良月(りょうげつ)の たび日記

神奈川県 湘南地区在住。折口良月(おりぐち りょうげつ)の神奈川、東京、静岡、山梨、長野など関東近郊地域への行楽、外出。美術館、博物館めぐり。その他国内旅行などお出かけの記録。

2018年02月

 

世界遺産 伊豆 韮山反射炉 見学2

 2017年4月。 世界遺産 伊豆 韮山反射炉 見学2

 春、桜が満開であるが、今年の桜の季節もそろそろも終わりかな・・・。あと何日かすれば、落花盛んとなってしまう・・・・・。

 入場券を買って、真新しい資料館から見学する。
 
 館内には、展示コーナーが始まってすぐのところに、まず韮山反射炉に関する年表などがある。日本や、徳川幕府、韮山反射炉の歴史についての解説がある。
 展示コーナーの奥には、映像シアターがある。大きいスクリーンがある。ちょうどシアターの上映が終わったところで、人が移動
 しばらくすると、再びスアターのスクリーンで、映像が始まった。ドーーーンという効果音と解説の声が聞こえてくる。私はシアターの映像は見ないで、先に展示室内の年表や石炭、製品の鉄などの実物展示や、各地の反射炉や近代化の工場などの解説バネルを見る。

 ↓ 年表を見た後順路に従い「反射炉の全貌 反射炉の全てに迫る」のコーナーへ。

DSC09543

 反射炉のある韮山のだ代官であった江川太郎左衛門の絵も。ウチの子は「小学生のときに教科書に載っていた。」と言った。「(絵は)目がギョろっとしていて、怖かった。(太郎左衛門の顔が怖くて目がギョろっとしているので)寝る時も怖くて、寝れなかったそうだ」そうだ。小学生のあどけないというか、ほほえましいエピソートだ。今じゃ「うるさい!!」しかうちの子は言ってこないが・・・・。
 江川太郎左衛門であるが、この時代の当主、江川英龍のことだ。代々「太郎左衛門」を襲名していることは知られている。西暦でいうと1855年くらい、ペリー来航のに二~三年後くらいに死亡している。英龍は明治維新までは生きていない。
 次の当主は、その三男?。次は4男、前当主の弟が継いでいる。英龍の子の二人は、肖像画ではなく撮影された本人の写真が展示されている。英龍は写真を残さず死亡したので絵しか残っていないのだろう。
 英龍の子が当主のときにここ韮山反射炉は廃止されている。
 自邸から近い、水のあるところに 反射炉を造作しのだ。

BlogPaint



DSC09544

見学には、家族連れや子連れも多い。子供達は、小学生から中学生くらいの年齢かな。あとは団体客もいる。大型バスでも来ている。大型バスが何台か先程車を停めた駐車場に停まっていた。

 一旦外に出る。ボランティアガイドの説明が始まるそうだ。しかし、定時の説明があるのではなく、団体向けの案内らしい。
 緩い坂道を歩く。岡に更に上に。、新しいお土産物屋さんや食堂の建物がある。世界遺産指定後 ブーム、特需に沸いているのだろうか。

柵の内側の敷地に入る。桜はやや散っていた。弱い雨が降っている。北海道からの団体がきていた。

再度 入館する。再入場可能。映像シアターに席をとる。日誌から映像で復元。 リアルなCG画像だ。制作にお金をかけている。BGMも立派だ。15分おきで。8分間。よって7分の間があめ。間は、展示を見る。「江川文庫というのがあるね」と誰かが言った。 万延元年のこと。銑鉄をまきのように積んで 点かしている。温度が高くなる。溶け出して斜面がついているので流れ込む。夜10時に開始、徹也で溶かして翌朝6時に。カタに流している。 冷やして 取り出す。グリグリと削っている。18日間で。水車のと瀬宇力で 砲身のくりぬきをした。
ふいごで 人力で空気を送っていたのではなかった。
鉄は網代で陸揚げして馬で輸送した6日間で。 釜石から運んだ。船は江戸を出て、網代に行った。シアターの両脇には、展示がある。 出土した 鉄の残渣 滓など。石炭のかすもある。映像の合間に見た。途中で見たところまで放映されたので、退出する。


DSC09577

↓ 間に展示を見る。

DSC09578


DSC09579


 出口付近には、昔の反射炉の写真もある。明治時代初めや30年代、40年代の写真も。
 操業を停止しても、炉は残っていた。地元の人々が羽織はかま姿で撮影されていたり、山高帽、スーツ姿の人が写っていたり、明治以降も韮山付近のランドマークとしての存在ではあったようだ。
 忘れられて、放置されていた訳ではないようだ。
 昭和20年代の写真もある。戦時中はほとんど放置状態だったと思うが、戦後しばらく経過して、ようや保存や開がスタートした。敗戦後の生活が厳しい時代にほぼ放置されていた反射炉周辺の写真が撮影されていたとは驚きである。
 展示されている反射炉の写真は、次に昭和50年代に飛ぶ。子どもの私が訪問したのは、この数年後 昭和6×年のことだ。よって、私が子供のときに見たのは、50年代の写真に近い反射炉の姿であったろう。
 館の外に出る。出口付近には砲弾や砲身の一部の模型展示もあった。




伊豆 韮山反射炉 見学1

 2017年4月のこと。伊豆・  韮山反射炉 見学1

 春、桜が満開であるが、今年の桜の季節もそろそろも終わりかな・・・。あと何日かすれば、落花盛んとなってしまう・・・・・。

 伊豆半島の北、韮山まで熱海市経由でやってきた。何年ぶりのかの伊豆半島北部である。以前は三島の湧水群に来たことがあった。

 
 ↓ 反射炉の遠景
DSC09575


 珍しく子供を連れての外出。下の子は熱があるというので行かない。新学期になり、環境が変わって緊張しているのかな。「知恵熱」かも。上の子のみ連れて出かけた。

 神奈川県側からのアクセスであるが、海沿いの道を熱海へ。熱海市街地から国道の坂道を登る。ここは、三年前にも通ったことのある、函南町のオラッチェのある盆地を通過し、函南駅の下を通り、病院の前を下り。三島から通じる国道136号線に出る。
 と、伊豆道の新規開通の関係で道路がかわり 高架道の下をまっすぐ行ってしまう。交差点を伊豆方面曲がるタイミングを間違えた・・・・。
 宅地の狭い道から 全く違う道へ。わからないが大体の見当をつけて 丘を左に見ながら 南下。適当に行くと 田んぼの中の道に「江川邸」と出ている。「韮山反射炉」とはない。交差点を 二回曲がり、更に 南への道を進むと 「韮山反射炉 km」と標識がある。江川邸とは2kmくらい距離があるようだ。屋敷地の近く 少し離れたたころに造営したのだろう。

 迷う。韮山反射炉へ。田んぼの中りの道。集落の中を進む。江川邸の看板がある。邸にはいかない。更に進むが道に看板がなくなる。しかし 2kmという看板がある。集落の中の道左折して 山側に入ると 廣井駐車場がみえた。ここだとわかる小学生のときに来て以来だ。蛭小島の跡地も行ったが、田んぼに囲まれた神社のようなところたった。地図で見ると反射炉と江川邸の中間からさらに鉄道側。 徒歩でも行けるところだ。反射炉付近のことは全く覚えていないが、ガランとしたところで、反射炉の塔以外には覚えていない。

DSC09581

同行している上の子は、以前、修善寺に向かう電車の車窓から反射炉が見えたと言っているが ガセであろう。
きっと、銭湯の煙突ですよ。(冗談)

DSC09547



資料館が出来ている。立派で新しい。

自動券売機で購入。大人は一人500円。券を見せて、入る。入口付近はロビーになっている。

DSC09580

DSC09576


ベンチがり 伊豆など近隣地域の観光案内パンフが置いてある。雨なのでここで休んでいる人は多い。



浅草寺伝法院庭園 特別拝観 4 (最終)

 平成29年 2017年、4月2日 浅草寺伝法院庭園 特別拝観 4 (最終)


 「国指定名勝 伝法院庭園 特別拝観」にやって来た。
 伝法院の庭園を歩く。
 ↓ 有名な角度から撮影。「ダブルツリー」が映る筈だが、スカイツリーのみしか映っていない。
 なぜか・・・・・・・、五重塔は工事中。本来は塔が見えるのだが仕方無い・・・・。
 手前に木の葉を入れて、意識的に撮影、遠近感が出ているぞー

DSC09464


 池の周囲をぐるりと歩いて散策。
 上の写真の位置からはやや手前(大書院)側。

DSC09460

角度を変えて、手前のしだれ桜と大書院とその更に奥の工事中の五重塔を撮影。

DSC09461

↓ スカイツリーの先端まで入るように撮影した。しだれ桜は美しく!!写っているぞ。ただ、大書院の建物が途切れてしまった・・・・。

DSC09462

↓ スカイツリーの先端まで入るように拡大撮影した。高さ648メートル。「むさし」武蔵の国。

DSC09463

↓ スカイツリーの先端まで入るように拡大撮影した。
しだれ桜とスカイツリー

DSC09465

↓ スカイツリーの先端まで入るようにワイド??に撮影した。

よって、池の水は入っていない。桜と大書院の建物が写っている。書院の前では団体客で賑わっている。

DSC09466

 池と大書院。

DSC09467

庭園の端から小川が池に流れこんでいる。林の外は壁があるのだが、更にその先は浅草の市街地でビルが密集している。


DSC09468

 少し歩いて別の角度から撮影。こちらの眺めもよい。池としだれ桜と大書院。
 奥の鉄筋のビルが入ってしまうのは仕方ないかな・・・・。都界(あえて「都会」と書かない。)のビルの合間の庭園であるから。


