良月(りょうげつ)の たび日記

神奈川県 湘南地区在住。折口良月(おりぐち りょうげつ)の神奈川、東京、静岡、山梨、長野など関東近郊地域への行楽、外出。美術館、博物館めぐり。その他国内旅行などお出かけの記録。

2020年08月

 

国宝 高松塚古墳壁画修理作業室の公開(第30回) 抽選外れ 2020年7月

 国宝 高松塚古墳壁画修理作業室の公開(第30回) 抽選外れ 2020年7月(新型コロナ感染症流行下)

 今回の夏の時期の旅は、この公開の見学がメインとなるはずだったのですが、外れてしまっていたのだ。
 後日記事を掲載するが、キトラ古墳は、当選(実際には空きがあれば当日申し込みでも可能だったのであるが。)したので見学をした。
 
 今回の公開は、6/23が締め切りで、とキトラ古墳の壁画修理施設公開の申し込みをした。1週間後、メールがきて高松塚古墳は落選、キトラ古墳は当選とあったた。
 以下「高松塚古墳の壁画公開」と書くが、後日の報道によると、高松塚の募集人員はは700人、応募は約4400-4500人、マスコミ報道によると「4476人」もの応募があったという。

 公開期間も短く、7日間程度で700人。 キトラ古墳の壁画公開は、翌月の8/18までの1カ月弱の期間あるので 期間の長さがが違うし、高松塚古墳の当選は困難であった。家族の名前でも、高松塚に応募もしたが当選しなかった・・・・。
 要は「高松塚古墳の壁画公開 ハズレ」たってこと

 公開初日、7月18日のテレビ報道で「・・・・高松塚古墳の壁画は、このたび修復が完成し、修復後初公開されました・・・・・・」というニュース映像が流れた。知らなかったが、第30回の公開は「修復完成後の初公開」なので、応募が殺到したのだった。それじゃ、当選するはずはないよな、とあきらめたのが高松塚古墳壁画修理作業室の公開であった。
 ハズレのメールには、今年の10月にも「国宝 高松塚古墳壁画修理作業室の公開を実施する予定ですので、・・・・」と書いたあった。次回以降、気長に機会を待つとしよう  

 飛鳥駅前のレンタサイクルで高松塚古墳方向に向かう。前回の記事でも書いたが、飛鳥駅前に「看板の赤い文字で当日受付はありません。」と書いてあったのだが、過去はウェブサイトでいろいろな記事、投稿などを見ると空きがあれば、当日受付も可能であったようだが、今回は何せ「修復完成後 初」なので、注目度が高く、第一回の抽選で満員であるので当日の受付も行わないのだろう。

 まずは、国営飛鳥歴史公園の敷地に行く。、自転車を停めて、駐車場の奥にある国営飛鳥歴史公園館を少し見学する。
テントが出ている。 テントに2人くらい、近くに3-4人くらいの、白いシヤツとスーツのスボンの人がいる。
誰も受付していない。 ひまそうで、係員は おしゃべりをしている。
館だけ見る。 以前も入ったとこがあると記憶するが、覚えていない。1室だけの 狭い展示と パネル紹介。


 ↓  受付場所の看板が公園内にある。「国宝高松塚古墳壁画」と大きく書いてあり、
    下段に 修理作業室の公開(第30回) 。

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  国宝 高松塚古墳壁画修理作業室の公開(第30回) の見学受付テントが出ている。勿論、当選者だけが、受付することを許される。いいなあ~。
 受付テントの下には、2人くらい係員がいる。テントの近くには、3-4人くらいの、白いシャツとスーツのスボンの係員が更にいる。見ると、誰も受付していない。当日受付の人も来ないし、当選者のみしか来ないのだから、 そんに忙しくないはいずだよ。ひまそうで、係員は、ブラブラと立ちながら、おしゃべりをしている・・・・。係員といっても、若い人いる。学生のアルバトが白いシャツとズボンスーツをはいて業務についているようだ。
 こんなに人数は、いらないんじゃねえか!?。(外れた腹いせに江戸っ子口調)
 
 「受付のテント」 「飛鳥美人」の絵入り看板も設置されている。 ↓ 

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  ↓ 公園と駐車場。人は少ないが、車は多く停まっている。


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奈良~明日香村 飛鳥駅へ近鉄線で移動 2020年7月

奈良~明日香村 飛鳥駅へ近鉄線で移動 2020年7月(新型コロナ感染症流行下)

  開館60周年記念「コレクションの歩み展」を大和文華館で鑑賞。昨年の秋に(京都で)鑑賞できかった重要文化財 佐竹本三十六歌仙絵「小大君」をじっくりと見つめて鑑賞した。
 13:15頃、館を出る。坂道を登り、学園前駅まで戻る。

  ↓  近鉄飛鳥駅の外観。(行きは時間がなかったので帰りに撮影)

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 さて、すぐにやって来た13:26発の普通 西大寺行きに乗る。13:30に到着。
 ところが、乗り換えの接続が悪い・・・。普通電車はあるが、急行が無い。普通電車をやり少した後、更に15分待つ。もう少し、大和文華館を鑑賞して、学園前駅発は、次の電車でもよかったな・・・。
 13:57橿原神宮前駅 行きの急行にのる。
 14:25橿原神宮前駅着。久しぶりである。電車を乗り換えるため、別のホームに。飛鳥、吉野口行きの電車は大阪 からのホームに到着する。
 14:30橿原神宮前駅発 先年行った、(大阪府内の)古市駅の方面より、急行電車がくる。吉野行きである。

 飛鳥駅で降りる。小さい駅だ。以前も降りたことはあるが、久しぶりだ。駅前広場は、ずいぶんと区画整理されている。
 飛鳥駅では自分を含めて4人くらいしか降りない。(訪問した日)現在、高松塚古墳壁画の修理施設公開とキトラの壁画公開を開催していたので、観光客も多く、(コロナの状況下とはいえ)ある程度は混雑していると私は、思っていたが、予想は外れた。オレ以外に観光の熟年夫婦らしき男女と一人が降りていたくらいだ。
 私服の若い人も電車に乗っていたが、地元の人のようだ。乗車していた高校生は大きなバックを持っている。「畝傍高校」と学校名と氏名もかいてある。野球部員だ。部活の帰りであろうか。以前、2017年の秋だったが和歌山線に乗ったときも同じ奈良県の五条高校の生徒達もカバンに「剣道部」と大きく書いていたものを持って乗車していたな。関西地区の部活の生徒は、部活動用のカバンに高校名と氏名を大きく刺繍して入れるのが「伝統」なのかな?。
 
 区画整理されてずいぶんと変わった。飛鳥駅前 ↓
 改札を出て、駅前にあるレンタサイクル店に直行する。「17時までに返却」という。あと2時間半もないくらい。

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 料金を支払い、早速乗って出発。駅前広場から道路を渡って、進む。付近には、レンタサイクルの店や土産物店が何軒かある。
 と、高松塚古墳の壁画公開について、看板の赤い文字で「当日受付はありません。」と書いてある。

