良月(りょうげつ)の たび日記

神奈川県 湘南地区在住。折口良月(おりぐち りょうげつ)の神奈川、東京、静岡、山梨、長野など関東近郊地域への行楽、外出。美術館、博物館めぐり。その他国内旅行などお出かけの記録。

京都国立博物館

 

特別展「国宝 一遍聖絵と時宗の名宝」 鑑賞4(最終)  京都国立博物館

2019年4月29日 特別展「国宝 一遍聖絵と時宗の名宝」 鑑賞4(最終)  京都国立博物館

 
  清浄光寺(遊行寺)の所蔵品である、「国宝 一遍聖絵」を中心とする特別展。
 2階にハイライトとなる、「国宝 一遍聖絵」が展示されていいた。順番に鑑賞していく。

 第6巻は、第1段の部分の展示。絵は三尺くらいの長さしかない。詞が長い。第6巻は例の「江ノ島断簡」として切り出しされた部分である。片瀬の浜辺で櫓を組んで、踊り念仏を行う(遊行する、というのかな。)のシーンであった。「江ノ島断簡」は写真パネルでしか見たことが無い。

 第7巻は、東京国立の所蔵品 独立している国宝である。前期は、全巻展示である。よって、途中で巻き巻きしていない。

 ↓ 館内は撮影禁止であった。
  画像は 2015年11月 東京国立博物館で公開された当時のもの。(管理者撮影)

 
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 ↓ 2015年11月東京国立博物館で撮影。 国宝「一遍聖絵 巻七」(管理者撮影)


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↓ 2015年11月東京国立博物館で撮影。 国宝「一遍聖絵 巻七」(恐らく)(管理者が撮影した)
   巻末に「補之・・・・当寺・・・」と記してある。国宝の現物だったか、別の作品だったか忘れた・・・。

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 第7段の踊るシーンは、まさに「ハイライト、クライマックス」ですね。
 巻7の流出した経緯も解説で書いてある。2015年11月にも流出の経緯を読んだと記憶している。「江戸時代に京都、西奉行所の役人が持ち出し、明治維新後は、税所子爵の手に渡り、更に原三渓が購入し戦後、東京国立に所蔵されることになった・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」そうだ。

 2階の展示室は、廊下やそこに設置してあるベンチからは、シー(see)スルーで1階の吹き抜けの部分の展示室を見下ろすとこができる。ベンチで座って休憩するが、付近には私以外に看視員しかいない。鑑賞者が少ないので、展示室内(といっても京都国立の2階の展示室は厳密に壁があるわけではなく、廊下とつながっている開放型の凹型展示室である。)のこれら国宝もほぼ独占で鑑賞できる。大型連休なので、皆、どこかに出かけてしまって、都市の「箱モノ施設」には来ないのかな・・・・。

 第8巻 舟に乗り海上に出るシーン。久美浜(鎌倉の近く、ペリー来航で有名なだったか、久里浜だったかな?、と誤解してしまった・・・・。)から舟に乗る。龍が出現する場面だ。まるで、クジラが海面に出てくるような感じだった。
 舟に乗って、日本海側、山陰地方の巡回となっているのだ。すると日本三景のひとつ、天の橋立も訪れていることだろう。現在の岩手県の祖父の墓も訪れているし、そのときに松島は行ったのだろうか?。
 次いで、第9巻  覚えていない・・・。
 第10巻 安芸の国に場面は移動する・・・。厳島神社の場面。今とほとんど社殿の様子は変わっていない。
 日本三景も場面に入っているのですよね。今から700年以上も昔の鎌倉時代でも参詣必須の風光明媚の場所であったのだろう。
 第11巻 阿波の国に上陸するシーン。ここで発病している。療養し、再び・・・摂津に渡るようだ。いよいよ最終のシーンは近い。
 第12巻の第1段と第2段が展示されている。
 いよいよ、一遍の死の場面に・・・・・・。解説には「臨終が近くなり、・・・・紫雲が立つ・・・・・」と死を予感させる。
 摂津の国、現在の兵庫県西宮市付近の神社で快癒を祈るシーンの描写である。
 臨終の場面は後期の展示であるので、前期では現物の展示は無い。巻いて見えないようになっていた。

 近代以降の複製も展示しているので、臨終の場面も見ることは出来、連続して鑑賞した気持ちになることができる。もっとも12巻については、遊行寺宝物館で会期の最後近くにて、末尾の部分を見たとこがある。
 今回の展示での解説でも、「一遍の臨終後、7人の信者が(あとを追って)入水した・・・・。」という文章があった。現代感覚では何とも怖い結末である・・・・。

 2階に展示してある絵巻を最終の第12巻まで鑑賞した。
 途中、一遍が廻った諸国の日本地図が掲示してある。順路は現在の西日本が多い。東日本、鎌倉や陸奥の国にも足を運んでいるが、伊予の国の生まれで、少年の頃に大宰府に行き、熊野に行き、摂津で没しているので諸国の布教というか、巡回は西日本が中心である。
 時計をみると18時3分前。鑑賞を終えた。この辺で切り上げようと余裕をもって、1階へ階段をおりる。やっぱり、1階を先に見ておいて正解でした(笑)。

 18時に閉館の案内となった。1階のエントランスの売店(つまり、ミュージアムショップ)で少し商品を見て退出。
 
↓ 18時過ぎに、平成知新館を退出した後、京都タワー方面。
  GWに来たときに、以前も書いたと思うが、この季節、ツヅシがきれいに咲いている。

 
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  屋外に設置さていた看板の拡大。 次回、秋まで特別展が無い。
 10/12(土曜)から「佐竹本 三十六歌仙絵 王朝の美」の予告。

 
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 閉館直後の門前の様子。西日本、京都は関東と違って、18時でも全然、関東地方よりも明るいぞ。
 雨が強くなってきた。この後、夜半にかけて強い雨となった。

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 あーあ、歩き疲れた。ふたたび、京都駅に戻る気力が無い。傘をさし、七条駅に向かって緩い下り坂を歩き、七条駅の地下に潜った。
 (おしまい。)

 

特別展「国宝 一遍聖絵と時宗の名宝」 鑑賞3  京都国立博物館

2019年4月29日 特別展「国宝 一遍聖絵と時宗の名宝」 鑑賞3  京都国立博物館

 
 1階からエレベータで昇る。3階に来る。入室して展示を鑑賞開始。本来は、ここからスタートであるが、先に1階を見た。3階の入口付近には看視員がいない。昨年秋の「京のかたな展」では、ここ3階のフロアには、あんなにたくさんの人がいたのに・・・・・・・・・。

 1階の館内の表示には「第4章」 「歴代遊行上人と遊行 時宗の広まり」と第5章「時宗の道場とその名宝」と書いてあった。しかし、展示のスタートである3階の展示の章や展示テーマは忘れた・・・・。(あとで、博物館だよりで確認したら第1章は「浄土教から時宗へ」だった。)

 最初の展示は、遊行寺(正式には清浄光寺)の「空也上人立像」。これは遊行寺宝物館に展示してあった。入口のガラスドアを入ってすぐのケースにあった。室町時代の作品というのに、文化財指定が無いことを不思議に思ったものだ。「空也上人」を尊敬といか、崇拝というか、時代は違うが一遍の理想、目標とした人物であったから。
 次いで 壁のガラスケース内の展示を見る。重要文化財「二河白道図」。重要な作品のようだ。島根県の萬福寺所蔵。描け軸のようになっている仏画である。仏が2人いる。川が輪がれている。赤い河と黒いというか、紺色の河が画面上から斜め下に描かれている。火と水を現して、阿弥陀様と釈迦を描いているようだ。特別展のパンフレットにも画像が掲載されているので、時宗と阿弥陀信仰というか、浄土の教えに関して重要なものなのであろう。
 ついで、浄土宗の祖、法然の画像。二尊院の所蔵。紅葉でも有名なお寺であったかな。しかし、顔料が剥落していて、法然上人のお顔は判別しにくい。
 
 二番目の展示室に。
 真教上人の像がある。重文、福井のお寺の像。最古の真教像という。真教上人についての展示が多い。つまり、一遍の没後、時宗を広めた上人に焦点をあてて、展示、解説しているからであろう。
 上人の坐像、肖像画(頂相というのかな・・・。)は、いくつも展示されていたので、どこにどの坐像、画像が展示していたか、覚えていない。記憶があいまいで、間違って書いているかも・・・・。主に1階の奥の展示室では、木製の坐像、三階などでは、画幅の画像、西洋的にいえば肖像画の展示だったかな。

 二階に階段を下る。国宝 一遍聖絵はこのフロアのガラスケースにて公開されている。
 奥の展示室は重文指定、のちの時代の制作になる一遍上人縁起絵(絵巻)の展示だったと思う。ざって見て、移動した。

 国宝の展示されているガラスケースの前に来る。
 一遍、時宗に関連する年表を掲示している。「一遍は 伊予の国の生まれ」と解説がある。改めて、一遍が伊予の国(現在の愛媛県、松山市道後のあたり)の生まれであることを認識。今年の正月に道後温泉に行ったときにも改めて認識したのだ。
 第1巻の第1段が展示されている。詞の部分と絵の部分の巻物が開いていて、途中から丸まって見ることができようようになっている。
 現在は冒頭の部分の展示。
 今は「前期」の展示期間、「全段」公開ではないので、「後期」に展示場面替えをするのである。
 
 続いて、隣のガラスケース。第2巻の第1段と第2段が展示されている。4尺くらいの絵が開いているといったところかな。段詞は「文永十年」と年号が書いてある書き出しだったような・・・・。
 絵の場面は「伊予の桜井で、聖戒と別れる場面」である。つまり、現在の今治市、西条市のあたりの桜井海岸付近でのシーンということだろうか。故郷の、松山市道後付近からはやや離れたところにある地名。
 聖戒については、以前遊行寺宝物館での展示でも解説を読んだことがある。しかし、詳細は忘れた・・・。 
 特別展のパンフをみると、「伊予の奇岩の山」ではしごをかけて断崖山頂の社にのぼって修行する一遍の姿が紹介されていた。しかし、ボクの記憶にはあまり残っていない。奇岩の周囲の山の緑青の顔料の緑色が鮮やかだったと記憶はしているが・・・・。

  第3巻は第1段の展示。後期の展示は第3巻の「第2段と第3段」の展示という。巻によって、長さが違うので、均等に前期と後期で半々展示で巻物を広げるという訳ではない。
  特別展のパンフにも画像掲載があるが、熊野権現の参詣のシーンである。熊野本宮大社の長方形の、平地にある境内と建物の配置の描写が印象的である。舟をりて、3つある社殿のうちのひとつにお参りするシーンだったかな??。一遍の参詣当時は当時の熊野川の中州部分に造営されていた境内の描写で、現在のように山の中腹に造営された現在の社殿では無い。
 この個々のシーンは以前見た印象も残っていて、覚えている。特に熊野には行ったことがあるので、身近だ。
 公開されている部分の末尾には、那智の大滝も描いてある。

 第4段は絵が三尺くらい公開されていたかな。「備前福岡」のシーンだ。すっかり、刀剣女子のおかげもあって福岡の地名の由来、大名 黒田氏の発祥の地、太刀「福岡一文字」でも有名になった。
  第5段は、東国へのシーン。下野の国のシーンと白河の関を越えて、自分の祖父の河野××の墓へお参りする絵の場面である。以前、この付近の場面は遊行寺宝物館での公開時に説明も含めてじっくり見たので、今回は軽く見て先に歩く。

 ↓ 屋外に設置されていた看板の拡大。 
 
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 閉館直前の館内の様子。日が長い。外は18時でも余裕で明るい。
 
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特別展「国宝 一遍聖絵と時宗の名宝」 鑑賞2(と安祥寺 新指定国宝 拝観) 京都国立博物館

