まり・・・。しかし、殺人から別の罪状になり、いわば減刑され、服役。昭和30年代に仮釈放された。何と模範囚として。そして、十数年「シャバ」で暮らし、70歳を過ぎてから死亡・・・。戦後も長く存命していた。  

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 白鳥の脱獄は、昭和19年のこと(以前もあったが)。戦争の激化で、看守などは出征し刑務所は人手不足であったのだろう。監視の目が行き届かなかった。元々脱獄の「ノウハウ」は持っていたうえに、戦時下の非常事態だったからこそ、三度(みたび)?脱獄できたのかも。
 しかし、犯罪を犯した人が内地の刑務所で守られて暮らし、戦後も命をまっとう。「名誉」のもと、ふつうの生活を送る人がある日突然召集されて、激戦地に送り込まれて悲惨な戦いの末、戦死を遂げる、あるいは敗走の末、自決に追い込まれた人も相当にいただろう・・・・。それも数万人だったかも知れない・・・・・。
 凶悪犯罪をして、法の裁きを受けて死刑になる人と、戦争での様々な形での死とどう違うのか・・・。死に対する死に直面するときの意識の問題なのか。死刑は不名誉で、戦死、戦病死(その状況は上でも書いた通りいろいろとあると思うが・・・・。)は国家のための名誉だからなのか。違いは何なのか。死とは何か、人の命の重さとは何なのか、兵役とは何か、犯罪による服役、刑罰、ひいては極刑たる死刑とは何のためなのか?、この戦時下の脱獄事件の経緯を知って、複雑な気持ちになった。

 ↓ 明治の脱獄王、西川のことも説明がある。


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 物理的に柵を壊すというか、超えることができることが、脱獄の第一歩ということか。もちろん、現代では、もはや通用しない方法です(笑)。時折、南米などではニュースで耳にするが・・・。「穴」を掘ったりと・・・。


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 「房舎」を出て、まだ見学をしていない「監獄歴史館」へ歩く。
  ↓ 「房舎」の端まで歩いた。長い。鉄格子がある意外は、普通の学校のような建物。

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 農場がある。ひまわり畑で「種」の収穫をしているのだ。「ひまわりの種」から油を搾り、食用油にもなるし、ランプの灯りとなったのだ。
 というのは、想像で、畑にするのは、人形だった・・・・。


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 ↓ ひまわり畑の横から「房舎」遠景。
   右が、横に伸びる房、ななめに伸びる房がもう一本見える。横から見ると「五本」房舎があるようには、見えない。「L」字に見えるが「V」字である。

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「博物館網走監獄」 見学 4

 2015年9月21日の月曜日、北海道旅行2日目。
  
 網走の市街地郊外、「博物館網走監獄」の見学です。かつての獄舎にやってきました。囚人たちが、「ムショ生活」を送った場であり、刑務所のメインとなる所。博物館のハイライトでもある。
 

 三角屋根の木造建築。北国独特の積雪対策の屋根だろう。正面は、牧場の建物のようだ。刑務所なので、実用重視という感じ。

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 正面の入口に接続して、長屋のような獄舎がのびている。長い。とても、長い。横に翼を広げたかのように、長い廊下を持つ学校のようだ。
 入口の脇には、「哨舎」がある。守衛所のように、獄吏か警官かは分からないが、見張りで詰めていたのであろう。「登録有形文化財」に指定されている。

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 ↓ 反対側に伸びる。獄舎の建物。廊下の先が、獄舎になっているのであろう。

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 正式には「房舎」という。「獄舎」と書いてきたが、実は違う。なんと、昭和時代の後期まで使用されていたとのこと。先に通ってきた、国道と海と湖に挟まれた低地にある、網走刑務所にあった。
 木造では、冬はさぞかし寒かったでろう。現在では、鉄筋コンクリートとなっているであろう。暖房はあると思いうが、実際の刑務所には、無い?。 実際に体験したことは無いので分からないが、寒さの厳しい所では設置されているだろうというのは、推測。
 あっ、刑務所は今後も体験したくない(笑)。笑っている場合では無いかも・・・・・・・・・・。

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 中央部から、まっすぐに廊下が伸びている。その奥に、個々の房(ぼう)がある。

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 ↓ 斜めに伸びる房と右にも別の房がある。
   手前には、看守が使用したサーベルが展示している。銃の展示もある。


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 ↓ 房には、番号が振られている。第三舎。
   五本ある。すべて、中央部から放射線状に伸びている。現在でも使用される「刑務所建築」だ。首都高から見える東京拘置所でも、放射状に建物が伸びている。「*」のマークのようだ。
 中央部に看守を置いて、廊下をのばし、等距離で囚人を管理できるから。「中央管理方式」とでもいおうか。巨大ホテルでも同様の所がある。
 昔、ラスベガスのホテルでも似たような建築のトコロに、なんと泊まったことがある。中央部にエレベータがあり、そこから、放射線状に客室棟が伸びていた。何千室あるホテルかは忘れたが、まさに「刑務所ホテル」でなんかイヤな気分だった。たくさんの客を、集中管理するのに都合がよいからであろう。

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 入口を入ってすぐの所に、見張り所があった。制服、制帽、サーベルを吊り下げた怖ーい看守が番をしていたのであろう。中央から、五本の長い廊下を一望に見ることができる。「まさに、中央管理方式」。


