良月(りょうげつ)の たび日記

神奈川県 湘南地区在住。折口良月(おりぐち りょうげつ)の神奈川、東京、静岡、山梨、長野など関東近郊地域への行楽、外出。美術館、博物館めぐり。その他国内旅行などお出かけの記録。

東京都美術館

 

「ティツィアーノ展」 鑑賞5(最終) in 東京都美術館

平成29年4月2日 「ティツィアーノ展」 鑑賞5(最終) in 東京都美術館

 最終日を迎えた「ティツィアーノ展」を最終日を鑑賞した。
「ティツィアーノ」は、皇帝カール五世、その子 フェリペ二世からも多大なる信頼を得た、時代を代表する画家。

 「音声ガイド」の最後の方の解説だったが、皇帝とのエピソード紹介では、あるときティツィアーノが皇帝カール5世をモデルに、その前で筆をとって肖像画を描いていた。ティツィアーノは、筆を床に落としてしまった。皇帝は筆を拾って、彼に渡したそうだ。ティツィアーノは大変恐縮したが皇帝は「仕えるのにふさわしい。」とティツィアーノに言ったそうだ。
 皇帝カールはティツィアーノが「皇帝である自分に無礼をしても、気にならないくらいに信頼していて、仕えてもらうのにふさわしい画家だ。」と思っていたということですね。
  
 会場内の年表、図録の年賦によるとティツィアーノの没年は1576年。80歳以上の高齢であった。

 1559年には兄フランチェスコが没。兄も画家であった。兄の存在があったから、弟の自分も才能を開花させることができたと思っていたのではないか。
 先だって、10歳以上年下のはずの皇帝カール五世は、1556年?かに没。カールは1500年はちょうどの生年なのでまだ50歳台半ば。カールはスペインのサン・ユステ(San Yuste??)修道院に引退して没したので、ヴェネツィアで生活していたティツィアーノは、何かの知らせで聞いたのだろう。皇帝とティツィアーノが最後にあったのはいつだったのか?。1548年のアウグスブルグでの面会が最後??。
 その子、フェリペ2世とはその後会っているのか、私は分からない。
 1574年にはフェリペ二世への手紙の中で「95歳」と書いているそうだ。手紙のやりとりはしていた模様。
当時流行したペストで死亡したそうだ。ヴェネツィアのある島に隔離されて療養していたらしい。偉大な画家であるのに葬儀には会葬者がいなかったそうだ。
 もっとも、ペストの流行のため、葬儀に行くことが感染防止のため憚られたのだろう。ティツィアーノの次男、オッタヴィオはペストにより、父の死からわずかに2週間後に死亡したそうだ。次男も一緒に感染して葬儀どころではなかったのだろう。栄光の画家の意外な最期であった。



 ↓ 会場の一番最後、地下に下るエスカレータの手前にあった撮影コーナー。

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↓ 会場内で唯一の撮影可能コーナーだったので、入場者は盛んに撮影をしていた。 

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↓ 会場の一番最後、地下に下るエスカレータに直前の窓。
  外を視れる場所は、休憩所以外ではここだけでは無かったかな。いつものことだが、地下から会場に入った筈なのに、最後は2階に出るようになっている。迷路をぐるぐると回っているようだ。
 自分の居場所が分からなくなってしまう。
 桜並木が見えないので、木々は、まだ葉の出ていない早春の装い。


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 音声ガイドを返却し、地下の出口出て退出した。





「ティツィアーノ展」 鑑賞3 東京都美術館

平成29年4月2日 「ティツィアーノ展」 鑑賞3 in 東京都美術館。

 「ティツィアーノ展」を最終日に鑑賞した。
 「ティツィアーノ」は私個人が一番興味を魅かれる画家である。優美な女性の裸体画や、皇帝カール五世像に代表される勇壮な肖像画の数数。特にプラド美術館で見た「カール五世騎馬像」の巨大な絵は圧巻だ。「ミュールベルク(ドイツ語読みだが・・・・) en(エン) カルロスⅤ(キント)」とも言われるアノ「甲冑姿で騎馬に乗って槍を持つ皇帝カルロスの姿」を描いた大作だ。戦争に明け暮れた? カルロスの戦勝記念の肖像画だ。あと、カルロスの突出した「顎」もよく表現している(苦笑)。
  イタリアの美術館でのティツィアーノの英語での表記を見ると「Titian」となっている。そのまま、日本語で発音すると「チチアン」かな?(笑)。
 私が大変に興味がある画家であり、今回ティツィアーノの特別展が開催されるので、勇躍してやって来た訳です。(笑)。
 展示室内では、なかなか、ティツィアーノの作品が出てこなかった。すべて「ティツィアーノ」の作品で構成というのは不可能なので「ヴェネツィア派」の絵なども含めての展示である。
 初期の作品からティツィアーノの展示が始まる。
 「復活のキリスト」が、最初のティツィアーノの作品であった。
 解説によるとティツィアーノは、公証人の子として産まれている。
 「あれ、公証人の子」とはどこかで聞いたことがあるぞ。と思った。
 レオナルド・ダヴィンチも公証人の子(私生児)として紹介されることが多い。現代の日本語でいう公証人とは、当時のイタリアではどれくらいの人数がいたのだろうか??。


 次いで、若い頃の代表作としてフローラがあった。
 若々しい女性の絵だ。描いた当時の彼よりやや下の年代の少女を表現したのではないか。


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「ティツィアーノとヴェネツィア派展」 鑑賞2 東京都美術館

平成29年4月2日 「ティツィアーノとヴェネツィア派展」 鑑賞2

 最終日を迎えた「ティツィアーノ展」(以下、同様に表記する。)の鑑賞のため東京都美術館へ行きました。
 「ティッツィアーノ」と「ツ」を大小二個続けて表記していることもあるが、よりイタリア語の発音に近づけるためでもあるので、ご理解下さいね(笑)。日本語では「ティツィアーノ」が一般的。
 「ティツィアーノ」は私個人が一番興味を魅かれる画家である。優美な女性の裸体画や、皇帝カール五世像に代表される勇壮な肖像画の数数。特にプラド美術館で見た「カール五世騎馬像」の巨大な絵は圧巻だ。「ミュールベルク(ドイツ語読みだが・・・・) en(エン) カルロスⅤ(キント)」とも言われるアノ「甲冑姿で騎馬に乗って槍を持つ皇帝カルロスの姿」を描いた大作だ。戦争に明け暮れた? カルロスの戦勝記念の肖像画だ。あと、カルロスの突出した「顎」もよく表現している(苦笑)。
 いや、プラドのベラスケス「女官たち」、ゴヤの「マハ」以上の大作だと思う。というか、画風を見るにベラスケスもゴヤもティツィアーノ作品の影響を受けているのではないかとも感じる。スペイン=ハプスブルグ王朝、その後のブルボン王朝のスペイン美術の先駆を造ったのは、「ヴェネツィア派」と呼ばれる画家のひとりである、ティツィアーノその人ではなかったか。
 (あくまで個人の感想です。)
 イタリアの美術館でのティツィアーノの英語での表記を見ると「Titian」となっている。そのまま、日本語で発音すると「チチアン」かな?(笑)。
 私が大変に興味がある画家であり、今回ティツィアーノの特別展が開催されるので、勇躍してやって来た訳です。しかし、最終日になってしまったが・・・・(苦笑)。

 特別展の入口を入ってすぐに まず、当時のイタリアの裕福な市民の横顔の肖像画がある。一番目の展示作品だ。モチロン、ティッツィアーノ作品ではない。まるで、写真で見たことがある「コシモ デ メディチ」肖像のような感じの絵。当時のイタリアでは、横顔の肖像画が流行していたそうだ。確かに横顔の肖像画は多い。
 音声ガイドの一番目の作品でもある。「統領 フランチェスコ・フォスカリの肖像」。
 「横顔の肖像は、当時のコインに古代ローマ?の皇帝の肖像が彫刻されていたことによる。とガイドの音声。統領、つまりドージェの肖像であった。かぶっている帽子は「コルノ」といって当時流行?していたそう。
 ヴェネツィア貴族の富と権力の象徴なのだろう。貴族階級からドージェは選出されるが、世襲ではない、「共和国」であることがヴェネツィアの特徴だろうか。歴代ドージェの肖像は、ヴェネツィアのどこかで見たことがある。サンマルコ広場の奥、広場に面した建物内にある博物館であったろうか。
 続いてヴィヴァリーニの「聖母子」。音声ガイド説明の二番目だ。所謂普通の「聖マリアと赤ん坊のキリスト」の絵だが「マンテーニャの影響を受けている。」との音声ガイドの説明がある。当時、人気工房を営んでいたそうだ。
 次は、ヴェリーニの「聖母子」。「橋の欄干」の向こう側に聖なる母子がたたずんでいる絵。外での光景なので、聖母子の背景は青空だ。音声ガイドの説明には「デューラーに最高の画家といわれた・・・・。」そうだ。「フランドルから入って来た油彩画の技法を習得した・・・・」という意味の説明もあった。いや~、ここでデューラーが登場しました。デューラーに賞賛されるとはすごいことです。
ヴェネツィアの絵画は、北方の影響を受けていたのだ。交易による文化交流の影響かな。
 のちの時代のカールⅤは、フランドルの領主で自分の生まれも現在のベルギーのガン(ヘント)だったし、ローマ皇帝として戴冠したのはボローニャだったし、アラゴン王国の祖父から相続したナポリ、シチリアの王でもあったし、ヴェネツィアは独立した国であったが、フランドルの技法が導入される要素、影響は多分にあったろう。
 この作品でか、のちの展示の作品のときであっが忘れたが「イタリアではそれまでフレスコ画が主流であったが、海に囲まれ湿気の多かったヴェネツィアでは、フランドルからもたらされた油彩画の技法が主流となって、作品は小さいものが多い。」という解説があった。展示途中の解説ボードにも書いてあったと思う。