2019年4月29日 特別展「国宝 一遍聖絵と時宗の名宝」 鑑賞2(と安祥寺 新指定国宝 拝観)  京都国立博物館

 1年前の4月は、「池大雅」の特別展。そして、昨年の秋は特別展「京のかたな」。それ以来の訪問だ。
ロビーに入ると比較的、すいている。昨年の秋の「刀剣女子」の熱気は無い・・・。展示室は1階から見る。通常は「3階から見るように」言われるが、いつも1階で「時間が無い 無い!!」とせわしく見ているので、今回は1階から先に鑑賞することに。 
 1階の天井の高い、吹き抜けのスペース。先程、時別公開で拝観した安祥寺所蔵の今年(平成31年度)新規指定(答申)の国宝の仏像「五智如来坐像」2体が展示してある。「国宝」の表示になっている。先に東京で3体見た。京都で2体、合計して5体すべてを拝観した。坐像で、蓮の花のような模様を施した円形のような台にのっかっている。台坐は彫刻がほどこされているので、厳密には、円ではないのだが。
 その他の広いスペースには同じく仏像の展示がある。

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 1階の奥の展示室に。坐像が展示してある。歴代の時宗の上人様の木像である。展示は、真教上人の木像がが中心のようだ。特別展のパンフレットにも画像が掲載されているし。
 時宗を広めた功労者として、著名なのであろう。遊行寺を相模の国、鎌倉郡(のちの藤沢の宿場町付近)に開創した呑海上人の像は無かったと思う。藤沢の遊行寺宝物館で、呑海上人の話を聞いたことがあるもので。

 館内の表示には「第4章」 「歴代遊行上人と遊行 時宗の広まり」と第5章「時宗の道場とその名宝」と書いてある。しかし、展示リストには、章や展示テーマは書いていないので、分かりにくい。

 1Fの壁にあった大きなパネル。上に真教上人坐像の画像が掲載されている。
 
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 上人の坐像では、広島県のお寺の所蔵品も展示されていた。常称寺と西郷寺である。現在、本山のある神奈川県の蓮台寺や京都のお寺の所蔵の像も展示されている。神奈川や京都のお寺に所蔵されているのは、わかるが、どうして広島県のお寺の所蔵なのか?。常称寺と西郷寺広島県でも尾道市のお寺である。海上交通の要衝で、商業の栄えた尾道では、時宗も広く信仰されたのだろうか。

 ついで、南側の例の広い部屋に。展示室に入ると長い平ガラスケースに絵巻物が展示されている。入室してすぐに「人が少ない・・・・。」と感じた。展示室内には、私以外に2人くらいしかしない。すらっとした主婦らしき女性の観覧者が私の順路の前に一人いて、あともう一人のみ・・・。更に、紺色の制服姿の女性看視員が1名・・・・。これほど空いている特別展は、ここ京都国立では初めてである・・・・。1つの展示室に渡しと看視員を含めて4名くらいしかいない。
 時宗と京都はその発祥、布教などの歴史的経緯では密接な関係があるが、現代においては「関東が本山の宗派」であり、寺院の数が多い禅宗や浄土真宗でもないので、マイナーであることが動員入館者にも影響しているようだ??。
 ガラスケース内の絵巻物は、浄阿上人絵伝や重要文化財「遊行上人縁起絵(金光寺本)」。それぞれ、16世紀、14世紀の古い絵巻物であるが、絵の彩色は鮮やかだ。街や村落を布教して歩いている様子の横に長い絵巻物である。
 
 1階を順番に展示を見学していく。
 有名な後醍醐天皇の肖像も展示されていた。昨年、展示室内には、私以外に1人と紺色のスーツの看視員1名が廊下側に座っているくらい・・・。昨年、藤沢の遊行寺宝物館で、見たのだが、もっと人はいた、あのときは。「限りなく国宝に近い重要文化財・・・・」という解説だったのに、ここ京都でのせっかくの特別展であるのに、鑑賞者が少ない(別の時間帯や日にちでは、混雑していたかもいれないが・・。)。
 次いで各地のお寺の所蔵の文書、道具類、仏像、仏画の展示がある。阿弥陀如来、地蔵菩薩の仏像が多い。よって、本尊などこれらの仏像を信仰していたのであろう。

 次いで、係員にいつも言われるように「三階に」行くことにした。すているので、エレベータで昇る。
 三階に来ると展示が始まる。
 
 入り口ケートの通過時から入館者が少ないと感じていた。入り口付近では、人がいないので入館後、すぐに振り返って撮影できた。今までは無かったことだ。
 
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 平成知新館に歩いたときも入館者は少なかった。
 ツツジがきれいだな~。

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特別展「国宝 一遍聖絵と時宗の名宝」 鑑賞1 京都国立博物館

2019年4月29日 特別展「国宝 一遍聖絵と時宗の名宝」 鑑賞1 京都国立博物館

 京都 山科「安祥寺」と「毘沙門堂」の春の非公開文化財特別公開(特開)の見学を終え、山科駅に戻って来た。既に夕方の4時過ぎ。残るは、夕方の時間帯まで開いている「国立博物館」でしょう
 山科から16:26発のJR電車に乗り、京都駅に移動。最初は、地下鉄で三条京阪まで行き、乗り換えていつもの七条駅で降りるのかなあと一瞬思ったが、山科と京都は5分程度だし、多少歩いても(バスの方がよかったかも・・・。)時間は早いかなと考えた。
 山科側の地下改札を出る。いつもの、地下鉄乗換口の近くだ。工事も完成して久しい。地下街を抜けて、地上に上がり、バスには、乗らず歩く。バスを待つよりも、歩いた方が速いよ。オレの場合は。

 鴨川の橋の上より。「京都国立博物館」へゆるやかな坂を登る。特別展にやってきたぞ。 
 曇りがちではあったが、ポツポツと雨が降って来た。
 
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 ↓ ポルタの地下街から、地上に出た。


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 私にとっての「平成最後の春の京都散策」のトリを飾るのはココ京都国立博物館(笑)。
 時刻は16時55分ころ・・・・。東博の年間パスを窓口で提示して、1300円で入場券を購入する。本来は1500円。すべての国立博物館で年間6回まで特別展で使用できた年間パスが廃止されて久しい。
 入館したのは(お庭を歩いて平成知新館に)16時57分だったかな?(笑)。
 なんやかんやで、京都駅から京都国立博物館の平成知新館入館まで徒歩で20分以上かかった。(かなり早足でも。)標準時間としては、30分はかかるな。

 今回は京都のみでの開催。会期は 「6/9まで」である。前期での入場だ。この日は、金曜と土曜日の夜間開館日ではないため、18時で閉館。よって、見学可能時間は約1時間である。

 今回は東京、関東地域でのでの開催は無い。なぜ「京都のみで開催」と私が強調するのかというと、2015年の秋に神奈川県の遊行寺宝物館で「国宝 一遍聖絵」の「全巻公開」の展示が開催されたのだ。あのときは、ウチから自転車で見に行った。他にも金沢文庫や神奈川県立歴史博物館でも分散展示開催があった。東京国立博物館では、その所蔵で別途国宝指定されている「第7巻」や関連文化財も展示された。
 よって、国宝 一遍聖絵の全部の場面(「全段」と呼んでいる)はともかく、12巻すべて一度は見たことがあるのだ。 


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  2015年の全巻公開からわずか2年半で、再びの全巻公開となった。国宝の12巻の全巻が公開されるが、一度に全場面、つまり「全段」が同時公開では無い。あと、東京国立博物館の所蔵で別途国宝指定されている「第7巻」も展示される。(前期に。後期展示は12巻のうちの遊行寺所蔵国宝のうちの1巻。)

 当時の私の記事から引用するが新聞の地元版の記事では「・・・・準備は9年前から始められ、(一遍聖絵の)「全巻同時公開」は初めてのことで、「恐らくこれが最初で最後の全巻公開になるであろう。」とのこと。」と書いてあったのだ・・・・。
  しかし、たった2年半での再びの「全巻公開」となった・・・・。あのとき言われていた「最初で最後・・・・」ではなかった・・・・・・・・・、ということは、これからも「全巻公開」は、時折あるでしょう
 自宅から一番近い国宝ですね。次に近いのは川端康成旧蔵(現在は川端康成を記念する財団法人所有)の国宝である。もっとも「鎌倉大仏」の方が、やや手前かな。。。
 「一遍上人絵巻」と以前は、記憶していたが、実際の国宝指定名称は「一遍聖絵」であり、今回の特別展でも「一遍聖絵」となっている。「しょうえ」ではなく「いっぺん ひじりえ」である。

特別展覧会「国宝」 第Ⅲ期 鑑賞2 京都国立博物館

 2017年11月4日 特別展覧会「国宝」 2 京都国立博物館

  特別展覧会「国宝」を見学のため再び京都国立博物館にやって来た。前回の訪問からちょうど1週間(笑)。今回は「第三期」を見学、鑑賞する。

 今回は「金印」が目玉である。館内に入ると、金印を最前列で鑑賞するための行列が出来ていた。しかし「待ち時間10分」はなく、すぐに入館できた。歩いて移動して疲れたので、1階の東側の廊下に設置されている長いすで休憩。長いすのあるところは、、御存じのように広ーい、長ーい廊下なのだが、人は少ない。その裏手の壁の向こうの展示室内の混雑がウソのようだ。よって、しばし休憩する。入館したのは、午後4時半前。(この日の閉館時刻の夜)8時までは、まだまだ時間があるぞ
 

 ↓ 鑑賞前にしばし窓に面した廊下に設置されているイスで休憩。 
   既にこの時点で歩き疲れていた。館内の展示室は混雑しているが、不思議なことに廊下には人がいない・・・。廊下に全く人がいないシーンの画像が撮れた。奥のレストランが営業しているのかは、結局この三回に及んだ特別展覧会「国宝」の鑑賞において確認が出来なかった(苦笑)。 

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 イスの傍らに「伝源頼朝像」の看板があった。 

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 「金印」についての告知看板もあった。
 「最後尾は2階」と書いてある。展示は3階である。

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 イスに座って、「国宝」に関する映像を見る。前回訪問時も少し見たかな。博物館の外の庭園では人でにぎわっている。夕日が思いっきり、当たっている。秋の夕日、眩しいな~。

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 さあ、鑑賞開始だ。三回目(くどい・・・笑)の。
 階段で3階へ。「書跡」から鑑賞する。第Ⅰ期や第Ⅱ期の混雑度に比べると随分と「混雑具合」は少しだけ落ち着いていたかな。最初の展示室なので相変わらず人でガラスケース前は一杯だったけど。
 途中、2階には本当に金印を最前列で鑑賞するための行列が出来ていた。階段の上、3階にも行列がつながっている。3階の通路横、2階吹き抜けの柵の横に行列している。行列は奥の展示室に続いている。
 「金印」の威力はすごいな。3年前の「日本国宝展」でも国宝展示期間中は大混雑だったと記憶している。(この期間は東京国立博物館に訪問をしていないが。)

 最初展示は「真草千字分」智永筆。空海の弟子の密教関連の文書と思っていたが、全く違った(苦笑)。説明によると智永は王義之の末裔にあたる人。王義之の最古の写本であるそう。2013年に「王義之」の展覧会で見たことがあったかな?。覚えていないが・・・。
 (「義之」は便宜上、現代漢字に置き換えて表記した。)
 「漢書楊雄伝」の展示がある。開いてある部分にははっきりと「漢書楊雄伝 巻五十七」とかいてある。年号は天暦二年五月廿一日と書いてあったような。漢書の中の伝記のひとつと思う。

 島状に設置されている長い平ガラスケース内、壁のガラスケース側には「日本書紀 巻第二十二」の巻物が広げてある。実は日本国宝展でも見たことがあるのだが、全く覚えていない・・・。
 「日本書紀」と反対の通路側(2階の吹き抜け側)の平ケース内には「御堂関白記」の展示がある。この部分を見たことがあるのかは、覚えていない。世界記憶遺産に登録されたのを契機に私も何回か鑑賞する機会を得た。
 
