2017年1月9日(月)

 年が明けた。今年初めて「東京国立博物館」にやって来た。「博物館に初もうで」2017年 見学2
 特別展「平安の秘仏―滋賀・櫟野寺の大観音とみほとけたち」が開催期間延長になって約1か月延長となり最終日なので、見学した。 
 一旦、二階の展示室を見てから、再び階段を降りて、一階の回廊状「ロ」の字になっている展示室を見ていく。「刀剣」の展示室は、あまり混雑していない。「刀剣女子」に代表されるブームはまだまだ続いているのでしょうか?。更に館内の奥に進む。一番奥の通路、裏庭に面した廊下に続く(もちろん、展示室には窓はついていないが)展示室に入る。
 
 「臨時全国宝物取調局の活動-明治中期の文化財調査-」のテーマによる展示があった。
説明によると「 明治21年(1888)に発足した臨時全国宝物取調局は全国の宝物台帳を作成することを目的とし、各地に調査員を派遣して文化財の調査と登録を行ないました。・・・・」と書いてある。
 

 壁のガラスケースには国宝 李迪(りてき。字が違うかな・・・・。)筆 「紅白 芙蓉図」があった。
 ↓
 2014年の「日本国宝展」で見たことがある。ここの所蔵なので「プロパー作品」の展示。
  二点あり、紅の芙蓉と・・・・、


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↓ 白の芙蓉と二点の展示がある。


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↓ 明治中期の調査の際の記録の冊子の展示がある。
「三等」「子爵 福岡孝弟」「木芙蓉図 「双幅」とある。

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 国宝の展示よりも、調査記録の展示がメインのようだ。展示品の名称は「鑑査状番号簿」であり、芙蓉図は「第四」巻に記載されている。
 「鑑査状番号簿」自体が、重要文化財に指定されている。近代の文化財調査資料ですね。


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鑑査状 ↓

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 「右、優等にして美術上に要用なるものと認定す」とある。土佐出身の福岡孝弟(たかちか)は、明治の元勲の一人。どうやって、芙蓉図を入手したのか?。現在はここ東博の所蔵のため、あるときに寄贈されたか、購入したのだろうか?。
 臨時全国宝物取調委員長は 九鬼隆一とある。爵位はない、現在の兵庫県にあった三田藩の殿様の一族だろうか。当主ならば爵位を持っている筈である。「三田」とすると、白洲次郎の白洲家もここの出身だった筈。
 鑑査状には、「臨時全国宝物取調臨時鑑査掛 狩野〇〇」や「臨時全国宝物取調掛 岡倉覚三」とある。
 「狩野」は絵師の狩野一族の人であり、「岡倉」は岡倉天心ですね。

↓展示室内の様子。鑑査状などの文書は平なガラスケース内に置かれていた。

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↓ 「芙蓉図」の鑑査状とは別のガラスケースに置かれていた書類。
 「達磨」像で所有者は「伯爵 松方正義」

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 「石×観音像」の所有者も「伯爵 松方正義」。
 展示されているのは、当時撮影した白黒の写真なのでしょう。


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 松方は、のちに公爵になっている。このとき首相には、まだなっていなかったかな?。
 たくさんいる正義の子の一人は、松方幸次郎で「松方コレクション」で有名な人。当時。政府の高官などお偉いさんは、旧大名や旧公家などから、昔の文化財を購入していたのでしようか?。彼らは新時代の「新貴族」様ですからね。旧体制の名家から、買い集めをしていたのでしょうか・・・・。


 更に進んで、近代美術の展示室に入る。


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 ↑ 「弱法師」は写真の右にある。

 今回、近代絵画(工芸品は除く)で重要文化財指定の作品は、下村観山の「弱法師」(よろぼし)のみでした。
 以前、2013年12月、横浜美術館で開催された「生誕140年 下村観山展」で鑑賞したことがある。

 ↓ 右隻


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↓ 左隻

 大きな太陽は四天王寺の西に沈む「夕日」である。左隻は本当にシンプルで、花が咲く木の枝先以外は真っ赤でまん丸な太陽を思いっきり表現している。 
 本当に大きな「日の丸」である。日本の国旗を意識して描いたようにも思える。

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 「観山」の落款と署名。美しい桜の花びらの下のそっと入れ込んだような感じ。
 

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 近代の洋画の展示は、前回来たときと同じ明治時代の元勲など政治家の肖像画だった。
 「大久保利通」や「岩倉具視」などの。
 ざっと見学した後、次は「森鴎外記念館」に向かうことにした。
 博物館を退出した。