良月(りょうげつ)の たび日記

神奈川県 湘南地区在住。折口良月(おりぐち りょうげつ)の神奈川、東京、静岡、山梨、長野など関東近郊地域への行楽、外出。美術館、博物館めぐり。その他国内旅行などお出かけの記録。

日常生活・その他

 

平成31年(2019年) 謹賀新年

 平成31年(2019年) 新年を迎えました。

 今年もよろしくお願いいたします。
  干支にちなんで、「亥」のことなのですが、猪の画像は無いです。
 
 ということで、さる年末に訪問した世界遺産「﨑津教会」のライトアップの画像で新年のご挨拶です。うまく撮影できなかったのですけどね。
 「クリスマスと新年、おめでとうございます。」
 この言葉は、1990年代に当時のローマ教皇 ヨハネ・パウロ二世が12月25日のクリスマス当日の正午、ヴァチカン宮殿のヴァルコニーで各国のクリスマスのお祝いの言葉を述べたときのものだ。教皇は手許のペーパーを見ながら世界のいろいろな言語で挨拶を述べられた。日本語(ジャッポネーゼ)では、上記のように述べられたことを私は記憶している。
  
 ↓ 2018年12月に撮影。「﨑津教会」熊本県・天草。
   
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 塔の先端部分が途切れての撮影だったので、改めて画像掲載です。教会が電飾で飾られている。
  
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 この12月のミニ旅行の行程は、熊本城→世界遺産指定の三角西港→天草でした。途中、観光はほとんどできなかった。天草の訪問は、2010年の8月以来、実に8年ぶりだ。
 あのときも、時間がなくって途中の観光は割愛し、天草、二江港のイルカウォッチングに急いだ。今回も時間がなかった。
 熊本市内からも2時間では﨑津に到着しなかった。いや、遠かったよ。またまた、慌ただしい時間の無いたびとなってしまった。







「横浜ベイスターズ対広島カープ」(カープ側)観戦記5 in横浜スタジアム  2018年8月

「横浜ベイスターズ対広島カープ」(カープ側)観戦記5 in横浜スタジアム 2018年8月
 
 この夏も、プロ野球の観戦に行った。観戦したのは「横浜ベイスターズ対広島カープ」。
  
 ※実をいうと、今季(2018年)のポストシーズン、プレーオフではカープが巨人に勝利してカープが日本シリーズに進出することが決まった。
 10月19日(金)に「クライマックスシリーズ セ ファイナルステージ」第3戦にて、広島東洋カープは読売ジャイアンツに5-1で勝利し、10/17、10/18と続いて三連勝した。アドバンテージの1勝があるので、合計4勝して日本シリーズに進出したのだ!!。
 進出を記念しての今年の観戦記の投稿だ(笑)。
    
 カープ有利で試合は進んだ。

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 スコアは8対2の状況。カープの攻撃、代打で「新井」がコールされた。球場内には本日一番大きい歓声と拍手があがった。

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ただ、座席からは遠いので、バッターボックスにいる新井の表情は見えない。

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 新井は4球で出塁だったかな??。そのまま、裏(のベイの攻撃で)は一塁の守備についた。

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 試合も終盤になり、本日の観客数がコールされた。「28,911人、ありがとうございます!。」と。満席である。昨年は、翌日の新聞では28,500人くらい??だっと記憶しているので、限りなく29,000人に近い本日の入場者は球場のキャパいっぱいであろう。横浜スタジアムは29,000人以上の観客は収容できないのではないか?。

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 ところがである。ベイが段々と追いついてきたのだ。カープも次々にピッチャーを交代して投入する。
 広島も外国人投手を投入。最高で、球速154キロくらい出たかな。球は速い。日本人とは比較にならないくらいの速球をポンポンといとも簡単に投げてくる。

 8回にベイが4点も得点し、3点差の9対6のスコアとなった。おお、「消化試合」の筈が再び盛り上がってきたぞ。
 ↓ パッターは4番 筒香だったかな。昨年の観戦時に「つつGo-!!」と応援している様子を見て、別格の選手なのだな、と理解した。昨年の観戦時はホームラン(か、長塁打だったかな?)を打ったし、すごい選手と試合を見てわかったが、今回は確かヒットは打ったが、あまり覚えていない・・・・。三振もあったな。

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 9回の裏に入った。1点を返して、なお攻撃中。9対7と2点差になった。これは、逆転サヨナラの可能性も出きた。サヨナラ勝ち、といえば、昨年見た試合もサヨナラだったので(ボテボテのヒットだったが・・・)、思い出した。

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 ピッチャーは、抑えのエース 中﨑。セーブがつくか、救援失敗かの大事なポイント。
 ここで代打が登場した。プロフィールが紹介され。二年目の佐野、岡山出身で広島の名門、広陵高校から大学。あれ、この経歴だと、カープの選手??と思ってしまう。地元広島の名門、広陵の出身だし。近年も話題選手を輩出している。

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 9回裏、二死ながら満塁になった。バッターはソト。昨年も出場していた。本日はスタメンで出場している。本日もヒットを打っている。
 千載一遇のチャンスである。しかし、打ちいそいだソトが、一打目はファウルした。まずは、一球様子を見るだろうよ。(と、勝手に知ったかぶり・・・・・。) ソトは、続く二球目も手を出し、内野ゴロ、ショートが二塁ベース近くで捕球し、そのまままベースを踏んでアウト。
 結局、満塁なのにチャンスを生かせずゲームセット。逆転満塁サヨナラも出るかとおもいきや・・・、無かった・・・・。
 守備についていた、カープナインがベンチに下がってく。ベンチメンバーは、グラウンドに出て、ハイタッチでお出迎え。われわれ、三塁側の観客席は歓声に沸く!!。

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 ベイ側は続々と観客が帰っていく。打撃戦となったので、4時間近い試合時間であった。

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 昨年は、ベイスターズのサヨナラ勝ちでお立ち台が出たが、 今回は敗れたのでお立ち台は出なかったようだ。ホーチームが負けるとお立ち台は無いらしい・・・。
 「ベイサイド」、一塁側の観客席は、すぐにガラガラになった。
 赤のカープファンは、しばらく勝利の余韻にひたっていた。

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 我々も球場を出ることにした。
 22:12関内駅に乗る。横浜駅方面に出るホームは人が多いので、大船方面の電車に乗車した。

 根岸線で帰る。車内にはカープの観戦帰りのレプリカユニホームを着ている人も多い。だんだんと途中の駅で降りて少なくなっていくが・・・。
 と、車内にやせ型、黒髪の黒縁メガネの赤いカープのレプリカユニホームの女性がいた。真面目そうな方である。観戦して、一人で帰宅途中のようである。車内に連れはいないようだ。年は40くらいかなという感じ。たぶん、独身(根拠無し)。港南台くらいまでは赤いユニホームの人が結構車内にいた。大船で電車を降りたときもちらほら、いた。例の女性も赤いレプリカユニホームを来たまま、降りていた。ずっと同じ電車であった。

 駅の改札を出て、歩くいていると、おじさんとおばさんの45-50歳くらいのカップルも赤いユニホームを来て歩いていた。私達と同じ試合を観戦に行っていたのは、明らかだ。

 先にも書いたが、カープ女子とはいうものの比較的年輩のお×さんが多い。女子の平均年齢は40-50歳くらいではないか、な。

 (観戦記おしまい。)

「横浜ベイスターズ対広島カープ」(カープ側)観戦記4 in横浜スタジアム 2018年8月

「横浜ベイスターズ対広島カープ」(カープ側)観戦記4 in横浜スタジアム 2018年8月
 
 この夏も、プロ野球の観戦に行ったのだが観戦したのは「横浜ベイスターズ対広島カープ」。
  
 ※今季(2018年)のポストシーズン、プレーオフではカープが巨人に勝利してカープが日本シリーズに進出することが決まった。
 10月19日(金)に「クライマックスシリーズ セ ファイナルステージ」第3戦にて、広島東洋カープは読売ジャイアンツに5-1で勝利し、10/17、10/18と続いて三連勝した。アドバンテージの1勝があるので、合計4勝して日本シリーズに進出したのだ!!。 進出を記念しての今年の観戦記の投稿だ(笑)。

 夜8時過ぎになると、6回と7回の合間だったかな?。例のハマチアのバズーカーが登場
 ボールを打ち(撃ち)込む。グローブを出して待ち構える子もいる。

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 大型画面にうつるハマチア達。ボコンボコンとバズーカーを撃ち込んでいます

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 そして、風船を飛ばす準備を。でも、ウチらは、準備なし・・・・

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 赤い風船。まるで、血球というか、献血キャンペーンのようだ。なぜか、昔どこかの国で見た献血を呼びかける運動の旗、ノボリなのどの血の球イラストを思いだした。

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 風船を飛ばして盛り上がるカープの応援席。
 なんやかんやいって、おっさん、おばさん年代の観客が多い。盛り上がっていますね。

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 攻守がかわって、今度はベイのブルーバルーンの用意する様子が。

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 3塁側のカープ応援席からもブルーバルーンは上がっている。
   ハマチアが応援して、盛り上げて、バルーンを発射した。

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 ↓ 数は少ないが、ブルーバルーン。三塁側の「赤 軍団」の中では少数派。

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 が、試合は完全にカープのペース。
 途中から、ベイは外国人投手が中継ぎで登板した。球は速い。球速は151キロなど普通に出るのだ。対して日本人はストレートでも141、143キロなどの球速。 いって147キロくらいかな。
 横浜ベイの外国人投手が出てきたとき、後ろの座席の人(おっさんのグループ)は「敗戦処理だ。」と言った。確かにそうだ。この点数では、逆転は難しいかな。新しい人に投げさせて次の試合以降につなげる戦法に出たのだろう。
 (が徐々に、追いついてきた。)

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 試合終盤近く、再びスナックを買いに、スタンド下の売店ゾーン行くと、ほとんど完売・・・・・。
 その中でも、まだ販売していたフライドポテト300円を買う。そして、ビールは(この時間帯で飲むのには)重たいので、軽く飲めると思われるレモンサワーにした。値段はビールと同じ700円。
 最後までお酒とおつまみのボクです・・・・・・・

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「横浜ベイスターズ対広島カープ」(カープ側)観戦記3 in横浜スタジアム 2018年8月

「横浜ベイスターズ対広島カープ」(カープ側)観戦記3 in横浜スタジアム 2018年8月
 
 この夏も、プロ野球の観戦に行ったのだが観戦したのは「横浜ベイスターズ対広島カープ」。
  
 ※今季(2018年)のポストシーズン、プレーオフではカープが巨人に勝利してカープが日本シリーズに進出することが決まった。
 10月19日(金)に「クライマックスシリーズ セ ファイナルステージ」第3戦にて、広島東洋カープは読売ジャイアンツに5-1で勝利し、10/17、10/18と続いて三連勝した。アドバンテージの1勝があるので、合計4勝して日本シリーズに進出したのだ!!。 進出を記念しての今年の観戦記の投稿だ(笑)。

 試合開始からほぼ1時間経過した。ビールなどを買いに少々離席した。
 スタンドの外に出る。再入場できるので、球場ゲートの外に出る人もいる。昨年「5回」まで1.5倍増量だった「ヨコハマ ベイスターズ エール」を買おうとわざわざベイ側のスタンド裏手まで行った。
    
