良月(りょうげつ)の たび日記

神奈川県 湘南地区在住。折口良月(おりぐち りょうげつ)の神奈川、東京、静岡、山梨、長野など関東近郊地域への行楽、外出。美術館、博物館めぐり。その他国内旅行などお出かけの記録。

滋賀(湖東、彦根周辺)

 

彦根~米原~名神高速へ (帰路) 滋賀のたび回想

2014年11月24日

 平成26年 錦秋の三連休のたびを終えました。彦根、松原下屋敷(お浜御殿)庭園を後にして、再び車に乗ります。琵琶湖岸の道路を経由して、米原方面に出ることにしました。彦根インターでは戻るにいな感じになり、しかも混むと思ったからです。
 庭園のすく近くに「近江ちゃんぽん」のチェーンのお店がありました。すでに昼過ぎです。ここで昼食はせず、炉名神高速へ向かいます。早く岐阜からら愛知に入り、渋滞で混む前に通過しようとする心算です。
 庭園の近くには松原水泳場もあり、松林が続いています。「鳥人間コンテスト」でもおなじみですね。


 DSC01331米原の手前の田園地帯。北、琵琶湖方面のはずですが、水面は見えません。





















 同じく、米原の手前から伊吹山方面。ピンボケです。

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 滋賀を去り、帰途につくにふり、今回のたびの回想です。
 心残りは・・・・、断片的に書きましたが、
 愛知川の和菓子屋さん、近江ちゃんぽん(上記のとおり松原にもあったのですけどね)、木之本の「サラダパン」 など「滋賀 グルメ」です。(笑)


  (既出)彦根港とその駐車場。琵琶湖のほとりです。
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 思い出の「ひこにゃん」。渾身の舞いです(笑)。 既出とは別の写真です。
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 無事、名神道に。すぐに岐阜県に入り、関ヶ原付近を通過します。

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旧彦根藩松原下屋敷(お浜御殿)庭園 特別公開 散策続編

2014年11月24日

 平成26年秋 国指定名勝 旧彦根藩松原下屋敷(お浜御殿)庭園 特別公開。

 順路の奥まったところです。「順路」と書きましたが、観光コースのようには完全に整備されていません。空き屋敷となった建物が並んでいます。
 下の写真は、外から見えた蔵とは別の蔵のようです。明治時代は、当時華族であった井伊伯爵家の財物を保管していたのでしょう。
 
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 何か説明の看板があるぞ、と近づいてみました。
 すると「公園はここまでです。」との告知でした。
 ケヤキと思われる木々が黄色美しく色づいています。南の方向にあたります。自動車の通る音が聞こえてきます。
 この蔵の裏には、昔なんと「船屋形」があったのです。

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 左は、蔵の一部とかつての住居と思われる建物(右)。

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 池の跡に迫ってみます。南の池の奥まったところ。葦やヨシとみられる湿地性植物が植生しています。
ぬかるみには注意です。

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 一番上の写真と同じ建物を角度を変えて撮影。奥は蔵です。石燈籠もあります。
 かつては座敷前の庭を照らす役割をしていたのでしょう。庭石や燈籠石の破片が点々と置いたままになっています。二百年以上は前のものと思われる石材もあると思いますが、壊れた後は補修等の維持、管理されておらずそのままになっています。惜しいことです。屋根の瓦も蔵の前に置かれたままになっています。


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 上の写真とかぶりますが、南方向。この先の右にも池にかかる橋があったことが『解説シート』に記載されている古地図で分かります。橋げたの礎石は、写真ではよく判りませんがわずかに確認・・・できませんね。撮影したポイントより先に入ることはできないため、このアングルからが限界です。古地図によると、この庭園に橋は二個ありました。
 庭園や池の跡はかなり奥行があります。写真中央の奥まで水面は広がっていたと推測されます。岸に配置されていたと思われる石も点々としています。実は、『解説シート』によると下の写真の右側の丘(紅葉している木)の更に右方向には、水路がありました。船屋形もあり、玄宮園などへお城の中堀、内堀とつながっていて、舟で行き来できたとのことです。
 写真の奥は、(写ってはいませんが)湖岸道路であり、車が通る音が聞こえています。
 実は江戸時代の古き庭園でも、いつまでも静寂とはいきません。現代化はすぐ敷地の隣に迫っています。

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 庭の南から北(琵琶湖方向)を見る。うーん池の水が無いため、どこまでが水面でどこまでが岸か
分かりません。護岸の庭石や白洲を表現していたばすの玉砂利もあった筈なのでしょうけど、失われてしまったのか、元々無かったのか・・・。

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 池の端の方まで行き、再び「書院」前まで戻ってきました。
 紅葉したモミジがまるで屋根をつくっているかのように覆いかぶさっています。

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 庭園を去る前に、もう一度書院前の庭園正面を見る。

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見学者の人数は、私達が入場したときに、先に二、三組いました。先客が、いなくなったあと一時私達の貸し切り状態になりましたが、程なくしてあとから数組の見学者が入場してきました。駐車場に戻ると私達が来たときよりも停まっている車は増えています。 数は多くないが、切れることなく入場者があります。昼食の時間帯に訪れたので、他の時間帯よりは、入場者が少なかったかもしれません。

旧彦根藩松原下屋敷(お浜御殿)庭園 特別公開 散策

2014年11月24日

 平成26年秋 国指定名勝 旧彦根藩松原下屋敷(お浜御殿)庭園 特別公開。

 
 玄関の脇を通り抜け、奥の庭に出ます。
 たしかに水が抜いてあります。だまだ整備は途上のようです。大名庭園というよりは、個人の邸宅の広い庭のような印象を受けます。 

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 庭園の正面から方向を変えて南東方向。この先には池にかかる橋があったことが松原下屋敷(お浜御殿)の『解説シート』に記載されている古地図で分かります。橋げたの礎石と思われる石がわずかに確認できます。

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 歩みを進めて木々の下へ。かつての燈籠や石上の跡です。その先には橋の遺構が・・・。
 橋は木でできていたのでしょうか。そのため礎石以外は失われているようです。

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 庭の南から北(琵琶湖方向)を見る。うーん池の水が無いため、どこまでが水面でどこまでが岸か
分かりません。護岸の庭石や白洲を表現していたばすの玉砂利もあった筈なのでしょうけど、失われてしまったのか、元々無かったのか・・・。