 「金印」は「考古」の展示室内に展示されていた。「そうか、金印は弥生時代??(日本でいう)の出土品だから考古のカテゴリーだな。」と改めて理解した(笑)。

 「考古」の展示室は、前回「火焔型土器」が展示されていたガラスケースには茅野市の「縄文の女神」の土偶が展示されていた。展示替えではなくガラスケースそのものを移動したのかは知らない。
 金印は更にその奥に展示されていた。最前列はロープが張られて並んだ人のみが鑑賞できる。ロープのうしろからは、自由に観覧できる。後列はすいている。さほど混んでいない。あれ、所蔵する「福岡市博物館では金印の撮影はできたかな?。」と考えた。たしか、撮影は一定条件の下では可能であったような・・・・。(福岡では)広い天井の高い、エントランスのような展示室内に方形のガラスケースに収まって展示されていたと記憶する。当時私はデジカメを所有する前だったので、元々、「金印」の実物を見たことすら忘れていたのだけどね(苦笑)。
 私は後列から「金印」を少しばかり見て、本当に小さい金印の存在を確認し、次の展示室、2階への階段を降りた。
 次は2階最奥の「仏画」の展示室。
 前回から展示はがらりと変わった。注目の文化財も展示されていた。目玉は曼殊院の「不動明王像」(黄不動)であろう。過去に展覧会などで鑑賞、拝観する機会のあった方も多いと思うが私は初めてであった。
 3年前の11月に訪問した「三井寺」の特別公開の拝観券に印刷されていた不動明王のお姿とほぼ同じである。拝観券はカラー印刷ではなかったが、今、私の目の前にある「不動明王像」(黄不動)は三井寺の不動明王像を写したものといわれるゆえんが理解できた。



 ↓ (イメージ画像) 入館し、展示室を鑑賞する前に見た京都国立博物館の庭園と門(画像、右側)


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特別展覧会「国宝」 第Ⅲ期 鑑賞1 京都国立博物館

 2017年11月4日 特別展覧会「国宝」 第Ⅲ期 鑑賞1 京都国立博物館

  特別展覧会「国宝」を見学のため再び京都国立博物館にやって来た。前回10月28日の訪問からちょうど1週間(笑)。今回は「第三期」を見学、鑑賞する。11月の三連休の2日目、土曜日の訪問である。
 「何回来れば気が済むのか?。」自分でもあきれているよ・・・・(苦笑)。家の者もあきれているしね・・・・・。よって、(あきれている家族に配慮して!?)なるべく費用をかけないため、飛行機のマイレージを利用して伊丹空港から京都入りした。時間は度外視で(笑)。横浜を起点にするならば京都までの移動は飛行機よりも新幹線の方が圧倒的に速い。 
 言い訳であるが元々は「国宝展の第二期は来ない。一期とせめて三期の2回は来たいな・・・。あとは、後年の機会あるときに・・・・・・・。」と思っていたが、ご周知の通り大徳寺龍光院の「曜変天目茶碗」が展示されたのでイレギュラーで台風の間隙をついて京都国立博物館やって来たのが先週の事(苦笑)。こんなに来て、大丈夫かな?、オレ・・・・・・・

 先週は、台風の迫る中、雨脚の強い時間帯の入館だった。やや冷たい雨の降る中の入館であったが、あれから一週間たち、この日は晴れていた。しかし夕方には雲がやや出てきていたが、穏やかな秋晴れだった。
 「小春日和」かな。この日は七条の駅ではなく、東福寺の方面、東海道線の線路から智積院前を歩いてアプローチした(笑)。東福寺付近から博物館までは私の足で15分くらいかかった。10分くらいで着くかなと思ったが、存外遠かった。東山の斜面の途中なので、夕日に照らされる京都の市街地がビルの合間から見える。

 
 館の敷地の南東の端、つまり妙法院や智積院に近い坂の上近くの柵には大阪・金剛寺所蔵の「仏像」の画像が大きく看板で表示されていた。「一番新しい国宝」のコピーが。同仏像は、特別展「国宝」が始まる前から展示があったと記憶している。昨年私が来たときにも1階の吹き抜けのフロアーで展示があった。今回も同じ場所で展示があった。今年だけでこの日を含めて3回鑑賞したことになる。都合4回目の鑑賞になったのかな(笑)。


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 ↓智積院の道路を挟んで西側の歩道を歩いて博物館へ歩く。
 博物館の敷地の柵が見えた。博物館よりも坂の上は「国宝」ののぼりが無い・・・。「のぼり」は七条駅から博物館までの特別な掲揚のようだ。


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東側から坂を下ってのアプローチ。駐車場は当然ながら満車。この展覧会の期間中、ここに駐車するのは至難の業であろう。

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 坂の上の入口。小さい入口である。今までこの通用口のような入口は気づかなかった。
「待ち時間は10分」と書いてある。


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 今回は「金印」が目玉である。館内に入ると、金印を最前列で鑑賞するための行列が出来ていた。しかし「待ち時間10分」はなく、すぐに入館できた。歩いて移動して疲れたので、1階の東側の廊下に設置されている長いすで休憩。長いすのあるところは、、御存じのようにひろーい、長ーい廊下なのだが、人は少ない。その裏手の壁の向こうの展示室内の混雑がウソのようだ。よって、しばし休憩する。入館したのは、午後4時半前。(この日の閉館時刻の夜)8時までは、まだまだ時間があるぞ。
 
 正門の前は人が多かったが、券を買うための列はほとんどなかった。
 雲がはれて、三十三間堂の向こう側から、急に西日が差してきた。眩しい!!。秋の淡い夕日に照らされている。
 
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 本館に入る。晴れていると入館が容易だ。チケットを購入した後、傘をさして雨の中、館の入口まで歩く必要がないので。
 第Ⅱ期の目玉、龍光院の「曜変天目茶碗」は展示が終わっていた。あの、喧噪がウソのようだ。1階の茶碗というか、陶磁の展示は国宝「油滴天目茶碗」が展示されていた。第Ⅱ期に龍光院の「曜変天目茶碗」が展示されていたガラスケースにである。
 最前列で鑑賞するための列もあった。ロープを張っていた。最近「油滴天目茶碗、展示されることも多い。大阪市の東洋陶磁美術館所蔵である。ただ、行列の長さは龍光院の「曜変天目茶碗」には及ばない。やはり「公開頻度」が違うためであろう。



特別展覧会「国宝」 第Ⅱ期 鑑賞1 京都国立博物館

 2017年10月28日 特別展覧会「国宝」 第Ⅱ期 鑑賞1 京都国立博物館

  特別展覧会「国宝」を見学のため再び京都国立博物館にやって来た。20日ぶりである。前回の訪問から3週間も経過していない(笑)。今回は「第二期」を見学、鑑賞する。 
 元々は、第二期は来れないかな、と思っていたが、皆さんご周知の通り大徳寺龍光院の「曜変天目茶碗」が展示されるというので、やって来た。
 開催の約1か月前、9月上旬時点で特別展覧会「国宝」のウェブサイトに掲載されている展示品リスト(PDFのデータ)には大徳寺龍光院の「曜変天目茶碗」は記載されていなかった。(私が見たところ。)その後、更新された展示作品リストにはなんと「龍光院 曜変天目茶碗」が掲載されていた。私が今年4月の時点、大阪で聞いていた予言は本当だったのだ。
 前回、第Ⅰ期の見学は三連休の最終日だった。見学後、車で京都東インターから名神道で帰ったのだが、博物館近くの駐車場からインターまで30分かかったし、名神道に入るときから渋滞・・・。更に、その先「いつもの如く」お約束(笑)の亀山JCT手前から~四日市付近までの大渋滞。懲りた・・・。
 今回は新幹線での日帰りであった。新横浜から京都までは「のぞみ」で、たったの2時間。速いなあ、新幹線は。この日は土曜日。20時までの夜間開館を利用して見学する。台風が接近しているというので雨が降ったりやんだりの天気だった。台風接近のピークは翌日の日曜日らしいので、一日前の訪問で助かった。もしかしたら、翌日の日曜日の午後か夕方以降は、新幹線が止まることもあるかと思ったし。日曜日の閉館時刻は18時であるし。
 
 ↓ 冷たい雨の降る博物館入口。館外の発券なので、一旦傘をとじて買う。大人一人1500円。自動券売機で購入した。再び傘をさしてゲートに並ぶぼうとするも、折り畳み傘しか持っていなかったので、カバンにしまいこんでしまっていた。「もういいや。」と思い雨にうたれたまま列に並ぶ。


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 半券をちぎってもらって、入場した後は、再び屋外を100メートル??は歩く必要がある・・・・。雨脚が強くなってきた。ノーアンブレラ(笑、つまり傘無しっとこと・・・。)で歩くのは「耐えられない」と思ったときに、入口ゲートと本館との連絡用の傘があった。拝借して本館の入口まで行く。

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 本館に入る。 館内には龍光院の「曜変天目茶碗 展示中」や「曜変天目茶碗 こちら」と看板が出ていた。第Ⅱ期の目玉展示なのですね。
 最前列で鑑賞するための行列が1階に出来ていた。広い吹き抜けになっている長方形の「仏像」展示室の壁沿いに行列はあった。係員が「最後尾」というプラカードを持って案内をしている。曜変天目茶碗は1階、一番奥の展示室に展示されていることが判った。「こりゃ、30分以上待つかな??。」と感じたので、とにかく後列で鑑賞しようと奥の展示室に歩いた。「偵察」も兼ねているが(笑)。
 展示室の真ん中にガラスケースがあり、曜変天目茶碗が展示されている。「小さい。」が感想。側面は黒くて光っていないため余計に地味で小さな茶碗にしか見えない。行列に並んで進んだひとのみがじっくり、鑑賞できるのだ。かがんで最前列で見ている人の様子はうらやましいな~。並んだ者だけが得られる権利?だから。
 後列にも人だかりが出来ている。見学者は年配の男性が多いと思いきや、若い人も含め女性が多い。茶道を嗜むのは現在では女性の方が多いことも理由のひとつかな。
 後列から背伸びをしてなるべく茶碗の底の方を見る。内側の側面、湾曲の部分はキラキラと光っている。見る方向によって、光る具合が違う。反対に外側は、黒くて光る模様はない。地味だ。女性の見学者が多いためか、後からでもお椀の内側が十分に見える。 
 1階の別の展示室を見る。
 
 「3階の展示室は、混雑しているので2階からご覧くださーい」と係員が案内しているので、2階の展示室から見ていく。
 「六道と地獄」の展示室は、新たな展示があった。ガラスケースの前は、並んでいる。後ろから背伸びして見る。
  「餓鬼草子」東京国立博物館蔵。岡山の河本家に伝来した巻物だそう。
 隣に「餓鬼草子」京都国立博物館蔵 岡山の領主 池田家の菩提寺、曹源寺に伝わったものと説明がある。
 隣の展示作品と河本家は
 街で暮らす人々を描いたような巻物。が、道端に怖い餓鬼が出現している様子。
 別のときに見た書籍では、「排便しているところに」餓鬼がやってきて食べている、と説明があったが、展示作品の前ではそこまで詳しい説明は無かった。
 当時の 飢餓や疫病の流行、身近な死など人々の不安を表現しているのでしょう。当時は、科学的な理由は知る由もなかったでしょうし。ただ、神仏に祈ることしかできなかったのでしょうか?。
  「餓鬼草子」が東京と京都の所蔵、二種類ある。元々は蓮華王院宝蔵庫のもので、分割、分断されて所蔵されたのであろう。
 行列の中でお母さんが小学生くらいの息子に「生きている間にワルイことをすると、死んだあとに地獄に落ちるよって、その地獄を描いた昔の絵だよ・・・・。」と解説している。
 中世絵画の部屋へ。
 近世絵画の部屋へ。等伯の絵は入れ替わり、久蔵の作とされる 「桜図」の展示がある。

 ↓ 館外に設置されていた 特別展覧会「国宝」の看板の拡大。長谷川等伯、その子久蔵筆「桜図壁貼付」
 
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↓ 館外に設置されていた 特別展覧会「国宝」の看板の拡大。長谷川等伯、その子久蔵筆「桜図壁貼付」
  桜の幹の部分と花。
 
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特別展覧会「国宝」 第Ⅰ期 鑑賞2 京都国立博物館

 2017年10月9日 特別展覧会「国宝」 第Ⅰ期 鑑賞1 京都国立博物館

 照明が暗い。展示リストを確認しようとしても暗いので、判読できない。展示室内の端では、スポットライトが天井から照らされている箇所があるので、ライトが照っている所に行って、確認する。特に考古の展示は、通期展示のところは飛ばして、展示期間の限られている展示品を優先して見る。


