良月(りょうげつ)の たび日記

神奈川県 湘南地区在住。折口良月(おりぐち りょうげつ)の神奈川、東京、静岡、山梨、長野など関東近郊地域への行楽、外出。美術館、博物館めぐり。その他国内旅行などお出かけの記録。

2016年12月

 

「迎賓館赤坂離宮」 平成28年12月 夜間公開 参観申込みと抽せん

 「迎賓館赤坂離宮」の一般公開。
 2016年の春から実施され、私はその前の2月の一般公開時に参観して来た。
 最近、このブログでも「迎賓館赤坂離宮」公開、「迎賓館 朝日の間」などのキーワードで検索にひっかかることが多いようだ。当ブログの人気ページになっているようだ(笑)。


 年末になり、たまたまマスコミの情報で知ったのですが、夜間公開とライトアップが実施されるということでした。内閣府のウェブサイトを見ると今回12月24日と25日の2日間に夜間公開実施され、普段の公開とは別の入口から入り、今までの一般公開では見ることが出来なかった一階正面玄関付近などの内部を見学できるようです。
 内閣府のウェブサイトによると、今回の公開エリアには藤田嗣治(フジタ)の絵画が飾られていて見学ができるそうだ。迎賓館に去る2月に見学したときには、フジタの絵画を見ることは無かった。二階正面、朝日の間に至る入口の両脇に小磯良平の「美術」と「音楽」の絵画作品が飾られていた。
 フジタと小磯は、ほぼ同時代の画家。しかも以前フジタの作品展示で、フジタと小磯がともに昭和19年頃、当時日本が占領していた南方地域の視察の際に船上で仲よく話をしている様子を撮影した写真を見たことがある。
 「おお、迎賓館の内部に知られざるフジタの絵があるのか!。」と思った。が、よくよく考えると現在の迎賓館が開館したのは昭和49年のこと。フジタの死後のことだ。その以前、迎賓館として使用されていた建物のときに寄贈されたのであろうか?。ただし、戦後の占領期にフジタはフランスに出国して、日本に戻ることは死ぬまで無かった・・・・・・。なかば日本を追われるように去ったのだ。その後、フランス国籍を取得して日本国籍は放棄した筈。いわば、日本人でなくなることを自ら選択した(苦悩の上の選択だったのだろう)フジタが、もはや「異邦」となった日本国にわざわざ自分の絵画を寄贈するだろうか?、と考えた。
 内閣府のウェブサイトの説明文などから推定すると、昭和49年の開館のときに作品は寄贈されたらしい。
すると、寄贈はフジタ本人の意志ではなかったことになる。

 知る人ぞ知る「フジタの絵」が見れるし、クリスマス時期のライトアップということもあって申し込むことにした。
 申し込みはウェブサイトの指定フォームから行い、抽せんだ。時間帯は最終が19時まで。25日は日曜日であり「日曜の夜ならば申し込む人は少ないかな、24日は三連休の中日だし、混むかな~クリスマスイブだし。」ということで25日の夜の時間帯を指定して申し込みをした。 
 公開は有料。大人は1000円。抽せんで当選した者のみが、有料で参観できる。実をいうと、この春からの公開は無料と思っていた・・・。だって、2月の公開は無料だったから。2月の公開は試験公開のような位置付けであったと、今さらながら知った・・・・。

 後日、当選者には電子メールが来るということだった。しかし、12月某日(平日だったが)の指定時刻までに電子メールは来なかった。落選・・・・・。が、もしかしたら、メール自体、申し込み時に間違って書いて(入力して)、当選していたがエラーになって届かなかったのかも・・・・(笑)。
 ともかく、抽せんには外れたのだ。仮にメアドの誤入力だったら、自分が悪い(涙)。

 せっかくの夜間公開とライトアップ。残念だったな。

 迎賓館本館と前庭 ↓ 「西玄関」から入館するというので、下の写真
 建物に向かって右の西翼の一階入り口から入るようだ。(2012年11月に管理者撮影)

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 ↓ 「東翼」の先端の扉を拡大撮影。恐らく「東玄関」の扉と思われる。
 迎賓館は左右対称の建築であるから、「西玄関」と同じ扉と思われる。アクリル製の透明な屋根が付いていた。
 (2012年11月に管理者撮影)

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富山県アンテナショップ「日本橋とやま館」 新規開店と食事

 2016年8月某日 「日本橋とやま館」

※ 今年新規オープンしたお店ですが、まだ投稿していなかった。急いで紹介することにする。

 銀座駅から地下鉄銀座線で移動し、三越前駅で下車。日本橋にある、この3月に新規開店した富山県のアンテナショップにやってきた。最寄駅は「三越前駅」であるが、お店は駅から「地下鉄日本橋駅」の方向にやや地下通路を戻り、地上出入口に上がってすぐの所にあった。ビルは、日本橋の川のすぐ近くにある。
 かつては、海産物などが舟で陸揚げされて賑わった、まさに日本橋の脇の物資集積の河岸があったところだ。

 2016年6月に開店したばかりの富山県の特産品を販売するお店だ。実は先程行った交通会館の地下にも「いきいき富山」という富山県のアンテナショップがある。ついさっき、ソフトクリームを食べた大分のお店のお隣である。有楽町の既存のお店は、そのままで新規に日本橋にも出店している。

 以前、紹介した長崎県のアンテナショップ「日本橋 長崎館」は、日本橋川を挟んで、東京駅側の対岸にあたる。しかし、川には首都高の高架がかかっていて、対岸の様子は分からない。

 お店は日本橋のすぐ近くのビルの一階にある。↓

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 「日本橋とやま館」に入店する。店内には呉羽の梨ののぼりがあった。先に行った交通会館の地下のお店と同じく、「梨」のプロモーションだ(笑)。
 店内の商品の種類、品数は少ない。食品があり、その奥は 工芸品など。店内は装飾性の高いディスプレイだ。和をイメージするような木目の商品棚など。何でも棚につめてたくさん売るというコンセプトではない。
 冷蔵ケースの中には、富山の水などが置いてある。富山の日本酒も多くの種類を棚に品揃えしている。商品の陳列は少量だが、魅せて販売して、富山をアピールするようなイメージかな。

 さて、食事をうることにする。このお店には、レストランが併設されている。
 地元のレストランがテナントとして入居している。レストランは、どこかなと店内を見回した。細長いお店から一旦、表通り(日本橋三越側)に出て、更にその奥にあった。

 細長い建物の地下鉄駅(日本橋通り)側が、お店の入口、三越横の川沿いの通りに沿って店舗があり、一番奥(北)がレストランと、更に奥の突き当りがトイレになっている。


 和食「はま作」。
 レストランの中に入る。真夏の酷暑の日、正午を過ぎても席には、空きがあった。こんなに暑くてはコンクリートジャングルの都心まで人は来ないかも・・・・・。係として黒い服の女性が三人くらいいる。背の高い若い人が案内してくれる。


 ↓ 店内の内装には、地元富山の日本酒のビンや陶磁器などの装飾品が置いてある。
  子供は「そうめんセット」にした。暑いので。
 
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 ↓ 私は富山の海鮮丼2800円にする。暑いのでさっぽりした刺身が食べたいです(笑)。
  エビは富山の白エビであったかは忘れた。刺身の下にご飯がある。量は(成人男性にとっては)少ない。

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↓ たべかけで申し訳ありません。箸のおき方も含めて行儀が悪いです。
  タコなエビにイナダだったかは忘れましたが、お刺身です。刺身定食1800円。


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 どちらかというと、質を重視する女性向けのメニュー。ランチメニューはこの付近のサラリーマンなどの男を中心に考えても売れない。女性をターゲットにしないと確かに売れないな。お店に買い物、食事に来るのは、女性が多いであろうし。
 男とっては、ボクのように炭水化物を少なくして糖質を抑える「中年太り」のオッサン達にはちょうどよいかな(笑)。

 レストランの入口の横、外の広い廊下、待合の席の近くには、富山の「上市の水」をポリタンクで置いてあった。案内のチラシも置いてあった。毎日、上市の水を富山から輸送しているそうだ。おいしい料理には良い「水」が必須だ。このこだわりはすごい。いや、おそれ入りました。

食事のあとは、お店は見なで外の通りに出た。強烈な太陽光線が私達を襲う。私達が食事を終えて出る頃、カウンター席も含めて、店内はほぼ満席になっていた。

大分アンテナショップ 「おんせん座」 交通会館地下 開店

 2016年8月某日

 今年、有楽町の交通会館の地下に新規開店した大分県のアンテナショップにやってきた。偶然、ラジオ放送で紹介していたのを聞いたのだった。大分には、つい先日行ったばかりなので(しかも九州旅行券を使用)、懐かしさのあまり行ってみることにした(笑)。

 有楽町駅の近くの交通会館。地下に開店というのだ。いや~、でも、いつの間にか開店していたので知らなかったな~。交通会館の地下のメイン通路富山県の店「いきいき富山」の隣、しかも中央階段側ではないか。和歌山県のアンテナショップのはす向かいだ。
 2016年7月に開店したばかりだ。大分県の特産品などを販売するお店と思ってやってきた。しかし、小さい。地下の食堂街の一角(裏手が食堂街で、その表通りの側)にある。
 以前は、何のお店があったかな?と考えた。いざ、変わっていると何があっか、思い出せないものだ。食堂があったと記憶するが・・・・・。中央階段側の角を曲がったところには兵庫県のアンテナショップがあるが、こちらはそのまま。
 品揃えは化粧品が中心だった。店内では、、ソフトクリームの販売がある。かぼすソフト500円を食べる。私が気になった商品としては、大分名物の「ゆずこしょう」があった(笑)。
 化粧品、美容関連の商品が中心。女性向けといつた感じ。よって、男の私は何も買わなかった(苦笑)。