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 ベイ側のスタンドへは、バックネット裏の通路を通る。おにぎり型の球場の通路をぐるっと半周する感じ。パックネット裏は関係者以外立ち入り禁止の更に下のフロアへの階段入口や事務所スペース?などがあり、通路が狭くなっている。
 結局、横浜ビールの売店はあったが、割引は実施していなかった。
 ビールガールの売るビールと比較して割安なので、不公平になってしまうからかな。それとも、特別なときには、割引があるのかな?。詳細は不明であった。

 増量がないため、行列は出来ていない・・・・・。よって「エール」ではなく横浜ラガーを買った。通常通りの700円だった。スタンドの座席に持ち帰って飲む。
 1塁側のあの向こうのスタンドの裏手まで行って買ってきたのだ。

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 さて、トイレに行ったり、して座席から慣れることもあった。試合開始から約二時間後、スナックの追加を買おうと再び、スタンドの裏手に。
 しかし、この日はことごとく完売だった。
 出入り口付近からの眺め。後の座席は高い位置にあるので、少々観戦してもジャマにならない。自分の席にりもホームに近いのでより大きく見える。
 ちゃんと通路にも「クルー」のブルーユニホームを来た係員がいる。

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 ソフトドリンクの「ドリンクガール」もがんばっています。最初は単価が低い、ソフトドリンクなどから入るという。実績をつくってから単価のたかいビールを任せられるという。同じビールでもホームに近い、座席の方が年間シートなどの配置の関係もあり、常連も多い(勿論外野の応援席も多いが)ので、購入金額は多くなるのではないか?。

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 試合もたけなわ、5回??になると横浜の応援席で大きな横断幕が。
ただ、試合はカープの大量リードで試合の行方は決まったかな、という状況。

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 7回の表、ハマチアのフラッグパフォーマンス?が始まった。

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 ハマチアのパフォーマンス

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 試合は佳境にはいってきたぞ。

「横浜ベイスターズ対広島カープ」(カープ側)観戦記2 in横浜スタジアム 2018年8月

「横浜ベイスターズ対広島カープ」(カープ側)観戦記2 in横浜スタジアム 2018年8月

  この夏も、プロ野球の観戦に行った。観戦したのは「横浜ベイスターズ対広島カープ」。
  
 ※今季(2018年)のポストシーズン、プレーオフではカープが巨人に勝利してカープが日本シリーズに進出することが決まった。
 10月19日(金)に「クライマックスシリーズ セ ファイナルステージ」第3戦にて、広島東洋カープは読売ジャイアンツに5-1で勝利し、10/17、10/18と続いて三連勝した。アドバンテージの1勝があるので、合計4勝して日本シリーズに進出したのだ!!。 進出を記念しての今年の観戦記の投稿だ(笑)。
    
 ↓ 1年ぶりに入場した横浜スタジアム。
  後攻は、ベイスターズ(ホームなので当たり前だけど・・・)。先発投手の紹介。今永である。「あれっ、昨年も見に行ったとき、先発は今永だったぞ。ちょうど、ローテーションなのかな。」と思った。九州出身→大学→入団の経歴であった。
 以下、ベイスターズは「ベイ」と略称する。
 
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 昨年は、今永は打たれて点を取られながらも続投していたが、遂に降板した。「悔しそうな」表情をしながら走って、マウンドを去ってベンチにさがったのを覚えている。
 昨年のリベンジなるか。ただ、昨年の試合は、ベイのサヨナラ勝ちだった。よって、今永に勝敗はつかなかった。
 昨年は1塁側だったので、左腕の今永が投球する様子がよく見えた。しかし、今年は3塁側なので、今永の背中しか見えない。

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 ビールガールから、試合開始前には1杯購入。飲みながら観戦だ。既に彼女は、手に千円札を束ねて指に挟んで持って、忙しいそう。
 1回の表、いきなりカープの3番打者、丸がホームラン。既にランナーが出ていたので2ランである。
 カキーンと弾道で外野スタンドに飛びこんでいった。どうした今永。昨年に続き、よく打たれるなあと感じた。

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 結局、1回表で4点はいった。打ち込まれたな・・・・。

 裏の攻撃。3番ロペス。だんだんと夜になっていった。本日も外野席はぎっしりと満席。三塁側は真っ赤にそまっている。

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 「ビールガール」達が元気にスタジアムを回っている。手を挙げ、手を振りながら、にこやかにアピールしている
 

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 裏に得点を1点入れたのだが、何だか、カープが勝ったというか、流れが決まったかな、という感じ。
 序盤の経過をみたので、ビールなどを買いにスタンドの裏側に行くことにして、離席する。


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 ↓ 盛り上がるカープの応援席。
 昨年、1塁側にブルーのベイのレプリカユニホームを着用した人は皆無だったが、アウェイのカープ側の席には、ベイのレプリカユニホームを着ている人がちらほらいる。
 本拠地有利ということかな。

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 結局、ベイの先発 今永は3回(か4回)途中で降板した。昨年よりも早いぞ。
 カープの先発は私は知らない投手だった。

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 夜が更けて来た。試合が進んでいく。



「横浜ベイスターズ対広島カープ」(カープ側)観戦記1 in横浜スタジアム 2018年8月

「横浜ベイスターズ対広島カープ」(カープ側)観戦記1 in横浜スタジアム 2018年8月

  この夏も、プロ野球の観戦に行った。観戦したのは「横浜ベイスターズ対広島カープ」。
 場所は、昨年に続いて横浜スタジアムだった。(ホームチームを先に記載。)
 昨年も同じカードを観戦したのである。2018年、この夏の記事をまだ全然書いていないのだけど、先にプロ野球の観戦記を投稿しよう。

 ※実をいうと、今季(2018年)のポストシーズン、プレーオフではカープが巨人に勝利してカープが日本シリーズに進出することが決まった。
 10月19日(金)に「クライマックスシリーズ セ・ファイナルステージ」第3戦にて、広島東洋カープは読売ジャイアンツに5-1で勝利し、10/17、10/18と続いて三連勝した。アドバンテージの1勝があるので、合計4勝して日本シリーズに進出したのだ!!。
 進出を記念しての今年の観戦記の投稿だ(笑)。
 
 観戦したのは2018年8月の日曜日のこと。この日が、お盆休みで連休を取った場合の最終日という人もいたであろう。夏休み中で、部活もないということなので子供を連れて観戦に行った。
  その前に、買い物と軽く食事をした。 観戦に先立ち、みなとみらい地区の横浜マーク イズで買い物。(別に買い物とプロ野球観戦は関係ないが、たまたま観戦の前に行っただけ・・・・・・。)
 
 昨年はチケットは無料で入手したのだが、今年は購入(笑)。購入なので座席は3塁側のカープ側。現在はホームのベイスターズ側は「ベイサイド」、3塁のビジターチーム側は「スターサイド」として座席を販売している。ので、今回は「スターサイド」側。

 ウチの子は自称「カープ女子」で、カープの応援グッズは持っている。つまり「赤いグッズ」を今年はおおっぴらに使用できる。昨年は着用できなかった。
 入場であるが、昨年は、ゲートのところで「違う」と言われ、関内駅から横浜公園内をずーっと歩いて、ほとんど駅から反対側、中区の区役所に近いところからやっと入ることを許されたのだが、今年はスムーズに入場(苦笑)。
 
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 入場口内へ。3塁側座席は、関内駅に近いところだ。カープファンが大勢入場している。
 
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 指定された座席に到着。
 ↓ 「おお、昨年はあのあたりに座ったな。」と1塁側スタンドの方向を見る。1年ぶりだな~。
 ペイスターズも人気球団。チケットもこの日は売り切れだった。しかも、ネットで購入したがサイトでは1塁側、3塁側ともに2か月前には売り切りしていたと記憶する。1か月前ではとても買えないくらいの人気ぶり。

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 今年は、余裕をもって着席。試合開始は18時。試合開始前のセレモニーなどを見れる。
 ホームベース近くに注目。

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ホームベース近くの拡大。↓
チアガール、マスコットぬいぐるみが出てきて、始球式の準備かな。
この日も暑い。ぬいぐるみでは、暑いであろう。

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 ↓ 3塁側から1塁の応援席を見る。昨年は「真っ赤に染まっている。壮観だ。」と書いたが、青は落ち着いて見えるな。

 試合開始前、チアがダンスを始めた。ハマチア!?。ベイスターズのチームカラーのプルーのコスチュームのハマチア。敵側のスタンドの前にも来るのですね。 

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 ↓ 1塁側のベイスターズ側の内野応援席。赤に比べると目立たない感じがする。落ち着いて見える。
 
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 手前はハマチアの様子。 ↓
 スタンドはベイスターズのブルーで埋まっている。

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 セレモニーをおえて、チアは整列する。
 始球式は子供が出てきて行った。そして、スポンサーの宣伝イベントもあった。ボールを投げる子供を応援する。
 始球式、試合前のイベントにもスポンサーがついていているのですね。

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 チアが整列し、守備につく、ベイスターズの選手達を送り出す。

 そして「おお、いるよ、ビールガール達が。」既に、ビールタンクを背負って、スタンド内を歩いて売っているぞ。
 そして、試合開始。

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 シーズン中でも横浜スタジアムの座席増設工事中である。満席が続いて、キャパオーバー気味なので、増設するのだ。さすがに1年というか、半年足らずのプロ野球のシーズンオフ期間では完成せず、徐々に工事をするようだ。 

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プロ野球観戦記プロローグ in横浜スタジアム(その前に 横浜マーク イズ買い物と 博多 だるま 食事) 2018年8月

 プロ野球観戦記プロローグ in横浜スタジアム(その前に 横浜マーク イズ買い物と 博多 だるま 食事) 2018年8月

  この夏も、プロ野球の観戦に行ったのだが観戦したのは「横浜ベイスターズ対広島カープ」。
 場所は、昨年に続いて横浜スタジアムだった。(ホームチームを先に記載。)
 2018年、この夏の記事をまだ全然書いていないのだけど、先にプロ野球の観戦記を投稿しよう。
 
 ※実をいうと、今季(2018年)のポストシーズン、プレーオフではカープが巨人に勝利してカープが日本シリーズに進出することが決まった。
 10月19日(金)に「クライマックスシリーズ セ ファイナルステージ」第3戦にて、広島東洋カープは読売ジャイアンツに5-1で勝利し、10/17、10/18と続いて三連勝した。アドバンテージの1勝があるので、合計4勝して日本シリーズに進出したのだ!!。
 進出を記念しての今年の観戦記の投稿だ(笑)。
 

 観戦したのは2018年8月の日曜日のこと。この日が、お盆休みで連休を取った場合の最終日という人もいたであろう。夏休み中で、部活もないということなので子供を連れて観戦に行った。
 
 その前に、買い物と軽く食事をした。 観戦に先立ち、みなとみらい地区の横浜マーク イズで買い物。(別に買い物とプロ野球観戦は関係ないが、たまたま観戦の前に行っただけなのだが・・・。)
 俺は買い物については、邪魔者でしかない。「勝手にどっかに行っていて!。」と言われたのか、言われていないのか、忘れたが、おなじみの「博多 だるま」でラーメンを食べることに。
  