 3階の大混雑を抜け、2階に降りる。
 2014年の「平成知新館」リニューアルオープン時に神護寺所蔵「伝頼朝像」なとが展示された部屋だ。
 あのときは、「思ったよりも大きいな」という月並みな感想だった(笑)。
 今回は「仏画」ジャンルの展示である。
 最初は「釈迦金棺出現図」京都国立博物館所蔵 。お釈迦様が金の棺に入っている様子を描いた画像。
 次は「釈迦如来像」神護寺所蔵。先程まで拝観していた神護寺の所蔵。
 赤い衣を見にまとった、お釈迦様の姿だった。タテに長い仏画である。
 「普賢菩薩画像」東博所蔵 は、2014年日本国宝展で画像がウェブサイトに掲載されていた。しかも、サムネイル画像で国宝展イメージ画像として使用されていた。再びの展示である。時間も限られるので軽くスル~。
 
 「千手観音図」東京国立博物館所蔵 上半身裸?で半身を大きく描いているの手のいっぱいある仏像
 「山越阿弥陀図」 京都国立博物館所蔵 以前ここか2014年日本国宝展で見た?、禅林寺の阿弥陀図と違う。
 こちらは山の上に胴体から上に阿弥陀様がニョキっと出ている姿。

 次は、別の横並びの展示室に。「六道と地獄」
 「地獄草紙」 奈良国立博物館所蔵。 2014年日本国宝展で一部を見たので、混雑している列の後ろから眺める。灼熱の河で、人が悪魔?に喰われるなどの地獄の様子。本当に怖いなあ。
 この展示室内は混雑している。皆、地獄や三途の川、閻魔様などのあの世には興味があるのでしょうか?。
 そうだよな、人間いつか皆死ぬんだし。
 皆、ガラスの前に鈴なりになって見ている。地獄の様子を(笑)。

 次は、その横の展示室に。「中世絵画」
 「雪舟」の国宝指定全6点が展示されている。平成29年 京都国立博物館での 特別展覧会「国宝」の最初の目玉展示である。
  東京国立博物館所蔵の国宝指定作品は、特にお正月1月初旬~中旬にかけて展示されることがある。私も何回か見たことがあるので、スルー。
 「山水図 雪舟筆 以参周省・了庵桂悟賛」 初めて見た。文化庁のサイトによると個人所蔵の作品である。誰が所有しているのであろうか。賛文には「大明皇・・・」と達筆で書いてある。
 風景は、山水図で。東博所蔵の国宝と似ているといえるなあ、と思った。(個人の感想です。)

 「四季山水図巻」 毛利博物館所蔵
 今回の特別展パンフレットにも画像が掲載されている。半分のみの公開で、展示替えがされると書いている。巻物の長い作品だ。残念、全部鑑賞できない・・・・、が11月に毛利博物館に行く予定があるので、現地で見ることが出来ると期待している(笑)。ても、同じ場面の展示だったらいやだな・・・。
 現在展示されている場面は左側の、数隻の舟が湖に浮かんで、岸辺には家や人が表現されている場面。右側の山と谷の場面は展示されず巻かれている・・・。きっくりとした輪郭で描いている。大変力強い。あの「清明上河図」の舟の場面に酷似している。模写を当時から知られていて、雪舟も見たことがあるのではないかと感じた。
 この長い巻物は、じっくりと見た。
 
 次は、その横の展示室に。「近世絵画」 安土桃山時代~江戸時代の絵画。
 華やかな絵だ。
 国宝中の国宝「風神雷神図」も展示されているが、以前2回鑑賞したことがあるので割愛。横目に通過する。何とも贅沢だな~。
 智積院の 長谷川等伯筆「楓図」もある。「楓図」は智積院に行ったときは、公開している収蔵庫では展示がなかった。2014年日本国宝展の際に東京で鑑賞したことがある。ょって、割愛し横目に通過する。とっても贅沢だな~。
 

 ↓ 夕景の博物館

 

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特別展覧会「国宝」 第Ⅰ期 鑑賞1 京都国立博物館

 2017年10月9日 特別展覧会「国宝」 第Ⅰ期 鑑賞1 京都国立博物館

 京都にやって来た。入館は午後4時過ぎだったが、陽射しが強い。10月とは思えない。
 この日の最高気温は29度だった。実際は30度以上であったろう。

 前日は名古屋、その日の宿泊は大津市。名古屋・栄から大津市の宿まで車で2時間で着いた。近いなあ。
 京都市内を観光(旅行記は、かなり後日に記事を書く予定・・・・)して、午後最後の目的地として京都国立博物館にやって来た。
 
 春先の寒い時期に「京都国立博物館」のウェブサイトによると「春は友松」(海北友松の特別展)、「秋は国宝」とのロゴがあった。お約束通り「秋は国宝」にやってきたぞ(笑)。

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 待ち時間は無かった。券もすぐに購入できる。私は東博のパスポートで入館した。
 あと1個の特別展に入れるので、最後に残しておいた。

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 館内は混雑している。エレベータは待っている人がいたので、3階まで階段を昇る。「書跡」から展示が始まった。第Ⅰ期では展示期間の短い書跡が多数展示されている。
 展示の導入部であるのでガラスケースの前は人だかりであった・・・・。

 
 「考古」の展示は、3階の「書跡」の展示の隣にあった。多くのひとがガラスケースの中を見つめている。
 国宝 火焔土器。渋谷区にある国学院大学博物館で見た。
(※ 本来は旧字体で表記するのが正しいが、ここでは現在字体の漢字で表記することにする。) 

 特別展「火焔型土器の機能とデザイン」で新潟県の十日町市博物館所蔵 笹山遺跡出土 国宝 深鉢型土器(火焔型土器)が展示されていたのだった。

 ↓ 2017年2月に国学院大学博物館で撮影。「写真撮影OK」であった。  


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 ↓ 更に隣の展示室「考古」だったか、こちらの国宝の展示もあった。
 撮影禁止の筈なのに何故??。
 佐倉市の「歴博」で展示されていた複製品を撮影したもの。
 2014年、3年前の京都国立博物館平成知新館オープン時の「京(みやこ)へのいざない」でも展示されていた国宝との再会であった(笑)。


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京都国立博物館 特別展覧会「国宝」 平成29年秋 開催[予告]

 2017年2月

  寒い冬のある日のこと。渋谷区にある国学院大学博物館を見学した。
(※ 本来は旧字体で表記するのが正しいが、ここでは現在字体の漢字で表記することにする。) 

 
 特別展「火焔型土器の機能とデザイン」
 新潟県の十日町市博物館所蔵 笹山遺跡出土 国宝 深鉢型土器(火焔型土器)が展示されていた。

 ↓ 国学院大学博物館で撮影。「写真撮影OK」であった。
  


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 その日の夜、自宅に帰ってから見学記録を書くついでに「京都国立博物館」のウェブサイトを何気なく閲覧した。すると、この(平成29年)秋に同館で「国宝展」が開催されると告知があった。
 特別展覧会「国宝」である。

 サイトには展示予定の国宝の写真が掲載されていた。まだ、ほとんど内容は固まっていない(というよりも、公表を控えている)ようで四点のみの告知だった。
 等伯の「松林図屏風」と等伯の子、久蔵筆の智積院蔵「桜図壁貼付」。福岡市博物館所蔵の「金印」と、この十日町市博物館所蔵 笹山遺跡出土 国宝 深鉢型土器がの写真がサイトに掲載されいるではないか!!!。

 ↓ 2017年1月撮影。東京国立博物館所蔵「松林図屏風」。

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  「京都国立博物館」のウェブサイトによると「春は友松」(海北友松の特別展)、「秋は国宝」とのロゴがありました。さて、「秋は国宝」なのですが、今のところ4点のみ決まっている(というよりも、公表を控えている)「国宝展」の出品作品のうち、2017年になってからまだ日も浅いのに「半数」の画像を撮影することに成功しました(笑)。

 過去、
 東京国立博物館での国宝展の「金印」展示期間は相当混雑したようです。
 等伯の子、久蔵筆の「桜図壁貼付」が所蔵、展示されているのは京都国立博物館から徒歩4分くらいの(笑)、智積院の収蔵庫。私が行ったときは、等伯作品のうちの一つが東京国立博物館での国宝展に出品されていて、展示が無かった。
 京都の「国宝展」(特別展覧会「国宝」)は平成29年10月の開催。まだまだ先のこと・・・・。恐らく会場内の写真撮影は禁止でしょうから、開催前に写真撮影できたことは貴重ですね。

 

「春の京都 禅寺 一斉拝観」 スタンプラリー 記念品

 平成28年の4月から5月にかけて実施された「春の京都 禅寺 一斉拝観」。
 同時にスタンプラリーも開催されました。
 スタンプラリーの台紙を拝観場所などでゲット、8個以内のスタンプを集めて応募すると、抽せんで記念品が当たるという企画であった。
 おさらいすると、スタンプの数に応じた応募コースは
 ア、 3個
 イ、 5個
 ウ、 8個
 の三コースだった。
 私は、一日のみ京都を訪れて「春の京都 禅寺 一斉拝観」スタンプラリーに参加しただけであった。よって「五か所」のスタンプしかゲットできずに「5個コース」への応募となった。
 時間が無くタイムアップとなった原因は「京都迎賓館」の試験公開(の整理券入手の行列)に並んだためであるのだが・・・・(苦笑)。

  以前、このスタンプラリーの記事で「期限ギリギリの5月中の消印にて応募する。」と書いたが、少し余裕をもって、5月の下旬には切手を貼ってハガキを出した。すると奏功したのか、7月のある日突然「禅文化研究所」から深緑色の厚紙の封筒が届いた。
 封筒の中には「相国寺 御朱印帳」では無かったが、「栄西」に関する書籍が入っていた
 当選していたのだ。改めて、保管しておいた(スタンプラリー)のパンフレットを見て(確認して)みると、書籍の「当選者は20名」とあった。書籍の提供は建仁寺である。
 「ギリギリ」ではなく、締め切り前だが少し余裕を持って出すと抽せんで当選するらしい!?。
   
↓ 書籍と当選案内の文章

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 同封されていた案内文によると、今年の秋には東京国立博物館では「禅」が開催されるとある。更に10月の下旬には、鎌倉の建長寺、円覚寺で座禅体験などの行事が開催されるそうだ。
 鎌倉ならば、近い。すぐに行くことも可能だ。しかし、私が神奈川在住だから鎌倉での行事案内をしてくれたのかも!?。
 「春」の次は「秋」や!!、ということで、「秋の京都 禅寺 一斉拝観」はあるのか??、と思ったが、案内文によると無いようだ。秋の京都は、春以上に観光客が来るので、特別な拝観、公開企画を開催する必要が無いのかも!?。 

 今回のスタンプラリーの開催は京都市観光協会などの主催。つまり、当選者20名のうちで神奈川某市在住だと、応募ハガキに書いてあるので、私の氏名、年齢、住所はバレバレだ(笑)。協会の方々、どうか私の住所、氏名、年齢は秘密厳守でお願いします。
 京都市観光協会のウェブサイトを見ると、今回の応募者総数は三コース合計で1900人くらい。そのうち無効の応募が80通以上もあったそうだ。押したスタンプ数が足りなかったのか応募に関する必要事項(氏名、連絡先など)が書いていなかったのか?。せっかく応募したのに勿体無いな・・・・。
 


 

特別展「禅 -心をかたちに-」 鑑賞2 京都国立博物館

 5月5日子供の日の夕刻のこと。「京都国立博物館」で特別展「禅 -心をかたちに-」を 鑑賞する。

 この5/3から京都での「後期展示」がスタートした。後期でも展示替えはあるのだが、龍光院(りょうこういん)の国宝「金剛般若経」は後期の10日以降の展示と非常に短い。龍光院は、なかなか文化財を公開しない・・・・。代わりなのか、分からないが、この期間は建長寺所蔵の重文「金剛般若経」が展示されている。ただ、建長寺蔵の文化財は、鎌倉でも公開されることがあるので、わざわざ京都で見なくてもよいのだが・・・・。もっとも、同経典を見ても何を書いているのか、さっぱり分からないです(笑)。
  