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 房の奥、つまり先端近くの様子。ガイドツアーが催行されていた。有料で参加できる。が、私はそばで聞き耳をたてて、説明を聞いた。(でも、少しだけです。たまたま居合わせただけです。ホントに。言い訳・・・・。)

 ガイドさんは人形を指して「あれは、白鳥よしえといって、脱獄王の人形です。・・・白鳥は、・・・・。」と説明を始めた。昔実際にあった脱獄した男の話。刑務所を脱出して、二年間くらい、隠れて生活していたそうだ・・・。

 ↓ 脱獄王の人形。
   良い子はマネしてはいけません(笑)。

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 ↓ 脱獄事件の説明。実在の人物のためか、説明板では「Y・S事件簿」と匿名になっていた。
しかし、ガイドさんは説明で「しらとり よしえ」とフルネームで説明をしていた。


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↓ 房の説明。「第四舎 24房」での出来事。脱出口をそひかにつくり、脱獄。現代の忍者か、石川五右衛門か・・・。しかし、五右衛門が脱獄した人なのかは、知らない・・・・。


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 ↓ 脱獄事件の舞台となった房。


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↓ そして、獄につながれるワタクシ。(違う・・・。)
 奥は、厠だ。とある房は、見学者も「体験入房」できる。入ってみると、思ったよりも狭ない。獄につながれると身としては、まだマシか。と思えるのは、一瞬だけ、入るだけだから。実際にここで生活し、数年を過ごし、労役に服するには、大変だ。。しかも、冬期はマイナス20度の世界。一旦、外に脱走しようとでもしたら、それだけで命が無い・・・・。


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↓ 「へい禁罰」の説明。独居房とは、また違う懲罰の所のようだ。

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↓ 房につながれる囚人。

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博物館網走監獄 見学3

 2015年9月21日の月曜日、北海道旅行2日目。
  
 網走の市街地郊外、「博物館網走監獄」の見学。 
 正門をくぐり「本館」内部を見学。一旦、外に出る。ゆるやかな斜面に沿って建物が配置されているが、斜め下の方向に別の小さい建物が点在している。
 かつての「獄舎」は、本館の更に裏手、斜面の上にある。


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 ↓ 本館の斜め下にお堂のような建物がある。講堂、教会堂のような建物だ。瓦葺で木造である。
   道東、オホーツク沿岸は秋を迎えている。すでに紅葉、黄葉がほんのり始まっている。関東地方では11月中旬くらいか。約二か月違うということになるが、単純には比較できない。この地方は、朝晩の寒暖差が大きいので、葉が色づくのも早いのだろう。

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↓ 細長い建物は「教誨堂」であった。
  悔い改める場所という意味だろうか。 内部にある、その説明。

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江戸時代のように単に、罪人を懲らしめる場所では無いそうです。



  
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 一番奥には、祭壇がある。宗教施設のようだ。仏教、キリスト教などにも対応していた。通常の寺院、神社では、祭壇は撮影禁止だろう。しかし、ここはあくまで博物館であり、宗教施設では無く、現役の刑務所の教誨施設ではないので、撮影をした。
 現在は信仰はされていないので、見本だと思うが、仏像が安置されていた。
 「教誨」というと、死刑囚に対して、特に死の直前、つまり刑の執行直前に教誨師が話し、諭すことを指すものだとイメージする。しかし、ここで死刑執行はされていないだろう。あくまで、刑務所であるので。
 むしろ殺人などを犯した犯人に、犠牲者の霊を弔い、悔い改めさせるための教育の場であったのだろう。
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 内部は板張りでガラス窓がずらりと並んでいる。「教誨」ではなく、「教会堂」のような建物だ。
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出入口の部分。教え諭すような額が飾ってある。

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↓ 「教誨堂」の隣には、独房がある。小さい独立した建物。


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ひとつの房(ぼう)は、厳重な木戸が。内部は相当に暗いであろう。江戸時代の座敷牢のような・・・。
しかし、座敷牢を見たことも、体験したことありません(笑)。

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 もうひとつの独立した房は、鉄格子が。木戸よりも光が入る。なんとなく、心理的に安心できる感じです。
中には、人形が置いてある。座っていることができるだけ、まだマシか・・・。
 とあるドラマで見たが、ある共産党の国では、ナントカ改造所があり、ここに送り込まれた囚人の様子が描写されていた。しかし、裁判によって送りこまれたのではない、身柄を拘束されて、何かの集会のような場で吊るし上げにされ、そのまま列車で送り込まれたのだ。独房では、立ったままで、座ることができない房に入れられるシーンがあった。そのドラマを連想したが、立ったままではなく、座ることは許されたようである。


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更にもうひとつ、レンガ造で内部が木の牢獄があった。「独居房」という。
個室の離れみたいな所かな・・・・(苦笑)。
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「独居房」は、懲罰されるための所であった・・・・。決して個室では無い・・・・。
説明によると重湯のみで7日過ごしたしたよう?。重湯は何のことか分からないが・・・。
独りならば、まだよいが、食事制限もあるので、ホントに懲罰ですね。これは(苦笑)。

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「独居房」の更に上の斜面には、浴場があった。煙突がでている。


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↓ 浴場の説明。
もちろん、毎日入れる訳ではない。

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↓入浴の様子が、人形で再現されている。
もちろん、監視付き。刺青のある人形も・・・・。

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↓ 脱衣所。温泉場のように、カゴは無い。(当たり前だが)