 ↓「おおいたアンテナショップ おんせん座」の店頭の様子。

 

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 お店の目玉として、店内に「足湯」コーナーがあり、大分の温泉が体験できるようになっている。大分といえば「おんせん県」で売り出しをしていたし。
 足湯コーナーは店の奥にあり、二~三人くらい入れるようになっていた。しかし、満席で私が座って体験する余地は無かった(笑)。

  ↓ お店の裏側のガラス。「おんせん」マークのカーテン。
   この裏に足湯コーナーがあった。

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 ↓ かぼすソフトを食べた。隣は富山のお店。
  「くれは梨」の販売をしていた。
  


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 お店は大分県がプロモーションしている訳では無いようだ。大分の化粧品会社が運営していた。よって、化粧品や健康関連の商品が多い。お店を県が「公認」しているかも、私がお店で見た限りでは確認できなかった。
 「一村一品運動」で名高い大分県であるが、アンテナシッョプで売り出しをしている訳ではないし、先日(このお店の訪問の二週間前)現地を旅行したときも、「一村一品運動」の文字はなく、すでに運動は過去のことのようだった。

 大分のアンテナショップとしては、ここ交通会館からほど近い銀座一丁目、沖縄のわしたシッョプの近くのビルに入居している「坐来大分」がある。テレビでも以前紹介されたことがある。
 「坐来大分」を県は公認しているようだが、オフィスビルの8階にあって日曜日はお休み。しかも、「坐来大分」は高級料亭のようで、私のようなビンボー人が気軽に入れる店では無く、地元大分の関連商品の販売はあまり無い模様・・・・・。料亭(敢えて「料亭」と記すが・・・・。)は昼の営業も無いようだ。(「坐来大分」のウェブサイトによると。)
 よって、一般的なアンテナシッョプとボクは認めていない(オマエが言うなって・・・・。)。意外にも、かつて「一村一品運動」による地方振興の王者、大分県は、現在ではアンテナシッョプの後進県である・・・・・。
 地域振興のトレンド、「ふるさと寄附金(納税)」も大分県について私は寡聞にして知らない。力を入れている自治体もあるようだが。まだ、ボクは大分県の自治体に寄附をしたことが無い・・・・。
 (以上はあくまで私の独自見解です。)




 
 

兵庫県市川町 お米27キロと濃厚卵 ふるさと寄附金 お礼の品

  ふるさと寄附金 兵庫県市川町。 お礼の品 「こしひかり あさの米 27キロ」と「タズミのたまご」

 12月25日に精米されたお米27キロが届きました。卵は、まだ先かなと思っていた矢先、お米が届いたその翌日には「濃厚卵」も届きました。+5,000円で、濃厚卵のお礼の品を受け取ることが出来ます。
 
 「濃厚卵はタズミのたまご」です。ダンボール1箱に30個入り。生産者から直送です。すぐに妻が1パック取って、冷蔵庫に入れました。
 昨年同じ「濃厚卵」です

 ↓ 今年も届いたタズミのたまご。

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兵庫県市川町 「あさ米」 27キロ ふるさと寄附金 お礼の品

  ふるさと寄附金 兵庫県市川町。

 兵庫県市川町へは三年連続の寄附となりました。
 寄付金額に対する「還元率」は比較的高いのですが、マスコミや所謂「ふるさと納税本」などでピックアップされることが比較的少ないのが、兵庫県市川町です。
 よって、寄附した時期が年末の時期でも比較的早い時期にお礼の品が届きます。
 (あくまで、個人の体験談なので、すべてのケースに当てはまる訳ではありません。)

 今年(平成28年)は寄附の時期が遅れ、12月中旬になってから寄附をしたのですが、お礼の品は年内に届きました
 「お米」27キロです。2万円以上で「玄米」が30キロまたは、精米された白米27キロが「プレゼント」されます。今年度も、昨年に続いてお米にプラスして玉子が付いているお礼の品を申込みました。「お米」+「玉子」のセットです(笑)。
 
 昨年のお米は「きぬむすめ」でした。しかし、今年は違いました。
 銘柄は「こしひかり」であり、「あさの米」と袋に名前が書いてあります。説明の文章には「粘土質の田んぼ・・・」とあります。水には、ミネラル分が豊富に含まれていめそうです。
 生野から続く播但の山々が播州平野に出る「入り口」のところに広がる市川町の、豊富な水と豊かな土壌で成育したお米。播州平野に春先や秋の朝、発生する霧をイメージして名づけたのではないでしょうか。
 「朝方、瀬戸内海から南風に乗って湿気の多い風が播但の山々に当たる。山に当たった湿った空気は霧を発生させる。その霧が生まれる山すその平野に広がるのが、市川町の田んぼである。」といったところでしょうか。

 お米の袋は、9キロが3袋ありました
 昨年までは27キロが大きい袋に入っていました。

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  精米日は、12月25日でした。精米してすぐに発送してくださっています。ありがたいことです


NHKスタジオパーク 見学4

 2016年1月 NHKスタジオパーク 見学4 

 渋谷区のNHKのスタジオパークにやって来た。
 
 ↓ 2008年に放送した「天璋院 篤姫」のポスター。
  御台様の姿がりりしいです(笑)。

 
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  このドラマ、私はほとんどの回を見た。珍しいことだ。基本的に見ないのだけどね(笑)。
 出演した女優さん目当てではありませんよ。放送当時、既に若くして結婚していましたしね(笑)。
 現在ではどうなっているのかは、分かりません(笑)。
 ポスターの下にドラマ中で見た小道具の展示が数個だがある。昔のドラマなので、わずかな展示だ。
 江戸城の大奥と表を結ぶ「お鈴廊下」の鍵だ。廊下には「上様のお成り」を伝える紐に房と鈴がついていて、シャンシャン鳴るシーンがあったな。紐についていた房も展示がある。
銅扉が開き「うえさまの、おな~り~」の声と「シャンシャン」する音が記憶に残っている(笑)
 そして、女は待っていて、伽をするのだ。ドラマでは、伽をする御台様は白い装束で布団の横に正座してお辞儀をしていた。衝立の裏にはお付きの女(女坊主)がいたかな。監視役だ。そして、同衾だ。

 どうでもいい話だが、オレはこんなにうらやましいことができる将軍様になぞ、なれる訳が無い。ああ、小市民(笑)。

 ↓ ドラマ「花 燃る」の小道具。吉田松陰の「留魂録」の小道具。と刀もある。
   書き残したシーンがあったのかは知らない・・・。見ていないので。主人公は吉田松陰だったか、「あれ、ドラマの主人公は誰だったかの?。」と一瞬忘れてしまっていた・・・・(苦笑)。ドラマ館も行ったのに・・・。

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 昔のドラマは、小さい窓のような展示コーナーが順番に並んでいた。最近のドラマは下の写真のように、大きく展示コーナーを設けていた。

 ↓ こちらは何のドラマか・・・・。
   「軍師官兵衛」のヨロイやたいまつのカゴ。旗、床几、槍など。合戦のシーンで使用したのだろうか。


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 更に通路を進む。と端近くに「おかあさんといっしょ」の撮影スタジオがありました。以前も見たことがあるが、本当に撮影で使用されているスタジオ。「本日は日曜日で撮影はない」と告知があった。繰り返しになるのだが、本当にここで収録をしているそうです。
 近くには歴代の「おにいさん」「おねえさん」の写真掲示もあった。「アノ新聞沙汰にもなったおにいさん」の写真があったか、覚えていない・・・・。ウチの子が小さいときに出演していたかな?。覚えていないけど・・・・。おにいさんとはいうものの、出演当時でも年齢は40歳前後だったと思うが・・・・。現在の「おねえさん」は、在任期間が長い。下の子が見ていた時期にも出演していて、現在も出演している。下の子は、「おかあさんといっしょ」をすぐに見なくなったので、あまり(下の子には)みせた記憶が無い・・・・。今では「子供にみせたくない番組」ランキング上位にランクされるような「バラエティー」を見て爆笑しているョ・・・・。あまりにバカ笑いしているので、見ているときにブチっとテレビを消すと逆にキレられるし・・・。すっかり、子育て失敗例・・・・・(苦笑)。
 
 自分の子が生まれて、見始めた頃「おねえさん」達は1年交代と思っていた。3月が終わって、新年度の4月になっても出演しているので「あれ、交代しないのだな。」と思っていたが、今まで3年~4年くらいで交代してきたようだ。時に「〇年」とは決まっていない模様。

 元来たエスカレータの所に戻ってた。エスカレータを昇り、再び一階へ。最初に見た展示やスタジオが見える。
 長い廊下を奥まで行って、再びドラマの展示品を見ながらエスカレータの所まで戻って来たことになる。

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 一階に戻る。先程、地下に降りるときに乗ったエスカレータの反対。一階に戻ると先の「大河ドラマ 真田丸」のコーナーや入口がある場所とは反対側に順路の表示がある。
 順路の案内に進むと「スタジオパーク」のスタジオがあった。以前も見たことがあるが、本当に撮影で使用されているスタジオ。月~金曜のお昼の番組なので、この日は放映はありません。無人だった。えっと、土曜日も放送があったかな?。スタジオの隣には「サブ室」もありました。
 意外にも幅の狭いスタジオです。生放送のときのゲストのタレント、俳優さんはどこから登場するのでしょうか。
たしか、観客の間を通って スタジオ入りしていたと思う。見回したが、ゲスト用の出入り口はわからない。どこかの扉から突然入って来るのかな?。

 先にも書いたが上の子が以前学校の社会見学で来たときは、ここで生放送の様子を見る予定であったが、「某アイドルグループ」メンバーの出演のため、この日だけは、見学が出来なかったのであった。
 