DSC09470

 しだれ桜の拡大。池のほとりでは、拝観者が想い想いに桜の下で記念撮影をしていた。
 おーっと、池の水は濁っていて、必ずしも清泉ではないが、満開のしだれ桜の姿が水面に映っているぞ。


DSC09471

 池の周囲を散策し、ぐりと一周、池の見える庭園内の路から改めてしだれ桜を眺める。そして、
庭園をあとにして、出口に向かった。

DSC09475

 「大絵馬展」の展示館からは、次々に人が出て来て、庭園の方向にやって来ていた。

 庭園の特別拝観を出てから、本堂の前へ歩いた。伝法院特別拝観の券売所には、列が出来ていた。20人くらいは並んでいる。入場者も増えてきた。
 本堂の前を通って、境内から退出する。本堂の前の広場には、線香をたくさん立てている銅製?の大きな線香立て?がある。「ここで線香の煙を体にかけると(まぶすと)健康になる。」と亡き祖母はお参りする度によく言っていたものだ。 あれは、いつのことだったかな・・・。そんな感慨にふけりながら、線香をたてている人達を見る。
 境内には外国人が多い。中国人が多いかな。アメリカ人イギリス人ではなく、いろいろな国の人がいる。アジア系が多い。インド系、マレー系と思われる人々も。

 さて、ひるどきとなった。浅草駅の近くの吉野屋でさくっと牛丼を食べて移動する。牛丼店にも外国人の姿が多かった。大きな荷物を持った外国人の団体も、会話の内容からフランス人のようだ。
 地下鉄で上野へ向かった。


 

浅草寺伝法院庭園 特別拝観 3 

 平成29年 2017年、4月2日 浅草寺伝法院庭園 特別拝観 3


 「国指定名勝 伝法院庭園 特別拝観」。伝法院の「大絵馬展」を順路にしたがって見た後に、庭園の散策に行く拝観順路になっている。

 浅草寺のランドマークである、五重の塔は、工事中であり、シートで覆われていた。

 
↓ 庭園に咲いていたしだれ桜。満開、まさに見ごろであった。


DSC09453
 
林の中の小路を歩いて、庭園散策。「ほほう、都心部なのに水路があるなー」などとと思いながら歩く。


DSC09450

池に出る手前に茶室があった。


DSC09473

 庭園の案内看板。「天佑庵」とある。都の重宝に指定されていると解説がある。
戦後に奉納移築されたとある。中心となったのは、あの五島慶太であった。
この付近は空襲で焼け野原となって筈なので戦後、庭園の復旧に伴って移築したのだろうか。


DSC09472

茶室を過ぎると池がある。書院の方向に歩く。

DSC09449

 ↓ 振り返ると先程鑑賞していた「大絵馬展」の展示館とそれに続く庫裡?の建物が見える。
 池にせり出すように建てられている。
 水路には鯉が泳いでいた。 都会のオアシスかな。

DSC09451

 池のほとりに出た。都会のオアシスとはいうものの、周囲はビルである。

DSC09452

 庭園の中心、池の正面に建つ大書院。畳の部屋が開放されている。しかし、部屋に上がることは出来ない。外から書院の内部を見るのみ。
 襖が開け放たれた大書院の前では、たくさんの人が記念撮影している。
 ここからの池としだれ桜の眺めは格別である。本当は、ここ大書院の前からの庭園の眺めを撮影して本サイトにアップしたいのだが、あまりに人が多くて写り込んでしまうので、撮影は割愛した。

DSC09456

 人がうつらないに、空を見上げて満開のしだれ桜を撮影した。

DSC09455

 しだれ桜の拡大。美しい。


DSC09458




 

浅草寺 伝法院庭園 特別拝観 2 「大絵馬寺宝展」

 平成29年 2017年、4月2日 浅草寺伝法院庭園 特別拝観 2 「大絵馬寺宝展」


 東京・台東区 浅草にやって来た。「国指定名勝 伝法院庭園 特別拝観」のためである

 浅草寺の境内を歩き、伝法院の入口に看板に従って行く。浅草名物の「五重の塔」は工事のため、幕で覆われていた。庭園の特別拝観の入口は建物だった。券売所がある。階段を数段昇って、中に入る。

DSC09479

 建物の前では、青いウィンブレを来た係員が案内をしている。

DSC09478

 次々に拝観者がやってくる。数名の列ができる。並んで、券を買う。

 最初にここ宝物館を見る順路になっている。「大絵馬寺宝展」が開催されている。廊下を展示室内に歩く。ドーンと大きな額が展示してある。
 順路の最初の方に「 国宝 浅草寺経」の展示がある。多分複製・・・・。ガラスケースには作品名のみの表示で何も解説は書いていない。ガラスケースも空気が簡単に入ってしまうような、隙間のある簡易なもので、あまり大切に展示していないぞ・・・・・。ただ、置いてあるだけ。「国宝」と確かに書いてあるのだが、本当に国宝の実物なのか、疑ってしまう・・・・。国宝をこんな簡単なガラスケースに展示していいなかな、と思った。ぐるっと展示室を回り外に出る。
 奥まった展示室のところには、浅草寺の模型などもあった。

 お堂の額縁などがある。奉納された大きな絵馬など奉納者は、街の衆で当時の人の氏名が書いてある。当時のたくさんの人から奉納を受けたということですね。
 「神馬」の大きな絵馬の展示があった。神社ではなく、浅草寺に江戸時代に奉納されたものだ。神仏習合の関係かな。 
 展示リストの配布は無いのだが、特別拝観のパンフレットよると鈴木其一の「迦陵頻伽」の絵馬の展示があるそう。いろいろ、大きな額縁(つまり、絵馬のこと。)を探して、順路を戻って探したが、無かった・・・。私が見つけることが出来ないだけだったのかも知れないが・・・。

 入館者が増えて来た。賑わっている館内だ。
 展示館を出る。最初に「大絵馬寺宝展」を見て、外に出て、庭園を散策する順路になっていた。

DSC09477

 庭園へ。「大絵馬寺宝展」が開催されているのは、宝物館ではなく「特別展示館」というようだ。
 庭園内の案内看板が出ていた。

DSC09476

 庭園内の道を歩く。水路の水は濁っている。都心の中の水であるから、仕方ないか・・・・。隅田川とつながっているのかな。

DSC09444

庭園の周囲は、ビルや工事中の建物などがあり、いかにも都心の中の小庭といった感じ。


DSC09445

と、道の途中に入ることのできない島があった。「立入禁止」となっている。

DSC09446

「経ケ島」の説明。聖域である。池の中の島である。
写経が埋められているそうだ。

浅草寺 伝法院庭園 特別拝観 1

 平成29年 2017年、4月2日 浅草寺 伝法院庭園 特別拝観 1 

  東京・浅草にやって来た。「国指定名勝 伝法院庭園 特別拝観」のためである。
 
 ※随分と遅れての記事掲載となってしまった。既に昨年(2017)上野の桜六義園入口付近の様子は記事掲載している。

 久々の浅草だ。この日の来訪の目的は、毎年この時期に開催される浅草寺伝法院庭園 特別公開の見学だ。桜の咲くこの時期が一番いいな~。
 例年と比べると、桜の開花は進んでいない。私が子供の頃は、これよりも遅いくらいであったが、温暖化の影響で「平年」の時期も相当に早まっている。
 
 まずは浅草駅への道のりから。「上野東京ライン」で直通し、地下鉄で浅草までやってきた。駅の改札付近にも外国人が多いな。地上に出ると、松屋デパートがある。東武線の浅草駅もあるのだが、外国人が多い。
 イースターの休暇のためだろうか?(違うかな。)。
 人が多い。混雑を避けて別の道から、仲見世を通り浅草寺の境内へ。浅草には子供の頃から祖父母に連れられて何度か来ていたこともあったな~。子供心にも今ほど混雑しているという感覚はなかったが、それなりには当時から混雑していたかも(笑)。
 仲見世の裏手の道沿いの食堂で昼食を食べたりしていた。お店のことは全く覚えていないが、今もそのお店はあるのでしょうか?。地下鉄駅から仲見世に至るアーケードの商店街の一角、マクドでもよく食事をしたよ。何だかんだいったって。マックのお店は、今も同じ場所にありますね

 

DSC09437

 当時は、外国人はほとんどいなかったな。
  隅田川堤防の桜の名所も近いのだが、満開まではやや早いかな。墨田川の方向には行っていないが。
 あれから幾星霜、祖父は十数年前に亡くなり、祖母は昨年であったが90歳以上の高齢で鬼籍に入った。二人供、今は亡い。私も齢(よわい)を重ねたよ。
 「人は世につれ、世は人につれ。」「川の流れは・・・絶えずして・・・・しかも元の水にあらず・・・・。」そんな言葉が歩きながら、私の頭の中に浮かんでは消えた。
 


DSC09438

  伝法院に行く。↑
 浅草寺伝法院の門は、仲見世側からでは門が固く閉まっていた。「ここだったのか・・・。」と改めて思う。
 公開されていることは、ここ数年で知った。前は知らなかったよ。伝法院のことも。庭園があることも。
 平成23年??に名勝として、文化財指定されて知った。公開が毎年開催されるのも文化財指定後のここ数年のことかな??。