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 上の写真の先は琵琶湖です。昔は水路で繋がっていました。先ほど受付のテントでもらった松原下屋敷(お浜御殿)『解説シート』に記載の古地図でも水路で琵琶湖と接続している様子が分かります。淡水の「汐入」形式の池を持つ庭園だったのです!!。
 海水の「汐入」形式の庭園は他にもあります。旧浜離宮庭園や和歌山の養翠園などです。その写真は・・・ぇっ~と見当たりません。(笑)

 先に「回遊」した玄宮園で入手した「解説シート」にもありましたが、松原下屋敷は玄宮園とも松原内湖を介して水路で繋がっていて、お殿様は舟で行き来することもできたそうです。優雅ですね~。
 『松原内湖は干拓で戦後埋め立てられた』そうです。
 どうやら、先に彦根城の本丸から見た球場や陸上競技場など住宅が無い地帯はかつての内湖だったようです。
 彦根の街はかつて水路が張り巡らされ、水運と水辺の風景に恵まれた、まさに『内陸の東洋のヴェネツィア』だったのですね。

 帰ってから彦根市などのサイトで調べたのですが、松原内湖は彦根城の東面、本丸、天守閣から見ると米原方向に広がっていました。湖の様子を「CG」で再現しました。(随分とコ汚いCGですが・・・・。)
 玄宮園は内湖と隣接していたことになります。
 内湖の水の色は、青い色というよりも玄宮園の池の水のように緑や茶色がかかっていたかもしれません。
 ↓ 松原内湖復原CG(微妙ですが・・・・。)
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旧彦根藩松原下屋敷(お浜御殿)庭園 特別公開

2014年11月24日

 平成26年秋 国指定名勝 旧彦根藩松原下屋敷(お浜御殿)庭園 特別公開。

 特別公開用に開放された駐車場に車を停めます。。お屋敷の隣接地の空地です。数台の車が停まっています。先ほどの彦根城周辺と異なり、人はいません。静かです。 
 庭園の入口には案内の看板が出ています。特別公開は、無料です。写真には写っていませんが、入口の脇にはテントがあり、特別公開の主催者である市の教育委員会の職員であろう係の人が一人います。案内のパンフレットを受け取り、入場します。係の人に「庭園の水は抜いています。ぬかるんでいるので、池の中の水があつたところには入らないようにしてください。」と注意を受けます。



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 入口の横に連なる建物。かつての蔵です。 
 この建物だけを見ると、旧大名の下屋敷ではなく、地元の有力な一族のお屋敷ではないかと思います。
 先の記事の写真に写っている門柱に表札があります。文字は小さくて写真では判読はできませんが、縦書きで「井伊直愛」と書いてあります。なんと、旧大名家である井伊家の末裔にして元彦根市長の私宅でした。
 ようやく、この庭園が近年公開されるようになった理由が解かりました。江戸時代に造作された大名庭園とはいえ、個人の住宅だったので公開されるはずがありません。しかも市長様のお屋敷です。直愛氏が死去した現在では、井伊家は別のところに居住し、このお屋敷、庭園が文化財としての調査を受け、名勝指定され、年に2回のみとはうえ、公開されるようになったと理解しました。道理で外から見える建物も「生活感」があるわけです。
現代の住宅としても使用されていたのですから。
 付近は、琵琶湖のすぐ近くの住宅と畑、雑木林などが混在する地域。上の写真に写っている住宅の住人はかつては「市長のご近所さん」だったのですね。

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 玄関の門は固く閉ざされています。何年も開いたことが無いような、古めかしい雰囲気です。
 テントで受け取った『解説シート』には、「廃藩置県の後、彦根における井伊家の居宅はこの屋敷が用いられ・・・・」とあります。また「平成13年に国の名勝指定を受け、彦根市が管理団体となり庭園の維持管理を図るとともに、公有地化に努めています。」とあります。現在でも井伊家の所有なのだと分かります。

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 玄関の脇を通り抜け、奥の庭に出ます。
 たしかに水が抜いてあります。だまだ整備は途上のようです。大名庭園というよりは、個人の邸宅の広い庭のような印象を受けます。
 『解説シート』によると明治22年に建築されているようです。しかし、途中、修理はしているでしょう。戦後昭和22年に解体された棟もあります。
 
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 池の正面を振り返ると、玄関奥につづく建物があります。雨戸が閉まったままです。かつても市長宅の広間だったのでしょう。庭園を観賞するのに一番よい場所です。
 写真右の建物の脇を通って、正面の門から庭に出る順路です。「順路」と書きましたが、木の枝の下をくぐり抜けるように通る箇所もあり、観光コースとして整備されていません。空き屋敷となった個人の住宅のお庭をこっそり見せて頂くようなイメージです。

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 正面の門から庭に出る「順路」。奥の建物が玄関棟、写真右手は先の駐車スペースの広い空地。

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 広間に続く棟。廊下でつながっています。台所などの建物のようです。トタン板の壁だったり、廊下の窓はガラスの入ったサッシですし、勝手口のドアはアルミですし、普通の戦後様式の住宅と変わりありません。戦後に補修、改修または増築??されたような感じです。
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 広間棟を横から見たところ。
 「順路」の看板に沿って敷地の奥に進みます。しかし、池の周囲を回遊することはできません。
池の手前から庭園を眺めるのみです。

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旧彦根藩松原下屋敷(お浜御殿)庭園 平成26年秋 特別公開 見学

2014年11月24日

 平成26年 錦秋の三連休 最終日。ここは滋賀県の彦根市。

 埋木舎を後にして、再び車に乗ります。車で内堀沿いの道から琵琶湖方面に出ることはできないそうで、一旦先ほどの中堀に抜け、バス駐車場の前を過ぎ、本丸から見えた陸上競技場方面へぐるっと迂回して、湖へ向かいます。
 信号待ちの時間を含めても10分ほどで琵琶湖沿いの道路に出ます。やってきたのは、松原地区。
 旧彦根藩松原下屋敷(お浜御殿)庭園 特別公開です。

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 湖岸道路は以前通ったことはありましたが、ここに大名庭園(お浜御殿)があるとは知りませんでした。
 が、少しばかりでも「土地勘」はあるので、場所はすぐにわかりました。(笑)
 本来土地勘は「土地鑑」と書くようですが、ここではわかりやすく「土地勘」とします。(笑)
 
