良月(りょうげつ)の たび日記

神奈川県 湘南地区在住。折口良月(おりぐち りょうげつ)の神奈川、東京、静岡、山梨、長野など関東近郊地域への行楽、外出。美術館、博物館めぐり。その他国内旅行などお出かけの記録。

宮内庁三の丸尚蔵館

 

「書の美、文字の巧」 中期 鑑賞 三の丸尚蔵館

 2016年10月30日の日曜日のこと。

 早くも、中期の会期末も近づいて来た、宮内庁三の丸尚蔵館・書陵部主催 「書の美、文字の巧」展。
 副題は、今回の中期は「豊かな書-歴史を伝え、書風を展開する」だ。
 前期を見たのは、会期の終盤だった。その直後の10月15日から中期の展示が開始されたのであるが、会期は11月6日の日曜日まで。三週間程度しか会期が無い。あっという間に終了してしまう。よって、急きょ、この日の鑑賞をすることにした。
 前期は「玉泉帖」をはじめ、超国宝級の逸品が展示されて。中期は、時代がやや下がり、鎌倉時代、南北朝から室町、戦国時代~江戸時代と「武士の政権」の時代の作品が展示の中心。
 中期でも、その内容を細かく(私は)理解できないが、出品目録を見る限り超国宝級の逸品ぞろいであろう。

 この日は、昼食を有楽町の鹿児島アンテナシヨップ二階の「いち・にい・さん」で食べ、先に重要文化財「明治生命館」を見学しました。
 (見学記は、後日掲載予定)

 和田倉門から、皇居のお堀端を歩き、旧大手門をくぐり、三の丸尚蔵館に向かいます。
 途中、パレスホテルのそばのお堀で白い「鷺」が一羽いた。
 入館します。混雑している。外国人も多い。ガイドブックを片手にやって来ている外国人も多い。恐らく「無料で日本の皇室の珠玉のコレクションを見ることが出来るミュージアム」と紹介されているのでしょう。見学時間はこの日も20分くらいでした。

 入館すると、まず最初の展示は、「足利尊氏の書」、掛け軸になっていて書には「・・天下静謐・・」とある。
 次いで、隣の展示が「花園天皇宸記」。鎌倉時代、西暦でいうと1331年なので、幕府の末期。打倒幕府の時代
。書に「・・・西園寺大納言・・・」の文字がある。すでに、近衛、徳大寺、西園寺など、藤原氏は各家が分立していたと知る。
彼らの子孫(家名を受け継いだもの)は、数百年後の近代日本でも政治家として国家の中枢に参画した者もいる。その政治の結果は・・・・。私は知る由も無いが・・・・・。

 室内は、最初の展示作品の前から、混雑している。次に 「後花園院御文類」があった。

 真ん中、平ガラスケースには「手鑑」の展示が。「前田利為から献上された品とある。加賀前田氏の家柄で、明治、大正から昭和戦前期にかけての当主。戦死後、陸軍大将に昇進したことでも知られる。

 家康から秀吉などの筆になる和歌もある。 折りたたみ式で その部分だけ開いて展示してある。
13\17世紀とある。かなり時代は長い。 「へー
こうやって筆跡を見たんだね」と話をしている人がいる。

 奥の壁のガラスケースには、「紫式部石山参詣図」などが展示されていたと記憶する。別の作品でも(近いシーンを)見たことがあるのだ、「石山寺を参詣」する様子。牛車にのった式部の一行の様子を描いている。土佐光元作で 三条西公条の賛とある。賛文の内容は、読めないが・・・。


 天皇の書で、ひたすら「南無阿弥陀仏」と書いてあるものもある。外国人が多い。欧米人も多い。中国人は以前よりも少ない。韓国人はいない。
 順路を進んだ、壁側のガラスケースには「圓山応挙」の「富士山の絵」もある。なと、有栖川宮が賛文を書いている。やはり、その文字は読めないが。「応挙」の旧字体 タテの丁寧な楷書のサインは間違いない、他の応挙作品と同じ筆跡だ。確かに応挙の作品だ。