 
 ↓ 横に長いスタジオ。手前のガラスのところで、見学者は生放送の様子を見ることが出来る。


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 その奥に別の展示コーナーがあった。更に、「らせん」状のループがある。再びここを通って地下に行く構造。すると子供達の遊び場コーナーがあった。たくさんのちびっこ達が飛んだり、跳ねたりして遊んでいるよ。ちょうど、対象年齢は「おかあさんといっしょ」を視聴する年齢層と、そのやや上の小学校入学前くらいまでの年齢ゾーンかな。
 よって、ウチの子にとっては数歳年下になるので、ウチの子は全く興味を示さず、スルーして行った・・・・。
そして、出口があった。出口の先にはお決まりの「グッズ販売店」です(笑)。その名も「スタジオショップ」だ。

 ↓ 休憩室からショップの入口。「真田丸」のポスターも貼ってある。


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 ショップを出ると正面に「スタジオカフェ」がある。ちょうど、お昼どきなので、食事待ちの人で行列していた。カレー、ラーメンなどの一般的なメニューが中心だ。大河ドラマ関連して「真田丸御膳」もあった。すごいな~(笑)。スナック、ドリンク、ソフトクリームなども 食堂内のカウンターで販売しており、レストランエリアの外にも休憩用のイス、テーブルもあるため、食事をしなくても利用可能だ。
 と、「スタジオカフェ」の近くに団体用の出口があった。地下になっている。ここからバスの乗って、すっと出発できるようになっている。車寄せのようだ。楽屋出口のようだ(笑)。
 たしかにこの日も、大型バスで団体さんもやってきていましたね。

 一般見学者は、緩やかな坂道通路を登って、地上に出る。と最初に入った門(南の門)近くの「回廊」の南側に出た。あの、毎朝天気予報の中継を行っている場所の近くだった。
 坂道通路の途中に関係者用の出入り口の鉄の扉があった。と、三人くらいの番組制作スフッフと思われる人が扉から出てきた。私服姿で、首からは名札を吊り下げしている。皆、20歳台の若い人。女性は随分と体格のよい方だった。日曜なのでスタッフはあまり多く働いていない感じ。正午はとうに過ぎているので、やや遅い昼食を食べに行くのかな?。いや~多分NHKフロパーの人ではないな~という感じた。根拠はないが、直感で(笑)。名札は見えなかったので分からないが、「NHK××プローモーション」(仮称!)や有名な「NHK×××プライス」(仮称、末尾が「ズ」ではなく「ス」なのがポイント<笑>。)番組末尾のクレジットでも色々な関連会社の名前が表示されるので、それらの中の一社の所属かなと思った。

 ↓(既出) スタジオパークの出口の通路横にあるモニュメント。 
  「スタジオくん」(名前が分からないので、勝手にボクがつけた仮称<笑>)が今度はお見送り。
   (先程はお出迎えだった。)

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 門を出て、敷地の外へ。次いで隣接する代々木公園内の通路を通る。通路の両側にはテントが出ている。寒い日ではあるが、出店が多数ある。人が多く賑やかだ。



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 ↓ テントの合間から、先程見学したNHKスタジオパークの方角。
 
 
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 通路を通り、明治神宮の鳥居の前を歩き、原宿駅から山手線に乗って移動した。
 
 ※次は東京国立博物館「兵馬俑」の特別展に行ったのだった。



NHKスタジオパーク 見学3 

 2016年1月 NHKスタジオパーク 見学3 ドラマ「真田丸」展示

 渋谷区のNHKのスタジオパークにやって来た。
 入場して正面に大河ドラマ「真田丸」の展示コーナーがあるので。見学した。
 ここまでは一階。次いで、地下へのエスカレータを降る。地下に長い廊下が伸びている。スタジオのような部屋が廊下沿いにある。廊下に沿って、展示コーナーがある。と、最初の方の部屋は、映像の上映室になってしる。上映時間が決まっている映像シアターです。次の上映時刻は、13:30くらいだった。時間的にまだ早いので、待つのは割愛した。
 更に、地下に伸びる廊下のような展示室を歩く。番組ごとに紹介、番組体験コーナーがある。「ためしてガッテン」の番組紹介コーナーがあった。科学的な現象に関する問題のクイズが室内にある(出題されている)。解答して、画面のタッチパネルを操作と答えが出るのだが、たいていは「間違い」(笑)。

 ↓ 6番のドラマに関するコーナー。


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 「お母さんと一緒」など子どもにもわかりやすく、なじみ易い番組に関連する展示だ。

↓ NHKで放送されているアニメ番組のコーナーがあった。
  主人公、登場人物のパネルの展示。番組名や登場人物の名前が全く分からない・・・・(苦笑)。
  えーといつの時間にアニメを放映していたかな!?。
  「忍たま乱太郎」「おじゃる丸」は無い・・・・・。


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 ↓ 進んで行くとニュースのスタジオのコーナー。「スタジオ パークニュース」
  実際に包装ではなく(苦笑)、放送できる設備のようだ??。子供がニュースキャスターのデスクに座って、原稿読み体験を行っていた。カメラの操作は、係員が立っている。カメラ操作の体験は出来ないのかな?。申し込みをして体験できる仕組み。待っている人もいて、順番待ち。観客席もあるので見学者の注目を集めますね。その間、座席に座って、他の人が体験しているのを見ていることになるので。副調整室(サブ室)の中には、機材があるが、中には入れなかった。


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  ウチの子は「イイ」と言ってなぜかスルー。子供ならば嬉々として体験すると思うが、ウチの子はひねくれている。この親ありてこの子ありか・・・・・(苦笑)。
 
 廊下の先まで行くと、途中に休憩コーナーがあり、自販機とイス、丸テーブルがある。ここで持ち込みの弁当を食べている家族連れもいた。既にこの場所を知っているようだ。
 続いて、元来たエスカレータに戻るように、再び長い廊下を歩く。廊下に沿ってスタジオのトビラもある。本当のスタジオのようだ。

 「ドラマライブラリー」
 壁面には歴代大河ドラマ、朝ドラのポスターや小道具の展示がある。ドラマ中でも見た小道具などの展示がありました。たとえばドラマ中の手紙は、ほんの一瞬で、文字はぼやけていてほとんど(ドラマでの)画面には映りませんが、すべて手書きで丁寧にかいてありました。大変だな~。セットひとつひとつをとっても。映らなくとも、細かい部分まで制作するのだ。
 ある現代ドラマで使用された「女性が書いた手紙」も展示があったが、明らかに筆跡は若い女性スタッフ(恐らく20歳台のAD?)の手書きですね。作中、手紙を書いた女性の設定年齢はもっと上だったと思うが・・・・。文字が、現代の若い女性の字なのだ。現代ドラマなので、いいか(笑)。

 ↓ ドラマで使用された手紙、離婚届けの小道具。台本も。

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 離婚届は押印がしてある。名前は「天野春子」。ということは「あまちゃん」のセットだ(笑)。夫とは、離婚をした設定だったのだ。知らなかった・・・・。妻はある程度見ていたようで、ストーリーを知っているのだが・・・。

 「真田丸」、登場人物のパネル。真田幸村にとっては「敵」側の徳川方の登場人物・・・。ドラマ中で見た 小道具の展示がありました。


 ↓ 一階の展示と同じく「徳川家康」、「本多正信」とパネル説明がある・・・・・のはギャグで(笑)、
   過去の大河ドラマの展示。前年の作品「花も燃ゆ」だ。
   パネルの手前から、吉田松陰役、その妹の主人公 文役、その夫の久坂玄瑞役の姿だった。

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 夏には萩の「花 燃ゆ」ドラマ館にも行ったぞ!!。大河ドラマの振興のために貢献しています。ウチの家族は(笑)。実をいうと、ボクは、あまり・・・・・、というかほとんど見ていないです(震)。以前、視聴したドラマもあるけど。
 「花 燃ゆ」に関しては吉田松陰ゆかりの松陰神社にも行きました。世界遺産の松下村塾も見ました。
 


 ↓ 以前2011年の大河ドラマ「江」(ごう)のパネルと小道具。
   駆け抜ける江の姿がりりしいです(笑)。有名なポスター、番宣用写真。風でブローして、髪を上げている。

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 「近江」の色紙は、ドラマの中で命名のシーンで使用されたものだった。偶然私もそのシーンを見た。「近江」からとって「ごう」と名付け、朱筆で「江」にマルをするシーンだった。
 こうして見ると新しいですね。小道具が。ソリャ、最近のドラマだから当たり前か(笑)。
 放送当時、長浜市にあった「江」のドラマ館にも行ったぞ!。
 その後「軍師 官兵衛」のドラマ館にも行ったことがある。同じ長浜市にあった。ただし、場所は違って長浜市の木之本にあって、偶然見つけたので入館したのだった。何故ここに「黒田氏が?」と思ったが、説明が長くなるのでヤメておく(笑)。
 よくよく考えると、私は「ドラマ館めぐり」をしていますね。


NHKスタジオパーク 見学2 ドラマ「真田丸」展示

 2016年1月 NHKスタジオパーク 見学2 ドラマ「真田丸」展示

 渋谷区のNHKのスタジオパーク。

 入場する。入口付近、エントランスは緑色を基調としたカラフルな内装。改装して随分と立派になった。
入って正面に 大河ドラマ「真田丸」の展示コーナーが。
 下の子は、ここがお目当て。(上の子は、あまり興味が無いらしいが・・・・。ついでに、まだドラマは開始されたばかりだが私も視聴していないし、視聴する予定も無い・・・・・・。)

