2016年11月26日 神奈川県立金沢文庫。  
 生誕800年記念特別展「忍性菩薩-関東興律750年-」を見学する。
 (以下「金沢」と現代字体で表記する。)

  ↓ トンネルを抜けて隣接する称名寺の境内。
 

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 金沢文庫の建物の二階の通路を通って、南翼(南側)の部屋は、図書室であり、展示室ではなかった・・・。最初は、展示室と思っていたので、早く見ないと、閉館時刻になってしまう・・・と心配したが、「杞憂」であった。
 つまりは、北翼の一階と二階に展示室がある。一階は基本的に常設展示で、広くない。広さは、二階の半分より少し広いくらい。一階が「ほぼ常設展示」。二階が「企画展示室」のようだ。

 二階の通路は吹き抜けになっていて、一階のエントランスを見下ろすことが出来るようになっている。
 通路にはベンチもあり、休憩することができる。他の博物館などの展覧会バンフレットがラックに置いてある。奈良国立博物館で開催予定の「快慶」の特別展のチラシも置いてあった。(「運慶」では無かったです。たぶん。)
  
 通路にも、展示品がある。いわき市の「長福寺」に関する資料。展示によると同寺の「地蔵菩薩像」の胎内から鎌倉時代?の書状が出てきたそうだ。きっかけは、東日本大震災に伴う、修復だったそう。書状は、老婦人が書いたものらしい。
 その他江戸時代の同寺に関する文書の展示があった。展示資料の中には「寺領43石」などの文字が見えた。
 いわき市周辺には「真言律宗」の寺院が集まっているそうだ。

 文庫の建物から出る前にも再度、特別展の展示室に戻り、一通り文書の展示品などを見る。室内には、年配の小柄な 人しか他に展示室にいない。4時半が近づき、館の人が閉館の準備にやってきた。
 展示室を出て、通路に出る。二階の通路から階段を下りて一階のエントランス、受付前のロビーに戻った。

 ↓ 二階の電気がついている部分が展示室外の南翼と北翼を結ぶ通路。

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 エントランスから、入って来た入口とは反対の岩山方向には、トンネルがあるのがガラスごしに見える。金沢文庫と称名寺をつなぐ、有名なトンネルである。
 広いガラスの自動ドアから外に出た。先ほど、入館した入口は手押しの小さいドアなので大違いだ。
 外に出て、トンネルを見る。日没時刻となり、暗くなってきた・・・・。

 文庫の建物の前に「中世の隧道」の跡があった。フェンスで閉鎖され、通ることは出来ない。
 昔の鎌倉の切り通しのトンネルと同じ要領で掘削されたのだろう。


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 中世の隧道は閉鎖されているが、現代では立派なトンネルが開通している。トンネルの天井には、電灯もついていて、明るい。さて、トンネルをくぐり、お寺へ向かう。
 
 ↓ トンネルを出ると視界か゜開けた。広々とした称名寺の境内だ。雪降ったのは、数日前のこと。かなり、落葉している。境内、池のほとりにあるイチョウの木は、黄色に葉が染まっていて、美しい。


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 広い境内を散策をしている人がちらほら。市民の憩いの場となっているようだ。
 太鼓橋の拡大 ↓渡っている人がいる。
 池の水面に橋の姿が反射している。まるで、人間の口のようだ。その昔、金沢氏健在のときも、同じように水面に橋の姿が映っていたのだろう。
 (もちろん、橋は何回もかけ替えがされていると思うが。)


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 ↓ 境内と金沢文庫をトンネルの様子。金沢実時の胸像があった。

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 現代のトンネルを抜けると、金沢文庫の建物の正面の入口に出る。実は、こちらが「正面入口」であった。よって、金沢文庫の正面玄関は、東向きのトンネル方向、岩場に面してあり、陽当たりは悪いかな・・・・・。
 トンネルごしに、文庫の建物が見える。トンネルの入口には「忍性菩薩」の特別展の告知看板が設置されている。
 ↓ トンネル内の電灯に照らされる金沢文庫の建物。