 上記の会場の最初に展示されていた三作品は、いずれもヴェネツィアのコッレール美術館蔵。私が旅行した当時、入館したか忘れてしまった・・・・・。
 ヴェリーニの「聖母子」の隣にはモンターニャの「聖母子」がある。順に見ていくとヤコポ・デ・バルバリの「死せるキリスト」の展示がある。音声ガイド付き。「死せる・・・」のタイトルの通り、青ざめたキリストが画中に描かれている。ヤコポ・デ・バルバリの解説では「のちにフランドルの宮廷に仕えた・・・・。」と言っている。作品の制作年は1501-1506年とある。ということは、当時のフランドルの領主、ブルゴーニュ公というのであろうか、はフィッリップである。カール(五世)の父だ。カールは西暦1500年生まれであるので覚えやすい(笑)。カール幼少の頃に宮廷の画家として仕えていたのだろうか?。

 なかなか、ティツィアーノの作品が出てこない。すべて「ティツィアーノ」の作品で構成というのは不可能なので「ヴェネツィア派」の絵なども含めての展示である。

 ↓ 特別展チラシより。 ティツィアーノ「フローラ」。


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「ティッツィアーノ展」 鑑賞1 (最終日)東京都美術館

平成29年4月2日

 最終日を迎えた「ティッツィアーノ展」の鑑賞のため東京都美術館へ行きました。
 すっかり忘れていたが、昨年は同じ日に 「ボッティチェリ展」に行ったのですね。モチロン曜日は違うのですが。

 桜の花は、満開の一歩手前なのであるが、大賑わいの人波の中、東京都美術館(都美)へ向かった。都美に向かう途中の芝生の周囲は、大きな桜の木はない。
 ただし、美術館に出入りする人は、花見客と比べるとが多くはない。美術館の敷地に近づくと、ぐっと人の数は減った。
 私はいつも会期末ギリギリに行くことが多いのだが、閉幕当日の見学、鑑賞と相なってしまいました。

 ↓ 館外、入口付近の展覧会告知看板。「フローラ」の絵が。
  その上のフロアはちょうど展覧会の会場の出口である。迷路のような経路なので、わかりにくいが、出口がなぜか二階でそこから、再び地下に潜り、そのまま出口は別の所、つまり地下の入口の脇に出る。
 

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 半地下のフロアで入場券を購入。1600円。割引券は無い。窓口は二個開いていたが、数名の行列のみですぐに買うことが出来た。さて入館後の、鑑賞者周囲の状況をレポートします。鑑賞者の平均年齢は・・・・・比較的「若い」かな。老年層は少なく、主婦層が多い感じ。よって、女性率は、比較的高いかな。「モネ展」のような印象派の展覧会では「若い女性が多い。」と以前書いたが、日曜の昼のためか、年齢層はバラバラ。学生らしき人もいる。小さい子を連れた家族連れはいないし、春休み期間中なのであるが、小学生くらいの子は私の見る限りは数名程度とごくわずか。
 入場して音声ガイドを借りた。展示室の入口の手前にソファがあり、図録が置いてあった。先に予習をかねて図録を見る。「フローラ」など絵の描かれた背景、ミケランジェロとのエピソードやティッツィアーノの生まれや家族の記述を読んだ。
 展示室内では、50歳後半~60歳くらいの背の高い男性(おっちゃん)と私は観るスピードが同じようで、鑑賞中、最初からほとんど一緒だった。
 



「生誕300年記念 若沖展」 鑑賞5 「仙人掌群鶏図」~退出、総括編

  2016年5月21日

 東京都美術館で、「生誕300年記念 若沖展」を鑑賞(見学)した。
  2階(感覚では3階)の展示室を見て行く。

  大阪、西福寺の襖絵、重要文化財「仙人掌群鶏図」がガラスケースの中にあった。大火で焼け出された後、大阪での避難中に描いたものらしい。当時は「大坂」といったろう。どうやら、大坂の町に避難したのではなく当時の摂津の国(現在の大阪府北部)のとある村に避難して暫くの間、生活をしていたのではなかろうか。
 避難先は農村で軒先の庭では、仙人掌、つまりサボテンが植わっていて、鶏が遊んでいたのではないだろうか。鶏は庭先に玉子も生んでいた。その様子を描写したのかも。
 金地の襖絵であるが、壮年時の細密な描写は無く、老齢を感じさせる。特にサボテンの緑が何の葉なのか、パッと見ただけでは分からない。サボテンの緑の中に青い葉というか、花は菖蒲ではないかと思ってしまった。
 ガラスケースの裏面には、水墨の「蓮池図」があった。テレビ放映されていたので、覚えている(笑)。掛け軸に直されている。この表「仙人掌群鶏図」、と裏「蓮池図」の「元々表裏であった襖絵」の配置も音声ガイドを聞かないと、分からないのは残念・・・・。
 かつての裏面の「蓮池図」も重要文化財に指定。
 枯れた葉、虫食いの葉が水墨で濃淡をつけて描いてある。向かって、右から、左へ現代のアニメのようにシーンが変わっていっている。左の絵には、(テレビ番組でも紹介されていたが)確かに小さい「芽」が描かれている。
つまり、焼けた京の街や自分の家、店の様子と心の様を表現して枯草など描いた後、再生の願いを込めて「芽」を入れたのだ。
 不毛の地か不毛の砂漠に芽生えた一筋の光明であろうか。同じようなシーンを最後に描写していた昔のアニメ映画を思わせる。一体、どのアニメ作品でしょうか??(笑)。
 
 ↓ 展覧会パンフレットより。「仙人掌群鶏図襖絵」

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 係員が盛んに声をあげているには、18時30分で照明を消すとのことだった。しかし、室内には、まだまだ大勢の人がいるので消せない筈。「みんなでいれば」ナントカでまだ鑑賞です(笑)。「18時30分閉館」と係員は盛んに言っているが、照明が消える様子は無い。しかし18時31分になり、閉館の音楽が流れはじめた。

 「象と鯨図屏風」は「仙人掌群鶏図襖絵」の展示ガラスケースと対面の壁沿いのガラスケースの中にあった。昨年サントリー美術館で見たので、スルー。もっとも、混雑していて最前列での鑑賞が困難であった。

 西福寺の襖絵の裏側であった「蓮池図」の正面に続いて、別の展示室がある。「米国収集家が愛した若沖」、「プライス・コレクション」の展示室だ。(といっても、部屋の入口に扉がある訳では無いが。)部屋の入口横には解説文があるが、あまりの混雑にびっくりしたのか、係員が叫ぶ「6時半閉館でーす。」の声だったか、閉館間際につき、退出を促す声に煽られたのか、「プライス・コレクション」の解説を読むのを忘れてしまった。

 入って左側のガラスケースに人だかりが・・・。有名な「鳥獣花木図屏風」。モザイク画のような奇想天外の動物達かいっぱいいるカラーの絵、と言った方が良いのだろうか。
 最初は二列目で、ぶつからないように人をよけて歩きながら見た後、もう一度巻首の部分に戻り、巻物の途中、部分部分、ピンポイントで最前列への隙間を見つけて、鑑賞をした。
 絵の下部までは、よく見れなかった。人が気の合い間から、わずかに見た。若沖の他の作品と比べても明らかに作風が違う。モザイク画のような感じ。しかも、描かれている動物がヒョウなどアフリカの猛獣だ。想像で描いたのだろうが、カラフルで実に不思議な絵だ。
 以前も江戸東京博物館で公開されたことがあった。本当に真作なのか、後世、明治以降にアフリカの動物を実際に見た人の作品ではないか、と思わせるような、紙に描いたのマス目のカラー図だ。

 「虎図」もあった。水墨の石峰寺所蔵「虎図」の展示も別の部屋であったが、こちらは黄色と黒いしましまのカラーの目玉の大きな虎のアップ図。有名な作品ですね。
  プライス・コレクションで展示は最後となる。展示室からドアのない出口を出る(というより、パーテーションの合間の通路を通って、という方がしっくりくるが・・・・。)出口のところには、「石峰寺」の五百羅漢石像の写真パネルがある。「若沖がデザインした。」と解説にある。
 出ると、すぐに「ミュージアムショップ」だった。
 (以下、「売店」と簡略化して書きます(笑)。)
出ると すぐに売店があった。しかし、エスカレータ脇に行列が。購入するまでの行列だ。売店でも40分から50分待ちとのこと。どれだけ買うんねん!。
 売店の後は、ここから一階にエスカレータ出て、更にエスカレータで地下に下り、元の入口付近から退出する。 