 ドラマ人物相関図や 小道具、衣装を着た俳優さんの等身大パネルが展示されています。
 え~と、強いて言えば、ボクが興味があるのは「〇沢××み」さんくらいで、他はあまり・・・。いや~、かつては女子高生役の初々しい姿だったのに、彼女も歳を重ねましたね~。(何故か、エラそうにするボクちゃんです・・・・・。)それだけボクも歳をとりました。ボクが歳をとろうが、ドラマには関係ないか・・・・(苦笑)。

 展示室内の写真撮影は「禁止」とされている部分、展示品を除いてはフラッシュ無しで可能。撮影禁止の展示品は、出演者のサインや映像コーナーなどでした。

 ↓ 真田家の面々。と衣装の展示。


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 小道具は、数点が置かれています。短刀や刀(長い刀)の小道具も。案内係の女性が「(この刀には)本物の刀は入っていませんので 安心してくださと。」とにこやかに説明をしてくださいました。
 「オーホッホッホッ」など着物の女が笑い、口を隠す?シーンで使うと思われる扇などもあります。

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 記念撮影コーナーでは、ドラマに登場する俳優さんのパネルの前で、カメラを預かって「ハイ チーズ」と撮影のサービスをしてくれる女性と、もう一人の説明役の女性、合計二人の係員がいます。
 パネルでの撮影コーナーでは、なぜか下の子は「ヤダヤダ」と記念撮影拒否。「アンタ、売れっ子のタレントさんでもあるまいに・・・・なにを言うのか。何のためにここに来たのか?」アンタの為に来たんだよ。」とボクはプンプン(苦笑)。

 登場人物のパネル。真田幸村にとっては「敵」側の徳川方の登場人物。

 ↓ 「徳川家康」 「本多正信」と説明がある。


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 かねてから、下の子はココ、真田丸の「ドラマ展示コーナー」に行きたい、と言っていました。(まだ1月でドラマは始まったばかりですが)いましたが、ここを見てから、更に話が飛躍して「ドラマ館」に行きたいと言うようになりました・・・・・。「ドラマ館」って何処???、と思うが、真田氏の居城があった上田市にあるそうだ。
 子供は、ドラマ「真田丸」のパンフレット(リーフレット、というべきか・・・・。)もゲットして、更にご満悦でした(笑)。
 このウチの子の意気込みを聞くいら、NHKの人は泣いて喜ぶかな?(苦笑)。

 ↓ NHKの回廊。柱は「真田丸」づくしです(笑)。

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NHKスタジオパーク 見学1 (入場編)

 2016年1月

 寒い日のことだった。銀座にある石川県のアンテナシヨップで食事をしてから次は、なぜか渋谷に移動することに。銀座線の銀座駅まで歩きました。
 そして、渋谷駅でおりる。ハチ公前の広場に出て、スクランブル交差点を通過、デパート合間の坂道を歩いて上ります。

 ↓ と、通りを「ドラマ 真田丸」のラッピングバスが通過した。いや~、タイムリーだな。目指すは、ココだからだ(笑)。
 


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 「ドラマ 真田丸」のラッピングバス。真田の「赤」にペイントされている。

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 公園通りをずんずんと歩き、やってきたのは坂の上の台地にあるNHKのスタジオパーク。というか、放送センターといえばよいのだろうか。
 センターの敷地の手前の信号まで私の速足で10分くらいでしょうか。早足でも歩いて10分では着きませんね。
 道路を挟んで、渋谷駅側(つまり、自分達が歩いて来た手前側)にある渋谷区役所、渋谷公会堂の建物はは工事中でした。

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 ↓ ただ今工事中。


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 敷地の前の歩道。右側が、放送センター内。


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↓ 入場する。正面にNHKホールが見える。

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 NHKの「キャラクター君」がお出迎え。このアングル、朝のニュース内で天気予報の中継を行っていますね。
写真でいうと、手前側にレボーターが立ち、カメラは奥の建物側から撮影しているのかな???。


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 放送センターの回廊。「大河ドラマ 真田丸」のポスターが至るところに掲示してある。
 放送がはじまったばかり。今年のNHKの目玉ですね

 先に私が(回廊を)走って、自動販売機でチケットを買います。(危険なので、走るのはヤメましょう。私は無理やりツレに「はよ、買に行けや」とドヤされたので・・・・、と言い訳・・・・・・。」)
 入場料は、大人一人200円。高校生以下は無料です。
 久々来たが、敷地の入口からスタジオパークの入口までの長い回廊は変わっていないな。
 俳優さんの名前も「真田××」かな??と思いました。ヨロイを着ていると分かりませんが・・・・、とボケる(笑)。

別に私はこの「某ドラマ」には興味はありませんが、某ドラマ本を買った、下の子が「ここに来たい来たい」とのリクエストなので、やって来たのでした


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 上の子は、学校の見学で一度ここに来たことがあるそうだ。見学したときは、某人気女子アイドルグループのメンバー(笑)が中継で登場した日だった。本来は、スタジオの見学が出来るのだが、その日に限っては「混乱を避ける」ということで、一般公開無しのシャットアウトだったそう。よって、上の子はアイドルさんを見ることが出来なかったそうだ。
 あのときの登場メンバーは、今もその某グループに在籍しているか?、それとも既に卒業しているのか??、卒業予定なのか???(笑)。

 

「いしかわ 百万石物語 江戸本店」 イートイン 食事

 2016.1.31 「いしかわ 百万石物語 江戸本店」 石川県アンテナショップ

 

 銀座にやって来た。すでに11時、お昼にも近い時間帯。混雑する前に簡単に食事ができるところはないかな?、といことで、石川県のアンテナショップへ。
 現在は移転して、名前が変わっているため「いしかわ百万石物語 江戸本店」です。一昨年のことですが、移転、リニューアルの開店時には、このブログでもレポートしていましたね
 更に昨年(2015年)に北陸新幹線が東京駅から長野経由で金沢駅まで開通。盛り上がっていますね。大いに賑わいが伝えられている、現在の石川県です。ここ銀座のアンテナショップも混んでいるのではないか、と思い食事をするならば早めにということで、訪れました。

 ↓ この日のお店りの入口の様子。


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↓ この日のお店りの入口の様子。

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 一階の入り口付近ではテイクアウトの惣菜を販売している。この日は、一階は見ずに地下のイートインコーナーに直行しました。
 
二階には、「カフェ」がありますが、飲み物とデザート程度しかでないようだ。さて、地下一階の売り場には、地酒や加賀の和菓子などが置いてあることは以前もレポートした。
 開店直後に訪れ、その後も何回か寄ったことはあったが、食事のイートインコーナーは、待ちのお客さんが並んでいることが多かった。よって、ここ(いしかわ 百万石物語 江戸本店)のイートインで食べたことはありませんでした。
 この日は、早い時間帯の訪問なので、席は空いていた。店員の女性に案内され、カウンターの席に座る。地下の売り場の奥(表の道路側)
の壁沿いにイートインコーナーがある。
 「イートイン」といってもお寿司屋さんのような木製のカウンターと座高イスがある。カウンターには10席しかありません。または9席だったかも。私が行ったときは11:20頃だった。すでに、私の向かって右に二人着席している。男女のカップルのよう??。
 ]向かって左には、60歳台以上と見受ける夫婦らしき男女が座っている。真ん中に四席空いていた。下の子はまだお腹がすいていない(のでここでは食べない)ということで、三人で着席。
私は向かって右に座りました。隣にはカップルと思われる男女です。
 
ランチタイムのメニューは三種類のみだ。
1000円 天丼
1200円 親子丼 
1500円 能登牛ステーキ丼
 親子丼が「週替わりメニュー」だ。どのメニューにも
デサートとして甘味が付いている。私はステーキ丼を注文。「衣系」、つまり天ぷら系の食事が苦手な上の子は親子丼。ツレは天丼を。ひとり一種類ずつ注文です(笑)。目の前のカウンターで板前さんが、調理してくれます。
 天丼が10分くらいで、まず出てきた。天丼は「加賀百万石天丼」が正式な名前です。
エビがごはんの上に二本乗っています。チェーンて店の丼ものにのっているような、輸入もののエビではなく、本当の地元日本海でとれたようなエビです。白エビのようなヒゲのたくさんあるエビでした。


 接客係の女性は二人くらいいて、とても丁寧です。
エンジ(緋色というのか)の作務衣のような着物を着て同色の三角巾をしている。
 目の前のカウンターから「ハイできました。お待ち!!」と食事を渡されるのではなく、板前さんが「天丼 できました(あがりました)。」と言うと接客係の女性が「はい」と言って、カウンターから一旦食事をとり、改めて後ろから配膳してくれます。
 黒い器は(私が見るところ)輪島塗だ。お箸も輪島塗のようだ。漆を重ね塗りして、仕上げでいるのが素人目にも分かる。漆器の箸置きもある。
 丼ものは、すべてそみ汁と漬物が少しつく。タレには、なんと「金粉」が入っている
 「金箔」です!!!!。興奮です!!!!!。
 
金箔入りのタレをかけて和牛を食る。すこしタレの量が多いかも(私は薄味好みなので・・・・・)。あまり、かけすぎるとごはんがタレの汁で、濃い味の冷えおかゆのようになっていしまいますのでお好みで・・・。
 私は(薄味好みなので)タレはほどほどにする。すると、金箔がタレの容器に残ってしまうので必至で金箔を救って牛と一緒に食します

