2016年3月20日 お彼岸
 
 千葉県佐倉市にある「国立歴史民俗博物館」(略して「歴博」)にやってきた。

 常設展示(実際には「総合展示」と博物館では説明している。)を見学する。 第1展示室「原始・古代」

 第6展示室を見たところでお昼の前、11時45分になった。レストランで「古代米」の食事をしてから、戻って来た(笑)。混雑前にお食事確保(笑)。
 食後は一旦、一階(受付のあるフロア)に戻り、最初の展示室つまり「第1展示室」から順番に見ることにする。

 改めて先程入館したときの隣の入口から第1展示室へ。そのまま、(企画展示室と異なりエレベータで地下に行くことなく)廊下で展示室とつながっている。

 ↓  第1展示室の入口。
   順路通り。ニッポンの歴史のワンシーンの切り絵が掲示されている。
  埴輪、南蛮船、戦国武将のヨロイ、中世の一般人?などなど。突き当りの壁には、「ブルーの地球」の写真がある。 


DSC06167

 ↓ 展示室への廊下の壁。
  明治時代の錦絵にかかれた、礼装姿の警官?、軍人?や西洋服に身を包んでいる女性、先ほど第6展示室で展示をみた、昭和期と思われる兵隊さんの軍装の写真、戦後のモーレツサラリーマンのスーツ姿の写真など。その時代を生きた人々の姿がある。

DSC06166


 よくよく考えれば、私の祖父は、上の写真にある兵隊サンの軍服姿も戦後、高度成長時代のサラリーマンの姿も両方経験したことになる。否応なく時代に翻弄された世代ですね・・・・。

 縄文時代から展示が始まる。当時の生活の再現など模型や解説ボードによる展示が多い。続いて弥生時代の展示。室内は、結構人が多い。と、小学生くらいの女の子を連れた家族連れが三人でやって来た。女の子は「あたしの好きな時代だ」と嬉しそうに話をしている。
 私のツレらはは・・・というといない・・・・。皆、単独行動だ。「バラバラ家族」です(笑)。
 これら縄文と弥生の時代の展示はサラッと見る。歴史の授業でも縄文、弥生ら熱中するあまり、全然先の時代に進まない・・・・。道理で「近代、現代」の授業が終わらないはずだ・・・・・・・・・・・・・・。

 ↓ 三内丸山遺跡の様子の復元模型。
   新青森駅の近くにある遺跡。以前、青森県を訪れたことがあるのだが、時間の関係で行かなかった。


DSC06168


 ↓ 弥生時代の高床式倉庫の模型だったかな。

 
DSC06169


 土器など当時の道具の展示もあるが、ほとんどが模型の展示。現物のオリジナルを展示しているのではない。

 ↓ 縄文人の系譜の解説。
  解説よると「日本の縄文人と同じ遺伝子配列を持つ人々が、モンゴル、朝鮮半島・台湾・ポリネシアなど多くの地域でみられることがわかった」とある。

DSC06170

 うーん、私のDNAは南方系なのか、北方民族系なのか・・・・。両方を持つのかな・・・・多分。私の顔ひとつをとっても、色々な地域の特徴を持っていると自分でも思います(笑)。
 
 次いで、展示の時代は「古墳時代」に。
 箸墓古墳の現在の様子の模型。古墳に近接して、人家が密集している。道路も幅が狭い。車で通るにも難儀した。国道に戻ろうとしたが、集落の中をうねうね走って、全然違う方向に行ってしまったことがある。
 卑弥呼の墓ともいわれる奈良県にある古墳だ。模型は現在の森に覆われた墳丘と(向かって右半分は)造営当時の様子を対比している。

DSC06171


 参考 箸墓付近の写真。
 2013年の11月に撮影。かつての古墳の濠は、田んぼになっていた。
 写真左に古墳に近接する集落がある。

 ↓ 


DSC08344

 撮影したのは「11月」のこと。11月であるのに稲刈りはまだだったのだ。

 古墳を一望できるポイントにあった案内の看板。↓
  この付近は「山の辺の道」で散策路としても有名ですね。


DSC08343