2016年7月10日 
 
  東京、丸の内の出光美術館。企画展「美の祝典」、4月から始まった国宝「伴大納言絵巻」の公開もそろそろ会期終盤。この期間は、下巻の公開。会期最終日は7月18日の祝日まで。
 
 展示を見ながら「伴大納言絵巻」下巻の展示ゾーンに進んだ。
 解説のボードを見ながら、展示ケースへ順路を進む。「伴大納言絵巻 下巻」の展示ケースの脇には、5-6人くらいの人が列を作っているのみ。前期と比べると観覧者は少ない。
 下巻は、解説のボードを前回の訪問時も見たので、あたかも、既に現物も見たというような錯覚に陥ってしまう。が、ガラスケース内の巻物を順番に見ていくと、意外にも赤い葉のついた木が目立つことに気付いた。季節は秋なのだろう。現在の暦でいうと、11月くらいか。昔は、現在よりも暑かったなんて言われているが、民衆の着物は確かに軽装で衣一枚という感じ。
 平の清盛はマラリアで死亡したとも言われているらしいが、それくらい気候が厚かったのだろうか。この絵巻は事件から300年後に描かれたとあるので、成立したときの為政者は平家ではなかったか、院政~平家政権~源平の合戦の頃かな。紅葉のシーンが描かれているので、さほど気候は現在と変わらなかったのかも。現在の方が、温暖化の影響が著しい?。
 舎人が尋問されている様子から一気に検非違使が逮捕に向かうシーンに飛ぶ。
 逮捕されて、牛車で引かれていくシーンは、伴大納言自身は描かれていない、と解説にもある。確かに、着物の裾しか見えない。
 ポン、ポンと場面ごとに絵が登場して物語は終わった。

 私の前には、若いおにいちゃんが入ってきた。巻物のガラスケースを見る前に予習をしようと、壁面の解説パネルを見ていたら、私の前に横入りされてしまったのだ(笑)。
 このおにいさんは、熱心に見ていて、ついにガラスケースを見ていく途中で私は追い越しをした。私が見終わっても、このおにいさんはまだ見ていた。私の次は、背の高いスラーとした若い女子大生くらいの女の子だったが、この子も熱心に見ている。ガラスケースの前で列が滞留していたが、ケースの前で人が張りついているほどではないため、立っている警備員も特に早く見るようには、促さない。
 私は現物を見た後も、どのシーンがどういう場面かもう一回おさらいしようと、開設ボードを見て、もう一回、現物をさらっと流すように見た。さほど混雑していないので、時間の許す限り、何回でもガラスケースを見ることは可能だった(笑)。
 「伴氏」がその後、どうなったかは、解説には無かった。かつての大伴氏は没落して、伴善男の後、子孫は公家となったのか、寡聞にして知らない。その後、時代は藤沢氏の全盛となるのだが・・・。その血筋は現代においても華麗な人脈を政財界などに築いている。伴氏の時代も現代においても・・・。

 やっと、「伴大納言絵巻」を見た後、次の展示室へ。
 江戸時代の酒井抱一の作品などを見る。尾形光琳の作品と酷似している。「白梅図」や「八橋図屏風」など。
タイトルからはカキツバタの絵とは判断できないが、木道に咲いたカキツバタを光琳の国宝作品と同じように描いている。が、色彩のうまさは、光琳が上手に感じる。特に、紺色の濃淡でカキツバタの花の表や裏を描写している所などは・・・。しかし、よい

 乾山の皿の作品などを見て、展示室を退出した。
 帰りに売店で図録の見本を改めて見る。図録の解説には館長である出光氏の解説文が掲載されている。抱一の「風神雷神図屏風」は尾形光琳の「風神雷神図屏風」を写したもので、この屏風は当時所蔵していた一橋治済の屋敷で現物を見た?ようだ。抱一自身は、元々のオリジナル、宗達の「風神雷神図屏風」の存在を知らなかったらしい。
 現在、重要文化財指定、東京国立博物館所蔵の尾形光琳「風神雷神図屏風」は、将軍家斉(現在字体で表記)様の父、治済(現在字体で表記)が持っていたのか・・・。治済(はるさだ)は、田安家出身の松平定信の終生のライバルといったところか。というより、定信は、父の弟の子ではあるが、年上のいとこの治済の権勢の前には、終生対抗できなかったのではないか。将軍の父君と、老中(経験者)とはいえ11万石程度の大名の定信では。

 再びエレベータに乗って降りた。
 外に出て、振り返って美術館の入っているビルの外観を撮影した。6月の下旬以降、急に新聞の経済面などで出光家や同家が理事長を務める出光美術館を運営する財団のことがクローズアップされた。
 と、先程展示室にいた大学生らしき女の子が出てきた。黒縁の「アラレちゃんメガネ」をかけた茶髪の子だった。底の厚いサンダルを履いている。一人で来ているようで、有楽町の方向へ歩いて消えて行った・・・。先にも書いたが、今回は学生くらいの十代後半から20歳代の学生、社会人とおぼしき若い人もかなり見に来ていた。母親と一緒に見に来ている高校生~大学生くらいの子もいた。
 子連れも何人かいた。幼稚園くらいの子を連れて、お父さんが熱心に説明している。が、子は、分かっていないかもね(笑)。何年か前の私かな・・・・・・。子供が嫌がるので、私はすぐにやめましたが。
 孫を連れてきているおじいさんもいた。