良月(りょうげつ)の たび日記

神奈川県 湘南地区在住。折口良月(おりぐち りょうげつ)の神奈川、東京、静岡、山梨、長野など関東近郊地域への行楽、外出。美術館、博物館めぐり。その他国内旅行などお出かけの記録。

2017年10月

 

特別展覧会「国宝」 第Ⅱ期 鑑賞1 京都国立博物館

 2017年10月28日 特別展覧会「国宝」 第Ⅱ期 鑑賞1 京都国立博物館

  特別展覧会「国宝」を見学のため再び京都国立博物館にやって来た。20日ぶりである。前回の訪問から3週間も経過していない(笑)。今回は「第二期」を見学、鑑賞する。 
 元々は、第二期は来れないかな、と思っていたが、皆さんご周知の通り大徳寺龍光院の「曜変天目茶碗」が展示されるというので、やって来た。
 開催の約1か月前、9月上旬時点で特別展覧会「国宝」のウェブサイトに掲載されている展示品リスト(PDFのデータ)には大徳寺龍光院の「曜変天目茶碗」は記載されていなかった。(私が見たところ。)その後、更新された展示作品リストにはなんと「龍光院 曜変天目茶碗」が掲載されていた。私が今年4月の時点、大阪で聞いていた予言は本当だったのだ。
 前回、第Ⅰ期の見学は三連休の最終日だった。見学後、車で京都東インターから名神道で帰ったのだが、博物館近くの駐車場からインターまで30分かかったし、名神道に入るときから渋滞・・・。更に、その先「いつもの如く」お約束(笑)の亀山JCT手前から~四日市付近までの大渋滞。懲りた・・・。
 今回は新幹線での日帰りであった。新横浜から京都までは「のぞみ」で、たったの2時間。速いなあ、新幹線は。この日は土曜日。20時までの夜間開館を利用して見学する。台風が接近しているというので雨が降ったりやんだりの天気だった。台風接近のピークは翌日の日曜日らしいので、一日前の訪問で助かった。もしかしたら、翌日の日曜日の午後か夕方以降は、新幹線が止まることもあるかと思ったし。日曜日の閉館時刻は18時であるし。
 
 ↓ 冷たい雨の降る博物館入口。館外の発券なので、一旦傘をとじて買う。大人一人1500円。自動券売機で購入した。再び傘をさしてゲートに並ぶぼうとするも、折り畳み傘しか持っていなかったので、カバンにしまいこんでしまっていた。「もういいや。」と思い雨にうたれたまま列に並ぶ。


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 半券をちぎってもらって、入場した後は、再び屋外を100メートル??は歩く必要がある・・・・。雨脚が強くなってきた。ノーアンブレラ(笑、つまり傘無しっとこと・・・。)で歩くのは「耐えられない」と思ったときに、入口ゲートと本館との連絡用の傘があった。拝借して本館の入口まで行く。

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 本館に入る。 館内には龍光院の「曜変天目茶碗 展示中」や「曜変天目茶碗 こちら」と看板が出ていた。第Ⅱ期の目玉展示なのですね。
 最前列で鑑賞するための行列が1階に出来ていた。広い吹き抜けになっている長方形の「仏像」展示室の壁沿いに行列はあった。係員が「最後尾」というプラカードを持って案内をしている。曜変天目茶碗は1階、一番奥の展示室に展示されていることが判った。「こりゃ、30分以上待つかな??。」と感じたので、とにかく後列で鑑賞しようと奥の展示室に歩いた。「偵察」も兼ねているが(笑)。
 展示室の真ん中にガラスケースがあり、曜変天目茶碗が展示されている。「小さい。」が感想。側面は黒くて光っていないため余計に地味で小さな茶碗にしか見えない。行列に並んで進んだひとのみがじっくり、鑑賞できるのだ。かがんで最前列で見ている人の様子はうらやましいな~。並んだ者だけが得られる権利?だから。
 後列にも人だかりが出来ている。見学者は年配の男性が多いと思いきや、若い人も含め女性が多い。茶道を嗜むのは現在では女性の方が多いことも理由のひとつかな。
 後列から背伸びをしてなるべく茶碗の底の方を見る。内側の側面、湾曲の部分はキラキラと光っている。見る方向によって、光る具合が違う。反対に外側は、黒くて光る模様はない。地味だ。女性の見学者が多いためか、後からでもお椀の内側が十分に見える。 
 1階の別の展示室を見る。
 
 「3階の展示室は、混雑しているので2階からご覧くださーい」と係員が案内しているので、2階の展示室から見ていく。
 「六道と地獄」の展示室は、新たな展示があった。ガラスケースの前は、並んでいる。後ろから背伸びして見る。
  「餓鬼草子」東京国立博物館蔵。岡山の河本家に伝来した巻物だそう。
 隣に「餓鬼草子」京都国立博物館蔵 岡山の領主 池田家の菩提寺、曹源寺に伝わったものと説明がある。
 隣の展示作品と河本家は
 街で暮らす人々を描いたような巻物。が、道端に怖い餓鬼が出現している様子。
 別のときに見た書籍では、「排便しているところに」餓鬼がやってきて食べている、と説明があったが、展示作品の前ではそこまで詳しい説明は無かった。
 当時の 飢餓や疫病の流行、身近な死など人々の不安を表現しているのでしょう。当時は、科学的な理由は知る由もなかったでしょうし。ただ、神仏に祈ることしかできなかったのでしょうか?。
  「餓鬼草子」が東京と京都の所蔵、二種類ある。元々は蓮華王院宝蔵庫のもので、分割、分断されて所蔵されたのであろう。
 行列の中でお母さんが小学生くらいの息子に「生きている間にワルイことをすると、死んだあとに地獄に落ちるよって、その地獄を描いた昔の絵だよ・・・・。」と解説している。
 中世絵画の部屋へ。
 近世絵画の部屋へ。等伯の絵は入れ替わり、久蔵の作とされる 「桜図」の展示がある。

 ↓ 館外に設置されていた 特別展覧会「国宝」の看板の拡大。長谷川等伯、その子久蔵筆「桜図壁貼付」
 
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↓ 館外に設置されていた 特別展覧会「国宝」の看板の拡大。長谷川等伯、その子久蔵筆「桜図壁貼付」
  桜の幹の部分と花。
 
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長野県阿南町 「お米20kg」 ふるさと寄附金 お礼の品

 平成29年 実りの秋、続々と秋の便りが届いています。 
 長野県阿南町から 「お米20kg」 ふるさと寄附金 お礼の品
 
 ふるさと寄附金のお礼の品として10月も終わりに近づきました。長野県南部にある阿南町からお米20kgが届きました。今年初めて寄附をした自治体です。
 阿南町はふるさと寄附金(納税)で一躍有名になった自治体です。お米の場合、寄附金1万円につき20kgと高還元率を恐らく最初に実施したからです。
 テレビ、マスコミでもしばしば紹介されていたので、長野県阿南町への寄附金で「お米」の受付は早くに終了していた。マスコミの取材や全国各地の自治体からも視察が殺到したことであろう。2年くらい前だったか、私が確認したところお礼の品物で「お米」は6月上旬の時点で、その年度の受付は終了していた。
 しかし、今年は6月上旬の時点で受付をしていた。今年で「高い還元率」のお礼の品については、終了する可能性があったので、今年で最初で最後かなと思い、阿南町の「お米」について寄付金の申し込みをした次第。

 ↓ お米の入っていたダンボールと袋。お礼状が入っている。
  
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 お礼状には「山間部の当町では、過疎化、高齢化が進み、高齢者が主体の農業経営は多くの問題と課題が山積みしております。・・・・」と地域の置かれた実情が伝わってくる。
  5年前の秋に、阿南町の近くに行ったことがある。
 長野県南部は、静岡県西部や愛知県東部に隣接地域だ。
 かつて、阿南町を含む南信濃の地域は満蒙開拓団を多く輩出した地域でもある。あの敗戦の混乱では多くの犠牲者が発生した。戦前期、私の曾祖父の一人は満鉄に勤務していたし、別の傍系親族は敗戦の混乱の下、満州で命を落とした人もいると聞く。
 南信濃には満蒙開拓に関する資料館もあると聞く。今度こそは阿南町も含めて訪れてみたいものだ。

 

プロ野球「横浜ベイスターズ対広島カープ」観戦記5(最終・試合終了後) in横浜スタジアム 

 プロ野球「横浜ベイスターズ対広島カープ」観戦記5(最終・試合終了後) in横浜スタジアム 2017年8月

 ※ この夏、久しぶりにプロ野球の観戦に行ったのだが、観戦したのは「横浜ベイスターズ対広島カープ」 in横浜スタジアムだった。2017年、この夏の記事もまだ全然書いていないのだけど、先にプロ野球観戦記を投稿する。

 試合が終了した。時刻は夜9時を過ぎていた。

 結末は・・・・、ベイスターズがサヨナラ勝ちをした。延長戦かな、と思ったがカープは負けたのだ。一応、最後の打席はヒットとして記録されたが、ほとんどカープの野手のエラーによるヒットだった・・・・・。「なんでアレ、捕れないの!?」と思った。

 劇的な??、ベイスターズの勝ちで幕切れ。お立ち台がセッティングされる。スタッフが急いでグラウンド上に ボードを転がして来る。台も転がして来る。テキパキとセッティングをした。
 サヨナラヒットを打った選手がヒーローインタヴューのため、お立ち台に上がる。「ヒーローインターヴュー」なのにボテボテの安打だったこともあるのか「ヒーロー」の選手の受け答えも何だか歯切れが悪かったな・・・・・・・。
  
 ↓ ヒーローインタヴュー
 お立ち台の両脇をチアガールがビシッとキメる。

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 横浜のラミレス監督もインタヴューを受ける。通訳の人が横に立って、受け答えをした。
 1塁側のベンチは全く見えないので、様子が分からない。反対に3塁側のカープのベンチの様子は試合中、よく見える。しかし、顔までは誰か判別できないので、広島の緒方監督も分からなかった。

 ↓ 試合後のプレゼントなどのパフォーマンス。
  3塁側のカープ応援席は、早くも引き揚げてガラガラになっていた。

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 席を立って、球場の外に出る。関内駅へ向かうのだが、途中1塁側のスタンド下を通る。出てくる選手をファンが待ち構えている。
 負けたカープのチームの選手が次々に出てくる。ユニホーム姿のままだ。負けた場合はすぐに球場を去るようだ。既にかなりの選手が出てきて、迎えのバスに乗り込んでいるようだ。選手は大柄だな。バスの運転手が荷物を受け取り、トランクに入れている。


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 カープのユニホームを来たファンが出口の上のところで待ち構えている。選手の名前を呼んでいるが、負けたカープの選手は答えない。無言のまま、バスに乗り込んでいる。

 ↓ 選手の名前が入ったカープのユニホームを来たファン。
  アライ、キクチなど。決してファン個人の苗字ではない(笑)。

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  全員そろったらしく、バスが出発した。カープの選手は、宿舎に帰っていってのだ。私達は駅まで歩いて電車に乗って帰った。

 (おしまい。)


プロ野球「横浜ベイスターズ対広島カープ」観戦記4 in横浜スタジアム 

 プロ野球「横浜ベイスターズ対広島カープ」観戦記4 in横浜スタジアム 2017年8月

 ※  プロ野球 セ・リーグのプレーオフ(クライマックス・シリーズ)、「広島カープ対横浜ベイスターズ」 in広島 マツダスタジアムは、既に周知のように横浜ベイスターズが怒涛の4連勝で勝利しセ・リーグを制覇した。
 この夏、久しぶりにプロ野球の観戦に行ったのだが、観戦したのは「横浜ベイスターズ対広島カープ」 in横浜スタジアムだった。2017年、この夏の記事もまだ全然書いていないのだけど、先にプロ野球観戦記を投稿する。
 今季(2017年レギュラーシーズン)は、広島カープが優勝したのであるが「広島(カープ)は横浜(ベイスターズ)はに弱い。負け越ししている。」と言われていた。
 だから、プレーオフでは「横浜が勝のでは?。」という予測も多分にあった。私は広島有利と思っていたのだが・・・・。実は私が観戦した(レギュラーシーズンの)試合は、このたびのプレーオフの劇的な幕切れを予測したような、試合内容と結末であった。
 つまり、横浜が意外な勝ち方で勝利したってことです。