 同じ列の壁のガラスケースには、女性天皇の明正天皇の書もある。女性らしい、文字がおおきく、やわらかな感じだ。
 「古歌屏風」。斜めに丸い文字で 和歌を書いてある屏風があった。八条宮智仁親王の筆。親王は、後陽成天皇の弟で八条宮家、のちの桂宮、を創設したとある。有名な桂離宮も 親王のもとは邸宅だったのような説明がある。戦国から江戸初期の親王で 古今伝授に優れた親王であったそうだ。


 売店では、前回は売り切れだった、今回の展覧会の図録を販売していた。2,000円で購入する。レシートを見ると 「重版」と御丁寧に書いてある(笑)。



 ↓ 館の入口。この展覧会の掲示板の様子。前回と変わっていないが・・・・。
  入口に掲示されている写真は「玉泉帖」かな。
 

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「鳥の楽園 多彩、多様な美の表現」 三の丸尚蔵館 見学

 6月某日のこと。会期末も近づいて来た 「鳥の楽園」展です。副題は「多彩、多様な美の表現」とあります。 三の丸尚蔵館に向かいます。

 入館します。見学時間はこの日も15分-20分くらいでした。皇室に献上された作品が多いです。こと鳥は古来日本で盛んに現代に伝わっている美術品にモデルとされ描かれた動物です。「花鳥風月」の言葉通り、古来の日本の絵画で鳥は描かれています。動物は「鳥」だけです。人は描かれていなくても鳥は描かれている。祝い事にも欠かせないのが鳥だったわけで、近代以後も好んで鳥は作中に描かれたり、彫刻となったのでしょう。

 ↓ 館の前の展覧会告知の掲示板。
 
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 加納夏雄らの共同作品 鶏の置物が最初の展示でした。金貨のデザインで名高い加納。以前の展示でも加納の作品の展示があったと記憶します。当時の宮内省の仕事も手掛けていたことが分かります。
 横山大観の鳥の絵もありました。聞きなれない鳥を題材にしています。ハッカチョウ。作品説明の鳥の漢字が読めません・・・・。大正15年、皇室献上のため特別に制作された作品とのことです。「臣 秀麿」と本名での署名が書いてあります。朱肉で大観の落款も押してあります。特別制作の栄誉を賜った大観こと横山秀麿の意気込みが感じられます。
 東の大観、西の栖鳳。竹内栖鳳の作品もありました。説明には昭和3年の作とあります。スズメと鷺の絵です。解説には「栖鳳は動物画を得意とした・・・・」とあります。代表作は「斑猫」ですから、まさに動物画の栖鳳の本領発揮といったところでしょう。
 以前書きましたが、時代はやや下って文化勲章決定時の大観は無位で叙勲は無し。対して栖鳳こと竹内恒吉はすでに叙位叙勲を受けていました。大観が制作した大正15年当時、無位無勲でしたが、献上作品を依頼されたことは、日本画の大家として地位を確立していたことになります。大観と栖鳳ともに時代を代表する画家なので献上作品を制作しているのでしょう。
  

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 看板にも写真が写っていますが、バチカンから送られたモザイク画は精密でした。精巧かつ「静謐」さも感じます。円形のブルー背景に、花と平和の象徴、鳩が二羽書かれています。1924年とありましたから、第一次大戦の後、ようやくヨーロッパに平和が訪れてした時期でしょうか。まだパチカン市国は成立していない時期です。
 ローマ法王は、日本の帝室との友好を記念して鳩を題材にモザイクを制作して贈ったのではないかと思いました。その後時代は再び戦争への道を辿るのですが・・・。
 
  ↓ 本展覧会のポスターにもなっている作品。ちょうど後期の展示でした。
   「加賀地方花鳥図刺繍壁掛」 作者名の表示はなし。昭和3年とあります。
    昭和天皇の即位を記念して献上された作品です。日本伝統の花鳥図を思わせながらも
    ヨーロッッパのタピストリーの影響も感じます。

