良月(りょうげつ)の たび日記

神奈川県 湘南地区在住。折口良月(おりぐち りょうげつ)の神奈川、東京、静岡、山梨、長野など関東近郊地域への行楽、外出。美術館、博物館めぐり。その他国内旅行などお出かけの記録。

江東区、墨田区、23区東部

 

2019年1月 刀剣博物館 企画展「筑前左文字の名刀」 鑑賞4(最終) 

 2019年1月 刀剣博物館 企画展「筑前左文字の名刀」 鑑賞4(最終)

 筑前派の国宝の刀剣などを見た。
 長方形の室内の中ほど、平ガラスケース内に展示品がある。刀剣の解説文書の展示がある。京都でも同様の古文書が展示されていた。刀絵図 元和元年の奥が木があるもの。 個人蔵 の展示があった。国の文化財指定は重要美術品。京都でも展示があったかな!?。
 秀吉の所蔵の刀剣「太閤御物」の押形集であり、730と多くの刀剣の図が記載されているという。これは、現物を徳川の世の元和元年に埋忠壽齋なる人物の手により写したものという。ここに記載されている刀剣のうち、17点が国宝に指定されているそうだ。
 「太閤御物 たいこうぎょぶつ」とは、まるで天皇のコレクションのような呼び名だ。ホントに太閤から伝わったから「太閤 左文字」の意味が分かった。
 秀吉は信長の家臣時代、「羽柴筑前守」と呼ばれていた筈。秀吉が最初に城主となって、ついに大名クラスに出世し貰った官位が「筑前守」。筑前には想い入れがあったと思う。のちに、自分の筑前守の官位は親友の前田利家に譲ったと記憶しているので、筑前派の刀剣は好んで自分のコレクションに加えたのであろうか?。
 説明によると現在、展示してある 国宝 短刀 筑前 左文字と刃文の特徴の構成が一致している。「筑州住 左」の書き込みもあり、書き込みされている長さも「7寸7分・・・」と一致しているそうだ。
 墨書されていて、刀身や刃文が見事に筆写されている。確かに寸法も明記されている。ホントに現物を見て、記録したものである。(今見ている展示品は更にその写し)
 昔の刀剣のカタログといったところだろう。

 そろそろ、退出することにする。
 実は展示室内には、座るところは少ない・・・・・・。丸くて大きい、かわしいい感じのソファが3個くらいある。展示室内のそのソファはずっと座っている人がいて、(腰が痛くても)座ることは出来なかった・・・。ひとつのソファに、女三人が、ずっーと座ってで話をしていた・・・・。私が展示室内にいる間もずうっと丸いソファを占拠していた・・・・。

 三人のうち二人はかなり太っている。年は40くらいかな。太っていると実年齢よりも上に見えるので、実際はもっと若くて30歳台と思う。三人のうちもう一人も、見た感じ同じくらいの歳のお方。体は大きいが、下半身は細い。話していて、笑うと目じりにシワが出来る。目がぱっちりとしている美人だが、上体は太っているので実年齢は上に見えるので三人のうち一番年は上だろう。ゲームのオフ会のようで、色々と、ずっ-とおしゃべりしている。時折笑ったりして、決して大きい声ではないのだが、結構気になる・・・・。特に係員は注意しない。人が出入りしているので室内はザワついているかんじ。
 展示室を出るときに、目視で来館者を数えると室内に40人くらいいて、うち男は10人くらい。小学生の女の子も二人くらいいた。家族できているか。中学生くらいのメガネをかけた女の子も1人いたかな。
 白髪の年配の女性も熱心に展示を見ていたが、1人~2人くらいしかその年代の女性はいなかった。変わらずゲームを契機とする「刀剣女子」が多いようだ。来館の刀剣女子のメガネ率はとても高い。もしかしたら、60%以上ではないか?。もっとも男子よりも、女子の方が近視率は一般的に高いし、メガネをかけた方が見やすいからね。黒髪率も高い。(だから何だという感じだが。)西洋画の展覧会とは客層が違うような気がする。(以前も書いたが。) 外国人の入館者もいた。ドイツ人のようなブロンド色の髪の背の高い女性もいた。

