良月(りょうげつ)の たび日記

神奈川県 湘南地区在住。折口良月(おりぐち りょうげつ)の神奈川、東京、静岡、山梨、長野など関東近郊地域への行楽、外出。美術館、博物館めぐり。その他国内旅行などお出かけの記録。

東京国立博物館

 

2019年1月 総合文化展(常設展) 鑑賞3  「近代」浅井忠 作品 東京国立博物館

2019年1月 総合文化展(常設展)  鑑賞3  「近代」浅井忠 作品 東京国立博物館

 2019年、平成31年、今年初の東京国立博物館にやって来た。
 特別展「顔真卿」を鑑賞する予定で来たのだが、先に常設展(総合文化展)を鑑賞した。
 近代の展示室に。一番平成館に近い展示室のひとつだ。
 次は、長い廊下を通って、特別展「顔真卿」の会場に移動する予定でいた。

 3年ぶりくらいに 重要文化財 浅井忠 作「春畝」を見た。
 前回は、撮影がうまくいかなかったので、再度と思い、ガラスケースごしに撮影。しかし、反射してしまうので、うまく撮影できないということで納得した・・・・。
 


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 もうひとつの重要文化財指定の浅井忠 作品 「収穫」は、昨年秋も、ここからほど近くの東京芸術大学美術館でも展示された。昨年の公開時も(一昨年も公開があったと思うので)見逃した・・・・。「よって今年の秋に公開を期待する。」と書いたが、はて、、、、、、、、???と思い出してみた。以前の東京芸術大学美術館での展示リストを見て見ると、2015年11月に浅井忠 作 「収穫」 は鑑賞していた・・・・。すっかり、忘れていた

 「近代」の展示室の次は、長い廊下を通って、平成館へ。特別展「顔真卿」の会場に移動した。
 


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2019年1月 総合文化展(常設展) 鑑賞2  「近代」 東京国立博物館

2019年1月 総合文化展(常設展)  鑑賞2  「近代」 東京国立博物館

 2019年、平成31年、今年初の東京国立博物館にやって来た。
 特別展「顔真卿」を鑑賞する予定で来たのだが、先に常設展(総合文化展)を鑑賞した。
 年間パスの期限が切れていたので、改めて購入した。

 1階の北側、というのだろうか、平成館に近い「近代」の展示室にやって来た。ここ近代の展示室には、たくさんの観覧者がいる・・・・・という程では無い。不思議なことに少ない。皆、平成館の特別展に行ってしまうのか?。外国人も少ないような・・・・・。日本の近代は、時代が近すぎて外国人のイメージする日本とは違うので、あまり見ていく人はいないのかなと思った。
 近代の展示では、通常国宝指定の文化財は無いと理解しているので、無し。
 重文が一番の目玉になるとボクは「ホンマに勝手に」思っている。
 さて、目玉の近代重文 絵画はどこかな?、と探すが、1点ある。別の記事で紹介することに。

 ↓  重文指定の工芸品があった。
以前も見たことがある。
白磁蝶牡丹浮文大瓶(たいへい)
三代清風与平 作
シカゴ コロンブス博覧会事務局
  

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説明によると明治26年の シカゴの 博覧会に出品されたとある。
現在も、所有はシカゴの事務局なのであるが、日本に永久貸与されているかまでは書いていない。


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 本当に真っ白な瓶というか壺で、紋様は光っていて、実をいうと、蝶の形はあまりよく判別できない。ボクにとっては・・・。牡丹の華、というか花も・・・、蝶ヒラヒラ待っているのが、浮き上がっているかな。
 最近の近代展示室は、大きなお皿や金属製の工芸品の展示が多いような。

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 文化財指定は無いが、富岡鉄齋の日本画の展示があった。「二神会舞」(ニシンカイブ)
 光ってしまうが、ガラスケースの前から撮影した。
 鉄齋の絵は、本当に細密な描写で人物も顔のシワ、衣服のシワなどがリアルに描かれ、独特の雰囲気がある。頑固おやじが描いたような?、イメージの重厚な描写だ。
 富岡鉄齋の作品で重文指定は、まだ見たことが無い。所蔵している兵庫県の美術館での展覧会を昨年は期待したが、私が行こうとしていた日程での公開は無かった。
 白鶴美術館には、そのときに行った。

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2018年2月 総合文化展(常設展) 鑑賞3  「刀剣鑑賞の歴史」 東京国立博物館

2018年2月 総合文化展(常設展)  鑑賞3  「刀剣鑑賞の歴史」 東京国立博物館

 
  刀剣の展示室を見学し、更に奥に進む。と、角の部屋に刀剣の展示があった。普段は、茶道具やその他工芸品を中心に企画展示を行っている部屋であった。「別の所に刀剣の特集展示があります。」とは書いていなかったような・・・。
 「やっと、見付けたぞ。」と思い、展示室をぐりと見渡す
  「刀剣鑑賞の歴史」のパネルかが展示室の入口に掲示されていた。

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 と、展示室の真ん中のガラスケース内には書籍の展示があった。独立四方型ガラスケース内に展示されている何かすごい貴重な典籍かな、と見る。

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 作品名は「古今銘尽大全 」と書いている。西暦でいうと1717年の江戸時代に発行されたもの。刀工の系図が示されている。文章中にも「系図」と当時の漢字での文字が読み取れる。「貞宗」「×弘」「国光」などの弟子の弟子などの師弟関係図である。文化財指定はない。
 そして、壁に沿って刀剣を見ていく。国宝の刀剣優先で見ていく。

 と、ありました。国宝が。「刀 相州貞宗」(名物 亀甲貞宗)である。
 太刀ではなく刀なので、刃を上にして展示されている。

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 相州の刀剣、ここで時々展示される。この相州の刀を以前見たことがあるかは、忘れた。たぶん、私はこの「亀甲貞宗」を見るのは、初めてである。
 「貞宗は正宗の実子とも養子ともいわれている」そう。正宗と見間違うほどの見事な出来栄えだそうです。
 亀の甲羅の銘があるので「亀甲貞宗」とある。確かに亀の甲羅のような六角形の銘が入っている。文字ではなく、マークを刻んだのですね。亀甲紋、六角形の紋。カタカナで書くと「キッコウモン」。話は変わるが、ある企業の名称の由来もこれではなかったか。(違うかも知れないが。)

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国宝「短刀 相州行光」 銘 行光。
これは最近、たしか昨年か一昨年くらいに見たことがある。刀剣ブームで私も刀剣男子デビューの時期だったので、よーく覚えている。


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銘 行光の解説のとおり、「行光」と確かに刻まれている。
加賀藩の前田家に伝来したそう。茶器と同じく、誰が使ったか、所持したかが、結構重要のようだ。素人目にはどれが重要なのか分からないし。

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国宝「刀 相州正宗」 (金象嵌銘 城和泉守所持 正宗磨上 本阿(花押))
これが有名な「正宗」の作品なのですね。おおー、確かに立派だ。

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 刀剣初心者でも刃紋が凄い立派だというのがわかる。大きかったり、小さかったり、波打つようなダイナミックに。すごいハモンです。


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 確かに金色の着色文字で書きこみがある。
 本阿弥家が鑑定したので「銘 本阿」らしい。武田家家臣の城家から献上され、江戸時代に本阿弥家が鑑定して「正宗であるぞ」はく付けしたのだろうか。「本阿」と書いてあり、花押が金色の文字である。津軽家に伝来したとある。


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 いやー、昨今の素材メーカーの製品データ改ざんではないが、俺が当時の鑑定家だったら、テキトーに「正宗」と銘してしまうけどね。それだけ「正宗」の刀剣は珍重されたということだろう。
 でも、オレが鑑定しても権威が無いから、信じてもらえないな(苦笑)。

 国宝「刀 相州正宗」(名物 観世正宗)
 やっと正宗について理解してきた。
 この作品も以前見たとがある。トーハクではおなじみの刀。

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 説明によると観世家から徳川家に伝わったとある。能楽の観世家由来の刀で家康に献上した。
観世家としては能楽の保護のお礼だったのかな。「最後の将軍 慶喜から有栖川熾仁親王に献上された。」とある。確か、慶喜の実母は、斉昭の正室で、有栖川宮家の出だったはず。すると、母の実家に献上したのだ。


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こちらの刀もハモンが凄いです。ダイナミックに波打つ波紋だ。

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↓ 密教由来?の、梵字のような彫刻がある。つかと刃の分かれ目の部分の黄色い金属は、後世に付けたしされたのだろうと推測。桜の模様は所有した大名家のものか。

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 展示ガラスケースの前は人が途切れることが無かった。
 ついで平成館に移動した。




2018年2月 総合文化展(常設展) 鑑賞2 「刀剣展示室」 東京国立博物館

2018年2月 総合文化展(常設展)  鑑賞2  「刀剣展示室」 東京国立博物館

 2018年、平成30年、今年最初の東京国立博物館にやって来た。
 「特別展 仁和寺と御室派のみほとけ」を鑑賞する予定で来たのだが、先に常設展(総合文化展)を鑑賞した。二階の国宝室付近の展示室をざっと見て、一階に降りる。工芸品などの展示室の先の刀剣の展示室に向かう。
 特にこの1月30日から、刀剣の特集展示が開始されている。「刀剣男子」のボクとしては注目しているゾ(笑)。
 だって、 「特別展 仁和寺と御室派のみほとけ」よりもこちらの刀剣展示開始にあわせて、今年の「初訪問」のスケジュールを組んだのだから(笑)。

 展示室にはたくさんの観覧者がいる。国宝の刀剣はどこかな、と探すが、ガラスケースの前に柵が設けられ、列ができている箇所があった。皆、盛んに刀剣の撮影をしている。ここに国宝の刀剣の展示が1件あった。
 並んでいるので、ちょっと見るのに時間がかかりそうだな、と思い、国宝の刀剣は別にある筈と室内を探す。

 混雑していない別のガラスケースから鑑賞。「龍紋」らしき文様が刀身に刻まれている。

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 国宝太刀 「長船長光」。以前も見たことがある。時折展示されていると記憶しているので、おなじみの所蔵品かも。以前は、あまり興味が無かったのでほぼスルーしていたが・・・・。

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 銘の部分の拡大。判読がしにくいが、「長光」と刀身に近い部分に刻印されている。
 他の文字は刻まれていないようだ。 

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 刀剣とそのと前の刀剣や鎧などを展示している室内をぐるっと見て、国宝の刀剣を鑑賞するための行列に並ぶ。
 ↓ 画像の右に行列ができている。手前に展示の鎧は複製品だったと記憶する。  
  (刀剣展示室の)手前の部屋にも刀剣の展示があり、ガラスケース前には人が多い。熱心に撮影している人もいた。

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 列に並ぶ。並んでいるのは10人から15人程度であるが、皆じっくり観察したり、撮影をしているので列は進まない。
 よって、立ち止まっている間にガラスケースの側面から撮影した。
 国宝「古備前包平」(名物 大包平)
 横から見ても長い。

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 大きい、本当にながーい。「大包平」の名の如く、大きいのだ。
 昨年の夏に同じガラスケースで「三日月」と呼ばれる刀剣の展示があったが、更に大きいのではないか?。
 サイズは覚えていないが。

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 刃紋の形が波々というのか、丁子刃というのか、正式な呼び名は覚えられないのだが、見事な刃紋だ。
 長い刃にホワンホワンと刃紋が凄い。立派な刀身ですね~(素人の戯言ですが。)。