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「鳥の楽園」 三の丸尚蔵館

 6月某日のこと。会期末も近づいて来た 「鳥の楽園」展です。副題は「多彩、多様な美の表現」とあります。 三の丸尚蔵館に向かいます。
 
  梅雨の空の下、皇居 旧江戸城 大手門までやってきました。前回の訪問は、寒い二月のことでした。あれから、四か月季節は夏へと移り変わろうとしています。東京の初夏は梅雨の時期。雲っているりで、直射日光は当たらないので暑くはありませんが、やや蒸し暑いかなといった感じ。前回訪問時に引き続いて、大手門はまだ工事中でした。
 ↓ 湿度が高いせいか画像が霞んでいます。
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 お堀の水も緑色に濁って特有のにおいがします。と、澱んだ水には白鳥が・・・。

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 門を入ります。東御苑、三の丸尚蔵館に向かう人が歩いています。反対に出てくる人もいます。やはり、外国人が多いです。欧米系や中国系、アジア系、ロシア系も多いです。

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 尚蔵館壁の絵。鳥が美しくデザインされています。
  この展覧会は前期、中期、後期の三期に分かれています。三月から始まって現在は後期、終盤です。皇族方もご覧になるため訪問されていたことがニュースにもなっています。昨年満二十歳になられた佳子内親王殿下もご覧になられたとニュースになりました。
 会期が終了しないうちに急げ、とこの日の見学となりました。
 
 ↓ 建物の外壁に鳥の絵が掲示しています。 於 尚蔵館
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 前回の訪問時は冷たい雨の降る中のことでした。あのときは、梅の花が寒雨に打たれていましたが、この日は梅雨空の生暖かい空気の中での訪問です。

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「明治天皇 邦を知り国を治める」近代の国見と天皇のまなざし 三の丸尚蔵館 (見学記続きと雨の皇居東御苑)  

 2015年2月
  
 宮内庁三の丸尚蔵館 「明治天皇 邦を知り国を治める」-近代の国見と天皇のまなざし-。
 
 尚蔵館前の梅の木も花がほとんど咲いていません。冬雨に打たれる梅の枝。

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 展示の最初は、明治天皇の巡幸時の写真。本展覧会のパンフを見ても細かい説明はないため、どのような写真が展示されていたか、あまり覚えていません・・・。
 バンフにも掲載がありますが 山梨県から見た富士山、伊勢神宮の内宮の写真がありました。
 ある港の様子の写真も。木の舟(船といえる大きなものではない。)がたくさん繋留されていて、現在の風景とはくらべようもありません。江戸の名残のような感じの写真でした。
 白河城での馬の天覧の写真がありました。はっきりと「天覧」とあるため ここで天幕を張り、高台から馬の集まっている様子を巡幸の際にご覧になったことがわかります。
 報告写真か忘れまたが、当時の大津の街の写真もありました。大津事件の際の撮影かは・・忘れました・・・。


 全国各地を撮影して天皇に報告した写真は・・・。
・首里城の門の写真。 正殿の写真もありました。
  門は第二次大戦後再建されていますが、私が見た風景とあまり変わりがありません。さすがに写真の正殿は古びた様子です。当時の写真からは色が分からないのは残念ですが、現在は再建されているので真新しいので随分様子が違います。
  絵画の展示もあります。当時 画家も同行したと説明にあります。山本芳翠、大原美術館で名高い児島虎次郎もその一人でした。
  また、磐梯山の噴火の絵画も。