  慧可断臂図(えかだんぴず) 雪舟等楊筆 室町時代 明応5年(1496) |愛知・齊年寺
は、二階の一室にあった。展示リストでは最初の番号に近いが、展示場所は全然違う。達磨が岩壁に向かって座禅し、修行をしていて、「慧可」が腕を切ってまで弟子入りを志願した様子を描いたものと分かった。「断臂」は腕を切る・・・とのこと。修行のためとはいえ、実は恐ろしい絵だった・・・・・(絶句)。
 水墨画であるが、唇のところや達磨の顔の色などわずかに彩色されているような。解説によると雪舟最晩年の作品。円熟した感じがある。「・・・雪舟等楊 七十七・・・」とある。数え77歳の作。

 旧大仙院の障壁画もある。東京国立博物館所蔵のものは、以前も展示があったので見たことがある(はず)。

第三章「戦国武将と近世の高僧」は、二階の途中から始まったような・・・(一階か二階か忘れた)。「章」の紹介パネルがどこにあったか、覚えていない。だって、展示リスト通りの展示順番ではないから分からなくなちゃった~(笑)。
 狩野永徳筆の「織田信長像」、文化財指定はされていない。同じく昨年10月に訪れた大徳寺本坊の曝涼展でも見た。武将と高僧の肖像画が並ぶ。途中で一階に降りる。リストによると伊達政宗の「木像」が展示されていたようだが、気付かなかった。一階のホールは、いつもの通り「仏像の展示コーナー」。その一角、奥まった所にあったのだろう。人も集まっていた。一階の仏像コーナーは、前回と同様に「常設展」の一部と誤解してしまった(苦笑)。重文指定の「豊臣捨丸像」もあったと思う。これは、以前常設展の「名品ギャラリー」の展示で見たことがある。

 二階の端、正面出入り口に近い部屋には、戦国から安土桃山時代にかけての絵画がある。
 大仙院の障壁画もある。方丈の室中の障壁画とある。「しょう湘八景図」と「四季花鳥図」。同じく展示がある現在、東京国立博物館所蔵の絵画とは、別物のようで、現在も方丈にある障壁画を展示しているようだ。庭園に目が行ってしまうので、障壁画の重要性を認識していなかった。
 近くには、同じく大徳寺の旧養徳院の障壁画の展示がある。「山水図」と「芦雁図」。実は、一昨年の東京での展示があったように記憶する。「芦雁図」は覚えている。鳥がくちばしを上にむけて、鳴いているような構図だ。「松鶴図」とも似ているので混同してしまう。「山水図」は山と川と山間に中国風の家や室内に仙人のような人がいめ図。

 同じく二階に山楽の「龍虎図屏風」がある。三年前ここで レンガ造りの本館で「狩野山楽 山雪展」を見た。それ以来だ。改めて見ると大きい。近くで見ていた男性二人も「この絵は見たことがあるな。どこで見たかな・・・。」と話をしていた。「大きいな~」と感想を漏らしていた。確かに大きい。
 屏風絵だ。障子の「障壁画」ではない。左に例のトラの絵。カラフル。右は、龍の絵。展覧会の看板にもなっている。
 絵の色は、抑えた感じで白黒のように見える。が、昨年かの「狩野派オールスターズ」 でも公開されていたし、結構天球院でも公開されていたかな。ただし、天球院では、精密画の複製が進められていたので複製品にかわっているかも。
  
 二階の最後の展示室には、若沖の「竹」図があった。「鹿苑寺大書院」の部屋を飾っていた障壁画のうちのひとつ。現在、東京で開催中の「若沖展」には、出品されていない。得した気分に(笑)。
 五室ある部屋の最後の部屋を飾っていた絵とのこと。竹の「輪」がことさら強調されている。写生ではなく、若沖独自の視点が入っている。 

 ↓ 若沖「竹図」屋外の看板にもなっていた。
 
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一階に移動。
 国宝「玳玻天目」茶碗 相国寺所蔵、は展示期間が終了・・・。代わりに後期は「油滴天目」。アノ、三井記念美術館で昨年見た国宝の茶碗だ。朱色の木製の台も国宝指定なのか、茶碗の隣に単独で展示があった。「附属天目台」とのみ表示で説明は無い。
 
 一階の最後の部屋に高桐院の国宝「山水図」があった。こちらも昨年の10月に見た。あのときは、説明をしているところを傍らで聞いたので理解できた。しかし、今回は簡単な説明しかない。「李唐」と隠し文字がある場所についての説明は一切なかった。音声ガイドの対象でもない。「ワン ノブ ゼム」の扱いで、せっかくの貴重な展示なのに勿体ないような。
 同じ部屋に金地院の国宝「渓陰小築図」がある。水墨画。7人の僧侶の賛文があるが、そのうちの一人が描かせた絵だそうだ。中国風の山と山の渓谷の合間に建物があり、お寺のような建物があり、理想の書斎を表しているそう。1410年代と室町時代で戦国よりも古い時代のもの。

 ↓ 撮影可能な達磨のパネル。
   この作品の実物は、一階の最終展示室近くにあった。

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 ↓ ここは、撮影スポットで入れ替わり多くの入館者が記念撮影していた。「空いた」思って撮影しようとしてもすぐに次の記念撮影者が来るので人のいない状態での撮影には、しばにく待った。


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 閉館時刻が近づいて来たのて、南門から退出。
 いつぞや、一昨年の秋だったろうか、ここに来たときは、 京都駅方面の「三十三間堂博物館前」バス停は行列で、バス停にやって来るバスも満員だった。この日も多くの乗客がバスに乗っているのかなと思ったが、バス停で並んでいる人は少なかった。
 「バスに乗れそうだ。」と思い、信号を渡ってバス停でバスを待った。数分でバスはやって来た。混雑していないので、座ることができた。
 春は、ゴールデンウィークといえども春の京都は、さほど混雑しない。(桜の時期は分からないが・・・・。)やはり、混雑のピークは「秋の紅葉シーズン」なのだとやっと分かった(苦笑)。

 
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 ↓ バスの停留所。全然並んでいない。


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バスはすぐにやって来た。すいている。京都駅に向かった。
秋の紅葉シーズンは、大混雑だったのに・・・・。

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特別展「禅 -心をかたちに-」 鑑賞 京都国立博物館

 「京都迎賓館」の一般公開(試験公開)の見学を終え、出柳町駅から電車に乗り、七条で降りる。(バスの方がよかったかも・・・。)地上に上がり、いそいそと「京都国立博物館」へゆるやかな坂を登る。特別展「禅」にやってきた。 
 私にとっての「春の京都禅寺一般公開」のトリを飾るのはココ(笑)。
 時刻は16時半を少し過ぎたところ。東博の年間パス(安い方!)で入場する。
 京都での会期は 「5/22まで」
 東京での会期は 「10月中旬-11月下旬まで」
 この5/3から京都での「後期展示」がスタートした。後期でも展示替えはあるのだが、大きくふたつ「前期」と「後期」に分かれている。最大の目的は「雪舟の水墨画」の鑑賞かな。
 とすると、東京では「前期」に見学すればよいのかと思う。展示内容には変更があるとは思うが・・・・。ただ、ここ京都で「禅」の特別展を見ると、東博の年間パス(安い方!)が「東京の禅展」見学に、「別の特別展」扱いされて使用できるかは、ちょっと不明(苦笑)。
 

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 ↓ つつじが咲いている。
 そういえば、丁度三年前の5月の連休にもココに来た。あのときは「狩野山楽・山雪」の特別展の鑑賞だった。

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 まずは、休憩。平成知新館の中の売店(ミュージアムショップ)の傍にある自動販売機で、ペットボトルのお茶を買う。この日は暑くて(やや)疲れた。真夏の湿度とは程遠いので、凌ぎやすいのであるが。
 そばのガラス戸から外に出て、あいている丸テーブルのイスに席を確保し休憩。
 

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 夕日に照らされて、ガラス通路にレンガ造の明治古都館が反射していた。外で語らう人や、館内の廊下のベンチソファで書籍を読む人も。

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 そして休憩を終え、展示を見学していく。まずは、係員に三階に行くように言われる。
 ここ京都国立博物館の新館、平成知新館の「例の臭い」が、まだわずかにした。ただし、ボクは既に慣れているので、すぐに気にならなくなったけどね(笑)。
 三階に来ると展示が始まる。大きな固定式のパネルに全国各地の禅宗寺院の写真が印刷されている。京都の寺院だけではなく、臨済宗でいえば神奈川の建長寺、円覚寺、広島の仏通寺などの本山のお寺の写真があった。曹洞宗の大本山といえば、総持寺、永平寺だが、実際に写真が印刷してあったかは、探しきれなかった。

 まずは、禅宗の高僧や達磨の絵などの展示。先の大徳寺本坊で見た(と思われる)墨跡の展示があった。
 旧大仙院の障壁画「禅宗祖師図」は、中国の高僧の水墨画で、狩野元信の筆。かなり古い時代の作品。重要文化財で東京の国立博物館で展示されていることがあった。山水図など別のシーンだったと思うが、覚えていない。このとき、撮影は可能だったので撮影した記憶はある。
 三階は第一章「禅宗の成立」の展示。展示リストには、ここのカテゴリーの展示作品として雪舟の「慧可断ひ図」(一部漢字が不明)のあるはずだが、展示は無い。
 二階奥の特別室かな、と思うが、第二章「臨済禅の導入と展開」となり、展示は無い。「あれっ、全然展示リスト通りでは無いな。」と思いつつ、二階に階段を降りる。
 その前に、建物西側(鴨川の方向)のベンチソファに腰を下ろして休憩・・・・。先の京都迎賓館で疲れてしまった(笑)。ここ京博の一階でも少し休んだが、また休みたくなった(苦笑)。体が・・・・ついていかない・・・(笑)。
 
 
 二階は奥に位置する「特別室」から見て行く。ここには、僧侶の絵画像などが展示されている。特別室での二番目くらいの展示に「宗峰妙超像」がある。重要文化財。同じ僧の像でも国宝の展示期間は、すでに終わり後期は重文の展示。つまり大徳寺の「大燈国師」の画像のこと。昨年10月の大徳寺本坊の「曝涼展」で拝観の際に「国宝」の画像は鑑賞した。よって、敢えて後期に来たのだ(笑)・・・・・・・冗談だが。
 今回展示されている重文は「妙心寺の所蔵」。しかし、重文といっても国宝の大燈国師像とほとんど変わらないような・・・。あの、タレ目で、ふっくらしたお顔で、特徴的な坊主頭の頭頂部の国師の像。生前の国師の風貌をよく伝えているのではないか。
 以前購入した「大徳寺曝涼展」の図録を改めて見てみると「国宝」は後醍醐天皇の「勅賛」があるので、大変貴重なのだろう。
 「後醍醐天皇宸翰置文」もある。つまり、手紙のような文章。こちらも昨年10月の大徳寺本坊の「曝涼展」で見た。大徳寺の大燈国師と後醍醐天皇は、同時代の人物。幕府打倒についても関係があったのかは、分からない・・・。
 大徳寺の図録によると、国師と天皇は、密接な関係にあったことが書いてある。
 同じく宗峰妙超(大燈国師)の墨跡の展示がある。「関山」道号、国宝。これも妙心寺の所蔵。右から「山 関」と力強く、ふとがきしている。
 続いて、夢窓疎石の肖像画の展示がある。天龍寺の開祖で著名な人物。袈裟を着た普通の僧侶の姿だが、衣の色などで、位が分かるのでしょう。、夢窓疎石の随筆も展示があった。「天龍寺臨幸私記」。墨跡もあった。「太上天皇 持明院殿・・・・」とあったような。太上天皇とは、後醍醐天皇のことであろうか。天皇の追悼の意味を込めて書いたのだろうか。 

