良月(りょうげつ)の たび日記

神奈川県 湘南地区在住。折口良月(おりぐち りょうげつ)の神奈川、東京、静岡、山梨、長野など関東近郊地域への行楽、外出。美術館、博物館めぐり。その他国内旅行などお出かけの記録。

遠征編 関西地方

 

奈良・京都のたび(羽田発~伊丹空港~大阪へ3) 2020年7月(新型コロナ感染症流行下)

 奈良・京都のたび(羽田発~伊丹空港~大阪へ3)  2020年7月(新型コロナ感染症流行下)

 7月22日 祝日、4連休の初日のこと。
 
↓ 「大阪国際空港」 伊丹空港のビル。モノレールの駅より。
 

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 機体の外に出ると、伊丹空港のロビー、搭乗ゲート付近は人が全然いない。出発する飛行機がないためか、乗客が少ないからなのか、いつになく、すいているぞ。 
 出口に急いだ。昨年の11月に来たときと同様に、ビル真ん中まで歩く。遠い~。手荷物は預けていないので、すぐに外に出る。

 
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 ↓ 到着出口のところ。工事の結果、一か所に集約された。
  せっかく、工事して新しくなったのだが、北(主にJAL)と南(主にANA)、二か所に分けてほしいな・・・・。

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 7:44頃、空港ビルの外に出る。自動ドアがウィーンと開いて、外に出るとセミの音が突如として耳に入って来る。凄くうるさいぞ!!。「ミンミン・・・」ではない、「ほえほえ」でもない、「シャンシャンシャンシャン・・・シャカシャカシャカシャカ・・・。」ような音だ。
 神奈川県所在の自宅付近、都内でもこんなにうるさくない・・・。伊丹、豊中付近は、住宅も多いのだろうが、朝からこんなにもセミの音がすごいのか。今、聞こえているセミの音は「ジジジジ・・・・」という、アブラセミの音ではない。関西は、クマゼミのようだ。 
 で、蒸し暑い

 ※数日後のこと。何気なくラジオをきいていると、某コメンテーターがこの季節、東京と関西を行き来していて感じることは「・・・関西と関東はセミの声が違う。大阪のセミは、うるさい。」であるという。「東京のセミは、大阪よりも静かだ・・・・。大阪はクマゼミでうるさい・・・・。」という、そのコメンテーターのコメントによると「温暖化の影響で、クマゼミが関東にも来る。」という。)

 7:52発のモノレールに乗る。おなじみの時刻だが、降機が遅れたり、モタモタしていると間に合わない。普通に歩いて移動していたのでは、間に合わない場合もある。
 現に、同じ飛行機でこの時刻のモノレールに間に合った人は、20-30人くらいではないか?(と、勝手な推測だが、見たところモノレールに乗り込んできたのは、それくらいの人数だった。勿論他の便の乗客もいるであろうが。)。次は、10分後なので、急ぐ場合は、時間をロスしてしまう。
 1駅だけ乗り、改札を出て、乗り換え。阪急線に。
  8:00発 蛍池駅から阪急線の梅田駅行きの急行に乗る。車内の乗客数は、新型コロナ感染症流行下で、外出が少なくなっているとはいえ、いつもの土曜日の朝(この日は、土曜日ではないが、4連休の初日なので土曜日みたいなものだ。)より、やや少ないくらいではないか。座れないので、立っている。
  8:15 阪急梅田駅に到着。
  新幹線で移動した場合、新横浜発6:00の列車は、8:12に新大阪駅に到着。梅田、大阪駅までと考えると、「飛行機の方が、10分くらい早いのかなぁ?。」と来る度に考える。でも「眠いなあ。」。料金的には、早く予約して割引運賃が適用されれば、飛行機の方が(出張・宿泊プランなどパッケージツアーのケースを除く。)安いかな。
  阪急の駅を出て、地下に入るが、間違って御堂筋線の南改札まで、遠回りして歩いてしまった・・・・。久しぶりなので、間違った
 8:22御堂筋線 梅田駅発。なんば駅で降りる。地下鉄の駅から、近鉄の地下駅に、さらに階段を下る。

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 奈良に向かうことにする。

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奈良・京都のたび(羽田発~伊丹空港~大阪へ2) 2020年7月(新型コロナ感染症流行下)

 奈良・京都のたび(羽田発~伊丹空港~大阪へ2)  2020年7月(新型コロナ感染症流行下)
 7月22日 祝日、4連休の初日のこと。

 6:30 羽田発、伊丹空港行きのJAL。機内は、ほぼ満席であるが、ちらほら空席はある。かつては、朝一番の伊丹行きの便は、基本的に満席であったが、今回は空席がある。搭乗率は9割くらいかな。
 機内アナウンスによると「間隔を空けて乗客を座らせる」という措置は、6月中までで、7月以降は通常通りに隣り合って座らせているという。
 

 この日は、雲りで小雨が降っているくらいの天気だった。
 機体整備場を通過し、ずんずん進む。滑走路への橋を渡って機体は進む。いつものD滑走路に。離陸町の飛行機が手前で連なっていることもあるが、本日は、待っている機体が無い。滑走路手前で待つことなく、そのまま滑走路に進入する。コ゜ーっとスピードを上げて、滑走し6:51頃に離陸した。

 曇天なのですぐに雲の中に突っ込んで上昇していく。景色はすぐに見えなくなった。
 水平飛行になると、カートのサービスがあった。しかし、メニューは普段よりも少ない。お茶紙パックの伊藤園 か、紙コップについでサービスしてくれるのは、りんごジュュースのみだ。 パックのお茶をもらう。
 機長(か副操縦士)のアナウンスが早いタイミングであった。ここ3~4か月くらい乗客は激減しているいうが、パイロットの人達は、普段と同じように乗務しているのかは、不明。
 テーブルを出して、いつもならば、コンピニおにぎりを食べるところであるが、今回は買うことができなかった・・・。早起きして眠いので寝る

 今回は、座席を進行方向左側に予約した。つまり、伊丹行きでは、南側の海なとが見えるはずなのだか、窓から見える景色は一面の雲海・・・。離陸から15分-20分もすれば、名古屋・中部国際空港上空に達するはずなのであるが、わからない。
 離陸から35分くらい経過すると、グウーンと降下を開始する。はや、大阪が近づいてきた。雲が薄くなってきて、途切れている合間から地上をみると奈良盆地の上空のようだった。

 ↓ 雲が途切れた。奈良盆地の西側、法隆寺の南のエリアのようだ。

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↓ 奈良盆地から大阪平野に抜ける峡谷。昨年の春に高速道路で通過したなあと思い出す。
  山が迫って、川が流れている。地図で見ると関西本線もぐるっと山地を迂回して通っていますね。

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 更に降下して雲を抜けると、霞んでいるが大阪のコンクリートの街並みがはっきり見える。
 大阪は、曇天ではあるが、降雨はしていないぞ。でも水蒸気がすごいぞ。

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 上空から風景を眺めると、学校などの建物の合間のグラウンドの土の色が目立つ。関東地方の関東ローム層のドス黒いというか、焦げ茶色の地層と違って、関西以西のグラウドなど土が露出している場所は明るい色なので、目立つのだ。
 子供のころ、西日本に旅行したときの感想は「土の色がまぶしいな。」だった。あの頃、抱いた感想は間違っていなかった。「大人になった今もそう思うよ。」と本日、改めて飛行機の窓から大阪の地上を眺めて思った

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 ↓ と、大阪城に。周囲のビルと比較すると小さい。
   「お城がどーんとそびえている」のではなくて、ビルの合間にこじんまりとしている感じ。

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 お城はあっという間に通過して、大川にさしかかる。

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 川の合流点。(2017年4月に訪問した)「藤田美術館はどこかな?。」と探す。今は建て替えで休館中のはずだ。
 写真でも判別できず・・・・。
 造幣局の敷地は、わかった。造幣局の桜並木の通り抜けの道もわかる。傍らの川にかかる橋も覚えている。

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 ↓ 梅田付近と思われるビル群。 拡大。

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 ↓ 梅田付近と思われるビル群。

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 ↓ 梅田付近と思われるビル群を過ぎると淀川。淀川を渡ると、
   新大阪駅の真上を飛ぶのです。よって新大阪駅は撮影できず。

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  今まで、機体の右側の座席のことが多かったので、今回は左側に座るが結局、空港に着陸直前に見えるであろう、例の某学園の目立つ色の建物は不明だった。

 伊丹空港には、7:33頃ランディング。(つまり着陸。)

 そのまま、ターミナルに。機体の外に出ると、伊丹空港のロビーには、搭乗ゲート付近も含めて人が全然いない。出発する飛行機がないためか、乗客が少ないからなのか、いつになく、すいているぞ。 
 出口に急いだ。改修後、ターミナル中央部に出口が集約されたので、すごく歩く。遠い・・・・。


 



奈良・京都のたび(羽田発~伊丹空港~大阪へ 1) 2020年7月(新型コロナ感染症流行下)

 奈良・京都のたび(羽田発~伊丹空港~大阪へ 1)  2020年7月(新型コロナ感染症流行下)

 新章です。 
 おお、何ということであらふ!?。この疫病の流行は!?。100年ぶりともいう、未曾有のパンデミックに私達は直面しているのだよ。(昔風の書き方・・・)
 民間航空機の利用者は激減という。4月から5月にかけて、航空会社のウェブサイトを見るとかなりの便が「運休」となっていた。
 今回の「たび」(以下単に「たび」)を計画した時点では、政府が出した「緊急事態宣言」が解除になって久しい。飛行機の運行本数もかなり戻っている。ただ、運賃の値段はそれほど下がっていないように感じた。
 たびに出ることを決めたのは、比較的出発の直前だったため、片道は割引運賃の利用。帰りはマイルの特典航空券利用とした。行きのマイルの無料航空券であるが、出発予定日はこの時期では異例の4連休の初日のためとあって、羽田、伊丹間の路線は既に満席で予約できなかった。

 後世のため(実は読むのはボクだけだったりして!?。)に、この新型コロナ感染症流行下の旅行の事を早めに記録しておこう。
 最近、気になることがあるのだ。マスコミでは「コロナ禍」という言葉が頻繁に使用されるやうになった。しかし、このプログでボクは「コロナ流行下」と書くことにする。今現在進行している疫病の世界的流行は厄災なのであるが、禍根の「禍」ではないことを信じているよ。ボクは。

 たびは、蒸し暑い梅雨の末期の時季だった。7月の4連休、本当は、オリンピック開催のための連休だったのであるが、オリンピックは無くなってしまった・・・・。今年の梅雨明けは遅い。この日時点でも梅雨明けの気配はなかった
 