 告知看板が出ていた。「国指定名勝 伝法院庭園 特別拝観」とある。正式な名称は「拝観」とあるので、この見学記では通常私が使用している「見学」という用語は極力使用しないことにする

DSC09439

 門、本堂の前を歩く。うーん、桜はまだ咲いていないな。
 画像左手に伝法院がある。

DSC09440


 門はくくらず、本堂に向かって、左手に歩く。

DSC09441

伝法院庭園 特別拝観の看板があった。矢印が出ているので、方向指示に従って歩く。
本堂周辺にはよく来たことがあるが、伝法院に入るのは初めて。

DSC09442


 最初に宝物館を見る。大きな額をみる。 
 浅草寺五重塔はなんと工事中である。囲いに覆われている。
 ↓ 宝物館の出入口の近くから、東京スカイツリーと工事中の浅草寺五重塔を撮影。貴重なショットだ



DSC09443



 


日米親善よこすかスプリングフェスタ2017 見学4(最終)(米軍横須賀基地 公開)

 2017年3月26日(土)  日米親善よこすかスプリングフェスタ2017 見学4(最終)(米軍横須賀基地 公開)

 ※記事の投稿は2018年、実際に行ったのは2017年

  「日米親善よこすかスプリングフェスタ2017」に入場した。


 公園のようなところを通り出口へ向かう。波止場のようになっていて対岸の横須賀港、三笠公園がみえる。

DSC09414

DSC09415

 岸壁そばの公園のような広場には桜並木が。
 寒いので、桜は咲いていない。昨年は既にこの時期では開花していたけどね。
 今年は遅いな。

DSC09417


 先ほど入ったゲートから基地の外に出る。日本の勢力圏、支配圏に戻って来たのだ。出口付近には迷彩服を着た、米兵が犬をまだ連れて警戒している。気づいたが、出入口ゲートのそばにある建物は病院のようだ。
「Naval Hospital」 と書いてあるような。窓の内側をみようとしてもあまり見えないが、たしかに病院の廊下のようで、二階は病室のような感じ。

 出入り口付近のテント。出店がある。ピザの箱を持った人が往来している。私達もピザの箱を糸でつるして歩いている。

DSC09418


DSC09419

  猿島が見えた。

DSC09420


 一応、基地の公開は、午後3時までだ。公開終了時刻まで、30分あまりとなっていた。
 三笠前公園のセキュリティゲートでは、検査をしているが、新たに入る人はあまりいない。

DSC09421

 雨はやや収まった。が、傘をささないと歩くのには厳しいかなというくらい。寒いので冷たい雨にうたれるのは
つらいのだ。戦艦三笠の脇を歩いて替える。
 下の子が、まだ1歳と少しのときにこの公園に来たことがある。

 あれから、10年以上経ってしまった。子供はあっという間に大きくなって、自分の手の届かない所に行ってしまったかのような・・・・。一抹の寂しさも感じる。この日は子供も同行したが、ここの何年かは、一緒に行動することを嫌がる。反抗期である。

DSC09422


 先ほどの、正門付近の歩道橋を渡り、パーキングへ戻る。基地の正門では普段通りの車の往来である。
正門の脇に米軍のクラブの建物があり、ナイトアワーは一般人も入れると告知されている。

DSC09423


 ナイトアワーは、特に日本人女性で入る人は多いのではないかと思った。今回の基地公開でも米軍兵士の男と来ている日本人の女性もいたしね。ラブラブかな?

 付近の道路は渋滞はしていない。車を出す場合、2時間から3時間待ちのこともあると告知していたが。渋滞は杞憂であった。



 帰ってから、ネットで見たが、夏の開港祭では夜間に花火大会がある。艦船見学を実施して整理券は不要で過去に開催されている。
 春の公開時の情報は、横須賀観光協会などのサイトでは情報が消えて.いるが、個人のサイトなどによると 過去も艦船見学があったようだ。整理券は以前は不要だったらしい。
 今回の整理券配布方式は今年かららしい。配布のことは、前日の新聞記事に出ていたし。
 食べ物を買うのみであったら、次回以降は基地公開に行かないかな・・・・・・。見学ツアーのようなコースが無いと、行っても・・・・・ね・・・・・・。
 
 昨年(2016年)の夏の「開港祭」は、8/6頃の公開だったが、旅行で出かけていた。春の公開スプリングフェスタのこの日は、寒くてすぐにおトイレに行きたくなったが・・・・・、反対に真夏のマジ暑い時期に、ここに来る気には、とてもなれないよ。
 今回、寒い日であったが、シヤツ一枚の白人の兵士も歩いていた。では、真夏の暑い時期、彼らはどんな格好なのかな・・・??。

 神奈川県には米軍基地はいくつかある。サイトによると座間基地、厚木基地の公開もあるようだが、私は行ったことはない。今回の横須賀基地が初めてであった。




日米親善よこすかスプリングフェスタ2017 見学3 (米軍横須賀基地 公開)

 2017年3月26日(土)  日米親善よこすかスプリングフェスタ2017 見学3 (米軍横須賀基地 公開)


  「日米親善よこすかスプリングフェスタ2017 」に入場した。

 食事をして、ピサ゛を買った。外は冷たい雨が降っている。
 敷地内を見渡すと子供の一団もきている。どうやら、英語スクールなどの関係で先生に引率されて来ているらしい。

 公開されている区域は居住地のようであまり重要施設は無いもようだ。先程、基地に入る前に通った正門付近とここ公開エリアは距離がある。正門付近の方に重要施設はあるようで、そちらの方の様子は全く分からない。公開エリアから、山が見えるのだが、基地内の半島の山だろう。それだけ基地は広いのだ。山の反対側に艦船のエリアがあるはず。先の正門から入って近いエリアだろう。そこには、かつての日本海軍の横須賀鎮守府の庁舎も残ってあるはずだが。
 基地の公開でも旧海軍時代を含めて米軍にとって重要なエリアは公開していないようだ。
 対して、以前2015年の初夏に横須賀駅の近くから入場した 海上自衛隊の埠頭では、総監部の建物の目の前であったが。横須賀の自衛隊の中心施設付近を思いっきり公開していた。
 米軍施設とは重要度が違うということかな。米軍はガードが固いな。

 公開エリアは、居住エリアであることに気付いた。兵士の家族の住むマンション群もある。「ハイスクール」もあるのだ。「公開」といっても居住地区のみで大切な所、レアな場所はダメだってこと。

DSC09402

 学校のそばの駐車場では、テントを張って食べ物を売っている。しかし、天候のせいで、客数は少ない。フードコートやボーリング場内に人は避難している。冷たい雨と風を避けて。

DSC09403

十字架のある建物。教会だ。軍事関連施設内に教会があるとは、日本とは違うな。

DSC09404

 奥の球場まで行く。付近にはマンションがあるし、岸壁になっている。球場はゴム地面になっている。グラウンドの内部には、テントが並んでいて、出店がある。食べ物やではなく、ゲームのコーナーなどがある。トウテキヤ(投てき屋)のようなコーナーがあるが、冷たい風雨が吹き付けるのですいている。寒い。盛り上がらないな・・・・。


DSC09405

 バックネットのところ。ベースボールではなく、ソフトボール場かな。

DSC09406


 U.S. Navyの消防車が展示してある。
DSC09407

 行動可能エリアの奥にある、球場付近から引き換えし、再びフードコートの方向へ。U.S. mail のオフィスがある。トラックが荷受け場に横づけされている。本日も発送しているようだ。

DSC09408



 球場近くには、屋外の舞台があるが、誰もいないのだ。時間を決めてマーチングパンドや地元の私立学校のダンスパレードがある筈だが、本日は悪天候のため、ここではなく、シアターの建物内部での開催のもよう。

 しかし、シアターも入口で列が出来ていた。混雑しているらしい。入館は諦めた。

 シアター、フードコートの近くには、ボーリング場もあって、本当に営業している。中に入ってみる。マジで米兵がボーリングをしている。基地公開など眼中になく、彼らは、休日のレクリエーションをエンジョイしているようだ。 場内は、行列しているのだが、ボーリング待ちの列ではなく、場内での食事の購入待ちの行列らしい。フードサービスの店がボーリング場内にもあった。

 球場から戻る途中のことであるが、テントが出て、菓子などを販売している。箱の大きさがデカい。


 さて、大体見たかな、というところで、公園のようなところを通り抜けて元来た出口へ向かう。基地の沿岸は波止場になっていて対岸の横須賀港、三笠公園がみえる。
 迷彩服の兵士も基地内を歩いている。二名くらいで行動しているが、兵士は雨を全く気にしないのだ。服も防水のポリエステルなのか。濡れていない。水をはじく材質のようで、海軍の被服に至るまでその開発力をうかがい知ることが出来る、というのは大げさかな。日本人の入場者は皆傘をさしているのだが。


 14時20分頃、出口から出る。食事込みで2時間半くらいの滞在であった。


日米親善よこすかスプリングフェスタ2017 見学2 (米軍横須賀基地 公開)

 2017年3月26日(土)  日米親善よこすかスプリングフェスタ2017 見学2 (米軍横須賀基地 公開)