 観戦したのは2017年8月の平日のこと。
 座席は1塁側(ただし外野に近い席)、つまりホーム側の「ベイサイド」。3塁のビジターチーム側は「スターサイド」。
 横浜ベイスターズの先発は左投手。最近プロ野球にはうといので、横浜の選手はあまり知らないのだ。
 試合展開は広島が先制。横浜の先発投手は、いい投球なのだが、打たれて先制点を浴びた。

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 さて、横浜ベイスターズの4番打者は筒香。筒香は、ベイスターズの中でも別格の選手らしく登場する際は「テーマ曲」が球場に流れる。横浜ベイスターズ側の観客は皆、立ちあがって、「つ・つ・ごーう」とメガホンを前に、手を前に出して、声援を送る。「つつごう」の「ごう」と「Go」 とひっかけて応援している。筒香は今年の春のWBCで活躍し一躍、一般の野球をあまり知らない人に対しても有名になった。
 横浜も点を入れたが、広島は更に得点した。「何点差かついたけど、まだ先発投手は交代しないのかな。」と思ったが、5回くらいでようやく降板した。マウンドを走って去っていく投手は悔しそうだったが、潔くマウンドを降りていった。
 
  ↓ 3塁側、広島カープの応援スタンドの拡大。赤い色なので、迫力がある。

 この日、一般のチケット購入は売り切れだった。(当日券の有無は知らないが)
 しかし、スタンド内の座席はかなり空席がある。年間シートで来場していない人も相当数いると思うが、大量買いして、実際には来ていないような空席も目立った。
 この場合、入場者に数えるのかな。昔は「3万人」とか適当な数字で観客を発表していたが、現在では実数で発表されている。新聞のスポーツ欄を見ると横浜スタジアムは満席の場合の発表数は28500人くらいではないか。

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 青いコスチュームのチアガール(私は独自に「ハマガール」と名付けたが)達だ。ガール達は、ダンスで「チアアップ」。3塁側では踊らなかったと思う。ホームチームの特権かな。
 昔はこのような、合間のイベントはあったかな?。随分とプロ野球の試合の様子も変わったようだ。「試合」というよりも「ショータイム」という感じかな。
 

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 イニングの交代の途中でテープ?やゴムボールなどの景品?を投げ込むサービスもある。大砲のようなものでボカンと発種したり。青いコスチューム、ミニスカのチアガールたちだ。ガールがボールを投げ込むことがある。女性の投球なので、あまり飛距離は出ない。前方に座っている人が有利だ。

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 車の上からボーンと大砲で、ゴムボール?を打ち込みしてくれる。5回の表と裏の合間だったかな。
 前の方向の少年野球枠の席の少年たちが落ちた所に集まってボールの取り合いをしている。
 やがて、バイバイとお姉さんたちは手を振って退場して行った。車に乗って、車は煙をはきながら・・・・。

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 7回に風船を飛ばすようだ。付近の座席の人は皆用意している。すると風船をもらった。隣の席の人から。私はお礼を言った。 「子供が主役だから」と、隣の2人組の男性のうち、年齢の若いおにいさんが答えた。ありがとうございました。のちほどお礼に安いのであるが、お菓子をあげた。他にお礼をするものがなくて、手持ちの未開封のお菓子しかなかった。申し訳ありません。

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 9回になるとコーヒー、お茶の販売の子以外のビールガールは全くいなくなった。9回からお酒を売っても、試合の終わりに近いから販売は止めるのだ。急にスタンドに「華」が無くなった(笑)。私の席の付近は、1人のみになり「お茶、コーヒー」の札をもってニコニコ 愛想をふりまきながら歩いている。しかし、9回ともなると買っている人はいないように見えた。

 ただし、9回の時点で試合は拮抗していたので延長戦の可能性もあった。だから、お酒も状況を見て販売してもよかった筈(笑)。時刻は夜9時を過ぎた。

 結末は・・・・、というと延長戦にはならなかった。ボテボテの内野ゴロが外野に抜けて、ランナーがホームに生還し、ベイスターズがサヨナラ勝ちをした。ヒットとして記録されたが、ほとんど広島の野手のエラーだった・・・・・。「なんでアレ、捕球できないの!?」と私ですら思った。
 「うーん、広島のこの守備はまずいんじゃね?。」と感じた・・・・。カープの打線は勢いがあったし、ピッチャーの投球もよい。投手陣も安定している印象を受けたが。この結末、チョット(チームに)穴があるなあ~と(あとからは何とでも言えるけど。)。

 劇的な!!??、ベイスターズの勝ちで、周囲の座席の人は総立ちだ!!。近くの人とハイタッチ。ウチの子(自称: カープ女子)も立ちあがってハイタッチ。ウチの子にとっては「裏切りの」ハイタッチだった(苦笑)。
 例の風船をくれた人とそのツレの太ったおじさんとハイタッチ。「おとうさんも。」とおじさんが言って私も「ウェーイ」とハイタッチ

  お立ち台では、ヒットを打った打者がヒーローインタヴューが始まった。
 



プロ野球「横浜ベイスターズ対広島カープ」観戦記3(ビール購入続き) in横浜スタジアム

 プロ野球「横浜ベイスターズ対広島カープ」観戦記3(ビール購入続き) in横浜スタジアム 2017年8月

 ※  プロ野球 セ・リーグのプレーオフ(クライマックス・シリーズ)、決着がつきましたね。「広島カープ対横浜ベイスターズ」 in広島 マツダスタジアム。横浜ベイスターズが怒涛の4連勝で勝利し、セ・リーグ制覇。19年ぶりに日本シリーズが横浜スタジアムで開催されることになった。凄いですね。
 この夏、久しぶりにプロ野球の観戦に行ったのだが、観戦したのは「横浜ベイスターズ対広島カープ」 in横浜スタジアムだった。2017年、この夏の記事もまだ全然書いていないのだけど、先にプロ野球観戦記を投稿する。

 観戦したのは2017年8月の平日のこと。
 私の座席は1塁側(ただし外野に近い席)、つまりホーム側の「ベイサイド」。売店を見るため、スタンド下の通路に出た。と、スタンド下で行列している。「何だ、何だ??」と見ると「ヨコハマ ビール」の販売スタンドがある。「ヨコハマエールは5回終了時まで同じ値段(700円)で1.5倍。」と告知している。「ヨコハマ エール」を買うための行列であった。私も最後尾に並ぶ。しばらく並ぶ。じりじり進む。順番が来て2杯頼む。うち1杯はラガーを頼むと『ラガーは1.5倍にならいない。』と言われたので、エールを2杯にする(セコイ)。
 別の売店で「崎陽軒のシウマイ」のみ買って座席に戻った。おつまみ、スナックなど軽食を売るお店は試合途中でも行列であった。よって、シウマイ(シューマイではないのがポイント。)のみ買って座席に戻る。

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 ↓ 2杯同時に買った「ヨコハマ エール」を飲む。1.5倍(笑)。
   もう1杯は、しばらく置いておく。私はキンキンに冷えたビールを好む訳ではないので、温くなっても全くOK。
 ビールは薬用、滋養強壮飲料と思っているので、ぬるいくらいちょうどで良いくらいだ(笑)。

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 ↓ 5回終了後だったかな?。ハマチア(私が勝手に命名したチアリーディングチームの仮称)のパフォーマンス。
   ヨコハマエールは5回終了時まで1.5倍増量

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 試合もたけなわになって来たぞ。でも、ビールとおつまみのことばかりで試合展開がアタマに入っていない(苦笑)。

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 観戦スタンドには柵があって、自分の座席のあるゾーン以外には行くことが出来ない。この柵は私が子供のときに観戦した当時からあった。通路からスタンドの入口には係員が立っていて、チケットをチェックして、指定のチケットを持っていないと入ることが出来ない仕組み。
 実は同じ日に、仕事関係の知り合いの方も来ると聞いたので、試合の途中であいさつに行こうかと思ったが、入ることは出来ないので諦めた。私の座席からは、バックネット裏に座っている観客一人一人の顔までは識別できないので、どこに座っているのかも確かめることは出来なかった。
 その方(Aさん)はバックネット裏の年間シートで観戦しているそうだ。Aさんによるとビールの値段は通常700円であるが「半額デー」があるそうだ。「半額で売っても利益が出るなら、一体原価はいくらなんだ!?」と言っておられた(笑)。
 




 

プロ野球「横浜ベイスターズ対広島カープ」観戦記2(ビール購入) in横浜スタジアム

 プロ野球「横浜ベイスターズ対広島カープ」観戦記2(ビール購入) in横浜スタジアム 2017年8月

 ※  プロ野球 セ・リーグのプレーオフ(クライマックス・シリーズ)、決着がつきましたね。「広島カープ対横浜ベイスターズ」 in広島 マツダスタジアム。横浜ベイスターズが怒涛の4連勝で勝利し、セ・リーグ制覇。19年ぶりに日本シリーズが横浜スタジアムで開催されることになった。凄いですね。
 この夏、久しぶりにプロ野球の観戦に行ったのだが、観戦したのは「横浜ベイスターズ対広島カープ」 in横浜スタジアムだった。2017年、この夏の記事もまだ全然書いていないのだけど、先にプロ野球観戦記を投稿する。

 観戦したのは2017年8月の平日のこと。
 座席は1塁側(ただし外野に近い席)、つまりホーム側の「ベイサイド」。3塁のビジターチーム側は「スターサイド」。
 ウチの子は自称カープ女子なのでカープの応援グッズは持って行った。銀座にある広島県のアンテナショップ「TAU」などで買っていたのだ。つまり「赤いグッズ」だ。ベイスターズのブルーのグッズは持っていない・・・。今回はベイスターズ側の席なので多分「赤いグッズ」は着用、取り出しての応援不可能だろうが、一応ウチの子は、荷物を入れるリュックに入れて持参した。
 実際に指定された席に座ってみて分かったのだが、周囲はすべて、ベイスターズ青いユニホームと青のグッズで「青一色」。とてもカープの「赤グッズ」を取り出す状況ではない・・・・・。私は(ゴルフ用の)赤い帽子をかぶっていったのだが、カープとは全く関係の無い単なる「赤い帽子」ですら着用が憚れるシチュエーション(苦笑)。
 
 さて、周囲の座席では途中から遅れて観戦にやってくる人も結構いる。私達の席からふたつ空けて、通路からみて内側の席は会社員、仕事帰りらしき20歳台後半くらいの女の子2人組が、私達のあとからやってきて座ってきた。座席前の通路は狭いので、一旦立って通路に出て、内側の席に座る人を通してあげないといけない。
 彼女たちは最初から青いユニホームを着用している。何回も観戦に来ているリピーターファンのようだ。

 座席に座って、試合の状況を把握して落ち着くと、私は「今度はビールだ。」と意気込む(笑)。真夏の屋外の球場だ。蒸し暑い。熱気と暑さで「むっ」とする。ドーム球場ではないので、すり鉢状の底の座席のためか風が無い。本当に蒸し暑いよ
 ビールガール達がたくさんいる。本当にコスチュームを着て、ビールタンクを背負って、スタンド内を回って、歩いて売っているぞ!。さあ、買うぞと意気込む!(笑)。
 ビールガール達は、応援歌のリズムにあわせて、手をたたいたり、観客に手をふりながら、スタンドを行き来している。テレビでも紹介していた通り、顔の横、耳の付け根の辺りには「造花」をつけている。かわいらしい。「おお、本当にテレビの通りだ。花をつけているぞ。」と私はちょっと感動(笑)。が、テレビで言っているほど耳の付け根の花は目立たない。ビールガールの全員が花をつけている訳ではないようだ。彼女たちは名札をつけていない。名前が知られてしまうからね。「販売員証 12345」のように番号の札をつけている。