 二階は鎌倉時代、南北朝時代の禅宗が日本で発達した時期りの展示からスタートし、室町、戦国時代へ時代が下っている。
 二階の展示室を見ていく。「足利義満像」がある。教科書で見る絵と同じような、違うような・・・。子の四代将軍の「義持」の賛文がある。義満没後77日忌に描かせたそうだ。
 将軍 義満とのエピソードが伝わる「一休宗純」の像もある。重要文化財。普段、歴史資料などて見る一休の像は、この写真である。自賛している。賛文は「臨済子孫不知・・・」のような文字が。「××を知らないが、・・・・」というような文章か。下の署名欄のような箇所には「三十年大徳禅寺 天下・・・」とある。
 一休宗純墨蹟のうち「遺誡」には「老僧身・・・」、やはり「大徳禅寺」とある。老境に達した一休が色々と教えを遺したのだろうが、この人「老いてもますます御盛ん」の「オキテ破りの僧侶」としても有名だが。あっしも、あやかりたいものだ・・・・・・というのは、冗談(笑)。
 現在の大徳寺は「大徳禅寺」といわれていたことが分かる。








 

「春の京都 禅寺 一斉拝観」 スタンプラリー 参加

「春の京都 禅寺 一斉拝観」 平成28年春。スタンプラリーに参加した。
 ちなみに「春の 京都禅寺 一般公開」では無かった。「一斉拝観」が正しい。誤解・・・していた。

 たった一日のスタンプラリー参加であった。スタンプを押せたのは、僅かに「五か所」だけ・・・・。
 「五か所」のスタンプして、応募すれば抽せんで「御朱印帳」が当たる(可能性がある)ので、これ(ご朱印帳)がお目当てで、「五か所」のスタンプ「のみ」で止めて置きました・・・・(震)、のではなく単に時間が無くてタイムアップとなってしまっただけ・・・・・・・・・・・・・(苦笑)。

  ↓ スタンプラリーの台紙。まだ切手を貼って、応募していない。
   期限ギリギリの5月中の消印にて応募する。期限ギリギリの方が抽せんに当り易いため!!??。
   スタンプは水性のようですぐに滲んでしまった・・・・(苦笑)。
   スタンプのデザインは、寺院などの拝観地点によって違う。趣のあるデザインだ。

 
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 今回訪問した「五か所」のスタンプラリーポイント。

 ↓ 1、相国寺 (写真は方丈の正面から見た庭園{手前})と法堂{奥の瓦葺の建物})

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  相国寺のスタンプのデザインは、円の中に「大本山相国寺」の文字と「釜蓋」をかたどったと思われる
源氏の家紋が・・・・・。相国寺が菩提寺だった足利家の家紋ですね。

↓ 2、大徳寺玉林院 (写真は門前の告知看板)
  写真、看板の右下のマークがあるが、スタンプラリーのデザインだった。
  円の中に「大徳寺玉林院」の文字と「富士山」をかたどった山のマークが。
  茶室内部の掛け軸に由来していた。私が押したスタンプはインクが、かなり飛んでしまったが・・・。

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↓ 3、大徳寺の境内にある 「泉仙 大慈院店」 (写真はお店の入口。左に祠がある。)も対象。
  スタンプはレジの前、靴を脱ぐ玄関の所にあった。
  さすがに、レジの前で「スタンプ設置の様子」の写真は撮れなかった・・・・。

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 飲食店での対象は少なかった。しかも予約が必要なお店もあった。(妙心寺境内のお店など)

↓ 4、大徳寺聚光院 (写真は門の前にある特別公開告知の看板)

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 周知のように聚光院は、一年間の特別公開期間中であるが、「春の京都 禅寺 一斉拝観」 の開催期間中は、スタンプラリーの対象寺院だった。
 スタンプのデザインは、円の中に「大徳寺聚光院」の文字と「襖」をかたどったと思われる連続する長方形だ。

 特別公開ではないが、「通常公開」の寺院でもスタンプラリー対象の所があった。たとえば、ここ大徳寺では「大仙院」が対象だった。大仙院は常時公開されている。
 特別公開中の(大徳寺境内の拝観)場所では「方丈」や「真珠庵」も対象だった。

 そして、ボクにとってスタンプラリーの「トリ」となった
 5、「京都国立博物館 平成知新館」 
  一階の売店近くに、スタンプの設置があった。 ↓


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 京都国立博物館のスタンプラリーのスタンプデザインは、円の周囲に「京都国立博物館」の太文字。中心に「禅」(現物は旧字体)と書いてあった。

京都国立博物館 明治古都館、西門 遠景、夜間ライトアップ 画像集

2014.11.23  夜
 
 錦秋の京都国立博物館。この日は常設展のみ見学して、清水寺の夜間拝観に向かいました。
 まだまだ特別展の入場待ちの行列は続いていました。常設展は18時で閉館のため、退出します。この秋はよくここに来ました。(笑)
 しばらく来ることはないでしょう。去り際に振り返って撮影をします。
 レンガ造りの重厚な建築。夜間ライトアップの写真をお楽しみください。
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 噴水より。
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 出口専用の西門より。
 人のいない写真をここで撮影することは難しい。守衛の方がいるためです。

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 少し離れたアングルから。
 光に輝く、明治時代建築のレンガ造りの門と旧館。
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 これは、入館前に撮影したもの。
 豊国神社から博物館正門に向かうために通ります。
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 豊国神社に駐車したため撮影。

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 豊国神社の駐車場の様子。カギを係の人に預けます。

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 豊国神社の道路。この道もすっかりおなじみになりました。
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特別展覧会「国宝 鳥獣戯画と高山寺」 混雑状況(事後報告) 京都国立博物館

2014.11.23 夕刻。 京都国立博物館。
 
 特別展覧会「国宝 鳥獣戯画と高山寺」(鳥獣戯画展)が開催されています。

 ここからは鳥獣戯画展の「混雑状況」レポートです。
 私達は前期に見学しましたので、会期末に近いこの日(11/24までなので、この日は終了前日。)、後期展示は見学しませんでした。というより、大・大・大行列で「これから見学する」どころではありませんでした。行列を前にしばしボー然として立ち尽くしてしまい「これからどうやって見学すればよいの?」って感じです。(笑)

 後日の発表よると 特別展覧会「国宝 鳥獣戯画と高山寺」の入場者数は約20万3千人。
 会期は1か月半ありました。この数字を見てみなさんはどのように感じたでしょうか。私は「思ったよりも入場人数が少ないな」と感じました。あの大・大・大行列の割には・・・・・・。
 恐らく、鳥獣戯画の巻物の見学者の列が伸びすぎたため、あまり入場させることができなかったのでしょう。入場者数で比較すると、会期は長かったですが同時期に東京国立博物館で開催の「日本国宝展」の方が(入場者数は)断然多かったことになります。しかし、行列の見た目では、『鳥獣戯画展』の入場数の方が断然多かったのではないかと感じました。(笑)


 明治古都館の出入り口。特別展を見終えて出てくる人々の表情が晴れ晴れしています。(笑)

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 列は明治古都館の前に続いています。
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 更に常設展示の平成知新館へ向かう通路の上までも・・・・。ここで折り返し更に列は続いていました。
 10月に私達が入場したときよりも何倍もの行列です。
 並んでいる人たちの年齢層は、東京(の別の特別展の入場者)と比べると格段に若いです。何故でしょう。学生や観光客が多いためでしょうか。

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 最後尾は館の横のようです。ここから並び・・・。
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 待ち時間の表示。写真撮影時は「80分」でしたが、実際は60分くらいで入場できるのでしよう。(保証はできませんが・・・・。)ただし、更に館内で並ぶのがつらい。(館内では)60分待ちとあるので、最初の展示である甲巻までは実質50分くらいでしょうか。合計して「甲巻」に到達するのまでは、2時間くらいの待ちといったところでしょう。
 館のツイッターによるとこの日の昼間は「入館まで」120分以上の待ちだったようです。更に甲巻まで辿り着くのには、「60分以上」待ち??で、合計で「3時間待ち」でしょうか・・・・・・・・・。

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 明治古都館前。テントの下には荷物を預けるコインロッカーもありました。
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 行列の様子。平成知新館前から正門方面。「並んでいる人を撮ってもしょうがないじゃない。バカじゃないの?」とツレは半ばキレていました・・・。この辺で撮影はヤメます。申し訳ありません。
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 この訪問時に知ったのですが、な・なんと「東京でも『鳥獣戯画展』を開催」と告知がありました。この瞬間、私はガラガラと自分の中の何かが崩れていくような衝撃に襲われました(笑)。だったら、わざわざ京都まで来ることなかったョ・・・・と(涙)。だって10月の京都訪問は「鳥獣戯画」と「青不動」のために来たのに。「青不動」の特別公開は12月まであるやないか(関西弁)、早く来すぎてしもうた・・・・、と(泣)。

 正確に書くと、このたび京都国立博物館で開催された特別展「国宝 鳥獣戯画と高山寺」の東京開催ではなく、東京国立博物館で開催される別の展覧会であり、展示内容も京都での特別展とは異なるとのことです。
 東京国立博物館で開催される特別展の名称は「鳥獣戯画-京都 高山寺の至宝-」(仮称)のようです。略称は京都と同じく「鳥獣戯画展」になりますね(笑)。
 ただ、主要主催者は同じく朝日新聞社なので(展示内容は)あまり変わらないでしょう(笑)。でも、展示内容が大幅に違うことを期待しちゃいます。(笑)





























  

名品ギャラリー「高僧の書」 京都国立博物館 見学 

2014.11.23 
 
 七条通りをまっすぐ進み、京都国立博物館にやってきました。駐車したのは、豊国神社の駐車場です。
 神社近くの西門からは入館できないため、南にある正門までやってきて入場券を買います。券売り場も「鳥獣戯画展」に入る人で混雑しています。おかけで、券売機で常設展のみの券を買うのにも人の列で時間がかかりました。
 東博の年間パスが期限切れで新たに購入していないので、今回はここで当日券を買います。
 常設展示の平成知新館の入口の横
 「方広寺の遺構」とあります。柱の基礎石がこの敷地内に残っているとの説明。

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 ツレは初めてなので三階から順番に見ていきます。私はこの秋三回目・・・。(笑)
 三階と一階吹き抜けの仏像展示コーナーはあまり変わりがないような気がしたので、二階と一階の部屋の名品コーナーを順番に見ていきます。
 一階の書跡の展示室に「高僧の書」の展示がありました。本日のお目当てはここです。
特に三井寺の円珍(智証大師)の国宝文書に注目です。三井寺の特別公開にあわせて文書を博物館で公開したのでしようか。「平成26年 三井寺 特別公開」の総決算です。
 ガラスケースの中に広げられていました。「円珍疑問」
 中国の僧に密教の教義などについて質問した手紙と説明があります。たしかに「・・・・其字義如何」「・・・其意如何」、その他も「・・・・如何」と何回も「いかがでしようか?」と疑問をぶつけています。
 遣唐使に託した手紙なのでしょう。手元に残っているということは、出した手紙の返事には数年かかる、または返事がこないことがあるので、控えとしておいておいたものが現在に伝わっているということでしょうか。
 この手紙が如何であったかの説明はありませんので、果たして返事があったのか、無かったのか、あったとしたら、返信の内容は伝わっていないのか、分かりませんでした。
 はっきりとした書体で文字(すべて漢字)を書いており。現在の私でもなんと書いてあるか、だいたいの意味を知ることができます。千年以上前の文字を現在でも読むことができる・・・・・。こりゃすごいこどす。円珍の几帳面な性格と高い学識、探究心を窺い知ることかできます。時空を超えて現代の私達の心に伝わってくるまさに「高僧の書」です。
 展示室では「円珍疑問」が国宝指定されているかような表示でした。が、帰ってから博物館のウェブサイトを見てみると「円珍関係文書」が一括して国宝指定されているようです。その中の一つの直筆書が「円珍疑問」のようです。が、これ単独でも国宝指定でよいくらいの凄い内容の「高僧の手紙」です。

 最澄、空海の直筆文書もありました。最澄の書は目録のようで、物を渡す宛先は空海のようです。
 空海の力強い、やや傾いた?文字と比べて、最澄のそれは、どことなくやわらかい筆使いです。空海の書は10付に東京国立博物館の国宝室で「風信帖」を見ました。たしかにここに展示されている空海の書は「風信帖」と同一人物の筆跡ですね。素人の私にも同一筆跡と分かります。(笑)