 最後に入口付近のガラスケース内にあった 国宝「江雪左文字」を もう一度見る。
 この作品のみ撮影が可能。
 ガラスケースの前の人が少なくなっていたので、この時点で撮影した。先程は混雑していたが、私が退出直前、この国宝の刀剣の前には、入館したばかりの20歳くらいの女の子2人がいたのみだった。彼女たちを避けて撮影したのが投稿した画像。2人のうち1人は赤いチェック模様のシャツとジーンズ、小柄、153cmくらいで茶髪のセミロング。刀剣女子は黒髪の子の地味目の服装のが多いと認識していたが、珍しく少し派手な外見である。

 館内には、撮影禁止の注意事項は何も書いてない。受付のところに係員の男性2人がいる。以前と同じく巡回し基本的にしない。監視カメラはあるようだが。一回だけ室内を巡回して、落ちとているチラシなどを拾ったが、あまり 室内の巡回と監視はしていない。
 よって「撮影禁止」と展示室の入口には書いてあるのにもかかわらず、「撮影禁止」が徹底されず、長方形の展示室内では撮影をしている人もいたのは残念だった。

  ↓ 

  (再掲載) 太刀 銘 筑州住 左 (号  江雪左文字) 。小松コレクション(ふくやま美術館寄託) 
 太刀 銘 筑州住 左 (号  江雪左文字)の拵 ↓ 黒漆研出鮫打・・・と解説にある。
 
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 (再掲載) 太刀 銘 筑州住 左 (号  江雪左文字) ↓ 
 

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  ↓ 階段でロビーにくだる。 三階を見上げる。
 室外にイスはあるが、出てしまうと受付を再度通る必要があるので、鑑賞の途中で、室外に出て休憩できるのかが、解からない・・・。よって、腰が痛くともずっと鑑賞していた。あー、座りたかった・・・(けどソファに空きが無かった・・・。)。

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 1階に戻る。

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 ロビーにあった旧両国公会堂の写真パネル。

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 昨年の展示でも同様に感じたが、インターネット通信を媒介とするゲームでのブームには、何か危うさを感じた。新規のファン層が広がることは、文化財の保護、古文化の振興にとっては、大変望ましいことだが。
 オンラインゲームというどこで誰とつながるかわからない世界・・・。刀剣のゲームにはまっているのは、まじめそうな、一途な女の子が多い。
 「ファミコン世代」のボクとしては、明らかに昨今のゲームプレイ層は私達の頃とは違うと感じる。ここでの展示の見学者達を見てもまじめそうな、一途な女の子が多いのは明らかだ。(別に悪いといっているのではない。)しかし、文化財が展示されている室内で、他の来館者は全くスルーして、ひたすらおしゃべりを続けるいい歳の女性達もいる・・・・。
 オフ会や、オフラインでの個別のコンタクトなど、インターネットを媒介とする通信ゲームでの匿名性の高い仮想世界での最初の繋がり(ファーストコンタクト オブ ヴァーチャル ワールド)に起因して、実際に会ったことによる何らかのトラブル(real metを契機とするリアル トラブル= 何れも私の造語)が現実(マジ)世界で起きはしないかと懸念をしてしまうのは、私だけだろうか。