 常時公開はしていません。国の名勝指定を受けたのは平成に入ってから。名勝指定地は、観光資源としても有用なのですが、なぜ今まで一般には知られていなかったのでしょうか?。
 毎年春は4月下旬から5月初旬のゴールデンウィーク期間に、秋は勤労感謝の日を含む期間にそれぞれ10日間程度の特別公開を行っているようです。彦根において春の特別公開といえば、現在工事中の彦根城博物館蔵「彦根屏風」。彦根屏風は毎年4月~5月のゴールデンウィーク期間を含む約1か月間に公開されているようです。春に「彦根屏風」とここ「松原下屋敷(お浜御殿)庭園」の特別公開に来ようと思っていたのですが、この1月(26年1月)、江戸東京博物館の「大浮世絵展」で図らずも「彦根屏風」を見ることができたため、このたび「秋の特別公開」は「彦根屏風」ではなく、「松原下屋敷(お浜御殿)庭園」にターゲットを絞って彦根を訪問したわけです。(笑)


 特別公開用に開放された駐車場。お屋敷の隣接地の空地ですがとても広いです。
 写真の左が琵琶湖、右が屋敷の林です。正面はマンションですね。
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 湖岸には「かんぽの宿」があります。
 
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 かんぽの宿の大津方面の隣には彦根港と駐車場が。
 竹久島などへの観光船もここから乗ります。写真には水面は写っていませんが・・・琵琶湖のほとりです。

 後日ですが、テレビ番組で「滋賀の旅」として、彦根港と遊覧船や彦根駅商店街近くの「近江ちゃんぽんの店」などが紹介されていました。 
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 庭園の案内看板。

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埋木舎(井伊直弼 青春時代の館) 見学

2014年11月24日

 井伊直弼 青春時代の館 埋木舎に入場します。モミジが美しく紅葉しています。
  前回、2009年8月の彦根訪問時は時間の関係で見学できませんでした。帰りの新幹線を米原から指定席の予約をしていたため、彦根駅での電車の時間も考慮して早めに移動したからです。しかも徒歩で。
 というより、お堀沿いの埋木舎の入口を見て、暑さでヘトヘトで「とてもあそこまで歩いていけない。どこかで休憩して彦根駅へ戻ろう・・・。」とヘバッたから行かなかったというのが本音です(笑)。

 さて、
 見学順路は写真左の木戸をくぐります。
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 木戸を入って振り返って撮影。

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 この屋敷を拝領した大久保氏についての展示。
 パンフレットにも記載がありますが、ここは個人所有とのこと。現在の所有者やその息子家族も紹介されています。特別史跡に指定されているので、個人で建物や庭、展示品などを維持するのはかなり大変でしょう。
 勝手に修理やリフォームなどはできないでしょうし。国から補助金も出るのでしょうが、何かで聞いたか文章で読んだか忘れましたが、補助金には限りがあるため、個人所有の場合、基本は自腹らしいですね。

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 茶室。東に面しています。

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 居間。家臣の長野主膳と対面をした部屋。

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 建物はL字状になっています。左が奥座敷。正面が表座敷と居間。

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 中に入ることはできず、各部屋にある展示を外から見る形式。
 説明によると直弼は、ここでお世話をする女性もいて子供を産んだ女性もいたとのこと。
 「300俵の捨扶持」、「部屋住み」の不遇な生活といえども、これだけのお屋敷を与えられ、側女もいて子供も生まれて、学問、和歌、武芸の生活・・・・と恵まれていいます。現代の一般庶民の私からすれば・・・・。
 そこで感想、「ボクは、これで十分です。一生部屋住みでいいです。」(笑)
 ただ、庶子が生きていて、嫡子に問題がある場合は「廃嫡」の是非などで「お家騒動」が勃発することがあったり、その場合は「部屋住み」といえど「お命頂戴」などとなることだってありえます。だとすると、「部屋住み」は気の休まるヒマもありませんね。案外・・・。

 「部屋住み」は正式に「正室」というカタチで祝言を挙げるなどはできなかったのでしょうけどね。一家の当主や若君でないと「祝言」を挙げることはできなかったのでしょう。もっとも、封建時代、現代の一夫一妻制や夫婦とは違ったあり方だったのでしょう。
 ボクだったら「祝言は挙げることができなくてもいい、部屋住み保証一生。」の道を選びます。(笑)

  建物の南面の庭。この周囲の雑木林も藩のお屋敷の敷地だったようです。
 見学はここで行き止まり、元来た方へ戻ります。

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埋木舎 彦根 井伊直弼の寓居跡へ。

2014年11月24日

 「玄宮園」を出ました。駐車場はすぐ隣です。もう一度駐車場を過ぎ、お堀のほとりの道を歩いて次は、城の外に向かいます。やって来たのは「埋木舎」(うもれぎのや)

 建物の正面。昔は玄関だったのでしょう。
土間の部分のみ入ることができます。板の間の部分に展示品があります。

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 埋木舎への順路から。
 玄宮園の横の駐車場に停めています。すでに満車です。出る車を待つ以外にはここに停める方法はありません。当たり前ですが(笑)。

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 櫓の外に出ます。外の堀に出ます。いわば「外堀」ですが、地図を見るとこの堀は「中堀」とあります。外堀は、もっと外郭にあったのでしょうが、現在では埋め立てられたり、周囲が住宅地化されたり、観光スポットから離れているので私達観光客は「中堀」を「外堀」と勘違いしてしまいます。
 ↓ 埋木舎の入口が見えます。

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 埋木舎へ向かって白壁沿いを歩きます。道は狭く一方通行です。柵がないので堀に落ちないようにしましょう。

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 中堀のほとりで振り返ります。前回は櫓の中にある資料館を見学しましたが、今回は割愛です。


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 埋木舎の前まで来ました。堀が曲がって広くなっています。堀が琵琶湖方面へ続いています。
 中堀の内側は先の玄宮園、外側(写真左)は住宅地化しています。

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 入口の門を入り、入場券を買います。
 と券売り場で女性観光客が売り場の人(年配の男性)と会話をしています。女性は一人旅のようです。年齢は40歳以上でしょう。スーツを着ているので観光客然としていなく、しかも茶髪で派手な感じで目立ちます。黒や紺の地味なスーツではなく、生命保険の営業の方がよく着ているような感じのスーツです。
 男性「どちらから来たのですか?」女性「東京からです。」。男性「いつ来て、(連休は今日までなので)いつ帰るのですか。」のようなことを聞きました。女性「二泊三日で来て(ずっと彦根というわけではないようです。)、今日帰ります。」
 係の男性も自分よりずっと年下の女性、しかも秋の行楽シーズンの休日、三連休に一人なので気になって話かけたのでしょう。ちなみに私が券を買っても何も話かけられませんでした。(笑)

























































 

玄宮園(名勝 玄宮楽々園) 回遊記続き

2014年11月24日

 名勝 玄宮楽々園のうちの「玄宮園」です。
 ささ、玄宮園の池のほとりを歩いて「玄宮園十景」を回遊しています。(本稿では「見学」とせず、敢えて「回遊」としています(笑)。)