 ↓ 拡大して見ると「備前國  包平」と銘があるようだ。

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 共に備前の太刀である。昔から、良質の刀剣が生産されていのですね。備前では。
 国宝の2点の太刀、共に「太刀」だから刃を下にして展示してあるのかな?。展示方法に決まりがあったと思うが、覚えていない。
 かつての備前の国に住んでいたのに、ボクは当時刀剣に興味を示さなかったよ。知ってはいたけど。長船も当時の備前市も時折、何かの用で通ることはあったけどね。備前焼は見に行ったことがある。長船は「竹久夢二」の記念館もあるが、行ったことがないよ。何をやっていたんだオレ?。
 もっとも現在の長船では常時展示される国宝刀剣の博物館登録施設は無いはずである。だから、見に行ったことが無いのかも(言い訳)。刀剣の製作現場を視れる訳でも無いだろうし(推測)。

 刀剣の付属品のガラスケース。
 室内は多くの観覧者がいた。「刀剣女子」は少なくなったような。男性の方が多かったかも。女性の観覧者の年齢も若い人は少なくなり、中年以上の方が多いような。「漫画ブーム」も一段落だろうか。

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 室内にある国宝の刀剣は2点だった。もう1回、ぐるりとさほど広くない室内を探すが、他の国宝刀剣は無いのだ。あれ、おかしいなと思う。あと3点程度は国宝刀剣の展示があるはずなのだが・・・・。別の所かな・・・。
 「まあ、いいか」と思い直し先の展示室に移動する


2018年2月 総合文化展(常設展) 鑑賞1 東京国立博物館

 2018年2月 総合文化展(常設展)  鑑賞1 東京国立博物館

 2018年、平成30年、今年最初の東京国立博物館にやって来た。
 東京国立近代美術館を見学し、地下鉄に乗って上野駅で下車、上野公園内を歩いてやって来た。昨年は、1月の「博物館に初もうで」に出かけて、その後、寒風の中、文京区立森鴎外記念館まで歩き、鴎外の親友として知られる「賀古鶴所」についての企画展も見学したのだ。けども、今年はなぜか1月のお出かけは見送りとなってしまった・・・・(苦笑)。

 敷地内に入るが、いつもよりも入館者が多いようだ。外国人の入館者も多いのだが、それ以上にドメスティックの入館者がいつもよりも多いような。特別展「仁和寺」が開催中だからでしょうか?。
 正月休みの期間は、もっと多かったのでしょうか?。ただし、正月期間は特別展が開催されていないのであるが。

 常設展(総合文化展)を鑑賞した。国宝室の「大聖武」は昨年、国宝室の「隣」の展示室で見たことがある。
 あのときは、巻物全部は公開していなかったと思うが、今回は全部横に長ーく、開いていた。
 解説文には以前あった「・・・王者の風格がある・・・」とは書いていない。
 聖武天皇の直筆という訳ではないようだ。
 (画像なし。)

 続いて、常設展(総合文化展)の二階の展示室をざっと見る。
 東京国立博物館のウェブサイトでも紹介されているが、この1月以降2月までの展示の目玉のひとつが、重文指定の「鳥獣戯画断簡」。描け軸のように「軸装」されている。


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 どこかで見たような絵。「あれっ、この絵は巻物の中、甲巻の中になかったっけ?。」と勘違いしてしまいそうなくらい、似ている。

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 見てから、一階に降りる。刀剣の展示室に向かう。特にこの1月30日から、刀剣の特集展示が開始されている。「刀剣男子」のボクとしては注目しているゾ(笑)。

 刀剣の展示室を見た後のことを先に書くと・・・・・。
 1階の近代の絵画は、以前見た浅井忠などの絵画。絵画の著名作品の展示は無いが、重要文化財に指定されている工芸の代表作の展示があったのだった。
 宮川香山 「梅樹図大瓶」(漢字の表示の関係で省略して書く。)。2月のこの季節らしく、梅の模様の置物だ。

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 ガラスケースの中に展示されている。
 以前も見たことがあるのであるが、近代の展示室でこの日一番、目にとまった作品は ↓ やはりこの作品だ。
 「以前見た」のがいつのことか、確認すると2015年6月のことだったらしい。季節は今と真逆で「初夏」のこと。
 あとのきは、特別展「鳥獣戯画と高山寺の至宝」の開催中であった。あのときは確か3時間、並んだと記憶する。その前にこの展示室で見ていたのだった。
 今回、重文指定「鳥獣戯画断簡」とともに鑑賞したので、何か運命的なものを感じる
 あのときは、 「梅樹図大瓶」について1枚しか画像を撮影しなかった。しかし、今回は複数枚撮影し、じっくりと鑑賞した。たぶん、特別展「鳥獣戯画と高山寺の至宝」の行列が気になって、あまり気持ちに余裕が無かったのでしょう(苦笑)。


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 重文作品としては鈴木長吉の銅製の「鷲 置物」の展示があった。同作品は、近年ほぼ常設で最近は展示されている。つまり、近代の重文指定作品は「鷲 置物」以外に、あと1点、絵画か工芸が展示されるような感じ。


総合文化展2017年6月 鑑賞2 東京国立博物館

 2017年 6/4(日) 東京国立博物館

 最終日を迎えた特別展「茶の湯」の会場に行く前に常設展(総合文化展)を鑑賞した。
 先に本館を見ることにした。
 二階の国宝展示室へ。

 ↓ 浅草寺経 といわれる「法華経巻第一」 (東京国立博物館ニュース) 6月-7月号より。
    撮影禁止であったが、画像はニュースに掲載されていた。展示場面は冒頭の部分だったと思う。
  4月に浅草寺の伝法院と寺宝公開で複製品を見た。もっとも、「複製」とは書いていなかったので、国宝と誤解してしまったのだが・・・・。


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  刀剣女子ブームは一段落したかなと思うが、まだまだ刀剣展示室には、女性が多かった。が、漫画?の読者層ではなく、もっと見学者層は高いかも。


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 刀剣2振が並んで展示されいた。うち1振が国宝であった。

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 ↓ 国宝「福岡一文字吉房(号 岡田切)」

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 銘は「吉房」と入っている。(ピンボケだが。)

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吉房の刃紋は「丁子刃」なのだそう。
波の模様では無い、不均一の刃紋にしか私には見えないのだが、この刃紋の焼き方がたまらなく良いのでしょうね

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 本館の総合文化展を見てから、廊下を伝って平成館へ行く。最終日、閉幕時間も近づいた平成館の特別展「茶の湯」へ向かった。

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総合文化展2017年6月 鑑賞1  東京国立博物館

 6/4(日) 東京国立博物館

 最終日を迎えた特別展「茶の湯」の会場に行く前に常設展(総合文化展)を鑑賞した。

  いつものパターンで、先に本館を見ることにした。特別展の見学には時間がかかると思い、余裕をもって入館したので(笑)、まだまだ時間があるため本館の総合文化展を見てから、廊下を伝って平成館へ行き、その後平成館の特別展を見る予定。

 常設展(総合文化展)の二階の展示室をざっと見てから、一階に降りる。近代の展示室に入る。特に注目したのは今村紫紅「近江八景」だ。重要文化財に指定されている紫紅の代表作だ。
 今村紫紅の日本画 「近江八景」は、ここ東京国立博物館所蔵の重要文化財なのだが、今まで見たことは無かった。紫紅の重要文化財指定作品を見たのは横浜美術館で見た「横山大観展」が初めてであった。
 紫紅の「熱国の巻」の片方が展示されていたのだった。その後、昨年であったか、ここ東京国立博物館の総合文化展の近代の展示室で「熱国の朝」と「熱国の夕」の両方を鑑賞する機会に恵まれた。「熱国の巻」は両巻とも鑑賞コンプリートしたので(笑)、「近江八景」の展示を待望していたのだ(笑)。

 ここ数年鑑賞の機会を探っていたのだが、私が展示機会を逃したのか、又は数年間展示が無かったのか、定かではないが、今回展示されていた。
 題名の「八景」の文字の如く「8幅」ある。(単位が間違っているかも。「点」と単位付けした方がよいかな。)
 ガラスケースの中に8幅が整然と並んでいる。
 一番、目にとまった作品は↓ この作品。

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 作品ごとに名称の表示がある。上の作品は「比良山」。「近江八景」のうちの「比良山」。
 空と琵琶湖の湖水の青、そして画面中央上部にもくもくと広がる白い雲が大変印象的だ。山脈には白い雪のような白がある。季節は夏なのか、冬なのか?。入道雲のようなダイナミックな雲と雪をかぶった山脈・・・・。
 両方を同時に見ることはできないのだが・・・・。
 ともかく、現代においても琵琶湖の大津や草津付近から見上げる比叡山系の比良山地は湖面から屹立するようにそそり立っているので風光明媚である。断層帯でニョキニョキと山地が上に伸びているのだ。琵琶湖が世界最古の断層湖のひとつといわれるため.、この景観が成立しているともいえる。
 そして湖面には魚をとるための「簗」というのか、仕掛けがある。定置網というのだろうか?。モロコが代表的な琵琶湖の魚であるが、モロコの追い込み漁のための仕掛けだろあうか?。琵琶湖の伝統的な漁法だろう。

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  重要文化財指定作品マークのある解説文。
 「琵琶湖畔の名勝八景を従来の観念にとらわれず描く。西洋絵画の影響を受けているのは明らかであるが大正元年の夏に湖畔を旅して歩いた折の・・・・」とある。
 雪山?にかかる夏雲と夏を思わせる湖水の明るさと伝統漁法の様子は、確かにどこか西洋画のようだ。

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 ↓ 瀬田の橋であろう。現在の大津市、琵琶湖から瀬田川が流れ出すところの風景か。
  「瀬田」。右が下流かな。すると手前の家々は膳所の街かな。

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 「堅田」 有名な浮堂を描いたものかな。湖水の対岸は、現在の近江八幡市かな。
 対岸が近い。現実とは異なる独自の描写である。

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 三井寺の石段であろうかと思った。「三井の晩鐘」であろうと推定したが、「石山寺」の「石山」。
 瀬田のやや南、瀬田川の流を見下ろすかのような立地のお寺である。近くを通過したことはあるが、参拝したことは無い。道理で鐘は描かれていない筈だ。
 
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 「矢走」 画中の丸い山は、先の比良山ではなく、近江富士を拡大で描いたと思われるが違うかな・・・・・。
 漁夫の姿が描かれている。大観の「蕭湘八景」のうちの1点の絵に何となく似ている。
 大観が表現したトンチン湖での舟の様子にも似ている。 

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 「唐崎」
 枝の伸びた松が印象的。
 
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 「粟津」
湖水を走る帆舟と手前の緑の松、松林の中を歩く牛と牛使いの小さい姿が対照的。
後方の山は比良山系であろうか。 
ダイナミックと人と家畜が対比されている。


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 ↓ 手前は大津の港であろう。これが「三井の晩鐘」。奥の石段の上に三井寺(園城寺)。私が拝観に訪れたときは、まるでお城にように感じたが、絵で見ても大津の街を守る城郭のように感じる。
 上で「道理で鐘は描かれていない筈だ。」と書いたが、「三井寺」にあの鐘楼を見出すことが出来ない・・・・。鐘のお堂はある?。すると、私が三井寺に行った経験からすると中央左の小さいお堂かな。


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 ↓ 8点のうち、右側の4点を撮影。
   人が多かったのだが、たまたま人の流が途切れたときに撮影。

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 ↓ ガラスケースの支柱を挟んで真ん中の作品4点。


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↓ 8点のうち、左側の4点を撮影。
 人が多かったのだが、たまたま人の流が途切れたときに撮影。「比良山」は一番左にあった。
 東博の広報誌にも「比良山」の写真のみ掲載があった。