 「金箔の伝統工芸」の生きる街、金沢ならではのお料理だ。
 
 ↓ 能登牛ステーキ丼。金箔入りのタレ入り容器は、手前の真ん中。
   金箔が光って、写真では判別しにくい。キラキラ光っている


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 「能登牛ステーキ丼」
 ごはんに盛られた和牛を勿体ぶるように食べる。と、カップルと思っていた、私の右手に座っている男女の間には会話がない・・・・・・。私の隣の女性は、私達の少し前に(ここに)来たようで、食事がでてくるタイミングも私達の少し前だった。彼女は私と同じく「ステーキ丼」だった。食べ終わるまで、その女性は誰とも会話をしていない。もくもくとゆっくり食べている。つまり、隣は一人様の女性でした。まだ若い女性、30歳前後でしょうか!?。やや茶髪でグレーのコートを着ていました。多分 この付近の店で働いている女性なのでしょう。(あまり茶髪は関係ないが・・・・。)
 結局、私はステーキ丼を(勿体ぶらずに)バクっと早食いしたので、ゆっくり食べていた彼女と同じお会計のタイミングとなりました。
 あえて、甘味は食べた後に容器を写真撮影した。器が美しいのだ。石川県の名品、「九谷焼」でしょうか。

 ↓ 甘味の皿と楊枝。お茶の容器。
   黄色い地に花と葉の模様が映える。釉薬が美しい。

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 陶磁器は全く分からない私ですが、この容器は美しいと感じました。
 食事のみならず、器も含めて楽しむことが出来る。













































 








 









博物館「明治村」 見学 5丁目の広場と食事「食道楽のコロッケー」

 2015年12月6日 (明治村 見学)

  博物館「明治村」。敷地の一番北にある「帝国ホテル中央玄関」を見学した。この付近は「5丁目」である。
 
  ホテルの外に出る。(旧帝国ホテル)ホテル(の建物)の中にある食堂は満席。しかも、食事メニューは無い。
  さて、どこでお昼を食べようかと思案する。レストランは混雑しているし・・・・・。
 
 帝国ホテル中央玄関の前に広がるし広場。南向きの広場でなの天気がよければ、眺めがよくて気持ちいいのだろうか、曇天の寒い日であったので・・・・・。
 車を明治村の公認駐車場に停めると、まずこの付近を見学、散策することになる。

 
↓ 写真左奥の屋根の大きな建物・・・菊の世酒蔵 (つまり、酒の醸造所)
  右手前の多角形の瓦屋根の建物・・・金沢監獄中央監視所と房舎
  手前の芝生の広場ではイスに座って休憩する人々が。寒いですが・・・・。

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 ↓ 写真奥に帝国ホテルの玄関のレンガ建築が見える。
   手前に売店がある。


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↓ 写真左、レンガ建築は、名鉄変電所。
  中央の奥は内閣文庫。
  右に見えるノッポの建物が目立つ。
  川崎銀行の本店だが、切り取りされて一部移築のため、搭のように見える。
  

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 「食道楽のコロッケー」の看板のある売店で購入。

 付近のイスに陣取り、食事というか、コロッケと串肉を買って簡単に食べる。
 売店にはホットボックスがあり、その中に何個も商品が並べてある。注文すると取り出して、紙の袋に入れてくれる。
 レストランが満員なので、ちょい食いで済ますのです(笑)。
 近くでも座って食べている人がいる。しかし、何回も書くが、この日は12月の曇天。寒い・・・・。


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 ↓ コロッケは「コロッケー」が正しい呼び名。「コロッケ」では無い。
  一個180円。串カツは300円。ソースをかけて食べる。特に味噌ベースのソースでは無い。

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 食事をして近くの「内閣文庫」の建物に歩く。



2016年 美術館、博物館関係の展覧会、企画展ランキング ベスト

 2016年もそろそろおしまい。
 そこで、今年見た美術館、博物館関係の展覧会、資料などの展示会(企画展などと呼称はいろいろとあると思いますが・・・。)のオリジナルランキングです。
 すでに新聞の文化面では「今年の美術展ランキング」の記事が掲載されていましたが、私の場合は美術展以外の展示会、企画展などについても含めます。

 昨年の暮れに書いた2015年のランキング ベストでは、「五姓田義松展」を私にとっての一位としましたが、果たして今年は?。

 「2016展覧会 ベスト5」の発表です。

一位 「原田直次郎展」 神奈川県立近代美術館葉山館など各地を巡回

 若くして死去した名画家の100年以上ぶりの大回顧展です。画家の作品のみならず、その短い生涯や家族、親族についても知ることができる貴重な展覧会でした。
 彼の親族で著名な人物は、あの「最後の元老」西園寺公望の秘書として知られる男爵・原田熊雄。熊雄は、直次郎の甥(兄・豊吉の長男)にあたる。100年前の回顧展の開催を直次郎の生前の友人であった鴎外 森 林太郎(当時、陸軍省医務局長)に相談したのも熊雄。
 たった一日だけ、東京美術学校(当時)で開催された前回の回顧展・・・・・・。直次郎の作品は現時点では、重要文化財に2件「も」指定されている。一番有名な近代日本の洋画家、黒田清輝の作品は3件の指定。近代日本を代表する洋画家の筈であるが知名度は、あまり高くはない。
 ゆえに今回の回顧展も東京国立近代美術館、東京国立博物館など都内での開催ではなく、別の都市に所在する美術館での開催となったのであろうか?。しかし、私の中ではぶっちぎりの第1位です。
 神奈川県立の施設での展覧会が、図らずも二年連続でランクインした、というかトップを獲得した(笑)。決して神奈川県民のヒイキだ・か・ら・はありませんよ
 また、展覧会の開催にあたっての「コピー」には、直次郎は「森鴎外の小説『うたかたの記』の主人公 巨勢のモデル」とあった。しかし、展覧会での説明や購入した今回の展覧会の図録の説明を読んで、直感的であるが「森鴎外の小説『舞姫』の主人公 太田豊太郎の名前の由来やモデルの一人は、原田直次郎と兄の豊吉ではないか?。」と思った。ドイツに留学して帰国後23歳で東京大学地質学の教授に就任し、かつドイツ人を父に持つ女性 照子を妻とした豊吉が原田家(のちに二人の父、一道が男爵に叙せられる。)の長男として「太郎」を名乗れば「豊太郎」なのである。
 展覧会の図録の説明に書いてあった「・・・直次郎にドイツ女性 マリーに産ませた私生児がいたことが今回の調査で発掘された・・・・。」という事実は衝撃的であった。
 
二位 「安田彦靫展」 東京国立近代美術館
 昭和50年代まで存命であった日本画の大家、没後最大規模の大展覧会。
 神奈川県大磯に在住していた、神奈川ゆかりの画家である。

 一位、二位と近代日本の洋画家と日本画家がそれぞれランクインです

三位  「ボッティチェリ展」 東京都美術館

四位「カラヴァッジョ展」国立西洋美術館
  うーん、三位と四位は共にイタリア由来。

五位 特別展「禅」 東京京都で開催(ともに国立博物館)
 京都まで足を運んで鑑賞した展覧会。かなりの数のまだ私が見たことが無かった国宝が展示されていた。
 東京でも鑑賞した。展示品は、共通している者もあったが、かなり異なっていました。
 
選外 「若沖展」東京都美術館
 近年、大人気の謎の市井の画家。その代表作を集めた大展覧会。が、入館待ちの大行列・・・・・・など運営に課題を残した・・・・・。展示方法、展示方針にも「とにかく揃えてみせりゃえええやろ」(若沖の出身地の京都弁!?)感があったかな・・・・・。
 若沖作の旧鹿苑寺大書院障壁画のうち「竹図」は京都での特別展「禅」に展示されていた。せっかく本展覧会で旧鹿苑寺大書院障壁画を襖絵の「両面」が見れるように工夫して展示していたのに、東京と京都と離れて展示とは・・・、「展示のバラバラ感」があった。
 もっとも「若沖展」は、多くの人が「今年の第一位」に挙げることは必定なので敢えて選外に


 「ランキング」といってもそれほど多くの展覧会、展示会を見た訳ではないので順位付はかなり難しいです(笑)。あくまで私の独断と偏見です。

 ↓ 神奈川県立近代美術館葉山館で販売されていた「原田直次郎展」の図録の表紙。

 
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 ※ 12/25追記

 暮れになって、国立西洋美術館の「クラナーハ展」を鑑賞しました。
 「クラナーハ展」は来年、2017年暮れの「ランキング」に掲載する予定です。



明治村 見学 旧第四高等学校武道場 「無声堂」 登録有形文化財

 2015年12月6日。 (明治村 見学)

  博物館「明治村」。4丁目34番地。

 丘と丘の合間の谷のような地形に沿って、武道場が移築されている。
 旧第四高等学校の武術道場「無声堂」。極めて、哲学的な命名の建物だ。登録有形文化財に指定されている。
 
 ↓ 説明板。細長い建物だ。

 旧制高校のうち、第一は東京、第二は仙台、第三高校が京都に設置されたことは知られている。第四は北陸は金沢に設置されていたのだ。
 現在の金沢大学の前身のひとつとされている学校といったところか。第四高校の出身者といえば、陸軍軍医を父に持つ、作家 故・井上靖氏であろうか。父の意をくんで、高校時代は理科であったのか、文科であったのか、は知らない・・・・。(年賦を調べましょう。)

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木造のシンプルな建物。
瓦屋根に典型的な日本家屋。大正年代の建築で明治時代のものではない。
なんと、スプリングが入っていたそうだ。受け身を取るのにも楽チンかな。
↓ 奥の上座。畳はない。板張りだ。こちらでは剣道かな。

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テレビでもロケがあったことの看板。スペシャル大河「坂の上の雲」でのシーンの写真が。
 ここ明治村では、汽車のシーンといい、学生時代の夏目漱石(金之助)が出てきた大学予備門?のシーンなど結構撮影がされていたらしい。
柔道のシーンもここでの撮影であった。海軍の軍人、広瀬武夫は、柔道の名手であったと聞く。