 池をぐるっと回遊して、「玄宮園十景の六」、「鑑月峯(かんげつほう)」の少し先のあたりの池のほとり立ちます。目に入るこの風景。手前には、池の中に置石、正面奥には池にせり出て建つ「臨池閣」。その左の陸の上には茶室である「鳳翔台」があります。この風景もまた数百年間変わっていないのではないでしょうか。
 

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 アップで撮影。その代り、「鳳翔台」が写っていません。(笑)

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 「玄宮園十景の三」、「龍臥橋」の上から歩いてきた方向を振り返ります。写真右の松の木の奥が「玄宮園十景の六」の「鑑月峯」、私が(勝手に命名した)「鶴亀島」には橋がかかっています。鶴亀島の木々に隠れている辺りが「玄宮園十景の八」の「涵虚亭」跡です。
 写真では、池の水面に反射して光って見にくいですが「玄宮園十景の十」、「鶴鳴渚」も望むことができます。

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 橋の上から反対側を見ます。南の方向。庭園の「東口」や駐車ば方面です。写真左の紅葉しているモミジの奥が「玄宮園十景の五」の「薩垂林」と思います。見落としてしまいました・・・・。ただし、「垂」の字が違いますが・・。
 と、写真をよくよく見てみると、太陽が池の水面に反射しています。時刻は正午前です。南中時刻に近いので、ほぼ真南に近い方角から太陽が照っていることがわかりますね。(笑)
 太陽が写ったのは本当に偶然です。夜になると「月」の光も池に写るのでしょう。
 お殿様は、先に通った「玄宮園十景の六」、「鑑月峯(かんげつほう)」から月を愛でたのでしょう。

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 龍臥橋の更に先の「高橋」を渡ります。お茶席の提供されている鳳翔台の近くまでやってきました。お茶(別料金)は頂かず、出口に向かいます。

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 出口に向かって池の中島を歩きます。山がこんもりとしています。もしかしたら、この島こそが「鶴亀島」かも知れません。(笑)

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 「琴橋」を渡って振り返ります。写真左が、「玄宮園十景の四」、「春風埒(しゅんぷうれつ)」のはずですが、よく判りませんでした・・・・。


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 出口の「東口券売所」から見た当時の絵図をのせた案内板。
 当時と庭園の様子はあまり変わっていないのでしはないでしょうか。

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 「玄宮園十景」をほぼ回遊することができましたが、一部判然としなかったり、写真撮影が漏れていましたが(笑)。










































 

玄宮園(名勝 玄宮楽々園) 回遊

2014年11月24日

 玄宮園の池のほとりを歩きます。江戸時代の代表的な「池泉回遊式庭園」です。よって、この記事のタイトルは「見学」という語を使用せず、敢えて「回遊」とします。

 池の正面に立ちます。まず目に入るのがこの風景。正面に池と亭閣。その上に天守閣。
 この風景は数百年変わっていないのではないでしょうか。
 もっとも山の上の本丸には長櫓や低層の建物があったとは思います。現在のように「公園」としては整備されていませんでしたから、山の斜面や本丸部分には木々がもっと生い茂っていたでしょうか。
 それとも金亀山と天守閣は「借景」なので、よく見えるように管理、整備されていたのでしょうか。
 池にかかる右の橋は「七間橋」、池の中の島を経由して「臨池閣」に更に橋がかかっています。
 案内パンフレットによると「玄宮園十景」が当時から示されていたそうです。私もこれから十景を辿って「回遊」していきます。(笑)

 
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 まずは、天守閣をアップで見上げます。
 
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  方向を変えて、南(つまり先ほど車を停めた駐車場方向)を見ます。
 池に長い橋が一つ、その右に短い橋がひとつ合計でふたつかかっています。
 「玄宮園十景」のひとつ「龍臥橋」です。パンフレットでは「3」番目と番号が振ってあります。おそらく「十景の三」と呼ばれたのでしょう。池は「玄宮園十景の九」の「魚躍沼」です。まさに「魚が跳ねる」ような沼ですね。
 「池」とは命名されていません。
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 振り返ってみると、「玄宮園十景の七」の「飛梁渓」です。水の流れていにい「渓谷」にアーチ型の太鼓橋がかかっています。戦国時代より更に前の時代の「枯山水」様式を彷彿とさせます。

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 池の端まで歩きました。天守閣をバックにした庭園は、時代劇のドラマでも使用されます。お殿様が家臣を連れて歩きながら話シーンに登場しますね。
 池の中の島の名前はパンフレットの中にはありませんが、写真に写っている島の向こう側(お城側)が「玄宮園十景の十」、「鶴鳴渚(かくめいなぎさ)です。長寿の象徴、鶴の鳴く渚なのでこの島はおそらく「鶴亀島」というのではないでしょうか。勝手に命名して申し訳ありません(笑)。

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 舟着場跡から池の中心を望む。
 写真右の池のほとりの道は池の側を通る道とやや高い高台を通る道とふたつに分かれています。小さいことですが、池のほとりのアングルと高いアングルから借景を含めて風景を眺めることができます。
 写真には写っていませんが「玄宮園十景の八」の「涵虚亭」の跡があります。更地なので気付かず撮影しませんでした。(笑)かつての亭閣の跡ですね。
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 舟入なのでしょう。
  案内図には「舟着場跡」とあります。ここに舟屋は・・・、たぶん無かったですね・・・・。(あくまで想像ですが。)

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 (既出) 玄宮園入口にあった夜間ライトアップ特別公開の告知。
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玄宮園(名勝 玄宮楽々園) へ入場、本丸からの遠景写真

2014年11月24日

 写真は先ほど天守閣の入場待ちの際に撮影したものです。
 池は「魚躍沼」、手前の茅葺の建物は「臨池閣」と「鳳翔台」。茶室で、見学者にお茶を出している「鳳翔台」は襖が開け放たれていますね。

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 少し引いたアングル。球場や陸上競技場、学校らしき建物などの公共施設があります。江戸時代から続く庭園のすぐ近くでは私達の「現代生活」が営まれているのです。(笑)

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 グラウンドをアップしたのではなく「楽々園」の御殿を撮影。「枯山水」の庭園も少しばんり写っています。

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 では、記事の続きです。
 楽々園を出て、隣接した場所にある 玄宮園の入口に向かいます。向かいます、とっいてもすぐそばです(笑)。
 「玄宮園」は秋期のライトアップがあります。夜間特別公開として入場できます。「楽々園」ではライトアップは無いと表示されています。やはり区別して「楽々園」、「玄宮園」と分けています。「玄宮楽々園」として名勝に指定されていますが、「玄宮園」のみのライトアップと表示しておかないと、誤解を招くからでしょう。
  