 ↓ 展示リストより。(逆さになっているが・・・。)

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 地下から、一階へのエスカレータ。 ↓
 写真の右が建物内部で、展示室出入り口付近のロビー。建物内の柱に若沖展の「赤い看板」があるのが分かる。

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 館外へ出ると外はまだ明るい。18時40分くらいだった。公園内を歩いて、上野駅の方向に歩こうとする・・・。
 都美の門の柵の外では、巡回の警官がやって来て、スーツ姿の女性の係員と警備員と話を始めた。警官から話かけていた様子「いや~、今日も大混雑でしたね~。」、女性係員は和やかに「そうなんですよ~。今日も・・・・」のような会話でしょう。

 途中まで歩いた所で、上の子が、「定期(券)が無い。」と急に言い出す。カバンの中などを探したが、無い・・・・。都美で落とした筈は無く、ここまで来る途中、先に寄った、東博や芸大美の陳列館で落としたか、別の路上で落としたか・・・。
 念のため、美術館の前まで戻ってきた。次々に人が展覧会を見終えて出てくる。門の扉の前に先に見たスーツ姿の女性の係員と警備員が立っていた。門の中には、入れそうにないので、警備員に聞いてみた。「落し物はいっぱいありますよ。」と言って、定期券入れなどの特徴を確認した上で、携帯電話で館内と連絡をとってくれた。しばらく、館内からの返答を待つ・・・・。すると館内から返事があり、該当する物は「無い」そうだ。
 都美で落としたとは、考えられないので、そのまま去る。警備員は親切にも「届出しておけば、見つかった場合に連絡がいきますよ。」と教えてくれる。が、元々落としていない筈なので、お礼のみ言って辞去した。

 「落とし物」というオチまでついたのが、私達の「若沖展」だった(苦笑)。

(後日談)
 週が明けて、警察から連絡があった。上野のどこかで落としていたそうだ。定期券は再発行をしたので、特に受け取りに行く必要は無いのであるが、定期入れが惜しいそうで、結局後日取りに行くことにした。
 ともかく戻ってよかった。落としてもちゃんと定期入れもついて戻って来る。まさに「すごーいデスネ。ニッポン」といったところか(笑)。

(総 括)
・ 作品は少なめに絞った。90点弱。長命、多作であった(と思われる)若沖にしては展示ボリュームが物足りなかった。若沖の作品は、近年かなりの展覧会でも展示されているので、選択が難しかったのかも。
 昨年は「若沖と蕪村」展もあったし、数年前には江戸東京博物館などで「プライス・コレクション展」も開催されたし。その他「若沖」の名を冠した展覧会は、多数開催されている。
・混雑することは予測されていた。だから、展示作品を絞り、作品解説文も省いた。が、せめて解説文くらいは作品横に設置して欲しかった。
 できないのであれば「作品の横に解説文はありません。音声ガイドを借りて下さい!!」と大きく告知するべきだった。どうせ行列している時間があるのだから、その間に拡声器でアナウンスすれば良いのだ。
 テレビ放映の影響で、連休後に混雑度合が急に増した・・・。私は、直前に相国寺にたまたま行って説明を聞いたり、テレビ放映などで予習していたので、ある程度解説文が無くても分かったが、テレビを見ていなかったら、ほとんど分からず、ただ行って「はぁ~、混んでいた。」で終わっていた可能性が・・・・。
・ 若沖には現在国宝指定が無い。宮内庁所蔵「動植綵絵」は「国宝級」であるが。
 重文指定作品は、ほとんどすべて展示されていた。「菜虫譜」は、所蔵の碑術館(佐野市立吉澤記念)でも一挙に全面公開は無かった模様。今回は、全面一挙公開されていた。
 鹿苑寺大書院の障壁画では、何故か京都の「禅」展で独立して「竹図」の襖絵が展示されていた。
・以前「あべのハルカス」で展覧会が開催された「金毘羅宮奥書院障壁画」は、テレビ番組では紹介されたのに、今展覧会では展示が無かった。
・運営側の稚拙さも感じた。一般的には、「行列の捌き方が悪かった」と記憶される展覧会であたろう。しかし、私は行列するのは構わない。鍛えているから(笑)。
 展示作品数を絞り、解説文を無くし「さっさと見て、はよ出てけ。」感がモロ出しであった割には、観覧者の誘導が不十分であった。「予め」混雑は予想されていたのに・・・・。
・事前の告知でも「動植綵絵」と「釈迦三尊像」が東京で初めて会同する重要性が分からなかった。相国寺での説明を聞いて初めて知った・・・・。「釈迦三尊像」は文化財指定が無い・・・、よってその重要性が分からなかった・・・・。
・混雑しているのはカラフルな細密画作品の前だった。水墨画の前は、意外にもすいていた。「若沖人気」の理由の一端を示している。
 特に最後の展示室の「鳥獣花木図屏風」のガラスケース前が混雑していた。重要文化財「仙人掌群鶏図」の前は、金地の華麗なカラー画であるが、すいていた。晩年の作品で細密な描写があまり無いからかも知れない。


「生誕300年記念 若沖展」 鑑賞4

  2016年5月21日

 東京都美術館で、「生誕300年記念 若沖展」を鑑賞(見学)した。
 

  「釈迦三尊像」の「紅葉小禽図」の裏側から別の部屋への通路が続く・・・・。1階のフロア(地下1階から入るので、その上層階に当たる)から更にエスカレータで、上の階に昇る。1階は、かつての相国寺の6月17日の法要、「観音懺法」を再現し、中心に 「釈迦三尊像」を配置し、その左右に、「対」となっている「動植綵絵」の展示だけであった。

 2階(感覚では3階)の展示室に入る。と入ってすぐ右側のガラスの平展示ケースに人だかりが・・・。「なんだなんだ??」と展示物を見ると、ガラスケースの端の壁の作品名表示には「重要文化財 菜虫譜」とある。
 (この記事で「虫」の字は、現代字体で表記する。)

 「重要文化財」は赤い文字での表示である。
 本当に巻物の冒頭に「菜虫譜」と大きい文字で書かかれている。タイトルが付いているのだ。襖絵にしても、掛け軸の絵にしても虎が描いてあるから「虎図」、小鳥が画中にあるから「××小禽図」のように後世、名付けられた作品とは対照をなす、ということか。
 ガラスケース最前列は混雑しているので、後ろから横にカニ歩きして鑑賞する(笑)。私の後ろや両隣り、周囲は人で、もみくちゃである。最前列の人の合間から見ると、「菜虫譜」の左横から、野菜が右に向かって描かれている。真ん中の部分が、写真でもおなじみのように一番有名なキノコが大きく描かれている場面。青物問屋の主人であった若沖がそのまんま野菜を描いた巻物画。
 しかし、キノコから右(つまり、巻物の展開場面の先)は、ガラリと変わる。池や庭など京の郊外のどこかの沼沢地や原っぱの風景を描いたシーンを思わせる。先の「野菜」の絵は、自分の店の商品を描写したと思わせる、いわば「屋内」のシーンであるが、まるでワープしたかのように「屋外」の光景が広がる。
 そこには、虫がいて草が生えている。草は青々とした生命感を感じさせるものでは無い・・・・。草の葉には、穴が開いているか、枯れているようで、(テレビで紹介していた、西福寺の襖絵の裏の)「蓮池図」の葉の様子と共通する。虫は、クワガタ、トノサマ?バッタ、ムカデ、カマキリ、セミなど、ごくありふれた現代の私達でも見ることができる種類だ。池の周囲では、蝶が舞っている。水面の描写では、水の生物がいる。タニシやオタマジャクシまでいるし、カエルが跳ねている。ザリガニ?までいる。水面の中心にいる一部が赤い胴体をしたウナギのような生き物は何?。ドジョウでは無いし、分からない・・・。人間がいない、虫と両生類の楽園を思わせる。
 巻物の最後に再び野菜が登場する。根菜の葉は、描いてあるが人間が主に食べる部分はほとんど土の埋もれているようだ。最後に描いてあるのはカボチャだろうか。
 その手前、池のほとりには、「擬人化」されたカエルが一匹いる。カエルのたたずまいと「目玉」が人間のようだ・・・。どこか、現代のアニメを思わせる。「ど根性ガエル」のようだ。(世代が分かるかな・・・・(笑)。)
 巻の末尾には、瓜を半分に切った「面」の所に、若沖の書付と落款がある。「・・・七十七・・・画」とある。若沖の最晩年、数え77のときの画であることが分かる。
 展示リストにある若沖の年賦によると、この頃、京の「天明の大火」で焼け出されて大阪に避難したとある。避難中に描かれたものだろうか・・・・・。巻物の後半部分は、火事で家財などを失った若沖や家族の心境を反映しているのではないか・・・。人間のいない「虫達の世界」を描くことによって。人間の意思とは関係なく、変わらずそこにある虫や水辺の生き物の様子を見て・・・・・。
 擬人化したカエルといい、「鳥獣戯画」との共通性も感じた。
 この「菜虫譜」、最初は二列目で、ぶつからないように人をよけて歩きながら見た後、もう一度巻首の部分に戻り、巻物の途中、部分部分、ピンポイントで最前列への隙間を見つけて、うまく潜り込み(笑)、鑑賞をした。

