「二、二六事件」に関する講演会 拝聴記3 (善行雑学大学)

 今年の2月のことだ。「二、二六事件」に関する講演会に行った。「善行雑学大学」は藤沢市の善行公民館での開催。講師は中田整一氏。(元NHKの職員)
 講演の内容はかなり専門的で、予備知識が無いといきなり聞いても理解することは出来ないくらいのレベルであった。
 
 講演の途中、区切りがついたところで中田氏がNHKの現役当時に制作した番組の映像をスクリーンで投影した。会場の体育館の照明を落として視聴した。

 NHKスペシャルで「二、二六事件 消された真実」という番組のビデオ。なんと放送は昭和63年2月のこと。今から30年近く前のことだ。「2月」に放映ということは二、二六事件の発生した日の近くにあわせて放映したのであろう。
 昭和63年2月の時点で私は学校に通っている少年であった・・・・。当然、当時の私は見たことが無い。初めて見る番組映像だ。
 中田氏は「当時の視聴率は27%だった。当時約2200万人が見たことになる。・・・・」と説明をした。視聴率を述べるあたり、テレビ局の人らしいというか・・・・・。

 事件当時の主任検察官 匂坂法務官(放映当時、既に故人)の自宅に作家 澤地さん(以下「沢地氏」)が訪問する様子。世田谷区内に自宅があり、子息が応対して、軍用行李に納められた事件後の裁判(つまり。軍法会議)資料が示された。いわゆる「匂坂資料」である。講演の中でも触れていた。

 登場している人物の髪型、服装、街の様子なとが随分昔のことに見える。特に沢地氏がコンピュータで匂坂資料をまとめる作業をしている様子は時代を感じる・・・・。沢地氏も随分と若い。
 特にコンピュータの機材、モニターやその画面やキーボードが時代を感じる・・・。たしかに、当時私が通っていた学校にも同じようなコンピュータが設置してあったかな・・・。職員室のある一角の机の上に設置してあった。学年主任などの先生が使用していたのだが。担任の先生がコンピュータを使用しているところは見たことが無かった。「一人一台」パソコンを使用している現在とは隔世の感がある・・・・・。

 番組の内容は主に前半が匂坂資料について、後半は「大臣告示」の時刻についてだったと記憶する。
 なぜ、大臣告示の時刻が重要なのかは、一回この番組を見ただけでは、難しくて理解できない・・・。
 レジュメにも資料のコピーがあったが告示は「下達」と記されている。ビデオの映像の中では、当時の事件関係者も含め「かたつ」と呼んでいる。私は「げたつ」と思ったが誤解だった・・・・。
 レジュメの資料では「・・・・師団司令部二限リ三時保留ス・・・」と午後三時に大臣告示保留したように証言の筆記文書が改ざんされていた。証言をしたのは「陸軍次官の橋本虎之助」と中田氏の説明。まずいと思って、だれがが改変したのだそう。原文は「・・・・師団司令部 ? 限リ一時保留ス・・・」と一時的に保留したという内容に解釈できるが・・・。
 「宮中での軍事参議官会議が昼の12時半からだったので・・・。」「会議の前、午前10時半?の時点で既に、告示の文?原・案が出来ており、電話でその内容が伝えられていた・・・・。文章を作成したのは山下(ほうぶん=奉文)で、電話で山下が先に伝えた??・・・・」というお話だった。(詳細は記憶していない・・・・・。事実関係を誤解しているかも・・・・・。)
 時刻の変更がどれほど重要な意味を持つのか、私には理解が不足している・・・・(苦笑)。

 番組の放映時間は45分弱であった。つまり、現在の特番9時スタートで9時43分頃終了と同じ時間帯の枠だ。
 映像の中のシーンで匂坂法務官に手紙を出していた「坂本大佐」について調べるシーンがあった。偕行社で資料を調べるシーンであった。机に出した資料を見て「東京憲兵隊長 坂本 俊馬」の名前を見つけるシーン。事件当時の憲兵隊長であった。
 「陸軍将校同相当官実役停年名簿」を見ているようだ。現在これは国会図書館のインターネットページで簡単に閲覧できる。(番組放送当時の昭和63年と比べて)隔世の感がある。
 ビデオ映像の最終のシーンに「法廷らしき木造の小屋の内部」の映像があった。説明は無かった(あったけど私が忘れた?)が、どうやら、東京陸軍軍法会議の法廷用の(バラック建築の)再現セットの映像だと確信した。

以下にも、講演内容の内容を箇条書きする。

 ・事件後、帝国議会で秘密会が開催された。陸軍大臣の寺内は「大臣告示は最初から無かった」と回答した。
 秘密会の議事録を公開する法律が、中田氏らが番組制作当時に閲覧請求した際にも無かった。法律が無いので、公開されなかったそう。現在は情報開示法があるので、公開されるそうだ。
・ 最近、マスコミで報道された「クローズアップ現代」について言及があった。
 放送を制限できるかのように間違って放送法が解釈されていた。現在のNHKは以前と比べておかしくなっている。報道の自由が制限される恐れがある。

 マスコミ人らしく、最近話題になった「放送法」の問題を提起して、講演を終わった。最後は二、二六事件の内容と離れてしまったが・・・・。
 予定時間を超過したので、質疑応答の時間は無かった。

 どっと聴衆は帰った。私も帰途についた。少しばかり、図書室を見る。私が子供を連れて通った当時と変わらず、小さい子供達が読書などをしていた。

↓ NHK放送センターの敷地の南の門。一般人にとってはスタジオパークの入口。
  2016年1月撮影。(スタジオパークに行ったときに撮影)

 講演後に中田氏の著書を図書館で見つけて読んだが、(書籍名は番組名と同じ「二、二六事件 消された真実」、出版社はNHK出版又はレジュメにも中田氏の著書として紹介のあった『盗聴二・二六事件』文芸春秋社、だったと思うが失念した・・・・。)
 それらや今回の講演で聞いた話によると東京陸軍軍法会議の法廷は、かつての代々木練兵場の南の一角、現在の場所でいうと、NHK放送センターやNHKホールの南あたりにあったそうだ。すると、写真に写っている場所のどこかにあったことになる・・・。法廷は急ごしらえのバラック建築だったとのこと。

  放送センターの高いビルの手前、~スタジオパークの入口の北付近にあったのだろうか。
   2016年1月管理者撮影。(スタジオパークに行ったときに撮影)

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↓ NHKの敷地の南の門。スタジオパークの入口。奥にNHKホールがある。

 2016年1月撮影。(スタジオパークに行ったときに撮影)
 NHKは中田氏が勤務されていた場所であり、事件を主導した青年将校達の死刑が執行された場所と道路を挟んですぐそばだったのだ。

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 現在の平和な光景からは全く信じることが出来ない・・・・・・・・・・・。