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 早速、ビールをビールガールから買う。700円。手を挙げて女の子を呼び止める。ビールガールを呼び止めるタイミングが難しいぞ。アサヒにしようか、キリンにしようか、サントリーにしようか、迷ったが、黄色いコスチュームのキリンの一番搾りにした。うーん、難しい選択だ。あとサッポロビールのビールガールも回っている。

 ↓ 1杯目のビール。

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 大手ビールメーカー4社の販売員が展開さているようだ。ガール達が着用しているコスチュームが各社とも違う。黄色はキリンとサントリー。会社、販売する銘柄の色のコスチュームかな。アサヒビールの販売商品は「スーパードライ」だと思う。銘柄のカラーは「シルバー」と思うが、アサヒのビールガールのコスチュームはシルバーでは無かったと思う。赤いコスチュームだったかな。赤黒い、エンジ色はサッポロだったかな。販売銘柄は黒ラベルか(ちょっとお値段が高い)エビスだったか忘れた。
 リキュール類の販売のガールもいる。ソフトドリンク(販売)の子もいる。しかし、「ビールガール」に比べると「リキュールガール」「ソフトドリンクガール」の子の数は少ない。

 人数としては、黄色いコスチュームの子が多い。反対側の広島(カープ)応援席のスタンドも黄色い(衣装の)女の子が階段を行き来しているのが見える。
 黄色い衣装(コスチュームのこと。以下同じ。)を来た人たちがスタンドの階段を上下して行き来して動いている様は、まるでお花畑でみつばちが活動しているようだ。アニメのみつばちハッチのようだ。小柄で、華奢ながらタンクを背負っている姿は逞しい。女の子なので(男と比較すると)比較的小柄なので、余計にハッチに見える。(読む人によっては適切でないと感じるかも知れない。意図的な表現ではないことを付記しておく。)
 外野席は、内野スタンドと比べて、ビールガールの姿は少ない。外野席は応援に忙しいから、あまり買わないのかな?。

 ビールを片手に反対側、3塁のカープ応援席を見る。↓
 特に下段の赤い人の群れが、浮き上がって立体的に見える。応援の様子は迫力がある。

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 と、ホロ酔いが突如覚まされた・・・・。なんと、座席を1列間違えて前に座っていたのだ。途中から来たおにいちゃん達に指摘されて気付いた。プラカップに入っているビール席を持って席を立ち、一列後ろに下がった。おにいちゃんは、「おいおい、間違えんなよ~。」という感じで半ばあきれていた(苦笑)。

 ビールガールの人数は、球場全体では何人くらいだろうか?。1塁側内野席で100人~150人。ホームのバックスタンドで50人~70人、外野席で20人くらいかな。(試合の経過よりも気にしているなあ・・・・。)反対の、3塁側広島カープの応援席にも同じくらいの人数が配置されていると思う。1塁側と3塁側を合わせて球場全体だと300人はいるのではないか?。

  ↓ 満員の カープ側外野応援席。

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 ↓ 1塁側 ベイスターズ応援席。皆、青い衣装なので、黄色い衣装のビールガールがとても目立つ。
   (写真では、判別しにくいが。)

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 1杯目を飲み、さて食べ物を追加で買うかな、と座席を立ち、スタンドを出て、外(スタンド下の通路)に買い物に行く。一応、ビールなどアルコール類売り場の売店をチェック。値段を確認する(セコイ・・・・。)。大手ビールメーカーのビールも売っているので、ここで買ってもよい。値段は700円で同じ。
 と、通路に面したエレベータのドアが開いた。黄色いコスチュームの女の子達がどっと降りてきた。一旦、ビールの補給や休憩をしたガール達が再度スタンバイして出陣するのだ。 
 彼女たちは、エレベータを降りると、通路の左右に三々五々と散っていく。いざ~、戦いの場へ!。観戦スタンドは彼女たちにとって戦場なのだ。 
 スタンドの裏手、階段下の方向のバックヤードへ降りて行くビールガールもいる。会社によっては階下にスタンバイ場所があるようだ?。
 通路は暑い。半分屋外なので冷房は無い。風が通らない。熱気がこもっている。ガールは、汗をかきながら、重いタンクを背負い、歩いて行ききしている。大変だ。

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プロ野球「横浜ベイスターズ対広島カープ」観戦記1 in横浜スタジアム 

 プロ野球「横浜ベイスターズ対広島カープ」観戦記1 in横浜スタジアム 2017年8月

 ※ 夏が過ぎ、お彼岸も過ぎ、はや10月。温暖化のためか最近の10月は暑さを感じることも多い。日没時刻は日に日に早くなっているのであるが、外での行動は夏の気持ちのままということが結構ありがち。「秋の夜長」をむしろ感じやすくなっている今日この頃ではないか?、と思うのはオレだけかな?。
 プロ野球のセ・リーグのプレーオフ(クライマックスシリーズ)、たけなわですね~。「広島カープ対横浜ベイスターズ」戦。
 実はこの夏、久しぶりにプロ野球の観戦に行ったのだが観戦したのは「横浜ベイスターズ対広島カープ」。
 場所は横浜スタジアムだった。(ホームチームを先に記載。)10月のプレーオフの会場は広島であるが、同じカードを観戦したので、2017年、この夏の記事をまだ全然書いていないのだけど、先にプロ野球の観戦記を投稿しよう。
 昨日(10/23)は横浜ベイスターズが勝利したし、盛り返してきているからね。急きょの投稿だ(笑)。
 実をいうと、今季シーズン、ベイスターズはカープに勝ち越ししているんですよね。この秋のある酒の席での会話「広島(カープ)は、巨人に勝ち越しているおかけでレギュラー・シーズンを優勝しただけ。飛び抜けて強かったのではない。」と豪語している人もいましたよ(笑)。昨日の勝利でベイスターズが日本シリーズに進出する可能性はグンと高まった(これはひょっとすると・・・・・!?。)。


 観戦したのは2017年8月の平日のこと。夏休み中なので子供を連れて観戦に行った。

 私は子供の頃、野球をやっていたので(軟式だけど)、何回か横浜スタジアムにプロ野球観戦に行ったことがある。当時は、大洋ホエールズ!。当時の名選手達、今でも名前をあげることが出来るぞ
 オールスターゲームも観に行ったこともあるぞ!。当時、オールスターゲームは3回試合をしていた筈。セリーグか、パリーグのどちらかが2勝して、勝ち越す試合回数になっていた。「今年のオールスターゲームは、〇リーグ優勝!!」ってね。いつの頃からか、試合数は2回になってしまったけど・・・・。近年はアメリカ・メジャーリーグのオールスターゲームも日本のニュースで報道するようになり、メジャーのオールスターゲームはたったの1試合だけの開催だと認知されるようになった。
 学生の頃は神宮球場にも行ったかな。当時はヤクルト・スワローズ全盛期だったしね。
  
 ↓ 久々に入場した横浜スタジアム。観客席の上空、宵の空に浮かぶ欠けた月。三日月にも満ちていない。
 

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 観戦の経緯であるが、チケットは無料で入手したのだった。だから観戦にやって来たのだけど(笑)。座席は1塁側(といっても外野に近い席だけど・・・。)、つまりホーム側。現在はホームのベイスターズ側は「ベイサイド」、3塁のビジターチーム側は「スターサイド」として座席を販売している。昔はそんな呼び方は無かったな~。時代は変わった(笑)。
 ウチの子は自称「カープ女子」。カープの応援グッズは持っている。つまり「赤いグッズ」だ。ベイスターズの青のグッズは持っていない・・・。今回はベイスターズ側の席なので多分「赤いグッズ」は着用、取り出しての応援不可能だろうと思われるが、一応ウチの子は、荷物を入れるリュックに入れて持参した。
 関内駅で電車を降り、横浜スタジアムまで歩く。球場の前、横浜公園内では飲み物や食べ物を販売している。場内で食べるためのタコヤキとヤキソバを購入。球場外の公園内にはパブリックビューイングもあった。球場内に入らなくても観戦できるようになっていた。
 1塁側スタンドの入口まで歩く。以前、といっても子供の頃来た記憶を頼りに、1塁側は「関内駅に近いところだったかな。海の方向がホームベースで中華街、首都高のランプに近い方がバックスクリーンだったかな。」と入場しようとした。しかし、駅に近い入口は、3塁のカープ側。赤いカープグッズを売る売店がスタジアム内のスタンド下にある。入場して買おうかなと思ったが、1塁側と3塁側は行き来できないそうだ。なんか、昔の記憶と違うな~、と思いつつ、(入場すべき)入口を探す・・・。2か所目に入ろうとしたゲートのところでも「違う」と言われ、駅から横浜公園内をずーっと歩いて、ほとんど駅から反対側、中区の区役所に近いところからやっと入ることを許された(苦笑)。
 私は、ホームベースとバックスクリーンの位置を勘違いしていた。全く逆に記憶していた。久しぶりに来たのでね・・・・。
 入場してスタンド内へ。果たして1塁のホーム(ベイスターズ)側座席は、は中華街側(に近いところ)だった
 
 ↓ ホームベースの方向を見る。本当に久しぶりだな~。
 球場内は変わっていないな~。と見回す。でも改装されているようだし、座席も床のコンクリートもきれいになったな。

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 既に試合は始まっていた。よって、試合開始前のセレモニーなどは見ていない。まだ両チームとも点が入っていない。0対0だ。
バックスクリーンの裏手に横浜市役所の建物が見えた。↓
つまり、関内駅側。うーん、確かに3塁側の席の方が駅に近いぞ。

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 ↓ 1塁側から3塁のカープ応援席ほ見る。真っ赤に染まっている。壮観だ。
 1塁側の外野のベイスターズの「青」よりも3塁側カープ応援席の「赤」の方が目立つ。赤は人の心を発奮、興奮させるな~。攻撃的になるぞ
 
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 ↓ カープの外野応援席。真っ赤だ。まるで「井伊の赤備え」のようだ。
 
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 ↓ 1塁側のベイスターズ側の外野応援席。赤に比べると目立たない感じがする。落ち着いて見える。
 
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 最近の球場も変わった。以前はスタンドの段々の床面コンクリートは汚れているし。ゴミは散らかっているし。酒くさいし。こぼれた飲食物は、コンクリート床に垂れているし、しかも階段なので流れているし、臭いニオイはするし・・・。「酒くさい・・・・」と書いたが、子供の当時、そのニオイが「酒」とは気づかなかった、思わなかったのだけどね。大人になってから知ったよ。酒のニオイは

 ホームベース、バックネット裏上段の座席の様子。 ↓
 ベイスターズのブルーで埋まっている。バックネット裏の座席は3塁カープ側まで喰いこんでブルーの服の観客で埋まっている。バックネット裏は年間シートもあるのでしょう。

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 チケットに書いてある座席に座る。(実はあとで、間違った席に座っていたことが発覚したのだが・・・・。)試合の状況を把握する。そして、スタンド内を見回す。「おお、いるよ、ビールガール達が。」本当にコスチュームを着て、ビールタンクを背負って、スタンド内を歩いて売っているぞ。
 最近は球場での「ビールガール」も話題になっている。テレビでも紹介されている。実はプロ野球の観戦に久々来た理由のひとつに「ビールガール」の存在もあります
 最近の球場は「おっさんの盛り場」ではなく、女性も楽しめる場所に様変わりしたかな。オレが子供の頃に来たときは、あんちゃんが「ビール、いかがっすか~?」と回っていたよ