 「日米親善よこすかスプリングフェスタ2017」に入場した。米軍の横須賀基地の公開である。


DSC09401

 並んでいると昼近くになってしまった・・・。食事をすることにする。公開エリアのほぼ中央に食事をする場所があった。 「センターフードコート」に入る。しろっぽいコンクリの平屋。入口は行列だ。建物には、ひさしがあるので、外通路でも濡れないようになっているのはありがたい。
 基地の兵士か 店員かわからないが、内部が混雑しているので人の整理をしている。順番に人を建物の内部に入れている。少し並んで、フードコートの中に入る。建物中でも人を整理している。混雑しているので。私服の兵士かな??。建物内には、バーガーのお店、や日本でもおなじみのサブウェイがある。

DSC09400


 建物に入って、正面に向かって左側には「マンシュリ」という中華デリの店と「ポパイズ」というフラライドチキン屋がある。「満州」とは日本の歴史的経緯からみるとあからさまだ。中華、英語でいうとチャイニーズ料理の店名を「マンシュウ」というのは、大国の米国ならではかな。日本ではこのような店名は許されないだろう。

 そんでもって、「ポパイズ」のチキン店の行列に並ぶ。並んでいる間、お店の様子を見る。チキンは、どんどこ揚げて、電熱のボックスに入れている。チキンもデカイ。
 やっと順番が回ってきてセットメニューを頼む。通じたのか・・・・、ピスケット一個とチキン三個のセット。チキン三個とポテトのセット。と種類を分けて注文。応対する店員はアジア系の女性だ。フィリピンであろうか。日本円で3700円くらいする。ドルでいうと110円くらいなので、現在の円相場と比較すると得かも。
 この店には、日本の職員も来るが多くはないのか、店員は日本語はあまり話さないようだ。レシートには「Navy  」とあるので、ここはNavy御用達の商人かな。


 フードコート内の座席はほぼ満席。コート内の端っこのトイレの前のイスとテーブルをおっさんが1人で使用していた。このおっさん、先ほど私がトイレに行ったときからずっと一人で四人掛けのボックスを使用している。「みここ、座っていいですか。」と一声かけて反対のイスに座る。私は立つ。目の前には、女性用のトイレ待ちの行列。男子用トイレはすいている。
 先ほど使用したが、手洗い場では、なんと温水が出た。米軍の技術力か、それとも思いやり予算の恩恵か・・・・。

 しばらく、ここで食べる。チキンのサイズがでかい。が、チキンでもドラム(ももと思われる部分)は小さいかな・・・・。健康に悪そうなメニューであるが、タマにはいいか。

IMG_0403

 ドリンクも買う。ドリンクは紙コップをもらい、セルフでフードコート内のドリンクサーバーで入れるのだが。ドリンクは、ゲーターレードにしたがこれはペットボトル入りで200円だった。あとで コーヒーを追加で買った。コーヒーは「シアトルズベスト」であった。現在、日本国内で大々的に展開している某チェーンではない。、「シアトルズ ベスト」は日本に展開しているのかは、知らない。さて、「シアトルズ ベスト」であるがアメリカンコーヒーのように薄い味だが、まろやかだ。某チェーンよりも、私の口には合うかも。

IMG_0405

 このフードコートの建物の構造、出口と入口は別である。特に入口と出口を分離する必要があるのかは、不明・・・・。ランチチイムは混雑するからかな。アメリカは、日本人から見ると変なところが機能的だ、といか・・・・。
 フードコートの外では、テントを出してドリンクを販売している。が、寒そうだ。 冷たいものは売れていない・・・。

IMG_0404


 フードコートの建物の隣に例のピザ屋のテントがあった。大きな男がチーズをまぷしたり、調理をしている。屋外の吹きさらしのところでの調理と仕込みだ。
 あとで、購入したのだが1700円と2100円のピザの二種類があった。大きな、平たい紙箱に入っている。糸をもらい、自分で吊り下げして持ち帰る。
 持ち帰って自宅で食べた。
 ↓ チキンも食べきれなかったので、自宅で食べた。

DSC09424


日米親善よこすかスプリングフェスタ2017 見学1 (米軍横須賀基地 公開)

 2017年3月26日(土)  日米親善よこすかスプリングフェスタ2017 見学1 (米軍横須賀基地 公開)
 ※記事の投稿は2018年、実際に行ったのは2017年
 
 ここはどこでしょう?。これは何の行列でしょう?。


DSC09392


  ここは、横須賀、記念館三笠前の公園だ。「日米親善よこすかスプリングフェスタ2017 」に入場するための行列である。並ぶのが、やや出遅れたのだが、こんなに混雑するとは思わなかったよ。
 横須賀のイベントは、2015年6月行った「横須賀YYのりものフェスタ2015」以来だ。あのときは、JR横須賀駅から近い、自衛隊の基地への入場であった。艦船「いずも」の内部を見学した。
 今回は米軍の横須賀基地の公開である。

 当日の「午前9時から イージス艦船 見学の整理券配布」との新聞記事が前日にあったので公開のことを知った。急きょ行くことにした。
 車で出発。横須賀には10時過ぎに着いた。横須賀港の近くのP(駐車場のこと。以下同じ。)に車停める。歩いて米軍基地のゲートへ歩く。と、基地には「正門から入る。」と思いきや違うのだ・・・・・。初めて来たので、入場方法を知らなかったよ。
 歩道を歩いて米軍横須賀基地の正門の前の道をまたぐ、歩道橋を渡る。正門ゲートの様子を見ると、基地には出入りする人がちらほらいるくらい。敷地内にも人はいない・・・・。「あれれ、公開はどこで行っているのかな。」と疑問に思う。

 すると、歩道橋を渡って(三笠公園の方向に歩いた)その先に行列が・・・・・。歩道橋の先、数十メートルのトヨタの販売店の前から。すごい行列だよ。想像以上だ。「ははーん、三笠公園の方から入るのか。」と理解した。
 10時20分前から行列に並ぶ。この日は、雨が降っている。風も冷たい。真冬のような気候だ。冷たい雨の寒い日だ。全然進まない行列は・・・・・。冷雨にされされたまま、じっと列が進むのを待つ。

IMG_0400

 列はジリジリ進んだ。
 ↓ 自分達の列の後ろを振り返った。

IMG_0399


 やがて進んで、列は漁港など近くにある「ポートマーケット」の駐車場付近に・・・・。ポートマーケットの前も行列。列は途中でふたつに分かれた。私達は一方の列に。

 正面に「hello Lodge」 の文字。ロッジがあるようだ。 ↓

 30分並んでもまだ、記念館三笠も見えない地点だよ。 並んでいると「ハロー ロッジ」という意味ありげな文字がある建物が目に入った。何のためのロッジでしょうか。ただの宿舎とは思えません。ここは、マンションの前である。この建物の前でまたまたずっと並んだまま、なかなか進まない。

DSC09390


 更にジリジリ進む。横須賀学院のそばの細長い場所が「三笠公園」。やっと到達したと思ったら、ここで先に分かれた行列と合流している。私達の並んだ列と比較してどちらが、進み方がはやかったのかは、分からない。
 このページの上の画像がまさにもう一列の行列と合流する地点の様子なのだ。

 公園内にはコーンが出ていて、列を折り返すことが出来るようになっている。猿島り渡船場、三笠公園の前を行列で並びながら進む。三笠前の広場に入る。三笠前の公園では、赤いプラコ-ンの間の列をジクザグに進む。 
 

DSC09393


 三笠前の公園のトイレは女性用が行列。
 既に出て来ている見学者もいる。手には大きなピザの箱を持っている。以前、聞いたことがある(テレピで見たのかも。)。米軍横須賀基地の中の「ピザが名物である。」と。知っている人は、基地に朝一番で入って、ピザのみ買って帰るのであろう。
 

 公園の敷地内で手荷物検査がある。セキュリティチェックを行うテントがある。身分証明書の提示は、外国人のみで日本国籍所持者は提示の必要無しだった。ただ、建前では公的身分証明書の提示が必要とのことだったが実際には検査していなかった。検査は専用のテントがあり、迷彩服の米兵がいる。証明書はヌキウチでチェックするのだろうか?。

 ゲートを通過するが、ピーと鳴る。感度を上げているようだ。空港では鳴らない私の身体ではあるが・・・・・・・。引っかかったのは、クルマのカギか、ベルトか・・・・・・・。 ゲートを抜けたところで、日本人の検査員「ベルトですかね。」とやさしく言って、円盤状のハンディ機械で検査するでもなく、そのまま進ませてくれた。付近でも「ピーピー」と結構鳴っている・・・・。空港よりも感度を上げている。鳴った人もハンド検査機では、私が付近を見た限りでは検査していなかった。ただし、怪しい人は別であろうが、私は怪しくなかったのかな??(笑)。


 ↓ セキュリティゲートを抜けたところ。ゲートを抜けると行列は無い。そのまま、基地の入口へ歩く。
  なお、テントではポップコーンは売っていない。黄色い屋根のテントなのでポップコーン屋のように見えてしまった。

DSC09394


 基地のゲートには11時50分頃入る。1時間半も並んだよ・・・・・。
 入口は公園脇の通路のような目立たない所だ。門も金属製のフェンスがあるのみの通用口のような所。ただし、フェンスは二重になっていて海沿いにもフェンスが張り出していて、不審者の侵入を防止している。