 広瀬ら海軍の生徒が、柔道の稽古をするシーンのようだ。主役よりも、広瀬役の俳優さんの方が、堂々たる体躯で、目立っていたような記憶が私にはある・・・。


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 下座。光が南(写真でいうと、手前)から差し込んでいる。
 畳の上で何やら、座り込んでいて、書いている人が多い。どうやら、ゲーム、クイズの答えをここで考えているようだ?。
 よって、武道を行っている人は誰もいない。
 内部はガランとしていて、寒風が入って来る。戸は開け放たれたままなので。
 「寒稽古」にはちょうどよいかな(笑)。

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 ↓ 道場の中心の入口。
   師範は恐らく、ここから出入りして、上座につき、指導をするのであろう。
   生徒は、明治村の徒歩の道路に近い、いわば下座に近い玄関から出入りするのだ。


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 着物姿で歩いて来た女生徒??が。他にも、着物を来た人が歩いていた。着物といよりは、実用的な道着を着ている。袴をはいている。建物の更に先にある、弓道場で練習をしている人なのであろう。


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 弓道場もあるそうだが、細長い建物の更に先なので、行かなかった。時間も無くなって来たので、正門に向けて次の建物に移動をした。

明治村 見学 二重橋飾電燈、鉄道局新橋工場と明治天皇・昭憲皇太后御料車

 2015年12月6日。 (明治村 見学2)

  博物館「明治村」。見学時間も無くなってきた。急ぎ足で、正門の方向へ戻る。
  正門の近くにある「旧三重県庁舎」まで戻って来た。正門前から、坂を下ったところにある建物だ。
  先程は見なかったが、道路を挟んで反対に鉄道局新橋工場があり、内部に明治天皇が行幸の際に乗車していた御用鉄道車両「御料車」が展示されている。

  ↓ 正門方向へ戻る園内バス。写真には、写っていないが、右に「旧三重県庁舎」がある。
 


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 鉄道局新橋工場の近くには、二重橋飾電燈がポツンと設置させている。
 御料車の車庫があるので、皇室関連の施設を集めているのだろう。
 かつて、皇居(当時は、「宮城」という言葉だったと思う。)の二重橋にあった電燈であった。



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 鉄道局新橋工場の建物は別の場所で「機関館」として使用されていた。同じ建物だと思う。こちらは、客車が線路の上に保存、展示されている。
 左が「6号御料車」。一番最後に製造された明治天皇のお召列車の客車。

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 車両の周囲をぐるりと歩いて見学する。
 ↓ 6号御料車の説明。細長い造りであるが、まさに移動する「御所」。内部にはトイレも付いている。
 外からはよく見えない、内部の様子の写真も掲示があった。

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 窓は開いていないので、ガラスごしに内部を見る。ソファが見える。

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 ↓ 豪華なカーテンと内部のソファが見える。室内装飾も豪華絢爛だ。
 調度品も豪華である。窓が大きい。警備の関係上、窓は小さいのかなと思ったが、存外に大きい。このソファに座り乗車しながら、明治天皇は、車窓の景色、民の生活の様子をご覧になったのだろうか。

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車両の後部。
車体の僧職も金ふちで豪華な外観。

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博物館明治村 鉄道寮新橋工場 見学

 2015年12月6日 博物館明治村 鉄道寮新橋工場 見学

  博物館「明治村」にやってきた。

 重要文化財の「旧宇治山田郵便局」を見学をした後、正門の方向に向けて、歩く。谷になっていいるので、一旦下る。   
 板壁の長い建物がある。「機械館」と看板がある。建物は大きいが、古びた感じだ。「鉄道寮新橋工場」
 鉄道工場だけあり、車両が入るので長い。内部に入る。やはり、天井が高い。
 
 かつての産業機械が展示されている。紡績機械がトーンと設置されている。絹糸を造る工場、製糸工場で使用されていたもの。以前、「富岡製糸場」に行ったきと、機械そのものの撮影をなぜかしなかったので、ここでは遠慮なく撮影。


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 ↓ リング精紡機。一見すると、何でもない、紡績機械であるが「重要文化財」に指定されている。
   機械館の建物ではなく、かつての機械が指定されている。
  「精密紡績機械」の省略で「精紡機」と呼ばれているのだろうか。

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 別の場所にあった。「いのくち式渦巻ポンプ」。
 「機械遺産」の記念プレートが設置されている。
 オイラの顔が反射しといる・・・・。

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 ↓ ポンプの本体。「い」は文字が出ないので、「い」と当て字で書きます。
  発明者の名前からたったもの。「当時、東京帝国大学教授の井口」氏が発明したと説明がある。

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 「揚水ポンプ」であるので、田んぼへの水の供給などに使用したのであろうか。湿地帯の排水、土地の造成などにも使用されたのかも。

 「機械館」のガランとしていて、見学に入って来る人も少なかった。よって、館内の空気が冷たく寒かった。
 建物自体は、木造の板がむき出しで、工場として使用されいたためか、実用的で簡素な造り。

 写真の奥の右側、旧宇治山田郵便局。手前左が「鉄道寮新橋工場」。 ↓

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「速水御舟の全貌 -日本画の破壊と創造-」 鑑賞1 山種美術館

 2016年11月27日 「速水御舟の全貌 -日本画の破壊と創造-」

 前回の訪問は、お盆も過ぎたある暑い、炎暑の日のことでした。 あれから、一年数か月、再び山種美術館にやってきた。この日は、冬を思わせるような寒い曇天の日。 「速水御舟」展の観賞です。
 まずは、再び恵比寿駅から美術館までの道のりを歩く。前回の真夏の訪問と比べると、寒い日の方が歩きやすい。体が温まる(笑)。アノ夏の日は、気温32度くらいであった。今から思えば、よく歩いたものだなぁ~(笑)。
 
 前回の私(にとっての鑑賞)のメインは御舟作の重要文化財指定「炎舞」であった。しかし、前回の展覧会は「青頓」がメインであり、御舟の作品はメインではなかった。ポスターには「『炎舞』二年ぶりの公開とコピーが入っていて、写真も掲載されていたが・・・・。今回は、御舟作の重要文化財指定は「炎舞」ともうひとつの指定作品「名樹散椿」も展示される。正真正銘の「御舟展」の開催である(笑)。

 

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 山種美術館の入館料は、1200円。実はこの日、お金をあまり持ってこなかったのだ・・・・。お札が無い・・・・。帰りの電車賃は、ICカードがあるので大丈夫だが。希望的観測で入館料「1000円」だったかな?と思い込んでいた・・・・(苦笑)。
 入館料を支払うとお財布の中にお札は無くなった、しかし、小銭はまだある。ここを見て、真っ先に帰ることにするとしよう(笑)。

 館内に入ると、人が多い。一階ロビーにある「映像コーナー」のイスは満席。カフェも人がいっぱいだ。混んでいるな~、ロビーで突っ立っていると(笑)、次々に入口から人が入ってくる。
 私のすぐあとからも親子らしい女性二人連れが入ってきた。私が入館する直前、歩道に車でやってきて、美術館の前の歩道に車から降りて来た人がいた。どうやら、彼女たちだったようだ。ここまで送ってもらったようだ。お二人は、チケットを示して、さっさと地下の展示室に降りていった。

 私はカウンターでチケットを購入して、展示室へ階段を降りる。ここには、地下の展示室しか無い。室内は、混雑している。自動ドアを入って、左手の廊下を進み、小さい「第二会場」の展示室から見る。
 「炎舞」が以前見たときと同じ場所、狭い部屋の正面に展示してある。作品の前は人だかりである。作品を前に「すごいねー」などと鑑賞者は話をしている。
 室内は暑い。熱気がすごいのだ。とな時部屋の他の展示作品の前も混雑している。
 御舟の絶筆の作品「月の絵」も展示がある。銀を「銀箔」のように薄く延ばして、貼り付けをしたような感じの月だ。未完となっているそうだ

 「速水御舟の全貌」展、すごい人気です。前は灼熱の真夏だったから、すいていたのかな。今回は、季節のよい秋の展覧会なので、混雑しているのかな??。もっとも、先に書いたようにこの日は冬のように寒かったが。

 もう一個未完成の作品の展示があった。



「日本近代洋画への道」山岡コレクションを中心に 中村屋サロン美術館 鑑賞

 2016年11月の寒い日。
 新宿の中村屋サロン美術館に再びやって来た。
 高橋由一から藤島武二まで「日本近代洋画への道」山岡コレクションと副題が長い(笑)。

 2014年10月にオープンしたこの「美術館」。訪問するのは、三回目だ。
 開館の翌年の2月に「開館記念特別展」を見学した。次の訪問は、その約一年半後で「中村不折の魅力」を今年の7月に鑑賞した。そして、11月、四か月ぶりの訪問となった。

 ↓ 三階にある美術館入口の様子。この日は、寒いし、平日とあってか、入館者は少なく、すいていた。
 

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 会期は12月11日まで。約三か月の会期があるが、またまた会期末に近い訪問となった。
 美術館の入口は中村屋ビルの3階。エレベータで上がります。エレベータを降りると、例のブライダル旅行サロンのお出迎えの方は・・・・、この日は平日とあってか、いませんでした(ホッ)。
 店頭には「ウエディングドレス」が飾っていない・・・・・。美術館に来る人は、ほぼ皆、このブライダル旅行サロンの前を通るのだが、ややこしいのでお出迎えをやめてしまったのか?。この日、訪問したときは、あまり「ブライダル」は打ち出しをしていなかったような・・・・。
 