 当日受付の見学は、不可であることが分かったが、まずは、「飛鳥の館」に自転車で向かう。


 ↓ キトラ古墳の 帰りに撮影した。大和三山のひとつが見える。
 
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開館60周年記念「コレクションの歩み展」 鑑賞3 大和文華館

 開館60周年記念「コレクションの歩み展」 鑑賞3 大和文華館  2020年7月(新型コロナ感染症流行下)

   ↓ 2020年7月 未だ梅雨のあけない曇天下の 大和文華館 外観。

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 重要文化財 佐竹本三十六歌仙絵「小大君」。

 昨年の京都国立博物館 特別展「流転100年 佐竹本三十六歌仙絵」では、前期に行ったので、後期展示の「小大君」は見ていない。展示替えがあったので、私が見たときは女性の肖像は「小野小町」の「後ろ姿」だけ・・・・。正面きって、女性のお顔を拝することができなかった・・・・。今回、やっとお顔を拝することができた。 
 
 「いわはしの・・・よるのち××も たえぬべし ・・・・ かつらぎの神」と歌が書いてあると説明なあるが、実際のところ歌の冒頭の「い」と「・・かつらぎ・・」しか文字が読めない・・・・・。

 歌の意味はよくわからないが、しばし、小大君を見つめた。当時の平安美人の例にもれず、目は細いので、表情はよくわからない。
 黒い髪の彩色はよく残っている。すごーく長い髪で、十二単の裾、腰のずっと先まである。十二単の赤も鮮やかに残っている。美しさを引き立てている。比較的よくのこっていて、鮮やかな緑色の部分の顔料は、銅の緑青でしょう。
 肖像の上に書いてある略伝はあの「斎宮女御」と、間違えて書いてあるそうだ。「醍醐天皇の孫、三品の娘」とある。なんだか、いいかげん
 「重要文化財 佐竹本三十六歌仙絵「斎宮女御」 個人蔵」 の展示は、昨年の京都国立博物館 特別展「流転100年 佐竹本三十六歌仙絵」では無かったことは周知のとおり。昨年放映の紹介テレビ番組でも「斎宮女御」を詳しく解説していたので、大変残念であった。「斎宮女御」は、皇族であるとは昨年、特別展の解説で知った。醍醐天皇の孫にあたる女性。「三品」とは、「斎宮女御」の父親の親王の官位のことで、「三品親王」といったところか。唐風の官位名かな。
 

 書は、九条良経と伝えられるという。実際はたぶん違うと思うけど、ハクをつけるため適当な当時の有名人が書いたことにして伝える??と感じるのは、ボクだけだね。似た名前の人物でのちに鎌倉将軍になった、頼朝の傍系子孫 九条頼経がいる。
 ともかく、九条家の人物が書いてあるということは、藤原氏の嫡流が近衛と九条に分かれた後のこと。この佐竹本絵巻の成立は頼朝がいた時代を含むの鎌倉時代初期の頃だったのでしょう。


 ↓ 昨年2019年の京都国立博物館 開催の特別展「流転100年 佐竹本三十六歌仙絵」 
   大和文華館所蔵 重要文化財 佐竹本三十六歌仙絵「小大君」の画像の掲載のあるパンフレット。


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 重要文化財 佐竹本三十六歌仙絵「小大君」をじっくりと見つめて鑑賞した後、
  窓の外、眼下の池を見ながら、次の展示へ。次の角のところに 可翁作の水墨画の展示がある。ここからの順路は、主に中国関連の作品であった。

 国宝「寒山図」の作者としても知られる 可翁作 重要文化財「竹雀図」。竹が両脇に、雀が画面下に描いてある。つまり、そのまんま「雀と竹の図」。あの可翁の四角い落款の印がある。下に小さい四角い「仁賀」という落款も押してある。説明によると「仁賀」と落款のある作品は 可翁の作品で数点確認されているという。「幻の画家」可翁の「幻の落款」とも言うべきか。


 伝趙令穣 筆 「秋塘図」は、水墨と赤っぽい絹本の図で、秋らしき渓谷の風景。北宋時代。説明によると作者は「太祖の5世の子孫」という。「太祖」は宋国の初代皇帝の趙匡胤のこと。次代皇帝は、弟の太宗。皇帝位は、太宗の子孫に受け継がれたので、遠い親戚ということか。宋の不思議は、弟の太宗の子孫に皇帝位が移ったことでもある。兄だから、皇帝位を継ぐのではないことは、のちの明、清でもあったので、この点はのちの日本の長子相続とは異なるということか。
 当時の北宋の皇帝は、徽宗(きそう)。為政者としては失格で、捕虜でとらえられて、金に連れ去られて、宋(北宋)は滅亡したときの皇帝。その徽宗とも交友があったという。

 国宝 「雪中帰牧図」の展示があった。「隠しサインがある」というが、目をこらして見たがわからなかった・・・・。 2017年の 特別展「国宝」でも展示されていて、見てもわからなかった。すいていて、独占して鑑賞できた本日でも発見できなかったので、老眼鏡を掛けない限り!!??、発見は無理でしょう(笑)。
 隠しサインは画中の「下の「土破(字が違うが盛り土のことか)」の切れ目の下」にあるらしい。
 
 日本の作品であるが、以前も鑑賞した 雪村の重要文化財「呂洞賓図」もここに展示があったと記憶する。

 最後の展示が、中国絵画や陶磁器。 景徳鎮や 建窯など 中国 各地の窯の解説ボードがあった。


 一通り見て13:15頃、館を出る。 館内は、すいていて出入口付近には人がいない。先ほどの母子は、庭を通って散策して帰るようだ。
 私は坂道を下る。

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 前回は、春の気候のいい時期の訪問であった。今回は、梅雨の季節、夏で蒸し暑い。
 文華苑は、夏の緑色。常緑の松は、いつも緑色。
  ↓  大和文華館の 門付近と券売り場と駐車場。

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開館60周年記念「コレクションの歩み展」 鑑賞2 大和文華館

 開館60周年記念「コレクションの歩み展」 鑑賞2 大和文華館  2020年7月(新型コロナ感染症流行下)

  順番に鑑賞する。今回の企画展では、館が所蔵する国宝指定の文化財4点すべてを展示する。
 更に、昨年 京都で特別展が開催された 「佐竹本三十六歌仙絵」のうち、最重要作品(断簡というべきか)「小大君」の公開がある。

 ↓ 今回の展覧会 大和文華館のパンフレット。
   60年前の開館記念のパンフレットの写真をそのまま使用している。

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 国宝 「一字蓮台法華経」。2017年 京都国立博物館での特別展「国宝」では 番号25  、
 「絵巻物 一字蓮台法華経 普賢菩薩勧発品第二十八 一巻」として、第4期に展示されていた。よって、このときは見ていないが、2014年の東京では国宝展の展示リストに掲載されている。よって、当時見たのだが、覚えていない・・・・