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 「比良山」の青に次いで、パッと見たところ目立つのは緑色の松の「粟津」だ。鉱石から削るーったと思われる緑の顔料がふんだんに使われている(と見える)。

 2階の近世の展示室には、渡辺華山の作品の展示があった。
 「十友双雀図」

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「十友」とは梅、菊、芍薬、くちなしや薔薇などの草花のことだそう。
雀2羽と草花が美しく描かれている。

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↓ 落款の拡大。

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 「渡邊 登」と書いてある。「登」は小さく書いている。「・・・窓下晴快・・・」と力強い字である。
華山その人の肖像画を見ると意志の強い人柄であったようである。その非業の死とともに、維新の前の時代、近代への胎動期に活躍した人物として二宮敬作、高野長英、楠本イネ、大村益次郎、その名を挙げれば枚挙にいとまがないが、彼ら彼女らも含めて、なぜかその生涯には魅かれるものがある。

↓ 応挙の作品があった。

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 小童子の右横に応挙の署名がある。
 当時の漢字の字体で「寛政・・・初秋写」「平安源応挙」と几帳面な文字である。
他の作品と同じ署名である。(当たり前だが。)大変丁寧な文字で応挙は「A型」なのかなと思ってしまうのは議論が飛躍しすぎかな。
 応挙の作品で一番印象に残っているのは 永青文庫で見た「春画」だ。実にリアルな描写であった(苦笑)。

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 時代はややさかのぼって 久隅守景の作品。ここ東博所蔵の国宝と人物描写が似ている。
 国宝と同じく??、一曲の屏風。

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「守景筆」とある。真作で間違いない。他の作品と同じ筆跡である。
(もちろん筆跡だけで判別しないだろうが。)

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平成29年4月「博物館でお花見を」 鑑賞2(平成館 考古展示室) 東京国立博物館

 4/2(日)  「博物館でお花見を」 東京国立博物館 鑑賞。

  特別展はこの時期は開催が無い。あと数日で「特別展 茶の湯」が開催される。
 よって本館の総合文化展を見学し、次いで特別展が開催されて「いない」平成館へ向かった。

 ↓ 平成29年4月2日の退出時に本館の玄関から撮影。上野公園の桜並木の様子。
   遠目に見ると満開に近く、見頃を迎えたようだ。


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 ↓ 拡大。イベントが開催されていた。

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 平成館の一階、考古展示室を見る。以前2月に来たときに、ざっと見たが、改めて見てみる。
 よって企画の「博物館でお花見を」とは関係ない(笑)。 

 ↓ 国宝  秋草文壺(渥美窯) 神奈川県川崎市幸区南加瀬出土 。
  「慶應義塾大学蔵」とある。

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 骨壺らしい。学校法人慶應義塾の所有。寄託されており通年展示のようで、写真撮影も許可されている。
 学校所有だから撮影OKなのであろろうか。

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 発掘されたのが川崎市なので横浜市の日吉校舎から近い。近くにある学校ということで発掘後に寄贈されたか何らかの経緯で所有になったのだろう。
 確かに秋のすすきのような紋様が刻まれている。「渥美」半島の窯で焼かれているようだ。「渥美焼」というべきものであろうか。半島から海を渡るが、常滑にも陶器の生産地があるし、焼き物に適した土が採掘されるのであろう。東大寺の瓦を焼いた窯も伊良湖の近くにあったし、古代、中世から窯業が盛んであったのだ。東国まで流通して実用されていたとは、驚きだ。

 ↓ こちらは昨年私も訪れた 奈良県宇陀市出土の国宝指定文化財。
  遺跡そのものに私が行った訳ではない。宇陀周辺を少しばかり散策して、宇陀では「でっち羊羹」も購入した。
 「銅製骨壺、銅箱、瑠璃骨壺」 奈良県宇陀市榛原区八滝 文祢麻呂墓出土
  博物館のウェブサイトには説明があるが、展示作品の解説では国宝としての「指定名称」が分からない・・・・。単独で「瑠璃骨壺」が国宝指定されていると誤解してしまう。
  

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 「銅製骨壺」 ↓ 古代のお墓からの出土品が一括して国宝に指定されている。

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 「銅箱」とお墓の主「 文祢麻呂」の墓誌。
 なんと、奈良時代の前、飛鳥時代に区分される時代の慶雲4年(707)。

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 ↓ 別の国宝の展示。
  江田船山古墳出土品だっかな。違っているかも・・・・。


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 特別展は開催されていないので、平成館の特別展の部屋は閉鎖されていて、二階にも行くことは出来ない。閉鎖されていた。
 人もいなくて、静まりかえっていた。
 
 博物館を出て、敷地の裏手に回り、谷中墓地の脇から、鶯谷駅に歩いた。電車で駒込に向かった。


平成29年4月「博物館でお花見を」 鑑賞1 東京国立博物館

 4/2(日)  「博物館でお花見を」 東京国立博物館 鑑賞。

  特別展はこの時期は開催が無い。あと数日で「特別展 茶の湯」が開催される。
 よって本館のみ、総合文化展を見学した。まずは、二階の国宝室へ向かった。

 二階 国宝室は「花下遊楽図屏風」 狩野長信
 以前もこの時期に鑑賞したことがある。

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 長信は、永徳の弟。現在のところ国宝指定はこの一作のみだったと記憶する。秋に展示される「楓図」の屏風は狩野秀頼の作品。「長信」という名は、かつての権力者「信長」に似ているし、狩野秀頼は豊臣秀頼と同じ名前。西暦でいうと1600以降の作なので、大坂の陣頃の作品か。
 屏風の一部は焼失してしまったと説明にある。説明板には大正時代撮影の白黒写真も載っている。以前も同じ説明は読んだ記憶がある。が、すっかり忘れていた(苦笑)。
 桜の下でくつろぐ市井の人々の様子を表現したのだろうが、改めて見ると桜の木は何本もない。現代の花見のように「(染井吉野の品種の)桜並木」ではなく、花とともに茶緑色の葉が出ているヤマザクラの品種。
 花見の習慣は昔からあったが、鑑賞する桜の木は一本か二本くらいだったのだろう。

 写真撮影自体は禁止されていなかったようだ。しかし、念のため写真掲載はヤメておく。
 国宝室の隣の部屋は主に平安時代頃の文化財の展示。
 「当麻曼荼羅図」(たいまのまんだらず)の展示があった。文化財指定は無い。説明によると鎌倉時代の作品。

 ※ 漢字は「当麻寺」のように現代漢字を使用して表記します。


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 ↓  当麻曼荼羅図 全景。
    お釈迦様を中心に「極楽浄土の情景を表現した画」。
   2013年5月に奈良国立博物館で を見学した。 
   数多くの当麻曼荼羅図が展示されていた。当時30年ぶりに公開された国宝「縮織当麻曼荼羅絵巻」
  はかなり彩色が剥落していたが、そのスケールは圧巻であったことを思い出した。
 ※「縮織・・・」の漢字の誤りはご容赦ください。
 
   この当麻曼荼羅図を見たのかは、覚えていない・・・・・。

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 ↓ 説明。画面周囲には結縁者の氏名を記入する枠を設けている、とある。
  密教の儀式に関連して「結縁」(けちえん)という言葉を知ったが、簡単にいうと仏様のご利益にあやかりたく、縁を結ばせて頂くということか。

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 ↓ 国宝室の真下の一階「漆工」展示室の展示品の紹介告知板。

   国宝 倶利伽羅龍蒔絵経箱の展示があった。奥のガラスケースの中に展示があった。
   以前もどこかの展示で見たことはあった筈。えーっと、やはり2013年5月に行った特別展「当麻寺」だった(笑)。
    当麻寺奥之院 所蔵。 今回も特別展のときと同様、写真撮影は禁止であった。
   改めて見ると 青蓮院の国宝「青不動」画像の炎に似ている。両脇の童子も雰囲気が似ているし。
   経箱であるから、密教の信仰のもとに制作されたのだろう。
           二階で展示の  当麻曼荼羅図 ともども、当麻寺 に関連する文化財。

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  続いて一階の展示室を見ていく。隣の「刀剣」の展示室は、やはり平常に戻っていた。国宝の刀剣も無かった。(仮にあったとしても、以前から展示されていた相州の短刀などだったと思う。)
 ブームは、昨年の夏までだったかな・・・・。昨年の後半以降、今年になってからも「刀剣」の展覧会が多数開催されている。一昨年くらいから急激に広まった「刀剣ブーム」を受けて企画し、昨年、今年から来年にかけて開催されるのだろう。 


 ↓ 前回2月に見学したときの鑑賞作品 仁清 「色絵月梅図茶壺」 重文。
  一階の刀剣の次の展示室に展示されていた。

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  「野々村仁清は丹波の出身で、京都 御室仁和寺門前の御室焼を指導し、京焼色絵陶器の完成者として名高い・・・・・。」とある。 京都の人であった。
 

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 この日は、日曜日であるが最近は開館時間が延長になり、17時閉館ではない。常設展(総合文化展)を比較的ゆっくり見た。
 次いで、平成館に通路を移動した。
 「博物館でお花見を」がテーマだが、あまり「桜」「花見」関連の展示は見なかった(苦笑)。


総合文化展 2017年2月 鑑賞2 東京国立博物館

 2/18(土)に東京国立博物館の特別展「春日大社 千年の至宝」や常設展(総合文化展)を鑑賞した。

  特別展の前に本館へ。ざっと見てから、廊下を伝って平成館へ。

 こちらは二階の国宝室。
 「群書治要」 巻三一.説明らよると50巻のうち13巻しか残っていない。その31巻目ということだろう。


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 国宝 群書治要の写真は無い・・・・・。
 一階の展示室を見ていく。「刀剣」の展示室は、ほぼ平常に戻っていた。昨年の秋の段階でも平常に戻っていた。ブームは、昨年の夏までだったかな・・・・。

 と陶磁器の展示室に「梅の花」の模様のある壺が目に入った。
 2月の今の季節らしい。

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 説明によるとあの仁清 の「色絵月梅図茶壺」とある。重文指定。
 「野々村仁清は丹波の出身で、京都 御室仁和寺門前の御室焼を指導し、京焼色絵陶器の完成者として名高い・・・・・。」とある。
 京都の人であった。
 

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 この日は、土曜日で20時までの開館。先に一旦、平成館に行き、特別展「春日大社 千年の至宝」を見た。特別展は17時までだったが、既報の通り天皇陛下の行幸があったので、少し平成館で待つ。その後、廊下を通り、本館に戻り、常設展(総合文化展)を再び見た。
 近代の部屋がやたら人が多い。17時までの特別展を見た人が、平成館からこの部屋を通って、館外に出ていくためだ。平成館~表慶館前~正門までの通路は警備の人などが立って閉鎖されていたためだ。

 本館の二階には
 「奈良 金春家 伝来の能面 能装束」の企画展示があった。
 奈良で能をつかさどった金春(こんぱる)家があり、能面、装束が伝わっているそうだ。
 「能面」らの何点かが、重文に指定されているようだ。「重要文化財」と赤い文字で表示がある。
 ↓ 能面 「中将」
   安土桃山時代の作品。 奈良には、たいま寺(当麻寺)がある。そこには、中将姫伝説があった。
  中将というと、「姫」を想像してしまう・・・・。
 

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 鼻が大変立派な男の面のように感じる。

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 ↓ 装束。
 

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 ↓ 展示の説明。


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 能面だけでなく、能面を入れる袋も展示があった。
 「般若」と袋に書いてある。


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 ↓ 能面についての解説。


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 ↓ 女性の顔をしたやさしい表情の面。


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 一通り見て、本館を退出。
 車を停めてある「東急プラザ 銀座」に移動した。



