2017年11月 没後650年記念特別展「鎌倉公方足利基氏-新たなる東国の王とゆかりの寺社」 鎌倉国宝館 鑑賞2
 

 常設展示(平常展示)から見ていく。平日なのですいている。私以外、展示室内には主婦らしき40歳くらいの私服の女性がひとり見ているだけ。展示室内はシンとしていて静かだ。
 平常展示スペースの端、受付の部屋の裏手には 重要文化財指定の 「木造須弥壇 建長寺所蔵」が展示してある。こちらも以前来た時から展示してあった。昔は仏像を安置していたのだろう。室内の中央にある受付の部屋には係員の女性(2人ともに60歳前後かな)が二人いるようだ。小窓がついているので室内の様子がうしろから.判る。室内の看視カメラのモニターが受付のカウンターの手元にあるようだ。よって、私ら見学者の様子がまる判りなのであろう・・・。展示室内があまりにシンとしているので受付の女性2人の話し声というか、何か雑談をしているな、というかすかな声というか声の振動が俺の耳にまで聞こえてくるのだ・・・・。何か気になるなあ~。黙っていることは出来ないのかな??、と思いつつ順番に見学する。平日のすいているときは、話声の気配まで聞こえてくる、伝わってくるので、静かにしていてくれよ・・・!。鎌倉国宝館の受付のおばちゃんは(苦笑)。
 
 ↓ 特別展「鎌倉公方足利基氏-新たなる東国の王とゆかりの寺社」のパンフレットから。足利基氏の坐像と絵画が掲載されている。

 特別展の 第1章「足利基氏とその一族」
 基氏の木造の坐像が最初の展示作品であった。鎌倉 瑞泉寺の所蔵。ただし、瑞泉寺がどこにあるかは、知りません・・・・・・し、行ったとこは無い(苦笑)。1尺くらいの小ぶりな像だ。パンフレツトにも画像が掲載されているが、白いお顔が目立つ。お公家様の姿で正装して白粉(おしろい)を塗ったのかな。

IMG_1429

 基氏の木像、肖像画の展示がある。展示リストには「伝足利基氏像」とある。続いてかけ軸のようになっている肖像の展示がある。展示リストには「伝足利基氏像」とある。解説には「基氏は28歳で没したのであるが、年をとった姿である・・・」というような文章が書いてあった。制作は江戸時代となっているし、「伝」の肖像なので基氏と確証はないのであろう。作者は基氏ということにして、テキトーに描いたと思う。「昔の武将だから、年をとっているだろう。こんな感じかな~。ヒゲを入れて・・・」と。ホントだとしたら、マジ、テキトーだなぁ(苦笑)。
 そうか、基氏はわずか28歳の若さで没したのか。ところで「足利基氏って誰?。」すっかり忘れていたぞ。室町幕府に「鎌倉府」と「鎌倉公方」が置かれたことは覚えているが、公方様の名前までは覚えていない・・・。基氏は、二代目くらいの鎌倉公方かな、つまり尊氏の甥・・、程度に軽く考えていた。ということは「初代 鎌倉公方は尊氏の弟(直義か直義とは別の弟がいて・・・。)」と誤解していたのだ。オレは・・・・(苦笑)。
 展示室内の解説にも「足利基氏は、尊氏の四男?で・・・。」と何男だかは忘れたが尊氏の子であると書いてあった。
 兄の足利義詮の坐像もあった。小さい木造だ。解説には「2代将軍の義詮は、基氏の同母兄で・・・。」と書いてある。よって、同じ母の兄弟なので親しかったと推定される。父尊氏と叔父直義はのちに仲たがいしたと思うが・・・。

 父、尊氏の坐像もあった。栃木県喜連川のお寺の所蔵。さくら市指定の文化財となっている。今回の特別展で貸与展示されている。鎌倉公方 足利氏の末裔は、江戸時代に喜連川の領主として存続したので、ゆかりの品が喜連川(平成の合併以後はさくら市)に伝わっているのだ。
 ガラスケース内の壁面には重要文化財指定「足利尊氏願文」の展示がある。軸装されている。描け軸のように表装されていたと思う。あの「常磐山文庫」の所蔵だ。同文庫の所蔵する国宝の書跡2点は京都にて、残りの1点を鑑賞コンプリートしたのが、ついこの前のこと(笑)。
 書いてある文字はよく分からないが、なにかを祈願しているというよりも手紙のような感じ。末尾に「八月一九日」の日付と花押がある。「尊氏」の字も判る。

 展示を見ていくと3番目の木像の展示として「足利氏満」の木像もある。同じく鎌倉の瑞泉寺の所蔵。解説によると氏満は「基氏の子で、9歳で基氏のあとをついで鎌倉公方となった・・・。」とある。28歳で没したときに子の氏満は9歳。満でいうと7歳かな。二代目にしていきなり、幼君。大変だなあ・・・。よくよく考えると「満」の字は、足利本家の将軍 義満の片諱を拝領している。(考えなくても、義満から貰っていることは容易に推定できるが。)
 
 続いて国宝「上杉家文書」の展示があった。傍らには重要文化財の「上杉重房像」が展示してある。平常展示に以前はずっと展示されていた筈だ。歴史資料集にも写真が掲載されることのある有名な木造だ。今回は「上杉関連」で特別展のスペースに移動していました(笑)。
 上杉家は、足利尊氏の母の実家であり、関東管領として鎌倉公方を補佐したそうだ。関東管領というと関東地方のトップという感じがするが、鎌倉公方様の家臣ということでしょうか。

 ↓ 特別展「鎌倉公方足利基氏-新たなる東国の王とゆかりの寺社」のパンフレットから。
   重要文化財「上杉重房坐像」の画像もある。

IMG_1435


  その後「鎌倉公方関連」では、京のみやこの足利将軍とも含めて、関東でも結構戦乱とかありましたよね~、鎌倉から別のところに公方が移ったり・・・、と見学しながら軽く考えて流すオレ・・・・・。
 ガラスケースの下側に展示されている国宝「上杉家文書」を読む。

↓ 特別展「鎌倉公方足利基氏-新たなる東国の王とゆかりの寺社」のパンフレットから。
 氏満の木像の画像の掲載がある。「基氏像」と似ている。親子だから似せて制作したのかな。

IMG_1432