平成29年4月2日 「ティツィアーノとヴェネツィア派展」 鑑賞2

 最終日を迎えた「ティツィアーノ展」(以下、同様に表記する。)の鑑賞のため東京都美術館へ行きました。
 「ティッツィアーノ」と「ツ」を大小二個続けて表記していることもあるが、よりイタリア語の発音に近づけるためでもあるので、ご理解下さいね(笑)。日本語では「ティツィアーノ」が一般的。
 「ティツィアーノ」は私個人が一番興味を魅かれる画家である。優美な女性の裸体画や、皇帝カール五世像に代表される勇壮な肖像画の数数。特にプラド美術館で見た「カール五世騎馬像」の巨大な絵は圧巻だ。「ミュールベルク(ドイツ語読みだが・・・・) en(エン) カルロスⅤ(キント)」とも言われるアノ「甲冑姿で騎馬に乗って槍を持つ皇帝カルロスの姿」を描いた大作だ。戦争に明け暮れた? カルロスの戦勝記念の肖像画だ。あと、カルロスの突出した「顎」もよく表現している(苦笑)。
 いや、プラドのベラスケス「女官たち」、ゴヤの「マハ」以上の大作だと思う。というか、画風を見るにベラスケスもゴヤもティツィアーノ作品の影響を受けているのではないかとも感じる。スペイン=ハプスブルグ王朝、その後のブルボン王朝のスペイン美術の先駆を造ったのは、「ヴェネツィア派」と呼ばれる画家のひとりである、ティツィアーノその人ではなかったか。
 (あくまで個人の感想です。)
 イタリアの美術館でのティツィアーノの英語での表記を見ると「Titian」となっている。そのまま、日本語で発音すると「チチアン」かな?(笑)。
 私が大変に興味がある画家であり、今回ティツィアーノの特別展が開催されるので、勇躍してやって来た訳です。しかし、最終日になってしまったが・・・・(苦笑)。

 特別展の入口を入ってすぐに まず、当時のイタリアの裕福な市民の横顔の肖像画がある。一番目の展示作品だ。モチロン、ティッツィアーノ作品ではない。まるで、写真で見たことがある「コシモ デ メディチ」肖像のような感じの絵。当時のイタリアでは、横顔の肖像画が流行していたそうだ。確かに横顔の肖像画は多い。
 音声ガイドの一番目の作品でもある。「統領 フランチェスコ・フォスカリの肖像」。
 「横顔の肖像は、当時のコインに古代ローマ?の皇帝の肖像が彫刻されていたことによる。とガイドの音声。統領、つまりドージェの肖像であった。かぶっている帽子は「コルノ」といって当時流行?していたそう。
 ヴェネツィア貴族の富と権力の象徴なのだろう。貴族階級からドージェは選出されるが、世襲ではない、「共和国」であることがヴェネツィアの特徴だろうか。歴代ドージェの肖像は、ヴェネツィアのどこかで見たことがある。サンマルコ広場の奥、広場に面した建物内にある博物館であったろうか。
 続いてヴィヴァリーニの「聖母子」。音声ガイド説明の二番目だ。所謂普通の「聖マリアと赤ん坊のキリスト」の絵だが「マンテーニャの影響を受けている。」との音声ガイドの説明がある。当時、人気工房を営んでいたそうだ。
 次は、ヴェリーニの「聖母子」。「橋の欄干」の向こう側に聖なる母子がたたずんでいる絵。外での光景なので、聖母子の背景は青空だ。音声ガイドの説明には「デューラーに最高の画家といわれた・・・・。」そうだ。「フランドルから入って来た油彩画の技法を習得した・・・・」という意味の説明もあった。いや~、ここでデューラーが登場しました。デューラーに賞賛されるとはすごいことです。
ヴェネツィアの絵画は、北方の影響を受けていたのだ。交易による文化交流の影響かな。
 のちの時代のカールⅤは、フランドルの領主で自分の生まれも現在のベルギーのガン(ヘント)だったし、ローマ皇帝として戴冠したのはボローニャだったし、アラゴン王国の祖父から相続したナポリ、シチリアの王でもあったし、ヴェネツィアは独立した国であったが、フランドルの技法が導入される要素、影響は多分にあったろう。
 この作品でか、のちの展示の作品のときであっが忘れたが「イタリアではそれまでフレスコ画が主流であったが、海に囲まれ湿気の多かったヴェネツィアでは、フランドルからもたらされた油彩画の技法が主流となって、作品は小さいものが多い。」という解説があった。展示途中の解説ボードにも書いてあったと思う。

 上記の会場の最初に展示されていた三作品は、いずれもヴェネツィアのコッレール美術館蔵。私が旅行した当時、入館したか忘れてしまった・・・・・。
 ヴェリーニの「聖母子」の隣にはモンターニャの「聖母子」がある。順に見ていくとヤコポ・デ・バルバリの「死せるキリスト」の展示がある。音声ガイド付き。「死せる・・・」のタイトルの通り、青ざめたキリストが画中に描かれている。ヤコポ・デ・バルバリの解説では「のちにフランドルの宮廷に仕えた・・・・。」と言っている。作品の制作年は1501-1506年とある。ということは、当時のフランドルの領主、ブルゴーニュ公というのであろうか、はフィッリップである。カール(五世)の父だ。カールは西暦1500年生まれであるので覚えやすい(笑)。カール幼少の頃に宮廷の画家として仕えていたのだろうか?。

 なかなか、ティツィアーノの作品が出てこない。すべて「ティツィアーノ」の作品で構成というのは不可能なので「ヴェネツィア派」の絵なども含めての展示である。

 ↓ 特別展チラシより。 ティツィアーノ「フローラ」。


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