総合文化展2017年2月 鑑賞1 東京国立博物館 特別展「春日大社 千年の至宝」開催中

 2/18(土)に東京国立博物館

 特別展「春日大社 千年の至宝」の会場に行く前に常設展(総合文化展)を鑑賞した。

 敷地内に入ってから、このブログの写真用に「特別展の立看板」を撮影しようとした。しかし、普段は芝生の植え込み付近に設置いてある「立看板」が無いのだ・・・・・。あれ、おかしいな、と思いつつ、本館に歩く。本館の外壁にも特別展の懸垂幕はかかっていない。
 先に、本館を見ることにした。ある程度、時間があるため本館の総合文化展を見てから、廊下を伝って平成館へ行き、その後平成館を出てから、平成館外壁や付近の特別展の告知看板をプログ用に撮影してから、本館の玄関にもどって、この日は20時閉館であるから、17時で特別展が閉まった後にある程度総合文化展を見る予定であった。

 二階の展示室をざっと見てから、一階に降りる。近代の展示室に入る。

 特に注目したのは陶磁器の「台付鉢」だ。なるほど、鉢の下部に台が付いている。
 褐色の釉薬が施しされている「褐釉」なであり、焼き物の「蟹」のお姿が「貼付」されている。

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 これこそ 初代宮川香山 作 「褐釉蟹貼付台付鉢」。重要文化財指定。
 かつてサントリー美術館で開催された、宮川香山の回顧展では展示された。しかし、所蔵するここ東京国立博物館では見たことが無かった。もう一個、初代宮川香山 作の重要文化財指定作品があって、タテに長い壺であった。もう一個の重文作品は、見たことがあった。

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 ↓ 裏面。 棚に飾って正面から、カニを鑑賞できるように制作したのでしょうか。

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 蟹に向かって「左」から撮影。
 蟹の足はシンメトリーの動きではなく、向かて左に足が出ている。体が右を向いている。
 

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 蟹に向かって「右」から撮影。
 「まるで生きているように」という表現がぴったりの蟹の工芸だ。
 蟹は「ワタリガニ」と私は思いますが、違うでしょうか?。
 

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 「ガザミ」ともいうかも知れませんが・・・・。冬のこの季節、カニといえば、タラバガニやズワイガニと思いますが、夏の時期にカニ料理といえば「ワタリガニ」と思う。値段も比較的手ごろなので、カニ料理といえば「ワタリガニ」が出てくることが多いのではないか。
 ワタリガニは日本の海の浅瀬などに多く生息していると思うので、食用のカニといえばまずはこの「ワタリガニ」を指すのではないだろうか。甲羅の色も深い緑色で、この作品の蟹の色と似ているし。
 ということで「ワタリガニ」断定(笑)。  
 
↓ 鉢の上から見たところ。鉢の内側は、褐色ではなく深緑色の釉薬が多いようだ。
  蟹は、足を鉢のフチに引っかけて、リアルな動きまでも再現されている。
 奥のガラスケースにはね近代工芸としての刀が展示されている。

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 重文指定の鷲の置物。鈴木長吉 作「鷲置物」
 背後から撮影。近代工芸品の重文指定作品が並んで展示されている。
 すごいです(笑)。


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 鈴木長吉 作「鷲置物」については、最近展示されていることが多かった。以前は高村光雲の木像「猿」が展示されていることが多かったように記憶しているが。

  「洋画」部門については、浅井忠の作品が展示されていた。重文指定作品を所蔵しているが、今回は展示が無い。個人が博物館に寄贈した作品を展示していた。


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 ↓ 作品の解説。「少女と犬」
  佐倉藩の生まれだったのですね。父は佐倉領主、堀田家に仕えていたそうで。昨年訪問した、佐倉城跡にある石垣と歴博を思い出した(笑)。
 忠、本人は、江戸詰めの家の生まれで、その後佐倉に居住したことがあるでしょうか。
 今回はサイズの小さい作品が多く、将来どれか重文指定になりそうな物はあるのかな、と考えたが、よく分からない(苦笑)。

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 特別展「春日大社 千年の至宝」にちなんでか、神鹿の工芸品の展示があった。

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 竹内久一作。木造の鹿。春日大社の鹿を思わせる。
 作者は奈良で古彫刻の勉強をした、と作品説明にあるため、奈良 春日大社周辺に鹿さんをモデルにしたと推定される。(あくまで、個人の感想。)

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 ↓正門前のチケット売り場の前には、「展示替情報」の告知ボードが設置されていた。
   (既出写真)。

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 今週2/14-2/19(日)は、国宝指定の鎧が4点勢揃いした。特別展のパンフレットには「甲冑そろいぷみ」と告知されている。まさに「神週」であった(笑)。
 「神週」は特別展のパンフレットにある「甲冑そろいぷみ」と春日大社は神社で神様を祀っているため「神」とを引っかけて考案した造語だ。他にも同様の表記をしているサイトもあるとは思いますが、あくまで私個人でも考えたフレーズだ(笑)。


特別展「春日大社 千年の至宝」 鑑賞1 東京国立博物館

 特別展「春日大社 千年の至宝」 鑑賞記  2/18(土)に東京国立博物館の特別展「春日大社 千年の至宝」や常設展(総合文化展)を鑑賞した。

 上野公園内を歩いて、博物館の前までやって来た。正門前のチケット売り場の前には、「展示替情報」の告知ボードが設置されていた。敷地外でここまで展示するとは、本気度が高いです(笑)。

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 今週2/14-2/19(日)は、国宝指定の鎧が4点勢揃いする。特別展のパンフレットには「甲冑そろいぷみ」と告知されている。まさに「神週」である(笑)。
 「神週」は特別展のパンフレットにある「甲冑そろいぷみ」と春日大社は神社で神様を祀っているため「神」とを引っかけて考案した造語だ。他にも同様の表記をしているサイトもあるとは思いますが、あくまで私個人でも考えたフレーズだ(笑)。

 ↓ 同じくチケット売り場に設置してあった告知ボード。
  国宝の太刀うのちのひとつが2/21以降に展示されるとある。更に、21日から25日までは入場者先着順に記念グッズプレゼントがある。
 「神週」以降もみどころ満載です(笑)。

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 敷地内に入ってからも特別展の看板を撮影しようとした。しかし、普段は置いてある敷地内の看板が無い・・・・・。あれ、おかしいな、と思いつつ。本館に歩く。本館の外壁にも特別展の懸垂幕はかかっていない。
 チケット売り場に展示品リストのボードを置いたからなのかな~と思いつつ、まあいいか、と深く考えず本館に(笑)。 先に、本館をざっと見てから、廊下を伝って平成館へ。

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 平成館の一階にある映像コーナーで「春日大社 千年の至宝」の映像を見る。タイトルは「春日大社 祈りの源流」で10分間の映像であった。
 春日大社の神事の紹介もあった。最近春日大社はマスコミで露出が多い。テレビ番組で紹介されている。更にNHKのサラメシで「神社の社員食堂」も紹介されていた。たまたま、私も見たのだが・・・。取材に応じているということだろう。
 式年造替自体は二年前のことで、私自身も一昨年の5月に春日大社の特別公開の拝観をした。謎に満ちた神秘の「盤石」(いわくら)も拝観することが出来た。

 その後、会場に入る。第一会場へ。
 最初の展示は「春日鹿曼荼羅」である。
 鹿の上にお日様のような「円」が出ている掛け軸の絵です(笑)。神域を守る鹿を神聖視しているような絵。「神秘の鹿」といったところか。「神秘の子羊」は、聖バーフ教会、・・・関係無いか・・・・・。動物に神秘性を見立てて、絵画表現するところは共通しているかな(こじつけかも知れないが・・・・)。
 次の展示も「春日鹿曼荼羅」である。次も「春日鹿曼荼羅」である。色彩は異なるが、鹿に春日の太陽は共通している。ガラスケース内には、「鹿曼荼羅」がズラリと並んでいる。
 次に「鹿島立神影図」がある。「鹿島」とは日本の地名にもなっている。茨城県には鹿嶋神宮があるし、市の名前や鹿はサッカーチームの名前の由来にもなっている。佐賀県にも鹿島市がある。
 束帯姿の男が鹿の上に載っている。背後には、大きな真ん丸な「春日」の金色太陽。説明によると鹿島神?が、常陸の国の鹿島から春日に降臨してお祭りされているそうだ。「鹿島」は鹿島神宮のことであった。
 鹿島と春日の「鹿」は関係があるかは、私の見た限り説明は無い。図録などには解説があるかも知れないが・・・・。 

↓ 特別展のパンフレットの拡大。

 
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 「春日鹿曼荼羅」のガラスケースとは反対側の展示は 「鹿図屏風」がある。文化財指定は無いが、大きい立派な屏風絵だ。表現されている鹿は、ほぼ等身大だそう。英語では材質は「Gold Papar」とある。金地着色といったところかな。
 
 「春日鹿曼荼羅」のガラスケースの並びに戻る。国宝の展示があった「延喜式 巻九」の展示である。
 春日大社の神事に関する記述があるので、その部分が展示されていた。
 「神祈祭 ・・・木綿大 一斤・・・七尺調布・・・」と布などを神事に備えることが規定されているらしい。正倉院文書にある年貢の内訳のような感じもしたが・・・・。神にお供えする物が延喜式に定められていたということだろう。
 特別展のキャッチコピーにもあるが春日大社は「平安の正倉院」だ。


 


特別展「茶の湯」 平成29年4月開催 in東京国立博物館 曜変天目茶碗も展示 (情報)

 平成29年の4月から開催される 、特別展「茶の湯」。

 2/18(土)に東京国立博物館の特別展「春日大社 千年の至宝」や常設展(総合文化展)を鑑賞した際に、本館などにパンフレットが置いてあった。開催まで、あと二か月足らずに迫っている。
 平成館の「春日大社 千年の至宝」会場の出口に置いてあったかは、分からなかった。天皇・皇后両陛下のご来場とのことで、出口付近に人が滞留して混雑していたためパンフレット置き場は確認していない。

 特別展「茶の湯」のパンフレット(以下「パンフレット」とこの記事では呼ぶ。)によると 国宝に指定されている「曜変天目茶碗」のうち「稲葉天目」が出品されるのだ。静嘉堂文庫美術館の所蔵。パンフレットには、その写真も掲載されている。4/11の開催初日-GWの終わる5/7までと比較的長い期間の展示だ。

 昨年以来、「曜変天目茶碗」に関するテレビ番組も「複数」放送されたし、関心も高まっていると思われる。ちなみに、私も番組を「複数」視聴した。が、「曜変天目」について、これ以上の言及はヤメておく(笑)。
 
 ↓ 静嘉堂文庫美術館の展示室内の拡大。外の庭から撮影したもの。2015年11月に管理者が撮影。

  写真に写っている「上部が円筒形の頑丈なガラスケース」の内部には、黒っぽい「茶碗」がある。その茶碗の内側にはキラキラと輝くコバルトブルーのプチプチの丸い紋様があった・・・・・。これが、かの・・・・・(伏字)です(笑)。

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 藤田美術館の「曜変天目茶碗」は展示されないようだ。(パンフレットには言及無し。)代わりにといってはなんだが、同館所蔵の別の作品「交チン(文字が表示されない・・・)大亀香合」が出品され、写真も掲載されている。藤田傳三郎が死の直前に落札させたという極上の逸品だ。以前サントリー美術館で開催された展覧会でも出品されていたので私も現物を見ることができた。

