2016年1月

 「ワイン展」を見学したあとは、日本館へ。このとき、閉館時刻が迫っていました。
 「渋川春海と江戸時代の天文学者たち」が開催されていたので、これだけ見ようということにして地下から任官の一階に階段を登り、企画展示室に入ります。「日本の科学者技術者展シリーズ11回」の副題が付いています。
           ↓ 入口の告知。 

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入口の様子。地球儀などの展示が見えます。
今回の企画展は、没後300年を記念してのものでした。
「しゅんかい」と思っていましたが、企画展では「はるみ」とヨミガナを振っていました。
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入口の近くにあった展示品。「天文分野の図」とあり、天球儀でした。星空の様子が描かれていました。

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撮影禁止の展示品も多くありました。「貞享暦」の冊子の展示がありました。(写真はなし。)
いくつか、暦の本があります。重要文化財に指定されていたかなと思いましたが、確証はありません。記憶違いかも知れませんが、公文書館で見たような・・・。誤解ですね。

↓天文台の様子。
江戸の街に天文台が設置されていました。最初は、渋川春海が天文方のときに本所に設置。
今の墨田区の辺りです。
低地で洪水があったとのことで、次いで、駿河台の高台に。
将軍吉宗の時代には、江戸城内の吹上で観測していたそうです。
更に、牛込の高台に設置されています。牛込は台地の上なので、眺望もきくでしょう。
当時の天文台の位置は赤い丸で示されています。ちなみにウチの本家の菩提寺のすぐそばに、昔の天文台があったことが分かります。

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 江戸時代に製作された望遠鏡の展示があります。写真のものは非常に長い望遠鏡です。他にも望遠鏡は展示されていましたが、群を抜いて長いです。現在市販されている望遠鏡と比べてどれくらい見えたのでしょうか。

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 岩橋善兵衛は「早天儀図解」という書物を発刊しています。西暦では1802年のこと。
木版画で印刷したのでしょう。自作でも望遠鏡を作っていたとか。その展示がありました。一般の人でも高度な技術を持っていたことが分かりました。
 土星のわっか、木星の模様などが詳細に記入されています。私が子供の頃に見た望遠鏡の木星土星よりも大きく観測していたようです。木星の横の丸は判然としませんが、今では「イオ」「エウロパ」と名付けられている衛星でしょうか。

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江戸の市井の人も観測をしていたそうです。上記の善兵衛は代表的な人だったようです。彼は、江戸ではなく、大阪の人で京都で天文観測会を実施したとあります。特に幕府の役職についていた人ではないようです。
今でいう、アマチュアの天文家でしょうか。

「画 夜長短之象」の説明には、春分と秋分、赤道が記され、地軸の傾斜も正確に測定されています。
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 善兵衛は、春海よりは100年後の人。同時代の天文方として高橋景時などが紹介されていました。似た名前の子がいますが、この子のうとの一人が伊能忠敬の地図持ち出しというかシーボルト事件に連座したと記憶します。

と、閉館時刻が近づいたので「蛍の光」のメロディーが流れました。あまり時間が無く、ゆっくり見学ができませんでした。地下に降りて、人の流れにまかせて退出しました。