↓ 羽田空港でゲートの横から搭乗機を撮影。 機種はB787だったと思う。
  

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 横浜駅を5:34発 羽田空港行きに乗車。乗客は、いつもより、すこし少ないくらいではないか。早朝の時間帯、人の動きが激減している訳ではないようだ。
 5:55駅に羽田空港駅に着く。どっと乗客が降車する。急いで、空港ターミナルに。
 地下のコンビニ(ローソン)で、いつもの通りコンビニおにぎりを買おうととるが、品切れ。補充用商品のカゴは到着して、床から積み上げられているのだが、補充する気配はない。出勤前のCAやGS(グランド スタッフ)と思われる女性や、これから空港に勤務すると思われる人が買いにきている。結局、コンビニおにぎりは買えずに、そのまま出発ロビーに。
 ↓ 羽田空港 ターミナルビル地下のローソンに。でも、この日は、お目当てのおにぎりが・・・・。
 
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 出発ロビー人の多さは、過去に利用した土日祝日の同じ時刻とあまり変わらないような気もするが、やはり少ない。
 6:05保安ゲート前に。ゲートも行列まではしていない。うーん、(人の多さは)4連休の初日としては少ないかも。
 大阪・伊丹空港行きにも空席がある。


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 6:10過ぎに、保安ゲートを通過する。
 搭乗ゲートに歩く。食事できるお店も開いているが、購入して食べる時間まではないかな、と思い買わない。6:20発の沖縄・那覇空港行きのフライトがあるのだが、ゲートのところで乗客が行列している。連休の初日(例年ならば、学校の夏休みに入っている時期だが、今年は何とも言えない。)とあってか、子連れも多い。いかにも、南の海に行きますというラフな格好のおとうちゃんもいる。


 その近くに伊丹行きのゲートも指定されている。すぐに搭乗案内となり、乗り込む。後方の窓側の座席。すでに、隣の通路側の座席には若いにいちゃんが座っていた。
  ↓ 羽田空港 第一ターミナル。12番ゲートから登場。

 
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 6:29には「この機体はドアがしまりました。」と、アナウンスが流れる。続いて「ドアモードをオートマにしてください。」と。定刻よりも1分早い出発となるのかな?

 しかし、機体は動かない・・・・。とにかく、ドアをはよ閉めろというのが、定時出発の極意なのかなあ?。7:39に至り、ようやく動きだす。外は雨が降っている
 機体が動きだすと、やや石油臭いが・・・・。熱が床下から伝わってくる。エンジンが動いているからであろう。と、冷房が強くなった。機内はほぼ満席だ。

 窓から滑走路を見る限り、小雨が降っているかもくらいの天気かな。本日現在、梅雨明けは奄美地方までで 本州以北は、どの地域も梅雨明けはしていないのだ。
 機体は、D滑走路まで走行する。移動するスピードが速い。

 ↓ 機体整備場前を通過。雨が打ちつける・・。

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途中、駐機場がある。多くの機体がとまっている。以前は、ニュースでたくさんの飛行機が停まっている映像が流れたが、以前の報道と比較すると、本日現在では、駐機はずいぶんと解消、改善されて、櫛歯が抜けたように機体が並んでいる。飛行に復帰している機体も多いようだ。


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  ↓ 整備場の南端で、カーブしたところ。うまく撮影できず。

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神戸 住吉・御影付近 散策2 2018年春 大阪・京都桜のたび18 (神戸特別編)

 神戸 住吉・御影付近 散策2 2018年春 大阪・京都桜のたび18 (神戸特別編)

 4/15
 今年も再び、タイトルの如く京都、大阪(及び神戸も)などを旅する機会を得た。
 昨年は、大阪の「造幣局桜の通り抜け」の桜がちょうど見ごろであったので、メインだったかな!?。今年もほぼ同じ時期の旅となった。
 
※ 記事を書いているのは「2019年」のこと。旅行記は「2018年4月当時」のものである。

 阪急電車に乗り、阪急岡本駅に。白鶴美術館を鑑賞、見学にやって来た。一通り見た後、館を出て、御影駅に
徒歩で坂を下ってに向かった。
 阪急御影駅からは、上り坂を15分くらい歩いた。帰りは、下り坂なのでラクチンだ。
 ↓ 途中、水車を発見した。

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  ↓ 白鶴美術館の前からの眺望。
 「どんより」とした、花曇り・・・・。大阪湾上空にも厚い灰色の雨雲が停滞している。

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 大阪湾を望む坂道のソメイヨシノの桜並木は、既に葉桜になっている。
 右の建物が白鶴美術館の別館。

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 ほぼ、往路と同じ道を歩く。途中、別の道も歩いてみようかな、とプラプラする。
 と、神戸市指定文化財「乾家住宅」 があった。ガイドブックにも掲載されている、有名な洋館である。見ると空き家になっているが、隣接して下側の敷地に現代様式の住宅がある。

 門は閉ざされていている。洋館の2階部分はよく見えた。

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 住宅と庭園があるようだ。一般公開はされていない。

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  狭い住宅地の道を歩いて下っていく。高級住宅地の持ち主は、神戸という土地柄、貿易関係などの会社経営、医者などの家だろうか。住宅の表札をみると「孫×」や「陸×」などの苗字などもある。
 
 坂の多い土地。俺は、年をとったら、すめないな・・・。既に膝が痛いので・・・。歩くのが辛い・・・。高級住宅地といっても、昔の洋館ばかりではなく、ほとんどは、現代住宅であるが、空家もちらほらある。
 古くからの住宅地は高齢化も着実に進んでいて、高齢、相続などで居住者不在になるケースは相次いでいるであろう。

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 かつてのお屋敷地らしき土地。分割して、分譲かどうかわからないが、販売している。
 視界が開けて、六甲山の上の方向が見えるかな・・・、と思ったが、中腹から上は厚い雲がかかって、山容を見ることは出来なかった。

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 水車がまわっているところがある。 水路があり、勢いよく、水が下がれている。この付近から下流が酒の産地であると解説がある。有名な「灘の酒」である。酒は灘、「はくつぅーるー・・・」のCMでおなじみの白鶴のお酒の名前を冠した白鶴美術館もここにある訳です。



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 「灘目の水車」と説明にある。
 山田太郎車、次郎車と名付けられている。上流には、もっとたくさんの水車があり、名前がついている。88か所あったという。住吉川の上流から水を引いているそうだ。
 江戸時代から、菜種の油絞り、製粉、酒米の精米などに利用されていたと書いてある。
 上流には、湧水がいくつかある。灘の酒が発達した理由がわかった。六甲山のふもと、花崗岩質の地層から、湧水が湧いているのだ。水はけがよい高層な土地である。御影石の産地で知られることは既に書いた。
 夏目漱石も著書の小説「坊ちゃん」で道後温泉がモデルとなった温泉場で温泉浴槽の石のことを「花崗岩(みかげいし)で磨きあげ・・・・」と書いているし。

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 下りは白鶴美術館から徒歩で10分とすこしで、12:00頃御影駅に着く。再び戻って来た。時刻は、昼になった。御影駅の北口には簡単に食事ができるところがないようだ。御影マンションモールはあるが、テナントで入っているのは本格的な高級レストランのようだ。オレが簡単に入ることができるレストランではない。駐車場には、食事にやって来たと思われる人々が入っていく。高級車やタクシーで乗り付けしている。
 12:02 御影駅発の阪急電車で再び梅田方面に出発した。
 



神戸 住吉・御影付近 散策 2018年春 大阪・京都桜のたび17 (神戸特別編)

 神戸 住吉・御影付近 散策 2018年春 大阪・京都桜のたび17 (神戸特別編)

 4/15
 今年も再び、タイトルの如く京都、大阪(及び神戸も)などを旅する機会を得た。
 昨年は、大阪の「造幣局桜の通り抜け」の桜がちょうど見ごろであったので、メインだったかな!?。今年もほぼ同じ時期の旅となった。
 
※ 記事を書いているのは「2019年」のこと。旅行記は「2018年4月当時」のものである。

 
 梅田駅から阪急電車に乗る。9:50発の阪急の特急電車。次の停車駅、十三駅からたくさん乗ってくるな。乗換駅であるし。
 特急は岡本で降りる。ここで乗り換えて、普通電車で御影駅へ。神戸市内に久しぶりにやって来た。神戸には観光で来たことは無い・・・・。通過することはよくあったし、今でもある。昔、出張で地下鉄で新神戸から地下鉄で移動したことはあったが、阪急で神戸市内入りは初めてだったと思う。


 ↓ 神戸市 白鶴美術館の前から大阪湾、神戸港の方向。

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 ↓ 阪急 御影駅前。
 神戸は山がせまっていて、海も近い。電車も山側から、阪急、JR、阪神と三本も走っている。三本の線路は、歩いて行くことができるほどの距離だ。海と山に挟まれた狭小の土地に三本の電車は、多いのか、少ないのか。

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 駅前も山が迫っている。斜面地だ。折からの雨模様の天候で、雲が凄い。「うわー、雲が低いよ。」と思った。グレーの雨雲。海から湿った空気が上昇気流に乗って、六甲山から下って来た冷たい空気にひやされて、雲が発生している。雲が山の斜面にかかっている。
 付近は住宅地なのに、雲が生まれているよ。マンションのすぐ上の空で雲が生まれているよ

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東の梅田方面。撮影はしていないが、ひところ冬のオリンピックで有名になったゆずる羽神社の大きな看板があった。

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御影の 駅の 山側におりるが、全く美術館の案内もない。住宅地図の表示がない。防犯上の理由だろう。
白鶴美術館へ住宅地を歩く。

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段々、坂の傾斜がきつくなる。高級住宅地であるが、歳を取った後は、歩くのは大変ではないかと思った。車の運転も道が狭いし、斜面がきついし、大変かも・・・。
傾斜地に洒落た住宅が並ぶ。

そして、白鶴美術館の前までやってきた。

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持ってきた地図によると目の前は住吉川である。
急斜面の側だ。川というよりは、滝のようだ。住宅地の合間をすごい斜面で下っている川だ。六甲山から一気に下っているような感じ。

下流は灘の酒で有名な酒どころであろう。

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橋の拡大。↓
沖合には、大型船が浮かんでいる。神戸港というよりは、現在見えているのは、大阪港やその背後の、泉州方面の山々であろう。

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大阪 梅田付近2 (阪急電車で移動と十三駅)  2018年春 大阪・京都桜のたび16

大阪 梅田付近2 (阪急電車で移動と十三駅)  2018年春 大阪・京都桜のたび16

 4/15
 今年も再び、タイトルの如く京都、大阪(及び神戸も)などを旅する機会を得た。
 
※ 記事を書いているのは「2019年」のこと。旅行記は「2018年4月当時」のものである。

  大阪市内梅田。阪急線の梅田駅に。神戸に向かう。
  大阪の人にとっては、ごく当たり前の風景だが、行き止まり式の大きな駅だ。関東近辺でここまで、大きな行き止まり式の私鉄の駅は無いのではないか。あっ、小田急の新宿駅や東武線の浅草駅があるか。でも梅田よりもホームの数は少ない。西武新宿駅が近い規模かな・・・・??。

