2015年8月

 津和野城跡から車ですぐのところにあります。歩いては5分かからない位でしょう。ただし、夏の日に歩くのはツライです。西周の旧居にやってきました。
 車わ停めるところは特に説明はありませんが、旧居の建物の前に空地があるので停めることはできます。周囲は草地や畑、水田になっています。町はずれの土地です。昔はお城にも近い屋敷街だっと思いますが、鉄道が開通し、道路が通り、駅からも遠いこの付近の屋敷地は畑、空地、田園となったのでしょう。

 ↓ 正面の入口から旧居の建物。管理する人はいませんでした。

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↓ 建物の奥にある標識。国の史跡にも指定されています。
  反対側の道路に面しています。こちらには土壁があります。昔は土壁があったと思われますが、旧居の南北の境界は生垣のみで隣地は空地のようで草が生えているのみです。
 特に壁で周囲を囲んで門を設置しているわけではもなく自由に見学できます。

 「西周」、彼は今日、「日本の哲学者の草分け」とも「日本最初のフリーメーソンメンバー」などと紹介されます。何の業績を残した人物と説明するのは難しいです。津和野の出身ながらその才能によって徳川様の幕府でも明治の新政府でも役職についた人物というべきでしょうか。森鴎外を見出した親戚でもあります。

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 説明によると周は「25歳までこの家にいた。」とあります。10歳で津和野を離れた鴎外とは対照的です。前近代の山の中、小領主の街から立身し、徳川様の御世にありながらオランダ留学を果たした周は相当に秀才だったのでしょう。
実に簡素なつくりの当時どこにでもあったであろう民家です。「武家屋敷」と呼ぶような豪邸ではありません。禄高にもよるでしょうが、一般の武家はこのような質素な暮らしだったのでしようか。


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建物の内部には特に説明はありません。昔の民家の造りです。案内する人もいないため、ただ外から内部を見るのみでした。

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↓ 屋敷の内部。しろりの間の先に一室があり、庭に続いています。
庭をはさんで蔵が見えます。

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西周旧居の前の道路。お城の跡地からはこの道を通りました。
↓ 写真の奥がお城の跡です。
昔の武家屋敷地の面影はあまりありません。この付近がかつての城下町の武家屋敷街だったとすると近隣の人家の数は藩政時代の方が多かったのでしょうか。



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西周邸を少しばかり見て、森鴎外記念館に移動しました。
↓ 記念館近くの空地からの眺望。西側の城のある山の上の方向です。

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↓ 拡大です。鳥居が見えます。

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↓ 森鴎外記念館前にある観光案内板。

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