 ↓ 博多 だるまのラーメン。あとで、気付いたが、好物の高菜をトッピンク゛するのを忘れていた・・・
 
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 ↓ モチロン、替え玉も。
固さは「普通」と伝えた。「バリカタ」という人もいいたが、さすがに「ハリガネ」というう人はいなかった。
紅しょうがを追加でもらう。紅しようがは、袋に入っている。ああ、高菜を忘れていたよ・・・。
 
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  ここ横浜マーク イズのフードコートのお店が、博多だるまの関東初出店ということだった。  
  夕食の時間帯ではないので、フードコートは混雑していなかった。


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 みなとみらい線で移動。 地上に出て、スタジアムに。
 既に続々入場している。三塁側のビジター席の入口は、関内駅に近い方にある。昨年は、ホームチーム側なので、ぐるっとスタジアムを回ってから入場したので時間がかかってしまった。関内駅から入場としう点では、三塁側が便利かな。

 ↓ カープの赤いレプリカユニホームを着た人達が集まっている。結構グループで来ている人もいる。

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 「カープ女子」といわれるが、ざっと球場の周辺の赤いレプリカユニホームを着ている人を見ると、平均年齢は40-50歳位だ。女子というよりは、お××さんの年齢に相当する。よく、スポーツニュースなどでとりあげられる20歳台くらいのカープ女子は、ほとんどいないと感じた。(あくまで、私がの日だけ見た限りでは。)
 男性の観客を見ても中年以上が多いような・・・・・・。つまり、私も平均年齢くらいだよ。もっとも、この日は夏休みの最中であるから、子連れも多いので、子供の親世代、つまり中年が多いのかな??。


プロ野球「横浜ベイスターズ対広島カープ」観戦記5(最終・試合終了後) in横浜スタジアム 

 プロ野球「横浜ベイスターズ対広島カープ」観戦記5(最終・試合終了後) in横浜スタジアム 2017年8月

 ※ この夏、久しぶりにプロ野球の観戦に行ったのだが、観戦したのは「横浜ベイスターズ対広島カープ」 in横浜スタジアムだった。2017年、この夏の記事もまだ全然書いていないのだけど、先にプロ野球観戦記を投稿する。

 試合が終了した。時刻は夜9時を過ぎていた。

 結末は・・・・、ベイスターズがサヨナラ勝ちをした。延長戦かな、と思ったがカープは負けたのだ。一応、最後の打席はヒットとして記録されたが、ほとんどカープの野手のエラーによるヒットだった・・・・・。「なんでアレ、捕れないの!?」と思った。

 劇的な??、ベイスターズの勝ちで幕切れ。お立ち台がセッティングされる。スタッフが急いでグラウンド上に ボードを転がして来る。台も転がして来る。テキパキとセッティングをした。
 サヨナラヒットを打った選手がヒーローインタヴューのため、お立ち台に上がる。「ヒーローインターヴュー」なのにボテボテの安打だったこともあるのか「ヒーロー」の選手の受け答えも何だか歯切れが悪かったな・・・・・・・。
  
 ↓ ヒーローインタヴュー
 お立ち台の両脇をチアガールがビシッとキメる。

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 横浜のラミレス監督もインタヴューを受ける。通訳の人が横に立って、受け答えをした。
 1塁側のベンチは全く見えないので、様子が分からない。反対に3塁側のカープのベンチの様子は試合中、よく見える。しかし、顔までは誰か判別できないので、広島の緒方監督も分からなかった。

 ↓ 試合後のプレゼントなどのパフォーマンス。
  3塁側のカープ応援席は、早くも引き揚げてガラガラになっていた。

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 席を立って、球場の外に出る。関内駅へ向かうのだが、途中1塁側のスタンド下を通る。出てくる選手をファンが待ち構えている。
 負けたカープのチームの選手が次々に出てくる。ユニホーム姿のままだ。負けた場合はすぐに球場を去るようだ。既にかなりの選手が出てきて、迎えのバスに乗り込んでいるようだ。選手は大柄だな。バスの運転手が荷物を受け取り、トランクに入れている。


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 カープのユニホームを来たファンが出口の上のところで待ち構えている。選手の名前を呼んでいるが、負けたカープの選手は答えない。無言のまま、バスに乗り込んでいる。

 ↓ 選手の名前が入ったカープのユニホームを来たファン。
  アライ、キクチなど。決してファン個人の苗字ではない(笑)。

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  全員そろったらしく、バスが出発した。カープの選手は、宿舎に帰っていってのだ。私達は駅まで歩いて電車に乗って帰った。

 (おしまい。)


プロ野球「横浜ベイスターズ対広島カープ」観戦記4 in横浜スタジアム 

 プロ野球「横浜ベイスターズ対広島カープ」観戦記4 in横浜スタジアム 2017年8月

 ※  プロ野球 セ・リーグのプレーオフ(クライマックス・シリーズ)、「広島カープ対横浜ベイスターズ」 in広島 マツダスタジアムは、既に周知のように横浜ベイスターズが怒涛の4連勝で勝利しセ・リーグを制覇した。
 この夏、久しぶりにプロ野球の観戦に行ったのだが、観戦したのは「横浜ベイスターズ対広島カープ」 in横浜スタジアムだった。2017年、この夏の記事もまだ全然書いていないのだけど、先にプロ野球観戦記を投稿する。
 今季(2017年レギュラーシーズン)は、広島カープが優勝したのであるが「広島(カープ)は横浜(ベイスターズ)はに弱い。負け越ししている。」と言われていた。
 だから、プレーオフでは「横浜が勝のでは?。」という予測も多分にあった。私は広島有利と思っていたのだが・・・・。実は私が観戦した(レギュラーシーズンの)試合は、このたびのプレーオフの劇的な幕切れを予測したような、試合内容と結末であった。
 つまり、横浜が意外な勝ち方で勝利したってことです。

 観戦したのは2017年8月の平日のこと。
 座席は1塁側(ただし外野に近い席)、つまりホーム側の「ベイサイド」。3塁のビジターチーム側は「スターサイド」。
 横浜ベイスターズの先発は左投手。最近プロ野球にはうといので、横浜の選手はあまり知らないのだ。
 試合展開は広島が先制。横浜の先発投手は、いい投球なのだが、打たれて先制点を浴びた。

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 さて、横浜ベイスターズの4番打者は筒香。筒香は、ベイスターズの中でも別格の選手らしく登場する際は「テーマ曲」が球場に流れる。横浜ベイスターズ側の観客は皆、立ちあがって、「つ・つ・ごーう」とメガホンを前に、手を前に出して、声援を送る。「つつごう」の「ごう」と「Go」 とひっかけて応援している。筒香は今年の春のWBCで活躍し一躍、一般の野球をあまり知らない人に対しても有名になった。
 横浜も点を入れたが、広島は更に得点した。「何点差かついたけど、まだ先発投手は交代しないのかな。」と思ったが、5回くらいでようやく降板した。マウンドを走って去っていく投手は悔しそうだったが、潔くマウンドを降りていった。
 
  ↓ 3塁側、広島カープの応援スタンドの拡大。赤い色なので、迫力がある。

 この日、一般のチケット購入は売り切れだった。(当日券の有無は知らないが)
 しかし、スタンド内の座席はかなり空席がある。年間シートで来場していない人も相当数いると思うが、大量買いして、実際には来ていないような空席も目立った。
 この場合、入場者に数えるのかな。昔は「3万人」とか適当な数字で観客を発表していたが、現在では実数で発表されている。新聞のスポーツ欄を見ると横浜スタジアムは満席の場合の発表数は28500人くらいではないか。

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 青いコスチュームのチアガール(私は独自に「ハマガール」と名付けたが)達だ。ガール達は、ダンスで「チアアップ」。3塁側では踊らなかったと思う。ホームチームの特権かな。
 昔はこのような、合間のイベントはあったかな?。随分とプロ野球の試合の様子も変わったようだ。「試合」というよりも「ショータイム」という感じかな。
 

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 イニングの交代の途中でテープ?やゴムボールなどの景品?を投げ込むサービスもある。大砲のようなものでボカンと発種したり。青いコスチューム、ミニスカのチアガールたちだ。ガールがボールを投げ込むことがある。女性の投球なので、あまり飛距離は出ない。前方に座っている人が有利だ。

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 車の上からボーンと大砲で、ゴムボール?を打ち込みしてくれる。5回の表と裏の合間だったかな。
 前の方向の少年野球枠の席の少年たちが落ちた所に集まってボールの取り合いをしている。
 やがて、バイバイとお姉さんたちは手を振って退場して行った。車に乗って、車は煙をはきながら・・・・。

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 7回に風船を飛ばすようだ。付近の座席の人は皆用意している。すると風船をもらった。隣の席の人から。私はお礼を言った。 「子供が主役だから」と、隣の2人組の男性のうち、年齢の若いおにいさんが答えた。ありがとうございました。のちほどお礼に安いのであるが、お菓子をあげた。他にお礼をするものがなくて、手持ちの未開封のお菓子しかなかった。申し訳ありません。

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 9回になるとコーヒー、お茶の販売の子以外のビールガールは全くいなくなった。9回からお酒を売っても、試合の終わりに近いから販売は止めるのだ。急にスタンドに「華」が無くなった(笑)。私の席の付近は、1人のみになり「お茶、コーヒー」の札をもってニコニコ 愛想をふりまきながら歩いている。しかし、9回ともなると買っている人はいないように見えた。

 ただし、9回の時点で試合は拮抗していたので延長戦の可能性もあった。だから、お酒も状況を見て販売してもよかった筈(笑)。時刻は夜9時を過ぎた。

 結末は・・・・、というと延長戦にはならなかった。ボテボテの内野ゴロが外野に抜けて、ランナーがホームに生還し、ベイスターズがサヨナラ勝ちをした。ヒットとして記録されたが、ほとんど広島の野手のエラーだった・・・・・。「なんでアレ、捕球できないの!?」と私ですら思った。
 「うーん、広島のこの守備はまずいんじゃね?。」と感じた・・・・。カープの打線は勢いがあったし、ピッチャーの投球もよい。投手陣も安定している印象を受けたが。この結末、チョット(チームに)穴があるなあ~と(あとからは何とでも言えるけど。)。

 劇的な!!??、ベイスターズの勝ちで、周囲の座席の人は総立ちだ!!。近くの人とハイタッチ。ウチの子(自称: カープ女子)も立ちあがってハイタッチ。ウチの子にとっては「裏切りの」ハイタッチだった(苦笑)。
 例の風船をくれた人とそのツレの太ったおじさんとハイタッチ。「おとうさんも。」とおじさんが言って私も「ウェーイ」とハイタッチ

  お立ち台では、ヒットを打った打者がヒーローインタヴューが始まった。
 



プロ野球「横浜ベイスターズ対広島カープ」観戦記3(ビール購入続き) in横浜スタジアム

 プロ野球「横浜ベイスターズ対広島カープ」観戦記3(ビール購入続き) in横浜スタジアム 2017年8月

 ※  プロ野球 セ・リーグのプレーオフ(クライマックス・シリーズ)、決着がつきましたね。「広島カープ対横浜ベイスターズ」 in広島 マツダスタジアム。横浜ベイスターズが怒涛の4連勝で勝利し、セ・リーグ制覇。19年ぶりに日本シリーズが横浜スタジアムで開催されることになった。凄いですね。
 この夏、久しぶりにプロ野球の観戦に行ったのだが、観戦したのは「横浜ベイスターズ対広島カープ」 in横浜スタジアムだった。2017年、この夏の記事もまだ全然書いていないのだけど、先にプロ野球観戦記を投稿する。