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 橋の正面までやって来た。橋が中の島を経由して、二本かかっている。
 お堂を正面に、池が東西にある。お堂(説明によると「金堂」)は南面を向いている。典型的な「阿弥陀思想」に基づく寺院の伽藍配置ではないかと思った。

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 庭園の説明。「浄土庭園」だ。極楽浄土になぞらえて、造営された、平安時代末期から鎌倉時代にかけての庭園様式ではないか。

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 お寺の背後の丘と緑は「称名寺市民の森」。森と丘は、鎌倉時代から称名寺の背後にあって、現代まで残っているのであろう。

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 あの世の極楽を表現した「極楽浄土」の庭園であるが、平安時代の有名な浄土庭園の「平等院」や京都府南部の「浄瑠璃寺」の庭園とは異なる。東向きではないのだ。ここ称名寺は、「南向き」の庭園だ。特に浄瑠璃寺は、東の太陽が昇る方向をお堂お安置する仏像が向いている。太陽の沈む西に背を向けている。 
 時代が下がるにされて、南向きの庭園とお堂が造作されるようになったのだ。 典型例としては、福島県のいわき市に残る有名な国宝建築「白水阿弥陀堂」とその庭園であろう。(行ったことが無いのだが・・・・・。)
 白水阿弥陀堂は、南向きのお堂と庭園があり、ここ称名寺と酷似している筈だ。
 先の、いわき市の長福寺と白水阿弥陀堂は、何か関係があるように思えるが、私が見た限りでは、展示には、「白水阿弥陀堂」に言及は無かった。

 ↓ 橋の正面から。現在はまっすぐ、一直線上に金堂があるのではない。
 (昔はどうだっかも、知らないのであるが・・・。)

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 ↓ 南には、立派な門がある。見上げるくらいの大きな門。「仁王門」。
  正面から見る。「仁王像」が両側にある。まるで、東大寺の仁王門のようだ。

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 仁王門の横には、寺の門柵がある。一応、16時30分ど閉門とある。が、柵の傍らに、小道があり、門が機能していない。事実上、境内には時間無しで入れる??。
 境内を出て、門前の参道を、南に歩く。昔は南に海というか、金沢の潟が広がっていて、海岸に向けて通じている道だったのだろう。
 境内では、中年カップルもいた。そのカップルは、寺の門の脇を歩いて、振り返って門を眺めている私の方向にやってくる。私と同じ道を帰るようだ。

 参道の両側は、一般の住宅地になっていて、遊んでいる子供、車を掃除している父親もいる。参道に面して、搭頭というか、子院もある。ひとつは、仁王門の近く、門柵のそばにあり、墓地を管理している。一般寺院になっているようだ。海側(シーパラの方向)にも、もう一軒、子院がある。子院の門構えが立派だ。
 参道をお寺を背に、南に歩く。と、自動車の通る道路に出るところにも門がある。車の道は、門を避けて、細い道が通っている。その横には料理店がある。割烹、料亭のようだ。ここから、八景島近くの広い道路もすぐ近くなのだが。付近の道は狭い。

 歩いて、コインパーキングの方向に戻る。買い物袋を持って、京浜急行の駅の方向から歩いて来る人がちらほら。 主婦らしき人が多いかな。ここには、生活があるのだ。帰って、夕食をつくるのであろう。
 称名寺を少し離れると、そこは、ごく普通の首都圏のある都市近郊の住宅地だ・・・・。かつての中世の面影は微塵も無い・・・・・。
 若い人が買い物をして家に帰る姿も。ピニール袋を下げて歩いている・・・・。
付近の住所は「寺前」である。最寄の駅は、「金沢文庫」であるが、お寺の前なので「寺前」だ。



↓ 行きにも通った金沢文庫近くの交差点。道路は狭い。
  写真左が文庫への道。まっすぐ進むと称名寺の参道に南端にある門の前に至る。

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