2016年3月20日 お彼岸
 
 千葉県佐倉市にある「国立歴史民俗博物館」(略して「歴博」)にやってきた。

 常設展示 見学 (第3展示室) 「近世」。

 「中世」の部屋を見て、次の部屋へ廊下を進む。廊下になっていて、スロープを下るように歩く。
女性の見学者達が「迷路のようでわかりにくいね。」と話ながら同じく廊下を歩いている。

 ↓ 廊下の途中にあった、休憩スペース。
   他の博物館などの施設のパンフレットなどが置いてある。


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 第三展示室は「近世」。つまり江戸時代。よって、展示内容は「江戸東京博物館」ともかぶるような・・・・・・。部屋に入って、最初の展示は「江戸の日本橋の模型」。
 ↓ 模型と展示室の様子。壁側のガラスケースでは、昔の着物が展示されている。
  模型の「下」側から撮影。

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 なぜ「下」かというと、模型の川に浮かんでい舟が皆、下を向いているので何となく川下が下側で方位でいうと、南というか、東というか、南東というか、隅田川に注ぐ方向であろうと(笑)。

 日本橋??の手前から。↓
  日本橋としすると、橋を渡った左の角地が現在の三越のあるあたりかな?。
  通りの右側は、ええっと、現在外資系のコーヒーチェーンがある辺りかな?。

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 ↓ 日本橋から更に下流の江戸橋付近の様子。

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 模型の端。江戸橋の下流からの(模型の)眺め。
 「江戸橋広小路」と説明がある。明暦の大火の後に町屋などをつぶして、「火除け地」として広い土地をつくった。

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 ↓ 絵図の複製品の展示。
   明暦の大火の前には、広小路も無い。ついでに日本橋はあるが、江戸橋はまだかかっていない。
  時代は下り、18世紀の絵図になると川岸の三角形のような場所に広小路が設けられている。江戸橋もちゃんと絵図にある。

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 ↓ こちらは、上流の常盤橋付近か。火の見矢倉らしき建物がある。
  川岸には河岸があり、鰹節などの海産物が水揚げされていたことも解説があった。
  物資の荷揚げで、舟がたくさん繋留していて、物資がたくさん集まっている。

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  このブロクでも以前書いていますが、日本橋は「鰹節」の町なのです(笑)。
 現在はビルが立ち並んでいるビジネス街、金融街ですが、「現代」においても鰹節のお店が残っています。決して昔の話では無いのです。

  次いで展示を見ていく。
 アイヌなど北方の民族の衣装の展示もある。昆布、干しあわび、干しなまこなど蝦夷の俵物の展示も。

 ↓ 気になった展示。「絵草子屋」の再現模型。
  

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 絵を販売していたそうだ。現在でいう、ブロマイド屋というか写真販売屋というのか。
 当時の江戸の人々の習俗がわかります。

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 北前船の模型もある。蝦夷地、現在の北海道や北方領土まで航路があったという解説している・・・・・。が、本当だうろか。現在、ロシアと日本とピシャリと遮断されている-北方領土の国際情勢の現状においては、にわかには信じがたい。北の海には、あまり国境は無かったようだ。
 北前船は明治時代の始めまで最盛期だったよう。鉄道の開設などで衰えたようだ。

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 北前船で交易をしていた。
 アイヌなど 北方の民族の衣装の展示もある。昆布、干しあわび、干しなまこなど蝦夷の俵物の展示も。
 ↓ アイヌの衣装の展示とともに、「昆布」「干し鮑」「干しナマコ」「干し帆立」などのリアルな模型がある。
 「俵」に入れて運搬したから「俵物」ですね。

   いや~、おいしそうです(笑)。現代においても高級品ですね。

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 「昆布」は利尻か羅臼か?(笑)。
 ↓ 北前船の模型の手前には、当時使用されていた方位磁石の模型が展示されていた。
   当時の高度な航海技術の様子がわかる。

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