 「一字 蓮台 法華経」の名の通り、お経の文字が蓮の花の台の絵の上に一文字ずつ載っている。「蓮台」は、ロウ、金泥、銀泥のような材質なのだろうか?。文字と混じって文字が、消えないように先に蓮を描いて乾燥させ、経典の文字を書き込みしたのだろう。文字が1文字ずつ「仏様」のようだ。
 巻物の経文の前部に美しい装飾の絵がある。作品解説によると「真ん中に 読経する僧、その右となり、絵の中の人物としては左に、貴族と思われる男がいる。法要の施主と思われる。」と。 反対に僧を挟んで 御簾の奥に十二単の優雅な衣をまとった女。おそらく施主の妻であろう。

 「僧は9人」描かれているという。目をこらしてみる・・・・。寝殿の部屋の外の板の間の廊下に僧がいるが、4人くらいしか描かれていないようで、よく判別できない・・・・。9人、僧侶を見つけることはできなかった。

 施主の烏帽子姿の貴族の男の前の板戸か板壁には、何かの「絵」というか、掛け軸がかかっていて、その前にも僧がいて、施主や読経僧の方を向いている。 絵には、仏の姿が描いてあるのだろう。当時制作された「仏画」であろう。現在までつたわっている仏画は、国宝や重要文化財などに指定されているわけだ。
 経典の内容からして「普賢菩薩が描かれた仏画」を掛けて読経しているらしいと解説にあった。

 長さは322.2cmだが、わずか1尺、90cmくらいしか、開いて公開をしていない・・・。少し残念。

 経典の部分の冒頭には「妙法蓮華経観普賢経 第二十八」 とタイトルのように書いてある。よって「普賢菩薩」の仏画を掛けて、祈祷していると推測されるのだろう。

 とある部分を読むと「・・・男子 善女人於 滅複 能得是 ・・・・ 」と書いてある。


 国宝「寝覚物語絵巻」

2017年 京都国立博物館での特別展「国宝」では 番号24 「絵巻物 寝覚物語絵巻 一巻」と掲載されている。 第3期展示だったので、鑑賞した。時折特別展で展示されるので、鑑賞機会はある。
 長さは533.0cmで、ほとんど開いて公開している。よって、隣の国宝 「一字蓮台法華経」がスペースの関係で1尺くらいしか公開していないのかも。

 絵の解説は「中の宮の子、まさこ君が、女二の宮を訪ねる」というシーン。十二単姿の女が寝殿の屋敷の部屋の中にいて、男は、画面の右下、つまり屋敷の入口の外にいて、女をまさに訪ねるというシーン。当時の「妻問い婚」というか「通い婚」の場面と感じた。 男が女のもとに通うのだ。


 展示場所は以前の訪問時と同じ場所に 国宝「婦女遊楽図屏風」(松浦屏風) があった。
 やはり、大きい屏風絵だ。毎年4月中旬から5月にかけて展示されていることが多いようだが、今回はコロナの影響もあり、夏のこの企画展での展示となっているようだ。2017年4月に初めて見た感想は「大きい。」であった。
「ほぼ等身大で・・・遊女とかむろの姿を描いた・・・・口には鉄漿(おはぐろ)をし・・・・髪をすき、手紙を書き、三味線を弾き、・・・・タバコ、キセル、カルタ、ガラスの器などが描かれている・・・・・・・。」とは前回の訪問時に聞いた音声ガイドの説明。

 ↓ 2017年4月の訪問時に入手した、国宝「松浦屏風」と安土・桃山の絵画 展観のチラシの写真。 
  「婦女遊楽図屏風」(松浦屏風)の部分。左双の左の部分かな。

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 左双の屏風・・・・
 一番左にカルタをしている女。簡素な着物もいれば美しい着物をまとった女も。
 右手のキセルを差し出している女が一番くらいの高い遊女かな。キセルの下でひざまづくかむろの少女は幼い。幼い少女の姿が見事に表現されている。年齢は現代でいうと中学生、14歳くらいかな。
 女たちは楽しそうな顔をしているのだ。現代の私が想い浮かべる遊郭の裏の一面を感じさせる表現描写は微塵も無いのだ。かむろの少女はうっすらと笑みすら浮かべている。
どこかダーク。秋なのかな?。しかし、画面を見る限りは秋の様子は無い。 


 と、母親に連れられて、鑑賞に来ている小学校2-3年生くらいの女の子かいる。屏風の前のイスに腰かけている。お母さんと一緒にこの国宝を見ている。
 画中の「禿の女の子」と同じ年か、少し画中の女の子が上くらいではないか。画中には、遊郭で生まれた女の子が描かれている。400年前当時の8歳くらいの女の子と、現代の小学生の8歳くらいの女の子が対峙している。
 私も国宝「婦女遊楽図屏風」(松浦屏風)の前の長イスに座りガラスケース内の作品を鑑賞する。というより、先ほどの奈良市内より、暑い中、歩き疲れて、体力を著しく消耗しているのである・・・・

 さらに見て行く。戦国時代 の「婦人像」がある。有名なお市の方の肖像画ににている。重要文化財に指定されている。「婦人像」 は典型的な桃山時代の高貴な女性の肖像画なのだろう。

 その隣に重要文化財 佐竹本三十六歌仙絵「小大君」の展示があった。
 展示室内のガラスケースに、安土桃山時代の屏風絵、戦国時代末期の絵、鎌倉時代作の平安美人の絵と展示されていたことになる。
 
 すぐ近くは、展示室の角(コーナー)になっていて、尾形光琳作の 重要文化財 「中村内蔵助像」の展示があった。他の光琳作品、弟の乾山の墨画(乾山の自賛の文章が書いてある)の展示があった。




開館60周年記念「コレクションの歩み展」鑑賞1 大和文華館

  開館60周年記念「コレクションの歩み展」 鑑賞1 大和文華館  2020年7月(新型コロナ感染症流行下)

  近鉄奈良駅から電車に乗って移動した。学園前駅で下車した。前回来たときに覚えたので、ホームから階段をおりて南口の改札を出る。駅前のロータリー広場は、ガランとしている。その先には帝塚山学園の校舎がある。この朝、奈良に行ったときは、ここで制服姿の生徒がおりていった。部活に行くのであったのだろうか。休日の昼のこの時間帯は、生徒が誰もいない。本来は、夏休みの時期であるが、コロナの休校の影響で一学期の授業はおそらく続いているだろう。