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↓見学通路の前列から入浴の様子。


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↓ 説明。

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やはり、私語は禁止で、「あ~、いい湯だな~。」というのは出来なかった模様。
一回あたり、15分で脱いで、入って、着衣して。慌ただしい。


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浴場を出て、次の見学場所へ歩く。並木の歩道が美しい。
初秋の風景だ。

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↓ 敷地の上の場所、獄舎にやってきた。
これから「入獄」です(笑)。

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博物館網走監獄 見学2

 2015年9月21日の月曜日、北海道旅行2日目。
  
 網走の市街地郊外、湖沿いの丘の中腹にある「博物館網走監獄」。すでに日は傾き、夕刻の時間帯の見学である。 閉館時刻は18時まで。

↓ 本館の前から、坂の下の方向を見る。今しがたくぐってきたレンガ造の門がある。


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↓ 本館の前から、横に行く道。別の展示施設がある。

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 さて、本館に入る。実際に昭和の後期まで使用されていた「旧庁舎」だ。

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 ↓ 本館の内部。写真パネルが床に置いてあり、順番に説明を見ていく。


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↓ 監獄の始まりから。
要は、安い労働力を使って、開拓を進めるということだ。
そのために囚人を使うのだ。いつ、なんどき罪人にされてしまうか分からない。
結構、そのヘン、いい加減だったと思うな・・・・。袖の下にナントカできれば罪を逃れたり・・・・。

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↓ 監獄というか、集治監というか、現在でいう刑務所の設置に関する文書の展示だったと思います。
「明治17年×月 監獄局長 石井××」とある。


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 実際のところ、徒刑の人達は何の罪を犯した人なのか?。幕末から明治時代の初めの混乱で政治犯、各地での元・反乱兵だったのか。単に、現在でいう強盗、窃盗、その他の犯罪を犯した人だったのか?。都合のよい流刑だったのか。
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↓ 開拓の様子。屯田兵に先駆けて、囚人を使役したのだ。より多くの罪人を「造りだし」、北の果ての監獄に送り込めば、労働力が増す。道路や鉄道の工期も短くなる。

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 釧路にもあった。というか、元々、釧路に「集治監」ができて、その後に網走に開設されたらしい。
別のボードには「樺戸集治監」について写真と説明があった。
 石狩川のほとりに設置された監獄で、北海道の最初の監獄で中心となるべきところであったようだ。
開拓が進むにつれて、釧路、網走と次々に設置されていった・・・・。

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↓ 解説板。
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↓ 釧路の監獄署?。

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看守長の辞令。

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 本物の網走監獄の写真。 ↓
 低地にある。現在博物館のある丘の上あったのでは無い。
先程、車で通った大曲地区にあって、現在でも刑務所がある。放射状に獄舎が伸びているし、丘の上から監視している。


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本館の内部。部屋の端の方には、「典獄」の人形による解説があった。音声が流れる。
囚人の気分で聞きます(笑)。

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「博物館 網走監獄」 見学1

 2015年9月21日の月曜日、北海道旅行2日目。
  
 網走の市街地郊外、湖沿いの丘の中腹に「博物館網走監獄」がある。駐車場に進んで行くと、奥の第二Pに誘導される。車を停めてみると、こちらの方が入場までの段差がなく、入口までの距離が近いらしい。すでに日は傾き、夕刻となっている。駐車場もだいぶすいてきているようだ。中国人の団体のパスも停まっている。
 閉館時刻は18時なので遅くまで開いている。秋分の日も近い(翌々日だったかな?)ので、日没時刻も早くなっている。この日の網走地方の日没は17時20分くらいだった。北国の日は短い。閉館時刻には、真っ暗になってしまうということだ。

 ↓ 博物館 網走監獄の門。鉄柵の門だ。

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 ↓ 門の前から、第一駐車場を見る。やや距離があり、階段がある。
   池があり、橋がかかっている。パンフレットによると「鏡橋」という橋だ。「自分を見つめなおす橋」という意味とのこと。

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 受付で北海道旅行券を提示して入場券を買う。「どこから来たか?」と聞かれた。旅行券の裏には住所と氏名を書くのだが、そこまでは求められなかった。
 ↓ 展示がリニューアルしたようだ。

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 ↓ 博物館 網走監獄の門の説明。元々別のところの門であった。
   「監獄」そのものの門ではない。鉄柵なので、容易に脱走できてしまうので。「二見が岡農場の門」であったと解説板にある。監獄の附属農場であったそうだ。説明によると、門自体は復元であるよう。 

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 さあ、門入って、更にレンガ造りの監獄の門をくぐり、本館へ歩く。
 門の前には、制服姿の守衛がいて、こちらをジロリと睨んでいる・・・・・(笑)。もう一人は、掃除係かな(笑)。
 西日にあたって、黄昏ている・・・・・。
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 本物の監獄はここではなく、先にナビの地図の表示にあったように大曲地区に、明治の昔から現在にいたるまであったようだ。当時の監獄の写真も展示があったが、低地の湖と海に挟まれた地域の立地のようだった。
 ここは「地獄への一丁目、網走の外れ、番地の無い所、その名も網走監獄」のあった場所と思っていた。しかし、ここはあくまで「博物館」であり、森を切り開いて新たに建設し、監獄の建物を移築したことがわかった。
 明治時代の解説当初、囚人が脱走しにくいように、山の上(というか、丘の中腹)のこの地にあえて建築したのかと思ったが、全くの誤解だった(笑)。
 だから、「博物館 網走監獄」なのだ。愛知県の「明治村」のような感じということになる。「監獄テーマパーク」というのは、言い過ぎか。

