※ 順番を変えて急遽 「永青文庫」の見学記を先にアップします。
 この記事は5月になってから書いています。先日、永青文庫で「春画展」が開催されると発表がありました。
 会期は今年の9月から12月にかけて。我が国初の開催のようです。警察など関係官庁との調整もあるでしょうし、恐らく永青文庫だから開催できるのでしょう。  


 2015年4月中旬のこと。

 桜の花もすっかり散りました。桜の木の枝はすべて緑色に変わりました。
 神田川沿いの道から永青文庫を目指します。
 今回お目当ての企画展は「細川家起請文の世界」 副題が「神の使い八咫烏に誓う」です。
 前回の訪問は「信長の手紙」。今回の企画展は「信長の手紙」見学時にポスターを入手したのですが、来る予定は無かったです。たまたま新聞記事でこの企画展のことを取り上げていたので訪問してみることにしました。永青文庫では「企画展(示)」や「特別展(示)」という言葉を使用しないようです。タイトルにあるように「〇季展示」と表示しています。便宜上、私が企画展と書いているだけのことです。
  「細川家起請文の世界」の記事は最近マスコミなどで売り出し中の歴史学者が書いていたいたコラムであり新聞記者が書いた記事ではありませんでした。次のような内容でした。
「永青文庫の「細川家起請文の世界」を見た」ことが書いてあり「・・・細川家の毒見役の家臣が書いた起請文があった。・・・・・・実は毒見役は自分が毒見をするのではなく、毒見をさせる役であった。・・・・・」と。
 新聞にも取り上げられているので、「見に行くぞ」と決意したのです(笑)。

 ↓ 永青文庫門前の掲示板。

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 ↓ 神田川。両岸の桜並木は葉桜です。わずかに淡いピンクが残っていますが、桜が満開だった日のことはすべて過去のことになってしまいました。あれは幻だったのか・・・。また来年・・・と思いつつも、つい10日ほど前まで咲き誇っていたピンク色の花が、本当にそこに存在していたのか幻影(イリュージョン)のように感じます。

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 さて、この日は平日。、「再訪するぞ」と決意したのですが、実は仕事の用でこの付近(というか、東西線利用だけかも。笑。)を通ることもあり、私にとって永青文庫訪問は(時間が許す限り)困難ではありません。この日は、昼前に予定よりも早くとある所用が終わり、少しばかり永青文庫を再訪することにしました。

 誰が呼んだか「胸突坂」。神田川沿いから目白の台地へ上る坂道。永青文庫はこの上です。
 写真右は芭蕉庵です。
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 坂の登り口にある「水神社」
 鳥居に「関水」「関口」とあります。この付近の地名は目白台、関口です。から、説明の看板によると神田川と神田上水の関の近くの鎮守様だったようです。この付近は田んぼが広がっていたそうです。川の向こうは早稲田の地名ですからね。文字通り、神田川沿いの低湿地帯は田園で、付近は大名屋敷、旗本御家人や商人などの屋敷、領民の家々が混在している地域だったのでしょうか。現代とは隔世の感があります。

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 神社には、社の前に大きな木が。守り木だったのかも知れません。
 写真左は新江戸川公園。 昔の江戸の絵図を見れば分かると思いますが、この神社は御一新前から都心の入口に鎮座する「水」の神様だったのですね。江戸における水の守り神です。
 神社の参道の前は、貸し駐車場となっています。土地の限られる都心部、キュウキュウです。


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