 駅前から坂道を下り、不動産屋の角を曲がると、目線の先に大和文華館の看板が見える。駅から門までは私の足で徒歩5分とかからないくらい。大和文華館に到着した。

 私に先行してあるいている中年のおっさん(俺もそうなのだが)がいた。そのおっさん、実は駅前広場前の赤信号を無視をして、道路を渡りずんずん坂道をおりて歩いて行ったのだ。学園前駅を利用したことのある人は知っていると思うが、駅前広場と道路を挟んで、反対側に交番があるのだが、おまわりさんがいないことをいいことに渡っていったのだ・・・。「この人も(俺と同じく)大和文華館に行くのかな」と思った。直感で
 おっさんは案の定、大和文華館の門まで来ると、展覧会の看板を撮影して、門を入って行った。チケットを買い、坂を登って館に歩いて行った・・・・。

 俺は、門の脇にある展覧会の看板は撮影しないでチケット売り場の建物に歩みを進めた。
 広い駐車場には、数台の車が停まっている。前回は「1台しか停まっていない」と記事に書いたが。
 チケットを購入して丘の坂道を歩いて登る。曇天で蒸し暑い。汗が出るよ
 
 美術館の建物まで坂道を登る ↓ 坂道の途中に咲く白い花。
 ヒルガオのようなと思ったが、説明には「ムクゲ」とあった。 


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 大和文華館の花咲く庭園を「文華苑」という。案内図によると撮影したポイント付近には、「スイフヨウ」の花が咲いていて、7月-8月はシーズンて゜白い花が咲くようだが、わからなかった。見る限り、撮影した花はスイフヨウではないような。ほかに花は咲いていなかったと思うが、わからなかった。

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   ↓ 建物が現れた。蔵屋敷のような建物だ。壁は黒か緑のなまこ壁の模様が入っている。
    改めて見ると入口玄関付近には、展覧会の告知看板は無い。
    大名屋敷の通用口??のようであるが、自動ドアで入る。

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 遮光ガラスになっているので、外の眩しい光を遮断し、内部は適度な照度になっている。 

 検温は無かった。建物に入っても人はいない。向かって、右手の奥に売店があり、商品が並べてあるか゜、奥のレジの係員が1名いるだけだった。

 12:45過ぎに入館する。お昼休みの時間帯なので、検温は実施する職員がいなかったのかも。音声ガイドの貸出しは、(コロナの影響のためか??)無かった。
 ガラス張りの通路を歩く。数名の来館者の姿がある。展示室の正面入り口の大きなガラスの自動ドアをヴィーンと開ける。
 正面に独立した島状の設置された三個のガラスケースが「三連」で並んでいる。
 今回の展覧会の案内を読むと、これら正面の独立ケースは60年前の開館時はなかったという。
 当時の「開館案内」の展示がある。記載されている入館料は50円だ。この日の入館料は630円である。60年前とは「隔世の感」がある。

 前回2017年当時の訪問記事でも書いたが、各地の博物館、美術館の特別展、企画展では展示リストに「大和文華館 蔵」と書いてある文化財が少なからずある。しかも、ここ大和文華館は他館への貸し出しにも積極的である。特に所蔵文化財が限られる民間の美術館は、他館への所蔵文化財の貸し出しを行わない傾向がある。特に国宝や、有名に所蔵品はなおさらである。メインの展示文化財を貸し出ししてしまうと、公立の施設ならばともかく民間の美術館では、来館者数にも影響があるからであろう。
 対して、大和文華館は他館へメイン所蔵品の国宝など文化財の貸し出しを多く行っている。
 2014年の東京での日本国宝展には「寝覚物語絵巻」が出品されていた。
 2015年10月京都国立博「琳派展」では、尾形乾山の工芸作品(香合、火入など)が多数展示されていた。
 前回2017年の訪問は芸大美術館での「雪村展」に行った二週間後であったが、メインの展示作品は大和文華館の所蔵作品だった。今回の展示リストにも雪村の作品が展示されている。
 2017年秋の京都国立博での特別展「国宝展」にも「寝覚物語絵巻」と別の国宝が交互で出品されていた。
 何といっても、特筆すべきは昨年(2019年)秋の京都国立博物館で開催された 「特別展 佐竹本三十六歌仙 において、メインの展示作品が、ここ大和文華館所蔵の 重文 「小太君」であったことであろう。
 展覧会ポスター、チラシなどの露出媒体のメイン写真もこの 「小太君」であった。 国立博物館ではなく、同じ関西地区の民間美術館から貸出しされた作品が、天下の国立博物館の特別展のメインを張るとは、すごいことです。いっそのこと、ここで開催してもよかったのでは?、思うのは言い過ぎかな?。
 大和文華館は、日本の美術館において大変重要な位置を占める館である。

 大和文華館の説明では「・・・当時近畿日本鉄道の社長であった・・・・・によって、・・・・昭和21設立され、実際の開館までは14年の準備期間を要し・・・」とある。「・・・現在では国宝4点を含め・・・・」多くの文化財を所蔵していますという解説。敗戦直後の設立から、14年後に開館して今年で60周年である。
 
 最初、順路の表示と逆に見てしまった。順路は「ロ」の字状の展示室を反時計周りに見るようになっていた。
 最初の壁のガラスケース内には埴輪の展示がある。次いで、国宝「一字 蓮台 法華経」の展示がある。
 その先に、国宝「寝覚物語絵巻」が展示してあった。
 60年前と同じ展示構成を再現したそうだ。所蔵品を時代を追って展示しているようだ。

  入館者は、「ロ」の字の展示室の右半分のスペースに、10~15名くらいだろうか。前回来たときよりも、入館者は多い。


奈良市内 散策 2020年7月(新型コロナ感染症流行下)

 奈良市内 散策 2020年7月(新型コロナ感染症流行下)
 
 この日は、梅雨の明けない曇天の蒸し暑い日。
 近鉄奈良駅を起点に奈良国立博物館 →東大寺ミュージアム →春日大社国宝殿と見学した。
 春日大社原生林(かすがの森)から奈良公園、近鉄奈良駅に向けて散策する。
 
  マスコミ報道でもあったが、新型コロナウイルス感染症流行のため、観光客が激減、おなじみ「鹿せんべい」の販売も少なくなって、鹿がエサを求めて市街地にも出没しいるという。
 途中、歩いているとまさにその場面に遭遇した。民家の敷地に入り、木の葉を食べていた。

  ↓ 住宅地にいた鹿。民家の敷地であるため、画像は加工した。

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↓ 春日大社から坂道を下る。

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↓ 春日大社国宝殿の下。
自転車で若い人が行動していた。

画像には、あまり写っていないが、付近には鹿がたくさんいて、エサを求めて行動している。
「鹿せんべい いかがですかー?」と鹿せんべい売りのおばさんが声を出しているときもあった。声を出して販売するなど、今までなかったことだ。何も言わなくても、観光客がやってきて買ってくれるから。
売店の周囲にも鹿が「せんべいをよこせ」と言わんばかりに群がって来ている。