2019年1月 刀剣博物館 企画展「筑前左文字の名刀」 鑑賞3 

 2019年1月 刀剣博物館 企画展「筑前左文字の名刀」 鑑賞3 

 今年最初の都心部の博物館関係へのお出かけだ。
 刀剣博物館は二回目の訪問である。

 
 展示はリスト通りの順番に並んでいるので、わかりやすい。

 企画展「筑前左文字の名刀」のチラシ拡大 ↓

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 重要文化財 短刀 「銘 安吉」(やすよし)(名物 日置安吉) この短刀は岡山藩の家臣 日置家のものという。日置(ヘキ)家は備前岡山藩主 池田家の重臣で万石以上の禄高の筈。よって大名クラスである。確かに岡山には日置(ひおき、へき)という地名があったな。
 元々は、日置家の所有で、のちに金沢の前田利常の所有となった。代々前田家に伝わった。重臣 日置氏は他大名家から主家池田家のある刀を「譲ってくれ・・・・・」と言われても同意しなかったという。
 この「名物 日置安吉」は「備前の長船の(名刀工)兼光をほうふつとさせる」作品と言う解説がある。
 のち、明治時代の鑑定家 今村長賀の手に渡り?、鑑定して、岩崎(弥之助)家に所有されたという。現在は岩崎弥之助の文化財を保有する静嘉堂文庫美術館の所蔵。
 チラシにも写真掲載があるが、根本から投信の真ん中は、小乱れというか、波をうつ刃文。そして、刃先の刃文が太くなっている。どこか、どっしりとしている刃文と感じた。

 平ガラスケースに、同じく重要文化財 「左安吉」(さのやすよし)の短刀の展示があった。日置安吉の作者と同一人物かは不明。所蔵は「犬山白帝文庫」とある。つまり、犬山城主であった尾張附家老の成瀬家伝来の刀剣の展示である。
 刃文は忘れたが、刀身に不動明王の持っている刀の刻みがある。
 
 向かって、左手の長辺のガラスケース内(順路でいうと、第三コーナーの長い展示ガラスケースというのだろうか?。)に「国宝 短刀 銘 筑州住行弘」土浦市立博物館所蔵があった。
 茎のなかほどに「筑州住行弘」と刻まれている。行弘は左文字の高弟にあたる1人という。作品に太刀は少なく、ほとんどが短刀だそうだ。
 年号は展示では見えないウラにあるそうだ。観応元年なので、南北朝の時代である。「年号、1350年の年紀が刻まれているのは貴重」という解説文。
 一昨年のふくやま美術館で「見た気分」になっていたが、展示期間の関係で見ていない。私が福山で見たのは、太閤秀吉ではなく、家康など徳川家由来の国宝刀剣群だったようだ・・・・。
 先は、やや湾曲している刃文だ。「色が明るい」とも書いてある。確かに刃文の色が明るい、ライトシルバーといった感じ。「・・・左文字の大成後の刃文の柄・・・」という。「内反り」といって、反っていない。背が刃の方向にやや丸まって曲がっている。
 「土浦藩土屋家旧蔵」と由来が書いてある。よって、現在は土浦市立博物館の所蔵。
 しかし、解説文には「中世以降、筑前派は姿を消した・・・」と書いてあった。
 よって現在の五箇伝にも筑前は入っていない・・・・・。筑前の作刀技術は継承されなかったようだ。その後の筑前など九州の刀工についての展示解説があったのかは忘れた・・・。

 企画展「筑前左文字の名刀」のチラシ拡大 ↓


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 値段が書いてあるという刀剣の展示があった。 「太刀 銘 吉弘」 東建コーポレーション所有
 文化財指定は無いが、ここ刀剣博物館の指定であろうか特別重要刀剣と展示リストには書いてある。
 本阿弥光忠の「折紙」によると「金子 参拾五枚・・・」と書いてあるそうだ??。小判で35両でろあうか。
 (記憶違いかもしれない。拝領品の附け書きに値段は書かないと思うし、別の作品だったかな。)

 岡山藩の池田継政に、徳川吉宗から授けられたと書いてあった。片諱を受けたのは、一代前の家継からであるが、実際に当主になったきとは、吉宗の時代だった。だから、吉宗から拝領したのであろう。
 隣に「短刀 銘 吉貞」 東建コーポレーション所有も展示がある。水戸徳川家から伝来と書いてある。
  