 ↓  展覧会パンフレットより。「菜虫譜」がバンフの下部に載っていた。

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 ↓  展覧会パンフレットより。「菜虫譜」の後半部が載っていた。
    野菜の断面に「・・・七十七・・・」とあった。

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 次の展示に。と、通路の右の壁に一枚の絵が展示されている。「野菜が真ん中にある涅槃図」だった。「大根涅槃図」というべきなのかな(笑)。
 紙本墨書であり、白黒の絵。展覧会パンフレッにも写真が掲載されている有名な画であるが、不思議なことに足を止めて、見入る人は少ない・・・・・。音声ガイドの対象外なのかな・・・。
 先にも書いたが作品の横には説明文が一切無いため、あらかじめ予習していないとボクのような素人には全く分からず、通り過ぎてしまう・・・・。
 個人蔵「百犬図」は、この「野菜の涅槃図」と入れ替わりの展示であった。

展覧会パンフレットより ↓ 

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「生誕300年記念 若沖展」 鑑賞3 (「釈迦三尊像」と「動植綵絵」)東京都美術館

  2016年5月21日

 東京都美術館で、「生誕300年記念 若沖展」を鑑賞(見学)した。
 

 「鳳凰図」の対と思われる「孔雀図」、現在宮内庁所蔵の「旭日鳳凰図」を混雑の中やっとのことで鑑賞。
その先、角を曲がったところの壁には水墨画の「虎図」がある。例の丸い顔のお目目の大きいトラさんの絵。色彩画の虎図の方が有名だが・・・・。水墨画の「虎図」は昨年のサントリー美術館の「蕪村と若沖展」でも見た。

 観覧者の状況としては、意外にも若い人が多い。土曜日の夕方であることも理由のひとつだろう。と、若い学生か20歳前半~半ばくらいの茶髪の女の子の二人組があるガラスケースの前で鑑賞している。混雑の中、壁にかかる作品を群集の後方で見ようとしながら「あー、おしりが痛ぁ~い。」と話している。彼女達はやや小柄なので、群衆もまれ、ここまで立って並んでいくうちに腰から下の足にかけての体の部位が痛くなってしまうのだろう(笑)。
 先の入館前の行列で前に並んでいた、赤いトレーナーのカップルがいた。別の人としては、ソパージュ髪で派手な感じの身長162センチくらい人(女性)がいる。連れの男性と一緒に見ている。
 他方なぜか、この混雑の中リュックを背中に背負うが・・・。身長は158センチくらいで一人行動の女性だった。これら女性達は、ともにジーンズをはいている。リュックの人は、ちょっと雰囲気が違うというか、動きが速くて鋭敏。そういう人は、ぐぐっと列に割りこんできたり・・・・・・、背中のリュックが他の人に当たることも気にしなかったり・・・・。こういう人、いますね(笑)。
 若い一人行動の女の子、20~30歳台の女性もちらほらいる。ブルー色の目立つパーカーをはおる女の子は、私とほぼ同じ速度で進んでいた。やや茶髪で20歳台半ばから後半くらいかな。一人で来ているようだが、モチロン本当にそうかは分からない。
 若い人に比べて、更に年齢の低い子どもの観覧者は少ない。小学生の子はわずかだ。時間帯のせいもあるが・・・・。高齢者の割合は低い。が、若い観覧者の多さ、といえば、昨年の秋に同じ都美で見た「モネ展」と比べると若沖展の方がモチロン割合は少ない。

 更に進むと「花鳥版画」シリーズの展示があった。特にオウムの版画は有名なので、写真などでも見たことがある。有名な「鸚鵡図」は、カゴの中のオウムを表現した版画。「下を向く、白いオウム」の絵。オウムが飲む水の容器も描いている。身近に飼育していた観賞用のオウムを写生したのだと感じた。若沖の家の縁側にトリカゴがあったのだろう。「引きこもり状態で絵を描いていた」といわれる若沖は。身近にある観賞用の鳥や鶏を写生したのだ。

 地下の展示室から、一階の展示室へ移動する。窓が無いので、いつも一階から二階へ移動と勘違いしてしまう・・・。
 大きな部屋の正面に、「釈迦三尊像」3幅と「動植綵絵」が向かって右に15幅、左に15幅、合計で30幅展示してある。
 部屋の入口には簡単な解説ボードが壁に掲示されている。
 相国寺での毎年6月17日の法要「観音懺法」について説明があった。展覧会の年賦には「閣法懺」とある。
西暦でいうと1769年、若沖54歳のときに相国寺方丈に吊り下げをして参拝者に公開したそうだ。
 では、当時の吊り下げする順番はどうであったか?。方丈の正面には「釈迦三尊像」を吊り下げたことまでは、ボクでも分かります(苦笑)。
 今回の展覧会での陳列順は、ある年の順番を再現したものなのか?、という疑問について音声ガイドでの解説にあったのかは、知らない・・・・。

  展示室では、向かって右の手前には「紅葉小禽図」の展示。燃えるような朱色のモミジの葉と小鳥の絵。こちらは、二年前の秋に三の丸尚蔵館の「美を伝えゆく」で展示があった。
 今回の展覧会ではこの「紅葉小禽図」が右手前にあった。順路は、左から時計まわりに見て行くようなのだが、実際には、誘導はなく、自由に見ることができる。楕円形に壁を仮設して展示室。厳密にいうと、相国寺の方時丈を再現するならば、長方形なのだろうか、ここは混雑が元々予想される展覧会。楕円形で、スムーズな導線で誘導するのですね。
 不思議なことに、観覧者は反時計まわりに見て行っている。競争の「トラック」を回るときと同じ周回方法(笑)。心臓を中心にして周回するのは、もはや人間の本能なのか。

 私は、まず正面の「釈迦三尊像」を見る。正面付近はすいている。向かって右、「紅葉小禽図」から見ていく人が、ちょうど真ん中の「釈迦三尊像」の前にやって来る通過点に当たる。
 向かって右の中ほどにある「群鶏図」の前が混雑している。一番有名な絵ですね(笑)。

 ↓ 宮内庁三の丸尚蔵館「美を伝えゆく」の図録より。 平成26年。
   「紅葉小禽図」と「群鶏図」の二点が展示。このときは、無料で見れた。

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 「釈迦三尊像」を見た後、「紅葉小禽図」の所に戻り、本能に従い(笑)、向かって右の展示を順番に見て行く。次に「魚の図」が二幅ある。 見ながら「タコさんがいるよ」小学生低学年くらいの子供に声を掛けているお父さんいる。淡水のほとりと水中の生物を描いたようだ。写生しているかの如く細密である。続いてニワトリ(鶏)を描いた細密な絵がある。

 「釈迦三尊像」の近くの右側には、孔雀図がある。先ほど見た「鳳凰図」「孔雀図」と酷似している。色彩は先程見た絵の方が、豊かだが、「動植綵絵」シリーズの孔雀のようが、色合いはやや暗いながらも洗練しているかのように感じた。「対」となる絵は「鳳凰図」だ。「釈迦三尊像」の左側にある。パンフレットにも載っている「人のような顔をして、尾っぽにハートマークがいくつかある鳳凰の絵」だ。
 先程見た宮内庁蔵「旭日鳳凰図」とも似ているが、違う。尾の「ハートマーク」がこちら「動植綵絵」の鳳凰図は、特徴的だ。

 ↓ 今展覧会のバンフレットより。

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  「釈迦三尊像」は、「平安藤汝・・・拝写・・・」と、仏画を写したことが分かる。説明文によると「張・・」の仏画のようで、中国、朝鮮半島の影響を受けている仏画だそう。何か、日本のそれとは、異なる、表情が鋭いというか、「和風」ではないなと思っていたが、色彩や描写がリアルすぎて(私にとっては)ややグロイかな。
 真ん中に「釈迦如来」
 向かって右に「文殊菩薩」
 向かって左に「普賢菩薩」
 の展示がある。
 「普賢菩薩」には絵の左側に落款と「平安藤汝・・・拝写・・・」の文字がある。つまり、元々左に安置するように描かれた。「文殊菩薩」は右側に落款と「平安藤汝・・・拝写・・・」の文字がある。
 「釈迦如来」はもちろん真ん中。「文殊菩薩」の右側には落款と「平安藤汝・・・拝写・・・」の文字がある。


 「群鶏図」の反対側の展示作品(つまり、トイメンさん)は、「紫陽花群鶏図」、ひし形のような形状のマスで紫陽花の花びらを表現している。水色のような青い色と白い花びらの紫陽花だ。「・・・居士若沖造」と書き込みがある。
 「紅葉小禽図」のトイメンは「桃花小禽図」。展示室を入って「左」にある。文字通りピンク色の桃の花と小鳥を描いている。「秋」に対して「春」が表現されている。
 展示室入口の簡単な解説ボードには、絵が「対」になっているとこは説明が無い・・・。音声ガイドには(説明が)あったと思うが・・・。が、振り返って、絵を比較して見ている人は、あまりいなかったような・・・。