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 おなじみ「玄宮園」の入口。といつても、2回目です(笑)。

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 庭園に出ました。入ってまず目に入るのがこの風景。正面に池、右に亭閣。風情があります。
 池にかかる橋は「七間橋」、池の中の島を経由して「臨池閣」の建物へ更に橋が繋がっています。
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 玄宮園と楽々園は実はお隣同士であることが分かります。今でこそ、簡単ながらも柵があって行き来できませんが、昔は同じ庭同士、お殿様とその一族郎党はお散歩して行き来していたのでしょうか。
 
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 楽々園の入口方向。築山の石組みを先ほどとは反対方向から眺めます。
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 上の写真では楽々園の御殿の半分が写っています。玄宮園から見た建物全体が写った写真を・・・・と思いましたが、撮影していなかったようで、画像の保存がありませんでした。(笑)

楽々園(名勝 玄宮楽々園) 見学その2

2014年11月24日

 彦根 旧大名庭園 「玄宮楽々園」の「楽々園」 いまだ工事中の部分もありました庭園には池は無く、「枯山水」と説明があります。ただ、既述のように配布されていた説明文書によると、もともとは池もあり、お殿様のご命令かどうかは分かりませんが、のちの時代に造作を変更した(か、いつの時代かに手入れが行き届かなくなって枯山水様式に変わった??。)ようです。

 正面から眺めた庭園。楽々園の御殿の建物から見るとほぼこのように見えます。奥にある庭園は、玄宮園です。石組みと林が残っています。芝生や一部露出している地面の先に玄宮園の池の水面が見えます。
 写真左は窪んでおり、かつての池泉の跡を感じます。

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 地震の間の説明と奥には、池の無い芝生と石組の庭園が広がっています。

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 書院につながる部分の棟は工事中。地震の間。昔の耐震構造というより、茶室で柱と柱の間が狭く丈夫な造りになっているから地震にも強いのであろうという理由だから??、『地震の間』というようです。昔のことなので、長い御公儀の太平の世の間、一度、地震で屋敷の一部が壊れてその教訓を忘れないとの意味で『地震の間』と名付けたのかと思いましたが、違うようです。
 その先には、園の名前の由来となった『楽々の間』があるようですが、工事をしています。

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 上の写真でも写っていますが、転園の中ほどに石燈籠があります。昔は、庭石ももっとたくさん配置されていたと思いますが、築山なども含めて明治以降かなり失われてしまったのでしょうか。

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 築山を正面から。山から滝となって水が流れ出る様を表現したのだと分かります。
 枯山水に変更する(というか説明の文脈からすると、時期は判然としないが、いつの頃からか枯山水になった??)以前は池があって、水が流れていたと説明文書にはありました。

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  楽々園の御殿の建物。書院は、角にあり、日当たりがよいです。
庭を観賞するのに一番良い場所です。建物自体はこの10倍はあったといいます。
 現在は失われている建物の一角で、のちの大老井伊直弼も生活をしたそうです。

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 (既出)御殿の書院(広間)の部分。上段の間が区別されており、お殿様と家臣、来客などの対面の間だったようです。 内向きのプライベートな空間だったとのこと。
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 モミジと書院。 写真右は工事中で地震の間と楽々の間に続いているようです。
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楽々園(名勝 玄宮楽々園) 見学

2014年11月24日

 彦根城を出て、庭園へ向かいます。彦根城に隣接した場所にあるこの旧大名庭園は、一般的に「玄宮楽々園」と表記されると思います。が、現地では「玄宮園」と「楽々園」に分けて表示されています。前回訪問時は、「楽々園」が工事中であり、「玄宮園」のみの見学でした。あとで知りましたが、文化財指定の上では「玄宮楽々園」と名勝に指定されているので、「玄宮楽々園」と呼ばれているのでしょう。
 今回は、「玄宮園」に入る前に 「楽々園」に入りました。といっても、楽々園の入口は簡単な木戸のみで入場券が無くても自由に見学できます。
 
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 見学の案内板。外から建物の内部と庭園を見ることになります。

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 楽々園の入口。奥に庭園の石組が見えます。

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 木戸の外にあるのですが、楽々園の建物の玄関です。

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 木戸を入って正面にある楽々園の庭園。石組みです。おそらく蓬莱などの山を表現しているのだと思います。庭園には池は無く、昔は白砂か玉砂利などの「枯山水」だったようです。現在は芝生が植えられていて、当時の姿を完全に再現しているわけではないようです。池のある玄宮園とは趣が異なります。
 (もっとも、庭園の説明文書をよく読んだところ、もともとは池のある庭園で、玄宮園と区別せよとのお殿様のお達しで御殿を広げ、枯山水の庭園にしたそうです。)
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 入口から眺めた奥にある庭園。石組みと林残っています。説明には「枯山水」とありますが、確かに、何となく池も昔はあったのではないかと思わせる造りです。庭園部分は柵にかこまれて、立入禁止になっています。庭園とはいえ、かつて池があっと思われるところは埋め立てられたのかは分かりませんが、芝生が剥げて地面が露出している箇所もあり、整備が行き届いているというわけではないようです。
 あたかも現代でも公水面の埋立地が更地のままで、何も整備されていないかのように・・・・・・というのは言い過ぎですね。(笑)

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 庭園部をアップで撮影。

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 楽々園の御殿の建物。上の写真の玄関部分の裏手にあたります。モミジが紅葉しています。

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 御殿の書院(広間)の部分。
 おそらく昔のお殿様はこの部屋や縁側に立ち、庭を眺めたのでしょう。

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 上段の間が区別されており、お殿様と家臣、来客などの対面の間だったようです。

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国宝 彦根城天守閣 外観写真、金亀山順路

2014年11月24日

 国宝 彦根城天守閣。

  天守閣の裏側というのでしょうか。北側、琵琶湖方面から。出口に向かう順路の途中で振り返って撮影するかたちになります。こちらの姿のほうが、窓の数や配置がシンメトリーになっており、均整がとれているのではないかと思います。唐破風が優美です。
 写真左の建物は天守閣へ登る「入口部分」になります。

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 おそらく昔は、琵琶湖から見える目印のような役割をはたしていたのだと思います。
 水運も盛んだったでしょうから、船からも天守閣がよく見えたと思いますし、湖水も(水面の埋め立てや陸地化が進んだ)現在よりも城に近くに迫っていたと思います。そのため、湖に面した外観をより優美にしたのではないでしょうか。