・北千島の探検隊
・濃尾地震の被害の様子
・岡山の孤児院の写真
  当時から福祉関係のことも報告されていたと知りました。
・病院での戦傷入院兵の様子
 日露戦争などて入院した兵士の写真も明治天皇は見ていたのでしょうか。
・富岡製糸場の内部
 東園侍従が派遣されて天皇に報告したようです。この侍従と似た名前の方は、現在でも記者会見などてマスコミにも登場することがあります。多分子孫の方なのでしょう。
・青森の雪中行軍の捜索の様子。
 救出用テントの中で兵隊が写っています。
・金沢城の長い櫓の写真
  櫓は現在とほとんど変わっていません。私も見たことがある櫓です。
・琵琶湖疏水の滋賀県側の写真。
 どこかで見たことがあるような写真です。
・西南戦争の写真も。
 田原坂の弾丸が撃ち込まれた蔵の遠景写真もありました。この拡大写真は、教科書にも載る有名な写真ですね。
・高田でのスキーの写真。
 日本にスキーを伝えたレルヒ少佐と高田聯隊の聯隊長 堀内大佐という人物が写っています。
・明治時代の三陸の大海嘯の被害状況(当時は津波という語を使用していない。)
 このたびの震災の津波被害で報道された地名の写真の展示もありました。
 繰り返し津波被害に遭っていることがわかります。
 
 産業や軍隊の様子など「富国強兵」の分野だけでなく、孤児院の様子や火災、地震、津波など災害の被災状況も写真によって報告されていたとは興味深いです。
 など、明治時代の様子が伝わってきます。 

 春節休暇で来日したのでしょう。中国人家族も来ていました。お父さん、お母さん、高校生から中学生くらいの年齢の女の子と男の子の家族。何かあれこれ会話をしていましたが、最初のほうだけ見て、出ていってしまいました・・・。私のあとから来た人々も、私より先に出て行ってしまいました。特に外国人の場合、説明の英語文は日本語のそれと比べて簡潔なので、見終えるのも早いでしよう。
 じっくり見たというわけではありませんが、私は20分くらいの見学時間。平均すれば15分くらいの見学所要時間でしょうか。館内の写真撮影は当然禁止ですが、特に欧米系の外国人は大きなカメラを構えて入ってきますね。なぜでしょう。(笑)

 わかりにくいですが、宮内庁病院の遠景です。
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 東御苑の入口、旧江戸城大手門。修復工事を行っていました。
 冷たい雨の中での訪問となりました。ただ、雪が降るほどは寒くは感じなかったです。

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「明治天皇 邦を知り国を治める」三の丸尚蔵館 見学

 2015年2月
  
 冷たい雨の降る、とある平日の昼休みの時間帯。私の姿は旧江戸城大手門の前にありました。昨年の文化の日以来、2か月ぶりの皇居東御苑 宮内庁三の丸尚蔵館です。

 いつになく、外国人の見学者が多いです。前回来たときも同じことを書きました。しかし、前回にもまして多いです。中国語の会話も多く聞かれました。なぜなら「春節」だからです。しかし、平日の昼間とあって、旅行中らしきアメリカや英国、ロシア、フランスと思われる外国人の入場者も多かったです。中国系以外のアジア系の人も来館しています。このときの大手門の内側は、日本人は少数派で、国際色が豊かでした。
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「明治天皇 邦を知り国を治める」。近代の国見と天皇のまなざし と副題がついています。
 
 今回は基本的に写真や資料展。前期と後期などで展示替えは無いようです・・・・と思いましたが、展示リストを見ると展示替えがありました。現在は後期に入っています。3月8日の日曜日までが会期ですので、後期の会期も終盤にさしかかりました。

 三の丸尚蔵館は、年末から翌春先までの寒い季節は休館と思い込んでいたので、年明けから開館をしていると知ったのはごく最近のことでした。知らないということは怖いことですね。(笑)
 開館時間が2月中は、午後3時45分と早いため、うっかりしていると見逃してしまいます。