 時代は下り、親鸞の「教行信証」(国宝)の直筆本がありました。巻物ではなく、冊子になっているため、そのすべてを見ることはできせん。紙が黄ばんでいます。紙質が違うようです。円珍や最澄、空海の巻物で使用しているような和紙ではない別の紙なのでしょうか。親鸞の文字は横幅の広い、太い文字でいわゆるクセ字です。私にとっては読みずらいです。先に西本願寺にも行きましたので、タイムリーな国宝を見学できました。

 このコーナー以外では 二階の特別展示室も吹含めて国宝の展示はなかったと思います。
 注目したものは、二階の近世絵画室で重要文化財指定 養徳院の花鳥図のような襖絵がありました。
 先に訪問した大徳寺の塔頭の襖絵です。
 
 話は変わり、
 館内に入ったときに、下の子が言いました。「あっ。やっぱりこのにおいがする。靴下のにおいだ。前もここに来たときに同じ匂いがした。誰か靴下の臭う人がいたのかと思ったけど、やっぱりこの建物の中(そのもの)のにおいなんだね。」と。(笑)
 じつをいうと私も気になっていたのです。10月に最初に来たときも思いました。自分の靴下が臭うのではないかと・・・。実は、新しい建物や防腐剤など薬品など、「京博」独特のにおいなのでしょう。

 ↓ 平成知新館の内部の様子をやっと撮影できました。(笑)
 正面入り口近くの上階とを結ぶ階段。意外にも狭いので歩きにくいです。
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 三階から一階の販売、休憩コーナーを見下ろす。閉館時間も迫り、常設展は人も少なくなりました。特別展はいまだ大行列ですが・・・。閉館時刻後も特別展はとにかく、人の列に並べば当日中に鳥獣戯画を含めて特別展を見学できるそうです。

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 こちらは、三階から入口付近と受付を見下ろす。吹き抜けになっています。

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 館外に出たのは閉館に近い18時前。日没してすっかり暗くなっています。ガラス窓に内部からの光が映えますね。
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特別展覧会「国宝鳥獣戯画と高山寺」 見学 京都国立博物館

2014年10月25日  夕刻・・・。
 
 京都国立博物館。特別展覧会「国宝 鳥獣戯画と高山寺」に入場しました。
 ↓ 閉館後に撮影した看板。 入館前は「時間が無いから急げ!!」と撮影の余裕がありませんでした(笑)。

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 最初の展示室は寺名の額など。導入部です。
 国宝 明恵上人の画像もありました。 図の中に「リス」が描いてあるそうです。しばらくして見つけました。上人の上の木の枝にリスがいます。樹木もリアルに描いていますし、上人の表情も写実のようにリアルです。その風貌が伝わってきます。鎌倉時代に宗教色を出しながらも、これだけの人物、動物の写実画を描いているということは、まさに「ルネッサンス」の先駆けではないでしょうか。
 また国宝「仏眼仏画母」の展示が。観音様のような仏の絵でした。
 次の展示室にも国宝の巻物が展示してありました。遣唐使に乗って航海している様子を描いたような巻物です。朱色など色を使って描いてあるので目立ちます。
 目を引いたのは、明恵上人「夢記」(ゆめのき)。重要文化財に指定されています。なんと上人は、当時見た夢を書き残していたのです。展示されている部分では、仏様が夢に出たことを書いています。とすると、上人はフロイトが登場する600年以上も前に「なぜ人は夢を見るのか」と科学者のようなことも考えていたのでしょうか。高山寺の興隆に明恵上人が深くかかわっていたことがよく判りました。これだけの宝物が現代に伝わり、現在世界遺産に高山寺が指定されているのは、上人の遺徳によるものといっても過言ではないでしょう。僧侶という以前に万能の天才だったのではないでしょうか。歴史に名を残すお方はやっぱり違います。


 そして、鳥獣戯画の巻物展示室前の行列に並びます。見学者の列が伸びています。特別展の展示室まで列がはみでています。ジワッ、ジワッと列は進んでいきます。古都館の一番奥の部屋が、列で並ぶ「立ち並び」の部屋になっています。でも大丈夫「正倉院展」、今年の夏の台北 故宮博物院展「白菜」などで訓練済みです。(笑)座る場所は無い。座りたい場合は、列を出ないといけません。(多分)
 年配者や体の調子の悪い人にはキツイでしょう。私は(自称)足腰は丈夫ですし、上記のように過去鍛えているので平気です(笑)。京都は若い人が多いですしね。入場者の平均年齢というのは統計しているはずもありませんが、おそらく私は平均くらいでしょうかね(笑)。
 歩きながら長いガラスケースに展示された「甲巻」を観覧します。「立ち止まらないでください」と係員が何回も繰り返し言います。待っている間子供はスマホをいじっています。私は並んでいる部屋に展示されているパネルや修復の様子、解説などの映像を見たり、配布された紙の資料を読んで時間をつぶします。

 35分くらい待って(並んで)、甲巻が近づいてきました。最前列のうしろの列になるとガラスケースの内部を最前列で人の動く列の間から眺めることができます。少しでも甲巻については、チラ見することはできました。

甲 ・・・冒頭の水の流れの中でうさぎが遊んでいる様子が印象に残りました。うさぎと猿とうさぎがのっかった鹿?が描かれています。カエルはいないようです。
 次のシーンは主役はうさぎ、カエルも出てきます。弓で的当てをするシーン。このふたつの部分が教科書などて有名ですね。三番目のシーン、公開されている部分の最後のほうに長持ち?を駕籠のようなかつぐうさぎとカエルの姿が・・・・。
 ガラスケースに沿ってナメルように見ながら歩みを進めていきます。係員の「立ち止まらないでゆっくり進んでください」と何回も声が飛びます。歩きながらだと落ち着きませんね(笑)。
 紙は和紙なのでしょうが、目の粗いものではなく現在の洋紙のような紙質。修復して汚れなどは落としたのでしょうけどね。墨で描いています。
 事前の解説にあったように「高山寺」の割り印も朱肉を付けて押してあります。散逸しないように押したのですが、結構実物を見ると朱肉が目立ちます。写真で見る以上に。

 「清明上河図」と比べると巻物の用紙の質が違います。絹本なので絹の目がはっきりと分かりました。時代的には「清明上河図」が更に100-150年くらい古いのでしょうか。対して、鳥獣戯画は紙なので細かい目はありません。が、墨書で黒の単色で立体感が 「清明上河図」に劣ります。また、現代的にいえばリアル巻でも「清明上河図」が勝っているような。
 別のコンセプトで描いてあるので両方を単純に比較することは適当ではないですけどね。

 再び乙巻を見るために行列に並びます。最初の甲巻を見るときと異なり、ガラスケースの手前で順番待ちをするような感じで、ほどなく列は進み観覧できました。

乙・・・冒頭の次のシーンの『牛がたわむれる様子』が印象に残りました。冒頭の馬が何頭もいる部分が次に印章に残り、あとの犬などのシーンは・・・・、でした。

丙・・・庶民のおっちゃん達や僧形の人がバクチ?か何かの遊びをしている様子。公開部分の最後のほうにあった『闘鶏』のシーンが印象に残りました。おっちゃんでは烏帽子をかぶった人とかぶっていない人がいますが、何が違うのかは分かりません。女子供も集まっています。当時の人々の様子を描いたようです。

丁・・・薄い着物をきた昔のおっちゃん達が扇当て??などをする様子。
   祭壇に向かって僧侶がお経かお祈りをするシーンが印象に残りました。
 丁までくると、随分いいかげんな書き方です。甲、乙、丙と成績が下がるように、書き方も密度が薄くなっているようです。なんだか、あとの時代に書いたようです。成立年代は甲が古いようです。甲、乙と同じ作者か分かりませんが、書き方に気合が入っていません。特に丁は書き方のタッチも違うので、別人の筆でしょう。おかげで、丁巻は流すように見ました。(笑)
 子供も丁巻は、あまり真剣には見ていませんでした。丙巻くらいまでで、もいううやと飽きてしまったのでしょうか・・・・・・・。

 丙巻の展示室で終わりです。同室にカワイイ犬や鹿の置物(重要文化財)の展示があります。神社の狛犬のようです。が、高山寺は神社ではありませんが、昔の神仏習合の関係で宝物として伝わっているのでしょう。

 甲と乙は東京国立博物館に寄託、丙と丁は京都国立博物館に寄託。一般に「鳥獣戯画」は甲が有名なので、  

 そして、最期に販売スペースで図録を購入し明治古都館を出ました。販売スペースが狭いので混雑しています。すでに閉館の時刻6時は過ぎています。外に出ると真っ暗でした。
 ↓ 入場者の列の無くなった闇に沈むテントと明治古都館のライトアップ。「古都の夜」に映えます。

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 閉館した平成知新館。電気は煌々とついていますが、すでにほとんどの入館者は退出しました。
 秋の夜は早い。といっても京都の日没時刻は神奈川と比べると20分~25分くらい違うので、ここにいると「夕方が長い」と感じます。いや~、今日は暑かった。日が暮れてようやく涼しくなってきました。夏のような・・・とまでもいかないでも9月中旬くらいの暑さでした。

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 門を出て振り返ります。 「鳥獣戯画展」と「京へのいざない」の告知看板の向こうにライトアップされた明治古都館が浮かび上がっています。名残り惜しいですね。

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「京へのいざない」第2期 見学 京都国立博物館

2014年10月25日  夕刻・・・。
 
 平成知新館オープン記念展 「京(みやこ)へのいざない」 第2期。前回第1期の訪問は、三週間前のことでした。10月13日の体育の日の祝日までで第1期は終了し、休館日を1日挟んで第2期の展示がスタートしています。

 この日の最後の目的地として、京都国立博物館にやってきました。川端通りが想定外に混んだので、到着が遅れました。嵐山までと「足を伸ばしすぎ」ました。子供のリクエストだったので仕方ありません。(笑)
 当然ながら、博物館敷地のタイムズ駐車場は満車。豊国神社前の通りのコインパーキングも満車。せっかく頼みとしていたのに・・・・。ぐるって周って、近くの一方通行の道路に面したコインパークが一台空いていました。駐車して、博物館の正門に急ぎました。すでに16時を過ぎています。特別展の混雑と閉館時刻を逆算すると常設展示スペースの「京へのいざない」の観覧時間があまり取れません・・・・・。

 パンフレットにも載っていますが、目玉を挙げていきましょう。第2期は、第1期に比べると公開の国宝は少ないです。 入場して二階奥の特別展示室に向かいます。「伝頼朝像」など国宝の似絵はすでに展示期間が終わり、秀吉の陣羽織など「秀吉モノの重文作品」中心に変わっています。

 ポルガル国インド副王信書
・・・・ラテン語で書かれています。キリスト教の十字に紋章も入っていて、江戸時代の鎖国を通してよく残りまし 
 た。妙法院に秘蔵されていたのでしょうか。しまったまま禁制品として数百年そのままになっていたのでしょう。
 最大の目玉は 国宝の永徳の聚光院の襖絵。
・・・・・花鳥図の部分だったような。四面くらいしか公開になっていません。鶴がクークーと鳴いているような絵でし   
 た。隣に等伯の水墨画の展示がありました。重要文化財の「枯木猿コウ図」 龍泉庵蔵だったと思いますが、動物画(つまり、手を伸ばした不思議そうな表情の猿の絵。)でした。「龍泉庵」とは大徳寺の塔頭ですね。等伯と大徳寺は切っても切れない縁です。
 これら両作品の前で、ある中年のおじさんが「ライバルや」と独り言のように周囲の人に解説しました。
 (私もおじさんですが、もっと年上の感じのおっちゃんでした。)
 この一言、極めて端的に永徳と等伯の関係を表していますね。

法然上人絵伝
・・・法然が時には、妨害に遭いながらも教えを広めていく様子が描かれています。
  巻物はシーンを進めて年代記のようになってます。

 熊野速玉神社の宝物は前年の大神社展で見たような記憶が・・・・。この神社は、公開に積極的ですね。寄託者が公開しない意志をかたくなの持っている場合、寄託物は決して公開しないのでしょうけどね。