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 神域の深い森となっている。坂道を下る。

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 小さいコンクリの橋がかかっている。春日大社の敷地との境界となっているようだ。


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 街に出た。すぐに、志賀直哉旧居があった。時間の関係で割愛した。
 近くには、新薬師寺もあり、昨年の正月に行ったとこがある。住宅地を通り、駅に向けて歩く。

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 と、市内巡回のバスが行ってしまった・・・・。近くにバス停がなく、乗りすごしてしまったので、仕方なく歩いて近鉄の駅まで戻ることにする。
 曇天ながら、暑くなってきた。気温は30度はあるよ。途中、大乗院庭園がある。入場無料である。が、時間の関係で見ないことにした・・・。そのまま駅に歩く。なら町の付近も古く。猿沢池経由、近鉄奈良駅へ。なら町の付近も古く。以前来た、元興寺はこの付近である。
 商店街のアーケードを抜ける。途中、マクド(関西での呼び方)あるが、店内飲食は再開しているようだ。
 12:00頃、近鉄奈良駅付近の「王将」を見つけた。歩いて、結構距離があったぞ。春日大社から30分近くかかったよ。
 駅の西側のロータリーの付近、小路のところにお店はあった。チャーハンを注文して食べるが、レタスとサーモンが多量に入っている。肉は豚肉があるが少ししかない・・・・。
 食後、すぐ近くの近鉄奈良駅に。地下ホームに行く。
 12:26 近鉄奈良駅発の快速急行があった。乗車する。次は、大和文華館に向かう。


 ↓ なら町の散策案内看板。(撮影は2016年4月)


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なら町の西寺林商店街の一角。
風情のある町家の建物があった。


なら町の商店街の歩行者天国の様子。
こちらにも風情のある町家の建物を利用した商店があった。



↓ 猿沢池の西の商店街の様子。。(撮影は2016年4月)
写真の手前方向に戻ると近鉄奈良駅がある。

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春日大社国宝殿 特別展「Enjoy 鎧」-日本一の鎧を楽しむー鑑賞2 2020年7月

 春日大社国宝殿 特別展「Enjoy 鎧」-日本一の鎧を楽しむー鑑賞2 2020年7月(新型コロナ感染症流行下)

 
 7月23日 祝日、4連休の2日目。
  
  「 鎧を楽しむ」が副題である。が、鎧の国宝指定 4領は既に見たことがあるので、今回は刀剣など武具がメインです
 階段を昇り、国宝殿の2階にある小展示室を見る。完成して2年は経過しているが、真新しい、白い壁が印象的な建築である。
 壁ガラスケース内、最初の展示に 国宝 「金装花押散兵庫鎖太刀 中身無銘」の展示があった。
 豪華な装飾の鞘と刀身が展示されている。「無銘」の名称のとおり、銘が無い。
 未見の国宝である。2017年、3年前の東京国立博物館の特別展では、見ることができなかった。

 読み方は「きんそう かおうちらし ひょうごぐさり たち」である。「花押散」の意味がわかった。足利氏一門の花押がいくつも書いてあるから「かおう」 ちらしなのだという。鞘に花押がいくつも書いてあるのである。墨で書いてある。墨が消えずに残っていることになる。解説によると「・・・鞘、柄・鐔の全面に計24個の花押がある・・・」というが、鞘にいくつも書いてある花押の墨書が一番目立つな。
 解説には「花押の形から足利一門のものと推定されており、社伝では足利義光 と奉納される。刀身は総長122.5㎝にもなり、身幅も広く大鋒で豪壮な大太刀である。刀匠銘はないが佩裏に「貞治四年卯月日」と年紀銘があり、備前国の長船兼光の作と考えられている。」とある。
 刀は「備前」である。
 足利義光とは誰だろうか?。尊氏の子で、二代将軍の義詮の花押ではないようだ。展示リストによると、南北朝時代の作というので、足利幕府が開かれて、足利氏が天下を取った時代である。足利一門であるが、花押が誰か現代では、わかっていない人物の奉納であろう。
 文化財指定は無いが、薙刀、弓などの展示がある。
 国宝 「本宮御料古神宝類」のうち「梓弓」の展示があった。でも、どのような弓だったか、忘れてしまった・・・。
  あとで春日大社国宝殿のサイトを見ると解説に「春日大社が所蔵している文化財の中で特に注目されるのは、国宝 「本宮御料古神宝類」をはじめとする美術工芸品です。」と書いてあった。
 小展示室は、私を含めて3-5名程度の見学者であった。

  廊下、階段の降り口を挟んで反対の部屋、大展示室に入る。入口手前の独立のガラスケース内には 国宝「籠手」(こて)が展示してある。これも、未見の国宝である。両手にはめる、戦用の防具であろう。これ1対で国宝に単独指定されている。「古神宝類」のように一括指定ではない。

 「籠手」をよーく見ると、手の甲のところには、「蝶」の彫金があり、小鳥、花(花の名前も解説文に書いてあったが失念、菊、キキョウ、ハギなどだったかな?。)も彫刻されている。菊の花びらの模様の彫刻があったのは覚えている。
 精巧に作られていて、目をこらしても小鳥の彫刻までは、ボクの目では、よく見えないのだ。枝付きの花の彫刻は見える。源義経所用と伝わっているそうで。

 蝶は別のところにも彫られている。当時の武将は、小鳥や蝶を愛でて、自分の武具にも彫り込んだのでした。

 鎖籠手や別の布製の武具も展示されている。
 その奥の独立ガラスケースには、国宝指定の鎧 4領が「揃いぶみ」しているが、ボクは少し見ただけでスル~(苦笑)。奥の壁ケース内にある展示を見学した。
 のちの時代の作による、現在展示されている、鎧4領の詳細を記録した絵図面や、屋島合戦の図、江戸時代作の色彩が鮮やかな「春日権現記」の展示があった。
 
 展覧会のチラシでは 兜の角??が金色でとても立派で目立つ「 赤糸威大鎧(竹虎雀飾)」が掲載されていた。
 展示室内でも一番目立っていた。金色にピカピカと輝いていた。東京国立博物館の平成館の展示室よりも明るいのでなおさら、「こんじき」に輝いていた。同じ国宝甲冑でも、黒色の鎧は、地味かな。奉納品としてはともかく、現代の美術館の展示品としてみると。
 

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   室内には、大学生のグループが見にきていた。数名のグループでやってきて、見学していたが、私が籠手をじっくりと見てる間に出て行ってしまった。
 入口の検温のため、人の列ができていたが、展示室内は、10名いるかいないか位の状態で混雑せず、ゆっくり鑑賞できた。
 
