遊行寺宝物館 特別展「遊行寺の逸品」 鑑賞3(最終) 2018年2月

 藤沢市にある時宗の総本山「遊行寺」、正式には「清浄光寺」の宝物館にやって来た。
 国の重要文化財で、有名な絹本著色「後醍醐天皇御像」は室内の一番突き当り奥のガラスケース内に展示されていた。
 展示室内では、僧侶の方がある見学者に個別に説明していた。私も少しばかり聞き耳をたてて見学した。やはり、展示品には作品名しか書いていないものも多いので説明は少しでも聞いた方が理解できるから。
 
 続いて順路に沿って平ガラスケースを見ていく。
 後醍醐天皇の直筆の文書の展示があった。といっても手紙のようにたくさん文字は書いていない。色紙に何かを書いたもの。書いてある内容は分からない。ご親筆であるが文化財指定は無い。
 「徒然草」や飛鳥井雅俊筆の「伊勢物語」、冷泉為和筆の「古今和歌集」の本が展示してある。展示品の横に作品名表示はあるが、解説文がないものもあるので、内容は分からない。説明の声が聞こえるが「飛鳥井家と関係が深く、飛鳥井家のものが(遊行寺に)奉納されている。」と。関東のお寺と京都の堂上公卿の間に密接な関係があったことが推測される。
 ↓特別展「遊行寺の逸品」のチラシの拡大。
  冷泉為和筆の「古今和歌集」の画像がある。

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↓特別展「遊行寺の逸品」のチラシの拡大。
 ガラスケース内に展示のあった古今伝授神壇図の画像がある。
 人物の付近に儀式の道具などの配置や儀式の方法?などが表現されている。
 展示によると遊行寺は密教と密接な関係があったので「灌頂」に関する儀式の図かと思ったが違うようだ。
 同じく展示されていた書籍の画像もある。

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 ガラスケース内の展示品を説明しながら僧侶の方は「歴史の教科書で知っている人の直筆の手紙があるのはすごいこと。」と言っている。武田信玄の書状がある。確かに末尾に「信玄」とかいている。内容は、「相模 ××と 俣野の間、××貫を預ける・・・・。」とあった。土地の権利を認めたものである。「俣野」は現在、戸塚区から藤沢にもある地名である。信玄はこの付近も支配していたのか、小田原市の北条を攻めたときに、滞在し、この付近の領地について差配したのかな。「預ける」という文字があるが、「与える」「知行する」という意味と同じことなのか分からない。その後、武田のこの文書がずっと有効であっかもわからない・・・。
 足利義昭の手紙がある。何かのお礼の手紙であった。時代は、信長の頃である。なぜ、遊行寺にあるのかは不明だ。そのとなりの展示品は足利義澄のもの。義澄って誰、と思ったが、11代の将軍だった。今川義元の手紙もある。和紙に大きく文字がかいてある。ただ、署名のところには「義元」とは書いていないような。「源・・」と書いてあったかは、忘れた。花押以外が直筆であるかは、分からない。
 
 藤沢市指定文化財「一遍上人縁起絵」の展示がある。国宝「一遍上人絵伝」の新しいバージョンのような巻物。江戸時代の写本かな、と思うくらい彩色が鮮やかだ。しかし、室町時代の作品である。国宝の絵伝にもシーンがあるが、一遍の生まれた伊予の一の宮「大山祇神社」の境内の場面かなと思ったが、紀伊の国の「熊野本宮大社」に参詣する一遍の様子の場面の展示であった。現在は、本宮大社は山の斜面に移転しているが、かつては川の中州にあったので、この巻物で描かれているとおり平地にあったのだ。

 ↓特別展「遊行寺の逸品」のチラシの拡大。熊野本宮大社の様子。 
 
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 ↓ 2018年2月、今回訪問時の遊行寺の本堂と境内の様子。
 買い物をした主婦らしき年配の女性が大根などをビニール袋に入れて、手に持って境内を通り抜けて自宅方向へ歩いて行っていた。買い物帰りの近道かな。境内が。

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