 守衛ともう一人の掃除係?も共に人形。

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 ↓ 中には、人形がある。面会人の待合室。

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↓ 中には、人形がある。看守の控え室。守衛ではなく「看守」といったようだ。つまり「獄吏」です。怖~。

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 本館に入る。「旧庁舎」だ。内部は資料室になっている。まずは、ここから見学する。

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 庁舎の説明。「擬洋風建築」で「明治45年に建築」されたとある。

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留辺蘂~北見~網走 ドライブ

 2015年9月21日の月曜日、北海道旅行2日目。
  
 北見市留辺蘂(るべしべ)にある「道の駅おんねゆ」、山の水族館を見学し、道の駅のお店を少しばかり見て車に戻った。ツレは、まだお店を「物色」している(笑)。
 次なる目的地は「網走監獄」。別に刑務所に入所希望という訳では無く、施設見学のためです(笑)。
 網走に行く前、時間があれば能取湖の「サンゴ草」が見ごろのようなので、寄ってみるつもり。網走監獄に行くとしても、さほど遠回りとならないようなので。

 ↓ 出発直前、雲の合間から太陽光線が差し込む。神々しい。
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 ↓ 出発直前、雲の合間から太陽光線が差し込む様子。石北峠、東側の方向を撮影。
   たくさん車が停まっている。


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↓ 石北峠で買ったザンギを食べる。これが、ボクの出発準備だ(笑)。
  ここに到着~山の水族館~、と食べるヒマが無かった(笑)。
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 実は「ザンギ」については、今回の旅行に際して購入したガイドブックを読むまで知らなかった。というか、昔は知っていたが、忘れていたのかも・・・。実際に食べてみると、衣のデカイトリの唐揚げで特別な「何か」は無い模様・・・・。小麦をタップリつけて衣をデカクして揚げたのかな・・・・?。

 山の水族館、道の駅P(駐車場)を出発。国道にを北見市市街地の方向に、まっすぐの道を進む。すぐに、留辺蘂の街へ。留辺蘂からは、鉄道線路と並走する。層雲峡の手前、上川町まで鉄道線路が国道と併走していたが、線路は紋別への自動車専用道路と同じ方向に向かっていた。国道は、層雲峡~石北峠経由なので、鉄道とは久々の会同。
 
 ↓ 沿道の風景。


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 ひたすら、国道を走る。北見の市街地近くになると、道路二車線になり、信号も多くなる。温根湯から北見市街地の手前まで、信号機はほとんど無かった。もちろん、留辺蘂の街の中などではあったが。
 北見市街地の付近になると、いわゆるロードサイドの郊外店もある。日本のどこの街の郊外にもある風景。
 と、沿道に北見工業高校がある。ラグビーが強いようだ。横断幕というか、応援の幕が貼ってあった。しばらく国道を行くと(走ると)、北見駅前に出た。駅の周囲は、ビジネスホテルもある。
 更に進むと、その先に北見商業高校もある。制服を来た高校生が歩道を歩いている。商業高校の生徒であろう。祝日であるが、部活なのだろうか。
 すると、工業高校と商業高校の間は相当距離がある。工業は北見駅を中心とする市街地の西に、商業は市街地の東にある。両校の距離は、10キロ以上あるだろう。普通科高校も学区というか、通学範囲も広そうだ。ある子は、温根湯よりも更に石北峠に近い所から通学、ある子は北見市の網走寄り、旧常呂町のエリアから通学。2人の子の家の距離、80キロメートルというのは、ザラにありそうだ。
 商業高校の手前、市街地に近い場所は「北見工業大学」もあった。

 ↓ 北見市街地よりも手前(温根湯より見て)の道路。
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 ↓ 北見駅前の信号で停止した。

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 ↓ 駅前の交差点。北見のメインストリートであろう。
   国道の沿道を見る限り、道を歩いている人は多くない。


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 北見市街を過ぎ、商業高校を過ぎると道は再び郊外の広々とした土地を通る。合併前は端野町といったようだ。天気は晴れだが、時折雨もパラついてきた。

 ↓ 旧端野町の風景。

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 再び信号はなくなり、スピードが出る道となる。やがて、能取湖方面へと曲がる。緋牛内付近である。「ひうしない」という。実は道路地図には「網走道路」と表示あるが、実際の道路看板は別の地元の地名が書いてあり、分りにくい。「能取湖」とも書いていないし・・・・。

 ↓ 旧端野町のエリア、とある沿道の風景。 
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 平地の道を離れ、山の中に道を走る。やがて丘の道となり、起伏のある道を上下しながら進む。道の両側は林と畑と牧場などがある。
 あとで気付いたが能取湖方面への道は、交差点を見落として通り過ぎてしまった。道路看板もあったが、別の地名で気付かなかった・・・・。
 丘の起伏のある道の、とある交差点を左に進む必要があったようだが、分からなかった・・・・・。看板には「能取湖」と書いていないため、初めて走る私には分からない・・・・。
 やがて、道は丘を下り、右手に林の合間から水面が見えて来た。網走湖のほとり道となったのだ。右手に湖水を見ながら道は進む。時間もないので「サンゴ草」は、急きょ取りやめ。先週地元(神奈川)のラジオでも「見頃を迎えた。」といっていたが、仕方ないっす(涙)。
 湖岸の道路は、やがて能取湖方面から来た国道と合流し、市内へ走る。引き続き網走湖のほとりの道だ。湖は、緑の深い森に面している。市街地に近いところとは思えないくらい静かだ。網走湖温泉のホテルと思われる建物が緑の森の中に見えるが、人家は無い。やがて、湖のむこうの丘の上に電波塔が見えてきた。網走監獄はその近くと思われる。
 網走市大曲の近くの交差点で右折する。ナビの地図には「網走刑務所」の表示がでている。本物の刑務所は、今も網走の市街地郊外、国道近くの敷地にあるのだ。
 湖沿いの道から、看板に従い、すぐに丘の上へ行く道へ曲がる。坂道を登ると「網走監獄」の看板と入口がみえた。
 温根湯から、網走まで一時間半以上かかる。思ったよりも時間がかかった。一時間と少しで到着できると思ったが、思ったよりも距離があった。