 一通り見て退出した。11時過ぎであった。
 ↓ 展示室から退出して、1階に戻る。


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 春日大社駐車場、公衆トイレの下にある 国宝殿 特別展の告知看板。「国宝の甲冑 5領が勢ぞろい」と告知している。5領目の国宝の甲冑(鎧)は、わからなかったが、籠手のことか?。
 展示リストによると「甲冑類」の区分に国宝「籠手」も掲載されているので、どうやら籠手も含むようだ。

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 国宝殿を退出した。
 建物の向かって、左手、展示室の下階はおしゃれなショップとカフェが設置されていた。
 

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春日大社国宝殿 特別展「Enjoy 鎧」鑑賞1 2020年7月

 春日大社国宝殿 特別展「Enjoy 鎧」-日本一の鎧を楽しむー鑑賞1 2020年7月(新型コロナ感染症流行下)

 
 7月23日 祝日、4連休の2日目。
  東大寺ミュージアムから、林の中の緩やかな坂道の参道を歩いて春日大社の下に到着した。

  参道の途中にも「Enjoy YOROI  鎧を楽しむ」と告知看板があった。

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  ↓ さらに登り、国宝殿が見える位置に設置してある看板。赤い看板だ。

  
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 20年に一度の「式年造替」の際にあわせて、リニューアル工事を実施し、新しくオープンした。 
 一度、式年造替の特別公開のときに 宝物殿を見学しようと思ったが、時間の関係で断念した記憶がある。(そのときは、既に工事に入っていたかもしれず、記憶違いかも。) 
 以前は、参道に結構な古さの鉄筋コンクリート造の「宝物殿」があっと記憶するが、新しくなった館、その名も改め「国宝殿」は、駐車場のさらに上の場所にあった。
  よって、車を停めてすぐに見学できる。駐車場があるためか、この付近は人が多いな。国宝殿の入り口前には、人の列ができていた。
 国宝殿は入館料500円である。券を買うために並んで、その場で検温を受ける。36.5度くらいだったかな。手のひらを差し出すタイプのサーモグラフィーだったと記憶する。(検温続きで、いちいち覚えていない・・・・。)
 

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 特別展「Enjoy 鎧」-日本一の鎧を楽しむーのチラシを入手する。それによると、会期は 本来3月から7月中旬までであった。しかし、新型コロナウイルス感染症の流行の影響で休館し、6月から再開、会期は9月23日まで延長されていた。
 最初に暗い部屋に入る順番になっていた。明るいエントランスから急に暗い部屋に入るので、目の機能が働かなくなる・・・。春日大社の境内の緑の林の映像が流れている。もう一つ、水を表現したような映像が投影されていた。
 すぐに出て、明るい場所に。先ほどの入館受付のすぐ裏手であった。外からも見える、鼉太鼓(だだいこ)の実寸大レプリカの展示スペースである。一度、暗い部屋に入り、すぐに明るい部屋に。目が眩む・・・・・・
 文化財を展示する展示室は、1階にはなく、鼉太鼓(だだいこ)の前を通って、2階への階段を昇るようだ。
 てっきり、暗室の先に展示室が続いているのかと錯覚した
 今年の春、国宝指定の答申が出た「鼉太鼓」。そのレプリカは、真新しく、極楽のように鮮やかに採色されている。国宝指定の答申 おめでとうございます。
 
 
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 館内は、撮影禁止であるが、ここ1階 の「鼉太鼓ホール」は可能であった。
 
 
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 ↓ 2階展示室への階段。明るい太陽光線が入り込むようになっている1階 の「鼉太鼓ホール」
   明→暗→明と移動する順路なので、立ち眩みがしたよ・・・・・。

   階段の下、右手にモニター画面が設置されている。
   春日大社の紹介映像を視聴できるコーナーがあった。
   2階へのエレベータも設置されていた。建物は2階建てとわかった。

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 2階に。左右に展示室がある。階段を昇って、正面に向かって左手に広いメインの展示室(大展示室)がある。
 今回は 春日大社所蔵の 国宝の鎧 4件(4領というようだ。)の勢ぞろいであるが、以前、東京国立博物館の特別展で見た・・・・・。
 あのときは、平成30年の2月のことだった。わざわざ、「国宝の鎧4領」すべてが揃うときに、日程をあわせていったのに、ここで揃って展示されているとは、・・・・、むしろあのときは春日大社の国宝 刀剣類に狙いを定めて見学すればよかったかな。
 大展示室に鼉太鼓の現物が展示されている。くろずんでいて、鮮やかな彩色ではないが、彩色自体は後世の修復もあるだろうが、あまり残っていないような・・・・。修復も終わったばかりのようだ。修復中に学術調査もおこない、その結果、国宝指定が答申されたのであろう。
 実際の祭りでも、第二次戦後の時代になっても使用されていたそうだ。太鼓をたたく皮の部分は、たたかれたとめ、かなり退色していて、巴のマークは判別しにくい・・・・。
 見学したこの日現在では、正式に国宝には指定されていなかった。「国宝指定の予定」であった。


  春日大社の境内について、
  2015年当時の記事には「・・・外国人観光客もいます。世界遺産のため外国人向けのガイドブックや観光ウェブサイトに掲載されているからだと思います。円安効果といわれて久しいですが、引き続き円安なので外国人観光客は増えているのでしょう。」と書いたが、それもどこに行ったのか、外国人観光客は全くいなかった。
 



























東大寺ミュージアム「東大寺の歴史と美術」 鑑賞2 2020年7月

 東大寺ミュージアム「東大寺の歴史と美術」 鑑賞2 2020年7月(新型コロナ感染症流行下)

 7月23日 祝日、4連休の2日目。
 東大寺ミュージアムに到着した。館内は、外の人手と比較すると、比較的人が多い。コロナの影響のある現在でさえ、入館者が多いのだから、今まではもっと入館者が多かったのであろう。
  

 特別展示されている国宝 塑造四天王立像の反対側、東大寺ミュージアムのメインの展示場所には、大きい、見上げる巨像、重文(重要文化財) 千手観音菩薩立像と、両脇侍としては国宝 塑造日光・月光菩薩立像(奈良時代)がある。重要文化財 木造 持国天立像と同じく重要文化財指定の木造 多聞天立像も展示されている。ここは、以前と同じ展示である。真ん中の千手観音菩薩立像は(下の台座から)3メートルはあろうかという高さ。国宝 塑造日光・月光菩薩立像は、白っぽいグレー色の塑像であるが、当時は彩色が施されていたといのは、解説の通りである。
 重要文化財 木造 持国天立像と木造 多聞天立像は、四天王のうちの2体の展示、もう2体のことは、わからない。展示解説によるとこの重文 2体は「・・・永久寺に伝来した・・・・。」とある。現在の天理市の内山永久寺のことである。明治以降、廃絶してしまったが、長く大伽藍をようする大寺院であったことが改めてわかる。