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 明治時代の貴重な写真や資料が展示されています。
 側近の日記も展示されています。熾仁親王の日記(当時使用した鉛筆付き)や侍従長 徳大寺実則日記の実物がありました。木戸孝允の手記もありましたが、熾仁親王や徳大寺の日記のほうが、より詳しく記入されていて見応えがあったような。
 徳大寺実則は西園寺公望の兄で公望の実家を徳大寺家を継いだ人。西園寺公望はのちに勲功によって侯爵から公爵になりますが、徳大寺実則も一般にはあまり知られた人ではないが、もともと清華家の家格による侯爵から侍従長などの勲功によって公爵を授けられた人物。兄弟で公爵に昇爵(正確には「昇」の字が違うが)とはすごいです。もっとも、公望が公爵を授けられたとき、兄、実則は存命であったか、詳細は忘れました・・・。

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 展示は、明治天皇の巡幸時の写真と
 全国各地の写真を撮影して天皇に報告したもの、
のふたつに分かれます。後者の枚数のほうがおおかったです。関連する絵画の展示もあり、山本芳翠作の当時の那覇港の絵がありました。当時の様子を知る貴重な絵です。その風景は、のどかな港そのもの。現在とは隔世の感があります。
 「山本芳翠」は昨年代表作1点が重要文化財に指定されたためその名を知りました。
 
 

 

皇居東御苑 散策と宮内庁書陵部 「昭和天皇実録」公開 閲覧方法

  (2014.11.3訪問)
 久々に皇居東御苑への入場です。春の「乾門通り抜け」のときに近くまで来ましたが、入場はしませんでした。
 北桔梗門から入場します。写真は門への坂道から見た皇居の敷地内。春の通り抜けは、写真の左から右(北)方向の乾門へ向かっての公開でした。秋(すでに11月ですが)の紅葉時期にも公開があるそうです。
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 北桔梗門は入って撮影。外国人が多いです。IMG_2042外国人は、バシバシ写真をとっています。ポーズをとっている人が多いのでここで撮影しにくいです。
このグループきは、フランス人です。なぜわかったかというと、フランス語を話していたからです。(笑)。
というより、首のスカーフがフランスの国旗をモチーフにしているからです!?。










 IMG_2043天守台跡。久しぶりです。4年ぶりに見ました。(指が入ってしまった。)















 宮内庁書陵部の庁舎。閉まっています。この裏側にある庁舎において、9月に発表された「昭和天皇実録」の
一般公開、閲覧が今月末まで行われています。
 庁舎近くでは行列はしていなかったので、すでに本日の整理券は配布し終わり、指定時刻に再度集合といったところでしょうか。閲覧では1回につき、1時間足らずなので、すべてを読みたい一般人(マスコミ関係者は除く)は、公刊を待つか、情報公開を請求することになります。
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 情報公開については、郵送や宮内庁のサイトから申請できます。が、宮内庁のサイトでは、請求手数料の合計金額は明らかではありません。紙ベースでは、すべてを請求した場合6万円、磁気媒体では1万数千円と新聞記事にありました。具体的にいうと日経新聞には、おおよその料金の記載がありましたが、朝日や読売、毎日などの新聞では記載が無いようで、いくら費用がかかるのかイマイチ分かりません。
 紙の場合1件につき300円×枚数と計算し、コピーや文書1枚につき300円もするのかと思いました。実録は、1万数千ページなのでいくらかかるのか!1?? と思いましたが、違うようで、まず基本料金として300円、コピーは1枚につき20円か30円?で、合計で6万円の計算のようです。二ページを1枚にコピーすれば、必ずしも単純に20円(単価)×実録のページ数+300円=料金ではないようです。

 旧江戸城本丸のあとの芝生の上を大手門の方向へ歩きます。お弁当をもってきて食べている人もいます。快晴の秋晴れ。気持ちがよいですね。
 なのに、ツレは機嫌が悪く、下の子に「ここが松の廊下のあとだよ。」と話かけても2人とも共「無視」でした・・・・。(苦笑)。