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 大阪との東西文化論で違うのが、エスカレータの乗り方。本当はエスカレータは停まって乗るものであり、急いでいても歩くことは禁止というが、大阪では左を開ける。つまり右寄せ。ホントに関東と真逆だ。
 しかし、同じ関西でも京都では主に関東と同じで、左よりの右空けだ。

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 どうやら、大阪都市圏でも京都は東京エスカレータ習慣圏。その他は、神戸も含めて大阪エスカレータ習慣圏?。

 最初は、阪急線で御影駅へ。白鶴美術館に向かった。帰りも阪急線に乗る。御影駅発。途中、下車して辰馬考古館に行こうかと迷う。普通で岡本駅を通過。しかし、特急には乗り換えしない。夙川で降りる。ホームでまつ。別の路線のホームが山側にある。別の路線があるようだ。若い人が多く乗り降りしている。時間の関係で、辰馬考古館やめて、またの機会にすることに・・・・。待つこと二、三分して12:10の特急、梅田行きがくる。
 でも、梅田まで行かない。十三駅で降りる。京都線に乗り換えをするべく、別のホームに移って待つ。先に準急が出る。普通が次。その次に河原町行の特急が来たので、乗車した。

 十三駅で降りて、京都線に乗り換え。
 ↓ ちょうど列車が入って来た。


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 一旦、十三駅で乗り換えとはまさに「要衝」ですね。阪急の。宝塚も神戸も京都もここ十三<じゅうそう>だ。


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と、ラッピンク゛電車が。
と「宝塚歌劇団」をテーマにしたと思われるラッピング車両が反対ホームにやって来た。
「阪急東宝グループ」ですからね。

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 列車は走り出す。別の車両には、美しい花?の絵がかいてあるが、うまく撮影できなかった。

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 阪急電車の特急で京都へ。地下鉄に乗り換えして、鞍馬口駅に向かった。

大阪 梅田付近1 (喫茶店 モーニングで朝食)  2018年春 大阪・京都桜のたび15

大阪 梅田付近1 (喫茶店 モーニングで朝食)  2018年春 大阪・京都桜のたび15

 4/16
 今年も再び、タイトルの如く京都、大阪(及び神戸も)などを旅する機会を得た。
 昨年は、大阪の「造幣局桜の通り抜け」の桜がちょうど見ごろであったので、メインだったかな!?。今年もほぼ同じ時期の旅となった。 
※ 記事を書いているのは「2019年」のこと。旅行記は「2018年4月当時」のものである。

  大阪市内中心部、梅田にやってきた。本日は、あいにくの曇り、雨模様。神戸方面に行ってをみることにした。
 この日は日曜日なので、サラリーマンなどスーツ姿の人は少ないな・・・、と思いつつ、梅田駅周辺でどこか食事ができるところは無いかな、と探す。なんやかんやで、前日から今朝方まで爆睡したため、宿を出た時刻は9時近くになってしまった。昨日は朝早く出て飛行機に乗ったので眠いは・・・・・・・・・、昨日は歩き疲れるはで全身が疲労しいるは・・・・・。
 名古屋名物、モーニングがあるなら、大阪もあるやろ、ということでモーニングができる喫茶店を探した。
 大阪の方ならば、知っているという人も多いが、阪急の梅田かJR大阪駅の接続口の地下か場所は忘れたが、モーニングサービスのある喫茶店があった。

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 神奈川のように分煙が徹底されていないので、タバコがすごい。子連れではコレないな。隣の席は、50歳位の女性二人だった。姉妹のようである。一人は物凄く体格がよい。一人も体格がよい。二人ともタバコを次々に数ので、オレの服もかなりタバコ臭がついたな・・・・。

 雨がふっているため、傘がかけてある。

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 500円でコーヒー+トースト+サラダ+玉子付であった。コーヒーのおかわりは出来ない。

 他にも同様な店がないかな、と少し探した。「西日本ならあるやろ。」と勝手に仮説を立てたのだ。しかし、ここは名古屋ではない。大阪だ。モーニング付のサービスを提供する喫茶店は無いようだ。
 大阪には「ナゴヤの喫茶店文化は無い。名古屋を中心とする地域の独自の文化である。」と(勝手に)結論付けた。えっと、「ナゴヤ」はアクセントが「ナ」にはない。平たく、むしろ語尾が下がる感じのアクセントで「ナゴヤ↓」

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 梅田駅周辺は朝から混雑している。阪急線の梅田駅に向かった。

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造幣局桜の通り抜け 夜間見学⑤(最終) 2018年春 大阪・京都桜のたび16

 造幣局桜の通り抜け 夜間見学⑤(最終) 2018年春 大阪・京都桜のたび16

 今年も再び、タイトルの如く京都、大阪(及び神戸も)などを旅する機会を得た。
 ※ 記事を書いているのは「2019年」のこと。旅行記は「2018年4月当時」のものである。



 昨年は「造幣局桜の通り抜け」の桜が見ごろの時期の訪問であった。昨年と比較すると、今年2018年の見ごろの時期は早かったので、私が訪問したこの日は、花見のピーク、見ごろは過ぎていたかも・・・・。

 21時の閉門も近づいて来たためか、人出は少なくなってきた。雨の中、警備員が「まもなく、閉門時間となります。」と声をあげている。
 写真の左、柵の外は、造幣局の敷地の外である。歩いて来た方向を振り返り、門の外に出ることにした。
 門の外は、川沿いの遊歩道である。遊歩道では露店の電灯がこうこうときらめいている。
 
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 門を出た後、造幣局の敷地内部を見る。少し、高台ととうか、石垣の上に柵がある。
 普段は、造幣局の敷地には入れないのである。桜の通り抜けの数日間だけ、行き来できるということか。


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 さて、大川沿いに歩いてモドる。露店もそろそろ店しまいのところも。

 雨が会って、地面は舗装されていないところもあり、ぬかるんでいる。遊歩道の路面の舗装も所によっては、水たまりがあって、ぐちゃぐちゃ。ゴミも落ちているし。水たまりの水も汚れている。食べ物の捨てたにおいというのか、かなり臭う。

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 造幣局の敷地内部を見上げる。閉門時刻を過ぎ、人の通りも無いようだ。

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 天満橋に戻った。川沿いの遊歩道の露店の様子と造幣局の敷地内を振り返る。
 電飾に葉桜が浮かびあがっている。
 灯りが水面でゆらゆらと揺れている。

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 拡大。大川の上流、藤田美術館や藤田邸跡の公園、川の合流点の方向。

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 拡大。

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 あいかわらず、雨はふっている。
 再び天満橋を渡って、駅に戻った。


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 天満橋駅から地下鉄に乗り、宿に向った。
 (おしまい)

造幣局桜の通り抜け 夜間見学④ 2018年春 大阪・京都桜のたび15

 造幣局桜の通り抜け 夜間見学④ 2018年春 大阪・京都桜のたび15

 今年も再び、タイトルの如く京都、大阪(及び神戸も)などを旅する機会を得た。
 ※ 記事を書いているのは「2019年」のこと。旅行記は「2018年4月当時」のものである。



 昨年は「造幣局桜の通り抜け」の桜が見ごろの時期の訪問であった。昨年と比較すると、今年2018年の見ごろの時期は早かったので、私が訪問したこの日は、花見のピーク、見ごろは過ぎていたかも・・・・。

 コイン販売などのテントが出ている付近。雨が強いのであるが、テント内ではしのぐことができる。閉門時間の21時も近づいて来たためか、人出は少なくなってきた。

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 造幣局の資料館(貨幣博物館)の前を通過し、北に。真っ直ぐ行くと、北門の出口。右に曲がると公園降り口、大川沿いの公園に出る。
 

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↓ ぼんぼりに浮かぶ夜桜。

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 目にとまったのが、奈良の八重桜。
 昨年も見た記憶があるが「いにしえの 奈良の都の八重桜・・・・・」の××集??所収の和歌を思い出した、というよりも説明看板に書いてある・・・。
 花は淡紅色で開花が進むと白色になるという。
 

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 奈良の八重桜と種類は違うが、たわわになった八重桜の並木の下を更に進む。寒い。花冷えというか、早春の冷たい雨に打たれるという感覚。
 

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 ↓ うーん、これは奈良の八重桜??。淡いビンクで他の八重桜よりも花は白色である。


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 旧正門の所までやって来た。
 昨年、昼間に来たときはごった返していた。なぜ、ひとがたくさんいる真ん中で門と守衛所のような建物が真ん中にあるのかと思ったものだ(苦笑)。
 ↓ カメラのレンズにも雨の水滴がつく。

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「明治150年記念」の関連として「国指定史跡」の看板が設置されていた。
造幣局旧正門。「創業当時の正門」と解説に書いてある。

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門を出て、すぐのところが撮影。「造幣局旧正門」と石柱が立っている。守衛所の建物がふたつある。真ん中に開放された門扉。


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出口のところ。北門ではなく、川沿いの遊歩道を歩いて、天満橋駅へ戻ることにした。
来た門からでると、駅まで結構遠い。
と、門の横には、新しい桜の木がある。

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 「松前八重寿」の看板。
 「八重桜」ではなく交配させて創った品種のようだ。木は小さいが、桜の花は大きく、ピンク色で目立った。
説明によると「・・・・花弁の数は13から20枚」とある。花弁の数が多いので、花が大きく立派に見えるのであろう。

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「造幣局桜の通り抜け」の通って来た通路を振り返る。
ぼんぼりに照らされる桜並木とお別れする。
また来る日まで。

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造幣局桜の通り抜け 夜間見学③(及び明治150年記念「長州五傑」の紹介展示) 2018年春 大阪・京都桜のたび14

 造幣局桜の通り抜け 夜間見学③(及び明治150年記念「長州五傑」の紹介展示) 2018年春 大阪・京都桜のたび14

 今年も再び、タイトルの如く京都、大阪(及び神戸も)などを旅する機会を得た。
 ※ 記事を書いているのは「2019年」のこと。旅行記は「2018年4月当時」のものである。


 天満橋駅で降車して地上へ。
 昨年は「造幣局桜の通り抜け」の桜が見ごろの時期の訪問であった。昨年と比較すると、今年2018年の見ごろの時期は早かったので、私が訪問したこの日は、花見のピーク、見ごろは過ぎていたかも・・・・。
 