 観戦したのは2017年8月の平日のこと。
 私の座席は1塁側(ただし外野に近い席)、つまりホーム側の「ベイサイド」。売店を見るため、スタンド下の通路に出た。と、スタンド下で行列している。「何だ、何だ??」と見ると「ヨコハマ ビール」の販売スタンドがある。「ヨコハマエールは5回終了時まで同じ値段(700円)で1.5倍。」と告知している。「ヨコハマ エール」を買うための行列であった。私も最後尾に並ぶ。しばらく並ぶ。じりじり進む。順番が来て2杯頼む。うち1杯はラガーを頼むと『ラガーは1.5倍にならいない。』と言われたので、エールを2杯にする(セコイ)。
 別の売店で「崎陽軒のシウマイ」のみ買って座席に戻った。おつまみ、スナックなど軽食を売るお店は試合途中でも行列であった。よって、シウマイ(シューマイではないのがポイント。)のみ買って座席に戻る。

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 ↓ 2杯同時に買った「ヨコハマ エール」を飲む。1.5倍(笑)。
   もう1杯は、しばらく置いておく。私はキンキンに冷えたビールを好む訳ではないので、温くなっても全くOK。
 ビールは薬用、滋養強壮飲料と思っているので、ぬるいくらいちょうどで良いくらいだ(笑)。

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 ↓ 5回終了後だったかな?。ハマチア(私が勝手に命名したチアリーディングチームの仮称)のパフォーマンス。
   ヨコハマエールは5回終了時まで1.5倍増量

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 試合もたけなわになって来たぞ。でも、ビールとおつまみのことばかりで試合展開がアタマに入っていない(苦笑)。

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 観戦スタンドには柵があって、自分の座席のあるゾーン以外には行くことが出来ない。この柵は私が子供のときに観戦した当時からあった。通路からスタンドの入口には係員が立っていて、チケットをチェックして、指定のチケットを持っていないと入ることが出来ない仕組み。
 実は同じ日に、仕事関係の知り合いの方も来ると聞いたので、試合の途中であいさつに行こうかと思ったが、入ることは出来ないので諦めた。私の座席からは、バックネット裏に座っている観客一人一人の顔までは識別できないので、どこに座っているのかも確かめることは出来なかった。
 その方(Aさん)はバックネット裏の年間シートで観戦しているそうだ。Aさんによるとビールの値段は通常700円であるが「半額デー」があるそうだ。「半額で売っても利益が出るなら、一体原価はいくらなんだ!?」と言っておられた(笑)。
 




 

プロ野球「横浜ベイスターズ対広島カープ」観戦記2(ビール購入) in横浜スタジアム

 プロ野球「横浜ベイスターズ対広島カープ」観戦記2(ビール購入) in横浜スタジアム 2017年8月

 ※  プロ野球 セ・リーグのプレーオフ(クライマックス・シリーズ)、決着がつきましたね。「広島カープ対横浜ベイスターズ」 in広島 マツダスタジアム。横浜ベイスターズが怒涛の4連勝で勝利し、セ・リーグ制覇。19年ぶりに日本シリーズが横浜スタジアムで開催されることになった。凄いですね。
 この夏、久しぶりにプロ野球の観戦に行ったのだが、観戦したのは「横浜ベイスターズ対広島カープ」 in横浜スタジアムだった。2017年、この夏の記事もまだ全然書いていないのだけど、先にプロ野球観戦記を投稿する。

 観戦したのは2017年8月の平日のこと。
 座席は1塁側(ただし外野に近い席)、つまりホーム側の「ベイサイド」。3塁のビジターチーム側は「スターサイド」。
 ウチの子は自称カープ女子なのでカープの応援グッズは持って行った。銀座にある広島県のアンテナショップ「TAU」などで買っていたのだ。つまり「赤いグッズ」だ。ベイスターズのブルーのグッズは持っていない・・・。今回はベイスターズ側の席なので多分「赤いグッズ」は着用、取り出しての応援不可能だろうが、一応ウチの子は、荷物を入れるリュックに入れて持参した。
 実際に指定された席に座ってみて分かったのだが、周囲はすべて、ベイスターズ青いユニホームと青のグッズで「青一色」。とてもカープの「赤グッズ」を取り出す状況ではない・・・・・。私は(ゴルフ用の)赤い帽子をかぶっていったのだが、カープとは全く関係の無い単なる「赤い帽子」ですら着用が憚れるシチュエーション(苦笑)。
 
 さて、周囲の座席では途中から遅れて観戦にやってくる人も結構いる。私達の席からふたつ空けて、通路からみて内側の席は会社員、仕事帰りらしき20歳台後半くらいの女の子2人組が、私達のあとからやってきて座ってきた。座席前の通路は狭いので、一旦立って通路に出て、内側の席に座る人を通してあげないといけない。
 彼女たちは最初から青いユニホームを着用している。何回も観戦に来ているリピーターファンのようだ。

 座席に座って、試合の状況を把握して落ち着くと、私は「今度はビールだ。」と意気込む(笑)。真夏の屋外の球場だ。蒸し暑い。熱気と暑さで「むっ」とする。ドーム球場ではないので、すり鉢状の底の座席のためか風が無い。本当に蒸し暑いよ
 ビールガール達がたくさんいる。本当にコスチュームを着て、ビールタンクを背負って、スタンド内を回って、歩いて売っているぞ!。さあ、買うぞと意気込む!(笑)。
 ビールガール達は、応援歌のリズムにあわせて、手をたたいたり、観客に手をふりながら、スタンドを行き来している。テレビでも紹介していた通り、顔の横、耳の付け根の辺りには「造花」をつけている。かわいらしい。「おお、本当にテレビの通りだ。花をつけているぞ。」と私はちょっと感動(笑)。が、テレビで言っているほど耳の付け根の花は目立たない。ビールガールの全員が花をつけている訳ではないようだ。彼女たちは名札をつけていない。名前が知られてしまうからね。「販売員証 12345」のように番号の札をつけている。

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 早速、ビールをビールガールから買う。700円。手を挙げて女の子を呼び止める。ビールガールを呼び止めるタイミングが難しいぞ。アサヒにしようか、キリンにしようか、サントリーにしようか、迷ったが、黄色いコスチュームのキリンの一番搾りにした。うーん、難しい選択だ。あとサッポロビールのビールガールも回っている。

 ↓ 1杯目のビール。

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 大手ビールメーカー4社の販売員が展開さているようだ。ガール達が着用しているコスチュームが各社とも違う。黄色はキリンとサントリー。会社、販売する銘柄の色のコスチュームかな。アサヒビールの販売商品は「スーパードライ」だと思う。銘柄のカラーは「シルバー」と思うが、アサヒのビールガールのコスチュームはシルバーでは無かったと思う。赤いコスチュームだったかな。赤黒い、エンジ色はサッポロだったかな。販売銘柄は黒ラベルか(ちょっとお値段が高い)エビスだったか忘れた。
 リキュール類の販売のガールもいる。ソフトドリンク(販売)の子もいる。しかし、「ビールガール」に比べると「リキュールガール」「ソフトドリンクガール」の子の数は少ない。

 人数としては、黄色いコスチュームの子が多い。反対側の広島(カープ)応援席のスタンドも黄色い(衣装の)女の子が階段を行き来しているのが見える。
 黄色い衣装(コスチュームのこと。以下同じ。)を来た人たちがスタンドの階段を上下して行き来して動いている様は、まるでお花畑でみつばちが活動しているようだ。アニメのみつばちハッチのようだ。小柄で、華奢ながらタンクを背負っている姿は逞しい。女の子なので(男と比較すると)比較的小柄なので、余計にハッチに見える。(読む人によっては適切でないと感じるかも知れない。意図的な表現ではないことを付記しておく。)
 外野席は、内野スタンドと比べて、ビールガールの姿は少ない。外野席は応援に忙しいから、あまり買わないのかな?。

 ビールを片手に反対側、3塁のカープ応援席を見る。↓
 特に下段の赤い人の群れが、浮き上がって立体的に見える。応援の様子は迫力がある。

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 と、ホロ酔いが突如覚まされた・・・・。なんと、座席を1列間違えて前に座っていたのだ。途中から来たおにいちゃん達に指摘されて気付いた。プラカップに入っているビール席を持って席を立ち、一列後ろに下がった。おにいちゃんは、「おいおい、間違えんなよ~。」という感じで半ばあきれていた(苦笑)。

 ビールガールの人数は、球場全体では何人くらいだろうか?。1塁側内野席で100人~150人。ホームのバックスタンドで50人~70人、外野席で20人くらいかな。(試合の経過よりも気にしているなあ・・・・。)反対の、3塁側広島カープの応援席にも同じくらいの人数が配置されていると思う。1塁側と3塁側を合わせて球場全体だと300人はいるのではないか?。

  ↓ 満員の カープ側外野応援席。

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 ↓ 1塁側 ベイスターズ応援席。皆、青い衣装なので、黄色い衣装のビールガールがとても目立つ。
   (写真では、判別しにくいが。)

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 1杯目を飲み、さて食べ物を追加で買うかな、と座席を立ち、スタンドを出て、外(スタンド下の通路)に買い物に行く。一応、ビールなどアルコール類売り場の売店をチェック。値段を確認する(セコイ・・・・。)。大手ビールメーカーのビールも売っているので、ここで買ってもよい。値段は700円で同じ。
 と、通路に面したエレベータのドアが開いた。黄色いコスチュームの女の子達がどっと降りてきた。一旦、ビールの補給や休憩をしたガール達が再度スタンバイして出陣するのだ。 
 彼女たちは、エレベータを降りると、通路の左右に三々五々と散っていく。いざ~、戦いの場へ!。観戦スタンドは彼女たちにとって戦場なのだ。 
 スタンドの裏手、階段下の方向のバックヤードへ降りて行くビールガールもいる。会社によっては階下にスタンバイ場所があるようだ?。
 通路は暑い。半分屋外なので冷房は無い。風が通らない。熱気がこもっている。ガールは、汗をかきながら、重いタンクを背負い、歩いて行ききしている。大変だ。

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プロ野球「横浜ベイスターズ対広島カープ」観戦記1 in横浜スタジアム 