 あとは、ざっと見たが、平ガラスケースに、先日に行った松山の松平家伝来の刀剣の展示があった。「久松家伝来」と説明には書いてある。
 「短刀 銘 国弘作」 27cm 反り0.5cm ほぼ、反りが無い短刀。東雲神社所有。
 茎の下に「国弘作」と銘が刻んである。茎は、すりあげ(用語を覚えてきたぞ)しているのか、短い。つまり、もつ所が短い。刃文は細い、ほぼ真っ直ぐだ。すうっとしている、刃文。刀身にはキズのような文字が刻んであった「併」のような「丼」のような文字。梵字だろうか。不明だ。

 




 2019年1月 刀剣博物館 企画展「筑前左文字の名刀」 鑑賞2 

 2019年1月 刀剣博物館 企画展「筑前左文字の名刀」 鑑賞2 

 今年最初の都心部の博物館関係へのお出かけだ。
 刀剣博物館に向かった。二回目の訪問である。


 国宝 太刀 銘 筑州住 左 (号  江雪左文字) 小松コレクション(ふくやま美術館寄託)を見た後、展示室内の広いに場所に出る。長方形の室内を見回すと、前回に比べると人は少ないかな・・・。やや「ほっ」としたかんじになった。前回は混雑していたし、撮影ができる刀剣が多かっので展示ケース前で人が滞留して難渋したし。

  ↓ 刀剣博物館入口 2019年1月撮影。 


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  順路最初の展示品は「短刀 銘 良西」。展示リストの番号は1番である。良西は、「筑前派の祖」と作品解説文にある。だから、最初に展示されているのだと理解した。
 短刀といっても、他の短刀と比べても小さい。長さは22cmであるが、こぶりな小さい刀だ。

 3番目の展示に 短刀 銘 国吉 国の重要文化財指定。(筑前、つまり現在の福岡県の福岡市博物館所蔵であった。) 銘 国吉の短刀は、同じ短刀でも 銘 良西よりもおおきい。
  国吉は、1番目の展示の良西の子という。しかも、西蓮(サイレン?)という法名を持つという。国吉が出家した後の法名が西蓮というのだ。
 重要文化財指定の太刀も展示がある。銘は「筑前国博多談義所 国吉法師西蓮」と刻まれている。厳島神社所蔵。 この太刀は、広島藩の家臣 岡田家に伝来したものという。いつの時代か忘れたが、広島 浅野家領内のの代表的な神社 厳島神社に寄進されたものだろう。解説の文章には「匂・・がややうるんだ刃文・・・」と書いてあるが、難しくて理解出来ない。刀身の真ん中や先端付近には、湾曲した刃文がある。「湾」のたれととうのか、私は小乱と思ったが、違うようだ。「博多談義所」という場所があり、そこの出家した法師 西蓮、出家前は 国吉 の作という意味の銘だろうか。まさに「筑前 博多」の刀工であることがわかる。当時の博多は、商業都市で、権力をもった領主の直接統治ではなく、一種の自治都市、自由都市のような存在ではなかったか。
 他にも西蓮の銘の作品が展示されていた。

 続いて順番に見ていく。
 重要文化財指定 太刀展示 銘「元弘三年六月一日 実阿作」 熱田神宮 所蔵。日付まで入っている太刀という。網直刃というのか、刃文はまっすぐである。鎌倉時代の元寇があったころの作であろうか。刀身の部分にも銘があり、刀身切付銘というらしいが、「文禄×年×月・・・・松下小一郎守勝 奉寄進熱田大神宮・・・・」とある。後世、秀吉の時代に松下氏が熱田神宮に寄進した由来が刻銘されているようだ。
 名前が松下小一郎なのでかつての秀吉が青年期に仕えた、松下家の人かな。秀吉の出身地に近い、熱田神宮に寄進したのだろうか。「実阿」も出家した僧、時代が近い、快慶のような仏師のような名前であるが、西蓮の子という。

