2016年1月31日 
 ※ この日は先に「NHKスタジオパーク」などに行ってから訪れました。
 現在、記事の投稿が遅れています。期間の限られた展覧会の記事については今後、「会期の期間中」や、会期末に訪れたときは「会期終了後」すぐに(一般的な)旅行やお出かけの記録に優先して記事を投稿するようにします。 

 上野にやってきました。東京国立博物館の特別展「始皇帝と大兵馬俑」、略して「始皇帝展」です。
 10月下旬から2月21日まで約4か月間の長い展示です。

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 ここ東京国立博物館の後は、次に福岡、その次に大阪。来年までのほぼ一年をかけて日本の三カ所の会場で展示されます。
 お国からの見学者も多いようで、展示室の中でも中国語の会話がかなり聞こえました。本博物館、中国陝西省当局以外の主な主催者は「朝日新聞」と「NHK」。しかし、先のNHK放送センター、スタジオパーク内の見学時にはポスターの告知は見なかったような・・・・。

 朝日新聞は、現在の中国政府との太いパイプを生かしてますね。これまでにも、中国関連文物の大規模展覧会を開催しています。あの「清明上河図」の展示で、それは最高潮に達しました。あのときも1月中旬の寒い季節でした。かれこれ4年前の事だったでしょうか!?。 が、昨今の国際情勢などもあり、今後はしばらくは大型、超目玉の文物の展示は無いではないでしょうか。
 特別展の会場に入る前、平成館の一階のロビーで「さあ、映像コーナーを見て、事前学習を見てから入場だ。」と意気込みましたが、閉鎖されて、電気がついていません・・・。出鼻をくじかれました(苦笑)。「あれっ、今回(映像コーナー)は無いのか?」といぶかしく思いつつ入場。

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第一展示室

 壁面には映像モニターがいくつか設置してあります。秦が勢力を広げていく、1分半くらいの解説映像が放映されていました。映像などで解説がないと「秦は元々どこにあって、どのように、何故天下を統一したのか」が分かりませんからね。(説明映像で見ると)秦の国は本当に列強の一番「西」にあります。紀元前330頃にはかなり大きい領土を持つ国になっています。
 更に時代が進んで、紀元前300年頃には、周りの国の領地を併合して、相当に大きくなっています。(のちの始皇帝)政王の時代に統一する余地が、元々あった訳で、ある日突然、政という王がものすごい偉い王様が出現して、急速に天下を統一したのではありませんね。
 政は13歳で秦王に即位し、次々に他の国を滅亡させて統一しました。が、前述の通り、政の生まれる100年前には統一する素地はあったのです。CGシュミレーション画像で秦が次第に周囲の国を併合していく版図が上映されていました。
 最初の画面は「周」の国で、「西周」と表示されていたような。周のあくまで「王」で 周王によって秦王に封ぜられたとありました。(確か。)最初の統一王朝「周」ですね。「殷」だったかな?。
 いつのまにか、周の国が無くなり、戦国時代になります。今の北京のあたりには燕、燕は現在の遼寧省、朝鮮半島の付け根付近まで統治しています。万里の長城の外まで版図が広がっています。山東半島の手前には、斉、現在、済南という都市がありますが、関連はあるのでしょうか。北京上海の航空路でここの上空を通ったことがあります。

 二文字で「中山」という国もあります。現在の山西省の黄土高原の東、河北省の西の山間から平原にかけての地域でしょうか?。
 秦の南には「蜀」とあります。今の四川省の辺り。後年、三国誌で有名な「蜀」という国が登場しますので、もともと四川盆地周辺はこう呼んだのでしょう。長江の南には、楚の国があります。「項羽」の楚ですね。

 最初の展示は青銅の鼎など。根津美術館でもおなじみの展示でした。現在でも読める漢字の入った青銅製の物もありました。
 ガラスのショーケースの中に玉の展示品があります。玉は光を通します。ライトを当てて実演展示していました。本当に不思議な石です。原石から磨いてある意味人工的な宝物です。宝石でしょうか、それとも違うのか。天山やコンロンの山から雪解け水によって精錬されて、とある石の成分が流れてきたのでしょうか。
 「と金」をした帯を締める金具がありました。たしかに中国の昔の人は帯をしている。現代のベルトです。留め金が必要だったわけで高度な工芸技術があったのです。時代は下りますが、唐の高祖や玄宗の肖像絵画でも帯を締めている黄色い服を着ていますね。
 北方の異民族の影響を受けた物の展示が。金でできた装飾品もあります。異民族は金を交易で手に入れたのでしょうか。ユーラシア大陸を越えて馬で移動していたのでしょうか。

 ↓ 「ジュニアガイド」のパンフレットより。
  玉についてはアクセサリーについて写真掲載と説明があります。が、実際の展示では更にたくさんの玉で作られた装飾品「玉環」や「玉佩」などの展示がありました。
 
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 牛や馬など実在の動物をかたどった青銅や陶器も。龍の文様のある青銅の装飾品もあります。龍の概念は紀元前の昔からあったのです。すると周の時代には竜の意識というか、概念があったのでしょうか。土版に文字を書いてというか、刻んで命令を発していたようです。青銅製の詔版が。王の命令ということでしょう。「封泥」もありました。ふうでいですね。改ざん防止措置がとられていました。竹の平面に文字を書いて巻物にし、紐で巻いて泥に印を押して封印する。昔の人の知恵でした。
 官にある者から発出されていたようです。「郎中丞」や「内官丞」といった役人の封泥の展示でした。
宦官からの封泥もありました。帝都のにぎわいてして、壺、陶鈴など民衆が使用していて、のちに発掘されてようなものの展示がありました。統一した理由として西の遊牧民 異民族と交流していたことも無関係ではないと解説にありました。
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