平成29年 福井県坂井市 こしひかり10kg ふるさと寄附金のお礼の品

 平成29年 実りの秋、続々と秋の便りが届いています。 

 ふるさと寄附金のお礼の品として10月のとある日、福井県坂井市からお米が届きました。今年初めて寄附をした自治体です。

 福井県産のお米 コシヒカリ 「ひかり姫」です。箱には「パールライス」と書いてあるので農協のお米でしょう。還元率というか、量としては寄附金1万円につき10kg。還元率は平均だ。実は大きな声では言えないが15kgと誤認していたのだが・・・(苦笑)。申し込みの当初から「寄附1万円  お礼の品 米10kg」と書いてあった。
  
 今まで私は「町」や「村」に寄附をしていた。「市」には寄附したことが無かった。今回、坂井市に初めて寄附をしたのは、以前観光で宿泊したこともあるし、福井県でのふる里寄附金の返礼品は珍しいから。
 「珍しい」といっても福井県の自治体に「お礼の品」が全くない訳ではない。還元率は低いが、福井県下の自治体は積極的では無いと私は感じているのだ。以前から私は福井県は「ふるさと寄附金(ふるさと納税)不毛の地」「ふるさと寄附金(ふるさと納税)後進県」と呼んでいる
 恐らく、ふるさと納税の発案者ともいわれる有名知事氏の意向もあるのであろう。豊富な財源(具体的に今回は財源は明記しないが・・・・。)を持っていることも関係しているだろう。知事の意向に県下の首長は皆従って横並びしているように感じていた・・・・。
 反対に東京に福井のアンテナショップが青山と銀座の計2店舗あるので「アンテナショップ先進県」と以前から申しあげておりますよ。(笑)。

 当面、来年の夏手前までのお米は買わずに済みそうです。「先物買い」したのでね(苦笑)。昔は1人1俵、約60kgが年間に食べるコメの量と聞いていたが、それに比べると現在の私のコメの年間消費量は半分程度ではないか?。パン食、麺類食、外食もあるので1人60Kg消費には遠く及ばない。

 ↓ お米の入っていたダンボールと袋。
  

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  3年前の春先に、坂井市に行ったことがある。だから今回「市」にはね初めて寄附をした。
 「越前カニ」で有名な三国港があるし、休暇村三国に泊まったこともある。休暇村近くの水族館にも行った。重要文化財の丸岡城も坂井市。海、平野部、山間部のエリアをあわせた市域のある福井県随一の観光地がある市だ。
 

 

特別展覧会「国宝」 第Ⅰ期 鑑賞2 京都国立博物館

 2017年10月9日 特別展覧会「国宝」 第Ⅰ期 鑑賞1 京都国立博物館

 照明が暗い。展示リストを確認しようとしても暗いので、判読できない。展示室内の端では、スポットライトが天井から照らされている箇所があるので、ライトが照っている所に行って、確認する。特に考古の展示は、通期展示のところは飛ばして、展示期間の限られている展示品を優先して見る。


 3階の大混雑を抜け、2階に降りる。
 2014年の「平成知新館」リニューアルオープン時に神護寺所蔵「伝頼朝像」なとが展示された部屋だ。
 あのときは、「思ったよりも大きいな」という月並みな感想だった(笑)。
 今回は「仏画」ジャンルの展示である。
 最初は「釈迦金棺出現図」京都国立博物館所蔵 。お釈迦様が金の棺に入っている様子を描いた画像。
 次は「釈迦如来像」神護寺所蔵。先程まで拝観していた神護寺の所蔵。
 赤い衣を見にまとった、お釈迦様の姿だった。タテに長い仏画である。
 「普賢菩薩画像」東博所蔵 は、2014年日本国宝展で画像がウェブサイトに掲載されていた。しかも、サムネイル画像で国宝展イメージ画像として使用されていた。再びの展示である。時間も限られるので軽くスル~。
 
 「千手観音図」東京国立博物館所蔵 上半身裸?で半身を大きく描いているの手のいっぱいある仏像
 「山越阿弥陀図」 京都国立博物館所蔵 以前ここか2014年日本国宝展で見た?、禅林寺の阿弥陀図と違う。
 こちらは山の上に胴体から上に阿弥陀様がニョキっと出ている姿。

 次は、別の横並びの展示室に。「六道と地獄」
 「地獄草紙」 奈良国立博物館所蔵。 2014年日本国宝展で一部を見たので、混雑している列の後ろから眺める。灼熱の河で、人が悪魔?に喰われるなどの地獄の様子。本当に怖いなあ。
 この展示室内は混雑している。皆、地獄や三途の川、閻魔様などのあの世には興味があるのでしょうか?。
 そうだよな、人間いつか皆死ぬんだし。
 皆、ガラスの前に鈴なりになって見ている。地獄の様子を(笑)。

 次は、その横の展示室に。「中世絵画」
 「雪舟」の国宝指定全6点が展示されている。平成29年 京都国立博物館での 特別展覧会「国宝」の最初の目玉展示である。
  東京国立博物館所蔵の国宝指定作品は、特にお正月1月初旬~中旬にかけて展示されることがある。私も何回か見たことがあるので、スルー。
 「山水図 雪舟筆 以参周省・了庵桂悟賛」 初めて見た。文化庁のサイトによると個人所蔵の作品である。誰が所有しているのであろうか。賛文には「大明皇・・・」と達筆で書いてある。
 風景は、山水図で。東博所蔵の国宝と似ているといえるなあ、と思った。(個人の感想です。)

 「四季山水図巻」 毛利博物館所蔵
 今回の特別展パンフレットにも画像が掲載されている。半分のみの公開で、展示替えがされると書いている。巻物の長い作品だ。残念、全部鑑賞できない・・・・、が11月に毛利博物館に行く予定があるので、現地で見ることが出来ると期待している(笑)。ても、同じ場面の展示だったらいやだな・・・。
 現在展示されている場面は左側の、数隻の舟が湖に浮かんで、岸辺には家や人が表現されている場面。右側の山と谷の場面は展示されず巻かれている・・・。きっくりとした輪郭で描いている。大変力強い。あの「清明上河図」の舟の場面に酷似している。模写を当時から知られていて、雪舟も見たことがあるのではないかと感じた。
 この長い巻物は、じっくりと見た。
 
 次は、その横の展示室に。「近世絵画」 安土桃山時代~江戸時代の絵画。
 華やかな絵だ。
 国宝中の国宝「風神雷神図」も展示されているが、以前2回鑑賞したことがあるので割愛。横目に通過する。何とも贅沢だな~。
 智積院の 長谷川等伯筆「楓図」もある。「楓図」は智積院に行ったときは、公開している収蔵庫では展示がなかった。2014年日本国宝展の際に東京で鑑賞したことがある。ょって、割愛し横目に通過する。とっても贅沢だな~。
 

 ↓ 夕景の博物館

 

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特別展覧会「国宝」 第Ⅰ期 鑑賞1 京都国立博物館

 2017年10月9日 特別展覧会「国宝」 第Ⅰ期 鑑賞1 京都国立博物館

 京都にやって来た。入館は午後4時過ぎだったが、陽射しが強い。10月とは思えない。
 この日の最高気温は29度だった。実際は30度以上であったろう。

 前日は名古屋、その日の宿泊は大津市。名古屋・栄から大津市の宿まで車で2時間で着いた。近いなあ。
 京都市内を観光(旅行記は、かなり後日に記事を書く予定・・・・)して、午後最後の目的地として京都国立博物館にやって来た。
 
 春先の寒い時期に「京都国立博物館」のウェブサイトによると「春は友松」(海北友松の特別展)、「秋は国宝」とのロゴがあった。お約束通り「秋は国宝」にやってきたぞ(笑)。

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 待ち時間は無かった。券もすぐに購入できる。私は東博のパスポートで入館した。
 あと1個の特別展に入れるので、最後に残しておいた。

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 館内は混雑している。エレベータは待っている人がいたので、3階まで階段を昇る。「書跡」から展示が始まった。第Ⅰ期では展示期間の短い書跡が多数展示されている。
 展示の導入部であるのでガラスケースの前は人だかりであった・・・・。

 
 「考古」の展示は、3階の「書跡」の展示の隣にあった。多くのひとがガラスケースの中を見つめている。
 国宝 火焔土器。渋谷区にある国学院大学博物館で見た。
(※ 本来は旧字体で表記するのが正しいが、ここでは現在字体の漢字で表記することにする。) 

 特別展「火焔型土器の機能とデザイン」で新潟県の十日町市博物館所蔵 笹山遺跡出土 国宝 深鉢型土器(火焔型土器)が展示されていたのだった。

 ↓ 2017年2月に国学院大学博物館で撮影。「写真撮影OK」であった。  


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 ↓ 更に隣の展示室「考古」だったか、こちらの国宝の展示もあった。
 撮影禁止の筈なのに何故??。
 佐倉市の「歴博」で展示されていた複製品を撮影したもの。
 2014年、3年前の京都国立博物館平成知新館オープン時の「京(みやこ)へのいざない」でも展示されていた国宝との再会であった(笑)。


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愛知芸術文化センター展望室 展望と「長沢芦雪展」 鑑賞4(最終)

 2017年10月8日 愛知県美術館「長沢芦雪展」 鑑賞4(最終)と
             愛知芸術文化センター展望室展望台 眺望 夕景

 名古屋・栄にある愛知芸術文化センター内10階の高層フロアにある愛知県美術館の「長沢芦雪展」を鑑賞した。
 鑑賞していると17時30分、閉館の30分前になった。「閉館の30分前です。6時に閉館します。・・・時間までごゆっくりお楽しみください・・・。」と館内アナウンスが静寂な展示室内に流れた。16時20分頃に来たから、1時間あまり鑑賞していた。展示リストによると、展示数は80数点くらいだったので、あまり多くないかな、時間はかからないかなと思っていたが、今回の芦雪展は「展示替え」がほとんど無い。よって、展示リストほとんどすべてを鑑賞するので、存外時間がかかった。
 この日は、別の場所に宿泊するので、移動時間を考慮に入れて、結構駈け足で見たつもりだったが、見応えがあり、かなり時間がかかった。最後の展示室は、本当に急ぎ足で見ることになってしまった。

 芦雪の作品としては、展示の最後に「物凄い小さい絵」の展示があった。パネルに引っかけて展示してあるような・・・展示手法。「方寸五百羅漢図」。
 本当にこれは芦雪の作品なのかな?、と思った。音声ガイドの最後に解説があった。「遊びごころ」の絵らしい。
 五百羅漢とたくさんの人が・・・。「1寸」の大きさで、タテヨコそれぞれ3センチ余り・・・・。カラフルで、細密に人物が描かれている。「五百羅漢図」なので本当に500人もの人が描かれているそう。私が見るところ500人いるとはとても見えないが・・・。
 この作品2010年に再発見され、直近のMIHOミュージアムでの芦雪展でも展示された作品とのこと。

 ↓ 長沢芦雪展チラシの拡大。

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 芦雪は、この作品を描いた翌年、46歳で急死したそうだ。いわば絶筆になった作品。
 芦雪の個人の生活としては、直前に子供も失っているそうだ。当時は、飢饉の時代・・・・、命をつなぐことが困難な時代であった。現代とはくらべものにはならない、生きることに厳しい時代、生活環境であった。
 乳児が育つことの難しい時代、子を失うことが多い時代だったとはいえ、子を失う親の悲嘆、悲劇は今も昔も変わっていない。
 
 鑑賞は17時40分くらいまでかかった。特別展の愛知県美術館所蔵品の展示室も隣にあった。特別券とは別の半券が入場券についているので、入室時には必要になるらしい。しかし、ツレを待たせているので、退出することにした。
 展示室を出ると、撮影可能な黒いパネルが置いてあった。(写真は既出。)老年の男女二人連れが楽しそうにお互いをパネルで撮影をしている。
 と、入館時には気付かなかったが、10階のフロアは美術館のエリアの外に広いロビーがあり、大きな長いソファも置いてある。ツレとは「1階」で待ち合わせをしている。「なんだ10階で(待ち合わせ)もよかったな・・・。」と思ったから、ロビーの周囲はガラス張りになっていて、外の景色、名古屋のビル群が見えることに気付いた。