 ↓コイン販売などのテントが出ている付近。
 雨が強いのであるが、テント内ではしのぐことができる。閉門時間も近づいて来たためか、人出は少なくなってきた。

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 テントに近づいてみる。テント内に「明治150年」の記念展示があった。造幣局の設置の経緯、歴史などについての展示であった。
 長州出身の政治家、「長州五傑」長州ファイブの肖像写真の展示がある。伊藤博文とあと・・・、井上馨と・・・、忘れた・・・・。長州の政治家の写真。江戸時代の末期、英国に留学した5人の長州人の紹介である。
 他は井上勝、山尾庸三、遠藤謹助である。
 特に「遠藤謹助」はここ大阪の造幣局長を長く務め、現在まで続いているこの「桜の通り抜け」の発案者ということが紹介されているため、「遠藤謹助」を中心に長州ファイブと明治時代初期の造幣局と関係人物の紹介であった。
 欧州視察を経て、大阪の地に近代国家の硬貨を鋳造すべく造幣所を設置することになったというような、解説は、資料館内でのものであり、ここでは5人の初期留学生に焦点をあたて写真パネル展示のみだったかな?。

 伊藤博文は6代「造幣頭」と書いているので、造幣局の責任者だったことが分かった。のちに初代総理大臣になっているので、貨幣を握る者は、国家権力を握る、ということなのかな?。アッチの方面といい、公私ともに色々と活躍されていますね。いやー、希代の人物だよ。

 
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 井上勝は、「鉄道の父の父と呼ばれた」と紹介されている。小岩井乳業の「井」は井上勝ですよね。三菱財閥、東洋文庫の岩崎家とも密接な関係があったのではないか?。
 山尾庸三は、「日本工学会の父と呼ばれた」と紹介されている。
  

 明治時代の大阪の大川のほとり、かつての津藩藤堂家屋敷跡に開設された造幣局の建物と煙突などの写真。川の対岸から撮影したと思われる写真も。
 創設当時の人々の写真の説明も掲示されている。煙突は当時の発電所という。
 遠藤謹助は、集合写真の前列左から二番目の人物と解説がある。お雇い外国人も含めた造幣局、大阪での創業当時の人々の集合写真であった。


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 テントの端のパネル。
 三人いる人物のうちの金色のレリーフ、右側の人物は五代友厚である。
 例の「朝ドラ」でも大変有名になった人だ。

 上の人物は加納夏雄。んん、写真で見る限りヤサ男だな。1円金貨などをデザインした人物として知られる。解説によると明治2年に「帝室御用」となり、「明治天皇の御太刀の装具を彫刻した。」そうだ。「新貨幣の意匠の作成、鋳造、極印製造に携わった。」とかいてある。

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 写真下の人物はウィリアム・ガウランド。明治5年から16年間にわたり造幣局に勤務したと書いてある。
 いわゆるお雇い外国人ですね。

  造幣局の資料館(貨幣博物館)の前を通過。閉鎖されている。
  更に雨が強くなってきた。


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 貨幣博物館の前から、歩いてきた通路を振り返る。
 遠くに大阪の中之島??付近の高層ビルのネオンが見える。 

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造幣局桜の通り抜け 夜間見学② 2018年春 大阪・京都桜のたび13

 造幣局桜の通り抜け 夜間見学② 2018年春 大阪・京都桜のたび13

 今年も再び、タイトルの如く京都、大阪(及び神戸も)などを旅する機会を得た。
 ※ 記事を書いているのは「2019年」のこと。旅行記は「2018年4月当時」のものである。


 天満橋駅で降車して地上へ。
 昨年は「造幣局桜の通り抜け」の桜が見ごろの時期の訪問であった。昨年と比較すると、今年2018年の見ごろの時期は早かったので、私が訪問したこの日は、花見のピーク、見ごろは過ぎていたかも・・・・。
 
 笹部桜 かなり散っている・・・・・。

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 桜の花が美しく咲いていると思われる地点で撮影したが、あとでこうして見るとイマイチのところも。


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 桜並木の合間、植え込みが途切れて、通路になっている場所から。
 花の下に入ることが出来るので、美しく撮影できる。
 閉門時間も近づいて来たためか、人出は少なくなってきた。

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 「今年の花」である「大提灯」

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  「今年の花である大提灯」にちなんで、「大提灯」の花のデザインが刻まれた(ここ造幣局で製作の)記念の硬貨セットとメダルを販売していると説明にある。つまり、「今年の花」は事前に選定して、それにあわせて、デザインを刻んだ記念硬貨とメダルを販売するのが恒例のようだ。
 大提灯の花もかなり、散って葉桜になりつつある。
 植え込みの向こう側、柵の里は造幣局の宿舎(民間企業でいう社宅)のようだ。自分の部屋から、今年の花「大提灯」の大きくたわわになった花を鑑賞できるとはなんとも贅沢だ。

 職員宿舎の脇、途中退出することができる「途中おかえり道」の看板を過ぎて、更に歩く。
「途中おかえり道」は職員宿舎の脇から造幣局の建物の間の広場、駐車場のようなところを抜けて、道路に繋がっている。

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 昨年も撮影したかも知れないが「楊貴妃」と名付けられている木。夜空の下、妖艶に咲いている。
 淡いピンク色である。楊貴妃のように天下壮絶の美しさという意味であろうか。

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造幣局桜の通り抜け 夜間見学① 2018年春 大阪・京都桜のたび12

 造幣局桜の通り抜け 夜間見学① 2018年春 大阪・京都桜のたび12

 今年も再び、タイトルの如く京都、大阪(及び神戸も)などを旅する機会を得た。
 ※ 記事を書いているのは「2019年」のこと。旅行記は「2018年4月当時」のものである。

  4/14(土曜)京都から京阪電鉄で大阪市内に戻ってきた。エレガントカー連結の特急があったので、七条駅から乗車した。 最初は座れないが、途中から座り、爆睡した。
 大阪の手前で目が覚めた。車窓から大川沿いの桜の通り抜けのぼんぼりの灯りが見える。

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 天満橋駅で降車して地上へ。地下道の人はあまり多くない。案内に従って進む。昨年(2017年)も同じ道を歩いて見に行った。
 
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 周辺地図。
 大坂城からも近い。
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 昨年は「造幣局桜の通り抜け」の桜が見ごろの時期の訪問であった。昨年と比較すると、今年2018年の見ごろの時期は早かったので、私が訪問したこの日は、花見のピーク、見ごろは過ぎていたかも・・・・。
 桜の通り抜けに向かうべく、天満橋を渡って対岸へ。橋がライトアップされている。
 
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 桜通り抜けの並木道、造幣局の門の手前。川側には屋台が軒を連ねている。通り過ぎて歩く。
 雨が強くなってきた。
 

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 葉桜も多かったが、花が残っている 八重桜を撮影。↓
 4月もなかば、なのでかなり散っている。 


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 通り抜けと対岸を結ぶ、橋。随分とトイレがきれいに整備されている。

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 門の付近は、人が多いので、撮影しなかった。
 造幣局の門を入ったところ。コイン販売などのテントが出ている付近だ。
 桜の花びらが、たわわになって、雨に濡れて、こうべを垂れている。春の風雨に打たれる夜桜、風情があるな~。


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百舌鳥・古市古墳群「古市エリア」へ⑥ 誉田八幡宮 国宝 拝観続編 2018年春 大阪・京都桜のたび11

百舌鳥・古市古墳群「古市エリア」へ⑥ 誉田八幡宮 国宝 拝観続編 2018年春 大阪・京都桜のたび11

 今年も再び、タイトルの如く京都、大阪(及び神戸も)などを旅する機会を得た。
 ※ 記事を書いているのは「2019年」のこと。旅行記は「2018年4月当時」のものである。
 
 応神天皇陵古墳の南に鎮座している誉田八幡宮(こんだはちまんぐう)にやって来た。土曜日午後。境内にある拝観庫の鍵を開けて頂き、国宝などの収蔵文化財を拝観する。
 (「誉」は本来旧字体であるが、便宜上「誉」を使用する。)


   国宝の神輿の画像。「放生橋」の横にあった告知版の写真を拡大撮影した。
宝物の画像は、同八幡宮のサイトに掲載されている。(リンクは貼らない。)

  塵地螺鈿金銅装神輿(ちり じらでん こんどう そう しんよ) 1基 


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 壁に寄せて安置してあるので、正面と横面は見えるが、反対面は見えない。屋根やその上の鳳凰は金属製である。神輿の布のうえには、円形(実際は八角形)の鏡の装飾が吊り下げられている。神輿の屋根の四隅にも装飾を吊り下げている。
 螺鈿細工がなさめている。本当に細かい装飾というか、金工細工がされている。文化財の指定名称のように金銅製なので、やや黒ずんでくすんで見えるのであろうか。

 入り口のところに待機してる若い職員氏に聞く。「9月15日の大祭では、この神輿が応神天皇陵古墳の橋を渡って、敷地内に入るのですか?。」と。さすがに国宝の神輿は、使用せず、今は別の神輿を使用しているそう。現在使用する「橋を渡御する神輿」は、別の保管庫に保管しているそうだ。
が渡ることを「渡御」と書いてある。国宝の神輿を実際に使用していたのは「江戸時代かそれよりも前?」かずっと 「源頼朝が奉納した神輿」ということだった。八幡宮のパンフにも書いてあるが、この付近はかつての河内国(かわちのくに)で、河内源氏が拠点とした場所。よって、河内源氏に連なる(多田源氏だったかな?。)頼朝が奉納したのだろう。とにかく、源氏の故地ということで。

 重文の螺鈿の鞍もあった。昨年、京都の国立博物館の特別展「国宝」で見た、永青文庫の国宝 鞍に似ているような。
 入口に近いガラスケース内にもう一つの国宝の展示があった。金銅透彫鞍金具(こんどうすかしぼりくらかなぐ) 2具。
 うち、ひとつは京都の国立博物館の特別展「国宝」で展示されていたので、見た。普段は、このガラスケース内に保管されているのね。と妙に納得。ガラスケースは、博物館のように大がかりで頑丈そうなものではなく、ここでは簡単に持ち運びできそうな、ショーケースのようなもの。神社などが自力で国宝、重文など指定文化財を保管していくのは、大変なのだなと思った。国宝といえども神社の所有物だし、それを永年にわたって保管、維持していくのは並大抵では無い。火災や盗難の恐れもあるし。

  金銅透彫鞍金具などは、隣接する応神天皇陵 陪塚丸山古墳から発掘されたものであった。錆びたような鉄製の出土品の展示もあった。説明によると「鹿角装刀残闕、鉄鏃、鎧等残闕」というらしい。じっと見入っていると職員氏は「これは、隣の応神天皇陵から発掘されたもの(で、誉田八幡宮に伝わっているもの)です。」と説明をしてくださった。
 「きぬがさ形 木製品」もいくつか展示してあった。「応神天皇陵周濠出土 古墳時代」である。
 貸切状態で、一通りの拝観を終えた。靴をはいて外に出て、階段を下る。

