2017年10月8日 秋季特別展「天璋院篤姫と皇女和宮」 鑑賞2 徳川美術館

 名古屋市東区の徳川美術館。
 特別展の展示室へ入る。天璋院篤姫に関する展示のあとに皇女和宮に関する展示がある。

 パンフレットの拡大。天璋院と和宮の肖像写真が掲載されている。 ↓ 

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↑ 鼈甲あめのような飾りは、髪飾りの??かんざし、で実際の展示があった。
 和歌に添えて、将軍 家茂が妻和宮に直接贈ったものとのこと。

 展示の解説によると現在広く知られている皇女和宮親子内親王の写真は、本人の写真とは確定していないそうだ。おすべらかしに十二単の姿から和宮に間違いないとされているそうだ。写真は明治時代に入ってから撮影されといると思うし、うーん、たしかに明治10年に32歳の若さで没した和宮の姿にしては、年齢がやや上の感じがしていた。(あとからは、何とでも言えるのであるが・・・・。)
 別の高貴なご婦人を撮影した写真の可能性もあるようだが、没後の明治時代か大正時代から和宮様御写真として伝わったものであるという。
 よって展示品リストには「伝静寛院宮肖像写真」(額入り複製)とある。

 珍しい展示として、将軍 家茂に献上された当時のプロイセン国からの贈り物の展示があった。ドイツのコブレンツの街やライン川沿いの城などの風景を描いた磁器の透かし絵である。タイルの焼き絵のような感じである。
 鎖国の時代は終わっていたのですね。

 パンフレットの拡大。和宮の調度品などの写真が掲載されている部分。 ↓

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 和宮の江戸までの降嫁ルートのパネル展示があった。よく知られたように中山道経由だった。昔、テレビドラマで「和宮は替え玉で、別の娘が入れ替わった」というフィクションの小説を題材にしている番組を見たことがある。このときのお話を基にしているのですね。婚礼道具は、東海道経由だったと解説にあった。
 
 天璋院篤姫と皇女和宮の紹介の展示のあとは、江戸城の大奥の生活などについての展示。当時の天璋院の着物、雛飾りなどの展示があった。硯箱など日常使用していた道具や琴、孝明天皇が妹、和宮に下賜した人形の展示もある。
 書状の展示があった。和宮宛て、天璋院の書状下書もあったが、和宮に対するお礼を述べ気遣う内容であったと記憶している。直筆ではないな。
 展示は、長州征伐などの幕末たけなわの時期に移る。家茂は、たびたび上洛していた。
 家茂と和宮が江戸城でともに生活したのは2年弱であったそう。天璋院から家茂への直筆の手紙の展示があ。テレビでも紹介されたことのある手紙だったと思う。和宮から夫、家茂への手紙の展示もある。直筆は丸い、優美な文字である。「親子」と名前で署名していたかな。
 家茂から尾張藩主 徳川慶勝あての書状があった。たしか征討の総督か何かの職だったはず。「慶勝は家茂から信頼を寄せられていた・・・・。」と解説の文章があった。
 長州征伐に参加した大名各家の旗の絵図の展示があった。カラフルな絵図である。尾張徳川家の旗の絵図の展示もあった。家臣の家で保管されていたものが寄贈されたそうだ。

 次は、幕府瓦解に関する展示。
 急死した夫、家茂を悼む和宮の和歌の展示、家茂の遺品で慶勝が拝領した脇差の拵の展示があった。
 江戸開城の際にも、和宮(落飾後は静寛院宮)から公家の橋本実梁宛ての、徳川存続?を嘆願する書状の展示があった。
 
↓ 徳川美術館のエントランスにある、撮影可能な甲冑。

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