 展示は、別の部屋への通路と続く。




「生誕300年記念 若沖展」 鑑賞2(入場~鹿苑寺大書院障壁画)  東京都美術館

  2016年5月21日

 東京都美術館で、「生誕300年記念 若沖展」を鑑賞(見学)した。
 行列はしていたものの55分くらいで、美術館内の会場に入ることができた。列も順次進んだので、本を持って行ったものの、全部読まないうちに入館できたので、拍子抜けした。特に、美術館の建物の内部に入ってからは、どんどん列が進んだのでゆっくり本を読むことも出来なかった。
 ちなみに、当日券を購入したがチケットのナンバーは82000番くらいだった。恐らく連番であろう。同行した上の子は、すでに高校生なので有料。チケットのナンバーは高校生は800番台だった。思ったよりも少ない。
 ここで発売された当日券は大人の数としては妥当だろう。招待券、割引券、館外チケット売り場、コンビニ販売の番号とは別であろうから。

 入口で、チケットをちぎってもらい、いよいよ入場。音声ガイドは借りなかった。しかし、借りないと・・・・どうなるのか・・・・この「若沖展」に思わぬ落とし穴が待っていた・・・・。このときは、気付く由も無かったが・・・・。

 展示室の最初は「鹿苑寺大書院障壁画」、重要文化財指定の代表的作品から。「葡萄小禽図」の襖絵だ。
鹿苑寺大書院の「一之間」を飾っていたと説明にある。
 相国寺承天閣美術館に展示の「床貼付」と同じ構図。次いで、「二之間」、「三之間」、「四之間」の障壁画がある。「ふすま絵」なので、通常美術館のガラスケースに展示すると裏面が見えない。よって、展示替えをすることになるのだが、ここでは「両面ガラス展示ケース」で、襖をこのガラスケースに入れて、木製のレール?にはめ込み、「両面」が展示されるようになっていた。実に画期的なことだと思った。お陰様で、両面、裏表両方同時に見ることが出来る。
 同じく相国寺承天閣美術館に展示の「床貼付」と似ている芭蕉の描いてある絵もあった。全部で50面くらいが文化財指定の構成物件であるが、全部の展示はない。「葡萄小禽図床貼付」と「月夜芭蕉図床貼付」は、相国寺承天閣美術館に展示してあったし、「竹図」は京都国立博物館の「禅」に展示されていたし。
 障壁画の展示されている空間の壁には、「鹿苑寺大書院障壁画」の解説カラーパネルが掲示してあった。 写真入りで、どの障壁画がどの部屋のどの部分の襖なのか、わかるように解説してある。
 今回展示の無い「竹図」は、東西に長い書院の南に突き出た端っこの部屋「狭間之間」にあることが分かる。実は、写真付きで解説しているのだが、「竹図」は「今回展示が無い」とは書いていない・・・・。大書院の障壁画のどの部分が今回展示されているのかまでパネルには説明が無いのだ~。つまり、展示リストを見て、音声ガイドを聞いて確認!ということですね(笑)。

 「葡萄小禽図床貼付」と「月夜芭蕉図床貼付」 。相国寺承天閣美術館のパンフレットより。 ↓
  (2016年5月5月入手) 

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 京都国立博物館の特別展「禅」で「竹図」の展示があった。 写真はそのバネル↓

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  「一之間」の障壁画「葡萄小禽図」の反対側というか斜め前の壁に二番目の展示作品「花卉雄鶏図」が。つまり、花がたくさん画中に描いてあって、カラフルな鶏の図。「これぞ若沖!!」という絵であり、作品の前は、人だかりであった。「・・・平安若沖製」と毛筆の書付がある。別の絵には「・・・・心遊館若沖製」とある。当時の若沖の心の様子を表現したのだろうか。「心が遊ぶ」と書くとは・・・・。右からタテに読んで「若沖居士」の落款も押してある。

 若沖は、楽隠居のような感じで絵を描いていたのだろうか。他の家の者や番頭や手代、丁稚にとっては、たまったモノでは無かったでしょう。ちゃんと、家の商売に専念してもらわないと・・・・・。

 続いて「二之間」は、「松鶴図」。一之間の「葡萄と小鳥の絵」の裏側にある襖絵。
 「三之間」は、「芭蕉とハハ鳥」(漢字が・・・・)。「月夜芭蕉図床貼付」と似ている(当たり前だが)芭蕉の絵と、カラスのような鳥の絵。
 「四之間」は、「菊鶏図」は水墨でニワトリを描いている絵。ニワトリの正面の顔を描いたところ。トリの面玉がギロリとしてこちらを見ている。リアルな作品だ。
 
 「四之間」の障壁画まで見て、次の絵を見ようとするも、展示室の通路には人が滞留して混雑している。ガラスケース最前列を確保して見学するのが、困難な状況・・・。
 なぜか、重文指定の「鹿苑寺大書院障壁画」各種は、人だかりが無く、見やすかった。しかも、閉館間際、行列の最後という訳ではないが、最終に近い入館者なので、後からは人がやって来ない。よって、「鹿苑寺大書院障壁画」は、もう一度戻って、行ったり来たりして、ゆっくり鑑賞できた(笑)。
 しかし、油断は出来ない。黒いスーツを着た係員は「6時30分ですべての照明を消灯しまーす。」と声を出している。ゆっくりしていられないのである(苦笑)。急き立てられるように見て行く。

 続いて(鹿苑寺大書院障壁画と通路を挟んで続く)壁面のガラスケースの展示を見ていく。「鶏」の細密画などであるが、すごい人だかり。その前には「宮内庁三の丸尚蔵館」の「旭日鳳凰図」が。「右上に見事な朱色の太陽があり、人のような顔をして、羽根をはばたかせている鳳凰の図」だ。
 「旭日」ということで、宮内庁に献呈された作品のようだ。有名な「動植綵絵」とは別にあったとは、知らなかった・・・・。しかも、孔雀図と鳳凰図の区別がつかなかった・・・・。「鳳凰」は想像の上の鳥なので、人の顔をしているのだな、と(勝手に)理解した(苦笑)。その左隣(だったと思う)の作品の前でも行列というか、人だかりで中々列が動かない。人の波をすらりとかわし、一部ではあるが、「ほぼ」最前列で見ることもできた(笑)。
 「鳳凰図」と対と思われる「孔雀図」。「旭日鳳凰図」もこの「鳳凰図」も似ている。しかも、「動植綵絵」にも似た絵があった筈。展覧会の公式ウェブサイトのトップで画像が掲載されている絵、どの作品だったかな、と分からなくなってきた・・・・。
 実はこの「鳳凰図」と「孔雀図」は、サイトでは紹介されているが、83年ぶりに再発見された作品だとは、後で知った。
 会場内では、作品の横に説明文が一切無い。音声ガイドを借りないと、分からないようになっている・・・・・。しかも、展示作品は、作品名と現在の所蔵者、制作年代の表示のみで、簡単な解説文が無いことに気付いた・・・・・・。
 音声ガイドが無くてもある程度分かるかな、と思っていたが、アテが外れた・・・・。




相国寺 春の禅寺一斉拝観(方丈、毎年6月17日の観音懺法と若沖)

  2016年5月5日

 好天の下、相国寺にやって来た。今年は「春の禅寺一斉拝観」で公開されている。方丈と法堂が公開されいてる。チケットを買う。大人一人500円と安い。子(小人)は250円。

 チケット売場は、方丈の庭園の脇にある。しかし、売場では「法堂からみるよう」に言われる。靴を下駄箱に入れて、廊下を伝い法堂に入る。
 
  ※法堂の拝観記事は後日書きます。

 ↓ 京都御苑から相国寺の境内を歩く。
   「相国寺 特別拝観」は、方丈、法堂以外にも拝観場所があるが、「春の禅寺一斉拝観」は看板が別になっていて、この期間は「方丈と法堂の公開」であった。

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↓ 相国寺の拝観入口。渡り廊下の所から入る。右は庫裡だが、拝観場所となっていなかった。
  庫裡の更に右から、承天閣美術館に続く通路があった。

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↓ 相国寺の方丈庭園を眺める。白砂の何も無いお庭だ。
  建物内部や障壁画は撮影禁止なので、写真は無い。

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 方丈の縁側では、ガイド役の方の説明がある。ガイドは初老の男性だった。まずは、相国寺の由緒などの説明がある「(面積は)・・・現在、4万㎡あるが、昔はこの36倍あった。・・・」と説明。隣接する同志社大学の敷地も含めて、この付近はすべてお寺の境内だったことになる。
 そして「・・・(境内には)塔頭があり、世界遺産の金閣寺と銀閣寺は 相国寺の塔頭・・・・。」という具合に有名な由緒のお話があった。