 誉田八幡宮の拝観庫の様子。
(付き添いの職員の許可を得て撮影。)
↓ 

 
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見学を終えて、退出。扉を閉める前に、「撮影してもいいですか。」と確認し、開いているところを撮影。
扉の内側には、ちゃんと「宝物拝観 拝観料400円」と書いてある。扉の外側には一切表示は無いので、わからなかった・・・・。
「ありがとうございました。」とお礼を述べて、辞去する。お陰様で貸切拝観できました
職員氏は、扉を閉めて、鍵をガチヤガチャとかける。次の団体客が来たときに、再び開扉するのであろう。


↓ 誉田八幡宮の南門をくぐって、退出した。


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 境内の南側。壁の内側に拝観庫があった。
 舗装されていない、道路のような空地が門の外、壁に沿ってあった。地面が白っぽい土なので「西日本」とわかる。関東と関西や西日本は土の色が違うのだ。ドス茶色や黒っぽい、関東土(このような言葉があるか不明だが)を見慣れた人は違和感があるかもしれない。
 よって、春から夏にかけての晴れた日は、土が反射して明るく、時には反射して眩しく見えるのだ。
 
 

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近鉄古市駅に向かって歩いた。
(おしまい。)

百舌鳥・古市古墳群「古市エリア」へ⑤ 誉田八幡宮 国宝 拝観 2018年春 大阪・京都桜のたび10

百舌鳥・古市古墳群「古市エリア」へ⑤ 誉田八幡宮 国宝 拝観 2018年春 大阪・京都桜のたび10

 今年も再び、タイトルの如く京都、大阪(及び神戸も)などを旅する機会を得た。
 ※ 記事を書いているのは「2019年」のこと。旅行記は「2018年4月当時」のものである。
  (「誉」は本来旧字体であるが、便宜上「誉」を使用する。)


 「応神天皇陵古墳」と誉田八幡宮は、丸い石橋、放生橋で繋がっいた。応神天皇陵古墳の南に誉田八幡宮は鎮座しているのだ。境内は、ほぼ東西に細長く伸びており、ほぼ南北にある前方後円墳の形式の同古墳の南の一角を占めている。周囲は宅地化が著しい。

 国宝の拝観情報は、ウェブサイトで事前に調べた。しかし、個人の作成と思われるサイトには、拝観時間帯が土曜日の13時から16時と書いてあったりする。八幡宮の運営するサイトや羽曳野市の観光サイトには、一切時間については書いていないので、詳細は分からない。
 (いずれも、私がも見た限りであるが。)
 八幡宮の拝殿にお札所というか、お守りを販売している窓口があった。「国宝は拝観できるのですか?。」と聞いてみた。すると、窓口にいた人は「はい。えー、今日は出来ますよ。」と言った。やはり、土曜日のみのようだ。その旨は、書いてないので、わからない・・・・。
 「このあと、団体が来ることになっているので、少し待っていただければ一緒に案内しますけど大丈夫ですか?。」と聞かれ私は「はい。」と答える。「案内は出していないが、やはり見に来る人はいるんだ。」と思った。
 しかし、すぐに「やっぱり、先に案内しましょう。いいですよ。」と言われる。先に案内していただけることになった。
 400円の料金を支払い、神社の案内パンフレットを貰う。すると、「今、鍵をとってくるので待っていて下さい。」と言われて、拝殿の近くで待機。待っているあいだ、お札所付近の掲示物などを見たが(拝観庫の国宝の拝観案内は)書いていなかったと思う。
 カギを持って、その方が戻って来た。大きな鉄製のカギである。私服姿の若い男性。学生くらいの年齢。神職の息子さんではないかな、と思った。
 こちらですと、男性のあとについて境内を歩く。「どちらから、いらしたのですか?。」と聞かれる。私は「神奈川県からです。」と答える。言葉のアクセントで関西人ではないことは、すぐに分かるのであろう。
 完全な「関東弁」なので。ボクは。
 すると、案内されたのは、先程見たトイレのそばの拝観庫であった。鍵を開けている間、外で待つ。


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 鉄の頑丈な扉が開いた。内部には、収蔵品がある。
 てっきり、高床式の納蔵庫かと思ったが、違った。くつを脱いであがるようになっている。拝観する人は他にはいない。しかし、時折拝観に人が来るようだ。この日も団体がもうすぐ来ると言っていたし。申し出すれば、決まった日に拝観は可能なようだ。看視用のイスも内部に設置してある。
 拝観庫内は、1室のみで天井が高い。入って、目の前に大きな、山車のような車がある。「だんじり」でそう。昔は、使用していたが、今は使用していなくて、ここに保管しているのだそう。
 だんじりの装飾はほとんど外してあるようだ。車輪と持ち手と台がある。だんじり、そのものは特に文化財指定は無い。
 室内を反時計まわりに見ていく。入って、向かって右手の壁から見る。ガラスケース内には重要文化財「誉田宗廟縁起」が展示してあった。複製と書いてあったと思う・・・・・。解説によると年代は「室町時代」と書いてあった。神社(八幡宮)のお祭りの場面などのページが開いてあった。展示品がオリジナルであったか、複製であったかは、忘れた。壁には、パネル複製で縁起絵巻の場面が展示してあり、パネル解説があったかな?。 壁には八幡宮の解説の年表も展示されていた。たしか、この重文の現物は、2013年の東博「大神社展」では、展示されたと思う。
 ここから、持ちだして、貸し出しして、東京に輸送して、博物館に展示されたと思うと、感無量です。
 次いで見て行く。壁面には、重要文化財のお面の展示がある。「舞楽面」の陵王、陵王。男性職員のお話では、祭礼のときにお面(重文指定の面をつけるのかは、聞かなかったが)をつけて舞楽を奉納するそう。
 拝観庫の左端に国宝の神輿があった。
 見ている間は、シーンとしている。職員の若い男性は入口のところに立って待機している。扉は開け放したままである。外気に触れている。
 

 
  国宝の神輿の画像。「放生橋」の横にあった告知版の写真を拡大撮影した。

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 告知板。(前掲) 「放生橋」と国宝の神輿と秋季大祭の説明が書いてある。
 
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 「9月15日の大祭では、神輿が応神天皇陵古墳の橋を渡って、古墳の敷地内に入る・・・・。」と先に見た説明には書いてあった。」橋を神輿が渡ることを「渡御」と書いていた。待機している若い職員氏には、さすがに「とぎょは・・・・。」と知ったかぶっては聞いていない。・・・・・

誉田八幡宮の拝観庫の様子。
(付き添いの職員の許可を得て撮影。)
↓ 
 
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百舌鳥・古市古墳群「古市エリア」へ④ 誉田八幡宮 参拝 2018年春 大阪・京都桜のたび9

百舌鳥・古市古墳群「古市エリア」へ④ 誉田八幡宮 参拝 2018年春 大阪・京都桜のたび9

 今年も再び、タイトルの如く京都、大阪(及び神戸も)などを旅する機会を得た。
 ※ 記事を書いているのは「2019年」のこと。旅行記は「2018年4月当時」のものである。
 
 2019年5月 百舌鳥・古市(もず・ふるいち)古墳群が、世界遺産に登録されることが、確実なった。

 その「古市エリア」にある、応神天皇陵古墳に行った。同古墳の周囲をぐるりと歩いて誉田八幡宮(こんだはちまんぐう)の敷地に入った。
  (「誉」は本来旧字体であるが、便宜上「誉」を使用する。)

 同古墳と八幡宮との間には、「放生橋」の説明板が設置してあるった。放生川という川が陵墓と八幡宮の間にあり。古来からは同古墳と八幡宮が密接な関係にあったことがわかった。
 毎年、9月15日には八幡宮の大祭が行われ、八幡宮の神輿が応神天皇陵古墳の橋を渡って、敷地内に入るのだそうだ。橋を神輿が渡ることを「渡御」(とぎょ)と説明板には書いてあった。

 誉田八幡宮の境内地を歩いて、国宝の公開場所を探す。特に告知は出ていないし、案内看板も無いようだ。
 境内から一般道に出たところ、道路を挟んで別の場所には、高床式のコンクリート造の収蔵庫がある。鍵は固く閉ざされていて人はいない。周囲は、鉄柵が設置されていて、厳重である。というか、草刈などの掃除をしている人はいる。「ここに国宝があるのかな。」と思ったが、公開している様子は無かった。
 現在では、境内は細いながらも公道が通っていて、いくつか敷地が分かれていることを知った。普通に一般の車が通っている。


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↓誉田八幡宮の門の前。境内図では「南大門」とあった。
来たときは、この門を入らず、向かって左に歩いて時計回りに応神天皇陵古墳の周囲を歩いた。



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国宝の公開場所を探して歩く。
と「誉田八幡宮の層搭」という看板があった。

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更に「拝殿」があった。人は出入りしていない。袴姿の神職の男性が境内地を竹ぼうきで掃いている。


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どこかな、と一旦門の外に出たり。ぐるぐると歩きまわった。
↓ 門の外側から境内を見る。

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本殿の手前の参拝殿というのだろうか、左近の桜があった。桜は既に散ってしまっている。
4月中旬では、既に葉桜である。

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対して、右近の橘もあった。

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 境内においては、あまり撮影をしなかったのであるが、駐車場の付近には、公園もあって、遊具が設置されている。近所の子ども達が親に連れられて、遊びに来ている。平和な「土曜日の午後」の風景だ。
「境内案内図」の大きなスチールの看板もあるが、特に国宝の公開については、触れていない。
 先程外観のみ見た、高床式の収蔵庫は納蔵庫と看板に書いてある。もうひとつ、境内地には、子供達が遊んでいる公園に近い場所にも収蔵庫のような鉄筋コンクリート造のやや床の高い建物があった。「拝観庫」と看板には書いてある。ただ、床高が納蔵庫よも低い。「ここかな?。でも違うなあ。」と感じた。拝観している人が出れもいない。扉は鉄製で頑丈そうである。固く扉は閉ざされている。拝観庫に隣接して別棟のトイレもあって、自由に利用できるようになっている。

 時折、飛行機が飛ぶ音が聞こえる。
 伊丹空港への進入路である。八尾付近から、大阪城の東方上空、新大阪駅のど真上を結ぶルートで飛行機は、高度を下げて伊丹空港に着陸するのである。羽田から伊丹空港へ飛行でも機内の窓から見える風景は、このルートであった。

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百舌鳥・古市古墳群「古市エリア」へ③ 応神天皇陵~誉田八幡宮 2018年春 大阪・京都桜のたび8

百舌鳥・古市古墳群「古市エリア」へ③ 応神天皇陵~誉田八幡宮 訪問 見学 2018年春 大阪・京都桜のたび8

 今年も再び、タイトルの如く京都、大阪(及び神戸も)などを旅する機会を得た。
 ※ 記事を書いているのは「2019年」のこと。旅行記は「2018年4月当時」のものである。
 2019年5月 百舌鳥・古市(もず・ふるいち)古墳群が、世界遺産に登録されることが、確実になったというニュースが飛び込んできました!!!!!。 「祝 世界遺産登録 確実」
 「ユネスコの諮問機関のイコモス(国際記念物遺跡会議)が「百舌鳥・古市古墳群」を世界遺産一覧表に記載するよう勧告した・・・・。」