 プロ野球「横浜ベイスターズ対広島カープ」観戦記1 in横浜スタジアム 2017年8月

 ※ 夏が過ぎ、お彼岸も過ぎ、はや10月。温暖化のためか最近の10月は暑さを感じることも多い。日没時刻は日に日に早くなっているのであるが、外での行動は夏の気持ちのままということが結構ありがち。「秋の夜長」をむしろ感じやすくなっている今日この頃ではないか?、と思うのはオレだけかな?。
 プロ野球のセ・リーグのプレーオフ(クライマックスシリーズ)、たけなわですね~。「広島カープ対横浜ベイスターズ」戦。
 実はこの夏、久しぶりにプロ野球の観戦に行ったのだが観戦したのは「横浜ベイスターズ対広島カープ」。
 場所は横浜スタジアムだった。(ホームチームを先に記載。)10月のプレーオフの会場は広島であるが、同じカードを観戦したので、2017年、この夏の記事をまだ全然書いていないのだけど、先にプロ野球の観戦記を投稿しよう。
 昨日(10/23)は横浜ベイスターズが勝利したし、盛り返してきているからね。急きょの投稿だ(笑)。
 実をいうと、今季シーズン、ベイスターズはカープに勝ち越ししているんですよね。この秋のある酒の席での会話「広島(カープ)は、巨人に勝ち越しているおかけでレギュラー・シーズンを優勝しただけ。飛び抜けて強かったのではない。」と豪語している人もいましたよ(笑)。昨日の勝利でベイスターズが日本シリーズに進出する可能性はグンと高まった(これはひょっとすると・・・・・!?。)。


 観戦したのは2017年8月の平日のこと。夏休み中なので子供を連れて観戦に行った。

 私は子供の頃、野球をやっていたので(軟式だけど)、何回か横浜スタジアムにプロ野球観戦に行ったことがある。当時は、大洋ホエールズ!。当時の名選手達、今でも名前をあげることが出来るぞ
 オールスターゲームも観に行ったこともあるぞ!。当時、オールスターゲームは3回試合をしていた筈。セリーグか、パリーグのどちらかが2勝して、勝ち越す試合回数になっていた。「今年のオールスターゲームは、〇リーグ優勝!!」ってね。いつの頃からか、試合数は2回になってしまったけど・・・・。近年はアメリカ・メジャーリーグのオールスターゲームも日本のニュースで報道するようになり、メジャーのオールスターゲームはたったの1試合だけの開催だと認知されるようになった。
 学生の頃は神宮球場にも行ったかな。当時はヤクルト・スワローズ全盛期だったしね。
  
 ↓ 久々に入場した横浜スタジアム。観客席の上空、宵の空に浮かぶ欠けた月。三日月にも満ちていない。
 

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 観戦の経緯であるが、チケットは無料で入手したのだった。だから観戦にやって来たのだけど(笑)。座席は1塁側(といっても外野に近い席だけど・・・。)、つまりホーム側。現在はホームのベイスターズ側は「ベイサイド」、3塁のビジターチーム側は「スターサイド」として座席を販売している。昔はそんな呼び方は無かったな~。時代は変わった(笑)。
 ウチの子は自称「カープ女子」。カープの応援グッズは持っている。つまり「赤いグッズ」だ。ベイスターズの青のグッズは持っていない・・・。今回はベイスターズ側の席なので多分「赤いグッズ」は着用、取り出しての応援不可能だろうと思われるが、一応ウチの子は、荷物を入れるリュックに入れて持参した。
 関内駅で電車を降り、横浜スタジアムまで歩く。球場の前、横浜公園内では飲み物や食べ物を販売している。場内で食べるためのタコヤキとヤキソバを購入。球場外の公園内にはパブリックビューイングもあった。球場内に入らなくても観戦できるようになっていた。
 1塁側スタンドの入口まで歩く。以前、といっても子供の頃来た記憶を頼りに、1塁側は「関内駅に近いところだったかな。海の方向がホームベースで中華街、首都高のランプに近い方がバックスクリーンだったかな。」と入場しようとした。しかし、駅に近い入口は、3塁のカープ側。赤いカープグッズを売る売店がスタジアム内のスタンド下にある。入場して買おうかなと思ったが、1塁側と3塁側は行き来できないそうだ。なんか、昔の記憶と違うな~、と思いつつ、(入場すべき)入口を探す・・・。2か所目に入ろうとしたゲートのところでも「違う」と言われ、駅から横浜公園内をずーっと歩いて、ほとんど駅から反対側、中区の区役所に近いところからやっと入ることを許された(苦笑)。
 私は、ホームベースとバックスクリーンの位置を勘違いしていた。全く逆に記憶していた。久しぶりに来たのでね・・・・。
 入場してスタンド内へ。果たして1塁のホーム(ベイスターズ)側座席は、は中華街側(に近いところ)だった
 
 ↓ ホームベースの方向を見る。本当に久しぶりだな~。
 球場内は変わっていないな~。と見回す。でも改装されているようだし、座席も床のコンクリートもきれいになったな。

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 既に試合は始まっていた。よって、試合開始前のセレモニーなどは見ていない。まだ両チームとも点が入っていない。0対0だ。
バックスクリーンの裏手に横浜市役所の建物が見えた。↓
つまり、関内駅側。うーん、確かに3塁側の席の方が駅に近いぞ。

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 ↓ 1塁側から3塁のカープ応援席ほ見る。真っ赤に染まっている。壮観だ。
 1塁側の外野のベイスターズの「青」よりも3塁側カープ応援席の「赤」の方が目立つ。赤は人の心を発奮、興奮させるな~。攻撃的になるぞ
 
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 ↓ カープの外野応援席。真っ赤だ。まるで「井伊の赤備え」のようだ。
 
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 ↓ 1塁側のベイスターズ側の外野応援席。赤に比べると目立たない感じがする。落ち着いて見える。
 
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 最近の球場も変わった。以前はスタンドの段々の床面コンクリートは汚れているし。ゴミは散らかっているし。酒くさいし。こぼれた飲食物は、コンクリート床に垂れているし、しかも階段なので流れているし、臭いニオイはするし・・・。「酒くさい・・・・」と書いたが、子供の当時、そのニオイが「酒」とは気づかなかった、思わなかったのだけどね。大人になってから知ったよ。酒のニオイは

 ホームベース、バックネット裏上段の座席の様子。 ↓
 ベイスターズのブルーで埋まっている。バックネット裏の座席は3塁カープ側まで喰いこんでブルーの服の観客で埋まっている。バックネット裏は年間シートもあるのでしょう。

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 チケットに書いてある座席に座る。(実はあとで、間違った席に座っていたことが発覚したのだが・・・・。)試合の状況を把握する。そして、スタンド内を見回す。「おお、いるよ、ビールガール達が。」本当にコスチュームを着て、ビールタンクを背負って、スタンド内を歩いて売っているぞ。
 最近は球場での「ビールガール」も話題になっている。テレビでも紹介されている。実はプロ野球の観戦に久々来た理由のひとつに「ビールガール」の存在もあります
 最近の球場は「おっさんの盛り場」ではなく、女性も楽しめる場所に様変わりしたかな。オレが子供の頃に来たときは、あんちゃんが「ビール、いかがっすか~?」と回っていたよ




平成29年 十五夜 お月見

 今年の旧暦8月15日は、現在の暦で10月4日でした。十五夜が10月になることは、何年に1回はあるようだ。天気予報などでは「今日は、満月ではないが必ずしも十五夜は満月とは限りません。」と言っていた。
 宵の口は、雲がかかってお月様が見えにくい状態。夜半、再び空を見上げると雲が切れて、かなりの夜空が広がっていた。確かに満月ではないな~、と思いながら。ほんの少し欠けているな。
 
 露出がうまくいかないので大した出来栄えの写真ではないが、手持ちのデジカメで撮影した。
 
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 いつのまにか、夏の喧噪が過ぎ日中晴れればお彼岸は過ぎたとはいえ、まだ暑さを感じるが夜の涼しい風が心地よい季節となった。夜空を見上げれば、空気も澄んで、星の光と月光が輝いている。「ああ、月がきれいだ。美しいな」と思わず言葉が出た。
 日々の仕事、生活に追われている自分が何とも情けないような・・・。美しい夜空を見て少しは心が洗われた気がした。



平成29年(2017年) 謹賀新年 「酉年」

 平成29年(2017年) 新年を迎えました。

 今年もよろしくお願いいたします。
  干支にちなんで、「酉」のことなのですが、なかなか酉の画像が無いです。(苦笑)
 干支の「酉」は、私達が見ることが出来る動物では「鶏」なのでしょうが、動物園に行っても、なかなか「鶏」を写真におさめることが無いです。 最近は、子供も大きくなり動物園に行く機会がほぼなくなりましたし
 よって「鳥」の画像をということで、「ミミズク」さんに登場をお願いします。

 ↓ 2014年の6月に「富士花鳥園」で撮影した「ベンガルワシミミズク」です。

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 ということで、生きた「鶏」の画像が無いのですが、模型の「鶏」は撮影できました。
 上野の「国立科学博物館」の日本館のロビーに「尾長鶏」(多分・・・)のはく製?がありました。
 
 ↓ 下の写真は、2016年12月に撮影。「科博・干支シリーズ2017」より。
   毎年干支にちなんだ展示を行っているようです。


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「二、二六事件」に関する講演会 拝聴記4 (善行雑学大学)

「二、二六事件」に関する講演会 拝聴記4 (善行雑学大学)

 今年の2月のことだ。「二、二六事件」に関する講演会に行った。
「回顧80年 2.26事件とは何だったのか」 善行雑学大学 藤沢市の善行公民館での開催。
 講師は中田整一氏。(元NHK職員)
 内容は、講演と中田氏がNHKの現役当時に制作した番組 NHKスペシャル「二、二六事件 消された真実」のビデオ視聴だった。(番組の放送自体は昭和63年2月のことで、今から30年近く前で事件から52年後のこと。)

 実はレジュメにはこの講演で、ほとんど触れなかった資料が付いていた。私は、このほとんど触れられなかった資料に一番興味を持った。それは、事件の青年将校達が死刑を執行された際に立ち会った当時の軍医の回想記であった。しかも、投稿されたのは事件後約60年たってからのことだそうだ。投稿者の元軍医氏は、当時90歳近かったのではないか?。
 中田氏は熊本出身である。「これは、私が高校時代の先生の関係で入手した、地元熊本の郷土史に掲載された回想記です。 このような人がいたとは、私も今まで知らなかった。この方は、99歳くらい(の長寿)で10年くらい前に亡くなられた。元・軍医中佐で戦後は故郷 熊本で開業医をされていた。」と説明があった。

 事件の首謀者とされた者が「非公開の軍法会議にかけられ、多数が死刑になった」ことはよく知られている。が、死刑判決を受けた人は何人だったのか?、死刑執行はいつだったかのか?、どのように行われたのか?は、あまり知られていないのではないか?。

 私も誤解していたのだが、時系列でいうと
 s10.8「 相沢事件」発生。その後、相沢中佐の軍法会議開始。
  s11.2.26 二、二六事件
 までは知っている。
 その後、二、二六事件に関する裁判が開始され「一年間くらい審理された。」と私は思っていた。
 更に私は、二、二六事件に関する軍法会議の途中の
 「s11.7に相沢・元中佐の死刑が執行された。 翌年、盧溝橋事件が勃発し裁判に時間をかける余裕もなくなり、12.7に、二、二六事件の青年将校達の死刑執行」と思っていた。
 しかし、実際はs11.7に相沢・元中佐の死刑執行がされた、わずかその数日後の7月12日に二、二六事件の青年将校達のうち死刑宣告者15名に死刑執行。
 一年おいて、翌年の盧溝橋事件勃発後の「昭和12年」8月に民間人の北一輝、西田税に死刑判決。その数日後に死刑執行。前年7月に死刑判決を受け、執行されていなかった磯部、村中とあわせて、「昭和12年」8月19日に4名が死刑執行と知った・・・・・・。
 昭和12年8月中旬といえば、大陸に戦火が広がっていた時期であり、東京においても在郷の兵士の召集と動員が相次いで「いよいよ戦争だ。」と世情騒然としていたのではないか。
 どうやら、私はいろいろと時系列で混同していたようだ・・・・・・・・・・。