 展示はリスト通りの順番に並んでいるので、わかりやすい。
 国宝 短刀 銘 左/筑州住(号  太閤左文字) 小松コレクション(ふくやま美術館寄託)があった。
 京都国立博物館の展示リストを復習すると、2か月前に京都国立博物館の特別展「京のかたな」で見ているのだが、すっかり忘れている
 一昨年のふくやま美術館で「見た気分」になっていたが、展示期間の関係で見ていない。私が福山で見たのは、太閤秀吉ではなく、家康など徳川家由来の国宝刀剣群だったようだ・・・・。
 解説には「・・・互いの のたれ? の目を交えて・・・・」とあったようなー・・・・。私が実見するところやや湾曲している刃文だ。「浜松藩の井上家に昭和時代の初めまで伝来していた・・・・・」と由来も書いてある。その後、実業家が恐らくは購入し、このときか、更にのちの時代に同じく実業家の小松コレクションの一部となったのだろう。
 茎(なかご)の下に「左」と一文字のみ、銘が判読できる。
 拵も横に展示されている。国宝の「附(つけたり)」指定になっている。唐草文様のある、さやであるが、金色の三つ葉葵の文様がある。金箔をまぶして制作しているのだろろう。浜松藩 井上家は老中も務めている譜代の家柄。徳川吉宗などの時代にも老中を務めている当主もいたはず。よって、老中の井上氏の功労のねぎらいに徳川将軍から拝領したものではないか?。 

企画展「筑前左文字の名刀」のチラシ拡大 ↓

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 ↓ (再度掲載) 太刀 銘 筑州住 左 (号  江雪左文字)
 

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2019年1月 刀剣博物館 企画展「筑前左文字の名刀」 鑑賞1 

 2019年1月 刀剣博物館 企画展「筑前左文字の名刀」 鑑賞1 

 今年最初の都心部の博物館関係へのお出かけだ。
 
 ※ まずは、神社で初もうで。国宝の刀剣の展示も見た。国宝の刀剣は季節ごとに定期公開されるようなので、記事は後日とする。
 「ももてなし家」での食事の後、刀剣博物館に向かった。二回目の訪問である。

 電車にて両国駅へ。駅を降りる。国技館の前を通過する。既に初場所が始まっているためか、付近は混雑している。人が歩道にあふれている。力士たちは館の敷地内に入ってから、送りの車で降りるのではなく、車道、歩道の脇に車を停めて敷地内に入るようなのだ、それを待ち構えているらしいのだ・・・・・・。
 事情がわからない私は人ごみを避けながら、歩道を歩いて博物館の方向へ。首都高の高架に沿って歩く。人ごみを抜けるとホッとした。と目の前に旧安田庭園の入り口があらわれる。今回は、園内は通らずに園の横の塀沿いに博物館へ歩道を歩いて向かった。
 旧安田庭園に来るのは、すっかりおなじみすみ(済み)だ!!??。ええーとここは「すみだ」く(墨田区)・・・。

 

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 刀剣博物館のコンクリート打ちっ放なしの真新しい建物の内部に入る。

 ↓ 刀剣博物館入口 2019年1月撮影。 12月に撮影した画像と区別はつかないが・・・。

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 1階のロビー、先日も来たが受付のハイテーブルで入館料金の1,200円を支払う。
 最初は「千円札1枚なので、ちょうど支払いやすいなあ。」と千円札1枚を用意していたのだか、今回は「1,200円」と言われた。ボクは、慌てることなどはせず、冷静に200円の小銭を取り出して支払ったのであった
 今回は企画展「筑前左文字の名刀」なので所蔵品以外の他の館所蔵の貸し出し品の展示も多数あるから、前回の1000円ちょうどではなく、観覧料金が違うようだ。

 ロビーやその先の休憩スペース、受付そばの売店には、刀剣女子の若い女の子達がいる。しかし、前回、昨年末の訪問時ほど混雑はしていない。今回も「展示室は3階です。」と言われ、係員に指示された通りにエレベータで3Fにいく。

 今回の企画展は「撮影禁止」との表示がある。展示の室内に入る。展示室入口のカウンターで再び入館券を見せて、半券は回収される。ここには、前回と同様初老の男性係員2名がいて、半券をちぎって回収している。昔からの刀剣博物館の職員といった感じ。カウンターの上には「日本刀鑑賞の手引」である「日本刀の基礎知識」の新しいパンフレットが置いてあった。上質紙のカラー印刷である。係員から「どうぞ」と言われたので、頂いた。
 入室する。と、受付の廊下の先の正面、展示室第一のガラスケースには、国宝の刀剣の展示があった。
 