 世界遺産の構成資産は、応神天皇陵古墳のみではなく、小さい古墳(まさに古墳群である。)も含まれているとの報道であるが、訪問した当時、私は応神天皇陵古墳以外の古墳には、全く注目しなかった・・・・。よって、撮影もしていないので、画像も無い・・・・。

 宮内庁書陵部古市陵墓監区事務所の近くの道路に面して、「応神天皇陵古墳」と付近の古墳についての解説板が設置してあった。 誉田八幡宮所蔵の出土品についての解説と写真もあった。(前日の記事に掲載済み)


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 宮内庁書陵部古市陵墓監区事務所の敷地内にある応神天皇陵古墳の遥拝所には、入らなかった。惜しまれることをした・・・・。登録1年前の段階では、観光客は皆無であった・・・・・(言い訳)。
ただし、本当に宮内庁書陵部古市陵墓監区事務所の敷地内に入ることが出来るのか、確認したことは無いので、要確認である。世界遺産に登録勧告後は、入場制限が設けられているかも知れないし。最新の規制は、わからない。
 
 古墳の周囲をぐるりと、歩く。他に拝観できる場所があるかも知れないと推測したからだ。しかし、結局そのような場所は無かった。宮内庁書陵部古市陵墓監区事務所の管理する応神天皇陵古墳の濠の周囲のすべてに道路がある訳ではない。むしろ、濠に面しては一般住宅もかなりある。応神天皇陵古墳の濠のそばに近づく箇所も無い。
 時計周りに、西から東に歩く。近くには、高速道路の高架もあり、防音壁があるのだが、ゴーとひっきりなしに車の音が響いてくる。 よって、高速道路から古墳を確認すること出来ない。
 古墳の周囲を、ほとんど道明寺駅に近い方まで歩く。観光で歩いている人はいない。住民が普通の日常生活をしている。住宅の前では、子供達が遊んでいたりする。土曜日なので学校が休みなのである。お父ちゃんは、軒先で車の洗車をしていたり・・・・。
 誉田八幡宮近くまで歩いて戻ってくる。と、応神天皇陵古墳の東側に、視界が開けている土地があった。グラウンドか駐車場??のようだ。墳丘が見えるが、普通の丘のように見える。古墳の濠はあったのか、途切れているのかは、忘れた。

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やがて、道路を歩いて誉田八幡宮の壁沿いまでやって来た。古墳はもはや、視認することは出来ない。神社の壁に隠れてしまう。道路を挟んで東側、近鉄の線路側は住宅地である。



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 誉田八幡宮(こんだはちまんぐう)の敷地に入った。先程は八幡宮の門をくぐらず、古墳沿いに歩いて一周(ただし、古墳を周回する道路は無い。)してきたので、戻って来た恰好だ。
 敷地内の一角には、丸い石橋があった。応神天皇陵古墳を拝むことが出来る。ここは、宮内庁の敷地ではなく、八幡宮の敷地。応神天皇陵古墳は前方後円墳であるので、八幡宮は「後円」、つまり丸「〇」の部分の頂点、端にあたる。「後円」なので、円の部分のがうしろというのは、不思議だ。「方」の部分が前とは分からない。パッと見、円の頂点が正面のように思える。
 誉田八幡宮は、応神天皇陵古墳の祭祀のため、古代に創建されたのではないかと思った。(詳しい由緒は知らないが。)以来、現代に至るまで、古墳に隣接して、鎮座しているのだ。


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 すると、宮内庁書陵部古市陵墓監区事務所の敷地と対極にあることになる。応神天皇陵古墳の遥拝所が、「前方」の場所にある意味が理解できた。仁徳天皇陵も同様ですね。

 橋の傍らには、告知板がある。「放生橋」の説明が書いてある。
 濠ではなく、放生川という川が陵墓と八幡宮の間にあるそうだ。

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9月15日の大祭では、神輿が応神天皇陵古墳の橋を渡って、敷地内に入ると書いてある。橋を神輿が渡ることを「渡御」と書いてある。「とぎょ」と読むのであろう。

誉田八幡宮の門の前の敷地。
↓ 
 
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 誉田八幡宮の南門の前。
先程は、この門は、入らず、向かって左に歩いて、時計回りに古墳の周囲を歩いた。
神社の門のような朱色塗りではない。瓦屋根の立派な門。元々は、お寺の門であったと説明に書いてあったと記憶する。



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百舌鳥・古市古墳群「古市エリア」へ② 応神天皇陵古墳 2018年春 大阪・京都桜のたび7

百舌鳥・古市古墳群「古市エリア」へ② 応神天皇陵 訪問 見学 2018年春 大阪・京都桜のたび7

 今年も再び、タイトルの如く京都、大阪(及び神戸も)などを旅する機会を得た。
 ※ 記事を書いているのは「2019年」のこと。旅行記は「2018年4月当時」のものである。
 2019年5月 百舌鳥・古市(もず・ふるいち)古墳群が、世界遺産に登録されることが、確実になったというニュースが飛び込んできました!!!!!。 「祝 世界遺産登録 確実」
 「ユネスコの諮問機関のイコモス(国際記念物遺跡会議)が「百舌鳥・古市古墳群」を世界遺産一覧表に記載するよう勧告した・・・・。」
 登録勧告の一年前に訪れていた私は「先見の明」があった!?。

 道路に沿って、普通の街を歩く。「誉田八幡宮」の見学は14時から?のようなので、まだ時間があるため、歩いて応神天皇陵の方面へ。
 応神天皇陵は、観光地ではない。宮内庁管理の天皇陵である。よって、私が現地を歩いたところ、案内看板のような標識は道路沿いにはなかった。
 誉田八幡宮の付近の住宅地を歩いて、天皇陵と思われる方向へ。と、自動車が頻繁に通行する道路に再び出た。羽曳野市役所の庁舎もあった。天皇陵と市役所は近くであった。
 道路の視界が開けて、天皇陵と思われる木に覆われた丘とかつての古墳の濠らしき、空地というか、田というか、窪地のような土地が見える。
 ここで撮影すべきだったのだが、特に撮影はしなかった。あとから、わかったが、古墳を側面から眺めるのには、この市役所沿いの道路の歩道付近が最適だった。
 このときは、別に見るところがあると思っていたので・・・・。観光でやって来ている人は、ボク以外に出れもいない。量販店はあるし、部活帰りの高校生が自転車で通ったり、普段と変わらぬ日常である。
 
 

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  応神天皇陵に向かって歩く。本当に世界遺産候補があるのか、と思ってしまう。
 と、川沿いの住宅地の中の道をあるくとフェンスで囲まれた事務所のような建物があった。
 

↓ 「宮内庁書陵部 古市陵墓監区事務所」の表示が出ている。

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 歩いて来た遊歩道から「宮内庁書陵部 古市陵墓監区事務所」の敷地を見上げる。


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自動車道路から更に曲がり、川沿いの歩道を歩く。古市駅からこの付近まで、15分-20くらいだったかな。遠い。何の変哲もない、日本のどこにでもあるような住宅地。

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 「宮内庁書陵部 古市陵墓監区事務所」に至る前、
川沿いの遊歩道においてある、プランターに「世界文化遺産を大阪に」「百舌鳥・古市古墳群」の表示があった。
「応神天皇陵まで0.3km」と距離も示している。
 やっと「やはり、ここでよかったのだ。」と確信した。これ以外に、古市駅からの道中、世界遺産に関する表示は見なかった。
(あくまで、私が歩いてみた限りの範囲で。羽曳野市役所内に行けば、何らかの世界文化遺産指定に向けた情報は得られたかもしれないが。)

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 プランターの花はポピーですかね。ケシ科の花だったかな。
 4月から6月にかけて咲いたと記憶する。
 宮内庁書陵部 古市陵墓監区事務所の敷地内には、入らなかった。「立入禁止」とは書いていないので、入ることは出来たかもしれない。遥拝所が敷地の中にある筈なのだが、だれも人がいないし、不審者扱いされても嫌なので、入らず。別のところから、陵墓、古墳を見ることができないか、と更に歩いた。

 宮内庁書陵部 古市陵墓監区事務所の近く、道路に面して、「応神天皇陵古墳」と付近の古墳についての解説板が設置してあった。
 誉田八幡宮所蔵の出土品についての解説と写真もあった。

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百舌鳥・古市古墳群「古市エリア」へ① 2018年春 大阪・京都桜のたび6

百舌鳥・古市古墳群「古市エリア」へ① 2018年春 大阪・京都桜のたび6

 今年も再び、タイトルの如く京都、大阪(及び神戸も)などを旅する機会を得た。
 ※ 記事を書いているのは「2019年」のこと。旅行記は「2018年4月当時」のものである。

 そして、2019年5月 百舌鳥・古市古墳群が、世界遺産に登録されることが、確実になったというニュースが飛び込んできました!!!!!。
 「ユネスコの諮問機関のイコモス(国際記念物遺跡会議)が「百舌鳥・古市古墳群」を世界遺産一覧表に記載するよう勧告した・・・・。」
 登録の勧告の一年前に、たまたま訪れていた。「先見の明」があったのか!?。
 2018春の旅行では、特別公開、特別拝観をメインに見学したのであるが、「目玉」となるような公開は限られる。よって、どこか行くところは無いかなあと探した。(モチロン、ネットで・・・・。)
 「世界遺産登録暫定リスト」に登録(今もこの呼称が使用されているかは、確認していない。記憶の範囲で記載する。)されている古墳群が大阪にあることは知っていたし、「誉田八幡宮」所蔵の国宝は土曜日の午後に一般公開があるというので、両方の見学を兼ねて訪問することにしたのだ。
 誉田八幡宮の国宝、重要文化財は博物館の特別展などで見たことはある。博物館にも所蔵文化財を貸与公開をする方針の神社なのだろう、ということで行ってみることにした。
 「百舌鳥・古市古墳群」のうち、「百舌鳥エリア」の古墳、仁徳天皇陵は教科書に必ず写真が載っているし、知らない人はほとんどいないのではないか?。大変有名な古墳なに、未だ見たことが無いので、行ってみようかと思ったが、今回は割愛した。先に、関空からの電車で古墳の付近は通った(実際は南海の駅からの方が近いのであろうが。)のだけど堺市の観光は「ミュシャ館」のみの見学となった。

