今年の2月のことだ。「二、二六事件」に関する講演会を聞きに行った。知ったきっかけは、市の広報誌。告知の記事が小さく掲載されていた。
 事件が起きたのは、今からちょうど80年前の雪の早朝のこと。が、事件を主導した青年将校達が処刑されたのは、その年の7月のこと。丁度今頃の時期なのだ。

 講演会なので写真は無い。
 「善行雑学大学」は地元ではある程度知られている。その詳細はここでは省く。市の広報誌や地域のニュース誌などで開催内容は紹介されている。毎月一回テーマを決めて開催される。テーマの内容は必ずしも歴史関連ではない。だから「雑学大学」なのであろう。会場は藤沢市の善行公民館。市民センターも併設されているので、住民票などが必要なときはここで取得することが可能だ。図書室もある。私は以前この図書室に子供を連れてよく来たものだった。現在では引っ越しをしてしまい、家から遠くなったのでとんと来たことが無い。

 久しぶりに善行公民館にやって来た。資料代を支払い、レジュメを受け取り、受付(氏名を書く)を済まして中に入る。公民館の体育館が会場。パイプイスがたくさん並べてある。200席以上はあるだろうか。開演時間までにほぼ満席となった。来場者の平均年齢であるが・・・・・、高い。平均年齢60以上ではない。70歳前後ではないだろうか。私と同年代かそれ以下は私が見た限り、満席で200人が来場していると仮定して10人もいなかったのではないか?。女性の聴衆もいるが、ほとんど白髪のご婦人だ。子育て世代以下と思われる世代の女性は私が見た限りいなかった。

 講師は中田整一氏。元NHKの職員でプロデューサーとして二、二六事件に関連する番組を制作したがある。レジュメには氏の善行雑学大学での過去の講演実績が記載されており、約10年前から複数回講演されている。テーマは二、二六事件についてが約10年前に一回、その他は別のテーマであった。
 さて開始前に会場の様子をスマホカメラで写真撮影している「おっさん」がいた。が、講演会の会場なので特に私は場内の撮影はしていない。
 中田氏が登場して講演を開始する。講演会の場合は「登壇」という言葉を使うかも知れない。しかし、檀上の演台ではない。市民センターの体育館のフロアなのでフラット。学校の体育館ならば、舞台が必ずあるので、檀上の講演者はよく見えるのだが、平らなので演壇付近は見えない。
 普通の会議机にパイプイスに座り、講演は開始される。うしろの席の人は、講演中の中田氏の姿は見えなかったかも。
 善行雑学大学は講演者(講師)と受講者(生徒)が対等な立場という意味もあるだろう。

 冒頭「二、二六事件は、私の昭和史の原点だった。」と講演が始まった。
 「今年は事件からちょうど80年前。今日からあと×日後の2月26日のことでした。・・・・・」
 「日本で一番、(二、二六)事件の当事者に会ったのはこの私と作家の澤地久枝さんと自負している。・・・・・。」
 とのお話だった。
 

 ↓ NHKの敷地の南端と道路を挟んで渋谷駅側の渋谷区役所などの建物(写真の左)。
  2016年1月撮影。(スタジオパークに行ったときに撮影)

 講演の中で話が中田氏からあったし、レジュメ内の資料でも言及されていたのだが、実は写真左の建物のあるところは戦前は陸軍の刑務所の敷地であり、事件の首謀者達の死刑が執行された場所なのだった。
 撮影したのは講演会の前の月のことだった。このとき、私は中田氏の講演会のことは知らなかった。
 2月に入ってから、たまたま広報誌で開催を知った次第だ。

IMG_3295


 確かに「二、二六事件」の関係者の慰霊像がこの建物の先の一角にある。以前、私も慰霊像の前を通ったことも何回かある。(写真は無い。)

 この講演会の数日後、今年の2月26日のNHKニュースでは慰霊碑の前で「26日は、事件から80年に当たり・・・・朝、慰霊を行った・・・・」と映像入りで放映していた。私がたまたま見たのは朝の出勤前に見たニュースか昼のランチタイムのときに見たニュースであったかも知れない。
 NHKの取材班は、自社(つまりNHK放送センター)から道路を挟んで反対側にある慰霊像の前での取材なので、NHKの取材クルーにとっては極めて取材場所が近かったことになる。
 当日は新聞でも二、二六事件の関係者の子孫の紹介記事があったし、文芸春秋にも(渡辺大将の娘で襲撃の場所に居合わせた)渡辺さん(シスター)のインタヴュー記事が掲載されていた。