 「艦船見学の整理券の配布は終了しています。」と公園内では時折アナウンスをしていた。「イージス艦船」見学の整理券朝9時からの配布であったのでとっくに終わったろう。整理券入手のためには8時前には並ぶ必要があったろう。三笠公園の近くに車を停めることが出来れば近かったのだろうが、到着が遅くなったので仕方ないか・・・・。
 なお、私が並んだ時は、心配された周辺道路は渋滞まではしていなかった。

 公園内。基地の入口へ。↓

DSC09395


 兵士は迷彩服を着た米兵がいる。犬を連れていて数名でゲート付近を警戒している。アーミーのようにグリーンの迷彩服ではなく、紺のような迷彩服。ネイビーの海の色と同化する迷彩用の色彩であろうか。




DSC09396

 
 横長の公開エリア。 突端に向かって歩く。公開エリアの告知がでている。パンフレットなどの配布はない。
  案内図が出ている。

DSC09397


DSC09398

 「Navy Credit Union 」の看板がある建物も敷地内にある。
 立入禁止エリアの前では迷彩服の兵士がいるが、兵士達はヒーロー ヒロイン扱いで一緒に記念撮影に応じていたり、大柄の黒人兵士にサインを書いてもらっていたり。
 
 雨が強くなってきた。 兵士は傘はささない。帽子をかぶって歩き、濡れているのに、服がぬれることをを気にする様子もない。「雨で傘をさす。」のは、日本人くらいというのは本当だった。
 女性兵士もいる。小柄な女性もいるし大柄な女性兵士もいる。


DSC09399




「土佐のあかうし」 高知県田野町 ふるさと寄附金 お礼の品

 「土佐のあかうし」 高知県田野町 ふるさと寄附金 お礼の品

 はや平成30年も2月。
  節分も過ぎ、ヴァレンタインデーも過ぎ・・・・。時が経過するのは早いなーと思いつつ・・・。今年も聖ヴァレンタインデーは収穫ゼロ(つまりチョコレート無し。)だった。「今年も」という点がポイントなのだよ
 家族からすら、スルーされているよ、オレは・・・・・。
 
 さて、今年1月になってからのことだが、高知県田野町からふるさと寄附金のお礼の品が届いた。
 今までは、「土佐のあかうし」といえば田野町のお隣、奈半利町への寄附であった。今回は田野町でも「土佐あかうし」の取り扱いがあるということで、寄附先の自治体を変更した。田野町へは昨年、一昨年に引き続き三回目の寄附だが、田野町へは今まで「田野米」で寄附をしていた。
 お肉にはパンフレットが同封されており、田野町でもブランド名は「土佐のあかうし」となっている。と寄附をしたのが、昨年の12月中旬だった。到着まで1か月と少しで到着だった。お礼の品の「土佐のあかうし」は冷凍である。冷蔵ではない。しばらく、冷凍しておいて、後日食べることにする。
 
 
 ↓ 「土佐のあかうし」は冷凍で届いた。「田野町」のイラストも同封されている。
   お米のお礼の品では配達ダンボールにイラストが貼ってあった。

DSC03351





遊行寺宝物館 特別展「遊行寺の逸品」 鑑賞3(最終) 2018年2月

 遊行寺宝物館 特別展「遊行寺の逸品」 鑑賞3(最終) 2018年2月

 藤沢市にある時宗の総本山「遊行寺」、正式には「清浄光寺」の宝物館にやって来た。
 国の重要文化財で、有名な絹本著色「後醍醐天皇御像」は室内の一番突き当り奥のガラスケース内に展示されていた。
 展示室内では、僧侶の方がある見学者に個別に説明していた。私も少しばかり聞き耳をたてて見学した。やはり、展示品には作品名しか書いていないものも多いので説明は少しでも聞いた方が理解できるから。
 
 続いて順路に沿って平ガラスケースを見ていく。
 後醍醐天皇の直筆の文書の展示があった。といっても手紙のようにたくさん文字は書いていない。色紙に何かを書いたもの。書いてある内容は分からない。ご親筆であるが文化財指定は無い。
 「徒然草」や飛鳥井雅俊筆の「伊勢物語」、冷泉為和筆の「古今和歌集」の本が展示してある。展示品の横に作品名表示はあるが、解説文がないものもあるので、内容は分からない。説明の声が聞こえるが「飛鳥井家と関係が深く、飛鳥井家のものが(遊行寺に)奉納されている。」と。関東のお寺と京都の堂上公卿の間に密接な関係があったことが推測される。
 ↓特別展「遊行寺の逸品」のチラシの拡大。
  冷泉為和筆の「古今和歌集」の画像がある。

IMG_1683

↓特別展「遊行寺の逸品」のチラシの拡大。
 ガラスケース内に展示のあった古今伝授神壇図の画像がある。
 人物の付近に儀式の道具などの配置や儀式の方法?などが表現されている。
 展示によると遊行寺は密教と密接な関係があったので「灌頂」に関する儀式の図かと思ったが違うようだ。
 同じく展示されていた書籍の画像もある。

IMG_1682


 ガラスケース内の展示品を説明しながら僧侶の方は「歴史の教科書で知っている人の直筆の手紙があるのはすごいこと。」と言っている。武田信玄の書状がある。確かに末尾に「信玄」とかいている。内容は、「相模 ××と 俣野の間、××貫を預ける・・・・。」とあった。土地の権利を認めたものである。「俣野」は現在、戸塚区から藤沢にもある地名である。信玄はこの付近も支配していたのか、小田原市の北条を攻めたときに、滞在し、この付近の領地について差配したのかな。「預ける」という文字があるが、「与える」「知行する」という意味と同じことなのか分からない。その後、武田のこの文書がずっと有効であっかもわからない・・・。
 足利義昭の手紙がある。何かのお礼の手紙であった。時代は、信長の頃である。なぜ、遊行寺にあるのかは不明だ。そのとなりの展示品は足利義澄のもの。義澄って誰、と思ったが、11代の将軍だった。今川義元の手紙もある。和紙に大きく文字がかいてある。ただ、署名のところには「義元」とは書いていないような。「源・・」と書いてあったかは、忘れた。花押以外が直筆であるかは、分からない。
 
 藤沢市指定文化財「一遍上人縁起絵」の展示がある。国宝「一遍上人絵伝」の新しいバージョンのような巻物。江戸時代の写本かな、と思うくらい彩色が鮮やかだ。しかし、室町時代の作品である。国宝の絵伝にもシーンがあるが、一遍の生まれた伊予の一の宮「大山祇神社」の境内の場面かなと思ったが、紀伊の国の「熊野本宮大社」に参詣する一遍の様子の場面の展示であった。現在は、本宮大社は山の斜面に移転しているが、かつては川の中州にあったので、この巻物で描かれているとおり平地にあったのだ。

 ↓特別展「遊行寺の逸品」のチラシの拡大。熊野本宮大社の様子。 
 
IMG_1681


 ↓ 2018年2月、今回訪問時の遊行寺の本堂と境内の様子。
 買い物をした主婦らしき年配の女性が大根などをビニール袋に入れて、手に持って境内を通り抜けて自宅方向へ歩いて行っていた。買い物帰りの近道かな。境内が。

IMG_1678


遊行寺宝物館 特別展「遊行寺の逸品」 鑑賞2 2018年2月

 遊行寺宝物館 特別展「遊行寺の逸品」 鑑賞2 2018年2月

 藤沢市にある時宗の総本山「遊行寺」、正式には「清浄光寺」の宝物館にやって来た。
 展示ガラスケースに沿って順路が示されているので、それに従って見ていく。県指定の文化財「一遍上人像」と国の重要文化財指定の描け軸になっている肖像画がある。
 県指定の文化財「一遍上人像」はあの色黒で粗末な衣をまとった祈りをする?上人の姿。もう1点の国指定の重要文化財指定は「一向上人像」である。一遍ではない。解説が無いので分からないが、一向上人は一遍の弟子?にあたる人物で、初期の時宗の教団の高僧であろうか。藤沢市指定の文化財の肖像画も隣接して展示されている。
 順番に展示を見ていく。描け軸の画像などであるが、「熊野信仰」に関するものが何点かある。熊野信仰は平安後期が最盛期だった??と思うので、鎌倉時代から南北朝の時宗が成立したときにも盛んであったのだろう。現在は熊野古道として世界遺産にも指定されていて、知名度も高い。私も訪れたことがあるので、なじみ深い。
 国の重要文化財 絹本著色「後醍醐天皇御像」は室内の一番突き当り奥のガラスケース内に展示されていた。歴史資料集でも見たことがいる肖像画である。改めて「本当にここにあったんだ。」と思った。日本で義務教育を受けたことがある人ならば、ほとんどんの人は、この写真は見たことがあるのではないか。
 と、隣に紙本著色「後醍醐天皇御像」の展示がある。紙に描かれた肖像画なので、ややインパクトが弱い感じがあるし、彩色が新しいので、後世の制作である。解説文が掲示してあり、新発見された「後醍醐天皇御像」であるとのこと。 国の重要文化財 絹本著色「後醍醐天皇御像」を写したものであるそうだ。そういえば、時期は忘れたが、以前新聞で記事を読んだことがあるような。
 実物を初めて見たのだが、絹本著色「後醍醐天皇御像」は歴史資料集では拡大の画像しか使用されていないことが、分かった。天皇の御像の上には文字が書かれている。縦書きで神仏の名称が書かれているのだ。みっつ書かれている。真ん中には「天照皇大神」とある。左右に「八幡大菩薩」と「春日大明神」と大きく書いてある。天皇の肖像であるので、「天照皇大神」と天皇の真上に書いているのだろうか。神仏の加護を祈った肖像のように感じた。隣の紙本著色「後醍醐天皇御像」(文化財の指定なし。新発見のもの。)は、「八幡大菩薩」と「春日大明神」が重文指定と比較して、文字の左右の配置が異なっている・・・・。右に「春日大明神」、左に「八幡大菩薩」と全く左右が逆になっているのだ・・・・。模写であるから深い意味はないのかな・・・。解説文にも書いていないし。壁面に展示されているこのふたつの肖像画の手前には由来を示す寺の巻物文書が展示されている。絹本著色「後醍醐天皇御像」がなぜ遊行寺にあるのかその経緯が書いてあるらしい。