 相沢元中佐と死刑判決を受けた二、二六事件の青年将校達のうち「15名」の死刑執行は、時間の間隔があまりにも短い・・・・。かなり執行を急いだと感じるし、あまりに拙速だ・・・・・。決起を主導した(事件発生当時現役であった)将校達は、とにかく先に死刑にしよう(してしまおう)という軍部中枢の意志が働いていたように感じる・・・・・。

 実は「相沢事件」についてはNHK出版の「歴史への招待」の本が家にあったので子供の頃に読んだことがあった。発行は昭和50年代でかなり古い本だった。二、二六事件についても特集していた号もあった。中田氏は「歴史への招待」の番組制作にもかかわっていたであろう。内容が今回の講演内容やビデオを見た番組とかぶっているし。「歴史への招待」の「 相沢事件」についての特集の章では、当時陸軍省勤務で、今回の中田氏の講演でも名前が挙げられた片倉哀の証言があった。また、。「歴史への招待」では「相沢事件」の発生当時、陸軍省勤務であった有末精三の証言も掲載されていた。
 いつぞやだったか、たまたま図書館で「相沢元中佐の死刑執行」に関する当時の陸軍衛戍刑務所長?の回想記を読んだことがある。元所長?の回想文では「・・・刑務所での死刑執行は初めてであったので、刑場が無かった。・・・・・場所をどこにするか検討した・・・その結果、所内の裏庭かの更地の地面を掘り下げて、執行する場所をつくった・・・・・」という内容であった。屋内での執行ではなく、屋外の刑務所敷地内での銃殺刑であった。
 掲載は「文芸春秋にみる昭和史」かなと記憶していた。講演の後、図書館で改めて読んでみたが、該当の記事は無かった・・・・。記憶違いであったようだ。しかし、インターネットで見た記事では無く何かの書籍で読んだと思う。 

 さて、回想記の筆者はX軍医とする。7月の処刑である。事件が発生したのは冬のこと。対して死刑は夏のこと。事件発生からわずか、4か月半で季節は、冬から春を過ぎて、夏へと変わっていたのだ。
 昭和11年の梅雨明けの日は知る由も無いが、梅雨明けは、まだの、やや蒸し暑い日の朝ではなかったか。
 気象庁のウェブサイトを見ると、梅雨入り、梅雨明けはの日付は昭和26年以降の統計しか掲載されていない。
 恐らく、梅雨明けの前であるから、当日は湿度が高く早朝は曇天であり、せめて薄日が差すくらいではなかったか・・・。日が登る昇るにつれて、雲の合間に夏の青空も幾分か広がったと思う。ただし、朝のうちは、さほど暑くはなく、半袖シャツでは涼しさも感じるくらいではなかったかと想像する。

 以下、X軍医の回想記からの引用である。 ※(    )内は私の感想、注記など。

 当時X軍医は、軍医学校の甲種学生であった。学校に隣接する済生会病院で治療などに当たっていた。
済生会の患者は当時ほとんど無料での診察であった。
 (現在の済生会中央病院は、三田の国際ビルの近くにあるが、以前は戸山にあったのだ。)
 事件勃発当時の様子が書いてあった。
 事件後は、元の勤務に戻り、数か月が経過した後、突然校長から数名が呼び出された。近く、「例の将校」の死刑が執行されるので、戦地勤務がある者ということで執行の立会い命じられた。
 (戦地ということは、満州事変での従軍経験があったのだろう。)
 相沢元中佐の死刑執行のときは軍医学校の軍医は立ち合いをしていないらしい?。「某陸軍病院の衛生兵が担当したが、動転して役に立たなかった・・・。」と(軍医学校の)校長が言った。「今度は、処刑人数が多いし、君たちは戦地勤務があるので・・」と校長が言った。

 執行当日、7月12日の早朝に交通規制の中、自動車で軍医学校から代々木衛戍刑務所まで移動した。刑務所内の刑場は準備が出来ており、地面が5か所、横一列に等間隔をおいて掘り下げされ、その掘り下げられた地面に5個の十字架が等間隔で設置されていた。
 (死刑は銃殺であるので)銃を固定する机が十字架と10メートルくらいの距離をおいて、5個設置されている。銃は執行を受ける者一名につき2丁設置され、銃座が固定されていた。銃は10丁ある。射手は10名。被処刑者一名につき、正として、一人は将校、副として一人は下士官。正射手がまず発砲する。副射手はその予備だった。
 
 (刑務所敷地内の屋外での執行である。果たして執行時刻の天候や気温、湿度はどうだったのか?。)

 隣接する代々木練兵場では、空砲による演習を行い銃殺の音がわからないようにしていた。
 まず最初の被処刑者5名が刑場に来た。宮城を丁寧に遥拝。服装はカーキ色の作業服で、素足に草履。目隠しをされた。両脇を看守にかかえられて、地面を数十センチ?掘り下げたところにある十字架にかけられた。膝は折ってむしろの上に正座し、両手を左右に広げて縛られ、頭部も固定された。眉間に印をつけた。草履はむしろの横に揃えて置かれた。
 (すると、被処刑者が縛りつけられた十字架の高さは130-150センチくらいだったろうか?。)

 そして、概ね揃って「天皇陛下万歳」を叫んだ。安藤だけは「秩父宮殿下万歳」を叫んだと思う。
 (すると、軍医は安藤大尉(事件後、免官されているため、正確には元大尉)を知っていたのだろうか。目隠しをされていたので、いよいよ執行というときには、顔の区別はつかなかった筈だ。目隠しをする前に本人の顔を確認したか、執行後、遺体の処置、検視をする際に安藤大尉と確認して、彼は執行直前に「秩父宮殿下万歳」と叫んでいたな、と認識したのであろうか?。)

 執行の指揮には大尉一名が立った。射手は照準を合わせる。大尉は指揮刀を手に「撃て」の合図で射手は一斉に眉間の印に向けて発射した。同時に、軍医は被執行者の元に飛んで行って、脈拍停止までの時間を計測した。
 (演習の砲声が響いていて、騒々しい中での発砲だったことになる。静寂の中に「撃てー!!」の号令のもと、突如として銃殺の音が響いたのでは無かった。)

 検視と遺体の処置を行った。5名ずつ執行されて、合計15名の執行を行った。遺体は清拭して入棺をした。死体検案書は書いたか覚えていないが、多分書いたと思う。
 (軍医も15名の多数に及んだ死刑執行の場において、極度の緊張状態にあったことが推測される。)
 
 処刑場において、死に臨んだ被執行者の態度は、まことに立派であった。
 勤務を終えて、帰宅する頃には「代々木刑務所に入獄中の・・・・・・15名の死刑執行される」の意味の号外が配られていた。
 
 戦後に二、二六事件に関する映画を見た。死刑執行のシーンを見たが迫力はなかった。特に心理面での迫力が全くなかった。
 処刑された人の名と時刻は、戦後の著書である高橋正衛著「二、二六事件」を引用して記載し、冥福を祈っていた。
 翌年8月の北、西田、磯部、村中の死刑執行は同処刑場にて行われ、死後の処置は軍医学校の同僚学生が当たったと聞いた。
 で回想記は終わっている。(引用終わり。)

 執行当時、被執行者と元々面識がなければ、刑場においても名と顔は一致しなかったろう。執行の順番、時刻も当時は個人として記録する訳にはいかなかったため、X軍医は、執行から数十年後に回想記を書くときは別の著書によったのであろう。

 X軍医は国立国会図書館のサイトで閲覧できる「陸軍将校同相当官実役停年名簿」に名前があった。昭和10年9月1日調べの版によると、所属は某大隊。部隊から、軍医学校に学生として派遣されていたようだ。
 当時の階級は、任官して幾年も経過しない二等軍医かと思ったが、実は一等軍医で大尉相当であった。年齢も事件を主導した大尉の被処刑者達に近かったのではないか?。20歳台後半であったろう。
 銃殺刑執行の指揮をとったのは(兵科の)大尉。X軍医達は、駆け出しの軍医ではなく、処刑場において遺体の処置にあたったのは、皆、一等軍医の階級の軍医学校の甲種学生、ベテランの軍医であったと思われる。

 2016年は事件から80年に当たる。この年の2/26の新聞夕刊などは事件関係者の子孫などによる回想記事も掲載された。死刑は7月に執行れさたが、(2016年7月の)執行から80年に際しては、関連する記事やニュースは私が知る限り報道が無かったと思う。

 NHKの敷地 スタジオパークの入口。↓
 2016年1月撮影。(スタジオパークに行ったときに撮影)
 NHKに中田氏は勤務されていた。事件を主導した青年将校達の死刑が執行された場所は、道路を挟んでその先、下の写真の「NHKくん」のキャラの背中の後方の向かって左手、現在建物が建っている付近。
 当時は陸軍の刑務所(衛戍刑務所)の敷地内だったのだ。

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 昭和11年7月12日早朝、東京 代々木の衛戍刑務所の空に突如として響いた死刑執行の銃殺の発砲音は、翌年から本格的に始まる大戦争への号砲では無かったのか?。
 その1年後、昭和12年7月には、盧溝橋事件が勃発、大陸に多数の兵士を動員・・・・、昭和16年12月には日米開戦。この死刑執行からわずか9年1か月で日本は大戦争に敗れ降伏をしたことになる。
 昭和11年7月12日の死刑執行は15人だった。一度の執行人数としては、かなりの多数だ。しかし、この多数の死刑執行後、日本が降伏するまでの間に一体何人、何万人、何百万人の人命が戦争で失われたのであろうか。あまりの数の多さを思うと言葉を失ってしまう・・・・。


「二、二六事件」に関する講演会 拝聴記3 (善行雑学大学)

「二、二六事件」に関する講演会 拝聴記3 (善行雑学大学)

 今年の2月のことだ。「二、二六事件」に関する講演会に行った。「善行雑学大学」は藤沢市の善行公民館での開催。講師は中田整一氏。(元NHKの職員)
 講演の内容はかなり専門的で、予備知識が無いといきなり聞いても理解することは出来ないくらいのレベルであった。
 
 講演の途中、区切りがついたところで中田氏がNHKの現役当時に制作した番組の映像をスクリーンで投影した。会場の体育館の照明を落として視聴した。

 NHKスペシャルで「二、二六事件 消された真実」という番組のビデオ。なんと放送は昭和63年2月のこと。今から30年近く前のことだ。「2月」に放映ということは二、二六事件の発生した日の近くにあわせて放映したのであろう。
 昭和63年2月の時点で私は学校に通っている少年であった・・・・。当然、当時の私は見たことが無い。初めて見る番組映像だ。
 中田氏は「当時の視聴率は27%だった。当時約2200万人が見たことになる。・・・・」と説明をした。視聴率を述べるあたり、テレビ局の人らしいというか・・・・・。