道の駅おんねゆ 買い物、休憩 (北見市留辺蘂町)

 2015年9月21日の月曜日、北海道旅行2日目。 道の駅おんねゆ 買い物、休憩 (北見市留辺蘂町)
  
 話題の「山の水族館」のある「道の駅おんねゆ」。北見市留辺蘂町にある。
 山の水族館と廊下で接続している物産の展示販売館に移動する。
 水族館の出口の看板に沿って、廊下を進むと、おみやげ売り場に出る。その先には、更に道の駅の建物が続いている。


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 ↓ 横に長い道の駅の建物。

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 内部の様子。 木製の内装。材木がむき出しになっている。「木材」のまち、留辺蘂の特長をよく生かした建物となっている。

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 山の水族館と物産の販売館に移動する合間にある建物。外からみると昔の馬とソリが模型で再現されている。ガラス窓の外から眺めて見学するのみ。

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 ↓ 写真の右が水族館の入口、廊下でつながっていて、冬期の積雪時は移動に便利だ。
   外に出ることなく、販売館に移動することが出来る。

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 販売館のお店の建物の方が水族館の展示スペースよりも大きい(床面積が広い)のでは?。
 販売館は、道の駅のメインの売店ですね。

 ↓ 先ほどから目立つ塔。留辺蘂は、からくり時計で有名らしい。人形時計になっている。

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 人形時計が1時間毎に動くもようだ。14時30分の時点では、水族館を見終えて、外にいたのだが、「毎時30分の時点」では作動しなかった。空振りした(笑)。
 毎時00分でないと、人形は作動しない模様だ・・・・。そのため、時間の関係で見れずしまい・・・・、仕方無い。

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↓ 塔の内部の階段を登って、人形の所まで行くことが出来る。
  一階から上に登る階段。


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 ↓ 塔の内部の階段を登って、人形の所まで行くことが出来る。


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 目を転じると、水族館の裏手の方向には、温根湯温泉の宿泊施設も見える。緑の豊かな温根湯の丘陵地帯と公園内の芝生の緑が鮮やかだ。
 天候はというと、午後になり時間が進むにつれて雲が多くなってきた。気候の変化は「大陸的」だ。変わりやすい。冬はマイナス20度が連日続くのだろう、厳しい極寒の地となる。

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 続いて、道の駅のP(駐車場)のほうの店行く。通常、道の駅の建物はひとつで、その内部に売店がある。しかし、ここでは、Pの中心部に休憩施設があり、お店はPの端にいくつかある。3軒くらい。ドライブインのような感じ。
 ↓ 駐車場の真ん中にある建物。ここに売店は無い。

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 かまぼこ型の屋根のお店が軒を連ねている。

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 「からくり王国」と大きな文字。「からくり人形時計」からネーミングしているのだろうか。
 お店ごとに農産物、食品、おみやげ、スナック、ソフトクリームなどを販売している。と、店頭には、タマネギが山積みされて販売されている。
 と、農家の人が、軽トラでやって来て、お店の前に停めてたまねぎをどっさりもってきて補充している。お値段は、10キロで700くらいと安い。重いので買わなかったが・・・・。さすがに自宅までは持って帰れないです(笑)。
 この付近では、たまねぎの収穫時期を迎えているようだ。先程、石北峠を下り、温根湯に至る道の両側でも、タマネギを畑で乾燥させている風景を見たばかりだ。

 反対にじゃがいもの販売は見なかった。(売っていたかもしれないが、たまねぎのように大量売りはしていなかった。)
 さて、私はお店で「ザンギ」と「焼きとうもろこし」を買った。

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 たまねぎが山積みされている店頭の様子。

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 焼きとうもろこしは、出発後に運転しながら少し食べる。北海道の食べ物と言えば、コレ。焼きとうもろこしは甘いが、これは、砂糖水を塗って味付けしいるからであろう。
 おいしく感じるがこれは誤解だ。実際何もつけないと甘くはない。モチロンとうもろこしそのものの甘みもあるのだが、調味料でおいしいと感じてしまうだけかも。最近、(年を取った)薄味好みのボクには、あまり合わなかった・・・。
 ↓ 出発直前、雲の合間から太陽光線が差し込む。神々しい。

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 ↓ 出発直前、雲の合間から太陽光線が差し込む様子。石北峠、西側の方向を撮影。


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北の大地の水族館「山の水族館」 見学3(最終)

 2015年9月21日の月曜日、北海道旅行2日目。
 北の大地の水族館「山の水族館」 見学3(最終)
  
