2016年7月17日 日曜日 
 国宝 可翁筆「寒山図」公開 特別企画展「禅宗と茶の湯の美」 サンリツ服部美術館 見学2
 
  三連休の真ん中の日曜日。長野県、諏訪にある「サンリツ服部美術館」にやってきた。7月10日から始まった企画展。服部一郎没後三十年 特別企画展「禅宗と茶の湯の美」。8月2日までが前期。前期の目玉「初公開」の「寒山図」を見にやって来た。

 ↓ サンリツ服部美術館の2階のテラスから、窓ガラスごしに諏訪湖。
   湖畔の木々に隠れて、水面が写真では判りにくい。しかし、実際には、湖水がよく見えて、眺めが良い。
ただ、岸辺に近い所では水中に藻のような植物が浮遊しているようだ。緑色に水面がゆらゆら揺れている。
 うーん、天気は雲が多い。梅雨明けは、まだだ・・・。

DSC07483

 眺めのよいテラスの前は、カフェになっている。長方形の建物のちょうど真ん中の部分だ。席数は多い。諏訪湖が一望できる。カフェには、一組しかお客がいない。2階のカフェと展示室につながる通路はガラン、シーンとしている。
 
 展示室内は撮影禁止なので、写真は無い。
 カフェの奥に入口がある第二展示室に入る。室内に入ると長方形の横に長い展示室である。室内全体を見ると、ありましたね~。国宝可翁筆「寒山図」が。遠目にも「あれだ。」と分かった。大きさは・・・・というと、思ったよりも小さい。遠目には、床の間に飾る掛け軸と同じくらいの大きさだ。
 
 ↓ 美術館入口前の柱の装飾。帰る際はこの柱の横で記念撮影をした(笑)。
   撮影禁止のため、美術館の外に掲示された写真を基に、国宝 可翁筆「寒山図」(以下主に「国宝寒山図」と書く。)などを鑑賞した感想を書いていくことにしよう。

DSC07487

 まずは、展示室を最初の作品から見て行った。
 「偈頌」(漢字が・・・・)、「法語」など墨蹟の展示がある。読み下しの解説文も配布していた。禅宗の僧の筆になるもの。掛け軸になっている。「餞別偈」は「月庵宗光」とある。南北朝時代の墨跡。「・・・万事休・・・」と読める。
 テーマが「禅宗と茶の湯の美」であるので、茶室、床の間?に掛ける掛け軸や茶器が展示されている。

 下の子は、すいている室内をさーと見て、展示室を出て行ってしまった・・・。下の子は国宝「寒山図」の前をも一瞥しただけで通り過ぎてしまった・・・・。このとき、この国宝の前には、誰も観覧者はいなかった。貴重な国宝を独占して見れる機会は滅多に無いのに・・・・。こんなことするのウチの子だけです(涙)。この国宝、もしかしたら、下の子自身がおぱさんかお婆さんになるまで、公開される機会は無いかも知れないのに・・・・。
 ウチの子が「国宝」の前を「スルー」した直後、50歳~60歳くらいの男性が、その前に陣取った。単眼鏡を片目にあててじっと国宝「寒山図」を眺めている。すぐ、又は長くても数分で移動すのるかと思ったが、国宝の正面に直立して、ガラスケースの前から全く移動しないのだ・・・・。これには困った・・・・。
 私は、展示品をほぼ順番通りに見ていった。そのうち、私が国宝「寒山図」の前に来る迄には、どくかな?、と思ったがトンダ見当違いだった。このおじさん、入室は私よりもあとだったのだが、全く移動しない・・・・・・。
 私が順番に展示品を見て、国宝の前に至ろうとした(考えた)のに、この人は入室するや否や、スーっと国宝「寒山図」の前にやってきて、陣取ってしまったのだ・・・・(愕然)。


↓ 美術館入口前の柱の装飾より。

DSC07490

  国宝 可翁筆「寒山図」の隣は「伝周文」の「望海楼図」だった。国宝「寒山図」と同じく水墨画で、こちらは風景を描写している。大きさは、国宝「寒山図」とほぼ同じだ。
 「望海楼図」の名の通り、昔の中国の楼閣と岩山と川のような流れと海が表現されている。

 先ほどの「おっちゃん」は全然移動する気配が無い。単眼鏡を片目にあて、じっと国宝「寒山図」を眺めている。正面に陣取ることが出来ないので、 「望海楼図」の横から「寒山図」をまずは拝観。

 作品の前の解説文には次のような説明があった。「可翁は南北朝時代の画僧で、現在、世界で作品数は十数点しか確認されていない。まぼろしの画家である。・・・・本作品は、今回が初公開となります。」と。
 企画展のコピーに「まぼろしの国宝」とあるが、作品の「初公開」による「まぼろしの国宝」という意味と、作品数が極めて少ない画家の筆になる「まぼろしの作品」という意味とを「引っかけて」いる。
 この作品「紙本墨画」なの水墨画であることは分かる。が、説明文には大きさが書いていないし、展示リストにも記載が無い。お隣に展示している「望海楼図」とほぼ同じ大きさ。高さは1メートルくらいだろうか。見上げるように展示してあるので、実際よりも間延びして見える。横幅は30センチくらいかな。