 太刀 銘 筑州住 左 (号  江雪左文字)であった。小松コレクション(ふくやま美術館寄託)であった。
 他の美術館保管の作品であるにもかかわらず、この展示だけは撮影可能であった。一昨年(2017年)の秋にふくやま美術館を訪れたが、太刀 銘 筑州住 左 (江雪左文字)は展示していなかったとおもう。
 刀剣は名称似ているし、区別がつきにくいので、どれを見たか見なかったのか、判別が難しい。反対に「あれっ、これ見たぞ。」と誤解してしまうことも・・・・。
 皆、かたまって撮影をしているので、入り込むスキがない。
 その拵(こしらえ)が横に展示してあった。

 太刀 銘 筑州住 左 (号  江雪左文字)の拵 ↓ 黒漆研出鮫打・・・と解説にある。
 黒い漆と鮫皮で・・・・という工芸手法であろうか。
 
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 太刀 銘 筑州住 左 (号  江雪左文字)
 刃紋の幅が太い。なかほどの下に一部波を打つような刃紋(刃文)があって、その先はスーっとほぼ真っ直ぐのような。受付にあった「日本刀の基礎知識」によると「湾れ(のたれ)」の刃文なのかな?。
 先端にキズがあったのが、見えた。画像には写っていないが、キズがあるのだ。(だから、何だというのか、オレは理解していないが・・・。)
 そもそも「刃紋」なのか「刃文」なのかも未だに理解していない・・・。

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 ↓ 太刀 銘 筑州住左 (号  江雪左文字)  茎の拡大。
  銘は一番下の部分、穴の下側に「左」とあるのが見える。あとは、判別できない。丸い穴がいくつもあいている。

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 国宝を見た後、展示室内の広いに場所に出る。長方形の室内を見回すと、前回に比べると人は少ない・・・。「ほっ」としたかんじになった。前回は混雑していたし、撮影ができる刀剣が多かっので難渋したし。



2018年12月 刀剣博物館 企画展「諸国漫遊-多彩なるお国拵と日本刀5ヶ伝を巡る旅」 鑑賞1 

 2018年12月 刀剣博物館 企画展「諸国漫遊-多彩なるお国拵と日本刀5ヶ伝を巡る旅」 鑑賞1 

 2018年、平成30年は12月に入った。恐らく、今年最後のお出かけかな。
 刀剣博物館に向かった。刀剣「美術館」ではない。初めての訪問である。以前は、代々木にあったが、東京は墨田川の東の両国に移転した。代々木時代は、明治神宮にも程近い、参宮橋が最寄駅であったようだ。「ポニー公園」などに子供を連れて来たこともあったが、実は刀剣博物館とも近かったらしい・・・・。
 
 今年(2018年)は、京都国立博物館での特別展「京のかたな」にも行った。もっと早くに刀剣に興味を持てばよかった・・・。遅すぎたよ「刀剣男子」としてのデビューが・・・。 

 電車にて両国駅へ。駅を降りる。国技館の前を通過して、博物館の方向へ。首都高の高架に沿って歩く。と目の前に旧安田庭園の入り口がある。無料であったので、園内を通って博物館に向こうことにした。
 旧安田庭園に来るのは、久しぶりだ。

 

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 この日の14:25頃、公園内を通過した後に博物館に入る。

 刀剣博物館の建物は、庭園のすぐ横にあった。かつて、同じ場所にあった旧両国公会堂のオレンジ色の外壁ではないが、丸い尾根の目立つ、コンクリート壁の建物。
 ただし、庭園から博物館には直接には入れない。一旦外に出る。しかし、庭園と博物館の敷地を結ぶ、新しい通路、通用門までできている。
 丸い屋根が特徴的な旧両国公会堂の建物を改修して建築したのかと思っていた・・。しかし、目の前の刀剣博物館の建物はコンクリート打ちっ放なしの真新しい建物・・・・。
 大改装は誤解であり、一旦解体して、新築したのだと理解した。