 ↓ 展望台のようになっているので、10階からワンフロア上に階段を駆け上る。
  展望台は11階にある。
 

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 展望台のガラス窓に近づいてみると、先程通ったテレビ塔や公園通りではなくて「久屋大通り」や名古屋駅近くの高層ビルが見える。日没直後の夕景である。10月に入り、日没時刻も随分と早くなった。神奈川と名古屋で比較すると日没時刻は15分-20分くらい違うのかな?。
 名古屋名物「テレビ塔」と写真の左奥は名古屋駅近くの高層ビル。新幹線の窓から見上げると駅近くのあのビルが物凄く高く感じるが、遠くの高いところから(つまりココ、展望台)見ると、あまり高く感じないのは何故でしょう!?。

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 栄の繁華街と「錦通り」。久屋大通りとの交差点付近が「栄」の中心地かな。名古屋の通りも随分と覚えた。
車で行くと名古屋駅にでるには「桜通り」をまっすぐ行く必要があり、「錦通り」では無い。しかし、名古屋の地下鉄で一番メジャーに路線の東山からの地下鉄(東山線)は「錦通り」の下を通っている。ちよっとややこしい。
 朝は、車で写真でいうと手前から右奥へ走行した。

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 拡大。濃尾平野を囲む、遠くの山地を撮影したつもりだったが、写っていない・・・。
 某デパートのネオンが拡大されるような感じになってしまった(笑)。

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 入館するときに傍らを通った、楕円形の場所。地下街の入口か公園に隣接したイベントスペースか。
 ↓ 楕円形のモニュメント。半地下構造でお店などテナントが入居しているように見えた。
  公園に浮いている船のようだ。公園自体、まだ造成されて間もないようだし、栄の再開発のモニュメントと講演なのかな、と思った。

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 ↓ 10階なのに庭園がある。
  10階の部分が中庭になっていて、庭に面しておしゃれな感じのレストランがあった。

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  ↓ 11階の展望台から見た、10階。
 入館するときに乗って来たエレベータがある。吹き抜けなって、オブジェがある。
 写真左奥のカウンターが愛知県美術館のチケット売り場。

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 おおー、10階から見た吹き抜け。7階から上が吹き抜けになっているのかな?。

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 「1階」で待ち合わせをしているので、急いでエレベータに乗った。これがクセものだった・・・・。
 しかし入館時に私がNHKのビルを横目に見ながら、ゆるやかな公園の丘を登って入った入口は実際には「2階」なのであったでござーる・・・・・。「1階」ではなかったのであーる・・・・。
 私は「1階」でエレベータを降りた。果たして「1階」にツレはいた・・・・。が先程入館してエレベータに乗ったフロアではないのだ。半地下のような構造で、出入りする人がほとんどいない、外には車寄席があるフロアだ。「あれ、おかしいな。」と感じた。

 待ち合わせしていたツレは、私の顔を見るなり言った。「ちげーだろ!!、どうせ勘違いしていると思ったよ!!。さっき入ったのは2階なんだよ!!。自分で1階と言っただろー!!、(あたしは)ちゃんと来たけどよー。1階はここで、さっきのは2階なんだよ!!。ちゃんとわかって言ってたのかよ!!??、ああー!?。オメーはよ!!!。」と罵声を浴びせられたのであった。

 ↓ 入館前に撮影。 楕円形の屋根の下。半地下のスペースがありイベントをしていた。
   芸術文化センターに向かって緩やかな斜面になっていて公園からだと「2階」から入館するのだ。
   分かりにくい。何なの?、ナゴヤの施設・・・・・・・納得いかない・・・・。何でやねん!?(と関西弁)。

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 ここの地下に栄のバスターミナルがあるそうだ。地下鉄の栄駅ともつながっているそう。愛知芸術文化センターにも地下通路から入れるそうだ。美術館に興味が無いツレは、この周辺をプラプラして地下にテナントで入っていた喫茶店で休んでいたそうだ
 
↓ 入館前に撮影。名古屋名物「テレビ塔」と秋晴れの空。
  地下へ降りる階段は、バスターミナルと地下鉄駅への入口なのですね。

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  さて、近くのコインPに移動し、出庫する。名古屋を去り、本日の宿泊地に移動することにした。「錦通り」を通行、南に曲がり、名古屋高速のランプへ。そのまま、東名阪、新名神と夕日を追うように西下した。
 反対車線、名古屋方面の上り線は渋滞であった。


「長沢芦雪展」 鑑賞3 愛知県美術館

 2017年10月8日 名古屋市 愛知県美術館 「長沢芦雪展」 鑑賞3

 愛知県美術館で開催中の「長沢芦雪展」を鑑賞した。

 第2章「大海を得た魚 : 南紀で腕を揮う。」
 解説によると天明6年(西暦1786年)10月頃、当時33歳の芦雪は師匠の応挙の作品を携えて、紀伊の国の南部に滞在した。約4か月間滞在し、臨済宗の無量寺、真言宗の高山寺な度に作品を描いた。
 南紀の旅行は、応挙が注文を受けた作品の納品のためだったそう。応挙も信頼できる弟子の芦雪に任せたそうだ。納品で訪れ、弟子が現地で作品を制作したということか。
 天明といえば、「天明の飢饉」が想い浮かぶ。食糧難の危機の時代に南紀から注文があったということは、生活に余裕がある豊かな地域ではなかったのではないか?。気候が温暖で果実などが実り、海産物が獲れたので南紀は豊かな地域だったのではないかな。
 京のみやこにも、飢饉の様子は伝わって来た筈。現在のように、車や特急列車で簡単に南紀に行くことが出来る現代とは全く違う。お店に行けば簡単に食材が手に入る現在とは隔世であったろう。
 重要な注文だからこそ、応挙は信頼できる弟子を南紀に派遣したのではないか。その結果、貴重な文化財が現代に伝わった。
 
 ↓ パンフレットの拡大。 
 無量寺の本堂、仏壇の間「室中の間」の向かって右の「龍図襖」、「虎」と対になっている。

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  本堂の仏壇は簡素だ。禅宗の仏壇はシンプルで本尊も小さい。臨済宗なので禅宗の本堂の様子をよくあらわしているのではないか?。
 重要文化財指定の「虎」と「龍」の襖絵がこの展覧会の展示のメインだ。しかし、この襖絵の裏側の部屋の襖絵の説明を聞くと興味深い。無量寺の襖絵として重要文化財に一括して指定されている。ちゃんと、裏面の虎と龍、それぞれ意味のある絵を描いている。室中の間の隣には、「薔薇に鶏・猫図襖」が描かれている。水面の中の魚を狙う、猫の絵。薔薇の花を描いているのも斬新的。「魚」は芦雪が落款のハンコにも使用しているし。
 説明によると「虎の襖絵」の裏面に「猫」の絵が描いてあるそうだ。表と裏を行ったり来たりしたが、確かに表裏になっている。ともにネコ科の動物を描いている。昔の人はちゃんとわかっていたのだ。芦雪をはじめ当時の人が実際に虎を見たことがあるのかは、私は知らない。
 

 第3章にも展示は続く。そして、第4章と展示が続いている。展示作品数は結構多いので鑑賞に時間がかかる。
 犬の絵も多い。犬の絵はユーモアに富んだ描写だ。若沖に似ている犬の描き方だ。
 若沖展では「百犬図」は見なかったが、若沖の百犬図に描かれている犬ととてもよく似ていると思う。
 それとも、犬の描写は芦雪自身の師匠の応挙の作風と似ているのかな。若沖と応挙は当時交流があったのかは、忘れた・・・。

 ↓ パンフレットの拡大

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 第5章の展示室。
  ↓ 大きな牛と象の屏風絵があった。 (パンフレットの拡大) 
   黒い牛は実にリアルに表現している。

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 若沖のコレクションで知られるジョー・アンド・エツコ プライスコレクションの所蔵。
 白い象は恐らく想像で描いたのだろう。若沖の作風と似ていると感じた。サントリー美術館で見た若沖の「象の屏風絵」に酷似している、とかんじるのは私だけかな。


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↑ パンフレットの下に写真の掲載があるが
 
 重要文化財指定「群猿図屏風」は、無量寺の重要文化財指定の襖絵と同じく「第2章」に展示があった。
山のピークの上にのっかった白い猿の表情が印象的。深山幽谷にたたずむ猿を表現しているのかな?。
左の屏風には、白い猿を振り返る数匹の猿の姿が描かれていた。

 第4章には重要美術品指定として「蓬莱山図」の展示があった。南紀に伝わる蓬莱山伝説に基づいて描いたのだろう。西暦でいうと1794年の作品なので南紀滞在よりも年数がたったとくのもの。彩色されていて、カラフルな松を描いて伝説上の蓬莱山を表現していた。





「長沢芦雪展」 鑑賞2 愛知県美術館

 2017年10月8日 名古屋市 愛知県美術館 「長沢芦雪展」 鑑賞2

 名古屋の繁華街、栄にある愛知芸術文化センター10階のフロアにある愛知県美術館。


 会場内に入ると結構見学者がいる。最初は大きな長方形の展示部屋で、室内には40-50人くらいはいるのではないか。学生くらいの若い人も多い。
 
 展示は、長沢芦雪の紹介から。展覧会では「長」と「芦」は現代字体で表記している。よって、この記事では展覧会の「公式表示」にならって現代漢字で表記する。本当は「澤」と「蘆」かな?。
 実は私も芦雪は「江戸時代中期~後期にかけて人物」という以外はあまり知らなかった。若沖と同じ時代を生きた人であった。若沖よりも30歳以上も年下なのに、若沖よりも1年ではあるが早く、40歳台で死亡している。いかに若沖が長生きしたかが分かる。
 2年前にサントリー美術館で「与謝蕪村と若沖は同じ年である」というテーマで展覧会があった。この展覧会でも当時の人間関係に注目していた。
 芦雪は応挙の弟子であったことを知った。だから、南紀に「応挙・芦雪記念館」が現在あるのだと(やっと)知ったのだった。

 ↓ 展示リストに居住地の解説地図があった。
   展示室内の解説と同じだったと記憶する。

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 「蕪村と若沖展」では「(蕪村と若沖の)二人を直接むすぴつける資料は残されていない。」と解説されていた。二人は知人ではあったと推測されるが、実際に交流があったことを示す資料は無いのだった。今展覧会の展示リストでは「蕪村と応挙は仲良しでした・・・。」と解説あるし・・・・。蕪村と若沖の関係は不明だが、「蕪村と応挙」は交流があった。「応挙の弟子が芦雪」である。ん~、複雑に交友関係が絡み合うので、「人物相関図」が必要だなぁ(笑)。

 第1章 氷中の魚 応挙門下に龍の片りんを現す
 最初の展示として「芦雪の肖像画」の展示があった。彩色画である。作者は「芦鳳」で弟子で芦雪の養子となった人の子と音声ガイドで説明がある。芦鳳は、生前の芦雪と会ったことはないそうだ。父から、その養父の風貌を聞きながら描いたのだろう。

 ↓ 「長沢芦雪展」ウェブサイトの画面の白黒印刷。 「関羽図」などの掲載がある。
  「関羽図」の展示があり、近くの展示としては、鶴を数羽(鶴は「羽」と数えるのか知らないが)描いた「群鶴図」やヘビを描いた「蛇図」、竹にカエルを描いた「若竹に蛙図」があった。いずれも墨で表現した作品だった(と記憶する)が、関羽図は薄い彩色があった。「降雪狗児図」も着色があるかわいい犬の絵だった。「関羽図」と逸翁美術館蔵の「降雪狗児図」は、初公開の作品という。直前に展示が決まったのか?、音声ガイドには解説が無い。初期の作品だそうだ。


