2016年3月20日 千葉県佐倉市

 国立歴史民俗博物館」(「歴博」)。常設展示 見学 (第1展示室 「原始・古代」) 

 原始時代から始まり、縄文、弥生と経て古墳時代以降から奈良時代くらいまでの展示。

 ※ この訪問の後、2016年5月から当面の間、第1展示室 「原始・古代」はリニューアルのため閉室していると博物館のウェブサイトに掲載されています。


 「古代」の展示内にある別室で「沖ノ島」に関する展示があった。
 特筆すべき展示である。一番印象に残ったかも・・・。

 ↓ 「沖ノ島」に関する展示スペースの入口。独立した部屋での展示であった。
 

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 入って正面に沖ノ島の写真が展示してある。
 島は、  福岡県の沖合にある神域であり、現在世界遺産登録を目指しての暫定リストに掲載されていることは有名。テレビでもたまに紹介されるし。私も見たことがある。島は女性の上陸が禁止で、神職や許可を得た男のみが入島できるそうだ。上陸の際、身を清めるために海に入る映像を私も見たことがある。
 
 遺跡は、島の中腹にあり、船上、つまり沖合からも見えるそうだ。島の山の中腹の巨大な石の下に祭祀の遺跡がある。
 ↓ 島の社の様子の模型。

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 石の下に社殿が現在もあるそうだ。一般人は、入ることが出来ないので知るすべは他にない。鏡、土器などの模型や、遺跡様子の写真の展示がある。↓

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 説明ボードなどによると、遺跡は古代のうちは、山の中腹の比較的高い所にある。奉納品などが散乱している。遺跡は、だんだんと、現在、着岸用の港と堤防が建設されている場所に近い、平地の方向に移り、平安のはじめの遺跡で終わっているようだ。
 祭祀の場として、次第に役割を終えたのであろうか。つまりは、「古代」の終わり、中世、新しい国風文化の始まりを意味するのであろうか。または、唐の国の勢力が弱まり、のちに滅亡したことに大陸との交流が途絶えたのであろうか。

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 最初は鏡、金具、装身具?、土器などの奉納品があるが、のちの時代はだんだんいい加減になっている様子。
「祀る」といっても、石のカゲに無造作に置いたような感じだ。数百年も放置のような形式で安置されていたのだろうか。
 奉納としいうかたちで、置いておいて、数百年間そのままなっていたような印象を受けた。人の立ち入りは制限されているので、風雨にさらされる以外には、奉納物が破損することもなかったということか。

 ↓ 遺跡群の地図。

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 古代の人は、上陸できる、つまり舟着き場から、人の足で行ける一番奥まで行って、物を奉納して祭祀を行ったが、だんだんと平地に近い、歩いて登りやすい場所に簡単に安置という形式で物を奉納したような。
 時代が経るにつれて、人の生活も忙しくなり、航海技術の発達で島に行き易くなり、秘境感が薄れて、次第に祭祀の場から離れて行ったと感じたのは、私だけかな・・・・。
 仏教の発展や都の朝廷や貴族なとの間で神仏習合が進んだとも関連があるのかな。