 私が、ふたつの「後醍醐天皇御像」を見比べていると、青い作務衣をきた僧侶の方が、スーツ姿の男性2人をつれて室内を早足で歩いて、一番奥の「後醍醐天皇御像」の前までやってきた。僧侶の方解説がはじまった。
 二人の訪問者のために話を始めたのであるが、ついでと思い私も聞き耳を立てた。話の内容は「元々、天皇像として描かれたものではなかった。」というような説明に聞こえた。本当だろうか?。真偽の程は分からない。私の聞き違いかな。説明では「後醍醐天皇の崩御の後、35日の法要のために制作された。」そうだ。私が思った通り密教の法具を持っているし、「天照皇大神」の神号をかいてあるし「信仰対象の「曼荼羅である。」と。文観(もんがん)が奉納したそうで、御像に目を書き入れしたのも文観だそう。天皇のお姿の冠の上の丸は、やはり太陽で大日。」と。「大日如来」を現しているのだ。
 更に僧侶の方はスーツ姿の男に説明を続ける。「(展示ケース内の文書を差しながら)この絵の由来がかいてある。(紙本の「後醍醐天皇御像」)は、私が見つけた。描いた日付までわかってしまっている。(現在重文の「後醍醐天皇御像」)近くにおいて写した。よってほぼ同じ大きさてで絵の輪郭も重なる。(「春日大明神」と「八幡大菩薩」の文字の)左右が入れ替わっている点はわからない。ウィキ(ペディア)では、古いくすんだ画像がのっている。昭和59年ころに修復して顔の部分のなどが鮮明になった。(ウィキに掲載されている)画像は、修復前(のもの)らしい。極めて重要な作品で、(現在は)国の重要文化財であるが国宝に近い作品。」とお話があった。
 説明を受けていた男性が質問する。「模写はどこで見つかったのですか?。お寺の倉庫の中にあったのですか?。」などと僧侶の方に聞いている。
 写した紙本の「後醍醐天皇御像」は「(天皇の衣の)袖に龍紋がある。制作当時のことがわかる資料だ。(天皇の)口は省略されて描かれているが、ほぼ忠実に写されている。・・・」とのお話が聞こえた。

 男性2人と僧侶の方は、別の展示物の前に移動した。改めて「後醍醐天皇御像」を鑑賞する。重文指定の作品の天皇のお口は、よーく見ると黒い。歯に鉄漿(おはぐろ)をしているのだ。写真で見ただけでは、あまり気づかない。実物を見たから判るのかも。
 「龍紋」については私もよく理解できなかった・・・。天皇のみが使用を許されたのが「龍」の紋のある衣なのであろう。天皇の御座の手前の獅子2体も目を引く。歴史資料集には、省略されてしまう部分である。実物を見たので分かった。確かに信仰対象のための御像であると感じた。

 紙本の「後醍醐天皇御像」については制作年は作品を見た限りでは書いていない。どこかに書いてあるので制作年が判明したのだろう。肖像画の手前の由来を示す寺の巻物文書には確かに「文観」の名がある。制作後、ここ遊行寺に納められて、今日(こんにち)まで伝わっているようだ。
 続いて、付近の平ガラスケースなどを見る。

  
 ↓ 2018年2月、今回訪問時撮影の遊行寺宝物館。
   絹本著色「後醍醐天皇御像」の拡大写真がポスターになっている。

IMG_1676

 特別展ポスターの拡大。
 国指定 重要文化財指定 「一向上人像」の画像がある。

IMG_1680

遊行寺宝物館 特別展「遊行寺の逸品」 鑑賞1 2018年2月

 遊行寺宝物館 特別展「遊行寺の逸品」 鑑賞1 2018年2月

 藤沢市にある時宗の総本山、正式には「清浄光寺」(一般的には「遊行寺」と呼ばれている)にやって来た。
 久々の「地元ネタ」。積極的に掲載していかねば(笑)。あっ、昨年11月の鎌倉国宝館「足利持氏展」の記事も詳細掲載しているぞ

 今回の企画(特別)展の目玉は、重要文化財「後醍醐天皇像」。教科書、歴史資料集などでその画像が必ずといってよいほど掲載されている肖像画である。 その「後醍醐天皇像」が藤沢の遊行寺にあるというのだ。知ったのは最近のこと、というより昨年の春先だったか、遊行寺のウェブサイトで見たか、掲示してあるポスターで見たのどっちか。1月1日の初もうでから2月中旬にかけて開催された企画展で、展示されていることを知った。ポスターの写真も「後醍醐天皇像」の拡大一部画像が掲載されていたので。
 教科書や歴史資料集に掲載されている「後醍醐天皇像」には「清浄光寺蔵」と必ず記載されているであろう。だから、「清浄光寺蔵」とこの肖像画の画像を見たときは認知していたのだろうが、いざ企画展の告知を見ると「いや~、知らなかったよ。でも、なぜ後醍醐天皇ゆかりの吉野(奈良県)や京の都にある寺院ではなく、京から遠くはなれた、しかも天皇が悲願の打倒を果たした鎌倉幕府の所在地近くのお寺にあるのか?。」と率直に思った。
 しかし昨年は、なぜか見学に行かなかった・・・・・。重要文化財「後醍醐天皇像」はのみがしてしまった訳だが、今年になってからも特別展「遊行寺の逸品」というタイトルで公開されていた。特別展のポスターは、昨年と同じく重要文化財「後醍醐天皇像」の拡大写真が掲載されている。特別展は1月1日から2月12日までである。
 初詣のついでに来ると、又は毎年1月2日と3日に開催される箱根駅伝の観戦のついでに来ようと思ったが、結局実行せず。しかし、今年こそは見逃すまい、と会期終了の間際に遊行寺宝物館にやって来た次第だ

 本当は「初もうで+箱根駅伝観戦」を兼ねてくるのがよいのですけどね。国道1号線の「藤沢橋」の交差点、箱根駅伝の中継においては「遊行寺前」付近で観戦がよいのではないか。特に箱根駅伝の「遊行寺前」はタイムのチェックポイントでテレビに映ることが多い。よって、沿道で観戦をしていれば、テレビに映る可能性が高い。
 前回は宝物館のリニューアルオープンを記念して「一遍上人絵巻 全巻公開」と銘を打たれた展覧会に2015年の11月と12月の2回来た。

 重要文化財「後醍醐天皇像」。天皇の冠の上には、赤い球体が描かれている。「日の丸」を思わせる真っ赤な日輪である。そして天皇は手に「三鈷杵」など密教の法具をお持ちになられている。密教の儀式の様子を描いたお姿なのだ。密教といえば、高野山か比叡山であろう。何故、時宗の総本山、関東の地、藤沢の清浄光寺にあるのか、ますます分からなくなってきた・・・・。近年、藤沢など東海道線沿線地域も東京、横浜の通勤圏内にあるベットタウンとして住宅化が著しい。だから、私も元々神奈川出身とはいえ、居を定めて住んでいるのだ。近隣に住んでいても、遊行寺にはなかなかやって来る機会は無いなあ。
 とある最終日にも近い休日、急いで特別展「遊行寺の逸品」の見学に行った。1階のチケット売り場で購入する。入館料500円である。展示室は二階。改めて展示室の中に入ってみる。2年前のリニューアルオープンのときと展示室内の様子は変わっていない。
 室内は会期末近くのためか、思ったよりも入館者がいる。室内には私以外で6名くらいだろうか。私よりも若いくらいの年齢の男女もいる。途中から、20歳台~30歳台前半と思われる男性も1人でやってきたし、60歳くらいの夫婦らしき男女もいたり、60歳~80歳くらいの年配者ばかりと思ったが、意外にも平均年齢は高くない。
 展示室に入ってすぐのところにある空也の小さい象はそのままだった。文化財指定は無いが、室町時代の木像である。前回同様一遍と空也の関係は、展示されているこの木像を見ただけでは分からない。「なぜ、時宗に空也なのか?。」と思ってしまう。
 室内の壁には一遍上人と遊行寺の年表が掲示してあるのも同じだった。前回訪問時にもあった。
 改めて年表を見てみると、一遍上人は「伊予の国の生まれ。」とある。「そうだったな。」と思い出した。伊予もルーツのひとつある私自身にとっても身近に感じる

  
 ↓ 2015年11月に訪問時撮影の遊行寺宝物館。展示室は二階でした。中に入ってみるとさほど広くありません。 宝物館に入るのは3回目である。「一遍上人絵巻」の特別公開のときに2回来たことがある。