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 順番に作品を見ていく。
 師の応挙の作品との比較展示があった。「牡丹孔雀図」、絹本着色の鮮やかな牡丹の花と孔雀の画。応挙にならいつつも、動物の孔雀を芦雪独自の視点でとらえている。応挙作品にはあの丁寧な筆跡で「応挙」と旧字体で署名している。春画にも同じ署名があるし、几帳面な応挙の性格を現している。
 更に着色の「牛図」や犬を描いた絵などが展示されている。
 芦雪の落款は「魚」と朱肉をつけて作品の左に押してある。自らを「氷の中の魚」と読んだので「魚」の落款印鑑を作成したのでしょう。

 次は第2章の展示室だ。
 南紀、和歌山 串本の無量寺の本堂の展示が再現されている。

 ↓ ポスターの一部抜粋。本尊に向かって、手前から左手に「虎」の襖絵がある。
 
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 芦雪といえば「虎」の絵なのだなと改めて思う。館外、会場内に掲示されている展覧会のポスターも「虎図」を前面に出しているし。

(参考画像)
 「1階」のエレベータ乗り場付近の柱にあった、芦雪展のポスター。ポスターは「虎」の画の写真ばかりである。「虎づくし」かな。
 

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 (実は私が1階と思って入ったフロアは、実は「2階」だった。だから上の写真は「愛知芸術文化センター2階」の柱に貼ってあったポスターというのが解説が正しい。)

↓ 10階の撮影可能場所にあったパネル。「虎図襖」の拡大。

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「長沢芦雪展」 鑑賞1 愛知県美術館

 2017年10月8日 名古屋市 愛知県美術館 「長沢芦雪展」 鑑賞1

 名古屋の繁華街は、栄である。地下鉄が交差する駅があり、テレビ塔で有名だ。私が一番最近で名古屋のテレビ塔を見たのは、数年前のことだった。それまで名古屋を新幹線で通過することは何回もあったが、名古屋で降りて、どこかに行くということは皆無であった。名古屋は産業都市だからね。子供の頃に観光に1回だけ新幹線で降りたことや、新幹線を乗り換えるのに名古屋駅のホームで待機したことがあったくらい。その唯一の観光ときに、名古屋のテレビ塔を見たかは、全く覚えていない・・・・。
 
 今回は車で来た。この日の朝、名古屋駅前の著名な喫茶店に行くため、車で栄を通過した。と、「愛知芸術文化センター」の前をたまたま通った。「ああ、ここの中に愛知県美術館があるのだな。」と理解した。内部は劇場のみと勘違いしてしまうそうだ・・・・。
 名古屋駅へ東西に伸びる通りは「錦通り」。まだ名古屋の通りを理解していないのだが、桜通りと混同してしまうがち。錦通りの南には「広小路」もあるので、位置関係を覚えないといけない。
 有名な100メートル道路は南北に伸びていて、テレビ塔のある公園があるのだが「久屋大通り」というらしい。読み方は「ひさや」というが、最初「くや」かな、とも思っていた。
 一番の繁華街はどこかというと、南北の久屋大通りと東西の錦通りが交差するところ、と理解している。地下鉄の栄駅があるのだが、その近くにあるのが愛知芸術文化センター。
 
 徳川園ショップ「葵」を見て、徳川美術館を鑑賞した後は、名古屋城に比較的近い、洋館などを見た。その後、ナゴヤメシで昼食は食べずに、全国チェーンのファミレスで食事(笑)。
 期間のある展覧会の記事を優先して書くため、洋館めぐりの記事は、後日投稿する。(ただし、いつになることやら・・・。)

 栄のコインパークに車を停め、テレビ塔を見上げながら、愛知県美術館へ歩く。先程見た愛知芸術文化センターの建物を目指す。
   
↓ 西側(大通りの公園側)から見た建物。こんもりした丘の上にある。というか、人工の庭園である。
 左の建物はNHKの入っているビルだ。立派な建物だ。
 写真には写っていないが、楕円形の屋根のある半地下のスペースではイベントを開催していた。人で賑わっている。
 

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 建物に近づくと、愛知芸術文化センターの前に「長沢芦雪展」のポスターがあった。
 愛知県美術館の場所はここであった。大きな看板表示が無いので、分かりにくい。
 
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 館内に入る。エレベータに乗る。館内はガラス張りの美しい建築。斬新なデザインだ。グーンとエレベータは上の階へ。10階で降りる。10階のフロアは広い。エントランスも広々としている。エレベータを降り、廊下を少し進むと正面にチケット売り場がある。購入して会場に入る。会場入口には、ポスターにもあった「虎の水墨画」の看板が設置されている。
 「1階」のエントランス付近では、人はちらほらだったが、いざ10階の会場内に入ると結構な数の見学者がいる。最初は大きな奥に長い展示部屋であったが室内にはざっと見たところ40-50人くらいはいるのではないか。学生くらいの若い人も多い。
 音声ガイドを借りて、鑑賞開始だ。今回の「長沢芦雪展」は名古屋での開催のみ。和歌山県 串本の無量寺「応挙・芦雪 記念館」所蔵の作品が展示される。
 ここ名古屋から串本までは車で5時間では着かないであろう・・・・。近年は、某有力政治家(幹事長経験者!?。)の影響なのかは分からないが、自動車専用道路が順次整備された。以前、伊勢から、那智勝浦まで車で3時間と少しだった。勝浦から串本までは更に距離があるし。
 南紀・串本に「応挙・芦雪」の作品が多数あり記念展示施設に所蔵されていることは、元々知っていた。(ガイドブックにも書いてあるし。)串本に一番最近で私が行ったのは、2011年の3月、あの震災の直後であった。元々、宿泊の予約は震災の前には行っていたのだ。ガソリンの確保が難しい中で出発したことを覚えている。
 日程の関係もあったので、串本と橋でつながっている大島の「エルトゥール号記念館」は見学したが、本土にある「応挙・芦雪記念館」は行かなかった。よって、今回は良い機会なので鑑賞するため愛知県美術館にやって来たのだった。
 
 
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 ↑ 既出。徳川美術館の入場券と「芦雪展」の入場券と「金のカステラ」。



徳川園ショップ「葵」 お買い物

 2017年10月8日、秋の三連休、名古屋市の徳川園と徳川美術館

 名古屋市東区にある徳川美術館にやってきた。
 今回は、妻を連れての訪問。何回も(このブログの記事で)書いているが、妻は美術館には、あまり興味が無い(苦笑)。よって、私が車を停めている間、妻は入場券を買う前に、ショップをしっかりと見ていた。それでもって私がやって来ると「庭園と共通券がいいの?。150円プラスで庭園にも入れるから得だよ。」と言う。まだ券を買っていないのだ・・・・あらかじめ言っておいたのに・・・・(苦笑)。私は「庭園は以前行ったことがあるから、今回は、行かない。今回は、美術館のみにする。」と言ってあったのに。本当に人の話を聞かない・・・・(苦笑)。

  気持ちの良い秋晴れの日、といってもまだ木々の緑は夏の装い。
  ショップの前から、徳川園の入口を振り返る。↓
 
 
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 徳川美術館よりも先に妻は、徳川園の傍らのショップを「鑑賞」した。美術館の中のミュージアムショップを先に見たのではない。もっとも徳川美術館内のミュージアムショップは、入場券を購入しないとみることは出来ない場所にあったと記憶する。.

 徳川園ショップ「葵」の入口。建物の隣、裏手が徳川園の庭園の入場口となっている。 ↓
 徳川美術館を鑑賞した後、再びショップに戻ってきて、その上でお買い物。

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 徳川園ショップ「葵」で購入した「金のカステラ」。妻がセレクトしたもの。本当にカステラに金箔がまぶしてあった。また「名古屋コーチン」の卵を使用しているそう。(多分、黄色い生地に使用しているのだと思うが。)
 「金」は名古屋城の「金のしゃちほこ」にかぶせているのかな?。
 1300円だった。
 
 
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 ↑ 一緒に写っているのは、徳川美術館の入場券と「芦雪展」の入場券。
 徳川美術館の入場券は、以前とデザインが変わっていないし、日付も入っていないので、ほっておくといつ行ったのか分からない「ただの半券」になってしまう。
 あとで、栄に移動して愛知県美術館の「長沢芦雪展」を鑑賞した。
 
 ↓ 敷地の外。西側の道路。つまり、入口の門近くの道路。
 秋の結婚式のシーズン。結婚式の参列者用の駐車場である。徳川園の中で披露宴を行っているようだ。
 下の写真の先の方向にあるコインパーキングに駐車した。

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 下側から、上の徳川園正門方向。道路を挟んで反対側には、住宅や専門学校があり、文教地区だ。
展示で見たが、かつては、この付近は 大曽根御殿の敷地の一部だった。明治以降、御殿の敷地は縮小して、農地や住宅地となり、現在は閑静な文教地区となっているのであろう。

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秋季特別展「天璋院篤姫と皇女和宮」 鑑賞3(最終) 徳川美術館

 2017年10月8日 秋季特別展「天璋院篤姫と皇女和宮」 鑑賞3(最終)  徳川美術館

 ※この記事とは別に、本日20時に徳川園のショップに関する記事を掲載します。

 名古屋市東区の徳川美術館。
 特別展の展示室。展示の途中で、パーテーションで区切られて、裏に行ける場所があった。かつての旧館の正面玄関であった。戦前の建築当時は、こちらが正面玄関だった。
 
 幕府瓦解に関する展示を続いて見ていく。
 
 江戸は無血開城され、その後徳川家が、駿河70万石に封じられたときの沙汰書の展示があった。田安家から養子に入った亀之助あらため家達に「駿河府中 七十万石・・・・」と墨書されていた。新政権の下、徳川は70万石の大名となった。家達は駿河に移り、その後明治に入ってから、上京している。再び駿河に入って、廃藩置県まで在職したようだ。
 展示は 「エピローグ 明治時代の徳川宗家-天璋院と十六代家達-」
  家達が明治2年、7歳?くらいのときの天璋院宛の書状の展示があった。まだ字を覚えたての子供の習字のような文字だ。子供の字ながら「・・・天璋院様・・・・」と丁寧なご機嫌伺いの手紙のようだ。現在の小学校1年生くらいかな。更に子供のときの家達の写真がある。 
 天璋院が書いた熱海箱根湯治日記の展示があった。このときに病気の和宮をお見舞いしていた。この後ほどなくして、和宮は若くして逝去している。

 明治16年の家達と近衛泰子の婚礼写真の掲示がある。家達は満でいうと21歳くらいかな。西洋式の礼服の恰幅のよい若い家達とおすべらかしに十二単?の着物姿の泰子の写真。「家達は欧州に留学し、帰国後、結婚した・・・」とある。天璋院も満足であったろう。養女となった近衛家の娘と結婚させることは悲願だったそうだ。のちに、二人の子の家正は、島津家の娘と結婚している。
 明治18年に天璋院死去。19年に描かれた「天璋院送葬之図」の展示があった。
 
 展示を一通り見て、退出した。出口までの廊下は結構長い。入口のエントランスまで戻ってきた。結構流して見たつもりだったが、1時間半くらいかかった。じっくり見ていれば2時間以上いたかも知れない。
 その後、退出して、外へ。
 
↓ 徳川美術館のエントランスにある、撮影可能な甲冑。
(ガラスに反射して、入口自動ドアが写り込んでいる。。。)
展示を見終えると写真左奥の通路(甲冑のガラスケースの左)から手前に出てきて、ミュージアムショップを見て退場することになる(笑)。

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↓ 自由撮影可だった、エントランスホールにあったパネル。