 展示室内には、重文 千手観音菩薩立像

 ↓  東大寺ミュージアム の入口横の「大仏の手」
   その奥に、重文 千手観音菩薩立像と 国宝 塑造日光・月光菩薩立像の写真が掲示されている。
   3体並んでいるところを撮影したようで、仏像の高さの比は、展示仏そのままだ。 

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 続いてみていく。「特集展示 史料にみる戒壇堂四天王立像」の展示がある。
 展示は、令和2年7月23日から開始されている。
 「・・・公開される機会のほとんどなかった塑造四天王立像に関わる史料を展示します。」と書いている。

 重要文化財 東大寺要録(とうだいじようろく) 巻第4 諸院章 紙本墨書 室町時代(15世紀)

 解説では「東大寺要録は奈良時代から平安時代までの東大寺の寺誌で、巻第四諸院章には奈良時代の戒壇院のことが書かれている。戒壇院は天平勝宝6年(754)5月に建立の宣旨が出され、翌年10月13日に完成の供養がおこなわれた。戒壇上の四隅には銅造の四天王立像が安置かれていた・・・」という。
 紙を綴じて冊子になっていて、あるページを開いて展示してある。四隅に四天王を配置したというが、現在、目の前にある 国宝指定の 塑像の四天王像ではなく、銅造であるという。書いてある内容は、漢字で「・・・・天平勝宝六年 五月一日宣旨により・・・・・・・・・・・、落慶、請僧百二十人・・・。」と読める。お経は読む「読」ではなく「請」と書いてある。「読経」ではなく、法要を「請けた」僧侶が120人いたという意味であるかな?。

 ついで、東大寺、その他の寺の名前などがページを挟んで、書いてある。「錫杖・・・」など祭具の道具の名前も書いてある。請経したのは、落慶の10月であろうか。

 東大寺年中行事記(とうだいじねんちゅうぎょうじき)は、江戸時代のもの。

 解説では「江戸時代、東大寺の運営組織であった年預所が日々の出来事を記した日記。享保16年(1731)9月21日条に四天王像に関する記述がみられる。戒壇堂が復興されるにあたり、戒壇院に止住していた僧の望みにより戒壇堂へ移安されたことがわかる。」という。
  

・戒壇院如法律儀第三興隆録(かいだんいんにょほうりつぎだいさんこうりゅうろく)   
 紙本墨書 江戸時代(18世紀)

 「戒壇院が復興された際の記録で、復興時に整えたれた諸道具の目録中、尊像の部に壇上の宝塔内に安置された釈迦・多宝両像とともに四天王像が書き上げられている。
 この記録からは戒壇堂に安置される前は大仏殿西側の中門堂(現在の指図堂付近)にあった古い像であり、
この時の復興に際して修理が施され、戒壇堂に移安されたことがわかる。」という。
 つまり、国宝 四天王立像は、元々戒壇堂にあったのではなく、ずっと後世になってからであり、明治以降も、移すことなく現在に至って、人々に拝観されている。

 これらの史料の展示通路から、国宝 四天王立像の背中が見える。ガラスケースではなく、須弥壇の上にそのまま安置されているため、間近に拝観することができた。東大寺戒壇院戒壇堂では、ぐるっと一周見ることが出来たのか、覚えていない。お堂の中では、横からは拝観できたが、後ろは見えなかったと思う。
 通路から、国宝 四天王立像と正面奥の(大きな)千手観音菩薩立像、国宝 塑造日光・月光菩薩立像も見える。反対のスペース、つまり第2室に入館者入って、見学している様子も見える。と、須弥壇の反対側 第2室で、
 大学生くらいの年齢の若い小柄な髪をポニーテールにした女の子が、じっと四天王像を見つめている。じっと見つめて長い間、見上げていた。国宝 四天王立像には、人を惹きつける何かがあるのでしょう

 東大寺出土の瓦などの考古物の展示もあった。以前、東京国立博物館でも多数の出土物の展示があったことを記憶している。おそらく、以前見たことのある展示物があるのかは、ちょっと分からない。

 ↓ 南大門は、いつも多くの人が通行しているが、この日は人がほとんど映り込まない状態で撮影が可能であった。
 

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 鹿の群れを見ながら、いつもよりも観光客の少ない商店街の前を通り、道路を渡って、春日大社の方向に歩く。



東大寺ミュージアム「東大寺の歴史と美術」 鑑賞1 2020年7月

 東大寺ミュージアム「東大寺の歴史と美術」 鑑賞1 2020年7月(新型コロナ感染症流行下)

 7月22日 祝日、4連休初日。
 
 奈良国立博物館から移動、東大寺ミュージアムに到着した。
 南大門のそばにあるのだが、人出はいつもに比べると少ないと感じる。秋の行楽シーズンと比較すると、半分以下、目視で2割~3割くらいどはないだろうか。いや、3割もないかもしれない。
 早速、券を購入して入る。ミュージアムだけの見学なので600円である。
 東大寺ミュージアムがオープンしたのは、平成23年のこと。私は1回だけ見学したことがある。今回で2回目である。

 ↓  東大寺ミュージアム  
 

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  カウンターのところで係員に「けん(をん)は、こちらです。」と 言われ、券を出す。もう一度「けん(をん)をお願いします。」と言われる。買ったばかりの入場券を出してもスルーーー。「けんを・・・ん」ではなく「けんおん」であった。つまり「検温」の意味であった。手を出して、けん(を ん)と言われるので、入館チケットのことかと思ったよ
手を出せという。手の平を上に向けて、ださせられる。手首のあたりに装置を「ぴっ」とあてる。36.5度くらいだったかな。平熱だった。さっきは、額で、今度は手のひらをグーではなく「パー」して上に向けて出す必要がある。いろんな体温計があるなあ


 最初に映像コーナーがある。スクリーンは、平城京や東大寺の由来、歴史、変遷についての映像が流れる。
入館者は多い。映像の前には20人はいる。
 展示室に入る。7月23日から新たな展示がはじまったばかりである。展示リストがおいてあった。
  「特別公開 戒壇堂四天王立像」と書いてある。
 
 館のサイトには「第1室」のような書いてあるが、館内を見ている限り、あまり部屋の区別は感じない。重文 伎楽面などが展示されている。

 国宝 東大寺金堂鎮檀具の展示がある。ガラスケース内には、「大刀」が展示されている。金鈿荘大刀が3つ、銀鈿荘大刀がある。古代の刀なのでまっすぐで、のちの時代の日本刀の反りがない。「太刀」ではなく「大刀」と書いてある。以前、剣は鉄なのでさびているが、装飾は残っている。
 金銀鈿荘大刀は「陽剣」と「陰剣」の2本の展示がある。どちらが、陽なのか、判別はできないが、X写真も展示されていて、陽剣、陰剣と刻まれていて、その解説が書いてあった。
 大仏の下に埋めた剣が、正倉院の宝物から取り出されて埋納されたもので、以前、正倉院展でも見たことがある。当時は、判明したばかりでマスコミでも報道された。
 国家珍宝帳には、「徐物」のふせんが貼ってあり、書いてある寸法などから、その大刀2振がこの刀であると判明したという。