 大徳寺龍光院所蔵の「曜変天目茶碗」も出品し、ドーンと特別展「茶の湯」を開催する!!、とはいかないようだ・・・・(当たり前だが・・・・・)。

 冗談はさておき、パンフレットには出品が決まっている(というより、公表している)主要展示予定品の写真掲載がある。
 同じ大徳寺の塔頭 孤蓬庵(漢字一文字が間違いか・・・・・・。)所蔵の「大井戸茶碗 銘 喜左衛門」が出品される。井戸茶碗は、朝鮮半島由来の日常使用する簡素な器と知ったのは、2014年秋に開催された「日本国宝展」でのことだった。
 国宝「志野茶碗 銘 卯花がき(漢字が出ない・・・・。)」は、2015年12月27日に日本橋にある三井記念美術館の企画展、開館10周年記念「三井家伝来の至宝」で見たことがある。

 国宝「油滴天目茶碗」 大阪市立東洋陶磁美術館 所蔵は、パンフレットには記載が無いが「東京国立博物館ニュース 2017年2-3月号」には出品されるとの記載と写真掲載がある。同じく2015年12月27日に日本橋にある三井記念美術館の企画展、開館10周年記念「三井家伝来の至宝」で見たことがあるし、昨年の特別展「禅」in東京国立博物館で見たばかりだ(笑)。

 青磁では、アルカンシェール美術財団蔵 国宝 青磁下蕪花生の展示がある。2014年10月12日に当時改装オープンした東洋館に展示されていたときに見た国宝の青磁と同じではないだろうか?。写真もピンボケしているし、よく覚えていないし忘れたが・・・・(笑)。当時、展示室内は撮影可だった。

 茶席飾として、南宋時代の絵画「紅白芙蓉図」も展示される。この1月に見たばかりです(笑)。
 ↓ 2017年1月に管理者撮影。

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  1月に展示されたとき「紅白芙蓉図」は「臨時全国宝物取調局の活動-明治中期の文化財調査-」のテーマであった。今度は「茶の湯」での展示だ(笑)。

 今回の特別展「茶の湯」において、国宝の茶碗で展示されない物は他にもあるようだ。
 長野県服部諏訪にあるサンリツ服部美術館所蔵 本阿弥光悦作「白楽茶碗 銘不二山」 。昨年2016年に同館で開催された特別企画展「禅宗と茶の湯の美」の後期の展示で展示された。
 サンリツ服部美術館の入口にも「白楽茶碗」の写真が掲示してあった。さすがに貸し出しは不可能であろう・・・・。私は前期に展示された「国宝 可翁筆 寒山図」を見たが、後期は訪問できなかったので実物は見ていない。次回、諏訪を訪れるときに鑑賞することとしよう。
 相国寺承天閣美術館所蔵の「たい皮天目」(字が出ない・・・・。)は、特別展「禅」in東京国立博物館で見たばかりだ。さすがに今回「茶の湯」では展示が無い模様・・・・・・・。以前にも書いたように所蔵する承天閣美術館で私は見ることが出来なかったので、特別展「禅」でリベンジしたのだった(笑)。

 「茶道」は現代、特に戦後の日本社会では女性がするものというイメージがある。しかし、明治維新以後、いわゆる戦前の社会では男性が嗜むことが多かった。よって、昔の政治家や実業家はこぞって茶道具を収集していた。買い求めた先は、旧大名や旧公家の華族達であったろう。その収集品は現在、財団法人などの美術館、博物館の所蔵になっている所も多いだろう。よって、それらの美術館、博物館でも「茶道」に関連した特別展、企画展が開催されることも多い。東京国立博物館に所蔵品が寄贈されているのは、有名な実業家(電力の鬼) 松永安左エ門や三井の大番頭で男爵を授けられた益田孝などだと記憶する。
 よって、重要な文化財としての茶道具類は現在、分散されて所蔵されていることも多い。他の館から借りて展示することは交渉に時間がかかるし、なかなか大変で困難なので、展示品が限られるのは仕方無いですね。

黒田記念館 特別展示室公開 2017年1月 見学 東京国立博物館

 2017年1月9日(月) 

 年が明けた。今年初めて「東京国立博物館」にやって来た。
 「博物館に初もうで」を開催している本館を出て、黒田記念館に向かった。
  
 ↓ 館内に入場する。二年前にリニューアルオープンした黒田記念館の特別展示室は年始の公開中であった。
  廊下から「智・感・情」を撮影。この日は、入館者が少なかったので、他の人にカメラを向けることなく撮影できた。


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 三つ並んだ「智・感・情」。大きい。等身大くらいある。大型作品。

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↓ 高村光太郎作の「黒田清輝先生」像。


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 ↓ 通常開室している展示室の入口の正面に「マンドリンを持つ女」の展示がある。


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 展示室の入口の上にある「黒田子爵記念室」の文字は中村不折の揮毫とのこと。
 「新宿 中村屋」の看板とも確かに筆跡が同じである。


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 ↓ デッサン「編物をする女」
 「読書」のモデルの女性と同じだ。

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↓ 自画像。
 作品の右下に手書きで「紀元2545年8月4日写於パリ・・・黒田清輝」とある。
 まだ絵の勉強を始める前の時期の作品とのこと。
 若々しい清輝の姿がそこにある。年をとると、どうして、あの丸丸と肥えて、いかにも現代でいう「メタボのオッサン」の風貌になってしまうのか?。不思議だ・・・・・・・・・。

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 あ~、ボクも歳をとりたくないな~(笑)。
 ↓ 展示されていた作品。


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↓ 黒田の師 コランの肖像。紙 鉛筆。
  大正時代の作とある。

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 ↓ 「祈祷」 1889年 油彩画。祈りをささげるフランスの少女の像。
  レンプラントの作品をこの時期模写するなど、影響を受けていたと説明にある。
  ミレーの絵も似ているにうな気もする。

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↓ 「昔語り 下絵(舞妓)」
  油彩画。重要文化財指定の「舞妓」の下絵として制作されたというような説明だったと記憶する。
  京都の舞妓さんを描いたもの。こちらの方がリアルに舞妓さんの表情を捉えいるような。


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 黒田記念館を見た後、そのまま徒歩で芸大の横を通り、森鴎外記念館まで散歩した。(谷根千散歩です。)

「博物館に初もうで」2017年 見学2 東京国立博物館

 2017年1月9日(月)

 年が明けた。今年初めて「東京国立博物館」にやって来た。「博物館に初もうで」2017年 見学2
 特別展「平安の秘仏―滋賀・櫟野寺の大観音とみほとけたち」が開催期間延長になって約1か月延長となり最終日なので、見学した。 
 一旦、二階の展示室を見てから、再び階段を降りて、一階の回廊状「ロ」の字になっている展示室を見ていく。「刀剣」の展示室は、あまり混雑していない。「刀剣女子」に代表されるブームはまだまだ続いているのでしょうか?。更に館内の奥に進む。一番奥の通路、裏庭に面した廊下に続く(もちろん、展示室には窓はついていないが)展示室に入る。
 
 「臨時全国宝物取調局の活動-明治中期の文化財調査-」のテーマによる展示があった。
説明によると「 明治21年(1888)に発足した臨時全国宝物取調局は全国の宝物台帳を作成することを目的とし、各地に調査員を派遣して文化財の調査と登録を行ないました。・・・・」と書いてある。
 

 壁のガラスケースには国宝 李迪(りてき。字が違うかな・・・・。)筆 「紅白 芙蓉図」があった。
 ↓
 2014年の「日本国宝展」で見たことがある。ここの所蔵なので「プロパー作品」の展示。
  二点あり、紅の芙蓉と・・・・、


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↓ 白の芙蓉と二点の展示がある。


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↓ 明治中期の調査の際の記録の冊子の展示がある。
「三等」「子爵 福岡孝弟」「木芙蓉図 「双幅」とある。

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 国宝の展示よりも、調査記録の展示がメインのようだ。展示品の名称は「鑑査状番号簿」であり、芙蓉図は「第四」巻に記載されている。
 「鑑査状番号簿」自体が、重要文化財に指定されている。近代の文化財調査資料ですね。


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鑑査状 ↓

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 「右、優等にして美術上に要用なるものと認定す」とある。土佐出身の福岡孝弟(たかちか)は、明治の元勲の一人。どうやって、芙蓉図を入手したのか?。現在はここ東博の所蔵のため、あるときに寄贈されたか、購入したのだろうか?。
 臨時全国宝物取調委員長は 九鬼隆一とある。爵位はない、現在の兵庫県にあった三田藩の殿様の一族だろうか。当主ならば爵位を持っている筈である。「三田」とすると、白洲次郎の白洲家もここの出身だった筈。
 鑑査状には、「臨時全国宝物取調臨時鑑査掛 狩野〇〇」や「臨時全国宝物取調掛 岡倉覚三」とある。
 「狩野」は絵師の狩野一族の人であり、「岡倉」は岡倉天心ですね。

↓展示室内の様子。鑑査状などの文書は平なガラスケース内に置かれていた。

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↓ 「芙蓉図」の鑑査状とは別のガラスケースに置かれていた書類。
 「達磨」像で所有者は「伯爵 松方正義」

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 「石×観音像」の所有者も「伯爵 松方正義」。
 展示されているのは、当時撮影した白黒の写真なのでしょう。


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 松方は、のちに公爵になっている。このとき首相には、まだなっていなかったかな?。
 たくさんいる正義の子の一人は、松方幸次郎で「松方コレクション」で有名な人。当時。政府の高官などお偉いさんは、旧大名や旧公家などから、昔の文化財を購入していたのでしようか?。彼らは新時代の「新貴族」様ですからね。旧体制の名家から、買い集めをしていたのでしょうか・・・・。


 更に進んで、近代美術の展示室に入る。


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 ↑ 「弱法師」は写真の右にある。

 今回、近代絵画(工芸品は除く)で重要文化財指定の作品は、下村観山の「弱法師」(よろぼし)のみでした。
 以前、2013年12月、横浜美術館で開催された「生誕140年 下村観山展」で鑑賞したことがある。

 ↓ 右隻


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↓ 左隻

 大きな太陽は四天王寺の西に沈む「夕日」である。左隻は本当にシンプルで、花が咲く木の枝先以外は真っ赤でまん丸な太陽を思いっきり表現している。 
 本当に大きな「日の丸」である。日本の国旗を意識して描いたようにも思える。

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 「観山」の落款と署名。美しい桜の花びらの下のそっと入れ込んだような感じ。
 

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 近代の洋画の展示は、前回来たときと同じ明治時代の元勲など政治家の肖像画だった。
 「大久保利通」や「岩倉具視」などの。
 ざっと見学した後、次は「森鴎外記念館」に向かうことにした。
 博物館を退出した。


「博物館に初もうで」 東京国立博物館 2017年1月見学1

 2017年1月9日(月)

 年が明けた。今年初めて「東京国立博物館」にやって来た。

 特別展「平安の秘仏―滋賀・櫟野寺の大観音とみほとけたち」が開催期間延長になっていたので、入場した。
 (「櫟野寺」の文字がウェブ上では表示されないかも知れないが、その節はご容赦頂きたい。「らくやじ」と読む。)
  「博物館に初もうで」というこで館内を見学する。二階の国宝室に行く。

 ↓ 等伯筆 国宝 松林図屏風の展示があった。
  三年前の正月2日に来たことがあり、そのときに公開されていて、鑑賞したことがある。


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 ↓ 左の屏風。

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 ↓ 左下にあった「等伯」の落款。

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 筆で墨をサッサットと描いたのだったのかは分からないが、筆遣いが判る。

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 前回見たとき、特に撮影をしなかった。撮影可なのか分からなかったので・・・。今回は撮影禁止とは書いていなかったし、室内で撮影をしている人がいたので、私も撮影した次第。
 フラッシュ禁止ならば撮影可能のようだ。作品の前には多くの人が集まっていた。人が途切れたところで、左右両方の屏風を撮影をするひとができた。