IMG_3012



 
















 

↓ 今回訪問時の宝物館。寒い日であった。「真冬の快晴」であった。

IMG_1679























 


2018年2月 総合文化展(常設展) 鑑賞3  「刀剣鑑賞の歴史」 東京国立博物館

2018年2月 総合文化展(常設展)  鑑賞3  「刀剣鑑賞の歴史」 東京国立博物館

 
  刀剣の展示室を見学し、更に奥に進む。と、角の部屋に刀剣の展示があった。普段は、茶道具やその他工芸品を中心に企画展示を行っている部屋であった。「別の所に刀剣の特集展示があります。」とは書いていなかったような・・・。
 「やっと、見付けたぞ。」と思い、展示室をぐりと見渡す
  「刀剣鑑賞の歴史」のパネルかが展示室の入口に掲示されていた。

DSC03395

 と、展示室の真ん中のガラスケース内には書籍の展示があった。独立四方型ガラスケース内に展示されている何かすごい貴重な典籍かな、と見る。

DSC03379

 作品名は「古今銘尽大全 」と書いている。西暦でいうと1717年の江戸時代に発行されたもの。刀工の系図が示されている。文章中にも「系図」と当時の漢字での文字が読み取れる。「貞宗」「×弘」「国光」などの弟子の弟子などの師弟関係図である。文化財指定はない。
 そして、壁に沿って刀剣を見ていく。国宝の刀剣優先で見ていく。

 と、ありました。国宝が。「刀 相州貞宗」(名物 亀甲貞宗)である。
 太刀ではなく刀なので、刃を上にして展示されている。

DSC03382

DSC03381

 相州の刀剣、ここで時々展示される。この相州の刀を以前見たことがあるかは、忘れた。たぶん、私はこの「亀甲貞宗」を見るのは、初めてである。
 「貞宗は正宗の実子とも養子ともいわれている」そう。正宗と見間違うほどの見事な出来栄えだそうです。
 亀の甲羅の銘があるので「亀甲貞宗」とある。確かに亀の甲羅のような六角形の銘が入っている。文字ではなく、マークを刻んだのですね。亀甲紋、六角形の紋。カタカナで書くと「キッコウモン」。話は変わるが、ある企業の名称の由来もこれではなかったか。(違うかも知れないが。)

DSC03383

国宝「短刀 相州行光」 銘 行光。
これは最近、たしか昨年か一昨年くらいに見たことがある。刀剣ブームで私も刀剣男子デビューの時期だったので、よーく覚えている。


DSC03384


DSC03385

銘 行光の解説のとおり、「行光」と確かに刻まれている。
加賀藩の前田家に伝来したそう。茶器と同じく、誰が使ったか、所持したかが、結構重要のようだ。素人目にはどれが重要なのか分からないし。

DSC03386


DSC03387


国宝「刀 相州正宗」 (金象嵌銘 城和泉守所持 正宗磨上 本阿(花押))
これが有名な「正宗」の作品なのですね。おおー、確かに立派だ。

DSC03388

 刀剣初心者でも刃紋が凄い立派だというのがわかる。大きかったり、小さかったり、波打つようなダイナミックに。すごいハモンです。


DSC03389

 確かに金色の着色文字で書きこみがある。
 本阿弥家が鑑定したので「銘 本阿」らしい。武田家家臣の城家から献上され、江戸時代に本阿弥家が鑑定して「正宗であるぞ」はく付けしたのだろうか。「本阿」と書いてあり、花押が金色の文字である。津軽家に伝来したとある。


DSC03390

 いやー、昨今の素材メーカーの製品データ改ざんではないが、俺が当時の鑑定家だったら、テキトーに「正宗」と銘してしまうけどね。それだけ「正宗」の刀剣は珍重されたということだろう。
 でも、オレが鑑定しても権威が無いから、信じてもらえないな(苦笑)。

 国宝「刀 相州正宗」(名物 観世正宗)
 やっと正宗について理解してきた。
 この作品も以前見たとがある。トーハクではおなじみの刀。

DSC03391

 説明によると観世家から徳川家に伝わったとある。能楽の観世家由来の刀で家康に献上した。
観世家としては能楽の保護のお礼だったのかな。「最後の将軍 慶喜から有栖川熾仁親王に献上された。」とある。確か、慶喜の実母は、斉昭の正室で、有栖川宮家の出だったはず。すると、母の実家に献上したのだ。


DSC03392

こちらの刀もハモンが凄いです。ダイナミックに波打つ波紋だ。

DSC03393

↓ 密教由来?の、梵字のような彫刻がある。つかと刃の分かれ目の部分の黄色い金属は、後世に付けたしされたのだろうと推測。桜の模様は所有した大名家のものか。

DSC03394

 展示ガラスケースの前は人が途切れることが無かった。
 ついで平成館に移動した。




2018年2月 総合文化展(常設展) 鑑賞2 「刀剣展示室」 東京国立博物館

2018年2月 総合文化展(常設展)  鑑賞2  「刀剣展示室」 東京国立博物館

 2018年、平成30年、今年最初の東京国立博物館にやって来た。
 「特別展 仁和寺と御室派のみほとけ」を鑑賞する予定で来たのだが、先に常設展(総合文化展)を鑑賞した。二階の国宝室付近の展示室をざっと見て、一階に降りる。工芸品などの展示室の先の刀剣の展示室に向かう。
 特にこの1月30日から、刀剣の特集展示が開始されている。「刀剣男子」のボクとしては注目しているゾ(笑)。
 だって、 「特別展 仁和寺と御室派のみほとけ」よりもこちらの刀剣展示開始にあわせて、今年の「初訪問」のスケジュールを組んだのだから(笑)。

 展示室にはたくさんの観覧者がいる。国宝の刀剣はどこかな、と探すが、ガラスケースの前に柵が設けられ、列ができている箇所があった。皆、盛んに刀剣の撮影をしている。ここに国宝の刀剣の展示が1件あった。
 並んでいるので、ちょっと見るのに時間がかかりそうだな、と思い、国宝の刀剣は別にある筈と室内を探す。

 混雑していない別のガラスケースから鑑賞。「龍紋」らしき文様が刀身に刻まれている。

DSC03364


 国宝太刀 「長船長光」。以前も見たことがある。時折展示されていると記憶しているので、おなじみの所蔵品かも。以前は、あまり興味が無かったのでほぼスルーしていたが・・・・。

DSC03366

 銘の部分の拡大。判読がしにくいが、「長光」と刀身に近い部分に刻印されている。
 他の文字は刻まれていないようだ。 

DSC03367


DSC03365

 刀剣とそのと前の刀剣や鎧などを展示している室内をぐるっと見て、国宝の刀剣を鑑賞するための行列に並ぶ。
 ↓ 画像の右に行列ができている。手前に展示の鎧は複製品だったと記憶する。  
  (刀剣展示室の)手前の部屋にも刀剣の展示があり、ガラスケース前には人が多い。熱心に撮影している人もいた。

DSC03375

 列に並ぶ。並んでいるのは10人から15人程度であるが、皆じっくり観察したり、撮影をしているので列は進まない。
 よって、立ち止まっている間にガラスケースの側面から撮影した。
 国宝「古備前包平」(名物 大包平)
 横から見ても長い。

DSC03370


DSC03371

 大きい、本当にながーい。「大包平」の名の如く、大きいのだ。
 昨年の夏に同じガラスケースで「三日月」と呼ばれる刀剣の展示があったが、更に大きいのではないか?。
 サイズは覚えていないが。

DSC03372

 刃紋の形が波々というのか、丁子刃というのか、正式な呼び名は覚えられないのだが、見事な刃紋だ。
 長い刃にホワンホワンと刃紋が凄い。立派な刀身ですね~(素人の戯言ですが。)。

 ↓ 拡大して見ると「備前國  包平」と銘があるようだ。

DSC03373

 共に備前の太刀である。昔から、良質の刀剣が生産されていのですね。備前では。
 国宝の2点の太刀、共に「太刀」だから刃を下にして展示してあるのかな?。展示方法に決まりがあったと思うが、覚えていない。
 かつての備前の国に住んでいたのに、ボクは当時刀剣に興味を示さなかったよ。知ってはいたけど。長船も当時の備前市も時折、何かの用で通ることはあったけどね。備前焼は見に行ったことがある。長船は「竹久夢二」の記念館もあるが、行ったことがないよ。何をやっていたんだオレ?。
 もっとも現在の長船では常時展示される国宝刀剣の博物館登録施設は無いはずである。だから、見に行ったことが無いのかも(言い訳)。刀剣の製作現場を視れる訳でも無いだろうし(推測)。

 刀剣の付属品のガラスケース。
 室内は多くの観覧者がいた。「刀剣女子」は少なくなったような。男性の方が多かったかも。女性の観覧者の年齢も若い人は少なくなり、中年以上の方が多いような。「漫画ブーム」も一段落だろうか。

BlogPaint

 室内にある国宝の刀剣は2点だった。もう1回、ぐるりとさほど広くない室内を探すが、他の国宝刀剣は無いのだ。あれ、おかしいなと思う。あと3点程度は国宝刀剣の展示があるはずなのだが・・・・。別の所かな・・・。
 「まあ、いいか」と思い直し先の展示室に移動する