 次いで、第2室 仏像の展示に。
 まず目に入るのは、大きな千手観音像である。以前は、三月堂(法華堂)に安置されていた 国宝 塑造日光・月光菩薩立像が両脇に展示されている。以前、ここを見たときと同じである。
 国宝 誕生釈迦仏立像及び灌仏盤の展示がある。以前東京の国立博物館の「東大寺」特別展でも展示があり、の後も見たことがある。

 「戒壇院戒壇堂は工事のため、令和2年6月末日をもっておよそ3年間一時閉堂いたします。工事期間中、戒壇堂に安置されている塑造四天王立像(国宝)はミュージアムに移動させて特別公開いたします。」と書いてある。戒壇堂には、2回行ったことがあると記憶する。いや、1回だけだったかな?。
 戒壇堂に4体、トランスフォーメシーョン?のように安置されていた、国宝 塑造四天王立像が、ここに展示されている。
 あためてみるとどれが、増長天か、四天王のお名前を憶えていないし、顔も一致しないぞ・・・・。えーっと、広目天は、目が小さい。多聞天も目が小さいというより、意識的に細めてにらんでいるのかな。

 目が細いのが2体、大きくカット開いたのが2体。オレ的には、増長しやすい性格だから増長天かな!?。(イミフ・・・・・・。)増長と持国天は、目がカッと大きい。体の一部を示す仏が目が小さく、国や増、と国家を守るような名前の仏が目を大きくしてにらんで、邪気を退治し、国家を守護せんとしているようだ。(と感じた。)
 解説にあるとおり、採色の多くは剥落して、グレーの塑像状態であるが、手の肘の下などに色はわずかに残っている。 
 
  ↓ 大仏の手の模造。 さかんに記念撮影をしている。


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奈良国立博物館なら仏像館 鑑賞 2020年7月

 奈良国立博物館なら仏像館 鑑賞 2020年7月(新型コロナ感染症流行下)

 7月22日 祝日、4連休初日。
 
 近鉄奈良駅から、蒸し暑い曇天の天候の中、歩道を歩いて、9:34頃、奈良国立博物館の前に到着した。
 常設展示ともいうべき、なら仏像館に入る。9:30の開館直後の入館であった。

 ↓ 奈良国立博物館 なら仏像館
 

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 警備員に促され、入口で消毒用アルコールを手にかける。「検温」と言われる。額で検温をするという。おでこを突き出すのだが、汗をかいていて、歩いて来て体も暑さの中、ほてっているので、高く出るかなと思った。汗をふく暇を与えられることなく、額を突き出す・・・・。が、検温結果は平熱だった。
 チケット売り場とその係員も感染防止の防備している。東京国立の年間パスポート提示なので、チケットは購入せずに入館する。

 展示室内には、通路の先に60歳くらの男性が一人いて、本日、私は2番目の入館者のようだ。
 通路を順番に見ていく。通路には、いつものように(展示替えはあるのだろうが)重文(または文化財指定の無い) 不動明王、地蔵菩薩、阿弥陀如来、奈良吉野のお寺の蔵王権現などの仏像が展示されている。展示仏像の制作時代は、平安時代、鎌倉時代など。

 
 中央部の展示室にやってきた。入口を入って最初にある展示スペースのところ。
 館の奥から仏像館の受付カウンター、入口を見て左側に国宝 薬師如来立像の展示がある。
 平安時代(9世紀) 奈良 元興寺 所蔵。
 同じく、奈良 元興寺所蔵の 重要文化財 十一面観音菩薩立像の展示が、国宝の近くにあった。背の高い立像であった。

 サイトによると、令和元年12月24日~ここに展示されている。
 訪問した本日も展示されている。

 アカマツかわからないが、仏像は赤い木で彫刻されてるのか、やや赤い。着色が残っているのかはわからない。仏がさげた右手の平の上に薬箱をのっけている。左手は手のひらをこちらに向けて、あげている。だから薬師如来なのですね。
 以前は、白っぽい木造の 室生寺所蔵の 国宝 薬師如来像?の展示であった。

  重要文化財 文殊菩薩騎獅像
 
 あと、動物の上に仏が乗った重文指定の仏像の公開がある。パンフがおいてあり写真入りの解説がある。「特別公開」と書いてある。京都 大智寺 所蔵の 重要文化財 文殊菩薩騎獅像。X線CTスキャン調査で像内納入品が確認されたと解説がある。獅子、今でいうライオンに乗った菩薩であった。確かに菩薩が乗っているのは、獅子舞の獅子である。えー、象に乗っているのが普賢菩薩だったかな。
 大智寺は木津川沿いにある京都府内のお寺である。昔は、山城の国で京都というより、奈良に近い地域のお寺であった。昨年の正月に拝観した蟹満寺へ奈良から向かう途中に所在するお寺であった。

 鑑賞している間、入館者は2-3人くらいしかやってこなかった。先に入館した人は、さっさと見て出ていってしまったようだ。
 館の中央部の展示スペースには「ソーシャルディスタンス 距離 を保って会話しない」と札を持った女性係員が2名、スペース両脇の柱の脇に立っている。立つ場所を少し動かしたり、立ち位置を交代しながら立っている。しかし、ヒマそうだ・・・・。黒いパンツスーツを着用してじっとしている。展示スペースには、入館者は私一人しかいないので、私の動きにあわせて、札をみせながら立ち位置を替えて移動したり、スペースの反対側の柱に脇に立ちなおしたりもした。 じっとしているときもある。本当の人なのか分からないくらい、静かに立っていたり、スーっと移動したり・・・・。
 まるで、ボクがいうことを聞かない、つまり「ソーシャルディスタンス 距離 を保たない」勝手な見学者ととらえられているかのようだ・・・・。 札は、複数個所に目立つように、立てておいて一人で巡回すればよいのに・・・・。

 以前、館の中央部の展示スペースの隣の部屋には、天野山 金剛寺所蔵 国宝に近年指定された 木造大日如来坐像(中央に)、木造不動明王坐像(右)、木造降三世明王坐像(左)、の展示があった。
 真ん中の大日如来坐像は、金色に塗色されていて、大きい仏像だったし、両脇の仏像は黒っぽい彩色で目をカッと開いて、剣を持っているし怖かったので、迫力があった。これら国宝3体の仏像は金剛寺に戻ったそうで、現在は展示仏はあるが、なんとなくガランとしていいる感じ。

 一通り見て、退出した。
 今回、特別展が開催される本館には入館しなかった。

 「ぐるっとバス」は運休であるが、路線バスは運行している。
 ↓ 鹿が、歩道に出ていた。エサを求めて、公園の外にも多く群れている様子が見られた。

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道路を渡って、東大寺の方向に歩く。



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