 ↓ 国宝室の隣の部屋に展示があった、国宝「扇面法華経冊子」
   経文はなんと書いているのか判らないが美しい絵が描かれている。


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↓「新春特別公開」の告知。


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↓ 江戸時代の作品が展示してある部屋を通り、移動する。

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↓ 江戸時代の絵画などの展示室。
 円山応挙の「雪中老松図」。文化財指定は無いようだ。
 
 説明文によると「・・・・絹地の白さを生かし、枝上の雪を浮かび上がらせる。・・・・」とある。

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 雪の白い部分には、何も塗っていないのでした。墨の濃淡で松の幹や葉の様子を表現している。
 以前、三井記念美術館で見た国宝「雪松図」に酷似している。ああ、やっぱり同じ作者なのだと納得した(笑)。

↓ 説明文。明和2年の作であった。

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 元号の「明和」は9年で改元となったことはよく知られている。「明和9年」は「迷惑年」とひっかけられたことはよく知られている。
 ところで、この見学の翌週にセンター試験があった。翌日、新聞に載っていた問題をたまたま見たのだが日本史の問題で「明和」と「宝暦事件」の順番を問う問題があった。どっちが、先の年号だったかな?(笑)。


↓ 「新春の特集」の展示があった。今年は「酉」年なので鳥の作品の展示がある。
「若沖」の鶏を描いた作品の展示があったが、私が注目したのは、「赤坂離宮」の七宝の装飾の下絵だ。
 「赤坂離宮花鳥図画帖」とタイトルがついている。

 迎賓館旧赤坂離宮の「花鳥の間」は前年(2016年)の2月に見学をしている。

 ↓ この鶏の絵は、実際に「花鳥の間」にあった鶏の絵の七宝作品とほぼ同じである。
   

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作品は渡辺省亭と荒木寛畝の筆。説明によると実際に採用されたのは、渡辺省亭の作品とのこと。
↓ 鴨。二羽(数え方が間違っていたらスミマセン。)

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↓ 鶏。

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 これらの下絵を基に七宝を制作したのだった。迎賓館の「花鳥の間」での七宝作品は下絵のように楕円形であり、金属製の枠に囲まれて木の壁に埋め込みされていた。

 このブログ、実は「迎賓館 一般公開」など「迎賓館旧赤坂離宮」関連のキーワードでアクセスが結構あります。


特別展「平安の秘仏―滋賀・櫟野寺の大観音とみほとけたち」 見学 東京国立博物館

 2017年1月9日(月) 櫟野寺

 年が明けた。今年初めて「東京国立博物館」にやって来た。
 入り口のところで気付いたのだが、特別展「平安の秘仏―滋賀・櫟野寺の大観音とみほとけたち」が開催期間延長になっていた。本当は、前年2016年12月11日(日)までの会期だったが、約1か月延長となった。最終日なので、見学してみることにした。 この日の気温は10度以上になり、冬にしては暖かい陽気だった。天気は快晴である。

 「櫟野寺」の文字がウェブ上では表示されないかも知れないが、その節はご容赦頂きたい。
 「らくやじ」と読むそうです。当初は、読めませんでした・・・・(笑)。
 櫟野寺の場所は・・・というと、滋賀県の南部にある。いわゆる「甲賀」地域にあたる。滋賀県といっても、三重県の伊賀に近い地域にある。
 拝観寺院かどうかし知らなかった。重要文化財指定の仏像を収蔵、公開する収蔵庫はあり、一般公開されていたそうだが。現在建て替え、補修をしているとのことで、今回の特別展の開催になった模様。
 以前買った、滋賀県のガイドブックをみると「櫟野寺」は掲載されていない。主な観光寺院ではないようだ。ガイドブックについている地図を見ると、お寺の名前は書いてある。新名神の土山インターの南、数キロに位置する。何回か宿泊したことがある、三重県伊賀市にある「旅籠屋伊賀店」からも近い。県境を越える必要があるとはいえ、旅籠屋から直線距離で10キロも離れていない。今まで、気付かなかった・・・・・。


 ↓ 最終日を迎えた展覧会に入場する。

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 入場すると目の前にご本尊の観音様がドーンと鎮座している。古い仏像なので、色はややくすんでいるが金色に輝いている。見学者は壁に近い、仏像から離れたところから、見上げている。
 頭に小さい仏像がいくつも載っている「十一面観音」である。「あらゆるところを見ている。民衆を照らして救済する仏様」という意味なのだろうか。  
 近づいて見てみる。傍らには、11面観音について解説がある。頭の回りに10体あり、側面後方を向いているものもある。頭長に1体載っており合計で十一体。日本では「十一面観音」はメインの仏のお顔を含めて実際は「十二」面である、と説明に書いている。
 「十一面」のうち正面に近い仏はやさしい顔をしている。側面、裏側に行くにつれ、怒った顔をしている。あの「不動明王」を思わせる怒髪天のようだ。怒った顔をして、邪気を払うのであろう。ということは、観音様のお顔はやさしい柔和な表情であるが、密教の影響を多分に受けていると感じた。
 説明には櫟野寺は「天台宗」であるし、由緒は「最澄が比叡山の建立のための良い木材を求めて、この地にやって来た・・・・」そうであるので、当然であるが。「十一面観音」の制作は10世紀とある。西暦でいうと9××年なので、比叡山の創建から100年後くらいのことであるかな。


 ↓ 大階段の下。
   特別展「平安の秘仏―滋賀・櫟野寺の大観音とみほとけたち」の出口。


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 ↓ 2016年10月に訪れたときに撮影。
   「平安の秘仏」展の懸垂幕がかかっている。約四か月の長い会期となった。

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東京国立博物館 10月下旬の総合文化展 鑑賞

10月30日(日) 
 「東京国立博物館」 特別展「禅」にやってきた。この日の気温は、最高でも13度と少しだった。曇天の寒い日だった。
 
 私にとっては今年の春に開催された「春の京都禅寺一般公開」in京都と、京都国立博物館での特別展「禅」「後期展示」の続編である(笑)。
 京都での最大の目的は「雪舟の水墨画」である「彗可断臂図」(えかだんぴず)の鑑賞であった。無事に鑑賞できた。さて、夏が過ぎて秋になり、気温も随分と下がってきた。東京での「禅」展では、「京都展」で鑑賞できなかった作品や「東京展」のみの展示作品の鑑賞である。

 15時15分くらいに平成館に行く。特別展の入場前に映像コーナーで特別展の紹介映像を視聴。映像はは35分あるので、結構長い。
 


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歩いて、大手町へ歩く。千代田線で根津へ。
10分とかからない。
地上にあがり、根津の自由宅の間を歩く。と 文京区と台東区の境界。4メートル道路だ。
以前止めたことのあるコインパークの横に出た。 目の前が上野高校のコンクリの壁だった。
いつもの道を通り、平成館へ。黒田館はあいていた。が、あとで見たら 湖畔、舞妓など重要文化財作品の
公開期間であった。あまり、人は出入りしていなかった。
妻は「らくや寺」の仏像へ。正面階段の奥の部屋。
先に 国宝室。 光能像 神護寺所蔵。
大きい。頼朝像ほどではないが、四角形をしている。掛け軸用の紙に貼付けしている。
頼朝ほどリアルではない。 顔もふっくらしていて、精密ではない。 目つきがリアルではないし。
あくらをくみ、足の様子もありえないくらいで不自然。
撮影は禁止であるが、外国人は撮影をしている。 マナーも悪い。撮影禁止はもっと大きく表示しないとわからないし、無視する外国人もおおい。奥の部屋。 目新しい国宝はとくにはない。 重文で 大仙院の襖絵の展示がある。 男が橋を渡る様子の絵など。
以前見たこがあるかな。
一階に降り、刀剣室へ。刀剣ブームは一段落したかな。高校生くらいの子はいないが、若い女性は三人か四人くらい。
外国人、男の割合の方が多い。相州貞宗の刀。以前 担当は見たことがある。
アイヌ、写真展示などの部屋を通り、近代の部屋へ入る。
近代の部屋で ツレとすれ違った。
近代は、洋がは 偉人の肖像など。 由一の大久保利通の像など。 「甲東」というらしい。
手前に観山の「白狐」があった。 ホワイトフォクッスだそう。
横浜美で以前見た。文化財指定はない。ここの所蔵であったとはしらなかった。 秋か冬を思わせる草とすすきの様子、色の淡い様子は
あの春草の「落葉」の一連の作品を思わせる。重文指定 の落葉のみならず、春草は多数 落葉の作品を遺しているので、影響を
受けたのではないか。

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その右隣のガラスケース内の
日本画は、驚いた。大観の「 しょう湘八景」が八個すべて出ていた。数年はなかったのではないか。横浜美で 半分の四個見た。
前期と後期で半分ずつの展示だったはず。後半を見たのかな、ここの展示でいうと、左半分の。
「無我」が有名であるが、一番重要作品はこれではないか。 鮮やかな彩色画である。体色していない。
もう一個 生々流転は長い巻物の水墨画であり、2012年の秋、近代美で公開された以外には、公開されていないと思う。
解説には、大観は明治43年に中国を旅行し、実際に洞庭湖 トンチン湖を見ているようだ。 古来、水墨画で数多く書かれている風景だが、
実際に見た日本人はどれだけいたろう。 明治維新後 政治家や軍人、学者、僧侶などは訪問していただろう。限られた人しか近代以降も見ていない。
現在でも 一般の日本人が旅行するには、容易ではないだろう。 一度にたくさんの日本人が見たのは 日中戦争で日本軍が占領した後でないか。
戦地で日本兵が洞庭湖 トンチン湖を見たのが、一般の人が大量に見た最初ではないか。


大観は 湖畔の人物の様子を 当時の住民の姿を書いている。水をくみ 運んでいる女と、その傍らで遊ぶ子。船のところでは、男が集まってキセルを
すっている。唐の時代の服装ではなく、頭髪は 辮髪のようだ、 辛亥革命の直後であったろう。 清の時代の頭髪、服装のようだ。見たままの近代中華民国
当時の人を大観は表現したのではないかと思った。重文作品とあって、立ち止まって見る人もちらほら。八幅全部 撮影できる瞬間もあった。
近代の部屋は、東博の 「たより」には掲載が無い。ウエブサイトを見ないと展示は確認て゜゛きない。

特別展「禅 -心をかたちに-」鑑賞2 東京国立博物館

 10月30日「東京国立博物館」で特別展「禅 -心をかたちに-」を 鑑賞する。


 東京での「前期展示」。龍光院(りょうこういん)の国宝「金剛般若経」を見ることが出来た。今回も期間は、短い。龍光院は、なかなか文化財を公開しない・・・・。次は「耀変天目茶碗」の展示が期待されます。以前、公開はされたことがあるようです。いつだったかは、分からないが・・・・。

 この期間は建長寺所蔵の重文「金剛般若経」が展示されている。ただ、建長寺蔵の文化財は、鎌倉でも公開されることがあるので、わざわざ京都で見なくてもよいのだが・・・・。もっとも、同経典を見ても何を書いているのか、さっぱり分からないです(笑)。

土産店を過ぎ、最初は伊達のバネル。
戦国武将と禅のことの展示。
第一展示室の2 / 3ですでに1630くらいになった。
音楽が流れる。
時間がないので、全部 音声ガイドを聞くことができなかった。
国宝は展示替えが多いので、ガイドに含まれていない。西洋画は音声ガイドがよいが、古い日本の文化財展示の場合は
展示替えが多くなり、ガイドに目玉作品が含まれない場合が多いかも。
1630を過ぎて、第一展示の最後の部屋に。
第一の最後の部屋で音声ガイト゛の接触が悪くなった。 なかなか流れない。落ち咲いてボタンを押すと
流れたが。