 温根湯(おんねゆ)の道の駅、広いの敷地の一角にある「山の水族館」に入館した。

 サケ→イトウ→熱帯魚と順番に水槽を見て、一旦、水槽展示エリアの外に出た。エントランス部分に戻って来る。子供達は、さっさと見てエントランス部分にあるタツチプールなどのコーナーにいた。子供達は15分もかからないで館内を見たのではないだろうか。元々「山の水族館に行きたい。」と言ったのは、子供達の方だったのに・・・・。
 私は、もっとじっくり見たので20分くらいは見ていた。しかし、順路をすべて見て水槽展示エリアの外に出たとき 「えっ、もう終わり?」と一瞬思った・・・・・・。同じように感じた人は多いと思う。思ったよりも小規模の水族館だった
  
 行動展示方式のパイプの水槽。記念撮影コーナーとなっていた。↓
 パネルを見て気付いたが名称は「山の水族館」では無い。「北の大地の水族館」となっている。しかし「山の水族館」の呼称が一般的なようだ。決して山の中の水族館では無いが。付近は山にかこまれた平地なんだな・・・・・・・と理解した(笑)。

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 見学所要時間は短いものの、ここ「山の水族館」には順路はある。順路を通ってそのまま、退館して出口に・・・・、ではない。エントランスに戻って来ると再度、順路に従って見ることは可能。つまり、自由に何回でも見学できる。

  ↓ 水槽展示コーナーの入口にある「滝壺の水槽」は滝壺の様子を再現したそうだ。
    順路を進もうとすると、まずこの水槽がある。水槽の右手に進むと例のサケの水槽がある。

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↓ パイプの水槽。

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↓ パイプの水槽の上部。カラフルな熱帯魚が泳いでいる。

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↓ タッチプールの水槽はいくつかある。
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ドクターフイッシユもある。

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 ↓ タッチプールには、子供達が集まっている。ウチの子も熱心に触っている(笑)。
   エントランス中央には、三角形の水槽が・・・・(写真手前)。

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 三角形の水槽の中には、金魚が泳いでいて、ミラーで反射する万華鏡のようになっていた。

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 水槽にいる魚の解説。
 レッド・ソードテール、ブラティ、クラウン・ローチ、ディスカス、パキスタン・ローチ・・・などとと書いてある。
 「ディスカス」は有名だ。「熱帯魚の王様」と呼ばれることもあるし。

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 ↓ 壁に展示のあった写真コンクールの作品。

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↓ エントランスの様子。左手が滝壺の水槽、その奥にサケの水槽と順路が続く。
  写真奥が、入口とチケット売り場。時計は午後2時20分、見学に20分もかかっていなかった・・・。
  写真右は、出口への廊下がある。

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 廊下を歩くと、続いて、みやげ物店につながっている。店の建物の方が展示スペースよりも大きいのでは?。
 道の駅の売店もかねているような感じ。

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北の大地の水族館「山の水族館」 見学2 (イトウ大水槽など)

 2015年9月21日の月曜日、北海道旅行2日目。
 北の大地の水族館「山の水族館」 見学2 (イトウ大水槽など)

 北見市留辺蘂町温根湯にある「山の水族館」にやって来た。今、話題の水族館だ。
 サケの泳ぐ様子を見て、続いての水槽に移動する。
 ここ山の水族館の目玉「イトウ大水槽」がある。

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 ほほう、これが幻の魚といわれる「イトウ」なのか・・・。しげしげと見つめる。人間が食べることもあるそうだが、私は食べたことは無い。現在では食用禁止?か食用の流通は限られる?。
 サケに似ている。サケに比べてイトウは大きいし、動きがあまり無いもよう。


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 説明によると幌加内のダム湖にも生息しているそうだ。すると、この付近の河川には生息していないのだろうか。感じでは「魚」に「鬼」。
 清流の上流や水のきれいな沼沢に生息しているのかも知れないと思った。

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 水中のヒョウのような顔つき。サケと比べて斑点が特徴だ。
 お顔の様子はサケと比較すると穏やかだ。海に下って、回遊して戻って来るサケとは異なり、淡水で生息するから、顔立ちは違うのであろう。

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 泳ぐイトウの群れ。動きはゆっくりしている。サケのようにせっかち感がない。沼沢や川でゆったり泳ぐのだろうか。漢字で書く「魚」+「鬼」の文字が示すように、どっしりとした感じ。
 このイトウの水槽の真ん中には、枯れた木が沈めてある。川底を再現しているのであろう。

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 イトウ大水槽の様子。サケの水槽と異なり、屋外と接続している水槽ではない。室内にある半円形の水槽。意外にも水槽は大きくはない。
「大水槽」というと、アクリル面がタテヨコ、ワイドに広がっている某大水族館の水槽を思いだすが、ここでは違う。
 
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↓ ゴリの展示。

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 ↓ 北海道にはサンシヨウウオがいた。「エゾサンショウウオ」
   中国地方など西日本だけではない。
   もっとも、箱根にもサンショウウオがいるのであるが。

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↓ 小さいながらもエゾサンショウウオがいる。

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 ↓ ベニサケの説明。

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 ヒメマス。 海に下りサケになって戻って来るとは到底信じられないが、有名な話。一度は聞いたことがあるお話だ。
 ヤマメはシロザケに。ヤマメは、日本の川には多く生息している魚。川に下れば、サケになって戻って来る。
 本当に不思議だ。