 「寒山」は、「寒山拾得」として表現されることが多い。近世まで、寒山拾得の画は数多く制作されただろう。この画は「寒山」のみのアップの画。「寒山は・・・僧で・・・」と解説文にある。
 髪がボサボサ。カッパのようだ。奇人、変人と言われた?、寒山の人物像を見事に表現している。現代風にいうと、頭はキレて知恵者ではあるが、ちょっと行動のおかしい人というところか・・・・。

 南北朝時代というと、戦乱が続いていた時代。同時代の僧は、絶海中津や夢窓疎石など、現在も残る禅宗の寺を創建した僧がいた時代と重なる。可翁は、当時の有名な僧とも交流があったのかは、全く分からない・・・。
 大徳寺の祖、「大燈国師」とも同時代の筈。現代においては、経歴、生没年すら不明の謎の画僧は、自身、奇人「寒山」に相通じるものを感じていたのだろうか?。

 さて、しばらく「国宝寒山図」の真正面が空くまで、別の展示ケースを見る。
 独立したガラスケースには重要文化財「玳皮×天目」茶碗がある。(一文字漢字が出ない)
 「タイマイの甲羅の模様のような」茶碗であるから、「たいひ」なのだそう。黒地に白っぽい、まだら模様が広がっている。確かに「タイマイ」の甲羅だ。
 別の独立ガラスケース内には重要美術品指定 南宋時代の「唐物肩衝茶入 銘 筑紫」が。小さい茶入れの陶器?。銘がどこに入っているかは、分からないが・・・。この「茶入 銘 筑紫」の独立ガラスケースの脇で、可翁筆「寒山図」の真正面に陣取る機会を待つ。平らのソファも傍らにあるので、ここに座って、遠くからも鑑賞する。
 展示室内は、私達を入れて十人と少しといった感じ。私達が入館した後、入館者も増えて来たような感じが。  
 
 鑑賞者は、(真正面に陣取っている人とは別の)60歳くらいの男性や先程、第一展示室にいた子連れの女性、50歳くらいの夫婦。若い背の高い男性など、必ずしも年配者とは限らない。
 妻は、必ずしも美術関係に興味がある訳ではないが、さすがに「寒山図」の前に陣取って離れない男性に苦笑していた。15分位して、やっとその男性がどいた。かなりのマニアであった(笑)。男性は、展示室の最初のガラスケース内の作品を順番に見て行っている。どくや否や、サッと私は「国宝寒山図」の前に陣取る(笑)。国宝の前には、私も含めて2人か3人くらい。ゆっくり鑑賞できる。でも、ずっと真正面に陣取るのはヤメましょう(笑)。

↓ 美術館入口前の柱の装飾より。
  (以下、鑑賞した感想も含めて書いていく。)

 下半身部分の拡大。わらじと足の指の描写が精密だった。足の指の向きがあれえへんくらいに曲がっている。
「これじゃあ、足の指が地面に当って、痛くないのなかな。」と思った。奇僧の寒山ならではの、姿だ。風体を寒山は気にしないのであろう。
 「可翁」と書いているような落款が鮮やか。「隷書体」の落款なのか。「幻の画家」であるのに落款が鮮明に残っているのはギャップがある。

DSC07491

↓ 美術館入口前の柱の装飾より。

 寒山の顔は、現物では、写真ほど良くは観察できない。
 展示室では、上方にあり、私の身長でも見上げるような感じでの鑑賞になるから。
 やはり、くちびるが特徴的。くちびるとお鼻の高さがあまり変わらない。
 元祖、キャラクターの「クチパッチ」のような感じだ。(たとえが悪いか・・・・。)

DSC07492


 ↓ 美術館入口前の柱の装飾より。 寒山のお顔の部分の拡大。
  作品を見るとき、まず最初に顔の部分を観察した。
  上述の通り、現物では写真ほど良く観察できない。

DSC07493

 ↓ 美術館入口前の柱の装飾より。

   画面の上には、木が水墨で表現されている。木の枝が垂れ下がる様子が見事だ。
   木の下で笑っているのか、考えているのか、正気でないのか、奇人の寒山の様子が表現されている。
   木と人物が見事に調和している。木の下の絶妙なアングルで寒山が佇んでいるのだ。

DSC07494

 
 「この国宝、もしかしたら、ウチの子自身が、おぱさんかお婆さんになるまで公開される機会は無いかも知れない。」と書いた。が、今回鑑賞して、「服部一郎氏没後30年」の機会のみならず、修復を契機に公開されたことが分かったので、今後は、毎年とまではいかないまでも、数年に1回は本美術館で公開されることが期待出来るかも!?。
 展示のガラスケースと反対側の壁側には、警備員が座っている。そのイスの横の壁には、修復をしている様子の写真の掲示があった。
お 顔の部分が、かなりきれいに、鮮明になっている。修復前は、寒山のお顔の左横には、(写真で見る限り)赤いヨコ縞のような汚れが付いている。顔の輪郭線も汚れていて、鮮明では無かった。