2014年10月25日  夕刻・・・。
 
 平成知新館オープン記念展 「京(みやこ)へのいざない」 第2期。前回第1期の訪問は、三週間前のことでした。10月13日の体育の日の祝日までで第1期は終了し、休館日を1日挟んで第2期の展示がスタートしています。

 この日の最後の目的地として、京都国立博物館にやってきました。川端通りが想定外に混んだので、到着が遅れました。嵐山までと「足を伸ばしすぎ」ました。子供のリクエストだったので仕方ありません。(笑)
 当然ながら、博物館敷地のタイムズ駐車場は満車。豊国神社前の通りのコインパーキングも満車。せっかく頼みとしていたのに・・・・。ぐるって周って、近くの一方通行の道路に面したコインパークが一台空いていました。駐車して、博物館の正門に急ぎました。すでに16時を過ぎています。特別展の混雑と閉館時刻を逆算すると常設展示スペースの「京へのいざない」の観覧時間があまり取れません・・・・・。

 パンフレットにも載っていますが、目玉を挙げていきましょう。第2期は、第1期に比べると公開の国宝は少ないです。 入場して二階奥の特別展示室に向かいます。「伝頼朝像」など国宝の似絵はすでに展示期間が終わり、秀吉の陣羽織など「秀吉モノの重文作品」中心に変わっています。

 ポルガル国インド副王信書
・・・・ラテン語で書かれています。キリスト教の十字に紋章も入っていて、江戸時代の鎖国を通してよく残りまし 
 た。妙法院に秘蔵されていたのでしょうか。しまったまま禁制品として数百年そのままになっていたのでしょう。
 最大の目玉は 国宝の永徳の聚光院の襖絵。
・・・・・花鳥図の部分だったような。四面くらいしか公開になっていません。鶴がクークーと鳴いているような絵でし   
 た。隣に等伯の水墨画の展示がありました。重要文化財の「枯木猿コウ図」 龍泉庵蔵だったと思いますが、動物画(つまり、手を伸ばした不思議そうな表情の猿の絵。)でした。「龍泉庵」とは大徳寺の塔頭ですね。等伯と大徳寺は切っても切れない縁です。
 これら両作品の前で、ある中年のおじさんが「ライバルや」と独り言のように周囲の人に解説しました。
 (私もおじさんですが、もっと年上の感じのおっちゃんでした。)
 この一言、極めて端的に永徳と等伯の関係を表していますね。

法然上人絵伝
・・・法然が時には、妨害に遭いながらも教えを広めていく様子が描かれています。
  巻物はシーンを進めて年代記のようになってます。

 熊野速玉神社の宝物は前年の大神社展で見たような記憶が・・・・。この神社は、公開に積極的ですね。寄託者が公開しない意志をかたくなの持っている場合、寄託物は決して公開しないのでしょうけどね。

 「粉河寺縁起絵巻」が結局わからずじまいでした。、「鳥獣戯画展」にため時間が無いので見ることはやめました。一体どこに展示されていたのでしょう(笑)??。
 「粉河寺縁起絵巻」は別の場所で見たことはあったでしょうか。もしかしたら、やはり前年の「特別展 当麻寺」で展示があって見たと期待します。(過去のことに期待するとは????。)
 30分くらいで急いで見学して、「鳥獣戯画展」に向かいました。

 写真は閉館時刻を過ぎたあとの知新館。開館時間中は観覧に手一杯で撮影の余裕がありませんでした(笑)。

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