 
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秋季特別展「天璋院篤姫と皇女和宮」 鑑賞2 徳川美術館

 2017年10月8日 秋季特別展「天璋院篤姫と皇女和宮」 鑑賞2 徳川美術館

 名古屋市東区の徳川美術館。
 特別展の展示室へ入る。天璋院篤姫に関する展示のあとに皇女和宮に関する展示がある。

 パンフレットの拡大。天璋院と和宮の肖像写真が掲載されている。 ↓ 

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↑ 鼈甲あめのような飾りは、髪飾りの??かんざし、で実際の展示があった。
 和歌に添えて、将軍 家茂が妻和宮に直接贈ったものとのこと。

 展示の解説によると現在広く知られている皇女和宮親子内親王の写真は、本人の写真とは確定していないそうだ。おすべらかしに十二単の姿から和宮に間違いないとされているそうだ。写真は明治時代に入ってから撮影されといると思うし、うーん、たしかに明治10年に32歳の若さで没した和宮の姿にしては、年齢がやや上の感じがしていた。(あとからは、何とでも言えるのであるが・・・・。)
 別の高貴なご婦人を撮影した写真の可能性もあるようだが、没後の明治時代か大正時代から和宮様御写真として伝わったものであるという。
 よって展示品リストには「伝静寛院宮肖像写真」(額入り複製)とある。

 珍しい展示として、将軍 家茂に献上された当時のプロイセン国からの贈り物の展示があった。ドイツのコブレンツの街やライン川沿いの城などの風景を描いた磁器の透かし絵である。タイルの焼き絵のような感じである。
 鎖国の時代は終わっていたのですね。

 パンフレットの拡大。和宮の調度品などの写真が掲載されている部分。 ↓

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 和宮の江戸までの降嫁ルートのパネル展示があった。よく知られたように中山道経由だった。昔、テレビドラマで「和宮は替え玉で、別の娘が入れ替わった」というフィクションの小説を題材にしている番組を見たことがある。このときのお話を基にしているのですね。婚礼道具は、東海道経由だったと解説にあった。
 
 天璋院篤姫と皇女和宮の紹介の展示のあとは、江戸城の大奥の生活などについての展示。当時の天璋院の着物、雛飾りなどの展示があった。硯箱など日常使用していた道具や琴、孝明天皇が妹、和宮に下賜した人形の展示もある。
 書状の展示があった。和宮宛て、天璋院の書状下書もあったが、和宮に対するお礼を述べ気遣う内容であったと記憶している。直筆ではないな。
 展示は、長州征伐などの幕末たけなわの時期に移る。家茂は、たびたび上洛していた。
 家茂と和宮が江戸城でともに生活したのは2年弱であったそう。天璋院から家茂への直筆の手紙の展示があ。テレビでも紹介されたことのある手紙だったと思う。和宮から夫、家茂への手紙の展示もある。直筆は丸い、優美な文字である。「親子」と名前で署名していたかな。
 家茂から尾張藩主 徳川慶勝あての書状があった。たしか征討の総督か何かの職だったはず。「慶勝は家茂から信頼を寄せられていた・・・・。」と解説の文章があった。
 長州征伐に参加した大名各家の旗の絵図の展示があった。カラフルな絵図である。尾張徳川家の旗の絵図の展示もあった。家臣の家で保管されていたものが寄贈されたそうだ。

 次は、幕府瓦解に関する展示。
 急死した夫、家茂を悼む和宮の和歌の展示、家茂の遺品で慶勝が拝領した脇差の拵の展示があった。
 江戸開城の際にも、和宮(落飾後は静寛院宮)から公家の橋本実梁宛ての、徳川存続?を嘆願する書状の展示があった。
 
↓ 徳川美術館のエントランスにある、撮影可能な甲冑。

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秋季特別展「天璋院篤姫と皇女和宮」 鑑賞1 徳川美術館

 2017年10月8日 特別展「天璋院篤姫と皇女和宮」 鑑賞1 徳川美術館

 名古屋市東区の徳川美術館。
 第1展示室で国宝の短刀「無銘 正宗 名物庖丁正宗」を鑑賞し、第5展示室まで見てから、廊下で繋がっている蓬左文庫を見て、再び徳川美術館の建物へ。廊下の途中で
 第6展示室では、源氏物語の紹介パネルの展示。現物の展示期間ではない。今年もこれからの季節に、一部が展示されることになっている。

 特別展の展示室へ入る。前回訪問時は、「源氏物語全巻公開」のあった展示室だ。登録有形文化財に指定されている旧館だ。あのときは、最前列で絵巻を見るための行列が閉館時刻なのに伸びていたな、と思い出にひたる

 特別展「天璋院篤姫と皇女和宮」
 何年か前に某大型ドラマで放映されたテーマに似ている。私は某放送の某大型ドラマはあまり見ないのだが、篤姫のドラマは私が唯一、全部の回を見た(勿論録画も含め)某大型ドラマシリーズのドラマなのだよ。元々歴史上大変有名な人物という訳ではないが、好調な視聴率を記録したドラマと記憶している。

 展示のプロローグ
 ペルリ(ペリー)の一行が神奈川に上陸したときの絵図の展示がある。ここ徳川美術館の所蔵。ついで、福井藩主 松平慶永あての徳川斉昭の書状の展示がある。文字が大きかったり、小さかったり、丸っこい文字だ。ありふれた性格の持ち主の人物の文字ではない、激しい性格の持ち主のような文字だ。字を見ただけで激情型の人物であろうか?。「烈公とおくり名された通り、斉昭の激しい性格を現す字である・・・。」のような解説があった。

 最初は「天璋院篤姫」の展示から。
 徳川家定の肖像画がある。教科書、歴史資料集に載っているあの画像だ。描け軸のような表装である。徳川記念財団蔵とあるので、本物である。解説には 「顔に無精ひげが描かれていて生前の人物像をよく現している・・・」のような意味の文章。家定の死後に描かれた絵で、生前、家定は薄いひげを生やしていたのは事実らしい。写実的な絵だそう。最初は「家祥」だったが・・・・縁起をかついでのちに改名した、と有名なエピソードの解説もあった。
 家祥筆の絵も展示してあった。「蔓草の図」。どちらかというと、上手な部類に入る彩色の日本画だった。世子時代に描かれた作品かな。解説文があったかは、忘れたが・・・。病弱であったと説明される家定であったが絵の作品は、ごく普通であり、病弱であることは感じさせない。でも、絵のタッチは、きれいだけど女性的で男の絵としては弱弱しいな~。
 葵の御紋の入った道具の展示があった。
 続いて篤姫に関する展示と解説がある。
 明治時代の篤姫の写真の展示があった。書籍、テレビなどでおなじみの写真。徳川記念財団蔵なのでこれがオリジナルなのだろう。意外と小さい写真だ。拡大された画像のパネルが写真の上に展示されて見やすくなっていた。
 「薩州桜島真景図」 桜島の風景画。某大型ドラマの紹介コーナーでもこの絵の映像が放映されたと思う。
 晩年の篤姫がずっと手元において故郷を懐かしんだ絵ということだったが、たしかこの絵だった筈。
 
 特別展「天璋院篤姫と皇女和宮」
 子供向けのパンフレットの抜粋。大人用よりも分かりやすいかも(笑)。 ↓
 

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 「篤姫御方御由緒」 巻物の紙に書かれた墨書の由緒書き。斉彬の娘で近衛家の・・・と書いてあったかな。
 「近衛家由緒書」 近い代の近衛家の当主の名前などが書いてあったかな・・・・。
 黑い漆塗りの篤姫の婚礼調度品などの展示があった。葵の御紋がハィっている。薩摩切子のガラスのコップ、グラスのような工芸品が展示されていた。

 ↓ パンフレット抜粋。
 黑い漆塗りの篤姫の婚礼調度品、薩摩切子の写真がある。


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 次いで 皇女和宮の紹介。
 夫となった徳川家茂の肖像画の展示がある。教科書に載っている画像と同じ。徳川記念財団蔵なのでこれがオリジナルなのだろう。和宮の写真の展示がある。これも歴史資料集などで見たことがある。
 和宮降嫁のときの黒い漆塗りの調度品も展示がある。「初公開」と告知されているものもある。婚礼調度品は葵の紋が入っている。婚礼が決まってから、制作されたのだ。今回初公開なのは、お付きの女中に分け与えられ、女中の家族か、受け継いだ家族の子孫から寄贈されたかららしい。解説文があったが忘れてしまった・・・・。
 
↓ パンフレット抜粋。
 

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続いて展示を見て行く。









 

蓬左文庫 平成29年秋季特別展「大名家の御用アーティストー匠たちの技-」と徳川美術館 鑑賞

 2017年10月8日、秋の三連休。 名古屋市蓬左文庫(ほうさぶんこ)、徳川美術館

 名古屋東区 徳川美術館。前回、2015年12月の「国宝 源氏物語絵巻」全巻公開のとき以来の訪問で1年10か月ぶりである。
 
 展示室を見て、一旦廊下に。続いて、蓬左文庫の展示室へ。 広いエントランスに。床面に名古屋の城下町の絵図が描かれている。壁には大曾根御殿の絵図の複製がある。ここに来るのも3回目(笑)。今までとエントランス付近の複製絵図は変わっていないと思う。初めて来たときは、蓬左文庫(ほうさぶんこ)の読み方が分からなかったし、徳川美術館と違う施設ということも知らなかった。廊下で繋がっているし、区別がつかなかったが、今は理解できている(笑)。
 改めて床面の名古屋城下町の絵図を見る。と、現在の中央線の線路の向こう側まで城下町があったようだ。ナゴヤドーム付近から東は、畑だったようなかんじ。現在の徳川園の敷地は、かなり縮小している。かつての大曾根御殿の東は、中央線の線路にかかるか、更に先まで敷地だったようなかんじ。
 明治時代以降、近代化がすすむにつれて市街地化したようだ。特に戦後は住宅化、工場化が進んだようだ。現在の徳川園の東側、工場や学校などになっていると思われる地区でも昔は、池があったことが分かる。
 展示室内には、昔の絵図と現在の徳川園付近の地図と比較できる地図が掲示してあった。現在の徳川園の西側、つまりお城に近い方向。先程入園する前に歩いたところは、専門学校や閑静な住宅地となっているが、かつては大曾根御殿の敷地だった。やはり明治以降、屋敷とは切り離され、畑や住宅地化したのだろう。

 展示室を見る。第1展示室のガラスケースの中には、障壁画がある。以前名古屋城の天守閣内で見た重要文化財指定の障壁画と同じかは、分からない。今回の展示は名古屋城本丸御殿上洛殿襖絵の一部である。もちろん、天主閣内部で展示されていたものとは別の襖絵であろう。狩野探幽の「帝鑑図」。淡い着色の襖絵だった。中国の仙人?などの人物や木々や御殿が描いてある。解説によると「将軍 家光が上洛する際に造営した御殿の襖絵」。以前天守閣で見た本丸御殿の障壁画とはやはり別のもののようだ。
 
 徳川美術館所蔵の狩野家の絵画(絵巻物)の展示がある。解説によると探幽は、江戸に下り、鍛冶橋狩野家の初代となったそう。別の木挽町狩野家も興ったそう。江戸、現在の東京の「こびきちょう」に屋敷があったから木挽町狩野家。探幽の探雪や木挽町狩野家2代目の常信の絵巻の展示もあった。
 時代が下って描かれた「戸山荘八景図巻」の展示があった。現在の東京・新宿区の戸山公園、国立医療センター、学習院女子大付近に広大な敷地のあった、尾張藩の下屋敷、外山荘の絵図。庭園内の池、橋、築山などの風景の描写だった。画中「箱根山」(現在も遺構が戸山公園に残っているが)の描かれていなかったと思う。
 虎などの動物の絵画があった。カラフルな絵で表現されたお菓子の見本絵が描かれたの冊子があった。砂糖を使った干菓子などの絵であった。赤いお菓子あり、緑色の菓子あり、茶色い羊羹の絵などがあった。
 小さい第2展示室もあわてせ見学し、廊下を伝って、再び徳川美術館内に移動した。
 第2展示室には香合や蒔絵の文台、印籠などの小物や能面などの展示があったと記憶する。


