良月(りょうげつ)の たび日記

神奈川県 湘南地区在住。折口良月(おりぐち りょうげつ)の神奈川、東京、静岡、山梨、長野など関東近郊地域への行楽、外出。美術館、博物館めぐり。その他国内旅行などお出かけの記録。

2018年08月

 

敦井美術館 「陶聖 板谷波山展」 鑑賞3 新潟市

 敦井美術館 「陶聖 板谷波山展」 鑑賞3 新潟市 2018年8月

 新潟市にある「敦井美術館」(つるいびじゅつかん)、会期は、7月9日から9月22日の土曜日まで。
 
 私が入館したのは、開館時刻直後の午前10時01分くらいであったので、本日最初の入館者であったが、あとから 70-80歳台くらいの女性と息子夫婦と思われる組が入館してきた。次いで、60歳くらいの夫婦が入ってきた。

 波山は、ざくろを好んで用いたようだ。重要文化財「彩磁禽果文花瓶」や「葆光彩磁珍果文様花瓶」と似たモチーフの作品がいくつか展示してある。しかし、どれも小さい作品である。果実や葉の表現が似ている。上記二点が波山の代表作なのでろあう。小さい作品がいくつもあって、大作を制作したのだろう。

 美術館の所蔵作品図録が展示室内のイスの横に置いてあったので見る。今回の出品作品のうち、代表的なものの解説と写真の掲載があった。

 波山の妻も制作を手伝ったそう。「板谷玉蘭」の名で、作品の皿の展示が1点だけあった。「マジョリカ 蕪皿」と作品名が書いてあって、カラフルな彩色の蕪の絵が底に表現されているお皿だった。

 展示の最後の方に、敦井産業創業者、美術館創設者、敦井氏77歳喜寿の祝いの茶碗があった。小さいが波山がオリジナルで制作した作品で「喜寿」の文字が木の枝のような文字に浮かびあがるようにデザインされている。「仙桃茶盆」(「盆」は当て字。正確には違う文字。)。長寿を祝う、桃の果実と枝の作品であった。
 波山の晩年の作品でもあり、敦井氏と波山の深い親交を物語る作品である。敦井氏は、波山に作品を注文していた、いわばヘビーな顧客だったのだ。
 絶筆となった波山の小さい「鉄線花」絵(スケッチ)もあった。波山は満91歳の長寿で没していた。文化勲章を受章した時の写真や最晩年の写真もガラスケース内の壁に掲示されていた。

 他の人はまだ展示室を見ていたが、私はもう一回、重要文化財「彩磁禽果文花瓶」と「葆光彩磁珍果文様花瓶」をじっくりと見て、退出した。
 


↓ 美術館の外、入り口の横に掲示してあった看板。
左、重要文化財「彩磁禽果文花瓶」と右、「葆光彩磁珍果文様花瓶」など。
バスと通行人がガラスに反射して映っている。
  

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 車を取りに戻る。あとで、美術館パンフレットを見て知ったのだが、40分間無料になる指定パーキングがあった・・・。気づかなかった・・・・。

↓ 北陸ビルの一階に美術館はある。車を取りに戻る際に道路の反対側から撮影。
 


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敦井美術館 「陶聖 板谷波山展」 鑑賞2 新潟市 2018年8月

 敦井美術館 「陶聖 板谷波山展」 鑑賞2 新潟市 2018年8月

 新潟市にある「敦井美術館」(つるいびじゅつかん)、初訪問である。
 
 会期は、7月9日から9月22日の土曜日まで。
 入館したのは、開館時刻直後の午前10時01分くらい(笑)。本日最初の入館者である。室内には私以外に誰もしない。シーンという静寂に展示室内はつつまれている。曇天であるため、今までよりは幾分気温が低い。が、この夏の猛暑である。美術館に向かう途中で既に汗をかいているため、室内は冷房が効いていて涼しいので助かった。
 茨城出身の板谷波山の展覧会である。入口横に波山の経歴が掲示されている。現在の筑西市(合併前は下館)の出。北関東の関東平野のドマンナカの出身だ。「波山」の号は「筑波山」からとったことは容易に想像できる。彼の故郷からは雄大な筑波山が間近に見えるのだろう。
 以前、つくば市(つくば研究学園都市)に行ったときも北の方向にそびえる、筑波山が大変大きく見えたものだ。
 明治5年に生まれ、東京美術学校を卒業している。横山大観とは5年違いであるが、出身学校は同じ、出身県も同じ茨城である。が、波山は下館、大観は水戸と離れているし、陶芸と絵画とジャンルは違う。二人にどれだけ交友があったかは、展示からは分からない。年賦によると波山は岡倉天心を尊敬していたという点では大観と共通しているので、それなりの交友はあったと思うが、推測でしかない。
 