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 内部に入る。1階はロビーだけのようだ。真新しい建物。受付のハイテーブルと小さい売店、休憩コーナーがある。刀剣に関する紹介コーナーがある。
 受付で入館料金の1000円を支払う。千円札1枚なので、ちょうど支払いやすい。若い女の子が受付にいる。まさに刀剣女子を採用したのかと思う係員。もう一人の女性係員は30歳以上かな。いずれにせよ、刀剣女子世代だ。「展示室は3階です。」と言われる。
 売店は書籍の販売が中心だったような。 昔の図録 「〇〇集大成」というタイトルだったか忘れたが、値段は55000円くらいの書籍もあった。

 展示室は、1Fにはないようだ。係員に指示された通りにエレベータで3Fにいく。
 展示の室内に入る。ここで入館券を見せて、半券は回収される。ここには初老の男性係員がいて、半券をちぎって回収している。昔からの刀剣博物館の職員といった感じ。
 入室する。と、人が多い・・・・・・・。「えっ、こんなにいるの??」というかんじ。室内を見ると全部の展示品のガラスの前に人がいるくらいの入館者数・・・・。
 展示室は、3Fの1室のみであった。長方形をしている。
 展示室の中ほどの平展示ケースには、拵(こしらえ)や鍔などが展示されている。
 刀身のみは、撮影可能だった。しかし、刀身以外の刀装具などは撮影禁止。
 鍔は「金工」のジャンル。鍔の技術は、薩摩などでも発達したそうだ。庄内でも栄ええたそうだ。説明では「酒井氏が(庄内に)入部したから」刀装具などの金工技術が発達したということが書いてある。


 壁側のガラスケースを展示室の入口に近い方から、順番に見て行く。最初は「拵」こしらえの展示である。最初のガラスケースの展示コーナーの半分弱くらいのスペースを拵が占めている。これらの「こしらえ」などは撮影禁止だ。
 この夏に訪問した庄内の致道博物館所蔵の 拵 (こしらえ)が二点展示してあった。

 ↓ 刀剣博物館入口とロビーの様子。

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とちまるシヨップ 栃木県アンテナシヨップ (東京スカイツリータウン内)

 2015年5月5日 
 
 栃木県のアンテナショップは銀座周辺の『アンテナショップ街』にはありません。東京スカイツリータウンの内部にテナントとして入っています。栃木から東武鉄道の特急で一直線に来ることができるからです。
 テナントのため、どこにあるのかやや分かりにくいです。『このお店』と目指しても、サカイツリータウンの構造上
ひし形をしており、方向感覚が無くなってしまいます(笑)。
 エスカレータの脇にあります。ベンチも近くにあり、アイス(ジェラート)を食べているお客さんが多いです。
女性客も多いです。女性に支持されないとお店は栄えませんからね(ニッコリ)。

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 お店の全面には「いちご」を出しています。「とちおとめ」が有名ですからね。「日光」とともに栃木ブランドのひとつです。いろいろ名産品がありますね。栃木県には!。
 露光が不足して、暗く写ってしまいました・・・・。「とちまるシヨップ」の看板です。

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 写真にも写っていますが「牧場ジェラート」コーナーが充実しています。ソフトクリーム機が一個だけあって、コーンかカップをマシンの(ソフトクリーム)噴出口の下に入れ「巻き巻き」して造る簡易な商品ではありません。種類も多く、おいしそうな感じが伝わってきます。牧場といえば「那須」です。
 ここで食べたいな、と思いましたが、子供が別の店に行くというので、ここでは食べることができませんでした。
そう、例の辻利の抹茶ソフトを食べたからです。またの機会にここで食べたいと思います(笑)。

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2015年「世界の名酒とグルメ博」 in 東京スカイツリータウン