天皇陛下傘寿記念特別展「天皇陛下 昭和28年欧米14か国の旅」 三の丸尚蔵館

 2014.11.3 見学

 東御苑を北から入場し、南の大手門近くまでやってきました。ほぼ一年ぶりの三の丸尚蔵館です。昨年は美術品の展覧会でしたが、今年は天皇陛下の外国訪問(当時は皇太子)についての展示です。
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 いつになく、外国人の見学者が多いです。昨年来たときも外国人の入場者が多かったので、おそらく英語版などのガイドブックに掲載があるのでしょう。さらに今年は円安が拍車をかけています。1ドル110円をゆうに突破し、115円くらいです。
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 昭和28年、皇太子当時の外国訪問です。船で出発したことはよく知られています。半年にも及ぶ大旅行でした。あの敗戦から10年もたっていない、昭和20年代当時。往復ともに航路と思っていましたが、帰途が飛行機だっとは知りませんでした。実のところ帰途は、ヨーロッパ発の航路、つまりスエズ運河、マラッカ海峡経由のいわゆる「欧州-日本航路」でと思っていました。
 展示の最初のほうに帰国直後の随員や宮内庁など関係者の写真が。当時の三谷隆信侍従長、小泉信三慶応義塾長達が前列に座り、侍従、宮内庁職員たちも写っています。写真には旧華族出身と思われる職員の姿と氏名もあります。たとえば、写真中の黒木従達侍従は、おそらく日露戦争の黒木大将の家系で、西郷従道の子孫で養子に入った方なのでしょうか。
 アメリカ経由でカナダ訪問、再度アメリカに入り、アイゼンハゥアー大統領とも会見した写真が展示されています。日本の再独立からまだまもない時期です。アイゼンハゥアーはこのとき就任一年目なのですね。ケネディ大統領の前任者としてのイメージも強いですが。あの退任時の会見「軍産複合体・・・」の印象も強いです。アイゼンハゥアーは第二次世界大戦の司令官、アメリカの英雄。アイゼンハゥアーにとっても日本の皇太子が訪問することは、重要な外交行事だったのでしょう。
 イギリスのエリザベス女王戴冠式出席、ヨーロッパ歴訪の写真や記念品の展示は進みます。当時のチャーチル首相とも会見しています。第二次大戦後、一旦労働党政権となり退陣したはずですから、再度首相に就任していたときに戴冠式があったのでしょう。
 館内の写真撮影は禁止。外国人入館者も真剣な表情で展示を見ていました。ヨーロッパでも多くの国を訪問されています。
 スペインまで訪問されていたことは知りませせんでした。しかも当時の独裁者フランコ総統とも会見しています。のちにフランコ総統が死去したあと、後継者に指名されたファン・カルロス国王(現在は前国王)が即位し、王政が復活し、皇室とも交流を深めたたことについても説明がありました。スペインのトレドで撮影された写真も展示されていました。私も行ったことがあります。
 その後、オランダ王国、西ドイツ(当時)も訪問しています。オランダでは王室から歓待を受けた写真や現在もオランダ王室と交流が続いていることの展示がありました。
 ドイツ連邦共和国(当時の西ドイツ)では、アデナウアー首相と会見。
 アイゼンハゥアー、チャーチル、フランコ、アデナウアーなど当時の大政治家と会見しているのが興味深いです。フランスでド・ゴールと会見したか、展示があったかは覚えていません・・・。
 前期と後期で展示替えがあり、現在は前期。後期は11月22日の連休からで、勲章などの展示が新たにあるようです。そして、12月の天皇誕生日までが会期です。

皇居東御苑 三の丸尚蔵館 開館20周年記念「美を伝えゆく -名品にみる20年の歩み-」観覧

秋晴れの日。正午前の東京 丸の内。昼休み?時間のショートツアー?です。
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スタートは東京駅から。
駅舎の改装工事が完成してから1年はたったでしょうか。完成当時からさかんにデジカメを構えて上を撮影している人がいました。何だろうかと天井を見ると、大正時代の当時の天井が復元されたようです。
 今まで写真を撮ったことがなかったので、東御苑に向かう前に撮影しました。



