遊行寺宝物館 特別展「遊行寺の逸品」 鑑賞2 2018年2月

 藤沢市にある時宗の総本山「遊行寺」、正式には「清浄光寺」の宝物館にやって来た。
 展示ガラスケースに沿って順路が示されているので、それに従って見ていく。県指定の文化財「一遍上人像」と国の重要文化財指定の描け軸になっている肖像画がある。
 県指定の文化財「一遍上人像」はあの色黒で粗末な衣をまとった祈りをする?上人の姿。もう1点の国指定の重要文化財指定は「一向上人像」である。一遍ではない。解説が無いので分からないが、一向上人は一遍の弟子?にあたる人物で、初期の時宗の教団の高僧であろうか。藤沢市指定の文化財の肖像画も隣接して展示されている。
 順番に展示を見ていく。描け軸の画像などであるが、「熊野信仰」に関するものが何点かある。熊野信仰は平安後期が最盛期だった??と思うので、鎌倉時代から南北朝の時宗が成立したときにも盛んであったのだろう。現在は熊野古道として世界遺産にも指定されていて、知名度も高い。私も訪れたことがあるので、なじみ深い。
 国の重要文化財 絹本著色「後醍醐天皇御像」は室内の一番突き当り奥のガラスケース内に展示されていた。歴史資料集でも見たことがいる肖像画である。改めて「本当にここにあったんだ。」と思った。日本で義務教育を受けたことがある人ならば、ほとんどんの人は、この写真は見たことがあるのではないか。
 と、隣に紙本著色「後醍醐天皇御像」の展示がある。紙に描かれた肖像画なので、ややインパクトが弱い感じがあるし、彩色が新しいので、後世の制作である。解説文が掲示してあり、新発見された「後醍醐天皇御像」であるとのこと。 国の重要文化財 絹本著色「後醍醐天皇御像」を写したものであるそうだ。そういえば、時期は忘れたが、以前新聞で記事を読んだことがあるような。
 実物を初めて見たのだが、絹本著色「後醍醐天皇御像」は歴史資料集では拡大の画像しか使用されていないことが、分かった。天皇の御像の上には文字が書かれている。縦書きで神仏の名称が書かれているのだ。みっつ書かれている。真ん中には「天照皇大神」とある。左右に「八幡大菩薩」と「春日大明神」と大きく書いてある。天皇の肖像であるので、「天照皇大神」と天皇の真上に書いているのだろうか。神仏の加護を祈った肖像のように感じた。隣の紙本著色「後醍醐天皇御像」(文化財の指定なし。新発見のもの。)は、「八幡大菩薩」と「春日大明神」が重文指定と比較して、文字の左右の配置が異なっている・・・・。右に「春日大明神」、左に「八幡大菩薩」と全く左右が逆になっているのだ・・・・。模写であるから深い意味はないのかな・・・。解説文にも書いていないし。壁面に展示されているこのふたつの肖像画の手前には由来を示す寺の巻物文書が展示されている。絹本著色「後醍醐天皇御像」がなぜ遊行寺にあるのかその経緯が書いてあるらしい。

 私が、ふたつの「後醍醐天皇御像」を見比べていると、青い作務衣をきた僧侶の方が、スーツ姿の男性2人をつれて室内を早足で歩いて、一番奥の「後醍醐天皇御像」の前までやってきた。僧侶の方解説がはじまった。
 二人の訪問者のために話を始めたのであるが、ついでと思い私も聞き耳を立てた。話の内容は「元々、天皇像として描かれたものではなかった。」というような説明に聞こえた。本当だろうか?。真偽の程は分からない。私の聞き違いかな。説明では「後醍醐天皇の崩御の後、35日の法要のために制作された。」そうだ。私が思った通り密教の法具を持っているし、「天照皇大神」の神号をかいてあるし「信仰対象の「曼荼羅である。」と。文観(もんがん)が奉納したそうで、御像に目を書き入れしたのも文観だそう。天皇のお姿の冠の上の丸は、やはり太陽で大日。」と。「大日如来」を現しているのだ。
 更に僧侶の方はスーツ姿の男に説明を続ける。「(展示ケース内の文書を差しながら)この絵の由来がかいてある。(紙本の「後醍醐天皇御像」)は、私が見つけた。描いた日付までわかってしまっている。(現在重文の「後醍醐天皇御像」)近くにおいて写した。よってほぼ同じ大きさてで絵の輪郭も重なる。(「春日大明神」と「八幡大菩薩」の文字の)左右が入れ替わっている点はわからない。ウィキ(ペディア)では、古いくすんだ画像がのっている。昭和59年ころに修復して顔の部分のなどが鮮明になった。(ウィキに掲載されている)画像は、修復前(のもの)らしい。極めて重要な作品で、(現在は)国の重要文化財であるが国宝に近い作品。」とお話があった。
 説明を受けていた男性が質問する。「模写はどこで見つかったのですか?。お寺の倉庫の中にあったのですか?。」などと僧侶の方に聞いている。
 写した紙本の「後醍醐天皇御像」は「(天皇の衣の)袖に龍紋がある。制作当時のことがわかる資料だ。(天皇の)口は省略されて描かれているが、ほぼ忠実に写されている。・・・」とのお話が聞こえた。

 男性2人と僧侶の方は、別の展示物の前に移動した。改めて「後醍醐天皇御像」を鑑賞する。重文指定の作品の天皇のお口は、よーく見ると黒い。歯に鉄漿(おはぐろ)をしているのだ。写真で見ただけでは、あまり気づかない。実物を見たから判るのかも。
 「龍紋」については私もよく理解できなかった・・・。天皇のみが使用を許されたのが「龍」の紋のある衣なのであろう。天皇の御座の手前の獅子2体も目を引く。歴史資料集には、省略されてしまう部分である。実物を見たので分かった。確かに信仰対象のための御像であると感じた。

 紙本の「後醍醐天皇御像」については制作年は作品を見た限りでは書いていない。どこかに書いてあるので制作年が判明したのだろう。肖像画の手前の由来を示す寺の巻物文書には確かに「文観」の名がある。制作後、ここ遊行寺に納められて、今日(こんにち)まで伝わっているようだ。
 続いて、付近の平ガラスケースなどを見る。

  
 ↓ 2018年2月、今回訪問時撮影の遊行寺宝物館。
   絹本著色「後醍醐天皇御像」の拡大写真がポスターになっている。

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 特別展ポスターの拡大。
 国指定 重要文化財指定 「一向上人像」の画像がある。

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