 下の写真は、ほぼ正面の石垣の下から撮影。
 いわゆる正面です。山の下の入口から登ってきた観客はまずこの姿を見ることになります。窓の配置が揃っていません。窓いうより、石落としや鉄砲口というのでしょうか。

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 真下から見上げた写真。
 といっても、西からの眺めで、窓の配置が正面(南)や裏(北)とは違います。
 この方向からも建築が左右対称になっているように見えます。

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 では、少し時間軸を巻き戻して、本丸広場に入る前から。
 
 彦根白のパンフレットによるとこの櫓は「天秤櫓」、橋は戦のときは「落とし橋」になる「廊下橋」。元々は橋には廊下になっている建物がついていたようです。「廊下付きの橋」といえば、フィレンツェのヴェッキオ橋のようなイメージでしょうか!?。例えが悪いかな??(笑)

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 「廊下橋」から入場口の方向。前回は真夏で汗だくで登ってきましたが、今回は秋の晴天。本当に気候がよくてラクチンです。(笑)

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 天守閣が見えてきました。

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 まだ門があります。「太鼓門」。パンフレットによると本丸表口を固めているそうです。

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 太鼓門の説明板。やっと天守閣前までやってきました。(笑)


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 今度は、天守閣の内部見学を終えた後のお話です。

 本丸から順路を行き、坂道を下ります。
 本丸の北側でモミジが真っ赤に紅葉していました。

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 玄宮園方面へ下る坂道の途中。次に庭園に向かいます。

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 下まで降りてきました。
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 出口近くにある案内板。これから庭園に向かいます。

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 城の出口とお堀。正面の入口を彦根城博物館付近の入口とすると、順路に従って観覧した場合、通常はここに出てくるのではないかと思います。彦根城の参観券は玄宮園と同じ料金で入場できるようになっているため、天主閣→庭園の順に見学することになりますね。城と庭園が両方ある場合、別々のこともありますから。岡山の後楽園と城や金沢の兼六園と城は別料金でした。

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 出口付近のお堀端の紅葉。

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 鴨が佇んでいました。アップで撮影です。(笑)ここで越冬するのでしょうか!?。

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国宝 彦根城天守閣 最上階内部と眺望

2014年11月24日

 国宝 彦根城天守閣。

 行列をしながらも天守閣に上ります。意外とすっすと列は進み、最上階に出ました。中は四層になっているか忘れましたが、長い階段を二回??登ったのみで、比較的短時間で最上階に辿り着くことができます。この点が姫路城とは異なるかもしれません。
 最上階の階段の様子。
 フロアの中央部には二間あり、そのうち一間の端に梯子のような階段がついています。
 さすがに幅の狭い階段なので、注意してぶつからないよう、すれ違いながら上下するしかありません。
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 天守閣の最上階は、物見やぐらのような役目をはたしていたのでしょう。
 敵が攻めてくる様子など監視したのでしょう。現代のように眺めのよい「展望台」として機能していたわけではありませんね。
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 最上階の天井。柱がむき出しています。見事な「柱組み」なので、上にカメラを向けて撮影している人も多数います。(笑)

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 一本の木をそのまま柱に使用しているようです。現代のように材木がまっすぐではありません。太い木を伐採させて、よく乾燥させて、曲がった木でもうまり利用したのだと分かります。

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 最上階から眺め。これは、東の琵琶湖や大津(とても遠いですが・・・)方面ですね。

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 北の琵琶湖方面。琵琶湖の水面と空の境界が分かりにくいですね。
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 北西方向でしょうか。琵琶湖に浮かぶ島が見えます。

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 霞んでしまいましたが、多景島ですね。水面をボートなどの舟が行きかうことがあります。

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 天守閣から南の「ひこにゃん広場」=天守閣前広場方向の写真は撮影していませんでした・・・。前回来たときに撮影したからもうイイヤと思ったのでしょうか。詳細は・・・・分かりません。
 2009年の前回の写真も確認しましたが、天守閣の最上階からあまり風景の写真は撮影していませんでした・・・。真夏の曇天で霞んでいて写真はあまり撮影しなかったようです。撮影忘れのミスです。(笑)














国宝 彦根城天守閣 内部見学

2014年11月24日

 国宝 彦根城天守閣。


 天守閣の上層に登ります。
 二階から三階に登る? 階段。幅が広いです。最上階の階段は狭いし、混雑しているので撮影は避けました。

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 途中の階の様子。天守閣の中心・真ん中の部分は部屋です。展示はとくにありません。通路のようになっています。籠城したときは、ここで起居するのでしょう。江戸時代を通じてほとんど倉庫のような役割だったと思いますが。
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 途中階に展示がありました。吹き替えの際に、古いものが保管されていたのか出土したのでしょう。
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 平らな瓦。寛政といいますから、江戸時代後期のフランス革命くらいの年代でしょうか。このときすでに築180年くらいでしょう。のちの時代の修理で交換されたのでしょう。

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 これは、軒先、先端部の瓦ですね。慶長といいますら、ほとんど建築当初のものでしょう。

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 上の写真の階段を裏から見たところ。
 ここは登りと下りが対面分離されています。注意してぶつからないように、上り下りしないと危険です。
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 築城に関する説明の札と階段を下りた先にある、出口への木戸。くつはビニール袋に入れて持って入り、出口の玄関で靴を履きます。

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 途中の階の窓から眺め。これは、西の方向と思います。

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 辿り着いた、最上階から眺め。これは、西の琵琶湖や大津(とても遠いですが・・・)方面ですね。
  詳細は、次の記事に譲ります。
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彦根城天守閣 登閣待ちの行列、内部見学

2014年11月24日

 国宝 彦根城天守閣に入閣(閣僚になるってわけではなく、天守閣の中に入るために待つという意味です(笑)。)すべく天守閣前で待ちます。
 すでに行列が・・・・。にゃんと、にゃんと「60分まち」とのプラカードをもった係員が・・・・。
 ひこにゃんにひっかけて「なんと、なんと」ではなく、「にゃんと、にゃんと」です。(笑)
 
