2017.12.10 丸善 「ハヤシライス」 食事

 平成29年の暮れのこと。都心部で散策だ。
 歳末の買いだしといきたいところだが、オレの懐は寒い。去る金曜日はボーナスという人も多かったであろう。消費行動が最も活発になる時期であるが、それは世間一般論でのこと。ウチには無縁だよ。いつもお金が飛んでいく・・・・
 
 「ここ滋賀」滋賀県アンテナシヨップ新規開店を初訪問した後、近隣をプラプラした。次に近くにある丸善で遅い昼食をとることにした。
 「ここ滋賀」とは道路を挟んで東京駅方向へ、はす向かいである。
 夏目漱石の「こころ」にも丸善は出てくる。主人公が「・・・午後は丸善の×階でつぶすつもりであった・・・・」というような描写である。書店として有名である。
 しかし、レストランとしても有名なのかマスコミでもよく紹介されるように「ハヤシライス発祥の店といわれている。」らしい。
 書店に来ることはあるが、食事をしたことはなかった。3階にカフェという名前で食事ができるお店があった。書店の書棚を抜けた置くにお店の入口があった。と、店の入口横の壁に「ハヤシライスの生みの親 <早矢仕有的>」とプレートが取り付けてあった。

 「早矢仕有的」 とし人物の名前であった。だから「ハヤシライス」なのだが、「林」さんではなく「早矢仕」さんであった。「有的」が名前である。わたくしの「良月」のような画号雅号に近い名前かな?。てっきり当時は「早矢仕有的米飯」のように中国語に近い?、「××的」と名付けたメニュー名だったのかな?、と誤解してしまった。
 プレートの文章によると友人にハヤシライスに近い料理をふるまっていたとあるので、明治年代に食堂でメニューを開発して販売していた訳では無いようだ。よってハヤシライス「発祥の店」とは断定していない。

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 ランチタイムは過ぎていたので、店内にすぐ座ることが出来た。ツレはハヤシライスの発祥は「上野の精養軒じゃなかったの?。」と認識していた。
 精養軒は、ここ日本橋地区から銀座を通り過ぎた向こう側にある築地に元々あった筈だ。たしか上野は築地の支店だったと記憶する。「精養」は「西洋」のあて字である。築地には明治初年、外国人居留地があったから、築地で創業したのだろう。

 メニューには、ハヤシライス以外にカレーの料理もある。私は迷わずハヤシライスを注文した。ツレはカレーを注文した。
 精養軒のハヤシライスと比較すると、値段は丸善が安いが、サラダは付かない。

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 食べている最中。カフェの窓側の席からは、外のビルや通りの様子が見える。
 成人男性の食べる昼食の量としては少ないので、あっという間に完食してしまった(笑)。

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↓ (既出)「ベルサール東京日本橋」の敷地内にある「ここ滋賀」と2階のレストランと地下鉄日本橋への入口エスカレータ。
  左手に振り返ると、道路の向こう側に丸善のビルが見える。

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