2017年10月8日、秋の三連休。 名古屋市蓬左文庫(ほうさぶんこ)、徳川美術館

 名古屋東区 徳川美術館。前回、2015年12月の「国宝 源氏物語絵巻」全巻公開のとき以来の訪問で1年10か月ぶりである。
 
 展示室を見て、一旦廊下に。続いて、蓬左文庫の展示室へ。 広いエントランスに。床面に名古屋の城下町の絵図が描かれている。壁には大曾根御殿の絵図の複製がある。ここに来るのも3回目(笑)。今までとエントランス付近の複製絵図は変わっていないと思う。初めて来たときは、蓬左文庫(ほうさぶんこ)の読み方が分からなかったし、徳川美術館と違う施設ということも知らなかった。廊下で繋がっているし、区別がつかなかったが、今は理解できている(笑)。
 改めて床面の名古屋城下町の絵図を見る。と、現在の中央線の線路の向こう側まで城下町があったようだ。ナゴヤドーム付近から東は、畑だったようなかんじ。現在の徳川園の敷地は、かなり縮小している。かつての大曾根御殿の東は、中央線の線路にかかるか、更に先まで敷地だったようなかんじ。
 明治時代以降、近代化がすすむにつれて市街地化したようだ。特に戦後は住宅化、工場化が進んだようだ。現在の徳川園の東側、工場や学校などになっていると思われる地区でも昔は、池があったことが分かる。
 展示室内には、昔の絵図と現在の徳川園付近の地図と比較できる地図が掲示してあった。現在の徳川園の西側、つまりお城に近い方向。先程入園する前に歩いたところは、専門学校や閑静な住宅地となっているが、かつては大曾根御殿の敷地だった。やはり明治以降、屋敷とは切り離され、畑や住宅地化したのだろう。

 展示室を見る。第1展示室のガラスケースの中には、障壁画がある。以前名古屋城の天守閣内で見た重要文化財指定の障壁画と同じかは、分からない。今回の展示は名古屋城本丸御殿上洛殿襖絵の一部である。もちろん、天主閣内部で展示されていたものとは別の襖絵であろう。狩野探幽の「帝鑑図」。淡い着色の襖絵だった。中国の仙人?などの人物や木々や御殿が描いてある。解説によると「将軍 家光が上洛する際に造営した御殿の襖絵」。以前天守閣で見た本丸御殿の障壁画とはやはり別のもののようだ。
 
 徳川美術館所蔵の狩野家の絵画(絵巻物)の展示がある。解説によると探幽は、江戸に下り、鍛冶橋狩野家の初代となったそう。別の木挽町狩野家も興ったそう。江戸、現在の東京の「こびきちょう」に屋敷があったから木挽町狩野家。探幽の探雪や木挽町狩野家2代目の常信の絵巻の展示もあった。
 時代が下って描かれた「戸山荘八景図巻」の展示があった。現在の東京・新宿区の戸山公園、国立医療センター、学習院女子大付近に広大な敷地のあった、尾張藩の下屋敷、外山荘の絵図。庭園内の池、橋、築山などの風景の描写だった。画中「箱根山」(現在も遺構が戸山公園に残っているが)の描かれていなかったと思う。
 虎などの動物の絵画があった。カラフルな絵で表現されたお菓子の見本絵が描かれたの冊子があった。砂糖を使った干菓子などの絵であった。赤いお菓子あり、緑色の菓子あり、茶色い羊羹の絵などがあった。
 小さい第2展示室もあわてせ見学し、廊下を伝って、再び徳川美術館内に移動した。
 第2展示室には香合や蒔絵の文台、印籠などの小物や能面などの展示があったと記憶する。


 蓬左文庫 平成29年秋季特別展「大名家の御用アーティスト」のパンフレットの画像。 ↓

 
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