2016年春、
 
 国立新美術館で開催中の「はじまり、美の饗宴展」すばらしき大原美術館コレクション、を見学、鑑賞してきました。会期は4月4日まで。便宜上「大原美術館展」 と省略して書きます。


  今回の私のお目当ては、現地(以下、大原美術館のことをこう呼びます。)で、あまり意識して鑑賞しなかった、「近代日本美術」です。中でも、「重文指定」の洋画二点は、私の中で「超目玉」です(笑)。

 近代日本絵画の展示室は、展覧会の会場内、三番目くらいの部屋だった。壁には「(当時の)大原孫三郎は、近代日本の絵画を積極的に収集した。」と説明パネルにあった。当時としては、同時代の画家の作品であり、現代「コンテンポラリー」絵画だっただろう。のちの世には、必ず評価される、価値がある、と予見しての収集だったのでしょう。

 まず、青木繁の「男の顔」の展示がある。神話の一説のようだが、どこかキリストの顔を思わせるし、日本タケルの顔を思わせる。濃い顔立ちの男の顔だ。九州男児の自分にもなぞらえたのかも。

 次いで、「麗子の立像」。これは、現地で見たことがある。

 本日の私にとってのハイライト、重要文化財の二作品は並んで展示されていた。ちゃんと「重要文化財」と表示されているではないか。


 なんと、20歳で没した、夭折の画家、関根正二 の作品 《信仰の悲しみ》 があった。

 1918年 / 73.0 × 100.0 cm / 油彩・カンヴァス/


 画中の「真ん中の赤いドレスの女性が、どこか悲しげ」と説明にもあった。丸みをおびた女性の姿は「礼拝に向かう花を持っている」とも。「丸みを帯びた」という姿の描写はワタクシの独自の解説でゴザイマス(笑)。
 元々は、別のタイトルの作品だったところ、作者は友人の感想を聞き、「信仰の悲しみ」に改めたそうだ。


 次いで、「Nの家族」小出楢重。

 だから「N」。なのだと理解した。画中のテーブルの上に置かれている「白い本」は、画家「ホルバイン」の画集だそう。左の静物は、果物と皿、布など。「セザンヌを思わせる」と説明にあったが、私としては、更に昔の画家、スルバランを思わせる。親子三人もどこか「聖母子」を思わせる。

 しかし、どこか、労働者のような風貌なのだ。妻、つまり日本髪の婦人の目つきが鋭い。子の目つきも鋭いし・・・・。子のその後の運命については、何か説明はあったのかは、知らない・・・。存命ならば100歳くらいであろうか。
 唇が大きい、上の顔が半分に切れた自画像が画中にある。楕円形の絵だ。しかも、ルネサンスの丸い額縁を思わせる。先の「ホルバイン」を示すことで、自分を西洋の偉大な画家に擬え、「小出の自信のほどがわかる」との説明文があった。タッチの暗いこの絵は、ホルバインの作風というか、当時の「北方ルネサンス」の画とともに同時の日本の時代背景なども表現したのだろうか。
 恐らく、これらの二点の作品は、多分大原美術館(現地です(笑)。)で見たことがある。が、当時の私は、近代日本の重文指定作品は、あまり意識をしていなかった。やっと鑑賞できました(笑)。


 また、中村ツネの「骸骨と自画像」もあった。とても、やせている。グレコの絵を思わせる。 またはムンクか。

死期が近い、というか、確信しているような青ざめた絵だ。背景も青い。骸骨を持つ姿は 確実な死を暗示ではなく はっきりと示している。結核とは恐ろしい。別の絵で見たあのふくよかな、画家の姿ではない。衝撃的だ。


 重文作品とは、反対の壁には、藤田嗣治の大きな絵がある。女の姿の絵。白いやや、グレーっぽい裸婦の絵。
 その左には、佐伯の絵が一点だけある。「Verdan」の文字が飛び出そうだ。当時は第一次大戦の後、激戦地の名前は特別な意味を持ったのか?。

 最後に売店で絵ハガキを二枚買った。その売店のレジの傍らに撮影可能の表示のあるパネルがあった。
  ↓ 「麗子立像」のバネル。

IMG_3477


↓ 撮影可の「又吉パネル」

IMG_3476


↓ 撮影可の「又吉パネル」と「麗子立像」のバネル。隣はレジでした。


IMG_3478


 入口付近、乃木坂駅に下りる途中に撮影。会期終了近くなのであろうか、「大原美術館展」のバネルは無かった。残念・・・・。
 

IMG_3480


 美術館の下の道路付近。桜の花が咲いている。木々の向こうは青山霊園だ。
 毎年のことながら桜が咲くと晴天は少ない・・・。「花曇り」だ。

IMG_3479