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 ↓ 川をさかのぼる様子の水槽(だったと思う)。

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 ↓ 出ました。アロワナ。

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 ↓ 中国語での漢字説明もある。団体でもここにやって来るのであろう。中国人は淡水魚がなじみ易いことも理由のひとつか。特にアロワナはお金、金運をもたらす幸福の魚として大人気であろう。

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 ↓ 「おんねゆ」ならではの温泉の水を利用して熱帯魚も展示している。
   熱帯魚コーナーは一般的な水族館と変わらないかも。

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 ↓ アフリカのお魚もいる。

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 一旦出口に。
 水槽の水が透明なので、熱帯魚が浮いているかのようだ。
 水槽の先の木目の壁の部屋は、先ほど入館したエントランスホール。


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北の大地の水族館「山の水族館」 見学1(入館とサケの水槽)

 2015年9月21日の月曜日、北海道旅行2日目。
 北の大地の水族館「山の水族館」 見学1(入館とサケの水槽)

 温根湯(おんねゆ)の道の駅広いの敷地の一角にある山の水族館に入館する。
 例の「北海道旅行券」で入場券を購入した。

↓ 水族館は平屋の建物だった。意外にもこじんまりとしている。

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 水族館の入口付近。入口の手前には、水路が流れ橋がかかっている。イトウのいる水槽に続く水路かと思った。写真ではすいているよう見えるが、入館するときは、少しばかり行列していた。連休中、賑わっている。

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↓ 水族館横の水路の様子。水路に沿って低い位置にガラス窓があるので、その部分が水槽のようだ。
  窓が分厚い。冬の厳しい気候がうかがえる。

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↓ 水族館の入口付近。木目の内装でいかにも「山の中にある水族館」という感じ(笑)。
  写真では誰も写っていないが、本当は混雑していて、人がいなくなった一瞬のスキに撮影した。

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 入って順路に沿って、進行方向右に進んで行くと、サケのいる水槽がある。屋外からも見ることができる水槽だった。水槽自体は外にあって、建物の窓をから水槽の内部を見る感じ。
 この水族館「目玉の水槽」だが、意外と水槽の規模小さい。段差のある展示室になっていて、混雑しても後列から水槽の様子を観察できるようになっている。

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 水槽には、流れがある。小さい魚はヤマメでしょうか。


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 ↓ 魚の説明。ヤマメ、アメマス、ニジマス、ミヤベイワナなどがいる。

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 サケとイワナ?が川の流れに逆らってたたずんでいる。

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 水面の上の様子。先程館外から見た盛り土の上が池になっている。



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 ↓ 命が尽きたサケがそのまま展示してあった。産卵をして力尽きたメスのサケ。
   すべてを出し尽くしたような表情だ・・・・。「すべては終わった」のだ・・・・。鱗の色はかなり変色している。緑というか、血の赤が混じった色というか、茶色というか・・・・、命のはかさなを感じる。

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 ↓ 温度計によるとこのときの気温は23度。夏を思わせる暑さだ。9月下旬の北海道でこの気温は意外だった。
   半袖でちょうどよい気温。実をいうと、半袖は、必要無いと思い、持ってきていないのだ・・・・。

  サケの口元についての解説が掲示してある。
  サケが水槽に入ったのは、最近のことのようだ。9月になって、ようやくサケが海から川に戻ってきたということだろう。すると、夏の時期だとサケは水槽にいないことになる。
 オスのサケの口元は曲がっていることの解説。海にいる間は口元にオスとメスの変化はあまり無いそうだ。川に入る直前で口元が曲がるそうだ。川に戻り、産卵時期に入るので、オスとメスの区別をしやすくする、本能だろうか。 

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 ↓ 後列の段から、水槽の様子と外の様子。

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  ↓ サケの水槽の盛り土。この内側がサケの水槽というか、池になっている。

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 次に室内を進むとイトウの水槽があった。

道の駅おんねゆ、山の水族館(北見市留辺蘂町) 到着

 2015年9月21日の月曜日、北海道旅行2日目。
 道の駅おんねゆ、山の水族館(北見市留辺蘂町) 到着

 北見市留辺蘂町温根湯(るべしべまち おんねゆ)の「道の駅おんねゆ」の敷地内にある山の水族館に到着した。(西日本ではないので「町」は「ちょう」とは読まないはず。)

 道の駅内、水族館の近くのP(駐車場)は、なんと満車。停める所が無いのだ・・・・。少し移動して道の駅の別の広いPに車をとめる。
 Pは広いが意外にも空いていない・・・。水族館には遠い場所に停めて、水族館まで道の駅の広い公園のような敷地を歩く。
 広い道の駅の敷地の一角に水族館があるのだ。独立した敷地の水族館ではなく、道の駅の中にある施設であった。
 水族館の受付では、例の「北海道旅行券」で入場券を購入した。

 ↓ 水族館側から、Pの方向。たくさん車が停まっている。

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↓ 山の水族館の建物。思ったよりも、こじんまりとしている。
  道の駅の敷地があまりに広いため、余計に小さく見えてしまう・・・。
  「北の大地の水族館」の、のぼりがいくつもはためている。

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↓ 水族館の建物から、塔と道の駅の建物。
  「山の水族館」の、のぼりがいくつもはためている。

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石北峠~温根湯「道の駅おんねゆ」(北見市留辺蘂町) 到着