 「粉河寺縁起絵巻」が結局わからずじまいでした。、「鳥獣戯画展」にため時間が無いので見ることはやめました。一体どこに展示されていたのでしょう(笑)??。
 「粉河寺縁起絵巻」は別の場所で見たことはあったでしょうか。もしかしたら、やはり前年の「特別展 当麻寺」で展示があって見たと期待します。(過去のことに期待するとは????。)
 30分くらいで急いで見学して、「鳥獣戯画展」に向かいました。

 写真は閉館時刻を過ぎたあとの知新館。開館時間中は観覧に手一杯で撮影の余裕がありませんでした(笑)。

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「国宝 鳥獣戯画と高山寺」前期 京都国立博物館 入場待ち、見学

2014年10月25日  夕刻・・・。
 
 京都国立博物館にやってきました。先に、常設展示を駆け足で見ました。その後、特別展「国宝鳥獣戯画と高山寺」の見学をするべく、庭の行列に並びました。
 本日はこの「前期」の混雑状況レポートです。「後期」の混雑状況ではありません。

 前期は、11月の文化の日の三連休まで会期があります。しかし、遠くに住む身としては、11月に来ることはできません。更に、「トーハクの年間パスポート」が10月31日で有効期間が満了して、特別展の入場があと一回できる(余っている)ので、「何が何でもあと一回 特別展入場!!」ということで、10月最後の日曜日であるこの日の「京都国立博物館」見学となりました。もはやアホの範疇ですね。ボクは(笑)。
 明治古都館前の行列用テントに並びます。入場まで「20分」、「60分」合計で「80分待ち」と案内があります。
 行列はそれほど長くはありません。待ちます。私達の前は中年の男女のグループのようです。韓国語を話すグループもすぐ前にいます。ヨーロッパ系の外国人は(実際にはいたのでしょうが)私はあまり見なかったように思いました。中国系、韓国系が多く見にきていいるようです。

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 テントの後方。混雑時はここまで並ぶのでしょう。
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 入館直前の状況。数十人ずつ区切って入場していきます。古都館の入口前までずっと並ぶのではなく、入口に続くスロープの手前までの行列です。時間にして20分くらいで入場できました。
 ↓ 緩い傾斜のスロープを歩いて入場します。
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 入口付近には鳥獣戯画に出てくる動物のボードの設置がありました。ここで記念撮影している人も多い。しかし、夕方5時過ぎ。ゆっくり見ていると閉館時間を過ぎていまうので、ここで写真を撮ることはヤメて、展示室内に進みます。

 ↓ 鳥獣戯画の兎のイラストが。 遠くには、レンガ造りの西門が見えます。

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京都国立博物館「京へのいざない」 西門から退出

 2014.10.5
  
  
 新規オープンした「平成知新館」の三階を見てから、(ちょっとした)映像?コーナー、一階に階段で降りて、シヨップを簡単に見ました。夕方5時前です。ほぼ予定通り見学が終わりました。(笑)閉館時刻も近い。次にどこか行く所はないかと考えましたが、どこも5時で閉まりそうなので、京都見物は切り上げて帰ることにしました。(おうちに。笑。)
 家に帰るためには、一旦京都駅に出ないといけません。徒歩で行くことにしました。入場は正門(南門)オンリーですが、帰りは京都駅により近い(レンガ造りの)西門から退出できます。知新館を出て、西門に敷地内を歩きました。
  
 帰るときに正面から見た明治古都館。西洋庭園のようなシンメトリーの敷地と噴水、そして建物が印象的です。
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 西門を出ました。ともにレンガ建築の明治古都館と西門を一直線にとらえて撮影したいところですが、警備員がいるためうまいアングルで撮影できません。どうしても正面から撮影すると警備員が写り込んでしまいます。(修正すればよいのでしょうが・・・。)
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 ↓知新館と西門。門に続く壁もレンガ造りと気づきました。
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 西門の道路を挟んで向かいにある。お店やコインパーキング。次回は、車で来る予定があるので、どこか停める所はないか歩きながら「事前偵察」しました。(笑)
 博物館のタイムズは混雑で駐車できそうにないからです。
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「京へのいざない」(前期)見学 京都国立博物館(一階と三階の展示室)

 2014.10.5
  
 二階の一番奥にある「特別展示室」から見学開始。順番に二階の展示室を見学。階段で一階に下ります。二階の展示室前の廊から見下ろすことができるのですが、一階の奥半分、長方形状に吹き抜けになっています。吹き抜け部分の一階展示室に仏像などが展示してあります。
 大きな仏像の展示もあります。カテゴリーでいうと「彫刻」となります。「彫刻」では国宝の展示は無いようです。が、展示のほとんどは重要文化財です。一階「彫刻」展示スペースの一番奥に近いところに重要文化財「捨丸像」がありました。秀吉の子、鶴松の生前の姿を彫った木像のようです。先に見た智積院の場所にあった鶴松の菩提所、祥雲寺に安置されていたようです。 
 個別の展示室では、「書跡」「染色」「絵巻物」などだったと思います。
 国宝展示としては「手鑑 藻塩草」や万葉集、古今和歌集の一部がふりました。字がよめない・・・。「三大手鑑」のひとつ??として「藻塩草」は昨年夏の特別展「和様の書」で見たような記憶が・・・・。

 一階をぐるっと見学。西のレストランの近く(正面入口からは一番遠い所)にある「大エレベータ」で三階に上がりました。作品を載せるのでしょう。業務用のエレベータのようです。広いというか、デカい。見学者が乗ってもよいのかと勘違いしてしまいます。そのためかどうか分かりませんが、すいています・・・・。私以外誰も乗ってきません・・・・。(笑)

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 エレベータで上がった後、
 三階の展示室は、金工や土器、陶磁器などでした。
 「仁清」の磁器 重文指定がありました。仁清の国宝指定の作品は、(ここではなく)どこかにあったような。あの静岡の美術館だったでしょうか。都内の某民間美術館だったでしょうか。切手の図案にもなっていました。
 道長?がお経を埋めた金の筒(国宝)がありました。

 知新館二階から一階のロビーを見る。左が南側。右は展示室の壁。ガラスとの間の通路がもうけられ、人が行き来しています。展示室の南側壁面は窓無しで日光をカット。作品保護のため、美術館建築としてはあたり前で「贅沢な造り」です。住宅建築の点からすると「南側に窓無し」はもったいないです。(笑)
 陽の当たる南側は自由通路として行き来できるように設計したようですが、あまり見学者は通路を通っていません。写真でみてもすいています。
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 館内の写真はあまり撮っていません。というのは、二階のエントランス付近でバシバシ写真をとっていた女性がいたからです。私よりずっと年下でしょう。私も同じように写真撮影すると、その女性から「アタシを写したろ!!」とクレームをつけられても困るので、萎縮してしまいました・・・。(つまりビビッたってこと。笑。)
 その女性は、少し離れたところから、私のほうにも平気でカメラを向けたり、あちこちいろいろな方向へカメラを向けてバシバシ撮っています。この点「男から女」には言いにくい。「男はつらいよ・・・。」といったところです・・・。今頃私の姿は、この女性のプログかFBかツイッターの写真に(ワンノブゼムとして)載っていることでしょう。(笑)

 帰るときに外から見た平成知新館。南側全面はガラス窓のモダンな造り。ブラインドで直射日光をカットしています。
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「京へのいざない」(前期)見学 京都国立博物館(二階の展示室)

 2014.10.5
  
 京都国立博物館へやって来ました。9月に新規開館した平成知新館に入ります。
 国宝、重要文化財が常設展で一堂に公開されます。「京(きょう)へのいざない」と思っていましたが、「京=みやこ」と読むことを知りました。(笑)

 さて、どこの展示室から見るか・・・・。正面(といっても建物の東端に位置しているが)入口から一番奥にある「二階の特別展示室」から見るため、階段で二階に登り、他の展示室前の廊下を通過して「一番奥」の部屋に行きました。他のブログなどを見ていても、「一番奥の部屋から見る」のがよいようです。係員は「三階から」と案内しているようですが。
 ありました「伝源頼朝像」と「伝平重盛像」。小学生の教科書にも載るくらいなので、何回も子供の頃から写真を見ていますが、この絵を初めて見た多くの方々と同じように「想像していたよりも大きい。」が感想です。(笑)
 「現代言葉」で言うと「思っていたよりデカイ。」。ネット市民ふうに言うと「大っ!」でしょうか。(笑)
 二階は、主に「絵画」の展示室のため、私にとっては見やすいです。「絵、バシッ」と視覚に入ってくるので分かりやすいです。(笑)
 ひょう鯰図
 雪舟「天橋立図」と「山水図」も見ました。「天橋立図」は初めてです。(多分も「山水図」)思ったよりも大きな絵です。水墨画で緻密にえかがれています。
 あと、「山越阿弥陀図」禅林寺蔵のものとは違うようです。山の向こうに丸いお顔の阿弥陀様が現れる図です。太陽や朝日の信仰と阿弥陀仏の信仰が融合したような印象を受けます。
 二階には中国絵画の展示室もありました。

 国宝指定の絵画に関して一点、場所が分からないものがありました。二階の後は、一階に階段を下り、東から西の展示室に向かって見学。西のレストランの近くにある「大エレベータ」で三階に上がりました。三階は金工や土器、陶磁器など工芸作品。
 国宝展示であるばすの「山水図」南禅寺金地院?蔵をまだ見ていません・・・・。係員に聞くと先ほど見た「中国絵画」の部屋に案内されました。と、ありました。いつぞや見た雪舟の「山水図」と混同して「日本絵画」だろうと早合点していました。実は中国からの伝来品だったのですね(反省)。
 「京へのいざない」(前期)では展示替えがあります。山水図は前期の後半に展示。前期の前半(9月下旬まで)に展示されていたのが大徳寺高桐院の絵画(名前は忘れた・・・。)おそらく10月の高桐院の「曝涼展」で展示されるため「9月で展示を切り上げる」のでしょう。毎年10月の大徳寺本坊と高桐院の「曝涼展」いけば、今後見る機会は(1年のうち1日のみだが)あると思うので、今回は「山水図」(中国絵画と知った。)の展示期間にネライを定めて来たわけです。(笑)

 DSC00538知新館の二階から見える南側の風景。正門(方角は南)との間の通路を人が行き来しています。




















 二階の内部から見た明治古都館。
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京都国立博物館 平成知新館オープン記念展示「京へのいざない」

 2014.10.5
 先だっても投稿した記事にも書きましたが、大徳寺から「206」系統のバスで一路、東山(その前に北大路バスターミナル)経由国立博物館方面へ。この206系統は重宝します。
 大徳寺から京都大学の近くを通り、東山のメイン道路を通り、三十三間堂を経由して京都駅まで行けます。清水寺、祇園、平安神宮、銀閣寺(へはやや遠い百万篇)など観光ゴールデンルートをほぼ網羅しています。(笑)来るたひせに思うのですが、北大路BT(バスターミナル)でしばらく停車(と運転手交代)するのと、BTから一般道に出るのに待ち時間があるのにやや時間がかかります。
  バスに50分以上乗り、やっと「国立博物館三十三間堂」前で下車。特に道は混んでいたわけではなかったですが、北大路のバスターミナルでしばらく停車するのと、ここから一般道に出るのに待ち時間があるのと、祇園から清水道付近は人が多く乗ってきて混雑するから、などでしょう。
 智積院を拝観した後、国立博物館へやって来ました。東京国立博物館の「年間パスポート」を提示して入場します。(つまり、事実上の見学無料です。)この日は言うまでもなく常設展のみ。特別展はこの週(この日は日曜日)の火曜日?(か水曜日)からです。
 9月に新規開館した平成知新館に入ります。南門から入場し、まっすぐに知新館に向かって歩きます。本来は今年春の予定でしたが、夏の展示を考慮して(暑さのピークを過ぎた)9月の開館になりました。
 ↓ 三十三間堂の前から撮影した博物館。
  写真左の博物館入口付近にに「京へのいざない」と「高山寺と鳥獣人物戯画展」
  の告知看板があります。
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 モダンな建築の平成知新館と正面入り口(といっても建物の向かって右端にあるが・・)。
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 入口付近から見た西側の様子。館の前の人工池と遠くにレンガ造りの西門。
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