 ↓ エレベータ前から、外の通りを見る。少し前には、雪が降ったのだが、この日はやや雨。
  さすがに雪が降る寒さではなかった。

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 美術館の入口、カウンターにはいつものように女性が座っていて、私に気づいて、立ち上がる。私は「1人」と声を出す。300円を支払うと、チケットをくれる。 
 私の他に観覧者は、60歳~70歳くいらの女性が二人いたくらいだ・・・。その女性のうちの一人は奥の展示室から戻ってきて、再び奥の部屋に戻って作品をじっくり見ていた。 

 最初の展示から順番に鑑賞していく。受付(つまり、売店、チケット販売のレジのあるところ)台のそばの壁には、あの高橋由一の作品の展示があった。
 あの有名な「鮭」の絵である。が、よく見るとあの教科書に必ずといっとよい程に掲載されている「鮭」とは違う・・・・。長方形の板に描かれている。「上から吊るされたアラマキ鮭」そのものの描写は、重要文化財指定、東京藝術大学所蔵の「鮭」と酷似している。同じ作者なので当たり前といえば、そうなのだが(苦笑)。
 説明を読んで更に作品に顔を近づけて見る。「背景の板」は、描いた(つまりペインティングした)ものではなく、素材の板材の木目がそのまま「背景」になっているのだ。こりゃすごいです。
 

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 壁の説明文を読むと、今回は山岡孫吉氏のコレクションからの出品。山岡氏は、ヤンマーディーゼルの創業者とのこと。コレクションの所蔵は、茨城県笠間市にある美術館のようだ。今回の作品のほとんどは、同館からの出品。なぜ、茨城県なのか説明は詳しく書いていなかった。山岡氏自身は、滋賀県、現在の長浜市高月の出身。あの「いのくち式ポンプ」とも関係があるそうだ。故郷ではなく、茨城の美術館にコレクションが所蔵されていることになる。


 鹿子木孟郎の「奉天入城」もある。 日露戦争で奉天(当時)に入場した満州軍の大山総司令官、児玉総参謀長らの馬上の姿やと列する兵士達を描いた有名な、歴史資料集にも掲載のある絵だ。この人の作品だったのだ。今回、展示された経緯は会場の作品の前には書いていないので、不明だ。図録には書いてあるのかも知れないが。コレクションの一部なのだろうか。


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特別展「忍性菩薩」金沢文庫 見学3 と称名寺 境内散策

 2016年11月26日 神奈川県立金沢文庫。  
 生誕800年記念特別展「忍性菩薩-関東興律750年-」を見学する。
 (以下「金沢」と現代字体で表記する。)

  ↓ トンネルを抜けて隣接する称名寺の境内。
 

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 金沢文庫の建物の二階の通路を通って、南翼(南側)の部屋は、図書室であり、展示室ではなかった・・・。最初は、展示室と思っていたので、早く見ないと、閉館時刻になってしまう・・・と心配したが、「杞憂」であった。
 つまりは、北翼の一階と二階に展示室がある。一階は基本的に常設展示で、広くない。広さは、二階の半分より少し広いくらい。一階が「ほぼ常設展示」。二階が「企画展示室」のようだ。

 二階の通路は吹き抜けになっていて、一階のエントランスを見下ろすことが出来るようになっている。
 通路にはベンチもあり、休憩することができる。他の博物館などの展覧会バンフレットがラックに置いてある。奈良国立博物館で開催予定の「快慶」の特別展のチラシも置いてあった。(「運慶」では無かったです。たぶん。)
  
 通路にも、展示品がある。いわき市の「長福寺」に関する資料。展示によると同寺の「地蔵菩薩像」の胎内から鎌倉時代?の書状が出てきたそうだ。きっかけは、東日本大震災に伴う、修復だったそう。書状は、老婦人が書いたものらしい。
 その他江戸時代の同寺に関する文書の展示があった。展示資料の中には「寺領43石」などの文字が見えた。
 いわき市周辺には「真言律宗」の寺院が集まっているそうだ。

 文庫の建物から出る前にも再度、特別展の展示室に戻り、一通り文書の展示品などを見る。室内には、年配の小柄な 人しか他に展示室にいない。4時半が近づき、館の人が閉館の準備にやってきた。
 展示室を出て、通路に出る。二階の通路から階段を下りて一階のエントランス、受付前のロビーに戻った。

 ↓ 二階の電気がついている部分が展示室外の南翼と北翼を結ぶ通路。

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 エントランスから、入って来た入口とは反対の岩山方向には、トンネルがあるのがガラスごしに見える。金沢文庫と称名寺をつなぐ、有名なトンネルである。
 広いガラスの自動ドアから外に出た。先ほど、入館した入口は手押しの小さいドアなので大違いだ。
 外に出て、トンネルを見る。日没時刻となり、暗くなってきた・・・・。

 文庫の建物の前に「中世の隧道」の跡があった。フェンスで閉鎖され、通ることは出来ない。
 昔の鎌倉の切り通しのトンネルと同じ要領で掘削されたのだろう。


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 中世の隧道は閉鎖されているが、現代では立派なトンネルが開通している。トンネルの天井には、電灯もついていて、明るい。さて、トンネルをくぐり、お寺へ向かう。
 
 ↓ トンネルを出ると視界か゜開けた。広々とした称名寺の境内だ。雪降ったのは、数日前のこと。かなり、落葉している。境内、池のほとりにあるイチョウの木は、黄色に葉が染まっていて、美しい。


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 広い境内を散策をしている人がちらほら。市民の憩いの場となっているようだ。
 太鼓橋の拡大 ↓渡っている人がいる。
 池の水面に橋の姿が反射している。まるで、人間の口のようだ。その昔、金沢氏健在のときも、同じように水面に橋の姿が映っていたのだろう。
 (もちろん、橋は何回もかけ替えがされていると思うが。)


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 ↓ 境内と金沢文庫をトンネルの様子。金沢実時の胸像があった。

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 現代のトンネルを抜けると、金沢文庫の建物の正面の入口に出る。実は、こちらが「正面入口」であった。よって、金沢文庫の正面玄関は、東向きのトンネル方向、岩場に面してあり、陽当たりは悪いかな・・・・・。
 トンネルごしに、文庫の建物が見える。トンネルの入口には「忍性菩薩」の特別展の告知看板が設置されている。
 ↓ トンネル内の電灯に照らされる金沢文庫の建物。

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 橋の正面までやって来た。橋が中の島を経由して、二本かかっている。
 お堂を正面に、池が東西にある。お堂(説明によると「金堂」)は南面を向いている。典型的な「阿弥陀思想」に基づく寺院の伽藍配置ではないかと思った。

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 庭園の説明。「浄土庭園」だ。極楽浄土になぞらえて、造営された、平安時代末期から鎌倉時代にかけての庭園様式ではないか。

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 お寺の背後の丘と緑は「称名寺市民の森」。森と丘は、鎌倉時代から称名寺の背後にあって、現代まで残っているのであろう。

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 あの世の極楽を表現した「極楽浄土」の庭園であるが、平安時代の有名な浄土庭園の「平等院」や京都府南部の「浄瑠璃寺」の庭園とは異なる。東向きではないのだ。ここ称名寺は、「南向き」の庭園だ。特に浄瑠璃寺は、東の太陽が昇る方向をお堂お安置する仏像が向いている。太陽の沈む西に背を向けている。 
 時代が下がるにされて、南向きの庭園とお堂が造作されるようになったのだ。 典型例としては、福島県のいわき市に残る有名な国宝建築「白水阿弥陀堂」とその庭園であろう。(行ったことが無いのだが・・・・・。)
 白水阿弥陀堂は、南向きのお堂と庭園があり、ここ称名寺と酷似している筈だ。
 先の、いわき市の長福寺と白水阿弥陀堂は、何か関係があるように思えるが、私が見た限りでは、展示には、「白水阿弥陀堂」に言及は無かった。

 ↓ 橋の正面から。現在はまっすぐ、一直線上に金堂があるのではない。
 (昔はどうだっかも、知らないのであるが・・・。)

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 ↓ 南には、立派な門がある。見上げるくらいの大きな門。「仁王門」。
  正面から見る。「仁王像」が両側にある。まるで、東大寺の仁王門のようだ。

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 仁王門の横には、寺の門柵がある。一応、16時30分ど閉門とある。が、柵の傍らに、小道があり、門が機能していない。事実上、境内には時間無しで入れる??。
 境内を出て、門前の参道を、南に歩く。昔は南に海というか、金沢の潟が広がっていて、海岸に向けて通じている道だったのだろう。
 境内では、中年カップルもいた。そのカップルは、寺の門の脇を歩いて、振り返って門を眺めている私の方向にやってくる。私と同じ道を帰るようだ。

 参道の両側は、一般の住宅地になっていて、遊んでいる子供、車を掃除している父親もいる。参道に面して、搭頭というか、子院もある。ひとつは、仁王門の近く、門柵のそばにあり、墓地を管理している。一般寺院になっているようだ。海側(シーパラの方向)にも、もう一軒、子院がある。子院の門構えが立派だ。
 参道をお寺を背に、南に歩く。と、自動車の通る道路に出るところにも門がある。車の道は、門を避けて、細い道が通っている。その横には料理店がある。割烹、料亭のようだ。ここから、八景島近くの広い道路もすぐ近くなのだが。付近の道は狭い。

 歩いて、コインパーキングの方向に戻る。買い物袋を持って、京浜急行の駅の方向から歩いて来る人がちらほら。 主婦らしき人が多いかな。ここには、生活があるのだ。帰って、夕食をつくるのであろう。
 称名寺を少し離れると、そこは、ごく普通の首都圏のある都市近郊の住宅地だ・・・・。かつての中世の面影は微塵も無い・・・・・。
 若い人が買い物をして家に帰る姿も。ピニール袋を下げて歩いている・・・・。
付近の住所は「寺前」である。最寄の駅は、「金沢文庫」であるが、お寺の前なので「寺前」だ。



