2018年12月 佐賀県立佐賀城本丸歴史館 特別展「肥前さが幕末維新の『志』 北へ、南へ佐賀人が道を拓いた」 見学6(最終)と肥前さが幕末維新博覧会

  ここはかつての肥前の国、佐賀。「薩長土肥」のひとつ佐賀藩(肥前藩)の城下町。
   
  徴古館でも告知があり、同館から佐賀城本丸歴史館に移動の途中、「肥前さが幕末維新博覧会」のパビリオン?があったのだが「明治維新150年」ということで「肥前さが幕末維新博覧会」という博覧会を佐賀で開催していた。
 佐賀城本丸歴史館で見た特別展「肥前さが幕末維新の『志』 北へ、南へ佐賀人が道を拓いた」もその一環の開催のようだ。

 特別展の告知看板と、玄関脇には大砲がある。
 アームストロング砲の模型 ↓
 

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 徴古館も佐賀城本丸歴史館も月曜日の開館がある、ということでやって来た。他の施設は月曜日は開館日でない(閉館している)可能性もあるし、時間の関係もあるので、、他の「肥前さが幕末維新博覧会」関連施設の見学は割愛することにした。
 会期は来年(2019年)1月14日の成人式の連休最終日まで。期間限定での開催であった。

 佐賀城本丸の門の内側。よーく見ると石垣に生えているツタ?が、「ハート」マークに刈り込みされている

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 駐車場の付近の広場にある先程も見た銅像は、鍋島直正公の銅像であった。
 本丸歴史館の説明員の方の話していた銅像は、これだったのだ。昨年設置された新しい銅像であるので、新しい。台座のコンクリートも真新しい。


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 明治維新150年、「肥前さが幕末維新博覧会」の開催にあわせて設置したと思う。
 
 佐賀城本丸歴史館の展示でも見たが、幕末の当主 鍋島直正公を特に強調して展示していたし、まさに「英主」と呼ぶにふさわしい殿様だったのだろう。
 佐賀が明治維新以降「薩長土肥」のひとつに数えられるようになったのも、藩主 直正公自身の果たした役割が大きかったのではないだろうか。
 「直正公と幕末佐賀藩」の銘文。
 本丸歴史館の玄関脇に模型があったアームストロング砲の事も書いてある。

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 銅像の脇には、反射炉や製錬所のレリーフ銅版がある。
 直正公の主導によって建設された施設であった。
 電波塔のある建物が目立つのだが・・・・。NHK佐賀放送局の看板が出ていた・・・。佐賀城のかつての本丸付近にあるのだな。本丸歴史館の駐車場の隣である。
 ハテ、ここには、初めて来た筈なのだが・・・、あれれれ・・・・・!?。

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 銅像の奥の電波塔というか、鉄塔が上にのっかっている建物は・・・・・・「あれれ・・・・!?、ハテ・・・・どこかで見たことがあるゾ・・・。」と思った・・・・。そういえば、最近テレビで見たぞ。何かのニュースかワイドショーで見たかな。
 ネットで検索すれば、情報がヒットするかも知れない・・・・・!!??。

 銅像付近から、北側を見る。写真左手に佐賀県庁の高い建物。かつての竜造寺家系の家臣の屋敷なとがあったところ。
 かつての城内なので、民家はあまり無いようだ。県庁をはじめとして、公共関係の施設が多くある。

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車に再び乗って、次は小城(おぎ)に向かった。
大幅に時間が超過してので、まだ昼食を食べていないし、時間もなくなって来たゾ・・・、と思いなか゜ら。