2018年12月 鍋島 徴古館 特別展「幕末明治の鍋島家 ―大名から侯爵へ」 見学5
 (国宝 催馬楽譜 公開) (最終)

  佐賀市 公益財団法人鍋島報效会 徴古館
 「徴古館」が登録博物館としての名称であるが、この記事では便宜上「鍋島 徴古館」とタイトルに記載する。
 
  徴古館で10年ぶりに公開された国宝 催馬楽譜を鑑賞した。
 一階の展示室を見て行く。展示室はものすごく大きいわけではない。入口を入ってすぐに、国宝展示の独立したガラスケースがあり、その奥には、鍋島家で収蔵していたであろう、ボンボニエールが平のガラスケース内に展示されていた。

 先の記事にも書いたが、展示室奥に向かって、左手には 蒸気機関車の模型があった。大きい模型だ。隣に、蒸気汽船など、江戸末期から明治時代の初期にかけての文明の利器の展示があった。展示室奥、正面ガラスケースには 明治時代の舞踏会などて着用していたと思われる洋装のドレスの展示があった。女性用のドレスは150cmないくらいの身長と体格の女性が来ていたと思われるドレスだ。つまり、先に写真の展示ボードがあった佐賀藩最後の藩主にして、鍋島侯爵家の初代当主、直大の夫人、栄子の着用していたドレスであろう。
 佐賀藩主 鍋島家に秘蔵されていた、初代藩主 直茂の鎧(甲冑)は二階に展示されていた。対して、明治時代の当主夫妻の着た洋装のドレスは、一階での展示だった。

 つまり、最初に見るように言われた二階の展示は主に江戸時代のもの。佐賀領主(藩主) 鍋島家の展示。一階は、時代が変わって、近代、明治時代の 鍋島侯爵家の展示のもの。
 まさに今回の徴古館の特別展のテーマ「幕末明治の鍋島家 ―大名から侯爵へ」を体現しているではないか!!。
 

 一階展示室、奥へ向かって、右手の壁のガラスケースには百武兼行?、筆による、鍋島直大侯爵の大礼服姿の肖像画の展示がある。百武は、鍋島家の分家の末裔であり、明治時代に入って、洋画を学んだそうだ。

 一通り展示を見た。と、受付の青いはんてんを来た係員の女性が、お茶を出してくれる。受付の横にあるテーブルでお茶を頂く。平日ということもあり、入館者は少ない。私達以外には、地元の佐賀弁で話す老婦人とその娘(50-60歳位か)らしき家族と老夫婦くらい。テーブルの上には、カゴがあり、個包装のあめがある。自由に食べてよいそうだ。私は、お言葉に甘えて、黒糖のあめをもらう
 徴古館の図録、書籍などもテーブルにおいてある。そのテーブルの上でお茶を飲む。
 ツレと「〇〇さま(さる高貴な方)のご実家の母方は、江頭姓で、江頭氏は佐賀の人、海軍の軍人だった筈だよ・・・。」などと佐賀関連の話をする。
 ツレは「×××(とある、化学会社)の人だと言うことしか知らないな。」と。江頭××(芸能人)も、たしか佐賀だったね。」「そうだよ。」など話していると、先ほどの係員の女性から「どちらから、いらしたのですか?。」と聞かれる。(先程、入館時の駐車場のことも含めて)九州の言葉で話していないので、地元ではないなと気づいたのだろう。しかし、私は無難に「福岡です。」と適用に答えておいた。
 ツレは特に反応せず。(他の入館者の)おばあさんと二人連れも テーブルについてお茶をもらう。


 1時間くらい見学していた。11時40分頃、なぜか、私に携帯電話の着信・・・・・・・。会話のため一度、木戸をあけて外に出る。隙間があいているので展示室内にも、電話の声が入っているかも。

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 電話の後、もう一度 扉を押して展示室内に入り、目の前の国宝 催馬楽譜の展示を見て退出する。
 徴古館の玄関。 ↓ 催馬楽譜は入ってすぐに展示されていた。


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 玄関前の車寄席。 と駐車場の様子。

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 ↓ 鍋島徴古館。西側から。
  特別展の懸垂幕がかかっている。奥には、佐賀藩の藩校「弘道館」の記念碑がある。


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 藩校「弘道館」の解説。 かつては、ここ 現在の徴古館付近にあったのであろうか?。
 詳細は・・・・、確認していない・・・・。

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