第二展示室のバネルには、伊達政宗の木造の写真が。遠くからでもわかる。
「禅」と戦国武将の展示。武将の肖像画。人気の高い、武将の像をもってきたということだ。
伊達政宗の木造もあったかな?。
壁には、信長のアノ像。永徳筆。昨年の大徳寺で見て、今年の京都での「禅」でも見た。壱年余りで三回見た
ことになる。
秀吉の絵も。宇和島伊達保存会の所有。宇和島に資料館があるか、以前行ったときは見なかった。
ほぼ通り過ぎるように見て、次へ進む。

天目茶碗は 油滴。 大阪の美術館のもの。昨年も見た。
ガイド「油を たらしたような 黒い模様  」
 近くには たいひ天目もあつた。
相国寺では、見ることが出来なかった。あのときは、京都の「禅」でも展示があったが、期間が合わなかった。
タイマイのガラというが、何かのマーク「※」のような模様が内側の上部にぐるりと碗を囲んでついている。
カメのような染色体の模様のような。外と内は意外にも カメのような模様はない。
ガイドには「アメ色の器の色と・・・」のような説明。
1700の閉館の音楽は、第二展示室の3 /4くいのところ。
まだ先にくねくねと区切られて展示があった。
最後の音声ガイドは 南禅寺のトラと龍の彩色画。
虎は禅の「喝 〃 〃」とつながるので、好んで描かれたそうだ。

あとは、きいていなかった。
次に 若沖の水墨の屏風。文化財指定はない。 若沖展では、展示がなかったと思う。
大きいものが一面あり、その右に四面ある。五面ある。鳥の絵。あれ、大阪のお寺の金地の
鶏の画かなと思ったが違う。あの裏には、若沖展でも展示があったが、水墨でも枯れた草花の絵なのだ。
最後の絵は、 忘れた。

  
  

第三章「戦国武将と近世の高僧」は、二階の途中から始まったような・・・(一階か二階か忘れた)。「章」の紹介パネルがどこにあったか、覚えていない。だって、展示リスト通りの展示順番ではないから分からなくなちゃった~(笑)。
 狩野永徳筆の「織田信長像」、文化財指定はされていない。同じく昨年10月に訪れた大徳寺本坊の曝涼展でも見た。武将と高僧の肖像画が並ぶ。途中で一階に降りる。リストによると伊達政宗の「木像」が展示されていたようだが、気付かなかった。一階のホールは、いつもの通り「仏像の展示コーナー」。その一角、奥まった所にあったのだろう。人も集まっていた。一階の仏像コーナーは、前回と同様に「常設展」の一部と誤解してしまった(苦笑)。

 
  
 最後の展示室には、若沖の「 」図があった。


 国宝「玳玻天目」茶碗 相国寺所蔵、は展示期間だった。これもお目当てのひとつ。



 ↓ 撮影可能なパネル。
   

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1707に展示室を出る。ほとんど一番最後になった。
一時的に 最後の人がみえた。
1時間半弱いたが、後半の第二展示室は相当に割愛した。
「本日 閉館時刻を過ぎておりまーす」と繰り返し、係員が叫ぶ。追われるように退出した。ぞろぞろと出て、
人の列に並んで、エスカレータで下る。はーと一息ついた。

観客といえば・・・・、今回はカップルが少ない(ホッ)。若いカップルといえば、二組~四組くらいだった(笑)。
年配者もいないし、子連れもいない。小中生くらいの子はゼロ・・・・。0歳児のベビーカーを押している人が売店の前にいたが。

外を見ると。ほとんど暗くなっている。平成館の玄関から出る。
コートを着る女の子がいた。この日は、寒かった。私はコートをまだ用意出来ていない・・・・。ベーシュのOLさんが着るようなスブリング?コートだ。同行者らしき男性二人と歩いていた。公園内を歩いているときもかれらは歩いていて、「社会学が」や「社会学的に見ると」などと言っているので、学生さんだろう。暗がりの中、ぞろぞろと 正門に向かって敷地を歩く。

 閉館時刻後門から退出。

特別展「禅-心をかたちに-」前期 鑑賞 東京国立博物館

10月30日(日) 
 「東京国立博物館」 特別展「禅」にやってきた。この日の気温は、最高でも13度と少しだった。曇天の寒い日だった。
 
 私にとっては今年の春に開催された「春の京都禅寺一般公開」in京都と、京都国立博物館での特別展「禅」「後期展示」の続編である(笑)。
 京都での最大の目的は「雪舟の水墨画」である「彗可断臂図」(えかだんぴず)の鑑賞であった。無事に鑑賞できた。さて、夏が過ぎて秋になり、気温も随分と下がってきた。東京での「禅」展では、「京都展」で鑑賞できなかった作品や「東京展」のみの展示作品の鑑賞である。

 15時15分くらいに平成館に行く。特別展の入場前に映像コーナーで特別展の紹介映像を視聴。映像はは35分あるので、結構長い。
 まずは、禅の歴史、達磨大師のことについての解説。岩壁を向いて坐禅している「達磨」に、振り向いてもらえるように腕を切ってしまった「だんぴ図」の解説がある。達磨が「一祖」で、その弟子の腕を切り落としたという「彗可」が「二祖」。三祖から六祖までの説明があった。
 だが、館内は暖かく、暖房が効いている・・・・。この日は、上記の通り、寒い日だった。よって、やや厚着をして出かけたのだ。不覚にも映像の途中で、あまりの暖かさにほてったのか、寝てしまった・・・・・・・(笑)。
 時折、目を覚ます。映像には、各寺院の紹介もある。建長寺など禅宗の寺の説明がある。最初に寺の門など、その寺を象徴する映像が流れ、次いでその寺の解説ナレーションがある。
 映像は途中から見たが、映像番組の最後近くでは岡山の「曹源寺」の紹介があった。多数の外国人が修行を行っている様子だった。曹源寺は、岡山藩主池田家の国元での菩提寺だったはずだ。

 あるタイミングでハッとおきて、目を覚まし、「あらら、寝過ぎたぞ・・・。」と思いつつ、約35分映像を視聴した??ので、15時40分頃に会場に入る。
 入場に際して、年間パスポートは使用できた。京都展とは別のスタンプなのでOKのようだ。つまり、東博の年間パス(安い方!)が「東京の禅展」見学に、京都とは「別の特別展」と扱いされて使用できた。ちょっと心配だったが、入場できた(笑)。 この数か月間、(入場出来るか、出来ないか)心配していて損をしたかな(笑)。

 二階にエスカレータを上がる。音声ガイドを借りる。

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大きな固定式のパネルに全国各地の禅宗寺院の写真が印刷されている。京都の寺院だけではなく、臨済宗でいえば神奈川の建長寺、円覚寺、広島の仏通寺などの本山のお寺の写真があった。曹洞宗の大本山といえば、総持寺、永平寺だが、実際に写真が印刷してあったかは、探しきれなかった。

 最初にあの写真にもなっている達磨の絵。

一章「禅宗の成立」の展示
 次いで、山梨の寺所蔵、国法の達磨像の展示。朱色の衣をまとっている。

 建長寺所蔵、北条時頼の木造があった。幅が引く、足のころもが左右にとんぎっている。真っ黒な上杉像は鎌倉国宝館で見た。 時代は違うが似ている。「宝物風入れ」では寺に戻るのかな。

 途中から、展示は、寺ごとの箇所もある。「東福寺」「建仁寺」や他方の本山、仏通寺もある。龍光院の金剛はんがあった。前回は見ることができなかった。 まずは、禅宗の高僧や達磨の絵などの展示


 旧大仙院の障壁画「禅宗祖師図」は、中国の高僧の水墨画で、狩野元信の筆。かなり古い時代の作品。重要文化財で東京の国立博物館で展示されていることがあった。山水図など別のシーンだったと思うが、覚えていない。このとき、撮影は可能だったので撮影した記憶はある。
 三階は第一章「禅宗の成立」の展示。展示リストには、ここのカテゴリーの展示作品として雪舟の「慧可断ひ図」(一部漢字が不明)のあるはずだが、展示は無い。


 第二章「臨済禅の導入と展開」となる。
 
 二階は奥に位置する「特別室」から見て行く。ここには、僧侶の絵画像などが展示されている。特別室での二番目くらいの展示に「宗峰妙超像」がある。重要文化財。同じ僧の像でも国宝の展示期間は、すでに終わり後期は重文の展示。つまり大徳寺の「大燈国師」の画像のこと。昨年10月の大徳寺本坊の「曝涼展」で拝観の際に「国宝」の画像は鑑賞した。よって、敢えて後期に来たのだ(笑)・・・・・・・冗談だが。
 今回展示されている重文は「妙心寺の所蔵」。しかし、重文といっても国宝の大燈国師像とほとんど変わらないような・・・。あの、タレ目で、ふっくらしたお顔で、特徴的な坊主頭の頭頂部の国師の像。生前の国師の風貌をよく伝えているのではないか。
 以前購入した「大徳寺曝涼展」の図録を改めて見てみると「国宝」は後醍醐天皇の「勅賛」があるので、大変貴重なのだろう。



 大徳寺の図録によると、国師と天皇は、密接な関係にあったことが書いてある。
 同じく宗峰妙超(大燈国師)の墨跡の展示がある。「関山」道号、国宝。これも妙心寺の所蔵。右から「山 関」と力強く、ふとがきしている。
 続いて、夢窓疎石の肖像画の展示がある。天龍寺の開祖で著名な人物。袈裟を着た普通の僧侶の姿だが、衣の色などで、位が分かるのでしょう。、夢窓疎石の随筆も展示があった。「天龍寺臨幸私記」。墨跡もあった。「太上天皇 持明院殿・・・・」とあったような。太上天皇とは、後醍醐天皇のことであろうか。天皇の追悼の意味を込めて書いたのだろうか。 

 鎌倉時代、南北朝時代の禅宗が日本で発達した時期りの展示からスタートし、室町、戦国時代へ時代が下っている。
 
 展示室を見ていく。「足利義満像」がある。教科書で見る絵と同じような、違うような・・・。子の四代将軍の「義持」の賛文がある。義満没後77日忌に描かせたそうだ。
 将軍 義満とのエピソードが伝わる「一休宗純」の像もある。重要文化財。普段、歴史資料などて見る一休の像は、この写真である。自賛している。賛文は「臨済子孫不知・・・」のような文字が。「××を知らないが、・・・・」というような文章か。下の署名欄のような箇所には「三十年大徳禅寺 天下・・・」とある。
 一休宗純墨蹟のうち「遺誡」には「老僧身・・・」、やはり「大徳禅寺」とある。老境に達した一休が色々と教えを遺したのだろうが、この人「老いてもますます御盛ん」の「オキテ破りの僧侶」としても有名だが。あっしも、あやかりたいものだ・・・・・・というのは、冗談(笑)。
 


 全国各地の禅宗寺院の紹介がある。写真が壁に掲示され、ガラスケース内部にゆかりの宝物が展示されている。かつての「都」の寺院だけではなく、臨済宗でいえば「武家の都」、鎌倉の建長寺、円覚寺などの本山のお寺の写真があった。曹洞宗の展示は無い。特別展のサブタイトルの通り今回は「臨済宗」の展示が基本。
 
 京都展では、その事実に気付かず、「あれ、曹洞宗の寺院」はどこかな、と探してしまったのだ・・・・。
 が、映像で紹介された岡山の曹源寺は、曹洞宗の筈だが・・・・。




 