 事件当時の主任検察官 匂坂法務官(放映当時、既に故人)の自宅に作家 澤地さん(以下「沢地氏」)が訪問する様子。世田谷区内に自宅があり、子息が応対して、軍用行李に納められた事件後の裁判(つまり。軍法会議)資料が示された。いわゆる「匂坂資料」である。講演の中でも触れていた。

 登場している人物の髪型、服装、街の様子なとが随分昔のことに見える。特に沢地氏がコンピュータで匂坂資料をまとめる作業をしている様子は時代を感じる・・・・。沢地氏も随分と若い。
 特にコンピュータの機材、モニターやその画面やキーボードが時代を感じる・・・。たしかに、当時私が通っていた学校にも同じようなコンピュータが設置してあったかな・・・。職員室のある一角の机の上に設置してあった。学年主任などの先生が使用していたのだが。担任の先生がコンピュータを使用しているところは見たことが無かった。「一人一台」パソコンを使用している現在とは隔世の感がある・・・・・。

 番組の内容は主に前半が匂坂資料について、後半は「大臣告示」の時刻についてだったと記憶する。
 なぜ、大臣告示の時刻が重要なのかは、一回この番組を見ただけでは、難しくて理解できない・・・。
 レジュメにも資料のコピーがあったが告示は「下達」と記されている。ビデオの映像の中では、当時の事件関係者も含め「かたつ」と呼んでいる。私は「げたつ」と思ったが誤解だった・・・・。
 レジュメの資料では「・・・・師団司令部二限リ三時保留ス・・・」と午後三時に大臣告示保留したように証言の筆記文書が改ざんされていた。証言をしたのは「陸軍次官の橋本虎之助」と中田氏の説明。まずいと思って、だれがが改変したのだそう。原文は「・・・・師団司令部 ? 限リ一時保留ス・・・」と一時的に保留したという内容に解釈できるが・・・。
 「宮中での軍事参議官会議が昼の12時半からだったので・・・。」「会議の前、午前10時半?の時点で既に、告示の文?原・案が出来ており、電話でその内容が伝えられていた・・・・。文章を作成したのは山下(ほうぶん=奉文)で、電話で山下が先に伝えた??・・・・」というお話だった。(詳細は記憶していない・・・・・。事実関係を誤解しているかも・・・・・。)
 時刻の変更がどれほど重要な意味を持つのか、私には理解が不足している・・・・(苦笑)。

 番組の放映時間は45分弱であった。つまり、現在の特番9時スタートで9時43分頃終了と同じ時間帯の枠だ。
 映像の中のシーンで匂坂法務官に手紙を出していた「坂本大佐」について調べるシーンがあった。偕行社で資料を調べるシーンであった。机に出した資料を見て「東京憲兵隊長 坂本 俊馬」の名前を見つけるシーン。事件当時の憲兵隊長であった。
 「陸軍将校同相当官実役停年名簿」を見ているようだ。現在これは国会図書館のインターネットページで簡単に閲覧できる。(番組放送当時の昭和63年と比べて)隔世の感がある。
 ビデオ映像の最終のシーンに「法廷らしき木造の小屋の内部」の映像があった。説明は無かった(あったけど私が忘れた?)が、どうやら、東京陸軍軍法会議の法廷用の(バラック建築の)再現セットの映像だと確信した。

以下にも、講演内容の内容を箇条書きする。

 ・事件後、帝国議会で秘密会が開催された。陸軍大臣の寺内は「大臣告示は最初から無かった」と回答した。
 秘密会の議事録を公開する法律が、中田氏らが番組制作当時に閲覧請求した際にも無かった。法律が無いので、公開されなかったそう。現在は情報開示法があるので、公開されるそうだ。
・ 最近、マスコミで報道された「クローズアップ現代」について言及があった。
 放送を制限できるかのように間違って放送法が解釈されていた。現在のNHKは以前と比べておかしくなっている。報道の自由が制限される恐れがある。

 マスコミ人らしく、最近話題になった「放送法」の問題を提起して、講演を終わった。最後は二、二六事件の内容と離れてしまったが・・・・。
 予定時間を超過したので、質疑応答の時間は無かった。

 どっと聴衆は帰った。私も帰途についた。少しばかり、図書室を見る。私が子供を連れて通った当時と変わらず、小さい子供達が読書などをしていた。

↓ NHK放送センターの敷地の南の門。一般人にとってはスタジオパークの入口。
  2016年1月撮影。(スタジオパークに行ったときに撮影)

 講演後に中田氏の著書を図書館で見つけて読んだが、(書籍名は番組名と同じ「二、二六事件 消された真実」、出版社はNHK出版又はレジュメにも中田氏の著書として紹介のあった『盗聴二・二六事件』文芸春秋社、だったと思うが失念した・・・・。)
 それらや今回の講演で聞いた話によると東京陸軍軍法会議の法廷は、かつての代々木練兵場の南の一角、現在の場所でいうと、NHK放送センターやNHKホールの南あたりにあったそうだ。すると、写真に写っている場所のどこかにあったことになる・・・。法廷は急ごしらえのバラック建築だったとのこと。

  放送センターの高いビルの手前、~スタジオパークの入口の北付近にあったのだろうか。
   2016年1月管理者撮影。(スタジオパークに行ったときに撮影)

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↓ NHKの敷地の南の門。スタジオパークの入口。奥にNHKホールがある。

 2016年1月撮影。(スタジオパークに行ったときに撮影)
 NHKは中田氏が勤務されていた場所であり、事件を主導した青年将校達の死刑が執行された場所と道路を挟んですぐそばだったのだ。

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 現在の平和な光景からは全く信じることが出来ない・・・・・・・・・・・。

「二、二六事件」に関する講演会 拝聴記2 (善行雑学大学)

「二、二六事件」に関する講演会 拝聴記2 (善行雑学大学)

 今年の2月のことだ。「二、二六事件」に関する講演会を聞きに行った。
 「回顧80年 2.26事件とは何だったのか」 善行雑学大学 藤沢市の善行公民館で開催。
 講師は中田整一氏。(元NHKの職員)

 レジュメに沿って講演が進む。以下、私が聴いた内容を箇条書きの続きです。
※聞き違い、誤解があると思うので、ご承知おき下さい。

・日本画家・堀文子さんの生涯について刊行した中田氏の最新刊の案内。堀さんは女学校当時、二、二六事件を体験した。 (レジュメにも同 書籍の紹介がある。)
 堀さんの自宅は、二、二六事件の当時永田町にあった。事件の期間中はずっと家にいざるを得なかった。
 堀さんの言葉「女とマスコミがしっかりすれば戦争は起こらない」を紹介し、いかにもマスコミ人であった中田氏らしいお話。堀さんは、昨年ノーベル賞を受賞した北里大学の大村博士とも親交があるそうだ。
  
・二、二六事件は軍国化、右傾化の契機となった。言論が統制されていった。
 「事件から9年で日本は戦争に負けて破滅した。たったの9年です。」

 (以下、「事件」は断りが無い限り二、二六事件のことを指す。)  

・司馬遼太郎さんは、この約10年弱の期間を「悪魔の森の時代」と呼んだ。統帥権が濫用された。

・戦前、軍部の発表以外の事件の真相は一切報道されなかった。漏らすことは禁止された。戦後、5年くらいたってから当時の事件関係者、軍の将校、刑務所の看守がもらし始めた。

・NHK(の番組)で発掘した(中田氏らの)スクープが二つある。
 1、事件当時、2/27以降の電話を盗聴した録音盤がNHKに保管されていた。
 2、事件の裁判記録が、当時の法務官の自宅に保管されていた。
 事件に関する番組の放映後、匂坂春平(さきさか しゅんぺい)法務官の子息からNHKに電話があった。

・事件を起こすことを統制派は分かっていた。
 事件が起きたら、それを利用して一気に国家を改造しようとした。
 事件の直前の2/23の会議で憲兵司令官が「2/26には、青年将校達が事を起こす。」と発言していた。

 反クーデター「政治的非常事変勃発に処する対策要綱」を昭和9年1月に作成していた。組閣、世論操作、社会の治安対応策などを決めていた。要綱の策定には片倉哀(ただし)大尉がかかわっていた。
 片倉大尉には、三回インタビューしたことがある。「青年将校達をあおって、事件が起こるようにしていた。今から思うとズルい考えだった。」と話を聞いた。
 片倉大尉は満州事変の当時関東軍の参謀で事変の中心人物だった。「岸を満州に連れて行ったのはワシです。」とも言っていた。岸(信介)は、今の安倍首相のおじいさんで官僚だった人。戦後に首相。
 
・事件は昭和天皇にとってトラウマになった。在位50周年のとき「自分の考えて動いたのは二、二六事件のときと、終戦のときの二回だけだった。」と語られたことがある。「二、二六事件のときの判断は正しかった。」と述べられた。

 この昭和天皇のお話は、平成時代になってから昭和時代を振り返るテレビ番組の特番で映像を私も見た記憶がある。

・クーデター計画は終戦のときもあった。参謀次長の河辺が総長の梅津にもちかけたことが河辺の日記に書いてある。梅津は計画には同意しなかったので実現しなかったが、クーデターの考えは(終戦のときも)あった。

・事件勃発後、戒厳令が敷かれた。2月27日-7/17まで。軍が行政と司法の両方を掌握した。
 事件後に東京陸軍軍法会議を設置した。軍人だけでなく、民間人も一緒に軍法会議で裁いた。首謀者は、北一輝、西田税(にしだ みつぎ)と決めつけ、純真な将校がついていったとした。

・事件で戒厳司令官の香椎、山下奉文らは、事件が成功するように動いた。匂坂資料の中に証拠があった。
 
 やました「ほうぶん」と中田氏は言った。「ともゆき」とは呼ばなかった。

 などの内容だった。
 講演の内容はかなり専門的で、予備知識が無いといきなり聞いても理解することは出来ないくらいのレベルであった。講演の中に登場する事件関係者、当時の軍人などの名前、北一輝、西田税、梅津美治郎、河辺虎四郎、香椎浩平、山下奉文などについては、詳しい説明は無いのである程度その人物について知っていないと講演内容を理解できない。
 
 その後、氏がNHKの現役当時に制作した番組の映像をスクリーンで投影。会場の体育館の照明を落として視聴した。NHKスペシャルで「二、二六事件 消された真実」という番組のビデオだった。

 ↓ 善行雑学大学のレジュメと次回などの講演の案内。

 
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二、二六事件に関する講演会 拝聴記 (善行雑学大学)

今年の2月のことだ。「二、二六事件」に関する講演会を聞きに行った。知ったきっかけは、市の広報誌。告知の記事が小さく掲載されていた。
 事件が起きたのは、今からちょうど80年前の雪の早朝のこと。が、事件を主導した青年将校達が処刑されたのは、その年の7月のこと。丁度今頃の時期なのだ。

 講演会なので写真は無い。
 「善行雑学大学」は地元ではある程度知られている。その詳細はここでは省く。市の広報誌や地域のニュース誌などで開催内容は紹介されている。毎月一回テーマを決めて開催される。テーマの内容は必ずしも歴史関連ではない。だから「雑学大学」なのであろう。会場は藤沢市の善行公民館。市民センターも併設されているので、住民票などが必要なときはここで取得することが可能だ。図書室もある。私は以前この図書室に子供を連れてよく来たものだった。現在では引っ越しをしてしまい、家から遠くなったのでとんと来たことが無い。