  大阪市内の道修町から移動した。「道修町ミュージアムストリート」を歩いて、淀屋橋駅に。地下鉄で天王寺に。近鉄に乗り換え。
 一旦、改札を出る。天王寺駅のコンコースというか構内は人が多い。「あべのハルカス」と隣接しているしね。近鉄の改札に歩く。近鉄阿倍野橋駅に。「あべのハルカス」は近鉄系なので近鉄阿倍野橋駅に隣接しているといった方が正しいかも。
 近鉄阿倍野橋駅から電車に乗るのは、初めてかも。橿原神宮前駅や近鉄名古屋駅方面の近鉄線特急は、阿倍野橋駅始発ではなく、近鉄なんば駅、上本町駅からだったかな。吉野方面は、ここ近鉄阿倍野橋駅始発だったと思う。
 急行列車が発車するところであったので、乗る。やがて20分くらいで、古市駅に到着。高校生がのっていたり、学校が休みなので、私服姿の中学生くらいの子が乗っていたり、全くの日常生活路線。
 道明寺から古市付近の近鉄線は古墳群などをぐるっと大回りするように線路が敷設されているようだ。
 
 誉田八幡宮に向かって歩く。
↓ 神社の看板が出ている。


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上の写真の手前、道路標識。
堺市方面に曲がり、歩道を歩く。古市駅からこの項さてまで、歩道が一部狭くなっている所もある。車の交通量も多いので注意が必要。道は元々狭かったが、現在は拡幅されていて、今も区画整理工事をしているようだ。

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古市駅で下車した。駅は何の変哲もない普通の駅。
古墳への道路を歩いていても、看板の地名や電話番号を見なければ、どこの街なのかもわからないであろう。
「埼玉郊外の某所」、「千葉県の某街」といっても判らないであろう。

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 駅の東口付近には、観光案内所のブースもある。観光案内のメインは「百舌鳥・古市古墳群」である。案内の係員もいた。

 ※ 2018年4月に私が訪問したとき、1年後に世界遺産に指定が勧告されるとは、思いもよらなかった。観光案内所も2019年は、大忙しとなることであろう!。

 (誉田八幡宮からの帰りに撮影。)

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大阪 道修町ミュージアムストリート 散策② 2018年春 大阪・京都桜のたび5

大阪 道修町ミュージアムストリート 散策② 2018年春 大阪・京都桜のたび5

 4/14
 今年も再び、タイトルの如く京都、大阪(及び神戸も)などを旅する機会を得た。
 昨年は、大阪の「造幣局桜の通り抜け」の桜がちょうど見ごろであったので、メインだったかな!?。今年もほぼ同じ時期の旅となった。
 
※ 記事を書いているのは「2019年」のこと。旅行記は「2018年4月当時」のものである。

  大阪市内中心部 道修町。武田科学振興財団の「杏雨書屋」の展示室と特別展示室を見学した。
この付近は「道修町ミュージアムストリート」と呼ばれている。
 この日は土曜日なので、スーツ姿の人は少ないな・・・、と思いつつ、時刻は昼近くになって来た。朝早く出たので、眠いは、腹は減るはで・・・・・。
 

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 杏雨書屋(つまり、武田薬品本社)の道路を挟んで反対側に、目立つお店を見付けた。前回来たときも、この店は目立っていた。この日、土曜日であるが、開いているので、昼食を食べることにした。
 「やまや」という店名。
 

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 ランチの定食のセットを注文。
 高菜、明太子がついているので、魅力的(笑)。

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 値段は千円。魚の定食にした。から揚げのセットもあるが・・・揚げ物はヤメておこう・・・・・。
 明太子と高菜は自由にとって食べることが出来る。高菜は好物なのでありがたい。

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 夜は、明らかに居酒屋の店。私はカウンター席に座った。店内には、大テーブルもあって、大人数で着席できるようになっている。やがて、若い男女が何人もまとまって入って来た。皆、スーツである。ほぼ全員、グレーや紺色のシックな色のスーツ姿。女性は皆、一様にパンツスーツ。この日も仕事のようだ?。もしかして武田科学振興財団の特別見学会か講演会に来た人達かなと思った。
 「高菜、明太子」そして、夜間は「もつ鍋」がメインのようなのだが、各地に店舗はあるが、福岡市内には無いらしい。よって、大阪中心のお店かな

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 早めの昼食をとり、次に向かった。

大阪 道修町ミュージアムストリート 散策 2018年春 大阪・京都桜のたび4

 大阪 道修町ミュージアムストリート 散策 2018年春 大阪・京都桜のたび4


 4/14
 今年も再び、タイトルの如く京都、大阪(及び神戸も)などを旅する機会を得た。
 昨年は、大阪の「造幣局桜の通り抜け」の桜がちょうど見ごろであったので、メインだったかな!?。今年もほぼ同じ時期の旅となった。
 
※ 記事を書いているのは「2019年」のこと。旅行記は「2018年4月当時」のものである。

 
 堺市駅の駅前広場近くのビル内にある「ミュシャ館」を見学。再び電車に乗り、天王寺駅に。地下鉄に乗り換えて、北浜駅に。大阪市内中心部にやって来た。
徒歩で、道修町に向かった。地下鉄の駅からは、やや遠いので何分か歩いた。武田科学振興財団の「杏雨書屋」の展示室と特別展示室を見学した。
  武田薬品の本社ビルがある、この付近は「道修町ミュージアムストリート」と呼ばれている。案内のパンフレットもある。昨年来たときは、見学する時間が無かったので、今回こそは、ということでやって来た。
 しかし、地名の文字が読めない。最初は「としゅうちょう」かと思い込んでいた。「道」を「と」とヨミ、濁点にならないのが、ポイント(笑)。
 「どしょうまち」とは、よそ者には、まず読めない・・・・。せめて「どしゅうちょう」かと思ったのだが、見事に「ブー」

 杏雨書屋の後、お隣の製薬会社の展示室を見ようとする・・・・。

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 しかし、この日は土曜日なので、休室・・・、と思いきや、外に見える看板には、「ガラスごしの見学」という。ビルの中は、立派な広い天井の高いエントランスであるが、入ることは出来ない。平日でも入館不可であった。
 杏雨書屋は、特別展示会の開催中だったので、開室しているのを知って、道修町にやってきたので休室は仕方無いと思ってきたが、元々入れず。
 

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↓道修町ミュージアムストリート の案内看板。
 同じ内容のパンフも配布されているので、杏雨書屋で入手した。
元々は大阪製薬株式会社を明治29年?に設立したそう。

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 大日本住友製薬展示室である。ガラス張りのエントランスと展示室。ガラスごしに、お隣の武田薬品、杏雨書屋の入居している建物が見える。
 当時の工場の模型が、ガラス張りの展示スペースの角地に展示されていた。
 「海老江製薬所」と書いてある。

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 「民間初の最大規模・最新鋭の製薬工場を建設」
とパネルに書いてある。明治時代に現在の福島区海老江に工場を建設したので、「海老江製薬所」。

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 明治17年にドイツから輸入されたという、蒸溜缶の実物。

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 日本薬学の父、長井長義博士についての解説と、展示スペースの様子。「DSP ギャラリー」と告知してある。
「P」はファーマシーの意味でしょう。(多分)

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 地下鉄の淀屋橋駅に歩いた。途中、田辺三菱製薬のビルもある。史料館があるのだが、休み・・・・・・・・・・・・・。最近の製薬会社も合併したり、外資が入ったり、買収されたりと、合従連衡が激しい。国際化、グローバル化の波であろうか。それでも、国内製薬会社は海外の製薬メジャーと比較すると規模は圧倒的に小さいという。神奈川県内にも製薬会社の工場、研究施設などがあり、再編、一部移転したり、外資が入って会社名が変更になったり、施設を新築したりしている。子供の同級生で親がその会社に勤務していて、遠方に転勤になった人もいた。事業拠点が変わり、神奈川県内の工場勤務ではなくなったという・・・。
 昔ながらの薬商のままでは、現代の情勢に対応できないということなのでしょうか。
 道修町は北浜と淀屋橋の駅の中間付近なので、駅まで少々歩いた。
 土曜日なので、スーツ姿のサラリーマンは少ない。スーツを着ている人は就職活動中の学生かな。

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関西空港到着  2018年春 大阪・京都桜のたび3

 関西空港到着  2018年春 大阪・京都桜のたび3

 4/14
 今年も再び、タイトルの如く京都、大阪(及び神戸も)などを旅する機会を得た。
 昨年は、大阪の「造幣局桜の通り抜け」の桜がちょうど見ごろであったので、メインだったかな!?。今年もほぼ同じ時期の旅となった。
 
※ 記事を書いているのは「2019年」のこと。旅行記は「2018年4月当時」のものである。

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 手荷物は無いので、すぐに制限エリアの外に出た。空港ターミナルビル内のお店もあるが、まだこの時間帯では開店前である。国内線の制限エリア内では、人が少なかったが、ビル内の到着フロアには、人が多い。若い人が多い。ロビーで集合している。団体で出かけるのでしょうか?。
 と、広いガランとした広場があった。以前は、国内線用の航空会社のチェックインカウンターがあった筈。伊丹に回帰しているため、国内線用のカウンターエリアがガランとしてしまっているようだ。
 
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「KIX GALLARY」と表示している。万博誘致のバネル展示コーナーとなっていた。
国内線が伊丹に大幅に復帰していなければ、本当はもっと人が多かったと思う。伊丹は昨年秋に来たときもターミナルビルが工事中だったな。伊丹は再整備中のようだ。

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ビルの外に出る前、吹き抜けで。
写真の先の方向は、国際線の到着ロビーだった思う。昔は、ハワイに行って、ここに帰って来たよ。まだ小さかった子供も帰国時の記念撮影をこのロビーで行ったよ。あのときの写真は今でもアルバムに保管してあるよ。



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 久しぶりの関空ターミナルビル内を撮影した。

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 ビルの外に出た。電車で大阪市内方面に向かうことにする。
 道路には、「リムジンバス」の表示があり、バスが行き来している。「あれ、空港の様子は、こんな感じだったかな。」などと思い出しながら、駅に歩いた。

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どんどんターミナル内に人が向かっている。

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ビルの裏手には、二期島と滑走路があるので、見えるかな、と思ったが、道路の高架の影になるのか、わたしの見たところ、全然見えない・・・・。よって、広大な関西空港島の全貌を見ることは出来なかった。
「以前と変わらないな・・・。」という感想。

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電車の駅に来た。南海線とJR線の2つの路線がある。JRの改札の方がターミナルビルから見て、奥にある。すっかり、忘れていた。駅の案内所では、外国人も多い。並んで切符を買っていたり??している。


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 電光表示を見ると、もうすぐJRの快速列車が出発する。急いでホームに。
  8:51発の関空快速で空港駅発。
 すいている。

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 関西空港橋にかかる。空港島と滑走路、その奥のターミナルビを見ながら、島から遠ざかる。