↓ 行きにも通った金沢文庫近くの交差点。道路は狭い。
  写真左が文庫への道。まっすぐ進むと称名寺の参道に南端にある門の前に至る。

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生誕800年記念特別展「忍性菩薩-関東興律750年-」 見学2 神奈川県立金沢文庫

 2016年11月26日 神奈川県立金沢文庫。生誕800年記念特別展「忍性菩薩-関東興律750年-」 の見学。
 (以下「金沢」と現代字体で表記する。)

 一階の展示室を順番に見ていく。壁面に展示している金沢北条氏の肖像画の写真をしばし見入る。
 展示では「金沢」氏は、「かねさわ」とヨミガナをふっている。対して「金沢文庫」は「かなざわぶんこ」と読む。地名や駅の名前、横浜市の区の名前のヨミも「かなざわ」であることは、言うまでもない。
 元々は北条氏の分家でここ「金沢」に居館を構えた一族は「かなさわ」氏なのですね(笑)。
 国宝肖像画の写真を見ると、最後の当主、貞将は、若い武者姿だ。父の貞顕は、中年以上の年齢。 ということは、貞将の死後に描かれた?。作成の時期は、忘れてしまった・・・・。当主になったり、出家した後に、代々、その都度描かれて、所蔵されたものではなく、ある時に四人分一度に描いたような印象を受けた。
 若くして(といっても、展示の年表によると満で31歳くらいだが)戦死しているので、貞将の姿は若い。金沢氏最後の事実上の当主は貞顕だったのかな。

 大きな仏像の複製品がドーンと二階の吹き抜けまで届くかのように鎮座している。称名寺の本尊の仏像だ。平成17年には天皇・皇后両陛下がここ金沢文庫を見学され、この複製の仏像前で、説明をお聞きになっているご様子の写真の展示があった。
 壁面には、金沢文庫で保管されている称名寺蔵の「文選集注」の複製品というか、その写真と解説があった。現在の中国でもこの現物は残っていにないそう。昔、日本にもたらされ、金沢氏滅亡後も称名寺に保管されてていたことにより、現在は日本にのみあるのだそう。

 二階から、展示品の説明をしていると思われる声が聞こえてくる。解説の時間になったようだ。男性の声が聞こえてくる。
 二階への階段の傍らにガラスケースがある。「称名寺聖教」の一部の展示がある。このガラスケースで順番に少しずつ展示しているそうだ。「伝法灌頂秘印」などの古文書が三種くらい展示されていた。

 私とほぼ同時に入室した男女は、上に行ってしまったし、あとからゃって来た子供がいる家族連れの一団も一階の展示はざっと流すように見ただけで、二階への階段を昇って行ってしまった。
 私も二階への階段を昇る。
 と、広い長方形の展示室があった。階段の昇り口に近いガラスケースには、仏像などが鎮座して、展示してある。説明は、更に奥のガラスケースの前で行われている。説明を聞こうと、手前の仏像などの展示は、あとで見ることにして、説明員のいるとこに移動する。10名くらいの人が説明を聞いている。
 

 国宝指定の「金沢実時像」は、ガラスケースの左端に展示してあった。その他の関連資料と一緒に展示されているため、最初は見落とししていた。
 この企画展でのこの国宝の展示は一週間のみ。指定では四人の金沢北条氏の当主の肖像画が一件の国宝として指定されている。平安時代から鎌倉時代にかけての「似絵」の一種と思うが、神護寺の「頼朝像」と比べると小さい。軸装されているが、絵画そのものはほぼ、長方形でタテ1メートルも無いくらい。僧形の地味な色彩の北条実時の肖像画である。足元をみると、あぐらをかいているような感じで足は見えない感じ。これは、神護寺の「頼朝像」とも似ているボーズであるが、僧形なのでちょっと違うかな・・・・。


 外に出た後に撮影。↓ 正面入口と一階ロビーの様子。
 私は、写真奥の通用口のようなドアから入館した。

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↓ 正面側、称名寺からのトンネルを抜けたところにある告知看板。


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※ あとで知ったが、展示室の説明は土日、休日の午後2時と3時に開催されているそうだ。
私が聴いたのは、午後3時の説明の途中からであった。


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生誕800年記念特別展「忍性菩薩-関東興律750年-」 見学1 神奈川県立金沢文庫

 2016年11月26日 
 金沢文庫にやって来た。生誕800年記念特別展「忍性菩薩-関東興律750年-」の見学のためである。
 (以下「金沢」と現代字体で表記する。)

 今年の夏に「忍性」にかんする特別展は奈良国立博物館で開催された。春に「信貴山縁起絵巻」の特別展に行ったときに開催を知った。遠い所での開催なので、奈良まで行くことは出来なかった。
 ところが、秋になって、今度は横浜市金沢区にある金沢文庫で特別展が開催されることを知った。ウェブサイトで展示内容を見ると、奈良での特別展とは別の展示企画のようだ。
 国宝指定の「金沢(北条)実時像」が一週間の期間限定で展示されるので、この国宝展示期間にあわせて、金沢文庫を訪れることにした。

 車で金沢文庫の近くまでやって来た。なぜなら、東海道線沿線からは電車で来ることが乗り換えの関係で結構大変だからだ。みれは、半永久的に解決しない、神奈川県民のテーマ??です(笑)。
 で、車でやって来たはよいが、金沢文庫には、駐車場が無い。来るまでも道路はノロノロで渋滞する。私が子供の頃に比べると、道路拡張が進んだので、昔ほどは渋滞しいなかも知れないが。神奈川県については、現在も人口が増え続けているので、渋滞が(昔と比較して)激しくなっているのかは、分からない・・・・。
 
 ともかく、道路沿いのコインパーキングに駐車した。金沢文庫の駅への道にも近いところだ。住宅地の中を文庫に歩く。道は狭い。直線道路では無いので、うねうね道なりに歩く。 近隣の住民であろう、歩いている人も多い。もう少し、東に行くと、八景島沿いの広い道路に出るのだが、以前、八景島シーパラダイスに行くときに通ったことがある。
 住宅地の中の道の十字路のそばの電柱に「金沢文庫はこちら」という看板がある。看板に従い、更に緑のこんねもりしとた丘陵に向けて歩く。金沢文庫はあの緑の木々の麓にあるのであろう。沿道には、一般の一戸建てで州宅、単身用のアパートなどが並んでいる。晩秋の午後のこと。洗濯物を干している家もあり、生活感が満載だ。が、かつて、この付近は鎌倉幕府の有力な一族、金沢北条氏の屋敷があったのだ。
 歴史は遥か彼方に、現在では大都市近郊のどこにでもある日本のベッドタウンである。
 突き当りに、目指す金沢文庫の建物が見えた。「ああ、あれだ。」とすぐに分かる。私の前後らも歩いて、文庫に向かう人がいる。
 文庫の敷地の近くには、小さい公園があり、親子が遊んでいる。どこにでもある、土曜日の午後の風景。ウチの子は、まはや私と遊んでくれません(涙)。道は、金沢文庫の建物を「L」字に曲がり更に続いているが、もう少し進むと、丘の緑地の崖地で行き止まりであろう。
 随分と立派な建物である。初訪問である。しかし、写真では見たことがある。歴史資料集などには写真の掲載があるので。「神奈川の歴史」のようなタイトルの副読本も学校で配布されていたと思うし。
 昔の写真で見たときは、本当に「文庫」という感じの鉄筋コンクリではあるが、唐破風屋根の小さい建物であった。建て替えをしたのであろうか。

 ↓ 入口付近。「金沢文庫」の張り紙しか無い・・・・。
  「あっ、カフェがある。」。前面にカフェを持ってくるとは、斬新なデザインだな。が、入口のドアが小さいのには、驚いた。「あれっ、通用口のような感じだな。ここは「文庫」で、(目的は)あくまでも資料保管であるから、入口は小さいのかな?」と思った。


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 実際のところ、あとでこちら(私が最初に入館した入口)は、正面ではなく通用口であることが分かったのだが(笑)、後述する。

 文庫の建物と、歩いて来た道の方向を振り返る。写真右の手前には、公園があった。

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  入館すると、エントランスは広い。受付カウンターまで距離がある。「ローカウンター」で高さが低い。カウンター内には女性が2人いる。チケットを購入する。700円。カウンター近くのパンフレットなどを少し見て、展示室に入る。展示室でチケットはちぎらない。購入後、そのまま、展示室に入る。
 展示室に入って、正面の最初のガラスケースには、三重県のお寺所蔵の重要文化財指定「忍性像」の展示がある。忍性の人となりが判る肖像画である。その他、導入としての展示品があった。
 特別展に関する展示は最初のガラスケースまで。次いで、北条一族の領地の変遷などのバネルが別の壁に掲示してある。こちらは、常設展示のようだ。
 バネルを見ると、年を追うごとに北条氏が守護となっている国が増えている・・・・。北条一族の系図も展示されている。しかも、名前の横には、その人の花押も記載されている。ここ金沢文庫の創設者である「北条実時」に始まる金沢北条氏の系図も、もちろんある。国宝に指定されている歴代金沢氏の歴代当主四名の肖像画の写真も展示してある。
 次のコーナーの広い壁面には、鎌倉幕府、鎌倉、北条氏、金沢北条氏などについて解説した大きなカラー年表の展示がある。
 映像テレビも設置されている。年表の上にテレビが設置され、視聴することが出来る。プログムは、金沢文庫について、金沢北条氏について、などなど複数のテーマがあり、ボタンを押して(映像を)選択できるようになっていた。 しばらく、映像を見る。
 展示室内は、すいている。私以外に数名いるのみだ。

↓ 企画展のポスター。

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