 順番に展示室を見ていく。順路が定められている。ほぼ、長方形の展示室を時計と反対まわりに見ていく。
 最初は、花瓶や香合、壺?などの比較的小さい作品。いわば、イントロダクション展示。展示品リストには50点の波山作の展示作品が掲載されているが、掲載は制作年代順であり、実際の展示の順番とは異なっていた。
 ガラスケース内部の展示作品を見ていくのだが、ガラスケースに展示室外のロビーや外の道路を通行する車が反射するのだ・・・・。先程私も開館前に通ったのだが、外の通りを走る路線バスが反射して目にはいってくる。実をいうと展示室内は全くの「静寂」という訳ではなく「ブブーン」という、バスの走る音も聞こえて来ることもある。


 重文(重要文化財)作品は、展示室が折れ曲がるところにあった。展示室は長方形ではなく、くぼんでいる所がある。その角のガラスケース内に大作の展示があった。
 「彩磁禽果文花瓶」

 大きい。高さは1メートルはないが、デカい。「さいじ きんかもん かびん」とふりがなが振っている。その名通り、禽獣、鳥の姿が表現されている。果実は「ザクロ」だそう。

 鳥は、人間のような顔つきをしている。鳳凰だ。「禽」は伝説の鳥であった。実在の鳥ではない。
 鳳凰の横に植物は、ざくろの実とその周囲の葉が描かれている。解説によると、鳳凰はむかいあっているそうだ。作品の「展開写真」の掲示が傍らにあった。オスとメスの鳳凰だ。オスは勇ましく、羽を広げていて、メスはオスの方向をかいがいしく見ていた。(というより、見つめ合っていた。)
 展開写真のメスの鳳凰は、残念だが、どんなに私が首をのばしてガラスケースの後の壁にかくれてその顔は 見ることができなかった。オスの鳳凰を正面に向けて展示しているため、真裏のメスは鑑賞不可能なのだ。
 ざくろのも向かい合ったて表現されている。花瓶は全体的に薄い彩色がされている。濃い彩色ではない。何となく、淡い彩色。

 解説パネルによると、戦後昭和34年、東京のデパートの日本橋高島屋?で開催された波山の個展に出品され、波山自身も代表作と、い並ぶ見学者に解説したそうだ。その模様の写真が掲示されている。死去数年前、齢(よわい)80何歳に達した波山と作品の大きな花瓶とたくさんの見学者のモノクロ写真だった。
 泉屋博古館所蔵の作品に続いて、波山の二番目の重文指定の作品と説明文にある。指定は平成18年なので、指定から10年と少ししか経過していない。


  重要文化財「彩磁禽果文花瓶」の隣に展示してある花瓶も大きい。首の部分が無いだけ、隣の花瓶よりも低い程度の高さ。「葆光彩磁珍果文様花瓶」。「ほうこう さいじ ちんか もんよう かびん 」と読む。
 青い色と花の淡い赤が目立つ。色彩が濃いので重要文化財「彩磁禽果文花瓶」よりも目立つ。
 「ほうこう」が最初、読むことが出来なかった。この「ほうこう」についての説明も書いてあった。


↓ 館外の看板から。
左、重要文化財「彩磁禽果文花瓶」と右、「葆光彩磁珍果文様花瓶」。
実際の展示ケース内でも左右の配置が同じで並べて展示されていた。

  

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 「ほうこう」はその通り、淡い光を保存する技法という意味だった。説明文によると波山は素焼きして、保存料?をその都度落とし、赤、青などの色ごとに焼いて色づけしたそうだ。大変手間のかかる技法であった。


↓ ビルの一階に美術館はある。建物角には「敦井美術館」の表示がある。
 この画像の撮影位置の角度からだと、外からも展示品が見えてしまうくらい、外光が展示室内に入る館であった。


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敦井美術館 「陶聖 板谷波山展」 鑑賞1 新潟市 2018年8月

 敦井美術館 開館35周年記念「陶聖 板谷波山展」 鑑賞1 新潟市 2018年8月

 新潟市にある「敦井美術館」にやって来た。
 久々の新潟市だ。実に2009年8月以来9年ぶりの訪問。前回は、マリンピア日本海に直行し、他の場所を見ずに帰ったので駅周辺の市街地は初めてだ。