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 鉄骨の影に隠れて、景色の撮影はうまくできなかった。
 ゴトンゴトンと音を立てて、空港島から遠ざかる。

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 橋を渡り、本土側に来る。りんくうタウン駅でも乗車降車がある。航空管制官などの学校である、航空保安大学校はこの駅の隣接地にある。それらしき、建物は車窓から見えた。観覧車もあるし、アウトレットもあるはずだ。
 日根野駅経由、阪和線に。9:25 鳳駅。堺市駅にて降りる。駅前広場近くのビル内にある「ミュシャ館」に向かった。



羽田空港から関西空港へ  2018年春 大阪・京都桜のたび2

 羽田空港から関西空港へ   2018年春 大阪・京都桜のたび2

 4/14
 今年も再び、タイトルの如く京都、大阪などを旅する機会を得た。
 昨年は、大阪の「造幣局桜の通り抜け」の桜がちょうど見ごろであったので、メインだったかな!?。今年もほぼ同じ時期の旅となった。
 
※ 記事を書いているのは「2019年」のこと。旅行記は「2018年4月当時」のものである。
 
 ↓ 到着したKIX 関西空港のターミナルビル内。

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 7:10発の関西空港行。7:13に早くも機体が動いたが、滑走路までは時間がかかる。離陸したのは、7:30少し前ではなかったか。窓側の席ではないで、隣の人ごしに少しだけ、窓の外が見えるが、すぐに雲の中となった。
 シートベルトサインが消えると、私はコンビニおにぎりを取り出して、ささやかな朝食の続き
 その後、寝た。でも、ドリンクはしっかり貰う(セコイ)。雲の上を飛んでいて、下界の景色は見えないようだ。


 ささやかな眠りの後、目がさめた。時計をみると時刻は8:18。窓の外を見ると晴れている。高度も下がっているようだ。旋回すると海が見えた。眼下に友ヶ島が見える。加太付近の上空のようだ。転回するときに、2期島も見えた。埋め立てが完成し、関空の滑走路は現在2本ある。以前見た関空島の風景ではない。更に島が大きくなっている。
 機体は更に高度が下がる。関西空港に南側から着陸した。進行方向右手に、紀州と泉州の境の山々が見える。関西空港に着陸するのは、久しぶりだ。「以前は、(関西空港から)国際線にも乗ったな。」などと思いだした。滑走路は1本の空港であった。あの時見た、山々の風景と何ら変わっていない。オレは、歳を重ねたよ。
 着陸したのは、8:28頃。滑走路から、そのまま誘導路を走行し、8:32には、早くもターミナルビルの前に着いて機体はとまる。皆、一斉にシートベルトを外すので機内には、「カチャ、カチャ」といつもながら、音が響く。やがて「・・・・ディスアームドにしてください。」とアナウンスが。
 機体の一番後ろの席なので、しばらく待つ。3-3のシートなので、通路も機体の真ん中の1本のみ。人の流れにまかせて、飛行機を降りる。
 ターミナルビル内に。

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 「久しぶりのカンクウ(関空)だ。」と張り切って撮影を開始する。
 関空橋が見える。晴れているが、霞んでいる。関東地方から東海地方までは雲がかかっているようだ。関西地方は晴れている。

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 今回は、元々あった滑走路に着陸。現在は二期目の工事が完成し、滑走路が2本の巨大空港となっている。
 B737の機体であるが、本来は小型機といわれるが、こうして見ると大きいな。

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 ターミナル内部はすいている。人が少ない。
 これから、出発という機はこの付近には無い。国際線が中心だからであろうか。国内線は再び伊丹中心に写っているようだ。

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 曲線を描いたガラス窓のビルと鉄骨。本当に飛行機の翼のようだ。昔のニュースでは「レンゾ・ピアノ氏のデザインに決定・・・・」などと報道していたようなことを思い出した。東寺、ボクはまだお子ちゃまだったよ。国際コンペで外国人がデザインしたターミナルビルである。
 現在でもCMなので見ることがある。中部国際空港は行ったことがないので分からないが、今いる関空内のビルの様子を見ると「最近もCMで見たことがあるな。関空でロケ撮影したのだな。」と思った。


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 久々のカンクウのターミナル内部で撮影している間に同じ便の乗客は、ほとんど降りていなくなってしまった。ほぼ、最後の降機者となって、出口の方向に歩く。でも、撮影していたのは、ほんの数分。

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明るいターミナルから自動ドアを抜けて、次の部屋(天井は高いので部屋ではなくスペースというべきか)に入ると手荷物受取のターンテーブルであった。
まだ荷物は出てきていないようで、乗客が待っている。私の隣に座っていた女性も荷物を待っていた。私は荷物が無いので、そのまま制限エリアの外に出た。
大阪 到着~。









四天王寺宝物館 「平成29年 春季名宝展」 見学1

 2017年 大阪 四天王寺宝物館 「平成29年 春季名宝展」 見学1 
 4/17(月)の午前。
 
 大阪で最も古いとお寺のひとつと思われる四天王寺に向かう。現在は、大都市大阪の市街地の一部ではあるが、四天王寺とその周辺に古代から存在したであろう村落は、大阪の街の原型ではないか。

 地下鉄 ××線を天王寺駅で下車。地上の出口へ。
 天王寺駅から四天王寺までは結構歩いた。駅では多くの人がいそいそと歩いている。

 途中の経緯は後日掲載することにして省略。
 
 
 ↓ 写真奥に宝物館の看板がある。桜はほとんど散った。 右手は絵画館。

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今年の一月には、東京国立博物館でこちら四天王寺所蔵の扇面法華経冊子を見た。きらびやかな王朝絵巻の絵図であった。以前にも別の場面だったが見たことがある。それだけ古い貴重な文化財を所蔵するのに大都市に隠れて、訪れたことは無い。よって今回初訪問となった。
 ↓ 扇面法華経冊子の画像がある。
  「梶」の木の説明。
   扇面法華経冊子に梶の葉を描いた場面があることから寄贈されて植樹したそう。
   当時は七夕に梶の木を用いたそうだ。「現在は珍しい樹木」と梶の説明があった。確かに梶の木のことは全く知らない。「梶」のつく苗字もあるし、地名もあるのに「梶」の木そのものはあまり知られていない。
 
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 宝物館の建物と入口。高床式になっている。料金は500円。「春季名宝展」が開催されていた。
 入って右に受付がある。開館は8時半のようだ。入館したときは9時くらいだが、私が最初の入館者だったようだ。

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 一階には大きな太鼓がある。儀式で使用する太鼓だ。その他は展示があまり無い。主な展示は二階とのことで階段をスリッパをはいて昇る。
 展示室は近代絵画の企画展示があり、吹き抜けの廊下を通った奥には第二展示室がある。二階は吹き抜けになっていて、一階の受付やその前にある太鼓を見下ろすことが出来る。
 

 





「ザ・コレクション」 展覧会鑑賞6 藤田美術館

 2017年春  
 4/16(日)大阪 「ザ・コレクション」 展覧会鑑賞6 藤田美術館
 

 碁盤の形をした小さい香合 3個など改めて一階の展示品を鑑賞した。 
 「作品解説」の後、まだ質問をしている人がいたが、そろそろ見学を切り上げることにする。次は奈良に向かうことにしている。
 展示室を出る。 廊下には、昭和29年の開館式の様子の写真の掲示がある。写真の前で観客が(写真にうつってっている)「誰が誰だか分からない。」と話をしていた。
 写真中、最前列で立っている人が二人いて、多分、伝三郎の子孫(孫?)で初代館長や創設者だろう。

 出口へ。受付で、先程「・・・・800円のおつりで買えます。」とお話のあった、200円のカタログ(簡易図録というべきか)を買う。チケット売り場と売店のレジが同じ。小さい木の小窓でのやりとりだ。カウンターの奥が事務室になっている。改めて見ると、事務机が4個くらいある。左奥の窓側に独立した机があり、カウンター側を向いている。先ほどと違い、手前の机には誰も座っていない。左奥の席は、会社でいうと、課長、部長、本部長の管理職席っぽい(笑)。白髪の上品な70歳台くらいの女性が座っている・・・・。上席にいるということは現館長の母上だろう。先代の藤田夫人。
 事務室の隣では、無料の展示会が開催されていて、展覧会「ザ・コレクション」とは特に関係が無いらしい。

 11:40頃に出る。本来は、10時の開館と同時に入って、11時頃までには出る予定であったが、作品解説を聞いていたので、見学時間が長引いたが、偶然にも(造幣局の桜の通り抜けで時間がかかり)入館が遅れたため、詳しいお話を作品解説で聞けたのはありがたかった。
 大徳寺龍光院所蔵 国宝「曜変天目茶碗」が「この秋、京都の国宝展で、もしかしたら展示されるかも!??」という希望観測的なお話も聞けたし(笑)。
 改めて敷地を出るときに見ると、本当に昔の蔵一棟のみの展示室。よく言われるようにかなり手狭だ。
 館のへい沿いに大阪城北詰の駅へ歩く。地上出入口の階段を下る。美術館がこれほど駅に近いとは知らなかった。
 
 ↓ 出口へ。敷地内には茶室らしき日本家屋があった。
   先のお話では旧藤田伝三郎邸には10以上の茶室があったそうだ。そのうちのひとつの復元であろうか。
   長男、次男の屋敷にもそれぞれ10以上、合計で30以上の茶室があった。

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 「建て替えをすると」というが、日本家屋や現在展示室となっている蔵を残すとなると、館の敷地はあまり広くない。今度建てるときは、耐震構造を考慮して鉄筋コンクリート造の立派なものとなるだろう。
 すると、上の写真の庭、現在の事務室棟や多宝塔の前に建てるのであろうか・・・・。個人のお屋敷としては、かなり広い敷地だが国宝9点をはじめ多数の文化財を所有、展示する近代的美術館予定地としては手狭な敷地ではないだろうか。
 それとも別の土地に移転するのだろうか。何と言っても名門 旧藤田財閥であるし。

 ↓ 敷地内の大きな木。木の向こう側は、展示室になっている蔵。

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 美術館と道路を挟んで反対側にある「太閤閣」にはお客が出入りして、従業員が出迎えなどをしている。先程、作品解説の中で話があったが、藤田傳三郎の次男の屋敷だった所。手前はレンガ色の鉄筋のビルしか見えないが、奥には、次男の屋敷の建物が残っていて、現在も利用されているとのことだった。
 ここ太閤閣も藤田観光の経営のようだ。箱根の小涌園も藤田観光の経営施設だし、神奈川県民にとって藤田観光は有名です。ワシントンホテルも藤田観光の経営であるし、藤田財閥の後進企業ですね、藤田観光は。現在の株主構成は分かりませんが、同社は上場企業だから上位株主は公表されているでしょう。老舗の上場企業の多くは、金融(生命保険会社や信託銀行など)関係が上位株主でしょうね。


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