続いて「松竹梅」のお話。梅は(法堂の)龍の絵、竹は「襖絵」の絵、松は、境内の松といった説明。「梅」と「竹」の内容は忘れてしまった・・・・・。「松は境内に多く植えられている松」のお話だけ覚えています(笑)。

 方丈前の庭は、上でも書いたが、あまり手入れしてないい感じのお庭。説明によると「無」の世界で何もない。

本堂から法堂の屋根についての説明があった。「残り瓦」があるそうだ。何のことか聞き洩らしたが、法堂の屋根か何かが 未完成になっているそうだ。

 
 方丈の部屋についての説明もある。建物の内部に目を転じる。「三っつの部屋があり、合計で94畳ある。一年のうち、三つの部屋の襖を取り外して大きな部屋になる日が、一日だけある。」そうだ。 
 その日は、というと「6月17日だ。この日は、(法要があって)若沖の絵がずらりと、ここに吊りさげられる。今、東京都美術館で若沖の展覧会が開催されているが、連日かなり混雑して並んでいるようだ。ここから貸し出された釈迦三尊像などの若沖作品が(6月17日には方丈のぶち抜きの部屋に)一堂に並ぶ。」そうだ。
 「釈迦三尊像や動植栽絵は、元々ここ相国寺に(若沖が描いて)寄進されたもので、動植栽絵は現在は宮内庁の所蔵になっている。・・・・6月14日頃には、若沖の絵を方丈に吊り下げて準備をしているそうだ。17日は招待者しか入れないとこのとだった。
 
 ガイドさんは「どれだけ、この中で17日の招待状をもらえる人がいるのか分かからないので、14日頃から来るのがよい。招待券が無くても見ることが出来る・・・・。」と。観客は皆苦笑い(笑)。
 が、そもそも、その時期(6月14日から前日の16日にかけて)にここ相国寺は、公開しているのだろうか?。やや疑問は残った。

 ※ここ相国寺で説明を聞いた限りでは「動植栽絵」は宮内庁から戻って来て毎年陳列されるかのような言い方だった。しかし、実際には違う。ガイドの説明で言っていた「若沖の作品がズラリ」と並ぶのは、昔の献上前のことで、現在は「釈迦三尊像」とその他の若沖作品と推測するが・・・・。
 6月17日の法要は「かんのんせんぽう」というらしい。「観音懺法」。
 (当初は「法懺」と思っていた。難しい・・・・。)

 当初、東京都美術館の「生誕300年記念 若沖展」は混雑しそうだし、鑑賞しない予定であったが、ここ相国寺で説明を聞いて行ってみたくなってきた!。
 やっと「釈迦三尊像と動植栽絵の同時展示」の意味が分かった。

 ↓ 「旦那の間」からの眺め。この部屋からの眺めが一番よいように作庭されているとのこと。 
   お庭には何も置いていない「無」の世界なので、「一番良い眺め」が分からない・・・・。 
   白砂に五月の太陽が反射してキラキラ輝いている。その程度の認識しか、ボクには無い・・・・・(苦笑)。

 

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 ↓ 方丈の入口とその前の庭。

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 ↓ 方丈の前のお庭を見ながら拝観者はガイドさんの説明を聞いた。

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↓ 方丈の真正面から見た法堂。大きい。収まり切らないので写真は上下、二枚に分かれている。
  「残り瓦」については説明を聞き逃した・・・・。

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 この後、裏側の庭園を見て、方丈を出た後は、承天閣美術館に向かった。
 美術館には、若沖の作品は、二点のみが展示されていた。

東京都美術館 「生誕300年記念 若沖展」プロローグ (チケット購入編)

  2016年5月21日

 東京都美術館の「生誕300年記念 若沖展」を鑑賞(見学)した。

 この日の天気予報は、最高気温が27度くらい。たまたま見た朝のNHKニュースではアナウンサーが「上野の・・・若沖展 、連日、長い待ち時間で列ができているようです。・・・・並ばれる方は暑い日となりますので、水分補給にご注意ください。」と一展覧会について全国放送でわざわざコメントしていた(驚)。
 NHKが主催者でもあるので、宣伝も兼ねているのだろう。しかし、これだけ混雑が伝えられているのに今さら宣伝する必要は無いだろうか・・・・。


 さて、展覧会の公式ツイッターによと朝9時30分、つまり開館時点ではチケット購入40分待ちと入館まで210分待ち。午前11:15の時点ではチケット5分待ち、で入館210分待ち。
 午後から出かけた。3時前に上野駅の公園口に到着。と、音楽ホールの前付近で「若沖展 120分待ち」のプラカードを持った係員がいる。先のツイッターの情報よりも混雑は緩和されたようだ(笑)。

 ↓ 特設チケット売り場の看板。図柄がかわいらしい~。

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 (以下、「都美」と略して書きます。)
 若沖展には、夕方の閉館間際に並ぶとあらかじめ「作戦」を決めている(笑)。これは、昨年の東京国立博物館の「鳥獣戯画展」や更に以前の「故宮博物院の清明上河図」の鑑賞時を踏まえたセオリーだ(笑)。
 朝一番に行くよりも、夕方や夜間の閉館間際に並ぶ方が行列が少なく楽であるから。というより、朝起きて行くのが困難なせいもあるが・・・・・(苦笑)。
 何故か、美術館、博物館の展覧会は概して朝の時間帯の方が並ぶことが多い。朝一番で並べば、ゆっくり見ることは出来るだろう。反対に閉館間際だとゆっくり見る時間は、朝(の時間帯)より無いかも知れないが。一長一短はある(笑)。

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 上野公園内を徒歩で通過、都美の方向に行き「情勢を偵察する。」(笑)。すごい行列だ。聞きしに勝る行列とはこのことよ。(と、戦国武将??のような口調(笑)。)
 チケット購入までの待ち時間は長くない模様、よって、あらかじめチケットは買うことにした。このとき行列の末尾のプラカードは、入館まで「120分待ち」の表示だった。プラカードを持った係員が誘導している。
 (「入館」が待つのであって、チケット購入までは10分との表示。)

 ちなみに、5/1の日曜に前回、上野に来て都美には行かなかったが、このときの待ち時間は、5/1の15:55時点で、チケット15分待ち、入館は10分待ち。その後の更新では「待ち時間なし」との表示。つまり、西洋美術館の「カラヴァッジョ展」を見た後に入館しておけば、待ち時間は0分だった・・・・。
 (もっとも5/1は、出足が遅かったので見学時間が「時間切れ」となってしまったのだが・・・。)  

 建物の外まで幾重にも行列が蛇行している。これで二時間待ちということは、もっと待ち時間が長かったときは、どんだけ並んでいるんねん?。奏楽堂付近まで、芸大美術館方向に列が出来ていたそうであるが・・・。

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↓ チケット購入後に「偵察撮影」。
フムフム、中庭を取り囲むように並ぶのだなと確認(笑)。
図録売場が地下の中庭にあることも確認。
(結局、買わなかったケド。)

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↓ チケット売場。
 いつもの館内地下一階まで行くのかと思っていたが、特設売場のボックスが設置されていた。ほとんど並んでいない。すぐに買えた。


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 チケット販売の窓口は三つ(か四つ)あった。どの列に並ぶかで、いくらか購入までの時間が異なってくる。スーパーのレジ待ちの列と一緒(笑)。「ここが早く済みそう」と思った列に並ぶ。しかし、列が進まない。チケット購入でトラブッている人がいる模様。小柄な熟年~老年の女性が、窓口の前で何か話して、ハンドバッグの中を探している。
 会話のやりとりで、65歳以上の割引のため、身分証明書を探していると分かった。見つかったのかは知らないが窓口の人に「・・・・・・昭和26年1月〇日・・・・・・・・・・・。」とハンドバッグの中に手を入れてゴソゴソしながら伝えている。自分の生年月日なのだ。今年65歳になったのであった・・・・。しかもこのオバハン、数名分をまとめて買っているときたので、タチが悪い・・・・・・。まだ時間がかかる。やっぱりこの世代か・・・・・・、とぼくしゃんテンション下がる・・・。他の列と比べて後塵を拝してしまった。
 結局私の後ろから並んだ人、数名は先に購入して去って行った・・・。いや、ボクが悪いんです。人を「見る目」が無かったから(笑)。

 図録売場の拡大。混雑無し!。 ↓

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 先に、芸大美術館陳列館の「アフガニスタン修復プロジェクト」と国立博物館の「黄金のアフガニスタン」展を見て、再び来ることにする。
 ↓ 都美の裏側から、芸大美術館方向に歩く。すると、動物園の入口があることを発見。ずっと以前は無かった筈。ただ、知ってはいたが、忘れていたのかも・・・。入口の「再発見」だった。

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↓ 都美の裏側を通る。と、館内の窓近くのソファで休憩している人がいる。
表の大行列がウソのような静けさだ。

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↓ 都美の裏側。
こちらには、行列を誘導していない。木が多いので、日陰にはなるが。動物園の入口があるため、邪魔になるので誘導しないのだろうか。

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↓ 都美の裏側。搬入口。静かだ・・・。

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↓ 一旦、都美を離れた。後刻、再びやって来ることにした。