 夏の新潟、今回の企画(特別)展の目玉は、板谷波山作の重要文化財指定の「壺」。波山の作品は2点が重文に指定されている。うち、1点がここ新潟の敦井美術館に所蔵されている。今回の展覧会では重要文化財指定作品が「特別展示」されるというので、やって来た

 車で新潟までやって来た。本当は新幹線がよいのだろうけどね・・・・。
 新潟亀田インターをおり、一般道を市内へ。新潟駅の北側道路にやって来た。左手に同駅を見ながら、交差点の先、進行方向の左手のビルにシャッターがおりていて、シャッターには「敦井美術館」の文字が見えた。ここだったのだ、と理解した。

 開館時刻(午前10時)まで少しある。万代橋を渡り、オークラホテルの前を通る。オークラは信濃川沿いのビルで目立つ。某政治党の会合か講演会があるらしい。その先を曲がったりして、市内を走行視察。屋台のある通りを抜けて とある店の前でツレおろした。美術館には行かないため、この付近をプラプラするそう。

 私は美術館の方向へ車を走らせる。もう一度、万代橋を渡る。橋は「まんだいばし」と思っていたが、「バンダイ」と発音すると知った。
 さて、車を停めるコインPを探する。と、伊勢丹がある。開店直前で近くのPに停めた人が店舗へ続々歩いて移動している。新潟では一番大きいデパートのようだ。と、ある一角にPを見つけて停める。広いPですいている。
 道路を渡り、少し歩くと広い通りに出た。さらに適当に歩くと「新潟駅まっすぐ」の表示。と、先ほど通った交差点、駅の方向に美術館の入っているビルが見えた。
 「北陸ビル」とある。ビルに入る。「美術館は奥」と表示がある。ビルの廊下には警備員がいるが、他の人の出入りは無い。この日は、お盆期間の平日である。北陸ビルは古いオフィスビルのようで、会社のオフィスがテナントで入居している。
 ビル1階の廊下を歩くと、「← 敦井美術館」の表示がある。美術館入口に鉄製の重い扉があった。扉には「本日、墓参のため15時で閉館」と張り紙がある。
 扉を開けると、明るい部屋に出た。入口のエントランスがある。明るいロビーである。チケット売り場のカウンターがいて係員の女性が座っている、カウンターの人にクールビズ初老の男性が立っており、その女性係員とおしゃべりしていた。私が入ると「いらっしゃいませ。」と。
 券を購入する。入館料500円である。男性はカウンターの横にある二階への階段を昇って去っていった。上のフロアに事務所があるらしい。敦井美術館の母体企業の敦井産業のオフィスだろうか。
 敦井美術館は「日曜休館」である。この日は、お盆期間中の平日なので開館していた。うっかり、日曜日に来てしまうと「本日休館」なので要注意だ。

 「展示室は、こちらです。」とカウンター横のガラス壁の内側の部屋を示された。時刻は10:01に入館。本日、最初の入館者である。ロビーから展示室内の様子がわかる。見ると、室内にはガラス展示ケースが壁に沿って設置されていて、展示品がある。外光が入る展示室になっていた。
 ガラス戸をあけて展示室に入る。展示室はこの一室のみらしい。しかも、明るい外の光が思いっきり入る。てっきり、出光美術館やかつてのブリジストン美術館のようにオフィスビルに入居している美術館なので、二階以上の上層フロアにあると思っていた。

 改めて展示室の中のことである。室内には私以外誰もいない。余計だが「ビルの一階で大丈夫かな。」と思った。新潟の市街地図を見ると信濃川の砂州に発達したのが新潟市の中心部。先ほどの(通った)万代橋の先にあるエリアが、かつての新潟の港町の中心だったらしい。よって、ここ駅付近ではなく、駅から見て川を渡った先が かつての新潟の旧市街ということになる。水害があると、この一階部分しかない展示室ではどう防ぐのであろうかと、余計な心配をしてしまった。(苦笑)
 二階はオフィスで階段で繋がっているようなので「災害時は二階以上に収納するのだろうか。」と思った。

  

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 ↓新潟駅前の通りに面した北陸ビルの入口。
 美術館の表示とポスターは掲示されているが、実質的にテナントの会社事務所の入口。

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↓ 敦井美術館に入る前に撮影。
  画像奥が、新潟駅。新潟駅から万代橋に方面にまっすぐ伸びる新潟のメインストリートに北陸ビルはあった。


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 メインストリートと交差する道路。
 開館時刻前に美術館の前を通ったときは入口のガラスドアはシャッターが閉まっていた。
 
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