 2015年9月21日の月曜日、北海道旅行2日目。
 石北峠~温根湯「道の駅おんねゆ」(北見市留辺蘂町) 到着

 石北峠を出発した。峠の少し先では「温根湯まで38キロ」と看板に表示されていた。この距離、つまるところ「山の水族館」までの距離のことだ(笑)。
 峠を境に急に下り坂の道になる。峠の先より北見市に入る。峠の看板にもあったように、ここから女満別近くまでが北見市の市域だ。とても広~い。
 道路は峠から大きくカーブ描いて下っている。下り坂ではあるが、ここは広大な北海道、箱根の山道よりもカーブは緩やかなので運転は楽だ。

 ↓ 留辺蘂(温根湯)に向かう途中の風景。カーブの続く山道を下ると、やがてまっすぐの下り坂になる。
  道の両側には、白樺などの密林がずっと続いている。道路端を示す「 ↓ 」の標識が、豪雪地帯であることを物語っている。

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 白樺、針葉樹林の中のまっすぐの道を進む。途中、大きな「北きつね牧場」とある看板がでている。随分と古い看板だった。温根湯の(牧場の)ことかな、と思ったが、この看板の「牧場」は石北峠から下り坂を走り、人家がまだない林の中の地域にあった。しかし、牧場の建物は廃墟でもぬけの殻であった。随分と昔に閉鎖されて放置されていた。現在では閉鎖されているが、昔は賑わったことであろう。高度経済成長期、団体などの観光客が多く訪れたのではないか?。しかし、今は昔のこと。景気の悪化、過疎化、少子高齢化などの理由によって、観光客は減少し、やがて閉鎖されたのであろう。北の地の厳しい現状を見るような気がした・・・・。

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 道の両側が開けて来た。丘陵地帯の合間の道となった。
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 やがて畑、牧草地が見えてきた。標高も低くなり、家も点在するエリアに入って行く。

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 道の脇の畑には、立方体のケージが何個か置いてある。「たまねぎ」だ。収穫が終わり土になった畑にケージを置いて、その中でたまねぎを乾燥させている。
 道路沿いに見た限りでは麦畑は、ないようだ。北海道の麦は、春にまいて秋に収穫するのではなかったかと思ったが・・・・。違うようだ。
 オホーツク海に向かうこの道の付近では、稲作はない。石北峠を境に稲作地帯と畑作地帯と劇的に作物が変わる。気候も劇的に変わるのだろう。ただし、途中、黄金色の稲も見たような記憶があるが、例外的な水田か陸稲だろうか。

 その他の作物として「てんさい」はないかと思ったが、ないようだ。じゃがいもの葉が見える畑もない。9月では収穫は終わっているかも。モチロン、じゃがいもの葉くらいは分かります(笑)。
 (じゃがいもについて)昔、学校では春に植え、夏前、梅雨になろうかという時期に収穫していたと記憶する。ここ北海道の地では、春か夏前に植えて8月9月に収穫と思っていたが、じゃがいも畑は沿道で見たところなかった・・・・。
 別の葉のある作物が植えてある畑がある。葉が一部黄色く枯れている。これらは、大豆であろう。

 ↓ 丘陵地帯。遠くには山々が連なる。道路脇には、とうもろこし畑が。
   丘の裾から、標高の低い土地は牧草地になっているのが、遠目に分かる。

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 運転しながらではあるが、見たところ温根湯に至る道では、たまねぎ、大豆の栽培が中心ということであろうか。上の写真のように、とうもろこしもあった。ちょうど実りの時期のようだ。山肌を開墾し牧場、牧草地になっている風景も見える。左右、周囲の山はなだらかに丘のように続いている。

 さて、レンタカーは、どんどん進む。周囲には丸屋根、四角い形状の民家が点在している。道は、ひたすら真っすぐだ。信号もない。道の先には、山が開けている。

 ↓ 進行方向。北見市街の方向。
   青空と雲が広がる。綿のような雲が浮かんでいる。雲が低い。視界が広いからだろうか。

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 ↓ 牧草地。奥の丘陵の上の部分にも牧草地の緑が広がる。

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 留辺蘂は「るししべ」と誤解していた。「るべしべ」が正しい。以前は独立した町だったが、合併して「北見市」となっている。 山の水族館は、旧留辺蘂町温根湯にある。「おんねとう」と思っていたが、「おんねゆ」というようだ。北海道には「××トー」という地名もあるため、誤解をしていた。 
 「道の駅おんねゆ」と看板が出ているのが見えた。
 温根湯(おんねゆ)の街は、旧留辺蘂(るべしべ)町の中心部よりも2~3キロ、石北峠からみて手前にある。
 道の駅おんねゆに到着して、車を停めた。思ったよりも混雑していた。
 

↓ 水族館の建物から、塔と道の駅の建物。
実は、写真の奥に三角形の山が小さく写り込んでいる。

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↓ 実は、道の駅や水族館の敷地から元来た方向(西側)を見ると、三角の形をした山が目立つ。
  走って来るときは気づかなかった・・・・。運転していれば、確かに気付かないかも・・・。
  まるでピラミッドのような人工的な形をした山だ。何かのパワースポットかな??と思ってしまった。
 大和三山のようにも見えるが、人工的な山容ではない。(ボクは大和三山は、一部人工的に築かれていると思っている。)すると、秋田県の「大湯環状列石遺跡」から見えた三角形の山のようだ。古代、大湯の人はあの三角山を信仰(アニミズムのような原始宗教だろうが)の対象として崇めたと一目で確信した(根拠なし!!。)。
  道路地図を見ると「北見富士」という山らしい。標高は1200メートルもある。古代の人が人工的に山容を形成するには、余りに高い山だ。

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