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↓ もう一度、チケット売場。

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「生誕300年記念 若沖展」1 東京都美術館 (行列~入館待ち時間の状況)

  2016年5月21日

 東京都美術館 「生誕300年記念 若沖展」を鑑賞(見学)した。

 先に、「黄金のアフガニスタン展」を見て、東京国立博物館を出る。正門から退出し、道路を渡りそのまま、都美術館へ歩く。レンガ色の建物沿いにあるが、美術館の敷地外、公園内の通路にまでは、行列していない。
 
 
 16:43に列の最後尾に並ぶ。「90分待ち」の表示。1時間半待ちならば、「余裕」と楽な気持ちで並ぶ(笑)。なんたって、京都迎賓館の試験公開では整理券を入手するのに50分並んでいるし、「どんとこい」です(笑)。

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 ↓ 並んだ直後の様子。列は



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 列の最後尾付近では、水を配布している。業務用のミネラル水ポリタンクに入っている。紙コップについで配っている。が、次第に列は短くなり、水の配布場所から遠くなる。水は、手押しワゴンに乗せてあるため、移動させて配布していたが、やがて撤収した。日が陰って来て涼しくなってきたこともある。水が欲しく無い気温となって来た。

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 列は伸びることは無く、だんだんと最後尾が前に移動していく。
 と、17時前に「60分待ち」に待ち時間の表示が変わった。「6」と「9」が、一気に逆転!!。

 ↓ 17時直前の行列の最後尾。17時の時点では、もっと行列は進んで、都美の門の近くになっていた。


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 都美の門を入った所にある「ミラーボール」の前で並んでいたときに、入館締切の17:00となった。走って、チケットを買いに来る人もいる。時間が来ても無理に締め切りはせず、17:02でも販売してくれる。とっても良心的です(笑)。
 チケット購入が間に合えば、列に並ぶことを許される。実際には17:03でも間にあった。

 ↓ 17時15分くらい。半地下の中庭をぐるりと取り囲むように並ぶ。
   半地下では、図録を購入できる臨時テントが出ている。

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 列は、順に進む。一定人数ずつ館内に入れていくようなので、一度動くと、ダーっと一定距離を進む。本を、読んで過ごす。美術館の、地上の周りを、ぐるっと並ぶ。半地下の広場の様子が見える。前はカップル。小柄な赤のパーカーかトレーナーでジーンズの女子と背の高い若い男。女は結婚指輪をしている。若い夫婦かも、。男は女のジーンズのお尻のポケットに手を入れたり、これ見よがし。女もノリノリか知らないが男のジーンズの後ろのポケットに手を入れたり、スキンシップをしている・・・・・・・・・・。

 前には、別におばさんの2人か3人連れ。ウチの子供、読んでる参考書のタイトルを(首を曲げて)除き込むように見る。よくある「行動」だ・・・・。オイオイ・・・・・。これだから・・・・・・・(敢えて書かず)。このヒト、年齢は60以上、恰好は若く見えるが、もしかしたら70くらいかも。
 列のうしろもカップルで話をしているが、学生のよう。ただし、女の子が男に対して敬語を使っているので、先輩が誘ってきたのか?。「教授が・・・・」などと会話している。

 ↓ 中庭をぐるりと回り込んで来た。列が進むと今度は、エスカレータを下り、一気に館内に誘導される。
   半地下の中庭では、列を並ばせない「誘導方針」だ(笑)。

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 美術館の建物の中に入ると、映像パネルで「例の以前見た映像」が流れている・・・・・・。以前、日本科学未来館で見た、踊るアート展での「若沖」の映像だと気づいた。「花木鳥獣図」をモチーフにして、ゾウやトラなど画中の動物が動く映像だ。
 都美では、科学未来館で見た映像よりは、小さいスクーリーンでの投影だった。「チームラボ」の製作による映像コンテンツ。しかし、列はどんどん進むので、ここは映像をあまり見ないうちに、すぐに通過してしまう。ほとんど見れなかった。  
 この映像スクリーンの前に行列が出来ているため、待合室にいる人はよく見ることができないのだ。せっかく放映しているのに、勿体ない。行列している人は(スクリーンの前に列があるため)見ることができるが、あまりに近くて、並びながらずっと見ていると目がおかしくなってしまいそうだ。わざわざ、行列をかいくぐって(映像の様子)を写しに来る人もいた。(写しに来る人は、たいてい中年以上の女性だった。)
 
 列がロッカーの前に近づいた。ウチの子に言って、列を一旦離れてもらい、手荷物はロッカーに預けてもらう。この混雑の中で開いているロッカーもあった。
 例の中庭の窓に近いロッカーの前は行列。だが、その合間をくぐって ロッカーを出し入れしている人がいた。 毎度のことだが、おひとり様だと、列を抜けにくい。すると、頭髪が短くて、テンパーマだと思うがもじゃもじゃなヘアーの小柄な女が列を一旦抜けて、ロッカーに預けたのだろう、また列に入ってきた。誰にも、列を離れるときも戻るときも誰にも告げていない。この人は、1人で来ているようだ。
 さすがに、トイレやロッカーから戻ったフリをして、さりげなく割り込む人はいなかった(笑)。




「ボッティチェリ展」 鑑賞

平成28年4月
 「ボッティチェリ展」 東京都美術館

 先に東京国立博物館の総合文化展のみを見た後、桜の花が満開で大賑わいの中、東京都美術館(都美)へと上野公園の人口池のほとりを歩く。都美に向かう途中の芝生の周囲は、大きな桜の木はない。桜並木というほどでは無いが、木の下では、大勢の人が宴会をしている。お花見、というより、外飲み会というのでしょうか?(笑)。
 子供用の遊具のある広場では、たくさんの子ども達が遊んでいる。この広場は、芝生ではなく、土なので、土ほこりが立っている。
 美術館に向かって歩いている人が多くなるが、前回来た「モネ展」ほどの数ではないもよう。あのときは、夜間の延長開館時で平日だった。今回は土曜だが、比較しても「ボッティチェリ展」の方がすいています。
 
 「ボッティチェリ展」の会期は4月3日まで。閉幕前日の見学、鑑賞と相なりました。モネ展のときは (10月18日までの期間限定で代表作「印象、日の出」が公開。)18日までは連日夜9時まで延長開館をしていました。今回は、通常の金曜日の夜8時までの延長のみのようでした。

 ↓ 館内の告知看板。「聖母子」の絵が。

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 早速チケット売り場に並びます。二列、窓口が開いていました。それぞれの窓口に15人くらい並んでいる。が、大混雑ではない。入館制限もない。桜が見頃なので「絵よりもお花」かな(笑)。
 久しぶりに、音声ガイドを借りました。音声ガイド用の展示リストは入手できましたが、一般用の展示品リストは配布がありませんでした。「あれ、どこかな?」と周囲を見回しましたが、入館者の誰も持っていません。会期は明日までなので、追加印刷は控えたのですね(笑)。


 
 ここで入館後、周囲の状況をレポートします(笑)。都美術館に来たのは、昨年の10月以来半年ぶりでした。「」鑑賞者の平均年齢は・・・・・、(開催場所が違うしも時期も違うので)春画展と比べようもありませんが(笑)、前回鑑賞した「モネ展」と比べると、ぐっと「若い」の反対で比較的年齢は上がった模様。しかも、女性率は、高くない4半々くらいかな。モネ展では「若い女性が多い」と書いたが、土曜の昼のためか、年齢層はバラバラ。主婦層の入館者も多い。小さい子を連れた家族連れもいるし、春休み期間中なので、小学生くらいの子もちらほらいる。偉いな~。お花見+芸術鑑賞ですね。ウチの子は、誘っても、もはや来ませんよ(苦笑)。
 

 ※ おまけ。上野公園内では人工池をバックにして特設ステージを設置してあり、
   着物のイベントを開催していました。

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「モネ展」 鑑賞記①(「印象、日の出」期間限定公開) マルモッタン・モネ美術館蔵

平成27年10月

(前回までのあらすじ)
 「春画展」 を永青文庫で見た私は、都電に早稲田駅から乗った。時刻は夜の7時を過ぎている。秋の日は短い。周囲は暗く、街のネオンサインが輝いていた。大塚駅から山手線の電車に乗り、鶯谷駅で降りたのだった。
                                                       (あらすじ終わり) 

 鶯谷の駅の改札を外に出る。線路の向こう、坂の下には、様々な形状のビルが。ビルの屋上に設置された妖艶なネオンが輝いて、怪しげな光を放っている。私は、そのネオンの輝きを背にしてひとり坂を上る・・・・。
 決して坂を下ってはいないです(笑)。

 急ぎ足で19時半頃に東博の正門の前に出た。さて、この日は金曜日。夜間開館に行くか、と思ったが敷地の中は電気が消えている。国立博は閉まっていた。夜間開館は無かった・・・。誤解していたのだ。特定の月の特別展開催中の金曜日のみに夜間開館は実施されるのだ。