2016年8月の総合文化展 熱田神宮所蔵 国宝「短刀 来國俊」などの鑑賞 東京国立博物館

 2016年8月 総合文化展 鑑賞 東京国立博物館

 暑いさなか、東京国立博物館にやってきた。
 この日の気温は、最高32度くらいかな?。晴天の暑いというよりも熱い日だった。
 アンテナシヨップを巡って、食事もして日銀の貨幣資料館を見て上野に一人移動した。
 これらの記事は後日とする。
 上野公園内では4年後に迫った東京オリンピック関連のイベントを開催していた。この炎天下でご苦労様である。ステージではチアリーディングの大学生がデモンストレーションを行っていた。

 「刀剣女子」がブームになって久しい。以前よりもブームは収まったとおもわれるが、それを反映してか展示室内には以前よりも見学者は少なかった。しかし「ただ暑いだけ」なので見にきていないだけかも・・・・

 1階の刀剣展示室では熱田神宮所蔵の 国宝「短刀 来國俊」の展示があった。
  「銘 来國俊」 確かに「来國俊」と銘がある。はっきりと読むことが出来る。
 
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 刀剣展示室では国宝の展示は1点か2点程度と思う。珍しいことに、東京国立博物館所蔵以外の展示品で画像撮影可能であった。
 熱田神宮所蔵 国宝「短刀 来國俊」は「大神社展」で展示があったかな?。あのときは、ワン・ノブ・ゼムの展示で数ある展示品の中で目立たなかったので、「へー、熱田神宮に短刀の国宝があるのか。」と感じた程度だった。
 昨年、2015年の12月に熱田神宮に行ったのであるが、夕方日没後の遅い時間帯の訪問だったので、熱田神宮の宝物館は閉まっていた。熱田神宮のウェブサイトを見ても同館でも展示は確認できなかったので、現地でも展示される機会は限られているようだ。文化庁のサイトによると、2016年現在熱田神宮の所蔵国宝はこの短刀1件のみ。すると熱田神宮の国宝を2回も鑑賞したので、「国宝」のみをメインに考えるのならば熱田神宮宝物館に行く必要は無くなってしまったかも・・・。少し残念。しかも、東京で画像撮影までできたし。

 15時15分くらいに平成館に行く。特別展の入場前に映像コーナーで特別展の紹介映像を視聴。映像はは35分あるので、結構長い。

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もう一点の国宝は「太刀 長船影光」であった。
肥前の太刀である。岡山に住んでいたことがあるのに、備前の太刀は岡山で全く見たことが無いのだよ・・・・。
多数の備前の刀が国宝などの文化財に指定されているのに。
余談であるが、備前焼についても全く無関心であった。

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 拡大。密教の法具のような刻みがある。不動明王の剣のようにも見える。鎌倉時代までは密教の影響が大きかったのだろう。
 解説によると「倶利伽羅 龍」だそう。「小龍影光」の由来となっているそう。

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 展示室内 刀剣の附属品の平ガラスケース。壁沿いに刀、短刀などの展示がある。

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 展示室の合間、不思議な画像がモニターに映っていた。

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上野公園 「あかりパーク2015」 イベント開催

  2015年11月1日

 東洋文庫から、神田に行き、再び戻るような感じで、上野公園にやって来た。
 「駒込」から上野に山手線で移動した方が近道なのだが。

 と、公園内では、イベントを開催していた。ライトアップがされていた。ますば、国立科学博物館の様子。


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 ↓ 国立科学博物館の正面の公園内に、大きな「やぐら」を組んで、投影機材をセットしていた。


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 ↓ 国立科学博物館の正面の色が変わった。


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↓ 東京国立博物館の正面に。ランタンが地面に置いてある。
 「妖怪ウォッチ」のイラストかな?。

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↓ 大スポンサーの車が置いてあった。経済産業省主導で、スポンサーを募って開催しているのでしょうか。

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↓ 東京国立博物館の正面。いろいろな色の違う、ランタンが地面に置いてある。一応、ロープを張り、触れないようになっていた。

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↓ 東京国立博物館の正面に所蔵品が投影されている。お皿だ。


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 続いて、仏像の写真を投影をしている。そういえば、一昨年もこの時期に来た。

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 「創光」。光の祭典のイベントを公園でしていた。国立博物館には、一時間弱いた。特別展には、いかなかった。ただし、特別展の入場者は多くなかった。常設展示のみ見学。公園に戻る。 
 ステージでは雑技団の演技が。池のある広場の北側で、国立博物館を背後にして設置されていた。


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 ステージでは、色々なイベントが時間を決めて開催されていた。ちょうど、この時間帯には、雑技団の演技があった。池のある広場の北側で、国立博物館を背後にして設置されていた。

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 ↓ 演技する人は女性が1人。フラッシュを炊くとまぶしいので、フラッシュ禁止で撮影する。
  

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↓ 演技する女性が「ハッ」と発声している?。


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 ↓ 演技する人は女性の動きが速いので、ブレてしまう。

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 ↓ 倒立しているところ。


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 バク転しているところ。

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 ↓ 背後の国立博物館の正面が妖艶に「朱色」に染まっている。


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 ↓ 盛んに 前列の女性も撮影をしている。


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 公園内には、経済産業省のテントもある。人力発電の体験コーナーがある。自転車のよう漕いで、発電出来る仕組みだ。体験している人はいたかなぁー??。忘れた・・・・。
 本当のお役人の人は常駐して説明しているのかな???。

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 公園内を通り、上野駅から有楽町駅へ山手線で移動。沖縄のアンテナショップ「わしたショップ」でツレと合流。 車を取りに駐車場へ歩いて向かい、そのまま運転して帰宅した。








 

「平成28年新指定 国宝・重要文化財指定文化財」展示 「洛中洛外図屏風(舟木本)」など見学 東京国立博物館

  2016年5月1日

 東京国立博物館にやってきました。
 国宝室は仏画。仏の顔などはかなり剥落していた。撮影は禁止だった。特別展は時間の関係で割愛した。
 
 「平成28年新指定 国宝・重要文化財指定文化財」展示は、一階の仏像コーナーから見学開始。
 国宝では、西大寺の所蔵品「木造叡尊坐像」 鎌倉時代 の展示が。正式名称はもっと長い。
 叡尊80歳のときの坐像。89歳まで生きたそう。リアルに僧のシワまで刻まれている。長いまゆ毛も表現されている。色はついていたのだろうか。実際は、白いまゆ毛だったと思う。衣のひだも木彫で見事に表現していた。着物が左右に広くなっている様子が描写されている。
 2階の展示室へ。今回の目玉は舟木本の「洛中洛外図屏風」。以前、特別展「京都」では展示期間の関係で見ていなかったかな・・・。

 私が注目する近代美術の重文指定は今回2点あった。
竹内栖鳳の「絵になる最初」 大正時代 京都市美術館
福田平八郎「漣」(さざなみ)  昭和7年。大阪新美術館準備室(大阪市)
 福田については、知らなかった・・・・・。作品も見たことがない。しかも昭和時代の新しい作品。しかも、大阪市は新しい美術館の解説を予定しているのだ。
 絵は、蒼い(コバルトのような色)模様の波が画面一面に描かれている。抽象画のようだ。誰か、海外の抽象画の画家の影響をうけたのかなと思わせる画風。ひたすら、丸いおなじような波を描いている。

 栖鳳の「絵になる最初」は、「斑猫」に続いて2点目の重文指定ではないだろうか。「京都市美術館」では最初の近代美術部門での重文指定?。京都ゆかりの近代日本画家の重文指定おめでとうございます。といったところか。「絵になる最初」は栖鳳の嗜好を反映しているのかな?と思ってしまう。モデルの少女(まだあどけない表情だ・・・。)について、何かあらぬ感情をもってしまったかのようなヤバイ描写と感じるには、男性目線、かつ私だけの視点か・・・・。ヤバイのは私自身なのかも(苦笑)。
 
 国宝指定としては、
 「春日大社の紺の鎧」があった。
 紺の色の糸で編んだ鎧。胴体の防護の部分太い。
 金沢文庫関係の文書はどこかよく分からなかった。

 重文指定であるが「真珠庵文書」は、鎌倉時代以降長期の文書のようだ。土地に関する出納関係の文書で帳簿のような感じ。寺領もあったろうから、そこでの米の収穫高なども書いてあるのかも
 日本でいうと江戸時代の琉球の地図など琉球王国の文書、といか図面「琉球国之図」もある。カラフルに地図が描かれている。首里付近ではなく、沖縄全体、本部半島や水納島、伊江島などの島もちゃんと描かれている。

 新規国宝の「舟木本」は、すでに国宝である永徳作のものと比べると時代は下がる。人物、建物の描写はより桃山時代というか、江戸時代前期というか、何となく華やかでお祭りの規模も大きいよう。時代が安定してきた時期の「みやこの様子」を描いたもののようだった。

 ↓ 本館玄関入口にある垂れ幕。


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その後、真下の「近代」の展示室を少し見て、次の国立西洋美術館に移動した。



平成28年4月 「博物館でお花見を」と総合文化展 東京国立博物館

平成28年4月
 東京・上野公園

 先に東京国立博物館の総合文化展を見るため、桜の花が満開で大賑わいの中、上野公園を歩く。満開だ。木の下では、大勢の人が宴会をしている。お花見、というより、外飲み会というのでしょうか?(笑)。
 公園の突き当りの奥にある博物館にやっと到着した。
 
 ↓ 館外の告知看板


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 現在「黒田清輝展」を開催している。最近、このプログでも紹介の記事を掲載した。主な展示作品は黒田記念館で見たことがあるため(しかも写真撮影が一定の条件下で原則可能)、特別展は割愛させていただくことにしました(笑)。

 訪れた日の国宝室の展示は、こちら。 ↓
 有名な渡辺崋山筆「鷹見泉石像」。必ず教科書に載る作品ですね。
 

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 写真撮影禁止とは書いていませんでした。撮影禁止の場合は「禁止マーク」が表示されますが、ありませんでした。外国人の見学者も多いです。中でも、中国語が多く飛び交っていました。

 隣接する展示室では、以前より引き続いて国宝「十六羅漢像」が二点展示されていました。十六?あるうち、この日は「第一」と「第十六」の尊者が展示されていました。

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 国宝の工芸品の展示もありました。

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 その後、一階に階段を降り、刀剣の展示室へ。

 桜の咲く庭園開放も開催されていました。桜の季節ではありませんでしたが、以前、お庭は撮影したことがあるので、今回は割愛です。ここでも中国語を話す若い女性のグループが盛んに写真を撮影していました。外見では、もはや日本人か外国人旅行者なのか分かりませんね。
 続いて廊下を歩き、近代美術室に行きました。

 ラグーサ 「日本婦人」のブロンズがありました。昨年のやはり4月に近くの「芸大美術館」で開催された「ダブル・インパクト展」で展示されました。

 別々に鋳造されたものか、同一の鋳造品かは分かりません・・・・。重文指定されている「石膏原型」(芸大の所蔵??)は、なかなか展示はありませんね。

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 重文 「熱国の巻」のうち「朝」に展示替えとなっていました。前回の訪問時は「夕」でした。
 写真撮影が可能でした。二年前の桜の時期だったでしょうか、東京都美術館で開催された「世紀の日本画」には展示がありました。このときは、モチロン撮影禁止です。今回「リベンジ」を果たすことができました(笑)。


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非常に長い巻物の画なので、一部のみ撮影です。たしか、明治の終わり頃、作者が洋行の途中かインド行きのとき、インドのベンガル(当時のカルルカッタ??)で船が停泊したときに見た風景を作品にしたと思います。

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りょうげつ

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