2018年2月 総合文化展(常設展) 鑑賞1 東京国立博物館

 2018年2月 総合文化展(常設展)  鑑賞1 東京国立博物館

 2018年、平成30年、今年最初の東京国立博物館にやって来た。
 東京国立近代美術館を見学し、地下鉄に乗って上野駅で下車、上野公園内を歩いてやって来た。昨年は、1月の「博物館に初もうで」に出かけて、その後、寒風の中、文京区立森鴎外記念館まで歩き、鴎外の親友として知られる「賀古鶴所」についての企画展も見学したのだ。けども、今年はなぜか1月のお出かけは見送りとなってしまった・・・・(苦笑)。

 敷地内に入るが、いつもよりも入館者が多いようだ。外国人の入館者も多いのだが、それ以上にドメスティックの入館者がいつもよりも多いような。特別展「仁和寺」が開催中だからでしょうか?。
 正月休みの期間は、もっと多かったのでしょうか?。ただし、正月期間は特別展が開催されていないのであるが。

 常設展(総合文化展)を鑑賞した。国宝室の「大聖武」は昨年、国宝室の「隣」の展示室で見たことがある。
 あのときは、巻物全部は公開していなかったと思うが、今回は全部横に長ーく、開いていた。
 解説文には以前あった「・・・王者の風格がある・・・」とは書いていない。
 聖武天皇の直筆という訳ではないようだ。
 (画像なし。)

 続いて、常設展(総合文化展)の二階の展示室をざっと見る。
 東京国立博物館のウェブサイトでも紹介されているが、この1月以降2月までの展示の目玉のひとつが、重文指定の「鳥獣戯画断簡」。描け軸のように「軸装」されている。


DSC03377

 どこかで見たような絵。「あれっ、この絵は巻物の中、甲巻の中になかったっけ?。」と勘違いしてしまいそうなくらい、似ている。

DSC03376


 見てから、一階に降りる。刀剣の展示室に向かう。特にこの1月30日から、刀剣の特集展示が開始されている。「刀剣男子」のボクとしては注目しているゾ(笑)。

 刀剣の展示室を見た後のことを先に書くと・・・・・。
 1階の近代の絵画は、以前見た浅井忠などの絵画。絵画の著名作品の展示は無いが、重要文化財に指定されている工芸の代表作の展示があったのだった。
 宮川香山 「梅樹図大瓶」(漢字の表示の関係で省略して書く。)。2月のこの季節らしく、梅の模様の置物だ。

DSC03396


 ガラスケースの中に展示されている。
 以前も見たことがあるのであるが、近代の展示室でこの日一番、目にとまった作品は ↓ やはりこの作品だ。
 「以前見た」のがいつのことか、確認すると2015年6月のことだったらしい。季節は今と真逆で「初夏」のこと。
 あとのきは、特別展「鳥獣戯画と高山寺の至宝」の開催中であった。あのときは確か3時間、並んだと記憶する。その前にこの展示室で見ていたのだった。
 今回、重文指定「鳥獣戯画断簡」とともに鑑賞したので、何か運命的なものを感じる
 あのときは、 「梅樹図大瓶」について1枚しか画像を撮影しなかった。しかし、今回は複数枚撮影し、じっくりと鑑賞した。たぶん、特別展「鳥獣戯画と高山寺の至宝」の行列が気になって、あまり気持ちに余裕が無かったのでしょう(苦笑)。


DSC03398


 重文作品としては鈴木長吉の銅製の「鷲 置物」の展示があった。同作品は、近年ほぼ常設で最近は展示されている。つまり、近代の重文指定作品は「鷲 置物」以外に、あと1点、絵画か工芸が展示されるような感じ。


2018年2月 常設展 鑑賞(第一日曜 無料観覧日) 東京国立近代美術館

 2018年2月 常設展  鑑賞 東京国立近代美術館

 2018年、平成30年、2月に入ってからの今年最初の美術館訪問である。1月は特にどこにも行っていなかったのだ。
 この日は、第一日曜日、つまり東京国立近代美術館の常設展示の無料観覧日である。その日にネライを定めてにやって来たのだ。地下鉄竹橋駅で下車して、美術館への坂道を歩く。

 快晴ではあるが、寒い。とても寒い・・・・。しかし、抜けるような青空だ。去る1月の末に降雪があり、都内にも積もった。平日の午後の積雪だったので、都心部の交通が大混雑したことは記憶に新しい。更に2月に入ってからも降雪があった。観測上では1cm程度であったようだ。が、すぐに溶けて残ることは無かった。1月の降雪の記憶があまりに残っていたので、積もると思ったが、実際はほとんど積もらなかったのだ。
  入口の看板ではこの春開催の「横山大観展」の告知もあった。春、桜の咲くころに再びボクはここにやって来るぞ!!。

DSC03361

  東京国立近代博物館の建物外観。奥の国立公文書館は、日曜日でお休み。特別展以外の展示期間においては、日曜日がお休みなので、東京国立近代博物館の無料観覧日と公文書館を「無料セット」で訪れることがなかなか出来ない・・・
 壁の影になっているところ、、わずかに1月末の雪が残っていた。確実に2月の雪ではない筈。↓ 

DSC03362

  企画展の鑑賞は割愛して、常設展のみを鑑賞した。エレベータに乗り、4階の展示室に行くのはいつもと同じだ。4階の「ハイライト」の展示室に入る。人は10名くらいだろうか。シーンとした静寂の空間が広がっている。
 黒服の看視員が2名立ったている。この美術館の常設展示室は、撮影禁止のマークがある作品以外はフラッシュ無しなどの条件のもとに原則撮影可能。あまりにシーンとしていて、撮影をする人がいない。カメラの電源を入れる音さえ響いてしまうくらいの静寂だ。念のため看視員に確認して、カメラの電源を入れた。
 
 「麗子像」幼年期の肖像画。昨年の11月、といっても2か月少し前だが、ふくやま美術館で「16歳の麗子像」を鑑賞した。最後の麗子像で同館では一番お値段の高い作品と説明があった。最後の麗子像である理由は、直後に劉生自身が亡くなったから、であった。なお、重要文化財指定の「麗子像」は東京国立博物館の所蔵。
 ↓ 作品の上部、右から左に「麗 子」と漢字が書いてある。
      鏡に映った??、やんちゃな時期の子どもの麗子像かな?。

DSC03355

 ハイライトの日本画展示ガラスケース内には安田靭彦「黄瀬川陣」の展示があった。
 1年半前、つまり2年前の春に開催された「安田靭彦展」で展示があった。現在において、安田靭彦作品唯一の重文指定作品。「黄瀬川陣」を鑑賞するのはそれ以来、2回目だ。

DSC03354

 左の「義経」の屏風の描き方にはスペースがたくさんあいている。地面に打ち込まれた杭、更に左の地面の紅葉した葉っぱといい、なぜか「秋日」、つまり義経の落日を感じてしまうのだ。
 晴れ晴れとした兄弟の対面の場の筈なのに、のちの悲劇的な彼の運命を暗示しているかのように。

DSC03353

 おなじみの「金蓉」 安井曾太郎 筆 の展示もあった。昭和9年、1934年の作品。
 解説文は以前と同じだった。「・・・モデルは、日本人で満州(当時)のヤマトホテルに勤務していた小田切峰子という女性をモデルに描いたという。 女性の左肩の部分が通常あり得ない姿で描かかれているそう。」という意味の文章だった。
 うーん、確かにそうだ。肩を下げたような、遠くから見るとバランスがとれているような構図。

DSC03356

 個人的には当時、曾祖父の一人は満鉄に勤務していたし、この前亡くなった祖母は当時満鉄の社宅に住んで現地の小学校に通っていたので、何となくその時代を感じるのだ。
 
 4階の展示室を見たのち、いつもの如く3階へ。戦争画の展示室に。2015年の冬に開催された「藤田嗣治 戦争画 展」で展示があった「シンガポール 最後の日」の展示なとがあった。1942年2月、シンガポール総攻撃時のブキ・テマ高地からの俯瞰図である。
 サイパン島の玉砕の様子を描いた作品もあった。橋本八百二 「サイパン島大津部隊の奮戦」。 構図は似ているが、藤田の作品ではない。解説文には藤田作品と対比した説明があった。「・・・・藤田の作品には、自ら銃を向ける男、自決する(女の)住民の様子がえがかれているがこの作品には戦闘員の様子しか描いていない・・・。」当時、もちろんサイパン島への渡航は不可能であるので作者は「想像で描いた・・・・・」とも解説にあった。
 (あまりに凄惨な画なので、この展示室内の撮影は控えた。)

 3階の日本画フロアに。菱田春草の作品展示があった。

DSC03357

DSC03359

「雀に鴉」

DSC03358

 野性的???で暴れん坊そうな??な、カラスと小さくてかわいらしいスズメが対比されている屏風絵。
色彩の薄い画は、なんとなく代表作「落葉」のイメージを感じさせる。
 展示室内に「畳」の座所が設置されていた。以前もあったのだが、忘れていた。日本画の展示室らしく、低い位置から座って、畳に腰かけて日本画を鑑賞できるように工夫されていた。

DSC03360

 誰も写っていないタイミングで左双と右双を遠くから撮影した。
 なんかいい構図で撮影出来た。(自己満足・・・・。)

 今回、特別展(企画展)には行かなかったが、特別展の最初の展示室が、常設展へのエレベータホールから見るのだ。たくさんの入場者が見えた。

プロフィール

りょうげつ

カテゴリー
  • ライブドアブログ