 更に、東京都美術館(都美)へと上野公園の中を歩く。都美に近づくにつれ、歩いている人が多くなる。皆「モネ展」に向かう人々です。
 「マルモッタン・モネ美術館蔵 モネ展」にやって来ました。 (10月18日までの期間限定で代表作「印象、日の出」が公開されています。18日までは連日夜9時まで延長開館をしています。公立美術館の場合、夜間延長開館は8時までが一般的ですから、異例の対応です。「春画展」を夜間に見てから十分に間に合います(笑)。

 ↓ 館内の告知看板。「睡蓮」の絵が。

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 都美は、ガラスから漏れる灯りにてらされ、浮かび上がっている。多くの人で賑わっている。折から雨が降ったり、やんだりしている。傘たては、ほぼいっぱいの傘が。まずは空いている傘たてを探す。傘を預け、キーを抜く。
 館内に入り、チケットを買う。並んではいないのですぐ買える。しかし、荷物を預けるコインロッカーが、ほぼいっぱい。私の目の前にいた、学生らしきカップルが先にロッカーを見つけ、荷物を入れてしまう。他に空いていない!。先を越された私は、別のロッカーを探して、ようやく入場口付近のロッカーを見つけたのでした(笑)。
 残り三か所(つまり、ロッカー3個)くらいしか空いていなかった・・・。平日にもかかわらず、混雑しています。夜9時までの延長開館効果ですね。
 ロビーには映像コーナーがあり、ここで6分の映像をまずは見て(有料エリアに)入る。晩年のモネの映像が残っていた。1960年代にモネの息子が死後、残されたモネの絵をマルモッタンに寄贈したそうだ。よって現在のマルモッタン・モネ美術館になったそうだ。

↓ 闇夜に輝く美術館内の灯り。路面はまだ雨に濡れていません。

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↓ 外から見た展示室内の経路途中の様子。多くの鑑賞者で賑わっています。

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 展示室内に進む。最初の作品は、モネの肖像画。隣に妻の肖像の絵。次いで、長男と次男ミッシェルの子どものときの肖像絵。長男は48歳で父に先立ち死亡したそうだ。次男は88歳で交通事故で死亡。次男が死去したのは、先の通り1960年代でした。


 ここで周囲の状況をレポートします(笑)。鑑賞者の平均年齢は春画展と比べて、ぐっと若い。しかも女性率が高い。4対6くらいよりは少ないので、実際は45:55くらいかな。若い女性が多い。しかも、女性の茶髪率も高い。
 春画展は、(先に私が見たところ)女性の鑑賞者は少数派だった。若い人も比率は少なかった。若い女性がいても、黒髪がほとんどだった。中年の年齢以上で髪染め(と思われる茶色)を除けば。
 女性観覧者の平均身長も(春画展に比べると)高い。理由は分かりませんが。カップルは、学生らしき人達が数組いる。あのマグリット展in京都と比べて、学生カップルの数が格段に「少ない」のでホッとします(笑)。

 ※ この「レポート」は管理者の独断、私見によるもので何ら他意はありませんので悪しからずご了承ください。

 夜8時に近い時間帯だが、子連れの鑑賞者もいる。小学生くらいの子も。低学年の子をつれた家族もいる。子供は「おかーさん、次の絵なーに~?」など、お母さんにまとわりついて結構声が(展示室内に)響く。
 時々その子が「おとーさぁーん・・・・」あーだ、こーだ、などと声を出す。
 目玉の「日の出」は、経路の中ほど、(地下展示室から)二階にのぼった展示室にあった。「日の出」は最前列で見る場合は、列に並ぶ必要がある。後ろから見る場合は、並ぶ必要は無い。私は、列に並んだ。しかし、順次進んでいくので、すぐに絵の目の前の順番になった。ゆっくり歩いての観覧なので落ち着かないが・・・。最前列で見た後、後ろから再度見かえす。しばらく、絵の前で鑑賞しました。

↓ ポスターに掲載された「印象、日の出」

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2014春 上野の桜 東京都美術館「世紀の日本画」後期

 4月1日、火曜日のエイプリールフール。平日の昼下がり。桜が満開の上野公園にやってきました。満開宣言が出たのは先月30日おとといのこと。ちょうど見ごろです。ただ、今週末まで満開の桜はもたないかもしれませんね。
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 本日は現在開催中の「世紀の日本画」後期日程の最終日。本当は先週来たかったのですが、諸事情により、来ることができませんでした。それで、今日は仕事の合間に訪問です。平日の昼間とはいえ、混んでいます。チケット売り場に行列するほどではありませんが、人は多いです。「日本画」展だけでなく、さまざまな団体の展示会があり、そちらの訪問客も多い。 IMG_1007









 
 ↑満開桜の桜を横目に都美術館をめざしました。傍らの遊具のある広場では子ども達が遊んでいます。春休みなので、歓声がにぎやかです。ただ、お花見客などでトイレは長蛇の列でした・・・。特に女性は大変ですね。

 お目当ては重要文化財指定の近代日本画などです。近代以降の絵画、彫刻部門で指定は約50件しかないので貴重です。なるべくならば、これらをすべて見ていきたいと思います。今後の目標でしょうか。ただ、毎年少しずつ指定作品は増えていくと思います。
 最初の部屋に大観の「無我」の展示。これは、重文指定ではありませんが、美術の教科書だけでなく、歴史の教科書・資料集にも載っているくらい有名な絵です。日本で中学か高校の教育を受けた人ならば、一度は見たことがあるでしょう、というのは言い過ぎでしょうが、間違いなく大観の代表作です。意外にも重文指定がありません。所蔵は東京国立博物館。なぜ、指定されないのでしようか・・・。わかりません・・・・。昨年秋には指定されるかと思っていましたが、別の作家の作品でした。今年でなくても、近年には指定があるかもしれない最右翼作品でしょうか。(独断ですが・・・。)
 解説ではモデルは「男の子」だそうです。女の子にも見えますが。続いて、狩野芳崖「悲母観音像」が入口正面にありました。うすいタッチの画です。 続いて、橋本雅邦「龍虎図屏風」、こちらは意外にも彩色が鮮やかです。くっきりしている。100年以上前の作品とは思えないほどです。続いて、菱田春草の画。今回、春草の重文指定作品はありません。現在、重文指定が4件と近代作家の中では一番多いのです。今年の秋に近代美術館で「春草展」が開催され、パフレットも置いてあります。これは必見です。さらにずっと進んで、紫紅の「熱国の夕」。前期で「朝」を見たので、両方見ました。
 前期、後期完全入れ替え制の展覧会をともに見学したのは、初めてのことです。同様な展覧会としては、2009年の「皇室の名宝展」 東京国立博物館でしょうか。このときは、後期しか見学せず、有名な「唐獅子図屏風」を見のがしました。しかも、今だに見る機会がありません。今さらながら、両方見ておけばよかったです。
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 桜の写真をとろうにも、人が多い多い。人が少ない撮影ポイントで撮影しましたが、ゴミ箱の近くになってしまいました。(苦笑)
 見学時間、徒歩で園内を歩く時間を含めて1時間あまりの滞在で上野をあとにしました。そくさと仕事に戻りました。

春 上野の桜と円空展、グレコ展

 四月、桜も満開となりました。春の陽射しも暖かく、今日はお花見日和です・・・。といいたいところですか、まだ三月。といっても春休み期間中の3月30日か31日ではなく、25日の終業式もまだ。春休みにも入っていません。お彼岸が明けたばかりの3月23日です。史上最速開花の桜。写真の中の光の明るさがどう見ても四月です。
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昼間からにぎわっている上野公園。女装コスプレの男性の姿も・・・。苦笑しました。

DSC06527DSC06532動物園への入り口近く、おなじみ大道芸です。


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ゆるキャラ、
トーハククンとゆりのきちゃんです。
本館ののぼりには「博物館でお花見を」とあります。
円空展は、本館1階の奥の部屋でした。
国宝室では狩野秀頼の「花・・・図屏風」 名勝失念しました。
当時は山桜のお花見で現在のようなソメイヨシノはなかった。サクラの花も木の葉が一緒にえかがれています。



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次にほど近い東京都美術館に来ました。グレコ展の見学です。
グレコの作品はトレドやプラドなどで昔見たことがあるのでぜひ展覧会は見たいと思っていました。
とどし、どの絵がどこに展示されていたのか、どの絵を見たことがあったのか、忘れました。(つまり、よく理解していない・・・。)



ボルゲーゼ美術館 と 上野動物園

今年の桜も開花宣言が出ました。五分咲きくらいでしょうか。
DSC07931あと何日かすれば満開です。花冷えの曇天の空の下。

上野にやってきました。
 すでにお花見シーズンに入っています。
 木によっては八分咲のところも、三分咲きのところも。





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東京都美術館は、この展覧会のあと、休館します。

学生時代にローマの美術館に行ったことがあります。
本館は彫刻などだけで、建物修復中のため、テヴェレ川沿いのサンミケーレで絵画をみとことがあります。




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動物園に移動します。
ぺんぎんさん。





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ぞうさん。







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ふれあい広場では、モルモットをひざの上に抱くことができました。
いつもここは混んでいます。南部曲屋の中です。







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園を出て、不忍の池のボートを横に見ながら歩きます。







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