良月(りょうげつ)の たび日記

神奈川県 湘南地区在住。折口良月(おりぐち りょうげつ)の神奈川、東京、静岡、山梨、長野など関東近郊地域への行楽、外出。美術館、博物館めぐり。その他国内旅行などお出かけの記録。

東京の旧大名庭園跡(区部 北・東エリア)

 

須藤公園 散策 (旧大聖寺藩前田氏屋敷 庭園跡)

 2017年1月10日 
 東京国立博物館を訪れた後、徒歩で千駄木方面に向かった。次の目的地は森鴎外記念館。上野公園から千駄木までは、根津駅よりも徒歩でやや遠い程度だからだ。 
 年初めの「谷根千」(やねせん)散歩である。だんだん、陽が西に傾いてきて、寒いので散歩という気分では無いのだが・・・・(苦笑)。

 地下鉄の千駄木駅を越え、「団子坂下」の交差点信号から団子坂の上の方向に歩く。森鴎外記念館に行く前に寄り道をすることにした。
 「須藤公園」という千駄木にある公園が、かつての大名庭園の跡地なのだそうだ。森鴎外記念館からも程近い。以前、森鴎外記念館に行くため、文京区のウェブサイトなどで調べていたときに知った次第。今回、少しばかり寄ってみることにする。

 千駄木駅の地上出入口付近から坂を上がり、「団子坂上」の信号があるので、北に道をに入る。区立の図書館があり、人が出入りしている。更に先は、台地上の住宅地だ。広いお屋敷もある。マンションも建っている。「須藤公園」への看板は無いが、適当に交差点を曲がって歩く。と、壁に囲まれた大きなお屋敷に「須藤」と表札があった。公園の名前と関係する家なのかな?、と思いつつ歩く。マンションもあり、道路上で親子が数組遊んでいる。車は来ないのかな?、大丈夫かな?、と交通安全を気にしながら通過。すると、少し歩いた道の先に公園の看板があった。
  
 入口には自転車数台が停まっている。公園内では子供達が遊んでいるようだ。
 今いる所からは、公園の上から、下を見下ろすようになっている。「はっ」としたが、先程通ったの千駄木駅の地上出入口付近から、歩道添いに数分歩いて、交差点を曲がれば、すぐに須藤公園の下の入口に着いたのだ。わざわざ、団子坂上から、一旦台地の上に出て、公園に来る必要はなかった・・・・。
 実をいうとてっきり、千駄木の台地の上に公園はあると思っていたが須藤公園は、台地の「崖線」の地形を利用した、高低差のある公園であったのだ・・・・。つまり、台地の上と下に公園の出入口があるのだ。
 「崖線を利用した旧大名庭園の公園」には新江戸川公園がある。実際、崖の上から見ると新江戸川公園に地形や池の配置が酷似している。

 公園内を歩く。というより、崖(がい)の斜面の小みちを下るような感じです。
 せっかく、台地を登ったのに再び下る・・・。

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 ↓ 公園の案内看板。
  児童公園のようになつていて、遊具もある。子供が数名、公園内で遊んでいた。小学生は明日から、また学校だ。私が見た看板には、ここが、かつての大名屋敷の庭園跡であることは書いていなかった。


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 斜面の階段を下る。
 池の上の階段斜面から見た公園内の様子。地下鉄千駄木駅方面にマンションが見える。

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 斜面途中から眺めた、斜面の上の様子。
 公園に近接して、住宅やビルがある。かつては、屋敷地や庭園の一部だったろうが。


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 さらに、公園を散策します。滝があった。「須藤の滝」と名付けられている。
 見上げると、先程入ってきた、入口がある。台地の上は平坦だが、住宅が建ち並んでおり、とても、ここから現在も水が湧いているとは思えない。
 昔は崖から豊富な湧き水があったのでしょう。現在でも湧き水なのか、地下水のくみ上げか、水道水かそれともポンプ循環かは分かりません。
 あとで、文京区のウェブサイトを見ると、午後4時まではポンプで水をくみ上げして、滝水を流しているそうだ。


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 池のほとりまで、下って来ました。日差しは、なくどんよりとしている。
 

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 石畳の道を歩いて池のほとりまでやってきました。池の中の島には、弁財天がある。
 初詣のときに掛けたのだろうか、絵馬がいくつかかかっていた。

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 ↓ 石段を登り、崖の上に戻る。 

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  斜面から別方向。崖上の住宅地。

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 遊具のある中腹の広場とその上に広がる住宅地。


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 さて、「崖の上」の出入り口に戻り、元来た道を歩いて、鴎外記念館に向かった。「須藤邸」の近くの路上では先程の親子が遊んでいた。

 文京区のウェブサイトの説明文は、下のリンクのページからの引用した。

防災・まちづくり・環境>みどり・公園>公園等の案内>区立公園一覧>須藤公園

新江戸川公園(旧細川家屋敷跡庭園) 散策

 2015年2月21日 
 
 平成26年度冬期展示 「信長の手紙 ~59通一挙公開!~」 細川コレクション 永青文庫の見学を終えました。隣接する新江戸川公園に歩きます。というより、崖(がい)の斜面の小みちを下るような感じです。
 池の上の斜面から見た公園内の様子。早稲田、高田馬場方面に高層マンションが見えます。
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 斜面を下る途中、永青文庫の外壁(手前)と建物。緑の木に覆われて建物はよく写っていませんね。
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 永青文庫から公園内に入り、斜面を下ります。斜面途中から眺めた池の様子。永青文庫内と同じく、常緑樹の葉が茂り、冬なのに見通しがよくありませんね。
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 さらに、公園を散策します。池の眺望がきく場所まで来ました。日差しは春を感じさせますが、2月のこと。まだまだ寒いです。公園内、池の周囲の木々も枯れています。春が待ち遠しい・・・・・・。
 奥の建物は和敬塾の木造建築でしたが、工事中です。

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 石畳の道を歩いて池のほとりまでやってきました。池につながる曲水や滝もあります。勢いよく水が流れています。昔は崖から豊富な湧き水があったのでしょう。現在でも湧き水なのか、地下水のくみ上げか、水道水かそれともポンプ循環かは分かりません。

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 池の上の斜面から別方向。
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 池の前まで降りてきました。神田川沿いの正門から入るとこの池がまず目に飛び込んできます。
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 池のほとりに立つと、鯉が集まってきます。お利口さんな鯉さん達です。(笑)

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 (既出) 永青文庫と公園の間の門。最初は通れるかなと思っていましたが、閉まっています・・・。
 心臓破りの坂が・・・。左は芭蕉わかりの地です。が、入場はしませんでした。

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 (既出) 永青文庫と公園の間の門。もともとは、両方、和敬塾の敷地も含めて細川家のお屋敷の敷地でありました。解説板によると、江戸時代ずっと細川家の屋敷であったわけではなく、江戸時代の後期、それも幕末に近い頃から細川家の屋敷になったとありました。では、上屋敷はどこにあったのか・・・、私は知りません。

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