 蓬左文庫 平成29年秋季特別展「大名家の御用アーティスト」のパンフレットの画像。 ↓

 
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「名刀物語③」の期間中 第2展示室「大名の数寄-茶の湯-」~第5展示室 鑑賞 徳川美術館

 2017年10月8日、秋の三連休。「名刀物語③」の期間中 第2展示室「大名の数寄-茶の湯-」~第5展示室  徳川美術館

 名古屋東区 徳川美術館。前回、2015年12月の「国宝 源氏物語絵巻」全巻公開のとき以来の訪問で1年10か月ぶりである。
 第1展示室の国宝「無銘 正宗 名物庖丁正宗」を鑑賞した後、隣の第2展示室に。大きな茶室.が再現されている。茶室が再現された展示室であるので、いつも来る度にここでは、茶の湯関連の展示があったと記憶する。
 第2展示室の入口には、第1展示室とは別に展示品のリストが置いてある。それによると、展示室内の茶室は
「猿面茶室」といって、戦災で焼失した国宝(恐らく旧法の国宝なので、現在でいう重要文化財に相当か。)の再現だそう。再現茶室に展示品があったかは、何故か覚えていない。壁面のガラスケースに沿って展示品を見ていく。小さい茶杓や茶入なとの展示品があった。後水尾天皇の宸筆「永 忠」の描け軸?、藤原定家の描いた絵(重要美術品)などがあった。墨蹟として古林清茂の「げ」があった。家康から尾張藩初代の義直に伝わったものであった。
 「油滴天目茶碗」の展示があった。文化財指定はない、金の時代の作品とある。建窯ではなく、有名な窯の作であった。窯の名は説明があったが忘れた・・・・。金の時代なので、南宋の建窯ではなく、金の領土の窯だった。黒い小さい茶碗で確かに茶碗には油を垂らしたような点々がびっしりとある。国宝の油滴天目茶碗よりも小さいような、感じがした。比較していないので分からないが。
 続いて第3展示室に。「大名の室礼-書院飾り-」描け軸や水差し、香炉など書院を飾る道具類の展示があった。ざっと見たので、あまり覚えていないのだが・・・。
 第4展示室は「武家の式楽-能-」能面や衣装の展示があった。ざっと見たので、あまり覚えていない・・・。
 第5展示室。「大名の雅び-奥道具-」。国宝指定の一部、初音蒔絵旅櫛箱がの展示があった。解説はおなじみ「家光の娘の千代姫が、尾張二代目の光友に嫁ぐ際に・・・」の解説。その名の通り、櫛を入れる蒔絵の箱の調度品の展示であった。筆を入れる文箱などの調度品や屏風絵の展示があった。

 展示室を見て、一旦廊下に。続いて、蓬左文庫の展示室へ。 


 9/5(火)から12/13(水)までの第1展示室の展示リストとスタンプラリーの台紙。 ↓ (既出)

 写真の刀剣(金工)は 国宝「短刀 名物 後藤藤四郎」で既に今年5/7(日)で展示期間は終了していた。

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名刀物語③ 第1展示室「武家のシンボル-武具・刀剣-」鑑賞 徳川美術館

 2017年10月8日、秋の三連休。

 再びの名古屋方面のたび。徳川美術館にやってきた。前回は、2015年12月に「国宝 源氏物語絵巻」全巻公開のときに訪問した。訪れた日は、公開最終日の12月5日の日曜日だった。
 1年10か月ぶりの再訪となった。徳川美術館はこれで3回目の訪問だ(笑)。

 気持ちの良い秋晴れの日、徳川美術館を再び見学する。↓ 
 青空に白い雲。雲の形は、すっかり「秋の空」だな~。
 
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 前回訪問時は12月の第一日曜日だったので、晩秋、初冬の気候で付近の平野部の紅葉のピーク。 淡い陽射しの中、落葉をふみしめて訪れた。
 今回は10月の第二日曜日。「秋晴れ」「秋の空」とは書いたものの、気温は25度以上あり、暑い。私のこの日の服装は半袖のポロシャツでハーフのズボン。夏と同じ服装。汗ばむ陽気だった。写真を見ても木々は緑色で初秋の風情を感じないな~
 早速入館し、第1展示室に入る。展示テーマは「武家のシンボル-武具・刀剣-」。徳川美術館の展示は、「常設展」とは呼ばないようだ。第1から第5??くらいまで展示室がある。しかも、展示替えはかなりの頻度で行われるようだ。「武家のシンボル-武具・刀剣-」。の展示リストでは今回の展示期間は、9/5(火)から12/13(水)までの3か月間。特別展の期間とは一致していない。特別展とは期間やテーマは異なる。3か月間の間でも、展示替えが行われる。
 今回の期間の目玉展示は、国宝の短刀だろう。国宝「無銘 正宗 名物庖丁正宗」。展示期間は10/11までの「A」の展示期間(展示リストによる)。展示期間終盤の鑑賞となった。Bの展示期間は10/12(木)-11/14(火)まで。Cの展示期間は11/15(水)-12/13(水)まで。ほぼ1カ月ごとに一部の展示品が入れ替わる。必ずしも閉館日に展示品の入れ替えが実施される訳ではないので「月曜休館だから日曜日までに見れば
いいだろう。」と思っていると、実はその週の「火曜日」や「水曜日」で展示期間が終了してしまうので注意が必要だ。

 最初の展示は甲冑。黒っぽい甲冑。文化財指定は無い。「松平勝長(尾張家8代宗勝6男)着用」と解説に書いてある。戦の無い、江戸時代中期の甲冑だが、解説には「常に戦(いくさ)に備えて、武具の準備を行っていた・・・。」と言う意味の文章があった。徳川宗勝は、将軍吉宗の一字をもらっている当主なので、宗春のあとの当主。その子の甲冑なので、西暦でいうと1750年頃の人物かな。
 独立したガラスケース内に鎮座している。そして、順番に壁面のガラスケース(内の展示品)を見ていく。
 昨今の「刀剣ブーム」で、各地の美術館、博物館では「刀剣」をテーマにした特別展、企画展の開催が盛んにおこなわれている。「刀剣女子」がマスコミで取り上げられるようになったのは、2014年か2015年頃。それから展覧会を企画するので、開催は早くて2015年。昨年2016年から今年2017年
 ここ徳川美術館は、国宝の刀剣を多数所蔵している。国宝に限っていうと、刀剣以外の国宝は「光友正室 千代姫の初音の調度」と私が前回訪問時に鑑賞した「源氏物語絵巻」だ。
 徳川美術館では、刀剣は重要な所蔵品なのですね。よって「名刀スタンプラリー」を実施しているのでしょうか。入館受付のところにスタンプラリーの台紙が置いてあった。既に今年の4月から始まっている。現在は10月。所定期間のうち6回訪問すれば、記念品がもらえる。期間は残り半年、6回の展示替え期間。つまり来年3月まで毎月来ないと記念品はもらえないのだ(苦笑)。名品コレクション 
 受付の人に確認のため聞いたのだが対応は冷ややか。明らかに「あんた、残りの期間は展示替えの都度、ほぼ毎月、あと、6回も来ないでしょ。」と言っているようだった。

 9/5(火)から12/13(水)までの第1展示室の展示リストとスタンプラリーの台紙。 ↓
 写真の刀剣(金工)は 国宝「短刀 名物 後藤藤四郎」で既に今年5/7(日)で展示期間は終了していた。

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 ウェブサイトに掲載のPDFリストやこのスタンプラリー台紙によると第1展示室は、この期間「名刀物語③」と展示テーマが書いている。館内にあるB5版の展示リストには、そのようなタイトルは書いていないし、展示室内でも大々的に「名刀物語」の表示は無かったように思う。(気付かなかっただけかな・・・・)。
 が、このブログの記事のタイトルもこのスタンプラリー台紙に従い「名刀物語③」と書くことにする。既に①と②は終了している。

 国宝「短刀 無銘 正宗 名物庖丁正宗 」の展示は、入って左手のガラスケースにあった。お隣は重要美十品の(長い)刀の展示があった。うち一つの刀は、「無銘 吉家」。解説によると平安~鎌倉時代の刀で松平信古(三河吉田松平家7代)所持とある。名古屋から同じ愛知県内の松平家に伝わった刀であった。
 国宝の短刀は鎌倉時代の作。 短刀は、刀身というか側面に 長い溝がある。不動明王の持っている刀を細長く延ばしたような形。この時代の刀には同じような刻みがあったように感じる。密教の信仰の影響かな、と思った。 
 これで 徳川美術館所蔵の国宝刀剣を鑑賞したのは3点目。もしかしたら、東京国立博物館など別の施設の特別展で見ているかも知れないが。あと、×件見れば コンプリートかな??(笑)。



 

平成29年 十五夜 お月見

 今年の旧暦8月15日は、現在の暦で10月4日でした。十五夜が10月になることは、何年に1回はあるようだ。天気予報などでは「今日は、満月ではないが必ずしも十五夜は満月とは限りません。」と言っていた。
 宵の口は、雲がかかってお月様が見えにくい状態。夜半、再び空を見上げると雲が切れて、かなりの夜空が広がっていた。確かに満月ではないな~、と思いながら。ほんの少し欠けているな。
 
 露出がうまくいかないので大した出来栄えの写真ではないが、手持ちのデジカメで撮影した。
 
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 いつのまにか、夏の喧噪が過ぎ日中晴れればお彼岸は過ぎたとはいえ、まだ暑さを感じるが夜の涼しい風が心地よい季節となった。夜空を見上げれば、空気も澄んで、星の光と月光が輝いている。「ああ、月がきれいだ。美しいな」と思わず言葉が出た。
 日々の仕事、生活に追われている自分が何とも情けないような・・・。美しい夜空を見て少しは心が洗われた気がした。



岡山県吉備中央町 「こしひかり」20kg ふるさと寄附金 お礼の品

 平成29年も早いもので実りの秋を迎えました。 
 ただし、今年の夏は比較的涼しかった、というか、暑い期間が短かかったので、「暑い夏」はあまり実感が
無い。
 むしろ「冷夏」だったので、米の作況はどのようになるか分からなかったが、9月くらいに報道でみた作況指数によるとほぼ゜平年並みの100位が多かったように思う。一部複数の県では100を切っていたが・・・。

 10月初旬、新米の収穫を終えたのであろう、岡山県吉備中央町からお礼の品が届いた。今年、初めて寄附をした町です。寄附をしたの、初めてであるが、過去は人気の高い町なので気付いたときには、受付終了となっていたので寄附できなかったのであった。かつて、岡山県に在住していたときには、通ったことも多々ある町だった。しかし、住んでいた当時は、合併前で別の町の名前であり、最初(合併後の町の名前を聞いたとき)は「吉備中央町」がどこにあるのか分からないのであった。もっとも、だいたいどの辺にあるのかは、見当はついたのだが(笑)。
 
 「こしひかり」であった。20kgです。5kg入りの袋が4袋入ったダンボール箱が届いた。
 実は、いつ届くか分からなかったのであるが、思ったよりも早く届いた。 お礼状も中に入っていた。

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 吉備中央町は、お礼の品が米の場合「還元率」が高い自治体として知られている。1万円で米20kg。既に書いたが、今までは例年6月上旬の時点では「今年度 受付終了」であった。しかし、今年は6月上旬の時点で受け付けしていたので申し込みをした次第。 今年は、総務省から「還元率」について3割程度にするように通知が出されているようなので、今後還元率が下がると思い、今年度は申込みしました。
 ふるさと寄附金のお礼の品、お米はもはや「先物取引 商品」なのでしょうか?。今後は変わってくるでしようけどね。

 
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りょうげつ

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