 ↓ 写真はかなり列を進んだときの撮影で、実際には広場まで伸びた列に並んだのでした。
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 待っている間、天主閣がよく見えます。しっくいの白壁が、天高く蒼い秋の空に映えますね。
 ↓ 石垣の下では、まだまだひこにゃんが「舞って」います。パフォーマンスは10時30分から30分間ですから、  
  時刻は11時前ですね。
   ひこにゃん見物の人垣も崩れて、かなりバラけているのが分かります。
   もう一度強調します。「ひこにゃんは、開始時刻に遅れても大丈夫。
   あせらず、ゆっくり見に来てください。」(笑)
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 天守閣入場待ちの間、東から北にかけて、本丸石垣の上から景色がよく見えます。
 琵琶湖とそのほとりのかんぽの宿。 宿の建物手前の林は、名勝指定の「井伊氏松原下屋敷」です。
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 同じ方向を少し引いたアングルで。
 琵琶湖の水面には舟も走っています。湖水の色と、空の青色、美しい秋の風景です。
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 もう一度、

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 彦根城本丸東側の全景。

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 内部でも登りは、行列でした。展示室もゆっくり見る余裕がありません。

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 廊下の様子。写真では分かりませんが、上階に登るため行列しています。
 窓の外わ眺めている人は、登り終えて下る人か、ゆっくり上の階に上る人でしょう。

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 実をいういと少しの時間、天守閣入場の列が停まりました。
 建物内部でひっくりかえった人がいたからです。確実に70歳以上と思われる年配の女性で、担架に寝かされて出てきました。係の男性が担架の前後をもっています。
 いかんせん古い城で現代建築のように非常口がないため、観光客が行列している入場口から出てくるしかありません。同行の同年輩の女性がニ、三人付き添って出てきました。救急車を呼ぶにも山の上ですし、事故があった場合に難渋します。ツレが先発で並んでいて入場していたのですが、天守閣を出てから聞いたツレの話によると、ツレのすぐ近くの人が階段でひっくり返ったそうです。天守閣の上階に登る急階段から落ちたのではなく、入場口から少し進んだところにある、数段の階段で仰向けにひっかり返ったのだとか・・・・。木の廊下でツルツルしているので滑ったのでしょうか。
 救助のため、列が停まった時間も含めて40分くらいの待ちで入場できました。





















彦根城天守閣前広場 「ひこにゃん」のパフォーマンス

2014年11月24日

 彦根城 天守閣前広場。 ひこにゃんのパフォーマンスが始まりました。
  天守閣前広場では一日二回の登場。山の下の博物館前広場では一日一回の登場。
  合計しても一日三回のみ。ちようどよい時間にやってきました。
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 まずは、道具を持たずに素手での舞い。
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 愛嬌を振り撒いています。おそらく、中に入っているのは、背の高さからして女性ですね。


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 すごいい人垣。
 素手による舞いの次は、旗を持っての舞いです。(笑)
 城の石垣にたてかけてある、手提げ袋の中に道具が入っています。刀(もちろん竹光)も入っています。

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 やや離れたアングルから。国宝の天守とひこにゃんの舞を見よ!!。

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 うしろ姿。貴重なシヨットです。(笑)
 ひこにゃんは、ネコの一種と思いますが、しっぽは生えていないのですね。(笑)

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 刀による舞いまで見ていようと思いましたが、実は5分も見れば観客は入れ替わっていきます。そのため、パフォーマンス開始時刻に最前列がとれなかったからといって慌てることはありません。事前の案内では15分で入れ替えという説明でしたが、実は10分もすると人垣もかなり崩れてきます。
 ひこにゃんのパフォーマンスは「時間に遅れても大丈夫です。」ご安心ください。(笑)
 BGMず流れているわけではありませんし、マイクがついていて、ひこにゃんがしゃべるわけでもあれません。ただ無言でひこにゃんが舞っていきます。年配のおばあさん達は、始まるまでは前の列を取ると鼻息が荒かったですが、5分もすると「もお~、ええわ」と去っていきました。
 私達もー10分弱で観客の群れから離れました。次に天守閣に登ります。



彦根城天守閣前広場 「ひこにゃん」の登場

2014年11月24日

 彦根城天守閣前広場。時刻は午前10時30分。元祖ゆるキャラ「ひこにゃん」のパフォーマンス開始です。
 前回の訪問は2009年8月。このときの「ひこにゃん」のパフォーマンスは山の下の彦根城博物館の館内でした。
 現在博物館は工事中とのことで、今回は天守閣前広場、国宝の天守閣の真下での「ライブ・パフォーマンス」です!!。
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 10時半から開始とのことで、ちょうどよい時間に入城口に到着しました。このとき9時50分頃、天守閣前広場には、10時過ぎに到着しました。早速場所取りです。天守閣前で待ちます。
 ↓ 写真は開演20分前の状況。すでに人が・・・・集まってきています。

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  私の待っている位置から見上げた天守閣。国宝の天守閣を見上げながら、「ひこにゃん」のパフォーマンスを見れるって本当に幸せです。(笑)
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 開演直前には、すでにこの人垣。写真後ろの白壁の細長い建物が、天守閣への入口です。(手前の「ひこにゃん」待ちの人達に隠れて写真には写っていませんが)登閣待ちの人も列をつくって並んでいます。
 係員がハンドマイクで「・・・・・・・危険ですのでここより前には入らないでください。お子様を前列にするようご協力お願いします。パフォーマンスは約30分です。途中で前列と後列の方を入れ替えをします。・・・・・」とアナウンスしています。

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 定刻、お付きの人達にかこまれて、ひこにゃんがやってきました。歩きにくいようで、両脇を支えられ歩いての登場でした。天守閣前広場のどこかに控室があるのでしょうか!?、それとも下の彦根城博物館付近から登ってきたのでしょうか!?(分かりませんが。(笑))
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 さあ、パフォーマンス開始です!!!。

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彦根城 見学、駐車場、入城口付近

2014年11月24日

 彦根城までやってきました。前回の訪問は2009年8月のこと。5年ぶりの訪問です。あの日は、非常に蒸し暑かったことを覚えています。
 さて、今回は朝寝坊し(少しばかり愛知川宿に寄り)出足が遅かったので、すでに午前10時前です。愛知川から彦根城まで(車で)30分くらいかかりました。
 お堀近くの観光協会が管理する駐車場に停めます。入口で監理員に料金を支払い、駐車します。この時間でほぼ満車でした。

 ↓ 駐車場に隣接する公園。有名な井伊直弼の銅像もあります。
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 今回、駐車場の位置をあまり覚えていなくて、本来は城の西から内堀を通過してここまでやって来れるところ、外堀のほとりをぐるっと迂回するようなルートでやってきました。そのため、外堀付近のホテル近くにあるパス用駐車場に向かってしまい、場所の間違いに気付いて改めて内堀付近の駐車場までやってきました。
 駐車場はほどなく満車になりました。監理員が満車なので、別の駐車場に行くよう誘導し、車がUターンしています。あと数分到着が遅かったら、お堀近くの駐車場に停めることはできませんでした。
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 お堀のとりを歩いて入城口へ。すでにこの付近の駐車場は満車で、別のところに回る車で混雑が始まっています。お堀近くの道は、歩道が無いため車と接触しないように注意が必要です。しかも、堀には柵が無いため、夜だと堀に落っこちてしまいそうです。