 久しぶりに善行公民館にやって来た。資料代を支払い、レジュメを受け取り、受付(氏名を書く)を済まして中に入る。公民館の体育館が会場。パイプイスがたくさん並べてある。200席以上はあるだろうか。開演時間までにほぼ満席となった。来場者の平均年齢であるが・・・・・、高い。平均年齢60以上ではない。70歳前後ではないだろうか。私と同年代かそれ以下は私が見た限り、満席で200人が来場していると仮定して10人もいなかったのではないか?。女性の聴衆もいるが、ほとんど白髪のご婦人だ。子育て世代以下と思われる世代の女性は私が見た限りいなかった。

 講師は中田整一氏。元NHKの職員でプロデューサーとして二、二六事件に関連する番組を制作したがある。レジュメには氏の善行雑学大学での過去の講演実績が記載されており、約10年前から複数回講演されている。テーマは二、二六事件についてが約10年前に一回、その他は別のテーマであった。
 さて開始前に会場の様子をスマホカメラで写真撮影している「おっさん」がいた。が、講演会の会場なので特に私は場内の撮影はしていない。
 中田氏が登場して講演を開始する。講演会の場合は「登壇」という言葉を使うかも知れない。しかし、檀上の演台ではない。市民センターの体育館のフロアなのでフラット。学校の体育館ならば、舞台が必ずあるので、檀上の講演者はよく見えるのだが、平らなので演壇付近は見えない。
 普通の会議机にパイプイスに座り、講演は開始される。うしろの席の人は、講演中の中田氏の姿は見えなかったかも。
 善行雑学大学は講演者(講師)と受講者(生徒)が対等な立場という意味もあるだろう。

 冒頭「二、二六事件は、私の昭和史の原点だった。」と講演が始まった。
 「今年は事件からちょうど80年前。今日からあと×日後の2月26日のことでした。・・・・・」
 「日本で一番、(二、二六)事件の当事者に会ったのはこの私と作家の澤地久枝さんと自負している。・・・・・。」
 とのお話だった。
 

 ↓ NHKの敷地の南端と道路を挟んで渋谷駅側の渋谷区役所などの建物(写真の左)。
  2016年1月撮影。(スタジオパークに行ったときに撮影)

 講演の中で話が中田氏からあったし、レジュメ内の資料でも言及されていたのだが、実は写真左の建物のあるところは戦前は陸軍の刑務所の敷地であり、事件の首謀者達の死刑が執行された場所なのだった。
 撮影したのは講演会の前の月のことだった。このとき、私は中田氏の講演会のことは知らなかった。
 2月に入ってから、たまたま広報誌で開催を知った次第だ。

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 確かに「二、二六事件」の関係者の慰霊像がこの建物の先の一角にある。以前、私も慰霊像の前を通ったことも何回かある。(写真は無い。)

 この講演会の数日後、今年の2月26日のNHKニュースでは慰霊碑の前で「26日は、事件から80年に当たり・・・・朝、慰霊を行った・・・・」と映像入りで放映していた。私がたまたま見たのは朝の出勤前に見たニュースか昼のランチタイムのときに見たニュースであったかも知れない。
 NHKの取材班は、自社(つまりNHK放送センター)から道路を挟んで反対側にある慰霊像の前での取材なので、NHKの取材クルーにとっては極めて取材場所が近かったことになる。
 当日は新聞でも二、二六事件の関係者の子孫の紹介記事があったし、文芸春秋にも(渡辺大将の娘で襲撃の場所に居合わせた)渡辺さん(シスター)のインタヴュー記事が掲載されていた。

「今治焼豚玉子飯のタレ」で「今治焼豚玉子飯」を自宅で。

 
  昨年の夏のことでした。秋葉原のJRの高架下にオープンした「B-1グランプリ食堂」に行きました。
  一番混雑していたのが、「今治焼豚玉子飯」のブースでした。「夏」という季節的な理由もありましたが、人気のある「B級グルメ」であることは確かです。
 それでは「今治焼き鳥」はどうなったのか?、ということになりますが(笑)。私は「焼き鳥の日」8月10日に今治で「焼き鳥」を食べたことがあります(ドヤ顔)。特に、その日に「焼き鳥の日」関連イベントはありませんでしたが・・・。
 最近のある日のこと、「今治焼豚玉子飯のタレ」をかけて自宅にて「焼豚玉子飯」を食べました。焼き豚は妻が自宅で作ってくれたものです。わざわざ自家製の焼き豚を作ってくれる程、この日は(珍しく)ご機嫌がよかったです。特別な日ではありませんでしたが。
 乗っている玉子はふるさと納税で頂いた「兵庫県市川町の玉子」ではありませんが・・・。すでに「すべて」食べてしまいました(笑)。しかし、お米はお礼の品で頂いた「市川町のお米」です

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 実をいいますと「今治焼豚玉子飯のタレ」はどこで買ったのか、忘れてしまいました(苦笑)。秋葉原の「B-1グランプリ食堂」で購入したのか、昨年の8月に大三島(今治市)の道の駅で購入したのか・・・・・・・・・・・??。

 ↓ 写真は昨年7月のオープン時の秋葉原の「B-1グランプリ食堂」の写真です。(既出)

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↓ 秋葉原の「B-1グランプリ食堂」の写真。(既出)
 上の写真とは別の角度から「今治焼豚玉子飯」のブース。「今治・・・・」の黄色いのぼりが見えます。
 

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平成28年 謹賀新年「申年」 良月(りょうげつ)のたび日記

 新年あけましておめでとうございます。
 今年もよろしくお願いします。 

 今年の干支は「申」。干支にちなんで画像を探しました。
 昨年は全然動物園に行っていないので、「申」(猿)の画像を用意していませんでした・・・・。
 そんな中で、高村光雲作の「老猿」です。東京国立博物館の代表的な所蔵作品ですね。昨年ではありませんが、以前の展示期間中に撮影しました。
  
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 実をいうと私がしばらく東京国立博物館の常設展示に行かなかった理由のひとつが、この「老猿」です。十代の生徒時代か学生の頃、行くたびにこの作品が展示されているので「博物館という所は、いつも同じ物を展示しているのだな。何か替わり映えしないな。」と誤解してしばらく足が遠のきました(笑)。トンデモナイ誤解なのだったですけどね。
 高村光雲の作品といえば、昨年は高野山開創1200年記念の特別公開で檀上伽藍の金堂に安置されている「薬師如来像」(木像)の初公開を拝観しました。貴重な機会を得ることができました。今年も貴重な文化財を鑑賞できることを期待しましょう!!。

 そうそう、昨年は旭山動物園を訪れました。園内の「猿山」も撮影したのですが、どこにお猿さんがいるのか判りにくいです。

DSC04016




















 旭山動物園の猿山は園内でも見通しのよい場所にあります。遠くに旭川市街とその先の上川盆地を囲む山々を望むことができました。
 ↓ 左が猿山、遠景が旭川市内の方向。

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謹賀新年 「羊年」

 平成27年(2015年) 新年を迎えました。
 明けましておめでとうございます。
 今年も「良月(りょうげつ)のたび日記」をよろしくお願いします。
  干支にちなんで、「世界の羊さん 大集合」です。(笑)
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 上の写真は、2009年の7月に千葉県のマザー牧場で撮影しました。

タイトル 変更しました。

 本ブログのタイトルを平成26年12月1日をもって変更しました。
「良月の たび日記」と改めました。HTML方式のウェブサイトは、構築に時間がかかりそうなもので・・・。ブログで簡易に制作できればと思います。(笑)
 副題は「神奈川県 湘南地区在住。折口良月(おりぐち りょうげつ)の美術館、博物館めぐり。東京、神奈川、静岡、山梨、長野など関東甲信越や東海地方の行楽、外出。その他国内旅行などお出かけの記録」
と長いです。副題は後日しれ~っと変えるかも知れません。あしからず(笑)。

羽田空港 出迎え

 この3月は、福井、滋賀方面に旅行に行ったのみで、近場への外出もありませんでした。子供達は春休みなので、祖父母(自分かれみれば親)と旅行に行きました。その旅行記はというと、多分無いです。旅行は「新聞にも広告がでていた団体ツアー」。よく広告欄に出ている「春らんまんの〇〇めぐり3日間」とタイトルがついているツアーです。飛行機使用なので、帰りは羽田に迎えに行くことになりました。春休みの土曜日の夜のこと。第一ターミナルに到着とのことで、P1に駐車。連絡通路のある4階、しかも通路の入り口付近にたまたま一台空いていた所にタイミングよく駐車。IMG_0999
 
時刻表にある到着予定時刻の5分前には、1階の到着ロビーにやってきました。しかし、電光表示を見ると遅れているようです。そもそも、時刻表の到着時刻とは、たしか「着陸する時刻」だったと思います。着陸しても羽田の場合、ターミナルに移動するのに10分くらいかかることもあります。






 ターミナルに着いて、蛇腹を付けて、機内では「乗務員はドアーモードをマニュアルにしてください。」とアナウンスが流れるかは忘れましたが、流れても内容が違っていると思いますが、となってから、順番を待って降りて、ターミナルを歩いて移動して、階段を下りて・・・・と更に15分20分はかかります。
 まだ時間がかかりそうなので、出口の近くのベンチに座って備え付けのテレビを見ます。到着客は春休みということもあり、子供も多いです。ウチの下の子と同じような、ピンクのキャラクターもののリユックを背負っている子もいて。
IMG_1001









 まだかなと思い、手荷物がでてくるであろう方面をガラス窓越しに内部を撮影。降機客はまだです。写真の奥が南ウイングの方向。つまり、ターミナルの南側、多摩川河口や川崎港に近いほうなのでしょう。ターミナル内では方向感覚が無くなってしまいますが。

 到着(つまり着陸)も遅れ(電光表示板の時刻でわかる。)、その後数分して、子ども達が搭乗している「〇〇便は到着しました。」というアナウンスが。このアナウンスは、着陸したときではなく、どうやらタラップに着いて飛行機が停止したときに流すようです。ただ、しばらく待ちましたが出てこない。

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人が少ないときに、ベンチからバス停への出口方面を撮影。
各地からの便が到着し、バス停も人が多いです。(写真ではすいているように見えますが。)







 降機客のうしろのほうでやっと子供達はでてきた。手荷物を待っていたら、更に時間がかかり、最初に私が空港に着いたときから、約1時間の後に出発しました。しかも、帰りは重みで車の車体を支えるバネが沈み、発進させたときにクルマ止めのコンクリに、後部排気口の筒をギーっとこする失態のオエケ付き。(爆)

謹賀新年 「馬年」

 平成26年(2014年) 新年を迎えました。
 明けましておめでとうございます。
 今年も「良月(りょうげつ)の 日帰りお出かけ たび日記」をよろしくお願いします。
  干支にちなんで、疾走する「馬」様子です。今年は、駿馬の如く駆け抜けて行きたいと思います。(笑)
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 上の写真は、2012年6月に静岡県の富士サファリパークで撮影した「ポニー」の様子です。
プロフィール

りょうげつ

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