 2015年5月5日 

 東京スカイツリータウン
   
 4階部分というのでしょうか、ツリー(つまり「塔」!! への入場フロア)の広場では、イベントが開催されていました。

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東京スカイツリータウン ソラマチ (とアイスクリームコレクション)

 2015年5月5日 

  「大 関ヶ原展」のあと、地下鉄を乗り継いで東京スカイツリータウンにやってきました。
 到着したのは、日没が迫る時間帯です。夕焼けがまぶしいです。ちょうど太陽が西の方向へ沈んで行きます。
雑居ビルの向こう側に太陽が沈んで行くというのが、いかにも東京の下町、墨田!って感じですかね(笑)。
  
  ↓ ああ、墨田川の向こうに日が沈む。

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 西とは反対側、というか北方向でしょうか。東武線の駅です。北千住から列車がやってきます。東武の特急でしょうか?。日光とスカイツリータウンはまさに一直線で結ばれています。

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 押上駅からの入り口方面。水族館入口も近い!?。

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 エントランスです。


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一足先に夏を彩り。アイスクリームコレクションを実施していました。全部を食べることは到底不可能なので、一個でけ食べることにします。スタンプラリーで集めれば特典もあるよう!?ですが、とても集まりそうにないので早々に諦めました。
 

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 子供のお目当てはここ。「祇園辻利」です。あらかじめ、(スマホで)リサーチ済みだったのです。
ウチの子は勉強はせずにスマホばかりです(苦笑)。


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 なんでも子供に言わせれば、東京ではここにしかないとりこと。京都でも昨年の秋に行った、八坂神社(つまり祇園さん)の前と京都市内に一軒あるだけ?で(ネットで調べれば分かりますが・・・笑。)、「希少価値」が高いのだそうです。
 昨年の秋の京都訪問時は暑い日だったので、「秋」とはいえず晩夏といった日でした。「儀兵衛」の行列に気を取られて、「辻利」には気付きませんでした。京都でも食べておけばよかったです。気温で比較すると5月の連休中のこの日と10月下旬のあの日とでは、10月の京都の方が暑かったです。
 ここ、ソラマチ内のお店の前は列ができていました。そして、抹茶ソフトを食べました。当たり前ですが(笑)。
 上の写真では空いていますが、たまたまで私達が買う前は行列、外の見晴がよい座るスペースも人でいっぱいでした。


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東京スカイツリー① 下から回廊に登るまで

 スカイツリーが開業したのは、昨年の「金環日食」の次の日でした。それから一年半、今さらながらの「初訪問」です。事前予約はしていません。今日は晴れているので、「景色もよいだろう」と思い、この日に行くことにしました。よくよく考えると、ずいぶん前に予約しておいて、当日、雨、雪、霧などで眺望がきかない場合は、どうすればよいのでしょうか・・・・。
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 自宅から車で出発。首都高湾岸線を通り、羽田空港、お台場を通過。一旦、戻るような形で、箱崎から両国方面へウネウネ、首都高を走ります。駒形ランプで首都高を降ります。首都高走行中からスカイツリーが見えているので、方向を迷うことはありません。(もちろん、よそ見は禁物です。)
 到着は午前8時過ぎ。スカイツリータウンの地下駐車場にもぐるように入庫していきます。意外なことにすいていました。しかも、私達の車は本日の入庫、五番目~十番目くらい。ほとんど最初に入庫した車のうちの一台でした。
 地下からエレベータで上に行きます。入口のフロアで降り、チケット売り場をめざします。入場券を買うための行列です。整理券はまだ配布ではありません。
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余裕があるように見えますが、実際は行列です。

チケットを買うまでの写真は省略。
エレベータで上がります。速い。
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回廊に着きました。エレベータを降りてすぐに江戸の屏風絵の複製があります。すでに多くの人が登っています。
皆「わ~すごーい!!!」と歓声です。

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早速、窓で写真をとっています。
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上の天空?回廊のチケット売り場へ走ります。(走ってないですけど。つまり急ぐってこと。)



















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りょうげつ

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