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 彦根城博物館に入城も・・・・と考えていましたが、現在工事で閉館中でした。
ひこにゃんのパフォーマンスも坂を登った天守閣前の広場(つまり山の『上』)での一日二回と『下』では工事中の博物館前での一回の合計で一日三回のみ。
 ↓ この看板。橋の前にはおいてあるが、入城チケット売り場付近、つまり彦根城博物館前広場には設置が無いた。そのため、うっかり見落とすと、どこに「ひこにゃん」が登場するのか、わからなくなってしまいます。
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  さあ、入城口のゲートを通り、天主閣への石段を登ります。秋の連休、現在のゆるキャラブームのザ・元祖「ひこにゃん」の本拠地ともいうべき彦根城、賑わっています。
 登り始めてからの今回の「登城」の感想「暑くない!!暑くない!!」です。(笑)
 前回はどんよりした曇り空でしたが、8月の蒸し暑い日・・・・、しかも徒歩で彦根駅からやってきました。そしてこの石段・・・・、「あちい、あち゛い」と汗だくで石段を登りました。
 「やっぱり、秋の行楽はいいよな~」です。(笑)
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 天守台へ向かう橋の下に来ました。前回はここまで来て、もう~火が出るくらいの暑さ感でした。というより「汗だくであった・・・・。」と表現したほうが良いかも知れませんね。(笑)

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 橋の方へ、ぐるっと石段を登ります。「武者返し」の石段ですね。ここでぐるっと石段を回り込んで登ってくる間に、弓や鉄砲でバンバン(弓はヒュ~、ヒューでしょうか!?)と撃てば(射れば)攻め込んできた敵は全滅でしょう。

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 橋まで来ました。
 いや~気持ちのよい秋晴れです。「良き日かな、良き日かな。」
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滋賀 旧中山道 愛知川宿 散策

2014年11月24日

 新章開始です!!。 時間軸をもう一度2014年の秋の巻き戻します。勤労感謝の日の振替休日、京都の夜間拝観で疲れ切って!?この日の未明に旅籠屋に戻ってきました。この日の朝にチェックアウトします。未明に寝たので、朝寝坊です。(笑)

 旅籠屋をチェックアウトし、近くにある愛知川駅方面へ車で向かいます。旅籠屋は基本的にロードサイド立地で駅からは遠いことが多いのですが、ここは愛知川駅を利用して徒歩で来ることも可能でしょう。愛知川駅は、東海道線ではなく、近江鉄道の駅です。ただし、電車の本数には限りがあるので、電車と徒歩で旅籠屋に宿泊するのでしたら、彦根ゆ近江八幡駅などの近くにあるビジネスホテルの方が便利ですね。
 旅籠屋には何回か来ましたが、この道(旧中山道)は通ったことがありませんでした。今の国道八号線はおそらくバイパス道路で昔は旧中山道が8号線だったのでしょう。
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 愛知川の街並み、もっと写真を撮影しておけばよかたです。写真の奥の右手が本陣があったところ、明治時代以降も商業の街として栄え、旧銀行の建物も残っています。
 無料の駐車スペースもあり、少しばかり旧街道、旧宿場町を散策するのも一興でしょう。

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 写真には写っていませんが、このすぐ近くの和菓子屋さんが、老舗ということで後日新聞に紹介されいました。
ツレに言わせると、私達が行った時間帯ですでに開いていたとのこと。買っておけばよかったと悔やまれます。「近江ちゃんぽん」にここの和菓子、さらには(少し遠いですが)木之本の「サラダパン」、『近江食べ物』めぐりが全然できていません。また『課題』ができましたね(笑)。






















 


 

大津 近江神宮~愛知川へ 移動と夕食

 2014.11.22 「滋賀のたび」

 三井寺を見学した後、夕方に近江神宮を駆け足で参拝しました。
 (記事の掲載順は必ずしも、訪問順ではありません。)
 
 その後、 近江神宮から琵琶湖岸の道に出ようと思ったのですが、間違えて市役所の前~三井寺の前まで戻ってきました。三井寺の近くには、市役所、市民ホール、陸上競技場など公共施設が集まっています。街の様子を見ると、大津は、三井寺を中心に門前町として、琵琶湖の水運の拠点の港として、人や物資の往来の中継地の宿場町として、「三つの機能を備えた街」として栄えたのではないでしょうか。
 大津市内の道を通り、踏切を渡ります。狭い町を曲がり、やがて広い道に出て、滋賀県庁の前を通り、何とか国道一号線に出ました。一号線に出る交差点の信号が短くてなかなか進まない。一号線に入ってもこれがまた混んでいます。
  琵琶湖を渡りますが、ノロノロ運転。誤算でした。湖岸道路を通ればもっと早かったでしょうか。結局、草津の8号線との分岐まで混んでいました。その先はふつうに進みました。
 本日の宿泊はおなじみ「旅籠屋彦根店」です。愛知川の8号線沿いにあるため、その手前「トマトオニオン」で夕食にしました。
 「トマオニ」はこの二週間前に伊賀でも行ったばかりです。(笑) 

 メニューは前回行ったときと同じように結構迷います。
種類が多いので・・・。下の子は迷ったときの「弾丸ハンバーグ」。私(のオーダー)よりも量が多いのではないでしょうか!?。私は「きのこおろしソースハンバーグ」と軽めです。サラダバーでは「トマオニ」にちなんでミニトマトなどを取りました。(笑)
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 「弾丸ハンバーグ」はレアで来ます。「焼き石」で「ジュッ」とお好みに焼きます。(笑)

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 例の「わたがしマシーン」が壊れていました。伊賀で私が懸念したとおり「無理な使い方」がたたってしまったのでしょう。すると「トマオニ」はデザート、スイーツ系が充実していなのいで、困ります・・・・。こここが「ビッグボーイ」と比較した弱点でしょうか。別料金でアイスを食べることはできるようですが。
 ↓国道8号線沿いのトマオニの看板
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 食後、旅籠屋に向かいます。10分くらいで到着。駅でいうと近江鉄道の愛知川駅の近くです。大津の近江神宮からここまで食事の時間を除くと、な、な、なんと2時間以上かかりました。1時間と少しで着くと思いましたが・・・・。



















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りょうげつ

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