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北側の出口です。
大正当時の天井の下では、現代の自動改札と電光掲示板です。
今日も多くの人が行きかっています。
あと何十年たっても同じでしょう。





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丸の内のビル街を歩いて昼食(など)に向かう、会社員の姿も多いです。
10分くらいで大手門まで来ました。
ここから皇居東御苑に入ります。仕事の合間の背広姿の人も結構多い。昼休みの間の休憩時間の観覧でしょうか。

写真は尚蔵館前の告知です。



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東御苑には三年前の11月に来ました。まる三年ぶりになります。
尚蔵館は皇室の名宝が所蔵されていることは周知のとおりです。教科書の写真が載るクラスの現物がたくさんあります。無料というのはありがたいです。小規模で、開館時間が短いのが不便な点でしょうか。
有名な所蔵品も公開されるのは数年に一回なのでチャンスは見逃してしまいがちです。



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三年前の訪問時は、上の子と来ました。何の展示会だったかは忘れまいた・・・。当時の写真や過去の宮内庁サイト内の尚蔵館のページを改めて見ると、洋画の展示だったようです。
 今回の展示会はたまたまサイトで見て知りました。展示期間が短いので、前期の展示期間は終わっていました。後期の展示もこの24日の日曜日まで・・・。
 今回の目玉は、春日権現絵巻でしょう。前期、後期ともに場面を変えて展示があります。

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 前期の目玉は伝狩野永徳の屏風図や海北友松の絵、西行の書でしょうか。
後期の目玉は宗達、伊藤若沖の絵、王義之の喪乱帖、定家の文でしょう。
若冲の絵は4年前の「皇室の名宝展」東京国立博物館で見ました。確か。展覧会の告知にも使用されていました。
「皇室の名宝展」も一番の目玉は永徳の「唐獅子図屏風」のばすだったですが、見逃して後期に行きました。「後期の男」です。
 写真は館の前にある菊です。秋といえば菊。日本の花といえば菊。皇室の御紋も菊。尚蔵館にふさわしいですね。





IMG_0825展示室は広くないので20分もあれば見ることができます。
(展示品の)宗達の屏風図には、これまた有名な建仁寺蔵の「風神雷神図」に似た風神?様がえかがれていました。
 「風神雷神図」はこの屏風から着想した?、又はこの屏風図にも描いた?
売店で今回は図録を購入しました。
写真は館の前から、丸の内のビルを撮影。外国人参観者も多いです。




 目玉と思っていた「春日権現絵巻」は以前の「皇室の名宝展」東京国立博物館でも見たような記憶が・・。観覧した箇所が違うのかもしれませんが、覚えていません。(苦笑)

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 退出するときは、プラスチックスの入苑票を返却します。私が入るときは、受け取るだけで10人以上の列ができていました。平日にもかかわらず多いです。
 大手門を振り返って撮影。ロシア人らしい女性二人組が写真を撮っていました。





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大手門から丸の内方面。
尚蔵館この展覧会のあとは、年明けまで休館とのこと。
ここの所蔵品は国宝、重要文化財などの指定は一切無し。しかしほとんどが超国宝級の逸品ばかり。国宝、重要文化財などは文化庁の管轄。ここの所蔵品は文化庁ではなく、宮内庁が管理しているため、あえて指定する必要が無いのでしょう。反面、文化財の重要度がわからないため、どれが国宝相当なのか何らかの指標がほしいところです。
 

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永徳の「唐獅子図屏風」をいまだ直接見たことがないため、次の機会をまちましょう。数年に一回程度、どこかの美術館の展覧会などで貸し出し展示はあるようですが。
あとは、後期の「皇室の名宝展」で見た、教科書に必ず掲載されている「蒙古襲来絵詞」の展示があればまた来たいと思います。

再び大手門から東御苑を出て、現実世界に戻ります。お堀の端を歩いて移動します・・・。抜けるような青空です。さあ現実世界で頑張っていきましょう!!
































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りょうげつ

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